2005年04月19日

ちよっと良い話

ちょっと、良いことが書いてあった本があったので、一部を紹介したいと思います。

渡部昇一教授の記憶の法則より抜粋

「記憶」と「年輪」は家庭円満の両輪親孝行と同じく結婚についても、かつては日本人に固有な思い入れのようなものがあったと思う。ところが昨今では、結婚よりも離婚について取り沙汰されることが多くなっている。

事実、離婚率は、1990年代に入って増加の傾向が著しく、最近では、年間約五万件にも達し、その後も増え続けている。成田離婚や箱崎離婚が当たり前になっているようなのである。単純計算すると、これはおよそ十分に一件の割合で離婚が起きていることになる。バツイチなどという言葉さえ生まれ、世は離婚花ざかりである。

だが、いくら離婚してみても、何度結婚してみても、結婚というものがどのようなものかはなかなかわからない。普通の物事は経験を積めば積むほど、その本質や実体がわかるものなのだが、こと結婚に関しては違うらしい。むしろ逆で、五回結婚した人よりは一回こっきりの人のほうがよくわかるのではないかと思う。

なぜ、そうなるのだろうか。それは、結婚生活というものが記憶の積み重ねで成り立つものだからではないかと思う。

私の家内は、髪にそろそろ白いものが混じり始め、しわくちゃとまではいかないにせよ、老婦人の雰囲気を十分に漂わせる年齢になってきている。けれども結婚した時の記念写真を見ると、今の姿形からは想像もできないくらい、ふっくらとしてういういしい乙女なのだ。すると、その当時から今に至るまでの、何十年もの時間の重みがひしひしと伝わってくるのである。さまざまな記憶がふつふつと湧いてくる。そして、この積み重ねを共有することこそが、結婚生活なのだと私は思う。

何回同棲しても、
また、結婚、離婚を繰り返しても、
このような時間の重みは得られない。

共有する時間も短く、
記憶も寸断されて、
積み重ねるものがなくなってしまうからだ。

私の知人の女性学者が、はからずもそのことを裏づけてくれた。彼女には子供が二人ほどいるらしいのだが、ある時、何気なく、過去のアルバムを整理し始めた。

子供たちがまだ小さい時分の写真を見ているうち、当時自分もまだ駆け出しの学者の卵で、子供と悪戦苦闘しながらとにもかくにもしゃにむに生きてきたその頃が思い出されて、涙が止まらなくなったというのである。

その話を聞いた時、そういえば私の家内も同じようなことをやっていたと思い至った。家内も子供たちのアルバムを見ながら、最初のうちは、「こんな顔している、あんな格好している」と笑っていたのだが、そのうち、「こんなにちっちゃな時もあったのね」とつぶやきながら、涙ぐんでいるのである。

三人の子供たちはみな成人して、私たちにはもう孫もいる。その孫と同じぐらいの年齢だった子供たちの姿をアルバムでたどるうちに、過去の記憶がどんどん蘇ってきて、思わず涙が出てきたのであろう。この思いの蓄積を共有できるのが、夫婦というものなのである。そこでは、過去の記憶とそれをたどってきた年輪とがぴったりと重なり合うのだ。

ここが、同棲などとは決定的に違うところだと思う。そして記憶と年輪とがかみ合った夫婦というのは、円満な家庭を築いてきたものなのである。気が合ったから一緒になって、嫌になったら止めてしまう、などといった安易な結びつきとは違うのだ。

例外もあるから全部が全部というわけではないのだが、私の知っている企業の経営者、とくに中小企業の経営者の多くは、景気がよくて儲けていた時分、女房とは別に、愛人といえる女性を身近に置くということが普通にあった。当時、彼らの多くは、古女房などより若いこの愛人のほうがよく尽くしてくれるなどと悦に入っていた。なかには、老後は彼女に面倒を見てもらうなどと宣言した人もいたくらいである。

だが、私の知っている限り、全部失敗している。やはり彼女たちは、男のほうに金や社長という肩書きがあるから愛人になっただけなのである。不景気になって会もままならなくなればそれまでである。ましてや、引退したあとの老後の世話など始めから念頭にはない。そういう素振りでも見せようものなら、すぐさまおさらばしてしまう。

これに対して、古女房たちはどうなのか。彼女たちは、社長たちがまだ若く、海のものとも山のものともつかない時分のことを知っている。多少の学歴と多少の財産がある程度で、その他何もないところからのし上がってきたとか、あるいは、そういうものも何もなく、ただ押しの強さと運を頼りに人生を切り開いてきたという、全くの下積み時代から知っているのだ。 知っているというよりも、苦しい時代を二人して乗り切ってきたといったほうがいい。それゆえ、二人の記憶が濃厚なのだ。過去からの記憶の重みを共に背負っているのである。

だから不景気でうまくいかなくなれぱなるほど、また、年を取れば取るほど、その時代の記憶が蘇ってくる。記憶の一つの法則に、昔のことはよく覚えているが最近のことは忘れやすいというのがある。こうして、古女房たちが復活するのである。

俳優の三船敏郎もそうだった。彼は離婚して若い女優と一緒になった。ところが、彼が、ぼけると、この若い奥さんは逃げてしまう。そして結局、昔馴れた最初の奥さんが彼の世話をすることになる。

これなどは非常に極端な例だとは思うのだが、やはり、老妻は重んずべしの典型的な例であろう。

昔習った『十八史略』の東漢光武帝のところに「貧賤ノ交ハリハ忘ルヘカラズ、糟糠(そうこう)ノ妻ハ堂ヨリ下サス」というのがあった。

「糟糠の妻」とは、貧乏でかすやぬかしか食うものがなかった頃の妻である。そういう妻は自分が偉くなって御殿に住むようになっても、側において大切にせよという意味である。
三船の話に戻ると、彼自身はぼけていてどう思っていたのかはわからないが、奥さんの側からしても、二人の若い頃の記憶が濃かったのだと思う。

三船が若い女をつくった時には、殺してやりたいくらい憎らしかったかもしれない。けれども、年がたつにつれて、若い頃の記憶が蘇ったのではないか。そこでの三船敏郎は、彼女にとってはいい男だった。

だから、捨てられるというひどい仕打ちを受けながらも、老後の世話をしたのではないか。三船にとってみれば、若い頃の自分の価値を記憶に残せたことが幸いしたといえるかもしれない。

結婚もそうなのだが、人生は記憶だと考えると多くのことが理解できる。自分の人生はいったい何なのだろうと考えてみても、要するに記憶の連続こそが人生なのであって、そのほかには考えようがないことに気づくのである。

遺産相続といった、一見、記憶とは関係ないようなことでも、人生を記憶という視点からとらえるとわりと簡単に説明がつく。

なぜ、親は子供に相続させたいのか。 たとえば、私のなけなしの財産を、今の時点で遺産相続させるとする。私にとって今、一番役立っている人物は誰かというと、家内をのぞけば、仕事上では秘書で、その他のことでは家政婦さんということになる。子供たちはどうかというと、これはみな独立した大人になっていて、今や昔のようにかわいらしくも何ともないし、今の私の役に立っているわけでもない。

これらの事情を考え合わせた時、では、役に立っている秘書と家政婦さんに遺産の一部でも相続させるかというと、決してそうはならない。どうしてなのか。それは、血がつながっているとかいないとかということではなく、私の中の記憶がつながっているかどうかの問題だからだ。記憶のレベルの問題なのである。

子供たちは、まだ赤ん坊のヨチョチ歩きの時から、だんだん大きくなって、どうにかこうにか小学校に入るようにまで育てた。そして、夏休みには山や海へ連れて行ってやった。さらに中学校の時はこうで、高校、大学の時はああで、という具合に、大きくなってきた記憶として子供は私の中に存在している。これに対して秘書や家政婦さんは、たかだかここ数年の記憶にしか過ぎない。記憶のレベルが低いのである。

だからこれらの人たちは、今どれだけ役に立っていても、私の遺産相続の対象とはならないのだ。外国では二、三十年も秘書をやってくれた人に財産を譲るということがあるようだが、これは、長く勤めれば「記憶の問題」となるからであろう。遺産を子供たちに相続させたいというのは、親としては普通の感情だろうが、その根底には、このように人生を記憶の連続としてとらえる考え方があると思う。

親のこの思いをいいことに、子供たちが親孝行しなくなった点については、前に述べた。いずれにせよ、子供たちは親にとって記憶のレベルが高い存在であることには違いない。だからこそ、私たちの中では価値があるのだ。

「忙しくてたいへんな時なのに、私のために」

が効く夫婦についても同じことがいえる。記憶の重みのある夫婦、つまり、記憶のレベルが高ければ高い夫婦ほどうまくいく。そういう点では、自分が輝いているうちに、いい記憶をつくることが夫婦円満の秘訣ということになる。つまり、男の立場からすれば、忙しく働いている時にこそ、無理して時間をつくり、女房のために尽くしてみるということだ。

何だかんだいいながらも、デレツとして暇をもてあましている時よりも、忙しく駆けずり回っている時のほうが、男は輝いて見えるものだ。そしてそういう時に、無理に時間をつくってカミさん孝行しておくと、これは彼女たちの記憶に残る。

「仕事が忙しくてたいへんな時なのに、私のために」

という感謝の気持ちが残るのだ。だから、ある程度は恩着せがましくやってもかまわないと思う。

「本来なら休めないところなのだが、お前もくたびれているだろうから、ちょっと旅行へでも行こうか」

というのである。なにも大仰なことでなくてもいい。海外旅行である必要もない。夏休みや正月の休みを利用して夫婦二人で温泉へ行くとか、国内のパック旅行へ行くという程度でかまわないのだ。ちょっと余裕があるならハワイ旅行もいいかもしれない。

要は、忙しくて本当に時間がないような時に旅行するということだ。"あの忙しがりやの亭主が""忙しい忙しいばかりの亭主が私のために……。というニュアンスが大切なのだ。

だからこれは、若い時分でなくてもかまわない。五十代になってからでもちっとも遅くはないのである。

覚えておいてほしい。女房から見れば、亭主が忙しがって働いている時が一番輝いて見えるのだ。この輝いて見える時に、いい記憶をつくっておくことが大切なのである。

よく、テレビや雑誌などで、退職後はカミさんに大々的なサービスをすることが、さも美しい夫婦愛のごとくに紹介されたりしている。それはそれで結構なことには違いないのだが、あまり意味はないということは知っておいてもいいだろう。

なぜなら一つには、いくら地位のあった人でも、退職して暇になってしまえば、女房から見れば輝きが薄れてしまうということ。そしてもう一つは、記憶の法則で、年を取れば取るほど、昔のことは思い出すけれども、最近の出来事は忘れてしまうからだ。

いくら大盤振る舞いして女房孝行しても、それが退職後の年を取ってからのことだと往々にして忘れられてしまい、記憶として残っていかない。これでは何にもならないのだ。だからこそ、記憶の重みとして残る、まだ若い時分にしておくことが大切なのだ。

しょっちゅうやる必要はないが、五年に一度とか、それぐらいの頻度でかまわないから、一週間ほどカミさんのために休みを取るのである。ただ、その際に注意しなければならないことは、旅行へ行くのなら奥さんの知らない土地か、あるいはそれほど詳しくない場所を選ぶことだ。とくに海外へ行くような場合には、カミさんが詳しいところだと、最初のうちはいいとしても、だんだん亭主が邪魔になってくる。せっかく休みを取って連れてきてやったつもりが、気がついてみたらあわれな〃濡れ落ち葉族。になっていたということにもなりかねない。

また、女房が英会話などのスクールなどに通っていたりして外国語がしゃべれる場合には、もっと要注意だろう。亭主がしゃべれなけれぱ、女房のお尻にくっついているより仕方がなくなる。外出するたびにうるさい存在になってしまい、結局はケンカするはめにもなりかねない。このようなことになるくらいなら、温泉にでも行ってゆっくりするほうがずっと効果的である。

「一番近い人」

だからこそ折り目正しくが鉄則夫婦円満のためのもう一つの方法は、相手に対しては礼儀正しくするということだ。私もあまり実行していないので、勧める資格はないかもしれないが、カミさんには他の誰よりも礼儀正しくしなければならない。あまりにも当たり前のこと過ぎて、まじめに考えたことなどないかもしれないが、夫婦にとって一番大切な人間は、当の相手以外の誰でもないのである。たとえば近所の人とトラブルが生じてケンカになったとしても、ある意味ではどうということはない。痛くもかゆくもない。嫌なら顔を合わせなけれぱすむからだ。

ところが、夫婦となるとそうはいかない。毎日顔を合わせなければならない。だから、ほんとうは礼儀正しく接して、大切にしなけれぱならないのである。このあたりのことを孔子は『論語』の中で、「夫婦別あり」といっているのである。夫婦といえども、折り目正しく接しなさいというわけだ。

頭ではわかっていても、実際にはこれがなかなかできない。けれども、夫婦円満のためには、時々でもいいからやさしさを見せ合うことが大切だと思う。それが礼節なのだ。たとえ心からやさしさを発揮できなくとも、その努力はする必要があるだろう。毎日ではくたびれるから、十日に一度ぐらいはお互いに大切にし合う。

そうすれば、長い問には、これが記憶として残っていくのである。記憶のもう一つの法則に、いいことだけは覚えているということがある。不愉快なことは忘れてしまうが、いい思い出は残るのだ。最近、熟年夫婦の離婚が多くなっているようだが、それもこれもみな、忙しさを口実に夫婦二人の良い思い出をつくってこなかったからではないだろうか。ちょっとしたやさしさでもかまわないから、たまには奥さんに見せることだ。若い頃からのその積み重ねが記憶として残り、それらを共有していくことにこそ、夫婦の意味がある。夫婦というのも人生と同じく、共有した記憶以外の何ものでもないのである。

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2005年07月10日

風のたより

『風のたより』

北軽井沢ブルーベリーYGHは、『風のたより』という旅の仲間が母体になってできた宿です。『風のたより』とは、「手紙を通じて心のふれあいを求める」ことをめざし、山に登ったり、歩くスキーをしたりと、外で体を使う活動をしているグループです。

hjkuu322.JPG

 一見すると遊び仲間のように見えますが、ちょっと違うかな?

 というのも「90歳になるまで親しい有人でいよう」という主旨があるからです。この主旨を達成するのは案外難しいものです。単なる遊び仲間では、とても無理があるからです。共同で社会的に意義のある活動をしていかないと、とても続きません。

hjkuu313.JPG

 だから、富士山を海抜0メートルから登ったり、東海道五十三次を駅伝したり、古いママチャリで東京〜大阪を走ったり、阪神大震災に救援に駆け付けたり、震災マニュアルを作ったり、手話を習ったり、肢体不自由な友人を山に連れて行ったり、貴重な自然の残る知床の自然調査をしたり、縦走ルートのない知床や佐渡島の探検をしたり、本を作ったりと、さまざまな活動を行なっています。

 と、偉そうな事を書いていますが、
決して敷居は高くありません。
 ぜひ1度遊びに来て下さい。

00aa106.jpg

http://www02.so-net.ne.jp/~kazehome/
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2005年07月16日

旅人的生活の方法

旅人的生活の方法

 スワヒリ世界では、特定の所用のための遠出のことをサファリといい、所用を伴わぬ遠出のことをテンベアと言って区別しています。これは私たちが「出張(所用)」と「旅行」とを区別しているのと同じです。どちらも空間的移動には違いありませんが、サファリとテンベアも、出張(所用)と旅行も、あきらかに違うことを私たちは知ってます。

uvkk1007.JPG

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2007年05月11日

日本愛妻家協会にかかわって 01

日本愛妻家協会のゆくえ 01

日本愛妻家協会というものがありますが、
その仕掛け人は、山名さんという博報堂の方です。

山名さんは、奥さんに逃げられた(離婚)ことにショックをうけ、
親友のキャンドルアーティストの小泉さんのもつ別荘で静養しました。
その別荘は、北軽井沢ブルーベリーYGHのある嬬恋村にありました。

嬬恋村は、「妻に恋する村」と書いて嬬恋村です。
ここで山名さんは立ち直り、日本愛妻家協会をたちあげ、
嬬恋村を日本愛妻家協会の聖地として認定したわけですが、
嬬恋村も呼応して、日本愛妻家協会聖地委員会を設立。
私が、広報部長として、ホームページなどを制作しました。

http://www.kazeno.info/aisai/

そしてキャベツ畑で奥さんに
「大好きだよ!」
と、叫んだりするイベントを次々と企画したりしました。
ここまでは、よかったのですが、

調子にのってる私の
脳天を砕いてしまう大事件が
起こってしまったのでした!


それは、何かといいますと・・・・・・。


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2008年02月06日

毒入り餃子事件に思う

毒入り餃子事件に思う

久々に業務用スーパーに行ってみたら
ペンションオーナーたちが血相をかかえていました。
なんでも中国製の冷凍食材に毒が入っているらしいとのことで
返品やら在庫確認におわれていました。

ほら、いわんこっちゃない。
だから中国製は・・・・。

それにしても、酷い話ですね。
おきてしまったことは仕方ないとしても
(仕方なくはないんだが)
その後の中国政府には、本当に頭に来ています。
もうちょっと、人の命を考えてほしいです。
これじゃ、医食同源どころか、殺食同源じゃないですか!

JTフーズにしても、Aコープにしても、
もう少し慎重に生産管理してくださいよ。
たのみますよ。

ちなみに中国製の食品による実害が、
世界中で大発生しているのは有名な話です。
しかし、日本では、何故かマスコミに出てきません。

アメリカ政府では、対抗策として
中国に所在する製造元を刑事犯として起訴してます。
見習いましょうよ。

この事件は、政治からきっぱりと切り離し、
司法の場に持ち込む方が、解決の近道ですよ。

日本国の刑法でも、国内で起きた傷害事件は
国外犯であっても罪を問うことができます
(刑法第三条の二)


事件性がある場合には、政府が表に出るよりも、
独立性が保障されている司法サイドに任せた方が賢明だと思います。



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2008年03月04日

キャベチュー(酎)発見

キャベ酎発見


ee001.JPG

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味はブランデーのような感じで
ほんのりキャベツの甘い香りがします。


つづく


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2008年03月12日

花粉症

さっき軽井沢で会食したのですが、
花粉で鼻じゅるじゅるになってしまいました。

ここで不思議なことは、
なんで軽井沢に花粉があって
北軽井沢に花粉が無いのかってこと。
まあ、まるっきり北軽井沢に無いということでは無いんですが
信じがたいくらい症状が和らぐことは確かです。
どうしてですかね?

杉が無いせいですかね?
やっぱり雪のせいかな?


ともかく、この時期は北軽井沢から出たくないですね。
と、思っていたら、
意外な伏兵が・・・・・。
東京からやってきた御客様が、
花粉をジャンジャン運んできました。

てな訳で、空気清浄機ふる稼働。
そしてウエットワイパーで掃除。

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2008年03月13日

明日はホワイトデー

明日はホワイトデー

明日はホワイトデーですが、
なんと
ホワイトデー公式サイト
というものがあるんです。

http://www.candy.or.jp/whiteday/index.html

しかも連絡先が

全国飴菓子工業協同組合 ホワイトデー委員会 事務局
株式会社 みやこ飴本舗内
〒183-0051 東京都府中市栄町3-28-12
TEL:042-363-2551 FAX:042-368-1200
担当者携帯 090-4938-2030

ということです。
で、なんで
全国飴菓子工業協同組合
かと言いますと、

「日本で一番古くから残っている文献で、キャンデーの起源を調べてみると、3月14日の前後3日ぐらいずれた日付になっているんですよ。旧暦の日付だから、ある程度のずれはあるわけですが、とにかく日本のキャンデーの誕生した日という意味があることがわかったのです」

という話らしいです。
さらに

「“愛する人にチョコレートをプレゼント”のキャッチフレーズで業界に定着したバレンタインデーに対応して、全国飴菓子業協同組合が「ホワイトデー(3月14日)はキャンデーの日」と決定したのが1978(昭和53)年6月のことでした。そして、80年3月には全飴協・関東部会が第1回のホワイトデー“愛にこたえるホワイトデー”を実施し、現在にいたっています」

「昭和44年ごろから、当時の全飴協の木戸脇太郎理事長が中心になって、組合参加の各メーカーとともに、「キャンデーの需要拡大をはかるには、どうしたらいいのか」ということで、いろいろな方法を模索していたんです。当時も、メーカーによっては、細々とホワイトデーのキャンペーンを行っているところもありましたが、単にバレンタインデーのお返しにチョコレートを返そうというくらいのレベルでした。しかし、結果的にはそれが我々に、「ホワイトデーキャンペーン」をはじめさせる、契機となったしだいでして‥‥。「バレンタインデーにチョコレートをもらって、同じ物を返すのも意味がなかろう。我々は、キャンデーが得意な分野なんだから、チョコレートではなくキャンデーを贈る日にしてみたらどうだ」というような意見が、組合内で出てきたんです」

という事らしい。


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2008年05月30日

久しぶりに東京に行って驚いたこと

久しぶりに東京に行って驚いたこと

★東京駅に1時間100円のコインロッカーがあった。

★東京駅にコインロッカーに荷物と金を入れて住所を入力する宅急便があった。

★東京駅にマイ私書箱(月2000円)があった。

★東京駅が改装中だった。

★東京駅で道が分からずにウロウロしてたら親切な外人が地下鉄丸ノ内線の改札まで連れて行ってくれた。

★丸ビルと新丸ビルが無くなっていた

★ゴム長靴を履いている人がいっぱいいた

★地下足袋のようなハイヒールを履いている人がいた

★やたらに大勢の修学旅行生がいた。
★修学旅行中の生徒たちに学校の先生らしき人が、
『男子は混んでる電車に乗るときはかならず吊革につかまりなさい』
と変な注意をしていた。

★なぜか野菜ジュースのスタンドに行列が出来ていた。
★試しに飲んでみたら生あたたかったので
『冷たくないじゃん』
と文句言ったら
『冷凍物ではなく生ですから』
と言われ、妙に納得して飲んでしまった。
そのうえ美味かったのでおかわりしてしまった。

★電車でパソコンのようなキーボード配列の携帯を使っている人がいた。

★吉野屋を貸し切って牛丼をかっくらっている女子高生をみてしまった。しかもビールのようなものを飲んでいた。

★携帯で自動販売機のジュースを買っている人を発見し、たまげてしまった。思わず、自分もやろうとしたが、わからなかった。

★携帯でワンセグテレビを見ようとしたら、アンテナを持ってくるのを忘れてしまったみれなかった。

★ユースホステルで韓国人に電子レンジの使い方を使い方を教えたら、すごく感謝された上に、レトルト御飯である『サトウの御飯』をとても美味しい御飯だとほめていた。どうして、おれが佐藤だとわかったのだろうか?

つづく

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2008年05月31日

東京に行って驚いたこと2

東京は暑かったねえ

というわけで久しぶりに東京に行って驚いたこと、ぱーと2です。

★秋葉原が自分の知ってる町ではなくなっていた。

★有楽町が一変し歩行者天国になっていた。

★中国人や、韓国人に、同じ国籍だと思われてしまい、わけのわからない言葉で話しかけられてしまった。

★電車の中で、小さなDVD画面で映画をみながら通勤している人がいた。

★就職1年生らしき人たちが、慣れないスーツ姿で、いっぱいウロウロしていた。

★国会議事堂に修学旅行生が大勢来ていたが、鹿児島の中学生が、津軽(?)の中学生とが、わけわからん言葉で喧嘩していた。
 いや、仲良く会話していたのかもしれない。
 どっちにしろ、言葉がわからない。

★月・火曜日は晴れていたが、水曜日に雨になり、急に涼しくなった。
 これほど雨に感謝したことはなかった。

★雨の水曜日、いつものように国会図書館に行くために国会議事堂の前を通りかかったら、例のごとく修学旅行生が大勢来ていて、しかも全員が傘を差しているので、道がふさがれて前進できなくなった。先生方も、添乗員さんも、道を空けるように交通整理しなかったために、私をふくめ、大勢のサラリーマンたちが立ち往生し、
『遅刻する』
と切れているサラリーマンまであらわれた。しかし、誰も修学旅行生には刃向かえなかった。

★国会図書館は、本を借りるカウンターと、コピーをとる場所が、100メートルくらいはなれていて、しかも、量によっては、300メートルくらいはなれている別の階のコピー室まで行かなければならない。おかげで私は、1日に何十キロも走り回るはめになるのであった。

★国会図書館は、本を借りるカウンターと、コピーをとる場所が、どうして、ここまで離れているのか謎である。ひょっとして、本を借りる人の健康を気づかっているかもしれないと考えた私は、万歩計を買ってきて、1日何歩あるくか調べてみた。すると、1万歩どころか2万歩くらい歩いていることがわかり、大笑いしてしまった。

つづく

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2008年09月11日

シャレになってないニュース 三笠フーズの衝撃

三笠フーズ、事故米転売、架空取引繰り返す

http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20080906-OYT1T00812.htm

 米粉加工会社「三笠フーズ」(大阪市北区)がカビ毒や残留農薬で汚染された「事故米」を食用に転売していた問題で、同社が佐賀県唐津市の仲介業者との間で事故米の架空取引を繰り返していたことが11日、佐賀県の調べで分かった。事故米を流通させる手口の一つとみられ、同県はこの仲介業者についても調べる。

************************************************************

以上、引用おわり。
いや〜世も末だねえ。
今回の汚染物質は、アフラトキシンですが、その危険性は、以下のとうり最強の毒物みたいです。

毒物     体重1kgあたり致死量
サリン      100mg  ガスの場合
メタミドホス   7.5mg   冷凍ギョウザ、三笠フーズ米
青酸カリ     4.4mg

アフラトキシン 0.0006mg 三笠フーズ米

自然界における 「最強の発がん性物質」 アフラトキシンB1
(0.0015ppm = 10億グラム中に1.5グラムの濃度で、100%発癌)
に汚染された毒米が、10年以上に渡って食用として転売されていました。


波紋は広がっているようです。

http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20080906-OYT1T00812.htm

■事故米混入、芋焼酎9商品を店頭から撤去 (9月11日 22:46)
■全日空、中国製の革製品を「日本製」として販売 (9月11日 19:11)
■アサヒビールの焼酎に汚染米、「かのか」など65万本回収 (9月11日 12:34)
■ウナギ、国産と偽り卸す…銀座の「浜伸」など捜索 (9月11日 12:12)
■中国産タケノコ水煮を「国産」…大阪の業者 (9月11日 01:32)
■三笠フーズの汚染米、和菓子にも混入か (9月11日 00:36)
■事故米の転売、新たに2社で発覚…食用に流用の疑いも (9月10日 19:08)
■三笠フーズ、解雇で説明会「日本一モラルない会社で…」 (9月10日 14:36)
■汚染米取引、帳簿だけ…佐賀の仲介業者「三笠に頼まれた」 (9月10日 12:43)
■事故米、国検査時に「倉庫移動」隠ぺい工作…従業員が証言 (9月10日 03:12)
■事故米混入、芋焼酎9商品を店頭から撤去 (9月11日 22:46)
■アサヒビールの焼酎に汚染米、「かのか」など65万本回収 (9月11日 12:34)
■汚染米 今度は愛知 (9月11日)
■和菓子も混入か…三笠フーズ (9月11日)
■汚染米転用の告発2回、農水省見抜けず…酒造5社混入の可能性 (9月8日 14:44)

さらに衝撃的な話。

そして西日本を中心に流通していたと見られる汚染米ですが、西日本の肝臓癌死亡率は東日本と比べて非常に高いのですね。また、新潟や北海道などの米所は西日本と比べて約5%も低い。今回の汚染米が人体に与えた影響が懸念される・・・という衝撃。

http://ganjoho.ncc.go.jp/resources/graph_database/images/OSV1098_08_2005.jpg
http://ganjoho.ncc.go.jp/resources/graph_database/images/OSV1099_08_2005.jpg

こうなると殺人罪にあたりませんかね?

もう、安ければ良いという考えは捨てた方が良いかもしれませんね。
安全が一番ですよ。



つづく

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2009年11月06日

マレーシアで逮捕の女、拘置施設に移送

まず、ニュースの引用を。


マレーシアで逮捕の女、拘置施設に移送

http://news.tbs.co.jp/20091103/newseye/tbs_newseye4274400.html

 マレーシアの空港で、末端価格3300万円相当の覚せい剤を隠し持っていたとして逮捕された日本人の女が3日、拘置施設に移送されました。
 身柄を移送されたのは、覚せい剤4.7キロをスーツケースの底に隠して持ち込もうとしていたとして、先月30日、マレーシアの税関当局に逮捕された元看護師、竹内真理子容疑者です。
 調べに対し、「荷物は預かったものだ」と供述しているという竹内容疑者は、日本にいる母親に電話をし「こんなことになってごめんなさい」と、涙を流しながら謝っていたということです。
 竹内容疑者は、今年だけでもドバイやマレーシアなどを何度も行き来していて、現地当局は竹内容疑者が大掛かりな麻薬密売ルートの中での運び役だったとみて調べています。

 薬物犯罪に厳しいマレーシアで有罪となれば、死刑判決を受ける可能性もあります。
(03日19:15)

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

これは、事実だとしたら死刑になる可能性があります。
で、なぜ、このニュースをとりあげたかと言いますと、
日本人に知ってもらいたい事実があるからです。


なぜ、マレーシアでは
麻薬の持ち込みで死刑になるのか?
という点です。


これは、知っておいて良い。
いや、絶対に知ってないといけないことです。
マレーシアの歴史を。

 戦前のマレーシアは、イギリス植民地であり、マレーシア人たちは、ゴム林の巨大農園で奴隷のように働かされていました。そのうえ麻薬漬けにされていました。一日の仕事が終わるとマレーシア人たちは、賃金をはたいて英国人の管理の下、中国人たちから阿片を買います。彼らのくゆらす阿片の煙と独特の臭いが夕闇の中に漂いました。しかし、太平洋戦争がはじまり、プリンスオブウエールズなどのイギリス戦艦二隻が沈められ、シンガポールも陥落し、白人様が血相を変えて逃げ出していきました。マレーシアはそのとき一変しました。

 そして独立。

 しかし、マレーシアの阿片中毒患者は十万を超え、経済は中国人が握っていました。ゴム林も錫鉱山もロンドンにいる英国人が所有し利益を吸い上げていました。マレーシアはまず国庫の大方を注ぎ込んで英国人からプランテーションの所有権を買い戻し、阿片密売者にはどしどし死刑を宣告しました。

 そしてマレーシアは、マレー人のもの、中国人は遠慮してもらうと。でもただ出て行けとは言いませんでした。彼らに領土の一部シンガポールをそっくり与えたのです。こうしてマレーシアから麻薬を撲滅させていったのです。

 マレーシアにとって、麻薬くらい憎いものはありません。
 私たち日本人は、まず、そのへんを理解した上で、マレーシア旅行に出かける必要があります。
 彼らに敬意をはらうなら絶対に薬物に手をだしてはならないし、運び屋になってもいけないのです。

 しかし、日本人の信用につけ込んで、運び屋として利用しようとする、甘い罠が存在することも確かなのです。どっちにしろ、外国で麻薬に手を出す危険は避けた方が良い。

untitled.jpg

つづく。

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posted by マネージャー at 00:45| Comment(2) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月10日

ベトナム旅行

JALが、大赤字で倒産するかもしれないとのこと。
はたして政府は、支援するのかどうか?
JALで、思い出したのは、戦前の

日泰定期航空機松風号不時着の原因判明

についてです。

 昭和13年頃、日本は九七式重爆を改造した旅客機MC20を主力機にしてアジアをネットする航空路を作ろうと近隣諸国に働きかけました。しかしフィリピンもベトナムもどこも欧米諸国が支配する植民地で、それぞれの宗主国は日本機の乗り入れを頑なに拒絶しました。

 黄色人種が製造した飛行機が乗り入れたら、白人の権威が色あせて植民地支配も揺らいでしまう、というのが拒絶の理由でした。しかし、例外がありました。植民地になってない「タイ」でした。そして、昭和15年にバンコクへの就航が実現しました。

 しかし、フランスが嫌がらせをしました。
 仏印上空の飛行を認めず、
 日本機はインドシナ半島を大きく迂回するルートを強いられたのです。

 ところが第二次大戦が始まり、ドイツの支配下に入った仏印政府は渋々日本の上空通過と乗り入れを認めました。こうして大日本航空の松風号がハノイ経由バンコク行きの第一便として飛ぶことになりましたが、その機体は、帰り道にベトナムのはハノイを離陸直後に墜落してしまいました。原因は何者かが燃料タンクに水を入れ、エンジンが停止したためだったと言います。同機は仏軍基地ジアラム空港を使っていました。機体に近寄れるのはフランス人だけで、彼らの犯行でした。仏印進駐には、こういう背景があったのですが、戦後世代の私たちには、知られされずにいます。

 しかし当時の日本は事を荒立てませんでした。
 何一つ。

 そして、仏印進駐。

 仏印進駐というと、日本が仏印を占領したかのように思う人がいますが、実は違います。主権は、フランス政府にあり、日本軍は、駐留しただけでした。いわゆる在日米軍基地みたいなものです。実はフランス人の仏印支配は、昭和20年の終戦まぎわまで続きます。

 フランス政府は、ベトナム人の弾圧し続け、ベトナム人を入れる監獄建設ラッシュが続いていました。サイゴン最大のチーファ監獄が完成したのは昭和18年でした。街や村には人頭税やら出産税やらを取り立てる華僑の徴税吏が駐在し、政府直営の阿片専売所も置かれ、その売り上げがハノイに集められていました。

で、この頃、ハノイ周辺は歴史的な洪水に見舞われ飢餓が発生。

日本軍は大釜を出して人々に粥を振舞い、昭和20年3月31日に日本軍がクーデター(明号作戦)を起こしてフランス人を行政から追い出し、クーデターのあと日本軍は仏印政府が貯め込んだ米を放出したのです。そしてまたたくまにフランス軍を撃破した日本軍に、多くのベトナム人が歓喜したのです。

ベトナムに旅行する人は、このへんの事を知っておくとよいでしょう。



つづく。

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posted by マネージャー at 11:53| Comment(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月03日

6ヶ月ダイエット実験結果に思うこと

6ヶ月ダイエット実験結果に思うこと。

 半年前に生死にかかわる210の高血圧で、運動とダイエットを決断。
 それから6ヶ月がたちました。

 結論からいって10キロの減量に成功しています。

 半年前に95キロから96キロ以上あった体重が、今は、85キロ以下に減りました。しかし、宿を始める前の私の体重は70キロ(身長180センチ)。これだけ痩せても、宿を始める前より15キロも太っています。まだまだデブですね。

 まあ、そんなこと、どうでも良いのですが、
 今日の話題は、どんなダイエットが一番、効果があったか?
 というテーマです。

 実は、一番急激に体重が落ちたのが、ダイエットをはじめて1ヶ月から2ヶ月の時でした。95キロから、いきなり90キロまでの減量に成功したのです。去年の12月頃のことです。あまりにも急激な痩せように、このままいくと半年で25キロくらい痩せるんじゃないか?と楽観したほどです。

 で、どんなダイエットで1ヶ月に5キロも痩せたかと言いますと、ウォーキングでした。雪がチラホラ降っていて山に登れない季節であり、かといってスノーシューもできない状態だったので、ウォーキングしかできなかったのです。
「ウォーキングじゃ、たいしてダイエットにならないかな」
と思ってはじめたウォーキングが、結果として一番ダイエットになったのは皮肉なことでした。

 次にスノーシューでダイエットを行いました。今年の1月から3月にかけて、スノーシューでダイエットをはじめたのです。それもツアーコースのラッセル(除雪)というキツイ仕事つきでスノーシューダイエットをはじめました。おまけに、重いスノーシューを装着してのダイエットです。

 この時、スノーシューでラッセルすると1日3000カロリーくらい消費するので、もっと急激にダイエットが進むと信じていました。ところが、体重はいっこうに減りませんでした。不思議なことに冬の3ヶ月間の間、89キロ前後で推移していたのです。

「変だなあ? どうして体重が減らないんだろう?」
「ウォーキングよりも、確実にカロリーを消費しているのに」
「ウォーキングの2倍はカロリーを使っているのに」

 ただし、血圧は下がり続けました。210もあった血圧は、スノーシューをやった日は、130くらいまで下がったのですから、体調は本当によくなった。けれど、どういう訳か体重は減らなかったのです。

「変だなあ? 何故だろう?」

 実は、この疑問の回答は、嫁さんが出してくれました。なにをかくそう、うちの嫁さんは、結婚以来、体重が増えていません。その嫁さんが、ある日、青ざめた顔でこう言ってきたのです。

「体重増えてないのに、昔のジーンズがはけなくなっている」
「なるほど、そういうことか!」

 逆に私は、昔のジーンズをはいてみました。

「はける! 昔のジーンズがはけるようになっている!」

 体重は減って無くても昔のジーンズがはけるようになっていたのです。つまり、毎日スノーシューでツアーコースのルートのラッセルをやることによって、筋肉が増えていき、その結果、体重も増えていった。そのために脂肪が減っていたにもかかわらず、体重が落ちてなかったんですね。

 逆にウォーキングでは、筋肉がつきようがないので、脂肪だけが燃焼されるので、体重は急激に落ちるということになる。スノーシューだと、筋肉がつくので、脂肪は燃焼されても新しい筋肉も増えるので体重も増える。結果として、プラスマイナスゼロになる。

 そう考えた私は、スノーシューの季節が終わった4月・5月と、軽いハイキング中心のメニューにしたのです。荷物も極力減らして、軽めの登山にし、雨の日は自宅で静養することにしました。すると、また体重が減り出しました。5月下旬に85キロまで体重が減ったのです。

 ここで結論です。
 体重を減らすには、軽めの登山の方が良い?

 しかし、疑問もわきます。

 本当に軽めの登山の方が良いのか?
 ヘビーな登山をして、筋肉を増量して代謝を増やした方が良くないか?

 どっちが良いのかは、分かりませんね。
 どちらも一長一短がありますから。

 ただ、どちらの方法でも、血圧だけは確実に減りますから、身体にいいことだけは確かですね。

 今の私の悩みは、お腹が出ていることです。登山やウォーキングやスノーシューのおかげで、手足の贅肉は無くなりましたが、胴回りの贅肉だけは、まだまだ改善の余地がありそうです。できれば、今年度中に、つまり、あと6ヶ月で改善していきたいと考えています。はたして6ヶ月で、あと10キロも痩せられるのでしょうか?


つづく。

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posted by マネージャー at 01:59| Comment(4) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月09日

北軽井沢ブルーベリーYGH10周年 1

明日は北軽井沢ブルーベリーYGHオープン10周年記念です。

オープンして10年たちました。
といっても、オープン当初はペンションでした。
ユースホステルになったのは、その半年後のことです。

開業開始は、7月1日でしたが、
御客様が入ったのは、7月の北軽井沢マラソンの前日でした。
つまり、最初の御客様は、北軽井沢マラソンの御客様でした。

御客様は、2人。
目の見えない御夫婦でした。
奥さんは音楽家。
御主人はマラソンランナーで、パラリンピックで上位入賞するほどの人でした。
盲導犬とともに、やってきて、北軽井沢ブルーベリーYGHにお泊まりになりました。

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実は、それより前に、別の方が予約をいれてきたのですが、断ってしまった。麻雀客の団体様だったからです。
麻雀客の団体様の貸し切りは、金になる。
酒を沢山飲んでくれる。
でも、断ってしまった。
で、北軽井沢マラソンに出るために宿をさがしていた、目の見えない御夫婦を迎えることになったのです。

お金は、喉から手が出るほど欲しかったけれど、あえて、お断りし、目の見えない御夫婦を記念すべき第一号の御客様として、お泊まりいただいたのです。
ちなみに、この記念すべき第一号の御客様は、名前は出しませんが、御夫婦共に、いまではスッカリ有名人です。テレビや雑紙によくでてくる方になっています。これは宿主として、とても嬉しいですね。その方の、その後の御活躍を知る度に、
「この方を第一号の御客様に撰んで良かった」
と思いました。その後も、良い御客様に恵まれたことから、この方が、北軽井沢ブルーベリーYGHに幸運を運んでくれたのだなあと、本気で思っています。

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というわけで、北軽井沢マラソンは、北軽井沢ブルーベリーYGHにとって、とても大切な思い出のイベントでもあったのです。だから北軽井沢ブルーベリーYGHは、マラソンの御客様を大切にしてきたのです。しかし、今年の北軽井沢マラソンは中止。10周年記念に、特別の企画を計画していたのが、残念ながら流れてしまった。でも、気をとりなおして、ブログに、このエピソードを書くことにしました。


明日と明後日、晴れると良いなあ。


つづく

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posted by マネージャー at 22:23| Comment(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月09日

安物を買わなくなってしまった理由

掃除機

 640wの掃除機を買いました。
 世界最強の吸引力をもつやつです。
 畳を持ち上げるほど強力な製品。
 メーカーは、モーターの日立。

 なぜ、こうも強力なやつを買ったかと言いますと、ベットマット・ソファーのダニを吸うためなんです。本当は、ウォーター掃除機が欲しかったのですが、高くて手が出なかった。それに最近は、吸引ゴミ袋が進化してハウスダストをガッチリ受け止めるようになったので、むかしほどハウスダストが漏れることが無くなったこともあります。

 ダニを退治する方法は、いろいろありますが、実は掃除機が一番確実。実験結果では、ゼロになるまで吸い取ってくれることが分かっています。布団乾燥機や天日干しでは、5割くらいしか効果が無いのに、掃除機では一瞬ですがダニがゼロになる。そのためには、強力な掃除機が必要なんですね。

 ちなみにうちの掃除機は、これで7代目。いろいろ経験した結果、掃除機は600w以上のパワーが無いとダニは駆除できないことが分かりました。安い掃除機だとモーターも5年くらいで性能が悪くなります。特に紙パックの交換を渋ると性能が悪くなる。だから、うちは値段が高くても最高機種のものを買うようにしています。でないと、掃除機がゴミになってしまう。





 ところで宿をやってると、だんだんと安物買いをしなくなりますね。
 昔は、安いリケンラップなんかを買っていたんですが、
 今じゃ高くてもサランラップしか使っていません。
 使い勝手が悪いからです。
 百円ショップのやつも買わなくなってしまった。

 安物は、料理を駄目にしてしまうことがあるのと、料理の能率を落としてしまうことがあるからです。あと、百円ショップのやつは、せいぜい二十メートルしか無いので、取り替える手間や在庫の置き場確保が面倒なので、百メートルあるサランラップしか買いたく無くなってしまいました。





 これは、蛍光灯なんかにも言えることで、オープン当初は、一番安い蛍光灯を買ってましたが、いまじゃ一番高いやつしか買わなくなってしまった。安いのは7000時間しかもたないからです。高いのは、1万5000時間もつ。しかし、値段は3倍する。つまり、時間単位で値段を割ってみても、安いやつの方がコストは低い。しかし、安いのは買いたくないのが本音です。取り替える手間が多くなるのと、ゴミが出るためです。ゴミは減らしたい。特に水銀を使用している蛍光灯は、大量に捨てたくない。環境に悪いですからね。


 そういう私も昔は、安物買いをして痛い目にあってます。
 韓国製のテレビを8台買ったのですが、
 1年以内に7台が壊れ、
 7台分のリサイクル料金を払うはめになってしまった。
 保障期間は1年でしたが、結局、保障はしてくれなかった。
 なのでテレビは全て国産しか買ってません。


つづく

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2011年07月26日

マレーシアで、3万人が日本の盆踊り

2011年7月16日(土)、3万5000人もの世界最大の盆踊りが開催されました。
これほどの人間が集まることはマレーシアではないということです。

マレーシアは親日国です。理由は、日本が独立のきっかけを作ってくれたため。
イギリスと華僑から麻薬づけにされたマレーシア人は、
そこから縁を切るためにシンガポールを分離独立させました。






こちらはマニラの盆踊り




実は、この盆踊り、かなり海外に普及しているようです、
下の盆踊りサイトをごらんください。
http://www.bonodori.net/kaigai/101.htm

特に盆踊りを開催している場所が集中していたのが、「ハワイ」「カリフォルニア」「ブラジル」の3地域。
日系移民たちが伝えたんですね。
この他に戦後、海外に進出した企業の社員とその家族を中心に、邦人社会の年中行事として盆踊りが開催されるケースも数多く見られます。



これはハワイの盆踊り
なぜかマツケンサンバ



こちらはドイツ
なぜかフランクフルト音頭



ブラジルの盆踊り?
もう、ここまでくると...orz




ちなみに私は、佐渡出身。
体育の授業で佐渡おけさを踊らされました。
しかし、あれは「佐渡島民」には違和感のあるおどり。
佐渡島民とは関係なく、東京あたりではやった踊り。
佐渡で、伝統的に踊ってきたものと別物だったのです。
しかし、体育の授業で踊らされました。
「馬鹿馬鹿しい」
と思っていたのですが、島からでた時に役立ちました。
東京で、佐渡出身と聞いた会社の上司が、佐渡おけさを踊れと言ってきた。
かろうじて、踊れた私は、恥をかかずにすみました。



つづく

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posted by マネージャー at 09:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月01日

現場の知恵は素晴らしい 会社のトップは無能だった?

興味深い事例があったので紹介します。

http://labaq.com/archives/51688308.html より引用です

 チューブが入らず空っぽの箱ができてしまうのは生産ラインに問題があり、タイミングなどを調整しても100%箱に入るようにデザインするのは困難を伴いました。

 工場にいるエンジニアは手がいっぱいであったので、会社のCEO(最高経営責任者)は経営陣を集め、外部からエンジニアを雇い新しいプロジェクトを立ち上げることにしました。通常行なわれるように、予算、プロジェクト・スポンサー、6ヶ月の計画と800万ドル(約5億円)をかけて、質の高いプロジェクトを実施したのです。
 これによって空っぽの箱ができるたびに重量不足を検知してベルが鳴り、光で知らせるシステムが構築されました。そのたびに生産ラインをストップさせ、人の手で空箱は捨てられます。その後ボタンを押して再びラインが動き出します。

 問題が解決するようになってから、しばらくたったある日のこと。
 CEOがその後のプロジェクトの様子を確認しにきました。

 客からのクレームは減っており、市場での売上は伸び、使った金額分の成果が出ていると満足しました。次にどれくらいの空箱が出ているかを示す表を調べてみたところ、3週間にたった一つもなかったのです。報告書に間違いがあるのではないかとエンジニアたちに尋ねてみると、それが正しい報告数値だと答えが返ってきました。実際にコンベアベルトに載っているもので、空の箱はないと言うのです。

 疑問を抱いたCEOは工場まで足を運び、
 ラインの現場を自分の目で確認することにしました。

 すると検知する場所の1.2メートル手前に20ドル(約1500円)ほどの扇風機が置かれており、空の箱を吹き飛ばしてはゴミ箱に入れていたのです。説明を求めると、作業員の一人が答えました。

「ああ、それはベルが鳴るたびにいちいち来るのが面倒だったので、そこに置いたんですよ」

会社が800万ドルの資金と手間をかけて解決したものよりも、普通の作業員がたったの20ドルで、はるかに合理的な解決をしてしまったという例です。実際はこれほどドラマチックではなくとも、似たようなことは企業ではよくあるのかもしれません。ここから得られる教訓は

「簡単な解決法を知りたい場合は、怠け者に聞け」

と言ったところでしょうか

−−−−−−−−−−−−−−−−−以上、引用終わり


笑っちゃいました。
北軽井沢ブルーベリーYGHをオープンしてからも、
にたような事が何度もありました。

「すいませーん爪切り貸してください」
「すいませーん綿棒を貸してください」
「すいませーんタオルを貸してください」
「すいませーんバンソウコウはないですか?」
「すいませーん生理用品の予備は無いですか?」

対応が、めんどくさいと思った私は、全室に置きました。
おかげで、御客さんから、こういう問い合わせは減りました。
しかし、まだ全て解決はしてない。

「すいませーん天気予報はどうでしょう?」
「すいませーんインターネットやりたいんですが」

パソコンを2台設置しましたよ!
そしたら御客さんからの質問が減って大助かり!
御客さんへのサービスというよりも、自分の労働を減らしたい!
という、怠け者のマネージャーの知恵です。



 こういう事は、他でも、よくあるんですよねw
 実は、私も何度も経験しています。
 大昔、ガラス清掃会社にいたときです。
 ロープをはって、降りる時に、いちいち、もやい結びで結んでいるのが馬鹿馬鹿しいので、会社のマニュアルを無視して、こっそり登山用カラビナを使って仕事をしたんです。当然のことながら2倍のスピードになりますから、みんなより速く仕事を終えて休んで本を読んでいた。

 それに怒った上司は、カラビナ使用禁止した。
 馬鹿馬鹿しいので、私は、その会社を辞めました。
 次の会社(ガラス清掃会社)でも、同じようなことが起きました。

 その次の会社(ガラス清掃会社)では、逆にカラビナを採用することになり、私は社長に言われて、登山ショップへカラビナを大量に買いに行かされました。その会社の利益は、どんどんあがっていきました。トップの姿勢次第で、業績は、まったく違ってくるのです。



こんなこともありました。
NTTの下請けで働いていたときのことです。
某工事で現調(工事図面を作ること)をしていたときのことです。
どう考えても工程表どうりに図面を作ると、時間も予算もかかるのがわかった。
でも、そうやれという。
理由は、計算上資材費が安くなるかららしい。
しかし、それは嘘。逆に高くなるのがわかっちゃない。
工事をやったことがない人間が机上の計算をすると、とんでもないことになることが多いのです。

仕方ないので、図面を二つ作ってしまった。
提出用と現場用です。
これで何千万も工事費が浮くからです。
もちろん、ゆとりある工事となり、欠点を重点的にチェックできた。
検査員は、欠点の検査しかしないので、これでOKとなり、
素晴らしい工事とのお褒めのことばまでいただいたものです。



つづく

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posted by マネージャー at 12:22| Comment(2) | TrackBack(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月31日

とても感心した話

ある御客様が、うちに泊まりに来る前に事故をおこしてしまった。
その時、たまたま通りかかった人に助けられたんです。
助けてくれたのは、4人です。
2人は、地元民(農家)。
2人は、通行人だったらしい。
そこまでは、よくある話でした。
私が感心したのは、その後の話です。

助けられた後に、北軽井沢ブルーベリーYGHに泊まった、うちの御客様です。
その御客様が、助けてくれた4人に、御礼をするために、
何も手がかり無しに4人を探し出し、
全員に御礼をしたことです。

地元の農家の人は、探せば分かったかもしれませんが、
通行人まで探し当てて、御礼をしたのは凄いと思いました。
なにせ、それを探し出すために、北軽井沢にやってきたわけですから。
本当に感心しました。
日本も、まだまだ捨てたものではないです。
こういう御客様に出す料理には、つい力が入りますね。



つづく

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posted by マネージャー at 23:29| Comment(4) | TrackBack(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月15日

「べらぼうめえ」と、夏目友人帳の世界

嫁さんがサーカスを見たいと言い出した。
ディズニーランドでやてる、シルク・ドゥ・ソレイユとかいうサーカスを見たいらしい。

しかし、私には興味がわかない。
シルク・ドゥ・ソレイユも、
キダムも、
サルティンバンコも、
さっぱり興味がわかない。
「きれいすぎる」からです。
サーカス特有の、おどろおどろしさが無い。





実は、私は子供の頃、サーカスをたくさんみています。
といっても、空中ブランコとか、ゾウの玉乗りを見たわけでは無い。
もっと、ドロドロしたサーカスでした。

巨大なニシキヘビを出して、芸をさせるわけでもなく、ニワトリ1羽ごとを食べさせたりする。それだけの、今から思うとかなりショボイサーカスでした。
助手には、手足の無い女性が出てくる。
そして、その彼女を紹介して、同情をひきつつ募金を募ったりする。
公務員の初任給が3万円だった時代に、1万円の寄付する人もいっぱいいました。
もっとも、何人かはサクラだったでしょうが。

母親が、私に百円玉を握らせ、
「寄付しておいで」
と言われました。まだ、4歳くらいの私は、百円玉を握って壇上にかけあがると、私と背丈が同じくらいの小人さんが、シルクハットをぬいで受取り、私の深々とお辞儀をしました。
サーカスの団長は、何本もの針と糸を口に入れ、針に糸を通して見せました。

怪しかった。
今思えば、かなり怪しかった。
まさにフリークスの世界だった。
念のために、フリークスを知らない人のために、この画像を貼っておきます。
昭和7年の映画ですが、昭和30年代の日本にも、こういう人たちが、いっぱいいて、サーカスというか見世物小屋で働いていました。





ある日のこと、このようなオドロオドロしいサーカスの人と、仲良くなったことがありました。
彼は、こっそり楽屋に入れてくれました。
そして、みんなから可愛がってもらったのです。
その時の衝撃は、大きかった。
大きな髭の生えている女性に抱かれたりした。
「僕もサーカスに入りたい」
と言ったのですが、大きくなったらねと言われました。

面白いことに、彼らの多くは新潟県人で、佐渡島出身者もいました。
当時は不思議に思ったものですが、実は、戦前までは新潟出身の芸人が多かった。
それが駄目になったのは、戦後にできた『児童福祉法』のせいだったらしい。
戦前の新潟では、間引きを行う代わりに、軽業師に売られる子供たちが多かったらしい。
そして、才能ある子供たちは、世界中に散っていったとのこと。
新潟では子供をしつけるときに
『サーカスに売るよ』
という言葉を使っていました。
そのくらい売られていく子供たちが多かったのかもしれません。
そのために古いフィルムに写っている軽業師の動画の多くが日本人だったりします。
これは世界最古の軽業師の動画です。





これらの軽業師たちの技は、大道具を必要としません。
身体一つで芸をみせます。
私が子供の頃に見たサーカスというか見世物小屋も同じです。
大きなテントは必要で無く、小さなテントの中で、オドロオドロしい芸をみせていました。
決して、派手な芸ではないのですが、アングラかげんがよかった。

話は変わりますが
『べらぼーめえ』
という言葉を知っていますか?

江戸時代の初期に『べら坊』という子供が見世物で大流行した。
全身真っ黒、頭が尖り、眼はまん丸で赤く、あごが猿のような男が、見世物小屋で大人気になったらしい。
「そんな奴がいるもんか!」
という意味の言葉が
「べらぼうめえ」
という意味の言葉として定着したらしい。

見世物小屋のオドロオドロしい芸は、まさに
「べらぼうめえ」
であり
「そんなものあるはずがない」
なのですが、

あるはずもない世界を信じたい心は、私の中にあった。
で、子供の頃に

「ゲゲゲの鬼太郎」
「河童の三平」
「妖怪人間ベム」
「怪奇大作戦」
「ウルトラQ」

といった番組に熱中しました。
山に登ったり、森に入ったりもしました。
今でも私は、山好きで、年に300回くらい登っています。


この癖は、大人になっても消えませんね。
こういう類いのアニメがあると熱中してみてしまう。

「ひぐらしの鳴く頃に」
「蟲師」
「屍鬼」

などという作品が大好きです。
特に気に入ってるのが
「夏目友人帳」
です。この作品は、とてもいい。
音楽も素晴らしい。
したの動画は、BGMです。
素晴らしい曲なので、一度聞いてみて下さい。





ストーリーは、いたって単純で異能の力をもつ故に孤独になった少年が、妖怪たちと交流する話です。
「星の王子様」
と少し似ていますが、「星の王子様」と違うところは、フリークスの世界を扱っています。
よーするに「気味の悪い世界」です。

しかし、妖怪という気味の悪い世界と、主人公の夏目には共通点があります。
それは「孤独」です。
主人公の夏目には、妖怪が見えるために「嘘つき」にされ、孤独になってしまう。
つまり、夏目には、いつも孤独の中にいた。

しかし、フリークスの内にいれば、孤独でも何でも無い。
人間世界では、孤独な夏目でも、
妖怪の世界では、孤独では無いのです。





思えば、子供の頃、見世物小屋の楽屋で、私が感じたのは、そういうフリークスの内にある、ある種の温かさだったのかもしれません。世間から孤立しているように見える見世物小屋のフリークスたちは、かれらの世界の中では、とても居心地が良い。

それを見たから私は「僕もサーカスに入りたい」と言ったのかもしれない。
だから私は、親に「サーカスに売るぞ」と脅されても嬉しそうにしていました。
私には、フリークスの世界に少しも抵抗を感じなかった。



つづく

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2011年09月17日

観光関係者は、英語表記が、ダサくなってきているのに気付こう!

観光関係者は、英語表記が、ダサくなってきているのに気付こう!

これは、御客さんへというより、観光関係者向けに書いています。
実は、ちょっと前に、某観光関係者から、こういう話を聞きました。

北の観光地に、白鳥が飛来する人造湖を作った観光地があった。
で、そこの観光協会の長は、その人造湖に
「スワンレイク」
という名前を付けようとしたらしい。
しかし、若手は大反対。ダサすぎるからです。それより
「白鳥湖(しらとりこ)」
にしようと言っている。

この結末が、どうなったのか知りませんが、よくもまあ
「スワンレイク」
などという超ダサイネーミングを思いついたと思いますね。

もう英語表記は、ダサダサになっていることに、
観光関係者は、気がつくべきですよ!
「ホテル・ニュー・◆◆◆」
などというネーミングは、もっての他ですが、
「ネオ・◆◆◆」
もダサダサになっていることに気がつくべきです。
英語はダサくなっている状況は、10年前から進行しています。
10年前くらいから、フランス語が台頭してきていますが、
そのフランス語さえも、ダサイイメージがでてきています。

北軽井沢では、「ルオムの森」というものができましたが、この
「ルオム」
というネーミングは、フィンランド語からきています。
フィンランド語で「自然に従う生き方」を意味します。
これは、べつにカッコイイネーミングにこだわったのでは無く、フィンランドのライフスタイルと北軽井沢のライフスタイルに近いものがあったから、こういうネーミングにしたと聞いています。横文字信仰でつけたネーミングではありません。

けど、安易に横文字を使いたがる人が多いために、せっかくの観光地が台無しになってる例が多いんですよね。「スワンレイク」なんて止めた方が良いと思いますよ。「白鳥湖(しらとりこ)」の方が感じが良いし、どうしても横文字を使いたいならロシア語か、シベリアの原住民の言葉を使った方が良いと思いますね。







ところで、こんなサイトを見つけました。

http://vipsister23.com/archives/4171188.html
小1になった姪の33人(男16人女子17)クラス連絡網がカオス杉

【女児】     【男児】       
・あゆみ(あゆみ)・あきら(彰)    
・あきら(晶)  ・かいと(海斗)   
・あやね(綾音) ・けいた(恵太)   
・ありす(亜栗鼠)・てんが(天牙)   
・うてな(兎天奈)・しょう(将)    
・おると(音瑠羽)・しょうま(翔馬)  
・くれは(紅葉) ・すばる(昴     
・ここあ(心亜) ・そうま(蒼磨)   
・さおり(沙織) ・だいすけ(大輔)  
・なおこ(尚子) ・たくみ(匠)    
・ねおん(音恩) ・ぺがさす(天馬)  
・まい(真衣)  ・りおん(璃音)   
・むい(夢姫)  ・りゅうせい(龍星) 
・めろ(明芦)  ・りょうすけ(亮介) 
・りな(梨奈)  ・らいと(洸斗)   
・るのん(桜音) ・れい(玲)     
・れいか(怜花)

凄い連絡網ですね。
大笑いしました。
今の子供たちは、みんな、こういう名前なんですか?
すごいですね。

もっとも、私の同級生は、娘に「星来(せいら)」と付けていましたけれど。
星来(せいら)ちゃんも、無事に育っていたら25歳なんだよなあ。
無事、生きているのかなあ?



つづく

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posted by マネージャー at 01:41| Comment(8) | TrackBack(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月30日

最近のDELLパソコンには、参った

この記事は、嫁さんのパソコンから書いています。
というのも、私のパソコンが起動しなくなったからです。
いやあー参った。

まあ、うちには予備のパソコンが5台あるので、不自由はしないのですが、
最近のDELLパソコンは、いまいち安定度が悪いので、
もうDELLとの取引は止めようと思っています。

ちなみにうちは、ここ10年間、ずっとDELLを使ってきていて、
ノートも含めて8台くらいDELLを買っています。
正直言ってDELLには、とてもお世話になってきたのですが、
最近の品質の悪さと、サポートの悪さを考えると、
評判の良いエプソンダイレクトに乗り換えようかと思っています。

どうなんでしょうね?
エプソンダイレクトの評判は?

日経ビジネス 2011年版
「アフターサービス満足度ランキング」パソコン部門
7年連続 第1位を受賞!

という話ではないですか。
それが本当なら、すごい魅力ですよね。


つづく。

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posted by マネージャー at 05:25| Comment(4) | TrackBack(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月08日

アイヌの祖先は、東南アジアから来た可能性が高い?

何を隠そう、私は犬好きです。
子供の頃は、4頭もの犬を飼っていました。
中学校の頃は、犬の訓練士になりたかった。
高校の頃は、将来、樺太犬のブリーダーになりたいと思っていました。
結婚して、埼玉県の春日部に住んだ頃には、犬を飼おうかと思ったものですが、
大家さんに断られて断念しました。


で、宿の経営者になってしまった。
もう、犬を飼うのは無理になってしまった。


宿屋が犬を飼うのは難しい。
まず室内犬は、無条件で駄目。
御客さんに噛みつく犬は飼えない。
毛の抜ける犬も飼えない。
(実は、これが一番の問題)
となると、短毛のレトリバーしか選択肢はない。
しかし、そのような大型犬だと、一緒に山には行けない。
車に乗せて買い物に行くのも難しい。
宿屋になるイコール犬(猫)は飼えないのですよ。
ワンちゃんペンションなら別ですけどね。





昔、釧路まきばユースホステルで、ヘルパーしていた時に、
すごい場面を目撃してしまったんです。
そのユースホステルには、犬もいたし、猫もいた。
私は、何の問題もないと思っていた。


ところが、ある日、御客さんが発作をおこしてしまった。
救急車を呼ぶ寸前だった。
猫アレルギーだった。
あれをみてから、宿主になるということは、
猫や家犬を飼えないということだと理解した。
で、北軽井沢ブルーベリーYGHをオープンしてから、
ペットはあきらめてしまった。





もし、宿をやってなかったら甲斐犬を飼いたかった。甲斐犬は、一人の主人に
しか仕えないので有名な犬です。
しかも、シェパードやドーベルマンより利口な犬です。
昔、旧日本軍が、あまりに賢いので、甲斐犬を導入したことがありました。
で、訓練してみたら、シェパードの半分の時間で何でも覚える。
頭がいいんです。陸軍の関係者は大喜び。

「こいつは、シェパードの2倍も利口だぞ!」

と、すごく喜んだはよかったのですが、
その犬たちを満州に連れて行ったら、
一晩のうちに甲斐犬が柵をやぶって逃げてしまった。
甲斐犬は、一人の飼い主にしかなつかないのです。
それを陸軍は、わかってなかったんですね。

こういう話もあります。
甲斐犬の飼い主が病気で倒れると、
甲斐犬は、じっと見守っている。
そして他人をよせつけない。
そこに医者がやってきても、絶対に寄せ付けないとか。

甲斐犬は、こういう犬なんですが、
たいていの日本犬が、こういう特色をもっています。
利口な日本犬は、主人に忠実で、他人に警戒します。
だから、宿で日本犬を飼うのは博打にちかい。
だから、どの宿でも、だいたいはレトリバーとか、ハスキーといった、誰にで
も懐く犬しか飼ってないんですね。





話は変わりますが、遺伝子の解析によって、日本犬のルーツがわかってきてい
ます。日本犬のルーツは、なんと東南アジアでした。

で、その原日本犬の遺伝子をもっとも色濃く受け継いでいるのが、北海道犬だ
という。
つまり、北海道犬は、大昔、東南アジアからやってきたということになる。
ちなみに、犬は、人間とともに移動します。
つまり、日本人の祖先も東南アジアからやってきた可能性が高い。

逆に日本犬の特色が、もっとも薄いのが山陰柴犬らしい。
大陸の犬の血が、1割くらいまざっているらしい。
こういう事がわかってきたために、動物学の世界的な権威たちの間では、
「日本人の祖先は、東南アジアであり、アイヌの祖先も東南アジアから来た可
能性が高い」
という事になっている。

これは、おもしろい視点から、日本人のルーツを探っている。
動物学では、どの民族でも犬と人間の移動は、一致しているらしい。
アイヌ犬の祖先が東南アジアだとすると、
アイヌの祖先も東南アジアと考えるのが普通らしい。
もちろん、日本人の祖先も.....。
はたして真相はいかに?





つづく。

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2011年10月25日

ホームページの威力

今日、いきなり旅行業者から電話がかかってきて、
香港などの海外の旅行業者に、
パワーポイントで、スノーシューのプレゼン(Presentation)
をやってくれと言われました。
それも11月末に。

もちろんやんわりと、お断りしました。
第一に、私はパワーポイントを使ったことない。
第二に、プロジェクターがない。
第三に、11月は私のスケジュールが埋まっている。
相手の方に私のスケジュールに合わせられないなら、
企画自体が成立しない。

スノーシューの普及活動に力になりたいのは、やまやまなのですが、
話が早急すぎてついていけなかった。

まあ、パワーポイントの方は、勉強して
今から覚えることが不可能ではないんですが、
それにしても忙しい中、労力が大きすぎる。
プロジェクターだって購入してもかまわないんですが、
その労力と費用を投資するだけの価値のある
意義ある仕事かどうかの説明は、一切していただけなかった。

おそらく、ホームページをみて、すぐに飛びついて
電話してきたんだろうけれど、
何も説明せずに
『△△できますか?』
『△△してください』
じゃあ、できませんと言うしかない。
最低でも、御主旨と意義を述べた上で、企画書なりをメールかFAXしてもらいたいものです。


実は、最近、こういう問い合わせが多いんです。


某大手マスコミ(日本最大のマスコミ)が、夏の忙しいときに、軽井沢について何度も聞
いて来た。こっちは、ぶっ倒れそうなので、資料館・博物館の館長、歴史家、ゆかりのあ
る店、知り合いの研究家を紹介したのだが、手がかりを得られないと、すぐにうちに電話
してきた。これには参った。


『いそがしいんだから、勘弁して下さいよ。うちは、しがない宿屋で、夏は毎日4時間睡
眠なんですよ!』


これも、私が大量のホームページを作っているためですが、日本最大のマスコミが、どう
して、ホームページで取材をするのだろうか? どうして軽井沢の宿が、7月は死ぬほど
忙しいということを理解できないのだろうか?


それにしても、ホームページの威力はすごいものです。
ホームページさえ作っていれば、いろんな人がやってくる。
だから、一時期、大半のホームページから、私の連絡先を削除しました。

そしたら、間違った掲載記事の訂正したがっている人が、
私とコンタクトがとれなくて、とても迷惑をかけてしまった事件があった。
で、全てのホームページに、また問い合わせ先を再掲載した。
やはり、問い合わせ先がないと、ヨソ様に御迷惑をかけることになる。


つづく。

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posted by マネージャー at 20:58| Comment(4) | TrackBack(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月08日

「ルーズベルトは狂気の男」 フーバー元大統領が批判




今日は、日米戦争開戦70周年でした。
真珠湾攻撃から70年たったわけです。
アメリカは、いまだに真珠湾攻撃を「卑怯な騙し討ち」と言ってますが、2つの点で異なります。

1.日本は最後通牒(ハルノート)をうけていた。
2.最初の一発は、アメリカの方が攻撃した

 実は、宣戦布告前に攻撃するのは、国際法違反ではありません。アメリカが行った戦争の9割は、宣戦布告無しに攻撃を開始しています。最後通牒をうけたら、いつ攻撃しても良いのです。その最後通牒(ハルノート)を日本は、11月25日に受け取っていますから、真珠湾攻撃は「卑怯な騙し討ち」ではありません。アメリカの計画の範囲内です。

 じゃあ何故、宣戦布告を行うかと言いますと、これは相手国政府に対する声明ではなく、自国民に対する声明なのです。でないと兵隊を動員できないのです。政府による戦争開始は、最後通牒(ハルノート)で充分なのです。さて、連合艦隊は、いつ真珠湾攻撃に出発したかと言いますと、11月26日です。つまり最後通牒(ハルノート)を受け取った翌日です。

 まあ、ここまでは、歴史に詳しい人なら誰でも知ってる話です。次の、「最初の一発は、アメリカの方が攻撃した」は、戦史オタクでないと知らないだろうなあ。

 実は、アメリカ軍は、日本軍による真珠湾攻撃の前に日本の潜水艦(特殊潜行艇)を撃沈しています。つまり、最初の一発を撃ったのは、アメリカ軍なんです。なのに、アメリカ軍は、その後に危機意識をもって対処した気配がない。それで壊滅してしまうんですが、どうしてかと言いますと、アメリカ大統領が、最後通牒(ハルノート)を突きつけたことをアメリカ軍に伝えてなかったんです。つまり、卑怯な騙し討ちをしたのは、日本軍ではなく、アメリカ大統領だった。


それは、ともかく、産経新聞に面白い記事が

http://sankei.jp.msn.com/world/news/111207/amr11120722410009-n1.htm
http://sankei.jp.msn.com/world/news/111207/amr11120722410009-n2.htm

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−引用開始
 ハーバート・フーバー第31代米大統領(1874〜1964年)が、日本軍が1941年12月8日、米ハワイの真珠湾を攻撃した際の大統領だったフランクリン・ルーズベルト(第32代、1882〜1945年)について、「対ドイツ参戦の口実として、日本を対米戦争に追い込む陰謀を図った『狂気の男』」と批判していたことが分かった。

 米歴史家のジョージ・ナッシュ氏が、これまで非公開だったフーバーのメモなどを基に著した「FREEDOM BETRAYED(裏切られた自由)」で明らかにした。

 真珠湾攻撃に関しては、ルーズベルトが対独戦に参戦する口実を作るため、攻撃を事前に察知しながら放置。ドイツと同盟国だった日本を対米戦に引きずり込もうとした−などとする“陰謀説”が日米の研究者の間で浮かんでは消えてきたが、米大統領経験者が“陰謀説”に言及していたことが判明したのは初めて。

 ナッシュ氏の著書によると、フーバーは第33代大統領のトルーマンの指示で戦後の日本などを視察。46年に訪日し、東京で連合国軍総司令部(GHQ)のマッカーサー元帥と会談した。その際、フーバーはマッカーサーに対し、日本との戦争は「対独戦に参戦する口実を欲しがっていた『狂気の男』の願望だった」と指摘。在米日本資産の凍結など41年7月の経済制裁は「対独戦に参戦するため、日本を破滅的な戦争に引きずり込もうとしたものだ」と語ったという。

 マッカーサーも、「ルーズベルトは41年夏に日本側が模索した近衛文麿首相との日米首脳会談を行い、戦争回避の努力をすべきだった」と批判していた。

 著書ではフーバーが「米国から日本への食糧供給がなければ、ナチスの強制収容所並みかそれ以下になるだろう」とマッカーサーに食糧支援の必要性を説いていたことも詳細につづられており、フーバーの対日関与の功績に光を当てるものにもなっている。

 ナッシュ氏は「この著書が、今でも米国の英雄とされているルーズベルト大統領への歴史評価を見直すきっかけになってほしい」と話している。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−引用おわり


 この記事で驚いたことは、今でもルーズベルト大統領が、米国の英雄とされていることです。
 こったの方に驚いてしまった。


つづく。

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posted by マネージャー at 23:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月26日

旅は一期一会

旅は一期一会

 うちの嫁さんが私に対して不思議に思っていることは
「こんなに無愛想なのに、どうして他人から声をかけられるのか?」
 ということらしい。
 家内いわく、私は見知らぬ人と仲良くなる才能があるらしい。


12-1-17-12.JPG


 先日、会議のために東京に上京したわけですが、当然のことながら新幹線に乗ります。もちろん指定席です。で、乗ってみたら、どういうわけか外人ばかりだった。私の隣の席も外人。で、私の隣に座った外人が、日本語で、こんな独り言を話した。

「今日は、外人が多いな」

 おもわず「ぷっ!」と吹き出してしまったが、そのせいかジーッと見られてしまった。

「あ、すいません。失礼だったら謝ります。私も同感だったので」
「いえ」

 隣の人は、金髪の白人男性でしたが、日本語の文庫本を持っていました。
 言葉が流ちょうだったので、もしかしてと思い

「軽井沢の人ですか?」
「別荘ですけれど」
「じゃあ帰化された方で?」
「というか日本人です。帰化したのは両親の時代です」
「やっぱり」
「やっぱり、というところをみると、そういう風に見えますか?」
「ええ、なんとなくね。なんとなく日本人に近く見えました」
「え?どのへんが?」

 今度は、相手が目を輝かせて聞いてきます。

「うーん、どのへんと言われてもなあ。着てるものとか、仕草とか、発音とか、みんな日本ぽいというか」

 この回答が気に入られたのか、私は、このドイツ系日本人にいたく気に入られてしまい、終点の東京駅までたいへん仲良く会話することになったわけですが、かなり打ち解けてきたころ、彼は、見た目が白人なのに極端な外人嫌いであることを告白してきました。

「私は、見た目がコレでしょ? だから英語で話しかけてくるのよ外人たちが」
「はあ」
「でも、英語なんかしゃべれんちゅうの! 中身は日本人なんだから」
「アハハハハ」
「だいたい、日本に来たら日本語しゃべれよ。俺に英語で話しかけるなよ!」
「(爆笑)」
「色白いから英語しゃべれる思ったら大間違いや!」
「(爆笑)」

 そしたら黒人系の美しいお嬢さんも、ちょっと離れた席からやってきて私たちに話しかけてきた。

「私もなんです」
「えええええええええええ?」
「私も見た目がコレですけれど中身は日本人。でも、英語がダメで、ちょっと恐怖感を感じていました」

 彼女は高校生くらいだろうか?

「あー、わかるわかる。でも一番腹立つのは、日本人が英語で話しかけてくるときかな」
「あー、最悪。ちょーむかつく」
「アハハハハ!」

 ひたすら爆笑しまくって、アッという間に新幹線は東京駅についたのであった。

つづく。

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posted by マネージャー at 22:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月28日

思いこみ  TGVと日本の新幹線

思いこみ

 日本人は小さい。
 西洋人は大きい。

 これが思いこみであったことを、海外旅行で思い知らされることが何度もあった。
 最初は、各国の歴史博物館・武器博物館で気がついた。

 具体的に言うと甲冑の大きさである。あきらかに日本の鎧甲より小さい。何度もメジャーで計ってみたが、たいていが160p以下である。日本の甲冑は、160pから180pの人間のサイズで作られている。頭部に至っては、本当に小さい。つまり昔の西洋人は小さかったのである。大きくなったのは、第一次世界大戦後あたりからであり、それ以前は決して大きくなかったと思われる。昔の鉱山の坑道の狭さをみても一目瞭然であるし、昔の衣装にしても小さい。

 そのせいかどうかは分からないが、ヨーロッパ系の航空会社は、座席も狭い。私はドイツを何度も旅行しているが、ルフトハンザだけは乗りたくない。狭いのだ。乗るなら絶対にANA。座席が広いのである。

 そういう事情を知っている私が、すっかり騙された事がある。
 TGV(フランスの新幹線)である。
 TGVだけは、日本の新幹線より座席がゆったりしていると信じていた。





 なぜならば、TGVと日本の新幹線のレール幅は同じ標準軌である。にもかかわらず、TGVは3列の座席であるのに対して、新幹線の座席は5列もあるから、絶対に日本の新幹線の方が座席は狭苦しいと思っていた。ところがである。初めてTGVに乗ってみたらTGVの方が、まるで座席が狭いのに驚いてしまった。

「おかしい? 何か変だ?」

さかんに首をひねる私に対して、怪訝そうに嫁さんはみていた。

「どうしたの?」
「狭くないか?」
「いいえ」

 元々体の小さい嫁さんには、TGVの座席の狭さがわかるわけがない。
 しかし、デブの私には分かる。
 日本の新幹線ならヒザにゆとりがあるのにTGVだとゆとりがない。
 きついのだ。

「おかしいなあ、レールの幅が同じなのだから車体の幅も同じはず。なのに3列のTGVより5列の新幹線の座席が広いわけがないはずなのに。変だなあ? いったいどうなってるんだ?」

 残念ながら私は鉄道マニアではなかったので、このカラクリがどうしてもわからなかった。
 悶々としながら1ヶ月の海外旅行から帰ってきて、
 真っ先に行ったことは、インターネットで
 TGVと新幹線のサイズを調査したことであった。
 で、調べてみたら、全く単純なカラクリであることが分かった。





 日本の新幹線は、大量輸送するために、普通の列車より幅を大きくしてあり、そのために5列でも狭くないのである。TGVは、スピードを優先するあまりに、車体を狭く作ってあるために、3列の座席でも狭いのだ。

これじゃTGVの方が、日本の新幹線より狭いわけだ。


参考
 ◆TGVの車両の大きさ
  幅2.8メートル/高さ3.4メートル/長さ18.7メートル/定員38名
 ◆新幹線の車両の大きさ
  幅3.4メートル/高さ4.0メートル/長さ24.5メートル/定員90名



おまけにシートとシートの感覚が10pも日本の新幹線の方がゆったりしている。小柄なうちの嫁さんには、この10pの差は関係ないだろうけれど、180pもあるデブの私にとっては致命的に違ってくる。

 逆にいうと、体が大きな外国人になればなるほど、
 日本の新幹線の評価は高くなってくる理由も分かってきた。

 そのうえTGVのリクライニングの角度は浅い。
 昔の日本の急行列車みたいな角度のために、ゆったりできない。
 で、ヒザが前の座席に当たってしまう。

 もちろん天井も低い。
 これで北軽井沢ブルーベリーYGHに泊まったフランス人が、
 日本の新幹線を絶賛していた理由がわかってしまった。
 日本の新幹線の方が、圧倒的に乗りこごちがよいのだ。

 ここで考えてみた。
 日本の新幹線は、スピードよりも効率を重視しているなと。
 逆にTGVは、スピードを重視していなと。

 TGVは、スピードを重視するあまりに、運送コストが高くなって、
 そのしわ寄せが、狭い座席となって御客様を苦しめている。
 そう考えると日本の新幹線は、すごいとしか言いようがない。
 やはり世界に誇る技術なんだろう。
 日本の新幹線を採用せずに、TGVを採用した国は、あとで苦しむことになるに違いない。


つづく。

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2012年02月29日

TGVと日本の新幹線。そしてドイツのICE

TGVと日本の新幹線。そしてドイツのICE。

 私は、鉄道マニアではありません。だから、どの鉄道が優れているかはさっぱし分からない。でも、そんな私でもドイツのICEが、素晴らしい列車であることは分かる。TGV・新幹線・ドイツのICEを比較した場合、ドイツのICEが一番よかった。





 と言っても、私の乗ったのはファーストクラス。日本で言えば、グリーン車。なぜファーストクラスに乗ったかというと、ユーレイルパスを使ったからです。ユーレイルパスを使えば、自動的にファーストクラスを利用できる。

 で、ドイツのICEのファーストクラスは、何もかもが最高だった。まず、パソコンを繋ぐコンセントがある。もちろん大きなテーブルがある。だからビジネスマンが、さかんにパソコンで仕事をしている。座席も、かなりゆったりとしている。もちろん日本の新幹線のグリーン車の方が、ゆったりしているのだが、ドイツのICEの方は、巨大なテーブルがあって、百人一首ができちゃうんじゃないかと思ってしまうくらいだから断然便利である。速度は遅いし、多少ゆれるのが欠点だが、それは私にとっては問題でない。むしろ情緒があってよいと思っている。

 ただし、不思議なことにドイツのICEは、列車によって、規格がまるで違うことに驚かされる。同じICEでも、当たりとハズレがあるのだ。無料の食事サービスがあるICEがあったり無かったり、豪華ソファーのICEがあったり、座席の堅いICEがあったり。ラウンジのあるICEがあったり、無いICEがあったり。一つとして、同じタイプのICEにお目にかかったことがない。

 あと、昔のICEは、ボックスタイプが多かったのだが、今のICEは、みんな新幹線みたいになっている。私は昔のボックスタイプが好きだったのになあ。





 と言うわけで、私と嫁さんがICEに乗っていると、面白い現象が起きる。ドイツ人ビジネスマンは、私たち日本人旅行者を避けて座席にすわる。私たちから離れた座席に座るのである。ちなみにICEのファーストクラスは、いつもガラガラなので、好きな座席が選べる。そして、おもむろにパソコンと書類を出して仕事を始める。ファーストクラスに乗る彼らは日本人より勤勉だ。私のような東洋人は見向きもしない。

 ところがである。

 わざわざ私たち日本人の隣に座ってくる白人がいる。彼らは、やたら愛想の良い人種であり、ドイツ人には目もくれず、日本人の私たちのところにやってきて
「ハーイ!」
と言ってくる。

 アメリカ人である。

 関係ないが、どういう訳かドイツ人は
「ハーイ!」
とは言わない。
「ハロー」
と言う。で、アメリカ人は絶対に「ハロー」とは言わない。
だから挨拶で何国人かがすぐわかる。

 そして彼らは、おもむろにパソコンをとりだして、その画面を私たちに見せる。そこにスイスアルプスが写っていたりする。そして、スイスの思い出を熱く語り出す。もちろん旅行者ではなく、ビジネスマンであり、スーツを着ているのだ。で、いっこうに仕事をしようとはしない。で、何時間も日本人の私たちと、バカ話をするのだ。

 ところでアメリカ人は、日本人には気さくに話しかけるが、ドイツ人に話しかけるのを見たことがない。
「アメリカ人とドイツ人は仲が悪いのかな?」
と思ったりしたが、そういうことでもなさそうだ。

 話が、大回りしたが、何が言いたいかとと言うと、
 ドイツのICEには、こういう風景がある。
 座席の形が独特なので、列車の中で、いろんなドラマが生まれるのである。
 だから私が一番好きな列車は、ドイツのICEだったりする。


つづく。

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2012年03月01日

車椅子が乗れないTGV

車椅子が乗れないTGV



 ドイツとフランスに行ったときTGVとICEの両方に乗っている。で、日本の新幹線と比較してTGVは車体が小さいことは前にも述べました。ところがTGVに乗るときに、それが全く分からなかった。むしろ日本の新幹線より大きいと思いこんでいた。

 なぜか?

 実は、TGVのドアは、ホームから高いところにあるのである。「よいしょ!」と登って乗らなければならない。もちろん車椅子だと自力で乗り込めない。フランス映画をみると分かるのですが、列車に乗り込むときは、タラップに足をあげて乗り込まなければならない。だから最初は、大きな列車だと勘違いしたわけですが、なんのことはない。フランスのホームが低いだけなのだ。

「いったいどうして、こんな不便なホームなのか?」
「どうして身体障害者にやさしくないのか?」

 と不審に思ったが、その理由はあとで分かった。





 それはともかくとして、TGVの車内を散歩してみた。TGVの車内は狭いし、接続客車も多くないので散歩はすぐに終わり、すぐに異変に気がついた。
「あれ?」
TGVは、先頭車と最後尾車が、機関車のために前と後ろには客席がないのだ。

「これって、TGVとしては、かなり不利なんじゃないか?」

 前にも言いましたが、私は鉄道マニアではありません。だから、どの鉄道が優れているかはさっぱし分からない。でも、そんな私でもフランスのTGVが、日本の新幹線やドイツのICEと比べて不利であることが分かる。

 日本の新幹線もドイツのICEも、全ての客車に動力がついている。だから、列車の先頭にも最後尾にも客席がある。全車両に御客さんが乗っているのだ。しかし、TGVは違う。先頭と最後尾だけにしか動力はない。これが、どういうことを意味しているかというと、8両編成でも16両編成でも、かならず御客さんを乗せない機関車が2両必要になるということなのだ。もし、機関車が16両をひっぱる力をもっていたとして、ローカル線のために客車が4両しか必要なくても、かならず御客さんを乗せない機関車が2両必要になるということなのだ。

「いったい、どうなってるんだ?」

とモヤモヤしながら帰国して調べてみたら、案の定、TGVは、日本の新幹線やドイツのICEのような、全ての客車に動力がついているタイプを開発しているらしい。やはりTGVは発展途上の列車なのだ。

 にも関わらず韓国や台湾への売り込み商戦に日本の新幹線は、TGVに敗退しまくっている。その理由が分からないので、調べてみたら、TGVやICEには、安全基準などなどをヨーロッパ規格にそった製作をされており、それをクリアした証明がなされているのに対し、日本の新幹線には、そういう国際規格が全くないために安全性の証明がなされてないために不利益をもうむっているらしい。





 私たち日本人は、TGVより新幹線の方が優秀だと思っている。根拠は、開発以来、一度も事故がないというところにある。阪神大震災でも、新潟大震災でも、東北大震災でも、日本の新幹線は怪我人一人も出してない。それに対してTGVは地震でもないのに普通に大惨事をおこしている。死亡事故を含む重大事故が多数発生している。

 だから日本の新幹線の方が安全と、日本人は思いたがるけれど、こういう事実だけでは売り込みの決め手にはならないらしい。科学的に安全性を証明しなければならないらしい。しかし、そのための国際規格が日本には存在しないのがネックになっているということらしい。

 まあ、そんなことは良いとして、はじめてTGVに乗ったときは朝食がサービスであった。焼きたてのクロワッサンが大変美味しかった。朝食のサービスマンもとてもにこやかで、ICEの車掌の無愛想さに比べて大いに満足であった。うちの嫁さんは、いっぺんでフランスのファンになっていた。それはそうだろう!ドイツのICEの無愛想さと、時々乗り込んでくる警官の横柄さに比べたらTGVの朝食のサービスマンのなんとにこやかなことか!

 ただし、TGVにもICEにも、どういうわけか駅弁を売りに来るおねえちゃんはいない。これだけはいただけない。不便なことこのうえない。だからヨーロッパの列車では、まえもって駅構内で食糧を調達するか、食堂車に行って食べなければならない。そういう意味では、朝食をサービスで配ってくれるTGVには、大いに助かったのも確かである。


つづく。

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2012年03月07日

灯油を入れる(自営業における夫婦の分業)

灯油を入れる

 面白いことに気がついた。嫁さんが石油ストーブやファンヒーターへの灯油の給油をしないことである。全くしないと言うことではない。気がついたら私がやるので、ほとんどやらないのである。逆に私は、こまめに気がついたら灯油をストーブに給油している。

 これは嫁さんだけではなかった。御客さんの中にも、石油ストーブやファンヒーターへの灯油の給油を嫌がる人は多かった。ある御家族は、ストーブの灯油が残り少なくなると、コタツで家族全員でジャンケンして負けた人が灯油を入れるというバツゲームをしているらしい。

「ええええええええええ? そんな面倒なことする暇があったら自分で入れればいいじゃないですか!」
「いや、それが億劫だからジャンケンするんです」
「私はジャンケンの方がめんどくさいなあ」

 灯油入れがバツゲームという感覚は、私にはない。
 だから理解しがたい。

 そもそも私は雪国で育ったために、ストーブに灯油を入れることを億劫だと思ったことがない。6歳くらいから日課のように入れていた。そしてマッチで火をつけていた。昔のストーブはマッチでないと火がつかなかった。灯油を入れ、マッチをつけることは、子供のころの一種のステータスみたいなものだったので、喜んでストーブに灯油をいれたものだった。

 だいたい灯油を入れることなんて、薪で風呂を沸かしたり、ストーブをつけることに比べれば、労力でもなんでもない。幼児の頃は五右衛門風呂だったし、樽式の薪風呂だったこともあった。今でこそ段ボール箱が全盛になっているが、昔は木箱だった。みかんを買うと木箱に入っていた。それを分解し、釘を抜いて風呂の燃料にするのである。1960年代の家庭は、みんなこんなものだった。



 それはともかくとして、夫婦で自営業をしながら生活すると、
 夫婦で優先順位の違いがめだってくる。

 例えば、洗濯物。これは、私が積極的に行うので、いつのまにか私の仕事になってしまった。私は洗濯物を溜めておけない性分なのだ。なぜならば、ためておくと臭いが発生するのと、花粉症のためにダニなどのアレルゲンに我慢できないからだ。これは灯油入れと一緒で、主に私が行っている。

 その逆に部屋掃除は、嫁さんが積極的にするので、いつの間にか嫁さんの仕事になった。私からしたら、はやめに掃除しても御客さんがチェックインするまでにホコリがたまってしまうので、ギリギリに掃除しようと思っているのだが、うちの嫁さんは、それが我慢ならないらしい。御客さんが帰ったらすぐに掃除をはじめてしまうので、いつの間にか嫁さんの仕事になった。

 皿洗いは、私が主にやっている。嫁さんは、手荒れになるせいか皿洗いを嫌うが、私は皿洗いをすすんでやるので、皿洗いは私の仕事になってしまった。私が皿洗いする理由は、飲食店に勤めた経験から皿洗いの重要性が身についてしまっているからだ。調理人は、皿に残ったものをみて本日の料理の反省ができるからである。

 受付は、嫁さんが主にやっている。レジも嫁さんである。電話も嫁さんがメイン。嫁さんはドコモショップの副店長をやっていた関係で、接客とCSを徹底的にたたき込まれている。私は、職人気質のために無愛想なので御客さんから逃げることもおおい。だいたいレジの操作からしてよくわからない。なので、いつの間にかレジも嫁さんが行うようになってしまった。

 もちろんボイラー・水道・電気・空調・凍結防止・防虫駆除・車の整備・ホームページ操作などは私がやる。これは嫁さんは、最初から逃げている。そのために私の仕事になる。最初は、このあたりで夫婦喧嘩がおこりそうになった。例えば、私が部屋にこもって数時間もインターネットをやっているとサボっていると思われるからだ。

 しかし、インターネットを駆使して、
 100万の見積もりをだされたボイラー設置が、
 たったの7万円ですむことに成功すると、誤解も解けた


 自営業は、金を稼ぐだけが能ではない。いらぬ出費を抑える事が大切であり、そのために一晩でも二晩でもインターネットでがんばる必要があることを女性は、なかなか理解しにくいらしい。そういう作業よりも「目の前の仕事をしろ!」と言いたくなるらしい。しかし、3回くらい私が大きな鉱脈を掘り当てると、もう何も言わなくなってしまった。かくして夫婦分業の世界が確立されていくのである。

つづく。

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タグ:夫婦の分業
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2012年03月16日

子供の頃の記憶 笹団子

不思議なことに50歳を超えると、
どういうわけか子供の頃の記憶がよみがえってくる。
なんでもないことなのだが、失われていた記憶が突然よみがえるのだ。

一昨日も蘇った。
小学校に入って初めての運動会の記憶である。
当時6歳だった私は、お昼に笹団子を食べた。
もちろん手製の笹団子である。
新潟では昔、どの家でも笹団子を自分のうちで作っていた。





まず、小豆から粒あんをつくり、
団子を作って、粒あんをくるみ、
それを笹につつむのであるが、
最後にセイロ蒸しにする。

6歳の私は、その行程が面白くて、
祖母の笹団子つくりをジーッと何時間も眺めていた。
それを思い出した。

で、無性に笹団子を作りたくなった。
と言っても、北軽井沢には笹が無い。
仕方ないので、羊羹をつくることにした。

なぜ羊羹かというと、市販の羊羹は甘すぎるからだ。
羊羹にしても、あんこ団子にしても、
市販のアンコの糖度そものは、66パーセントと決まっている。
それ以下だと、急激に劣化するからである。
だから甘くない羊羹なんて、存在しない。
市販の和菓子は、必ず甘いのだ。


でも、できれば甘さ控えめの羊羹が食べたい。
それもカロリーゼロの甘味料で作ってみたい。
と思った。

で、さっそく小豆を500グラムと寒天とパルスイート(ダイエット甘味料)を買ってきた。

そして、アンコ作りからスタートしたのだが、愕然としてしまった。
祖母は、1日かけて笹団子を作っていたのに、
私の作った羊羹は、2時間でできてしまった。

原因は、調理器具のせいである。
圧力鍋と火力の強いレンジのおかげで、アッという間にアンコができてしまったのだ。
砂糖を使わなかったのも、原因だ。
砂糖ぬきだとアンコが焦げないために、ものすごく簡単にできる。
味も、甘み控えめになった。
すごく食べやすい。


しかし、ちょっと空しくなった。
子供の頃の記憶を再現できなかったからである。
子供の頃は、こんなに簡単にアンコを作れなかったからだ。
どうやら便利を手に入れると、何かを失うものらしい。


つづく。

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2012年05月18日

実は、◇◇の時期の北軽井沢が一番美しい

実は、新緑の時期の北軽井沢が一番美しい。
花が咲き始めるからである。
それを知っているのかどうかは分からないが、
この時期の御客さんは、圧倒的に女性が多い。
平日・週末を問わずである。
現に、今週末も今のところは女性の数が多い。

とは言っても、大勢の予約が入っているわけでは無い。
実際のところ、がらがらもいいところである。
しかし、これは今年に限ったことではなく、毎年、こうなのだ。

ゴールデンウィークに、大勢の人が北軽井沢にやってくる。
どのペンションも満室になる。
しかし、ゴールデンウィークをすぎると、とたんに御客さんがいなくなる。
5月の後半は、どのペンションも閑古鳥が鳴く。
オフシーズンみたいな状況になる。
しかし、これは実にもったいないことなのだ。

ここだけの話だが、
ゴールデンウィークの北軽井沢くらいつまらないものはない。
新緑もないし、花も咲いてない。
登れる山も少ないし、残雪もある。
その影響で、星も見えにくい。
雪が蒸発して空にモヤがかかるからだ。
おまれに人ばかり多くて、混雑する。

北軽井沢が一番美しいのは、5月末から6月にかけてである。
それは先週のツアー写真をみれば一目瞭然である。
これほど山の写真が美しいのは、新緑の時期であるからだ。

北軽井沢ブルーベリーYGHの庭にも
花たちが綺麗に咲いてくれるようになった。
今日は、その写真の数々を紹介しよう。

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北軽井沢ブルーベリーYGHに、ご宿泊される方は、早めにチェックインされることをお勧めする。
もし天気が良ければ、『キラキラ号』のバスにのって、
チェックイン前に北軽井沢ブルーベリーYGHに来ても良い。

車の方なら、ビールを買ってきて、14時頃には到着し、北軽井沢ブルーベリーYGHの庭で一杯やるのもいい。
黒ラベルでよかったら北軽井沢ブルーベリーYGHでも250円で売っているので、チェックイン前でも販売はするので心配はいらない。
一杯やっているうちに野鳥たちが、御客さんを出迎えてくれると思う。
運がよけれぱ、リスやイタチにも出会えるかも知れない。
ぜひ、この庭でくつろいでもらいたいものだ。


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つづく。

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2012年05月24日

山屋にとって、一年で一番良い季節が5月から6月

山屋にとって、一年で一番良い季節が5月から6月です。
つまり、今です。
新緑の頃の山です。
だから私は、1日に2回から3回登っています。
今日は、隠浅間山・鷹繋山・小浅間山に登ってきました。
さすがに3つ登ると、血圧が大幅に減ります。
100くらいになってしまう。
お腹もすきます。

しかし、登らずにいられないのが、この時期です。
その理由を述べてみましょう。

1.昼間が長い。

 朝4時から明るく、日没も7時くらいまで大丈夫。そのために行動の自由がとれるのです。私は今日、朝の6時頃に隠浅間に登ってきました。で、下山して北軽井沢ブルーベリーYGHに戻っても、朝の8時半です。まだ、一日が始まったばかり。なんかもったいないので、軽食後、9時には、鷹繋山に登り、11時には、小浅間山に登ってしまった。
 それでも半日しかたってない。
 これも昼間が長いからです。
 で、午後からは宿の庭仕事をしたわけですが、登山は苦にならないのですが、庭仕事はきつい。腰が痛くなるし、汗だくになる。大きな石を持ち上げたりするので、筋肉痛になる。

2.暑くない。

 登山家にとって一番いやなのが暑さです。暑いと山に登る気がしなくなる。疲れも大きくなるし、なかなか疲労回復しない。これが逆に寒さだったら体力に影響しないのですが、暑さは体全体をだるくさせます。なので、私が毎日行っている趣味の登山も午前中だけです。昼は暑いので登りません。どうしても午後に登るときは、15時以降にしています。

3.虫が少ない。

 7月になると、山に虫が大発生します。しかし、5月から6月はじめには、虫の数が多くないんですね。そのために登りやすいんです。

4.藪が少ない。

 春は、藪が無い。そこがいいんです。ところが夏から秋になると藪が大発生する。これが山を登りにくくするのです。そして葉が茂ってないために景色が見えやすく、虫も少ない。


 ところで、毎日登っていると、必ず知り合いに会ってしまう。山屋たちは、今一番登って楽しい山を知っているので、そこにあつまるんですよね。そういえば先日、グリーンプラザホテルの支配人と、小浅間山で偶然はちあわせしたのですが、後日、観光協会の理事会が、グリーンプラザホテルであったので支配人と、それについて聞いてみた。

「小浅間山を走っていましたね。あれから、どこまで行ったのですか?」
「浅間山です」
「えええええええええええええええええええええええええええ? 走ってですか?」
「はい、頂上まで1時間くらいかかりました」

 化け物だ!

 峰の茶屋から浅間山までのアプローチは、数多くある浅間山に登るコースとしては、一番距離が長いのである。しかも砂地であり一番登りにくく、空気が薄い場所なのに、そこを1時間で登るなんて人間技ではありません。私も体力には自信がある方ですが、正直言って1時間で浅間山に登る自身は無い。上には上がいる者である。

つづく。

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2012年06月09日

小椋佳の番組があると聞いて、普段はテレビを見ない私も、この日ばかりはテレビのスイッチを押してしまった。

小椋佳の番組があると聞いて、普段はテレビを見ない私も、この日ばかりはテレビのスイッチを押してしまった。



何をかくそう私は、小椋佳の大ファンである。
中村雅俊と荒井由実のファンであるから、
自動的にファンになってしまった。

この人は、銀行員(第一勧銀)でありながら曲を作っていた。
楽器もできないのに、作詞だけでなく作曲もしていた。
心に染みいる曲が多かった。

しかし、なんといっても小椋佳の詞は、素晴らしい。
まず、ストレートな表現が無い。
詞全体に、多くの枕詞をちりばめていて、
その全てが、線香花火のようにはかなく
全てを歌い終わるまで、曲の深層が見えてこない。



で、テレビ番組で代表作「シクラメンのかほり」の作詞のネタばらしをしていたのだが、あの「シクラメンのかほり」は、北原白秋とプレスリーが土台になっていたらしい。まさか「シクラメンのかほり」がプレスリーの「朝見るメリーほど素敵なものはない」をオマージュしていたとは知らなかった。

で、それがあったから題名が「シクラメンのかほり」だったとは!
シクラメンには、香りが無いんですね。
紫色のシクラメンも存在しなかったとは!

いやー参りました。
小椋佳は、奥が深いです。


シクラメンのかほり / 小椋佳 投稿者 jrapaka3


つづく。

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2012年06月19日

吉田拓郎の「流星」の歌詞がよく分からないという人がいた

吉田拓郎の「流星」について

私の大好きな曲に吉田拓郎の「流星」という曲があります。
この曲を好きな人は、多いのでは無いでしょうか?
あの武田鉄矢も、この曲が大好きだと聞いています。
理由は、歌詞が良いからだそうです。
特に、感動する歌詞は、この部分です。


「幸福だとは言わないが
 不幸ぶるのはがらじゃない」



 いいですよね。
 すごく良い。
 男の哀愁が、
 男の強がりが、この一言ににじみ出ている。





 さて、本題です。

 この曲が大好きという、若い人がいた。
 で、歌詞の話で盛り上がったのですが、
 会話の途中で「変だな?」と思ったので聞いてみたら
 歌詞の意味が、よく分かっていなかった。
 特に

「星を数える男になったよ」

 の意味が分からなかったらしい。
 で、YouTubeの動画のコメントをみたら
 こんな書き込みもあった。


「星を数える男になったよ…
 意味はよくわからんがなんかいい
 zyukou1 3 日前」


 そうなのか?
 意味が分からなくても、歌詞の良さは分かるのか?
 そのへんが疑問だったので聞いてみました。


「そもそもこの歌は、何の歌だと思う?」
「うーん」
「イメージしてごらん」
「・・・」
「なんとなくイメージがわいてこない?」
「うーん」
「シンプルに考えれば分かるよ。絶対に分かるはずだから」
「ヒントをください」
「ヒント? 題名でわからない?」
「流星?」
「そう、流星だよ」
「わからない」


 この曲は、全編が間接的な表現で満ちているが、決して難しい曲ではありません。歌詞を素直にストレートにイメージすれば、意味はおのずと分かってくる。よーするに「恋の歌」なのです。出だしの歌詞の一部を紹介して解説してみましょう。


 たとえば僕がまちがっていても
 正直だった悲しさがあるから
 ...流れて行く

 静けさにまさる強さは無くて
 心の中では何を待てばいい
 ...流れて行く



 これだけ聞くと、意味が分からないかもしれない。しかし、一つだけ確かなことがあります。星が流れていくのを眺めている自分自身の姿です。つまり、ここで大切な部分は「...流れて行く」のところなのです。星が流れているのを、浅間牧場の草原で寝そべって星をみている自分の姿を想像すればいい。そして、何か考え事をしている。そのつど、星が流れていくのをみかけてしまう。そういう歌詞なのです。で、歌の中盤で、何があったかがわかってきます。


 たしかなことなど何も無く
 ただひたすらに君が好き
 夢はまぶしく木もれ陽透かす
 少女の黒髪もどかしく

 君の欲しいものは何ですか
 君の欲しいものは何ですか



 ここで、はじめて歌詞の中の主人公は、好きな人がいることを独白します。何があったのかわかりませんが、少女のことを考えている主人公の深層の中には、まぶしい木漏れ日に前が見えないでいる。もどかしい。で、好きになった女の子に何かしてあげたい気持ちでいるが、ここから急展開します。


 さりげない日々につまずいた僕は
 星を数える男になったよ
 ...流れて行く



 何かへこんだことがあったのでしょう。何かにつまずいた。で、何も出来なくて、浅間牧場の草原で寝そべって星をみている自分がいる。で、

「...流れて行く」

 となる。なにかボーッと考えているが、答えが出ない。
 時間はすぎていき、流れ星を何個もみてしまう自分がいる。
 そんな自分に対して
「星を数える男になったよ」
 と自嘲している。
 しかし、この男は、決して後ろ向きではない。

「幸福だとは言わないが
 不幸ぶるのはがらじゃない


 と突っ張ってみせる。
 けれど、流れる星がきれいすぎる。
 ただそれだけに悲しくなってしまうのです。
 突っ張ってはみたけれど、流れる星がきれいすぎるために悲しくなってしまう。


 そういう歌詞なのですが、決して悲しい曲では無く、自分に何かを問いかけている曲なのですね。さて、ここまで読み終えたら、もう一度、曲を聴いて確かめてみましょう。 歌詞の最後の一言に一番大切なテーマが書かれてあります。悩める人に、大切な一言が書かれてあるのです。




つづく
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posted by マネージャー at 00:47| Comment(9) | TrackBack(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月30日

葬式の歌がレコード大賞をとった件

 嫁さんとは、11歳も年が離れている。
 そのために、会話があわないことがままある。
 一番、合わないのは、知っている歌謡曲の違いである。

「昔は、葬式の場面を歌った歌があったんだよね」
「(小馬鹿にしたように)まさか」
「いや、あったんだよ」
「どうせ超マイナーな曲でしょ?」
「いやいや、マイナーどころか日本中で大ヒットしたんだ」
「(小馬鹿にしたように)またまた」
「いや、本当だって!」
「お笑いソングでしょ?」
「まじめな歌だって!」
「じゃあ、昔は茶の間に、葬式ソングが流れてたの?」
「そうなるな」
「馬鹿馬鹿しい」
「馬鹿馬鹿しいもんか、レコード大賞もとったし、紅白にもでている」

 嫁さんは私の言うことを信じない。
 50歳以上の人間なら、このような体験をしているはず。
 ちなみに葬式の場面を歌った歌というのは、
 ちあきなおみの『喝采』のことである。
 で、まったく信じられないことではあるが、私は嫁さんに歌詞の解説をしてみたのである。
 
 
『いつものように 幕が開きー
 恋の歌 うたう私に
 届いた報せは
 黒いふちどりがありました』
 
 
 良い歌詞だと思うのだが、嫁さんは「黒いふちどりがありました」の部分で爆笑していた。どうやら私と感覚というか感性が全く違うらしい。衝撃をうけるはずの詞の部分が、嫁さんにとってはギャグに聞こえるらしい。では、皆さんにとっては、ちあきなおみの『喝采』は、ギャグに聞こえるか、感動的に聞こえるか、確かめて欲しい。これは世代的なギャップなのか、単なる感性なのか知りたいところである。動画をアップして置いたので、ぜひ聞いてみて欲しい。





「そういえば、キタキツネを呼ぶときのかけ声だけの曲もあったなあ」
「ええええ?」
「ル−ルルルルルル!ってね」
「まさか?」
「そういう曲があったんだよ。そして大ヒットしたんだよ!」





「もっと凄いのは、全く歌を歌わない曲というのもあった」
「え?」
「全編台詞なんだよ。歌じゃ無い」
「まさか?」
「これも大ヒットしたんだ」





思えば、昔は破天荒な歌がいっぱいあった。
それが11歳年下の嫁さんの世代になると、それらの全ては
荒唐無稽な話に見えてしまうのだから時代の流れは速いというべきか。


つづく。

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posted by マネージャー at 23:26| Comment(4) | TrackBack(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月18日

滋賀県のイジメ自殺事件に対する担任教師・校長・教育委員会の対応が問題になっていますね

 滋賀県のイジメ自殺事件に対する担任教師・校長・教育委員会の対応が問題になっていますね。毎日の報道をみていると、学校側は事件をもみ消したり、隠蔽したがってるのが誰の目でも見え見えで、痛いニュースでした。




 正直言って、イジメは昔からありました。今に始まったことではないのは、誰もが知っているとうり。しかし、今回、これだけの大ニュースになっているのは、イジメそのものよりも、イジメ自殺事件に対する担任教師・校長・教育委員会の対応が、あまりにも世間一般の常識からずれているところに、問題があるからでしょう。

 どうみても、担任教師・校長・教育委員会は、逃げまくっている。
 責任逃れをしている。
 そういうふうに見えてしまう。
 あきらかに他人事のように事件を処理している。そういうふうに見えてしまう。
 つまり、ネット用語でいう炎上のための「燃料投下」をしている。
 そういうふうに見えてしまう。
 どうして「私の不徳の致すところです。申し訳ございません」と言えないのか?
 どうして、もっとしおらしい顔をできないのか?
 ちょっと不思議な気がします。



 まあ、そんなことは、どうでもいいんですが、イジメを無くす方法についてです。もっとも簡単な方法は、クラス分けを廃止しすることですね。授業は大学と同じように選択制にする。これでイジメの9割は無くなると思います。

 中学生は、先生を選べない。つまりクジ引きのように先生の当たりハズレに1年間拘束されてしまう。
 中学生は、クラスを選べない。つまりクジ引きのようにクラスメイトの当たりハズレに1年間拘束されてしまう。

 逃げ場が無いわけです。
 クラスメイトも、教師も選べないんですから。
 逆に言うと、自殺した少年は、登校拒否してもよかったのではないか?と思ってしまう。

 登校拒否というと、何か悪いことのように思ってしまいがちなんですが、悪くないですよ。どうしても、先生やクラスに馴染めないということはありますもの。そういう時期が合っても良い。大検や、通信制の中学・高校なんてものも選択肢にあってもよい。

 別に学校にいかなくったってもいいじゃないですか。松下幸之助も、小学校4年生で働いているわけだし。滋賀県大津市の市立中学で勉強するくらいだったら不登校のままでもいいじゃないかと。ただし、音楽でも料理でも、何か人生を賭けられるものを代わりに見つけてほしいなあとは思います。でも、まあ、そんな大義名分がなくたっていい。自殺するくらいならストライキ(不登校)をやればいい。

 校長に手紙を書いておくりつけ、
 これこれ、こういう理由で私は登校を拒否しますと宣言すれば良い。
 宣言して、自室で独学で勉強し、大検をうければいい。

 と、過去に大検を受けたことのある私が呟いてみました。


つづく。

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2012年07月20日

農業体験を希望してきた御客様

先日、御客様が
「農業体験をしたいんです」
と言ってきました。

いくつかの牧場などを紹介したのですが、高齢ということで断られてしまったようです。

しかし、その御客様は、タフでした。うちのレンタルサイクルを使って、高原野菜市場をめぐり、自分で交渉して久保農園で暫く働くことになりました。あーよかった。

それにしても考えさせられました。
農家は、喉から手が出るほど人手がほしがっている。
その一方で、農業体験したがってる御客様は多い。
なのに、紹介しても両者の思惑が一致せず、決まらない。
需要と供給がありながら、うまくいかない。
なんとか、ならないものかと。

実は、夏が終わったら、役場に申し入れてみようかと思っています。
役場で、農業体験募集のホームページを作れないものか?
そこにペンション側が、うまくサポートしていくシステムをつくれないものか?
ペンションやユースホステルが、農業体験のプログラムを上手に提供できないものか?
これは、私にとっての宿題です。





あと、農業体験には、自治体ぐるみの詐欺もあるみたいなのです。
例えば、下記のサイトをみてください。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
農業体験実習生 怒りの“告白”北海道経済
http://www.h-keizai.com/article-2007-02/p078-kokuhaku.html
私は町ぐるみでだまされた! 「農家に嫁に来たんじゃない」(美深町)
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


残念ですが、こういう詐欺は実際にあるみたいです。

だからこそ、嬬恋村では、こういう自治体ぐるみの詐欺とは違うんだぞ!
という安心感のもてる農業体験プログラムをくめないだろうか?
県や政府のお墨付きをもらえるレベルの良質な
農業体験プログラムをくめないだろうか?

そのためには、嬬恋村が本気になって企画にとりくまないといけないのだが。


つづく。

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2012年08月06日

夏のリピーターさん考

北軽井沢ブルーベリーYGHは、リピーターさんが多い宿ですが、
夏のリピーターさんは、春秋冬のリピーターさんと、ちょっと違う。
1年に1回。夏にしか来ないリピーターさんばかりなのです。
夏のリピーターさんは、大きく2種類の層がいます。
ファミリーの方と、一人旅の避暑の方です。


ファミリーの方たちの特色は、観光というよりイベントが目的です。
観光なら毎年、ちがう所に行っくのでしょうが、
そうではなく宿泊するというイベントが目的なんですね。
よーするに林間学校みたいなのかなあ?
それが証拠に、遊んでばかりでは無く宿題なんかもやっている。
まれに、次の年に別のホテルに宿泊先を代える御客様もいるんですが、
その次の年には戻ってきたりする。
「あれ? 久しぶりですね」
と、挨拶すると、
「去年、宿を代えたら子供に叱られましてね」
と笑いながら答えてくれます。

 実は、幼児のお子さんは、気に入った宿を変えるのを好まない傾向があります。これが中学生になると逆で、新しい宿に泊まりたがるようになります。しかし、小さいお子さんは、◎◎の宿と決まったら、そこしか眼中に無くなり、毎年、かわらぬ風景を確認しにくるのを楽しみにするんですね。

 これは、うちの嫁さんも小さい頃は、そうだったらしく、毎年、親戚一同で泊まりに行く三浦半島の民宿が楽しみでならなかったらしい。それが大人の事情で、白馬の大型リゾートホテルに泊まった年があって、その時は、子供心に痛く傷ついたらしい。で、また三浦半島の民宿にもどった事件があったらしい。きっと、白馬の大型リゾートホテルの方が、三浦半島の民宿より施設が立派だったと思うんですが、子供時代の嫁さんにとっては何の印象も無い無機質な空間だったらしい。


 さて、一人旅の避暑の方たちの件について。夏のリピーターさんで一番多いのが、一人旅の避暑の方たちです。面白いことに、彼らは、あまり熱心にツアーには参加しません。というか、なにもしません。昼間はカフェ巡りをしていて、15時に北軽井沢ブルーベリーYGHに戻ってきて寝ているだけなのです。

「今日は、どこに行ってきました?」
「カフェ麦小屋(http://www.mugikoya.com/top.html)で本を読んでました」
「1日中?」
「6時間はいたかな?」

 こんなぐあいです。

「今日はルオムの森のカフェでハンモックにゆれました」
「今日はバードですごしました」
「今日は丸山珈琲小諸店の豪華カフェです」
「今日は・・・・・」

 そして気が向いたら連泊する。満室でも、当日キャンセルを狙って粘っている。あいにく最後まで北軽井沢ブルーベリーYGHが満室だと、その日の夜だけ近所の別の宿に寝に行って、翌日の朝には、北軽井沢ブルーベリーYGHに戻ってくる。で、うちの庭で本なんか読んでるので、こっちが根負けして「もうチェックインしてください」と、さっさと宿にいれてしまったりする。で、チェックインすると、予想どうりに昼寝をはじめるのである。考えようによれば、かなり贅沢な旅人なのかもしれない。夏専門のリピーターさんは、こういう人が多い。地域で言うと南関東の人に多い。

 しかし、これが関西になると、少し様子が違ってくる。
「のんびりしにきました」
と口では言ってても、絶対にのんびりしない。
貪欲に観光しまくるのが関西人である。
と、お茶会で発言したら、関西人から反論された。

「ちがいます。関西では、このレベルが『のんびり』なんです」
「じゃあ、一日カフェで本読んでるのは、『のんびり』とは言わないの?」
「それは関西では『息してないレベル』というんですよ」
「・・・・」


つづく。

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2012年08月23日

遠回りは、人を賢くさせる

はれて医師となった元ヘルパーの宇山君と、少しだけ会話できた。

「僕は、みんなとベクトルが違うんですよね」
「どういうふうに?」
「同僚は、大学に残ることをめざしている人ばかりなんですが、僕は町医者として患者の中に入っていきたい」
「だったらヘルパーの体験は、すごくいい体験だったね」
「そうですね。相手の話をきくという経験が、症状を聞き出すノウハウになっているかもしれない」

 そうなのだ。
 彼には、その力がある。
 それに彼は、ベットメイクのできる医者なのだ。

 実は、北軽井沢ブルーベリーYGHのヘルパーで医者になった人は何人もいる。
 彼だけでは無い。
 しかし、彼だけは毛色が変わっている。
 医者っぽく無いし、知らず知らずのうちに日常会話で上から目線の医者言葉を使っている自分に嫌気がさすという人間なのである。誠に医者っぽく無い。

 ちなみに、なぜ彼が医者っぽく無いかというと、元は農学部の学生であり、全国のユースホステルでヘルパーを経験していたからである。もちろん、ホステラーとして全国を黴びしてもいる。だから、北軽井沢ブルーベリーYGHに来たときも、最初からヘルパーとしての実力があった。
 それだけでなかった。異なるユースホステルのマネージャーと一緒に働くことによって社会の裏側もみていた。実は、ユースホステルのマネージャーは味が濃い。御客さんの前では見せない常識を逸した姿があるのだ。海千山千なのがユースホステルのマネージャーなのである。
 だから私も、ごく僅かな例外を除いてユースホステルのマネージャーたちとは、あまりつきあいが無い。むしろ御客さんと一緒にいたほうが「ほっ」とする。そういう過酷な環境の中で、彼は鍛えられていた。そのうえ農学部を卒業してから医学部に入った。最初は、農家のあとを継ぐ予定だったのだが、農家では食っていけない現実を見せつけられ、思うところがあって医学部に入った。

 ものすごい遠回りである。

 実は、私も彼に負けず劣らず、遠回りしている。詳しいことは、長くなるので省くが、かなりの遠回り人生である。学校は、宿屋と全く関係の無い芸術系であった。仕事も、宿屋と全く関係が無いものばかり。さらに夢からして宿屋と関係が無かった。むしろ嫁さんのほうの「夢」がペンションオーナーであったから、子供の頃の夢が叶ったのは、私ではなく嫁さんの方である。むかし、勘違いした御客さんが、うちの嫁さんに対して
「旦那さんの夢に振り回されて無理矢理に宿屋をやらされてない?」
と、盛んに言っていたが、その無茶苦茶な勘違いぶりに、嫁さんは大笑いしながら、その事件を私に語ってくれたことがある。

 うちの嫁さんは、学校の卒業文集にペンションオーナーになって、なになにをするのが夢だと書いて有るくらいなのである。だからヨメさんは、遠回りからほど遠い。むしろ29歳にして、ペンションオーナーになっているから近道をしているともいえる。ふつう、女性が29歳でペンションオーナーになるのは難しい。そういう意味では、すごい近道しているのだが、近道が必ずしも、良いことばかりだとはかぎらない。遠回りの方が、よいこともたくさんあるのだ。近道しすぎると、世間知らずになって、あとで苦労するのだ。

 例えば、飲食店で働いたことが無い嫁さんは、食洗機を買うかどうかで、私と大激論になった。嫁さんは、100万円もする食洗機は必要ないと言い張った。で、1年目には、食洗機無しで営業するはめになって、私の手はボロボロになって、皿を洗うたびに皮膚が割れて血が流れた。皿も深夜1時頃までかかって洗った。当然のことながら接客に影響するために、良いことは無かった。だから私は、飲食店で働いたことが無い人とは議論はしないことにした。相談せずに勝手に食洗機を注文した。遠回りをしてないと、このあたりの事情が、よくわからないのである。

 遠回りは、人を賢くさせる。
 それは確かなのだ。
 そういう意味では、遠回りしたお医者さんが増えてくれるのは、うれしい。

つづく。

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posted by マネージャー at 08:27| Comment(4) | TrackBack(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする