2011年07月01日

函館YGH(北海道)が、昨日をもって閉館しました。残念。

函館YGH(北海道)が、平成23年6月30日をもって閉館しました。
残念です。
このユースのマネージャーのお父さんは、登別あかしや荘のマネージャーでした。
登別あかしや荘は、私が初めて北海道で泊まった、思い出深い宿です。
とてもすばらしいユースでした。
夜の星空観察が楽しかったなあ。


実は今年になって閉館したユースホステルは、7軒もあります。
寂しいですね。

 函館YGH(北海道)      :平成23年6月30日付
 松山ダウンタウンYH(愛媛県) :平成23年3月31日付
野中温泉YH(北海道)     :平成23年3月31日付
 東山YH(京都府)       :平成23年3月26日付
神上寺YH(山口県)      :平成23年3月15日付
 横浜ベイサイドYH(神奈川県) :平成23年3月13日付
 三次YH(広島県)        :平成23年3月1日付

野中温泉YH(北海道)は、歴史あるユースだっただけに残念です。
東山YH(京都府)だって、人気ユースでしたし。
あと、大阪府服部緑地YH(大阪府)が、
平成23年8月31日をもって閉館する予定だとか。


新しいユースができないかなあ。
若い人がでてこないかなあ。




つづく

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posted by マネージャー at 23:29| Comment(6) | TrackBack(0) | ユースホステルの話題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月02日

武士の家計簿を見た感想

武士の家計簿





 はっきり言おう!
 面白くなかった。

 監督も、シナリオライターも、何も理解してない。
 時代考証も無茶苦茶だったけれど、
 それより腹立たしいのは、原作を全く理解してないところ。
 てか、原作、読んでないでしょ!

 主人公である、金沢藩・猪山家(70石)の当主直之の小遣いは、年間にして銀19匁。
 しかし、家来の草履取りの給金は、銀83匁と月々50文の小遣い。
 この差を、なぜ映像にしない?
 ここが一番面白い事実なのに、なぜシナリオにしなかった?

 シナリオライターは、無能すぎるだろ!

 草履取りは、この他に年3回の御祝儀をもらい、
 外出するたびに15文の駄賃(チップ)をもらっていました。
 外出は、2日に1回くらいありましたから、
 そうとうの金額をもらっていたことになります。
 しかも衣食住は保障されていました。
 つまり、家来の草履取りの収入は、当主の10倍くらいあったわけです。

 ここをどうして描かなかった?

 私が、ライターなら、主人公は「草履とり」にします。
 そして「踊る大捜査線」ふうに作りますよ!
 武士達は、どうして草履取りより貧乏だったか?
 そこに焦点をあてなきゃ、駄目でしょ!





 どうして70石どりの武士の当主が、草履取りより貧乏だったか?
 給料の大半を「身分費用」に使っていたのです。
 自分の家来に小遣いをわたしたし、
 来訪があれば、相手方の家来にも祝儀をわたしていました。
 つまり、来客があれば、じゃんじゃん金が無くなっていく。
 さらに辻番にも金品をわたしていた。
 武士で御座いと威張る費用が必要だった。


 また武士には、さまざまな行事があり、そのつど親戚一同が集まるしきたりになっている。
 節分や、端午の節句や、袴入れの儀式、元服や、七五三。
 これを怠るとどういうことになるかと言うと、武士でいられなくなる。
 ここを、どうして描かなかったのだろう?
 シナリオライターは、無能すぎる。


「江戸時代は、圧倒的な勝ち組を作らない社会であった。武士たちは、威張っていますが、家来草履取りの給料より少ない収入でいる。幕末の日本に百姓一揆が、大発生していますが、百姓たちは絶対に武士にとってかわって政権を奪おうとしなかった理由が、ここにあります」

 どうして、ここをテーマにしなかった?


 もし、どうしても主人公を武士側にもってきたかったなら、
 江戸時代の武士たちが、トレーダーであった事実に、なぜ目をつけなかった?

 猪山家の家禄は70石と切米50俵です。金沢藩の1俵は5斗なので、合計95石。このうち税収が42石。42石うち屋敷に運んだ米が8石。家来含めて8人家族だったので8石だけ、屋敷に運び、のこりの34石を銀に両替しています。この他に拝料金を8両もらっていました。つまり、金・銀で給料をもらっていたのですが、金銀では買い物が出来なかったのですね。銭に両替しなければならない。で、FXをやっていたわけです。あと、米の換金レートにも敏感に対応しなければ、損をするので、江戸時代の武士たちは、意外にことに、みんなトレーダーであったわけです。

 このへんを焦点にあてて、どうして映画をつくらなかった?


つづく

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posted by マネージャー at 00:59| Comment(4) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

北軽井沢ブルーベリーYGHの米(朱鷺米)の紹介

たまには、宿の宣伝でもしておきます。
で、今回は、北軽井沢ブルーベリーYGHの米について。


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実は、某米所からの御客様が、うちの御飯を絶賛して帰って行きました。

「どんな米を使ってるの?」
「普通の米じゃ無いよね。何米なの?」
「どうして、お米が美味しいの? 何を使ってるの?」

さすがは、米所の御客様。
新潟県の御客様は、味がわかってらっしゃる。
そういえば、ササニシキの宮城県の御客様も絶賛してたなあ。
山形・秋田の御客様も、さかんに米のことを聞いてきた。

なにをかくそう、今年から北軽井沢ブルーベリーYGHの米は、
『朱鷺米』
を使っています。


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 ちなみに佐渡島では、平成20年産米より99%以上の面積で農薬・化学肥料を3割削減したコシヒカリの生産に取り組んでいます。

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 そういう地域で、さらに化学農薬・化学肥料を5割以下に抑えたのが、朱鷺米です。
 無農薬、無化学肥料栽培・8割減栽培・5割減栽培(栽培期間中)の米です。
 つまり新潟県特別農産物認証制度の認証を受けた米なんです。

(新潟県特別栽培農産物認証制度とは、新潟県が化学農薬・化学肥料を地域の基準から5割削減して栽培した農産物の栽培方法等を確認し認証する「新潟県の安全・安心ブランド」です。生産者の栽培履歴は新潟県ホームページで確認できます)

 それだけではありません。
 農薬や化学肥料を削減するだけでなく、
 生きものが暮らしやすい水田環境を作り出す農法で朱鷺米は作られています。
 
 朱鷺を野生に戻すためにさまざまな生物が暮らせる生態系を取り戻し維持することが大切です。
 佐渡市では自然環境の復元に取り組み続けています。
 朱鷺米は、売上の一部は佐渡市トキ保護募金に寄付されます。
「朱鷺と暮らす郷」は消費者と生産者のとき保護への想いが一つになったお米です。


◆朱鷺米が美味しいわけ

 佐渡沖を流れる対馬海流の影響で冬は本土よりも1〜2度気温が高く、
 夏は逆に本土よりも2度ほど涼しい。
 そのために稲の稔りの期間が長く、じっくりと登熟したおいしいお米が収穫出来ます。
 甘みが強く、もち米のような歯ごたえがあります。
 もちろん人気が高いので、すぐに売り切れます。
 ネットで買うことも至難の業です。
 北軽井沢ブルーベリーYGHは、佐渡に親戚がいるので買えるわけです。
 ちなみに朱鷺米の値段は、5キロで5000円。
 安いもので、3500円くらい。

 目茶苦茶に高いですが、この米を食べることによって、
 朱鷺たちの環境が守られるんですから安いものです。
 私たち宿主は、こういう形で、田舎の環境(朱鷺の環境)を守り、
 そして御客様の健康を守っていくのが使命だと思いますね。
 やすけりゃいいっていうものではないでしょ。


御客さんの健康と
日本の環境を守るのが
宿屋の心意気でい!



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【ちなみに朱鷺米を作る田んぼ】
 
◆水田、水路での江(深み)の設置
 江の設置は、水田の湛水状態を維持することにより、中干し期にも生きものを育みます。
 つまり朱鷺の餌が田で生活します。

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◆冬期湛水
 ふゆみずたんぼとも言われる冬期湛水は11月から2月まで水深5センチ程度の湛水状態を維持し、年間を通して生きものが生息する環境を維持します。

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◆魚道等水路の設置
 生きものが水路と水田を行き来できることにより、年間を通して生きものを育みます。


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◆びおとーぶの設置

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http://www.city.sado.niigata.jp/eco/info/rice/index.shtml より拝借


つづく

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タグ:朱鷺米
posted by マネージャー at 22:19| Comment(2) | TrackBack(0) | 業界裏話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

武士の家計簿を見た感想+α

みわぼーさん

>そんで、江戸の時代物の小説を書いていらっしゃる、時代小説家でもあるそうで。


その人、時代劇の歴史を知ってるのかなあ。

そもそも時代劇というものは、踊る大捜査線みたいなものだったんです。
山手樹一郎さんが、それまでのチャンバラ劇に、新しい視点(町人の視点)を付け加えて、
桃太郎侍・遠山の金さんなんかを作った。

それまでは、サムライの視点しかなかった。
つまり、『太陽にほえろ』しかなかった。
これをチャンバラ劇と言ってたんですよ。

ところが、今で言う民間サラリーマンの視点の刑事を登場させて
チャンバラ劇の『踊る大捜査線』を作ったのが山手樹一郎さん。

遠山の金さんみたいに、町人に化けたサムライや、
身分を隠した将軍の弟なんかが町人に化けたりする作品を作った。
そして必ず脇役にオキャンな娘を登場させた。

主人公に、密かに恋するオキャンな娘。
(おきゃん=今で言うツンデレ)
なんのことはない、元祖ツンデレ娘を登場させたのも山手樹一郎さんでした。

桃太郎侍
又四郎行状記
江戸名物からす堂
遠山の金さん

どの作品にもオキャンな娘(元祖ツンデレ)がでてきます。
つまり今のアニメやライトノベルの基本構造は、
戦前から戦後にかけて山手樹一郎さんが全部書いている。





つまり、山手樹一郎さんは、
時代劇の『踊る大捜査線』を作ったひとであり
時代劇の『ライトノベル』を作ったひとでもあります。
当然のことながら、山手樹一郎さんは、あまり尊敬されなかった。

山手樹一郎さんの作品は、売れに売れまくったけれど、
みんな『山手樹一郎』を読んでることは隠していた。
吉川英治は、隠さなかったけれど、
山手樹一郎を読んでることは隠したものなんですよ。

山手樹一郎の本は、隠し持った。
そのくせ、池波庄太郎・藤沢周平・山本周五郎あたりは、誰も隠さなかった。
ライトノベルぽくないからです。
でも、売れまくったのは、山手樹一郎。
池波庄太郎・藤沢周平・山本周五郎が、束になっても敵わなかった。





しかし、この山手樹一郎の作品が、映画にしてもテレビにしても大ヒットして、戦後の時代劇の定番になったわけです。もし、山手樹一郎が、武士の家計簿で時代劇を書いたら、ぜったいに、あんな作品になってないです。もっとユーモアたっぷりな作品になっていたでしょうし、時代劇の『踊る大捜査線』を作っていたでしょう。で、結末は、オキャンな町娘のツンデレに困り果てて、尻に帆かけて逃げ出すラストシーンになっていたことでしょう。


そういう経緯を理解しないと
面白い時代劇は書けないと思いますね。
最近の時代劇が、ワンパターンで面白くないのは、
そういうところに原因があったりして。



つづく

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posted by マネージャー at 23:30| Comment(2) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月03日

いやーすごかった烏帽子岳 1

いやーすごかった烏帽子岳。
今年の烏帽子岳は、花が多すぎ。
原因は、去年から行われている地道な下草刈りと、天候に恵まれてるせいか?
とにかく凄かったです。

論より証拠。
まずは写真を!

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ごらんのとおり、凄いレンゲツツジですが、
こんなのは、序の口で、無数の高山植物が乱舞!
たくさん写真を撮ってきましたが、これだけで高山植物辞典を作れそう!
では、次は、それらの花畑を紹介しましょう!




つづく

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タグ:烏帽子岳
posted by マネージャー at 23:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 鹿沢−烏帽子岳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月04日

いやーすごかった烏帽子岳 2

いやーすごかった烏帽子岳 2


あんまり花が多すぎて、全部は紹介しきれません。
とりあえず、自分が名前を知ってる範囲で紹介します。
とにかく、今年は、高山植物が大豊作でしたね。


ヒメイチゲ
キンポウゲ科。イチゲの類では最も小さい。
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ハクサンフウロ
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あやめ
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ミヤマハンショウツル
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マイヅルソウ
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オダマキ
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スズラン
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エンレイソウ
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マタタビ
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ベニバナイチヤクソウ
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グンナイフウロ
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サラドウダン
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ニガイチゴ
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イワカガミ
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ゴゼンタチバナ
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コケモモ
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ハクサンチドリ
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峰桜の実
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オオヤマフスマ
ナデシコ科オオヤマフスマ属
深山から亜高山帯に多い多年草。
日当たりのよい草地にも林の中にも生える。
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シヨウジョウバカマ
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ハクサンイチゲ
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アズマキク
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コマクサ
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ツマトリソウ
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クロマメノキ
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ミヤマハンショウヅル
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ツマトリソウ
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シジャクソウ
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イワカガミ
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スズラン
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ウラジロヨウラク
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グミ
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タカネニガナ
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オダマキ
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この他にも、ニシキウツギ・ウマノアシガタ・ミツバチグリ・シロモノ・アカモノ・ミネヤナギ・ズミ・イチョウラン・ツガザクラ・ハタザオ・シラタマなど、他にもたくさんあったんですが、もう眠いので省略します。とにかく凄かった。


つづく

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タグ:烏帽子岳
posted by マネージャー at 00:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 鹿沢−烏帽子岳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

武士の家計簿を見た感想+α+α

みわぼーさん

> データによると、その脚本家さんは、
>昭和28年生まれでいらっしゃるそうなので、
>きっと、マネージャーさんよりも、時代劇の流れは
>リアルタイムに体験されているんじゃないかと思うんですけどね…。


結局、歴史を理解してないということではないでしょうか?
時代劇の歴史を理解してないと、変な誤解をする。
読者と一緒になって、一緒に誤解してしまう。
それでは駄目なんですよ。


吉川英治の宮本武蔵が、あれほど大ヒットしたのは、
メロドラマだったからですね。
基本構造は、『君の名は』と全く同じですね。
両思いなのに一緒になれないんだから、モロにメロドラマ。

しかし、読者は、そうは思ってないわけです。
宮本武蔵の求道的な姿に感動したと思っている。
だけど、シナリオライターも、一緒になってそう思っては駄目ですよ。

よくできた文学や映画のテーマには、必ず2つあるんです。
一つは、ダミーのテーマ。
ナウシカだったら、ラストでナウシカが主張する叫び。
ラピュタだったら、ラストでシータがが主張する叫び。
宮本武蔵なら、武蔵がラストで、佐々木小次郎と戦う姿。
でも、これはダミーのテーマですね。
本当のテーマは、そこにない。

御客さんは、そこに感動してない。
ナウシカが、命を捨ててオームの暴走をとめようとするところに感動している。
宮本武蔵が、大好きな、おつうさんと気持ちが一緒になったところに感動している。
ここが分からないシナリオライターには、絶対によい作品を書けません。


で、武士の家計簿ですが、
この原作に『節約』をテーマにドラマを作ったって感動できるわけが無い。
なぜならは、主人公の武士は貧乏では無かった。
年に70石の収入があった。
屋敷もあった。
財産もあった。
なのに、どうして草履取りより小遣いが少なかったか?
ここが、テーマを発見するための重要な切り口なわけです。

つまり、武士とは何であったか?
なぜ、武士になりたい町人が少なかったのか?
どうして、日本には革命が起きなかったのか?
という問いかけができるわけです。

 その問いかけを具体的に映像にするには、登場人物の中に、草履取りの視点が必要だし、農民や町人の視点も必要になってきます。で、そういう視点を書かせたら日本一うまいのが、山手樹一郎さんなんですよ。

 山手樹一郎さんの筆法を具体的に説明すると、こんな感じです。

 ある武士が東海道を旅していると、美人の町人娘が、ずーっと跡をつけてくるのに気がつく。変だなと思いつつ、歩く速度を変えると、美人の町人娘も速度を変えてついてくる。で、美人の町人娘を待ち伏せて、わけを聞いてみると、誰かに追われているので、失礼と知りつつも、頼りになりそうな、お侍さんの近くを歩かせてもらった。と、言います。そこで、武士は、こう答えます。

「こいつは弱った」
「やはり、御迷惑でしょうか?」
「いや、迷惑というわけで無いが、おれは算盤サムライなんだ」
「算盤サムライ?」
「だから武芸は、からっきし駄目」
「ええええええええええ?」
「しかし、算盤なら多少の心得はある。よかったら詳しい話を聞かせてもらおうか。剣より算盤の方がたよりになるかもしれないぞ。ハハハハハ!」
「・・・・・・・・・・・」

と、まあ、こんな感じの時代劇を書きまくったのが、山手樹一郎さんです。そして山手樹一郎さんは、残酷なシーンを全く書いてない。映画スティングみたいな話ばかり書いている。桃太郎サムライも、本来は、そういう原作だったんです。もっと軽い話であり、悪役をバッタバッタと切る話では無かった。残酷なシーンが無いのが山手樹一郎さんの作品の特徴でした。

 踊る大捜査線だってそうですよね。
 残酷シーンや、
 シリアスな場面は少なくて、
 主人公がスーパーマンというわけでもない。
 元営業マンのキャラクターで刑事をやっている。






>山手樹一郎さんて、お名前はよく見かけていた記憶があって、


 実は、日本ユースホステル協会をたちあげた横山祐吉氏の親友が山手樹一郎。
 というか、山手樹一郎が、横山祐吉を発見した。
 山手樹一郎は、横山祐吉を作家にした男です。



>ライトノベルって、いつの時代も立場が弱いものなんですね…。

 そうですね。今から見たら吉川英治の宮本武蔵だってライトノベルだと思うんだけれど、当時の人たちは、そうは思ってなかっただろうし、堀辰雄や川端康成だってモロにライトノベルだと思うけれど、ファンは、そうは思ってないだろうな。


>いわゆる、コバルト文庫シリーズからで、先年亡くなられた、
>氷室冴子さんの『なんて素敵にジャパネスク』という作品に出会ってからですから…。


 コバルト文庫シリーズですか。
 懐かしいですね。
 私が中学生の時にできたシリーズです。
 ちなみに昔のコバルト文庫シリーズは凄かった。
 大作家の作品しかなかったんです。
 平岩弓枝・赤川次郎・川上宗薫・佐々木守・富島建夫なんて連中の作品がズラリでした。私も何冊か読んだことがありますが、たいていの作品は、中1時代とか、中1コースといった雑紙に連載されたものが多かったです。

 特筆すべきは、平岩弓枝さんの作品でした。この人の作品は、他の人の作品のレベルを大きく抜いていましたね。読んでいるうちに映像が目に浮かんでくる。しかも、謎解きとサスペンスも微妙に加味されてて、子供の読み物のレベルを超えていました。だから平岩弓枝さんの作品は全て買って読みあさりましたね。





 二十歳すぎて、コバルト文庫シリーズの作家たちは、みんなシナリオライターだったことに気がついて愕然としましたけれど。とくに水前寺清子の「ありがとう」が、平岩弓枝さんの作品だったことや、佐々木守さんが、ウルトラマンを書いた人だと知ったときは驚愕したもんです。昔のシナリオライターは、すごかった。





つづく

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posted by マネージャー at 16:51| Comment(2) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

松本復興相の態度が悪すぎる件 被災者馬鹿にするな!

ひさびさに怒りがわいてきた。
こいつ、なんで、こんなに偉そうなの?
なんで、こいつが復興相なの?





握手拒否って、被災者たちが選んだ知事を馬鹿にしすぎてませんか?
いったい何だよその命令口調は。
何だよその報道陣に対する恫喝は。
ひさびさに頭に来た。
こんな大臣、首にしてしまえと思ってるのは、私だけですか?


つづく

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タグ:松本復興相
posted by マネージャー at 18:01| Comment(6) | TrackBack(0) | 特設 東日本大震災 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月05日

アメリカで、何か凄いことがおきてるらしい

アメリカで、何か凄いことがおきてるらしい。
まずは、動画を御覧下さい。



まさか、アメリカで、こんな風景がみられるなんて。
感慨深いですね。
しかし、西欧文化には、数百年前からコスプレの伝統があります。
ザクセンの王様が、仮面舞踏会を開いたのがはじまりとか。
だから、日本のアニメ文化を受け入れる素地があったようですね。
それにしてもアメリカで3Dライブが大盛況になる時代がくるなんて。




ちなみに、こちらはロンドン



こちらはパリ




今日も世界は、平和で良い!
こういう若い人たちに、期待したい。


つづく

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posted by マネージャー at 05:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 動画紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

武士の家計簿を見た感想+α+α+α

武士の家計簿を見た感想+α+α+α

みわぼーさん

> そもそも、ドラマ史というか、過去の優れた映画、
>ドラマ作品を最近のシナリオライターさんたちは、
>その歴史を重視した講義ってのは、受けてないのでしょうか?

 これ、授業ではやってないですね。
 日大芸術学部でもやってないです。
 映像関係の学校で、これにとりくんでいるところは皆無じゃないですか?


> とにかく書いて、添削してもらって…ってことなのかな?
> シナリオセンター副所長ってことは、あの新井一先生のお弟子さんでしょうにね…
>(私の大学時代に受講した、ドラマ演習という、
>戯曲やシナリオを書く授業のテキスト「シナリオの基礎技術」の著者)。


 新井一先生は、知っていたりするんですが、あの方は天才でしたね。
 特に早書きの天才でした。
 一晩でペラ(200字詰原稿用紙)400枚くらい書いちゃう。
 しかも面白い。
 構成や箱書きは、頭でやるので、下書きさえしない。
 かなり知能指数の高い方でしたね。

 で、この人の口癖が「どんな名作もエンドマークのないシナリオは、無価値」でした。よーするに完成してないシナリオは、価値が無いと言ってました。どんな下手なシナリオでも、完成さえしていれば価値があると言ってたのです。つまり、昔は未完成の大作を誇る馬鹿なシナリオ作家志望者が多かったのでしょうね。

 で、この新井一という天才シナリオライターは、
「シナリオは技術だ」と言い切った最初の人です。
 おそらく。

 新井一が、言い切る前には、シナリオは芸術だという輩も多かったはず。けれど、新井一は、シナリオは技術だと言い切って、その技術をジャンジャン公開してしまった。脱線しますが、似たようなことを言った映画監督に「ヒッチコック」がいますね。彼は「映画は小道具だ」と言い切っちゃって、そのとおりの映画をジャンジャン作ってしまった。

 まあ、そんなこと、どうでも良いんですが、新井一は、シナリオは技術だと言い切って、その技術をジャンジャン公開してしまった。今あるシナリオ入門の本の大半は、新井一が公開した技術がベースになっていると思います。

 さて、技術と芸術。
 どこが違うかと言いますと、
 技術は収得できるが、芸術は収得できないんです。

 つまり、才能関係なしに誰でもシナリオライターになれるというのが新井一の考え方なんです。
 技術は、誰にも学べますから。
 で、その技術の習得の仕方の、最も簡単な方法を新井一は考案した。
 これが20枚ペラ修行です。

 これは原稿用紙20枚の短編を50本書かせる授業なんですが、新井一は、弟子たちに、原稿用紙200枚の大作は書かせなかった。そういう修行は無駄だと思ったんですね。それより原稿用紙20枚の短編を50本書かせる。そして短編1本につき1つの技術を習得させ、卒業までに50本の技術をマスターさせる。こういう手法でジェームス三木などの大家を大量生産させていった。

 この手法は、なんと山手樹一郎に通じるんです。
 実は、山手樹一郎も新井一と似たところがあって、
 大勢の作家を育てているんです。

>山手さんと、池波さんは、同じく、長谷川伸門下だったからです!!

これね、確かに長谷川伸門下には違いないですが、
長谷川伸を育てたのは、山手樹一郎だったりします。
山手樹一郎が、長谷川伸門下に入ったのは、
編集者を辞めて本格的な作家デビューしてからです。



 ところで話をもどすと、私は新井一先生に何度か教えてもらったことがあったのですが、やはり新井一は天才でした。教え方がすごく具体的なんです。どんなに、つまらないシナリオさえも、新井一の手にかかったら、ものすごく面白くなってしまう。それも、ほんの少しいじるだけで、ものすごく面白くなってしまう。そういう事をやらせたら新井一は、まさに天才でしたね。

 で、その具体的な手法の一部を公開すると、
「天地人を変える」
という手法がありましたね。

 天は、時代。
 地は、場所。
 人は、登場人物。

 この3つを変えるだけで、つまらないシナリオが面白くなるんです。武士の家計簿を例にとると、

 天を変える・・算盤サムライを平成時代にタイムスリップさせるなど
 地を変える・・旅先の東海道の宿場町を舞台にするなど
 人を変える・・草履取りを主人公にするなど

といった方法で、設定を変える方法です。

 で、この「天地人を変える」手法の中で、最も効果的な方法が「地を変える」ことだと、新井一先生が、極意として私に教えてくれました。例えば、ラブストーリーの告白シーンなら、「地を変える」ことによって、どんなにつまらないシナリオも、面白くなる。具体的に言うと、レストランでプロポーズするといった、ありきたりのシーンを、このように変えると面白くなる。

・神社の縁の下で告白する
・屋根の上で告白する
・階段をころがり落ちながら告白する
・座禅をしながら告白する
・ヘリコプターにぶらさがりながら告白する

という具合に、地を変えるだけで、つまらないシナリオが面白くなるというのです。新井一という人は、こういう技術を大量にもっていた人なんですが、全てのお弟子さんが、それをマスターしたわけではないようです。もったいない。


 でも、技術だけでシナリオが書けるわけではないですね。
 確かに技術があれば、コンクールで入賞するレベルにはなりますが、
 技術だけでは、どっかで見たような駄作ができてしまう。

 たとえば山田太一さんなんかは、技術に走ってはいませんね。
 あの人は、決して技術のある人ではなかった。
 あの人の魅力は、テーマに対する切り口が独特だったところです。
 だから誰も山田太一の真似が出来なかった。
 彼の作品で「どっかで見たような」作品が少ないのは、そのせいです。
 武士の家計簿は、その系統の作品になるべきだったのは、原作を熟読すればわかったと思うんだけれどなあ。



つづく

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posted by マネージャー at 07:44| Comment(2) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

松本復興相、辞任になりましたね

松本復興相、辞任になりましたね。



まあ、当然でしょうね。

私も、あの動画をみてから一日、気分が悪くて、仕事が手につかなかったので、
御客さんがいないのを幸いに、さっきまで山にのぼったり、星をみてたりしてました。
つくづく北軽井沢に住んでてよかったと思いましたね。
ストレスを発散させるための自然が目の前にあるんですから。


正直言って、こんなに気分が悪くなったのは久しぶりです。

何万人もの犠牲者をだしたうえに、
財産を失った被災者が選んだ県知事に
よくも、あんな暴言を吐けるもんだなと思いましたよ。


しかし、松本復興相の辞任。
それは、まあ良かったんですが、
何かモヤモヤがとれない。
何故かなと、ずーっと考えてたんですが、
この人、誠意をもって謝ってないですね。


辞任すれば、いいってもんじゃない。
謝れよ!
被災者と県知事に土下座しろよ!


そう思いました。
辞任の記者会見だって、お詫びの言葉が無い。
自己都合だと言っている。
もう、常識を疑いますね。
潔くない。
九州男児なら潔く謝りなさい。
でなければ、九州もB型もを語るな。
九州やB型に失礼でしょ。


つづく

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posted by マネージャー at 21:53| Comment(4) | TrackBack(0) | ニュース・時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月06日

朗報! なんとかテレビは映るようになった

bsアンテナを設置し、ようやくbs放送だけは写るようになりました。
すごい画像が綺麗なんで驚きました。

あとは、総務省の難視聴地デジ放送のスクランブル解除をまつだけになりました。
おそらく、地デジは大丈夫ではないかと、業者の人が太鼓判をおしてくれました。
それにしても、ここまでくるのに、本当に苦労しました。

なぜ、こんな事態になったのか?
どうして、直前まで地デジ対策が進まなかったのか?

実は、何年も前に北軽井沢地区は、電波優良地区として報告されてしまったのです。
しかし、実際には、そんなことはなかった。
どこも、かしこも電波が届いてなかった。

で、直前になってクレームが殺到し、もう一度電波の調査をしたわけですが、すでに総務省には、北軽井沢地区は、電波優良地区として報告されてしまったために、新しく放送アンテナを付けることはできない。そこで仕方なく、bs衛星放送を使って、電波の届かない北軽井沢に地上派を流すことになったわけです。

どうしてこうなったのか?

元役場の職員にきいてみたら、総務省が北軽井沢を調査したのが秋だったらしい。
秋じゃ、紅葉で葉っぱが無くなり、電波状態が良くなってしまう。
しかし、春になったら新緑が電波を最低状態にしてしまうのです。

さいわい、うちは南面の森林を伐採したために、bsアンテナを通して地デジが見られる可能性がありますが、多くの別荘地では、それも無理らしい。
結果として北軽井沢の地デジ普及率は、5割もいかない可能性がある。
これも全て、総務省のお役所仕事のせいです。
秋に電波の調査したために、不正確な情報が総務省に届いてしまったせいですね。



あと、難視聴地デジ放送のスクランブル解除の申込書を
総務省が送ってくれるはずだったのですが、
まてど暮らせど送ってこない。
あんまり遅いんでクレームの電話をいれたら、
明日、送ってくれるとのこと。

なんじゃ、忘れとったのかい!

ま、どっかの大臣と違って腰が低かったので、すぐに水に流しましたけれど。



あと、頭きた点が、もう一つ。
地デジ専用テレビを5台ほど買っていたんですが、
bs対応で無いので、1万円のbsチューナーを買わされるはめになってしまった。
本当に頭に来たなあ。



つづく

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posted by マネージャー at 19:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 業務連絡 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

インターネットで、じゃんじゃん書くのはいいことだと思ってます

げんごさん

>すいません、書きすぎましたか?


私は、インターネットで、じゃんじゃん書くのはいいことだと思ってます。
私なんか書きすぎて、何度も検閲が入ってますから。
このブログにも検閲が入るくらいですからw



ただ、ユースホステルのマネージャーって、
インターネットに弱いんですよね。
口コミには強いんだけれど、ネットには弱い。
だから、私が出しゃばって、他人様の宿を宣伝したりするんですが、
本当なら御本人が自分の口で宣伝した方がいいんですよね。

でも彼らは、インターネット・ITというものは、
科学技術だと思っているんですよね。
違いますよ!
テクノロジーなんかじゃない。
作文ですよ。
文章ですよ。
日記ですよ。
YouTubeだったら、文章でさえ無い。
画像だったら動画でさえない。
自分自身そのもの(またはユースホステルそのもの)だと思うんです。



自分をさらけだし、
ユースホステルをさらけだす。
それがインターネットの良さであり、
ネットの情報の良さだと思うんですよね。
決して難しいことでは無い。
さらけ出した方が勝ちなんだから。


そこのところが分かったら、前に進めるんだけどなあ。


つづく

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posted by マネージャー at 19:40| Comment(3) | TrackBack(0) | ユースホステルの話題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月07日

国家の実力―危機管理能力のない国は滅びる 1

国家の実力―危機管理能力のない国は滅びる



久しぶりに面白い本を読みました。
これは対談なのですが、おもに佐々淳行さんが語っています。
警察官の現場として、浅間山荘事件などで活躍した佐々淳行さんの語りが面白い。
現場でないと知らないことを語っています。
論より証拠、ちょっと抜粋して紹介してみましょう。




◆四十年前から進歩していない学生運動政権

佐々
 先生は経験者だからよくご存じでしょうけれど、学生運動が燃え上がっていた昭和四十三年の暮れに、いままでの放水車ではどうにもならないというので、十二気圧をかけられる高圧放水車を予備費でなんとかお願いしますと大蔵省に陳情したんです。それで新鋭の高圧放水車を二〜三台詞達して、東大の安田講堂攻めをやった。ところが、ベニヤ板で窓をふさいであって、放水しても跳ね返されちゃう。

 あれは城攻めにはあまり役に立たなかったんです。

 その代わり、水平に操作して少し加減した水圧で
 デモ隊の足元を狙って打つと、たちまちひっくり返る。

 きっと菅さん仙谷さん
 なぎ倒された経験があるんじゃないですか(笑)。


 その時の記憶があるからか、
 いきなり警視庁第一機動隊の高圧放水車を指名してきた。

 あの人たちの記憶は昭和四十四年一月で止まっているわけです。


渡部
 面白い(笑)。
 当事者だけが知る話ですね。


佐々
 最初に聞いた時は吹き出しちゃいましたよ。
 それに高圧放水車の射程は水平で百メートルだし、
 あんな放射性物質が満ちているところへ防護衣もなしに近寄れたものじゃない。
 事実、見事に失敗しました。
 私は「警視庁第一機動隊の無念さは察するにあまりある」と、ある本に書いたんですけどね。
 装備・機材もなしで、できないことをやらされたんだからね。
 政府首脳は記憶が停止していたがために警視庁第一機動隊を過大評価したんです。


渡部
 学生運動の時代の記憶で国の政治をやられたんじゃたまったものではないですね。

佐々
 それから次に自衛隊のヘリコプターが水を入れた容器を積んで、
 原発上空から水を投下したでしよう。
 あれも私たちが東大安田講堂に対してとった戦術です。
 自衛隊は随分断ったらしいけれど駄目なんですよ。

 安田講堂の時は、放水車では射程が足りなくて屋上に水が届かなかった。
 彼らは平気で石やら火炎瓶を投げてきましたからね。
 ならば上から水をかけて催涙ガスを落としてやろうというので、
 ヘリコプターで行ったわけです。

 ところが、失敗しました。
 ヘリコプターのローターが強烈な風を起こしているから、
 水をまいても正確に屋根には落ちない。
 それどころか、地上で見守っていた警察官たちに降りかかってきた。
 おかげで私たちも催涙ガスの粉から水からかけられて大変でした。
 一月十八日ですから、寒いんですよ(笑)。
「俺たちに水をかけるやつがあるか!」
「中止!やめやめ!」
と言って止めさせた作戦なんです。
 これを彼ら(菅内閣)はやったんですね。

 どうやら彼らは、
 あの作戦が効果がなくて中止になったことに
 気づいていないようです。
 四十年たったいまでも。



渡部
 やられたことだけを覚えていた。
 佐々さんは失敗したと思っていたけれど、彼らには一応効いたのでしよう。


佐々
 そうなのでしようね。
 彼らなりの経験則で「これだ」と思ったんでしよう。
 いい作戦だとね。
 でも、それが失敗していることをわれわれは知っているわけです。
 おまけに今回は原発上空でしょう。
 放射線が強かったし、ホバリングなんかできません。
 だから飛びながらまいたわけだけれど、水は見当違いな方角に飛んで行きました。

 安田講堂の時は私らも困ってしまって、ちょうど本郷の消防署から消防車が来ていたから手伝ってくれと頼んだんです。高圧放水は彼らのほうがすごいですからね。そうしたら、断られました。

「うっかり手伝うと、本当の火事で出動したときにホースを過激派に切られたりするから駄目だ」

と。

 私、本郷署長と大げんかしたのですが埒が明かないので、警察庁から消防庁に頼んで正式に命令を出してもらったんです。それで消防車にベニヤ板を張った窓に向けて高圧放水をしてもらったら、ぱかっと開くんです。われわれ警察側は感心して、
「やっぱり消防車の威力にはかなわないな、我が高圧放水車は駄目だね」
なんて言っていたんですよ。

 ところが、今回の原発事故の対応で、菅政権は私たちが失敗した上から二つの方法を第一弾、第二弾と繰り出したわけです。あれを見て「本卦還りか」と思わず笑ってしまったんだけど、彼らは四十年前の記憶を後生大事に覚えていたわけです。それで、やっと三号機の爆発から三日後になってハイパーレスキュー隊に応援要請をしたわけですが、実は石原都知事は当初からハイパーレスキュー隊を派遣していたんですね。ところが官邸や原子力安全.保安院の手順が悪く、また出動途上で一号機が爆発を起こし、状況が変わったこともあり、いったん帰ってきていた。

 そこに海江田経産相が「速やかにやらなければ処分する」と言ったものだから慎太郎さんが激怒したわけ。「何を言ってやがる。俺たちが派遣したのに使わなかったじゃないか」ってね。

 結局、ハイパーレスキューの後に出てきた遠距離からピンポイントで水を注入できるコンクリートポンプ車が効いたわけですが、業者は「あれを使えばいいのに」と最初から言っていたんです。でも、その情報は届かなかったわけです。要するに、学生時代の経験則だけを頼りに政治を行っているんですよ。しかもそれが正しいと思っている。本当に四十年前で思考が止まってしまっているんです。






 いかかでしょうか?
 ものすごく興味深い対談ですね。
 しかし、こんなのは序の口で、この後、佐々節が爆発します。
 読んでて、爆笑の連続。
 まさに「踊る大捜査線」です。
 まあ、読んでみてください。
 



◆ミグ25戦闘機事件が生んだ安全保障会議設置法

佐々
 一九八六年に安全保障会議設置法という法律ができて私が初代の内閣安全保障室長になったのですが、それまでは危機対応なんて実にいい加減なものでした。例えば、ハイジャックが起こったらどの省が担当するかなんて法律には書いていないから、各省庁とも譲り合って大混乱が起こっていました。ダッカ事件の時がそうでしたし、それからソ連のべレンコ中尉がミグ25戦闘機に乗って領空侵犯して函館空港に着陸した時はもっとひどかった。あれは記録に残しておいていいぐらいのひどさでしたよ。

渡部
 どのようにひどかったのですか。

佐々
 まず各省庁の緊急会議が官邸で開かれました。当時は安全保障室がなかったから官房副長官の主宰です。そこで出席者が言ったのは、これは防衛庁の責任だと。自衛隊法第八十四条には、領空侵犯に対しては着陸させたり、または退去させるための必要な措置を講じさせるとある。それをみすみす突破されたのだから防衛庁の責任だというわけです。

 そうしたら防衛庁の政府委員が、確かに第八十四条はそうだけれど、それは日本領空を飛行している間について書かれた法律で、すでに強行着陸しているのだからここから先は航空自衛隊に責任はない。これは入管の問題だから法務省の責任であると言うわけです。

 そうしたら今度は法務省が、入管というのは泳いで国境を越えてくるなり貨物機に忍び込んで不正入国した場合を想定している、軍用機で飛んできたというのは前例がない、だからこのケースは入管では扱わない、と言うのです。

渡部
 なるほど。法務省がそう言ったのですか。

佐々
 ええ。でも、ベレンコ中尉は密入国になるのではないか、だとすると出入国管理の問題だからやはり法務省でしようと言うと、法務省は警察の責任だと言い出したわけです。なぜかというと、ミグ25は空港に置きっぱなしになっている、これは遺失物法で取り扱うべきだと(笑)。しかも
トカレフ拳銃を持っていたから銃刀法違反、
威嚇射撃もしたから火薬類取締法違反

だって。戦闘機を遺失物法で扱うなんてバカな話は聞いたことないとわれわれが怒ると、今度は密輸だと言い出した。密輸なら大蔵省の税関が所管である、と。

渡部
 めちやくちゃな理屈ですな(笑)。

佐々
 本当の話です。
 そして最後は「アメリカに亡命したい」と言ったので外務省。そういう、どたばた騒ぎがあったのです。
 それを苦虫をかみつぶしたような顔をして聞いていたのが後藤田さんです。それで「こんなことをやっていたら、日本が駄目になる」と言って安全保障会議設置法をつくったのです。縦割りの省庁では解決できない、また地方自治体も解決できないような特定の問題については、国が国家危機管理としてやろうというわけです。その場合、安全保障会議を束ねるのは官房長官にしようと。そういう形で国家の危機管理という観念を後藤田さんが確立したわけです。
 そして国防に関することも、それまでの国防会議設置法を廃案にして安全保障会議設置法にまとめたんです。だから、安全保障会議設置法というのは基本的には国防なのですが、そのほかに緊急事態対処というのが入りました。緊急事態対処とは何かと言うと、後藤田さんの答弁によると、ミグ25のような特殊な亡命事件、ダッカ事件などのハイジャック、大韓航空機撃墜事件のような特殊国際事件、そして関東大震災規模の自然災害や治安問題を伴う災害です。

渡部
 それは正解でしたね。

佐々
 ええ。結局、自衛隊法第八十三条には災害派遣は都道府児知事等の要請により出動する旨が書かれているのです。阪神淡路大震災後は、緊急で要請を待ついとまがないときには要請を待たなくても出動できるという項が追加されましたが、本来、災害派遣は自衛隊の任務ではないのです。災害対策は主として自治省(現総務省)の所管で、自治省の外局に国土庁というのがありましたけれど、その国土庁長官がやることになっていた。そして、その根っこは地方事務ですから、知事と市町村長がやるのが原則なんです。
 ただし、何県にもわたる大災害の場合は国務大臣が非常災害対策本部を立てて対処する。それよりも大きな災害の場合は、内閣総理大臣が緊急災害対策本部長として直接指揮すると書いてある。これは今まで一回も使ったことがなかったのが、この間の大震災で初めて使ったのです。それは村山さんの時の阪神淡路大震災の教訓があって、総理直接指揮でなければいけないというので、初めて「非常」でなくて「緊急」にしたんです。ところが、緊急というのは先に述べたように経済統制を行うということなんです。先生もご承知のように、物価統制令と買い占め売り惜しみ防止法というのがありましたよね。

渡部
 ありました。物価安定本部、「安本」というのがあった。

佐々
 昔はそこで経済統制をやっていました。今度も売り惜しみとか買い占めを取り締まるということで、海江田経済産業大臣の所管になったわけです。でも、経済産業省というのは昔の通産省です。通産省に危機管理をやれといっても、警察、自衛隊、消防と何も関係ないのだから無理というものです。

渡部
 それはそうでしようね。

佐々
 どうしてそんなおかしなことになったかと言うと、これも原発に関係している。平成十一年に東海村のJCO臨界事故があったでしよう。あの時の所管官庁が科学技術庁だったのですが、研究ばかりしていて実務はまったく駄目で、十年問、一回も現場視察に行ったことがなかったそうです。だから、現場の作業員は濃縮ウランをバケツとひしゃくですくっていたわけです。これは科学技術庁では駄目だというので、その後、橋本行政改革で科学技術庁がなくなって文部科学省になった時に、原子力の学問に関する部門は文部科学省に行き、経済に関係するエネルギー部門は経済産業省に持っていったわけです。そして、その実務を担うようになったのが今回にわかに有名になった原子力安全.保安院なんですね。昔、動燃(動力炉・核燃料開発事業団)というのがありました。これは経済企画庁の所管だったのですが、その流れでいま経済産業大臣の所管になっているわけです。

渡部
 なるほど。それなら危機管理の対応なんてできるわけはないですね。三原山が噴火した時の島民避難はこうして行われた

佐々
 だからやはり安全保障会議設置法を早急に通用すべきでした。これによって各省庁が縦割りでバラバラにやっていた取り組みが内閣に集中できるんですから。ところが、それをやらなかったわけです。国会で「安全保障会議になぜかけなかつたか」と質問が出たのですが、それに民主党の福山哲郎という官房副長官が答えています。

「安全保障会議というのは総理の諮問機関でございまして、これを開くより、法律(災対法)に基づいて迅速に対応するほうが時間的に早いと判断した」さらに「そもそも安全保障会議は諮問の対象に災害や地震はなっていない」と。確かに書いていません。書いていないけれど、覚書がたくさんあって、それが先の「後藤田四項目」になっているわけです。そこで「通常の災害は災害対策基本法の枠内で処理できる。ただ、関東大震災程度の大災害が起きた場合、災対法の枠内で処理できないような政治的、社会的大混乱が起きることを予想し、その時に(安保会議が)必要」ということを後藤田さんは明確に言っています。それは議事録が残っていますよ。

渡部
 そうですか。

佐々
 私は内閣安全保障室長在任中の昭和六十一(一九八六)年十一月に起きた大島三原山の噴火でこの法律を使いました。噴火の後、最初は国土庁に十九省庁を集めて災害対策会議が始まりました。そうしたら災害の名称を大島災害対策本部とするか、三原山噴火対策本部とするかとか、日付を元号にするか西暦にするかとか、そんな会議を延々とやっているんです。
 日付なんてどっちでもいいじゃないですか。だから「なんでそんな馬鹿なことに時間をかけているんだ?」と聞いたら、「天皇陛下ご不例につき、この災害警備の問に崩御されると本部の名称が変わります」なんて言うわけです。「それなら西暦でいいじゃないか」と言ったら、「前例がありません」と。
 それから持ち回り閣議にするか、国土庁長官一任の非常招集にするかとか、どうでもいいことを話している。地元の町に溶岩が迫る様子をNHKが生放送していて、一万三千人が大噴火で死亡するかもしれないという時にですよ。
 それを後藤田さんに報告すると烈火のごとく怒りました。そこで私は内閣官房副長官の藤森昭一さんと一緒にクーデターを起こしました。藤森さんが中曾根康弘さんに「伴走いたしましよう。総理」と進言したのです。伴走というのは国土庁の災害対策会議とは別に安全保障会議設置法による安全保障会議を立ち上げるという意味です。国土庁ではとても手に負えない事態に備えて、後藤田官房長官の総指揮で別の動きを始めることを決めたわけですね。
 ところが、後藤田さんは「安保会議設置法もまだできたばかりで難しい局面があるかもしれないけれども、佐々君、君やれ」と。中曾根さんも「全責任を私が負うから、指揮しろ」と言うんですよ。私自身には何の権限もありませんが、総理の命令ということであればやむを得ません。指揮を執らせていただきました。すぐに都知事の鈴木俊一さんに海上自衛隊出動要請を促しました。さらに当時は橋本龍太郎さんが運輸大臣でしっかりしていましたから、島民を避難させるのに運輸省の権限で夏しか就航しない東海汽船のフェリーボートなども含め約四十隻を編成し
 て、南極に行く途中の観測船「しらせ」まで現地に向かわせたんです。大きすぎて接岸はできないんだけれど、一万二千トンの「しらせ」が救援にくるわけですから。島民は、その姿を見ただけで安心しましてね。

渡部
 ああ、それはそうでしようね。

佐々
 それで国土庁の災害対策会議が終わった午後十一時四十五分頃、われわれ官邸はすでに島民に避難指示を出していました。それで午前四時までには全島民一万人と観光客三千人を全員船に乗せました。
 しかし避難させるのも大変なんですよ。いわば強制疎開ですから。床柱にかじりついて「お爺さんの死んだこの家で死ぬ」と言ったお婆さんもいたそうです。乱暴な言い方だけれど、機動隊には「何がなんでも、無理矢理にでも連れてくるように」と命令を出して、全員を避難させたんです。その後も問題がありました。というのは、大島の管轄区域は自治省(当時)でいうと東京都なのですが、海上保安庁のルールでいくと静岡県になっている。でも、静岡に避難民を上げると陸送をどちらがゃるか、その襲用をどちらが負担するかで東京との問で絶対にモメ事が起 こる。一万三千人ですから大変です。 それで後藤田さんに「このままでは大問題になりますから竹芝桟橋に上がるという方針にしてはいかがでしようか」とお伺いを立てると、「すぐに指示しろ」と。「でも私には権限がないんですよ」と何回も言ったのですが、「なんとかしろ」と(笑)。しようがないなと思って海上保安庁から安全保障会議に出向してきている保安官に「俺からと言うなよ」と念押しして、「警備救難監に情報として流せ」と命令を出したんです。「静岡に上げると陸送の問題が生じるから竹芝桟橋に上げたほうがいいのではないでしようか。
 ご参考までに総理、官房長官もそういうご意見です」と言えってね。そうしたら全船が竹芝に向かっているという連絡がきた(笑)。その頃には東京の公立学校やYMCAなどを確保して、毛布や握り飯の準備が進められていました。これが危機管理というものです。

渡部
 おっしゃるとおりですね。






つづく

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posted by マネージャー at 17:45| Comment(2) | TrackBack(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月08日

国家の実力―危機管理能力のない国は滅びる 2

国家の実力―危機管理能力のない国は滅びる 2

つづきです。

あんなり面白い本だったので紹介します。
対談なのですが、おもに佐々淳行さんが語っています。
警察官の現場として、浅間山荘事件などで活躍した佐々淳行さんの語りが面白い。
現場でないと知らないことを語っています。
論より証拠、ちょっと抜粋して紹介してみましょう。







◆阪神淡路大震災でのある支店長の勇断

佐々
 それで一つ思い出しました。阪神淡路大震災の時、日銀の神戸支店長に遠藤勝裕氏という傑物がいたんです。彼はジェット機が落ちたかと思うくらいの轟音と激震に遭遇した直後、自分がこの大災害に際して何をすべきかを考え、「そうだ。俺の役割は町に紙幣を出すことだ」と気づくんですね。

 日銀の支店は設備の損傷はありましたが、幸いにも大金庫が無事でした。
 遠藤さんはそれを開けてしまうんです。
 緊急時に普通は閉める大切な金庫を、逆に開けてしまう。
 そしてそこにあった札束を全部取り出し、紙幣の流通を止めなかったのです。
 本人は「兵庫児一日分の金額が入っていた」と言っています。
 だから何十億円でしよう。


渡部
 随分と大胆な行動ですね。


佐々
 そして次に被災地の民間銀行が壊れていないかを点検しました。
 そうしたら日銀のほかに一つだけ壊れていない銀行があった。
 すると三日後には、そこと日銀神戸支店内に、
 被災して休業中だった各銀行の支店の臨時窓口を開設するわけです。
 さらに兵庫県警本部に連絡を入れて警備を要請しました。
 普通なら各支店に配置しなくてはいけない。
 二百人の警察官が二か所で済むわけだから、本部長も随分助かったと話していました。
 二十名で済んだそうです。

 もっとすごいのは、震災当日のうちに金融特例措置という五か条の布告を独白の判断で出したんです。例えば通帳や判子がなくても身分証、免許証を提示したらお金が借りられる、半焼けの紙幣は普通の紙幣と交換する、などと。

 もちろんこんなことを日銀本店や大蔵省本省がすぐに承認するわけがありません。
 ところが、当時の大蔵省の神戸財務事務所長というのがまた傑物でね。
 これを決裁するんです。
 そしてこのルールでどんどんお金を出しました。


渡部
 ほう。


佐々
 こんな話もあります。
 遠藤さんが震災後、市内を視察すると、
 コインを持たない被災者が自動販売機を蹴っている様子を目にするんです。
 そして「そうか、物があってお金がないと暴動が起こるな」と考えた。
 そこで銀行協会に申し入れて、
 百円玉九枚と十円玉十枚を入れた千円の袋を四千袋つくり、
 避難所に行って「銀行協会からの義援金でございます」と渡して歩いたそうです。



渡部
 いやすごい話だ。
 初めて聞きました。
 その遠藤という方はその後どうなりましたか。


佐々
 本当はクビだったんです。
 なにせ日銀のあらゆる掟を破ったわけですから。
 当時私は遠藤さんとは一面識もなかったんですが、解任だと聞いた時はカッときて日銀の役員に電話で談判しました。「遠藤さんを辞めさせると聞いたけれども、本当か」「いや、いま内部でそれが問題になっているところです」。聞いてみると、災害に遭った地域を救済するために過去に何度かこのような超法規的行為をやっていた札付き″の支店長だったらしいです。

 日銀内部は「とんでもない日銀マンだ」「これこそ日銀の鑑」という二つの意見に分かれていて、私はその日銀役員に「彼のような功労者をクビにするなんてとんでもない。本店に栄転させなさい」と強く言いました。それが聞き入れられたのか、遠藤さんはクビにならずに調査役になりましたよ。







◆大震災当日に実感した日本人の我慢強さ


佐々
 緊急事態が起こった時、高層の高い場所にいると大変ですよね。アメリカのペンタゴンというのは五階建てです。あれは軍の施設や危機管理担当施設が高いところにオフィスを要求するのは愚かだという思想なんです。エレベーターが止まっても、すぐに駆け上がったり駆け降りたりできなくてはいけないからと。それで石原慎太郎さんがこの間、彼のいる知事室は七階ですから、「俺、七階まで駆け上がれない。失格だ」って言っていました。


渡部
 知事室を降ろせばいいんですよ。


佐々
 一階か二階にすればいいんですよね。旧警視庁では、一階二階というのは古くから鑑識とか捜査一課とか刑事部がとったんです。私は警備部でしたが、かろうじて三階に入りました。それで公安が四階。それより偉い人は五階でも六階でも、どうぞお好きなところへというわけです。われわれは停電でエレベーターが止まった時に、駆け上がり駆け降りしなければいけないから。ところが、新警視庁の警備部というのは十何階かにあるんです。


渡部
 今度の地震で懲りたでしよう(笑)。


佐々
 懲りたと思いますよ。前に後輩の警備部長のところに行ったら、「先輩、もう一時間ぐらいお茶飲んでいてください。素晴らしい夕陽が見られますから」と言うわけ。それを聞いて私はちょっと皮肉を言った。

「君ね、俺たちは刑事部と三階と二階の取り合いっこやったんだぜ。駆け上かり、駆け降りしないといけないだろう。それだけの緊急性のある仕事だし、忙しいからエレベーターなんて待っていられない。ちょっと見たところ、君、だいぶ贅肉がついているようだけど、ここまで駆け上がれるのか。駆け降りるのはもっと大変だぜ。足がもつれるから……」

なんて(笑)。

 ペンタゴンの周りなんて昼休みになるとみんな走っていますよ。フィジカルフィットネスといって基準となる体型が決められていて、ときどきチェックされるんです。太ってきたら「やり直し」とダメ出しされる。それでも自己管理できないとペンタゴンから追い出されてしまうんです。それで「ちょっと私らの時よりたるんでるぞ」なんて言うものだから、若造たちに煙たがられるの(笑)。





◆アメリカの救援を拒んだ村山内閣

渡部
 今回の菅政権の対応はことごとく後手に回りましたね。
 あるいは、無駄に時間の浪費をしていたように思えてなりません。
 何を考えているのかと首を捻りたくなるようなことがしばしばありました。


佐々
 これも大切な教訓だから申し上げておきますと、阪神淡路大震災の時、首相の村山富市さんも官房長官の五十嵐広三さんも地元出身の土井たか子さんも、社会党の面々はガバナンスという点でまったく駄目だったんです。自衛隊は憲法違反だから災害の救援に来るなと言う人たちですから。


渡部
 自衛隊アレルギーの連中ばかりです。
 それに、いつまでも自衛隊に出動を要請しなかった
 当時の貝原俊民知事の責任も避けられません。


佐々
 ただ、この時の政権は幸いにも自民党が与党に入っていました。役に立ったのが運輸大臣の亀井静香君でした。

 アメリケアーズというアメリカ最大のボランティア組織があって、震災後、日本国際救援行動委員会の理事長だった私に「ノースリッジ地震のお礼をします」と電話をかけてきたんです。ご存じのように阪神淡路大震災のちようど一年前の一九九四年一月十七日、ロサンゼルスで震災が起きて、日本は懸命に支援したんです。

「そのお礼にジャンボ機一杯の百トンの物資、それに人名の医師団、数十人のボランティアを連れて日本に向かう。一月二十三日午後一時に関西空港を開けてほしい」

という電話でした。

 ところが、村山さんも五十嵐さんも
 アメリカの恩を受けたくないという理由で申し入れを断ってしまうんです。


 それとは別に、インディペンデンスという空母がヘリコプターで重傷者を搬送して救急医療を引き受けるという申し入れもありました。空母ですから、パイロットが怪我をして帰って来た時に治療をするため、外科医がたくさん来っている。百床くらいベッドを持っています。ところが村山さんはこれも断りました。外務大臣の河野洋平さん、彼もだらしのない男で、右へならえで、この話を蹴ってしまう。

 それでアメリケアーズからの支援をどうしたかというと、理事長の私が受取人になったんです。ところが、受け入れるには運輸大臣に空港を開けてもらわなくてはいけない。亀井大臣はあさま山荘事件で一緒に仕事をした私の後輩ですしね。追いかけ回してなんとか自動車電話で連絡をつけました。

「亀井君、君のバカ力が役に立つときがきた。関西空港を開けてほしい。援助物資を運ばなくてはいけないが、陸路は使えない。ついては君の指揮下にある海上保安庁の巡視船とヘリコプターを手配してほしい」

と。周囲は「無理でしよう」と言っていたんですが、空港に着くと「大臣の命令により」と言って海上保安庁の隊員百五十名が整列して待っていて、敬礼して通してくれました。驚いたことに四隻もの巡視船とヘリコプター三機を借りることができた。その協力のおかげで、援助物資は無事、神戸の災害対策本部に送ることができたんです。


渡部
 まさにお手柄でしたね。震災の当日といえば、僕は村山さんと懇談会をやっていたんです。


佐々
 ああ、知っています。新春文化人懇談会というのですね。私はこの日の総理の行動をきちんと把握しようと皆に聞きました。村山さんのもとに第一報が入ったのが午前七時なんです。地震発生から一時間十四分も経過していた。そして十時からの閣議の後、二十一世紀地球環境懇話会という会合に出席しています。神戸でどんどん人が焼け死んでいる時に、オゾン層を破壊するフロンガスの規制をどうするか、といったことを話し合っていたんです。神戸のことは「ひどい地震だったらしいね」という程度で話題にもならなかったらしい。渡部先生たちとの懇談合もこの日だったんですね。


渡部
 そう。「総理、神戸が大変なのにこんなことをしていてもいいのですか」と言ったら「大丈夫ですからどうぞ」と言って予定時間を十五分もオーバーしました。


佐々
 その間も自衛隊の車両やヘリコプターはエンジンを回し、いまかいまかと指示を待っていました。天災が途中から人災に変わったんです。それに比べれば、今回は官邸に入ってくるのは割に早かった。地震直後の二時五十六分ぐらいには来たみたいです。阪神淡路の経験がありましたから、実働部隊もみんな早く反応しました。自衛隊の偵察機が飛び立ったのが十分後だと言いますから、非常に反応はよかった。
 ただ、問題はそれからです。

 官邸で何があったかというと、菅さんが
「まず防災服に着替えよう」
というところから始まったそうです。それで閣僚がみんな着替えて閣議を防災服でやるという物々しいことになった。ところが、現場に行くわけじゃないですよ。官邸の中で防災服を着て緊急事態に対応しているという気分″になっていったんです。


渡部
 パフォーマンスですよ。


佐々
 まさにそうですね。私が防衛庁にいた時、「九月一日の防災の日に着ろ」と防災服が配布されたんです。その日の朝、仮想大地震があることになっていて、防衛庁の参事官会議には全員防災服で出ろと言うわけです。

 私はそういうのが嫌いなので苦々しい顔をしていたのですが、そのうち全省庁でトラブルが起きました。全省庁の官房長が電話のやりとりをしている。何をやっているかと思ったら、防災服の上着はズボンの外に出しておくのか、ベルトの内側にたくし込むかという相談をやっている(笑)。

 おそらく今度もそのたぐいのことをやったと思いますよ。
 各大臣の秘書官だとか総務課長が互いに官邸に電話して
「防災服はベルトの下に入れましょうか、外に出しますか」
って絶対やったと思う。
 まず防災服に着替えようなんていうのは、そういうレベルの話なんですよ。
 これから劇場型のパフォーマンスをやるための舞台衣装なんですね、彼らにとっては。





つづく

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posted by マネージャー at 00:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

また烏帽子岳に行ってきました!

やっぱり、今年は、花が多いみたいです。
どの山も花が多い。

11-7-5-01.JPG

ちなみに、また烏帽子岳に行ってきましたが、
すごいのなんのって、
今年のドウダンツツジは、はんぱないすね。
ドウダンツツジのトンネルに、
ドウダンツツジの花絨毯。
もう声も出ませんでしたよ。
ちょっと癖になりそう!

11-7-5-02.JPG

上の写真がドウダンツツジのトンネル。
下が、花の絨毯。

11-7-5-05.JPG

11-7-5-04.JPG

11-7-5-03.JPG


つづく

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posted by マネージャー at 22:35| Comment(2) | TrackBack(0) | 鹿沢−烏帽子岳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月09日

宇宙戦艦ヤマト実写版 / SPACE BATTLESHIP ヤマトについて

宇宙戦艦ヤマト実写版 / SPACE BATTLESHIP ヤマトについて

こんなに、つまらなかった映画も珍しいと思いました。
宇宙戦艦ヤマトというより、仮面ライダーとか、見ている気分になりましたね。



というものの、特撮は素晴らしいし、
シナリオも、決して悪くはないし、
キャスト達もがんばっていたんですが、
全体として駄目だったですね。
足し算しているうちに、いつのまにかマイナスになってしまった感じ。

失敗の原因は、2つあります。
キャスティングのミスと、
原作の背景を無視したミスです。


 木村拓哉は、がんばっていた。好演していたんですが、木村拓哉を主人公にしたところに、映画の失敗が約束されたようなものでしたね。木村拓哉を主人公にすれば、木村拓哉の映画になってしまう。しかし、宇宙戦艦ヤマトのファンは、木村拓哉を見に来たんじゃないですからね。ヤマトを見に来たんです。

 こういう作品は、原作を改編しては駄目だし
 主人公に大物を起用しては駄目なんですよ。
 だいたい、木村拓哉のキャラは、古代進のキャラじゃないですからね。

 古代進は、好戦的なキャラです。
 しかし、古代進が好戦的なのには、理由がある。
 ラストへの伏線に繋がっている。

 宇宙戦艦ヤマトは、海のトリトンと同じラストが待っている。
 (敵を必要以上に虐殺してしまう)
 だから古代進は、好戦的である必要があった。
 よーするに古代進の根本は猛将。決して切れ者ではない。
 どっちかというと『勇ましいバカ』に近い。


 それから気になったこととして、
 設定が目茶苦茶なこと。何度
「えええええええええええええええええええ」
 と叫んだことか。

 階級も目茶苦茶なら、軍人としての作法がまるでなってない。
 戦艦なのに、乗員が少なすぎる。
 何から何までおかしなところだらけ。





 私が認める「宇宙戦艦ヤマト」は、第1作だけです。
 第1作の宇宙戦艦ヤマトと、他の宇宙戦艦ヤマトは別物です。
 理由は、単純明快。
 第1作の宇宙戦艦ヤマトだけが、
 第二次大戦の戦史をなぞっているからです。

 例えば、冥王星での反射衛星砲のシーンは、フィリピンのバータン半島攻撃戦をなぞっています。バータン半島の米軍は、あちこちに聴音機を設置し、日本軍の進入を察知すると、どこからともなく砲弾が飛んでくる。あまりに正確な砲撃で日本軍は、身動きできなかったのです。

 で、古代進が、冥王星の反射衛星砲を破壊するシーンは、あきらかに映画『ナバロンの要塞』へのオマージュです。私は子供の頃、このシーンにワクワクしてみていました。


 ドメル艦隊との戦いなんか、まさに逆ミッドウエイ海戦です。
 ガミラス艦隊の空母4隻が全滅するシーンは、まさに逆ミッドウエイ。

 だいたいドメル将軍からして、ロンメル将軍のもじりでしょ!
 といっても、戦い方は、ミッドウエイ海戦の
 空母飛龍の艦長の山口多聞にそっくりです。

 コスモゼロは、零戦をなぞってるし、
 ブラックタイガーは、フライングタイガーをなぞってる。
 波動砲は、46p砲をなぞってる。

 あと、初代宇宙戦艦ヤマトの凄いところは、
 戦闘シーンが、あまりないところ。
 神経戦やプロパガンダをおこなったり、
 機雷戦を行ったり、
 星と星で挟み撃ちにしたりなど、
 敵が巧みなトラップ(罠)をしかけているところです。

 つまり、宇宙戦艦ヤマトでの戦いは、高度な頭脳戦がメインなんですよ。
 艦隊決戦は、たったの2回しかなかった。
 ほとんどが頭脳戦だった。

 なのに実写版の宇宙戦艦ヤマトときたら、
 安っぽいドラマと、安っぽい戦闘シーン。
 いったい、どこに高度な頭脳戦があるのか?
 いったい、どこに第二次大戦の戦史をなぞっている場面があるのか?

 何も無い。

 もっと言うと、松本霊士くささが無い。
 西崎くささがない。
 安っぽい、お涙ちょうだいになっている。
 だから、私の個人的な趣味で言うと、このヤマトは全く面白くなかったです。
 スタートレックとは言わない。
 せめて、スターウォーズレベルだったらなあ。



つづく

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posted by マネージャー at 23:14| Comment(2) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

群馬県では交通事故が多発しています

実は、群馬県では交通事故が多発しています。
県知事が非常事態宣言を出すと言ってるくらい多いらしい。

そのために7月11日から20日までの交通安全週間では、
かなり厳しい交通取り締まりを行うという情報がはいってきています。
特に一時停止・酒気帯び運転には、気をつけてください。

一時停止は、必ず一時停止ラインを守ってください。
厳しくとられます。

酒気帯びは、酒を飲んでから7時間以上経過しないと、酒気帯び運転をとられそうです。
気をつけてください。
朝7時に運転する場合は、
夜12時以降は飲んではいけません。

もちろんスピード違反にも気をつけましょうね。


つづく


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posted by マネージャー at 23:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 業務連絡 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月10日

なでしこ、1−0で独下し史上初の4強



なでしこ、1−0で独下し史上初の4強
まれにみる名勝負でしたね。

いやー凄いわ!
ベスト4とはねえ。

それにしても開催国のドイツ、悔しいだろうなあ。
優勝候補だったもんなあ。
思わぬ番狂わせだと思っているだろうなあ。





U-17では、残念だったけれど、
なでしこは、このまま優勝してほしい。
あと、澤は大丈夫なのか?

岩淵は、サイズが小さくて苦戦してたな。
キーパーは、グッジョブ!
スパーセーブの連続だった。
日本側は、ミスが目立ったけれど、キーパーに救われましたね。
丸山も、素晴らしいシュートでした!








つづく

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posted by マネージャー at 15:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ニュース・時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月11日

宇宙戦艦ヤマト実写版 / SPACE BATTLESHIP ヤマトについて + α

宇宙戦艦ヤマト実写版 / SPACE BATTLESHIP ヤマトについて + α

gatchanさん


>主人公を木村拓哉にしたのが・・・、
>このコメントをよく見かけるのですが、
>主人公には誰が良かったんでしょうか?

 これは、木村拓哉が悪いんじゃ無いですよ。木村拓哉を採用すると、映画が変質するんですよ。木村拓哉の意志とは関係なく、プロデューサー・脚本家・制作会社・配給会社・所属事務所などに、ある種の思惑が働き始めるんです。こうなると監督・木村拓哉の意志とは関係なく、大きな力が働いて、こういう駄作ができやすくなるんです。

 例えば、池中玄太80キロという有名なテレビシリーズがありましたが、このシリーズは、最期に大コケしました。理由は、マッチを出したためです。近藤真彦をかっこよく登場させるために、西田敏行のシーンがかすんでしまった。それにファンが怒ったんですよね。

 プロデューサーにしてみたら、近藤真彦を出すことによって、若いファン層をとりこみたかったんでしょうが、池中玄太80キロのファンは、近藤真彦を見たくてチャンネルを回したわけではなかったんですね。だから近藤真彦を出すことには問題ないとしても、近藤真彦が、西田敏行を食ってはいけなかったんです。けれど、近藤真彦の真意は別にして、大きな力が番組に働き始めます。

 だから、こういう作品は、無名の新人を使う方がいいですね。
 青春ドラマや太陽にほえろといった刑事ドラマは、そうしてますね。
 主役は無名の新人。かわりに脇役に大ベテランをもってくるというように。

 ちなみに太陽にほえろでは、よく殉職しましたが、新人俳優の人気があがって、ギャラが高くなったために降板させるために殉職させたらしいですね。関係者がテレビで裏話として語っていました。で、新しい新人の主人公を入れてリフレッシュさせる。そうやって太陽にほえろは、長寿番組になっていったらしい。そういうことらしいです。しかし、それだけではないと私は思っています。人気が出ると、別の思惑が働くのでは無いかと。少なくともショーケンが降板したのは、そういうことですよね。





 話は変わりますが、名作のリメイクに成功した例として『荒野の7人』なんかがありますね。登場人物の9割を無名の新人にして大成功しています。当時、有名だったのは、ユルブリンナーだけでした。ユルブリンナーにしたって、嫌々ながら主役をやった。本当は、監督をやりたがっていたんです。しかし、ジョン・スタージェス(OK牧場の決闘の監督・後に大脱走の監督をやる)に監督の座を奪われたために、主役になっただけです。あとは、みんな新人でしたが、その後、大ブレークしています。特に

 スティーブ・マックイーン
 チャールズ・ブロンソン
 ジェームズ・コバーン
 ロバート・ヴォーン

がスーパースターになりましたね。これら、後のスーパースターたちは、みんな、それぞれの『7人の侍』の役になりきって好演していました。そして、その後の役所の原点になっていますね。イメージキャラになったくらいにピッタリのはまり役でした。そうそう敵の山賊を演じたイーライ・ウォラックなんかは、この作品で西部劇の『悪役商会』のトップにのぼりつめましたね。





 これは私の趣味ですが、『7人の侍』より『荒野の7人』の方が面白いんじゃ無いかと思います。リメイクなら、このくらいやってほしかった。宇宙戦艦ヤマト実写版も、その可能性を秘めていたんだと思います。というのも原作のアニメ版『宇宙戦艦ヤマト』は、決して完成度の高い作品では無いですから、宇宙戦艦ヤマト実写版は、原作を可能性はあったと思いますね。

 そのためには、もっと企画を練った方が良かった。安易に安っぽい人間ドラマにしてしまうより、敵との心理戦を戦う推理とサスペンスが混じった企画にした方が良かったです。そもそも原作が、その方向なんですからね。というのも、リアルでアニメを見ていた世代は金を持っている世代です。そういったマニアックな要求を満足させてくれれば、リアルでアニメを見ていた世代はBlu-rayを買いますよ。みんなシュルツ将軍・ドメル将軍・デスラー総統がでてきたら、飛び上がって喜んだと思います。





 敵の将軍は3人です。
 話としては、3つに分かれてるので、
 3部作にして、少しづつリメイクして、いろんなメカとキャラをだして、
 3つに分かれた戦略・戦術が交差した頭脳戦をえがいていたら
 大ヒット作になったと思いますけれどね。
 木村拓哉を選んだ時点で、そのラインは消えましたね。


つづく

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posted by マネージャー at 13:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする