2009年08月16日

トムラウシ山遭難事故と百名山7+α

クリフハンガーさん
貴重な情報ありがとうございました。

さて、みなさん、驚愕のニュースです。
恐るべき事が判明したようです・
まず下記の読売新聞ニュースを読んでください。

>大雪山系遭難1か月、ガイドらテント持たず野営
http://news.goo.ne.jp/article/yomiuri/nation/20090816-567-OYT1T00077.html


山頂付近でビバークしたガイドは、
テントを持ってなかったらしい。

このニュースソースは、本当なのか?
ちょっと信じがたい。
あまりにも常識はずれなので、悪いですけれど、
ニュースソースを疑ってしまっている自分がいます。

> 一行のうち低体温症で動けなくなったツアー客らの一部が山頂付近でビバーク。
>しかし、簡易テントを持参していたガイドが下山したため、0度近い風雨の中で
>救助を待っていたという。


これが本当なら、テントなしで、どうしてビバークを決断したのか?
自殺行為でしょう。
いや、その前に、なぜテント無しで出発したのか?

??????

下山したガイドが持ってた?
そんな馬鹿な?
それを信じろというのですか?
持っててもツェルトでしょ?

だいたいテント無いのにどうして山頂に2時間停滞したのか?
何をやってたんだ?
無駄時間使う間に、どうして背負って小屋に引き返さない?

もし簡易テントを持ってたなら
なぜ簡易テントを出さない?
簡易テントで休息場所をつくらない?
いったい何があったのだろう?


>その後、登山道整備業者が非常時用に残していた大型テントと毛布、
>ガスコンロなどの装備品を、付き添っていたガイドが偶然発見。
>テントに入った5人中3人は湯を沸かして体を温め、無事救助されたが、2人が死亡。
>テントから数百メートル離れた場所にいたガイドとツアー客の2人も凍死しているのが見つかった。


テレビに映っていた、あのキャンプ用テントは、
登山道整備業者が
置いていったもの
だったのか.....orz。

それを偶然見つけたのか.....orz。

もし、偶然見つけてなかったら全員死んでいた!
なんという間抜けな、
なんという馬鹿な、
いや、ちょっと、このニュースソース、
本当に事実なんでしょうか

事実なら、とんでもないことだが、
そんなことあるのかなあ。
そんなレベルの人間が山屋やってるとは、にわかには信じがたい。



> また、ガイドは16日に天候が回復すると判断していたが、
>2日前の14日に携帯電話の天気予報サイトの情報を確認しただけ。
>捜査幹部によると、出発後に強風がやむと判断していたことも
>正確な情報に基づいていない可能性が高いという。


おいおい、ちょっと待ってくれ。
それ、本当ですか?
マジですか?

一度も気象通報聞いてないんですか?
ひょっとして天気図書けないんですか?
書けないなら、どうして札幌支社に電話して天気を聞いてない?
どうして支社に指示を仰がない?


>2日前の14日に携帯電話の天気予報サイトの情報を確認しただけ。

これ、本当に本当?
マジですか?

三人もガイドがいて、どうして、こんなことになっているのか?
いや、ガイドなんて、最初から一人もいなかったのか?
みんな会社から言われたとうり動くロボットだったのか?

いや、ガイドを責めまい。
なんで、会社は、この人選をしたのか?


一つだけ分かったことがあります。
なんで彼らが、あの重いキャンプ用テントを使ってビバークしていたかが。
登山道整備業者が、非常用に置いていったものなら理解できる。
逆に、このガイド会社は、登山道整備業者以下のレベルだったんだなあ。


追伸
http://www.asahi.com/national/update/0814/TKY200908140145.html
偶然見つけたテント、命つないだ トムラウシ山遭難

> その後の調べで、北沼から下山方向に約30分歩いた南沼
>キャンプ指定地に業者が保管していたものと判明した。
>業者によると、テントはブルーシートに包まれ、毛布、
>携帯ガスコンロなどと一緒にあった。全部で3張りあったという。

> テントの保管場所の前後では、男性客1人と女性客3人が死亡
>した。業者は「偶然にもテントが人の命を救うことに役立って
>良かった。全部使って、全員助かってほしかった」と話している。

救助連絡が、もっと早くに伝われば、ひよっとしたら
整備業者の通報で、このテント3つを使って全員が
助かった可能性もありましたね。惜しい。


つづく。

↓ブログ更新を読みたい方は投票を

人気blogランキング





posted by マネージャー at 22:21| Comment(8) | TrackBack(0) | 登山関係の話題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

桟敷山の遭難事故

桟敷山。

 私にとって、桟敷山は庭みたいなものです。目をつむっても登れる山の一つで、登山道にある木の1本1本のほとんどを記憶しています。どの木に、どんな鳥の巣があるか? どこにカモシカのマーキングサインがあるのか? みんな承知の助です。標高も高くなく、1時間もあれば登れてしまう。本当に簡単な山です。初心者向けの楽な山です。

 しかし、この山には熊がいます。

 私は何度も熊の寝床をいくつも見ています。木イチゴやキノコが多いために熊が住み着いているんですね。で、ここから先が肝心なのですが、この小さな山でさえ遭難が発生しています。


まず、これを!
産経新聞 2009.6.17 22:43

http://sankei.jp.msn.com/affairs/disaster/090617/dst0906172243013-n1.htm

 17日午後5時20分ごろ、群馬県嬬恋村鎌原の桟敷(さじき)山で、観光バスの男性添乗員から「ツアーの参加者が戻らない」と110番通報があった。長野原署によると、行方不明になっているのは奈良県御所市の僧侶の男性(80)。写真愛好会のメンバーと同山を訪れ、1人で撮影をしていたが、集合時間を過ぎても戻らなかったという。同署は遭難の可能性があるとみて、日没まで同山付近を捜索したが、男性は見つからなかった。18日朝から捜索を再開する方針。


で、どうなったかと言いますと、日刊スポーツに寄れば
http://www.nikkansports.com/
群馬の桟敷山で行方不明の男性が自力下山
2009年6月18日19時15分

とのこと。このツアーでは、登山口までバスで連れて行き、あとは勝手に登ってくださいというツアーでした。で、一人行方不明になったわけです。さいわい助かったからいものの、熊が住んでる山ですよ。

sagiki09-01.JPG

 それは、ともかくとして桟敷山の登山道は、鹿沢スキー場の駐車場から地蔵峠方面に500メートルほど車道を登ると九十番観音があり、左に舗装された棧敷山林道があります。その棧敷山林道を50メートルほど先行くと、舗装された駐車場があり、そこに棧敷山の登山口があります。


sagiki09-02.JPG

 棧敷山の魅力は、白樺林です。野鳥の巣も多く、キツツキの痕跡もたくさんみられます。もちろんカモシカのマーキングも。まれに、麓の方で熊の道を見つけることもあります。道はわかりやすいので、普通に歩けば迷うことはないのですが。

sagiki09-03.JPG

sagiki09-04.JPG

これが頂上です。

sagiki09-05.JPG

山頂は石祠があり、小さな遭難碑があります。
つまり、過去に何度も遭難者がでているんですね。

sagiki09-06.JPG


これは展望台。
いい眺めです。

sagiki09-07.JPG

sagiki09-08.JPG

嘘だ!

sagiki09-09.JPG

つづく

↓ブログ更新を読みたい方は投票を

人気blogランキング




posted by マネージャー at 02:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 鹿沢−桟敷山・小桟敷山 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

今後のシルマンウォーク予定

今後のシルマンウォーク予定についてお知らせします。
シルマンウォークの日程は、月1回と決まってはいますが、
それ以外の日程でも参加希望者が3名以上いたら
連休でない土曜日に限ってやりたいと考えています。
(そのさいは、2泊2食で6500円+消費税です)

コースとしては、

1.望月石仏めぐりAコース 合計 18.1km
2.望月石仏めぐりBコース 合計 25.4km
3.臼田コース 合計 15.3km
4.茂田井宿(間)〜芦田宿
5.芦田宿〜長久保宿〜和田宿
6.旧軽井沢から信濃追分

7.上田散策(真田ゆかりの地)
8.角間渓谷散策

9.須賀尾街道
10.吾妻川流域
11.仁礼街道(鳥居峠から菅平牧場の古い街道)
12.万騎峠

13.入山峠(碓氷バイパスと平行に走る幻の街道)
14.矢ヶ崎峠(もっとも古い古代街道)
15.碓氷霧積林道

などを考えています。

↓ブログ更新を読みたい方は投票を

人気blogランキング




posted by マネージャー at 01:02| Comment(2) | TrackBack(0) | 業務連絡 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

シルマンウォーク・望月編2

シルマンウォーク・望月編2

 望月宿(もちづきしゅく)とは、中山道六十九次のうち江戸から数えて二十五番目の宿場。蓼科山の裾野にあって古くから馬の名産地として知られ、毎年旧暦8月15日の満月の日に馬を朝廷や幕府に献上していたことから「望月」の名が付いたとも言われています。

mo-p-21.JPG

 望月宿は、江戸時代には、中仙道の主要な宿場として、本陣、脇本陣、問屋が置かれ、文化元年には二九軒の旅箭が軒を連ねて、行き交う旅人たちで賑ったという望月。二階が一階より前にせり出している「出桁造りの家」やうだつ(防火用の壁)を残す家、京風の格子戸など、今もなお、町のあちらこちらに往時の面影をひっそりと残しています。

mo-p-22.JPG

古い町並み。

mo-p-23.JPG

mo-p-24.JPG

mo-p-25.JPG

mo-p-26.JPG

mo-p-27.JPG

 本陣は、江戸時代、街道の宿場で大名、宮家、公家、公用の幕府役人など、身分の高い人および特権者のためにもうけられた宿舎のことです。参勤交代の制によって発達しました。門、玄関、上段の間などをそなえた立派な建物で、多くは書院造でした。本陣の主人は苗字帯刀をゆるされ、宿場名主をかねる有力者でした。

mo-p-28.JPG

 本陣には宿泊者から謝礼が支払われましたが、それは謝礼であり、必ずしも十分なものではありませんでした。そのため、本陣の指定に伴い苗字帯刀、門や玄関、上段の間を設けることができるなどの特権が認められました。そのために出費がかさんだことで没落する家もあったそうです。

mo-p-29.JPG




つづく。

↓ブログ更新を読みたい方は投票を

人気blogランキング




posted by マネージャー at 00:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 佐久 中山道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする