2014年07月09日

餓死者をだした終戦直後よりも、現代人の方が摂取カロリーは低い 1

 歴史マニアが増えているらしい。

 御客さんの中にも信長がどうたらとか、秀吉がどうたらとかいう話題をだす人が増えてきた。私も歴史好きだが、そういう話題は興味が無い。というか、高校時代に通過してしまっていた。登山でいえば、高尾山みたいなもので、初心者が好む話題なのだ。司馬遼太郎あたりも麻疹(はしか)みたいなもので、あれは二十代をすぎたら粗が見えすぎて好みではなくなった。なのでNHKの大河ドラマも基本的には見ない。マイナーな人を主人公にすれば見るかもしれないが、観る前から結末が分かっているドラマは面白くない。そのうえ歴史解釈が貧弱すぎて見るにたえないシナリオも多い。時代考証も目を覆いたくなるものばかりだ。

 ここまでが前置き。
 以下、本題に入る。

 ユースホステル協会の会議や研修において、いつも話題になるのが、御客さんが食べる食事の量である。どういうことかというと、最近の御客さんは、めっきり食が細くなっているのだ。平均して一人あたり0.5合も食べないのである。これは、どの宿でも同じで、本当に食べない御客さんが多くなってきている。

 今から30年前。私が学生時代のユースホステルでは、みんな3杯飯を食べていた。平均して一人当たり1合は食べていたと思う。多い人では、5杯飯を食べる人もいた。そして昼飯を抜いた。旅費を節約するためである。しかし、今は、そういう御客さんは減っている。本当にみかけなくなった。みんな小食になってきている。

 そこで、歴史マニアの私は、さっそく調査をはじめてみた。
 で、驚愕した。

 餓死者をだした終戦直後の食糧難の時代よりも、2004年の平均摂取カロリーの方が、摂取カロリーは低いのである。

 昭和21年 1903キロカロリー
 平成16年 1902キロカロリー

 http://healthy-teeth.org/?p=290

 もちろん2004年以降も、どんどん減っている。みんな食べなくなっているのだ。

 しかし、この統計には罠がある。昭和21年の若者の人口比率は、平成16年の若者の人口比率より多い。若者は腹を空かすが、老人は食が細いので、平成16年の方が摂取カロリーが低くて当たり前といえば、当たり前である。しかし、それにしても腑に落ちないことがある。身長と体重の差である。昭和21年の日本人は、身長で10センチ。体重で15キロほど小さかった。そのぶん摂取カロリーは低くてすんだはずである。なのに昭和21年には餓死者がでている。逆に現代では、肥満が問題となっている。

 いったいどういうことになっているのか?

 歴史マニアの私は、さらに追跡調査をしはじめた。軽井沢図書館にいって、過去の食糧事情を記録した資料を物色してみたら、あった! ありました! すごい資料が。

「日本陸軍兵営の食事/藤田昌雄/光人社」

 この本の凄いところは、幕府軍の兵食システムから書いてあるところである。慶応元年の一番下っ端の兵隊の食料は、米が6合。おかずが銀2匁7部(蕎麦なら11杯食べられる)。さらに夜食までついている。当時の日本人の平均身長が155センチなので、当時の日本人はチビの大食いだったことがわかる。

 これが明治時代の屯田兵になると、もっと凄くなって、1日7合半をたべていた。十五歳以下だと5合、六歳以下だと3合であった。幼児が3合も食べていたのである。もちろん白米であって玄米では無い。おかずにしても肉魚を毎日100グラム以上食べていたので、量は現代人とかわりない。昔の人は粗食だなんて、この統計をみるかぎり、とんでもないことである。これが昭和になると昼飯にビーフカレー、夜にカツレツといったメニューになるわけだから、さらに驚く。キツネに化かされたような気分になる。いかに私たちが嘘の歴史をすりこまれていたかが分かって面白い。これだから歴史マニアはやめられない。

 ちなみに大正11年4月19日歩兵三十三連隊第二大隊の夕食が面白い。パンとシチューというメニューなのだ。昭和4年に陸軍が発表した標準献立表によれば、肉は一人当たり150グラム使用するように書かれてある。魚だと200グラムである。この量は、平成時代の若者が食べる量より多い。しかし、昭和4年の日本人は、現代人にくらべてはるかに小柄でチビなのである。しかし、当時の陸軍で使われた飯椀は、アルミ製の15センチどんぶりで、1500ccも御飯がはいるしろものだった。現代の御飯茶碗が250ccであることを考えると、いかに当時の人間が大飯ぐらいであったかがわかる。

 では、なぜ現代人は食べなくなったのか?
 答えは簡単である。
 体を動かさなくなったからである。

 というのも演習があると陸軍の食事も大量に増加されるからだ。屯田兵は、毎日が演習みたいなものだから、陸軍よりも25パーセント増しの米が配給されている。1回の食事に2合半の米を食べている。

 私も登山をやるのでわかる。縦走の時は、1日五千カロリーで計算しないと倒れてしまう。まず寒さに凍えるようになる。カロリー不足で体温を維持しにくくなるのだ。で、チョコレートを食べると、嘘のように寒さが消える。だから戦前の兵士達は飢えていたのだ。7合半食べても飢えはするのだ。今なら高カロリーなバターとか揚げ物があるが、当時は、米がメインだったので、7合半も必要だったのである。
つづく。

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posted by マネージャー at 12:21| Comment(3) | TrackBack(0) | テーマ別雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ユースの夕食は千円ちょいもするようになったわりに、
どんどん内容が質素になっていっており、
旅先での楽しみのひとつでもあるのに、、
食事がまずいので、食が進まないというのもあります。
ブルーベリーさんは、美味しいですが、他はひどいです。
なんとか改善していただきたいです。
Posted by ころん at 2014年07月11日 20:43
雨ニモマケズ…  でも一日に玄米四合…  でしたね。
Posted by Aki at 2014年07月13日 01:41
ころんさん

>どんどん内容が質素になっていっており

最近、マネージャーの高齢化がすすみ
気力が衰えている宿もありますね


Akiさん

>雨ニモマケズ…  でも一日に玄米四合…  でしたね。

あいかわらず鋭い指摘で脱帽です。
この『一日に玄米四合…』は、少量という意味で言ったのか?
それとも単に当時の農民の平均食欲をさしたのか?
それが知りたいですね。
どっちにしろ玄米4合は現代人にとって大量です。
ただし、当時の農民にとっては、少量だった気がします。
屯田兵は、7合半ですから。

つまり賢治は・・・・・?
Posted by マネージャー at 2014年07月16日 08:29
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