2010年06月02日

鯉のぼりも終わりの季節になりました。

鯉のぼりも終わりの季節になりました。

で、鯉のぼりで思い出したことがあります。
ある世代から鯉のぼりに対する
イメージが全く違っているということです。
これは、私と弟で、全く違ってきている。

 弟とは、4歳しか違わないのに、鯉のぼりに対するイメージが違う。もちろん、このブログを読んでいる皆さんも、私とは違った鯉のぼりのイメージをもってらっしゃる。ただし、年輩の方には、私と同じイメージをもっている人が何人かいるかもしれない。


yuzenkoi_sub.jpg


 私が何を言いたいかというと、昔は、鯉のぼりは紙製だったということです。もちろん和紙で作られていた。和紙で巨大な鯉のぼりをつくり、それに絵を描いたのです。布の鯉のぼりも無くはなかったですが、布の鯉のぼりにしても、手製なので各家々で鯉の顔つきが違っていました。

 でも、まあ、たいていの家では、紙製の鯉のぼりでしたね。
 これが弟の時代に、変化したのです。
 どの家でも工場で作られたナイロンの鯉のぼりに変化したのです。
 そして、どの家でも、同じ形の鯉のぼりになりました。

 で、どうなったかと言いますと、ほとんど風がなくても、鯉のぼりが泳ぐようになったのです。

 ハンドメイドで麺の布で作られた鯉のぼりや、紙製の鯉のぼりは、風がなければ泳がなかった。ところが、工場製品のナイロンの鯉のぼりは、少しのそよかぜで泳ぐのです。私は、子供心に親にせがみました。

『友だちの家にあるナイロンの鯉のぼりが欲しい

 今思えば、なんでナイロンの鯉のぼりを欲しがったのか? すごく後悔しているのですが、この軽薄なおねだりを私の親は、アッサリ聞き入れ、紙製の鯉のぼりは、捨てられてしまいました。こうしてナイロンの鯉のぼりが、自宅の庭に登ったわけですが、それまでの紙製の鯉のぼりと、あまりに違うので衝撃を覚えた記憶があります。


 では、どこが違ったでしょうか?


1.まず大きさです。

 紙製の鯉のぼりは、ナイロンの鯉のぼりの数倍の大きさでした。鯉は滝を登ると竜になるといわれていました。だから巨大な竜になるべく、巨大な鯉のぼりを紙で作ったのです。当然のことながら、幟(のぼり)のポールも巨大なものを使います。近所で大きさを競ったのです。

2.音。

 紙製の鯉のぼりのうるさいこと。およぐごとに、バタバタバタバタ! バタバタバタバタ! バタバタバタバタ! と、すごい騒音をだしていました。でも、それが凄くかっこよかったのも確かでした。もちろん、泳ぐうちに紙が破けてきますから、毎日のようにリペアします。和紙をはって、絵をかきなおすのです。これは、けっこう面倒なので、親は、アッサリとナイロンの鯉のぼりを買ってくれたのかもしれません。

3.形。

 紙製の鯉のぼりは、形がリアルでした。円筒形の鯉のぼりではなく、写実的な鯉のぼりだったのです。だから風が強くないと、なかなか泳がなかったのです。ただし、泳がなければ破損も少ないのでリペアの必要もありませんでした。


 さて、ナイロンの鯉のぼりが庭に登るようになってからです。鯉のぼりに神秘性を感じなくなったのです。紙製の鯉のぼりの時は、音が凄いために、鯉が空にあがっていくと、本当に龍になるのではないかと、真剣に空想したものですが、ナイロンの鯉のぼりでは、静かすぎて、そんな想像はわいてきようもありません。だから弟たちには、
「鯉が滝を登ると龍になるんだよ」
と話しても、
「そんな訳ないでしょ」
と相手にもしてくれませんでした。

 ちなみに、なぜ私の子供の頃に、紙製の鯉のぼりがあったかといいますと、祖父が絵かきだったのです。絵かきというと、横山大観の日本画なんかを思い出すかもしれませんが、じっさい祖父も、そういう絵をかいたのも確かなんですが、鯉のぼりや凧の絵も描いたのです。それが絵かきの仕事の一つだったのですね。

 で、祖父は、いろんな子供や孫のために龍に変身する鯉の絵を描いたわけです。昔の鯉のぼりに個性があったのは、そういう意味合いもあったのです。どんな龍になってほしいか、その願いをたくすように鯉のぼりを作ったのです。そういう鯉のぼりは、ナイロンの鯉のぼりとは、またひと味違っていました。

つづく。

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posted by マネージャー at 02:23| Comment(0) | 教育問題を考えてみる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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