2021年01月02日

大寒波で、水道管(湯)が破裂している噴水になってる別荘!

新型コロナとインフルエンザの同時流行が起こったらという危機感がありましたが、結果として、今期のインフルエンザ患者は、累計でたった383人、例年の0.5%以下という記録的な少なさになっています。

(9月1日を含む第36週から50週(12月7日〜13日)の15週間の累積の患者数)

過去5年間の平均患者総数は約9万人ですから、今期の患者数は0.5%以下ということになります。新型コロナの感染リスク回避が国民に浸透し、新型コロナウイルスの感染対策が、インフルエンザの予防につながっているとも考えられる。

https://www.nippon.com/ja/japan-data/h00867/

ちなみに2018年のインフルエンザによる死亡者数は、厚生労働省の発表だと、インフルエンザが直接死因となって死亡した人が、3325人。インフルエンザにかかったことによって基礎疾患が、悪化して死亡したとされる数値が、約1万人程度。この数値を考えてみても、新型コロナウイルスに対する感染対策が、インフルエンザで死亡する可能性を減らした気がします。

ちなみに致死率をみてみると、

インフルエンザの致死率は0.1%程度。
新型コロナウイルスの致死率は、0.1%〜4%程度。

新型コロナウイルスの致死率の幅に開きがある理由は、医療崩壊の有無による幅らしいです。


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 話は変わりますが、今年は大寒波が立て続けに襲ってくるようで、北軽井沢は、明日から急激に寒くなります。日本海側が大雪のとき、北軽井沢は晴れる傾向があります。北軽井沢に大雪が降る時は、東京で雪が降る時です。逆に言うと東京が晴れているときは、北軽井沢も晴れてる可能性が高い。つまり日本海側が大雪だと、北軽井沢が晴れている。つまり放射冷却で寒くなる。酷いときには、マイナス10度。下手したらマイナス15度になったりする。つまり路面が凍結して、運転に支障が出ます。

 朝の6時頃、愛犬コロの散歩にでかけたら、近所の別荘の水道管が破裂していて、温水が吹き出ていました。ボイラーがガンガンうごいていて、温水がシャワーのよう漏れていた。こいつはヤバいと思って、その別荘に声をかけるけれど、返事は無い。留守のようです。仕方が無いので、ボイラーの元栓をしめて、たまたま知っている人の別荘だったので、管理会社に連絡したのですが、正月で連絡が取れない。どうにもならないので、管理会社の玄関に水道管破裂のメモを貼り付けておきました。


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 別荘客の皆さん、留守をするときは、水の元栓を閉めておいた方がいいです。できるなら水道管の水抜きもやったほうが良いと思います。今回は、お湯の管が破裂したので、自動的にボイラーが作動して、やばいことになっていました。たまたま犬の散歩で通りかかったから良かったですが、そうでなければ、とんでもないことになっていた可能性があります。なにしろ冬の別荘地は、人が通ることがないですから。


つづく。

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posted by マネージャー at 20:15| Comment(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年01月01日

【峰の茶屋の信号にて】二輪駆動車は止まってはダメ!

 あけましておめでとうごさぞいます。
 今年も宜しくお願いいたします。


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 さっそくですが、 北軽井沢から軽井沢方面に車で出かけられる方に、ご注意申し上げます。北軽井沢から軽井沢に行く途中に、峰の茶屋という信号があります。毎年、冬になると、ここが難関になっています。昨日も、ここで苦戦している車を見かけました。

 峰の茶屋の信号について、詳しい場所をいえば、国道146号線と、白糸の滝・有料道路との交差点にあたるところです。小浅間山登山道のある四差路の信号の所です。そこが峰の茶屋の信号になります。この信号は、軽井沢方面から北軽井沢に来る場合、何の問題もないのですが、北軽井沢から軽井沢に向かう場合は、酷い難所になります。

 上がり坂だからです。

 上がり坂の信号で、いったん停車してしまうと、
 二輪駆動の車は、スタットレスタイヤでもスリップして上がれなくなります。
 路面が凍結しているからです。
 こういう場合は、人が押してもダメです。


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 なので、「信号が赤になりそうだな」と思ったら、だいぶ手前(できれば坂でない場所)で路肩に停車して、信号が青になるのを待つのが無難です。

 ただ、急に赤になってしまう場合もあります。その場合は、できるだけ止まらずに信号を越えた方がよいと思います。というのも、赤になっても数秒間は右折はOKなので、数秒間なら衝突の危険性は少ないです。このへんはケースバイケースなので各自で判断してください。

 ただし、地元民は四輪駆動車に乗っているので、自分の前に、地元民の四輪駆動車がいて、その車が、信号が赤で急に止まることがあります。その場合は、車間距離をあけて、やや斜めに止めると良いかと思います。そうすれば、坂の角度がゆるやかなので発進しやすいし、場合によってはUターンできます。

 また、車間距離さえあけて路肩に止めておけば、チェーンを装着できます。そこでチェーンを装着すれば、スリップせずに登れます。

 とにかく坂道の路面が凍結している場合、二輪駆動車はストップしないことです。
 ストップすると、スリップして登れなくなる可能性があります。

 軽井沢から北軽井沢にくる場合、峰の茶屋の信号は、下り坂になっているので、この心配はありません。ただ、それでも不用意で上がり坂で止まってしまうと、スリップして登れなくなる可能性があります。だから、できるだけ上がり坂で止まらないことです。どんなに美しい雪景色があっても、二輪駆動の車を運転しているときは、止まらないことです。いったん止まってしまうと、チェーンをつけないと動けなくなってしまいます。


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 逆に言うと、チェーンさえつけていれば、こんな心配いらないんですけれどね。不安だったら最初からチェーンを装着するという手もありますが、プラスチックチェーンならともかく金属チェーンは切れやすいので、これは最後の手段にしておきたいですよね。




つづく。

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posted by マネージャー at 08:40| Comment(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年12月31日

餅つきという行事

 毎年大晦日を迎えると思い出すことがあります。餅つきです。私は昭和36年に佐渡島に生まれました。この年代に生まれた人なら分かるかと思いますが、昭和45年頃をさかいに日本がガラッと変わっていきます。それを子供の頃に体験した世代が、昭和30年代に生まれた人間です。つまり私が6歳から10歳ぐらいの頃に、日本が大きく変わっていった。昭和45年頃ぐらいから生活環境がらりと変わってしまった。それを私は覚えていますが、私の弟には、その記憶があるかどうか?


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 私が小さかった頃は、父親と祖母が大晦日に餅をついていました。これは私の実家だけではなくて、同世代の友人の、どの家庭でも大晦日に餅をついました。餅をついてない家の方が珍しかった。当時は今と違って「サトウの切り餅」のような商品がなかったので、各家庭で餅をついていました。もちろん杵と臼で餅をつきます。

 今では考えられないことですが、昔の日本では、正月とか祝い事には餅を食べる習慣があり、お正月など季節の行事やお祝い事には欠かせない特別な食べ物でした。だから年末には必ず餅をついたのです。なので、多くの家庭に杵と臼がありました。もちろん持ってない家庭をもありましたが、問題ありません。ご町内から借りて来られるのです。町内会で杵と臼を持っているところもあったと思います。それで 餅つきをしたわけです。

 餅をつくと、お盆などに小麦粉をまぶして餅を伸ばしていました。つきたての餅に、きなこや、あんこにつけて食べたりもしました。完成した餅は、ストーブなどで焼いて1ヶ月ぐらいかけて食べたものです。最後の頃は、カビだらけで、乾燥してヒビが入ってました。そんな餅は、油で揚げて食べたりしました。で、この風習が佐渡島の中から消えていたのは、昭和45年頃だったと思います。

 昭和45年頃に家庭用もちつき機というものが誕生し、どの家庭でも争ってそれを購入しました。そして、徐々に年末に見られた餅つきの風景が、なくなってしまいました。 私には二人の弟がいますが、二人とも餅つきの風景を見ていません。見ていたとしても、小さすぎて覚えていなかったりする。だから餅つきという行事が、体験的にわからなかったりする。


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 要するに、小さい頃に家庭で餅つき体験があるかどうかは、ギリギリ昭和30年代に生まれてないとわからない。それ以降に生まれると、餅つきというイベントが分からない。私の弟は餅は食べるものだと思っているけれど、最初から最後まで見学していた私にしてみたら、あれは壮大なイベントでした。もち米を蒸して、それを臼と杵でお餅をついて、完成したもの平らに伸ばす。鏡餅をつくってお供えをする。その鏡餅が、商店で売ってる餅のように、なかなか丸くならない。重力に勝てず、どうしても平べったくなって煎餅みたいな形になる。小さな子供にしてみたら、餅を作る工程が面白くて面白くてしょうがない。

 そして出来上がった餅をきな粉にまぶして食べたり、あんこをつけて食べたりする。あるいは、時間をおいて固くなったあとに焼いて食べたりする。1ヶ月くらいすると、餅が乾燥してヒビが入ってカピカピになり、それを薄く切って、油で揚げて食べたりした。作っている工程を見た上で、完成品を1ヶ月にわたって食べ続けるというのは、サトウの切り餅を買ってきて食べるのとはちょっと違う。年末に製作し、1ヶ月にわたって食べ続け、最後に油で揚げて食べ終る壮大なイベントでもありました。


 それから佐渡島では、祝い事があると笹団子を作る風習がありました。
 私が小学校1年生の時の 運動会では、祖母が大量の笹団子を作ってくれて、
 それを何日かにわたっておいしくいただいた記憶があります。

 もちろん笹団子を作る過程を見学するのも行事のひとつです。笹を集めるところや、あんこの作り方から、笹に団子をつつむ方法から、それを蒸かすところまで、子供の頃の私は、その方法が面白くて、じーっと見ていました。 特にガーゼで小豆を絞るところなんかが、面白くて何度も夢にまで見たぐらいです。


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 今では笹団子は、東京の池袋駅の売店でも売っています。いろんなところで販売されています。買って食べる食べ物になっている。しかし、昔は 各家庭で作るしかなかった。友人の家で、笹団子をご馳走になったことがあるんですが、 サイズから味から何から何まで、祖母の作るものとは全く違っていました。 各家庭でいろんな形の笹団子があったの覚えています。で、やはり笹団子を作っているのをみれる機会があったら、それをじーっと見学したものです。

(群馬だと、手打ちうどんが、新潟の笹団子にあたるのかもしれない。そして、うどん製麺機が、家庭用餅つき器に相当するのかもしれない。)

 とにかく、昔は不便だった。金を出せば簡単に買える時代ではなかったので、各家庭で作る必要があった。昔は、子供の頃にそれを見られるチャンスがあった。今では、そういう体験プログラムを提供してくれる教育団体に頼まなければいけない。で、 そういう体験プログラムを息子に与えてあげたいと思うんですが、それにしても、家庭の行事として体験することと、業者さんによる体験プログラムでは、ちょっと違うかもしれません。



つづく。

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2020年12月29日

昭和・平成・令和時代比較

 ふだんは滅多にいないんですが、時々、すごく酒が好きな御客さんが来られます。そういう御客さんの共通した特徴は、御飯を食べる速度が遅いことです。1時間も2時間も酒を片手に、チビチビちびちびやっている。特にうちの宿では、ビールが220円・酎ハイが120円など、酒が安く売られているので、何時間もチビチビちびちびやっている。で、御飯を半分ぐらい残してしまうのです。

 しかし、そういう御客さんの多くが、漬け物が大好きであることに気づきました。で、ためしにおかずの半分を漬け物にしてみたら、漬け物だけは全て無くなっている。他のおかずは残しても各種の漬け物だけは、ぺろりと平らげている。で、デザートは手つかずに残されている。

 酒飲みはどうして漬物が好きなのか?
 どうしてご飯を食べないのか?
 どうして味噌汁を飲みたがるのか?
 酒の飲めない私には、さっぱり分かりません。

 まあ、そんなことはどうでもいいとして、ここ数年、酒飲みの人が激減していることに気がついてしまった。経理を調べてみたら、アルコールの売上げが、二十年前の十分の一に減っている。これはタバコにしても言えることで、タバコを喫煙する人がめっきり減ってしまった。御飯を食べる量も半分以下になっている。昔は、一人あたり一合炊いたこともありましたが、今では0.5合も食べない人が多くなってきた。で、これが宿屋の経営に、どのような影響を与えるかというと、昔と違って業者さん大歓迎になってきている。


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 昔は、業者さんを嫌う宿が多かったと思う。昔の業者さんは、みんなヘビースモーカーだったし、へべれけになるまで酒を飲んで吐いたりもした。なにより、いつまでたっても食事の後片付けが出来なくて困った。よる遅くまで寝られなかった。だから昔は、業者さんを断る宿も多かったと思います。

 これは、うちの宿がターゲットとしている山岳会の団体さんでも同じで、昔の山岳会の団体さんは、酒タバコ三昧なうえに、吐いたり、宿をゴミだらけにして帰って行ったものですが、今では、そういう御客さんは皆無になりました。みんな礼儀正しくてマナーが良く、そのために、ついつい嬉しくなって、サービスをしまくってしまう自分がいる。

 昭和時代より、平成時代の方が圧倒的に礼儀正しいし、平成時代より令和時代の方が圧倒的に礼儀正しいと思うのが宿屋の普通の感覚だと思う。よく
「これだから、ゆとり世代は・・・」
という話を聞きますが、こと宿屋の感想を述べさせてもらえれば、ゆとり世代の方は、相手を思いやる礼儀正しい人が多い印象があります。

 それから、テレビなんかでよく聞く話で「京都人は腹黒い」という都市伝説がありますが、私の印象をいうと、京都の人くらい礼儀正しく、相手を思いやる人はいない印象があります。一人二人の話ではありません。北軽井沢は夏になると関西からドドーッと御客さんが泊まりに来ますが、相手を思いやる人が多い。あと、子育てを頑張っている御客さんも、礼儀正しく思いやりがあって思慮深い人が多い印象。ネットで言われているような非常識な人は、ほとんど見られない。例外も無くは無いですが、ごくわずかです。


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 逆に言うと、昭和時代によく見られた豪傑タイプの方は滅びてしまったのか、今では見ることも少なくなりました。インターネットが発達した現代では、そういう人を許容できない社会になってますし、そういう人は、すぐにネットワークで拡散されて、住みにくい世の中になっているのかもしれません。

 これは宿側にも言えることで、御客さんに傲慢な態度で接していたら、アッというまに口コミ拡散されて潰れてしまう可能性がありますから、宿側も、どんどん自然淘汰されていく気がします。特に新型コロナウイルスによって、自然淘汰が激しくなっていくでしょうね。

 
つづく。

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2020年12月26日

サンタクロースだ!

 やっと寒さが和らいできたと思ったら、来週から本格的な雪が降るようです。スキー場の関係者の方は、喜んでるかと思いますが、そうでない人達は、雪かきのことを考えて憂鬱になってるかと思います。ただし、雪が降るということは、 多少湿度が上がってくるので、インフルエンザや新型コロナウイルスのブロックのためには、少しばかりは効果が出てくるかと思います。なんとか新型コロナウイルスの拡大を止めたいものです。というのも、北軽井沢近辺がガランガランだからです。別荘地も、ペンション村も、観光名所もすっからかんです。コンビニの駐車場でさえも空っぽ。商店街もガラガラです。





 そんなガラガラの嬬恋村や北軽井沢に、赤い服を着て白い髭を生やしている妙な男たちを見かけるようになりました。最近は、嬬恋村と軽井沢を何度も行き来しているんですが、やたらとサンタクロースを見かけるようになった。特に別荘地にサンタクロースの姿を見かけました。

「変だな?」

と思って、車を止めてじーっと見つめてみると、そのサンタクロースは、ピザーラの配達の人でした。外出を控える別荘客が、ピザーラの出前を頼むことが増えたようで、そのためにサンタクロースを見かけるようになったみたいです。そういえば地元のスーパーに、ピザーラの移動販売の車が止まっていました。昔だったらあり得なかった。駐車場にお客さんの車が駐車できずに、溢れてしまうために、 ピザーラの移動販売の車が泊まるスペースなんかなかったような気がする。時代も変わったものです。

 それにしてもサンタさんの格好をしてピザを配達するなんて、ちょっと洒落ていますね。 閑古鳥の鳴く観光地に、せめてピザーラだけでも商売繁盛してるのに、ちょっと救われた気分です。


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 関係ないですけれど、我が家は、 私を含め嫁さんも息子もピザが大好きです。昔は、大好きなピザを食べるために、嬬恋花壇というピザ屋さんによく出かけたものですが、10年ぐらい前に潰れてしまったために、今では、自分でピザを作って焼たり、ピザトーストを作って食べたりしています。 などで我が家の冷蔵庫には、1 kg のピザ用チーズが3袋ぐらい常備されています。 なので、わざわざピザーラを頼みはしませんが、一瞬、たのんでもいいかな?と、心が動いてしまった。新型コロナウイルスで御客さんが減ってなくて、ゆとりがあったら、たのんでいただろうなあ。


つづく。

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posted by マネージャー at 23:30| Comment(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年12月24日

高くついたクリスマスプレゼント

 今月28日から来年1月11日までGotoトラベルを全国一斉に停止しています。本日24日までに予約を取り消せば、キャンセル料を請求されませんが、明日以降はキャンセル料が発生します。キャンセルされる方は、本日中にお願いします。明日からは、否応なしにキャンセル料が発生します。


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 話は、変わりますが、今日はクリスマスイブです。

 毎年この頃になると、うちの息子は、サンタクロースからのプレゼントをおねだりするために、手紙を書いていました。そしてその手紙を窓ガラスに貼ってサンタクロースが読めるようにしていた。

 と言っても一週間ごとに欲しいものが変わるらしく、何度も何度も手紙を書き直しては、新しい手紙を貼り直していました。その都度、こっちはヒヤヒヤしていました。高いものでなければいいなぁと思っていたのです。で、あまりにもプレゼント用の変更が多いので、去年はサンタから手紙が届いたことにして「12月20日を締め切り」にしたくらいです。


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 もちろん今年も、10月頃からサンタクロース宛の手紙を書いて窓ガラスに貼っていました。そして毎年のように欲しいものが変わるらしく、プレゼントに対する希望がコロコロと変わっていました。ところがある日、息子が悲しそうな顔でこんなことを言うのです。

「サンタクロースというのは、存在しなくて、親が子供のためにプレゼントを買ってきてくれるんだよね」
「・・・」

どうやら息子は気がついてしまったようです。息子は小学2年生ですから、気が付くのが遅かったぐらいなんですが、それ以降、サンタクロースの話は全くしなくなりました。そして、その日から窓ガラスに貼られていたサンタクロースへの手紙は一度も更新することが無くなった。

 もちろんサンタクロースのことはフィクションだということがわかったとしても、窓ガラスに手紙を貼り付けてもいいと思うんですが、どうやら親からもらうのは気が引けるようで、ただでもらえるプレゼントなら遠慮なしにもらうつもりだったらしいんですが、親が金を使って買ってくれると知ってからは、プレゼントのことは一言も喋らなくなりました。その代わり、小さくていいからケーキを食べたいと言いました。

 そして今日がクリスマスイブなんですが、まだケーキは買っていません。今日は、2学期の終業式で、その後に空手教室とキックボクシング教室があります。夜の7時まで習い事でびっしり。ケーキを食べる暇もありません。

 おまけに二日後には、軽井沢のスケートセンターで、競技会がありますから、明日の朝はスケートの練習で、クリスマスどころの話ではなくなってきています。


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 本当ならクリスマスぐらいはのんびりさせてやりたかったんですが、実は新型コロナウイルスのせいで、群馬県ではスケート部の活動ができない状態です。息子が入っているスケート部の活動も県知事命令で中止。当然のことながら群馬県における今後のスケートの大会も開催が危うい状態です。

 そうなると息子が出られるスケートの大会は、12月27日(日)の軽井沢大会しかない。

 長野県は、群馬県ほど厳格になっていませんので、かろうじて12月27日(日)の軽井沢大会は開かれることになっている。で、これが今シーズン、息子が出られるスケートの最後の大会になるかもしれない。なので、この一週間、12月27日(日)まで宿を休館してしまいました。息子に軽井沢でスケートの練習をさせるためです。これが我が家の息子に対するクリスマスプレゼントになってしまった。一番お金のかかるプレゼントになってしまいましたが仕方ない。

 御客さんを宿泊させて、その資金でプレゼントを買ってあげる方が、安くすんだけれど仕方ない。スケートシーズンは短いからです。12月と1月しか練習期間が無いので、それを奪われてしまったらかわいそうなので、1週間だけ息子のスケートにつきあうことにしました。


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 それにしても新型コロナウイルスのやつには、本当に腹が立ちます。11月からの感染拡大は、11月から始まった外国人の入国の自由化のせいです。なので、いくら国民に自粛を行わせても、入国の自由化を止めない限り、感染拡大は止まらないと思いますから、何とかしてほしいですね。国民に自粛を求めるならば、入国の自由化もやめて、入国検疫も厳密にやってほしい。

つづく。

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posted by マネージャー at 13:46| Comment(2) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年11月01日

二十年を振り返る

 今週は、連休でもないのに、大勢の旅行者が北軽井沢に訪れたようで、北軽井沢のコンビニの駐車場には、それこそ百台以上の車とバイクがひしめき合っていました。国道146号も渋滞気味で、まるでお盆か?という感じでしたね。北軽井沢の紅葉がピークを迎えたせいですかね?

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 とにかく御客さんが多かった。
 もちろん、うちの宿も御客さんであふれています。
 ふだんなら11月は、御客さんの少ない季節なんですけれどね。

 それはともかく、今週は古い友人が訪ねてきてくれました。中富良野のペンションオーナーだった旧姓三苫さんです。彼女は、九州から最果ての北海道稚内に引っ越し、そこのFMラジオの人気パーソナリティーとなり、その後、中富良野でペンションオーナーとなって、今は九州で結婚し笑いヨガをやっているという変わった経歴の人ですが、今回は、旦那さんと一緒に、うちの宿に泊まりに来てくれました。仲の良い御夫婦で、幸せそうな二人をみていると、私も心が安まります。

 ちょっと前には、うちで働いてたことのある人が、嫁さんと、お子さんを三人つれて泊まりに来てくれたりしましたが、その時も歳月の流れに感慨深さを感じたものです。当時、独身だった人が、四人の子供を育て、しかも一番上の息子さんが、もうすぐ大学生なんですからね。よくよく考えてみたら、私は嬬恋村に来てから20年たっていました。

 20年。

 一瞬でしたね。



つづく。

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posted by マネージャー at 22:06| Comment(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年10月19日

登山人口は減っているのか?

 10月と言ったら、一年で一番晴天の多い月なのですが、今年はどういうわけか、お天気がよろしくありません。おまけに、あさま山、万座方面に雪が降ってしまい、せっかくの紅葉残念なことになってしまいました。でも、明日明後日は晴れそうなのでほっとしてます。お客さんから登山ガイドのオーダーが入っていたからです。

 それはともかく、今年の気象はちょっとおかしいですね。ついこないだまで、非常に暖かくて、紅葉が遅れまくっていたんですが、浅間山に突然の初冠雪。あまりにも突然だったので、日曜日には、池の平湿原に家族で偵察に行ってきたんですが、あちこちに雪が残っていました。


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 ちょうど一週間前、私は槍ヶ岳の山頂の山小屋に泊まっていたんですが、標高3000メートルの山小屋にもかかわらず、夏のような陽気でした。 夜中に外に出て星空を眺めたんですが、全く寒くありません。むしろ心地よい風が吹いていました。

 星空の星たちは、手で掴めそうなくらいに輝いていましたし、新月だというのに星明かりで北アルプスの山々がよく見えたくらいです。それがたった一週間で、あさま山に雪ですから驚きます。一体どうなってるんでしょうかね?


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 話は変わりますが、槍ヶ岳に行った時に、ちょっとした違和感を覚えました。若い人たちが、ほとんど見られなかったからです。私は毎年10月の連休が終わった後に、家族全員で北アルプスを登山するのですが、ここ数年は、山ガールと言われる若い人たちが少なからずいたものですが、今年は一人としていなかった。

 もちろん子供も少なかった。7歳の私の息子が一人だけで、あとすれ違いで槍から降りてくる12歳くらいの双子の女の子が一組くらいしかいなかった。これは上高地でも一緒で、子供たちは非常に少なかったし、山ガールも皆無。学生たちもゼロだったような。去年は、そんなことはなかったのに。これも新型コロナウイルスのせいなのか? それとも、山小屋がGotoキャンペーンをやっさてないためなのか?

 またこの時期は、山小屋で仕事をしていた若い人たちが、あちこちに遊びに出てくる時期でもあるのですが、そういう人たちも見えなかった。 というか、そもそも登山家たちが少なすぎた。 横尾山荘から槍ヶ岳までのルートは。夏ならば行き交う人たちが渋滞を作るものです。紅葉の時期ならば、 尚更ですが、全くと言っていいぐらいに 人間が少なかった。

 みんな新型コロナウイルスが怖かったのかもしれません。何しろを山小屋といえば、ぎゅうぎゅうづめの相部屋ですから、感染リスクは非常に大きい。私も今回泊まってみて、 今後は山小屋を使うのは、やめようかなと思ったりです。 来年からテントにしようかなと思ってるんですが、今年は若い人たちが少なかったこともあってテント組も少なかったです。

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 このままだと、登山人口がどんどん減っていきはしないですかね。登山というのは、2・3年くらい登らなくなると、その後ずっと登らなくなる傾向がありますから、そういう文化が消えないように何とかして行きたいなと、アウトドア派の宿屋の親父は思っています。でないと、せっかく息子に地質・天文・植物・動物を教えたのが無駄になりますから。



つづく。

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2020年09月17日

ここ20年間の嬬恋村の変化

 今日何気にコンビニに行ってみたら、駐車場にイタ車が止まっていました。ついに嬬恋村にも痛車が目に入るようになったかと、感動しました。サブカルチャーの波がこの村にもやってきたことに感慨深いものがあります。

 20年くらい前まで、サブカルチャーって何?と言うのが、嬬恋村でした。子供達もゲームで遊ぼうということもなかったですし、スマホを持つ子供たちだっていなかった。そもそも電波が入らない。テレビだって映らない。新聞だって配達されない。新聞を買うにはコンビニに行かないと手に入らない。だからうちの宿も、20年前はテレビが映らなかった。新聞は今だに手に入らないでいる。


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 そんな嬬恋村ですが、ついに10年ぐらい前までは、他の村にない、すごい美点がありました。私は20年前に、嬬恋村に移住してきたのですが、移住して一番驚いたのが、 小学生たちが見知らぬ大人に挨拶をする習慣があったことです。

 村の中心部に買い物に行くと、子供達が次々と私に挨拶をしてくれました。 これには非常に驚かされた。なぜならば、私が子供の頃は、 知らない大人と口をきいてはいけないと教育されたからです。

 と言っても、 私が生まれ育ったところは、 嬬恋村なんかよりも、もっと田舎で離島です。佐渡島というところです。しかも私が生まれたのは昭和36年です。昭和36年生まれの離島生まれの離島育ちの人間が、 子供の頃に知らない大人と口をきいてはいけないと教育されてきた。 そんな私が嬬恋村に来て一番驚いたのが、知らない大人に対して挨拶をする嬬恋村の風習です。


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 しかしこの風習は、 私の息子の世代では、すっかり廃れてしまっている。今の嬬恋村では、知らない大人に挨拶をする子供たちの姿を見ることはありません。その代わりに、子供たちの間で流行っているのが、ゲームらしい。任天堂とか、 スマートフォンのゲームが流行ってるらしいのです。

 それがあまりにも酷いために、小学校からメディアコントロールのアンケートが何度も来ていますが、そもそもうちにはゲームがないし、息子のやつはろくにテレビも見ないので、アンケートに書くことが全くありません。せいぜいテレビを見たとしても、Eテレとドラえもんとプレバトの俳句のところくらいです。

  もちろん家には、スマートフォンも任天堂もありません。その代わりにチャレンジタッチがある。チャレンジタッチというのは学習用のタブレットなんですが、そのタブレットに勉強と直結してるゲームアプリが入っている。そのアプリというのは、足し算ゲームだったり、九九のゲームであったり、英会話ゲームであったりする。息子は、それがゲームだと勘違いして遊んでいる。と言うか錯覚している。


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 親としては、このまま何年も錯覚したままでいて欲しいんですが、どうやら最近、息子のやつは、 任天堂というゲームがあるらしいということに気が付きつつある。

「任天堂って何?」
「チャレンジタッチの親戚だよ」

という具合に話をそらしているんですが、これがいつまで続くかヒヤヒヤしてます。 とりあえず、あと3年くらいは、このまま誤魔化そうかと思っています。


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つづく。

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2020年09月16日

デザインで選んで失敗してしまった迷子札

 今日の朝(6時)起きてみたら、愛犬のコロ(シェットランドシープドッグ)が、いなくなっていました。こういうことは、過去にもよくあって、今回で10回目ぐらいです。そして、すべて息子が関わっています。

 うちの犬は、息子が生まれる半年前にペットショップで買っています。だから、息子と一緒に大きくなっているのですが、息子が歩けるようになって、コロの首輪を外せるようになると、勝手に首輪を外すようになり、その度に何度も脱走しました。

 脱走すると言っても、そんなに遠くに行くわけでもなく、大抵の場合は、自宅の周りをうろうろする程度で、すぐに犬舎に戻ってきます。脱走せずに、犬小屋のところから動かずにいることもしょっちゅうです。だから、たいていの場合、すぐに見つけることができるのですが、例外もあります。

 鎖をつけたまま、遠くに行ってしまった場合です。
 5Mぐらいある鎖を引きずりながら脱走して散歩をしてしまうと、
 どこかで引っかかってしまって帰れなくなるのです。
 今日の脱走が、まさにそれでした。


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 昨日の夕方、散歩から帰ってきた愛犬コロを鎖に繋ごうとしたら、息子のやつがいつものように
「僕がつなぐ」
と言ってきたので繋がせました。

 もちろん私は息子を信用してない。
 だから本当に繋がれてるかどうか確認しています。
 そして、2度ほど繋がれているのを玄関先から目視したので安心して家に入りました。

 それがいけなかった。

 確かに息子は鎖に繋いだのですが、柱に繋いである方の鎖のカラビナを外して、愛犬コロにつないでしまった。首輪にはめるべきカラビナではなく、柱につないであるカラビナをわざわざ外してしまって、それを首輪の方につないでしまった。だから鎖がつながれていても、その鎖自体が柱に繋がれてない。

 その上、うちの犬は、野生動物でもやってこない限り脱走しませんので、おとなしく犬小屋の方で寝そべっていた。それを私が確認して、大丈夫だと安心した。タイミング悪いことに、お客さんも多かったので、忙しさにかまけて、そのまま放置してしまった。それでも、夜の11時頃には、犬小屋で寝ているのをもう一度確認して、パソコンで仕事していました。

 で、深夜12時頃に、コロが吠えていたので「たぬきでも来たのかな?」と気にもしなかった。それがいけなかった。翌朝6時に起きてみたら、コロが鎖ごといなかった。鎖が残っていれば、焦らなかったのですが、鎖ごとになくなったとなれば、大問題です。北軽井沢の別荘地は、大半が無人なので、もし無人の別荘のどこかに引っかかってしまっていたら、一大事だからです。

 お客さんのことは、嫁さんに任せて、4時間ぐらい別荘地内を探し回りましたが、全く見つかりませんでした。私が犬を探してるのを、ご近所さんにもバレバレだったみたいで、色々声をかけて頂きました。ありがとうございました。無事見つかりました。

 見つけてくれたのは、やはり別荘地の方です。どうして、私が別荘地を探しても見つけられなかったかと言うと、夜中の2時頃に、保護してくれた人がいて、コロが外にいなかったのと、朝方に北軽井沢動物病院に、連れて行ってもらったりしたので、すれ違いが多かっただめだと思われます。

 あと、保護してくれた方が、老齢だったということもありますし、毛の長い犬であることも問題であったということが分かりました。実は、コロには、迷子札が首輪についていたのですが、毛の長い犬種であるために、電話番号が書いてある迷子札が見えにくかったようです。その上、最悪なことに、迷子札の電話番号が、高齢者には見えづらかったみたいです。

 うちの犬の迷子札は、金属プレートに、うっすらと傷をつけて電話番号を書いてあるわけですが、高齢者には、その電話番号が見えづらかったようです。つまり、迷子札なら何でもいいということではなかった。高齢者にも分かりやすいような、もっと派手目な迷子札にすればよかった。あと、毛の長さに隠れないような迷子札にすればよかった。

 犬用のGPSも考えたんですが、これはあまり役に立たないようです。結局、分かりやすい位置に派手目な迷子札を装着するしかないようです。


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 問題は、我が家にいるトロイの木馬(息子)です。何度言って聞かせても、息子のやつは、うっかりコロをつなぐのを忘れるだろうし、お客さんのお子さんと盛り上がってしまうと、勝手に首輪を話してしまう可能性も大ですから、このトロイの木馬をなんとかしなければならないと、心底思いました。

 ちなみにコロのやつは、どうやって見つかったかと言うと、私が何時間もかけて探した挙句、へとへとになって自宅に帰って、パソコンに向かってFacebookに「迷い犬探してます」という記事を書いて、今度は自動車で遠くまで探しに出かけ、嫁さんのやつが別荘地にコロを探しに出かけたら、紀州鉄道列車村の辺りで、コロの盛んな鳴き声がしたそうです。

 よく見ると、保護してくれた人が、コロを連れて嫁さんの方に向かって来ていました。保護してくれた人たちは、北軽井沢動物病院に連れて行ったりしたのですが、動物病院でも飼い主が分からなかったので、最後の手段として自分で自宅に帰れるかもしれないと、歩かせて見たそうです。そして嫁さんと出会ったというわけです。つまり、保護してくれた方は、最後までコロの首輪にある迷子札の電話番号には気がつかなかったということになります。

 迷子札があればいいというものではないわけです。おしゃれな迷子札なんか、何の意味もないということがよく分かりました。こっちがかっこいいと思っても、高齢者に見えづらい迷子札だったら意味がない。多少ダサくても、カラフルで目立ちやすい迷子札でなければ、迷子札の意味をなさない。また、毛の長い犬は、長い毛に隠れてしまうということも、十分考える必要性がある。保険として、首輪に電話番号を装着するとか、予備の迷子札をもう一つ付けておくとか、現在いろんな対策を検討中です。


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 我が家の迷子札・・・オシャレだが、これだと高齢者にはみえずらいし、毛に隠れてしまう。
 今回はコロという字は確認できたみたいですが、
 裏の電話番号は高齢者にはみえづらかったようです。


 なので、下のような派手な迷子札を検討中です。
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 これは首輪に装着するタイプの迷子札。
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 ちなみにコロを保護してくれた方は、予想通り、犬を飼ってたことのある方で、深夜2時頃に、犬の鳴き声がひどいので、 外に出てみたら、 犬が吠えていたそうです。よく見ると鎖が何かに引っかかって身動きが取れない状態。それを救出して、車に毛布をかけたら、コロのやつはちょこんと乗っかって、すぐに熟睡してしまった。死んだように眠ってしまったそうです。翌朝の8時までは、ぐっすり寝ていたとのこと。良い人に保護されて本当に良かったと胸をなでおろしました。



つづく。

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posted by マネージャー at 22:52| Comment(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年09月15日

北軽井沢に栗の木が多い理由

 早いもので9月も15日になりました。あと2週間もすれば、10月です。10月ともなれば、 北軽井沢の紅葉が始まるのですが、その前に一足早く栗の実がパラパラと落ちてきます。家の庭の栗の木も、栗の実がパラパラと落ちてくるようになりました。

 それは突然のことで、朝方や、夜中でも、自転車小屋のポリカーボの波板の屋根の上にドスンと落ちる音がします。ああ、栗の実が落っこちただと、こっちには分かるんですが、そんなこととは知らないお客さんは、かなり驚いて、何の音だろうと質問してきます。栗が落ちる音ですと答えると、とても感心した顔になるので、 それがちょっと愉快でもあります。


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 ところで、北軽井沢には、どんぐりと栗とクルミの木が腐るほどあります。北軽井沢中が、栗だらけと言っても過言ではありません。小布施なんかの比でないくらい栗の木が大量にわいています。

 しかしこれらの栗の木は、終戦直後の開拓団に植えられた栗の木なのだそうです。元々北軽井沢には、これほど多くの栗の木はなかったらしいのです。満州から引き揚げた北軽井沢の開拓団は、 戦争か何かで飢饉になっても困らないように、栗の木を大量に飢えたと、地元の農家さん達に伺いました。だから秋になると、あちこちに栗が転がっています。そして地元民は、栗やクルミを見向きもしません。なので道端に栗のイガがたくさん落っこちていたりします。


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 いつだったか、 シーツ屋さんの人が、庭に落ちてる栗を拾ってもいいかと聞いてきました。私はどうぞどうぞ、遠慮なく、みんな持って行ってくださいと、返事をしています。お客さんにも、 どんどん持っていって下さいと毎回言っています。

 私たち北軽井沢の住人が、栗を拾うことなんかほとんどありません。どの家でも、竹ぼうきで集めて、落ち葉と一緒にゴミ捨てに持っていくか、 燃やしてしまうかの、どちらかだと思います。栗を拾って食べたのは、北軽井沢に越してきた1年目だけだったですね。

 引っ越してきた時は、何もかも珍しかったんで、栗を拾って栗ご飯にしたり、栃の実を拾って、それをアク抜きして団子にしてみたり、くるみを拾って食べてみたり、夜の夜中になると、庭に寝そべって星空を眺めたりしました。

 すると、林の中から座布団のようなものが、空を飛んだりして、 あれは何だろうと?不思議に思ったものです。その空飛ぶ座布団を私は毎日のように目撃するようになり、その座布団が、ムササビであることに気がつくまで、だいぶ時間がかかりました。ボイラー室には、ピンポン玉のようにくるまった小動物を見つけましたが、それがヤマネだと分かるまで、やはり時間がかかりました。


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 残念ながら、今は、ムササビもヤマネも出てきません。庭にあった木を全部伐採して、子供たちが喜ぶような滑り台・ブランコ・シーソーなどの野外遊具を設置してしまったからです。ちょっと残念ですが、その代わりに小さな天使たちが庭先で遊んでくれるようになりましたので、これはこれで良かったと思っています。


つづく。

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posted by マネージャー at 22:16| Comment(2) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年09月13日

私が好きな二度上峠

 9月に入ってから、晴れたり雨が降ったり天候が安定しませんね。 8月はあんなに晴れが多かったのにちょっと残念です。それはともかくとして、今年の夏野菜は、トマトとコーンがとても美味しかったです。特にトマトは糖度が高かったです。この辺を農家さんに聞いてみたら、晴れが多くて雨が少ない日が続くと、トマトのあまみが増すそうです。考えてみれば、トマトの原産地は、南米の雨の少ない高地でした。つまり、浅間高原のような高原地帯で、雨が少ないところならば、とても美味しいトマトができるということらしいです。


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 とうもろこしも今年は甘かった。
 残念ながら、もうそろそろおとうもろこしの季節を終わります。
 今日泊まったお客さんに出したトウモロコシが最後。
 私も、最後のトウモロコシを心ゆくまで堪能しました。


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 話は変わりますが、嬬恋村の農家さんたちは、ほとんどが夜中の2時ぐらいから働きます。畑にサーチライトを点灯して、夜中にキャベツなどを収穫するわけですが、それを二度上峠と言う山から、見下ろしたことがあります。


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 まだ夜明け前で、新月の夜。美しい星空が輝いている時に、 地上のキャベツ畑が、転々と輝いている。朝どりキャベツを収穫する農家さんたちのサーチライトのあかりです。それがとても美しくて幻想的で感動したことがあります。 農家さん達にとってみたら、厳しい農作業なんでしょうが、それを山から見下ろすと、 何とも言えない地上の星々でした。


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 それも一瞬のことで、夜明けの早い夏だと、 あっという間に太陽が昇り始めます。と同時に、二度上峠に霧が降りかかり、それが一瞬の間に峠から前橋方面に流れ落ちて御来光が見えてくる。その美しさに声も出ません。1年に1回ぐらい、こんな瞬間に出会えると、この村で宿屋をやっていて本当に良かったと思ったりします。


つづく。

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2020年09月10日

コンビニ袋

 コンビニ袋の無料廃止になってからしばらく経ちますが、知り合いのコンビニの店長が、参ったよと嘆いていました。何が参ったんだと聞いてみたら、売上が減ってしまったとのこと。毎日5・6本のビールを買っていたお客さんが、1本しか買わなくなったと言うのです。なるほどなと思いました。確かに私も肉まんを3個買おうとは思わない。1個で我慢するし、弁当も一人分しか買わない。というか買えない。だから嫁さんも息子も列に並ぶので、新型コロナウイルス時代に、マッチしてない制度だなあと思います。

 実は、コンビニ袋は、昔からあったわけではありません。

 コンビニの代表格であるセブンイレブン1号店は、1974年5月15日オープン。
 ローソン1号店は、1975年6月14日
 ヤマザキデイリーストアー1号店は、1977年5月28日
 ミニストップ1号店1980年7月
 セーブオン1号店1983年8月(渋川市)
 
(関係ないけれど、モスバーガー1号店は1972年なのでコンビニより早かった)

 コンビニが発達したのは、1980年以降です。それ以前は、八百屋で買い物をし大きな紙袋で渡されたものです。八百屋には、カップ麺・缶詰・醤油何でも売っていた。なのでそこで買って、すごい丈夫な紙袋にいろんなものを詰め込まれました。

 コンビニ袋が登場したのは、1979年頃だったと思います。それ以前のテレビドラマを見ればわかりますか、ドラマの登場人物は、茶色の丈夫な紙袋に大量の食材を入れて自宅に帰っていました。


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 当時は、コンビニも、今ほど多くなかったし、値段も高かったので、スーパーや八百屋など、他の店で買い物をしたのです。八百屋で買い物をすると、「大根のいいのお願い」と注文すると八百屋のご主人が、一番良さげなものを見繕って買い物袋に勝手に入れてくれます。そして「こいつはおまけね」と、B級品の人参なんかを入れてくれました。

 店には小さな子供さんが、買い物かごを持って、お使いに来ていて、お母さんから手渡されたメモを、八百屋のご主人に渡すと、ご主人は、買い物かごに野菜を入れて返します。お金のやり取りはありません。月末に支払うシステムになっています。中には犬に、買い物かご持たせる家庭もあったくらいです。そういう時代が、1970年の終わり頃まで、日本全国の日常風景だった。


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 その風景を壊したのが、コンビニとスーパーだったと思います。1970年代のドラマを見ればわかりますが、誰かが病気をしたり入院したりすると、みんな紙袋に大量の缶詰を入れてお見舞いに行くシーンがよく見られます。当時は、電子レンジが高額な時代ですし、コンビニ弁当という便利なものも気軽に買える時代ではなかった。ましてやウーロン茶や麦茶を店で買うという風習もなかった。病気をし、自炊ができない体になると、缶詰はありがたい存在だった。


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 そういう時代に全国を旅する人たちは、コンビニのある今と違って非常に不便でした。田舎や地方都市では、夕方の6時になると全ての店のシャッターが閉まってしまうからです。食堂もそんなに多くはない。パン屋に売ってるパンも、アンパン・ジャムパンばかりで、現在コンビニで売られてるようなサンドイッチなんかはない。あっても、ジャムとかピーナッツバターが揺られているサンドイッチだけ。なので、昔の刑事ドラマを見ると、張り込み中にアンパンやジャムパンを食べながら牛乳を飲んでるシーンがよく出てきました。


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 そういう時代を知ってる人達にしてみたら、今の時代は非常に便利です。コンビニ袋の廃止なんか、痛くも痒くもない。私は、自動車に買い物かご(マイバッグ)と保冷箱を必ず入れています。コンビニ袋も、40号100枚セット100円のものを100円均一で買って、車のダッシュボードにマスクと一緒に入れてあります。カバンにも予備を入れてあります。こうしておけば、買い物かごを忘れても慌てずにすみますから。


つづく。

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2020年09月09日

登山用ズボン

 私が登山を始めたのは、今から40年ぐらい前のことで、20歳頃の頃でした。当時は、登山用品が非常に高価だったために、自分のお金で買うことができませんでした。登山靴ではなく、スニーカーで登っていました。ザックも安物だったし、普通のTシャツにジーンズで山に登っていました。もちろんそんな姿で登る人間は、誰もいません。雨具に至っては大きなゴミ袋。テントを買う金もなかったので、夜はブルーシートにくるまって寝ていました。どう見てもホームレスです。常識知らずもいいところでした。

 そんな姿で北アルプスなんか登ってましたから、途中登山家たちに注意されて口喧嘩になったりする。山小屋の主人に怒られて、憮然として出て行ったこともある。今思えば赤面ものなのですが、そういうことが何回かあったので、一人で山に登るのをやめて大きな山岳会に入りました。


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 山岳会に入ると、私の持ってる装備があまりにもみすぼらしかったために、同情してくれたのか、諸先輩たちが使わなくなった装備をプレゼントしてくれました。もちろんボロボロだったのですが、それでもありがたかった。で、きちんとした登山装備で山に登ってみたら、それまでの登山と別世界になってしまった。

 40年前の登山用装備は、今と違って非常に高価だった。それで買えなかったんですが、一度、登山用装備を使って登山をしてしまうと、後戻りができない。特にウールのシャツ。一回でも着たら、これなしでは山に登れない。綿のTシャツなんか着用することができない。一回でも登山用のテントで寝てしまったら、ブルーシートに寝ることができない。一度覚えた贅沢は、もう手放すことはできない。そもそも担ぐ重さが違っている。登山用装備にすると重量がかなり軽くなる。後戻りはできない。

 私は、自転車や徒歩で日本一周旅行もしたことがあるんですが、その時は、装備の差はたいしたことが無かった。テントがなくてもブルーシートがなくても、その辺の野原でごろ寝してもなんてことはなかった。ところが登山に関しては、装備の差が致命的ほど違ってくる。命に関わるほど違ってくる。逆に言うと、命を削って登山をしていたようなものなのですが、そこは若さと体力でカバーしていたわけです。

 ザックの中に日本酒の一升瓶を入れて、山に登るのは当たり前だったし、大きなスイカを入れて3000M級の山に登ったり、ビールを30本ぐらい担いで三泊四日の北アルプスを縦走することも何度もやっています。ひどい時は樽酒を担いで上がったこともある。自転車を担いで登山道を登ったこともあるし、3000M級の山の頂上で流しそうめんやったこともある(流しそうめんをやるには大量の水が必要なので、20リットルの水を担いで3000メートル級の山に登っている)。若気の至りというか、思えば馬鹿なことをしたものです。今冷静に考えてみたら、当時の私は、頭が狂ってたとしか思えない。


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 今の私は、正反対の登山をしています。金にものを言わせて、最高級の装備を使って登山しています。登山靴も雨合羽も、金を惜しまずに最高のもの買うようにしてますし、テントで寝ることもやめました。必ず山小屋で寝るようにし、隙あらば個室を確保して山小屋でご飯を食べています。ビールも持参することはありません。山小屋で金にものを言わせて買うようにしてます。持参する荷物は最低限に抑えるようになりました。

 逆に言うと、新型コロナウイルスが、猛威を振るう今現在、北アルプスを長期縦走することはできなくなったなと思っています。それでも、日帰り登山ぐらいはやりたいなと思って、時々、登山ショップに出入りしています。

 長い前置きはこのくらいにして、これからが本題です。

 先日、登山ショップに行ってみたら、色んなものが暴落していました。特にノーブランドの登山用のパンツ(ズボン)が、3000円ぐらいから売られていたのです。思わず、四着ほど買い占めたんですが、実際に一ヶ月ぐらい履いてみたら、これがすごくいい。ネットで売られている登山用ズボンもどきと全く違って、しっかりしたものでした。





 他にも色んなものが安くなっていましたが、新型コロナウイルスのせいで、例年よりも登山グッズの売り上げが下がっているのかもしれません。特に衣料品関係は、モデルチェンジされたり流行もあるので、今の時期になると投げ売り状態になるのかもしれませんね。

 こんなこと書いても、登山をしない人たちにとっては、あまり関係のない話に聞こえるかもしれませんが、そうでもないです。登山用のズボンを一回でも着用してしまうと、もう後には戻れないのです。とにかく履き心地がいい。

 登山用ズボンは、一見すると、普通のスラックスのように見えますが、実は非常に頑丈にできています。撥水機能も高くて汚れにも強い。その上すごく伸び縮みする。スーパーストレッチ。なので、これを一度でもはいてしまうと、ワークマンのズボンなんか買えはしない。だから近頃の業者さんの中には、登山用ズボンをはいている人たちがチラホラ見かけるようになっている。


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 この登山用ズボンは、普通のスラックスのように見えるくせに、ジャージをしている感覚で着用できる。そして汚れに強い。だから普通に買えば、最低でも1万円以上します。高級品だと2万円以上する。それが3000円とか4000円で売られているわけですから、買い占めたくなる気持ちも分かるかと思います。というわけで、今では普段着として登山用ズボンをはいています。


つづく。

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2020年09月07日

乳母車で大人しくしている幼児たち

 息子が生まれてしばらくして外出できるようになった頃のことです。軽井沢のスーパーマーケットに家族で買い物に行くようになりました。もちろん乳母車に乗せて買い物です。どういうわけか私には、0歳児の息子の心が読めるという才能がありました。なので、乳母車を押す係は嫁さんではなくて、いつも私です。これは小学2年生となった今でも変わらなくて、スーパーに買い物に行くときは、私と息子が一緒の買い物カートで商品を買います。嫁さんは一人で行動します。

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 どうして私だけが0歳児の息子を乳母車に乗せて買い物をしたかと言うと、息子の心を嫁さんより読めたからです。だからスーパーの中で泣き喚きませんでした。息子が右に曲がりたいと思っているのを察知して私が右に曲がったり、今度は左に曲がりたいと思ってるなあと察知したら左に曲がってあげたから、スーパーの中では息子と私は相性が良かったわけです。

 ただし、それは時間の余裕がある時に限られます。お客さんがいて、急いで買い物をしなければならない時は、そんなことに構っていられません。最短距離で最短時間で買い出しをしなければならない。そうなると息子の不満は爆発して、 スーパーの中でワンワン泣きわめきますが、そんなことを構っていられません。

 これは私だけではなく、 多くのお父さんお母さんが経験しているみたいで、スーパーの中で子供たちの泣き叫ぶ声がよく聞こえました。軽井沢は、今時珍しく子供の多い街なので、赤ちゃんの泣き声がスーパーの中で聞くことができたものです。


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 ところが最近、いや、ここ数年間、軽井沢のスーパーで赤ちゃんの泣き声がしなくなったのです。もちろん赤ちゃんはいっぱいいます。けれど誰も泣かなくなった。変だなぁとは思いつつも、 買い物を続ける日常が過ぎていったんですが、最近になって、どうして赤ちゃんが泣かないのか、ようやく その原因が分かりました。

 乳母車で、赤ちゃんがスマホを持っているのです。抱っこ紐で抱かれている赤ちゃんもスマホを持っていて、動画かなんかをじっと見ている。スマホが落っこちないのかなあと、ハラハラして見ていたら、その辺はストラップか何かで予防している。

 あーなるほど!

 と思いましたね。どおりでスーパーマーケットから幼児・乳幼児の泣き声が消えたわけです。この行動は、最初は別荘客が始めたのだと思います。おそらく人の多い東京では、迷惑防止のために皆さんが行なっていることなんでしょうね。それが少しずつ軽井沢の住民にも真似されるようになったのかなあと思います。首都圏の人たちは、騒音に敏感なのと、軽井沢・北軽井沢ほど、赤ちゃんや幼児に寛容ではないので、そういう対策をしてないと、バッシングされないのでしょう。特にコロナでギスギスした世の中なので、マスクをさせるわけにもいかない幼児・赤ちゃんを黙らせるには、この方法しかないのかもしれません。


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 ただちょっとばかり心配なのは、そんな小さな子供たちの視力のことです。その辺は、お父さんお母さんも十分気をつけているんだと思いますけれど。世の中も少しだけ、赤ちゃんに優しいと良いんですけれどね。赤ちゃんの泣き声が、社会から消えたことで、みんな住みよくなってはいるんでしょうけれどね。



つづく。

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2020年08月30日

火山は怖くない。北軽井沢で一番怖いのは雷である。「地震・雷・火事・親父」

 「地震・雷・火事・おやじ」とは、よく言ったものですが、これは、時代・地域によって、怖い物の順位が違ってきますね。北軽井沢では、地震は全く怖くありません。新潟の震災でも、3.11震災でも、たいして揺れませんでした。ところが、おなじ村内でも、吾妻川の北側は、ものすごく揺れたそうです。浅間山麓では、全く揺れないのに、そこから少しばかり離れると、揺れるのです。

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 これは、浅間山の火山活動で大量の火砕流が蔽い、山麓をコンクリートのように固めて固定したためです。そのために、嫁さんが、子供を連れて実家(館林)に里帰りすると、愕然とすることは、地震の多さと大きさです。あまりの揺れにパニックになる。

 もちろん嫁さんは、生まれも育ちも館林なので、しばらくすると「そういえば、昔も館林は地震で、これくらい揺れたっけ」と思い出すんですが、これは館林の地盤が柔らかいせいで、ちょっとの地震でも大げさに揺れるせいです。北軽井沢は、逆で大きな地震でも、あまり揺れない。

 と、書くとも北軽井沢が良いことずくめのように思えますが、そうでもありません。北軽井沢には、落雷がある。夏になると激しい落雷が頻繁におこり、一瞬、停電する。ほんの一瞬なのですが、パソコン作業中や、風呂に入ってるときは慌てます。給湯器が全て止まって水になってしまうからです。

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 なのでボイラーを集中制御するように工事し、パソコンには無停電装置をつけるようにしましたが、無停電装置の寿命が二年と短いために、その経費に悲鳴をあげざるをえません。なので、最近は、重要なデーターは、全てクラウドしています。

 

つづく。

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2020年08月29日

『いい湯だな』とスマホ

 万座温泉のホテルに泊まった時のことです。あまりに気持ちが良かったので「いい湯だな」を歌っていたら、湯気のむこうから声をかけられました。

「ドリフターズですか?」
「ええ、まあ・・・」

 こういうことは、群馬県ではありがちで、一般的に群馬県人は人なつっこいです。知らない人と、すぐ仲良くなる。相手が群馬県人だと分かった理由は、方言です。群馬県人は、共通語しか話してないつもりでしょうが、分かる人には一発でわかってしまう。一般的に言って方言には敬語はありませんが、関西と群馬には独特の敬語方言があるからです。

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「子供の頃、ドリフの8時だよ全員集合をよく見てました」
「私もです」
「でも、さっきの歌、替え歌ですよね?」
「・・・」
「あの歌には万座温泉なんかでてこないですから」
「実は、この歌は、ドリフの『いい湯だな』ではなくて、デュークエイセスの『いい湯だな』なんですよ」
「え? デュークエイセス?」

 いい湯だな いい湯だな♪
 湯気にかすんだ 白い人影♪
 あの娘かな あの娘かな♪
 ここは上州 万座の湯♪





「ドリフの『いい湯だな』は、デュークエイセスの『いい湯だな』の替え歌なんです。デュークエイセスが本家なんです」
「え?」
「この『いい湯だな』は、群馬県の御当地ソングで、一番は草津。二番は伊香保。三番が万座なんです」
「へえー、群馬生まれ群馬育ちなのに知らなかった。ところでデュークエイセスって誰ですか?」
「昔の東芝のコマーシャル知ってますか? 『光る光る東芝ー♬』ってやつ」
「あ、知ってます知ってます」
「あれ、歌ってたのがデュークエイセスです。すごい声がいいんですよ」
「声がねえ?」
「そうだなあ。東芝のコマーシャルじゃ分からないか。それじゃ日本生命のコマーシャル知ってます? こんな歌を」

 モクセイの花咲く頃に♬
 ふるさとへ帰りたいな♬





「ああ、あの歌、デュークエイセスなんですか?」
「そうなんです。じゃ、私、そろそろあがりますんで」

 こうして露天風呂を後にして、休憩室でマッサージをしていたら、露天風呂から出てきたさっきの人が、スマホを持ってきてやってきました。

「デュークエイセスの動画をみました。いい声ですね。『いい湯だな』が群馬の歌で、デュークエイセスが本家なのも確認しました。本当だったんですね」

 その人は、さかんにスマホでネットサーフィンしていました。
 世の中、便利になってきたものである。
 こんな山奥の温泉地で、デュークエイセスの歌をスマホで検索できるようになったから。


つづく。

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2020年08月14日

ペルセウス座流星群と、山中の黒い大きな存在

 ここのところ、天気が良いので毎日のように星空観察ツアーをやっていました。ところが、この数日間、バッタリと星空観察ツアーのオーダーが無くなっていました。理由は、このお盆の数日間、夕食を作ってないからです。渋滞と行列で食材を買いに行けないのと、そもそも御客様やが、渋滞にまきこまれて夕食時間に到着できないためです。

 なので、夕食を作ってないために、各自でレストランに夕食を食べに行かざるをえなくなり、星空観察ツアーことなど忘れてしまっているに違いありません。

 ところが、一昨日のことです。星空観察ツアーのオーダーが出てないのにもかかわらず、御客様が庭に出て夜空を眺めていました。聞けば、ペルセウス座流星群の極大の日だったようです。

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 これ幸いと、嫁さんと息子も庭に出て、ペルセウス座流星群を眺めていました。空観察ツアーのオーダーが出ていたら見られなかったので、嫁さんと息子は大満足だったようです。

 ちなみに私は皿洗い。正直言って北軽井沢で20年間空観察ツアーをやってきているので、流れ星なんか珍しくもなんともない。18年くらい前の獅子座流星群を見てしまっているので、あれ以降は、どんな流星群もチンケに見えてしまう。なにしろ流星が多すぎて数時間の間、流星の多さで真っ昼間のようになり、四方に流れる流星に影が東西南北に延びたくらいですから。

 とは言うものの、私も北軽井沢に移住してきたばかりの頃は、オープンしたばかりで御客様がいないこといいことに、浅間牧場の奥にある天丸山や、小浅間山の頂上で、折りたたみの寝られる椅子を持参して、一晩中、流れ星をみていました。気がついたら夜が明けていたことも何度か。

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 ところがウトウトしていて、何か殺気を感じて目覚めたら黒い大きなものが目の前にいて、一瞬かたまっていたら、天地が揺れるドスンドスンという音とともに草むらに消えていった。

「クマだ!」

 ですが、あたりは真っ暗なので、どこにいるのか分からない。知床半島の奥地でも似たような体験を3度しましたけれど、こればかりは何回体験しても、あまり良い気分ではありません。これ以降、夜の山で流星をみるのは止めにしました。





つづく。

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2020年08月08日

幼児の御客さんと、野菜料理対決の日々

 日本中、猛暑で暑くなっているせいか、予約が殺到しています。つい先日まで閑古鳥だったのが信じられません。5日も前だと、お盆でさえガラガラでしたから。それはいいんですが、閑古鳥用の食材しか用意してなかったので、急遽、 買い出しに出かけました。で、久しぶりに軽井沢や佐久のスーパーに行ってみたら野菜が高いのに愕然としました。嬬恋村に住んでて、直売所で野菜を買っていると、市場価格に対して麻痺してきますね。嬬恋村の直売所の野菜が、いかに激安なのか、よーく分かりました。

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 なのでスーパーで野菜を買うのを控えて、野菜だけは嬬恋村のものにします。ただし、嬬恋村の野菜は、独特なんですよね。鎌原キュウリなんか、トゲトゲが激しすぎるし、幻のキャベツ419にいたっては、「レタスなの?」というくらいに柔らかいし、トマトだってサイズが様々だし、コーン(恵み)も甘いこと甘いこと。正直言って使いにくい。

 かといって、普通に料理して(切って盛りつけて)残されるのも癪なので、全ての野菜をスティックにして、ディップを用意したうえで、嬬恋村の野菜を解説したら、御客さんが全部残さず食べてくれました。小さいお子さんが多い、うちの宿で、これは快挙です。

 それにしても悩ましい。

 うちの宿は、小さいお子さんが多い。だからお子さんを喜ばそうと思ったら野菜は控えることになる。しかし、大人たちの目当ては、嬬恋村の高原野菜だったりする。だから幼児食は無料にして、無料の食事には、野菜を減らして子供の好きそうなミニハンバーグを出してるのですが、それなのに有料の大人の料理を注文してくる御家族もある。

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 で、大人用の料理には、子供の嫌いな、小松菜のおひたしとか、キャベツ和えなんかがでてくる。で、小さい子が残しちゃう。それを防ぐために日々奮闘していますが、なかなかうまくいきません。スティック&ディップにしてみたり、串野菜にしてみたり、グラスサラダにしてみたり・・・・。成功することもあるけれど、惨敗することもあります。成功した日は、酒がうまいけれど、惨敗した日は、ちょっと落ち込みます。

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つづく。

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2020年08月07日

猛暑に活気づいてきた北軽井沢!

 暇なので帳簿をつけているうちに気がついた事なんですが、新型コロナウイルスで、泊まり客が激減して以降、お客さんの9割近くがリピーターさんでした。これは他の宿さんでも同じような傾向らしく、来るのはリピーターさんばかりだと言う人が多いようです。新型コロナウイルスで不安が増えると、初めて行くような知らない宿に泊まるのは不安になるのかもしれませんね。だから、よく知ってる宿に泊まりに行くようになるのかもしれません。

 Gotoキャンペーンも全く音沙汰無しでした。
 御客様の予約が全くなかった。
 例年の2割も入ってない。

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 ところが昨日おとといから、ものすごい勢いで予約の FAX が入るようになってきました。ずっと閑古鳥が鳴いていたのに、一日に20件も予約が入るので、何事なんだろうと、泡を食っていましたが、テレビをつけてようやく事態が飲み込めました。日本中、猛暑で暑くなっているんですね。おかげでこっちは嬉しい悲鳴です。予約は嬉しいんですが、閑古鳥用の食材しか用意してなかったので、急遽、 買い出しに行かなければならなくなったからです。

 息子の習い事(空手・キックボクシング・陸上練習・勉強)も、多めに入れてしまったんですが、こっちの方も見直さなければならないかもしれません。忙しい時は、息子にも宿屋を手伝ってもらうためです。と言っても、7歳の息子に何かしてもらうわけではなく、お客さんが連れてきているお子さんと 一緒に遊んでもらうだけなんですけれどね。

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 それにしても、猛暑恐るべし。
 新型コロナも宿屋にとっては恐ろしいものですが、
 長雨冷夏も、避暑地の宿屋にとっては同じくらい恐ろしかったということですね。


つづく。

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2020年08月05日

最近の家電製品

 不思議なことに、絶対壊れてもらいたくない時に、壊れてしまうということが多くあります。今年はずっと長雨で北軽井沢に夏が来ないのではないかというぐらい冷夏が続いたんですが、最近になってようやく暑い日が続くようになりました。さあこれからエアコンが大活躍する時と思っていたら、12年ほど昔に買ったパナソニックのエアコンが成仏してしまいました。

 あと10年ぐらいはもってくれーと思っていたんですが、そういうわけにもいかなかったようです。それにしても、壊れて欲しくない時に壊れるもんですね。大急ぎで新しいエアコンを購入しましたが、工事は一週間後になるそうです。同じく冷夏だった去年に12台のエアコンを新しく設置しておいて本当に良かった。12台あれば、1台ぐらい壊れてもなんとかカバーできますからね。

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 そうそう! 去年エアコンを導入するときに、 業務用の強力なものを1台導入するべきか、 家庭用のエアコンを12台導入するべきか、非常に迷ったんですが、結局、家庭用のエアコンを12台導入してしまいました。強力なものを一台では、その1台が壊れてしまったらカバーできないからです。最近の電化製品は、壊れることを前提に買っておかないと、どうにもならないからです。昔だったら滅多に壊れなかった電化製品も、 今はすぐに壊れてしまいますからね。

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 あと、今の電化製品は、非常に良く出来ていて、昔に比べたら高性能です。すぐ壊れるくせに高性能なんですね。今回買ったエアコンも、ウイルスを除去するタイプなんですが、昔のエアコンだと、そういう機能はなかったです。新型コロナウイルスに対しては、飛沫感染をむしろ拡大するパターンが多かったと思いますけれど、今のエアコンだと、そういうところもブロックできるようになっている。おまけに換気機能まで付いていたりする。昔と比べたら非常に高性能なんですが、何して海外で生産されているものですから、壊れやすくなっている。だから、強力なものを一台導入するというわけにはいかない。壊れることを前提に何台も設置しなければいけない。

 フリーザーもよく壊れる。8年くらいしかもたない。だから壊れてもいいように複数台用意する必要がある。性能は良くなってきていて、省エネ率も凄いのだけれど壊れやすくなっている。本当にめんどくさい時代になってしまいました。昔の日本製品は、滅多に壊れることがなかったんだけれどなあ。


つづく。

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2020年07月27日

ウイルスを撲滅すべくユニットバスにカビキラー使いまくった結果

 新型コロナウイルスのことですが、下の表をみると、日本に集団免疫ができていのか? それとも弱毒化しているのか? どうも不思議です。感染者が、これだけ増えても重傷者は無いに等しいですから。ただ、2週間後にどうなるかです。2週間後に重傷者が増えているかどうか? 増えてなかったら集団免疫か、弱毒化している可能性があり、朗報になるのですが。

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https://www.facebook.com/photo.php?fbid=3066976100052540&set=a.105297662887080&type=3&theater からのコピペ

あと、都知事の言うpcr検査の多さも原因でしょう。

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それと感染者の多くが外国人であることから入国者が感染を増やしている可能性もあります。

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 まあ、そんなことどうでもいいとして、久しぶりに、浄化槽への下水管と浸透マスを清掃してびっくりしました。コンクリートマスが溶けかかっていたからです。新型コロナウイルスを撲滅すべくユニットバスにカビキラーなどの塩素を掃除するごとにかけまくった結果、虫(カマドウマ)が全滅しカビが発生しなくなったかわりに、コンクリが溶けて弱くなったようです。これではまずいので大急ぎでコンクリートマスをモルタルで修理し、カビキラーやハイターなどの使用をやめました。

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 最近は、水で溶かすだけの簡単なモルタルがあるので、修理はアッという間に終わりましたけれど、今後は塩素を使うのをやめることにしました。代わりpH値が中性に調節された日曹ハイクロンという次亜塩素水を使うことにしました。結局、その方が安くすむし、食品添加物なので体にも害が少ないので、早めに気づいて、よかったと思います。


つづく。

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2020年05月24日

岐阜県飛騨地方の群発地震に思うこと

 最近、岐阜県飛騨地方で群発的に地震が発生していますね。このニュースを聞くたびに、二十五年以上前のお盆登山を思い出します。私が、まだ三十歳そこそこの頃、登山素人のメンバー三十名ほどをお盆の時期に北アルプス(テント泊)に連れて行ったことがあったんですが、当時も同じような状態で、岐阜県飛騨地方で群発的に地震が発生していました。

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 こういう群発地震が発生しますと、テントの中で夜寝られないんです。群発地震そのものは、体感で感じられないくらいの弱い地震なんですけれど。だから地震があったかどうか、誰にも分からないくらいに弱い。なので、東京あたりだったら、誰も気にしないというか、誰も気がつかないんですよね。

 ところが岩場・ガレ場の多い北アルプスだと、ほんの少しの揺れで落石が崩れる音が聞こえてくる。それも四方から聞こえてくる。五分おきに聞こえてくる。酷いときには一分おきに聞こえてくる。

 なにしろテントというやつは、薄いナイロン生地一枚しかないので、外の音がよく聞こえる。ガラガラガラ・・・と、まるで土砂崩れで山が崩壊する勢いのような音をたててくずれる音がする。もちろん、そんなことはないんですが、落石の音が、木々の無い山々にこだまして、実際より大きな音で聞こえる。そのたびに山小屋のスタッフが
「大丈夫ですか!」
安全確認のために声をかけてくる。それがいっそう不安をかきたてる。

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 夜中の落石音というものは、それは不気味で、みんなでテント周りにサーチライトを照らして、安全を確かめるんですが、一晩中、それを続けることもできないので、途中であきらめて寝るんですが、こういう事が、4泊5日の縦走中に毎晩おきてると、そのうち慣れてしまって、なにも気にならなくなる。で、無事下山するわけですが、その夏に地震での負傷者は、北アルプスでは一人もいなかった。

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 しかし、下界の温泉ホテルの露天風呂に、巨石が落ちて大被害が出たという。さいわい怪我人はいなかったようですが、派手に落石音が聞こえてきてた山より、下界の方が危険だったということに、当時の私は驚いたものです。今から思うと、派手に落石音が聞こえてきてたからこそ、人々は注意深くなり、北アルプスの登山者にとって、いつもの年より登山中の事故が少なくなっていた可能性がありますね。

 日本における新型コロナウイルスも、ダイヤモンドプリンセス号の事件があり、あれで、国民が気を引き締めたからこそ、欧米のような悲惨な状況にならずにすんだと言えるかもしれません。今後も国民全体で危機感をもって対処していきたいものです。

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つづく。

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2020年05月21日

ウイルス騒ぎで収入が途絶えた人たち 2

 私の生まれた所は、新潟県の佐渡島です。佐渡島には、小木という町があります。新潟県の直江津から佐渡に行く船が出ているんですが、その船が到着するのが小木という町です。

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 その昔、この屋根には、瓦がありませんでした。戦後間もない頃まで板葺きの屋根に、大きな石ころが、のっかっていました。そこに、とある大企業が訪れて、屋根に乗っかっている重しの石を一括で買い取り
「この街の屋根を全部、瓦屋根に葺き替えてあげましょう」
と言ってきた。町民たちは三菱様様と感謝して喜んだと言います。しかしこの話には裏があって、屋根に使われた重しの石は、昔相川銀山から掘り出した金銀の含有量の高い鉱石だったのです。それにしても、金のしゃちほこならぬ金の鉱石を屋根に乗っけて生活していたとは豪勢な話ですが、逆に言えば、猫に小判だったとも言ます。町民に地質に詳しい人が一人でもいれば、大金が稼げたのに、それを見逃していたわけですから、なんとも間抜けな話です。

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 このような話は、佐渡島にたくさん残っています。有名なのが西三河のわらじの話で、西三河と言う所を旅人が通ると、使い古したわらじを無料で交換してくれる所がありました。旅人は、なんと親切な人達なんだろうと感謝しましたが、この話にも裏がありました。使い古したわらじを焼くと、そこから砂金が採れることがあったのです。つまり親切に交換してあげたのではなくて、儲かるから交換してあげていたわけです。

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 この二つの話には、重要な教訓が入っています。
 情報が重要だという教訓です。
 しかし、その情報を手に入れるには、それなりの努力が必要ですが、
 日々の生活に追われて、そこまで手が回らない人たちがいる。

 前置きはこれぐらいにして、本題に入ります。前回、例のウイルス騒ぎで、収入の道を閉ざされた人たちの話をしました。一般的には飲食業や宿泊業の人たちが大変だったとされていますが、他にも大変な人たちが大勢います。大きなホテルが休業した場合、従業員は給料が保証されたりしますが、そうではない整体師や指圧鍼灸師・マッサージ師などの人たちは、ホテルが休業して仕事にあぶれてしまう。恐ろしいことに、彼らの中には身体障害者も多い。私の友人にも、週に三回透析を受けないと死んでしまう障害者がいますが、彼も、整体・指圧鍼灸師・マッサージの資格を持つ自営業者(店を出している)ですが、このウイルス騒ぎで完全無欠な無収入になってしまった。

 なので、就職活動の結果、なんとか就職することができ、その就職を祝って、ちょっとした祝杯をあげました。そして、今後必要となるエクセルなどのパソコンスキルを教えたりしたんですが、教えてる途中に重大なことに気がついてしまった。

 市町村から出る給付金や、県から出る補助金、国から出る持続化給付金に関する手続きを一切してないと言うのです。個人事業主である彼は、もう何ヶ月も無収入なので、色々な行政に給付金を申請すれば、150万円以上は、必ずもらえるはずなんですが、何一つ手続きをしていないと言うのです。パソコン音痴だからいいやとか、デジカメがないから手続きができないと言っていましたが、数時間辛抱して書類を作れば、100万円以上の給付金がもらえるわけだから頑張るべきだと、なんとか説得して資料を持たせたんですが、IT弱者にとっては、申請書類の製作が憂鬱で憂鬱で仕方がないみたいです。

 もちろん制作の代行会社なんかもあるんですが、高額なマージンを取られるようですし、マイナンバーカードという機密情報にも関わってくるので、あまりお勧めできない方法です。そうなると、いくら国から100万円の持続化給付金がもらえると言っても、書類を作れる能力のある人ばかりとは言ないので、もらえるはずのものがもらえない人達も出てくるはずです。例えば視覚障害者の人たちは、書類が作れるのでしょうか?パソコンなんかいじったこともない人たちにとっては、その壁はあまりにも高すぎるような気がします。

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 恐ろしい話、その友人が、うちに泊まりに来てなければ、給付金を知らないでいた。インターネットで、そういうものがあるらしいということは知っていたようなんですが、どうすればいいのかわかっていなかった。たまたま私が自営業者だったからアドバイスできたんですが、そういう人たちが友達にいなかったら、給付金という制度があっても、それを活用しないまま生きていたかもしれない。

 それこそ佐渡島の小木町の屋根の重しに使われていた金鉱石と一緒。いや、それ以下の存在だった。持続化給付金という制度も、利用しなかったら、利用できなかったら屋根の重しにも使えない。情報弱者は、ますます困窮する時代になった。で、困ったことに社会的な弱者ほど情報弱者だったりする。で、
「めんどくさいから、いいよ」
と、あきらめが早かったりする。

 だけど、あきらめさせてはダメなんだよね。そういう意味で、私たち周りの人が、積極的に手伝わないとダメだと思う。こういうときは、親切の押し売りをしてもいいと思う。なので、このブログを読んでる人で、まわりに、そういう人がいたら、ぜひ手伝ってあげてほしい。


つづく。

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2020年05月20日

ウイルス騒ぎで収入が途絶えた人たち

 例のウイルス騒ぎも、そろそろ終息が見えてき始めました。ここ嬬恋村でも、体育館などの公共施設の貸し出しや、図書館利用が可能になってきました。学校も分散登校が始まるようです。まだまだ宿屋には、厳しい状況が続いていますが、とりあえず学校が動き始めことで生活が大きく変わるでしょう。とにかく良かったと思います。

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 今回のウイルス騒ぎでは、飲食業とか宿泊業が、大変なダメージをくらったことは皆さんもご存知の通りです。レストランで働く私の友人なども、自宅待機を言われて、生活に困窮していました。自宅待機なのだから給料がでるのかと言うと、やはり出ないわけです。

 給料が出る企業というのは、かなり大きな企業です。小さなレストランだと、家賃さえも払えるかどうかという状態なので、自宅待機の人の給料まで出ません。もちろん政府が自宅待機の人のぶんまで保証はしているんですが、その保証も、実際に給料が出てないと受けられない。しかし、運転資金にも困っている小さなレストランの場合は、従業員の給料を払う資金さえないわけです。だから、結局は、給料が出ない。

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 まあここまでは、マスコミやインターネットで紹介されているので、ご存知の方も多いと思いますが、意外に知られてないのが、スポーツ教室とか、空手教室なんかを開いてる個人事業主の人たちの苦労です。この人たちの大半は、公共施設の体育館などを借りておこなっているので、それを借りられないとなると、その日から収入を絶たれることになります。なので、私も宿の施設(と言っても庭ですけれど)を提供して、地元の子供たちの健康のために使ってもらっています。他にもそういう支援活動している地元の業者さんが何軒かいらっしゃいます。地域の企業が子供たちのために協力しておられる。

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 もっと、かわいそうだったのは、整体師や指圧鍼灸師・マッサージ師などの人たちです。ホテルが休業して仕事にあぶれている人たちが大勢おられます。彼らは、このウイルス騒ぎで完全無欠な無職になっています。全く生活ができない。そしてさらに恐ろしいことに、彼らの半数以上が、身体障害者だったりします。私の友人にも、週に3回透析を受けないと死んでしまう障害者がいますが、彼も、整体・指圧鍼灸師・マッサージの資格を持つ自営業者ですが、このウイルス騒ぎで完璧な無収入になってしまった。それはもう見事なものです。

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 しかし、捨てる神あれば拾う神もある。その彼も努力の結果、なんとか高校の非常勤講師の職業を得ることができた(元々、昔は高校の先生をしていた)。今日は、その彼が泊まりに来てくれて、就職を祝って、ちょっとした祝杯をあげました。週に3回透析を受けないと死んでしまう人を雇ってくれた高校に感謝したい。しかし、いま学校は休校中なんですよね。なんとか早く学校が再開してくれないかと祈るような気持ちです。


つづく。
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2020年05月16日

修学旅行とか中止なんだろうな、かわいそうだなあ・・・

 今日は1日 雨でした。ここ最近ずっと晴れが続いていたのですが、週間天気予報によると、あさってあたりから何日も雨が続くようになるみたいですね。天気図を見たら、梅雨前線に似たような前戦が迫ってきていて、梅雨のシーズンのような天気図になっています。

 そうなると大好きな登山もできなくなるので憂鬱です。せっかく緊急事態宣言が終わったのに、雨で外出ができないなって、神様もイジワルをするなぁと思ったんですが、考えてみたら、ウィルスを鎮めるためには、この方がいいのかもしれませんね。 外出する人も少なくなるだろうし、湿度が上がると、ウィルスが不活性化するので、これはこれでよかったのかもしれません。

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 ところで、宿屋をやっている私は、持続化給付金の申請をしようと思ったんですが、書類を送るのが6月以降になってしまう。現在の申請件数の勢いからしたら、その頃には予算がなくなっているようです。そうなると新たな補正予算が組まれない限りもらえない可能性が出てきますね。そこで定期預金の解約に行ってきました。貯金はしておくものですね。

  ところで息子の小学校の分散登校が、ついに決定されました。1週間に1度の登校になりそうです。これで学校の勉強も少しずつ正常にやっていくみたいですね。 全国的にも、そのような動きになっているみたいです。ただし、夏休みが短縮されたり、週休二日制が廃止されたりするようです。

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 ということで、結局、例のウイルス騒ぎが、収束したとしても、宿屋にとっては難しい事態になりそうです。夏休みが半分に減らされたり、土曜日が登校になったりしたら、私どもの宿のようにファミリーを対象としてきた宿は、かなりの打撃を受けるでしょう 。 ユースホステルやゲストハウスも今後は厳しい時代を迎えると思います。すでに多くのユースホステルが、当分の間はドミトリーの予約の受付を止めているみたいです。このウイルス騒ぎが下火になったとしても、その影響は計り知れないでしょう。

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 今後は、宿屋も兼業をはじめないとダメなのかもしれませんね。北軽井沢にかぎらず全国的に観光で生きていくのは難しい時代がやってきたのかもしれません。かわいそうなのは、修学旅行に行けなくなった全国の子供たちかなあ・・・。小学校2年生の息子も遠足が無くなってガッカリしているようだし。

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つづく。

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2020年05月14日

息子の登山修行が・・・・残念な結果に

 今日の天気が良かったです。いつものように午前中は登山。午後からは息子の勉強を見たり、色々な雑用こなしていました。ところで学校が休校になってから何ヶ月も経ちますが、困ったことが少しばかりやります。算数とか国語の勉強については何の問題もないんですが、音楽・体育・図工の勉強をどうすればいいのか今一つ悩んでいます。

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 体育に関しては、登山をしたり、親子でサッカーをしたり、北軽井沢グランドでかけっこをしたりで、多少は何とかなるんですが、それにしても雨が降れば運動はできないし、体育館が使えないというのが致命的です。息子に水泳やバスケットを教えたいんですが、体育館もプールも使えないわけですから、どうにもなりません。というか、学校が再開したとしても、プールで水泳をする機会はあるんでしょうかね?

 例のウイルスが出てくる前だったら、こんなこと気にもなりませんでした。うちは宿屋なので、万が一息子が就職できなかったとしても、宿屋をやればいいと思っていたので、勉強も運動も中ぐらいにできてれば何の問題もないと考えていました。唯一熱心に教育したものは、登山と自然ガイドです。

 もし宿屋(ユースホステル)を継ぐとしたら、登山ガイドと自然ガイドの資格は絶対必要なので、これだけは真剣に教えてきました。うちの宿を継ぐためには、修学旅行の子供たちをガイドしたり、中学・高校の先生に自然ガイド講習をしたり、山岳会の団体をガイドする必要があるし、それが無かったら経営がなりたたないので、登山と自然の勉強だけは真面目に勉強させています。だから息子は、2歳で自力で破風岳、3歳で八ヶ岳・浅間山・四阿山、4歳で槍ヶ岳、5歳で北穂高に自力で登っています。

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 ところが、例のウイルスのせいで、宿業の未来が真っ暗になってしまった。今後、宿業では食べていけなくなる可能性がでてきた。となると、真面目に学校の勉強をさせる必要がある。で、国語・算数・生活・英語といった勉強は何とかなるんですが、音楽・体育・図工の勉強に困ってしまっている。特に体育の室内球技・音楽の楽器演奏に困っている。これらの能力に関する臨界期は、八歳なので、八歳になる前に、いくらかの素地をつけさせたいのですが、どうにもならない。

 また、友達同士で遊ばせたいのですが、これも事実上不可能になってしまいました。家族連れのお客さんが来たら、同じぐらいの年頃の子供さんとも一緒に遊ばしてたいのですが、これも難しい。7歳の子供が、例のウイルスによって、人間関係をブロックされてしまい、関係を築く練習ができないのは、将来にわたってどういう影響があるのでしょうかね?

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 ちょっと前に、
「これだからゆとりは・・・」
と、ゆとり世代が、他の世代の人達に小馬鹿にされたことがありましたが、
「これだから新型○○○世代は・・・」
などと言われないように対策をしておきたい。
 

つづく。

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2020年05月11日

令和時代の小学校教科書にびっくり!

 かって日本中の小学校に二宮金次郎の銅像があったと言われています。昭和三十六年生まれの私が卒業した佐渡島の小学校には、二宮金次郎の銅像はありませんでした。戦争中に軍に提供されたと聞いています。全国の二宮金次郎の銅像も、同じような運命をたどったのかもしれませんが、奇跡的に残った銅像もあったかもしれません。では、どうして戦前の日本中の小学校に二宮金次郎の銅像があったのでしょうか? それを解説したのは社会学者の小室直樹という人です。この人は戦前の国語の教科書が、アメリカの国語の教科書の直訳に近いものだったことを発見しました。

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 文部省の尋常小学国語読本は、アメリカの国語の教科書を翻訳したものが多くはいっていました。フェイマスストーリーズ(明治期に出版された米国著名人の逸話集)をはじめとして、「リンカーンの苦学」「フランクリンの節約」「ウェリントンと少年」などが、日本的に改変されて、というか日本訳の方が文学的な美文になっていて当時の小学生を感動させたといいます。このように明治の国語教育においては、アメリカをモデルにしていましたが、一つ困ったことがありました。

 ワシントンです。アメリカの国語教育においてワシントンは非常に重要だったんですが、これを翻訳して教育の中心に据えるのはちょっと憚れたわけです。そこでワシントンのような存在が日本にないだろうかと色々調べたわけですが、その時に二宮金次郎を思い出しました。明治政府は、働きながら勉強し成功して親孝行をする二宮金次郎を ワシントンの代わりにしたわけです。こうして日本中の小学校に二宮金次郎の銅像が建つことになったわけですが、まあそんなことはどうでもいいとして、これから本題に入ります。

 学校が休校になって、現在家庭学習になっているんですが、息子のやつは週一回、小学校に登校して、一週間分の宿題を持ち帰ります。教室に行くと担任の先生からの指令が書いてあって、一週間のあいだにやるべき家庭学習を指示されるわけです。

 で、親の私が、息子の家庭学習の面倒を見るわけですが、いざ、小学校二年生の教科書を開いてみますと、その内容の高度なことに驚かされます。明らかに私の子供の頃よりも、教科書が分厚くなってます。例えば算数。今の算数の教科書は、教科書というより参考書と問題集が一緒になったような作りになっています。カラー写真がたくさんありますし、図表もイラストも多いです。そもそも教科書がでかい。分厚い。だから参考書など必要がないと言っても過言ではありません。

 驚いたのは、教科書が問題集になっていて、回答を教科書に書き込むようになっています。なので先生から出た宿題には、教科書に回答を書き込むようにというのもあります。私が小学校の時は、教科書に何かを書き込むことは許されませんでした。教科書は綺麗に扱うべきものであって、書き込みが見つかったら怒られたものです。もちろん私も怒られた口で、人物のイラストが書いてあったら、ヒゲをつけたり眼鏡をかけたりしたものです。 だから、 教科書が問題集のようになっていて、授業中にそこに書き込むと言う発想が信じられません。 令和時代の小学校の教科書は、いわゆる使い捨て不要な存在になっています。私が子供の頃の先生は、教科書を神聖なもの として授業中使っていた気がします。

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 さらに驚いたことは、教科書とインターネットがつながっていることです 。教科書の中に、 QR コードがあって、教科書会社のインターネットとつながっていて、そこでさらに勉強できるシステムになっています。この傾向は 今後ますます大きくなっていくかもしれません。新型コロナウイルス のせいで、教科書とインターネットが融合する時代が来るかもしれません。チャレンジタッチのようなタブレットと教科書が一体化する時代が来るのも、そんな先の未来ではないかもしれません 。なぜならば新型コロナウイルスが問題になる前に、すでに教科書会社はインターネットを活用していたからです。

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 そういえばテレビ放送大学というものがありますが、放送小学校とか、放送中学校、放送高校があってもいい気がします。うちの息子は E テレの大ファンですが、小学校二年生なのに、高校生を対象とした教育番組を娯楽として好んで見ています。小学生が笑いながら高校の勉強番組を見ているわけですが、番組の作り方によっては、子供たちを勉強熱心にさせることも不可能ではないかもしれない。

 現にタブレットを使った教材が非常に効果を上げています。どんなに勉強嫌いの子供たちでも、チャレンジタッチのようなタブレット学習教材を与えると、夢中になって勉強しだすからです。世の中も変わったものです。今の子供たちは、楽しく勉強できる時代に生きています。苦しみながら勉強した時代は、昭和平成で終わりなのかもしれません。


つづく。

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2020年05月01日

自分なりに新型コロナウイルスの撲滅を考えてみた

 今日は暑かったですね。私は、午前中は登山。午後からは庭仕事(土方)をしていたんですが、汗がだらだらと流れて止まらなかったです。仕事終わりのビール(アルコールなし)がうまかった。
 こんなゴールデンウィークは初めてです。宿屋を始めて20年になりますが、毎年ゴールデンウィークになると、3時間睡眠の重労働が続きますが、 今年は新型コロナウイルスのために、お客さんはゼロ。 仕方がないので、庭の水はけを良くするために土壌改良を行なっています。と書くと何やらかっこよさそうですが、土方作業です。土を掘り返して、砂利を埋め、水はけを良くする。 これの繰り返し。

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  そんなことはどうでもいいとして、自分なりに、新型コロナウイルスの撲滅を考えてみました。

 理論的に考えてみたら、日本国民が14日間、大人しくしていたら新規感染者はゼロになるはずなんですよね?  しかし、憲法上の制約があって、強権を振るうことができない。だからパチンコ屋が 営業していたりする。そのせいで感染が増えてしまう。要するにこういうことですよね?

  パチンコ屋が悪いと言えばそれまでですが、何の保障もなしに営業自粛をしろと言ったって、 おいそれと自粛できるわけでありません。罰則規定もないわけですから、逆らった者勝ちで、営業したほうが勝ち組になってしまう。そしてずるずると、緊急事態宣言が延長されてしまうわけですよね。延長されればされるほど、日本経済が終わってしまう。観光施設・宿泊施設・飲食業・交通業が全滅してしまう。

 だったら 、14日で 終わらせるシステムを作ればいい。自粛した企業に100%の営業補償した上で自粛してもらえばいい。もちろん自粛を守らなかった人たちには、営業保証はしない。そのうえで新型コロナウイルスが絶滅したら、十年間増税する。ただし、自粛に協力してくれた人たちには、増税を全額免除。協力しなかった人たちには10年間の増税が待っている。

 お金も毎月10万円ずつ払えばいいじゃないですか。その代わり、全国に検問を作って用事もないのに旅行してる人たちを見つけたら、10万円の支払いを停止したうえで、後日、増税か何かで苦しんでもらう。こういう制度を作ったら、どんな人でも、企業でも、ちゃんと協力してくれるんじゃないですかね?

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 話は変わりますが、 福岡県医師会が「アビガン」の投与を現場の医師の判断で決められるようにするらしく、「国の許可が得られれば『福岡県方式』の5月中のスタートを目指したい」としているらしいですね。
https://www.nishinippon.co.jp/item/n/605041/
 
 投与対象は、感染初期の軽症者が中心。重症化を阻止するため、スピーディーに投与を行うようです。これは、かなりの朗報ですよね? 中国の報告では「発症6日までにアビガンを開始すれば、死亡率は激減する」らしいので、ウイルス量がピークを過ぎるころから治療を始めても大きな効果は期待できない。だから『福岡県方式』なんですよね。早く『福岡県方式』の結果を早く知りたいです。

 軽症者にアビガンという方程式が有効だとわかれば、新型コロナウイルスも恐いものではなくなりますからね。妊婦には投与できませんけれど、重症化しやすいのは老人なのだから、老人に対して「早めのアビガン」で、なんとかなるなら希望がもてるかもしれない。



つづく。

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2020年01月13日

小正月(女正月)に思うこと

おくればせながら・・・明けましておめでとうございます。

 今年は、年末年始のカレンダーがよかったせいか、九日連続の満室を含めクリスマスから今日までの半月間、休みなしでした。やっと今日から休めます。宿屋は、今日からが正月です。嫁さんも息子を連れて、今日のお昼頃から里帰りしています。というわけで、がらーんとした広い館内で一人っきりではねを伸ばしています。

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 本当ならおせちの残りで、日本酒の一杯でも飲みたいところなんですが、冷蔵庫は空っぽ。仕方が無いのでコンビニに行ったんですが、やはり正月の品揃えはなかったですね。世間は、正月なんかとっくに終わっているのでしょうね。しかし、宿屋の正月は、今頃なんです。

 で、思い出したのが、小正月っていまじぶんだったよなあ・・・ということです。昔は小正月のことを女正月ともいって、忙しく働いた主婦をねぎらう休日だったんですよね。いわば、宿屋の正月なわけです。それに気がついたとたん、宿を三日間休館することにしました。

 というわけで、今日から三日間、当宿は休館します。そろそろ体を休めないとぶっ倒れてしまう。

 話は変わりますが、息子が通っている嬬恋村の小学校には、冬休みの他に小正月休みがあります。1月11日から15日まで五連休なのです。観光地で、農家の多い土地のせいか、冬休みが明けてすぐに小正月休みがある。これって珍しいのではないでしょうか? 逆に言うと、宿屋としては、この時期に働いて儲けることを考えなくもないんですが、やっぱり宿は休館します。ごめんなさい。そろそろ休まないと体が持たない。そのための小正月なんだろうな・・・・。

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つづく。

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posted by マネージャー at 23:54| Comment(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする