複雑な鯨問題について解説してくれる動画を発見。
反捕鯨国として、参加したカリブ海の国々が、
反捕鯨サギにあって、目覚めたカリブ海の国々が
捕鯨賛成投票したために、大問題になったということを
説明してくれています。
問題は複雑なようです。
さて、こちらは反捕鯨の立場の動画
オーストラリアの国営放送で放送されたものです。
かなりブラックです。
こちらは、アンチ反捕鯨の立場の動画
つづく
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2008年04月13日
2008年03月29日
霊の見える話 その6
霊の見える話 その6
オタクに風当たりが強い世の中ですが、私の子供時代には「オタク」などという言葉はありませんでした。もちろん「マニア」という言葉はありましたが、マニアとして何かに熱中するには、まだ社会が貧しかったので、マニアは一部の人々の独占物でした。そういう時代では、人間がオタクになれず、山に入り込んで、昆虫や爬虫類や木の実や植物などに熱中したものでした。
と、書くと、なにやら素晴らしい事のような錯覚をするかもしれませんが、それは現実を知らないのと一緒です。山に入り込んで、昆虫や爬虫類などに熱中するということは、人間との付き合いを学ぶ機会を失うということです。漫画やアニメなら、そこに人間が描かれていたりしますが、野鳥や爬虫類や石ころなどに熱中すると、人間が対象でないでないだけにやっかいです。というのも、私自身が、子どもの頃に、その罠に陥ったことがあるからです。
実は私は、三〜五歳頃に地蔵や石仏や古い墓石などに熱中したことがありました。三〜五歳頃のことですから民俗学や歴史学から熱中したのではありません。単に古い石に熱中しただけです。もちろん村の老婆たちの伝説なども耳に入っていたかもしれませんが、それについては記憶にありません。
ただ、言えることは、それによって、もの凄い人見知りになってしまっていたことです。人間が怖くなって、墓石やお地蔵さんの中に隠れるようになった。そして、そこで一人遊びする癖がつき、それが、野鳥や爬虫類や昆虫などに発展していき、人間からドンドン離れてしまい、そのために幼稚園や小学校で他人と馴染めずに孤立し、ますます人見知りしてしまうのです。
おまけに親子関係も良くなかったので、山どころか一日神社の縁の下に隠れていたこともありました。神社の縁の下には、無数の蟻地獄があり、コウモリたちも眠っています。礎石には古文書が刻まれていたり、どういうわけか古い石仏らしきものが礎石だったりもします。
つづく
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オタクに風当たりが強い世の中ですが、私の子供時代には「オタク」などという言葉はありませんでした。もちろん「マニア」という言葉はありましたが、マニアとして何かに熱中するには、まだ社会が貧しかったので、マニアは一部の人々の独占物でした。そういう時代では、人間がオタクになれず、山に入り込んで、昆虫や爬虫類や木の実や植物などに熱中したものでした。
と、書くと、なにやら素晴らしい事のような錯覚をするかもしれませんが、それは現実を知らないのと一緒です。山に入り込んで、昆虫や爬虫類などに熱中するということは、人間との付き合いを学ぶ機会を失うということです。漫画やアニメなら、そこに人間が描かれていたりしますが、野鳥や爬虫類や石ころなどに熱中すると、人間が対象でないでないだけにやっかいです。というのも、私自身が、子どもの頃に、その罠に陥ったことがあるからです。
実は私は、三〜五歳頃に地蔵や石仏や古い墓石などに熱中したことがありました。三〜五歳頃のことですから民俗学や歴史学から熱中したのではありません。単に古い石に熱中しただけです。もちろん村の老婆たちの伝説なども耳に入っていたかもしれませんが、それについては記憶にありません。
ただ、言えることは、それによって、もの凄い人見知りになってしまっていたことです。人間が怖くなって、墓石やお地蔵さんの中に隠れるようになった。そして、そこで一人遊びする癖がつき、それが、野鳥や爬虫類や昆虫などに発展していき、人間からドンドン離れてしまい、そのために幼稚園や小学校で他人と馴染めずに孤立し、ますます人見知りしてしまうのです。
おまけに親子関係も良くなかったので、山どころか一日神社の縁の下に隠れていたこともありました。神社の縁の下には、無数の蟻地獄があり、コウモリたちも眠っています。礎石には古文書が刻まれていたり、どういうわけか古い石仏らしきものが礎石だったりもします。
つづく
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2008年03月20日
霊の見える話 その5
霊の見える話 その5
ハイカー(登山家)の友人に、不思議な能力をもった人が居ました。
その人は、遭難しかかると、不思議と行くべき道がみえるという
不思議な能力をもっていたのです。
だから、彼は神懸かり的な冒険を何度も行い、
全て成功させていました。
どんなピンチに陥っても、
「道が見えてくる」
という特技を使うため
全て助かるのですから
当然と言えば、当然でした。
ですから、少々の無謀も行っていました。
そして、先日、その「道が見えてくる」不思議な能力をもった
友人から連絡があり、久々に東京で会ったのですが、
その友人は真っ青になっていました。
「おれの能力を知っているよな」
「ああ、道が見えるんだろ」
「あれ、消えてしまったんだ」
「え?」
「もう見えなくなってしまった」
「・・・・」
「ショックだった」
「だろうな」
「でも見えなくなったことにショックだったんじゃない」
「・・・・」
「そういう能力が無くなってしまうと、俺には、山の技術が徹底的に不足していることに気がついたんだ」
「・・・・」
超能力の無い普通のハイカーたちは、この十数年の間に
さまざまな経験と技術を磨いたのに対し、
「道が見えてくる」不思議な能力をもった人の技術は
あまり進歩しなかった。
彼は、その能力うえに科学的な山岳研究も怠りがちでした。
だから、能力が無くなると、自分に経験と技術が足りなくなっていることに
きずいてしまったのです。
つづく
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ハイカー(登山家)の友人に、不思議な能力をもった人が居ました。
その人は、遭難しかかると、不思議と行くべき道がみえるという
不思議な能力をもっていたのです。
だから、彼は神懸かり的な冒険を何度も行い、
全て成功させていました。
どんなピンチに陥っても、
「道が見えてくる」
という特技を使うため
全て助かるのですから
当然と言えば、当然でした。
ですから、少々の無謀も行っていました。
そして、先日、その「道が見えてくる」不思議な能力をもった
友人から連絡があり、久々に東京で会ったのですが、
その友人は真っ青になっていました。
「おれの能力を知っているよな」
「ああ、道が見えるんだろ」
「あれ、消えてしまったんだ」
「え?」
「もう見えなくなってしまった」
「・・・・」
「ショックだった」
「だろうな」
「でも見えなくなったことにショックだったんじゃない」
「・・・・」
「そういう能力が無くなってしまうと、俺には、山の技術が徹底的に不足していることに気がついたんだ」
「・・・・」
超能力の無い普通のハイカーたちは、この十数年の間に
さまざまな経験と技術を磨いたのに対し、
「道が見えてくる」不思議な能力をもった人の技術は
あまり進歩しなかった。
彼は、その能力うえに科学的な山岳研究も怠りがちでした。
だから、能力が無くなると、自分に経験と技術が足りなくなっていることに
きずいてしまったのです。
つづく
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2008年03月17日
霊の見える話 その4
霊の見える話 その4
なんだかオカルトっぽい話になってしまいますが、実は、この話のテーマは、オカルトの話ではありません。そういう意図はありません。霊というものが、本当にあるのかどうか、私には分かりません。ただ、そういうものを感じる力を持った人には、特殊な力があるみたいなのです。これは、本人が意図するかどうかは別です。
自覚症状が無くとも、
危険を避けられるからです。
たとえば、どこかに出かけたとする。急に、気分が悪くなり、ちょっと、ここの場所から離れてくださいと、注文を出したとします。そして、その場所から離れます。その直後に、なにか事故があったりして、離れたために事故に遭わず助かったとしたら、それは一種の予知能力が働いたことと同じ事になります。
しかし、これを予知能力と言うべきかどうか? 本人にしてみれば、気分が悪くなって場所をはなれただけですし、予知をしたつもりもないし、予言をしたつもりもないからです。しかし、自覚症状が無くても結果として、危険を予知したのと同じ事になる。
問題は、自覚症状があった場合です。
自覚症状があると、とてもやっかいなことになる。
ある意味、運命というものが見えてくるからです。
これが非常にやっかいなことになる。
ひきこもりの原因を造ったりするからです。
こういうケースは、オカルトっぽい話にかぎりません。知能指数に置き換えてみても言えることです。頭が良くて先が見えてしまう人がいますが、先の見えすぎる人は、すぐに挫けてしまいます。今やろうとすることが無駄であることを見破ってしまうからです。
しかし、本当のところは、やってみないと分からないことも多い。失敗してみないと見えないことも多いし、事故に遭わないと分からないことも多い。
だから失敗や事故は、決して無駄ではないのですが、わざわざ自ら失敗する人間はいません。失敗すると分かっていたら、失敗しないような方法をとるのが普通です。
だから先が見えない人間は、見えないために失敗し、そこで学習していくのですが、なまじ見えてしまう人間は、失敗するチャンスを奪われてしまってる。これって、幸福なようで、かなり不幸なことです。というのも、こんな事件があったからです。
つづく
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なんだかオカルトっぽい話になってしまいますが、実は、この話のテーマは、オカルトの話ではありません。そういう意図はありません。霊というものが、本当にあるのかどうか、私には分かりません。ただ、そういうものを感じる力を持った人には、特殊な力があるみたいなのです。これは、本人が意図するかどうかは別です。
自覚症状が無くとも、
危険を避けられるからです。
たとえば、どこかに出かけたとする。急に、気分が悪くなり、ちょっと、ここの場所から離れてくださいと、注文を出したとします。そして、その場所から離れます。その直後に、なにか事故があったりして、離れたために事故に遭わず助かったとしたら、それは一種の予知能力が働いたことと同じ事になります。
しかし、これを予知能力と言うべきかどうか? 本人にしてみれば、気分が悪くなって場所をはなれただけですし、予知をしたつもりもないし、予言をしたつもりもないからです。しかし、自覚症状が無くても結果として、危険を予知したのと同じ事になる。
問題は、自覚症状があった場合です。
自覚症状があると、とてもやっかいなことになる。
ある意味、運命というものが見えてくるからです。
これが非常にやっかいなことになる。
ひきこもりの原因を造ったりするからです。
こういうケースは、オカルトっぽい話にかぎりません。知能指数に置き換えてみても言えることです。頭が良くて先が見えてしまう人がいますが、先の見えすぎる人は、すぐに挫けてしまいます。今やろうとすることが無駄であることを見破ってしまうからです。
しかし、本当のところは、やってみないと分からないことも多い。失敗してみないと見えないことも多いし、事故に遭わないと分からないことも多い。
だから失敗や事故は、決して無駄ではないのですが、わざわざ自ら失敗する人間はいません。失敗すると分かっていたら、失敗しないような方法をとるのが普通です。
だから先が見えない人間は、見えないために失敗し、そこで学習していくのですが、なまじ見えてしまう人間は、失敗するチャンスを奪われてしまってる。これって、幸福なようで、かなり不幸なことです。というのも、こんな事件があったからです。
つづく
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2008年03月16日
霊の見える話 その3
霊の見える話 その3
宿主というものは、因果な商売です。
車で移動中、御客様の気分が急変すると、
御客様データーに「○○さんは、車に酔いやすい」と記録します。
しかし、何度もデーターをとっているうちに○○さんは、
車酔いしない人であることが分かってきます。
そして、ある場所だけで、車酔いすることも分かってきます。
そういう御客様が、20人くらいでてくると、
さすがの私も、その場所に疑問がわいてきます。
逆に、御客様の中に、特殊な才能をもっている人もいる。
そういう人の区別も分かってきます。
ただ、御客様の中には、それを自覚されてない方も多く
半数以上の方は、なんで気分が急変するか分からないのですね。
つまり、自分の才能に気づいてないんです。
そういう御客様とは、こんな会話が成立します。
「気分わるいですか?」
「はい」
「車酔いですか?」
「どうも、そのようです」
「車酔いする方なんですか?」
「いえ、全くそういう事はないんですが、おかしいですねえ、どうしてなんでしょう?」
「(ある場所を離れると・・・・)」
「あ、大丈夫です、気分がよくなってきました」
と、こういう会話になるのですが、まれに御自分の力に気がついている方は、こんなふうに言ってきます。
「すいません、ちょっと、ここから離れてもらえますか」
「はい」
「・・・・」
「・・・・」
「もういいです」
ごくまれに、こういう御客様もいます。
そういう御客様とは、後でこっそり、能力について私から尋ねたりもします。
と、ここまで書くとオカルトっぽい話になってしまいますが、実は、この話のテーマは、オカルトの話ではありません。そういう不思議な能力をもった人と、おつきあいすることによって、ある法則を発見したという話です。不思議な能力は、決して、人を幸せにしないという話です。
つづく
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宿主というものは、因果な商売です。
車で移動中、御客様の気分が急変すると、
御客様データーに「○○さんは、車に酔いやすい」と記録します。
しかし、何度もデーターをとっているうちに○○さんは、
車酔いしない人であることが分かってきます。
そして、ある場所だけで、車酔いすることも分かってきます。
そういう御客様が、20人くらいでてくると、
さすがの私も、その場所に疑問がわいてきます。
逆に、御客様の中に、特殊な才能をもっている人もいる。
そういう人の区別も分かってきます。
ただ、御客様の中には、それを自覚されてない方も多く
半数以上の方は、なんで気分が急変するか分からないのですね。
つまり、自分の才能に気づいてないんです。
そういう御客様とは、こんな会話が成立します。
「気分わるいですか?」
「はい」
「車酔いですか?」
「どうも、そのようです」
「車酔いする方なんですか?」
「いえ、全くそういう事はないんですが、おかしいですねえ、どうしてなんでしょう?」
「(ある場所を離れると・・・・)」
「あ、大丈夫です、気分がよくなってきました」
と、こういう会話になるのですが、まれに御自分の力に気がついている方は、こんなふうに言ってきます。
「すいません、ちょっと、ここから離れてもらえますか」
「はい」
「・・・・」
「・・・・」
「もういいです」
ごくまれに、こういう御客様もいます。
そういう御客様とは、後でこっそり、能力について私から尋ねたりもします。
と、ここまで書くとオカルトっぽい話になってしまいますが、実は、この話のテーマは、オカルトの話ではありません。そういう不思議な能力をもった人と、おつきあいすることによって、ある法則を発見したという話です。不思議な能力は、決して、人を幸せにしないという話です。
つづく
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2008年03月15日
霊の見える話 その2
霊の見える話 その2
北軽井沢ブルーベリーYGHがオープンして、間もない頃は、
御客様を連れてドライブなどをさかんにしていました。
その時、ある場所を通ると、凍り付いてしまう御客様が
複数あらわれました。
変だなと思いつつ、何かの拍子で、
「不思議なものが見える」
という御客様の存在を知り、その方を現場に連れて行くと
やはり凍り付き、
「もう、ここには来ない方が良い」
と言われました。
そして、3年くらい、その場所に行かなかったのです。
しかし、3年後に、偶然にもその場所に行く機会がありました。
偶然にも嬬恋村の歴史の研究会で、
その場所の正体を知る機会を得たのです。
偶然にも、その場所の正体を知る村の唯一の一人から
教えてもらう機会をえたためです。
そして、世の中には
「不思議なものが見える」
人が本当に存在する
ことを思い知らされました。
そして、2年後、嬬恋村で行われたユースホステル共和国の会議で
全国のペアレントさんを、そこに案内した時、
あるペアレントさんが、金縛りにあってしまいました。
つづく
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北軽井沢ブルーベリーYGHがオープンして、間もない頃は、
御客様を連れてドライブなどをさかんにしていました。
その時、ある場所を通ると、凍り付いてしまう御客様が
複数あらわれました。
変だなと思いつつ、何かの拍子で、
「不思議なものが見える」
という御客様の存在を知り、その方を現場に連れて行くと
やはり凍り付き、
「もう、ここには来ない方が良い」
と言われました。
そして、3年くらい、その場所に行かなかったのです。
しかし、3年後に、偶然にもその場所に行く機会がありました。
偶然にも嬬恋村の歴史の研究会で、
その場所の正体を知る機会を得たのです。
偶然にも、その場所の正体を知る村の唯一の一人から
教えてもらう機会をえたためです。
そして、世の中には
「不思議なものが見える」
人が本当に存在する
ことを思い知らされました。
そして、2年後、嬬恋村で行われたユースホステル共和国の会議で
全国のペアレントさんを、そこに案内した時、
あるペアレントさんが、金縛りにあってしまいました。
つづく
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2008年03月14日
霊の見える話その1
霊の見える話
と書くと、なんて非科学的な・・・・と思われるかもしれませんが、
今回は非科学的な話をします。
本当に霊が見えるかどうかは私は知りません。
ただ、そういう人が大勢の御客様の中に
何人かはいらっしゃることです。
具体的にいうと、20人以上おられました。
といっても、
「私は霊がみえるんだ」
と切り出してきた御客様は一人もいません。
なにかの偶然にわかっただけで、
そもそも「私は霊がみえるんだ」と自分から言ってくる人は
最初から怪しいと睨んでいますから、そういう人は
カウントに入れていません。
まあ、そんなことは別にいいとして、
話のテーマは別の処にあります。
たまに、そういう人が居ると困ることがあるというのが
この話のテーマです。
そういう人は観光コースのある場所で、凍り付いてしまうからです。
だから最近は、そういうルートはわざと外すようになりました。
だから最近は連れて行ってません。
でも、最初は、そういう事を知らなかったので
なぜ、そういう人が凍り付くのかわからなかったのです。
つづく
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と書くと、なんて非科学的な・・・・と思われるかもしれませんが、
今回は非科学的な話をします。
本当に霊が見えるかどうかは私は知りません。
ただ、そういう人が大勢の御客様の中に
何人かはいらっしゃることです。
具体的にいうと、20人以上おられました。
といっても、
「私は霊がみえるんだ」
と切り出してきた御客様は一人もいません。
なにかの偶然にわかっただけで、
そもそも「私は霊がみえるんだ」と自分から言ってくる人は
最初から怪しいと睨んでいますから、そういう人は
カウントに入れていません。
まあ、そんなことは別にいいとして、
話のテーマは別の処にあります。
たまに、そういう人が居ると困ることがあるというのが
この話のテーマです。
そういう人は観光コースのある場所で、凍り付いてしまうからです。
だから最近は、そういうルートはわざと外すようになりました。
だから最近は連れて行ってません。
でも、最初は、そういう事を知らなかったので
なぜ、そういう人が凍り付くのかわからなかったのです。
つづく
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2008年03月13日
明日はホワイトデー
明日はホワイトデー
明日はホワイトデーですが、
なんと
ホワイトデー公式サイト
というものがあるんです。
http://www.candy.or.jp/whiteday/index.html
しかも連絡先が
全国飴菓子工業協同組合 ホワイトデー委員会 事務局
株式会社 みやこ飴本舗内
〒183-0051 東京都府中市栄町3-28-12
TEL:042-363-2551 FAX:042-368-1200
担当者携帯 090-4938-2030
ということです。
で、なんで
全国飴菓子工業協同組合
かと言いますと、
「日本で一番古くから残っている文献で、キャンデーの起源を調べてみると、3月14日の前後3日ぐらいずれた日付になっているんですよ。旧暦の日付だから、ある程度のずれはあるわけですが、とにかく日本のキャンデーの誕生した日という意味があることがわかったのです」
という話らしいです。
さらに
「“愛する人にチョコレートをプレゼント”のキャッチフレーズで業界に定着したバレンタインデーに対応して、全国飴菓子業協同組合が「ホワイトデー(3月14日)はキャンデーの日」と決定したのが1978(昭和53)年6月のことでした。そして、80年3月には全飴協・関東部会が第1回のホワイトデー“愛にこたえるホワイトデー”を実施し、現在にいたっています」
「昭和44年ごろから、当時の全飴協の木戸脇太郎理事長が中心になって、組合参加の各メーカーとともに、「キャンデーの需要拡大をはかるには、どうしたらいいのか」ということで、いろいろな方法を模索していたんです。当時も、メーカーによっては、細々とホワイトデーのキャンペーンを行っているところもありましたが、単にバレンタインデーのお返しにチョコレートを返そうというくらいのレベルでした。しかし、結果的にはそれが我々に、「ホワイトデーキャンペーン」をはじめさせる、契機となったしだいでして‥‥。「バレンタインデーにチョコレートをもらって、同じ物を返すのも意味がなかろう。我々は、キャンデーが得意な分野なんだから、チョコレートではなくキャンデーを贈る日にしてみたらどうだ」というような意見が、組合内で出てきたんです」
という事らしい。
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明日はホワイトデーですが、
なんと
ホワイトデー公式サイト
というものがあるんです。
http://www.candy.or.jp/whiteday/index.html
しかも連絡先が
全国飴菓子工業協同組合 ホワイトデー委員会 事務局
株式会社 みやこ飴本舗内
〒183-0051 東京都府中市栄町3-28-12
TEL:042-363-2551 FAX:042-368-1200
担当者携帯 090-4938-2030
ということです。
で、なんで
全国飴菓子工業協同組合
かと言いますと、
「日本で一番古くから残っている文献で、キャンデーの起源を調べてみると、3月14日の前後3日ぐらいずれた日付になっているんですよ。旧暦の日付だから、ある程度のずれはあるわけですが、とにかく日本のキャンデーの誕生した日という意味があることがわかったのです」
という話らしいです。
さらに
「“愛する人にチョコレートをプレゼント”のキャッチフレーズで業界に定着したバレンタインデーに対応して、全国飴菓子業協同組合が「ホワイトデー(3月14日)はキャンデーの日」と決定したのが1978(昭和53)年6月のことでした。そして、80年3月には全飴協・関東部会が第1回のホワイトデー“愛にこたえるホワイトデー”を実施し、現在にいたっています」
「昭和44年ごろから、当時の全飴協の木戸脇太郎理事長が中心になって、組合参加の各メーカーとともに、「キャンデーの需要拡大をはかるには、どうしたらいいのか」ということで、いろいろな方法を模索していたんです。当時も、メーカーによっては、細々とホワイトデーのキャンペーンを行っているところもありましたが、単にバレンタインデーのお返しにチョコレートを返そうというくらいのレベルでした。しかし、結果的にはそれが我々に、「ホワイトデーキャンペーン」をはじめさせる、契機となったしだいでして‥‥。「バレンタインデーにチョコレートをもらって、同じ物を返すのも意味がなかろう。我々は、キャンデーが得意な分野なんだから、チョコレートではなくキャンデーを贈る日にしてみたらどうだ」というような意見が、組合内で出てきたんです」
という事らしい。
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2008年03月12日
花粉症
さっき軽井沢で会食したのですが、
花粉で鼻じゅるじゅるになってしまいました。
ここで不思議なことは、
なんで軽井沢に花粉があって
北軽井沢に花粉が無いのかってこと。
まあ、まるっきり北軽井沢に無いということでは無いんですが
信じがたいくらい症状が和らぐことは確かです。
どうしてですかね?
杉が無いせいですかね?
やっぱり雪のせいかな?
ともかく、この時期は北軽井沢から出たくないですね。
と、思っていたら、
意外な伏兵が・・・・・。
東京からやってきた御客様が、
花粉をジャンジャン運んできました。
てな訳で、空気清浄機ふる稼働。
そしてウエットワイパーで掃除。
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花粉で鼻じゅるじゅるになってしまいました。
ここで不思議なことは、
なんで軽井沢に花粉があって
北軽井沢に花粉が無いのかってこと。
まあ、まるっきり北軽井沢に無いということでは無いんですが
信じがたいくらい症状が和らぐことは確かです。
どうしてですかね?
杉が無いせいですかね?
やっぱり雪のせいかな?
ともかく、この時期は北軽井沢から出たくないですね。
と、思っていたら、
意外な伏兵が・・・・・。
東京からやってきた御客様が、
花粉をジャンジャン運んできました。
てな訳で、空気清浄機ふる稼働。
そしてウエットワイパーで掃除。
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2008年03月07日
山本七平著 「空気」の研究
山本七平著 「空気」の研究
私たちは「空気読めよ」と言ってますが、「空気」って何でしょう? 実は、日本が戦争やバブルでこれだけだめになったのはその「空気」のせいです。過去を振り返ってみるにいかに「空気」のせいで日本が失敗したでしょうか。
イジメも空気が原因になります。
また、空気作りの名人は、黒幕になれます。
この本を読むと「空気」という言葉が使えなくなります。「空気」という言葉の怖さを知りつつも、「空気」を読まないことには社会の中では生きていけないのが現状です。そこで空気作りのメカニズムを理解することと、そして「空気」に対抗する唯一の手段「水を差す」などについて知る必用があります。そのための教科書か、この本です。

どのような「空気」を盛り上げて
「水を差す者」を沈黙させても、
「通常性」は遠慮なく「水」を差しつづける。
そしてわれわれは常に、
論理的判断の基準と、
空気的判断の基準という、
一種のダブルスタンダードのもとに生きています。
われわれが通常口にするのは論理的判断の基準ですが、本当の決断の基準となっているのは、
「空気が許さない」
という空気的判断の基準です。
戦後直後、「自由」について語った多くの人の言葉は結局
「いつでも水が差せる自由」
を行使しうる「空気」を醸成することに専念しているからです。
人が「空気」を本当に把握し得たとき、
その人は空気の拘束から脱却できます。
山本七平著 「空気」の研究より
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私たちは「空気読めよ」と言ってますが、「空気」って何でしょう? 実は、日本が戦争やバブルでこれだけだめになったのはその「空気」のせいです。過去を振り返ってみるにいかに「空気」のせいで日本が失敗したでしょうか。
イジメも空気が原因になります。
また、空気作りの名人は、黒幕になれます。
この本を読むと「空気」という言葉が使えなくなります。「空気」という言葉の怖さを知りつつも、「空気」を読まないことには社会の中では生きていけないのが現状です。そこで空気作りのメカニズムを理解することと、そして「空気」に対抗する唯一の手段「水を差す」などについて知る必用があります。そのための教科書か、この本です。

どのような「空気」を盛り上げて
「水を差す者」を沈黙させても、
「通常性」は遠慮なく「水」を差しつづける。
そしてわれわれは常に、
論理的判断の基準と、
空気的判断の基準という、
一種のダブルスタンダードのもとに生きています。
われわれが通常口にするのは論理的判断の基準ですが、本当の決断の基準となっているのは、
「空気が許さない」
という空気的判断の基準です。
戦後直後、「自由」について語った多くの人の言葉は結局
「いつでも水が差せる自由」
を行使しうる「空気」を醸成することに専念しているからです。
人が「空気」を本当に把握し得たとき、
その人は空気の拘束から脱却できます。
山本七平著 「空気」の研究より
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2008年03月04日
2008年03月03日
日本愛妻家協会にかかわって 07
日本愛妻家協会にかかわって 07
その後、北軽井沢に帰ってから考えてみました。
ツンデレって何だろうか?って
そして思い出したのが、これです。


そうです。
ドリフターズ
の名ギャグシーン。
「私ってダメな女ね」
です。


ちょっと違いますかね?
つづく
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その後、北軽井沢に帰ってから考えてみました。
ツンデレって何だろうか?って
そして思い出したのが、これです。


そうです。
ドリフターズ
の名ギャグシーン。
「私ってダメな女ね」
です。
ちょっと違いますかね?
つづく
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2008年03月02日
日本愛妻家協会にかかわって 06
日本愛妻家協会にかかわって 06
「ツンデレの説明は、これくらいにして、問題はヤンデレです」
「はあ?」
「ヤ・ン・デ・レ」
「まだあるんですか?・・・・ってか、なんですかヤンデレって」
「病的なデレ、つまり病んでるデレ。よーするに、嫉妬心などにより病的な行為を行うデレのことです。このヤンデレの歴史は、まだ浅く、2005年の夏頃に2ちゃんねるで爆発的な流行となった『空鍋』に起源をもつと言われています」
「からなべ?」
「空鍋です。これは一言では説明しきれないので、帰ってからインターネットで検索して実際に動画を見てください。これは見ないとわかりにくいです」
「・・・・」
「・・・・」
「ところで、ツンデレとか、ヤンデレとか、いろんな用語がでてきているけれど、これは学術用語なの?」
「いえ」
「じゃ、誰が定義したわけ?」
「インターネットユーザーたちです」
「それって意味あるの?」
「さあ。でも、ツン入りかけとか、ツンデレ状態とか、黒化が始まっているとか、素直クールが好きとか、フンデレ、クーデレ、オドデレ、いろんな属性の用語が氾濫することによって、リアルの場面で自己の立ち位置を把握しやすくなってはきています。昔に比べると、自己流素人心理学者が若者のなかで増加しつつあり、みょーに訳知りの青少年たちが増えてきています」
「・・・・」
「そういう青少年たちたちからすると、ヨン様とキャーキャー言うオバサンの行動が、キショく見えますし、だいたい冬ソナじたいが、あるギャルゲーのパクリなので・・・・」
「ちょっ、ちょっと待て! 専門用語が多すぎて、何がなんだかサッパリわからん!」
(ああ、こんなことなら高校生ヘルパーに、もっと色々聞いておくんだった)
つづく
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「ツンデレの説明は、これくらいにして、問題はヤンデレです」
「はあ?」
「ヤ・ン・デ・レ」
「まだあるんですか?・・・・ってか、なんですかヤンデレって」
「病的なデレ、つまり病んでるデレ。よーするに、嫉妬心などにより病的な行為を行うデレのことです。このヤンデレの歴史は、まだ浅く、2005年の夏頃に2ちゃんねるで爆発的な流行となった『空鍋』に起源をもつと言われています」
「からなべ?」
「空鍋です。これは一言では説明しきれないので、帰ってからインターネットで検索して実際に動画を見てください。これは見ないとわかりにくいです」
「・・・・」
「・・・・」
「ところで、ツンデレとか、ヤンデレとか、いろんな用語がでてきているけれど、これは学術用語なの?」
「いえ」
「じゃ、誰が定義したわけ?」
「インターネットユーザーたちです」
「それって意味あるの?」
「さあ。でも、ツン入りかけとか、ツンデレ状態とか、黒化が始まっているとか、素直クールが好きとか、フンデレ、クーデレ、オドデレ、いろんな属性の用語が氾濫することによって、リアルの場面で自己の立ち位置を把握しやすくなってはきています。昔に比べると、自己流素人心理学者が若者のなかで増加しつつあり、みょーに訳知りの青少年たちが増えてきています」
「・・・・」
「そういう青少年たちたちからすると、ヨン様とキャーキャー言うオバサンの行動が、キショく見えますし、だいたい冬ソナじたいが、あるギャルゲーのパクリなので・・・・」
「ちょっ、ちょっと待て! 専門用語が多すぎて、何がなんだかサッパリわからん!」
(ああ、こんなことなら高校生ヘルパーに、もっと色々聞いておくんだった)
つづく
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2008年02月29日
日本愛妻家協会にかかわって 05
日本愛妻家協会にかかわって 05
「それからツンとデレの落差も大切です」
「落差」
「よいツンデレには巨大な落差があります」
「はあ?」
「過剰なまでのツンツンから、デレデレに変化してしまう落差。これに萌えるのです。この落差が良いのです」
「落差ですか・・・・」
「落差です」
「じゃあ、キャベツ畑で『愛してるよ』と大声で叫ぶのではなく、真っ赤な顔で不器用そうに『べ、別にあんたの事なんか、好きじゃないんだからね』と呟けばいいんですか?」
「いや、そういうことでなく、公共の場では表面上は不器用な愛情表現をおこなうが、2人きりになった場合は、徹底したデレデレになる必用があるんです。この公私の区別が出来ないと、ツンデレではなく、単なるバカップルになる」
「はあ?」
「バカップルです」
「はあ?」
「バカップルです」
「はあ?」
「バカップルです」
「バカップルって、なに?」
「人目をはばからない行動を繰り返し、周囲に不快感や失笑を与えるカップルのことです」
「あー、なるほど」
「もしですよ、人目をはばからず公衆の面前で奥さんに『愛してるよ』と怒鳴って、奥さんもそれを良しとしたらバカップル認定です」
「え?」
ああ、なんてことだ。
今時の若者は、こんなことを考えているのか。
それにしても、恐るべき理論武装だ。
オタク・オタクとバカにしていたが、
こいつらは単なるオタクではない。
思想家かもしれない。
「でもさあ、いいじゃない。キャベツ畑で奥さんに『愛してるよ』と叫ぶくらいさ。それをバカップルって言うのはどうかと」
「まあ、そういうイベントですから良いと思います」
「(ほっとする私)・・・・」
「でも、問題は、それが今の若者の目に、どう写るかですが」
「え?」
「ヨン様、ヨン様とキャーキャー言うおばさんを、若い高校生たちは気持ち悪いと、テレビのインタビューで答えていますよね。ああいう反応に近いものが出てこないともかぎりませんよ、キャベツ畑で奥さんに『愛してるよ』と叫ぶイベントも」
「ええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ?」
この時、
自分が、真っ白になっていくのが自覚できました。
しかし、そこにさらなる追い打ちが・・・・。
「ツンデレの説明は、これくらいにして、問題はヤンデレです」
「はあ?」
つづく
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「それからツンとデレの落差も大切です」
「落差」
「よいツンデレには巨大な落差があります」
「はあ?」
「過剰なまでのツンツンから、デレデレに変化してしまう落差。これに萌えるのです。この落差が良いのです」
「落差ですか・・・・」
「落差です」
「じゃあ、キャベツ畑で『愛してるよ』と大声で叫ぶのではなく、真っ赤な顔で不器用そうに『べ、別にあんたの事なんか、好きじゃないんだからね』と呟けばいいんですか?」
「いや、そういうことでなく、公共の場では表面上は不器用な愛情表現をおこなうが、2人きりになった場合は、徹底したデレデレになる必用があるんです。この公私の区別が出来ないと、ツンデレではなく、単なるバカップルになる」
「はあ?」
「バカップルです」
「はあ?」
「バカップルです」
「はあ?」
「バカップルです」
「バカップルって、なに?」
「人目をはばからない行動を繰り返し、周囲に不快感や失笑を与えるカップルのことです」
「あー、なるほど」
「もしですよ、人目をはばからず公衆の面前で奥さんに『愛してるよ』と怒鳴って、奥さんもそれを良しとしたらバカップル認定です」
「え?」
ああ、なんてことだ。
今時の若者は、こんなことを考えているのか。
それにしても、恐るべき理論武装だ。
オタク・オタクとバカにしていたが、
こいつらは単なるオタクではない。
思想家かもしれない。
「でもさあ、いいじゃない。キャベツ畑で奥さんに『愛してるよ』と叫ぶくらいさ。それをバカップルって言うのはどうかと」
「まあ、そういうイベントですから良いと思います」
「(ほっとする私)・・・・」
「でも、問題は、それが今の若者の目に、どう写るかですが」
「え?」
「ヨン様、ヨン様とキャーキャー言うおばさんを、若い高校生たちは気持ち悪いと、テレビのインタビューで答えていますよね。ああいう反応に近いものが出てこないともかぎりませんよ、キャベツ畑で奥さんに『愛してるよ』と叫ぶイベントも」
「ええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ?」
この時、
自分が、真っ白になっていくのが自覚できました。
しかし、そこにさらなる追い打ちが・・・・。
「ツンデレの説明は、これくらいにして、問題はヤンデレです」
「はあ?」
つづく
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2008年02月28日
日本愛妻家協会にかかわって 04
日本愛妻家協会にかかわって 04

「どこがダサいんだろう、アメリカやヨーロッパじゃ、奥さんに愛しているよって日常茶飯事のように言うんだよ」
「じゃあ、聞きますけれど、どうしてアメリカやヨーロッパの方を向かなければいけないんですか?」
「・・・・」
「いや、全て否定しているわけではないですよ、火山体験プログラムにも感心したし、その他のプログラムにも感動しています。ただ、今の若者には、キャベツ畑で、奥さんに『好きだよ』と大声で叫ぶといったストレートな表現は、どうかと思うんですよね。だって、今はツンデレの時代ですから」
「はあ?」
「ツンデレです」
「はあ?」
「ツンデレです」
「はあ?」
「ツンデレです」
「はあ?」
「ツ・ン・デ・レ」
「・・・・って何?」
「ツンデレのツンは、ツンツンするの意味です。デレは、デレデレすること」
「あのー、意味わかんないす」
「よーするに、人前ではツンツンしているくせに、2人きりになったらデレデレすることをツンデレと言います」
「それって、照れ隠しのこと?」
「違います」
「ええ?」
「照れ隠しで、ツンツンするのもアリなんですが、照れてなくても人前でツンツンします。でも、2人きりになったらデレデレすることをツンデレと言います。そのデレ方も、相手にツンを発しつつ、相手を困惑させるフェイントを使いつつも、超デレデレで相手を落とすのです」
「分からないです、おじさん何のことかサッパリ意味分からないです」
「それじゃ、もっと分かりやすく言いましょう」
「はい」
いつの間にか講師と生徒の立場が逆転していたのであった。

「キャベツ畑で、奥さんに『愛しているよ』と叫ぶストレートな表現は、西欧的でありストレートな方法です。しかし、このスタイルというのは、日本的ではありません。もののあわれが感じられないのです。ようするに萌えないんです」
「はあ?」
「ストレートすぎて短歌で言えば、万葉集的なんです。思春期に書いた青臭い詩集みたいなものです。下手くそな臭い学園ドラマみたいなものです。そこに萌えは存在しません。古今集や新古今集に存在する唯美的・情調的・幻想的・絵画的な、奥深き想像を可能とする甘いロマンチズムは存在しません」
「・・・・」
「つまり万葉集的なストレートな『好きだよ!』には、余韻がないんです。余韻がなければ萌えもない。だから、余韻をかきたてる愛の表現形態を求めていくと、ツンデレにたどりつくのです」
「・・・・」
「ふだんはツンツン。で、2人きりになると、ちょいとデレる。場合によっては、デレデレになる可能性もあるけれど、決してツンツンは放棄しない。あくまでもツンツンでフェイントをかけつつ、ここ一番の大勝負で超デレる。でもツンツンも残すことによって、余韻を残すのです」
深い。
よく分からんが、深いと思った私でした。
「それからツンとデレの落差も大切です」
「落差」
「よいツンデレには巨大な落差があります」
「はあ?」
つづく
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「どこがダサいんだろう、アメリカやヨーロッパじゃ、奥さんに愛しているよって日常茶飯事のように言うんだよ」
「じゃあ、聞きますけれど、どうしてアメリカやヨーロッパの方を向かなければいけないんですか?」
「・・・・」
「いや、全て否定しているわけではないですよ、火山体験プログラムにも感心したし、その他のプログラムにも感動しています。ただ、今の若者には、キャベツ畑で、奥さんに『好きだよ』と大声で叫ぶといったストレートな表現は、どうかと思うんですよね。だって、今はツンデレの時代ですから」
「はあ?」
「ツンデレです」
「はあ?」
「ツンデレです」
「はあ?」
「ツンデレです」
「はあ?」
「ツ・ン・デ・レ」
「・・・・って何?」
「ツンデレのツンは、ツンツンするの意味です。デレは、デレデレすること」
「あのー、意味わかんないす」
「よーするに、人前ではツンツンしているくせに、2人きりになったらデレデレすることをツンデレと言います」
「それって、照れ隠しのこと?」
「違います」
「ええ?」
「照れ隠しで、ツンツンするのもアリなんですが、照れてなくても人前でツンツンします。でも、2人きりになったらデレデレすることをツンデレと言います。そのデレ方も、相手にツンを発しつつ、相手を困惑させるフェイントを使いつつも、超デレデレで相手を落とすのです」
「分からないです、おじさん何のことかサッパリ意味分からないです」
「それじゃ、もっと分かりやすく言いましょう」
「はい」
いつの間にか講師と生徒の立場が逆転していたのであった。
「キャベツ畑で、奥さんに『愛しているよ』と叫ぶストレートな表現は、西欧的でありストレートな方法です。しかし、このスタイルというのは、日本的ではありません。もののあわれが感じられないのです。ようするに萌えないんです」
「はあ?」
「ストレートすぎて短歌で言えば、万葉集的なんです。思春期に書いた青臭い詩集みたいなものです。下手くそな臭い学園ドラマみたいなものです。そこに萌えは存在しません。古今集や新古今集に存在する唯美的・情調的・幻想的・絵画的な、奥深き想像を可能とする甘いロマンチズムは存在しません」
「・・・・」
「つまり万葉集的なストレートな『好きだよ!』には、余韻がないんです。余韻がなければ萌えもない。だから、余韻をかきたてる愛の表現形態を求めていくと、ツンデレにたどりつくのです」
「・・・・」
「ふだんはツンツン。で、2人きりになると、ちょいとデレる。場合によっては、デレデレになる可能性もあるけれど、決してツンツンは放棄しない。あくまでもツンツンでフェイントをかけつつ、ここ一番の大勝負で超デレる。でもツンツンも残すことによって、余韻を残すのです」
深い。
よく分からんが、深いと思った私でした。
「それからツンとデレの落差も大切です」
「落差」
「よいツンデレには巨大な落差があります」
「はあ?」
つづく
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2008年02月27日
日本愛妻家協会にかかわって 03
日本愛妻家協会にかかわって 03
「それで日本愛妻家協会の会員は、嬬恋村のキャベツ畑で、奥さんに『好きだよ』と大声で叫ぶんですか?」
「そうです、好きだ〜!て叫ぶんです」
「それって、ちょっとダサくないですか?」
「え? ダサイかな?」
「・・・・」
場の空気は、あきらかに寒いものがながれていました。
「どこがダサいんだろう、アメリカやヨーロッパじゃ、奥さんに愛しているよって日常茶飯事のように言うんだよ」
「じゃあ、聞きますけれど、どうしてアメリカやヨーロッパの方を向かなければいけないんですか?」
「えっ?」
「世界中の若者は、日本を向いているというのに、どうしてアメリカやヨーロッパの方を向かなければいけないんですか?」
「はあ?」
「青春ドラマじゃあるまいし、嬬恋村のキャベツ畑で、奥さんに『好きだよ』と大声で叫ぶって、発想が団塊世代のままですよ」
「・・・・」
「・・・・」
「いや、ちょっとまってよ、俺は団塊の世代ではないよ、それより十歳若いんだからね」
「すいません。あんまり発想が古かったもので、つい」
「・・・・」
「いや、全て否定しているわけではないですよ、火山体験プログラムにも感心したし、その他のプログラムにも感動しています。ただ、今の若者には、キャベツ畑で、奥さんに『好きだよ』と大声で叫ぶといったストレートな表現は、どうかと思うんですよね。だって、今は
ツンデレ
の時代ですから」
「はあ?」
つづく
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「それで日本愛妻家協会の会員は、嬬恋村のキャベツ畑で、奥さんに『好きだよ』と大声で叫ぶんですか?」
「そうです、好きだ〜!て叫ぶんです」
「それって、ちょっとダサくないですか?」
「え? ダサイかな?」
「・・・・」
場の空気は、あきらかに寒いものがながれていました。
「どこがダサいんだろう、アメリカやヨーロッパじゃ、奥さんに愛しているよって日常茶飯事のように言うんだよ」
「じゃあ、聞きますけれど、どうしてアメリカやヨーロッパの方を向かなければいけないんですか?」
「えっ?」
「世界中の若者は、日本を向いているというのに、どうしてアメリカやヨーロッパの方を向かなければいけないんですか?」
「はあ?」
「青春ドラマじゃあるまいし、嬬恋村のキャベツ畑で、奥さんに『好きだよ』と大声で叫ぶって、発想が団塊世代のままですよ」
「・・・・」
「・・・・」
「いや、ちょっとまってよ、俺は団塊の世代ではないよ、それより十歳若いんだからね」
「すいません。あんまり発想が古かったもので、つい」
「・・・・」
「いや、全て否定しているわけではないですよ、火山体験プログラムにも感心したし、その他のプログラムにも感動しています。ただ、今の若者には、キャベツ畑で、奥さんに『好きだよ』と大声で叫ぶといったストレートな表現は、どうかと思うんですよね。だって、今は
ツンデレ
の時代ですから」
「はあ?」
つづく
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2008年02月26日
愛妻家協会にかかわって 02
愛妻家協会にかかわって 02
日本愛妻家協会でホームページなどを制作し、
http://www.kazeno.info/aisai/
嬬恋村のキャベツ畑で奥さんに
「大好きだよ!」
と、叫んだりするイベントを次々と企画したりしました。まあ、ここまでは、よかったのですが、調子にのってる私の脳天を砕いてしまう大事件が起こってしまったのでした!
あれは、去年(2007年)の年末のことです。都心部にある某観光関係の団体に呼ばれ、村おこしのための会議で、嬬恋村の村おこしの実態として
『火山体験プログラム』
『インタープリテーションプログラム』
『スノーシュー体験プログラム』
『日本愛妻家協会聖地委員会』
について講演する機会がありました。その時に観光関係の若者たちと活発な議論をしたのですが、
『火山体験プログラム』
『インタープリテーションプログラム』
『スノーシュー体験プログラム』
については、活発な質問がよせられ、熱心にメモをとる姿が見られました。『火山体験プログラム』も『インタープリテーションプログラム』も『スノーシュー体験プログラム』も都会の若者たちにとっては、とても魅力なプログラムであったらしく、私は熱心な質問攻めに嬉しい悲鳴をあげたものでした。
ところが、
『日本愛妻家協会聖地委員会』『日本愛妻家協会』
についての話をしたとたん、急に講演会参加者のテンションが落ちてしまったのです。
空気が変ってしまった。
どう変ったかと言いますと・・・・・
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日本愛妻家協会でホームページなどを制作し、
http://www.kazeno.info/aisai/
嬬恋村のキャベツ畑で奥さんに
「大好きだよ!」
と、叫んだりするイベントを次々と企画したりしました。まあ、ここまでは、よかったのですが、調子にのってる私の脳天を砕いてしまう大事件が起こってしまったのでした!
あれは、去年(2007年)の年末のことです。都心部にある某観光関係の団体に呼ばれ、村おこしのための会議で、嬬恋村の村おこしの実態として
『火山体験プログラム』
『インタープリテーションプログラム』
『スノーシュー体験プログラム』
『日本愛妻家協会聖地委員会』
について講演する機会がありました。その時に観光関係の若者たちと活発な議論をしたのですが、
『火山体験プログラム』
『インタープリテーションプログラム』
『スノーシュー体験プログラム』
については、活発な質問がよせられ、熱心にメモをとる姿が見られました。『火山体験プログラム』も『インタープリテーションプログラム』も『スノーシュー体験プログラム』も都会の若者たちにとっては、とても魅力なプログラムであったらしく、私は熱心な質問攻めに嬉しい悲鳴をあげたものでした。
ところが、
『日本愛妻家協会聖地委員会』『日本愛妻家協会』
についての話をしたとたん、急に講演会参加者のテンションが落ちてしまったのです。
空気が変ってしまった。
どう変ったかと言いますと・・・・・
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2008年02月25日
愛妻家協会にかかわって 01
日本愛妻家協会のゆくえ 01
日本愛妻家協会というものがありますが、
その仕掛け人は、山名さんという博報堂の方です。
山名さんは、奥さんに逃げられた(離婚)ことにショックをうけ、
親友のキャンドルアーティストの小泉さんのもつ別荘で静養しました。
その別荘は、北軽井沢ブルーベリーYGHのある嬬恋村にありました。
嬬恋村は、「妻に恋する村」と書いて嬬恋村です。
ここで山名さんは立ち直り、日本愛妻家協会をたちあげ、
嬬恋村を日本愛妻家協会の聖地として認定したわけですが、
嬬恋村も呼応して、日本愛妻家協会聖地委員会を設立。
私が、広報部長として、ホームページなどを制作しました。
http://www.kazeno.info/aisai/
そしてキャベツ畑で奥さんに
「大好きだよ!」
と、叫んだりするイベントを次々と企画したりしました。
ここまでは、よかったのですが、
調子にのってる私の
脳天を砕いてしまう大事件が
起こってしまったのでした!
それは、何かといいますと・・・・・・。
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日本愛妻家協会というものがありますが、
その仕掛け人は、山名さんという博報堂の方です。
山名さんは、奥さんに逃げられた(離婚)ことにショックをうけ、
親友のキャンドルアーティストの小泉さんのもつ別荘で静養しました。
その別荘は、北軽井沢ブルーベリーYGHのある嬬恋村にありました。
嬬恋村は、「妻に恋する村」と書いて嬬恋村です。
ここで山名さんは立ち直り、日本愛妻家協会をたちあげ、
嬬恋村を日本愛妻家協会の聖地として認定したわけですが、
嬬恋村も呼応して、日本愛妻家協会聖地委員会を設立。
私が、広報部長として、ホームページなどを制作しました。
http://www.kazeno.info/aisai/
そしてキャベツ畑で奥さんに
「大好きだよ!」
と、叫んだりするイベントを次々と企画したりしました。
ここまでは、よかったのですが、
調子にのってる私の
脳天を砕いてしまう大事件が
起こってしまったのでした!
それは、何かといいますと・・・・・・。
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2008年02月16日
バレンタインデー秘話
バレンタインデー秘話
ここだけの話ですが、
1日遅れの15日にバレンタインデーのチョコを
嫁さんからもらったペンションオーナーがいました。
ここまでは、普通の話ですが、
その嫁さんは、旦那にあげたはずのチョコを
旦那がいないすきに断りもなしに全部、
1人で食べちゃったとさ。
けっきょく、あげてないじゃん!
そうです。
うちの嫁の話です。
客にあげても、知り合いにあげても
わしのチョコは食べてしまうのであった。
あげくのはてに・・・・・ああ、これいじょうは書けん。
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ここだけの話ですが、
1日遅れの15日にバレンタインデーのチョコを
嫁さんからもらったペンションオーナーがいました。
ここまでは、普通の話ですが、
その嫁さんは、旦那にあげたはずのチョコを
旦那がいないすきに断りもなしに全部、
1人で食べちゃったとさ。
けっきょく、あげてないじゃん!
そうです。
うちの嫁の話です。
客にあげても、知り合いにあげても
わしのチョコは食べてしまうのであった。
あげくのはてに・・・・・ああ、これいじょうは書けん。
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2008年02月14日
今日は、バレンタインデー
今日は、バレンタインデー

今日は、バレンタインデーですね。
うちのかみさんは、連休最終日にお泊まりの御客様に
チョコを配っていたようですが、
そういった大人の事情は置いておいて、
全国の
恋する乙女の諸君、
がんばってください。

好きな人にチョコをあげるという行為には、勇気がいりますね。
だって、場合によっては、
自分が傷つく可能性があるんですから。
でも無傷で欲しい物は手に入りません。
だから自分が傷つくのをおそれてはダメですよね♪
それに失敗して、ダメだったとしても、
歳をとって振り返ってみれば
それは、とても良い思い出として、
なつかしい過去の思い出となります。
ここで、年寄りの老婆心から蘊蓄(うんちく)を一つ。
記憶の法則について語ってみます。

歳をとると、嫌な記憶は忘れてしまい、楽しかった記憶しか思い出せなくなる。これが記憶の第一法則です。
そして、そして歳をとると、昔の楽しかったことは思い出すくせに、最近のことはさっぱり思い出せない。たった5分前のことさえ思い出せない。財布をどこにしまったのか、昼ご飯を食べたのか食べなかったのか思い出せない。これが記憶の第二法則です。
そして、記憶の第三法則。歳をとると、記憶を自分の都合の良いように改ざんしてしまう傾向がでてくる。家族に、お祖父さん、お祖母さんがいる人は、思い当たりありますよね。脱線しましたが、ようするに辛い思いでは歳とともに忘れるということです。若い時代の記憶は、楽しい思い出しか残らない。
だから自分が傷つくのをおそれて何もしないのは愚かだということですよ
思えば、これって山登りにも似ています。
山は、登っている間は、疲れます。
でも、頂上に登ったら、疲れたという記憶を全部失ってしまう。
自宅に帰って風呂に入ってしまうと、
すばらしい景色と、楽しい思い出だけしか思い出せない。
何故か途中のつらい記憶が無くなってしまう。
でも「つらいんじゃないかな?」というリスクを恐れていたら、
すばらしい景色と、楽しい思い出は手に入りません。
難しいところですね。
私も46歳。この歳になって、幸せに暮らしている友人たちを
眺めて思うことは、幸せを手に入れている人の多くは、
自分が傷つくのを恐れない人が多いという事実です。
うたれ強い人ほど、幸せになっている。
いや、これは本当です。
ここで具体例を書きたいところですが、
プライバシーにかかわることなので、
やめておきますが、みんな、がんばって♪

もし、朗報があったら、こっそり教えてください。
戦車をプレゼントします(ウソです)。
健闘を祈ります。
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今日は、バレンタインデーですね。
うちのかみさんは、連休最終日にお泊まりの御客様に
チョコを配っていたようですが、
そういった大人の事情は置いておいて、
全国の
恋する乙女の諸君、
がんばってください。

好きな人にチョコをあげるという行為には、勇気がいりますね。
だって、場合によっては、
自分が傷つく可能性があるんですから。
でも無傷で欲しい物は手に入りません。
だから自分が傷つくのをおそれてはダメですよね♪
それに失敗して、ダメだったとしても、
歳をとって振り返ってみれば
それは、とても良い思い出として、
なつかしい過去の思い出となります。
ここで、年寄りの老婆心から蘊蓄(うんちく)を一つ。
記憶の法則について語ってみます。

歳をとると、嫌な記憶は忘れてしまい、楽しかった記憶しか思い出せなくなる。これが記憶の第一法則です。
そして、そして歳をとると、昔の楽しかったことは思い出すくせに、最近のことはさっぱり思い出せない。たった5分前のことさえ思い出せない。財布をどこにしまったのか、昼ご飯を食べたのか食べなかったのか思い出せない。これが記憶の第二法則です。
そして、記憶の第三法則。歳をとると、記憶を自分の都合の良いように改ざんしてしまう傾向がでてくる。家族に、お祖父さん、お祖母さんがいる人は、思い当たりありますよね。脱線しましたが、ようするに辛い思いでは歳とともに忘れるということです。若い時代の記憶は、楽しい思い出しか残らない。
だから自分が傷つくのをおそれて何もしないのは愚かだということですよ
思えば、これって山登りにも似ています。
山は、登っている間は、疲れます。
でも、頂上に登ったら、疲れたという記憶を全部失ってしまう。
自宅に帰って風呂に入ってしまうと、
すばらしい景色と、楽しい思い出だけしか思い出せない。
何故か途中のつらい記憶が無くなってしまう。
でも「つらいんじゃないかな?」というリスクを恐れていたら、
すばらしい景色と、楽しい思い出は手に入りません。
難しいところですね。
私も46歳。この歳になって、幸せに暮らしている友人たちを
眺めて思うことは、幸せを手に入れている人の多くは、
自分が傷つくのを恐れない人が多いという事実です。
うたれ強い人ほど、幸せになっている。
いや、これは本当です。
ここで具体例を書きたいところですが、
プライバシーにかかわることなので、
やめておきますが、みんな、がんばって♪

もし、朗報があったら、こっそり教えてください。
戦車をプレゼントします(ウソです)。
健闘を祈ります。
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2008年02月10日
手作りチョコ?
私も、一度だけ、手作りチョコをもらったことがあります。
いや、
あれは手作りなんてものでは無かったかもしれません。
そんな豪勢なものではなく、
あえて言うならば
『ハンドメイドチョコ』
とでも言うのでしょうか?
あれは、ふつーに、
どこにでも売っている分厚い、平凡な板チョコでした。
二木の菓子で売っている安売りチョコぽかった。
一目見ただけでは、どこが手作りなのかよく分からなかった。
しかし、包みを開けてみると、
その板チョコには、
『人情』
という文字が彫刻刀で彫られていたのでした。
おお、これぞまさしく
義理と人情のチョコレートだ!
と叫んだ私でした。
(15年前のお話です)

当時の私は、
「人情」がプラスされている分、
「義理」だけよりも嬉しい気がしたものでした。
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いや、
あれは手作りなんてものでは無かったかもしれません。
そんな豪勢なものではなく、
あえて言うならば
『ハンドメイドチョコ』
とでも言うのでしょうか?
あれは、ふつーに、
どこにでも売っている分厚い、平凡な板チョコでした。
二木の菓子で売っている安売りチョコぽかった。
一目見ただけでは、どこが手作りなのかよく分からなかった。
しかし、包みを開けてみると、
その板チョコには、
『人情』
という文字が彫刻刀で彫られていたのでした。
おお、これぞまさしく
義理と人情のチョコレートだ!
と叫んだ私でした。
(15年前のお話です)

当時の私は、
「人情」がプラスされている分、
「義理」だけよりも嬉しい気がしたものでした。
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2008年02月09日
バレンタイン・デーの由来
バレンタイン・デーの由来
バレンタイン・デーは古代ローマのルペルカリアの祭(2月15日)に起源をもつらしい。ローマでは、毎年2月14日に未婚の女性たちの名前が書かれた紙を集め、翌日に未婚の男性がその紙を引き、紙に書かれた名前の女性と付き合うといった伝統的な祭りがあったそうです。しかし、この祭りは風紀が乱れるとしてキリスト教の聖人を奉る行事になり、殉教した聖人バレンタインを行事の守護聖人としました。これがバレンタイン・デーになったらしい。
では、聖人「バレンタイン」とは?
時は三世紀、当時のローマ皇帝「クラウディウス2世」は、兵士達の戦意に支障をきたすとして若者の結婚を禁じていました。バレンタインは若者たちを哀れに思い、密かに結婚させていたが、皇帝がそれを知り、バレンタインにローマ国教への改宗を迫ったが、承諾しなかったためバレンタインは投獄され処刑されまし。そのバレンタインが処刑された日が、2月14日だそうです。殉教したバレンタインは、キリスト教により、聖人として認定されました。
さて、このバレンタイン・デー。初めは親子が愛の教訓と感謝を書き記したカードを交換する習慣だったが、20世紀になって、男女が愛を告白して贈り物をしたり、とくに女性が男性に愛を告白する唯一の日とされるようになったそうです。

日本では1936年(昭和11)と1952年(昭和27)ころに、神戸モロゾフ洋菓子店が、英字雑誌に「バレンタインチョコ」の広告を出し神戸の「モロゾフ」がチョコレートを贈る風習の移入を計画したが失敗。
1958年、東京の洋菓子商「メリーチョコレートカムパニー」により、女性が男性にチョコレートを贈る風習が始められ、1新宿の伊勢丹で「バレンタイン・セール」と称したキャンペーンが行われました。
ところで、バレンタイン戦車の由来ですが、

陸軍省に設計が提出されたのがバレンタインデー(2月14日)だったということらしい。
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バレンタイン・デーは古代ローマのルペルカリアの祭(2月15日)に起源をもつらしい。ローマでは、毎年2月14日に未婚の女性たちの名前が書かれた紙を集め、翌日に未婚の男性がその紙を引き、紙に書かれた名前の女性と付き合うといった伝統的な祭りがあったそうです。しかし、この祭りは風紀が乱れるとしてキリスト教の聖人を奉る行事になり、殉教した聖人バレンタインを行事の守護聖人としました。これがバレンタイン・デーになったらしい。
では、聖人「バレンタイン」とは?
時は三世紀、当時のローマ皇帝「クラウディウス2世」は、兵士達の戦意に支障をきたすとして若者の結婚を禁じていました。バレンタインは若者たちを哀れに思い、密かに結婚させていたが、皇帝がそれを知り、バレンタインにローマ国教への改宗を迫ったが、承諾しなかったためバレンタインは投獄され処刑されまし。そのバレンタインが処刑された日が、2月14日だそうです。殉教したバレンタインは、キリスト教により、聖人として認定されました。
さて、このバレンタイン・デー。初めは親子が愛の教訓と感謝を書き記したカードを交換する習慣だったが、20世紀になって、男女が愛を告白して贈り物をしたり、とくに女性が男性に愛を告白する唯一の日とされるようになったそうです。

日本では1936年(昭和11)と1952年(昭和27)ころに、神戸モロゾフ洋菓子店が、英字雑誌に「バレンタインチョコ」の広告を出し神戸の「モロゾフ」がチョコレートを贈る風習の移入を計画したが失敗。
1958年、東京の洋菓子商「メリーチョコレートカムパニー」により、女性が男性にチョコレートを贈る風習が始められ、1新宿の伊勢丹で「バレンタイン・セール」と称したキャンペーンが行われました。
ところで、バレンタイン戦車の由来ですが、

陸軍省に設計が提出されたのがバレンタインデー(2月14日)だったということらしい。
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2008年02月07日
毒入り餃子事件に思う
毒入り餃子事件に思う
久々に業務用スーパーに行ってみたら
ペンションオーナーたちが血相をかかえていました。
なんでも中国製の冷凍食材に毒が入っているらしいとのことで
返品やら在庫確認におわれていました。
ほら、いわんこっちゃない。
だから中国製は・・・・。
それにしても、酷い話ですね。
おきてしまったことは仕方ないとしても
(仕方なくはないんだが)
その後の中国政府には、本当に頭に来ています。
もうちょっと、人の命を考えてほしいです。
これじゃ、医食同源どころか、殺食同源じゃないですか!
JTフーズにしても、Aコープにしても、
もう少し慎重に生産管理してくださいよ。
たのみますよ。
ちなみに中国製の食品による実害が、
世界中で大発生しているのは有名な話です。
しかし、日本では、何故かマスコミに出てきません。
アメリカ政府では、対抗策として
中国に所在する製造元を刑事犯として起訴してます。
見習いましょうよ。
この事件は、政治からきっぱりと切り離し、
司法の場に持ち込む方が、解決の近道ですよ。
日本国の刑法でも、国内で起きた傷害事件は
国外犯であっても罪を問うことができます
(刑法第三条の二)
事件性がある場合には、政府が表に出るよりも、
独立性が保障されている司法サイドに任せた方が賢明だと思います。
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久々に業務用スーパーに行ってみたら
ペンションオーナーたちが血相をかかえていました。
なんでも中国製の冷凍食材に毒が入っているらしいとのことで
返品やら在庫確認におわれていました。
ほら、いわんこっちゃない。
だから中国製は・・・・。
それにしても、酷い話ですね。
おきてしまったことは仕方ないとしても
(仕方なくはないんだが)
その後の中国政府には、本当に頭に来ています。
もうちょっと、人の命を考えてほしいです。
これじゃ、医食同源どころか、殺食同源じゃないですか!
JTフーズにしても、Aコープにしても、
もう少し慎重に生産管理してくださいよ。
たのみますよ。
ちなみに中国製の食品による実害が、
世界中で大発生しているのは有名な話です。
しかし、日本では、何故かマスコミに出てきません。
アメリカ政府では、対抗策として
中国に所在する製造元を刑事犯として起訴してます。
見習いましょうよ。
この事件は、政治からきっぱりと切り離し、
司法の場に持ち込む方が、解決の近道ですよ。
日本国の刑法でも、国内で起きた傷害事件は
国外犯であっても罪を問うことができます
(刑法第三条の二)
事件性がある場合には、政府が表に出るよりも、
独立性が保障されている司法サイドに任せた方が賢明だと思います。
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2005年04月19日
ちよっと良い話
ちょっと、良いことが書いてあった本があったので、一部を紹介したいと思います。
渡部昇一教授の記憶の法則より抜粋
「記憶」と「年輪」は家庭円満の両輪親孝行と同じく結婚についても、かつては日本人に固有な思い入れのようなものがあったと思う。ところが昨今では、結婚よりも離婚について取り沙汰されることが多くなっている。
事実、離婚率は、1990年代に入って増加の傾向が著しく、最近では、年間約五万件にも達し、その後も増え続けている。成田離婚や箱崎離婚が当たり前になっているようなのである。単純計算すると、これはおよそ十分に一件の割合で離婚が起きていることになる。バツイチなどという言葉さえ生まれ、世は離婚花ざかりである。
だが、いくら離婚してみても、何度結婚してみても、結婚というものがどのようなものかはなかなかわからない。普通の物事は経験を積めば積むほど、その本質や実体がわかるものなのだが、こと結婚に関しては違うらしい。むしろ逆で、五回結婚した人よりは一回こっきりの人のほうがよくわかるのではないかと思う。
なぜ、そうなるのだろうか。それは、結婚生活というものが記憶の積み重ねで成り立つものだからではないかと思う。
私の家内は、髪にそろそろ白いものが混じり始め、しわくちゃとまではいかないにせよ、老婦人の雰囲気を十分に漂わせる年齢になってきている。けれども結婚した時の記念写真を見ると、今の姿形からは想像もできないくらい、ふっくらとしてういういしい乙女なのだ。すると、その当時から今に至るまでの、何十年もの時間の重みがひしひしと伝わってくるのである。さまざまな記憶がふつふつと湧いてくる。そして、この積み重ねを共有することこそが、結婚生活なのだと私は思う。
何回同棲しても、
また、結婚、離婚を繰り返しても、
このような時間の重みは得られない。
共有する時間も短く、
記憶も寸断されて、
積み重ねるものがなくなってしまうからだ。
私の知人の女性学者が、はからずもそのことを裏づけてくれた。彼女には子供が二人ほどいるらしいのだが、ある時、何気なく、過去のアルバムを整理し始めた。
子供たちがまだ小さい時分の写真を見ているうち、当時自分もまだ駆け出しの学者の卵で、子供と悪戦苦闘しながらとにもかくにもしゃにむに生きてきたその頃が思い出されて、涙が止まらなくなったというのである。
その話を聞いた時、そういえば私の家内も同じようなことをやっていたと思い至った。家内も子供たちのアルバムを見ながら、最初のうちは、「こんな顔している、あんな格好している」と笑っていたのだが、そのうち、「こんなにちっちゃな時もあったのね」とつぶやきながら、涙ぐんでいるのである。
三人の子供たちはみな成人して、私たちにはもう孫もいる。その孫と同じぐらいの年齢だった子供たちの姿をアルバムでたどるうちに、過去の記憶がどんどん蘇ってきて、思わず涙が出てきたのであろう。この思いの蓄積を共有できるのが、夫婦というものなのである。そこでは、過去の記憶とそれをたどってきた年輪とがぴったりと重なり合うのだ。
ここが、同棲などとは決定的に違うところだと思う。そして記憶と年輪とがかみ合った夫婦というのは、円満な家庭を築いてきたものなのである。気が合ったから一緒になって、嫌になったら止めてしまう、などといった安易な結びつきとは違うのだ。
例外もあるから全部が全部というわけではないのだが、私の知っている企業の経営者、とくに中小企業の経営者の多くは、景気がよくて儲けていた時分、女房とは別に、愛人といえる女性を身近に置くということが普通にあった。当時、彼らの多くは、古女房などより若いこの愛人のほうがよく尽くしてくれるなどと悦に入っていた。なかには、老後は彼女に面倒を見てもらうなどと宣言した人もいたくらいである。
だが、私の知っている限り、全部失敗している。やはり彼女たちは、男のほうに金や社長という肩書きがあるから愛人になっただけなのである。不景気になって会もままならなくなればそれまでである。ましてや、引退したあとの老後の世話など始めから念頭にはない。そういう素振りでも見せようものなら、すぐさまおさらばしてしまう。
これに対して、古女房たちはどうなのか。彼女たちは、社長たちがまだ若く、海のものとも山のものともつかない時分のことを知っている。多少の学歴と多少の財産がある程度で、その他何もないところからのし上がってきたとか、あるいは、そういうものも何もなく、ただ押しの強さと運を頼りに人生を切り開いてきたという、全くの下積み時代から知っているのだ。 知っているというよりも、苦しい時代を二人して乗り切ってきたといったほうがいい。それゆえ、二人の記憶が濃厚なのだ。過去からの記憶の重みを共に背負っているのである。
だから不景気でうまくいかなくなれぱなるほど、また、年を取れば取るほど、その時代の記憶が蘇ってくる。記憶の一つの法則に、昔のことはよく覚えているが最近のことは忘れやすいというのがある。こうして、古女房たちが復活するのである。
俳優の三船敏郎もそうだった。彼は離婚して若い女優と一緒になった。ところが、彼が、ぼけると、この若い奥さんは逃げてしまう。そして結局、昔馴れた最初の奥さんが彼の世話をすることになる。
これなどは非常に極端な例だとは思うのだが、やはり、老妻は重んずべしの典型的な例であろう。
昔習った『十八史略』の東漢光武帝のところに「貧賤ノ交ハリハ忘ルヘカラズ、糟糠(そうこう)ノ妻ハ堂ヨリ下サス」というのがあった。
「糟糠の妻」とは、貧乏でかすやぬかしか食うものがなかった頃の妻である。そういう妻は自分が偉くなって御殿に住むようになっても、側において大切にせよという意味である。
三船の話に戻ると、彼自身はぼけていてどう思っていたのかはわからないが、奥さんの側からしても、二人の若い頃の記憶が濃かったのだと思う。
三船が若い女をつくった時には、殺してやりたいくらい憎らしかったかもしれない。けれども、年がたつにつれて、若い頃の記憶が蘇ったのではないか。そこでの三船敏郎は、彼女にとってはいい男だった。
だから、捨てられるというひどい仕打ちを受けながらも、老後の世話をしたのではないか。三船にとってみれば、若い頃の自分の価値を記憶に残せたことが幸いしたといえるかもしれない。
結婚もそうなのだが、人生は記憶だと考えると多くのことが理解できる。自分の人生はいったい何なのだろうと考えてみても、要するに記憶の連続こそが人生なのであって、そのほかには考えようがないことに気づくのである。
遺産相続といった、一見、記憶とは関係ないようなことでも、人生を記憶という視点からとらえるとわりと簡単に説明がつく。
なぜ、親は子供に相続させたいのか。 たとえば、私のなけなしの財産を、今の時点で遺産相続させるとする。私にとって今、一番役立っている人物は誰かというと、家内をのぞけば、仕事上では秘書で、その他のことでは家政婦さんということになる。子供たちはどうかというと、これはみな独立した大人になっていて、今や昔のようにかわいらしくも何ともないし、今の私の役に立っているわけでもない。
これらの事情を考え合わせた時、では、役に立っている秘書と家政婦さんに遺産の一部でも相続させるかというと、決してそうはならない。どうしてなのか。それは、血がつながっているとかいないとかということではなく、私の中の記憶がつながっているかどうかの問題だからだ。記憶のレベルの問題なのである。
子供たちは、まだ赤ん坊のヨチョチ歩きの時から、だんだん大きくなって、どうにかこうにか小学校に入るようにまで育てた。そして、夏休みには山や海へ連れて行ってやった。さらに中学校の時はこうで、高校、大学の時はああで、という具合に、大きくなってきた記憶として子供は私の中に存在している。これに対して秘書や家政婦さんは、たかだかここ数年の記憶にしか過ぎない。記憶のレベルが低いのである。
だからこれらの人たちは、今どれだけ役に立っていても、私の遺産相続の対象とはならないのだ。外国では二、三十年も秘書をやってくれた人に財産を譲るということがあるようだが、これは、長く勤めれば「記憶の問題」となるからであろう。遺産を子供たちに相続させたいというのは、親としては普通の感情だろうが、その根底には、このように人生を記憶の連続としてとらえる考え方があると思う。
親のこの思いをいいことに、子供たちが親孝行しなくなった点については、前に述べた。いずれにせよ、子供たちは親にとって記憶のレベルが高い存在であることには違いない。だからこそ、私たちの中では価値があるのだ。
「忙しくてたいへんな時なのに、私のために」
が効く夫婦についても同じことがいえる。記憶の重みのある夫婦、つまり、記憶のレベルが高ければ高い夫婦ほどうまくいく。そういう点では、自分が輝いているうちに、いい記憶をつくることが夫婦円満の秘訣ということになる。つまり、男の立場からすれば、忙しく働いている時にこそ、無理して時間をつくり、女房のために尽くしてみるということだ。
何だかんだいいながらも、デレツとして暇をもてあましている時よりも、忙しく駆けずり回っている時のほうが、男は輝いて見えるものだ。そしてそういう時に、無理に時間をつくってカミさん孝行しておくと、これは彼女たちの記憶に残る。
「仕事が忙しくてたいへんな時なのに、私のために」
という感謝の気持ちが残るのだ。だから、ある程度は恩着せがましくやってもかまわないと思う。
「本来なら休めないところなのだが、お前もくたびれているだろうから、ちょっと旅行へでも行こうか」
というのである。なにも大仰なことでなくてもいい。海外旅行である必要もない。夏休みや正月の休みを利用して夫婦二人で温泉へ行くとか、国内のパック旅行へ行くという程度でかまわないのだ。ちょっと余裕があるならハワイ旅行もいいかもしれない。
要は、忙しくて本当に時間がないような時に旅行するということだ。"あの忙しがりやの亭主が""忙しい忙しいばかりの亭主が私のために……。というニュアンスが大切なのだ。
だからこれは、若い時分でなくてもかまわない。五十代になってからでもちっとも遅くはないのである。
覚えておいてほしい。女房から見れば、亭主が忙しがって働いている時が一番輝いて見えるのだ。この輝いて見える時に、いい記憶をつくっておくことが大切なのである。
よく、テレビや雑誌などで、退職後はカミさんに大々的なサービスをすることが、さも美しい夫婦愛のごとくに紹介されたりしている。それはそれで結構なことには違いないのだが、あまり意味はないということは知っておいてもいいだろう。
なぜなら一つには、いくら地位のあった人でも、退職して暇になってしまえば、女房から見れば輝きが薄れてしまうということ。そしてもう一つは、記憶の法則で、年を取れば取るほど、昔のことは思い出すけれども、最近の出来事は忘れてしまうからだ。
いくら大盤振る舞いして女房孝行しても、それが退職後の年を取ってからのことだと往々にして忘れられてしまい、記憶として残っていかない。これでは何にもならないのだ。だからこそ、記憶の重みとして残る、まだ若い時分にしておくことが大切なのだ。
しょっちゅうやる必要はないが、五年に一度とか、それぐらいの頻度でかまわないから、一週間ほどカミさんのために休みを取るのである。ただ、その際に注意しなければならないことは、旅行へ行くのなら奥さんの知らない土地か、あるいはそれほど詳しくない場所を選ぶことだ。とくに海外へ行くような場合には、カミさんが詳しいところだと、最初のうちはいいとしても、だんだん亭主が邪魔になってくる。せっかく休みを取って連れてきてやったつもりが、気がついてみたらあわれな〃濡れ落ち葉族。になっていたということにもなりかねない。
また、女房が英会話などのスクールなどに通っていたりして外国語がしゃべれる場合には、もっと要注意だろう。亭主がしゃべれなけれぱ、女房のお尻にくっついているより仕方がなくなる。外出するたびにうるさい存在になってしまい、結局はケンカするはめにもなりかねない。このようなことになるくらいなら、温泉にでも行ってゆっくりするほうがずっと効果的である。
「一番近い人」
だからこそ折り目正しくが鉄則夫婦円満のためのもう一つの方法は、相手に対しては礼儀正しくするということだ。私もあまり実行していないので、勧める資格はないかもしれないが、カミさんには他の誰よりも礼儀正しくしなければならない。あまりにも当たり前のこと過ぎて、まじめに考えたことなどないかもしれないが、夫婦にとって一番大切な人間は、当の相手以外の誰でもないのである。たとえば近所の人とトラブルが生じてケンカになったとしても、ある意味ではどうということはない。痛くもかゆくもない。嫌なら顔を合わせなけれぱすむからだ。
ところが、夫婦となるとそうはいかない。毎日顔を合わせなければならない。だから、ほんとうは礼儀正しく接して、大切にしなけれぱならないのである。このあたりのことを孔子は『論語』の中で、「夫婦別あり」といっているのである。夫婦といえども、折り目正しく接しなさいというわけだ。
頭ではわかっていても、実際にはこれがなかなかできない。けれども、夫婦円満のためには、時々でもいいからやさしさを見せ合うことが大切だと思う。それが礼節なのだ。たとえ心からやさしさを発揮できなくとも、その努力はする必要があるだろう。毎日ではくたびれるから、十日に一度ぐらいはお互いに大切にし合う。
そうすれば、長い問には、これが記憶として残っていくのである。記憶のもう一つの法則に、いいことだけは覚えているということがある。不愉快なことは忘れてしまうが、いい思い出は残るのだ。最近、熟年夫婦の離婚が多くなっているようだが、それもこれもみな、忙しさを口実に夫婦二人の良い思い出をつくってこなかったからではないだろうか。ちょっとしたやさしさでもかまわないから、たまには奥さんに見せることだ。若い頃からのその積み重ねが記憶として残り、それらを共有していくことにこそ、夫婦の意味がある。夫婦というのも人生と同じく、共有した記憶以外の何ものでもないのである。
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渡部昇一教授の記憶の法則より抜粋
「記憶」と「年輪」は家庭円満の両輪親孝行と同じく結婚についても、かつては日本人に固有な思い入れのようなものがあったと思う。ところが昨今では、結婚よりも離婚について取り沙汰されることが多くなっている。
事実、離婚率は、1990年代に入って増加の傾向が著しく、最近では、年間約五万件にも達し、その後も増え続けている。成田離婚や箱崎離婚が当たり前になっているようなのである。単純計算すると、これはおよそ十分に一件の割合で離婚が起きていることになる。バツイチなどという言葉さえ生まれ、世は離婚花ざかりである。
だが、いくら離婚してみても、何度結婚してみても、結婚というものがどのようなものかはなかなかわからない。普通の物事は経験を積めば積むほど、その本質や実体がわかるものなのだが、こと結婚に関しては違うらしい。むしろ逆で、五回結婚した人よりは一回こっきりの人のほうがよくわかるのではないかと思う。
なぜ、そうなるのだろうか。それは、結婚生活というものが記憶の積み重ねで成り立つものだからではないかと思う。
私の家内は、髪にそろそろ白いものが混じり始め、しわくちゃとまではいかないにせよ、老婦人の雰囲気を十分に漂わせる年齢になってきている。けれども結婚した時の記念写真を見ると、今の姿形からは想像もできないくらい、ふっくらとしてういういしい乙女なのだ。すると、その当時から今に至るまでの、何十年もの時間の重みがひしひしと伝わってくるのである。さまざまな記憶がふつふつと湧いてくる。そして、この積み重ねを共有することこそが、結婚生活なのだと私は思う。
何回同棲しても、
また、結婚、離婚を繰り返しても、
このような時間の重みは得られない。
共有する時間も短く、
記憶も寸断されて、
積み重ねるものがなくなってしまうからだ。
私の知人の女性学者が、はからずもそのことを裏づけてくれた。彼女には子供が二人ほどいるらしいのだが、ある時、何気なく、過去のアルバムを整理し始めた。
子供たちがまだ小さい時分の写真を見ているうち、当時自分もまだ駆け出しの学者の卵で、子供と悪戦苦闘しながらとにもかくにもしゃにむに生きてきたその頃が思い出されて、涙が止まらなくなったというのである。
その話を聞いた時、そういえば私の家内も同じようなことをやっていたと思い至った。家内も子供たちのアルバムを見ながら、最初のうちは、「こんな顔している、あんな格好している」と笑っていたのだが、そのうち、「こんなにちっちゃな時もあったのね」とつぶやきながら、涙ぐんでいるのである。
三人の子供たちはみな成人して、私たちにはもう孫もいる。その孫と同じぐらいの年齢だった子供たちの姿をアルバムでたどるうちに、過去の記憶がどんどん蘇ってきて、思わず涙が出てきたのであろう。この思いの蓄積を共有できるのが、夫婦というものなのである。そこでは、過去の記憶とそれをたどってきた年輪とがぴったりと重なり合うのだ。
ここが、同棲などとは決定的に違うところだと思う。そして記憶と年輪とがかみ合った夫婦というのは、円満な家庭を築いてきたものなのである。気が合ったから一緒になって、嫌になったら止めてしまう、などといった安易な結びつきとは違うのだ。
例外もあるから全部が全部というわけではないのだが、私の知っている企業の経営者、とくに中小企業の経営者の多くは、景気がよくて儲けていた時分、女房とは別に、愛人といえる女性を身近に置くということが普通にあった。当時、彼らの多くは、古女房などより若いこの愛人のほうがよく尽くしてくれるなどと悦に入っていた。なかには、老後は彼女に面倒を見てもらうなどと宣言した人もいたくらいである。
だが、私の知っている限り、全部失敗している。やはり彼女たちは、男のほうに金や社長という肩書きがあるから愛人になっただけなのである。不景気になって会もままならなくなればそれまでである。ましてや、引退したあとの老後の世話など始めから念頭にはない。そういう素振りでも見せようものなら、すぐさまおさらばしてしまう。
これに対して、古女房たちはどうなのか。彼女たちは、社長たちがまだ若く、海のものとも山のものともつかない時分のことを知っている。多少の学歴と多少の財産がある程度で、その他何もないところからのし上がってきたとか、あるいは、そういうものも何もなく、ただ押しの強さと運を頼りに人生を切り開いてきたという、全くの下積み時代から知っているのだ。 知っているというよりも、苦しい時代を二人して乗り切ってきたといったほうがいい。それゆえ、二人の記憶が濃厚なのだ。過去からの記憶の重みを共に背負っているのである。
だから不景気でうまくいかなくなれぱなるほど、また、年を取れば取るほど、その時代の記憶が蘇ってくる。記憶の一つの法則に、昔のことはよく覚えているが最近のことは忘れやすいというのがある。こうして、古女房たちが復活するのである。
俳優の三船敏郎もそうだった。彼は離婚して若い女優と一緒になった。ところが、彼が、ぼけると、この若い奥さんは逃げてしまう。そして結局、昔馴れた最初の奥さんが彼の世話をすることになる。
これなどは非常に極端な例だとは思うのだが、やはり、老妻は重んずべしの典型的な例であろう。
昔習った『十八史略』の東漢光武帝のところに「貧賤ノ交ハリハ忘ルヘカラズ、糟糠(そうこう)ノ妻ハ堂ヨリ下サス」というのがあった。
「糟糠の妻」とは、貧乏でかすやぬかしか食うものがなかった頃の妻である。そういう妻は自分が偉くなって御殿に住むようになっても、側において大切にせよという意味である。
三船の話に戻ると、彼自身はぼけていてどう思っていたのかはわからないが、奥さんの側からしても、二人の若い頃の記憶が濃かったのだと思う。
三船が若い女をつくった時には、殺してやりたいくらい憎らしかったかもしれない。けれども、年がたつにつれて、若い頃の記憶が蘇ったのではないか。そこでの三船敏郎は、彼女にとってはいい男だった。
だから、捨てられるというひどい仕打ちを受けながらも、老後の世話をしたのではないか。三船にとってみれば、若い頃の自分の価値を記憶に残せたことが幸いしたといえるかもしれない。
結婚もそうなのだが、人生は記憶だと考えると多くのことが理解できる。自分の人生はいったい何なのだろうと考えてみても、要するに記憶の連続こそが人生なのであって、そのほかには考えようがないことに気づくのである。
遺産相続といった、一見、記憶とは関係ないようなことでも、人生を記憶という視点からとらえるとわりと簡単に説明がつく。
なぜ、親は子供に相続させたいのか。 たとえば、私のなけなしの財産を、今の時点で遺産相続させるとする。私にとって今、一番役立っている人物は誰かというと、家内をのぞけば、仕事上では秘書で、その他のことでは家政婦さんということになる。子供たちはどうかというと、これはみな独立した大人になっていて、今や昔のようにかわいらしくも何ともないし、今の私の役に立っているわけでもない。
これらの事情を考え合わせた時、では、役に立っている秘書と家政婦さんに遺産の一部でも相続させるかというと、決してそうはならない。どうしてなのか。それは、血がつながっているとかいないとかということではなく、私の中の記憶がつながっているかどうかの問題だからだ。記憶のレベルの問題なのである。
子供たちは、まだ赤ん坊のヨチョチ歩きの時から、だんだん大きくなって、どうにかこうにか小学校に入るようにまで育てた。そして、夏休みには山や海へ連れて行ってやった。さらに中学校の時はこうで、高校、大学の時はああで、という具合に、大きくなってきた記憶として子供は私の中に存在している。これに対して秘書や家政婦さんは、たかだかここ数年の記憶にしか過ぎない。記憶のレベルが低いのである。
だからこれらの人たちは、今どれだけ役に立っていても、私の遺産相続の対象とはならないのだ。外国では二、三十年も秘書をやってくれた人に財産を譲るということがあるようだが、これは、長く勤めれば「記憶の問題」となるからであろう。遺産を子供たちに相続させたいというのは、親としては普通の感情だろうが、その根底には、このように人生を記憶の連続としてとらえる考え方があると思う。
親のこの思いをいいことに、子供たちが親孝行しなくなった点については、前に述べた。いずれにせよ、子供たちは親にとって記憶のレベルが高い存在であることには違いない。だからこそ、私たちの中では価値があるのだ。
「忙しくてたいへんな時なのに、私のために」
が効く夫婦についても同じことがいえる。記憶の重みのある夫婦、つまり、記憶のレベルが高ければ高い夫婦ほどうまくいく。そういう点では、自分が輝いているうちに、いい記憶をつくることが夫婦円満の秘訣ということになる。つまり、男の立場からすれば、忙しく働いている時にこそ、無理して時間をつくり、女房のために尽くしてみるということだ。
何だかんだいいながらも、デレツとして暇をもてあましている時よりも、忙しく駆けずり回っている時のほうが、男は輝いて見えるものだ。そしてそういう時に、無理に時間をつくってカミさん孝行しておくと、これは彼女たちの記憶に残る。
「仕事が忙しくてたいへんな時なのに、私のために」
という感謝の気持ちが残るのだ。だから、ある程度は恩着せがましくやってもかまわないと思う。
「本来なら休めないところなのだが、お前もくたびれているだろうから、ちょっと旅行へでも行こうか」
というのである。なにも大仰なことでなくてもいい。海外旅行である必要もない。夏休みや正月の休みを利用して夫婦二人で温泉へ行くとか、国内のパック旅行へ行くという程度でかまわないのだ。ちょっと余裕があるならハワイ旅行もいいかもしれない。
要は、忙しくて本当に時間がないような時に旅行するということだ。"あの忙しがりやの亭主が""忙しい忙しいばかりの亭主が私のために……。というニュアンスが大切なのだ。
だからこれは、若い時分でなくてもかまわない。五十代になってからでもちっとも遅くはないのである。
覚えておいてほしい。女房から見れば、亭主が忙しがって働いている時が一番輝いて見えるのだ。この輝いて見える時に、いい記憶をつくっておくことが大切なのである。
よく、テレビや雑誌などで、退職後はカミさんに大々的なサービスをすることが、さも美しい夫婦愛のごとくに紹介されたりしている。それはそれで結構なことには違いないのだが、あまり意味はないということは知っておいてもいいだろう。
なぜなら一つには、いくら地位のあった人でも、退職して暇になってしまえば、女房から見れば輝きが薄れてしまうということ。そしてもう一つは、記憶の法則で、年を取れば取るほど、昔のことは思い出すけれども、最近の出来事は忘れてしまうからだ。
いくら大盤振る舞いして女房孝行しても、それが退職後の年を取ってからのことだと往々にして忘れられてしまい、記憶として残っていかない。これでは何にもならないのだ。だからこそ、記憶の重みとして残る、まだ若い時分にしておくことが大切なのだ。
しょっちゅうやる必要はないが、五年に一度とか、それぐらいの頻度でかまわないから、一週間ほどカミさんのために休みを取るのである。ただ、その際に注意しなければならないことは、旅行へ行くのなら奥さんの知らない土地か、あるいはそれほど詳しくない場所を選ぶことだ。とくに海外へ行くような場合には、カミさんが詳しいところだと、最初のうちはいいとしても、だんだん亭主が邪魔になってくる。せっかく休みを取って連れてきてやったつもりが、気がついてみたらあわれな〃濡れ落ち葉族。になっていたということにもなりかねない。
また、女房が英会話などのスクールなどに通っていたりして外国語がしゃべれる場合には、もっと要注意だろう。亭主がしゃべれなけれぱ、女房のお尻にくっついているより仕方がなくなる。外出するたびにうるさい存在になってしまい、結局はケンカするはめにもなりかねない。このようなことになるくらいなら、温泉にでも行ってゆっくりするほうがずっと効果的である。
「一番近い人」
だからこそ折り目正しくが鉄則夫婦円満のためのもう一つの方法は、相手に対しては礼儀正しくするということだ。私もあまり実行していないので、勧める資格はないかもしれないが、カミさんには他の誰よりも礼儀正しくしなければならない。あまりにも当たり前のこと過ぎて、まじめに考えたことなどないかもしれないが、夫婦にとって一番大切な人間は、当の相手以外の誰でもないのである。たとえば近所の人とトラブルが生じてケンカになったとしても、ある意味ではどうということはない。痛くもかゆくもない。嫌なら顔を合わせなけれぱすむからだ。
ところが、夫婦となるとそうはいかない。毎日顔を合わせなければならない。だから、ほんとうは礼儀正しく接して、大切にしなけれぱならないのである。このあたりのことを孔子は『論語』の中で、「夫婦別あり」といっているのである。夫婦といえども、折り目正しく接しなさいというわけだ。
頭ではわかっていても、実際にはこれがなかなかできない。けれども、夫婦円満のためには、時々でもいいからやさしさを見せ合うことが大切だと思う。それが礼節なのだ。たとえ心からやさしさを発揮できなくとも、その努力はする必要があるだろう。毎日ではくたびれるから、十日に一度ぐらいはお互いに大切にし合う。
そうすれば、長い問には、これが記憶として残っていくのである。記憶のもう一つの法則に、いいことだけは覚えているということがある。不愉快なことは忘れてしまうが、いい思い出は残るのだ。最近、熟年夫婦の離婚が多くなっているようだが、それもこれもみな、忙しさを口実に夫婦二人の良い思い出をつくってこなかったからではないだろうか。ちょっとしたやさしさでもかまわないから、たまには奥さんに見せることだ。若い頃からのその積み重ねが記憶として残り、それらを共有していくことにこそ、夫婦の意味がある。夫婦というのも人生と同じく、共有した記憶以外の何ものでもないのである。
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