2014年07月04日

明日、新河原湯温泉『王湯』がオープン!


 八ッ場やんばダムの建設に伴って水没する川原湯温泉の共同浴場「王湯」が、先月の6月30日を最後に閉店しました。ほかに二つあった共同浴場は2011年10月(笹湯)と13年6月(聖天様の湯)に営業を終えています。
 河原湯温泉『王湯』はあの素晴らしい温泉が無くなってしまうのは、寂しい限りでしたが、新たな共同浴場が7月5日、約30メートル高台の代替地で開業することになっている。
 新しい王湯は内風呂と露天風呂を備えた2階建て和風建築で、以前のものより3割ほど広くなる。湯かけ祭りの会場もそこになるらしい。
 ちなみに最後の川原湯温泉の旅館は、『ホテル友愛』。民主党に『友愛』された河原湯温泉の最後の生き残りが、『ホテル友愛』というのも何かの因縁かもしれない。
 

つづく。

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posted by マネージャー at 21:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 吾妻渓谷・川原湯温泉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月07日

煩悩より強い欲求

息子は生後15ヶ月になっている。
生後15ヶ月となると、さらなる知能の向上に驚くばかりだ。
もう親の言葉は、たいてい理解している。
オムツを替えるときも、着替えるときも、
しっかり語りかければ以前のように暴れなくなってきた。
逆に、それでも暴れるときは、なにか特殊な原因があるケースである。

食事もホークやスプーンで食べるようになってきた。
それもきれいに食べる。
ご飯粒を一粒のこらずきれいに食べてこぼした一粒も残らず食べる。
テーブルは、いつもきれいである。

嫌いなものは今のところ無い。
なんでも食べる。
なんでも食べさせた結果である。
1日60品目はたべている。
宿屋だからできる技である。
御客さん用に作ったおかずをあげているのだ。

最初、嫁さんは、これを嫌った。
「味の濃いもの(肉や魚やカレー)はあげないで」
「甘いもの(桃やイチゴやメロン)はあげないで」
と叫んでいたが、最近はあきらめたようだ。
なので、辛口のカレーライスなんかも食べる。
というか大好物である。
コロッケや鮭も大好物。
もちろん大量には食べさせてない。
ほんの少しづつ、多品種を食べさせている。
リスク分散のためである。

粉ミルクだって、全メーカーのものを飲ませてきた。
これもリスク分散のためである。

お風呂に入るのだって、嫁さんと交代で入っている。
これもリスク分散のためである。
人によって洗い方に違いがあるはずなので、
洗い残しのリスクを避けるために交代で入っている。

食事も一緒である。さいわい、うちは平日大歓迎の宿屋なので毎日、御客さんの食事を作っている。だから食品の品数も一般家庭より多い。さのために生後15ヶ月の息子は、ものすごい品数のおかずを食べられる。もちろん、赤ちゃんが食べても安全な食品(国産)を常日頃から御客さんに出してないとできない技ではある。だから何でも息子に食べさせられる。主食も朝はパン(もちろんマーガリンとショートニングは混入してない)、昼は麺類(国産)、夜はご飯(減農薬)というふうにチェンジするので、そのせいか好き嫌いが全くない。もちろん食事で遊ぶことなどしない。

実は、ここまでが前置き。
以後、本題に入る。

生後15ヶ月になると息子の知能が上がったことはすでに述べた。
どういうふうに上がったについて述べたい。

嫁さんは、いつも息子に「あーん」と言って食べさせていた。
ところが生後15ヶ月になると息子はスプーンやホークや箸をもちたがる。
自分で食べたがる。
で、実際にスプーンを持たせると、
「あーん」
と言って、母親に御飯を食べさそうとするのである。
これには、私も嫁さんも目が点になった。
この現象は、いったい何を意味するのだろうか?と。
考えられることは3つある。

1.単に母親の真似をした
2.母親を他人と認識しはじめた(母親に配慮する思考した)
3.食べたくないものを母親に食べさそうとした。

一番考えられるのは、1の単に母親の真似をしたことであるが、実は単なる真似なら生後3ヶ月のころからしている。しかし、こと食事となると、真似するまえに食べるという本能が勝ってしまうのが、煩悩だらけの赤ちゃんの本質である。
特に、うちの息子は食い意地がきたない。なんでもペロリと食べるし残さない。目の前に食事が置いてあったら、食い意地だけが全力疾走するタイプなのだ。だから単なる真似というのは考えにくい。
逆に、3の食べたくないものを母親に食べさそうとしたというのも考えにくい。なにしろ息子には好き嫌いがないのだ。
そうなると消去法で、2の母親を他人と認識しはじめた(母親に配慮する思考した)ということになるが、これも怪しい。一般的に子供と母親は一心同体な期間が何年か続くといわれている。生後15ヶ月の息子が、母親を他人と認識できるはずがない。ということは、いったいどういうことなのだろうか?

 妥当なところを探れば、やはり真似をしたというところだろうか?
 とすると食欲という煩悩より真似の欲求が勝ったと言うことだろうか?


つづく。

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posted by マネージャー at 08:15| Comment(2) | TrackBack(0) | グンマーで嫁が出産と育児 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

田ノ原湿原のワタスゲが、すごいことになっている

あいにくの雨天が続くが、奇跡的に土日と晴れた。
ただ、安全策をとって浅間山登山は延期。
かわりに志賀高原の花畑に変更。

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ちなみに田ノ原湿原のワタスゲが、すごいことになっている。
今年に限って言えば、芳ヶ平湿原のワタスゲよりもすごいかもしれない。

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つづく。

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posted by マネージャー at 09:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 志賀高原 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月08日

業務連絡 7月12日のツアーの件 芳ヶ平湿原は変更

業務連絡です。
7月12日のツアーの件についてのお知らせです。

 本来なら芳ヶ平湿原の予定でしたが、現在、草津白根山の火山活動によって国道292号に面した白根レストハウス脇の駐車場の立ち入りを禁止されています。したがって、このままでは芳ヶ平湿原ツアーは変更せざるをえなくなる状況です。
 どうしても芳ヶ平湿原にこだわる方は、キャンセルを受け付けますので、北軽井沢ブルーベリーYGHまでご連絡ください。
 
 もし芳ヶ平湿原に行けない場合は、別のところにツアーに行くことになります。
 ガイドの土井君との相談になりますが、天候によっては、世界遺産になった富岡製糸場や、涼しい志賀高原なども良いかと思います。



つづく。

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posted by マネージャー at 14:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 業務連絡 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月09日

餓死者をだした終戦直後よりも、現代人の方が摂取カロリーは低い 1

 歴史マニアが増えているらしい。

 御客さんの中にも信長がどうたらとか、秀吉がどうたらとかいう話題をだす人が増えてきた。私も歴史好きだが、そういう話題は興味が無い。というか、高校時代に通過してしまっていた。登山でいえば、高尾山みたいなもので、初心者が好む話題なのだ。司馬遼太郎あたりも麻疹(はしか)みたいなもので、あれは二十代をすぎたら粗が見えすぎて好みではなくなった。なのでNHKの大河ドラマも基本的には見ない。マイナーな人を主人公にすれば見るかもしれないが、観る前から結末が分かっているドラマは面白くない。そのうえ歴史解釈が貧弱すぎて見るにたえないシナリオも多い。時代考証も目を覆いたくなるものばかりだ。

 ここまでが前置き。
 以下、本題に入る。

 ユースホステル協会の会議や研修において、いつも話題になるのが、御客さんが食べる食事の量である。どういうことかというと、最近の御客さんは、めっきり食が細くなっているのだ。平均して一人あたり0.5合も食べないのである。これは、どの宿でも同じで、本当に食べない御客さんが多くなってきている。

 今から30年前。私が学生時代のユースホステルでは、みんな3杯飯を食べていた。平均して一人当たり1合は食べていたと思う。多い人では、5杯飯を食べる人もいた。そして昼飯を抜いた。旅費を節約するためである。しかし、今は、そういう御客さんは減っている。本当にみかけなくなった。みんな小食になってきている。

 そこで、歴史マニアの私は、さっそく調査をはじめてみた。
 で、驚愕した。

 餓死者をだした終戦直後の食糧難の時代よりも、2004年の平均摂取カロリーの方が、摂取カロリーは低いのである。

 昭和21年 1903キロカロリー
 平成16年 1902キロカロリー

 http://healthy-teeth.org/?p=290

 もちろん2004年以降も、どんどん減っている。みんな食べなくなっているのだ。

 しかし、この統計には罠がある。昭和21年の若者の人口比率は、平成16年の若者の人口比率より多い。若者は腹を空かすが、老人は食が細いので、平成16年の方が摂取カロリーが低くて当たり前といえば、当たり前である。しかし、それにしても腑に落ちないことがある。身長と体重の差である。昭和21年の日本人は、身長で10センチ。体重で15キロほど小さかった。そのぶん摂取カロリーは低くてすんだはずである。なのに昭和21年には餓死者がでている。逆に現代では、肥満が問題となっている。

 いったいどういうことになっているのか?

 歴史マニアの私は、さらに追跡調査をしはじめた。軽井沢図書館にいって、過去の食糧事情を記録した資料を物色してみたら、あった! ありました! すごい資料が。

「日本陸軍兵営の食事/藤田昌雄/光人社」

 この本の凄いところは、幕府軍の兵食システムから書いてあるところである。慶応元年の一番下っ端の兵隊の食料は、米が6合。おかずが銀2匁7部(蕎麦なら11杯食べられる)。さらに夜食までついている。当時の日本人の平均身長が155センチなので、当時の日本人はチビの大食いだったことがわかる。

 これが明治時代の屯田兵になると、もっと凄くなって、1日7合半をたべていた。十五歳以下だと5合、六歳以下だと3合であった。幼児が3合も食べていたのである。もちろん白米であって玄米では無い。おかずにしても肉魚を毎日100グラム以上食べていたので、量は現代人とかわりない。昔の人は粗食だなんて、この統計をみるかぎり、とんでもないことである。これが昭和になると昼飯にビーフカレー、夜にカツレツといったメニューになるわけだから、さらに驚く。キツネに化かされたような気分になる。いかに私たちが嘘の歴史をすりこまれていたかが分かって面白い。これだから歴史マニアはやめられない。

 ちなみに大正11年4月19日歩兵三十三連隊第二大隊の夕食が面白い。パンとシチューというメニューなのだ。昭和4年に陸軍が発表した標準献立表によれば、肉は一人当たり150グラム使用するように書かれてある。魚だと200グラムである。この量は、平成時代の若者が食べる量より多い。しかし、昭和4年の日本人は、現代人にくらべてはるかに小柄でチビなのである。しかし、当時の陸軍で使われた飯椀は、アルミ製の15センチどんぶりで、1500ccも御飯がはいるしろものだった。現代の御飯茶碗が250ccであることを考えると、いかに当時の人間が大飯ぐらいであったかがわかる。

 では、なぜ現代人は食べなくなったのか?
 答えは簡単である。
 体を動かさなくなったからである。

 というのも演習があると陸軍の食事も大量に増加されるからだ。屯田兵は、毎日が演習みたいなものだから、陸軍よりも25パーセント増しの米が配給されている。1回の食事に2合半の米を食べている。

 私も登山をやるのでわかる。縦走の時は、1日五千カロリーで計算しないと倒れてしまう。まず寒さに凍えるようになる。カロリー不足で体温を維持しにくくなるのだ。で、チョコレートを食べると、嘘のように寒さが消える。だから戦前の兵士達は飢えていたのだ。7合半食べても飢えはするのだ。今なら高カロリーなバターとか揚げ物があるが、当時は、米がメインだったので、7合半も必要だったのである。
つづく。

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posted by マネージャー at 12:21| Comment(3) | TrackBack(0) | テーマ別雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月10日

明日、明後日と、息子のガールフレンドがやってくることになった

明日、明後日と、息子のガールフレンドがやってくることになった。
スタッフ土井君ところの娘さんである。
生後10ヶ月で、もう掴まり立ちするようになったらしい。
やや成長が遅いようだが、それは一人っ子だからだろう。
うちの息子と何時間か一緒にいれば、驚くように活発になると思われる。
兄弟のいる赤ちゃんの成長が、異常なくらいはやいからだ。
身近に手本がいると、何でも真似をするようになる。
うちの息子も6ヶ月健診で、他所の子供をみたら驚くように活発になった。
それまでは、親しか真似る相手が居ないので、活発になりようがない。
逆に言うと、うちの息子も、似たような世代の赤ちゃんと長時間一緒にいられる体験は、今回がはじめてである。どんな反応がみられるか楽しみだ。

話は変わるが、うちの息子が生後10ヶ月になったころは、私がベビーフェンスで寝転がると、プロレス技をしかけてきていた。具体的に言うと、フライングボディーアタックである。まず、フェンスをつかんで立ち上がり、寝転がっている私のお腹をめがけて、ジャンピングアタックをかける。そして、お腹をおさえて、ドン・ドン・ドンと床をたたく。まるでプロレスのレフリーのように。これを1時間に20回くらいやるので、私のお腹は、真っ赤にはれあがった。土井君の娘さんは、どんなふうに育っているのだろう? ちょっと楽しみだ。


つづく。

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posted by マネージャー at 21:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 2013以降 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月11日

餓死者をだした終戦直後よりも、現代人の方が摂取カロリーは低い 2

餓死者をだした終戦直後よりも、現代人の方が摂取カロリーは低い 2

 昭和21年 1903キロカロリー
 平成16年 1902キロカロリー

 http://healthy-teeth.org/?p=290

 もちろん2004年以降も、どんどん減っている。
 みんな食べなくなっているのだ。

 明治時代の屯田兵になると、1日7合半をたべていた。
 十五歳以下だと5合、
 六歳以下だと3合であった。
 幼児が3合も食べていたのである。

 おかずにしても肉魚を毎日100グラム以上食べていた。昭和になると昼飯にビーフカレー、夜にカツレツといったメニューになるわけだから、さらに驚く。昭和4年に陸軍が発表した標準献立表によれば、肉は一人当たり150グラム使用するように書かれてある。魚だと200グラムである。この量は、平成時代の若者が食べる量より多い。しかし、昭和4年の日本人は、現代人にくらべてはるかに小柄でチビなのである。

 では、なぜ現代人は食べなくなったのか?
 答えは簡単である。
 体を動かさなくなったからである。

 私も登山をやるのでわかる。縦走の時は、1日五千カロリーで計算しないと倒れてしまう。まず寒さに凍えるようになる。カロリー不足で体温を維持しにくくなるのだ。で、チョコレートを食べると、嘘のように

寒さが消える。だから戦前の兵士達は飢えていたのだ。7合半食べても飢えはするのだ。

 と、ここまでは、前回の記事のまとめ編。
 ここからが本題。

 今年、関東で記録はじまって以来の大雪となった。北軽井沢にも大雪が降った。まず、犬小屋から犬を救出した。雪崩の後を掘り起こすような作業で、愛犬コロを救出した。雪は、1メートル30センチほど積もっており、場所によっては、2メートルのところもあった。除雪機なんか役に立たない。私は、県道まで何十メートルも掘り進めなければならなかった。

 生粋の山屋(登山家)である私は、こういう時は、どういう準備をすべきか知っている。長期戦を覚悟して、アミノバイタルプロを5個ほど飲んだ。大量のチョコレートも食べた。その他のサプリメントも、規定量の5倍飲んだ。大量のチョコレートは、カロリー補給のためである。アミノバイタルプロは、筋肉痛を防ぐためである。これを飲まないと、筋肉痛で1日で体が使えなくなる。今回は長期戦なので、筋肉痛になるわけはいかない。あと、サプリメントも同様である。ビタミンもミネラルも規定の5倍いや10倍は必要なのだ。でないと、体が体を食ってしまう。タコが自分の足を食べるのと同じ現象がおきてしまう。これは登山家たちの常識である。

 もちろん大飯を食ってもよい。5杯飯を食べてもよいのだが、そんなことをすれば逆に身動きできなくなってしまう。胃腸にエネルギーをとられて、かえって動きが鈍くなるのだ。だからチョコとアミノバイタルとサプリメントである。これを大量に食べれば、筋肉を痛めずに雪かきができるし、筋肉痛も最小限でおさまる。ただし、1日8時間限定である。

 で、嫁さんと必死になって雪かきをした。
 10日間にわたって雪かきをした。
 その結果、どうなったかというと、10日間で8キロも痩せた。
 88キロの体重が80キロになった。
 血圧は、20も下がった。

 それほど痩せたのだが、カロリー制限していたわけではない。縦走登山の時とおなじく5000キロカロリーをとっていた。普通の2.5倍のカロリーをとっていたにもかかわらず、10日に8キロも痩せた。もし、この作業が、何ヶ月も続いたら私は栄養失調になっていたであろう。

 では、昔の陸軍の場合はどうか?

 米1合(150g)のカロリーは534kcal。6合なら3204kcal。これに味噌汁(6杯分)や副食(肉200グラムとして)のカロリーをプラスすると4200kcal。このカロリーで、あの雪かきを何ヶ月も続けたら確実に栄養失調になる。

 では、屯田兵ならどうか? 屯田兵に配給された7合半ならば、4005kcal。これに味噌汁(6杯分)や副食(肉200グラムとして)のカロリーをプラスすると5000kcal。つまり、私が雪かきしたときの摂取カロリーと一緒である。しかし、これでも、あの雪かきを何ヶ月もつづければ、確実に栄養失調になる。では、屯田兵たちは、はたして7合半の配給で食事が足りたのだろうか?という疑問がある。開拓事業が、あの雪かきよりも楽だったとは思えないからだ。

 もっとも、屯田兵といえども毎日仕事をしていたわけではあるまい。雨の日は休んだろうし、場合によっては1週間に3日くらいしか働けないケースもあったかもしれない。だから餓死することはなかったかもしれない。

 ただ、一つ言えることは、ある種の労働には大量のカロリーが必要であるということである。それが平成生まれの現代人にはあてはまらないということだ。

 事実、私自身、いろんなダイエットをやってみたが、何一つ成功しなかった。どんな運動もダイエットに貢献してなかった。しかし雪かきを毎日8時間やるだけで急激に痩せた。ということは、雪かきのような運動を8時間やれば、5000kcal以上を消費するということである。そして、昔の人は、それをやっていたということなのだ。じゃあ、その当時の諸外国では、どうだったのだろうか? 日本とおなじだったのだろうか?



つづく。

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posted by マネージャー at 23:13| Comment(2) | TrackBack(0) | テーマ別雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月12日

息子が、ガールフレンドと御対面

息子が、ガールフレンドと御対面。

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わが息子が、こんなに照れ屋だとは思わなかった。
最初から最後まで照れっぱなし。
照れまくって、照れまくって、
すごいシャイなところを見てしまった。
これは意外であった。

逆にいうと生後15ヶ月の赤ちゃんは、照れ屋知っているということなのか?
生後10ヶ月のアキナちゃんは、悠然としていましたね。

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おしむらくは、アキナちゃんが夜7時に寝ちゃったこと。
うちの息子は、夜11時に寝ますから、
夜7時以降は、元気はつらつ。
アキナちゃんがいないと、とても元気でしたね。

つづく。

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posted by マネージャー at 01:53| Comment(0) | TrackBack(0) | グンマーで嫁が出産と育児 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

小浅間山は美しい

台風一過、小浅間山からの展望は、いちだんと美しかったです。
これから暑くなるんだろうなあ。

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つづく。

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posted by マネージャー at 04:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 中軽−小浅間山・千ヶ滝 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月14日

黒斑山ハイキング

黒斑山ハイキングツアー報告
最高の天気で
最高のハイキングになりましたね

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posted by マネージャー at 17:23| Comment(2) | TrackBack(0) | 浅間山・黒斑山 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月16日

餓死者をだした終戦直後よりも、現代人の方が摂取カロリーは低い 2+α(コメントに対するレス)

餓死者をだした終戦直後よりも、現代人の方が摂取カロリーは低い 2
の記事へのコメントの返事を書きます。

まずコメントの紹介
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
実に興味深いblog 記事です。
自分自身を振り返ってみても、運動量は、戦前の人々の比ではありませんね。

ちょっと話がズレますが、糖尿病の主治医から、私の数値が悪化したもので、ちょいと、説教されました。
私のような弱い膵臓の持ち主の家系の者は、恐らく、家の済みでじっとしていて、無駄にカロリーを消費しない子供が生き延びて、そういう子供同士が成長して、子孫を作っていったので、日本人の中でも膵臓の弱い遺伝子が繋がり、その末裔が私のような膵臓が人よりも根を上げやすい糖尿病患者になるのだと。

そして、主治医曰く、昭和初期の東京辺りの食事が理想的なのだとか。
つまり、米、味噌汁、漬物、魚。

そういう視点で考えたことなかったので、これはこれで興味深いな、と思いました。

主治医の説がどこまで正論かは、検証していませんが。
ちなみに、主治医は、内科医、特に糖尿病専門医です。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−



>そして、主治医曰く、昭和初期の東京辺りの食事が理想的なのだとか。
>つまり、米、味噌汁、漬物、魚。

いろんな説がありますね。
それはともかく、
日本で一番糖尿病の多い県は徳島県。(2013年)
大量のうどんを食べている県民に多い。
http://diet.usa-tips.net/FoodMonitoring/hypertension_ranking.html

2008年のデーターだと島根県。
http://todo-ran.com/t/kiji/14753


日本の現在の成人糖尿病人口は720万人で、世界10位

世界1位の中国(9,840万人)
2位のインド(6,507万人)
3位の米国(2,440万人)

いずれも食文化が違う。

7位インドネシア(885万人)
8位ドイツ(755万人)

ともなると貧富の差も関係ない。
ちなみにインドネシア(885万人)と、ほぼ同じ人口の日本は、10位。
これは日本人が長寿であり、老人大国であることを考えると、決して多いとはいえないと思う。

ちなみに糖尿病の有病率でいうと、一番多い地域は、中東で10.9パーセント
少ない地域は、アフリカ5.7パーセント
ヨーロッパで6.8パーセント

日本の現在の成人糖尿病人口は720万人
日本の人口は、1億2709万人
つまり、日本における糖尿病の有病率は、5.66527パーセント。

つまりアフリカ以下となる。
これは、日本が長寿大国であることを考えると
やたらと低い数値ではないだろうか?

IDF理事長のマイケル ハーストによれば
「特に途上国では、糖尿病有病者の半数が自分が糖尿病であることを知りません。このことは糖尿病合併症の発症が増え、死亡率が上昇することを意味しています。世界糖尿病デーには、糖尿病はコントロールできる病気であり、合併症を予防できることを世界規模で呼びかけています」
ということなので、実際には、世界の糖尿病の有病率は、もっともっと上かもしれない。

さて、中東の次に糖尿病の有病率が高い地域は、アメリカ・アジア・インドです。肥満大国アメリカは別にして、アジアもインドも穀物を大量に食べる国です。あと、忘れてはならないのは、このアジアには、有病率の低い日本が含まれています。日本をのぞけば、もっと有病率がたかくなるし、きちんと健康診断すれば、さらに有病率は高くなるでしょう。

以上のデーターは、ネット検索すれば、誰でも見られるものです。
頭をつかえば、専門家の説の裏付け調査ができるはずです。


つづく。

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posted by マネージャー at 14:21| Comment(4) | TrackBack(0) | テーマ別雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

パノラマラインの素晴らしい風景

キャベツ畑が緑色になり、パノラマラインの景色が素晴らしい彩りになりました。
というわけで画像を御覧下さい。

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つづく。

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posted by マネージャー at 22:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 浅間高原・シャクナゲ園 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月17日

谷川岳ラズベリーYHの娘さん、まーるちゃんがやってきた

谷川岳ラズベリーYHの娘さん、まあるちゃんがやってきた。

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 息子もまあるちゃんも照れまくっていた。
 お互いに意識しつつも、照れまくって、一緒に遊ばなかった。
 驚くべきことに、天真爛漫だったまあるちゃんに大きな変化があった。

 まあるちゃんは、三歳になる。
 最近、保育所に通い始めたらしい。
 そのせいか、人が変わったように変化していた。

 保育所に通う前のまあるちゃんは、神のようだった。地球の中心にいるがごとく、振る舞っていた。しかし、保育所に通ってからのまあるちゃんは、まったく別人になっていた。一言で言うと、大人になっていた。
恥ずかしがり屋になり、自由気ままさもなくなり、赤ちゃん帰りしたように、お母さんにだっこされていた。

『大人になったな』

と思った。保育所に行くことによって、世界を相対的に見られるようになったのだろうか? だとしたら保育所というところは、偉大な教育施設であると思う。

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 あとこれは、まあるちゃんが、6月生まれであることと関係があるかもしれない。3月生まれのうちの息子は、まあるちゃんほどの保育所ショックはうけないかもしれない。保育所にいっても、訳が分からないままでいるかもしれない。

 しかし、6月生まれのまあるちゃんは、ある程度、大きくなっているので環境の変化を敏感に察知してしまった可能性が大きい。世界が自分中心に回ってないことに本能的に気づいてしまったのだ。そのために赤ちゃん返りがおきてしまった可能性が高いように思う。

一方、わが息子にも変化がおとずれた。

 まあるちゃんと対面した息子は、人間が変わったように、その日からスクッと立ち上がって歩くようになった。おそらく、体格的に差の無いまあるちゃんがスタスタ歩いているのを見てしまったからだと思う。まあるちゃんへ会う以前と以後では別人のように違うのには驚いた。兄弟のいる赤ちゃんが成長が早いと言われている意味が分かった気がした。

 ちなにみに息子は来年から保育園になる。3月生まれなので、人よりはやく保育園にはいることになる。それにしてもはやいものである。もう保育園なのだ。2歳の誕生日になった10日後に保育園なのだ。

 ラスベリーYHの曽原氏によれば、保育園にいくようになると、いろんな病気をもらってくるようになるらしい。まあるちゃんも、保育園に行く前は病気一つしなかったのに、行き始めてからよく病気をするようになったとか。しかし、そのように病気をすることによって抵抗力がましていくのだから、これは必要悪で仕方が無いのかもしれない。

つづく。

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2014年07月19日

ラスベリーYHのヘルパー・りんごちゃんを預かってみた

ラスベリーYHのヘルパー・りんごちゃん(台湾国籍)を3日間預かりました。
ラスベリーYHのマネージャー夫妻が、所用で3日間でかけるためです。

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本来なら、3日間の間、りんごちゃんを遊びに連れていくところだったのですが、あいにくその期間は、浅間自然学校のガイドの仕事がはいっていて、遊びにつれていけませんでした。また、りんごちゃんとも会話が充分に出来ませんでした。ちょっと残念でしたね。浅間自然学校のガイドの仕事というのが、浅間山山麓を歩いて一周するというもので、いつものガイドより長時間かかる仕事だったので、そのせいもあります。

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で、最終日、りんごちゃんが、大量の台湾式餃子(水餃子)を作ってくれました。それを御客さんに出したら大好評。私も食べてみて驚きましたね。なにしろ生姜とキャベツをざく切りにして入れるんですから、本当にびっくり。その方式だと水餃子にしかなりませんが、かなり美味しい水餃子ができる。非常に勉強になりました。台湾では、水餃子は主食で、これが出るときは御飯はでないらしい。

ちなみにりんごちゃんは、台中出身。以前、台湾の陳さんというヘルパーさんが北軽井沢ブルーベリーYGHに来たことがありましたが、陳さんも確か台中産まれ。その陳さんは、バリバリのアンチ中国でしたが、りんごちゃんは親中国。同じ台湾人でも、いろいろ違うところも興味深かったです。

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つづく。

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2014年07月22日

池ノ平湿原散策 植物編

日本中の湿原から花が消えつつあるなかで、池ノ平湿原は、まだ花の多さを保っています。理由は、丹念に笹を刈り込んでいるからです。最近は、尾瀬さえも笹が大量に増えてますから、いずれは尾瀬も手入れをするときが来るかもしれませんね。

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つづく。

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2014年07月24日

池ノ平湿原・動物編

池ノ平湿原・動物編です。
今回は、カモシカや野鳥にたくさん会えました。

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つづく。

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2014年07月25日

8歳の双子の可愛い姉妹たち

 ついに息子に「イヤイヤ期」がやってきた。
 何でも無いことに、ぐずるようになってきたのだ。
 よーするに自我をもちはじめ、
 自己主張するようになったが、
 なまじ言葉が通じないので、泣いたり愚図ったりするようになってきたのである。

「やっと来たか」

と内心ほっとしした。

実は、うちの息子には「イヤイヤ期」は来ないのではないかと心配していたのである。根拠もあった。私が息子の欲することを察知する能力が高いために、息子がイヤイヤ言うまでも無かったからである。しかし、イヤイヤ期は、私に対して出なく嫁さんの方にやってきた。

 うちの嫁さんは、規則正しい。どんなに寝てようが定時に御飯を食べさそうとするが、イヤイヤと泣き出してとまらない。ちゃぶ台返しのような真似までする。

「だから寝かせておけばいいじゃない」
「一食くらい抜いてもいいんだよ」
「無理に食べさせることはないって!」

と言ってもきかない。マニアル通りキチンと食べさそうとして、イヤイヤ期の息子と格闘している。嫁さんは、昔から育児本のマニアルに忠実である。御飯も栄養素別にグラム単位で計って食べさせている。それを息子が完食しないとキリキリしてしまうタイプなのだ。で、結局、便が出なくなったりして、私がヨーグルトやバナナを食べさせて、大きなウンチを誘ったりする。そういえば嫁さんは、息子の塩分過多にも神経質である。いくら私が

「豆腐やバナナで塩分は排除できる」

と言ってもきかない。とにかく嫁さんは子育てに対して真面目なのだ。マニアル重視なのである。何でも規則正しくやらないと気が済まないらしい。考えてみたら、これでイヤイヤ期が来なかったら逆に変である。息子のイヤイヤ期は、来るべくして来たのであろう。しかし、このイヤイヤ期を密かに私は歓迎している。赤ちゃんが自己主張できるようになったから、また一歩、大人の階段を歩んだのである。こんな喜ばしいことはない。

 長い前置きを書いてしまった。
 ここからが本題である。

 夏休みになると、ファミリーの御客様が毎日のようにやってくる。幼児3人連れの御客様とかやってくると、息子は大はしゃぎで暴れ回る。5歳児から3歳児くらいの子供が遊んでいるのをみているだけで、息子は大はしゃぎである。誕生以来、一番はしゃいだというくらいにはしゃぐ。それが毎日続くものだから、息子は徐々に人見知りしなくなってしまった。いろんな人にだっこしてもらっている。たくさんの子供たちと遊んでもらっている。

 で、不思議なことに、その瞬間の息子には、イヤイヤ病が発症しない。
 というわけで、昨日は一つ実験をしてみた。

 イヤイヤ病で食事をとらない息子を、みんなの前で食べさせてみたのだ。
 するとパクリと食べ始めた。
 その瞬間8歳の双子の可愛い姉妹がやってきて、
 彼女たちが、ままごとのように息子に食べさせはじめた。
 
 息子は、パクパクと食べ始めた。
 
 こうして実物の赤ちゃん(生後15ヶ月)を使ったままごとがはじまった。
 嘘のようにイヤイヤはでてこない。
 残念なことに、その光景の動画を撮影し忘れてしまっていた。
 返す返すも惜しいことをしてしまった。

 それにしても、小さな女の子たちの多くは、赤ちゃんに興味津々でよってくる。
 持って生まれた母性本能だろうか?
 赤ちゃん相手に優しく遊んでくれる。
 息子は、そういう優しさにふれて、少しづつ成長しているようでもある。
 私にも優しく頭をなでるようになってきた。

 逆に息子は、男の子と出会った直後は、少し乱暴というか腕白になっている。
 しかし、女の子に出会った後は、優しくなっている。
 つまり親以外の人間にも、子供の人格形成に影響していることがわかって面白い。


つづく。

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posted by マネージャー at 18:55| Comment(4) | TrackBack(0) | グンマーで嫁が出産と育児 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月26日

LEDと殺虫灯

 「今年は、御客様が少ないな」と呟いていたのが、6月から7月前半だった。北軽井沢ブルーベリーYGHは、バイクやアウトドアの御客様が大半なので、雨が続くと予約が入らない。

 ところが梅雨が空けて7月後半に入って予約の電話が殺到し、いつのまにか、ここ数年で最高の入りになった。どうやら下界に猛暑旋風がきているらしい。御客様は涼しい高原をめざしているらしい。
 
 と言っても北軽井沢も暑い。お昼頃には、27度くらいまで上がっている。だからエアコンをガンガンかけるのだが、御客様が「寒い」と切ってしまう。どうやら暑さ寒さの感覚が、地元民とは違っているらしい。エアコンは、事務所の方にかけることにした。
 
 しかし、そうなると窓をあける御客様が増えてくる。虫が入ってくる可能性が出てくるので、宿のまわりと、室内に殺虫灯を配備して、結界をはった。すでに客室の照明は全てLEDに変えてあるので、虫たちは紫外線の強い殺虫灯に殺到する。地面には虫の死骸だらけになりそうなものだが、蟻たちがみんな持って行ってくれる。おかげで蟻も家に侵入してこなくなった。万事めでたしである。
 
つづく。

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posted by マネージャー at 06:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 2013以降 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月27日

お父さんの知恵に感心した件

今日も怒濤の予約ラッシュだった。
「なぜだろう?」
と不思議に思っていたが、さっきテレビをみて納得。
全国的に猛暑旋風がふきあれているらしい。
どうりで予約がはいるわけだ。
北軽井沢は避暑地ですからね。

それはともかく、最近は北軽井沢でイベントが多い。各ホテルや大規模な宿泊施設がイベントを主催していて、そこに出入りする業者さんたちの予約がたくさん入ってきている。業者さんといっても単身でやってくる人は、わずか。大半が家族を連れてきている。お父さんは、お仕事なのだが、お母さんとお子さんたちは、夏のバカンスなのだ。よーするに、仕事ついでに家族サービスを兼ねているのである。

「毎年、夏になるとやってきて、北軽井沢は涼しいなあと思ったので、いっそうのこと、仕事ついでに家族も連れてきました」
「なんと、うまいことを考えましたね。一石二鳥ですね」

これには、本当に感心してしまった。こういうスタイルのバカンスというのもいいかもしれない。お母さんも家事から解放されるし、子供たちは大喜びだし、それでいて、お父さんはお仕事が出来る。しかも涼しい。一石二鳥どころか四鳥ではないだろうか?


つづく。

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posted by マネージャー at 07:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月28日

一通の葉書

猛暑が続くせいか、怒濤の予約ラッシュが続いていて、
ここ数年で一番御客様が入った年になったが
実は2週間前までは閑古鳥であった。
長雨のせいである。
うちは、アウトドアを趣味とする御客様が多いので、
雨が続くと御客様が減少する。
晴れてないと、あまり予約が入らないのである。

そんな状況でも泊まりに来てくれる御客様がいた。
天気予報が最悪だったので、
「今週末はアウトドアの御客様は来ないな」
と思っていたら予約が入った。
◆◆さんだった。
もちろん予約を受け付けたのが、
宿側としては心苦しかった。
他にツアーを希望する御客様がいなかったのだ。
つまり◆◆さんが
「どうか、もう一人泊まってくれ」
と祈っていたが、それも空しく空振りに終わった。
で、当日、◆◆さんをむかえて夜のお茶会をひらいたわけだが、◆◆さんが打ち明けてきた。

「実は転職することになりました。飛行機の距離に引っ越します」
「ええええええええええええええええええええええええええええ」
「会社の業績が思わしくなくて」

そこで急遽、転職祝いをするこちとになったが、もちろん他の御客様もいないのでサシで飲むことになる。

「さびしくなるなあ、もう当分会えないね」
「そんなことないです。実家は関東なのでまた来ます」
「無理しないで良いよ。当分は異郷の地になじまなければ。初めてなんでしょ、九州で暮らすのは」
「まあ、そうですけれどね」

その夜、久々に夜遅くまで御客様と飲みあった。
今まで聞いたことの無かったも聞けた。
人には、いろんな歴史があるようである。

翌日、彼は土井君のツアーに参加した。
私は、北軽井沢マラソン参加の御客様の対応に追われてろくに会話も無くおわってしまった。
そして数日前、一通の葉書が届いた。
九州で元気そうにやっている文面だった。
心がキュンとなってしまった。
この猛暑の中、元気いっぱいにがんばっているのだろうなと思いながら。


つづく。

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posted by マネージャー at 06:25| Comment(5) | TrackBack(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする