2012年06月01日

三余荘ユースホステルが無くなってしまう! その2+α

みわぼーさん
進之助さん
坂東旅人 水戸義烈さん
エバさん

長くなるので本文にレスを書きます。


>三余荘YHは、宿業そのものを廃業されるのでしょうか?

残念ながら、そのようですが、交渉次第では泊まれるのかもしれません。


>こんな素敵な宿があることを、紹介していかねば、人知れず、閉館していってしまう。
>こういう宿があることが、アピールされていたら、
>こういう雰囲気の宿が好きな女性客、見込めたと思うのに…!!

原因は、マネージャーの体調が悪いためのようです。
今は、息子さんが代行してやっているみたいなのですが、
そもそも農業の方が忙しいので、
ユースホステルをやる時間があまりないようです。

ちなみに、うちの嫁さんが、こう言ってました。

「もし、星野温泉グループが三余荘ユースホステルの存在を知って買い取ったら、改装して一泊10万の宿にするのに」

この意見に私も同感です。
やりようによっては、この宿は大ブームになった可能性がありました。
なにしろ合成合板もアルミサッシがないのです。
もちろん網戸も木製。
鍵も昔風だし、欄間にも障子が貼られている。
唯一、違和感があるのはエアコンだけ。



>傍の河の桜並木が見事なところで、とても気に入っていました。


実は、一番良い季節は、1月から4月にかけてです。
というのも、目の前の田んぼが一面の花畑なのです。
実は、この田んぼは、三余荘ユースホステルの田んぼで、
冬は、花のタネを撒いて、一面の花畑にしているのです。
ちなみに桜は、この地の名物です。
昔は、桜の木で出版のための版木を作りました。



>三つ指を揃えて出迎えるユースとして有名で、
>私が泊まったときも一家の皆さんの礼儀が正しかったです
>先祖の影響があったんでしょうね〜

あったと思います。
というか土屋宗三郎(三余)を誇りに生きているという感じです。
それについては、連載であかしていきます。


>同じお部屋に泊まったみたいですね。

そうでしたか。
一番奥のお部屋ですね。
他の部屋の写真も撮ってきましたので後で紹介します。



つづく。

↓ブログ更新を読みたい方は投票を

人気blogランキング




posted by マネージャー at 08:01| Comment(0) | TrackBack(0) | ユースホステル紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

三余荘ユースホステルが無くなってしまう! その3

三余荘ユースホステルが無くなってしまう! その3

 土屋宗三郎(三余)は、江戸に出て漢学・国学・算術・剣術に励み、勝海舟と机を並べて勉学し、諸大名に招かれて諸藩の顧問となるほどの名声を得た。しかし、天保10年(1839)。24才のときに突然、故郷帰って、三余荘ユースホステルの場所に無料の塾を開き、親戚や近隣の子弟を預かった。

 理由(わけ)があった。

 当時、奥伊豆は、遠州掛川藩の領地だった。半年交替で陣屋にやってくる掛川藩の役人は、百姓に対して横暴であった。それをみた土屋宗三郎(三余)は、「百姓が掛川の武士に馬鹿にされるのは、百姓に教養が足りないからである」と考えた。
 そこで百姓を相手に無料の塾をはじめた。最初は、親戚の師弟に教えるだけであったが、たちまちその評判が広まり、無料の塾は大繁昌になった。後に依田家十一代の当主になる依田佐二平も入門した。この依田佐二平は、三余塾の塾頭となって大活躍することになる。ペリー来航・プチャーチン来航の時は、土屋宗三郎(三余)は、依田佐二平を引き連れて、外国人たちと交流し、外国語を盛んに学んだ。三余荘ユースホステルには、その時の鉛筆、西洋皿、コップ、ビールなどが残っている。

sanyo-101.JPG

 さて、三余荘ユースホステルのことである。

 三余荘ユースホステルが、ユースホステルになったのは、昭和三十九年であった。農業に励んでいた土屋九彦氏15代目の当主は、本当は、もっと早くユースホステルになりたかったのだが、近くに別のユースホステルがあったために、日本ユースホステル協会から認可されなかった。別のユースホステルとは、依田佐二平の子孫・依田家が経営していた、依田園ホステルであった。

 土屋三余の一番弟子である依田佐二平は、土屋三余の死後、国会議員となって大活躍し、奥伊豆の発展に尽くすことになるのだが、第二次世界大戦後の依田家は、農地改革などで没落する。しかし、没落しても旧家である。大きな屋敷と蔵は残っていた。そこに日本ユースホステル協会を設立した横山祐吉氏が、腰を低くして
「民家を開放し、ユースホステルとして若者を受け入れてくれないか」
と言ってきた。依田家は快諾し、昭和35年に依田園ホステルが誕生した。と同時に、大勢の若者たちが依田園ホステルに訪れた。

 それを知った土屋三余の曾孫にあたる土屋九彦氏(15代目の当主)も、自宅をユースホステルにしたいと思って、日本ユースホステル協会に申請した。しかし却下されてしまった。近所に依田園ホステルがあったからである。

 ちなみに依田家と土屋三余の家は親戚である。
 土屋三余の嫁が依田家の娘なのだ。
 土屋九彦氏(15代目の当主)は、依田家に出向いて
「ユースホステルの看板を譲ってくれ」
とたのんだ。

 依田家は快諾した。

 ユースホステルとして成功した依田家であったが、温泉を掘り当てて、旅館としても大成功をおさめていた。なにしろ建物が古く、文化財的価値があったので旅行者が大勢訪れていた。ユースホステルの御客様にたよらなくてもやっていけるほどになっていた。ちなみに、下記のサイトが、元依田園ホステルであり、今の「大沢温泉ホテル・依田の庄」である。

http://www.osawaonsen.co.jp/index.htm

 こうして三余荘ユースホステルが誕生した。
 大沢温泉ホテル・依田の庄ほどではないが、
 三余荘ユースホステルも古い家であった。
 庭が素晴らしく、部屋が和風であった。

sanyo-113.JPG

sanyo-112.JPG

sanyo-111.JPG

sanyo-110.JPG

 本業は、農家であるために、美味しい米を作ってホステラーに御馳走した。柑橘類(みかん等)もやっていたので、糖度の高いミカンを食事に出した。魚や肉も出したが、何気なく添え物に裏山で採れた山菜を出していた。三余荘ユースホステルの食事は、美味しいことで有名であった。

sanyo-102.JPG

sanyo-103.JPG

 しかし、三余荘ユースホステルの一番の特色は、土屋三余をテーマにしたミーティングである。蔵を改造した土屋三余資料館を興味ある若者たちに見せたりした。そして、土屋三余や依田佐二平の業績を伝えていった。依田家が、土屋家にユースホステルの看板を譲ったのも、土屋九彦氏(15代目の当主)の、そういう情熱を知っていたからかもしれない。

sanyo-105.JPG

sanyo-104.JPG

 土屋九彦氏(15代目の当主)は、そういう活動に半生をかけることになる。
 しかし、今年になって土屋九彦氏(15代目の当主)は高齢のために体調を崩した。
 ギリギリまで頑張ったが、ついにユースホステルの営業を断念せざるをえなくなった。

 実は私は、マネージャーの土屋九彦氏(15代目の当主)にお会いしてない。その息子さん(といっても六十四歳だが)とお会いしている。マネージャー代行の息子さんの馴れないミーティングで、土蔵の土屋三余資料館を案内してもらった。

sanyo-107.JPG


つづく。

↓ブログ更新を読みたい方は投票を

人気blogランキング





posted by マネージャー at 21:34| Comment(5) | TrackBack(0) | ユースホステル紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月02日

今週のシルマンウオーキングは、しゃくなげ園ハイキングでした

今週のシルマンウオーキングは、しゃくなげ園ハイキングでした。

日曜日の天気が悪いらしく、
日本海グルメツアーに変更になりそうなので、
土曜日のシルマンウオーキングで軽いハイキングをすることになり
多数決で、急遽、しゃくなげ園ハイキングに変更になりました。

まずは、パノラマライン。

12-6-2-01.JPG

12-6-2-03.JPG

12-6-2-04.JPG

12-6-2-02.JPG

そして、シャクナゲ園

12-6-2-05.JPG

12-6-2-06.JPG

12-6-2-07.JPG

12-6-2-08.JPG

12-6-2-09.JPG

12-6-2-10.JPG

12-6-2-11.JPG

12-6-2-12.JPG

12-6-2-13.JPG

12-6-2-14.JPG

12-6-2-15.JPG

12-6-2-19.JPG

12-6-2-20.JPG

12-6-2-21.JPG

とどめは、ランプの湯で温泉三昧。
ここは、昔、ユースホステルだったこともありました。

12-6-2-22.JPG

つづく。

↓ブログ更新を読みたい方は投票を

人気blogランキング






posted by マネージャー at 22:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 浅間高原・シャクナゲ園 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月03日

小串鉱山で山菜ハイキング

小串鉱山で山菜ハイキング
天気予報は、悪かったのですが、蓋を開けたら晴天でした。

12-6-3-01.JPG

12-6-3-02.JPG

12-6-3-03.JPG

12-6-3-04.JPG

12-6-3-05.JPG

12-6-3-06.JPG

12-6-3-07.JPG

12-6-3-08.JPG

12-6-3-09.JPG

12-6-3-10.JPG

12-6-3-11.JPG

12-6-3-12.JPG

12-6-3-13.JPG

12-6-3-14.JPG

12-6-3-15.JPG

12-6-3-16.JPG

12-6-3-17.JPG

つづく。

↓ブログ更新を読みたい方は投票を

人気blogランキング






posted by マネージャー at 20:11| Comment(5) | TrackBack(0) | 破風岳・小串鉱山 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月04日

ガラにもなく開墾をしてみた

思い立って、裏の駐車場の一部を開墾している最中です。
1週間かけて開墾しているのですが、10坪も終わってません。
開墾を思い立った理由は、戦後に北軽井沢に入植した
農家さんたちの苦労話を聞いたからです。

「こりゃ、体験してみないと!」

で、体験してみたら酷いものだった。
まず土を掘ると、砂利が出てくる。
巨大な岩も出てくる。
その比率は、7割。
つまり、土は3割もない。
おまけに草木の根っこが鍬を入れさせてくれない。

しかし、入植者の苦労は、こんなものではなかった。
ここらは、背丈より高い笹藪が、延々と続いていた。
これらの笹の地下茎は、地中奥深くまではっていて、
人間の手では掘り起こせなかったという。

牛馬を使って、やっと掘り起こしたあとは、
砂利と岩の移動。
機械なしで、みんなやったというのだから凄い。

うちの嫁さんは、あまりの苦行に驚いて逃げてしまった。
私は、一人、黙々と鍬をふるっているが、
3日もしたら腰がまがってきた。
北軽井沢を開墾した人は偉いと思う。


つづく。

↓ブログ更新を読みたい方は投票を

人気blogランキング




posted by マネージャー at 23:23| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 2012以前 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月05日

三余荘ユースホステルが無くなってしまう! その4

三余荘ユースホステルが無くなってしまう! その4

sanyo-119.JPG

 土屋宗三郎(三余)の弟子、依田佐二平の一族は、戦後の農地改革などで没落した。ただ、依田家の土地に温泉が出た。それに目をつけたのが藤田観光で、依田家のそばに大沢荘という宿をはじめた。昭和28年のことである。そこに御客さんが、訪れる姿をみて依田家も宿をひらこうと考えていた。しかし、依田家に残されたのは古い屋敷と蔵だけであった。

 昭和32年4月。日本ユースホステル協会が文部省所轄の財団法人となった。スポンサーは、東洋醸造であった。この会社は、今は旭化成に吸収合併されてしまっているが、「ハイリキ」という日本初の缶酎ハイを出した会社であり、力正宗という日本酒も作っていた。この会社が資金を出して日本ユースホステル協会を支えた。

 それによって歴史が大きく展開した。

 日本ユースホステル協会を創設した横山祐吉氏は、それまで日本青年団協議会の職員であった。そこを退職して、日本ユースホステル協会の正式な専属職員となったのである。そして横山祐吉氏は、青年団のコネを使いながら精力的に地方を回った。そして地方の名家や旅館に
「ユースホステル活動に協力してください」
と頭を下げて回った。昭和33年から38年頃の話である。

 横山祐吉氏は、伊豆半島も回った。昭和34年頃である。依田家にもやってきた。依田家は、ユースホステルの開業を決断し、昭和35年8月からスタートした。すると大勢の若者たちがやってきた。この頃、伊豆半島に立て続けにユースホステルが開業したので、大勢の学生たちが旅にやってきた。もちろん徒歩旅行である。伊豆半島一周道路は、まだできてなかった。
 
 それを知った土屋三余の曾孫にあたる土屋九彦氏(15代目の当主)も、自宅をユースホステルにしたいと思って、日本ユースホステル協会に申請した。しかし却下されてしまった。近所に依田園ホステルがあったからである。

 ちなみに依田家と土屋三余の家は親戚である。
 土屋三余の嫁が依田家の娘なのだ。
 土屋九彦氏(15代目の当主)は、依田家に出向いて
「ユースホステルの看板を譲ってくれ」
とたのんだ。

 依田家は快諾した。ユースホステルとして成功した依田家であったが、温泉を掘り当てて、温泉旅館としても大成功をおさめていた。なにしろ建物が古く、文化財的価値があったので旅行者が大勢訪れていた。ちなみに、下記のサイトが、元依田園ホステルであり、今の「大沢温泉ホテル・依田の庄」である。

http://www.osawaonsen.co.jp/index.htm

 こうして三余荘ユースホステルが誕生した。
 若者たちは、三余荘ユースホステルに殺到した。
 もちろん徒歩である。
 後にバス旅行者も増えた。
 シーズンは地元民より、旅行者の方が多くなった。
 バス会社は、三余荘ユースホステルの前にバス停を作った。
 バス停の名前は、「ユースホステル」であった。

sanyo-120.JPG

 ちなみに三余荘ユースホステルには、最大で60名も宿泊した。
 そこには若者たちの青春群像があった。

 それを見ていた三余荘ユースホステルのマネージャーの息子さんは、私もユースホステルを使って旅に出たいと思った。高校生の時にユースホステルの会員証を作った。そして、高校時代に三浦半島(神奈川県)の先端にある観音崎ユースホステルで、ユースホステルデビューした。城ヶ島ユースホステル・氷川丸ユースホステルと、横浜や三浦半島を3泊4日で回った。三余荘ユースホステルが、オープンしてから5ヶ月後のことであった。


つづく。

↓ブログ更新を読みたい方は投票を

人気blogランキング






posted by マネージャー at 23:40| Comment(0) | TrackBack(0) | ユースホステルの話題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月07日

北軽井沢ブルーベリーYGHの前の道路(県道235号線)が拡張されることになった。

北軽井沢ブルーベリーYGHの前の道路(県道235号線)が拡張されることになった。

 で、近所の人たちを集めて、喫茶「ゆうゆう」に集まり、嬬恋村土木課、県の土木事務所の係員、村会議員に来ていただいて説明会を開いてもらった。

 音頭をとったのは、ルネス軽井沢・北軽井沢ブルーベリーYGH・あさまホームの3軒であったが、観光協会の作業と日程が重なってしまったのと、あさまホームの社長が、急用で来られなくなってしまったので、参加者が少なくなるのではないか?という危惧があったのだが、蓋をあけてみれば、総計30人くらいがあつまって盛況だった。

 まず住民側の代表として、何カ所もの危険箇所の指摘を行ったが、今回の道路拡張計画によって、大幅に改良されることになった。ホテル1130から有料道路まで、2メートル幅の歩道も設置されるうえに、道路幅も2車線7メートル道路になり、急カーブ地帯も解消され、1130入り口付近の危険地帯も大幅に改善される見込みになった。

 ありがたいことである。

 私としては、何も文句が無いので、嬬恋村の他の地域の道路の危険箇所について、いろいろ提案させてもらったが、驚くべきことが分かって、愕然としてしまった。

 まず、通学路の指定と確保について、これは県の管轄ではなく、嬬恋村の教育委員会の管轄であるとのこと。県の力では何も出来ないとのこと。あと、その通学路にしても対象は、小学校までらしい。つまり中学生・高校生が使う道路は通学路にはならないらしい。通学路の指定が無ければ、そこに県の予算を使うわけにはいかないらしい。

 しかし、どうも腑に落ちない。現実に、中学生・高校生は、歩道も無い危険な道を歩いて学校に通っている。たたでさえ危険なのに、その道は冬は凍結してしまい、そのうえ坂道でもある。滑って倒れたらどうなるのか? 車だって凍結道路は急には止まれない。
 雪が降れば、道は狭くなってますます危険になる。まあ、このへんのことは、県の土木事務所も充分に承知していて、権限の垣根をこえて対策をとりつつあるのだが、それにしても中学生・高校生が使う道路は通学路にはならないというのはねえ。まあ、いろんな理由があるのだろうけれど、ちょっと首をひねってしまう。他にも、いろいろ不思議なことが、いっぱいあった。全て書くと、書き切れないので、後は省略します。

 まあ、道路が広くなることは大歓迎であり、そのための土地供出なら喜んで行うつもりだが、道路が広くなると、暴走トラックも多くなるのである。だから「メロディーライン」を作って欲しいと提案させてもらったが、簡単に却下されてしまった。他の住民たちも乗り気ではなかったようだ。みんなメロディーラインの効果を信じてないらしい。観光への効果や、速度抑制の効果について、理解していただけないのは非常に残念であった。


つづく。

↓ブログ更新を読みたい方は投票を

人気blogランキング





posted by マネージャー at 23:03| Comment(2) | TrackBack(0) | 業界裏話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月08日

日本6―0ヨルダン 日本、つえーーーーーーーーーーーー!

日本6―0ヨルダン 日本、つえーーーーーーーーーーーー!




見ました?
しびれましたね!
本田、すごい!

しかしこれ、日本が強かったのか、
ヨルダンが弱かっただけなのか、
ちょっと分からないですね。
でも、期待しちゃうなあ。


ちなみにヨルダン戦といえば、これを思い出しますね。



あの時の川口と宮本は、神がかっていたなあ。



つづく。
↓ブログ更新を読みたい方は投票を

人気blogランキング





posted by マネージャー at 23:04| Comment(0) | TrackBack(0) | ニュース・時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月09日

北軽井沢キュイジーヌ ル・ボン・ヴィボンが、6月いっぱいで無くなってしまう!

北軽井沢キュイジーヌ ル・ボン・ヴィボンが、6月(今月)いっぱいで無くなってしまう!



〒377-1402 群馬県吾妻郡 嬬恋村鎌原鬼の泉水1486-92
0279-86-6226
http://www3.ocn.ne.jp/~vivant/

正直言います。
北軽井沢で、最も美味しいフレンチです。
しかし、値段が高いためか、予約制のためか、
御客さんが今ひとつ入ってなかったためなのか?

北軽井沢キュイジーヌ ル・ボン・ヴィボンのオーナーは、
北軽井沢の店を閉めて軽井沢に移転することを決意してしまった。

しかし、私が見たところ、決して御客さんが少ないとは言えなかったはず。
他の北軽井沢の店より繁盛していたと思う。
なのに、なぜ軽井沢に移転するんだろうか?
非常に淋しくなる。

ここの料理は凄かった。
デザートに、北軽井沢の森で拾った山栗でモンブランを作ってだしてくれた。
秋には、パスタの上に、こんがりと焼いたサンマの身に、
北軽井沢でとれたハーブやクレソンをまぶしてだしてくれた。
北軽井沢の素材と、旬の素材にこだわっていた。
まさに北軽井沢キュイジーヌであった。
そんな店が無くなってしまうのは、少し淋しい。

つづく。
↓ブログ更新を読みたい方は投票を

人気blogランキング





posted by マネージャー at 00:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 北軽−グルメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

小椋佳の番組があると聞いて、普段はテレビを見ない私も、この日ばかりはテレビのスイッチを押してしまった。

小椋佳の番組があると聞いて、普段はテレビを見ない私も、この日ばかりはテレビのスイッチを押してしまった。



何をかくそう私は、小椋佳の大ファンである。
中村雅俊と荒井由実のファンであるから、
自動的にファンになってしまった。

この人は、銀行員(第一勧銀)でありながら曲を作っていた。
楽器もできないのに、作詞だけでなく作曲もしていた。
心に染みいる曲が多かった。

しかし、なんといっても小椋佳の詞は、素晴らしい。
まず、ストレートな表現が無い。
詞全体に、多くの枕詞をちりばめていて、
その全てが、線香花火のようにはかなく
全てを歌い終わるまで、曲の深層が見えてこない。



で、テレビ番組で代表作「シクラメンのかほり」の作詞のネタばらしをしていたのだが、あの「シクラメンのかほり」は、北原白秋とプレスリーが土台になっていたらしい。まさか「シクラメンのかほり」がプレスリーの「朝見るメリーほど素敵なものはない」をオマージュしていたとは知らなかった。

で、それがあったから題名が「シクラメンのかほり」だったとは!
シクラメンには、香りが無いんですね。
紫色のシクラメンも存在しなかったとは!

いやー参りました。
小椋佳は、奥が深いです。


シクラメンのかほり / 小椋佳 投稿者 jrapaka3


つづく。

↓ブログ更新を読みたい方は投票を

人気blogランキング




posted by マネージャー at 22:23| Comment(5) | TrackBack(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月10日

山田温泉ハイキング1

今回は、山田温泉ハイキングです。
なぜか? どういうわけか?
みんなで安産の神様の所にお参り!

12-6-10-100.JPG

12-6-10-101.JPG

12-6-10-102.JPG

12-6-10-103.JPG

そして、「愛」のところで立ち止まる?

12-6-10-107.JPG

12-6-10-108.JPG

次は「恋」のところで?

12-6-10-111.JPG

動物たちも、不思議そうに眺めています。

12-6-10-104.JPG

12-6-10-105.JPG

12-6-10-106.JPG

12-6-10-112.JPG

12-6-10-109.JPG

12-6-10-110.JPG

つづく。

↓ブログ更新を読みたい方は投票を

人気blogランキング






posted by マネージャー at 23:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 須坂 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月11日

山田温泉ハイキング2

山田温泉

 広場には「大湯」と「滝の湯」の2つの共同浴場があり、湯屋造という珍しい様式で、温泉場の雰囲気を一層盛りたてています。

12-6-10-06.JPG

12-6-10-07.JPG

12-6-10-08.JPG

12-6-10-09.JPG

12-6-10-10.JPG

12-6-10-11.JPG

12-6-10-12.JPG

12-6-10-13.JPG

12-6-10-14.JPG

12-6-10-15.JPG

12-6-10-17.JPG

12-6-10-18.JPG

12-6-10-19.JPG

12-6-10-20.JPG

12-6-10-21.JPG

12-6-10-16.JPG

12-6-10-22.JPG

12-6-10-24.JPG

12-6-10-25.JPG

12-6-10-27.JPG

12-6-10-04.JPG

12-6-10-05.JPG



つづく。

↓ブログ更新を読みたい方は投票を

人気blogランキング






posted by マネージャー at 21:44| Comment(1) | TrackBack(0) | 須坂 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月12日

浴槽の解体に驚かれたこと

ここ3日間、奇跡的に御客さんの予約が無かったので、
閉館間近の某ユースホステルに泊まりに行こうかと思ったのですが、
天気図をみたら梅雨入りしそうだったので、
ワックスと全室のユニットバスを解体掃除することにしました。
で、作業を開始したら運悪く御客さんから当日宿泊の電話がかかってきた。
午後3時頃である。
もう全室のユニットバスの解体が終わっていたので、
御客さんを泊めることはできなかった。
残念である。

「すいません、今日は予約が無かったのでユニットバスの解体をはじめたんですよね」
「え? 泊まれないんですか?」
「はい」
「ユニットバスの解体?」
「はい」
「それ、どういうことですか?」

北軽井沢ブルーベリーYGHは、全室にユニットバスがついている。
これを年に数回、解体して塩素消毒と清掃をするのだが、
たいてい梅雨入り前に行う。
でないと、ユニットバスがカビだらけになるのだ。
それを御客さんに説明したら、御客さんが驚いた。
御客さんは、ユニットバスが簡単に解体できると思ってなかったようだ。
これには、逆に私が驚いた。

ユニットバスどころではない、厨房のシステムキッチンだって簡単に解体できる。
そして、ものすごく、ぶあついワックスをかけないと、厨房の床が腐ってしまう。
そのためには、最低3日間、休館しなければならない。

他にも、いろいろなメンテナンスがあって、
年間、最低60日間は、御客さんを入れられない日がある。
保健所がくるときは、5つある冷蔵庫を消毒しなければならないし、
毎年さまざまな工事補修が必要になることもある。

今回は、たまたまユニットバスだったわけだが、
いったんユニットバスを解体始めると、3日間は御客さんを入れられない。
全館に塩素の臭いがたちこめて、とても泊まれたものではないのである。
しかし、これをしないとカビが発生しやすくなるのである。


つづく。

↓ブログ更新を読みたい方は投票を

人気blogランキング




posted by マネージャー at 23:54| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 2012以前 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月13日

W杯アジア予選 日本、オーストラリアとドロー!

W杯アジア予選 日本、オーストラリアとドロー!

http://sportsnavi.yahoo.co.jp/soccer/live/jpn_20120612_01.htm




不可解な判定でPKを与えて同点に追いつかれ、
本田が倒され、ペナルティーエリア手前でFKを獲得した
しかし蹴る前にホイッスルが鳴り、1−1で試合終了。

FKけらせないって初めてみましたよ。
まあ、ルール上は問題ないですけれどね。
それにしても、ひどい審判でした。
ちょっと胸くそ悪い。



ちなみに対戦相手のオジェック監督は「内田はファウルをしていない」と擁護してる

オジェック監督「内田はファウルをしていない」
http://sportsnavi.yahoo.co.jp/soccer/japan/text/kaiken/201206120010-spnavi.html

――PKを得たシーンについて
 内田はファウルをしていない。レフェリーのポジションは分からないが、わたしのいる位置からそうは見えていなかったし、モニターで確認してもそう見えなかった。
<了>

相手監督ですらこう言ってるんだから協会はしっかり抗議してほしい

つづく。

↓ブログ更新を読みたい方は投票を

人気blogランキング





posted by マネージャー at 01:44| Comment(0) | TrackBack(1) | ニュース・時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月14日

嬬恋村の美味しい水の欠点

嬬恋村の水道水は、湧水です。
そのために放射能の影響も受けにくいし、
塩素濃度も最低レベル。
おかげさまで、御飯や御茶が美味しくいただけるのですが、
全て良いことづくめというわけではありません。
嬬恋村の美味しい水にも欠点はあるのです。
昨日は、その欠点のためにえらいめにあってしまった。

欠点とは何か?
塩素濃度が低いために水垢やミネラル分が残りやすいのです。

水垢の主成分は石灰なので、不衛生なものではないのですが、
これが溜まるとシャワーの出が悪くなる。
しかし、塩素濃度の高い東京の水道なら、
10年使ってもシャワーの出が悪くなることは無い。
しかし、嬬恋村は、そうはいかない。

なので、年に1回、シャワーの穴を塩素で石灰を溶かすわけですが、
去年は、それを忘れていたらしい。
そのために、今年チェックしてみると、シャワーのでが悪くなっていた。

仕方ないので、クレンザーで磨く羽目になったが、なかなか落ちない。
重曹に一晩つけて、塩素で1時間溶かし、
さらにオレンジマンを使ってようやく新品同様になった。



つづく。

↓ブログ更新を読みたい方は投票を

人気blogランキング




posted by マネージャー at 06:20| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 2012以前 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月15日

浴槽の解体に驚かれたこと+α 修善寺YHについて

進之助さん
えばさん
マサさん


私が、行こうとしていたところは、修善寺YHです。
もう閉館しているようですが、あそこにはシルマン記念館が併設されており、
それだけでも見学しようと思っていました。

そこにはドイツから寄贈された貴重なシルマンの遺品が展示されています。

修善寺YHが完璧に無くなれば、シルマンの遺品が消えてしまう可能性もあるので、どうしても見たかったのと、その近所で鍼灸師をやってるペアレントさんが、日本ユースホステル協会の生き字引的存在というか、日本最長老のペアレントさんであり、私を含め、その人の元で、日本中のペアレントの師匠でした。おそらく日本のユースホステルのペアレントの5割が、この人の弟子にあたると思います。

昭和37に伊豆臼井YHがスタートして、そこのペアレントになったのが、現修善寺YHのペアレント・高梨さんです。そして、伊豆臼井YHで、第一回ペアレント講習会が開かれました。伊豆臼井YHが、現修善寺YHに移ってからも、それは続き、私も、高梨さんから、ホステリング講習・ツアー講習をうけています。ちなみに昔は、ヘルパーになるためには、ここでヘルパー研修をうけて資格をとる必要がありました。

(ちなみに、あの脚本家の橋田壽賀子さんも、高梨さんのところで学んでいます。高梨さんは、橋田さんとヨーロッパホステリングにも行っています)


 高梨さんは、医師から余命数年と言われて、ユースホステル運動にかかわったわけですが、余命数年どころか大長寿の大先輩になっています。ちなみに高梨さんの定年は、とおにすぎていたのですが、シルマン記念館がある修善寺YHを引き継ぐ人がいなかったので、老骨にむち打って、再びペアレントになった方です。
超カリスマペアレントで、全盛期のミーティングは自ら歌って踊りました。もちろん独身ですから一人で、100人の御客さんを相手できるはずもなく、御客さんにジャンジャン手伝わせて、多くの居候を住まわせていたようです。三余荘ユースホステルのペアレントさんの息子さんも、近所ながら自転車で泊まりに行ったようです。しかし、かなりのお歳なので引退されることになったようです。

 この高梨さんが、定年で一度、修善寺YHをやめられたとき、後任者が、修善寺YHの歴史というか、いわれを知らなくて、横山祐吉氏や中山正男氏の遺品などをゴミに出したんですね。それを見ておられなかったので、老骨にむち打って、高齢の高梨さんが、再びペアレントになったのですが、やはり高齢すぎて体がいうことをきかない。過去に何度も入院しれたぐらいだから、もともと体は悪い。昔は不治の病だった結核のために肋骨だって一部は無い。
 私は、この高梨さんに、ゴミに出されていた横山祐吉氏の水墨画をいただいています。
 横山祐吉氏のことを調べに修善寺YHに調査に行ったときに頂いたのです。
 そのときの絵は、北軽井沢ブルーベリーYGHの倉庫においてあります。
 いずれ、価値が分かる人が日本ユースホステル協会に現れたら日本ユースホステル協会に返却するつもりはあるのですが、肝心なシルマン記念館の行方さえ決まってないので、しばらくは私が保存しておこうと考えています。

 さて、このさいだから私が、ぜひ行ってみたい、もう一度、訪れてみたいユースホステルを書いておきます。言っておきますが閉館するわけではありませんよ。ただ、一寸先は闇ですからねえ。決して人気のユースホステルではありませんが、どれも、伝統あるいわれのあるユースホステルか、ペアレントさんが凄い人(但し味も濃い)なのです。もし、行かれる人がいるなら、一度、私にどこが凄いのか?聞いてから行くと、10倍面白く泊まれますから、一度相談してみるといいですよ。これは、他のどのYHにも言えることですけれどね。前もって情報を仕入れておくと旅が面白くなります。


稚内モシリパユースホステル
積丹ユースホステル
島牧ユースホステル
室蘭ユースホステル
脇野沢ユースホステル
カワヨグリーンユースホステル
メープル仙台ユースホステル
道中庵ユースホステル
田沢湖ユースホステル
みさとユースホステル
会津の里ユースホステル
ユースホステル加波山荘
九十九里浜白子ユースホステル
上田まほろばユースホステル
外海府ユースホステル
木曽旅情庵ユースホステル
千光寺ユースホステル
自然の森M.G.ユースホステル
大洲郷土館ユースホステル
ユースホステル 対馬西山寺
ルノワルユースホステル
島原ユースホステル
高千穂ユースホステル
ユースホステル高那旅館




あと、伝説の元ユースホステル。
いつか行きたい!と思っている宿です。

旧鴛泊ユースホステル(現在は民宿)
旧天売YH(現在は民宿)
旧えりも岬ユースホステル(現在は民宿)
旧小夜の中山ユースホステル(現在は民宿)
旧依田園ホステル(現在はホテル)
旧徳沢園(現在は山小屋)
旧霧島高原ユースホステル(跡地に20年以上放置されて朽ちていたC5699がある)
その他


残念ながら無くなってしまった伝説のユースホステルを書いておきます。
無くなる前に行きたかった!

三余荘YH(静岡県)      :平成24年5月31日付
YH八洲旅館(沖縄県)     :平成24年4月30日付
ファンホース新冠YH(北海道) :平成24年3月31日付
大湯温泉黒森YH(秋田県)   :平成24年3月31日付
日光大谷川YH(栃木県)    :平成24年3月31日付
トレック石垣島YH(沖縄県)  :平成24年3月31日付
東京代々木YH(東京都)    :平成24年3月15日付
水前寺YH(熊本県)      :平成23年11月30日付
八幡平YH(岩手県)      :平成23年6月30日付
函館YGH(北海道)      :平成23年6月30日付



あと休館中の伝説のユースホステル。

おいらせYH(青森県)     :当分の間
金沢YH(石川県)       :当分の間(再開される可能性有り)
浜坂YH(兵庫県)       :当分の間


選んだ理由は、後日のべましょう。それなりに理由があるんですよ。
行かれる予定がある人は、私に相談してください。土井君でもいいです。
ポイントを伝授しますよ。


つづく。

↓ブログ更新を読みたい方は投票を

人気blogランキング




posted by マネージャー at 05:41| Comment(5) | TrackBack(0) | ユースホステルの話題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

常布の滝を偵察

今週のツアーに、常布の滝はどうかと、滝壺近くまで偵察してみました。

12-6-15-01.JPG

12-6-15-02.JPG

12-6-15-03.JPG

すると、滝の目の前で、崖崩れ跡を発見。

12-6-15-04.JPG

12-6-15-06.JPG

12-6-15-05.JPG

危険なので、ひきかえしてみたら、
登山道入口に、崖崩れがあったと看板があった。
しかし、これは読めないよ!

12-6-15-08.JPG

何て書いてあるのか分からない。
おそらく紫外線で、看板の文字が色あせてしまったんだろうなあ。
という訳で、今後、常布の滝の滝壺前に行くのは、できません。
おそらく、この登山道は廃道となり、いずれ笹藪におおわれて、
道も消えて無くなることでしょうね。
ちょっと残念。

12-6-15-07.JPG

でもまあ、山のプロたちは、密かに探検し続けるだろうけど、
ユースホステルのツアーとしては、危険なのでダメですね。

つづく。

↓ブログ更新を読みたい方は投票を

人気blogランキング






posted by マネージャー at 22:15| Comment(2) | TrackBack(0) | 草津温泉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月16日

裏庭が、徐々に完成してきた

裏庭が、徐々に完成してきました。
今までは、ただの砂利の駐車場でしか無かった裏庭。
雑草生い茂る400坪の土地でしたが、
ようやく、10坪ばかりの花壇ができました。
本当は、30坪くらいの花壇にしたかったのですが、
植える花が無い。
土が無い。
堆肥が無い。
無理に植えるとしたら、10万円くらいかかってしまう。

花代ではありませんよ。
土代に10万円くらいかかってしまう。
意外なことに花よりも、土が高価なんですね。
で、10坪の花壇にして、土壌改良のための土や堆肥は最低限にし、
正面の庭に咲いた花たちの5割、つまり半分を植え替えました。

花壇の周りには、雑草をブロックするように、雑草に強いハーブを植えました。
いずれ、ハーブをジャンジャン増やして、雑草の代わりにハーブだらけにしてやろうと考えています。そうすれば、嫌な虫たちもよってこないでしょうし。

夏には、道路からたくさんの花が見えるはずです。
来年の春には、一面の芝桜が駐車場の周りをおおうはず。
そのときは、ベンチや椅子なんかもならべてみたい。
夜は、子供たちが楽しく花火出来るようにセットしたい。
今年の夏は、ファミリーの御客さんに花火を楽しんでもらおうかと考えています。そのように構想を考えると楽しくなりますね。


話は変わりますが、花壇とベンチを設置して、はじめて分かった面白い事実があります。花壇前のベンチに座るのは、圧倒的に男性の方であることです。
これは、予想外でした。当初の想定では、女性が座って男は見向きもしないと思っていましたから。
「なぜだろう?」
と嫁さんに聞いてみたら、シンプルな解答がかえってきました。

「日焼けするから」
「なるほど!」

そういえば、入荷したビデオの人気についても、予想と違っています。私は、子供が見たがるビデオは、ジブリとかディズニーやドラエもんだと思って、それらを置いたんですが、子供たちは見向きもしない。
子供たちにとっての人気ビデオは、大人たちが子供に見せたくない映画だったりする。これも予想外でしたが、よく考えてみれば、当たり前といえば、あたりまえですよねえ。



つづく。

↓ブログ更新を読みたい方は投票を

人気blogランキング




posted by マネージャー at 23:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 2012以前 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月18日

浅間園ハイキング

浅間園ハイキングです。
天候に恵まれました。
あと、高山植物がピークですね。
浅間園の花畑は、今が一番すごいです。

12-6-17-01.JPG

12-6-17-02.JPG

12-6-17-03.JPG

12-6-17-04.JPG

12-6-17-05.JPG

12-6-17-07.JPG

12-6-17-08.JPG

景色も最高です!

12-6-17-09.JPG

12-6-17-10.JPG

12-6-17-11.JPG

ウッドデッキからの眺めが、特に良い!
今年の浅間園は、花が豊作でした。
もっと花の写真を撮っておけばよかったなあ。

12-6-17-12.JPG

12-6-17-13.JPG




つづく。

↓ブログ更新を読みたい方は投票を

人気blogランキング





posted by マネージャー at 21:49| Comment(2) | TrackBack(0) | 北軽井沢 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月19日

吉田拓郎の「流星」の歌詞がよく分からないという人がいた

吉田拓郎の「流星」について

私の大好きな曲に吉田拓郎の「流星」という曲があります。
この曲を好きな人は、多いのでは無いでしょうか?
あの武田鉄矢も、この曲が大好きだと聞いています。
理由は、歌詞が良いからだそうです。
特に、感動する歌詞は、この部分です。


「幸福だとは言わないが
 不幸ぶるのはがらじゃない」



 いいですよね。
 すごく良い。
 男の哀愁が、
 男の強がりが、この一言ににじみ出ている。





 さて、本題です。

 この曲が大好きという、若い人がいた。
 で、歌詞の話で盛り上がったのですが、
 会話の途中で「変だな?」と思ったので聞いてみたら
 歌詞の意味が、よく分かっていなかった。
 特に

「星を数える男になったよ」

 の意味が分からなかったらしい。
 で、YouTubeの動画のコメントをみたら
 こんな書き込みもあった。


「星を数える男になったよ…
 意味はよくわからんがなんかいい
 zyukou1 3 日前」


 そうなのか?
 意味が分からなくても、歌詞の良さは分かるのか?
 そのへんが疑問だったので聞いてみました。


「そもそもこの歌は、何の歌だと思う?」
「うーん」
「イメージしてごらん」
「・・・」
「なんとなくイメージがわいてこない?」
「うーん」
「シンプルに考えれば分かるよ。絶対に分かるはずだから」
「ヒントをください」
「ヒント? 題名でわからない?」
「流星?」
「そう、流星だよ」
「わからない」


 この曲は、全編が間接的な表現で満ちているが、決して難しい曲ではありません。歌詞を素直にストレートにイメージすれば、意味はおのずと分かってくる。よーするに「恋の歌」なのです。出だしの歌詞の一部を紹介して解説してみましょう。


 たとえば僕がまちがっていても
 正直だった悲しさがあるから
 ...流れて行く

 静けさにまさる強さは無くて
 心の中では何を待てばいい
 ...流れて行く



 これだけ聞くと、意味が分からないかもしれない。しかし、一つだけ確かなことがあります。星が流れていくのを眺めている自分自身の姿です。つまり、ここで大切な部分は「...流れて行く」のところなのです。星が流れているのを、浅間牧場の草原で寝そべって星をみている自分の姿を想像すればいい。そして、何か考え事をしている。そのつど、星が流れていくのをみかけてしまう。そういう歌詞なのです。で、歌の中盤で、何があったかがわかってきます。


 たしかなことなど何も無く
 ただひたすらに君が好き
 夢はまぶしく木もれ陽透かす
 少女の黒髪もどかしく

 君の欲しいものは何ですか
 君の欲しいものは何ですか



 ここで、はじめて歌詞の中の主人公は、好きな人がいることを独白します。何があったのかわかりませんが、少女のことを考えている主人公の深層の中には、まぶしい木漏れ日に前が見えないでいる。もどかしい。で、好きになった女の子に何かしてあげたい気持ちでいるが、ここから急展開します。


 さりげない日々につまずいた僕は
 星を数える男になったよ
 ...流れて行く



 何かへこんだことがあったのでしょう。何かにつまずいた。で、何も出来なくて、浅間牧場の草原で寝そべって星をみている自分がいる。で、

「...流れて行く」

 となる。なにかボーッと考えているが、答えが出ない。
 時間はすぎていき、流れ星を何個もみてしまう自分がいる。
 そんな自分に対して
「星を数える男になったよ」
 と自嘲している。
 しかし、この男は、決して後ろ向きではない。

「幸福だとは言わないが
 不幸ぶるのはがらじゃない


 と突っ張ってみせる。
 けれど、流れる星がきれいすぎる。
 ただそれだけに悲しくなってしまうのです。
 突っ張ってはみたけれど、流れる星がきれいすぎるために悲しくなってしまう。


 そういう歌詞なのですが、決して悲しい曲では無く、自分に何かを問いかけている曲なのですね。さて、ここまで読み終えたら、もう一度、曲を聴いて確かめてみましょう。 歌詞の最後の一言に一番大切なテーマが書かれてあります。悩める人に、大切な一言が書かれてあるのです。




つづく
↓ブログ更新を読みたい方は投票を

人気blogランキング




posted by マネージャー at 00:47| Comment(9) | TrackBack(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする