2014年12月19日

snsについて

 先日、近くの貸し別荘のオーナーが遊びに来た。初対面であったが、私のブログをよく読んでくれているらしく、いろいろ話が弾んだ。そのオーナーの本業は画家。そういう人は北軽井沢にたくさん住んでいる。現に、うちの宿から10メートルもいかないところに、陶芸家が店を出している。ペンションオーナーにも、絵描きの人がたくさんいて、その作品のひとつが群馬銀行嬬恋支店なんかに飾られていたりする。やたら飛行機が大好きなペンションオーナーもいた。歴史オタクのペンションオーナーもいる。実は、北軽井沢や嬬恋村の観光関係者には、そういう裏の顔があったりする。単なる宿屋というのは少なくて、何かしら自分の世界を持っている人が多い。

 まぁそんな事はどうでもいいとして、遊びにきてくれた貸し別荘オーナーとインターネットの話になった。ブログやFacebookの話である。実は私は、 Facebookやmixiが苦手である。最近は1年以上、 Facebookの更新をしてないことに気がついた。どうして苦手かというと、そこに強制性を感じてしまうからである。また、読んでる人にご迷惑をかけてしまってはないだろうかと気になってしまうことがあって、どうしても億劫になってしまうからである。

 その点ブログはいい。ひっそりと書き逃げができる。読んでる人も誰が読んでいるかわからないところがいい。この文章だって誰に読ませている?といった、ターゲットを意識しなくても良い。ひょっとしたら誰も読んでないかもしれないというのが良いのだ。ところが、 FacebookやmixiなどのSNSだとそうはいかない。友達とか、いいねボタンとかがあって、確実に誰かを意識してしまう。あと、読んでくれた人のSNSにご挨拶に行かねばならぬという、重苦しい義理関係ができてしまう。そのために気が重くなってしまうのだ。

 1年以上も前に、私は初めてFacebookをやり始めた。始めた理由は、商売のためである。これからの時代はFacebookはできないとダメかもしれないと言う宣伝に乗せられて始めてしまった。しかし、数ヶ月ほどやってみて、これは違うなと言うことが分かってしまった。

Facebookは、商売というよりも小さな友達のグループの親睦に使うのに適している。もちろん口コミなどの商売に使えない事はないが、それをやるには、図太い心臓が必要そうだ。私のようにノミの心臓持ってる人間には、とてもじゃないが使いこなせない。記事を書くたびに、 SNSの友達に情報が到着するとなると、相手に迷惑が掛かってるかもしれないと言う気分になってしまう。ましてや、いいねボタンなんかをされてしまった日には、また手を煩わせてしまったなと落ち込んでしまう。本当に本心でいいねボタンを押してくれるんなら話は別なのだが。

 これがブログやホームページとなると、誰が読んでるとかさっぱりわからない。そもそも誰も読んでないかもしれない。私はひっそり、誰も読まないようなサイトに書き込んでるだけなのかもしれない。そのほうが気が楽である。

 実はこのブログも、最初は商売のために始めていた。だから初期の頃は、盛んにトラックバックなんかをやって読み手を増やそうとしていたが、 1年後にはやめてしまった。今はもう日記がわりにブログを書いている。写真や当日何があったかを記録として残している。そしてその記録は、過去の開花情報や、過去の気象情報を調べるときに役立てたり、ホームページを作るときにデーターとして重宝している。

 塵も積もれば山となる。

 昔のものはよく言ったものだ。私が書いているこのblogの情報料は相当なものになっている。ブログを始める前はNIFTYのソフトを使ってマネージャー日記を書いていた。それも含めれば10年以上のデーター量になってしまった。それを全部、デジタル情報として残せたのは大きかった。

 ところが、 Facebookだとそれらのデータが残せないのだ。過去の書き込みはどんどんどんどん埋もれてしまって、情報が死んでしまう。情報を整理して、別のホームページに整理し直せばいいのだろうが、これがまたややこしい。 Facebookには、いろんなアプリケーションがついていたりして、そっくりそのまま他のホームページにしにくいのである。これは致命的である。

 もし、私が商売の道具として使うのであれば何の問題もないのだが、日記として記録し、それを過去データーとして他に役立てようとした場合、 Facebookほど役に立たないものはないのだ。その点シーサーブログは最高である。何が最高かというと、ブログを自分の好きな形に改造できるからである。だから私は、過去データーを利用しやすいように改造してある。お客さんが読みやすいかどうかは二の次である。

 逆に言うと、お客さん自身も私の過去データーを利用しやすいかもしれない。まぁそれは、私にも言えることであって、私が利用しやすいブログが、世の中にはごまんとある。このブログは使えるなぁ。このブログはいろいろ利用させてもらおう。そういうブログは大量にある。しかし、 Facebookにはそういうものはあまりないのだ。どちらかというと、 Facebookは今旬の情報を提供してくれるものが多い。過去の情報を調べようとする場合は、圧倒的にブログを読ませていただいている。

 そういう意味で、 Facebookは商業利用に向いているのだろう。
 ブログは日記に向いているのだと思う。

 サークルか何かの活動をサポートする場合は、 Facebookの方が良いかもしれない。個人的な備忘録は、ブログの方が向いてるのかもしれない。あとアクティブで活発的な人は、 Facebookが向いているのかもしれない。あたしのように小心者で、人様のご迷惑をいちいち気にする人間にとっては、ブログの方が気が楽でいい。ひょっとしたら誰にも読まれてないかもしれないが、そっちの方が、ほら読みなさいよと強制するような仕掛けがあるよりも、むしろ誰にも気兼ねせずに書き込みができて良いと思ってるぐらいなので、私は断然ブログの方が使いやすい。

 ただし、某テレビ局の情報によれば、ブログをやる人はFacebookをやる人の10分の1もいないらしい。ブログは、このインターネットの時代においては、圧倒的に少数派のようだ。世の中は、 Facebookの天下になりつつあるらしい。それが本当か嘘かはとりあえず置いといて、個人的にはほっとしたことも確かだ。個人的な備忘録のつもりでブログを始めているわけなので、世の中がFacebookに向かいつつあるのが、ある意味こっちの願ったりでもある。


つづく。

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posted by マネージャー at 13:11| Comment(4) | TrackBack(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
記憶ではなく記録することにネットの順当進化を感じる今日この頃です。

http://www3.nhk.or.jp/news/ontake2014/
Posted by s at 2014年12月19日 17:34
マネージャーさんは、発信者なんですね。
私は、8割くらい、ほかの人の近況を読むだけの受信者です。
面白ければコメントもするし、いいねも押すけど、自分から発信は面倒くさくてあんまりしません。

時々アップして、思いがけず反応があると、コメントしてくれた方たちのものもちゃんと読まないと、と思ったりするやりにくさ、分かります。

主に受信者の私はそう思うのも時々ですが、主に発信者の方たちはそれをちゃんとやっていたら膨大な時間を費やすことになりますよね。
Posted by まる at 2014年12月20日 00:59
何時も楽しく読んでおります。
私もFacebookはやる気が起きませんね。
ただ持病関係の団体はFacebookに力を入れていますが
手術を何時何回したとか病名を詳しく書いたりと
此処まで個人情報を曝さなければいけないのかと怖いです。
私はもっとゆるく繋がるtwitterの方が性に合っています。
Posted by おあき at 2014年12月20日 02:33
sさん

ホームページ見ました。すごく貴重なホームページですね。
こういう記録はいつまでも残してほしいものです。


まるさん
まぁ、書いたものを無駄にしたくない小心者です。 50歳を過ぎると、昔の事は鮮明に思い出すくせに、つい最近の事がなかなか思い出せない。みんな忘れてしまう。なので、こまめに記録をとるようになりました。記録といっても、その日の行動と言うより、頭に浮かんだものや、もやもやが効いて脳内が整理されてくる様を記録するようになりました。



おあきさん

SNSの種類によっては、人によっては向き不向きがあるかもしれませんね。その人の背景や、環境や、生き方によって、適切なものがあるのかもしれません。
Posted by マネージャー at 2014年12月22日 22:18
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