2005年04月26日

牛丼と立飲屋

牛丼と立飲屋

 私は、今は無き、吉野屋の牛丼をこよなく愛する人間です。20年前に上京した時に、たったの300円で牛肉(吉野屋の牛丼)を食べられると知って狂喜しました。私の田舎では牛肉は高級品だったので私は毎日、牛丼屋、に通うことになり、とくに吉野屋を贔屓にするようになりました。

 当時、吉野屋では

「牛丼一筋80年〜」

というCMを流していましたが、何年たっても「牛丼一筋80年」のCMは変らなかったので、

「今年は89年ではないか?」

とか

「来年は90年ではないか?」

と言った批判が出たことがあります。
ところがそれを指摘すると
吉野屋で働いている友人がこう言いました。

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「吉野屋は、10年前から朝定食を始めてしまった。したがって牛丼一筋だった時期は80年で終っているんだよ」

 な、なるほど!

 それから昔の話になりますが、女の子とデートする時に必ず入ったのが吉野屋です。女性は意外と吉野屋に興味をもっているのですが、女性だけでは入れないようです。だから私は、躊躇することなく女性を吉野屋に連れて行きます。

 そして充分に満腹にさせてから立飲屋にいきます。そして串カツや焼鳥を片手にコップ酒をグビグビっとやれば、たいていの女性はカルチャーショックを受けること間違いないです。だから私は、よく立飲屋に入るんですね。けれど、その結果どうなるかは保証しませんけどね。

 どうでも良いけれど、牛丼食べたい!
 吉牛を食べたい!
 500円でいいから食べたいよ!

(しかし北軽井沢にいては食べられない・・・・・・とほほほほ)

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2005年05月23日

対決! インスタントラーメン仁義無き戦い

対決! インスタントラーメン仁義無き戦い

 日本人に最も愛されてきた食べ物はなにか?
 それは、ラーメンとカレーライスではないでしょうか?

 私は子供の頃、夕食がラーメンの場合、グラウンド5周のマラソンをして腹を空かし、夕食がカレーライスの場合、グラウンド10周して腹を空かしたものでした。

 なぜカレーライスの方が5周多かったかと言いいますと、ラーメンにはインスタントがあり自分で作れるにもかかわらず、カレーライスの方は母親に作ってもらうしかなかったからだ(大塚のボンカレーが出現するとカレーライスもグラウンド5周になってしまった)。そういう意味でインスタントラーメンを発明した奴は、本当に偉いと思います。

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 ところでインスタントラーメンの歴史は、
日清食品と
明星食品の
激しい勢力争いからスタートしました。そして私が生れて初めて食べたインスタントラーメンは、日清食品のチキンラーメンでした。

 小学校に入る前、アニメ『オバケのQ太郎』に出てくるラーメン好きの小池さんが食べているチキンラーメンを食べたくて親にねだったのがきっかけでした。

ちなみにこのチキンラーメンは、世界初のインスタントラーメンで、昭和33年に日清食品で販売され大ブームになっています。そしてこのチキンラーメンは、私が生れ育った佐渡島の奥地では大変重宝されていました。というのも、当時(昭和30年代)の佐渡島では、冬になると船が欠航し、道路が閉鎖されたりして、新聞雑誌や食料物資が奥地まで届かなくなったからです。

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 しかし、チキンラーメンの天下は長く続きませんでした。『オバケのQ太郎』の放映が終了し、『パーマン』の放映が始まると子供たちの感心はチキンラーメンではなくパーマン2号のトレードマークであるバナナ(当時は貴重品)に向かいました。

 しかも昭和41年に明星食品の『明星チャルメラ』が衝撃デビューしてしまいました。明星チャルメラは、チキンラーメンより数倍美味しく、しかもスープとスパイスがついていました。

 というのも今でこそ当たり前のように付いているスープとスパイスは、明星チャルメラがでるまでは付いてなく、自分で味付しなければいけなかったからです。

 しかも明星チャルメラには屋台のおじさんの絵が書いてあります。殺風景な袋に入ったままのチキンラーメンなんかより、数段おしゃれな感じがしたために、子供たちは明星食品のチャルメラに親しみを感じたことは確かです。

 しかし、日清食品も黙ってませんでした。昭和43年に新製品『出前一丁』を発売したのです。

「チャルメラがスパイス付きなら、出前一丁は胡麻ラー油で勝負だ」

とばかり胡麻ラー油を付けてきました。しかし、実はこれが佐渡島の子供たちに評判がよろしくありませんでした。手がベトベトしてしまうからです。しかし日清食品はへこたれません。

「チャルメラが、おじさんキャラクターなら、出前一丁は子供のキャラクターで勝負だ」

と出前の子供キャラクターの袋になっていましたが、これも評判が悪かったです。佐渡島の子供たちは、おじさんキャラクターに信頼感を感じていたのです。やはり明星チャルメラの優位はゆるぎませんでした。

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 しかし、日清食品はインスタントラーメン界に革命をおこします。昭和46年にカップヌードルを発売したのです。これはチキンラーメンをカップに入れたという、ただそれだけのものであったのですが、当時の人々には衝撃でした。それは

●英語で書いてある。
●ラーメンでなくヌードルである。
●ドンブリでなくコップスタイルである。
●従って立って食べられる。
●CMでも立って食べるシーンばかりだった。
●箸ではなくフォークだった。
●かやく(具)が入っていた。

という点で革命的でした。特に「歩きながら食べてもつゆがこぼれないラーメン」という点が斬新でした。

 そのうえ日清食品は、『ヤングオーオー』という番組のスポンサーになり、これでもか、これでもかという具合に若者にアピールしたためにカップヌードルを街中で歩きながら食べることは、かなりおしゃれなことになってしまいました。そのため

日清食品=おしゃれ(カップヌードル)
明星食品=レトロ(明星チャルメラ)

という図式ができあがりました。

 しかし、明星食品は負けてませんでした。昭和50年に『ちびろく』を発売。これが一大ブームとなるのです。これは小さな麺が六つ入ったインスタントラーメンで、

「坊やがちび1、ママがちび2、パパがちび3」

と麺の分量を加減することができるラーメンでした。あくまでも明星食品は袋入りインスタントラーメンで勝負をしてきたのです。いさぎよかった。

 そして明星食品はカップラーメンも販売しました。こちらは丼カップで勝負だとばかり、『明星ラーメントン吉くん』と、やはりレトロなイメージで勝負をかけてきたのです。紙面が無くなってきたので今回の講座は、これまで。

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2005年05月24日

おいしく日本酒を飲む方法

おいしく日本酒を飲む方法

注− この物語は、八海山登山にでかけ、悪天候に挫折し、日本酒八海山を飲むところからはじまる・・・・・。

 日本で一番、お酒が美味しいところと言えば、新潟でしょう。中でも幻の名酒『八海山』は有名です。東京で買ったら一万円ちかくしますが、それ以前に売っていません。それほど人気の高い酒です。しかし、幻の名酒『八海山』を居酒屋で飲んだ時、

「まずい」

と思ったからたまりません。『八海山』だけでなく『越の寒梅』も美味しくなかった。『雪中梅』も美味しくなかった。これは、どういうことだろうか? 単なる趣味の問題なのでしょうか?

 ところで、悪天候のために八海山登山計画が失敗してしまった、私たち『風のたより』メンバーは、新潟県の堀之内町にでかけました。堀之内町は、八海山から車で1時間くらいで行けますからね。

 さて、堀之内町のことですが、この町は新潟県民なら誰でも知っている有名な町です。何で有名かと言いますと、鮎がつかみどりできるヤナ場で有名なんです。そこへ行って鮎の塩焼きでも食べようという企画でした。

 ならば途中で、酒を調達しようってんで、酒屋を捜しまわったあげく、シャッターが半開きになってる、やる気のなさそうな酒屋さんをみつけ入店しました。

 すると、純米吟醸の『八海山』が四千円という安値で売っているではないですか! その瞬間、曽原君の目の色が変り、彼は「売って下さい!」と叫びました。しかし、店の人も全く商売けがなく

「地元民じゃなさそうだが、どこから来たのか?」

と聞いてきて、まるで売るそぶりをみせません。しかし、曽原君の熱意がきいたのか、みんなの威しがきいたのか1本だけ売ってもらいました。

 まったく酒くらいで目の色を変えるなよなあ〜。恥かしいったらありゃしない。こいつらときたら八海山に登りに来たのか、八海山を飲みに来たのか分ったもんじゃあないな〜と思っていると、曽原君は、

「風さん、ちょっと飲んでごらん」
「いらないよ」
「まあまあ、そう言わずに」
「君ねえ、運転手のこと考えてる? 昼間から酒ばかり飲んで、少しは常識ってものを考えなさいよ」
「まあまあ、まずは一口飲んでみてよ」
「どれどれ・・・・そこまで言うなら味見を・・・・うん?」
「ねっ!」

 

 ああ、天にも昇る気持ちって、こういうことを言うのでしょうか、うますぎる。美味しすぎる。こんな酒は初めてだ。これは、いったいどういうわけだろう?

 日本酒オタク・のんべい曽原君の話だと、保存の状態と、蔵出しから1ヶ月もたってないのが原因だそうです。ようするに、どんな銘柄でも、保存のしかた一つで、まるっきり味が変わってしまうのだそうです。

「風さん、どうです? 飲んでばかりいないで何か言って下さいよ」
「・・・・」
「うまいでしょ?」
「いや、まずい」
「え?」
「こんなまずい酒は、俺が全部飲んでやる」
「そ、そんなあ〜」

すると飯田君がやってきて『みどり』という酒をさしだしました。

「風さん、こっちも飲んでみなよ」

 気軽に飲んでみると、目が飛び出るほどうまい!
 『八海山』を飲んだ後なのに、全く味に見劣りががしません。
 う〜む、
 おそるべし日本酒!
 おそるべし新潟の酒!
 おそるべし八海山!

 こうなると鮎の塩焼きのことも、何もかも全て忘れてしまいます。ただ、ひたすら名酒『八海山』を味わうだけになります。西山友昇君の車には、私と、曽原君と、飯田君という地上最強の酔っぱらいメンバーが乗り込み、ドンチャン騒ぎをしまくりました。

 けれど、私たちが盛り上がれば盛り上がるほど、ドライバーの土井君の目は、だんだんとつり上がっていきました。

「土井君、怒っているのかなあ?」
「気のせい気のせい」

 すると、怒れる土井君は、私たちの酒を奪い、トランクにしまいこみました。その時の彼の顔は、大魔人のような顔をしていました。怖かったなあ〜。

追伸・・・・

★地上最強の日本酒

 日本酒には、700種類を超える成分が含まれています。においだけでも200種類を超える成分があります。他の酒と比較した場合、 ウイスキー、ブランデーで400種の成分、ワインで600種の成分ですから、いかに日本酒の成分が豊富なのかがわかりますね。昔から酒は百薬の長といわれ続けてきた理由もうなずけます。日本酒は非常に複雑な成分をもつ物質で、とても神秘的な液体なんですね。

★私が日本酒を飲むようになった理由

 昔、私は酒類が嫌いでした。飲める酒といったらビールくらいしかありませんでした。ところが、ある時、日本酒に目覚めてしまった。恩師が、

「日本酒というのは、飲むために存在しているのではない。肴を食べるために存在しているのである。あくまでも酒は従で、肴が主なのである」

と教えてくれてから日本酒に目覚めてしまった。そこで恩師から伝授してもらった日本酒の飲み方を紹介しましょう。

 @酒はチビチビ飲むこと
 A肴は、酒とともに味わって食べる
 B肴の種類は多いほどよい
 C酒は肴を美味しく食べるためにある

★酒を飲む温度

 生酒の場合は、冷やして飲むのが鉄則です。温度は5℃〜10℃くいらまでです。原酒タイプの生酒ならレモンを添えた水割りで飲んでもいいですね。冷凍庫に入れて、シャーペットにして楽しんでもいいです。生酒は、いろいろな飲み方を楽しめます。

 吟醸酒の場合は、15℃くらいがいいみたいですね。香りがよくたち、口あたりもよく、上品な味を楽しめます。絶対に燗酒にしないで下さい。美味しいお酒は、冷やして飲むのがコツですが、冷えすぎると香りがたたないそうです。香りを楽しむなら、適度に冷やす必要があります。

 燗酒の場合は、38℃〜50℃が目安で、まずい酒ほど熱燗にして飲むというのが原則です。美味しい酒は、ぬる燗にしましょう。

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2005年05月25日

日本酒「はなもも」の正体

日本酒「はなもも」の正体
私にとって忘れがたい日本酒は、5年前に飛騨古川で飲んだ、和飲酒「はなもも」です。詳しくは、

http://www.sake-hourai.co.jp/

に紹介してありますが、はっきり言って、これを日本酒と認めていいのかどうか? よく、ワインのようなフルーティーな味という表現の日本酒がありますが、

「なんじゃワインそのものやんけ!」
「いや、ジュースそのものじゃ!」

という声が聞こえてきそうな味です。

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 上善如水のような味ではなく、本当にジュースを飲む感覚におちいります。人によっては、日本酒と認めない日本酒党もいます。まさに邪道! 日本酒の限界を超えた日本酒・・・・というか、もう味が日本酒ではないですね。

 さらにゆるせんのは、この片野酒造さんは、「はなもも」のスパークリングワイン、いやちがった、「はなもも」のスパークリング日本酒を造っているところですね。いったい何を考えとるのか?

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 実は、このスパークリング日本酒を最近飲んだんですが、日本酒党たちは、非難囂々でした。そのくせ、みんな3分で1本を飲み干してしまった。非難しておきながら、実に上手そうに飲み干し、瓶の底に、かすかに残った1滴1滴をぺろぺろなめていました。そして、

「もっと無いのか?」

とお代わりを要求する始末。無いとわかると瓶をぺろぺろ嘗めだすこと。いやはや、なんとも行儀の悪い奴らだこと。しかし、「はなもも」には、そういう魅力があるんです。ただし、日本酒好きの皆さんの口に合うかどうか・・・・・。

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2005年07月22日

目玉焼論

目玉焼論

 皆さんは目玉焼に醤油をかけますか?
 ソースをかけますか?

 この論争は、石器時代から延々と続いてきた大論争ですが、私はソースをかけます。何故ならば、それが最も由緒正しい食べ方だからです。

 おっと醤油派の皆さん、怒らないで最後まで話を聞いて下さい。醤油派の皆さんは目玉焼をどのような手順で食べますか? 白みを全部食べてから、最後に残された黄みを食べますか? それとも最初から黄みを食べようとして失敗して皿に黄みの汁をぶちまけてしまいますか?

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2005年07月25日

ハムエッグ VS ベーコンエッグ

ハムエッグ VS ベーコンエッグ

 ちなみにハムエッグベーコンエッグ。どちらが好きですか? 当然私はベーコンエッグです。生のままならハムの方が美味しいのに調理されるとベーコンの方が美味しく感じるのは私だけの味覚でしょうか?

 ベーコンという奴は、焼くか炒めるかすると肉汁がジュワーっと出てきますね。ハムだとこうはいきません。そのベーコンの肉汁には微妙に塩味がついていて目玉焼を美味しくするんですよね。ハムでは、こうはいきません。

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2005年07月27日

お好み焼 VS 広島風お好み焼 VS もんじゃ焼 VS タコ焼

お好み焼 VS 広島風お好み焼 VS もんじゃ焼 VS タコ焼

 これを語るには、全国の皆さんから手厳しい抗議の嵐を覚悟しなければなりません。選挙に興味のない人たちも、この戦いになると目の色を変えるからです。

例えばもし、日本もんじゃ焼党なるものが結成されたら、それだけで東京都知事に当選してしまいます。これが大阪なら日本たこ焼党と日本お好み焼党の2大政党が壮絶な戦いを行うでしょう。これが広島なら広島風お好み焼大政翼賛会一本で野党なしという状況になるでしょう。

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2005年07月28日

大阪のタコ焼屋、おそるべし!

 大阪のお好み焼屋、おそるべし!
 大阪のオッサン、おそるべし!


 しかし、大阪のタコ焼屋は安全かというと、これがまたかなり危険度が高いのです。あれは10年前の秋のことでした。私は大阪のとあるタコ焼屋で4〜5人の友人とタコ焼を食べていました。そこまではよかったのですが、誰かが

「隣のお好み焼屋もはいろうか?」

と口走ったとたん、タコ焼屋のオバチャンの顔色が変って

「おにいちゃん、悪いけどうちのタコ焼と隣のお好み焼を一緒に食べんといてくれんか」
と怒りだしたのです。

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2005年07月30日

大阪のオッサン、おそるべし!

大阪のオッサン、おそるべし!

 さて、ここで私は恐怖のお好み焼事件を語らなければなりません。そうです。あれは10年前の夏のことでした。大阪のとあるお好み焼屋さんで、お好み焼を焼いていると
「なんで潰すんじゃ!」
と見ず知らずのオッサンがいいがかりをつけてきました。

「あんちゃん、東京もんか?」
「え? ええ、まあ・・・・」

 どういうわけか大阪の人は、共通語を話す人を『東京もん』と決めつけますが、出身が新潟であろうと、住所が埼玉だろうと、むげに否定しないのが東日本人です。それをいいことに大阪のオッサンは、どんどん突っ込んできました。

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2005年09月01日

謎のウルトラQ

謎のウルトラQ

 私が一番最初に見たウルトラマンシリーズは、ウルトラQでした。ウルトラQで不思議だったことは、いつになっても番組にウルトラQが登場してこないことでした。カネゴンやガラモンやゴメスといった怪獣が毎回活躍し、ケムール人やセミ人間が登場するけれど、肝心のウルトラQは、いっこうに登場しないのです。

 そうなると、ウルトラQとは、正義の味方ではなく、毎回出てくるる怪獣を操っている黒幕なのか? という説が出てきたり、四次元空間の入り口のことではないか? 空飛ぶ円盤の名前のことではないか? という説まででてきました。

 結局、ウルトラQの正体はつかめずじまいで、ウルトラQは最終回になってしまい、ウルトラマンが始まってしまいました。

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2005年09月02日

初代ウルトラマン

初代ウルトラマンのスタート

 初代ウルトラマンこそ、ウルトラマン最大の傑作です。なぜならば、初代ウルトラマンは、科学特捜隊と協力して怪獣を退治しているからです。しかも、必ずしも殺していません。怪獣を怪獣墓場というところに連れていくのがメインなのです。

 特に凄いところは、科学特捜隊が、倒した怪獣を供養しているところでした。『科学・・・・』という部署の人間が、お坊さんをよんできて怪獣のためにお経を読むなんて、すごいと思いませんか? こんなシーンは、他のウルトラマンシリーズには絶対に見られませんから貴重です

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 ところで、ウルトラマンでは、薬で怪獣を倒したりしないないという事実を知っていますか? それは、スポンサーが「武田薬品」だったからです。したがって、怪獣を薬で殺したり、溶かしたりすることはタブーだったんですね。

 脱線しますと、サザエさんの家には、しょっちゅう、家の中に新しい電化製品が加わっています。しかも全てが東芝製ときていますから驚きますね。


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2005年09月03日

ウルトラセブン

ウルトラセブンは暗かった

 ウルトラマンが陽とすれば、ウルトラセブンは陰です。ウルトラマンがやたらと明るくひょうきんだったのに対して、ウルトラセブンは、暗くてジメジメしていました。

 これは、ウルトラマンの敵のほとんどがが怪獣だったのに対してウルトラセブンの敵のほとんどが宇宙人であったことと関係があります。

 ウルトラマンは、テレビ画面の中で怪獣とプロレスをやっていましたから、けっこうホノボノとしていました。しかし、ウルトラセブンの方は、モロに殺し合いをやっているという雰囲気がありました。それそれだけリアルだったんでしょうね。

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 ちなみにウルトラセブンでは、ウルトラ警備隊が活躍します。これは、地球防衛軍極東支部のことで軍隊です。ウルトラマンで活躍した科学特捜隊が警視庁の管轄であったのと大違いですね。いかにも宇宙人と戦争をしているという雰囲気があります。

 ちなみに円谷プロダクションでは、サンダーバードを意識してウルトラ警備隊のメカを製作したそうで、ウルトラセブンでは、ウルトラホーク1号〜3号というメカが次々と誕生しています。

 そういえば子供の頃サンダーバードごっこがはやりましたよね。
「タッタカター、タッタッタッ、タッタカ、タッタカ、ター」
と歌いながら、すべり台を頭から逆さにすべり降りましたけど、みなさんはもサンダーバードごっこをやっていますよね?

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2005年09月04日

帰ってきたウルトラマン

帰ってきたウルトラマン

 帰ってきたウルトラマンを見て不思議に思ったことは、初代ウルトラマンとは別人のウルトラマンがヒーローなことです。つまり、このウルトラマンは、帰ってきたウルトラマンではない。なのに帰ってきたウルトラマンとよびます。変ですよね。

 私は、言いたい。

「帰ってきたウルトラマンは、帰ってきたのではなく、初めてやってきたウルトラマンである」と・・・・。

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 ちなみに帰ってきたウルトラマンに変身する主人公の名前は、郷秀樹といいますが、郷ひろみと西城秀樹をたして2で割ったような名前ですから笑えます。

 しかし、この帰ってきたウルトラマンが放送されている頃には、西城秀樹も郷ひろみもデビューしてなかったのですから、彼らの芸名は、帰ってきたウルトラマンからとっているのかもしれません。

 ところで当時、小学生3年生だった私たちは、帰ってきたウルトラマンの次は『帰ってきたウルトラセブン』が放送されると信じて疑いませんでした。しかし、その期待は見事に裏切られて、『ウルトラマンエース』の放送が始まったのです。

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2005年09月05日

ウルトラマンエース

ウルトラマンエース

 ウルトラマンエースを語る前に、仮面ライダーを語る必要があります。当時は仮面ライダーが大ブームになっていましたが、そのブームを支えたのが『変身ブーム』です。しかし、帰ってきたウルトラマンは、自分の意志で変身できなかった。そのためにブームに乗り遅れた感がありました。そこでウルトラマンエースでは、ど派手な変身方法が考案されました。

 なんと男女二人の合体による変身でウルトラマンエースになるのです。しかも変身時のアクションが、またハデなウルトラタッチ! しかし、この変身方法が、ウルトラマンエースにとっての致命的な大失敗になってしまいました。失敗の理由は、

   @子供が真似できない
   A女の子がいないと変身できない

 ということで、変身ごっこするときは、ウルトラマンエースではなくて、仮面ライダーで行うということになりましたからさあ大変です。そこで制作者では、子どもが変身ごっこに取り入れられるように、変身方法を変更しました。南夕子を宇宙人だったことにして、故郷の星に帰らせてしまい、男一人で簡単に変身できるようにしたのです。

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2005年09月06日

ウルトラマンタロウ

ウルトラマンタロウの世界

 ウルトラマンタロウほど、かっこうの悪いネーミングはないのでしょう。宇宙人のくせにタロウ。これほど馬鹿にした話しがあるでしょうか?

 実はウルトラマンタロウは、企画書の段階では、「ウルトラマンジャック」という名前がつけられていました。そして名前通り、11の武器を使うヒーローになるはずでした。

 ところが当時、ハイジャックが頻発し、ハイジャックを連想させるウルトラマンジャックの名前は、正義のヒーローにふさわしくないということになり、清く正しい正義の味方は『太郎』である必要があるということになって、ウルトラマンタロウに決定したそうですから笑えます。

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 当時、小学5年生だった私は、このネーミングにかなりショックをうけました。だってM78星雲からやってきた宇宙人の名前がタロウですよ? へんだと思いませんか?
 おまけにウルトラの父や母が登場し、ウルトラ兄弟が勢揃いした時には、
「お前は、長男でもないのに、なんでタロウなんだ〜」
と叫んでしまいましたね。

 そういえば、ウルトラ兄弟の中の長男だけ、なんで「ゾフィー」なんでしょうかね? 他の兄弟と、父母には全員「ウルトラ・・・・」というネーミングなのに、長男だけが「ゾフィー」なのは、どうしてなんでしょう?


 それはいいとして、ウルトラマンタロウの馬鹿馬鹿しいところは、マンガ日本昔話も真っ青になるくらいメルヘンと空想の世界に満ちているところです。

 例えば、東京湾に出現したカニ怪獣ガンザはウルトラマンに倒されると、その死体は無数のタラバガニになり、人々は安くカニが買えるようになった。めでたし、めでたし・・・・という話しなんかがありまして、視聴者を真っ白にさせてしまいました。

 また、月から来たウスのような怪獣モチロンが、お正月にモチを食べに地球に来て、新潟の米をたらふく食べた後に東京にやって来て、ウルトラマンタロウと相撲をとって負け、巨大なウスにされてしまう。ウルトラマンタロウはそのウスを使ってモチをつき、孤児院の子どもたちに分けてあげるという話しもあり、あまりの馬鹿馬鹿しさに大爆笑になったものです。

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2005年09月07日

ウルトラマンレオ

ウルトラマンレオ

 ウルトラマンレオが放映していた時、私は小学6年生でした。タロウが、あまりに馬鹿馬鹿しかったために、レオのシナリオは、やたらと暗くてリアルでした。

 まず、レオの上司のウルトラセブンが下半身不随で変身できなくなる。次ぎに、レオの同僚が宇宙人に全滅させられる。最後にひとりぼっちになったレオが敵に追われながら戦い抜くという物語なのです。とにかく暗い物語でした。

 私は、このシリーズを最後に怪獣から足を洗っていますが、その後も数々のウルトラマンシリーズがでているそうですね。機会があったら、いつか見てみたいものです。

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2014年12月03日

食いしん坊のカレンダー

 早いもので、もう12月2日になった。 12月といえば、冬の始まりであるが、相変わらず暖かい。今年は異常に暖かい。暖かいので雨が降っている。寒ければ雪が降るのである。例年の感じだと、 12月に暖かい場合は、寒波が押し寄せるケースが多い。一体どうなることやら。

 話は変わるが、この時期に美味しい野菜はなんといっても大根である。大根は冬になると甘くなる。夏は辛いのである。なので、どうしても大根を使った料理を食べたくなる。おまけに、この時期は天然物のぶりが非常に安く買えるのである。天然物のぶりと大根。この2つが店先に並んでしまうと、私の頭の中はぶり大根でいっぱいになってしまう。

 しかしである、ぶり大根は、作るのがめんどくさい。特に夫婦2人だけで食べる量となると、大量の調味料を使って作らなければならないぶり大根は、不経済この上ない。食べたいけれど、なかなか作れない。となると方法はただ1つ。どさくさに紛れて、お客さんのメニューとして作ってしまう。しかも、我々の分も一緒に多めに作ってしまう。これしかない。

 というわけで、先週末は、前の晩から 7人前のぶり大根を作ってしまった。お客さんは5人しかいないので7人前作った。すでにメインの肉料理の材料は買ってしまった後だったが、どうしてもブリ大根が食べたくてブリ大根を作ってしまった。なので、メインは肉と魚のダブルコンボとなってしまったが、肉の方はともかく、ブリ大根の方は予想通り美味しく出来上がった。こういうものは、大量に作らないと美味しくならないのだ。おでんだってそうだ。不思議なことに、ある程度の量をまとめて作らないと美味しくならない。おまけに、調味料の節約にもなる。

 お客さんには、ただただ感謝するしかない。 5人のお客さんがいなければ、ぶり大根は作る気にならなかっただろう。逆に言うと、満室になってしまったら、逆にブリ大根を作ることもなかったかもしれない。 7人ぐらいのお客さんの人数が、ブリ大根が1番おいしくなるのである。これが20人となってしまうと、魚の方が煮崩れてしまうのである。だから人数多いときは、おでんとかになってしまうのだ。

 ぶり大根を美味しく料理して食べるには、季節とか人数とか細かい条件があるために、なかなかその希望がかなわない。だからこそ、ぶり大根を美味しく作れるチャンスがやってくると、とても張り切ってしまう。まぁこれは、ぶり大根に限った話ではありません。どんな料理にも、美味しく食べれるための環境というものがあるんですよね。

つづく。

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2014年12月14日

食いしん坊のカレンダー2

 なぜか急にタラコが食べたくなった。タラコといっても、よくスーパーなどで売られている辛子明太子の類では無い。小さな煉瓦ぐらいの大きさがある本物のタラコである。店先でよく売られているのは、スケトウダラの卵である。鱈の卵では無い。辛子明太子も、いわゆるタラコも、スケトウダラの卵なのだ。

 鱈の卵は、あんなに小さくはない。あの10倍ぐらい大きいのである。子供の頃は、その巨大なタラコを、箸やスプーンでゴリゴリと削りながら、ご飯にかけて食べた。色は黄色である。スケトウダラの卵のように、赤くは無い。黄色というか黄土色の色をしていて、巨大で大きく固いのだ。子供の頃はそれをおかずにご飯を食べていた。スケトウダラのタラコよりも、安く量もたくさん買えたので、昔はどの家庭にもおかずの一品として、あったと思う。

 それを嫁さんにいってみたのだが、嫁さんは鱈の卵を知らないという。辛子明太子のようなタラコしか知らないらしい。レンガのように巨大な黄土色のタラコをご存じないようだ。なので、あちこちのスーパーや魚屋に顔を出して、本物の鱈の卵を買いに出かけた。しかし、群馬や長野では、まったくもって見つからない。なので、ペンション仲間にも聞いてみたが、やはり知らない人が多くて驚いた。ひょっとしたら、あの巨大な鱈の卵を食べた人は、ほぼ絶滅しかかっているのではないだろうか? あの巨大な鱈の卵は、クジラ肉を家庭で食べたことのある世代しか知らないのかもしれない。まだ日本が貧乏だった頃は、あの独特な臭いを発するクジラ肉料理や、巨大なタラの卵が、食卓によく出ていた。それがいつの間にか消えていったのだが、いつから聞いていたのだろうか?

 もう食べられないと思うと、無性に食べたくなってくるから不思議である。しかしないものはない。仕方がないので、スケトウダラの卵である辛子明太子を買って帰った。それをお客さんの夕食にも出したしまかなえでも食べた。やはり辛子明太子は美味しい。しかしこれは辛子明太子であって、鱈の卵では無い。味が全然違う。

 鱈の卵は巨大であるために、なかなか焼けない。だから長い時間をかけて焼き上げる。そうしないと、中まで火が通らないのである。当然のことながら、卵は硬めに焼き上がり、ブロックか煉瓦のようになる。固いのでナイフでもない限りなかなか切れない。切っても、堅いブロック状になるので、スプーンかなんかでボロボロ崩す。それをご飯の上にふりかけのようにまぶして胃袋の中に食うのである。値段ももちろん安い。安いけれど、とても美味しい。辛子明太子のように上品なおいしさではないが、チープなおいしさである。このチープさ加減が良いのだ。 B級グルメにはB級グルメの良さがあるように、鱈の卵にも鱈の卵をなりの良さがあるのである。


つづく。

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posted by マネージャー at 23:44| Comment(2) | TrackBack(0) | なつかしい色 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする