2010年03月01日

的岩スノーシューツアー

的岩スノーシューツアー

国道144号線の鳥居峠がスタート地点になります。
鳥居峠の駐車場は雪で覆われており、
空きスペースに車を停めます。

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林道を1時間くらいゆっくりと歩きます。
途中で体温調節しながら進みます。
林道の歩きが終わり、登山道に入っていきます。

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ここが林道終点。

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ここから2つのルートに別れていますが、林道の方を使って的岩に向かうのが一番無難でしょう。道を間違えようがないですから。ただし、念のために赤テープを貼っておきました。

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ここが的岩。
林道終点から1時間くらい。

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万里の長城みたいな的岩。
四阿山は、標高2332m。
この四阿山の中腹に的岩山(標高1746m)があります。

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 建久年間、浅間野に狩にきた源頼朝は、この珍しい岩を的にして矢を射られたといいます。鳥居峠から四阿山に向かって尾根伝いに北上すると3kmの地点にこの岩脈がある。上州側では「的岩」信州側では「屏風岩」と呼びます。また、上州側ではこの辺一帯を「天狗の露地」とも言っています。

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つづく。

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posted by マネージャー at 00:07| Comment(2) | 四阿山・バラギ高原 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

私の小学校時代を思い出した4 スカートめくりの話

私の小学校時代を思い出した4

 つづきです。小学校3年生の時、私は、団塊の世代の新任の先生のクラスに入りました。そして、その先生に3年間習うことになるのですが、この先生が変わり者でした。いわゆる団塊世代先生でした。驚愕の毎日が続きました。詳しくは、私の小学校時代を思い出した2または3を読んで貰うとして、今回は、スカートめくりの話です。

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 当時、男子の間でスカートめくりがはやりました。スカートめくりをしない奴は、男ではないという風潮でした。そこで団塊世代先生は、スカートめくりをした男に、こんな罰を与えました。帰りのホームルームの時に、みんなが見ている前でパンツを脱がされフルチンにさせられたのです。今だったら問題行為でしょうが、これでスカートめくりの悪弊は消えて無くなりました。

 本来なら、これで「目出度し目出度し」ということになるのでしょうが、そうは問屋が卸さなかった。確かにスカートめくりは無くなったが、いぜんとして男子たちは、みんなが見ている前でパンツを脱がされフルチンにさせられたのです。

 冤罪のために。

 女子たちは、どんどんつけあがっていきました。最初は掃除をサボると「スカートめくりされた」と先生に訴え、みんなが見ている前でパンツを脱がされフルチンにさせられました。

 それが、いつの間にか、女子たちが掃除をサボって、男子たちだけが掃除をするようになった。そうしないと、みんなが見ている前でパンツを脱がされフルチンにさせられるからです。

 よーするに女子に脅されたわけです。

 これは子供ながら貴重な体験でした。
 権力の恐ろしさ、冤罪の恐ろしさを
 身をもって体験したからです。

 と同時に、何が問題であったか、何が間違いであったかが、子供心に理解できるようになりました。団塊世代先生の間違いは、相手の証言を一方的に信じたことにあり、それが恐ろしい事件を引き起こしたということを。つまり被告に反対尋問の権利が無かったために、冤罪が次々に生まれていったということを小学3年生で学ぶことができたことは、非常に貴重な体験でした。

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 日本国憲法第37条の2には
「刑事被告人は、すべての証人に対して審問する機会を充分に与へられ」
と書いてあります。

 だから反対尋問を却下された田中角栄裁判が暗黒裁判だったことを
 渡部昇一氏が指摘した時には、すぐに気がつきました。
「ああ、田中角栄は、パンツを脱がされフルチンにさせられたんだな」と。


 そうそう、田中角栄で思い出したことがあります。

 私の名前は、佐藤ですが、私が小学校5年生になるまでは、日本の総理大臣は、佐藤総理でした。この佐藤総理が、なかなか総理を辞めなかったので、全く縁もゆかりもない私に対して、みんなは
「佐藤はいつ辞めるんだ?」
とからかい始めました。

 当時、庶民は次期総理として田中角栄を待望していました。
 私の実家は新潟県ですから、田中角栄は人気がありました。
 それがエスカレートしていって
「佐藤総理は辞めろ! 田中角栄に変えろ!」
と関係ない私を殴ったり、つねったりするようになりました。

 小学生というものは、まことに、たわいもないことでイジメをはじめるものです。私は、こんなつまらないことでイジメのターゲットにされたわけですが、イジメの原因なんて、たいていが、つまらないことがきっかけだったりします。

で、田中角栄が総理になり、その田中角栄が金脈問題で退陣すると、
 みんな田中角栄の悪口を言い出しました。その時は、
「みんな、本当に節操がないな」
とあきれたものです。

 そのうえ佐藤元総理が、ノーベル平和賞をもらうと
「やっぱり佐藤総理は偉かった。それに比べて田中は....」
なんて言い出した奴が多かったのに、言葉もでませんでした。

 人間というものは、なんと無責任な生き物だろうと思ったものです。

 ところでイジメと言えば、小学生時代には、つきものですね。
 私も、イジメの被害者・加害者両方を体験しました。
 酷かったのは、ある子をクラス全員でいじめたことがあった。
 その時は私も加害者だった。
 今から思えば、なんであんなことをしたんだろうと思います。

 それは、ほろ苦い思い出であり、
 今でも目ざめの悪い思い出です。
 具体的に言うと、
「野ブタ。をプロデュース」
という番組がありましたが、ほぼ、同じようなイジメが、私の小学生時代にもありました。具体的に言うと、下記の動画のようなイジメです。





 その時、一人一人は大したことをやってなかったと思いますが、クラス全員でやると、これが凄いダメージになるのです。というのも、私もやられたことがあるので、そのダメージの大きさがよくわかるのです。これは、やられた者でないと、なかなか理解しにくいでしょうね。

 で、今になって当時を思い出すと、イジメのおこりやすいクラスと、そうでないクラスがあったことです。というのも、全くイジメが無かったクラスもあったからです。では、どういうクラスにイジメが多かったかといいますと、みんなが仲がよいクラスほどイジメが多かった。団結心が強いクラスほどイジメが壮絶だったんですね。

 逆にイジメがおこりにくいクラスというのは、あまり、まとまりのないクラスだった。具体的に言うと、リーダー的な存在が、いなくて、各自がめいめいオタク道に走っていて、一人一人、別々の趣味の世界をもっているようなクラスでは、イジメはおきにくかったような気がします。

(だから私は趣味の世界に走るオタク道に否定的ではありません)

 それが証拠に中学生になったらイジメは、消えていった。中学生になると、小学生時代よりも多趣味になるし、クラブ活動が盛んになります。みんなで一緒に団体行動することなんか無くなって、自分の好きな世界に没頭し出すので、イジメなんかやってる暇がなくなるんですね。


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 高校になると、もっと、その傾向が強くなる。

 ところで私は高校時代に転校しています。
 それもかなり特殊な高校に転校しています。

 具体的に言うと、小学生時代に逆戻りしたような高校に転校した。その高校の先生たちは、非常に特殊なイデオロギーをもっていて、やたらとクラスの団結を強調する高校でした。

 具体的に言うと、文化祭のために1ヶ月ほど、授業を中止して、文化祭の準備だけをおこなう高校でした。勉強なんかどうでもいいという感じで「クラスのまとまりこそ一番大切」という姿勢の学校だった。その学校に転校して驚いたことは、小学生のころにやっていたイジメを目撃したことでした。具体的に言うと、知恵遅れ気味の同級生を殴る蹴るの暴行でいじめていた。ちょうど、こんな感じです。下記の動画をみてください。




 これを目撃した時、目が点になったが、
 それをやめさせようとすると、一緒にイジメられるようになる。

 転校する前は、元旧制中学の進学校にいたので、イジメなんて想像もつかなかった。そんなことをする暇があったらクラブ活動や受験勉強をやっていたし、だいたい、そういう大人げないことは、自分自身のプライドが許さなかったと思います。

 しかし、クラスの団結を強調する高校では、さかんに誰かをイジメていたんですが、悪質なことには、そのイジメには、「和をみだす」という大義名分があったんです。だから始末におえなかった。

 で、そういうイジメに義憤をもっていたら、
 わりと、まともだった某先生が、
 私の心中を察して

「こういう空気が、維新や戦争や安保闘争の原因を作ったんだよ」

とおっしゃり「空気の研究・山本七平」という本を紹介してくれました。それを読んだ私は、すっかり目から鱗が落ちました。全ての謎が全部解けたという感じになりました。そして、その瞬間から私の人生が変わったのです。

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つづく。

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2010年03月02日

私の小学校時代を思い出した5 ハブ

私の小学校時代を思い出した5

 つづきです。今回は、ハブについてです。

 ハブといっても蛇のことではありません。仲間はずれのことです。イジメに似ていますが、イジメとは違います。イジメの場合は、徹底的に除外することですが、ハブとなるとそうではない。ある一定限度は仲良くする。しかし、一定限度を超えたところでハブく(省く)。つまり除外することです。生かさず殺さず除外する。見方によっては、イジメより残酷です。


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 しかし、このハブという言葉は、新潟県にはありませんでしたし、私の子供の頃にも体験した記憶がない。世代が違うからか?というと、そうでもない。同じ世代でも東京においては、ハブは、日常においてよくみかける行為だったと言います。今は、どうなんでしょうか?

 私が、このハブという言葉を知ったのは、東京に上京してからのことで、その存在を知って驚愕した覚えがあります。具体的にいうと、ある人と仲良くしていたら、別の友人が急によそよそしくなった。そして、どこかに呼び出され、このように忠告されました。

「あいつハブられているんだよ、お前も近寄らない方がいいぞ」
「はあ?」
「つるんでると、おまえもハブられるぞ」

 しかし、そんな忠告は無視したので、私もみんなからハブられたらしい(笑)。で、あえて「らしい」と書いたのは、日常生活の上で全く問題がないために、全く気がつかなかったからです。どうやらハブられているらしいのですが、当時の私は多趣味だったし、我が道をすすんでいるために、何一つ問題がなかったのですね。そのためにハブっている人間も、ハブっていること自体忘れてしまったみたいなのです。それを後で、友人が教えてくれて大笑いしたことがある。

 で、ここからが問題なのですが、ハブられていることを気にしている人は、ますますハブられていったことです。そして、それがイジメにエスカレートしていったことです。

 つまり仲間はずれにされるのに敏感な人ほど、ハブられやすいといえうことであり、鈍感な人ほどハブぶられにくいということです。いつも友達とつるみたがる人ほど、ハブられやすいんです。最初から我が道をいってる人は、ハブの対象から除外されてしまうんですね。

 だいたい一人だと気が楽ですよね。気を遣わなくてもいい。自由、束縛がないから好きな趣味に思いっきり走れます。自分の好きな時間の使い方ができるます。学校なら勉強、職場なら仕事に力を入れることもできます。悪いことは一つもない。

 でも、決して人づきあいを無くすのではなく、困ってる人がいたら助けるし、声をかけられたら返事もします。一人でも何も困らないけれど友達が増えるのは、嬉しいなとは思っている。でも、無理してつるまない姿勢はもっている。そういう人は、ハブの対象から除外されてしまうんです。



 さて、ここからは、私の小学生時代の思い出です。
 新潟県には、ハブという言葉も無かったし、
 そういう文化もなかった。
 イジメはあったけれど、ハブは無かった。

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 けれど、ある時、事件があった。ある女の子が
「某先生は贔屓する」
と盛んに噂をながしたんですね。

 すると、その先生には「贔屓先生」というレッテルが貼られ、それがクラス中に広まった。まあ、そういう事は、子供たちの間では良くあることで、たいていの先生は、気にもしないんですが、その先生は気にしたんです。そして、よせばいいのに子供たちの前で謝ってしまった。

 それからが、もう大変だった。

 謝ったことが火に油を注いだようになって、ますます子供たちのバッシングは先生に強まってしまった。といっても相手は先生だからイジメるわけにはいかない。そこで面従腹背になる。つまりハブられる状態がおきたのですよ。


 今、思い返せば、あの先生は、本当にお気の毒だったと思います。心ある子供たちは、みんなそう思っていたはずです。しかし、どうにもなりませんでした。なにせ、バッシングを行う主力が女の子たちでしたから、もう、どうしようもない。どうしても流れをかえられない。この手のバッシングは、女の子の方が陰湿だったので、まことにお気の毒だった。


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 この事件をある人に相談したら、
「女の子は嫉妬深いんだよ。だから贔屓という言葉が出るんだ」
と教えてくれました。

 いつも、誰かと自分を比較するから「贔屓」という言葉がでるんだと。そして他人に嫉妬するから「贔屓」という言葉がでるんだと。でないと、そういう発想は生まれてこないというのです。なるほどなと思いましたね。まあ、それは、ともかくとして、この先生の失敗は、子供たちの人気を気にしたことでしょうね。気にしなければ、なんてこと無かった事件だったと思います。


つづく。

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posted by マネージャー at 00:35| Comment(0) | 教育問題を考えてみる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月03日

日本ユースホステル協会・新理事長に水野事務局長が就任

日本ユースホステル協会・新理事長に水野事務局長が就任

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 去る2月24日(水)開催の理事会において互選の結果、
 水野宰氏が選任されて同日就任しました。

 水野新理事長は、昭和39年に家山理事長と同期に日本ユースホステル協会に入り、一時期定年退職の期間もありましたが、家山前理事長からの要請により嘱託として平成19年7月から事務局長としてやってきましたが、今回、新理事長になりました。

 ユースホステル業界は、事業仕分けにより苦しい立場にありますが、新理事長のもとに各自の努力によって、この難局を乗り越えて行くしかありません。

 さて、日本ユースホステル協会の事業計画が、先日、発表されたのですが、その中にユースホステル運動の本来的目的に沿って、自然の中での子供体験や国際性を活かしたプログラムの提供を行うこととするとあります。

 それから「じゃらん」や「楽天」を通じて「宿泊」を販売しているユースホステルも多いですが、今後は「宿泊」をメインにするのではなく、各YHで行っている「プログラム」をサイトで販売し、併せて宿泊してもらうという計画もあるようです。新しい日本ユースホステル協会の動向にちょっと注目しています。

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つづく。

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posted by マネージャー at 04:05| Comment(0) | ユースホステルの話題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

私の小学校時代を思い出した6

私の小学校時代を思い出した6

 つづきです。今回は、男子と女子についてについてです。

 男子と女子。両社の文化には断絶がありました。
 これは大人になって気がついたことです。

 男子の悩みが、女子にはわからない。
 その逆もあったと思いますが、
 私が男なのでわかりません。

 小学生時代の男子にとって、一番の悩みはトイレです。学校で大便ができないという悩みです。学校で大便をすると、すぐに、「おーい、誰かウンコしてるぞ」と、みんなが集まってきて冷やかすからです。だから、わざわざ自宅に帰って大便する人や、病院や役場や公園にしにいく人がいました。しかし、女子には、そういう悩みがないんですよね。

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 ある日、男子トイレで誰かが大便をしていました。
 それを発見した友人たちは、
「おーい、誰かウンコしてるぞ」
とみんなを呼び集め、みんなでホースをもってきて、上から水をかける悪戯をしたのですが、やがてトイレのドアが開くと、びしょ濡れの先生が、仁王立ちでたっていました。もちろん、その後は、どうなったか言うまでもありません。


 関係ないですが、最近、嫁さんと議論することによって、男子と女子の目線の違いについてを発見しました。ことのおこりは、こうです。ある男性が、ある女性にジロジロ見られているという事件がありました。嫁さんは
「それは、ジロジロ見ている人が気があるんだよ」
と言いました。私は
「そんな馬鹿な」
と反論しました。


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 男社会では、不用意に目が会うと喧嘩に発展することがあります。だから、ジーッと見つめられた場合、本能的に
「俺、何か悪いことしたかな?」
と反省するものです。身に覚えがなければ
「何で見るんだよ!」
と反発心が湧いてくるはずです。それほど目と目を合わせることは、子供時代は危険なことでもあります。

 ところが、嫁さんいわく
「女は、好きな人がいるとジーッと見つめたくなる」
というのです。私は
「それ、逆だろう! 好きな奴がいたら、逆に目線を合わせられなくなるだろう」
と反論したのですが、うちの嫁さんは、そうではなかったらしい。

「それって危険だぞ。男社会では、ニホンザルと一緒で、目線があったら喧嘩に発展することもあるぞ。だからジーッと見られたら何か悪いことしたかな?と不安になるか、反発するかのどっちかだぞ」
「そんな馬鹿な」
「いやいや、本当! 男社会では、目線が会うと、ガンとばしたな!って言って因縁つけられることは、よくあるんだよ」
「好きな異性だったら違うでしょう」
「好きな異性だったら逆に意識してしまって相手の目をジーッとは見れんよ」
「好きだから見るんじゃないの?」
「逆だよ、逆! やな奴がくると見るんだよ。そうでなければ、その人の首筋に大きなホクロがあって、そこに毛が生えているから、それをジーッと見るとか.....」
「なんだそりゃ!」

 議論は平行線になりました。


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つづく。

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2010年03月04日

私の小学校時代を思い出した7 給食

私の小学校時代を思い出した7

 つづきです。今回は、給食についてです。

 給食で思い出すことは、同級生のこんな会話です。

「給食って不味いね」
「どうして、あんなに不味いんだろう」

 この会話を聞くたびに私は心の中で叫びました。

「美味いと思うぞ!」

 給食を不味いという奴らは、家庭で、どんな御馳走を食べてるんだろう?と思いましたね。だって私の家の朝食ときたら御飯と味噌汁に卵焼きがでれば良いほうだったから。たいていは、フリカケと沢庵だった。それも、三食フリカケのうちのノリタマとタラコが無くなり、ゴマ塩だけになった時なんか、
「ああ、給食が待ち遠しい」
と心で泣いたものです。




 で、給食の話になりますが、私が通っていた小学校では、一週間分の給食メニューが前もって配られたんです。だからカレーやラーメンの日になると、ワクワクドキドキして落ち着かなかったですね。給食当番だった日には、わざと少なく盛って配り、おかわりを大量に残しておき、ものすごい勢いで食べててしまい、おかわりしにいきましたね。

 あ、給食当番で思い出したんですが、麺類をよそうとき、苦労しませんでした? 大きなオタマに麺を入れて小さな食器に入れるのに一苦労。あと、先割れスプーン。あれでスープをすくうのは難しかったし、麺類をひっかけるのも至難の業だったですね。

 皆さんは、先割れスプーンで焼きそばを食べるときは、どうやって食べました? フォークのように使いました? それともスプーンのように使いました? どっちで使うにしても、先割れスプーンは、中途半端なんですよね。私は、スプーンとして焼きそばをかっくらいましたが、女の子の中は、フォークとして使っている人がいて、焼きそばを1本1本食べているんです。
「変な食べ方してるな?」
と思っていると、案の定、いつまでたっても食べ終わらないのでした。





 ちなみに皆さんは、脱脂粉乳を飲んだ世代ですか?

 40歳代後半から、50歳代は、脱脂粉乳世代だと思いますが、脱脂粉乳については、評価が分かれますね。だいたい8割の人間は、不味かったと言います。しかし、私はけっこう好きだったりしました。理由は、冷たくなかったからです。私は雪国育ちだったので、冬に冷たい牛乳を飲むのは辛いのです。しかし脱脂粉乳は、暖めてあったので飲みやすかった。

 で、小学校3年生の頃に脱脂粉乳が廃止になって、三角パックの牛乳になりました。冷たくて飲みにくくなった。そして、この三角パックは、食後に悪ガキたちの遊び道具になりました。床に置いて、ジャンプして踏みつぶすと、パーンと破裂するので、おもしろがって、みんな破裂させました。すると、教室の床に微量の牛乳が飛び散ります。それが、放課後の掃除の時までに、臭いニオイを充満させるのですね。

 そのせいか、どうかは分かりませんが、三角パックの牛乳は、すぐに廃止になり、代わって瓶牛乳に変化しました。瓶牛乳になると、瓶の蓋を集める人がでてきて、それを飛ばして遊ぶようになりましたね。

 冬は、ストーブのお湯の中に牛乳瓶を入れて温める奴もでてきましたが、必ず瓶が割れて、お湯の中が牛乳だらけになっていました。そして、そのニオイが教室に充満したものです。

 あと、ミルメークという珈琲牛乳の素みたいなものもでてきました。最初は、わけがわからなくて、牛乳瓶の蓋を開けて、そのまま粉を入れてしまい、牛乳が溢れて、こぼれてしまい、そのニオイが教室に充満したものです。ちなみに私は牛乳大好き人間で、冬は、みんなから牛乳をもらい、最高7本くらい飲んだことがあります。


 あと給食といえば、鯨。鯨の竜田揚げに、鯨のノルウェー風味、鯨の大和煮。これが毎週メニューにあったのですが、どれも大好物でしたね。捕鯨禁止の今となっては、どれも高価な食べ物になってしまいましたが。





 それからコッペパンと食パン。どっちが好きでした? 不思議なことは、コッペパンの場合は、四角いマーガリンがついて、食パンの時は、袋に入ったマーガリンでした。そして時々、チョコレート風味のマーガリンなんかがあったりして、チョコレートだと思って食べてみたら、変形マーガリンなのでガッカリした覚えがあります。

 あとコッペパンがでると、それで戦艦なんかを造りませんでした?
 宇宙戦艦ヤマトなんかを作って、
 船首に波動砲を発射する穴を作ったりして。

 あとスパゲティ。ナポリタンとミートソースがありましたけれど、私の記憶に間違いなければ、あれはスパゲティではなく、マカロニだった気がする。で、コッペパンを2つに割って、パンにはさんで食べたような?

つづく。

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追伸
ネットサーフィンしてたら、こんな記事が。
事実なら、ちょっと酷いと思うのですがどうなんでしょうか?
以下、ブログ記事を貼っておきます。


驚愕の子供手当て

http://5959goc.iza.ne.jp/blog/entry/1475880/

2/24(水)、在日外国人に対する子供手当てについて厚生労働省に質問し、唖然とする回答を頂きました。以下に列記します。


1.在日外国人への子供手当ての支給は行われるのか?その際の基準はあるのか?
(回答)国内に住んで税金を納めていれば分け隔てなく支給されます。永住資格者だけではなく短期滞在者(一年でも)でも支給されます。特に審査要件はありません。


2.子供を母国に残している親にも支給されるのか?
(回答)申請すれば支給されます。



3.養子や婚外子でも支給されるのか
(回答)支給されます。



4.本人の子供であることをどうやって判断するのか?
(回答)申請書類と子供と定期的にメール等のやり取りがあれば良い事になっています。



5.母国に子供や養子が何人いようと申請するだけで支給されるのか?
(回答)特に人数の制限はありません。



6.例えば一夫多妻制の国民で母国に何十人の子供がいると主張するだけでその人数分支給されるのか?
(回答)はい、支給されます。




7.ちなみに海外で滞在している日本人家族、子供を日本に残して海外に駐在している家族には支給されるのか?
(回答)親が日本に住んでいませんので支給されません。




8.海外駐在の日本人には支給されず在日外国人には大盤振る舞いにふるまっているがその論拠は?
(回答)鳩山総理の友愛精神です。また日本が難民条約を締結している観点からです。



9.難民条約と在日外国人に子供手当を支給することとどう関連があるのか? 在日中国人らは難民か?
(回答)平成22年度4月以降はとにかく支給を優先します。問題が多ければ平成23年度に支給条件の検討を行います。(まともに答えず)




9.国交が無く、国連からも制裁を受けている北朝鮮出身の国民でも同様に支給されるのか?
(回答)同様です。


10.在日外国人に対する支給についてなぜホームページや書面で事前に公表しないのか?私たちの税金の使途を事前に公表して論議するのはあたりまえではないのか?
(回答)まだ骨子の段階で正式に決まれば公表します。ご意見は賜りました。


連絡先
厚生労働省 代表 03-5253-1111
「子供手当てについての問い合わせ」
と言えば担当者(児童手当管理室)が話してくれます。
posted by マネージャー at 01:21| Comment(2) | 教育問題を考えてみる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

今日から屋根のリフォームを開始します。

業務連絡です。

今日から屋根のリフォームを開始します。
ただし、御客様がお泊まりの週末には、
工事は行いませんのでご安心ください。

また平日でも、御客様がお泊まりの場合は、中断する予定です。

ただし、当日予約などで、急に宿泊される場合は、急には工事中断はできませんので、御迷惑をかけることもあるかもしれませんが、工事そのものは、17時で終了致しますので、ご安心ください。また、部屋割りなども工夫しておりますので御安心ください。

ちなみに
土曜日・日曜日・祝日は、工事は行いません。

足場は組んでありますが、御迷惑のかからないよう気をつけておりますので御安心ください。工事は、4月中旬終了の予定です。

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つづく。

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posted by マネージャー at 11:47| Comment(4) | 業務連絡 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月05日

私の小学校時代を思い出した8

私の小学校時代を思い出した8

 つづきです。今回は、友だちと親についてです。


 小学校時代のイジメの大半は、嫉妬が原因です。友だちの奪い合いから生まれることが多いんです。ピンとこない人は、宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」を読んでみてください。ジョバンニ・カンパネルラ・ザネリの3人の三角関係の心理を理解できれば、どうしてイジメが生まれるか分かると思います。

 こんなことは、子供の頃、みんなが知っていたことなのですが、大人になると、どういう訳か忘れてしまいます。だから大人たちは、どうして子供たちイジメにあうか、いまひとつ理解できないんですね。まあ、そんな事、どうでも良いんですが、ここから先は、私の昔話です。


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 昭和47年にオイルショックがありました。
 当時、私は小学校5年生でした。

 オイルショック以前と、オイルショック以後。
 佐渡島は、全く変わってしまいました。

 オイルショック以前は、一般的に公務員やサラリーマンの家庭は、地味で普通の生活をしていました。ところが農家の方は、羽振りが良かったんです。父親が出稼ぎで、大儲けして帰ってきたからです。それが、当時の子供たちに、どのような影響を与えたかと言いますと、お年玉や、小遣いや、オモチャ、土産物で、ぐーんと差が出たんです。なにしろ出稼ぎは金になりました。毎月十七万くらい稼いだそうですから。

 財布に百円くらいしか入ってない子供と、五千円入っている子供で分かれていました。当時の公務員の初任給が三万円でしたから、小学生が五千円もっていることじたいが、どれほど異常なことであったかが分かるかと思います。当然のことながら、そういう子の回りには、子供たちがいっぱい集まります。


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 テープレコーダー(当時はオープンリールだった)を買ったと聞くと、みんな押しかけたり、カラーテレビを買ったと聞いては、みんな押しかけました。もちろん私も押しかけました。そしてテープレコーダーで、歌を吹き込んだり、ラジオドラマを作って遊んだりしました。カラーテレビの色を調整して真っ赤にしたり、真っ青にしたり、真空管を抜いたり入れたりして、遊んだものです。


 ところで友だちができると、友だちを家に連れてきましたよね。
 出稼ぎ農家の子供の友だちを自宅に連れてきて遊んだりする。
 すると私の両親が、いい顔をしないのです。
 逆に両親が公務員の友だちを連れてくると、大歓迎したりする。
 うちの親に友だちの家庭環境なんか、分かるわけがないのですが、
 どういう訳か、嗅覚で差別する。



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 こういう事は、私の家ばかりかと思ったら、そうではない。
 どこの家庭でも、大なり小なり友だち差別があった。
 どうやら、どこの親も、子供の友だちに対して好き嫌いがあった。
 二人いた私の弟たちも同じような疑問をもってました。

 ひょっとしたら親の方では、全く気がついてないかもしれない。
 無意識だったかもしれない。
 けれど、子供たちには、明確に差別がわかっていたんです。
 これは、私の家だけでなく、どこの家でも同じようなことがあった。

 そこで、大人になってから親に
「どうして友だち差別をしたのか?」
と聞いたのですが、親は自分が差別したと思ってないという。あきらかに差別しているし、弟たちも、同感であるにもかかわらず、親たちはシラを切るというか、覚えてない。


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 で、考えてみました。
 どうして、どの親も友だち差別をしたのに、
 本人に記憶がないのか?という点を。

 出稼ぎ農家の子供の友だちは、親から高価なオモチャをわんさか貰っていました。お年玉も私の二十倍くらいもらってました。ピカピカの自転車や、膨大な漫画や、最新の家電製品もあった。私は、とても羨ましがって、親にねだったかもしれない。すると、親は、いい顔をしなかったかもしれない。

 特に漫画には、いい顔をしなかった気がする。私の親だって漫画を買う小遣い銭くらいは、出そうと思えば出せたと思う。けれど、どんなに金があっても漫画だけは買わせなかったと思います。現に漫画をもっていると全部、焼かれてしまいましたから。そういう家庭環境のところに、出稼ぎ農家の子供の友だちが、大量の漫画を持って遊びに来ていたんですよね。

 親は、いい顔をしなかっただろうなあ。

 と言うことは、親たちは、子供の友だちを差別したのではなく、子供の友だちの文化を差別したことになる。人種差別ではなく、文化差別であった可能性が高い。

 しかし、それは、大人になったから、そういう冷静に分析できるのですが、子供の頃は、そこまで背後を考察できなかったので、親に対して理不尽な思いをもちましたね。それが溜まって反抗期の時に爆発したこともありました。

 しかし、その反抗期の爆発も、今となって思い出してみれば、実に底の浅い爆発でした。赤面ものです。しかし、底の浅い爆発であっても、油断していると大火傷しますから、世の親御さんは注意した方がいいですね。


 ここで、話が変わりますが、親が子供たちの友だちを差別し始めると、その空気が微妙に子供たちに伝わり、イジメに発展するのですよ。すると、今まで遊びの中心にいた、出稼ぎ農家の子供の友だちが、一転してイジメの対象になる。

 物と金を持っている子供というのは、子供たちの中心にもなりやすいですが、ふとしたことからイジメの対象にもなりやすいんです。そして、そのイジメは、親たちの何気ない行動や言動がきっかけとなるケースもあります。

 最初にも言いましたが、ピンとこない人は、宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」を読んでみてください。ジョバンニ・カンパネルラ・ザネリの3人の三角関係の心理を理解できれば、どうしてイジメが生まれるか分かると思います。


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 機会がありましたら、宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」を、このブログで解説してみましょう。冒頭で、どうして、小学校時代のイジメの大半は、嫉妬が原因であり、友だちの奪い合いから生まれることが多いと言ったかが分かると思います。

つづく。

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2010年03月06日

私の小学校時代を思い出した9

私の小学校時代を思い出した9

 つづきです。今回は、小学館と学研と月刊誌についてです。

 昔の小学生のあって、今は滅びてしまっている物は、小学館の小学○年生と、学研の科学と学習と、月刊誌の漫画。この3つです。小学館の小学○年生と、学研の科学と学習は、誰もが知っているかと思いますが、月刊誌の漫画を知っている人は、案外少ないかも知れません。


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 漫画と言えば、今は、少年ジャンプ・少年マガジン・少年サンデー・少年チャンピオンといった週間誌が主力なのですが、昔は違っていました。小学生が毎週、漫画雑誌を買えるわけがないからです。せいぜい月に一冊ぐらいしか買えなかった。そうなると、月刊誌の漫画雑誌を買うことになります。具体的に言うと、少年・少年ブック・冒険王・少年画報といった月刊誌です。

 これが週間誌の少年ジャンプあたりと、どこが違うかと言いますと、漫画だけでなかったところです。テレビの特撮物や、アニメとコラボも行っており松本霊士の宇宙戦艦ヤマトなんかが連載されており、ドキュメンタリーや小説なんかも掲載していたのです。しかも掲載漫画の大半が、テレビアニメやテレビ特撮ものになっていました。

 少年ブックだと、ビッグX・スカイヤーズ5・遊星仮面・怪奇大作戦・戦えマイティジャック・宇宙エース・マッハGO!GO!GO!・光速エスパー。冒険王だと、夕やけ番長・どろろ・サイボーグ009・宇宙猿人ゴリ・仮面ライダー・快傑ライオン丸。少年だと、鉄腕アトム・鉄人28号・忍者ハットリくん・怪人二十面相。少年画報だと黄金バット・赤胴鈴之助・怪物くん・マグマ大使・キックの鬼など。

 そのために大量の付録がついていたんですね。豪華10大付録付きなんて、普通に付いてて怪獣図鑑とか、組み立て付録がついていた。それが雑誌にはさまっていて、紐で分厚く梱包されていました。それをほどいて付録を組み立てるのが、当時の子供にとって、とても楽しみなことでした。


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 付録と言えば、小学館の小学○年生にも、付録がいっぱい付いていて、分厚く紐でしばってありました。そして、それらの付録は、全て紙製でした。紙でないと雑誌あつかいされないので、書店に安く配送できなかったのですね。

 それはともかくとして、当時の子供たちは、喜々として付録を組み立てたものです。私も毎回、付録が漫画より楽しみで、いろいろ組み立てたものです。印象的だったのは、怪物くんの貯金箱。紙で作った怪物くんの手に10円玉をのせると、その重みで怪物くんが、貯金箱に10円玉をいれてくれるという優れ物でした。

 しかし、今から考えてみると、紙でできた貯金箱という点で、貯金箱になってないような? だって誰でも簡単に壊せて盗めますからね。あと、東京タワーも作くりましたね。これは大変だった。ハサミとノリで少しづつ組み立てました。


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 最後に科学と学習。

 小学校の時に学校で買いました。本屋さんが毎月売りにきていて、廊下で買った覚えがあります。こっちの付録は紙ではなかったので、嬉しかった。

 私は、科学と学習の両方を買ってもらっていましたが、科学だけ、学習だけの子供たちも多く、科学派・学習派で2大派閥に別れて抗争していましたね。だいたい男の子は、科学派で、ゲルマニュウムラジオを造ったり、いろんな実験をして遊んでいました。

 学習派の人たちは、もっぱら勉強の付録が多くて、それを真面目にやっていました。一番感動した付録は、1年生の時についていた自動計算機。足し算と引き算しかできませんでしたが、電話のようにダイヤルを回すと、答えがでてくるのです。電卓が無かった時代だったので、本当に感動したものです。


 と、ここまで書いて気がつくのですが、昔の小学生は、付録で何かを作ることに熱中してたということです。そして、そういう雑誌が、全て廃刊になってしまったという事実。


 子供たちに、モノを作ることをメインにした付録を提供した雑誌が、全て廃刊になってしまっているのですが、それでいいんでしょうかね?



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つづく。

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2010年03月07日

私の小学校時代を思い出した10 遊び

私の小学校時代を思い出した10

 つづきです。今回は、遊びについてです。

 東京に上京して、驚いたことは、子供の遊びが全く違っていることです。具体的に言うと、「ジャンケンポン」という言葉が違っていました。私の田舎では「ジャンマイエス」と言いました。ちなみにドラえもんとバルタン星人どちらがジャンケンに強いか知ってますか?

「ドラえもん!」
「どうして?」
「ドラえもんはグーしか出せないし、バルタン星人はチョキしか出せないから」
「ブーッ。バルタン星人のハサミは、閉じたり開いたり出来る。つまり、チョキとグーが出せる」
「それを言うならドラえもんだって、あの手はグーではなくて、パーかもしれない」
「・・・・」


 それから佐渡島だけにあって、全国どこにもないゲームとして、十六文銭(十六文戦)というのがありました。十七個の石ころで行う囲碁みたいなゲームで、お金のかからないゲームとしては、佐渡島では、ポピュラーなものでした。

 夏休みにラジオ体操をしに小学校のグラウンドに行くと、みんなが小石を集めて地面に盤を書いて、対戦していました。あと、「いちだんせ」というゲーム。小石を使ってジャンプしつつゲームを行うのですが、他の地方ではないですね。





 あと雪合戦。男ルールと女ルールがありました。女ルールというのは、今で言うケイドロみたいなものです。雪玉が当たったら動けなくなる。しかしタッチされたら動けるのです。で、全員が動けなくなったら負けです。男ルールの雪合戦は、ルール無しの無法ルール。相手が降参するまで、ひたすら雪玉攻撃を行う野蛮なルールです。

 あと馬跳びという野蛮で攻撃的なゲームもありましたね。
 プロレスと一緒でしたね。あれも東京には無い遊びでした。

 ただし、全国と同じゲームもありました。
「だるまさんころんだ」です。
 これ、関西では「ぼんさんが屁をこいた」で、
 九州では「インド人のくろんぼ」で、
 神奈川では「乃木さんは偉い人」でしたね。





 あとゴム跳び。これだけは全国どこでもやってますね。くるぶしから始まって、膝、腰、へそ、胸、肩、頭と高さを上げて飛びましたよね。このゴム跳びの特徴は、棒高跳びと違って、足をゴムにひっかけてもいいところがミソでしたね。だから実際に、その高さを飛んでいるわけではなかった。

 で、ここで気がつくことがあるのですが、ここ十年、ゴム跳びも、だるまさんころんだも、全く見かけてないんですよね。これは嬬恋村だけの現象か? それとも全国的にゴム跳びも、だるまさんころんだも無くなってしまったのか?

 そういえば、「かごめかごめ」も見かけません。あれは、体力に関係ないので、男の子と女の子が一緒に遊べる数少ないゲームなんですが、ここ十年どころか、二十年くらい見かけてないですね。

 ああ、そうそう。缶蹴りも、明日天気になあれも見なくなりましたね。缶蹴りが滅びつつあるのは、空き缶がアルミになってしまったからかもしれませんね。

 あと、たくさんの笹船を作って大艦隊を池に浮かべて攻撃したり、シロツメクサの首輪を作ったり、それを大きくして鞭に改造してみたり、そうそう、そういえばアカツメクサの花には甘い蜜があるんですよね。あとオオバコ相撲。ナズナで楽器を作ったりもしましたね。

 私が子供の頃に無かったものとして、ガチャガチャが無かったですね。もちろんプレステやDSも無かった。代わりに、怪しいグッズが流行しました。その代表格が、ブーブークッションでした。



 このブーブークッションを先生のイスに仕掛けました。見事にひっかかって大成功。この手のオモチャを学校に持ってくると普通なら没収になるのですが、これだけは先生も黙認していました。それからバネのオモチャ。スーパーボール。ヨーヨー。ケンダマ。竹とんぼ。紙ヒコーキ。あやとり。メンコ。そして地球ゴマ。こういう怪しいゲームがはやりました。

 で、金持ちの子供たちは、野球盤ゲーム・サッカーゲーム・魚雷戦ゲームなんかを持っていました。中にはトランシーバーやレーシングカーセットを持っている奴もいました。私の家では、そういう高価なオモチャは買ってくれなかったのですが、かわりに顕微鏡セットを買ってくれたので、何でもかんでも顕微鏡で見ましたね。マツゲから鼻くそまで見ました。魚の鱗や、砂糖・塩・味の素・片栗粉なんかも見ましたよ。さらに、池の水を採集し、プランクトンを発見しました。これは夏休みの研究課題にしました。


つづく。

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2010年03月08日

私の小学校時代を思い出した11 あいさつ

私の小学校時代を思い出した11

 つづきです。今回は、あいさつについてです。

 嬬恋村に住んで10年。その間に一番驚いたことは、子供たちが大人たちに無差別に挨拶することです。知らない人にも挨拶をする。これだけは驚いた。そして一言、言わせてほしい!

 嬬恋村の子供たち、サイコー!
 こういう風習を考えた人、すばらしー!

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 で、私の子供の頃を思い出したわけです。
 そして愕然としたわけです。
 というのも、私は逆の教育を受けているからです。

「知らない人とは口をきいてはだめ」
「挨拶も?」
「挨拶も」

 これは親からも言われたし、先生からも言われました。そして小学校の全校集会で校長先生にも言われました。あと、知らない人とは口をきいたために誘拐されそうになった事例を年に3回くらい具体的に聞いています。

 今から考えれば、その事例は、かぎりなく怪しかった。誘拐なんて、そうそうおこるものではないからです。しかし、当時は、そうそう起こるはずのない誘拐におびえて、知らない大人との接触を禁じ、挨拶まで封印してしまった。そのせいか挨拶は、今でも私にとっては苦手です。

 例えば、こんなことがありました。

 小学校2年生の時、病院の場所をきいてきた大人(老婆)がいました。私が、連れて行ってあげゆうとすると、友だちが遮って、「あそこの本屋で聞いてください」と言いました。この友だちの行為は、本人が考えた行為ではなく、学校が子供たちに与えたマニュアルでした。だから友だちは正しいことをしていたのですが、子供の頃の私は何か釈然としなかった。これをきっかけに自分の中の心の叫びが、学校や大人や親たちを疑いはじめる一歩になりました。ただ、大部分の子供たちは学校の教えに疑いをもちませんね。

 挨拶は大切ですよ。知らない大人との接触を禁じるのは良いと思いますが、挨拶まで禁じることは無いと思うし、老人を病院に連れて行くくらいは良いと思う。


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 ここから先は、整体と児童館の主任を職業としている
 私の友人のお話です。

 私の友人に児童館で働いている奴がいるのですが、
 この人は、挨拶にこだわる人なんです。
 もちろん挨拶の仕方は千差万別。

「あけまして、おめでとう!」
「あけおめ! ことよろ!」
「うぃーっす!」

 その人は、上品な言葉でなくても、教育上は使わないほうがいい言葉であっても、雰囲気にあっていれば、よしとしています。その子と、いい時間を一緒につくるのが、あいさつの意味だというのです。

 ところが、子供たちの中には、「おめでとう!」と、あいさつしても、プイっと目をそらし、黙ったまま入館しようとする男の子もいるらしい。すると、私の友人は、事務所で仕事の打ち合わせ中であっても遠慮無く追いかけていって

「口がついてるんだから、あいさつぐらい返せ。あいさつしたって、なんの損もしないだろ!」

といいながら、飛び膝蹴りをするのです。
もちろん、挨拶しなかった男の子は逃げます。
そして、苦笑いしながら

「わかったよ、すればいいんだろ、おめでとうございます!」
「うん。オッケー。おめでとな」

 するとなにごともなかったように、私の友人は、事務室のドアを開けて席に戻り打ち合わせを続ける(笑)のです。

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 そこまでして、あいさつさせなくてもと思うでしょうが、
 そうではないと言います。

 児童館には、毎回100人以上の子どもたちが来る。
 その子たち全員と遊ぶのは難しい。
 だから、来た時と帰る時のあいさつだけでも声を交わしておけば、
 なにかあった時、子どもたちは大人に声をかけやすくなる
 と彼は言います。

「よくトラブルになったら子どもの話をよく聴いてなどと話す方がいるが、それも大切なことだとは思いつつ、本当に大切なのは、トラブルが生まれていない普段のふれあいだと思っているんですよ」
「ほう」
「喧嘩だってね。お互い怒って泣いて喧嘩してるのに理屈でいさめたって納まるわけがない」
「なるほど」
「むしろ理屈があっている分、ますます腹が立ったりするのが人間だろうしね」
「うんうん」
「だけどね、普段から話をしていて安心感のある人が中に入って、『よしわかった! 難しいことはおいといて、ここで、先生と解決に30分かけるのと、すぐにまた遊ぶのとどっちがいい?』と言ったら、たいていの子どもたちが『じゃあ遊ぶ!』って言って元気に遊びだすんですよ」
「アハハハハ」
「見方によっては、なにも解決してない」
「・・・・・」
「だけど一番大事な『その子の納得感』はあるわけです」
「なるほどねえ」
「なんでも問題にすることがいいわけじゃない。そんなの問題でもなんでもないよ!と一緒に笑い飛ばす人がいてくれれば、けっこう人生ってなんとかなると思うんですよね」
「真理だね、すごい真理だと思う」
「まあ、いろいろな理屈を言いましたけれど、なんで子どもにあいさつするかって言ったら、したいから。これだけです。そういう想いに理屈はいらないんじゃないかな。そういうことを、子どもに伝えられたら、ちょっと嬉しいかなって思っています」




 子供に挨拶をする。
 とても素敵なことです。

 嬬恋村の子供たちに栄光あれ!

つづく。

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posted by マネージャー at 00:35| Comment(6) | 教育問題を考えてみる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月09日

万座温泉ツアー

万座温泉ツアー

 アッという間に雪が融けたかと思うと、3日連続の雪。
 日曜日から、ずーっと雪の連続。
 勘弁してもらいたいですね。
 とうぶん雪はなくならなそうです。
 
 と言うわけで、日曜日は雪が多かったのでスノーシューツアーはあきらめて、万座温泉ツアーにしました。吹雪いてなかったので、スノーシューをやってもよかったのですが、天気図に何点か疑問があったのと、前日までの天候と、新雪の雪質から雪崩の危険性も無いとは言えなかったので安全策をとりました。トムラウシの事故のこともあるし、やはり安全第一にいきたいものです。

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今回は、日新館に行きましたが、プリンスホテル・高原ロッジ・豊国館・聚楽・湯の花旅館もおすすめです。今回、日新館を撰んだ理由は一番湯船の数が多かったからですね。

 温泉にはいくつかのタイプがあり、硫化水素を豊富に含む硫化水素泉もその一つです。さらにそれは遊離硫化水素を含む硫化水素型と、硫化水素イオンを含む硫黄型に分けられます。温泉法では「地中から湧出する温水、鉱水及び水蒸気その他のガスで、別表に掲げる温度又は物質を有するもの」が温泉とされます。その別表によると、硫化水素含有量なら湧水1kgあたり1mg以上のものが温泉(硫黄泉)になります。さらに療養泉に認められるためには、1kgあたり2mg以上の硫黄含有量が必要です。

 日本でいちばん硫黄含有量が多い温泉は群馬県の万座温泉で、場所によっては温泉1kgあたり300mg以上もの硫化水素を含有する温泉もあるそうです。

 硫黄泉は高血圧や動脈硬化の治療に効果があるとされています。硫化水素には血管平滑筋を弛緩させて血管を広げる作用があるからです。硫化水素は水に溶けやすいガスなので、温泉水に高濃度の硫化水素が含まれていても、大気中の硫化水素濃度がそれほど高くなるとは考えられませんが、低濃度の硫化水素を長期的に吸入することで、高血圧の治療、あるいは予防効果が期待できるとも考えられます。

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万座温泉のお湯は、1日540万リットルという豊富な湧出量を誇る硫黄泉。昔から、豊富な湯量に恵まれ、泉質は20種類を越え、地元では草津よりレベルは上と信じている人が多いですね。適応症も多彩で、昔から呼吸器病や胃腸病、リウマチや皮膚病に効能があるといわれ難病を治したというエピソードも数多く伝わっています。

ちなみに、これが露天風呂。

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空ぶきにもよりました。

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で、天丼蕎麦セットをたべ

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鎌原観音堂。

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ちょっとのんびりコースでしたね。

つづく。

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posted by マネージャー at 21:36| Comment(0) | 万座・白根山 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月10日

確定申告の書類でおおいそがし!

朝起きたら大笑い!
「車が雪に埋まっている」
というわけで、今日は半日ゆきかきでした。

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このぶんだと、スノーシューのルートも
埋まっちゃっているだろうなあ!
なにせ3日間降り続けたからなあ。

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汗だくで雪かきをしていると、やけに野鳥がうるさい。
どうしてかなあと思ってたら餌づけ用の餌がきれていた。
で、餌の袋をもってくると、
5羽くらいの野鳥が私の回りによってきました。
野鳥たちは、土井君は恐れますが、私は恐れなくなってきた。

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そして午後から税務署へ!
実は、ここ1ヶ月、申告の書類でおおいそがし!
地獄のような日々です。
毎日、仕分辞典とにらめっこ。
腕が腱鞘炎になります。
特にユースホステル経営の経理は難しい。
夫婦で熱をだしながら電卓を叩き合っています。


つづく。

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posted by マネージャー at 23:43| Comment(4) | 日記 2012以前 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月11日

朱鷺が野生動物に襲われ9羽も死んだ件

朱鷺が野生動物に襲われ9羽も死んだ件、本当に衝撃でした。
ニュースを知った日は、1日、仕事が手がつかなかったです。

すでに、おきたことは仕方ないとしても、
すぐにも対策をとっていただきたいものです。

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テンが原因らしいとのことですが、テンは、もともと佐渡にはいなかったですよね。それが20年前頃には、大佐渡山脈で頻繁にみられるようになりましたね。私は、数回くらい金北山付近で目撃していますが、その時に、驚いたのなんのって、本州のテンと、別の生き物か? と驚くぐらい警戒心が無かった。これは、私だけの体験ですかね? 大倉越えあたりでは、一度、目の前を横切る姿をみかけました。かなり大きく太ってました。普通、島の生物は、小型になる傾向はなかったですか?


http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100311-00000443-yom-sci
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100311-00000152-jij-soci

ケージの金網、62カ所で広がる=テンが侵入?
最大9×12センチ−環境省
3月11日19時43分配信 時事通信

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金網の写真みたんですが、強度は、どうだったのでしょう? 私は子供の頃、野ウサギを捕まえて金網の中に入れておいたら、野ウサギの奴、金網を食いちぎって、1晩で逃げてしまいました。子供心に野生動物の金網に対する突破力は凄いものだなあ−と感心したことがあります。で、ケージの金網の強度の検証はなされているのでしょうかね?

でもまあ、テンが犯人なら、本来テンは非常に警戒心が強い動物ですから、ケージの回りに、犬を数匹ほど移動できるように配置しておけば、なんら問題ないはず。軽井沢では、ベアドックが活躍していますが、レの訓練犬をつかって、野生の害獣を近づけないようにするのは、世界では、もっともポピュラーな方法です。佐渡トキ保護センターでは、やってなかったのでしょうか? もし、やってたとした場合、なぜ、効果がなかったのでしょうか?

私の近所(北軽井沢)では、牧場や畑で、猪や熊防御のために、電気線をおいてあります。たいして予算はかかりません。この対策を佐渡トキ保護センターでは、行っていたのでしょうか? 誰か教えていただけませんか? もし、やってなかったとしたら、やれない理由があったのでしょうか? 例えば、犬の案は、朱鷺の神経を逆なでするとか? レトリバーの訓練犬でもダメだったのかとか?


こちらでは、情報が無いために、何もわかりません。
どなたか教えていただければ、さいわいです。


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常駐職員が多く居るが、夜は無人。前日午後6時過ぎのケージ内映像に小動物が写っているのに、翌朝まで事件が発見出来ず。

24時間体制じゃなかったんですね。

今後は、24時間体制でみはってくださいな。



あと電気柵については、誤解を受けそうなので補則。電気柵は気休め程度です。気休め程度なのですが、電気柵があるととろより、電気柵が無いところの法が被害が少ない。有名な《ヒグマ避け電気柵実験》について書いておきます。

 登別クマ牧場では、ウシの放牧などに使う電気柵を作って、その中にリンゴとかクマの好きな食物を入れる実験をしました。成功すれば、電気柵でヒグマの害に対抗できると思ったからです。ポールを立て、電線は二本引きました。するとヒグマの奴は、次々と電線に鼻を押しつけては感電してひっくり返っちやう。
 成功したなと思ってますと、今度はクマが行列をつくって、グルグル、グルグル電気牧柵の囲いを回ります。そのうちに一頭のクマが、二本回してある電線と電線の、広いスキ間をくぐり抜けて中に入ってしまいました。そうしたら、あとのクマも全部、そこから入ってしまいます。

 そこで今度は電線を三本に増やしました。くぐり抜けるスキ間がないようにしたわけです。ところが今度は、クマが囲いの土を掘りはじめました。土に穴を掘って柵の中に入り、リンゴなどを食べてしまいました。

 こうなってはクマとの知恵くらべですから、今度は電気柵の囲いに深く基礎コンクリートをうってポールを立ててみました。これなら土を掘って侵入することは不可能というわけです。そうしましたら、クマはポールにツメをかけて、とうとう倒してしまいました。そうしたら、もうアースしちゃって、クマは平気で歩いて行きます。この事件に要した時間は、たったの1日。ヒグマの知能というのは、恐ろしく高いものです。
 
 登別クマ牧場の結論

 ヒグマ研究家の本などには、キャンプ場に電気柵を作ってヒグマの害を防ぐべきだとありますが、これは意味がない。それよりヒグマの好む臭いや食料を置いておかないことの方が大切ということでした。



 重傷の朱鷺の回復を祈ります!


つづく。

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posted by マネージャー at 21:37| Comment(0) | 自然−動物 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月12日

確定申告が終わってorz。

確定申告が終わってorz。



 確定申告が終わってホッとしました。まあ、それはいいのですが、会計処理が終わると恐ろしい数字との対面が生まれます。ぞーぞーっとする。まず、一人当たりの食事にかかった仕入れが、予想(計画)より大きかったのに愕然としました。朝夕2食で2000円の食事代のうちの材料費が平均1400円もかかってしまった。この中に水道光熱費が入ってないので、プラスマイナスゼロかもしれない。

 今年は、とくに御客様に大盤振る舞いしたのと、材料にもこだわったので、このような結果になってしまいました。来年は、ひと工夫が必要ですね。でないと、新しい設備投資の資金が作れないからです。

 それは、ともかくとして、今年はまだ、民主党の税法改正が成立してなかったので、基礎控除の38万円と扶養者控除の38万円は健在でした。よかった。しかし、来年は、どうなるかわかりません。子ども手当の代わりに、全廃という話がありますが、どうなるのでしょうか?





 ちなみに世界で、ただ一つ、恐慌と少子化と借金返済を5年で解決した国があります。何をかくそうナチスドイツです。ナチスドイツは、子ども手当というばらまき政策をしていません。

 代わりに、無利子の結婚資金を今の金額で
 400万円ほど貸し付けることをはじめました。
 しかも、子供が一人生まれると、100万円の返済免除。
 4人生まれると全額返済免除という特典付きです。
 オーストリアとか、ザール、ズーデンといったドイツ人の多く住む地域のドイツ人が、ドイツと合併したがった理由は、こういうところにもあります。

 この制度によって結婚する人が増えると女性が家庭に入り男性の仕事が増えます。結果として、失業率が減ります。

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 さらにナチスドイツは、貧しい人たちに職を与えるような公共事業をおこないました。具体的に言うと、人件費が50パーセントになる公共事業を集中的に行いました。これによって貧しい人に金が流れます。貧しい人たちは、貯金なんかする余裕がないので、その金は、全て消費にまわります。結果として、景気がアップするわけです。貧しい人たちの救済は、経済対策としてかなり効き目があるんですね。

 さて、なんで、こんな話しをしたかと言いますと、
 今年、何回も中之条税務署に通って、
 とても面白いものを目撃しているからです。


 どうみてもフリーターぽい人が、中之条税務署に来ている。見た目、ニートっぽい若い人が中之条税務署に来ている。昔だったら一番、税務署と縁の無さそうな人が目立っている。外見は実業家ぽくない。最初は

「税金の還付金でももらいにきたのかな?」

と思って気にもとめなかったのですが、相談員との会話を、聞き耳をたててきいていると、株がどうのこうの、金利がどうのこうのと言っている。

「トレーダーだ!」

 いやーびっくりしました。ここ十年の間に、いつの間にか、そういう人が増えたんですねえ。中高年なら分かりますよ。老後の蓄えを株に投資して生活費を稼ぐならわかります。そうではなくて、若い人が株やら何やらで生活しているなんて、あまり想像できなかったので、ちょっと驚きましたねえ。

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 日本が、こういう社会になっていると、ナチスドイツの政策を、今の日本に実行しても効き目が薄いだろうなあ。ホームレスのようなかっこうで、いかにも独身という若い男性が、株で生活している。

 そういう人たちに『仕事有りますよ』と言っても、絶対に働かないだろうなあ。無利子の結婚資金を今の金額で400万円ほど貸し付け、子供が一人生まれると、100万円の返済免除。4人生まれると全額返済免除という特典付けても、結婚する人が急増しないだろうなあ。

 ちなみに世界ではじめてテレビ放送をはじめたのは、ナチスドイツですが、ナチスドイツ時代に人気だった番組は、プロレスでもプロ野球でもなく、お見合い番組でした。ナチスドイツ時代の新聞もお見合いコーナーが一番人気だったとか。妻や夫の募集広告がジャンジャン載っていたらしい。


つづく。

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posted by マネージャー at 23:14| Comment(2) | 日記 2012以前 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月13日

私の小学校時代を思い出した12 ドモシジュウ

私の小学校時代を思い出した12

 つづきです。今回は、についてです。

 昔に比べれば、食事は贅沢になりましたよね。私が小学校時代は、夕食のおかずの品数は、1品+漬け物+味噌汁だけでした。そして、その1品は、たいてい魚でした。

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 魚は、いまでこそ贅沢な食べ物ですが、昔は、とても安かった。卵二個分の値段で買えました。逆に肉の値段は、35年前から変化ないですかね。しかし、その安い魚さえも自給自足。つまり父親の趣味である釣りで捕まえていました。だから私が育った家庭のエンゲル係数は、かなり低かったと思います。

 特に鯛・ハチメ(メバル)・キス・サヨリ・カレーなんかは、父親が大量に釣ってくることもあって、死ぬほど喰わされましたから、子供の頃は嫌いな魚でした。今にして思えば、贅沢な話なのですが、当時は嫌で嫌でたまらなかったです。

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 その父親の釣りの趣味も、冬になると不可能になりますから、鯛・ハチメ(メバル)・キス・サヨリなどから解放されるのですが、今度は、スケトウ・寒ブリ・鱈ばかり食べさせられるので、これも嫌いになりました。今にして思えば、なんと贅沢な話でしょうか。寒ブリなんて、今じゃ高価で食べようたって食べられません。1本1万円はしますよね。その高価な寒ブリが、昔の佐渡島じゃ安かったのです。信じられない話ですね。特に船が欠航する冬では、今日もブリ、明日もブリと、ブリがでるたびにがっくりしたものです。なんて贅沢な子供時代だったのだろう。

 その代わりに佐渡に少なかったのがサンマやアジ。
 特にサンマが珍しかったです。
 ですからサンマが御馳走でした。


 さて、今をさること15年前。
 友だちを20人くらいつれて佐渡に遊びに行きました。
 『風のたより』というグループで佐渡島に行ったのです。
 そのとき、佐渡のスーパーでホッケの格安品を発見しました。

「ホッケが、1匹で25円だ!」

 これを買い占めて家に帰ると父がやってきて、

「うえ〜っ、ドモシジュウを買ってきたのか? シジュウだったら美味しいんだがな、ドモシジュウじゃなあ〜」

 と笑います。
 慌ててパックを見ると、そこには『ホッケ』ではなく
 『ドモシジュウ』と書いてありました。
 え?
 ドモシジュウって何だ?
 どういう魚なんだ?
 と考え込んでいますと、父はこんなこと言ってきます。

「安かっただろう?」
「はい」
「まずいぞ、この魚は。お母さんに助けてもらった方がいいぞ。へたな料理じゃ、とても食べられないからな。ふっふっふっ」

 父は笑いながら消えて行きました。
 おかげで私たちは、大パニック!
 しかし、どうみてもホッケにそっくりです。

「やっぱ、ホッケじゃない?」
「いやいや佐藤さん。これはホッケじゃないですよ。ホッケにしては、色が赤いです」
「そうかなあ〜」
「ここに点々がある。これは、ホッケの模様じゃない」
「そうかなあ?」
「佐藤さん、きっとシジュウがホッケなんですよ。ドモシジュウは、ホッケに似たまずい魚なんだと思います。でなければ25円という値段は、おかしいですよ。東京なら10倍の250円はしますから」

 私は次第に追いつめられていきました。
 そこに母がやってきました。
 母は、話題の魚を見るやいなや、

「ありゃまあ〜、ドモシジュウを買ってきたの? シジュウなら美味しいんだけれど、ドモシジュウじゃなあ〜」

 これには全員大爆笑。
 しかも、とどめを刺すように、また一言。

「お前が子供の頃、よく父さんがドモシジュウを釣ってきたけれど、誰も食べないから、みんな捨てていたんだよね」

 これにも全員大爆笑。

「佐渡島じゃ、あんまりまずくて、誰も食べない魚なんだよね」

 そりゃもう、みんな大喜び!

 そうだったのか、
 この魚は、そんなにまずい魚だったのか。
 そうとは知らずに、大量に買ってしまった。

「やっぱ、まずいねえ」
「味に癖があるねえ」
「25円だもの、仕方がないよ」

 かわいそうなドモシジュウ。皆からボロクソに言われてしまっている。これがホッケだったら、これほどの扱いは受けなかったろうに。よし、お前の骨は、俺が拾ってやる。誰も箸をつけないお前を、私が食べてやろうじゃないか!

「あれ? このドモシジュウというやつ、ホッケに似た味がするなあ
「気のせいですよ」
「そうかなあ、ホッケのアジがするんだが」
「いや、ちがいますね。微妙に違います」
「でも不味くはないと思うんだが」
「いいや、ぜんぜん味が違います。ホッケはもっと高尚な味ですよ」

 その時です!
 台所から、息を切らして走ってくる女の子がいました。
 彼女の顔は青ざめていました。

「どうしたの?」
「佐藤さんの御母さんに聞いたんだけれどね、ドモシジュウってホッケのことなんだって!」
「・・・・」
「な、なんだと?」
「するっていと、シジュウの正体は?」
「シジュウはね、アイナメだって」
「・・・・」


502872128.jpg


 なるほどねえ。じゃあ、佐渡島民は、
 ホッケのことをまずい魚だと思っているわけか?
 なんて口の奢った民族なんだ!
 ぜ、贅沢すぎるぞ、佐渡島の人間は!
 よりによってホッケをまずい魚だなんて・・・・。
 いったい何を考えているんじゃ!

 考えてみれば、佐渡島ほど美味しい魚を食べられるところはないかもしれません。それにしても『風のたより』メンバーに言えることは、ホラふきの傾向があるなあ〜。と言うより知ったかぶりの人間が多いってことか。ドモシジュウに対して
「違いますよ、ホッケじゃないですよ」
と真面目に解説した奴(男)は、後日、富良野で民宿をやりましたが、こいつこそ正真正銘の『裸の王様』。


http://pucchi.net/hokkaido/foods/hokke.php




 しかし、そんなことに驚いているうちはまだよかった。メンバーの裸の王様攻撃は、私に休む時間を与えなかった。例えば、こんなことがありました。

「土井君、ジャガイモの皮をむいておいて」
「あいよ」

 ところが、いつまでたってもジャガイモの皮はむけません。よく見ると土井君は、むちゃくちゃ不器用です。もう見ちゃいられません。しかも、30分もたっても1時間たっても、たった1個のジャガイモの皮さえむけません。

「土井君、何やってるんだよ。1個もむけてないじゃないか!」
「そんなことないよ、ちゃんとむけてるよ」
「はあ?」

 よく見ると確かに2〜3個むけています。
 ただし、あまり長時間ジャガイモを手に持っていたために、
 体温で茶色に変色し、皮つきジャガイモと見分けがつかなくなっています。
 これには、みんな大爆笑!
 すると別の男が土井君にジャガイモ皮むきの講義を始めました。

「土井君、ジャガイモの皮のむきかたも知らないのかい? しかたがないな、私が教えてあげよう。ジャガイモは、こういうふうに皮をむくんだよ」

 彼は、さも知ったかぶりをして、土井君に包丁の使い方を説明していましたが、ところが、これが全部でたらめ。その人は、親指を使わずに包丁を使っているのです!

「コラコラ、おめ〜らホラばっかり吹いてるんじゃねえ!」

つづく。

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posted by マネージャー at 14:19| Comment(2) | 教育問題を考えてみる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月14日

工事がはじまりました。

 リホームの工事がはじまりました。

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 足場が完成し、今なら屋根に登ってまわりを見回せます。工事は、順調なら4月半ばに終わりそうです。今は屋根が赤ですが、リホーム後には黒になります。軒下のキツツキの穴は、全部、サイディングになります。地デジのアンテナも設置する予定ですが、テレビは映らない可能性が高いですね。近所の話しを聞いても難しいと思います。もっとも、うちには地デジ対応のテレビが1台もないんですけれど。

10jk-1.JPG

 それにしても、感慨深いです。
 屋根が黒くなるんですからね。
 最初は、今までどうりの赤に決めていたのですが、
 いろいろな理由で断念しました。

 ゴールデンウィーク以降のお泊まりの御客様は、
 新しい屋根で皆様をおまちしています。


つづく。

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posted by マネージャー at 15:32| Comment(0) | 日記 2012以前 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月15日

3月14日・湯の丸山スノーシューツアー

3月14日・湯の丸山スノーシューツアー

 ホワイトデーの湯の丸山スノーシューツアーです。
今回は3人の参加。
しかも、全員非宿泊者。

10uno-01.JPG

そして、全員、山の初心者であり、そのうちの2人は、登山じたいが初めて。もちろん冬山も初めて。昔だったら、こういう初心者は雪山に登れなかったのですが、今はスノーシューがあります。スノーシューのおかげで、初心者でも楽々登れるようになりました。ありがたいですね。

10uno-02.JPG

 ガイドは、土井君です。
 この日は、素晴らしい天気でしたね。

10uno-03.JPG
 
 湯の丸山は、標高2101メートル。
 急な登りもありますが、たいていは、なだらかな登りです。
 木が無いために展望が素晴らしい山です。

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 ここが頂上。

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 みんなで登頂の御祝い。

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 北アルプスもばっちり。

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 下山は、アッという間です。

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 スリル満点の下山でした。
 これは遭難の碑。
 こんな山でも多くの人たちが遭難しています。
 初心者は、ガイド付きでスノーシューをすることをおすすめします。

10uno-12.JPG

つづく。

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posted by マネージャー at 23:14| Comment(0) | 鹿沢−湯の丸山 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月16日

幼児の頃を思い出した ヨコミネ式保育園を知って

 初めてヨコミネ式がテレビで取り上げられたのは、2009年5月31日、フジテレビ「エチカの鏡」でした。放送直後から視聴者に大きな衝撃を与え、社会現象をも巻き起こしている横峯吉文による『ヨコミネ式』そんな『ヨコミネ式』とは、一体どういったものなのか?






3歳の夏までに全員が拾い読みが出来る
4歳でスラスラと本読みが出来る
5歳で小3〜4年生の本が読める
卒園までには全員が1500冊〜2000冊の本を読破


3歳で書き取り帳を始め
4歳では書写を行い、日記を書き始め
5歳では子供新聞の書写や作文を書く事が出来る
卒園までに国語ノート30冊ほど書きためていく


3歳の時から足し算を始めます
卒園までにはかけ算までこなす


最初は簡単な曲から鍵盤ハーモニカで1曲ずつ積み上げ
4歳では絶対音感を身に付けるレベルに達します
卒園までにレパートリーは60曲以上になります
ハーモニカだけでなく、キーボードやドラムといった楽器もこなします


逆立ち歩きや跳び箱10段は当たり前
50M走では小学2年生の全国平均を上回り
レスリングでも小学2年生に勝てる
スイミングではたったの20日間で15M泳げる
全員が側転・片手側転をこなします
中には前宙まで出来るようになる子もいる


 ヨコミネ式導入園で育った子どもは、まるでこれが『当たり前』であるかのように、子どもたち全員がこれらの天才的ともいえる事を軽々とこなす。ヨコミネ式導入園に入園すれば、誰でもこんなスーパー園児になるという。


 信じられないけれど本当の話です。


 特訓もスパルタもない。子供たち自らが勝手に出来るようになる。専門家はいらないので誰でも指導できる。ヨコミネ式教育法の良さは、子供たちに自学自習できる能力を育てることにありますから、子供にとってもその親にとっても価値のあるものです。子供は楽しみながら、知識や知恵を身につけることができるようになりますから、学ぶと言うことに苦痛を感じません。子供が自学自習できるわけですから、学習塾などの無駄な出費が無くなります。





 この教育は、昔の家族がたくさんいた頃の教育ですね。
 今の日本の「ゆとり教育」や「スパルタ教育」の逆ですね。
 しかも運動を中心とした教育。
 わんぱく教育。
 その結果、幼児が九九までできるようになり、
 絶対音感が身につき、
 1500冊の本を読破する。
 強制されずに、このようになる。


 これ、嘘じゃないと思う。
 私は、小学5−6年生の時に、
 似たような体験をしたことがあるから。
 機会があったら、その体験を述べましょう。


つづく。

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posted by マネージャー at 21:55| Comment(2) | 教育問題を考えてみる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月17日

万平ホテルランチ

万平ホテルランチ

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創業当時から伝わるレシピを現代風にアレンジした
フランス料理のランチを食べてみました。
これはシンボルのステンドガラス。

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落ち着いた感じのところです。

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庭景色もいいですね。

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美味しいパンでした。

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スープ。

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ラムチャップ。柔らかくて美味しかったです。

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あとはデザート。これで2009円でした。
冬のサービス期間のみです。

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万平ホテル
〒389-0102 長野県北佐久郡軽井沢町軽井沢925 tel.0267-42-1234
http://mampei.co.jp/

つづく。

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posted by マネージャー at 00:47| Comment(5) | 旧軽井沢 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月18日

連休の初日、キャンセルでました

連休の初日(3月20日)、キャンセルでました。
2室6名までお泊まりになれます。
まだ、御予定のない方は、御検討ください。
お待ちしております。

北軽井沢ブルーベリーYGH マネージャーより。

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つづく。

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posted by マネージャー at 22:47| Comment(0) | 業務連絡 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月19日

ヨコミネ式保育園を知って思い出したこと1

ヨコミネ式保育園を知って思い出したこと1

 実は、私は保育園を2度も転校しています。
 といっても最初は、保育園なしの漁村。
 老人にあづけられ、1日中、老人と過ごしました。

 私は、3歳まで、小学校教師の母と2人で僻地に住んでました。

 小学校教師の母は、いつも夜遅くまで学校で働いていましたから1日の大半は、村の老人と暮らしていたことになります。といっても老人たちは、私の子守に専念しているわけではありません。針仕事をしたり、食事を作ったり、漁師網の手入れをしたりで、その合間に私をみていただけです。

 で、不思議だったことには、近所の老人たちが、私と母が下宿しているところに毎日やってきて、世間話をしつつ、私の子守をしつつ、帰っていったことです。私一人に対して、じつに多くの老人達が相手をしてくれたわけですが、どういうわけか私と同世代の友だちはできませんでした。

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 4歳になると、僻地漁村から、平野のちょっと賑やかな町に引っ越しました。今度は、自衛官の父と祖母と私の3人暮らしになりました。そして、生まれて初めて保育所というところに入りました。お寺の中にありましたから、寺が経営していた保育所かもしれません。

 保育所では、たくさんの友だちができました。いろんな友だちが遊びにきたし、自分からも遊びにいきました。また、知らない老人の家にも遊びにいきました。まだスレてなかったので、どんな呼びかけにも応じたし、見知らぬ人の招待もジャンジャン受けました。時々、帰り道が分からなくなって、途方にくれたこともありましたが、たいていは大人達が解決してくれました。

 5歳になると、引っ越しがありました。今度は、父と母と祖母と弟と私。家族全員が新築の家にすむことになりました。当然のことながら保育所もかわります。いわゆる転校生というやつです。私は、ここで苦い思いをします。5歳の子供にとって保育所が変わるということは、すごい大変化なのです。

 小学校も、中学校も、転校しても中身は大してかわりません。しかし、保育所が変わると何もかもが変わる。今までのやり方が全く通じないからです。前の保育所では、おなじコッペパンを配膳してもらい、それをみんなで『いただきます』と言って食べたのですが、今度の保育所では、ジャムパンやアンパンやクリームパンの中から各自が選ばなければならない。配膳も自分でやらなければならないので、マゴマゴしていると食べ損なってしまう。この変化に慣れるのに戸惑った。よーするに各保育所によって、システムがまるで違っているのですね。

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 7月7日の七夕(たなばた)。保育所では、笹竹で七夕飾りを作りますね。先生が「明日は笹竹を持って来てください」と言うのですが、私は持ってくるのを忘れてしまった。笹竹を持ってくるのを忘れた罰として、当然のことながら、みんなが七夕飾りを作るのを一人でみていたんです。本人は、それで納得しているんです。

 ところが夕方、私の祖母が迎えにきてから事件がおきます。他の園児たちは、きれいな七夕飾りを持って帰っていく。私は笹竹を持ってこなかった罰で作れなかったので持ってない。それで祖母が烈火の如く怒り出した。で、保育所の先生達が、私を奥に引きつれて、ものの5分くらいで即席の七夕飾りを作り、私に渡して
「おばあちゃんに自分で作ったというんだよ」
と嘘をつくように私に命令したのです。

 当時の私は、素直だったので祖母に
「この七夕飾りは僕が作ったんだよ」
と何度も言うのですが、バレバレだったらしく、祖母は、他のお母さんたちにも事情徴収して、父と母に報告しました。で、父と母が真相を私に聞いてくるのですが最後まで「この七夕飾りは僕が作ったんだよ」とシラをきりましたね。バレバレだったと思いますが、両親は、それ以上、突っ込んできませんでした。

 なんで、こんな事を書いたかといいますと、転校する前の保育所。つまり4歳の時に通ってた保育所では、各自が笹竹を持ってくる必要がなかったんです。保育所が笹竹を用意しましたから。しかし、転校した保育所では、笹竹を各自で用意しなければならないし、それを忘れたら罰として七夕飾りを作らせてもらえなかった。でも、本人は納得なのです。当然だと思っている。でも大人たちは、そうは思ってなかった。これが子供心に辛くて、かなりのプレッシャーになったんですよ。このへんは大人たちには分かりにくいかもしれない。




つづく。

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posted by マネージャー at 23:17| Comment(0) | 教育問題を考えてみる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月20日

ヨコミネ式保育園を知って思い出したこと2

ヨコミネ式保育園を知って思い出したこと2

ヨコミネ式保育園では、全ての子供たちがスーパーマンになってしまう。詳しくは、下の動画をみてほしいのですが、



 3歳の夏までに全員が拾い読みが出来、4歳でスラスラと本読みが出来、5歳で小3〜4年生の本が読めるようになり、卒園までには全員が1500冊〜2000冊の本を読破。

 3歳で書き取り帳を始め、4歳では書写を行い、日記を書き始め5歳では子供新聞の書写や作文を書く事が出来る。卒園までに国語ノート30冊ほど書きためていく。

 3歳の時から足し算を始め、卒園までにはかけ算までこなす。子供によっては九九までマスターする。

 最初は簡単な曲から鍵盤ハーモニカで1曲ずつ積み上げ、4歳では絶対音感を身に付けるレベルに達します。卒園までにレパートリーは60曲以上になります。ハーモニカだけでなく、キーボードやドラムといった楽器もこなします。

 逆立ち歩きや跳び箱10段は当たり前、50M走では小学2年生の全国平均を上回り、レスリングでも小学2年生に勝てる。スイミングではたったの20日間で15M泳げる。全員が側転・片手側転をこなします。中には前宙まで出来るようになる子もいる。

 入園者の全てを、こんな幼児にしてしまうヨコミネ式保育は、まさに驚異的ですが、そのヨコミネ式保育は、たった4つのスイッチをおしてあげるだけだと言います。子供をやるきにさせる4つのスイッチ押してあげる。それがヨコミネ式保育らしい。その4つのスイッチとは、

1.子供は競争したがる
2.子供は真似したがる
3.子供はちょっとだけ難しいことをしたがる
4.子供は認めたがられる


です。これだけです。これだけで、子供たちが例外なくスーパーマンになってしまうらしい。

 私は、この動画を見たときに、
「ありえるな」
と思いましたね。
 というのも私にも似たような経験があったからです。
 その経験については、後で述べます。

 実は、この4つのスイッチに共通していることがあります。動画で園長さんも言ってましたが、子供は成長したがっている生き物だということです。ここが大人と違うところです。しかし、大人は自分勝手な思い込みで、成長したがっている子供たちの本能を殺してばかりいる。その最たる例が「ゆとり教育」でしょう。そして「つめこみ教育」でしょう。私は「ゆとり教育」と「つめこみ教育」は、結局のところ同じスタイルだと思いますね。両方とも子供の成長を殺してしまう。

 で、ヨコミネ式保育園は、
 どういう教育をしているかというと、寺子屋教育。
 伝統的な寺子屋教育。

 各自バラバラに教えている。
 画一的な授業などしていません。
 やってることは、子供にやる気をおこさせているだけ。
 たった、これだけのことで、
 小学校低学年で学ぶことを5歳でマスターし、
 50メートルを平均10.4秒で走るようにしている。
 逆立ちで歩いたり側転もできたりする。

 不思議ですよね。大学で教員免許をとったプロの教師にでききないことを、地方の私立保育園で、難なく達成してしまう。落ちこぼれ無しで、しかも寺子屋方式で達成してしまう。というか、これは寺子屋方式でないと達成できないのかもしれません。いや、寺小屋方式だから達成できるのかもしれません。

 だいたい江戸時代の寺子屋は、かなり難しい勉強を教えていました。庭訓往来・千字文・小学・近視録・四書五経という順番で読破し、唐詩選・百人一首・徒然草を学び、算盤までやりましたから、現在のレベルからいうと大学生ぐらいのレベルの学問を小学校6年生くらいの年齢の子供たちがマスターしていましたから凄いの一言です。

 これは現在では絶対不可能です。
 寺子屋だからできたんですね。
 寺子屋は、画一的な授業などしません。
 子供にやる気をおこさせているだけ。
 たった、これだけのことで、
 江戸時代の子供たちは十八史略まで読んだりする。

 で、ここからが私の体験になります。
 4つのスイッチで思い出した私の体験です。
 私にも思い当たることがありました。

つづく。

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posted by マネージャー at 20:49| Comment(0) | 教育問題を考えてみる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月21日

本日(3月21日)、キャンセルでました。

本日(3月21日)、キャンセルでました。
2室5名までお泊まりになれます。
まだ、御予定のない方は、御検討ください。
お待ちしております。



北軽井沢ブルーベリーYGH マネージャーより

IMG_1217.JPG

北軽井沢のお天気はこちら
http://weather.yahoo.co.jp/weather/jp/10/4220/10425.html


つづく。

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posted by マネージャー at 06:38| Comment(2) | 業務連絡 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

今年初バイク

今年初バイク

 実は、名古屋からバイクで泊まりにきた人がいました。
 しかも2人乗りで。
 まあ、雪もないし、これだけ温かいと、
 バイクでくる人がいても不思議はないんですけれどね。

 でも、3月20日のバイク登場は、おそらく新記録。

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つづく。

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ラベル:今年初バイク
posted by マネージャー at 08:10| Comment(3) | 日記 2012以前 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ちびっこ軍団おおはしゃぎ1

ちびっこ軍団おおはしゃぎ1

 実は、幼稚園のママ友が大挙して遊びにきました。
 このママ友たちが、とても楽しい。

「今日の温泉ツアーは美人の湯です」
「あら、美人になって顔がわからなくなったらどうしよう」
「旦那に誰?と言われたら困るなあ」
「・・・・」

 湯上がり後

「あなた誰ですか?」
「あなたこそ誰ですか?」

 行儀のよいお子さんたちに感心し、私がお子さんたちを褒めると

「お行儀いいですよねえ?」
「だれがー?」
「だれー?」
「・・・・」
「私(ママ)たちのこと?」
「いや、その・・・」

 いろいろなボケをかましてくれるのですが、礼儀として突っこむべきなんでしょうが、「でも宿屋だしなあ、突っこんでいいのか?」と迷ったあげく、まだそこまでの仲ではないので突っこめなかった。それはともかく、商売柄、おおぜいのちびっこたちをみてきているのですが、とても行儀がよかったです。必ず

「・・・していいですか?」

と聞いてくるからです。こういう子供たちは、本当にかわいいですね。世の中には、子供嫌いの大人が増えていると言いますが、それは子供が暴君になっているからであり、礼儀正しい子供は、本当にかわいい。

 知的好奇心が強いのにも感心しました。星の解説をしてても、じっと聞いてくれますし、植物の解説にも次々と質問が出てくる。とても幼稚園年長組とは思えません。みんな将来、大物になると思います。

 で、今回のスノーシューメンバーは、こんなちびっこたち。

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 スノーシューを装着すると、それで盛んに歩き回ります。
 とても好奇心が強い。
 大物の片鱗が見えてます。

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 雪をみては、おおはしゃぎ。
 でも記念撮影の時は、おとなしくなります。

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つづく。

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posted by マネージャー at 08:27| Comment(2) | スノーシュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月22日

ちびっこ軍団おおはしゃぎ2

ちびっこ軍団おおはしゃぎ2

 実は、幼稚園のママ友が大挙して遊びにきました。
 このママ友たちが、東京は池袋付近(板橋区)の人たちでした。
 私も池袋に17年住んでましたからローカルネタに花が咲きます

「キンカ堂が倒産したのしってました?」
「ええええええええええええええええええええええ?」
「ある日、突然、倒産してたんです」
「池袋の名店が」
「シャッターが閉まっていて、いっぱい紙が貼ってあったんですよ。なにかなと思って見てみたら、『キンカ堂さんありがとう』といった感謝の言葉がベタベタっと貼ってあったんです」
「・・・・・」

 まあ、そんなローカルな話しはいいとして、
 元気いっぱいの子供たち。
 疲れをしりません。
 むしろ大人の方が疲れてたりして

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 時々、自然ガイドも行いますが、
 驚くことに、真面目に聞いている。
 かなり難しい用語を使ってもついてこれる。

 このちびっこたちは、天才かもしれない。

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 湯の丸山の頂上は、雪が溶けていたので
 幼児には危険なのであきらめて・・・・大ソリ大会!

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みんな、そりゃもう大はしゃぎ!

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これじゃスノーシューツアーじゃなくて
ソリツアーですね。


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つづく。

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posted by マネージャー at 00:10| Comment(3) | スノーシュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

コミネ式保育園を知って思い出したこと3

コミネ式保育園を知って思い出したこと3

ヨコミネ式保育園では、全ての子供たちがスーパーマンになってしまう。詳しくは、下の動画をみてほしいのですが、



 入園者の全てを、こんな幼児にしてしまうヨコミネ式保育は、まさに驚異的ですが、
 そのヨコミネ式保育は、たった4つのスイッチをおしてあげるだけだと言います。
 子供をやるきにさせる4つのスイッチ押してあげる。
 それがヨコミネ式保育らしい。その4つのスイッチとは、

1.子供は競争したがる
2.子供は真似したがる
3.子供はちょっとだけ難しいことをしたがる
4.子供は認めたがられる


 私は、この動画を見たときに、
「ありえるな」
と思いましたね。というのも私にも似たような経験があったからです。

 実は、私の父は教育パパでした。子供部屋というか、勉強部屋をつくり、勉強を強制したのですが成績はあがらなかった。理由は、親の目を盗んではサボっていたからです。勉強が嫌いで嫌いでたまらなかった。習字の塾にも行かされたのですが嫌で嫌でたまらなかった。そういう訳ですから父親が単身赴任でいなくなると、勉強なんかするわけがない。これさいわいと宿題までしなくなる。子供部屋は、遊び部屋になってしまった。で、母親が私を注意したかというと、全く注意しなかったんですね。

 母親(小学校教師)は、私を子供部屋(勉強部屋)に追いやらず、逆に一緒に居間にいるように言った。最初は嫌だったが、母親と一緒にいると夜遅くに御菓子がでてくるので、その餌につられて寝るまで一緒にいるようになりました。もちろんテレビは消したままです。

 母は、どういうわけか父親のように勉強しろとは言いませんでした。
 何も言わない。
 ただ一緒にいるだけ。
 それだけなのです。
 それ以上は、なにも要求してこない。
 それだけで美味しい御菓子が食べられた。

 こんな美味しい話しは今までなかったですね。だから私は大喜びでした。母親と一緒に静かな居間ですごすだけで御褒美がもらえる。しかも、テレビを見ること以外、何をやってもいいのです。漫画を読んでも良いし、寝っ転がっててもいい。冬は、コタツで居眠りをしててもいい。だから最初のうちは、ボーッとしてしていました。

 で、母親は何をやっていたかと言いますと、仕事をしていました。小学校の教師をしていたので、テストの採点なんかをしていたんですね。暇をもてあましていた私は、その採点をボーッとみていました。何日も何日もボーッと見ていました。すると母親は、そんな私に
「お前も採点してみるか?」
と聞いてきます。
「うん、やる!」
と私は答え、採点のしたかを教えてもらい採点をさせてもらいました。これがとても面白い。そして、楽しいのです。マルバツの試験でないので面白い。考え方に間違いが無く、もう少しで回答があっているときなど、親子で相談して三角をつけるのが楽しいのです。で、こういうお手伝いをすると
「お手伝いありがとう、これはお駄賃」
と、いつもより余分に美味しい御菓子がでてくるのです。

(今から思えば、これはスイッチでしたね。大人の真似をしたがるスイッチです。そして、ちょっとだけ難しいことをしたがるスイッチが入り、認めたがられるスイッチも入った)

 採点の無い日は、母親は、授業の準備をしていました。絵の具で大きな「ひまわり」の絵をかいてたりする。これもボーッと見ていると、母親は「お前も書いてみるか?」と聞いてきました。そして「うん、やる!」と私は答え親子で絵をかきはじめました。当然の事ながら絵の描き方も教わりますし、自然と理科の勉強もするようになります。ヒマワリの花びらが、正式には何枚あるのか調べないと絵は描けませんから。もちろん絵が完成したら、お目当てのお駄賃がでてきます。

 それも無い日は、母親は、授業の準備で難しそうな本を読んでいました。さすがに読書を手伝うわけにはいきませんから私は漫画を読んでいました。

 しかし、漫画も読み飽きてくると、本棚に飾っていただけで一度も読んだことのない世界名作全集を読むようになりました。すると、読み終えると、漫画の時にはでなかった、お駄賃がわりの美味しい御菓子がでてくるのです。さらに感想を述べると、もっと出てきます。

 で、本棚に飾ってた世界名作全集を読み終え、2回目3回目と繰り返して読んでいますと、母親は、こんな本を買ってきました。秋田書店の写真で見る太平洋戦争シリーズです。

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 これは大人向けの本で、小学生には、かなり難しい本なのですが、全部ルビがふってありましたので問題ありませんでした。私は貪るように読み本が擦りきれるほど読みあさりました。そして図書館から本格的な戦記物を借りてきて読むようになりました。それが、歴史物に変化し、司馬遼太郎を読むようになったりします。さらに江戸川乱歩の少年探偵団を読むようになり、捕物帖まで読むようになってしまいます。

 こんな毎日が、1年くらい続くと、不思議なことに何も言われなくても勉強をはじめてしまうようになります。誰に命令されなくても宿題をはじめるようになるのです。で、学校の成績もあがってくる。そうなると、ますます親にほめられるし、先生にもほめられる。

 ここで4つのスイッチについて思い出してみましょう。

1.子供は競争したがる
2.子供は真似したがる
3.子供はちょっとだけ難しいことをしたがる
4.子供は認めたがられる


 これらの4つのスイッチの中で一番重要なのは、2番の「子供は真似したがる」ということではないでしょうか? 今にして思えば、小学校教師だった私の母親は、それを本能的に知っていたんだと思いますね。

 子供は、親の真似をしたがるのです。
 ほっておいたら親の真似をする。
 それが子供の本質なんだと思います。

 そういう生き物に勉強部屋を与えて「勉強しなさい」と言っても効果があるわけがない。ましてや、親がテレビをみていたら勉強なんかするわけがない。小学生にとって勉強部屋は、むしろ害毒の方が大きいような気がします。子供は真似したがる。そんな生き物を監獄のようなところに閉じ込めては、真似のしようがないですよ。

 思い返しても母が偉かったなあと思うことは、勉強しろとは言わなかったことですね。その代わりに静かに一緒にいることを強制した。勉強しろという代わりに、大人としての手本を見せ続けた。真似をさせ続けた。それが凄かったと思います。

 おまけに4番の「子供は認めたがられる」という性質を利用して、採点を手伝わせて、お駄賃を支給したり、3番の「子供はちょっとだけ難しいことをしたがる」という性質を利用して、難しいけれどルビが振ってあって子供にも読める本を次々と買ってくれたりした。ふり返って思い出せば、うまいこと教育されたなあと思ってしまう。

つづく。

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posted by マネージャー at 13:14| Comment(2) | 教育問題を考えてみる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月23日

ちびっこ軍団おおはしゃぎ3

ちびっこ軍団おおはしゃぎ3

 あとはソリをしながら帰宅しました。

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 雪を怖がらないし、好奇心が強いし、
 たいへん腕白で賢いちびっこたちでしたね。
 こっちだってヨコミネ式保育園に負けていませんよ。
 将来が楽しみですね。

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つづく。

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posted by マネージャー at 12:42| Comment(0) | スノーシュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月24日

高峰山スノーシューツアー2010年3月21日

高峰山スノーシューツアー2010年3月21日

 今年は雪が少ないために、湯の丸山や村上山に登るのを断念。
 高峰山にスノーシューツアーに行ってきました。
 今回のメンバーです。

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 今回はファミリーの参加も。

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 これが頂上。

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 やっぱりカップ麺が一番美味しい。

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 帰りにはソリでおります。
 あっという間に下山。

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 次の日は、白根山でした。

つづく。

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posted by マネージャー at 20:49| Comment(0) | 高峰山 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月25日

白根山スノーシューツアー2010年3月22日

白根山スノーシューツアー2010年3月22日

 実は、北軽井沢は、昨日から雪です。全て融けてしまった庭の雪でしたが、今じゃ10センチ以上積もっています。いったいどうなってることやら。ところで連休の最終日、3月22日は、雪が全くなかったので白根山に遠征してきました。まず殺生が原にいってロープウエイにのります。

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ここが山頂駅。
今回のメンバー。

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美しい白銀の世界。

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この湯釜は1年を通じて凍りません。

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さらに頂上へ。

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そして頂上。
絶景でした。

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つづく。

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posted by マネージャー at 20:27| Comment(4) | 万座・白根山 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月27日

観光協会のホームページを作っていた

 今週は、ちょっと忙しかったですね。
 観光協会のホームページを作っていたからです。
 これです。

http://asama-kogen.info/index.htm

 あと北軽井沢ネットのホームページも作り替えました。
 これです。

http://www.kita-karu.net/

 北軽井沢ネットの方は、3日間徹夜で作り上げました。
 こちらはボランティアです。
 観光協会のホームページは、2日の徹夜です。
 こちらは、多少の謝礼がでることになっています。

 なぜ、こんなに力を入れてホームページを作ったたかと言いますと、たのまれたからやっただけではありません。不況で、まわりがバタバタ倒産していく現状に見るに見かねて作ったんですよ。それほど酷いことになっている。だから北軽井沢と嬬恋村の村おこしのつもりで、気合いを入れてホームページを作りました。

 情報発信のためにブログも作ってあげました。

http://k-f-wind.seesaa.net/
http://n-morinokuma.seesaa.net/
http://pchou.seesaa.net/


 貸別荘フォーウインド・ペンション森のくまさん・ペンションシューレビューさんのブログです。この3宿は、情報発信に熱心です。だから不況の中で勝ち組に入っています。もはやペンションは、施設で勝負する時代は終わりましたね。情報で勝負する。そして宿の個性にあった、御客さまを集客するのが、御客さまに喜ばれ、リピーターが増えていく宿になっていくのだと思います。そういう思いで観光協会のホームページを作ってみました。

 次は、『風のたより』の原稿にとりかかります。

http://kaze.cc/tayori/

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つづく。

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posted by マネージャー at 18:26| Comment(2) | 日記 2012以前 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月28日

今日も見事に雪

今日も見事に雪でした。
週末に御客様は、8人いたのですが
スノーシューツアー及びツアーはなし。

いつもの年ならスノーシューなんかできるような天気ではなく、
山から雪が消える時期なのですが、どういうわけか連日の雪。
いったい、どうなっているんでしょうかね?

逆の異常気象です。

庭の雪もいつまでたっても消えません。
毎日ずーっと雪ですから。
さっさと砂利を買ってきて道路を補修したいのですが、
タイミングがつかめなくて困っています。

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ちなみに今年の冬は、例年に増して、
ファミリーの御客様が多かったですね。
このブログで、小学校ネタや、
ちびっこネタをとりあげたせいかな?
まさかなあ?

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つづく。

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posted by マネージャー at 22:49| Comment(2) | 日記 2012以前 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月29日

食事の失敗

 最近、ファミリーの御客様が多いです。
 今日も親子がスノーシュー目当てに泊まりに来ました。
 明日は、スノーシューツアーです。

 まあ、そんなことは、どうでも良いのですが、ちびっこたちの食事メニューで、小さな失敗をしてしまいました。おかずが残ったのです。量が多すぎたこともありますが、残ったおかずをみて原因は一目瞭然でしたね。

 子供は、野菜がきらいなのです。

そんなことは分かりきったことなのですが、メニューの対象が、どうしても御両親に向かってしまう。それと嫁さんは、野菜が大好きなので野菜をたっぷりと使ったメニューに走ってしまう。私は

「ハンバーグに唐揚げなんかが良くないか?」

と言うのですが、嫁さんはやりたがらない。

 なぜならば、揚げものとハンバークくらい安っぽく見えるメニューはないからです。それに、この二つは、たとえ手作りで作っても冷凍食品だと思われるナンバーワンメニューなんですよね。せめてシチューあたりでも作っておけば良かったのですが、隠し味に使う、あるモノが入荷待ちで使えなかったために作れなかった。私は
「嫌な予感がする」
と胸騒ぎがしたのですが、はたして当たってしまった。

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 野菜がごっそり残ってしまった。仕方がないので、デザートを子供向けに改良してだして汚名をそそぎ、翌朝は、魚を廃止して、ハム・ソーセージ・唐揚・卵焼きといった子供メニューに変更したら今度はビンゴ。

 それにしても難しい。
 ファミリーの場合、大人を中心にするか?
 子供を中心のメニューにするか?

 私たち宿主は、どうしても大人の顔色を顔色をうかがって、美味しくて、健康に良くて、オシャレなものを作ろうとしますが、子供の食欲をそそるようなメニューに目が行かなかったりする。子供が食べたくなるような野菜料理まで手が回らなかったりする。

 で、ハンバーグや唐揚げやソーセージや、シチューやカレーになるのですが、これだと大人たちが不満になるしなあ。野菜をバーベキューのように串焼きにしたら食べてはくれるけれど、これは危険だしなあ。

 子供たちに野菜を食べさせるための
 料理教室なんかがあれば、入学したいですよ。
 なにか良いアイデアはないものか?

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つづく。

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ラベル:食事の失敗
posted by マネージャー at 22:38| Comment(2) | 日記 2012以前 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月31日

親子二人旅のスノーシューツアー

親子二人旅のスノーシューツアー

 3月28日・村上山スノーシューツアーです。
 この日の御客様は、親子二人だけで、スノーシューツアーに参加。
 参加者が他にいないので、オーダーメイドのツアーになりました。
 13時18分草津行きのバスに乗られるということで、
 朝食を1時間はやくして朝8時に村上山に向かいました。

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 ちなみに北軽井沢ブルーベリーYGHでは、平日でも2人以上いれば、スノーシューツアーは成立します。で、御予約をいただいたわけですが、他のユースホステルでは、週末しか雪遊びのツアーをやってなかったので、うちに御泊まりにきたみたいです。まあ、他のお宿さんは平日ツアーをやらないだろうなあ。御客様が少ないし。

 ところで北軽井沢ブルーベリーYGHが、平日でもスノーシューツアーをやってる理由は、酷く単純な理由で、私の健康上の理由です。血圧を下げるために、御客様がいようが居まいが私自身が毎日スノーシューに出かけているからです。今年は、あと1週間は、スノーシューができそうなので、毎日山にでかける予定です。だから御客様の希望があれば、2人だけでもスノーシューツアーを行っているのです。

 今回は、元気の良いお子さんが参加。

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 小学校2年生で、こんなに力持ち!

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 しかも、かなりパワフルでお茶目なので途中で雪合戦しました。
 参加人数が少ないので、自然解説は控えて
 ちびっこと雪遊びしました。

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 残念ながら時間切れで頂上までは行けませんでしたが
 帰りは、みんなでラーメンを食べて
 13時のバスに余裕で間に合いました。
 よかったよかった!

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 今年は、大勢のちびっ子と、雪山で遊びましたが、
 子供と雪遊びするのは楽しいですね。


つづく。

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posted by マネージャー at 23:51| Comment(0) | スノーシュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする