2015年11月01日

佐渡島に里帰りしてきました2

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 2015年10月27日、私たちは佐渡島の妙見山に登りに行きました。途中、立派な杉林がたくさんありましたが、昔は雑木林だったところです。佐渡島の雑木林は、どんどんなくなりつつあります。代わりに杉が植えられて、紅葉は昔ほど綺麗ではなくなりました。ただし、蔦漆が杉の木に巻き付いて、非常にきれいな紅葉を見せてくれています。こういう風景は昔はありませんでした。植生の変化とともに、私たちを楽しませてくれる風景も変わっていくようです。

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 ここには昔、白雲荘という国民宿舎があったのですが、今は綺麗に撤去されて、その代わりに木造のレストランに変わってしまっていました。ここから見る佐渡島の風景は、すごい絶景だったのに、どうして国民宿舎の経営が成り立たなかったのでしょうか? 不思議でしょうがないですね。

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 さて、妙見山に登ろうとしたら、昔の登山道が閉鎖されていて自衛隊の基地になっていました。そして新しい登山道ができていたのですが、そのルートにびっくりです。

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 ここは、昔は、絶対に入っていけない場所だったからです。ここに入ったら最後、迷って出られなくなると言う場所が、大佐渡山脈には、何カ所かあるのですが、まさしくその場所だったわけです。普通なら、こんなところに登山道を作るわけがない。第一、急すぎて、登山するお客さんに対しても不親切だろうと、不思議でなりませんでした。

 それならば、キャンプ場の方から展望台を経由して簡単に登れるルートがあったなぁと、そちらのほうに行こうかと思ったのですが、なぜこんなところに新しいルートができたのか、どうしても知りたかったので、息子を連れて登ることにしました。

 ちなみに、どうして迷って出られなくなるかと言う理由を子供の頃に、学校の先生やボーイスカウトの人たちから何度か聞いたことがありますが、答えは決まって同じで「狢に化されるから」でした。しかし、それも今にして思えばおかしな話です。そんな訳は無いからです。けれど、迷って出られなくなるという話は本当で、私も子供の頃に、それを経験したことがあるのです。その理由が、この新しいルートを登ることによって、わかるかもしれないなぁと、ワクワクドキドキしながら登ってきました。

 で、わかりました。
 1発で解りました。
 確かにこの林は、迷いやすい場所です。
 ブナ林だからです。
 ブナ林は迷いやすいのです。

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 そういえば昔佐渡島には、たくさんのブナ林がありました。そして、それらのブナ林の中に入ると、迷って出られなくなることが多かったと思われます。地元の人々は、それを狸のせいにしたんだと思いますが、タヌキもいい迷惑だったでしょう。あと、たかだか妙見山ごときの山で、登山届を出さなければいけない理由もわかりました。新しいルートのはブナ林だったからです。

 で、わざわざブナ林に新しいルートを作った理由も解りました。ブナ林のルートは商売になるからです。だから、もっと見晴らしの良い、なだらかで気持ちの良いルートがあるにもかかわらず、わざわざブナ林に新しいルートを作ってしまったわけです。これは、環境保護の観点から、観光の観点からも、賛否両論かもしれません。

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 それにしても、この自衛隊の基地には驚きました。昔は、もっと緩やかな感じだったのですが、この新しい基地は警備が厳重です。とてもでは無いですが、素通りして大佐渡山脈を縦走することはできません。届け出を出さない限り無理なようです。米ソ冷戦時代の自衛隊の基地は、もっとおおらかでした。歩いて通行する限り自衛隊の道路を自由に行き来できたのです。しかし、米ソ冷戦時代よりも今の方が警備が厳重なのは、どういうことなのでしょうか?

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 ところで、中学校時代や高校時代に、この妙見山によく登ったものです。写真のように、石垣があるのは、大昔から続いている信仰登山の証でもあります。中学生の頃は、家族が旅行に出かけた後に、ひとりで妙見山に登り深夜にここで座禅を組みました。

 意外に思われるかもしれませんが、佐渡島の山は暗くありません。海のあちこちに漁火があるために、非常に明るいです。ましてや月夜の晩ともなると、真っ昼間のように明るいです。おまけに島の夜景も輝いています。この島では、いちばん大きな動物が、タヌキぐらいのものですから、闇が怖いという感覚も起きてきません。これが、本土だったとしたら、大分違っていたんでしょうが。

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 大平高原。

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 妙見山から下山して、しばらく車を走らせると、大平高原があります。
 懐かしかったので、散策してみました。

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 ここには昔、土産物屋があったりして、そこのおばちゃんの息子さんが、旅好きで、世界中を回っているという話を20年前に聞かされたことがありましたが、その土産物屋も、この通り廃墟となって薮の中に埋もれてしまっています。あのおばちゃんは、今、何をしているんだろうか?と感慨深く思ってしまいました。昔は、観光地として有名だった大平高原も、今や閑古鳥が鳴く単なる牧場跡地となってしまっています。ここは佐渡島でも有数の眺めが良いところなので、もったいないといえばもったいないです。

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 そして、大平高原から少しばかり車を走らせるとあるのが乙和池です。ここも高校時代によく訪れたところで、美しい紅葉をみせてくれる場所でもあり、湖に「ひよっこりひょうたん島」のように島が浮いている珍しい名所でもあります。なのに誰一人として訪れる人がいません。もったいないというか、観光資源が活用されてないというか、まあ、その方が、自然保護には良いのかもしれませんが。

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(以下、乙和池の画像)
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 じつは、この乙和池は、乙和(おとわ)の民話の場所です。
 乙和の民話を佐渡の人なら知らぬ人はいません。
 島民にとっては、夕鶴よりもメジャーな民話です。
 どんな民話かというと、こんな話です。

 昔、とあるお寺に、女の子の赤ちゃんが捨てられました。お寺の和尚さんは、縁あってのことと思い、その赤ちゃんを育てることにしました。赤ちゃんは、乙和と名づけられました。乙和は、すくすくと大きくなり、村の人たちからも可愛がられ、誰からも愛されました。そして10歳ぐらいの頃、乙和は和尚さんに尋ねました。

「和尚さん、和尚さんは、どうしてみなしごの私を育ててくれたんですか? 」
「それが仏の道というものなのだよ」
「仏の道とは、どういう事なんでしょうか? 」

 和尚さんは良い機会と思い、乙和に仏の道を教えることにしました。

「昔、旅人が荒野で行き倒れになったことがあった。そこに、熊と狐とウサギが通りかかった。それを哀れに思った熊と狐とウサギは、旅人を助けることにした」
「・・・・」
「熊は川で魚をとってきた。狐は木の実をとってきて旅人に差し出した。しかしウサギはどうしても人間が食べられるものを見つけられなかった」
「・・・・」
「ウサギは旅人に言った。『私には何もしてあげられません。なのでこの体を食べてください』そしてウサギは、燃え盛るたき火の炎中に飛び込んだのだ。旅人は必死になって火を消したのだが、間に合わなくてウサギは黒こげになってしまった。旅人は、そのウサギの行いに号泣しつつ、ウサギを食べたという」
「・・・・」
「どうした? 乙和、なぜ泣いている」
「ウサギさんがかわいそうです」
「かわいそうかも知れぬが、ウサギは輪廻転生の後に人間に生まれ変わった」
「人間に? 」
「良い行いをすれば、人間や菩薩に生まれ変わる。逆に悪い行いをすれば、畜生や餓鬼に生まれ変わる。ウサギはその行いゆえに人間に生まれ変わり、そしてお釈迦様としてこの世に誕生したのだ」
「では、乙和も良い行いをすれば、良い人間に生まれ変わることができますか? 」
「もちろんだとも」
「お父さんと、お母さんがいる、おうちに生まれかわることが出来るんでしょうか? 」
「うむ」
「では、乙和はこれから、ひたすら良い行いを心がけます」

 その日から、乙和は、村人の手助けをするようになりました。あちこちに出かけては、困っている人たちの手助けを始めたのです。もともと村人に可愛がられていた乙和ではありましたが、乙和のさらなる手助けによって、村人はますます乙和を可愛がるようになりました。誰もが乙和を愛し、誰もが乙和を自分の娘のように可愛がってのです。乙和には、血の繋がった両親こそいませんでしたが、村人の誰もが乙和の父親であり、母親になっていました。

 ある年、村に日照りが襲いかかりました。
 何日も何日も雨が降らなくなったのです。
 乙和は、村人たちの助けになろうと、
 いろいろ動こうとするのですが、村人たちは、力を落としたままです。

「畑の雑草を取りましょうか? 」
「無駄だ、こんなに日照りが続けば、雑草をとっても意味がない」
「川に水をくみにいきましょうか? 」
「ありがとうよ、でもな、川に水なんかありゃしない。このままでは、村は全滅だ。雨さえ降ってくれればなぁ」

 村の人たちは、無気力にため息をつくばかりでした。何もできない乙和。何の力にもなれない乙和が、すっかりしょげ返っていると、和尚さんが元気づけるように「山菜でもとりに行こうか」と言ってくれました。「少しでも山菜を集めて困っている村の人たちに差し上げよう」というのです。

 乙和は喜んで、和尚さんと一緒に山の中に入っていきました。山には、食べられる山菜などがたくさんありました。乙和は、村の人たちのことを思って、一心不乱に山菜を取り続けました。あまりにも熱心なので、どんどんどんどん山奥に入っていき、和尚さんに呼び止められたのです。

「乙和、そこから先には行ってはならん」
「なぜでしょうか? 」
「そこから先は、女人禁制なのだ」
「・・・」
「女が足を踏み入れると竜神様の怒りに触れる。だから、そこから先には絶対に行ってはならん。もう帰ろう。山菜は充分にとれた。これだけあれば、村の人たちも大喜びだ」
「・・・」

 何を思ったのか、 突然乙和は、女人禁制の場所にどんどん走っていきました。

「乙和! ダメだ! 戻ってこい!」
「和尚様、お許しください」
「どうしてだ乙和! そっちへ行っては竜神様の怒りに触れるではないか」
「和尚様、村の人たちによろしくお伝えください」
「乙和!」

 山は、次第に雲行が怪しくなってきました。
 突風が吹き荒れ、雷が鳴り出しました。
 しかし、乙和は、どんどん山の中に走っていきました。

「竜神様、お怒りください。私を罰してください」

 雷鳴は轟き、突然、嵐が起こりました。

「乙和! 乙和! 乙和!」

 雨は7日間降り続き、村は救われました。
 乙和は、二度と帰ってきませんでした。

 毎年7月23日の乙和の命日には
 乙和の霊を慰めるために「乙和池まつり」がおこなわれています。

つづく。

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2015年11月02日

佐渡島に里帰りしてきました3 佐渡ベルメールユースホステル編

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大佐渡スカイラインで、佐渡島の展望を楽しみつつ、
大平高原や乙和池を見学しつつ、下山していくと佐渡金山に到着します。
けれど今回は、それをスルーして、外海府に向かいました。

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 歴史が好きならば、金山によらない手は無いのですが、うちの嫁さんは、歴史よりも海の方を見たい口なので、今回は、神社仏閣や金山といった歴史に関係ある観光は封印です。嫁さんの希望もあって、ただひたすら、海を眺める旅行になりました。

 これが私の一人旅なら、城跡とか名所旧跡巡りになるのですが、今回は息子と嫁さんに海を見せるのがテーマなので、私の歴史に関する解説は、これから後も全くありません。ちょっともったいないですね。ちなみに、金山といえば、佐渡をロケにしたサスペンスで定番なシーンが、金山の洞窟でおきるクライマックスです。かならず犯人が主人公を金山の洞窟で殺そうとするんですが、すると『ちょっと待った!』と刑事さんたちが登場する。洞窟においてある鉱夫の蝋人形(まねきん?)が、突然、動き出して、実は刑事さんだったというオチなんですよ。

 まぁそんな事はどうでもいいとして、車を走らせると、磯の香がするのが佐渡島の海岸道路です。下の写真を見てもらうとわかりますが、道路に稲を干す柱がたくさん並んでいます。これが佐渡島の原風景で、子供の頃は、このような柱をたくさん見たものですが、今では佐渡島でも外海府(そとかいふ)くらいでしかいられません。

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下の写真を見てください。
途中、巖に墓があったりします。
海岸沿いに墓があったり、崖下に墓があったりします。
そして、それらの墓にしおれてない新しいお花が飾ってあったりします。

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下の写真は、海府大橋です。

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 この橋ができるまで、佐渡島の外海府は、知床岬にも匹敵するほどの秘境であり僻地でした。車はもちろん人が歩くのも困難な場所で、昭和30ー40年代の登山ガイドブックにも掲載されていたくらいです。

 この海府大橋ができたのが昭和44年(1969年)で、私が小学校1年生の頃です。それまで佐渡島を1周する道路はなかったのです。外海府ユースホステルのある岩谷口から船に乗らないと隣の集落まで行けませんでした。いわば隣の集落は、佐渡島のチベットだったわけで、映画『喜びも悲しみも幾歳月』にも秘境の灯台として、ロケ地にもなっているくらいでした。それが今や簡単に行けてしまうのですから驚きます。

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 ちなみにこの海府大橋の下に、落差100メートル以上の大瀑布、大ザレの滝があります。そのすごさは、見る者を感動させます。これを見るためには海から船で見る以外に手段がないと言われていますが、実は簡単に見られる方法を私は知っています。海府大橋のつけねから、降りるルートがあるんですよ。危険なのでこれ以上は具体的に言いませんが、地元民でも知っている人はほとんどいない秘密のルートがあって、大ザレの滝がみられるのです。おまけに、その先に、秘密の洞窟があって・・・・おっと、これ以上は、やめておきます。 

 ところで佐渡島には、観光ガイドには全く載ってない大瀑布がかなりあります。しかし地元民もほとんど知りません。無関心なのです。で、その中の1つに7段の滝というのがあります。沢装備にロープを持っていかないといけないところにあるのですが、これもまた落差100メートル以上の滝が7段にわたってあるんですね。場所は外海府ユースのあるところから、 2時間ぐらい歩いたところです。もちろん登山道もありませんので命がけです。これも地元民がほとんど知らないと思いますけれどね。

 でも、知らなくていいんですよ。
 下手に知られたら、頭の悪い観光業者に開発されてしまうかもしれませんから。
 佐渡島の秘境は、もうちょっと眠らした方が良いと思います。

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 海府大橋からしばらく車を走らせると、大野亀に到着しました。ここは、 7月ごろになるとカンゾウが咲き乱れる別天地になります。それは美しい光景で、何時間も見とれてしまうほどの場所ですが、残念ながら花の季節は終わってしまっていました。

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 奥に見えるのは、 2つ亀です。中学時代や高校時代に、よく自転車で訪れたところです。今はどうかわかりませんが、私は高校生のデートスポットでもありました。というのも、その辺あたりの集落は『願』と言うんですね。何かを願うために2つ亀に行く人たちがいたわけです。ちなみに、ここも秘境の1つで、 2つある島の奥のほうには、非常に面白いものがあるんですよね。見た人は驚くと思いますが、そこまで歩いていく人は皆無なんですね。だから、佐渡島の地元民も、何があるのかを知らと思います。なので、ここではあえて何があるのかは書きません。行った人のみが、『なるほど』と感動してください。ちなみに今回は、私たちはそこまでたどり着けませんでした。時間切れでした。

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 下の写真は、外海府ユースホステルです。実は、 このユースホステルの初代ペアレントさんとは、私がユースホステルを始める前から、非常に仲良くさせてもらっていました。もうお亡くなりになっていますけれど。だから今回、このユースホステルに泊まってみたかったのですが、運悪く新潟県のペアレント会と日程が重なって、泊まることができませんでした。外海府ユースホステルの初代ペアレントさんは、佐渡島のことなら何でも知っている生き字引のような人でした。山も海も知り尽くしていて、人間国宝にしてもいいくらいな人だったんですが、お亡くなりになったのは残念です。

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ここが外海府の砂浜です。

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下の写真はレストラン海鷲跡地です。

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 佐渡島でもっとも美しい展望がのぞめるレストランだったのに廃墟になっていました。ああ、もったいない。大正時代を思わせる屋形で、味が合ってよかったのに。そのレストランでは、海軍珈琲なるものが、メニューにあって、ためしにたのんでみたらネスカフェがでてきました。280円でした。マスターは、佐渡弁がつよくて話が通じなかったですね。そういえば、佐渡に来た当初、やたら中国語みたいなものが聞こえてくるので「佐渡にも外国人が増えたなあ」と思って耳をすませてみたら中国語ではなくて佐渡弁でした。

 で、この日に泊まったのが佐渡ベルメールユースホステル。

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 嫁さんが希望した「海の見えるユースホステル」です。
 徒歩50メートルでプライベートビーチまであります。

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とても綺麗で、オシャレなユースホステルでした。

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全室が和室でエアコン完備です。

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すごいのが食事。

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これ、東京で食べたら何千円とられるだろうか?

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これはブリカツ。
ブリをカツにするなんて、なんて贅沢な料理。
というかもったいない・・・と、思ったら美味しい!
最高に美味しい!

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ご飯は、かに御飯。
いつもはサザエ御飯だそうです。

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味噌汁もカニづくし。
当然のことながら、ビールをたのみました。
大瓶3本飲みました。
もちろん、他にも御客さんがいました。
2ヶ月間も連泊している御客さんが・・・・。
何か分かるような気がします。
私もリタイアしたら、こういうところで2ヶ月くらい連泊してみたいから。
ちなみに、女将さんと、若女将。

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女将さんには、すでに2回ほどあっていて、
「北軽井沢でユースホステルをやってます」
と言うと
「佐渡の人なら、どうして佐渡でユースホステルをやらないの?」
と言われたことがあります。当時は、
「いやいや、ライバルが増えるでしょ・・・困るでしょ」
と、思ったものですが、このレベルの食事を出せるライバルは、簡単にはあらわれないだろうなあ? だって、あきらかに元がとれてないですから。ちなみに下の写真が、若女将の御主人。

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これが朝食です。
美味しかったです。

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とても良い宿だったので、ちょっと紹介してみました。
海産物が苦手な人には向きませんが、
海の幸が大好物という人には天国みたいなところですね。
おまけに佐渡では珍しい全室オーシャンビュー。
徒歩0分で海岸。
尖閣湾まですぐそば。いいところですよ。


つづく。

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2015年11月07日

休館日&ツアーが増えました

11月から休館を大幅に増やしています。御迷惑かけて申し訳ありません。ただし休館中でも、2名以上の宿泊希望の方があれば、オープンいたします。前日までにお問合せください。なお、11月22日。12月31日。1月1日。1月2日に、急遽ツアーを行う事になりました。詳しくは

http://www.kaze3.cc/index00.htm

をごらんください。

11月22日(日) 紅葉ハイキング
12月31日(木) スノーシューツアー
1月1日(金) スノーシューツアー
1月2日(土) スノーシューツアー


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つづく。

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2015年11月08日

佐渡島に里帰りしてきました4

 佐渡ベルメールユースホステルに泊まった翌日は、まず初めにユースホステルの目と鼻の先にある尖閣湾を見学。ここは、私が子供の頃からよく知っている場所ではありますが、いちど息子と嫁さんに見せたかったところでもあります。まず写真を見てください。絶景に驚かれるかと思います。

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 実は、この絶壁は、日本では珍しい流紋岩の浸食作用でできたもので、高さ約30メートルもあり、世界一の峡尖美として名高いノルウェーのハルダンゲル峡尖に勝るとも劣らないことから、その名を直訳して名付けられました。ちなみに流紋岩というのは、火山岩、つまり火山から出てきた岩の一種で、二酸化ケイ素を多く含んでおり、そのために粘り気が強いものです。ハワイの溶岩流みたいに遠くまで流れないものです。浅間山の溶岩は、安山岩なので、流紋岩に比べると多少は流れます。だから、爆発力も流紋岩の火山よりはしません。ちなみに流紋岩の仲間に黒曜石があったりします。逆に、さらさら流れる溶岩が玄武岩。富士山や伊豆七島の火山に多いですね。溶岩のサラサラ具合を式に表すと

 玄武岩(伊豆) > 安山岩(浅間山) > 流紋岩(尖閣湾)

 ということになりますね。まあ、そんなことはどうでもいいとして、この岸壁の示す地形は、非常に興味深いですね。流紋岩が流れる火山は、日本では非常に少ない(昭和新山くらい)ので、巨大な流紋岩の絶壁をじかに見られるというのは、非常に幸運なことです。私も、ついつい見とれてしまいました。変な話ですが、佐渡島に住んでいるところは、こういうことになったが興味がなかったので、少し感慨深いです。

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 私が流紋岩に見とれていると、息子の方は、波に見とれていました。
 波がよほど珍しかったんでしょうね。
 じっと見つめながら、ピクリとも動こうとしなかったです。

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 あまり動かないので、もっと近くで波を見せてあげようと、洞窟をくぐってグラスボートの乗船場まで連れて行きました。すると、大波がおしよせ、嫁さんが息子を置いて逃げ出すしまつ。息子は足元がびしょ濡れ。まさに「親不知子不知」だったので大笑いしてしまいました。海を知らないと、こういうことがおこりえるんですよね。

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このあとは、水族館へ。

ここの水族館の面白いところは、サザエとかヒトデなんかに実際にさわれるところです。水槽の魚たちも、近くの旅館の晩飯とか、寿司屋にでてきそうな美味しそうなものばかり。つまり料理する前の魚の姿がわかるわけで、イシダイとマダイの違いがわかって、どの魚を食べたのかがわかるところです。

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ドクターフィッシュにもさわれます。

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タツノオトシゴの展示も面白い

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おまけにタライ船にも乗れる。
小さなプールにタライ船があるんです。

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ちなみに、この尖閣湾は、メロドラマ「君の名は」のロケで有名になったところですが、この「君の名は」のラジオドラマがはじまると全国の銭湯の女湯が空っぽになったというほどの人気で、映画が上映されると、1億人も動員するという記録がでたくらいの人気でした。ちなみに当時の日本の人口は8000万ですから、すごい人気でした。だから尖閣湾は、全国的に有名な観光地になったわけです。

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サドガシマン。
ここにも戦隊ものが・・・・。

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 しかも、島民にしかわからないギミックがかくされています。ザクザクゴールドは、大佐渡の象徴で、シマナガシブルーは、国仲の象徴ですね。で、トキレッドは、小佐渡の象徴でしょう。

 まぁそんな事は、どうでもいいとして、群馬県の嬬恋村にも戦隊ものを作ろうという話はあったんですね。愛妻家協会の山名さんが、村長や議員さんの前で、愛妻家の聖地として嬬恋村を売り出していこうという講演会を行っているときに、嬬恋村の議員さんたちが、どこかの役者さんか、アイドルを使って、愛妻家戦隊みたいなものをやろうじゃないかと、言う意見ががあったんですよ。

 その時に、博報堂の山名さんは、役者やアイドルなんかが、戦隊モノをやったとしてもだれも振り向きはしません。そんなことをやってもムダですと、はっきり言いました。犬が人間をかんでもニュースにはならないんですよと、そういう風に否定したわけです。ニュースになるのは、犬が人間を噛んだ話ではなくて、人間が犬を噛んだ話なんですね。なるほどと思いましたよ。

 じゃぁ人間が、犬をかみつけばいいんですよね。アイドルや役者が戦隊モノをやったて、誰も見向きはしませんが、もし、嬬恋村長と嬬恋村の議員たちが、着ぐるみを着て「愛妻戦隊ツマゴイジャー」をやったら、 NHKどころかCNNで世界中に放送されて、嬬恋村の観光客が10倍になることは間違いないですよね。

 これは良い案だ!
 ぜひ実行しよう!

 と、私と博報堂の山名さんは、ものすごく盛り上がったのですが、議員も村長も誰も動いてはくれませんでした。はっきり言います。この話をここに公開したのは、もう嬬恋村では、この動きはないと踏んだからです。もし他の市町村が、このアイデアを実行したならば、どんな過疎地であっても、世界中の注目を浴びる事は間違いないだろうと思います。このブログを読んだ、過疎地に悩む自治体の方々は、ぜひ実行してもらいたいと思います。やり方によっては、フナッシー以上に売れるときすき思います。

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 話はそれました。
 尖閣湾には遊歩道があります。
 実はこの遊歩道が凄いですよね。
 崖ぞいに遊歩道があって、
 その反対に田んぼがあって、しらさぎが飛んでいたりするんです。
 昔は朱鷺も多かったとききます。

 新潟や佐渡できは、むかしは、朱鷺のこと「ツウ」とか「ドゥ」といって鳥追い歌で憎き鳥のひとつとして歌われました。一番はスズメ。二番はシラサギ。三番目はドウ(朱鷺)なんですよ。ちなみに佐渡島には鶴はいませんから、鶴の方言はありません。

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 尖閣湾の遊歩道を歩いた後は、
 車を走らせて、北片辺に向かいました。

 北片辺には3年ほど住んだことがあります。
 ストリートビューでみると、こんなところです。

https://www.google.co.jp/maps/@38.1547896,138.3006662,3a,75y,197.64h,90t/data=!3m7!1e1!3m5!1sJ0Bkof7gEfhss9VnnvX1Xg!2e0!6s%2F%2Fgeo1.ggpht.com%2Fcbk%3Fpanoid%3DJ0Bkof7gEfhss9VnnvX1Xg%26output%3Dthumbnail%26cb_client%3Dmaps_sv.tactile.gps%26thumb%3D2%26w%3D203%26h%3D100%26yaw%3D20.071798%26pitch%3D0!7i13312!8i6656!6m1!1e1?hl=ja

 ここは、劇作家・木下順二が斎藤トラさんから民話「鶴女房」を聞き出して、それをもとに「夕鶴」として発表しています。そのために夕鶴のふるさととして売り出しているらしいのですが、私は首をひねっています。

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 実は、私の母親は、小学校の教員で、私が0歳のときから3歳に北片辺小学校に赴任しています。当然のことながら私は、0歳から3歳まで北片辺に住んでおり、土地の老婆から大量の昔話を聞かされていますが、一度たりとも「鶴女房」の話は聞いた覚えが無いのです。もちろん忘れてしまっている可能性がありますが、他の話は聞いたことがあるのに「鶴女房」だけはない。

 で、6歳くらいになって「鶴の恩返し」を知ったわけです。で、小学校の5年生くらいになって、郷土学習で「鶴女房」を初めて知ったわけですが「あれ?」と思った。「鶴女房」と「鶴の恩返し」は全く別の話だったからです。

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 まず「鶴の恩返し」のテーマはご恩返しです。主人公も老人です。

 しかし「鶴女房」はラブストーリーなんですよね。主人公は若者であり、それを見初めた鶴が嫁になるけれど、夫に裏切られて泣く泣く去って行く話なんですよ。この二つは、全く別な話なんですよね。で、ふと気づいてしまった。佐渡には鶴はいないことに。しかも北片辺。絶対に鶴がいなさそうな場所なんですよ。冬の北片辺に鶴が生息できない。

 そもそも鶴の羽は白いわけです。白い羽で機織りしても、白い生地が出来るだけなんです。それが綾錦という反物になって大儲けする設定が不可解なんですよね。しかし、もし鶴でなくて、朱鷺だったらどうか? 淡いピンク色の反物を織ったとしたら、かなり貴重な反物になっても不思議は無い。そもそも朱鷺の方言は「ドゥ」または「ツウ」なので、木下順二が斎藤トラさんから「鶴女房」を聞き出しているときに「ツウ」を鶴と聞き間違えてもおかしくはないわけで、私は、「鶴女房」は「朱鷺女房」であり、鳥取の「鶴の恩返し」とは全く別の話では無いかと思っています。

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 ちなみに北片辺の手前に「鹿野浦」という地域があって、むかしは、ここに大量の農地がありました。今は、田んぼが放棄されているみたいですが、この山側にも田畑が大量にあったと記憶しています。しかし、この「鹿ノ浦」には、どういうわけか民家が無いんですよね。民家が無い理由は、安寿と厨子王の呪いのせいだと言われています。

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 これが安寿塚ですが、安寿と厨子王の話は、誰もが知っていると思います。映画にもアニメにもなっていますからね。映画やアニメでは、立身出世した厨子王が、佐渡でめくらになった母親と涙の再会をして、めでたし、めでたしでおわるのですが、「鹿野浦」につたわる安寿と厨子王の話は、もっと悲劇的です。救いようが無いのです。

 安寿姫と厨子王丸は、越後の直江津で、山岡太夫のため人買船に売られた。母は佐渡の島の鹿野浦に連れて来られ、虐待のはて盲目になってしまった。

 安寿恋しや ほうやらほう
 厨子王恋しや ほうやらほう

 と、毎日唄いながら、粟(あわ)の番の鳥追いをしていた。厨子王は出世して安寿とともに、母を迎えるため佐渡へ渡って来た。そして鹿野浦にいる母を探し出した。しかし、盲目の母は、いつも村の悪童どもに、おれは厨子王だ、安寿姫だと、だまされていたので、実際の安寿姫があらわれても嘘だと言って信じなかった。そして持っている杖で、打って打って、とうとう殺してしまった。それから、この「中の川」は、安寿姫の涙のために、毒が流れるようになった。その後、この鹿野浦は、その祟りで一軒も住む者もなくなり、村人は全部片辺村の北に移住してしまった。これが、現在の北片辺村であるという。また、母を虐待した佐渡二郎の子孫はみんな死に絶え、その家のあったところも荒れはてて、なにを蒔いても生えないといわれている。ちなみに

片辺・鹿野浦 中の水は飲むな
毒が流れる 日に三度

と、唄われているという。

http://www.s-life.ne.jp/pc/densetu/aikawa6.html (より参照)


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 実は、この伝説には裏があります。この「鹿野浦」には、粛慎(みしはせ)人が住んでいたんですよね。佐渡には、大勢の粛慎(みしはせ)人がいて漁労生活をしていたようなのですが、ほとんど滅び去っていていて、最後には「鹿野浦」くらいにしかいなかったんです。その最後の粛慎(みしはせ)人も川から流れてくる毒水で全滅してしまいます。

 その毒水の原因が鉱山です。「鹿野浦」の上流に鉛鉱山があったんですよね。鉛は金の精錬に必要だったんですよ。で、鉛の鉱毒が流れてしまった。だから粛慎(みしはせ)人が全滅したわけだし、その後に民家もできなかった。それが、安寿と厨子王伝説に転換されたのではないかと思います。

 それにしても、ここらに昔は、粛慎(みしはせ)人の碑があった気がするんだけれど、今は見当たらないですね。どうしたんだろうか? 安寿塚で売るには邪魔な存在だったのか? どうなんだろうか?


つづく。

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posted by マネージャー at 00:39| Comment(0) | TrackBack(0) | テーマ別雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月10日

おもちゃ王国 フリーパス1

 息子を連れて、おもちゃ王国に行ってきました。といっても、何回も何回も遊びにはいってるんですが、今回は初めて親子3人でフリーパスを使って遊んでみました。軽井沢おもちゃ王国は、入園券とフリーパスがあります。入園券があれば、いろんなオモチャが揃っているパビリオンに入り放題だからです。

 しかし、ジェットコースターやゴーカートなどの乗り物に乗るには、フリーパスがお得なわけです。というわけで、今回はフリーパスを使って、いろいろな乗り物にチャレンジしてみて、その体験を今後、お客さんたちにアドバイスができるようにしなければならないと思ったわけです。

 で、フリーパスを使って親子3人で遊んできたわけですが、実際に自分で遊んでみて初めて分かったことが多かったし、気がついたことも多かったです。

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 まずフリーパスですが、必ずしも家族全員が必要とは限りません。おじいちゃんおばあちゃんが一緒だった場合や、幼児連れの親子3人の場合は、全員必要では無いようです。息子は2歳ですが、 2歳だと必ず親の付き添いが必要になるわけですが、付き添いは座席の関係上1名に限られてくるわけです。乗り物の大半は2人席なんですね。そうなると、お母さんと息子が一緒に乗り物に乗って、お父さんがそれをビデオカメラにとると言うケースが大半なのです。なので、せっかく買ったフリーパスがちょっと無駄になるわけです。

 あと、面白いと思った事は、おもちゃ王国の中に、 2つのグループができていることです。 1つは入園券のグループで、その人たちは、ただひたすらにパビリオンで遊んでいます。もう一つはフリーパスのグループで、パビリオンなんかには目もくれずに、ただひたすらに乗り物に乗っています。

 そして料金の関係かフリーパスを使って遊ぶ人たちは少数派なので、どの乗り物にも、たいして待たずに乗れちゃうわけですね。つまり、あっという間に、一巡してしまうわけです。そしてそれぞれが、好みの乗り物に何度か乗るわけですが、何度も同じような人たちと顔を合わせるわけです。で、小さな見知らぬ子供たち同士が仲良くなったりするわけですね。

 あと、面白かったのは、おもちゃ王国に行ったのが、平日だったこともあったためか、スタッフさんたちが、 2つの乗り物の運転を掛け持ちしていたりしていました。すべての乗り物に従業員がいるわけではなくて、例えば、お客さんがコーヒーカップの前に待っていると、どこからともなくスタッフさんが現れて、動かしてくれるわけです。

 今は紅葉の時期なので、森の中にあるおもちゃ王国は、落ち葉だらけです。それを掃除しながらスタッフさん達は、乗り物を運転しているので、「あれ?  誰もいないなぁ」と思っていると、岩の植え込みの中から、突然、竹ぼうきを持ったスタッフさんたちが現れて、メリーゴーランドを動かしてくれたりします。

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 あと面白いのは、スタッフさんたちによって、接客の仕方がバラバラなんですよね。若い女の子なんかは、マニュアル通りの対応をします。きっとアルバイトなのでしょう。

 ところが、それとは別に神様レベルの対応をしてくれる男性スタッフの方もいます。うちの息子を何度も抱き上げてみたり、一緒にトランポリンを飛んでくれたり、乗り物に乗っていると、大げさなくらいに笑顔で手を振ってくれていたり、思わず感動がこみ上げてきそうになるほどのホスピタリティーを発揮してくれたりします。どう考えても、仕事の範囲を超えた接客をしてくれるスタッフさんもいるんですよね。

 話はかわりますが、うちの嫁さんは、午前中いっぱいで、宿のほうに帰らなければいけませんでした。平日とはいうものの、紅葉シーズンですから、大勢のお客さんの予約が入っていたからです。なので、午前中は嫁さんと息子が乗り物に乗って、私はただひたすらカメラマンに徹していました。そして、午後から嫁さんは宿のほうに帰っていきました。私は残された息子と2人きりで、午後いっぱいを遊ぶ予定でいました。

 平日だったために、乗り物に乗るお客さんは少なかった。なので、大半の乗り物に従業員さん達はいなくて、お客さんが入口に来たときだけ、どこからともなくスタッフさんが現れて、乗り物の運転をする。そういうシステムで、おもちゃ王国は運営されていました。といっても待ち時間は、 10秒もなかったと思います。すぐに現れるのです。

 最初は、変だなぁと思っていたんですよね。
 誰もいないのに、突然、スタッフさんが現れるからです。

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 しかし、よくよく観察してみると、その理由が分かりました。スタッフの人が、竹ぼうきで落ち葉を拾いつつも私たちの動向を見ているんですね。マークされていたわけです。どこそこの乗り物に行きそうだと察知したら、すぐに駆けつけるわけです。そして溢れんばかりのホスピタリティーを発揮するわけです。保育士の先生のように接してくれるんです。明らかに、仕事の枠を超えているわけです。たとえば制限時間五分のトランポリンを十分かけて一緒に遊んでくれたりする。アルバイトっぽい女性スタッフの人は、けっこう口うるさい人もいるんですが、そういうことをせずに、体全身で一緒に遊んでくれる。こっちの胸が一杯になる。

 どうしてこんなに親切なんだろうなぁと、考え込んでしまいました。

 あ!

 そういえば、親切にしてくれるようになったのは、嫁さんが宿のほうに帰ってからだなぁと。ひょっとしたら、訳あり夫婦と誤解されたのかもしれない。下手したら、離婚していて、私が息子に面会にやってきたと思われたのかもしれない。で、おもちゃ王国は閉館と同時に、私は息子とさよならすると同情されて、それで親切にしてくれたのかも…… 。

 いや、さすがにそれはないか。
 あのスタッフさんは、そこそこ偉い人で、
 ホスピタリティーの達人だったのかもしれない。
 そう思っておこう。


つづく。

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posted by マネージャー at 20:49| Comment(2) | TrackBack(0) | おもちゃ王国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月11日

おもちゃ王国 フリーパス2

 おもちゃ王国には、入園券とフリーパスの2種類があります。入園券は、 1100円(ブルーベリーで買うと700円)です。それに対してフリーパスは2,900円(ブルーベリーで買うと2,200円)もします。どう違うかと言いますと、入園券だとパビリオンにしか自由に入れません。ジェットコースターなんかに乗るためには、それぞれ400円位のお金を払わないといけないわけです。それに対してフリーパスは、 2,900円もしますが、ほとんどの乗り物に乗れるわけです。 4つ以上の乗り物に乗るんであれば、フリーパスの方がお得なんですね。

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 では、フリーパスでないとダメかというと、そう単純な話では無いようです。 2歳児や3歳児の場合は、乗り物よりもパビリオンの方が喜ぶかもしれないからです。うちの息子に限定して言えば、怖いジェットコースターに乗るよりも、大量のおもちゃが所狭しと並べられているパビリオンの方が楽しそうにするからです。下手したら4歳児・ 5歳児もパビリオンを好むかもしれません。小さな子供たちにとっては、ジェットコースターなどよりも、手に入りそうもないような、おもちゃの大群の方が、うれしがるような気がします。なので今後は、小学生以上にはフリーパスをオススメし、 5歳以下の未就学児には、入園券をオススメしようかと思っています。

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 ただし、5歳以下の未就学児であっても、フリーパスを使って楽しめる施設があります。チューチュートレインです。もしフリーパスを買ったならば、このチューチュートレインで、園内を1周すると良いかもしれません。時速4キロぐらいでゆっくり走るタイヤ式の電車ではありますが、園内をぐるりと回りながら、いろいろな設備を解説をしてくれます。だから、チューチュートレインは、入園直後、 1番最初に乗車すると良いかもしれません。いろいろな樹木の説明とかしてくれますので、大人でも感心しながら解説を聞くことができますし、大雑把におもちゃ王国を把握することもできます。

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 その後に、優先して乗るべきは、大観覧車かもしれません。これもチューチュートレイン同様に、のんびりとした乗り物ですが、観覧車から見られる景色は日本一の絶景なんですよね。もし、天気が良好であれば、早い時間に乗った方がいいです。北軽井沢は、標高1,000メートル以上ありますので、山の中と言っても過言ではありません。山の天気は、午前中が良くて、 後から悪くなるのが一般的です。せっかくの素晴らしい景色も、曇ってしまったら意味がないです。また、急に風がでてくる可能性もあります。なにしろ山の中なのです。だから、晴天であるならば1番最初に乗るべきなんですね。そして、 3回でも4回でもリピートして乗ってしまいましょう。それだけの価値はあります。

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 そしてもし、夕方になっても天気が崩れてなければ、もう一回乗ってもいいかもしれません。夕日が綺麗だからです。といっても、 6月では夕日は見られません。日没になる前に閉館してしまうからです。 10月から11月にかけてしか、大観覧車から素晴らしい夕日や夕焼けは見られないのです。しかも、閉館直前に大観覧車に乗ろうとするお客さんなんか、ほとんどいませんから、何回ぐるぐるまわっても、スタッフの人達から文句を言われる事ありません。素晴らしい夕焼けを何度も何度も、しかも高さや角度を変えて見られる贅沢は、最高なんですよね。

つづく。

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posted by マネージャー at 23:23| Comment(0) | TrackBack(0) | おもちゃ王国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月13日

おもちゃ王国 フリーパス3

 50すぎてから息子が生まれて、家族旅行とやらをしてみましたが、独身時代の一人旅と家族旅行は、似て非なるものですね。自分の趣味を追求する旅と、息子が喜ぶ姿をみる旅ではまるで違う。これは、実際に自分で家族旅行をしないと気が付きにくかったですね。
 
 で、うちも宿に何が足りなかったが分かって、宿の設備を大幅にかえました。子供用便座や、手洗い場の踏み台を用意したり、子供用のおもちゃを出したり、軽井沢おもちゃ王国について真剣に研究したりして、使い方をブログで説明したり、おもちゃ王国のチケットを大々的に販売しました。
 
 そして、思ったことは、フリーパスを楽しめるのは5歳くらいからで、5歳以下は、おもちゃの方を楽しむお子さんが多いということですね。未就学児のお子さんには無理にフリーパスを買う必要はない。入園券で充分かもしれない。

 しかし、例外もあるんですよ。自然遊園。つまり『わくわく大冒険の森』だけは、5歳以下でも楽しいかもしれないんですよ。もちろん、500円払えば、入園券の御客様も遊べるんですが、制限時間が30分なんですよ。けれど、フリーパスなら何回も入場できるから1日中遊べるんです。

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 で、この手のアウトドア施設。つまり『わくわく大冒険の森』は、幼児の遊び心に火をつけるみたいなんですよね。2歳6ヶ月うちの息子が一番、喜んだのは観覧車でもメリーゴーランドでも無く、『わくわく大冒険の森』なんですよ。この施設なら自分のペースで遊べるし、選択肢も多いし、とにかく夢中になって身体を動かすんですよ。

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 また、親からしてみても、乗り物でポケーっとしているよりも、身体を動かしてもらったほうが嬉しいし、現に『わくわく大冒険の森』が面白かったというお子さんは、宿に帰って食事をしたら、ぐっすり寝ちゃいます。宿ではしゃぎまわったりしません。ほんとうに、行儀良くしています。

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 思うに、どの親御さんも、こういう施設で子供さんを遊ばせたいのではないのでしょうか? そういう意味では、あえてフリーパスを買うという選択肢もなきにらずです。現に、何度も軽井沢おもちゃ王国で遊びに来るリピーターさんたちは、そうしています。玄人むけの施設かもしれません。

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 で、ここを卒業したお子さんが、次に向かうのが、ルオムの森のスウィートグラスアドベンチャーだったりします。これについては、また次の機会に解説したいと思います。それまで待てない人は、下記のサイトをごらんください。

http://luomu-mori.com/sga/

つづく。

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posted by マネージャー at 19:13| Comment(0) | TrackBack(0) | おもちゃ王国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月16日

ライダーさんたちが集う店、ソニアン

 北軽井沢の桜岩地蔵尊の側にあるお店。
 ライダーさんたちが、よく立ち寄る店です。
 久しぶりに、それこそ10年ぶりに入ってみました。

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 あいかわらずパスタが美味しかったですね。味は薄めで、量はたっぷり。パスタもピザも1000円から1200円。1600円の肉料理もあります。おすすめなのがパスタですね。いわゆる洋食屋さんですが、座敷とカウンターがあって、ちょっと大衆的です。北軽井沢ブルーベリーYGHから歩いて15分くらいでしょうか? 車なら5分ですね。北軽井沢ブルーベリーYGHで、夕食をとられない御客様は、ここを第一候補にしてもよいかと思います。近いですからね。

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店内は、けっこうオシャレです。

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ライダーさんたちが集う店です。
もちろん御主人も、バリバリのライダーさん。

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ボンゴレッソ。
御客様にライダーさんが多いせいか、パスタの量はけっこうあります。
それでいて、ダシがきいていて美味しい薄味。
魚介もたっぷりなので驚きました。
正直言って美味しいです。

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魚介のパスタ。
こっちは、もっと美味しかった。
こちらもスープが絶品で、薄味なのに魚介のダシがきいていて美味しかった。

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吾妻郡長野原町北軽井沢1990-422
0279-84-6565
営業時間 11:30〜21:00
定休日 火曜
駐車場 あり
メニュー 洋食
お値段 パスタ(各種) 1000円から


つづく。

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posted by マネージャー at 19:53| Comment(2) | TrackBack(0) | 北軽−グルメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月18日

「KAFE」っていうカフェ

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北軽井沢の超人気店。地元民がワンサカおしよせていた『ゆうゆう』が閉店になりました。で、かわりにできたのが「KAFE」っていうカフェ。スペルの間違い(CAFE)ではなくて、Kahve haneのショートバージョンらしく日本語でカフェという意味らしい。スタッフの土井君が取材してきました。私も後で食べに行こうかと思っています。

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店内は、ゆうゆうさんの頃と変わっていません。
変わったのは、メニューですね。
ちょっとオシャレになっています。

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ゆうゆうさんは、親父ギャグのかたまりのような人でしたけれど、この店マスターは、東京ぽくて、ちょっと洗練されている感じの人のようです。

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https://www.facebook.com/pages/KAFE/1129993943683728?fref=ts
群馬県吾妻郡嬬恋村鎌原鬼の泉水1486-100
0279-86-5088


営業時間
月: 10:00-17:00
木-金: 10:00-17:00
土-日: 8:00-17:00

休み →火・水曜日
夏休み期間は基本無

TEL 0279-86-5088
E-mail kafe.igrek@gmail.com



つづく。

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posted by マネージャー at 06:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 北軽−グルメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月19日

にわとり食堂

 ごぞんじ『ちゃたまや』の食堂です。

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 スーパーツルヤ・軽井沢のレストランやホテルで使われ続けている卵の生産農家です。

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『ちゃたまや』とは、今や世界的に有名になった小諸の養鶏場です。ここを有名にしたのは「えるごらん命」という玉子。天然抗酸化物質「エルゴチオネイン」を高濃度に含んだ世界初のたまごを開発ししましたが、これが「えるごらん命」という卵です。その抗酸化力は、ビタミンEの7000倍。東京海洋大学大学院の大鳥敏明教授とちゃたまや社長の滝沢栄喜が3年書けて共同で開発し、アミノ酸の一種であるエルゴチオネインという地球上で一番強い抗酸化作用がある栄養素を世界で初めて卵に高含有量を移行させることができました。エルゴチオネインはビタミンEの7千倍の抗酸化作用があります。体内の活性酸素を消す効果や髪の毛が抜けるのも抑える効果や、メラニンを抑えるので美肌効果もあります。まさにアンチエイジングな卵です。

http://www.chatamaya.com/erugoran.html

 ちなみに「えるごらん命」は、卵の黄身につまようじ10本立んですよね。
 その実験をしたブログがあるので、ちょっとのぞいてみてください。

http://shop.plaza.rakuten.co.jp/auc-machhurrier/diary/detail/201503260000

 どうでした?
 凄い卵ですよね。
 だから手に入りにくいし、値段も1個150円というびっり価格。

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 話がそれました。
 にわとり食堂です。
 ちゃたまやのにわとり食堂に行ってきたんですよ。
 これが、その建物です。

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 で、嫁さんが注文したのが、にわとりセット680円。
 茶碗蒸し・おひたし・卵焼き・焼売・鶏そぼろ。
 おひたしには、鰹節ならぬ鳥節がかかっていました。
 茶碗蒸しにも鳥とつくね。
 卵焼きは、上品な味です。
 とりそぼろには「えるごらん命」です。
 一個150円の卵がのっている。
 最強のアンチエイジング定食です。

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 ちなみに私が注文したのが親鳥白湯ラーメン+そぼろ丼セット1100円。「えるごらん命」のそぼろ丼に親鳥白湯ラーメン。この親鳥白湯ラーメンが美味しい。あっさり味なのに癖になる。もう1杯食べたくなるんですよ。ああ、思い出しただけで腹が減ってきました。

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 ちなみに私は、美味かったら「美味い」と店員さんに伝えます。支払いの時に「うまかったよー」と絶賛して店の写真を撮っていたら店内から業者さんらしきブルーのつなぎを着た男が出てきたので、てっきり店によく食べに来る常連さんだと思いこんで
「ここの店、うまいよねえ」
と馴れ馴れしく言ったら、ちゃたまやの社長だった・・・・orz。しかし腰の低いおっさんにしか見えない社長だったので、ずうずうしくも写真をとらせてもらい、忙しいだろうに世間話をしてきました。めいわくだったろうなあw

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「鳥にこだわったメニューだねえ」
「なにせ7万羽飼っていますから、卵も鳥も材料のすべて、うちの製品です」
「1品1品こだわっているよね。知り合いに拡散しとくよ。社長は、東京の人なの?」
「親父が移住組で、私は二代目です」

 先代は、農水省、東京農工大、農業高校の教員として仕事をしていたらしいのですが、農業高校の教員になってから4年ぐらいで眼を悪くして続けられなくなってしまいました。そこで今まで生徒に教えていた農業を自分で行うことにし、最初は鶏3千羽、豚5頭、りんご、シイタケから始めて7年間かけて何で生計を立てていくか見極め、養鶏で生計を立てていくことにしたのだそうだ。息子さん(現社長)は、高校卒業後東京農大の畜産学科に進学し、家畜飼養学研究室でエサの勉強を専攻し、29歳の時に社長になったとのこと。

 卵は物価の優等生と言われ、安いのが良いとされているのに高くても、おいしさの違いのわかる質の良い卵を作ろうと思い、質にこだわった卵をつくったそうです。その彼の製品への情熱は、スーパーのツルヤに認められてツルヤさんの成長に合わせて大きくなってきたのですが、現状維持はできるけれどもこれ以上納品数を増やすことはできないとお断りしている状態。以前は営業をしていたにしいけれど、今はほとんどしてなく、先方が見つけてくれることが多いらしい。どうりで、ホームページがしょぼいと思った(失礼、褒め言葉ですよ社長!)。業務用も多く80社くらいと取引があるとのこと。一流店のパテシエが、探しに探して、ここの卵にいきつくらしい。確かに知ってるパテシエが、ちゃたまやしか使わないと言っていたなあ。


<にわとり食堂>
長野県佐久市桑山102−1ちゃたまや隣り
電話番号 0267-51-5810
営業時間 11:00〜16:00
定休日  いまのところなし
http://www.chatamaya.com/


つづく。

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posted by マネージャー at 06:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 小諸市 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月20日

ハコニワ食堂

ハコニワ食堂

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 北軽井沢の信号前に4WAY北軽井沢という雑居店舗があるんですが、そこにある店は、よく潰れるので今まで取材は控えていました。以前はカレー屋イエローフォックスがあったんですが、ここも取材後に潰れましたし、そこにハコニワ食堂がオープンしたのは知っていたのですが、どうせ潰れるんだろうなあと思っていたら、善戦している。以前、火山学でお世話になったことのある群馬大学の早川教授もツイッターなどで「ボンヴィボンの再来」などと大げさに絶賛しているので、また早川先生も大げさなことをいうなあ。本当かよ?と思いながらも、半信半疑ででかけてみました。不味かったら紹介しないつもりで。

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 で、実際に食べてみたらビックリ。
 というより、まさかの腕。
 調理人なら分かる、かなりの腕。

 もちろん一人でやっているので、メニューは少なめで、サービスなど行き届かないケースもあるし、店内の内装も、盛りつけも決してオシャレというわけではないけれど腕は確か。東京の一流店にいてもおかしくない腕。素材に対する目利きもよく、味に関しても私ごのみの薄味。それでいてオリジナリティーのある味。盗みたい味です。

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 注文したのは、豚のステーキ980円と、鳥のステーキ880円。

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 好みに合わせて、ワサビ・塩・胡椒も皿のふちについています。
 これなどは見てくれよりも食べるときの
 御客さんの遊び心を重視したためかもしれませんね。

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 これは鳥のステーキ。
 肉の下には、絶妙に味付けされた野菜がたくさんあって、
 それが肉の旨味をひきだしていて、
 すごく美味しいのだが、基本的に薄味。
 素材中心主義なのかもしれない。

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これは豚のステーキ。
やはり下に野菜がたっぷり。

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 しかし、驚いたのがスープ。
 これが一番美味しい。
 美味すぎるので真似したいけれど、
 ちょっとレシピがわからなかったです。
 もちろん野菜たっぷり。
 野菜のダシがきいています。

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 軽井沢や北軽井沢には、オシャレな店は多いのですが、ここはそういう店では無くて、大衆食堂ぽいんですよね。大衆食堂に、一流のシェフがいるという感じ。もったいない。もったいなすぎる。ホームページも作ってないようだし、ブログも更新されてない。知られてないがために、損をしていると思いましたね。

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 しかしながらマスターは、意外に若い人。30歳ぐらいだろうか? 話し好きで、だれとも気さくに世間話をするので旅好きな人なら相性はいいはずです。彼は3年やって駄目なら店をたたむと言っていましたが、こういう人材を北軽井沢から去らせてはいけないと思ったので、今後、北軽井沢ブルーベリーYGHは、この店を一押しにします。たのむから頑張ってください! 食べログなんかでも評価が低いけれど、私なら5つ星つけるんですけれどねえ。腕を正しく評価されてない気がします。きっと、店構えがいけないんだろうなあ。もしくは人手が少なくて、体調とかに波があったのだろうか?


377-1412 吾妻郡長野原町北軽井沢1988-75 4WAY北軽井沢108
http://ameblo.jp/chantakeuchi/


つづく。

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2015年11月21日

高原野菜を作っている農家さんを見学してきました

 先日、農家さんの家に見学に行きました。

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 北軽井沢も嬬恋村も高原野菜を売りにしているところなので、農家さんの実態をもっと勉強しなければならないなあと思っていたのですが、うちの若い御客さんが、農家のところにお嫁にはいったので、そのお祝いもかねて農地の見学にいってきました。

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 農家といっても、若い頃からユースホステルを使って世界中を旅した人で、その後、長野県の川上村で3年間レタス農家でバイトしたあとに、一念発起し、跡継ぎのいない農家から畑を借りて新規で農業をはじめた人が旦那さんです。お嫁さんは、都内にある日本最高峰のホテルマンだった人で、うちの宿の常連さんでした。この二人が結婚したわけです。

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 で、どうして私が農家や農業の研究をしているかというと、うちの御客さんに農家さんが多いんですよね。もちろん最初は分からなかったです。軽井沢に遊びに来る御客さんや、おもちゃ王国に家族で来る御客さんばかりだと思っていました。また、登山客だとも思っていました。実際、そのとおりなんですけれどね。宿帳の職業欄にも「会社員」とか「公務員」と書いてあるし。

 しかし、よくよく話を聞いてみると農家さんなんですよ。登山やってる人が農家だったり、ファミリーの御客さんでも、おじいちゃんたちだけは畑をやってたりする。「会社員」や「公務員」であっても農家さんであることが多いんです。だから食事にだす野菜のことをよく知っている。で、どうして嬬恋村なんかに遊びに来たかというと、もちろん目当ての一つが軽井沢のアウトレットだったり、おもちゃ王国だったり、登山だったりするわけですが、もう一つ別の目的があったりする。

 そえです!
 嬬恋村の農地の見学も、
 目的の一つだったりする。

 それを知ってから「うっかり下手なことは言えないなあ」と思ったわけです。なので機会があれば多くの農家さんの見学に行くことにしているのです。

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 これが畑です。
 いい土です。
 大根なんかは、2歳の息子でもスポッと抜ける。
 力が全くいらない。

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 これは種苗育成につかうハウス。

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 畑には、自家用野菜が。で、白マルチ(白いビニール)なのが不思議で質問してみたら、土の温度を下げるために白マルチを使っているらしい。

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 ネギをみせてもらいました。
 素晴らしいネギです。
 で、感動のあまり写真にとったら、いただいてしまった。

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 その他に、ピーマンやら、白菜やら、大根までもらってしまいました。ピーマンなんか、香りがすごくて、部屋においといたら、部屋中にピーマンの甘い香りがたちこめましたね。すごいですよ。キャベツも自家用の物を包丁できって、まんなかを生かじりしたんですけれど、甘い。

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 あんまり甘くて美味しいので、2歳半の息子が食べ始めました。

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 子育てしているお母さんなら分かると思いますが、こんな幼児が食べるわけですから、驚異的なおいしさなのが分かるかと思います。一般的に行って2歳児は、こういう青い野菜を嫌がりますから。で、キャベツの芯の近くが甘いんですよ。それも中がスカスカの方が甘い。甘いんだけれど、出荷するときに目方をかせぐために、もうすこし成長させて、中をぎっしりに出して市場にだす。だから店に並ぶ物との甘さが違ってくる。どうりでスーパーのキャベツと、朝取りの羽生田農園のキャベツのおいしさが違うと思った。

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 それにしても農業というのは奥が深い。とれたてと店頭にならぶ野菜に、これほどの差があるとは。どうりで遠くから高原野菜を食べに来る御客さんがいるはずです。外国産なんか食べられませんよ。TPPだろうが、なんだろうが関係ない。これからも私は高原野菜にこだわり続けます。



つづく。

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posted by マネージャー at 10:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月27日

ブラタモリ軽井沢について、少し私が解説をプラスします

 録画してあったブラタモリをようやく見ることができました。今回のは、なかなか良かったと思います。ただし、もう少し踏み込んだ解説が欲しかったような気もしますが、時間の制約があって、できなかったんでしょうね。今回は、碓井峠とアプト式鉄道の2つを紹介したわけですが、碓井峠に中山道と言うメインの街道を作った理由について述べていました。

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 碓井峠経由の中山道は、火砕流の上を経路にしているんです。火砕流というのは、気体と固体粒子からなる熱された土煙みたいなもので1000度もある高温の噴出物です。当然のことながら、冷えて固まってしまえば、地面はコンクリートのようになってしまいます。という事は、とても歩きやすいということなんですね。その火砕流でできあがった尾根を歩くルートを江戸時代に整備された中山道で採用されたわけです。それをブラタモリでは、わかりやすく解説していました。

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 ここまでは良いとして、これからは時間がなかったために、番組で解説できなかったところを、少し私が付け足しておこうと思います。

 実は、江戸時代以前においては、碓井峠経由のルートではなかったんですよね。今の国道18号線を通行する、入山峠がメインの道路だったんです。アプトの道と並行に走っている国道18号です。平安時代に整備された東山道は、この国道18号線、つまり入山峠をメインのドールにしていたんです。そうすれば高低差のほとんどない楽な道のりで関東から信州に入れたわけです。このほかにも、さらに傾斜が緩やかな和美峠のルートも古くからありました。この2つは、中山道とは別に物流のルートとしてよく使われました。群馬県ではなかなかコメが取れなかったので、信州から米を輸入したのですが、そのときに使われたのが入山峠と和美峠でした。

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 では、江戸幕府は、なぜ、傾斜の緩い和美峠や、標高差もなく平安時代の昔からあった最短ルートの入山峠を中山道のメインルートとして採用しなかったかというと、防衛庁の理由があったと思われます。関ヶ原のトラウマからわざわざ標高の高い碓井峠越えを選んだと思われます。

 和美峠も入山峠も谷の中をくねくねと曲がりながら通過するわけですが、これは常に崖崩れなどの災害のリスクを抱えてるわけです。当然のことながら、災害が起きたら関ヶ原の合戦のように、天下分け目の戦いに間に合わなくなる可能性があります。それ以前に、真田軍団のようなゲリラ部隊の攻撃を受けて、大軍が各個撃破される可能性も出てきます。なので、江戸幕府が作った中山道は、ほとんどが碓氷峠のような尾根歩きになっているわけです。

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 しかし、その他の裏街道は、谷を通っていたりします。和美峠も、入山峠も、田口峠も、ほとんどの峠が谷を使って最短ルートで移動しているわけです。民間人にとっては、その方が便利だったのでしょう。しかし、素早い軍隊の移動には不向きだったと思われます。そのために、大名行列でも問題ないルートに中山道を作ったわけです。ブラタモリでは、このへんに触れてなかったので、あえて付け加えてみました。


つづく。

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posted by マネージャー at 13:33| Comment(4) | TrackBack(0) | 横川・妙義山 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする