今週土曜日は、ツアーがあります。

今週土曜日は、ツアーがあります。
場所は未定ですが、旧中山道のどこかになると思います。
当日参加も歓迎です。

金土連泊で土曜日ツアーに参加される方は、
金曜日は素泊まり1000円となります。
土曜日は通常価格。
金曜日は、夕食を作る予定なので夕食ありでも大丈夫です。
ただし、夕食をプラスする場合は、1300円+消費税ですけれど。

天候を考えて、参加者は必ず傘を持ってきてください。
(それと温泉セットもね)

つづく。

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posted by ヘタカル at 08:30| Comment(4) | 業務連絡 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

伊香保温泉ツアー+α

ika09-07.JPG

ささらーさん

>歌ですが、やっぱり苦手分野です。
>いまいちよくわからん感じで。。
>国語も古典も苦手な日本人です。
>こんな大人がいちゃいけませんが。。。


 万葉集は、決して難しくないですよ。難しいのは古い単語であって、それは分からなくて当然です。方言が分からないのと一緒なんですよ。そんなものは何かで訳せばいいのであって、英語の詩を理解するより、ぜんぜん分かりやすいです。

 むしろ分かりにくいのは、
 詩を構成する表現方法の方ではないでしょうか?

 例えば

伊香保ろの
岨の榛原
わが衣に
着き寄らしもよ
ひたへと思えば

ですが、これは何かに例えて詩情を訴えているわけです。
レトリックでいうところの隠喩ですね。


これは西欧文明が千年かけて達したレベルの
究極な文章表現(隠喩)を
万葉集の、しかも東歌といわれる庶民の歌によって、
普通に歌われているのですよ。


 例えば映画でいえばヒッチコック。彼は、映画は小道具だと言いました。セリフで訴えるのではなく、小道具で語りかけるのが、良い映画であると。つまり、そういう歌の集大成が百人一首なんです。

 よく青年は、臭い詩を書きますが、青年の詩が臭い理由は、この隠喩がうまくいってないからです。そのためにストレートすぎて臭い。その臭さが良いという意見も多いですが、比喩を使ったレトリックを使ったり、小道具をうまく使った詩の方が、深みと味わいがあると思いもすね。例えば

「もっともっと、君を愛せば良かった」

よりも

「たえまなく降りそそぐ この雪のように
 君を愛せば良かった」


の方がイメージがわきますね。

CR200_L.jpg

だけど、

「・・・・のように」

という表現は、最も初歩的な表現方法なんです。
中学生レベルの表現なんです。
だから、ちょっと臭いですよね。
これを、もっと複雑にするならば、
「・・・・のように」
といった表現を使わないで詩情を訴えればいい。
例えば

「たえまなく降りそそぐ この雪のように
 君に夢中です」


ではなく

「伊香保の山にあるハンノキは
 染め物に使うハンノキは、
 私の、一重(ひとえ)の衣を、すっかり染めてしまった」


といった作り方です。
ここには
「・・・・のように」
という表現はありませんね。
そのかわりに、ハンノキや衣に何かの思いをこめている。


ただ、これは表現が複雑すぎて分かりにくいんですね。
まずハンノキが草木染に使うことが現代人にはわかりにくい。
そして「染まる=あなたに夢中」が分かりにくい。
そして「一重(ひとえ)=一筋」が分かりにくい。

つまり、日頃から高度な文学表現と、相手の心情を察する文化風習に慣れ親しんでないと分かりにくいのが和歌(短歌)なんですよね。だから、もし、奈良時代や平安時代に、kyな、空気の読めない人がいたら、今よりもいじめられていただろうなあ。

関係ないですが、私が

>この意味が何となく分かるなら、
>恋する人の気持ちが分かる人です。
>そんな人なら、銀婚式も迎えられるでしょう。

と書いたのは、空気の読める夫婦なら
銀婚式も迎えられるでしょうという暗喩でした。



下の画像も隠喩によく使われますね。
AY119_L.jpg

つづく。

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posted by ヘタカル at 08:10| Comment(5) | 倉渕・榛名・伊香保 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月11日

伊香保温泉ツアー

伊香保温泉ツアー

伊香保温泉は、今が紅葉のピーク!
各地の紅葉が不作の中、頑張っています。

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これは温泉が飲める場所。

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そして温泉。

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湯上がりは気分爽快。

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万葉集に残されているくらい古い温泉でした。
ちょっと紹介してみましょう。

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伊香保風 吹く日吹かぬ日 ありといへど
吾が恋のみし 時無かりけり


伊香保風、
吹く日もあれば、
吹かぬ日もあります。
でも私の恋する気持ちは、
絶えることはありません



上毛野 伊香保の嶺ろに 降ろ雪の
行き過ぎかてぬ 妹が家のあたり


榛名山に降っている雪が、
嶺にさえぎられて降り続いているように
私も、あの人の家の近くは通り過ぎられないのです。



伊香保には、こんな恋歌が多いのですが、実は、フォークソングには、これらの歌を本歌取りしたような歌詞がけっこうありますね。例えば、サボテンの花。


 たえまなく降りそそぐ この雪のように
 君を愛せば良かった
 窓に降りそそぐ この雪のように
 二人の愛は流れた
   (作詞 財津和夫)



私が思うに財津和夫さんは、万葉集を読んでいると思いますよ。


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最後に、この歌を!

万葉集の巻14東歌上野の国-3435

伊香保ろの
岨の榛原
わが衣に
着き寄らしもよ
ひたへと思えば



伊香保の山奥のハンノキよ。
染め物の染料に使うハンノキよ。

私の衣服に、良く染まります。
一重の衣に、ひとえに染まります。


さて、どういう意味でしょうか?
この意味が何となく分かるなら、
恋する人の気持ちが分かる人です。
そんな人なら、銀婚式も迎えられるでしょう。


ika09-02.JPG



つづく。

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posted by ヘタカル at 02:11| Comment(4) | 倉渕・榛名・伊香保 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月10日

森繁久彌さんが死去!

http://www.sanspo.com/geino/news/091110/gnj0911101934019-n1.htm

映画「夫婦善哉」やテレビドラマ「七人の孫」などで知られる俳優で演劇界初の文化勲章受章者、森繁久彌さんが10日午前、東京都内の病院で老衰のため死去した。96歳。

 森繁さんは7月22日、夏風邪をひき熱が出たため、検査をかねて都内の病院に入院。いったんは平熱まで熱が下がったが、痰(たん)が絡む症状がみられたため、入院を続けていた。

 森繁さんは2002年12月に、滞在先の沖縄県で心筋梗塞(こうそく)で倒れ、一時危険な状態に陥ったが、回復。その後は月に1回程度、かかりつけ医の訪問診察を受け、健康に気を使っていた。

 夏までは「96歳なりの生活、元気さ」(所属事務所)を保ち、NHKの大相撲中継を楽しんだり、日本を代表する指揮者、故朝比奈隆さんが指揮するクラシック音楽のDVDを見るなどして過ごしていたという。


以上、引用おわり!

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

正直言いまして、ショックでした。
何も手がつかないほどにショックでした。
というのも、私は
森繁久彌さんの大ファン
だったからです!

ああ、また一つ昭和が消えていく.....orz


この衝撃は、鶴田浩二さんが死んだとき以来だなあ。
御冥福をお祈り致します。





ゴンドラの唄 森繁久彌
生きるの主題歌です





森繁さんの歌の代表曲といえばやはり
知床旅情ですね
北海道ファンなら誰もが歌えます。
もちろん私も




オホーツクの船唄・知床旅情


で、森繁さんで思い出すのが、満州映画。
そして、彼が最も尊敬した男が、
甘粕正彦
でしたが、これはテレビや新聞報道ではスルーされるだろうな。

つづく。

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posted by ヘタカル at 22:32| Comment(3) | ニュース・時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

御予約フォーマットに不具合がありました

北軽井沢ブルーベリーYGHの
御予約フォーマットに不具合がありました。
御指摘くださった御客様に、
お詫びと感謝の言葉を申し上げます。


こういう御指摘は、実にありがたいです。
いや、本当に!
このまま気がつかないでいたら、
どんな事故に繋がったかと思うとぞっとします。
で、御予約フォーマットを変更しました。

http://kaze3.com/reserve.htm

です。ホームページの方は、今なおしておきました。
御迷惑をかけて申し訳御座いません。
これでダメなら、
RXB10552@nifty.com
までメールをお送りください。

つづく。

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posted by ヘタカル at 20:40| Comment(0) | 業務連絡 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ベトナム旅行

JALが、大赤字で倒産するかもしれないとのこと。
はたして政府は、支援するのかどうか?
JALで、思い出したのは、戦前の

日泰定期航空機松風号不時着の原因判明

についてです。

 昭和13年頃、日本は九七式重爆を改造した旅客機MC20を主力機にしてアジアをネットする航空路を作ろうと近隣諸国に働きかけました。しかしフィリピンもベトナムもどこも欧米諸国が支配する植民地で、それぞれの宗主国は日本機の乗り入れを頑なに拒絶しました。

 黄色人種が製造した飛行機が乗り入れたら、白人の権威が色あせて植民地支配も揺らいでしまう、というのが拒絶の理由でした。しかし、例外がありました。植民地になってない「タイ」でした。そして、昭和15年にバンコクへの就航が実現しました。

 しかし、フランスが嫌がらせをしました。
 仏印上空の飛行を認めず、
 日本機はインドシナ半島を大きく迂回するルートを強いられたのです。

 ところが第二次大戦が始まり、ドイツの支配下に入った仏印政府は渋々日本の上空通過と乗り入れを認めました。こうして大日本航空の松風号がハノイ経由バンコク行きの第一便として飛ぶことになりましたが、その機体は、帰り道にベトナムのはハノイを離陸直後に墜落してしまいました。原因は何者かが燃料タンクに水を入れ、エンジンが停止したためだったと言います。同機は仏軍基地ジアラム空港を使っていました。機体に近寄れるのはフランス人だけで、彼らの犯行でした。仏印進駐には、こういう背景があったのですが、戦後世代の私たちには、知られされずにいます。

 しかし当時の日本は事を荒立てませんでした。
 何一つ。

 そして、仏印進駐。

 仏印進駐というと、日本が仏印を占領したかのように思う人がいますが、実は違います。主権は、フランス政府にあり、日本軍は、駐留しただけでした。いわゆる在日米軍基地みたいなものです。実はフランス人の仏印支配は、昭和20年の終戦まぎわまで続きます。

 フランス政府は、ベトナム人の弾圧し続け、ベトナム人を入れる監獄建設ラッシュが続いていました。サイゴン最大のチーファ監獄が完成したのは昭和18年でした。街や村には人頭税やら出産税やらを取り立てる華僑の徴税吏が駐在し、政府直営の阿片専売所も置かれ、その売り上げがハノイに集められていました。

で、この頃、ハノイ周辺は歴史的な洪水に見舞われ飢餓が発生。

日本軍は大釜を出して人々に粥を振舞い、昭和20年3月31日に日本軍がクーデター(明号作戦)を起こしてフランス人を行政から追い出し、クーデターのあと日本軍は仏印政府が貯め込んだ米を放出したのです。そしてまたたくまにフランス軍を撃破した日本軍に、多くのベトナム人が歓喜したのです。

ベトナムに旅行する人は、このへんの事を知っておくとよいでしょう。



つづく。

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posted by ヘタカル at 11:53| Comment(0) | 海外旅行する人に! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする