2009年10月01日

ヴィラデスト・カフェ

ヴィラデスト・カフェ

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エッセイストの玉村豊男氏が経営する店です。昔は軽井沢にあったのですが、今は東御市に移転しました。ブドウ畑を眺めながらワインやランチを楽しめます。

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この店は、山の中の一件屋です。
迷路みたいな道をたどって、ようやくたどりつきます。
こんな山中に店を出して、客なんかくるのかな?
と思っていたら、
平日にもかかわらず、
御客様で大混雑していました。

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庭は、素晴らしいの一言。
素晴らしい展望です。

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●ランチタイムは11:30からと 13:30から の2回。
ランチコースは3500円から。

長野県東御市和6027
電話番号 0268-63-7373
期間 3月中旬〜11月下旬
時間 10:00〜日没まで
料金 ランチコース 3500円

つづく。

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posted by マネージャー at 21:56| Comment(0) | 東御市 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

雷電爲右エ門の生家

雷電爲右エ門の生家は、無料で見学できます。

雷電爲右エ門とは、史上最強の相撲とりで、これに勝った力士は、新人時代から通算しても、たったの10人です。優勝記録も7年間連続という恐ろしいものです。また、一場所で2敗することはついになく、同じ相手に2度負けることも一人を除いてなかった。さらに、雷電ルールが適用され、突っ張り、張り手、閂(かんぬき)、鯖折りを禁じ手とされていました。


これが生家。
自由に入れます。
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これは碑文。佐久間象山の揮毫により文久元年(1861年)建立されています。突っ張り、張り手、閂を禁じ手とされた逸話も述べられています。 その石片は勝負事に利益があるとしてたびたび削り取られ、明治期には碑文はもう読めないほどになっていたため、勝海舟、山岡鉄舟らの発起で新碑が建立されました。現在新旧の両碑がT字型に並び立っています。

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場所は、東部湯の丸インターから、湯の丸山に向かう途中にあります。

つづく。

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posted by マネージャー at 22:19| Comment(2) | 東御市 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月02日

秘境・大平湿原

秘境・大平湿原。
芳ヶ平の隣にありますが、
実は、滅びつつある湿原です。

私も2回しか行ってないのですが、10年前は水芭蕉が咲いていたのですが、湿原が乾燥しつつあるために、今じゃ笹に浸食されています。

滅びる寸前の湿原です。

おまけに芳ヶ平からのコースが封鎖されたために、訪れる人も皆無になりました。現在、行けるルートは、六合村ルートのみです。

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ここは、群馬鉄山の跡地です。
鉄鉱石の廃棄物を住処にしている珍しいチャツボミ苔。
天然記念物でもあります。

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ここを穴地獄と言います。

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秘境大平湿原は、穴地獄から2時間のところにあります。
ここは、天候が悪いと行けないところです。
地元民も、ほとんど知らない穴場です。

スタッフの土井君も行ったことがありません。
今回は、御客様も少ないことだし
土井君のガイドの幅を広げるために、
ここで彼を特訓してきます。

いろんなバリエーションがありますからね。
スノーシューにも使えますし。
頑張れば、芳ヶ平にもいけるし。

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つづく。

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posted by マネージャー at 18:43| Comment(5) | 大平湿原 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月03日

安中藩ウオーク1

今週のシルマンウォークは、安中です。

安中で有名なのが、新島襄。
同志社大学の創設者です。
これが新島襄の生家。
中は博物館になっています。

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裏には漆公園があり、
古墳があります。

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これは、龍昌寺。
参道の両側には、108の梵鐘が並んでいます。
そして、ここには、山田三川の墓があります。

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 山田三川は、超有名人です。
 北海道好きの人間には、忘れることの出来ない大人物。
 北海道の名付け親である松浦武四郎の親友です。
 そして、幕末の志士でもあります。

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 山田三川(1804‐1862)は、江戸時代後期の儒者です。文化元年2月20日生まれました。そして彼は、伊勢国津藩の儒者、津阪東陽の甥にあたります。秀才として知られ、北海道は松前藩につかえましたが、松前藩のアイヌに対する非道をただそうとして失脚し、下総国水海道に隠棲しました。

 しかし、親友、松浦武四郎の口利きもあって、水戸藩の徳川斉昭が召しかかえようとしましたが、山田三川は辞退しました。そこで斉昭は親交のあった安中藩主板倉勝明を紹介しました。この安中藩主板倉勝明は、開明君主で有名で、日本初のマラソン『安中遠足』をはじめ、数々の善政を行ったことで有名ですが、それを支えたのが、山田三川でした。ちなみに安中藩の武士たちは、自らは茅葺きの城で生活し、農民たちの生活を、手厚く保護しつつ、マラソンで体を鍛えたのです。

 山田三川は、最初は藩儒として安中藩校の造士館の教授を勤めていましたが、やがて藩の役人としても活躍しました。実は、その自宅が安中に残っています。もちろん行ってきました。あとで、紹介しますが、貧しいものです。

 実は、龍昌寺のそばに、有名な醤油屋があります。
『有田屋』
です。創業者が湯浅さん。
はい、ピンときた人がいますね?

そうです。
醤油帝国の有田・湯浅一族です。
有田オレンジユースホステルに泊まった
ことのある人ならわかりますね。

http://www.aritaya.com/frame/frame_whatsnew.html

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実は、北軽井沢ブルーベリーYGHの醤油は、
この店のものを使っています。
さっそく、大量に仕入れました。

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有田屋は、天保三年(1832年)に創業。その前には銚子、もっと前には有田にルーツがあります。また三代目治郎(1850〜1932)は第2代県会議長に推され、廃娼条例(売春禁止法)成立させ、日本で初めて廃娼県を成立させたことで有名です。治郎は新島襄に師事し、キリスト教の洗礼をうけて安中教会の建設や新島なき後の同志社英学校の運営に尽くしました。

 また、安中で日本最初の図書館、便覧社(図書3,000冊)を設立したことでも知られています。治郎の弟、吉郎は詩人として知られ、同志社卒業時に発表した「12の石塚」は我が国最初の新体詩集として知られている。半月は後に同志社教授、京都府立図書館長を勤めました。また、治郎の後妻初子は徳富蘇峰、蘆花の姉でもあります。

また、治郎の長男一郎(1868〜1931)は洋画を志し、黒田清輝に師事した後、二科会の創立に参加、洋画家として成功しています。治郎の次男三郎(1877〜1945)は同志社に学んだ後、四代目として家業を継ぎ、25年間安中の町長や県会議員をつとめました。その弟八郎は昭和9年同志社の総長となり、建学の自由、自治を守る為、軍部と衝突、総長を辞任。しかし、戦後再び総長に復帰し、昭和28年には国際基督教大学初代学長に就任しています。

 また、五代目正次(1911〜)も昭和46年より5期20年安中市長を努め、一方新島襄を記念して昭和22年、同士とともに新島学園(中学、後に高校、女子短大)を創立しました。

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醤油キャンディーなんかも売っています。

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 そして今、醤油も味噌も大量生産一速醸の時代にあって、天然醸造のもろみを2年じっくり寝かせた最高級醤油「丸大豆仕込み天然醸造」、さらにそれに糀を加え1年以上発酵熟成させた「さいしこみ」を守り続けています。

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つづく。

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posted by マネージャー at 23:32| Comment(0) | 横川・妙義山 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月04日

安中藩ウオーク2 碓氷郡役所

今週のシルマンウォークは、安中です。

ここは、碓氷郡役所。これは、あまり知られてませんが、日本には、大正15年まで、県と市町村の間には、という行政単位があったんですね。

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しかし、大正末期に、小さな市町村を大合併し、郡を廃止します。
そして、旧市町村を、大字(おおあざ)とし、
合併市町村を、市町村としました。
そして、郡役所を廃止するのです。

 廃止の理由は、自由民権運動の系譜を引く政党勢力を中心に批判が多かったためで、衆議院で郡制廃止が議決され、それを貴族院が否決する、ちいうことが繰り返されました。

 大正12年に自治体としての郡(および郡の自治財政)が廃止され、1926(大正15)年には行政官庁としての郡(郡長および郡役所)も廃止されました。

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館内には、昔の資料がたくさんあります。
無料で入れます。
特筆すべきは、写真の数々。
大正時代の安中の豊かさがわかります。

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これは昔の郡役所。

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しかし、武家屋敷は、この時代になっても全て茅葺きでした。
それについては、あとで、お見せします。
特筆すべきは、山田三川の書ですね。

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アイヌに対する善政に失敗した山田三川は、
安中藩で大活躍することになります。

つづく。

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posted by マネージャー at 08:40| Comment(2) | 横川・妙義山 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

中川昭一氏死去

中川昭一氏死去
http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/091004/crm0910041044006-n1.htm

 警視庁によると、中川昭一元財務相(56)の妻が4日午前8時半ごろ、東京都世田谷区下馬の自宅の2階ベッドでうつぶせに倒れている中川氏を見つけて119番通報した。救急隊が到着したときにはすでに死亡しており、病院には搬送されなかった。目立った外傷はなく、警視庁は死因などを調べている。

以上、引用。



驚きましたねえ。50歳以上の人間、および北海道の人間は、
みんな驚いたんじゃないですか?
父親の時と、同じだと!


へたしたら親子二代にわたる
怪死事件になる
可能性もある。


中川昭一氏の父親にあたる
中川一郎氏の怪死事件、
あれはショッキングでした。


父・中川一郎氏の怪死事件、あれは、かなり怪しかった。
そして息子の中川昭一も、父と同じ歳にあたる56歳に原因不明の死亡。



呪われてるなあ.....



つづく。

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posted by マネージャー at 22:47| Comment(6) | ニュース・時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

大平湿原ツアー1

初の大平湿原ツアーです。

ここは穴地獄。
生き物の生存を許さない強酸性の沢に
奇跡の苔があります。

これがチャツボミコケ。

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この苔は、酸の湖にしか生存できない珍しい苔。
あたりには、卵が腐ったような硫黄臭。
動物たちが酸欠で死んでしまうので、
穴地獄といわれています。

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ここから1時間ほど山を歩くと、
大池があります。
残念ながら、紅葉には早かったようです。

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そして、さらに30分歩くと、平兵衛池。
美しい池ですが、こんな伝説が。


 昔、草津温泉に、湯本平兵衛と言う人が居た。
 平兵衛には、はるえという美しい娘が居た。
 はるえは、ワラビとりにでかけ、美しい沼を見つけた。
 そこで水を汲んでると竜があらわれ、彼女を飲み込んでしまった。
 この様を見ていた共の者は、転げるように草津に駆け戻った。

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 驚いた平兵衛は、人数を連れてはるえを助けに行った。沼には波ひとつなく、鏡のように静かで、赤いクシが浮いていた。怒った平兵衛は、池の淵を掘って、水を流してしまおうとした。

 すると、はるえが池の真ん中に現れた。はるえの頭には角が生えていた。その隣には、大きな竜がみんなをにらみつけていた。

「おとっちゃん、私はこうなる定めを持って生まれて来たんです。私はここで池の主と暮らします。池の水を干されたら、私たちの命はありません。どうかこのまま帰ってください」

 平兵衛は諦めるしかなかった。
 そして娘が池に入った日を命日と定めて、
 供養することにした。
 毎年、その日が来ると、ご馳走をもって池に出かけ、
 重箱を池の岸に浮かべてやると、
 重箱は、池の真ん中まで行くと、さっと沈んだ。
 そしてしばらくすると、空っぽになった重箱が浮かんできて、
 岸に戻って来た。
 平兵衛は、毎年この池に出かけていっては、重箱を供えた。

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つづく。

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posted by マネージャー at 23:36| Comment(6) | 大平湿原 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月05日

大平湿原ツアー2

初の大平湿原ツアーです。

やはり、大平湿原は、滅びていました。
写真を見てください。
笹だらけ。
昔は、水芭蕉が咲いていたのに!

ここ数年の乾燥化は、
酷いものがありましたから。

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しかし、奥の方には行っていません。
昔は、登山道から外れた奥地に湿原が残っていました。
しかし、今は行くのはやめときます。
もし、湿原が残ってたときのことを考えて、
これ以上のダメージをあたえたくなかったので。

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お昼御飯。
川は、酸の水。
毒水です。
下流にある品木ダムで、
毒水を真水に替えるまでは、
生命もやどりません。

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草津温泉に泊まった人は、わかるかと思いますが、
草津温泉市街には、
虫が一匹もいません。
真夏でも、蚊も蛾もいません。
虫が住めないんですよ!
虫が住めない町。
それが草津なのです。
そして、その原因が、温泉と、この毒水にあるのかもしれません。

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眼下に草津の街が見えます。

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さて、彼らは何をみているのでしょうか?

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これです!
品木ダムです。
毒水を真水に替える魔法のダムです。

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このダムで、1日に10トンの石灰石を使って
毒水を真水にかえています。

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エメラルドグリーンの色をしているのは、そのためです。
オンネトーみたいな色をしてますね。
白根山の湯釜のような色です。
つまり酸の水。

もし、このダムで中和してなかったら、ダムは、3年くらいで溶けてボロボロになってしまいます。だからヤンバダムは、長いこと作れなかった。でも、この品木ダムの施設によって、解決したわけです。ただし、そのために村が一つ無くなっています。

6つの村が合併して六合村。
そのうちの一つが無くなったので、
今は、六合村というより五合村なんですよ。


どうでもいいけれど、ヤンバダム中止するなら
鳩山さんと、小沢さんの地元のダムも中止しなさいよ。
どうして、西松建設かかわってるダムは中止できないですか?


誤解の無いように言っておきますが、
私は10年前からダム反対だったし、
ホームページにも書いてきました。
でも、今回のヤンバ事件は酷いと思う。

特に川原湯の人たち、長野原の人たちには同情します。


つづく。

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posted by マネージャー at 22:21| Comment(1) | 大平湿原 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月06日

イノシシ

秋になると庭に、栗の実がいっぱい落ちるので
リス・イノシシの子供が現れます。
今日は、イノシシがやってきました。

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ふつう、イノシシは神経質で警戒心の強い動物なのですが、北軽井沢では、子供のイノシシは、あまり警戒しません。春先は、団体様で道路を封鎖することがよくあります。

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昔は、豪雪地帯には、イノシシはいないと言われていましたが、今じゃどこにでもいます。私は、20年前に岩手県の花巻でも目撃しています。しかし、昔は、東北や新潟・群馬には、存在しないと言われていました。

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つづく。

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posted by マネージャー at 19:35| Comment(5) | 自然−動物 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月07日

安中藩ウオーク3 武家屋敷・郡奉行役宅

安中藩ウオーク3 武家屋敷・郡奉行役宅

武家屋敷・郡奉行役宅
と言っても、ただの郡奉行役宅の役宅ではありません。
山田三川の役宅です。

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山田三川と言って、ピンとくる人は、日本史やってた人です。
山田三が何者か知らなくても、
『三川雑記』
を読んでない人はいないからです。
江戸・幕末をかじったことのある人で、
『三川雑記』を知らない人は、モグリとさえ言われていますから。

しかし、北海道史をやっている人間にしてみれば、
山田三川の名前は、もっと特別な名前になります。
それを話すと長くなるので、今回は山田三川の
役宅をよくみてみましょう。


まず、郡奉行の役宅について。郡奉行とは、県知事みたいなもので、民政官みたいなものです。ですから、門構えも立派です。なにしろ役所ですから。下の写真が門です。

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門の隣に役人の詰め所があります。そして門の屋根をみると分かりますが、茅葺きです。近くに吾妻川が流れているために、茅が無尽蔵にあったので、それを利用したのでしょう。そして土壁。白壁ではありません。郡奉行の役宅にしては、質素な作りですが、これは、安中城にしても一緒で、大名のお屋敷さえも、茅葺きでした。もちろん天守閣なんてものはありません。唯一、瓦を使った建物は、防火のための蔵だけです。


これは玄関。
というより、おしらすですね。

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館内は、土間があって、そこから板の間になります。
郡奉行の職員たちは、ここで仕事をしたようです。
記帳などの書類整理と、裁判、警察、土木事業、年貢の取り立てなどが、主な仕事です。イメージとしては、『どら平太』や『たそがれ精兵』に出てくる役所風景に似ています。広さは、16畳の北軽井沢ブルーベリーYGHの4人部屋くらいになります。

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これは奉行の部屋。
たったの8畳。
ここだけ、良い畳です。
客間を兼ねるからです。
他の部屋の畳は、最低のものを使っています。

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これは中間(下男)の部屋。
わずか一畳です。

中間とは、農民や一般町民が雇われており、自宅から通っていました。だから、こんなに部屋が狭いのです。仕事は、武士が出かける時の荷物持ちなど、雑務をこなしていた。参勤交代の時には大勢の中間が必要となるため、このときだけ臨時で雇われるということも多かったものです。ただ、脇差1つを挿すことを許されており、時には戦いにも参加しています。渡り中間に代表されるように、世襲はされず、一時限りの奉公の場合が多いですね。

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家の大きさは、役所を兼ねていることを考えると、かならずしも大きくはありません。北軽井沢ブルーベリーの半分以下の大きさです。台所も小さく、湯殿にも風呂桶はありません。今で言うところのシャワーのみです。そして屋根は全て茅葺きです。

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さて、以上の説明の後に、
思い出してほしいのが、
雷電爲右エ門の生家です。


http://kaze3.seesaa.net/article/129286220.html

さて、ここで
農家の屋敷と、郡奉行の役宅を比較してみましょう。
貧富の差は、歴然です。
まず、雷電爲右エ門の生家。

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凄い富豪ですね。豪華な家で、郡奉行の役宅の倍はあります。
それに比べて郡奉行の役宅。

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だいぶ、みすぼらしいですね。
ついでに、新島襄(武士)の生家。

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ついでに、江戸時代の商屋。
http://kaze3.seesaa.net/article/127007387.html

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以上、すべて同時代の建物です。

比較すると安中藩の武士の家が、
いかに質素で貧しかったかわかります。
ちなみに、江戸時代の農民たちの米穀の消費量が年間180キロ。
(一石が、150キロになります)
私たちの一人当たりの米の消費量が年間62キロ。
そして、戦後間もない米不足の頃で、
一人当たりの米の消費量が年間80キロでした。

肉を食べるようになり、
肉体労働が減り、
私たちの食生活は、大きくかわってきています。

つづく。

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posted by マネージャー at 19:35| Comment(0) | 横川・妙義山 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月08日

安中藩ウオーク3 武家屋敷・下級武士の長屋

下級武士の長屋をみてみましょう。

これが意外に広いのです。

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八畳二間に土間。押し入れ。
いわゆる2LDKですね。
この長屋に住んでいた武士たちの石高が、
十石以下というから驚きます。

十石といえば、最低の生活水準です。
家族4人の米代にしかならない。
現在の物価に換算すると、年俸18万円。

米1石=金1両(小判1枚)=現在の約10万円とすれば、
十石取りの武士の取り分は、4石なので年俸40万円。

実際は、エンゲル係数の違いから、その値段を当時に当てはめることはできませんが、当時の水呑百姓の生活水準より下だったでしょう。その最低レベル武士たちの住む屋敷にしては、ちょっと大きいんですね。

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もともと武士の家の庭が大きいのは、
ここで武芸に励むためなのですが、
農作物を造って飢えをしのいでいたにちがいありません。

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もちろん家が広いと言っても、壁は土壁。
屋根は、茅葺きですから、質素は質素なんですがね。

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それでも室内は、武家屋敷らしいです。

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この武家長屋は、郡奉行役宅・山田三川の役宅の隣にあります。
質素を重んじた山田三川の影響が、
この長屋に、あったのかもしれません。

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ただ、武士たちには、知行(年俸)の他に、
役料が入ることも多々ありました。
役料とは、役職手当のことです。
役料は家禄に関係なく支給されます。
だから下級武士たちは、一生懸命勉強して
役職につくように頑張りました。

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つづく。

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posted by マネージャー at 23:47| Comment(0) | 横川・妙義山 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月09日

素敵なカフェ コーヒー&カレーハーブカフェガーデン一里塚

今日は、信濃追分にある素敵なカフェを紹介します。
一里塚
です。

この店は、知る人ぞ知る店なのですが、損をしている店です。
ダンプが行き交う信濃追分の国道18号沿いにあるために、
道路から店に入りにくいのと、

『カレー・珈琲・一里塚』

という看板が、いかにも安っぽく見えるのです。
普通の人なら
「カレーと珈琲? なんかドライブインみたいだな」
と通過してしまう。

しかし、ここは、本当は、オシャレなカフェなんですよ。
それも穴場的なカフェであり、
カレーも、普通のカレーではなく、
かなりオリジナルなカレーなんです。

まず、外観を紹介。

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ハーブ・カフェガーデン一里塚
住所 軽井沢町大字追分1139-1
電話 0267-45-7318

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メニューは、これ。

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おしゃれな店内。

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外は、ハーブガーデン。
そしてテラスもあります。

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野鳥もたくさんやってきます。

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さて、どんなカレーかと言いますと、
インド風の玉ねぎたっぷりカレー。
スパイスがきいてるのに、辛くありません。
野菜たっぷりのせいでしょうね。
材料費に、かなり金をかけて作っていることは確かですね。
というのも、私も、これと同じ味のカレーを某有名店で
造ったことがあるからです。
この味を出すのは、かなりコストがかかる。

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これは、煮込みハンバーグ。
野菜たっぷりで煮込んであります。
これも、かなり手間とコストをかけているなあ。

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カレーも含めて味は確かです。
おしむらくは量が少ないところ。
(コストを考えたら仕方ないか)

ただ女性なら、量的には満足でしょう。
味は、男女ともに大満足だと思います。

つづく。

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posted by マネージャー at 00:23| Comment(0) | 信濃追分 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ア・ラ・ガール

2日続いてカレー屋を紹介。

昔から中軽井沢駅前で有名な店といえば、
『かぎもとや』と『ア・ラ・ガール』です。
で、ア・ラ・ガールを紹介。

場所は、中軽井沢駅前『かぎもとや』の隣です。

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どっちかと言うと、観光客よりも地元民の店。
だから値段も庶民的。

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ただ、おすすめはセットメニュー。
20種類のカレーを楽しめる店なので、
カップルで行って、セットメニューをたのみ
4種類のカレーを食べるのがかしこいたべかた。

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店内は、こんなかんじです。

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これは、ナンのセット。
容器がインド風です。

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これはライスのセット。

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人間との対比で大きさを確認してください。
味はインド風ですが辛くはありません。
もちろん辛さをアップすることもできます。

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セットだから各種デザートを選べます。
カップルなら2種類挑戦。

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そして、食後のドリンク。

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この店は、老舗です。昔から軽井沢にきている人に多くのファンのついているところです。


つづく。

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posted by マネージャー at 22:01| Comment(0) | 中軽井沢 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

じねんや マクロビの店

じねんや

今、はやりの玄米や雑穀、有機野菜を使った
オーガニック料理店
を紹介します。じねんやさんです。

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正直言って、財布にやさしくない店です。
財布にやさしくないけれど、体に優しい店。
それがじねんやですね。

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これが店内。

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そして、自然食品が所狭しと並んでいます。
ここで食材も売っているわけです。

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ここでは、マイクロビオティックメニューなど、旬の素材を生かした食事ができます。

 ちなみに、マクロビオティック (Macrobiotic) とは、第二世界大戦前後に桜沢如一が、自ら考案した食生活法や食事療法の名称として広めたものです。

 現在ではさまざまな流派が存在しますが、桜沢如一に端を発した食に関する哲学や独自の宇宙感に関してほぼ同じ考えを保っており、また各集団も連携しています。

 思想的な基盤は、食育で著名な明治時代の薬剤監であり医者であった石塚左玄の食物に関する陰陽論です。桜沢は左玄の結成した食養会で活躍することを通して食事療法(食養)を学び、独自に研究しました。もとが中医学ではないため、この分類は中医学の陰陽論に基づく分類とはかなり異なります。

 左玄は「白い米は粕である」として玄米には栄養が豊富に含まれていると主張してきました。このことは20世紀初頭の栄養学でも確固として認められてきた点ですが、当時の栄養学には食物繊維の概念がなかったため消化されない栄養素があるとして少し精白した米をすすめました。当初、桜沢は左玄の考え方に従い、鳥・魚・卵を少しなら食べてもよいとしていましたが、晩年にそれらも食べない菜食が正しいという見解に到っています。

理屈は、このくらいにして、じねんやの食事を紹介してみます。

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いわゆる、お総菜ですね。
伝統的な和食。

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こちらも、同じです。
肉は使っていません。

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一品の量は少なく、
そのかわりに品数が多いです。
見るからに体に良さそうですね。


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長野県北佐久郡軽井沢町長倉2733-1
電話0267-46-2476
http://www10.plala.or.jp/jinenya/

営業時間11:00〜14:00、18:00〜20:00
定休日不定休

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つづく。

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posted by マネージャー at 22:32| Comment(0) | 中軽井沢 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月10日

パティスリー・シェ・カジワラ

パティスリー・シェ・カジワラ

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今まで、いろんなスイーツの店を紹介してきましたが、このパティスリー・シェ・カジワラは、別格の店です。一般レベルの店ではないということです。はっきり言って、この店でケーキを買うのは難しい。というのは、駐車場が狭すぎるうえに、いつも御客様の車が停まっていて、よりつくことさえできません。

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そのうえ、やっと駐車できたかと思ったら、たいてい品切れ。それも、そのはずで、この店は、有名なパティシエ、梶原正次さんの店だからです。しかも御本人みずから造っているのが狭い店内で見えてしまう。

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梶原正次さんは、フランスで修行ののち、東京銀座の有名ケーキ店にて総製菓長を歴任しており、アフタヌーンティーの商品開発シェフをしていた人です。NHKの料理番組はもちろんのこと、長野県の料理教室や講演会にも引っ張りだこの人です。

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それだけに品切れが多いです。
下の写真をみてください。
ショーケースが、ガラガラ。
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で、うしろでセッセと造っている梶原正次さんの姿がみえてしまう。
小さな店舗ですから。
それにしても、これほどの人が、
どうして中軽井沢の田舎に引っ込んでいるのだろう?
軽井沢には、そういう人が多すぎますね。


値段は、安くもなく高くもなく。
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とりあえず、買ってみました。

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モンブラン、最高でしたね。

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これは、レアチーズケーキ。

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でも、この店のおすすめは、
軽井沢たまご
いつも売り切れで、オフシーズンでも買えたためしがない。
いつか、食べてやるぞ!

http://www.chez-kajiwara.jp/karutama.htm


つづく。

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posted by マネージャー at 02:07| Comment(0) | 中軽井沢 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

長倉カフェ

長倉カフェ
の面白いところは、マイセンのカップで珈琲が飲めるところです。
ここは、ゆっくりする喫茶店です。

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店内は、こんな感じです。照明は1950年代のフランスのものやベネチアのシャンデリア。受注生産品で四ヶ月待ちという人気のアンティークらしい。

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マイセンの高級食器も飾ってあります。

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で、珈琲や紅茶もマイセンででてきます。

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なんとも贅沢な店があったものですね。

軽井沢町長倉 ロイヤルプリンス通り
営業時間 12:00〜18:00
定休日 月曜〜木曜(ただし、夏期は、月、火曜定休)
駐車場 5台
メニュー 喫茶
お値段 コーヒー420円から
雰囲気 ファミリーでも大丈夫


つづく。

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posted by マネージャー at 02:54| Comment(0) | 中軽井沢 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

オンリーワン

またまた中軽井沢特集。最近中軽井沢の店ばかりアップしていますが、気にしないでください。次は、南軽井沢、その次は、旧軽井沢に行きます。で、いつのまにか軽井沢グルメガイドが、充実しているということになる。

http://gourmet.kaze3.cc/

はやく軽井沢グルメガイドを完成させなければね。

作り始めて、もう2年もなるのに、まだ3割しかできてない。なのに、その間に潰れる店あり、新規オープンの店ができたりで、飲食業は戦国乱世の時代です。

で、潰れる店というのは、不味い店かというと、そうではない。
どちらかと言うと、やる気のあった店。
むしろボロボロの店の方が長続きしている。
いわゆる老舗は、どんなに客が減っても細く長く続けている。

その反対に、やる気まんまんの店は、途中で息切れして倒れるケースが多いんです。これは凄いと思っても、5−6年たつと潰れている。むしろボロ屋で、やる気あるのかなあという感じで、40年くらい店をやってるところの方が、根気強く続けています。はたからみて、こんな客入りで経営がなりたつのかなと思うんですが、こういう店の方がしぶとい。

不思議なものです。

ドライブイン・ラブホテル・モーテル・ペンションなんかは、アッという間に大繁盛して、アッという間に消えていきました。でも、そういう群雄割拠の時代にも、老舗の店は、マイペースで細々と続けていて、いつのまにか、何か1品くらい名人芸を身につけていて、それが徐々に口コミで評判が広がっていったりする。

不思議なものです。

さて、今日は、中軽井沢と信濃追分の間にあるオンリーワンを紹介。
最近、できた店なのですが、
欠点はあっても、安くてリーズナブルで頑張っているので
長続きしてほしいなあと思っています。

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コンセプトは、一里塚や長倉カフェと一緒ですが、
ちょっと大衆的な感じ。

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オシャレな感じな店ですが、高い店ではありません。
むしろ大衆的な店です。

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料理も850円で、これなのでリーズナブル。
ただし、メニューは4種類くらい。

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食器も感じがいいです。

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場所は、中軽井沢から信濃追分の途中にある18号沿いです。

つづく。

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posted by マネージャー at 12:09| Comment(2) | 中軽井沢 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月11日

今日、女性1名あいています。

今日(10月11日)、女性1名あいています。
女性の方、どうですか?







「今日、女性1名あいています」のどこが業界裏話かと言いますと、
女性の当日予約は、ほとんど期待できないという話なんです。
これが、宿側に、どういう影響がでるかと言いますと、
直前になると、宿側は男性客を中心に集客をはじめるのですね。

つまり、女性の部屋を締め切って、
男性客を中心に募集しはじめるのです。
今回は、それをしなかったので、
あと1つのベッドが売れなくて四苦八苦してるわけですが。


女性客の大半は、かなり前から予約してきます。
そして直前予約はありません。
旅に計画性があるのですね。

(これは、ファミリー客にも言えることです)

逆に男性客は、直前でないと予約してきません。
男性たちは、気儘な旅をしているというか、
あまり計画をたてないのかもしれません。

で、その結果、どういう事がおきるかと言いますと、
昨日今日のような連休になると、
早くから部屋が埋まるために
ファミリー、または女性客の予約でいっぱいになるのです。

で、たまたま、今回は、ファミリー客がいなかったので、
女性客ばかりになってしまった。
男性客は、たったの4名(1室)。
あとは、個室希望の御夫婦2組と、
女性ばかりになってしまった。

で、11日に女性のベッドが空いているわけですが、
これが、直前だと埋まらないのですよ。
しかし、男性客の問い合わせは、直前でもジャンジャンきます。
実際、昨日も何人も断っています。


話は、変わりますが、女性客が多いと、面白い現象がおきます。
お茶会が早じまいになるのです。
女性の御客様は、規則正しいからです。
明日に備えて準備するために、はやめに寝室に戻るのです。


男性客は、なかなか寝室に行きたがりません。
消灯時間が決まってなければ、
盛り上がれば、何時間もおきている可能性があります。

これは、私と、私の嫁さんも同様の傾向があります。
うちの嫁さんは、定時になると、きっかり仕事をやめて寝ます。
だからホームページを造らせても、なかなか完成しません。

逆に私は、ホームページを造りだすと、48時間くらい寝ないで夢中になって作り続けます。ブログも書き出すと、ガンガン書き、筆が止まりませんから、私のブログの書き込み時間は、朝の4時とかが多いですが、うちの嫁さんは、夜の9時とか、常識的な時間にアップしています。


つづく。

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posted by マネージャー at 08:30| Comment(3) | 業界裏話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月12日

夏のヘルパーだった麻生さん。

夏のヘルパーだった麻生さんが、ドイツ系スイス人のハーフの男の子と一緒に、はるばる大分から泊まりに来てくれました。で、ちょうど誕生日だったので、誕生会をやりました。


ロウソクの火を消した瞬間。

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ケーキの写真を撮っている一同。

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これがケーキ。

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つづく。

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タグ:ヘルパー
posted by マネージャー at 13:58| Comment(3) | ヘルパー物語2008− | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

峰山ハイキング

今回は、人数が多かったので峰山ハイキングを行いました。
参加メンバーは、こちら。
総勢18名。
スイス人ハーフの方も参加です。
遠く大分県からやってきています。

皆さん、寒そうです。

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目標の山は、こちら。

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上りは、なだらかなので、楽に登れます。

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紅葉もちらほらと。

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これが頂上。
祠に剣があるのは、修験道の名残ですね。
修験道は神仏習合の信仰ですから。
祠は、日本の神様。
剣は、不動剣であり、不動明王をあらわしているのでしょう。

なぜ、不動明王が剣を持っているかと言いますと、煩悩を剣でぶった切るためだったり、現世の悪を断ち切るためだと言われています。で、日本の神様たちは、不動様が別の姿であらわれたのであって、もともと同一であったというのが、神仏習合の信仰です。

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頂上で記念撮影。

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つづく。

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posted by マネージャー at 15:09| Comment(0) | 高峰山 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする