2011年01月31日

ユースホステルは甦るのか?18

ユースホステルは甦るのか?18

 キリスト教が日本に入ってきたとき、ゴッドを「天主」と訳しました。
 いい訳だと思います。
 もしゴッドを「仏様」と訳したら誤訳になりますね。
 ゴッドと仏様は別物です。

 しかし、現代ではゴッドを「神」と訳してますね。
 これは誤訳もいいところです。
 本来、神というのは、神道における超自然的存在のことです。
 絶対神のことではありません。
 しかし、キリスト教はゴッドを神と訳しました。
 これは誤訳です。
 だから「カミ」と言われたらゴットなのか神社の神様のことなのか
 文脈から推理しないと混乱します。


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 これと同じ事が、日本ユースホステル運動にもおきています。公営ユースホステルの存在です。日本では運輸省が公営ユースホステルを作りましたが、これは文部省管轄の日本ユースホステル協会とは別の組織です。で、日本ユースホステル協会こそが国際ユースホステル協会に所属している組織であり、公営ユースホステルは、全く別物です。その理由は、公式には会員証がなくも泊まれるからです。一般的に言ってユースホステルは、会員証が無ければ泊まれないことになっています。つまり身元がはっきりしてないと泊まれないのです。しかし公営ユースホステルは誰でも泊まれます。

 これをユースホステルといって良いのか?
 普通なら駄目です。

 国際ユースホステル協会の基準に達してないからユースホステルではない。ですから公営ユースホステルが出来たときに日本ユースホステル協会は、「ユースホステル」という文字を商標登録して使わせなくするか、それが駄目なら自らを改名して「ユーゲントヘヤベルゲ(ドイツ語)」などを商標登録してユーゲントヘヤベルゲ(ドイツ語)と、そうでないものを区別すべきだったでしょう。

 ところが、日本ユースホステル協会を創設した中山正男氏と横山祐吉氏は、そうはしなかった。公営ユースホステルも、日本ユースホステル協会の中に飲み込んでしまった。彼らは、あまり些細なことにこだわらなかった。もっと大きな世界に目を向けていってたのです。


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 しかし、この大局的な判断は、将来に禍根を残します。会員証を取り扱わないということは、忙しいときに煩雑な手間をかけなくてよいということになります。つまり、そういうユースホステルが得をするということになる。公営ユースホステルと、民営ユースホステル・直営ユースホステルの間に不公平な状況が発生します。

 さらに公営ユースホステルには、減価償却費というものがありません。国と自治体の予算で建設しているので建設費を経費に入れなくて良い。もちろん銀行に借入金の利息を払わなくて良い。ただでさえ民間のユースホステルに対して有利な経営をしているのに、会員証を取り扱わないという有利な材料をもっている。そのうえ日本ユースホステル協会に支払う上納金まで払わないところさえある。公営ユースホステルは、あらゆる面で恵まれている。にもかかわらず、日本ユースホステル協会は公営ユースホステルを飲み込んでしまった。不公平になるのを承知の上で、全国各地の公営ユースホステルを日本ユースホステル協会は認可してしまった。

 どうしてそんなことをしたのか?

 一つは、利用者のためです。公営ユースホステルは大規模なものが多く、ベット数も多い。つまり学校利用などの団体利用をしやすい。そのうえ自治体運営のために自治体から援助を受けやすい。つまり良い施設を維持できる可能性がある。それにせっかく運輸省が予算をだしてくれたのだから、わざわざ水をさしたくないということもあったでしょう。

 もう一つは、中山正男氏にしろ、横山祐吉氏にしろ、海外に目が向いていた。日本のユースホステル運動をジャンジャン盛んにして、会員を増やし、宿泊数を増やし、ベット数を増やし、施設数を増やし、ヨーロッパにホステラーの使節団を送り込み、世界に注目を浴びたいという意気込みがあった。そのためには、本来ならユースホステルと言っていいかどうか微妙な公営ユースホステルまでも日本ユースホステル協会が認可したのです。


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 実は、このような大局的な判断は公営ユースホステルだけにかぎりませんでした。地方協会の認可においてもゆるいものでした。東京などの一部を除いてじゃんじゃん認可していった。しかも、実に統制がゆるかった。フランチャイズのような商法上の契約を結ぶことなく、「やりたい」と言ってきた若者にジャンジャン任せていきました。

 そのうえ、国内のユースホステル運動さえも地方協会に丸投げしてしまった。逆に言うと、そのゆるい縛りによって若者たちの活動が活発になり、日本におけるユースホステル運動は爆発的に発展していきました。地方協会なしに初期の頃の盛んなユースホステル運動はありえませんでした。しかし、最初は若かった地方協会の役員たちは、どんどん高齢化していきました。そして、いつのまにか若者たちは消えていきます。中山正男氏も横山祐吉氏も積極的に若者たちを起用しましたが、起用された人は必ずしも若者を起用するとは限らなかった。


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 まあ、それはともかく、このゆるい組織の形態と、地方協会へのユースホステル運動の丸投げ、そしてグループ活動の積極的な活用によってユースホステル運動は、大いにもりあがりました。特に埼玉県ユースホステル協会や、静岡県ユースホステル協会は、一時期、ものすごいパワーをもっていました。地方協会が観光バスを自分たちで持っていたり、海外旅行を主催したりして大儲けしていたのです。もちろん他の県も活発な活動をしていました。ある時期までは、地方協会が潤っていた時代があった。そして国内は、地方協会にまかせて世界に目をむける中山正男・横山祐吉がいた。


つづく

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posted by マネージャー at 03:17| Comment(0) | TrackBack(0) | ユースホステルの話題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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