2020年03月30日

志村けんショック・・・コロナウイルスで死んだのではなく、免疫が暴走して重症化した?

 志村けん死亡のニュースで、コロナウイルス騒ぎが大きくなってきています。

 しかし、日本は、世界全体で見た場合、コロナウイルスによる死亡者が少ないんですよね。で、世界中がそれに注目して、その原因にBCG予防接種にあるのではないかと言われており、ドイツやオーストラリアなどで治験が始まっているというニュースが出回っていますが、本当のところどうなんでしょう?

 また、最近になって注目されているのが、
 ワクチン専門医の本間真二郎先生の見解です。

https://www.facebook.com/shinjiro.homma

 本間先生によると、
「新型コロナの重症化はウイルス自体の影響ではなく、獲得免疫系(新型コロナウイルスによって出来た体内の抗体)が、強すぎて肺の細胞を殺すことによって起こっている」
ということらしい。

 結局、新型ウイルス自体が脅威なのではなく、
 私たちの自然免疫の低下が原因で
 獲得免疫(抗体)が暴走して重症化するということらしい。

 本間先生によると、重症化になってしまうケースと軽症で治るケースとの分かれ道は、
「自然免疫がしっかりと働いているかどうか」
というところにあるらしい。

 ウイルスが体内で増殖するとき、私たちの細胞の中に入りこみ自分のコピーを作ります。新型コロナウイルスがくっつくことができる受容体を持っている細胞に感染していきます。つまりACE2の受容体をもつ細胞(腸や肺に多い)で新型コロナウイルスは増殖していく。炎症反応を抑制する、免疫反応を制御する細胞で増殖していく。

 で、増殖した細胞は、体内で獲得された免疫(抗体)よって殺される。なので獲得免疫(抗体)が発動すると新型コロナウイルスだけでなく、それに感染した免疫反応をコントロールする酵素を持った細胞までもが大量に破壊されてしまい重症化してしまう。つまりウイルスが侵入した肺や腸の細胞が、抗体によって破壊されて重症化してしまう・・・ということらしい。

 で、重症化せずに軽症化で終わる人たちは、自然免疫(nk細胞など)が強かったために、獲得免疫(抗体)で殺される細胞が少なかった。それで助かったということらしい。よーするに新型ウイルスに対抗するには、自然免疫(nk細胞など)を強化する必要がある。

 で、対策として、本間先生は

 普段からACE2の負荷がかからない生活(RASが亢進しない生活=老化しにくい生活)習慣を整えることが、COVID-19に対しても、健康的な生活を送ることに関してももっとも根本的な対策になると言っています。具体的には・・・

@腸内細菌、口腔内細菌などの常在菌を整えること
A毒物(不自然な化学物質)をとらない
B生活を自然にする
 規則正しい生活、適度な運動、ストレスをためない(よく笑う)、
 日光に当たる、土に触れる(アーシングも)、
 口呼吸しない、よく寝る、禁煙、除菌・滅菌しすぎない・・・など

と言っています。

 もし、これが本当で、自然免疫を高めることが、新型ウイルスに対抗する方法ならば、都会ならいざ知らず、自然のそばで暮らす田舎人が引きこもって良いわけがありません。引きこもるべきは、近所に自然の無い大都会の人たちであって、自然暮らししている人たちは、外に出て自然免疫を強くするべきでしょう。

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 森林浴が、NK細胞を活性化させることはよく知られていますし、
 実験によって検証もされています。
https://www.ffpri.affrc.go.jp/labs/kouho/Press-release/2006/therapyNK070323.html

 なので、田舎人が引きこもっていいわけがない。
 人の少ない自然に出て行って
 感染に気をつけながら自然に癒やされるべきです。

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 ただし、大都会の人たちや
 近くに自然環境がない人たちは、NK細胞を活性化させる取り組みとして

(1)良質な睡眠をとる
(2)普段からよく笑う
(3)腸内環境を整える

 が有効だと言われています。特に腸には、NK細胞をはじめとする免疫細胞の約70%が存在するらしく、免疫力を高めるには腸内を健康にする事が大切だと言います。NK細胞を活性化させる乳酸菌を含むヨーグルトなどを毎日継続して取り入れ、大豆、ブロッコリー、舞茸、生姜を積極的に摂取するとNK細胞は活性化するといわれています。

 まず感染を防ぐことが一番大切です。
 万が一感染したとしても、自然免疫を高めとけば重症化は防げるかもしれない。
 あと、怪しいと思ったら、無理なく体を休める。
 で自然免疫の強化に励む。
 具体的には、良く寝て、良く笑って、腸内環境を整える。
 暇だったらコーンフレークの漫才でも見ながらR1ヨーグルトを食べる。
 これが今のところ新型コロナに対する有効な手段かもしれない。

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 というわけで、我が家は、毎日のようにハイキングしつつ、
 R1ヨーグルトを食べながら息子と一緒にEテレの「おしり探偵」で笑っています。



つづく。

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posted by マネージャー at 23:33| Comment(0) | グンマーで嫁が出産と育児 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月29日

転勤

 コロナウイルス騒ぎが続く中、商工会のSさんが、転勤することになって、その御挨拶のために、わざわざうちの宿まで訪ねて来られました。Sさんには、宿の経営について何年間にもわたって色々お世話になっていたので、非常に残念だと申し上げたのですが、転勤では仕方がないですね。

 どの市町村でもそうだと思いますが、商工会の人たちは本当によくやっていると思います。中小企業診断士の先生方を呼んで、 色々と私達を指導してくれていますし、IT関係の講座を開いたり、イベントを開いたりで大活躍されています。

  ただ、火山の噴火や、台風19号の災害やウイルス騒ぎなどによって、私たち経営者側が、なかなか業績をあげられなくて申し訳なかったです。今後長引くであろうウイルス騒ぎに、心配してくれ、経理で借りられる融資や、補助金の申請のことを説明して名残惜しそうに去っていきました。こういう人たちが、日本中にたくさんいることが、 私達自営業者にとってどれだけ心強いことか・・・。これからも頑張らねばと思いました。

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 Sさん、草津に行っても頑張ってください。
 草津のために頑張ってください。


つづく。

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posted by マネージャー at 21:46| Comment(0) | 日記 2013以降 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月28日

離山ハイキング

 離山は、溶岩ドームで出来た山で、頂部が比較的に平らであるため、「テーブルマウンテン」の愛称も持っています。登山ルートは2つありますが、私たちは、市村記念館からのコースから登る事が多いです。こくくっちのルートの方が、圧倒的に面白いからです。

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 ところが、観光ガイドには、このルートは載っていません。
 雲場の池からのコースばかり紹介されています。
 これは、いったいどういうことなのでしょうか?
 素晴らしいルートを紹介せず、
 面白くもない舗装道路のコースを紹介するというのは、
 どういうことなんでしょう?

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 途中、木道があります。ここまでくれば、頂上は間近です。

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 離山(はなれやま)の標高は1,255.9メートル。
 なので標高差は250メートルというところでしょうか?
 コースタイムは、ゆっくり登って90分ですが、
 健脚なら45分くらいで登れます。
 小浅間山より、ちょっとかかる程度でしょうか?

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 山頂には山座同定盤と無料の望遠鏡があります。

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 さすがに眺めはいいですね。

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 下山は、あっという間に終わります。
 こちらの登山道は、やわらかい土なので、
 膝関節によく、中高年にはありがたいルートです。
 逆に雲場の池からのルートは、おすすめしません。


つづく。

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posted by マネージャー at 15:59| Comment(0) | 旧軽−雲場池・恵シャレー・離山 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月23日

小浅間山長靴ハイキング

 3月2日に学校の閉鎖が決まってから、ずっと宿を閉めていましたが、この連休から宿を開いたわけですが、久しぶりのお客様に対する接客にジーンとくるものがありました。小さな子供さんを連れた家族が、何組も泊まりに来たんですが、みんな嬉しそうに帰っていきました。星空観察会もやれたし、雪が溶けたために、たくさんの遊具を庭に置くこともできたので子供達が喜んでくれたし、消毒液がなくて困っているお客様に、次亜塩素水をプレゼントできた。本当は、エタノールとかマスクもプレゼントしてあげたかったんだけれど、こればかりは、さすがにうちの宿の在庫も不安があるので、やめときました。今回のウイルス騒ぎで、ダメージをうけましたが、消毒液やマスクなんかは普段から大量の在庫を抱えていたのが不幸中の幸いでした。

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 それはともかく、雪も少なくなってきたので先日、小浅間山に長靴でハイキングに行ってきました。
 このところ登山かスキーばかりやっています。
 この機会に、アウトドアで体を鍛えています。
 鍛えることによって、ウイルスに負けない抵抗力と言うか、免疫力をつけたいですね。
 引きこもってばかりでは、免疫力が落ちるばかりです。

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 小浅間山の頂上です。
 相変わらず誰もいません。
 人間はどこに行った?
 国民全体が、引きこもっているのでしょうか?
 それで、ウイルスに勝てるんですかね?
 
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 西峰から見た四阿山

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 西峰頂上

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つづく。

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ラベル:小浅間山
posted by マネージャー at 20:36| Comment(0) | 中軽−小浅間山・千ヶ滝 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月20日

満天山ハイキング & ツリーハウスで遊んでみた

 ここ数日いい天気が続いています。なので、満天山に登ってきました。満天山は軽井沢スノーパークのちょっと上にあります。国境平から鼻曲山に登るルートがありますが、 そのルートを使って満天山に登ります。なだらかな登りなので、3歳ぐらいの男の子でも、らくらくと登れるコースです。昔うちの宿でスノーシューツアーをやっていた時は、このコースでネイチャーウォッチングツアーをやり、帰りにはソリで滑り降りたものです。

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 から松林の中を歩いて行くと、40分ぐらいで軽井沢スノーパークの頂上付近に到着します。ここからの眺めは最高で、朝熊山はもちろん 四阿山や草津白根山もよく見えます。

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 ここまで来ると満天山は、すぐそばにあります。
 ただし、ここからが急な登りになり、 息を切らすことがしばしばです。
 写真を見ても分かる通り、うちの息子も嫁さんも枯れ木を拾ってついにして登っていました。
 なので、満天山に登る予定があるなら、ストックを持参した方がいいかもしれませんね。

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 下山時には、ツリーハウスに寄ってきました。
 このルートにはたくさんのツリーハウスがあります。
 これにはうちの息子も大喜び。
 ツリーハウスは子供心をくすぐるようです。

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 うちの宿に、こんなツリーハウスがいっぱいあったら・・・。

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 話は変わりますが、家の隣に1000坪の土地が売りに出されました。もちろん大木がたくさん立ち並んでいます。これを購入してツリーハウスをたくさん作ったら子供達も大喜びするだろうなと密かに計画してたんですが、嫁さんが大反対。なんとか買えないものかと、粘っているうちに、例のウイルス騒ぎが起きてしまい、土地の購入どころではなくなってしまいました。残念ですが、ツリーハウスは断念。しばらくはタケノコ生活で生きていくしかない。なので、かわりに満天山のツリーハウスで、その鬱憤を晴らしてみました。


つづく。

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posted by マネージャー at 01:04| Comment(0) | 北軽−鼻曲山・満天山 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月19日

天丸山・長靴ハイキング

 久しぶりに大雪が降ってスキー場は大喜びだと思います。ただその後、天気が良くなり暖かくなったので、雪解けも早いようですね。一般道路にはすっかり雪が無くなってしまいました。ところで天気が良かったので、天丸山に行ってきました。天丸山は、浅間牧場から約1時間ほど歩いたところにあります。

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 リードをつければ犬も連れて入れます。

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 また、野鳥の多いところで、春先から秋にかけて大量の野鳥がやってきて、しかも、それらの野鳥が逃げません。牛の糞があるためハエなどの虫が多いためでしょうね。また秋は木の実も多いので、野鳥が多いのでしょう。

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 天丸山は、山というよりなだらかな丘陵地帯です。昔はここに、 B 29を撃墜するために作られた対空ミサイルの発射実験場がありました。発射実験も行われており、もう少しで B 29を撃墜するところだったのですが、終戦になってしまったと言ういわくがあります。

 地元民の噂によると、この山のどこかに、当時の地対空ミサイルが埋まっているという話です。終戦とともに地対空ミサイルを埋めてしまったと言われています。チャンスがあったらどこか掘り返してみたいものですね。

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 ところで、この山から眺める風景は最高です。
 特に浅間山・四阿山は、とても美しく見えます。
 北軽井沢に来たら一度はよってみたい場所でもあります。

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 ちなみに、ここから眺める満天の星は、とても美しい。
 昔、ここで星空ハイクをしたんですが、本当に美しかった。

つづく。

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posted by マネージャー at 08:31| Comment(0) | 北軽−浅間牧場 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月18日

明日以降、御宿泊の御客様へ

 3月2日に学校が、一斉休校になって以来、お客様を入れていませんでしたが、明日から本格的にお客様を迎え入れることにしました。つまり、うちの宿は、いままで無菌状態(笑)でした。まあ、そんなことはどうでも良いとして、明日以降に、北軽井沢ブルーベリーYGHにご宿泊するお客様にご連絡します。

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 例のウイルス対策として、各部屋に消毒用のボトル(次亜塩素酸ナトリウム)を置いてあります。もちろん食堂にも次亜塩素酸水とエタノール消毒液と除菌ペーパーを置いてあります。あと、ウイルスに効果があると言われているシャープの空気清浄機を4台までご用意できますので、必要の方は申し付けて下さい。

 それからうちは宿屋なので、少量でよろしければ、消毒用の次亜塩素酸水をお分けすることができます。小さなペットボトルをお持ちいただければ、帰り際にお渡ししますので申し付けて下さい。

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つづく。

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posted by マネージャー at 21:21| Comment(0) | 業務連絡 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月15日

台風19号で被害をうけた嬬恋村 その4 明暗を分けた八ッ場ダム

 奥穂高・前穂高経由の縦走を断念してザイテングラート経由で下山。高速道路を使い、上田インター経由で嬬恋村に帰ってみると、役場と観光協会の活躍で、嬬恋村の被害状況が判明しつつありました。

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 吾妻線は、がけ崩れで復旧の見込みなし。
 崖そのものが水分を含んでいるので、
 二次災害の可能性があるので復旧工事ができないという。

 吾妻川沿いのそばにあった国道一四四号線の一部は、河川の濁流に削られて道路は消失。大きく蛇行していた吾妻川の一部は直線になり、川の流れそのものが変わってしまいました。道路そのものが全て削られているので国道一四四号線の復旧の見込みは立っていません。直線となった吾妻川の一部は、町の中を寸断し家屋敷を流しました。

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 最も被害が大きかった所は、鳥居峠方面から流れてくる吾妻川と鹿沢方面からの湯尻川が合流した所です。水量を増した吾妻川は、蛇行しつつ下流に流れていたのですが、川が溢れて直線的に進むようになり、町中(田代)の住宅や倉庫、車両などを流失させたのです。

 悲惨なのは新鹿沢温泉地区。累計五メートル近い豪雨によって温泉旅館の一階が土砂で埋まって床上浸水。道路は寸断され、橋は落ち、住民は孤立して移動できない状態でした。

 この惨状にもかかわらず県や国の支援は遅々として進まず、災害対策救助法が適用されたのは、一週間後の十月十九日。復興法に基づく非常災害に指定されたのは十一月一日。さらに国道一四四号線の復旧工事を国直轄で実施決定されたの十一月八日。 JR東日本が、吾妻川早期復旧を決めたのも十一月八日。

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 これが早いのか遅いのかを他に比較のしようがありませんので私にはわかりませんが、こんなに時間がかかったのは、道路が寸断され被害の全貌の把握が遅かったからかもしれません。

 この被害によって嬬恋村は激変しつつあります。村内のイベントは全て中止。社会福祉協議会は、映画・講演会・福祉事業など全てを中止してボランティア受付と指示に全力を注いでいます。商工会のイベントなども中止。小中学校の文化祭も中止です。教育予算が大幅に減額されたからです。

 スクールバスも二便だったものが一便に縮小。低学年は、五年生六年生たちの授業が終わるまで学校で待機することになりました。そのうえ他路線と合併してバスの台数までも減らされ、バスへの搭乗時間も増えています。

 教育委員会が主催していた数々のイベントも予算カットで中止。代わりに他の市町村のイベントを紹介してますが、もちろん遠すぎて行けない。その結果、子供たちの楽しみだった村独自の課外授業が無くなりました。年に二回やっている陸上フェスティバルや各種のイベントも中止。これも予算カットが原因でしょう。というか役場の職員が、復旧で忙しくてやってられない。

 嬬恋村の図書館も閉鎖されて県の復旧本部に。
 息子たちは残念がっていましたが、仕方ありません。
 教育予算よりも、交通インフラの整備が優先されるべきですから。

 ところで、こういう状況下で災害支援寄付が届いています。姉妹都市提携している所や、過去に関係のあった市町村六箇所から百五十万の寄付が届きました。今まで姉妹都市にどんな意味があるんだろうと思っていましたが、こういう時のための姉妹都市だったんですね。またふるさと納税サイトから二百三十七件三百三十九万の災害支援の寄付が届いています。ふるさと納税サイトには、こういう使い道もあった。

 この状況を、ブログやFacebookで、これらの真実を拡散するべきなのでしょうが、観光協会の役員をやってる者としては、それはできない。これから冬のスキー客の集客をしなければならない新鹿沢温泉地区に御客様の予約がこなくなるからです(現在は復旧してスキー場も営業している)。

 当時の新鹿沢は、道路の寸断はもちろんのこと、多くの旅館が床下浸水し、どうにもならなくなっている。早急に新鹿沢温泉地区の復旧を行わないと、風評被害によって新鹿沢温泉地区のスキーシーズンの予約はゼロになってしまう。なので全力を挙げて新鹿沢温泉地区の復旧工事を行わないとならない。そして風評被害を防ぐ必要があった。

 ちなみに現在、新鹿沢地区は、完全ではないものの、ほとんど復旧しています。
 村民の悲願だった吾妻線も2月21日、やっと開通しました。
 大前駅には、多くの鉄道ファンが訪れ、駅ノートに記念に書き込んでくれました。
 ありがたいことです。




 私も連日、北軽井沢付近の道路復旧に出かけましたが、幸いなことに、機械力を持った不動産屋・工務店・農家のパワーによって一週間ぐらいで台風以前の状態に戻っています。そして、周りが徐々に落ち着いてくると、被害のあった地域と、被害のなかった地域の差が、明確に見えてきました。

 一言で言うと、八ッ場ダムの上流は壊滅。
 八ッ場ダムの下流は全く被害なし。

 もともと私は八ッ場ダムの工事については、反対の立場だったのですが、今回の台風で考えが正反対になりました。

 台風の直前に完成した八ッ場ダムでは、試験湛水を始めていました。普通なら三ヶ月から四ヶ月かけてダムが満水になる所、台風19号によってアッという間に満杯になってしまった。満杯になった八ッ場ダム。台風直後に実際にダムの様子を見たのですが、泥水と流木とゴミの吐きだめで湖面が真っ黒でした。あの風景を見たら、吾妻川がどんなにすごいことになっていたのか簡単に想像できます。八ッ場ダムの建設反対運動をしてきた「八ッ場あしたの会」は、公式サイト上で八ッ場ダムがなかったとしても利根川が氾濫することはなかったと主張していますが、嬬恋村からの視点から言わせてもらうと「何言ってるんだ?」となります。

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 このダムがなかったら、嬬恋村より下流の吾妻川沿いの市町村は大壊滅していたはず。このダムがあったからこそ、長野原・吾妻町・原町・中之条・東吾妻・渋川などの下流の市町村が無事だった。被害は嬬恋村だけですんだのです。もしダムが無くて、長野原以下の下流の市町村が被害をうけ、これらの交通インフラが壊滅していたら復旧工事は何十年もかかっていたはず。というのも下流地域には吾妻川に合流する河川が大量にあり、もしダムが無いまま合流していたら大惨事になっていたはずだからです。現に吾妻川は、江戸時代から昭和時代まで何度も大洪水がおきている。

 幸いなことに八ッ場ダムの建設のおかげで、新しい交通インフラが完成していており、しかも道路の大半がトンネルであり、山の中を通っているために、台風の被害を受けずにすんでいる。もし、古い交通インフラのままだったら、吾妻線も国道一四四号も何十キロにあたって削りとられていた可能性が高く、これを復旧させるのはほぼ不可能だったでしょう。大半がトンネルである新道路や線路があったからこそ、交通インフラが大丈夫だったことを建設反対運動グループたちや、専門家たちは、どう考えているのか?

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橋詰さんのFacebookから借用(2019/10/13)

 もちろんダム一つで洪水を防げるわけはなく、ダム頼みの水害防止には限界があるのも事実です。嫁さんの実家・館林市の渡良瀬遊水地は、台風十九号の雨で約一・六億立方メートルの洪水をためたといいます。下野新聞によれば最大貯留量の九十五パーセントに達していたと言います。

 立命館大学・高橋学教授によれば、荒川や江戸川にしろ、東京の下町は危険水位まで達していた。もし利根川上流からもう少し水が流れてきていたら、東京の下町をほとんど水没させた。デッドラインぎりぎりの所まで水が来ていたことで、八ッ場ダムの果たした役割は重要と八ッ場ダムを評価しています。そのうえで高橋教授は、以前であれば、八ッ場ダムはなくても大丈夫だった。関東平野に水田が広がっていて、水田そのものに十センチ水がたまれば、八ッ場ダムの水ぐらい簡単にクリアできる。ところが、水田やため池がどんどん無くなっていき住宅地がどんどんできていっていると言っています。つまり、昔は水田が巨大なダムに匹敵する効果を持っていた。それが宅地になってしまった。そのために危険は大きくなってきていると言う。

 国交省関東地方整備局によると、伊勢崎市八斗島での氾濫危険水位は四・八メートル。そこで最高水位の四・〇七メートルを記録している。一方、上流のダム群は計一億四千五百万立方メートルの水をためている。整備局が試算した結果、七ダムがなければ八斗島の水位は一メートル上昇して五・〇七メートルとなり、氾濫危険水位を超えていたという報告もあります。

 下流域では、荒川と隅田川を分ける岩淵水門が、増水した荒川から隅田川への水の浸入を防ぐために閉門。この岩淵水門では、避難判断水位を大幅に超え、氾濫危険水位まで約五十センチの所へと迫っていました。そして、江戸川区民四三万二千人を対象に避難勧告が出されました。

 明治四十三年に東京だけで約百五十万人が被災する大惨事になった東京大水害がおきてしまいます。明治政府が偉かったのは、その直後に荒川放水路(荒川)の開削事業に着手。二十年かけて昭和五年に完成させています。金八先生が土手を歩いていた荒川は、川では無くて洪水を防ぐための放水路だったのでした。

 それでも昭和二十二年のカスリーン台風で、荒川上流部で氾濫し、利根川が決壊して死者・行方不明者一九三〇人を出しています。江戸川区は、大半が海水面以下の地帯で、一番高い所でも標高一・六メートルという恐ろしい地域。つまり江戸川区をはじめとする下町は、簡単に壊滅してしまう可能性がある地域です。

 これを防ぐために行政は、三段構えの対策をとっている。まず、上流域はダム群(八ッ場ダムなど)で防ぐ。中流域は遊水池群(渡良瀬遊水池など)で水を吸収する。下流域は、放水路(荒川)で守るという役割分担による洪水調節の方針が確立している。今回の台風では、これらの役割分担によって、ギリギリ氾濫を防ぐことができた。東京の下町は守られた。と、専門家である土屋信行氏が述べていますが、大したものです。行政も意外にしっかり対策をしている。感心もしました。

 しかし、それらの視点は、あくまでも首都圏からの視点です。吾妻川沿いの住民である私から言わせてもらえれば、ダムの前後で無事だった市町村と、甚大な被害を受けてしまった嬬恋村との明暗があまりにもありすぎるという点を指摘する専門家たちが、少なすぎることが気になります。

 嬬恋村はとんでもないことになってしまってる。にもかかわらず、ダムの下流の市町村は安全そのものだった。これをもうちょっと学者やマスコミは言ってもいいのではないか? しかし、いつまでたっても、そういう話が出てこないという事は、案外、学者もマスコミも、きちんと現場検証をしてないのかなと、勘ぐりをしたくなります。

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 最後に軽井沢について。北アルプスの山小屋で軽井沢のペンションオナーたちと一緒になり、夕食をいただきました。で長野県の状況を伺ったわけですが、軽井沢は停電が何日も続いて大変だったそうです。停電になれば冷凍食品が壊滅するからです。しかし群馬側には大規模停電はおこらず、嬬恋村にも大した停電はなかったので、冷凍庫もボイラーも大丈夫だった。これも八ッ場ダムのおかげだったかもしれません。

 台風で北軽井沢ブルーベリーYGHに被害はなかったとしても、長期の停電が起きていたら、うちの宿は大変なことになっていました。4つの冷蔵庫冷凍庫が停電によって食材が壊滅していたら、泣くに泣けなかったと思います。そういう意味でも八ッ場ダムには感謝しかありません。長年、反対ばかり言ってて申し訳なかったと思っています。

 それはともかく、台風の次は、新型コロナウイルスですからね。今日、6歳の息子と「しりとり」をしながら登山をしていた時、息子が「し」のところで大声で「新型コロナウイルス」と叫んでいました。6歳の子供のしりとりゲームに「新型コロナウイルス」という単語がでるようになってしまったとは・・・・。


つづく。

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posted by マネージャー at 16:14| Comment(0) | テーマ別雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月14日

台風19号で被害をうけた嬬恋村 その3 北アルプス奥穂高から帰ってみて

 10月15日。いつもなら紅葉が終わっている時期なのに、
 2019年は、これからピークを迎える時期でした。

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 この素晴らしい景色にうっとりしていると、携帯電話に電話がかかってきました。

「はい、北軽井沢ブルーベリーYGHです」
「嬬恋村がとんでもないことになってるとニュースで見まして・・」
「すいません。今、旅行で上高地にいまして」
「え?」
「ニュース見てないんで分からないんですが、とりあえず、うちの宿はなんともなかったので、旅行に出かけている最中なんです」

 さすがに北アルプスの奥穂高に登っている最中とは言えませんでした。
 辛うじて出た単語が「上高地」でした。

「おたくは何とも無かったんですか?」
「はい、うちの宿はなんともなかったです。御近所さんの避難場所になったくらいです。なので予定通りに旅行してます。ただ、村全体のことはよく分からないし、ニュースも見てないので、帰り次第、よく調べた上で、こちらから電話さし上げるめということで、よろしいですか?」
「はい、お願いいたします」
 
 こんな電話が何本かありましたが、宿屋がのんきに旅行していると聞いて安心したのか、相手はすぐに電話を切ってしまいます。そのうち電話もかかってこなくなりました。それにしても凄い紅葉です。2019年は、やたらと台風が多かったので、暖かい空気が日本列島に流れ込み続けた結果、紅葉が2週間くらい遅れているのかもしれません。

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 十一時頃、涸沢ヒュッテに到着。
 残念ながら売店は閉まっていました。
 台風19号の猛威を考えて、早めに閉めてしまったらしい。
 それ以前に人間がいない。
 登山客がいない。

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 この紅葉シーズンに人がいない。
 涸沢ヒュッテに登山客がいない。
 いったい、どうなっているのだろうか?
 と、首を傾げたものですが、その理由は後でわかります。
 台風19号の猛威によって、ほとんど全ての登山用観光バスが廃止になったらしい。
 つまり交通機関がストップしたとのこと。
 どーりで人がいないわけです。

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 まあ、そんなことはどうでもいいとして、私たちは、十年に一回あるかどうかの紅葉の豊作に感動しつつもザイテングラード(岩尾根)を登りました。ザイテングラートとは、涸沢2600メートル付近から奥穂高(3190メートル)にのびるコースで、岩・ハシゴ・鎖場がある危険な尾根です。毎年、落石などで滑落死亡する人が絶えず、登山道なのに遭難する人も多いところで有名です。過去には息子と同じ小学一年生が亡くなっています。なので、慎重に慎重をきして登っていきました。

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 三時間かけて穂高岳山荘に到着。
 ピークシーズンにもかかわらず穂高岳山荘の宿泊客は、たったの二十八名。
 例年なら三百名以上のお客さんでごった返している山小屋なのに。

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写真をみてわかるとおり、ガラガラの食堂。

 ちなみに宿泊客の半分が外国人で、あとの半分が日本人。日本人は、みんな宿屋などの観光業者だったのには笑いました。みんな私と目的は同じで、長野県にお金を落とすためにやってきたと言う。隣の席に座っていた人は、新潟の宿屋だったし、知り合った人の中には、ゲストハウスのオーナー・旅館のオーナーなどもいました。彼らは、ガラガラの山小屋を支援しよう! と、珈琲やビールを何杯もお代わりしていました。私は酒を控えている身なので、そこには参加しませんでしたが。

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 夜、外にでてみると満天の星空。
 しばし、親子で星をみとれていました。

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 そして翌日。
 御来光を仰ぎました。

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 そして、山小屋の朝食。
 朴葉味噌がでました。

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 私たち関東の人間からすると、涸沢・穂高連峰というのは、長野県のイメージがあるのですが、穂高の山小屋は、岐阜県なんですよね。天気予報も岐阜県だし、山小屋の料理も岐阜県。だから朝食に朴葉味噌がでたりする。昔、この山小屋に泊まったとき、山小屋からイメージビデオをプレゼントしてもらい郵送してもらったんですが、その時の宛先は岐阜県でした。私には、北アルプスイコール長野県というイメージがあるんですが、文化圏・天気予報は岐阜県でしたね。

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 それはさておき、朝食後に下山開始。本当は、奥穂高・前穂高と縦走し、吊り尾根を経由して岳沢ヒュッテに泊まる予定だったのですが、テレビ局が、嬬恋村のニュースを流したらしく、御客様から携帯電話に台風19号の被害についての問い合わせが、かかってくるので、あと一泊する予定を切り上げて、早々に下山することにしました。

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 山で一番事故が起きるのが下山の時です。
 細心の注意を払いながら下山を開始しました。
 一日で下山し、嬬恋村に帰らなければ。
 そして、嬬恋村における台風19号の被害を調べなければ・・・・。

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 涸沢への下山。
 やはり紅葉は美しいですね。
 惚れ惚れします。
 これだから涸沢からの山登りはやめられない。
 この紅葉なら縦走を断念する価値は十分にある。

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 浅間山のカラ松・四阿山のダケカンバ・白根山のナナカマドも美しいのですが、それとは違う美しさが涸沢にあります。
 あと、北アルプスの山容がいい。
 あの山容にナナカマドの紅葉の取り合わせが良い。

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 これらの紅葉に後ろ髪を引かれるように下山しなければならないというのが残念。

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 徳沢園でソフトクリームを食べる。最高に美味しい。
 息子は真っ黒に日焼けしていました。
 学校に登校したら先生に突っ込まれるかもしれない。

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 結局、16時に上高地バスターミナルに到着。
 タクシーで沢渡駐車場に向かい、夜遅く嬬恋村に到着しました。


つづく。

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posted by マネージャー at 13:56| Comment(0) | テーマ別雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月13日

台風19号で被害をうけた嬬恋村 その2 台風19号直後に上高地に行ってみた

 結果として群馬県は、嬬恋村を除いて台風の被害は、ほとんど無かったのに、軽井沢を含む長野県の被害は酷かった。私は、台風直後に六歳の息子を含む家族で北アルプスの奥穂高に登っているのですが、その時に高速道路からみた長野県の平野部分の大半は水没していました。(嬬恋村以外の)群馬県の被害が大きくなかったので、余計に長野県の悲惨な状況に対してショックを受けました。

 それでも予定通りに家族で北アルプスの奥穂高に登ったのには理由があります。こういう時に一斉に旅行を控えると、観光業を含む地元産業が大打撃をうけるからです。なので少しでも長野県にお金をおとすべく、台風直後の北アルプスに向かい、現地の宿に泊まり、奮発してタクシーを使って上高地に向かいました。ちなみに息子が通う小学校は、休校中です。

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沢渡駐車場のそばの宿・温泉付宿なのに素泊まり3000円・外人しか泊まってなかった

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すばらしい温泉を独占

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タクシーに乗る。お金を落とすのも目的だが、
タクシーからの現地情報を得るのも目的
で、上高地付近の安全を確かめる。



 台風の影響を全く受けなかったにもかかわらず、上高地はガラガラ。
 日本人がいない。
 いるのは外人ばかり。
 日本人は、ほとんど旅行を控えているようだ。
 下手したら日本人は、私たちだけかもしれない・・・。


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上高地バスターミナルに日本人がいない

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カッパ橋が、まさかの無人

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登山道も無人。
注目すべきは梓川の水量。
台風19号直後なのに、いつもより水量が少ない。
タクシーで聞いた情報の裏付けがとれた。
これで安心して登山できると確信する。

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上高地から60分。明神が無人。

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上高地から2時間。徳沢園にテントは、ほとんどない。
というか人がいない。

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人のいない道をひたすら歩き続ける。
やはり梓川の水量は、いつもより少ない。

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横尾山荘前。
いつもは、人でごった返しているのに人がいない。
テントがない。
台風19号で人間のいない登山道を涸沢方面に前進。

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すると素晴らしい景色が見え始める。

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なんと、ナナカマドの紅葉がピークだった。
10月15日。
いつもなら紅葉が終わっている時期なのに、
2019年は、これからピークを迎える時期だった。
「これはすごい!」
「この景色を独占できるのか?」
驚いた私たちは、写真を撮りまくりました。
ナナカマドは、大豊作でした。

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 この素晴らしい景色にうっとりしていると、携帯電話に電話がかかってきました。

「はい、北軽井沢ブルーベリーYGHです」
「嬬恋村がとんでもないことになってるとニュースで見まして・・」
「・・・」

つづく。

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posted by マネージャー at 10:09| Comment(0) | テーマ別雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする