2014年11月02日

キラキラネームと名前

 キラキラネームが流行っている。
 嬬恋村も例外では無い。
 わが息子は、そんな流行とは関係なく
 古事記の倭健(ヤマトタケル)からタケル(健)と名付けた。
 日本最古にちかい名前である。

 話しは変わるが中学時代の数学の先生の名前が、佐治兵衛という名前だった。かなり老齢で、明治生まれだったと記憶している。明治時代には、○○兵衛とか、◇◇右衛門とか、△△左衛門といった名前をつけるのがブームだった。これらは朝廷の官職名である。以前は、勝手に名乗ることが許されなかったが、明治維新後に子供に名付けるのがブームになった。

「オラは、朝廷の直臣であるぞ」

というモチベーションで名付けられた。

 それまでは、身分の低い百姓であったが、明治維新後に朝廷の直臣になることで、元大名の子弟とも対等であるという気概をもって名付けたのである。それが明治維新のもつ本質だった。つまり、○○兵衛とか、◇◇右衛門とか、△△左衛門というのは、明治時代のキラキラネームであった。なんのことはないキラキラネームは、昔からあったのである。

 もちろん大正時代にもキラキラネームはあった。女性の名前に「子」をつけるスタイルである。これは大正時代のキラキラネームである。うちの嫁さんも「子」がついている。智子である。しかしキラキラネームはいずれ廃れる。現代に佐治兵衛または智子と名付ける親は少ないであろう。しかし、タケルをつける親は細々ながら何百年と続くであろう。流行はうつろいやすい。何れ廃れて錆びていく。

 ここから本題にはいる。

 嫁さんの名前は、智子であることは既に述べた。問題は、私の名前が「智(さとし)」であることである。夫婦の名前が、智と智子なのだ。もちろん発音上は全く違うので日常生活に問題は無い。ややっこしいのはメールを出すときである。

 予約メールには、嫁さんが返事を返している。メールアドレスには、佐藤智子という名前がついている。で、マネージャーの私の名前が佐藤智なので、

「マネージャーさんは、ネットおかまをやってるんですか?」

と聞かれることが度々ある。

 ネットおかまとは、男のくせに、女の名前を語って、インターネット上に書き込む人のことである。女の名前を語ると、それだけレスがもらいやすいからである。

 以前、某ペンション組合のメーリングリストに、友人の女性ペンションマネージャーと一緒に加入したことがあったが、女性ペンションマネージャーには、30も40もレスがつくのに、私には全くレスがつかなかった。女性であるかどうかで、これほどまでに待遇が違うと、かえって清々しいもので、当然のことながらロム専門になる。だからレスが欲しい人は、女性に化ける。つまりネットおかまになるわけだ。

 しかし私は、ネットおかまではない。
 ネットおかまになる理由が無い。
 佐藤智子は、私の嫁であって佐藤智と別人格である。

 おまけに、返信メールのフッタに、このブログのアドレスが書いてあるので、このブログを嫁さんが書いてあると思い込んでいる御客様もいる。また、嫁さんが御客様にメールの返事をかくと「なんで佐藤智でなくて佐藤智子なんですか?」という人もいる。「子は変換ミス?」という勘違いしてくれるひともいる。まったく、ややっこしいと言ったらありゃしないので、最近は自らを佐藤智とよばずに「マネージャー」というようにしている。


つづく。

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posted by マネージャー at 11:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年11月03日

世立八滝ハイキング

世立八滝ハイキング

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白砂渓谷の世立八滝の紅葉狩りです。

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つづく。

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2014年11月05日

吾嬬橋

 この吾嬬橋は、三代目で、初代は木橋、2代目は吊り橋でした。これらの橋の写真が「旧・吾妻橋」のたもとに橋の説明とともに掲示されています。ここを1922(大正11)年10月19日に訪れた若山牧水は旅日記「みなかみ紀行」に記しています。

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 この県道は、旅の歌人若山牧水が、大正11年の秋に草津温泉から花敷温泉に遊び、小雨でこの橋(2代前の木桁橋)を渡って、暮坂峠を越えて沢渡温泉に抜けた道路であり、この道の印象を牧水の代表作と云われている「枯野の旅」という長詩に残しています。

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 群馬県内の最初の道路鉄橋は、1899(明治32)年竣工の「利根橋」。この吾嬬橋は、1901(明治34)年竣工なので現存する道路鉄橋としては最も古いものに属します。延長69.0m。幅員2.5m。昭和34年に利根川に架かっていた旧板東橋の一部を六合村へ移設したものです。今も残っている群馬県内の鉄橋の中では最古のもので、六合村の文化財(村指定建造物)に指定されています。

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 この橋(旧・坂東橋)は「ペンシルバニア型トラス鉄橋」といって、斜めに組み合わされた鉄骨がピンによってトラスに結合されてる橋です。米国製の輸入鋼材でつくられています。この「吾嬬橋」鉄橋の架設によって、暮坂峠を経て中之条と草津が自動車の通行できる道路で結ばれ、東武バスも運行されるようになりました。


つづく。

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posted by マネージャー at 21:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 六合村 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年11月06日

1歳7ヶ月

 息子が1歳7ヶ月になった。
 2歳まで、あと5ヶ月を切った。

 一般的に言って、赤ちゃんにとって2歳までの育児が、その後の人生に決定的に影響すると言われている。その2歳まで秒読み段階に入ったのである。赤ちゃんの骨の数は成人よりも多いことは有名である。だから2歳までは、転んでもあまり怪我をしない。奇跡の回復力をみせる。しかし、2歳以降は、そうはいかない。身体が完成するにしたがって怪我をしやすくなる。と同時に自我も芽生えてくる。

 今日、その兆候を体験した。
 昨日までの息子と、違う息子になったのを発見した。

 昨日までは、息子はミルクを飲み終えると哺乳瓶を放り投げた。中身が無くなったら放り投げていたのだ。ところが、今日、息子は驚くべき行動をおこした。ミルクを飲み終えた後、すくっと立ち上がって、スタスタと哺乳瓶を私のところにまで持ってきて、「はい」と私の手に空の哺乳瓶を握らせたのである。

 驚いた。
 と同時に、1歳7ヶ月の赤ちゃんの学習能力に感心した。

 私は、ミルクを飲ませるときに必ず、「はい!」と空になりつつある哺乳瓶をもらう仕草をしていた。もちろん放り投げられることもあるし、大人しく渡されることもある。今日は、たまたま息子に対して何もせずいた。すると、その行為に不満があったのかどうかはしらないが、すくっと立ち上がって、私の所に歩いてきて、
「ほら受け取れよ」
と言わんばかりに、私の手をとって「はい」と、空の哺乳瓶を握らせたのである。

 おそらく息子は、自分と他人の違いを認識しはじめたと思われる。
 大人への階段に近づいた。
 前兆はあった。
 最近、よく言葉を話すようになっていた。
 歩くたびに「1、2、3、4・・・・」と数字を数えはじめていた。

 これは私がお風呂で教えた言葉である。
 他にもいろんな言葉を教えたが、数字を一番はやく覚えた。
 ある意味、想定内のことだったが、やはり驚いた。

 もし、数字をお風呂で教えてなかったら、この結果は無かったと言える。一般的に言って赤ちゃんは、話し言葉を耳で覚えるのでは無く、目で覚えると言われている。目で、口の動きを確認し、それを真似して、言葉を発すると言われている。だから手話の出来る聴覚障害者の親から生まれた子供は、普通の子供より早く言葉を覚えることが知られている。これについては、以前にも書いた。

 狭い御風呂だと、親子の顔の距離がちかいうえに、他に目移りするものがないために、親の口の動きしか見えない。つまり私が、御風呂で数字を教える場合、息子は私の口の動き真似しやすい環境があったわけである。だから息子が最初に覚えた言葉が数字だったのは、ある意味当然ともいえる。だから「想定内」と書いたが、いくら想定内であっても驚いたことは確かだ。

 こうなると、大人の赤ちゃん言葉を否定していた私は間違っていたことになる。あれは意味があったのだ。大人の赤ちゃん言葉は、大人の口の動きを赤ちゃんが真似しやすいからだ。現に、息子が次に覚えた言葉は大勢の大人たちがしてみせた
「いないいないばあ」
だった。あれも顔を近づけて口の動きを見せるために真似しやすい。

 もし、神様が私に二人目の赤ちゃんを授けてくれるなら、次は、数字出来なく別の言葉を御風呂で教えて、さらに裏付け手みたい気がする。が、そう上手く赤ちゃんが授かることはないだろう。

 まあ、そんなことは、どうでもいいとして、1歳7ヶ月ともなると心が、かなり発達してきている。といっても他人と比べると成長は遅い。何度もおもちゃ王国に行って同じ1歳7ヶ月のお子さんと会わせているが、うちの息子の成長は遅れ気味である。これは、決して悪いことではないので心配は何もしてない。

 しかし、どうして、このような個人差がでるのか興味があったので、成長の早いお子さんの御両親を観察してみた。で、面白いことが分かった。御両親がスマホをいじっているケースが多いのだ。子供を放置しているのだ。で、聞いてみたら、児童館や公園などに連れて行って、多くの子供たちと一緒に遊ばせているらしい。つまり、こういう場所に連れて行くことに慣れているのだ。だからスマホをいじっている。

 逆に言うと、そういう家庭のお子さんは、はやくから社会を体験しているともいえる。同じ年頃の子供たちを目で見て、真似ることを日常的にしているのだ。だから成長が早いのかもしれない。これは、私が御風呂で数字を教えたのと一緒である。

 赤ちゃんは、話し言葉を耳で覚えない。口の動きを真似ることで、言葉を覚える。赤ちゃんは、真似の天才であるから、真似るべき手本がそばにないと、真似しようがないのだ。大人の動きは、赤ちゃんが真似するにはハードルが高すぎる。だから小さな子供たちが手本として最適なのだろう。

 ここで話しをもどす。

 息子の成長のことである。息子は、最近になってやっと言葉を少しづつ話すようになってきたのであるが、実は、もっと早くから言語は理解していた。生後8ヶ月くらいから、いろんな言葉を理解していた。ただ、それを話し言葉にできないでいた。厳密に言うと、生後4ヶ月くらいに一時的に話し言葉を正確に真似できていたけれど、8ヶ月くらいから、その能力は退化していった。代わりに、いろんな意味不明な音声をあげて楽しんでいた。

 今思えば、あれをどうして録音しておかなかったかと悔やまれてしかたがない。きちんと録音していたら「赤ちゃん語」を解明できていたかもしれない。よく言われていることに、不快で泣く赤ちゃんは「あああーーー」と泣き、腹が空いて泣く場合は「えええーーー」と泣くと言われるが、実は、もっといろんな泣き声があったことを思い出したのだ。それを感覚的に私は処理してしまっていたが、今思えばもったいないことをしてしまった。きちんとデーターをとって、法則化して、嫁さんに教えていれば、嫁さんの負担は、もっと減っていたかもしれない。

 しかし、世には、そのあたりの法則を研究している学者たちが大勢居るはずだから、私が知らないだけで、どこかの本に、それが書かれてあるのかもしれない。


つづく。

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posted by マネージャー at 01:37| Comment(4) | TrackBack(0) | グンマーで嫁が出産と育児 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年11月07日

落ち葉焚き

今日も、いい天気だった。
というか、毎日、いい天気が続いている。
そのせいか、例年に無く温かい秋がつついて
今年の紅葉は長く続いた。
それが、一昨日あたりに終了し、
あたりは落ち葉だらけ。

今日は、一日、落ち葉を集めてたき火である。
実にめんどくさいが、これをやるとカメムシたが他に逃げていく。
そして二度と戻ってこない。
すみかを変えるのだ。

嫁さんは、さかんに「焼き芋焼いてもいい?」と聞いていたが
「うん」
とは言わなかった。
落ち葉で焼き芋を焼く難しさを知っていたからである。

うちには、保温鍋がある。
あれにお湯を入れて6時間も芋を蒸せば良いではないかと思った。
その方が簡単で美味しい。

しかし、嫁さんの思考回路は、落ち葉イコール焼き芋なのであった。
そういうイメージなんだそうだ。


つづく。

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posted by マネージャー at 23:34| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 2013以降 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年11月11日

ミカンとススキ

 今年の秋は、暖かい。
 そのせいか今年の信州産のフルーツの糖度が高い。
 甘いのだ。
 特に軽井沢JAの売り場のフルーツが美味しい。
 なので、毎日のように梨や林檎を買ってきて食べている。
 で、気がついたことがあった。
 家族で、好きなフルーツが違うことが。

 私が好きな果物は、桃・梨・渋柿であるが、嫁さんは、マンゴー・林檎・ブドウを好む。一歳7ヶ月の息子は、ミカンが大好物である。1日に5個くらいのミカンはぺろりと食べてしまう。私もミカンは嫌いでは無い。理由は、皮をむく手間が少ないからだ。もちろん桃は大好物ではあるが、皮をむくのが面倒なので、あまり買って食べない。嫁さんも嫌いでは無いとは思うが、値段が高いので買ってこない。結局、安くて食べやすいミカンを家族でほおばることになる。

 だから毎日のようにミカンを持って息子を背負って浅間牧場を散歩している。浅間牧場には、見渡す限りのススキの草原があるところがある。そこに到着すると、息子を下ろす。息子は、大喜びでススキの原っぱを走った。ススキは、太陽光線を反射して、キラキラと光る。それを息子は不思議そうに眺めるのである。

 私は、ススキの1本を折って息子に渡した。
 息子は、キャッキャとススキを太陽にかざした。
 日光を反射するススキを不思議そうにながめている。
 そして動かない。

 仕方が無いので、ミカンをむいてさしだす。
 すると、ミカンにつられて息子は私のところに駆け寄ってくる。
 私は、ミカンで息子を釣るように、ゆっくりと浅間牧場を移動している。
 そうしないと息子は、いつまでもススキの草原を動いてくれないのだ。
 よほどススキが好きらしい。



 こんな散歩を毎日していた。
 今月は、晴天続きだったので、
 いつもススキの原は、海のように光を反射していた。

 そして今日も、ポケットにミカンを5個ばかりいれ、息子を背負って浅間牧場を一周した。
 しかし、ススキの草原に到着すると、大きなトラクターが動いていた。
 トラクターは、ススキを根こそぎ刈り込んでいた。
 息子は、驚いて凍り付いていた。
 トラクターをじっと見つめていて動かなかった。

 私は、いつものようにススキを1本折って息子に渡した。
 息子は、それを受け取って、5分ばかり、じーっと見つめ、ススキを放り投げた。

 デジャブーを見た気がした。

 北軽井沢も軽井沢も、ある日突然、何万坪もの木が切られている。そして、太陽光発電ができつつある。そんな光景が、過去にあったことを思い出した。今、軽井沢には莫大な薪が山積みで売られている。例年にない多さである。

 話がそれた。
 ススキのことである。
 息子は、なぎ倒されたススキと
 自分が放り投げていたススキをみつめていた。
 そして動かなくなっていた。

 しかし、ぼーっとしてはいられない。
 トラクターは、刻一刻と、こちらに近づいてくる。
 私は、ポケットからミカンをとりだして、息子に渡した。
 息子は、やっと笑顔になった。
 すかさず抱き上げて、その場を立ち去った。
 息子は、その一時間後に、嫁さんの実家に向かって旅立っていった。
 別れ際に、息子は悲しそうな顔をしていた。

 しかし嫁さんの実家、館林(大湿地帯)には、ススキがたくさんあるのだ。


つづく。

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2014年11月12日

愛犬コロに癒された日

嫁さんが息子を連れて里帰りしたので、本格的な冬支度に励んだ。落ち葉や栗のイガを集めて燃やし、浄化槽の排水を掘り起こし、村道を被う樹木の枝打ちをした。おかげで肩と腰を痛めた。

これ以上、働くと体に悪いと判断し、愛犬コロを引き連れて散歩にはげんだ。

ゆっくりと歩く散歩は、体の痛みをやわらげ、筋肉痛や腰痛を緩和するからだ。
で、2時間ほどゆっくり歩いたら、たちまち効果が現れた。
森の中を歩いたのが良かったのかもしれない。
愛犬コロも、たっぷりと可愛がった。
途中、痛い腰をさすりながら、芝生に腰掛けたら、愛犬コロが、さかんに私の腰をトントンと前足で叩いていた。
私は目が点になった。

「おまえ、俺の痛みがわかるのか?」

と何気なく話しかけたら、私の顔を舐めてきた。
まさかな?
と、思いつつ、腰を伸ばしていたら、やはり愛犬コロが、トントンと私の腰を前足で叩いてくる。それも痛いところにヒットして持ちが良い。これは、どういうことだろう?

思えば、愛犬コロの散歩もエサやりも全て私がやってきた。朝晩2回である。で、私が体調不良で寝込んだ時は、愛犬コロの散歩も無かった。だから愛犬コロは、私の体調に敏感なのかもしれない。たまに嫁さんがコロの相手をすることもあるが毎日では無い。だからコロの奴は、私の体調に敏感なのかもしれない。コロのやつも何かと必死なのかもしれないなあと思ってしまった。

つづく。

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2014年11月14日

過去

ずっと暖かかったこの秋だったが、さすがに今日は冷え込んだ。
しかし、これが、いつもの年の秋の気候である。
今年の秋が暖かすぎたのだ。

ところで三十年来の古い友人が尋ねてきた。
出張で北軽井沢に来たついでに、うちに泊まってくれた。
そして世を徹して語り合ったのだが、
少し驚いたことがあった。

自分では、その友人のことをよく知っているつもりでいたのだが、実は、それほどよく知ってなかったことに気がついた。彼の挫折や、失恋や、趣味や、仕事や、会社のことなど、何でも知っているつもりでいたが、じつはそうではなかったことに気がついた。

古い友人は、もうすぐ六十歳近くになるが、彼が若い頃は、自分の幼少の頃の事を決して話さなかったのだ。その時その時の時代のことしか話さなかった。もちろん詳しく話してくれたが、あくまでも、その時代の「今」を語ったわけで、過去は決して語ってなかった。

しかし、今回は違っていた。お互い、歳をとりすぎたためか、初めて過去を語った。幼少の頃に飼っていた犬(樺太犬)のこととか、彼の父親のこととか、南極探検のこととか、捕鯨船のこととかを語った。なので驚いた。と同時に、やっと合点がいったこともたくさんあった。

人間というものは、はかりしれない。あの人のことは何でも知っていると思ったら実は何も知らなかった。彼の青春時代の何年間、一緒にすごし、たいていのことを知っていたと思ったら、案外なにも知らなかったことを思い知らされた。と同時に、ああ、なるほど、そうだったのか?という長年の疑問も解けた。

しかし、それはお互い歳をとって、精神にゆとりをもてたから、気軽に過去を語れるようになったのかもしれない。

そういう意味で、青春時代というものは氷山に似ている。大部分が隠れて見えてないが、見えている部分は、きりたった氷の断崖である。鋭く冷たい鋭利の刃物のような形をしている。しかし、本当は大半が海という過去に沈んでいて、巨大に見えている氷山の断崖は、小さな小さな一部分かもしれないのだ。

しかし、歳をとると、氷山は、どんどん溶けてしまい、小さくなっていく。そして溶けゆくごとに、過去を思い出して底が浅くなっていく。


つづく。

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posted by マネージャー at 23:55| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 2013以降 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年11月16日

やんばダム工事と吾妻渓谷散策

やんばダム工事と吾妻渓谷散策
着々と、工事がすすんでいるようです。
河原湯温泉駅も移転しました。

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つづく。

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2014年11月18日

アブトの道散策ツアー

今回は、ガイドの土井君の娘さんが参加。
生後14ヶ月です。

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すっかり可愛くなったですね。
月をおうごとに美人になっていきます。
土井君に、そっくりなので、どうかなあと思っていたのですが、
全く持って不思議なことに、とても可愛くなってきましたね。

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意外に見過ごしてしまうのが、トンネルのタイルの目地。
実は、かなり化粧をしています。
180センチの高さまでは、超人的な化粧目地です。
金もかかっています。
しかし、経済的合理性からいうと意味が無いです。
ですが、明治の心意気は、国宝をつくる意気込みで煉瓦目地を化粧しました。
これについては、いつか詳しく解説しましょう。

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トンネルの出入り口には、煉瓦と石造りの2種類があります。
石の方が、金がかかり。当時の感覚からすると豪華でした。
ですから東京側には石造り
下り方面には煉瓦作りが多いようになっています。

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下り方面。
煉瓦ですね。

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上り方面に向いたトンネル。
石造りです。
わかりますか?

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つづく。

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2014年11月20日

紅葉の碓氷湖散策 紅葉(もみじ)の歌碑

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碓氷湖は、かくれた名所である。
私は、個人的に何度も訪れている。
ひとりでぼーっとするのに最高だ。
世に、ぼーっとできる場所ランキングがあるとしたら
碓氷湖・浅間牧場・小浅間山の3つは、必ずベスト10入りをするだろう。

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高野辰之作詞「紅葉」の歌碑。

小学唱歌「紅葉」の詩の舞台になったのは、「碓氷峠」の「熊ノ平駅」付近といわれ、長野県出身の「高野」は、東京都と郷里信州との往復でアプト時代の「信越本線」を利用したとある。この詩は、高野辰之が郷里と東京を往復するのに使った信越本線熊ノ平駅付近から風景を詠んだといわれている。

一、
秋の夕日に照てる山紅葉、
濃いも薄いも
かずある中なかに、
松をいろどる
楓や蔦は、
山のふもとの裾模樣

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歌詞を解説したい。

「秋の夕日に、照てる山紅葉」

この一言で、下り線であることが分かる。
夕日とあるので、日光は、軽井沢方面からさしている。
照てる山とあるので、逆光に紅葉が燦めいていたのだろう。

つまり高野辰之は、信州に向かっていた。
当時は急勾配をアプト式鉄道でゆっくり走っていたから、
紅葉もゆっくり堪能できたと思われる。

「濃いも薄すいも、かずある中なかに、松をいろどる楓や蔦は」

松を彩っているのは、ツタ漆のようである。つまり秋も最初の頃であろう。当時は、いまほど樹が多くなかったようだ。だから歌詞に見られる赤松があったのだろう。現在は、ほとんど姿を消している。これは浅間山が頻繁に噴火していたのが原因と思われる。だから赤松が多数見られ、ツタ漆も多くからみつき、その紅葉が美しかったのだろう。今の風景とは違う紅葉の風景だったようだ。

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2014年11月22日

フィンガー5を踊る息子

 息子が、もうすぐ1歳8ヶ月になる。最近は、毎日のように息子を連れて軽井沢オモチャ王国に遊びに行っているが、足取りもしっかりしてきたし、他所のお子さんともからむようになってきた。私は、そんな息子を遠目に、パビリオンにあるマッサージ器を使って腰をマッサージしている。実は、腰を痛めたのだが、これが中々直らないのだ。理由は分かっている。息子を抱き上げる時に、腰を使ってしまうからだ。なので、最近は、ダンベル練習のように腕力だけで抱き上げるようにしていた。しかし、これが良くなかった。腰だけでなく肘も痛めてしまった。しかたがないので、息子の世話は嫁さんにまかせることになった。

 しかしである。そうはいっても、それを許さない状況もある。1歳8ヶ月にもなると、息子は親に甘え始めるからだ。何時間か私が息子に顔をみせないでいたら、息子は私を探し出す。そして私を見つけると、ダダーッと走ってきて抱きついてくる。そしてダッコを迫るのだ。母親には、それをしないのに、私には要求する。どうしてだろう?と不思議に思っていたが、よくよく考えてみたら、息子は重いので、嫁さんはダッコなどの力仕事は全て私にふっていた。そのために私は、腰を痛め、肘を痛めたのだが、もう限界である。

 ちなみに私は、息子を厳しく躾けている。日に、何度も叱りつけているが、そのたびに息子は泣きながらダッコまたはハグを要求してくる。そのつどハグしながら言い聞かせているのだが、理解力は素晴らしいので、少しづつ世間を知りつつある。ただし、その代償も大きかった。コップを割ったり、急須を割ったり、お金を破いたり、灯油をぶちまけたりした。

 もちろん、そういう事故を防ぐことは簡単だ。息子と一緒に仕事をしなければよい。仕事中にベビーサークルに入れて隔離すればよいのだが、そういう選択が、愛犬家の私にはない。そんなことをすれば犬だったら引きこもりになる。他の野生動物にしても同じである。ある時期に社会に出してやらないと、適応できなくなる。

 だからそれを知っている人間は、わざと1歳8ヶ月の赤ちゃんの前で、ストーブに灯油を入れてみせる。もちろん息子も真似をしたがるので、電動灯油ポンプのスイッチを押したがる。
「ダメだよ」
と何度も注意するが、押したがる。で、ほんの三秒くらい場所を離れていると、電動灯油ポンプのスイッチを押して、息子は灯油まみれになり、あたりは灯油の海となり、息子は泣きながら私のところに逃げてきた。

 もちろん大声で息子は叱りつける。すると例のごとく、泣きながらダッコまたはハグを要求してくるのだが、それをはねのけて、叱りつけた。それがショックだったようで、しばらくは部屋の片隅で落ち込んでいた。自分が悪いことをしたことは理解できたようで、それから二度と電動灯油ポンプのスイッチはいじらなくなった。

 ただし、その作業は、ジーッとみている。
 たぶん、真似したくてたまらないのであろう。
 近い将来、息子に、この作業を教えることになると思う。

 今、息子にやらせている仕事は、ルンバのスイッチを押させる仕事である。
 あと忘れ物を集めさせる作業である。
 これは喜んでやる。

 そのために軽井沢オモチャ王国に連れていくと、散らかっているオモチャの整理整頓を始める。親の仕事を自分なりに真似していると思われる。子供という生き物は、恐ろしいくらいに親の真似をする。最近は、教育テレビの体操も真似しだした。YouTubeの動画サイトの踊りをみせると、それも真似する。特にフィンガー5はお気に入りで、歌いながら踊り出す。



 かなり難しい踊りなのに、自分なりに真似している。



 親が使っている箸も使いたがるようになった。
 私が読んでいる本も読む真似をして読むようになった。
 ペットボトルをラッパ飲みする仕草も真似した上に
「あー」
という私の飲み終えた後の声まで真似する。

 丸いものをみつけると、自動車のハンドルにみたてて回してみせるし、車の運転席に座らせると、あちこちのスイッチをおしつつハンドルを回す。リモコンをみつけると、子機で電話している親の真似をして、さかんに誰かと会話している。

 酷いのになると厨房のガスのスイッチを入れてみたりする。何でもかんでも真似するのだ。それだけに恐ろしい。油断したら火事になりかねないからだ。だから厨房には絶対に入れないし、入ってきたら遠慮無く叱りつけることにしている。だから息子は絶対に厨房には入らない。そこが禁断の地であることは理解しているようだ。

 そういう理解力だけは素晴らしいのだが、まだ1歳8ヶ月なので「厨房から出てきて」とばかりに訴えてくる。仕方が無いので、1分だけ出て行ってハグしてあげなければいけない。時々、めんどくさい気分にもなるのだが、それでも子供の笑顔に癒されるので楽しんでいる。

つづく。

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posted by マネージャー at 06:00| Comment(2) | TrackBack(0) | グンマーで嫁が出産と育児 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年11月23日

地震の件ですが

地震の件ですが、お見舞いのお電話・メールをたくさん頂きました。
御心配かけて申し訳ありません。

御存知のとおり北軽井沢は、地盤が堅いので、大して揺れていませんので御安心下さい。
気象庁の発表では、北軽井沢は震度3でしたが、体感的には震度2くらいの感じです。
被害は皆無です。交通、ライフラインも全て無事なので安心してください。
お泊まりの御客様も、楽しく酒を飲んで語らっておりました。


つづく。

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posted by マネージャー at 21:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 2013以降 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年11月25日

【拡散希望】桟敷山林道の森が、丸裸になってしまう? その1

軽井沢で三万坪の森が、太陽光発電のために丸裸になってしまうので、問題となっているが、
嬬恋村では、そんなレベルでは無い、超自然破壊計画が進みつつある。
なんと桟敷山林道周辺の森が全て切り取られ、太陽光発電にされてしまうことになりそうなのだ。
これで、クマもアサギマダラも高山植物も壊滅はまぬがれない。
面積は70ヘクタールくらいらしい。
場所は村有地。
完成したら、桟敷山と桟敷山林道から望める絶景は永遠になくなる。

今回は、環境省に陳情してもダメと言うこと。
太陽光発電は、構造物で無いために、環境省がバンバン認可している。
すでに嬬恋村のあちこちの山が丸裸になりつつある。
全く勘弁して欲しい。
このネタは、どんどん挙げていきます。
記事については、コピペフリーなので、皆さん、どんどん拡散してください。
ソースは、議員さんから。嬬恋村の議会で報告があったらしい。


つづく。

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posted by マネージャー at 23:47| Comment(4) | TrackBack(0) | 自然−植物 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年11月26日

高原野菜

この季節になると御客様は、業者さんの方が多くなる。
業者さんといっても工事関係者は少ない。
カメラマン・営業マン・ライター・人形劇団・仕入れ業者といった人たちである。

もちろん、全員がユースホステルの会員である。
で、非常に腰が低い。
最初は、どうして腰が低いのか?と不思議だったが、今の私には分かる。
商売をやっていたら腰が低くなるのが癖になるのだ。
中にはフーテンの寅さんみたいな人もいる。
もちろん腰が低い。

で、気がついてしまった。
自分が古い友人を整理してしまっている事実に。

宿屋をはじめる前に、クレーマーみたいな真似をして商品をせしめる友人がいたが、いつのまにか年賀状のやりとりをやめていた。いろんな店で傲岸不遜で俺は客だと踏ん反り返る友人とも気がついたら縁が切れていた。
いざ自分が客商売をやってみると、以前は気にならなかった友人の欠点が、気になってきたのだと思う。一緒にいるとストレスを感じるようになったのかもしれない。この歳になると、いつも心静かに生きていきたいと思うようになってきた。

そういう意味で北軽井沢という土地は最高である。
誰とも、適度な距離をたもちつつ、自然の中で延び延びと生きていける。
新聞も来ないし、テレビの映りも悪い。
変な人間関係にも関わらなくて良い。
浮き世の義理も最小限で生きていけるし、やろうと思えば仙人のように暮らすのも夢では無い。

先日、近所のペンションオーナーと、スーパーで立ち話した。
そのオーナーは、こういった。

「あと4年で借金が終わるんだよね。終わったら食事提供をやめて楽に暮らそうと思っている」

この人は、癌で半年入院したことのある人だった。
言葉に人生の重みがのしかかっていた。
今はペンションをやりながら農家で働いている。
時々、野菜なんかをうちに分けてくれる。
その野菜を切っているときに、

「この野菜は、胃を半分切った人だ汗水垂らしてて働いて作った野菜なのだ」

と思いつつ、鍋に入れ

「おいしくなれ! もっと美味しくなれ!」

と念をいれて作っている。
そして鍋が、御客さんの胃の中に入り、からっぽになった時、
御客さんが全て平らげたとき、
つくづく、ああ良かったと思ってしまう。

「美味しかったですよ」

と御世辞をいってくれる御客さんは、たいていは業者さんである。
たとえ御世辞でも嬉しい。
野菜たちも、喜んでいるだろう。

つづく。

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posted by マネージャー at 22:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年11月27日

真田軍団発祥の地 砥石城

真田の戦術は、機動防御にある。
この砥石城は、その戦術のうえにつくられている。
山の稜線を延々と城が続いている。

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機動防御とは、土地や城にこだわらずにドンドン撤退して戦う戦法である。第二次大戦中のドイツ軍が得意とした戦法で、ドイツ軍は、しばしばソ連軍を機動防御で破った。にもかかわらず、最終的にドイツが負けたのは、ヒトラーが撤退を認めなくなってしまい、得意の機動防御が使えなくなったからである。天才将軍マインシュタインは、ドイツを負かしたのはソ連軍では無くヒトラーであると言っている。

機動防御の本質は、土地の取り合いでは無く、敵を痛めつけることにある。
だから、どんどん撤退して敵の犠牲を大きくする。
で、味方は無傷のまま撤退する。
これをつづけて敵の戦意を失わせるのが目的なのだ。
第一次真田合戦も、第二次真田合戦も、その戦術で徳川軍を敗退させている。

砥石城は、その機動防御にそってつくられている。
いかにも真田の城らしい。

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ちなみに戦国時代、敵が攻めてきたら農民は、どうしたか?
山に逃げている。
立て篭もる山城ではない山に逃げている。
もちろん、食料もそこにかくしている。
つまり、山城は、いくつもあったのである。

あと、山以外にも逃げている。
寺社である。
寺社は、戦国武将にとって治外法権の場所だった。
つまり寺社領の山に逃げれば生き延びられた。
そこから山伏となって、全国に散っていくのが真田軍団たちである。
突然、人間が消えてしまうのだ。
これでは敵方は、真田を制圧できない。

真田だけではない。
そういう領主は全国どこにでも居た。
だから天下統一なんか誰も出来ないと思っていた。
ところが、織田信長は、伊賀攻めで、治外法権の寺社まで殲滅を行った。
こんなことをしたのは、後にも先にも信長しかいない。

つまり地方領主を制圧して天下統一するには、信長のような人間にしか出来ない技であった。
では、なぜ徳川は、真田を一度も敗れなかったのか?
機会があったら、この続きを書く。

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つづく。

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posted by マネージャー at 22:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 真田 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年11月28日

おぎのや本店

おぎのや本店の釜飯アイスに注目!

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これは釜飯

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こっちはアイス

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つづく。

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posted by マネージャー at 23:44| Comment(2) | TrackBack(0) | 横川・妙義山 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年11月29日

閉店まぎわのスーパー

 昨日は、ひさびさに御客様がゼロだった。
 息抜きのために食事はスーパーで調達することになった。
 時間は、夕方の6時ころである。
 当然のことながら、残り物の総菜が半額セールになっている。
 こいつを買いあさることにした。

 宿屋をやる前は、スーパーの閉店間際の半額の総菜を買いあさったものだが、宿屋をはじめてから不可能になった。御客様がいたら閉店間際のスーパーなんかには行けないからだ。なので、御客様がいない日は、閉店間際のスーパーによく行く。で、セール品を買いあさる。昨日は、刺身がみんな半額だった。マグロとブリが売れ残っていた。もちろん2つとも買う。

 ブリは、カボスとワサビで刺身を食べよう。
 マグロはどうしようか?

 急にマグロ納豆が食べたくなってきた。

 そうなると挽き割り納豆だ。
 まず挽き割り納豆の半分を御飯にかけて搔き込む。
 残り半分になった納豆容器にサイコロ型のマグロを入れてかきまぜる。
 それを肴に酒を飲む。

「ういー、五臓六腑にしみわたるなあ」

といっても私が飲んでるのは、オールフリーであった。

 しかし、しみわたる。
 結局、この日は、1枚も皿を汚さなかった。

 この商売をやっていると手荒れがひどくなるので、こうやって水を使わない日をつくらなければならないのだ。実際うちの嫁さんの手荒れも、そうとうなものである。触ると痛々しさが伝わってくる。だから御客様がいない時は、スーパーのお世話になることも多い。


つづく。

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posted by マネージャー at 01:13| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 2013以降 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする