霊の見える話 その6
オタクに風当たりが強い世の中ですが、私の子供時代には「オタク」などという言葉はありませんでした。もちろん「マニア」という言葉はありましたが、マニアとして何かに熱中するには、まだ社会が貧しかったので、マニアは一部の人々の独占物でした。そういう時代では、人間がオタクになれず、山に入り込んで、昆虫や爬虫類や木の実や植物などに熱中したものでした。
と、書くと、なにやら素晴らしい事のような錯覚をするかもしれませんが、それは現実を知らないのと一緒です。山に入り込んで、昆虫や爬虫類などに熱中するということは、人間との付き合いを学ぶ機会を失うということです。漫画やアニメなら、そこに人間が描かれていたりしますが、野鳥や爬虫類や石ころなどに熱中すると、人間が対象でないでないだけにやっかいです。というのも、私自身が、子どもの頃に、その罠に陥ったことがあるからです。
実は私は、三〜五歳頃に地蔵や石仏や古い墓石などに熱中したことがありました。三〜五歳頃のことですから民俗学や歴史学から熱中したのではありません。単に古い石に熱中しただけです。もちろん村の老婆たちの伝説なども耳に入っていたかもしれませんが、それについては記憶にありません。
ただ、言えることは、それによって、もの凄い人見知りになってしまっていたことです。人間が怖くなって、墓石やお地蔵さんの中に隠れるようになった。そして、そこで一人遊びする癖がつき、それが、野鳥や爬虫類や昆虫などに発展していき、人間からドンドン離れてしまい、そのために幼稚園や小学校で他人と馴染めずに孤立し、ますます人見知りしてしまうのです。
おまけに親子関係も良くなかったので、山どころか一日神社の縁の下に隠れていたこともありました。神社の縁の下には、無数の蟻地獄があり、コウモリたちも眠っています。礎石には古文書が刻まれていたり、どういうわけか古い石仏らしきものが礎石だったりもします。
つづく
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2008年03月29日
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