2015年04月06日

災い転じて福となす

 事実は小説より奇なりと言うけれど、まさにその通りである。この仕事をしていると、お客さんや、観光関係の仲間たちの壮絶な人生に胸を痛めることが多い。残念ながら私には、密かに応援することぐらいしかできないが、ポジティブで前向きな人であれば、どんな困難があっても、必ず乗り越えられるのではないかと思っている。

 それはともかく今日は、用事があったので、軽井沢から妙義山方面に向かって車を走らした。妙義山の麓は桜が満開だった。思わずキュンとなってしまった。人はなぜ満開の桜を見ると心がキュンとなってしまうのだろう? 桜の木の塊を見ると、たいてい小学校か中学校がある。学校があるところには、桜の木が多いのだ。江戸時代から明治時代初期にかけての昔は、出版物は桜の版木で行っている。そのために学校のそばには多くの桜の木を植林したという。印刷によく使われるる桜の木を売って学校の機材を調達したと言う話を、地元の郷土史家に聞いたことがある。資金調達のために植えられた桜なのかもしれないが、その桜のために、入学式で多くの桜の花を見かけるようになってしまった。昔は今よりも寒かったために、桜が咲くのは今よりずっと遅かった。入学式シーズンに桜が咲いていたとのことである。そう言われてみれば、私が子供の頃、桜の咲くのはもっと遅かったような気がする。

 ちなみにうちの嫁さんは、群馬県は館林の生まれなのだが、その館林の教育史を調べたことがある。すると面白いことがわかった。明治時代の群馬県は、全国的に見ても裕福な農家が多かったらしい。そのために多くの東北の子供たちが、口べらしのために出稼ぎにやってきた。年齢は10歳から12歳位の子供たちだったらしい。多くは子守として雇われていた。子守をする代わりに、食事を与えられるのである。給料は、食事だけだったらしい。まるで朝ドラの「おしん」みたいな話だが、実はそれほど酷い状況でもなかったらしい。子守は、農業よりも仕事的には楽だったのだ。東北に残された子供たちの方が、不運だったらしい。というのは、 20歳を越える前に腰が曲がって、冬には温泉治療をしなければ、腰が治らないくらいだったらしい。

 ところで、群馬県に出稼ぎにやってきた東北の子供たちを、群馬県の人たちは「奥州っ子」と言ったらしい。 10歳位の彼らは、学校の外で子守をしていたらしい。学校の中に入らずに学校の外で子守をしていたのだ。すると、小学校の先生たちは、わざわざ窓側のほうの黒板を使って授業していたらしい。つまり外で子守をしている「奥州っ子」たちに、見えるように授業したとのことである。すると「奥州っ子」たちは、棒を使って地面に一生懸命文字を書いて練習したりしたらしい。時期的に言うと明治時代末期の頃の状況である。というのも、そのような記録が偶然にも残っていたのだ。それらの記録を読むと、朝ドラの「おしん」に対する印象がまったく違ってくるから面白い。朝ドラの「おしん」というのは、まさに群馬県における「奥州っ子」たちにそっくりであるが、その「奥州っ子」たちにも、なんだかんだと周りの大人達は暖かい心遣いをしているのが面白い。

 ちなみに群馬県の農家が、東北の農家よりも裕福だった理由の1つに養蚕が盛んだったことも挙げられるだろう。明治時代は日本の絹糸が世界を席巻した時代であった。その原因ははっきりしている。絹糸の大生産地であった中国が太平天国の乱などの長い戦乱のために、壊滅的な状態になっていたのである。そのために日本の絹糸は世界中に売れまくったのだ。ある意味日本は運がよかったとも言えるかもしれない。

 もう一つ運が良いといえば、天明3年の浅間山の大噴火も、結果として群馬県に幸運をもたらしたらしい。あの大噴火によって、群馬県の農家は大災害を受け、桑畑くらいでしか生き延びることが難しくなったということを地元の郷土史家に聞いている。それが結果として明治維新後、群馬県の農家を豊かにしたとの事だった。まさに災い転じて福となすを言葉通りに実行したことになる。世の中、何が幸いするかわからないものだ。


つづく。

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2015年04月05日

一病息災

 先日、昔ヘルパーをやっていた知り合いに結婚したという報告を受けた。こう言ってはなんだが嬉しかった。こういう話は、何回聞いてもワクワクする。よかったなあと思う。と同時に、心の底でほっとした。その人は、実はお医者さんになったばかりなのだが、新人の医者というのは、ものすごく忙しく、勉強することも多いと聞いている。だから、うかうかしていると、すぐに歳をとってしまうから、気がついたら孤独でいるということも多いと聞いていたから心から良かったと思った。もちろん勉強も頑張ってほしいし、腕を磨いてもらいたいと思うけれど、自分の人生も大切にしてもらいたいとも思っている。

 と書くと、何やら奇麗事のようなことを言っているように思えるかもしれないけれど、わたしは宿屋である。他人様より少しばかり、人々の人生を見ることの多い職場なのだ。他の人たちよりも、人様の幸せというものに、敏感になってしまうところがあるのである。

 ここから話を変える。健康についてである。宿屋をやっていると、闘病している人たちとも、お話をする機会が多い。その度に、なんとかならないのかなぁ?と神様に祈ることも多いのである。今年は、事務所の前に小さな小さな神棚を作った。そして、そこに碓氷峠の熊野神社のお札を置いてある。別に信心深い訳ではないが、どちらかというと宗教には無関心であり、無宗教に近い人間ではあるのだが、胸が痛くなるようなお話を聞くと、自然と何かに祈らざる得ないことがあるのだ。だから今年は神棚を作ったのである。

 まぁ、そんな事はどうでもいい。闘病してる人たちと出会うたびに、自分には何もできないことにイラついてくる。そのための神棚なのだが、それはともかくとして、世の中のお医者さんたちに、頑張って勉強してくれよと、自分なりにエールを送っている。実は、神様に祈っているのではなくて、研究室や現場で頑張っているお医者さんに祈っているのかもしれない。どうひっくり返しても、自分にはこれしかできないのだ。

 医学の進歩は、お医者さんや科学者たちに任せるとして、私達に出来る事がある。少しでも病気にかからないように、健康を保つことなのだ。それは長生きすれば、癌になる確率が高くなるだろうけれど、いまは医学の進歩が早いので、少しでも歳月が経てば、治らないものも治るようになるかもしれない。

 うちの近所に、寿命があと数年であることを宣告された友人がいるが、その友人は数年どころか20年生きている。そしてぴんぴんしている。とても死にそうな感じでは無い。しかし、 2日にいっぺんは透析をしないと生きていけない体ではある。にもかかわらずすごい健康体に見える。いまは300名山を目指して頑張っているところだ。彼が病気を宣告された時は、数年後に死んでくらいの医学水準だったのに、彼が健康を維持している間にいつの間にか医学が進歩したのだろうと思う。これも彼が、健康に対して真剣に向き合ったからなのかもしれない。

 それにしても、健康というのは空気と水に似ている。空気も水もそれがなければ人間は生きていけないのだが、誰もが空気や水をありがたいと思わない。当たり前すぎて、ありがたみがわからないのだ。健康もそれに似ている。だから健康そのものの人の方が、大きな病気にかかりやすいと聞く。無病息災よりも、一病息災とはよく言ったものだ。 1つくらい病気を持ってた方が、健康に気遣うので長生きするということだが、それはよくわかる。フーテンの寅さんの渥美清も、若い頃に肺結核をやったために、健康に気遣うようになり、長生きをした事は有名であった。もし若い頃に灯を消しなければ、さすがの彼も無理な暴飲暴食で寿命縮めていたかもしれない。


つづく。

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2015年03月24日

佐渡島 金井温泉金北の里について

 まず最初にお礼を申しあげたい。嬬恋村において、これ以上太陽光発電が増える事はなさそうな状況だ。首の皮1枚で、嬬恋村の自然は守られようとしています。 これもひとえに皆様のご助言と、ご支援のおかげです。本当にありがとうございました。

 少しばかりの固定資産税を目当てに、これ以上の嬬恋村の自然が破壊されることがあってはならない。それは役場の人たちも、議員さんたちも、村長も充分分かっていることだろうと思います。ただ、今はどの自治体でも赤字予算でアップアップしている状況ですから、そういうおいしい話があれば、飛びつきたいのはわかります。しかし、ここはひとつ冷静になって考えていただきたい。いちど壊された自然や景観は、二度と元に戻らないのである。貴重な自然遺産を、大切に大切に守っていただきたい。

 前置きはこのくらいにして、今日は温泉について語りたい。
 新潟県は佐渡島に金井温泉金北の里というものがある。
 知る人ぞ知る名泉である。

http://care-net.biz/15/sado-shakyo/onsen03.php

 場所は佐渡島のど真ん中にある。島を観光するには非常に便利な場所である。宿泊することもできる。値段は2,000円からと格安で、設備はすこぶる良い。交通の便も良く民宿やホテルや旅館の半分ぐらいの値段で泊まれると言う驚異的な宿泊施設である。だから、そこを知っている人は、何度もリピートする。

 リピートする理由は、リーズナブルなことも理由の1つなのだが、それだけでは無い。温泉の泉質が良いのだ。佐渡島唯一の強塩泉。塩分が強くて殺菌作用もあり、湯冷めもしにくく、温泉の比重が高いために疲労回復にも良いときている。いちどでも温泉につかったことがある人ならわかると思うが、疲れの取れ具合がまるで違う。

 私はその昔、何度か大佐渡山脈を縦走したことがあるが、下山したら真っ先に、この温泉につかりにいったものである。今はどうか知らないが、昔は大佐渡山脈に、登山道などはなかった。せいぜい相川からドンテン山くらいまでしか道がなかったので、ドンテン山から北の果て鷲崎灯台までは、薮漕ぎをしながら縦走した。非常に体力を消耗し、体中ヘトヘトになったものだが、その疲れを癒してくれる温泉は、いつも金井温泉金北の里だった。

 温泉に入ると、大きなガラス窓から大佐渡山脈が見える。夕日を浴びた大佐渡山脈は、それはもう美しい。絶景の一言である。佐渡で1番美しい大佐渡山脈が見られるのは、この金井温泉金北の里だけかもしれない。春の大佐渡山脈も美しいが、紅葉の時期の大佐渡山脈は、さらに美しい。夕焼けに染まるその山姿を温泉につかりながら眺める。こんな贅沢が、他にあるのだろうか? 全国、どこを探しても、これほど素晴らしいロケーションを眺められる温泉は、そんなに多くは無い。このことを佐渡島民は知っているのだろうか?

 実は、佐渡島は、日本中の登山家にとって、非常に注目されているところである。天然杉のことももちろんだが、高山植物の豊富さや、すばらしい景観は、登山愛好家たちに急速に口コミで広がりつつある。私は、彼らが佐渡島の山が、知床や屋久島にも匹敵するほどの素晴らしいところでは無いだろうか?と囁いているのを何度も耳にした。そして、それを耳にするたびに、大佐渡山脈を下山したら、金井温泉金北の里に行きなさいとアドバイスしていた。

 私のアドバイスを聞いた登山家たちは、金井温泉金北の里の温泉につかって疲れを癒し、素晴らしい大佐渡山脈にうっとりしたという。そういう報告を何度もいただいた。やはりあの温泉を紹介して良かったと心から思った。しかし、その温泉が、閉鎖の危機にあるということを聞いた。

 冗談では無い。
 あの温泉だけは、閉鎖してはいけない。
 あの美しい大佐渡山脈を見ながら入れる温泉他には無いのだから。
 全国の登山家の皆さんのためにも、ぜひ存続をお願いしたい。

 もし宿泊客が少なくて困っているのなら日本ユースホステル協会と契約してユースホステルの仲間になっていもらいたい。そうなれば正々堂々と私どもの宿から御客様に推薦できるので検討してみてはいかがだろうか?

金井温泉保養センター 金北の里
新潟県佐渡市中興乙2822-1
営業10:00〜22:00
祝日営業、翌日休み
料金大人:大人:500円 子供:子供:250円
0259-63-6511

宿泊料金
宿泊人数 (1人あたり)
1名様   3,000円
2名様   2,500円
3名様   2,200円
4名様   2,000円
(入浴料は別途、小人半額)

※チェックイン /午後4時
※チェックアウト/午前10時
※小人(小学生)は半額
※自炊室使用可能


つづく。

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2015年03月04日

なぜか川島和子のスキャットを聴きたくなった

 歳をとると数字が分からなくなる。具体的に言うと、今日が何日なのかがわからない。自分が何歳なのかもわからない。もちろん時計やケータイを見れば今日が何日か分かるし、計算すれば自分が何歳ともわかる。しかし、そんなめんどくさい事に興味がなくなってしまうのだ。現に今年が、平成何年なのか、ついさっきまで知りもしなかった。いや厳密に言うと、ぼんやりとは知っていたのだろうけれど、あまり気にならなかったのだろう。しかし、もうすぐ税務署に申告するにあたって、今年が平成何年なのかが、目の前にどーんと見えてきた。なんと今年は平成27年なのだ。元号が昭和から平成になって27年も経ってしまったのだ。

 驚いてしまった。
 27年である。

 27年といえば、戦争が終わってから27年経った昭和47年に、うちの嫁さんが生まれている。つまりうちの嫁さんが生まれた27年前、日本は焼け野原だった。広島と長崎には原爆も落ちているのである。その27年後にうちの嫁さんが生まれている。そのぐらいの期間が、昭和から平成になって過ぎているのだ。

 そう思うと無性に川島和子のスキャットを聴きたくなってしまった。川島和子といっても、かなりのアニメオタクでもない限りその名を知る人は居ないだろう。しかし、この人の声は人間国宝にしても良いと思っている。由紀さおりと川島和子のスキャットは、日本が世界に誇れる芸術作品だと思ってる。騙されたと思って、ちょっと聞いて欲しい。今は誰でも簡単にYouTubeで聞けるので聴いてみてほしい。



 YouTubeをご覧になった方ならば、ご存知かと思うが、宇宙戦艦ヤマトのop曲である。この作品は昭和49年にできた作品で、私はリアルタイムで見ていた。そして衝撃を受けた。 YouTubeの画像を見てもわかる通り、まず地球が焦土となっていた。海の水は蒸発して、放射能に汚染されて、あと1年で人類が滅亡するというそういう設定のアニメだった。こういうアニメは当時なかったのだ。だから衝撃を受けた。この衝撃は、現代人にはちょっと分かりづらいかもしれない。なにしろ戦争が終わってから29年しか経ってなかったのだ。たった29年前に、日本中が焼け野原になった。そういう時代背景があったのだ。29年が長いと感じられる人がいるかもしれないが、今年が平成27年であることを考えてみてほしい。 29年は決して長くないのだ。

 ちなみに私は戦争が終わって16年後に生まれている。

私が小学校の時に、よく行くおもちゃ屋さんがあった。そこで皆と駄菓子を食べて遊んだものだったのだが、そのおもちゃ屋さんのご主人が、空母瑞鶴の乗員だったのだ。だからそこで軍艦のプラモデルを買うと、そこの親父さんが昔の海軍の話をよくしてくれた。それがまた面白くて、それが聞きたくて、安いプラモデルをよく買ったものである。

 中学校の時の社会の○田先生は、特攻隊の生き残りだった。この先生からは、戦争の事は何一つ聞き出せなかったが、いつもバカっぽい話ばかりするこの先生が大好きだった。そういう人たちが周りにゴロゴロといる環境の中で、宇宙戦艦ヤマトは放映されたのである。

 オープニングの川島和子のスキャットと廃墟になってしまった地球を見た瞬間、これは太平洋戦争のパロディーだとすぐわかった。あれは終戦間際の日本の姿だった。そう思わざるを得なかった。そしてアニメのほうも本編が進むにつれて、太平洋戦争の逆パロディが次々と再現されていった。戦史を知っていたら誰でも簡単にわかるようにできていた。ただ残念なことに、あまりの低視聴率のために、半分で打ち切られてしまった。宇宙戦艦ヤマトの人気が出るのは、それから数年後の再放送の時からである。昭和49年の時点では、裏番組のアルプスの少女ハイジに完全に負けていた。宇宙戦艦ヤマトを見ていたのはほんの少数だったと思う。を

 しかしである。じわりじわりと後で人気が出てきたのだ。特にレコードが売れた。もちろん川島和子のスキャットも話題となった。この曲を作った宮川さんは、白鳥の湖のop曲のようなイメージでのスキャットを入れたらしい。そう言われてみれば、なんとなく似ているが、白鳥の湖よりも、もっともっと悲劇的な感じがするのは、そこに、いちど焼け野原になった日本を見ているものの凄みを感じるのだ。



 宮川さんは、このヤマトで名をなしたといってもいいかもしれない。それ以前の曲と全く違うからだ。それ以前は流行歌やクレージーキャッツのあっと驚くタメ五郎あたりを作曲していたのである。あまりの違いに驚き呆れるしかないのだが、私は宮川さんのライフワークはヤマトだと思っている。

ちなみにヤマトの主題歌を歌ってる佐々木さんのお母さんを私は個人的に知っている。何度も一緒に食事をしている。彼女は日本で数少ない女性起業家として有名な方であるのだが、なぜかテレビには出てこないので、いちど本人に聞いてみたことがあるのだが、息子と私は別ですと言っていた。息子関連で、マスコミには出たくない人だったらしい。今生きていれば、かなりのおとしのはずだが、どうしているものやら。私は最後にお会いしたのは、今から20年前だったが、その頃せっせとシナリオ書いていたけれど、今も書いておられるのだろうか?

話が飛んだので、もう一度話を戻す。

中学生の頃、私は、小遣いを叩いて宮川さんの宇宙戦艦ヤマト交響曲のテープを買った。そして川島和子のスキャットを何度も繰り返して聴いたものだ。しかし残念ながら、まだアニメブームはやってきてなかった。それが訪れるのはその数年後のことである。ちょうど私が高校生になった頃だった。

やっと宇宙戦艦ヤマトブームが起きた時、さぁこれから宇宙戦艦ヤマトの話ができるなぁと思っていたら、新しいファンたちと会話が合わなくて困ってしまった。新しいファンたちは、戦史を全く知らないのだ。いわゆる純粋なアニメファンだったと思う。声優人気もその頃から始まったと思う。だから全く土台が違っていた。なので、私は宇宙戦艦ヤマトは、第1期しか見てない。続編以降は、全く見てなかったりする。続編以降は、あれはまったく別の物語なのだ。あれを宇宙戦艦ヤマトだとは私は思っていない。



つづく。

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2015年03月01日

おでんとカツ丼

 新潟から東京に上京した頃、何に一番衝撃を受けたかと言うと、屋台で食べたおでんのちくわぶである。新潟にはちくわぶなるものはない。そもそも、全国どこにもちくわぶなるものはない。いやなかったと言うべきか。最近は、スーパーなどで真空パックが得られるようになっているので、軽井沢でもちくわぶは見られるようになった。しかし、今から三十年前は、東京にしかなかったように思う。ちくわぶだけでは無い。大きなタコの足が串刺しになって屋台で売っていたのも驚いた。何から何まで違っていたのに驚いた。

 しかし何年か東京に住んでいると、東京のおでんが当たり前になってくる。その上で大阪に行ったら、大阪のおでんが全く違う味なので衝撃を受けた。串に刺して煮込んである牛すじを見た衝撃を私は忘れられない。というか、大阪のおでんと東京のおでんは全く違う存在である。同じジャンルとはとても思えない。そうそう、静岡おでんにも触れておかなければいけない。あれも全く違うジャンルである。 三つとも同じおでんと言うカテゴリーに入れていいか迷うところだ。

 ところで、昔、根岸の公園の辺りに、とても美味しいおでんの屋台があった。ものすごく味が染み込んでいるのである。あまりに美味しいので、親父さんにどうやって作るのか聞いてみた。当時二十歳ぐらいの若造だった私に、親父さんは、親切に教えてくれた。どうせ田舎者に真似ができるとは思っていなかったようだ。実際、羽根のできるレシピではなかった。なにしろ二十四時間近くかけて煮込むのであるから真似のしようがない。しかも沸騰させてはいけないというのだからなおさらである。

 まあそんな事はどうでもいいとして、その屋台にはちくわぶがなかった。東京のおでん屋のくせに、ちくわぶがなかったのだ。不思議に思って聞いてみると、その屋台のおやじさんは北関東の人だった。北関東ではちくわぶを食べないらしい。今日嫁さんにそれを確認してみたら、やはり群馬県ではちくわぶは食べなかったらしい。どうやらあれは、関東でも食べる地域は限定されているようだ。

 そういえば、東京に上京してもう一つ驚いたことがある。カツ丼である。東京のカツ丼は、カツ丼のくせに卵でとじてあるのだ。新潟ではそうでは無い。いや、厳密に言うと最近も新潟では、とんかつを卵でとじてあるのが増えてきているが、昔はそうではなかった。ご飯にとんかつが残っていたのである。といっても、ソースカツ丼では無い。キャベツの千切りも乗ってない。とんかつには、天つゆが染み込んでいる。

 あと椎名誠が、佐渡島にやってきたとき、カツ丼を注文すると、卵でとじてなかったのに怒り狂ったのは有名である。だから私は、椎名誠をあまり尊敬する気にはなれないのだが、実はうちの嫁さんは椎名誠のファンである。いつだったか椎名誠の講演会が近所で会った時、そそくさと出かけていって、ファンレターか何かを渡したらしい。椎名誠のほうも、大したもので、嫁さんのほうにお返事が返ってきた。もちろん印刷されたものであるが、はがきの隅っこに、椎名誠のサインらしきものが肉質で書いてあったらしい。さすがは、大ベストセラー作家だけの事はある。女性ファンが多いだけのことはある。

 そんな事はどうでもいいのだが、要するに、その昔は、カツ丼といえば必ずとんかつを卵でとじると言うものしか認められなかったのだ。このカツ丼は卵でとじてないと椎名誠が怒り狂うと、全国の女性ファンたちが一斉にそうだそうだとうなずいた時代があったのだ。全国の女性ファンが椎名誠に右へならえをした時代があったのだ。その都度佐渡島のカツ丼は肩身の狭い思いをしたものだ。しかしそんなことはお構いなく、私は佐渡汽船に乗るたびに船の中の食堂で、卵でとじてない、あのカツ丼を注文した。そして椎名誠のファンの視線から隠れるようにカツ丼をかっ食らったものだ。

 ところが、最近はちょっと様子が違ってきている。秘密のケンミンshowというテレビ番組が視聴率をとっていることからわかるように、卵でとじてないカツ丼といった、非常にローカルな食事がテレビで紹介されて、視聴者に大うけされる時代になってしまった。椎名誠とその親衛隊軍団が、一斉に佐渡島の活動を攻撃していた時代とはえらい違いである。今は文明よりも文化の時代なのだ。グローバルよりもローカルを楽しむ時代なのだ。

 昔は、たった一人のアイドルに何百万というファンが集中したものだが、今はそうでは無い。グローバルなアイドルの時代では無い。地方のローカルのアイドルに人々の目線は移り変わっている。ありきたりのカツ丼よりも、ちょっと変わったカツ丼の方が人々の注目になる時代になってきている。やっと多様性を認め合う時代になってきているのかもしれない。 


つづく。

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2015年02月10日

2014年を振り返って

 冬は、お金にならないことで最も忙しい時期である。確定申告があるからだ。この1カ月間、帳簿やデーターベースの整理で本当に忙しい。おまけに雪かきである。今年はが多いために何度も雪かきをする羽目になってしまった。

 それはともかく今年はお客様が多かった。そのために売り上げも例年よりは多かったのだが、去年の大雪の災害で物置小屋が2つつぶれてしまったこともあって修繕費も多かった。また、お客さんが多かったのに気をよくして、分不相応な設備投資をしてしまった。そのために赤字になってしまいそうな気配がある。

 まぁそんな事はどうでもいいのだが、今年1年のデータを調べてみたら、売り上げの大半が新規のお客様であったことに驚いている。

 うちの宿は、北軽井沢という場所柄もあって、連泊するお客さんも多く、その上に年に何度も来られるリピーターさんも多い。なので、ユースホステルの会員率が異常に高い宿である。非会員の御客様がほとんどないと言う非常に珍しいユースホステルであった。ところがである。今年は新規のお客様が大量にお泊まりになるようになったので、ユースホステルの会員の比率が激減した。今まで9割近くが会員であったのに、それが6割ぐらいまでに減ってしまった。

 もちろんそれでも、他のユースホステルに比べれば圧倒的に会員のお客様が多いのであるが、そのお客様は何連泊もするリピーターさんであったりするので、延べ人数は多くても、実数は少ないのである。延べ人数で6割であっても、実数では3割から4割ぐらいでは無いだろうか?

 とはいうものの、新規のお客様が増えるということは、宿主としては大変うれしいことである。自分としては、何か特別なことをした訳では無いのだが、どういうわけか新しいお客様が増えてしまった。その上、この新規のお客様もすでにリピーターになりつつある。何度も何度も泊まりに来てくれているのだ。いったいどういうことなのだろう? と不思議に思っていたら、ある新規のお客様が、あることで非常に喜んで帰っていってくれたので原因が分かってしまった。

 そのお客さんは、小さなお子さんを連れていたのだが、そのお子さんが、リピーターのお客さんのお子さんと仲良くなって、宿の庭先で雪遊びをしたり、一緒にゲームをしたりしていたのだ。またお母さんやお子さんが、お茶会にも出てきて、リピーターさんの差し入れを食べて楽しんでくれていたららしい。何の事は無い。新規のお客さんが増えた原因は、リピーターさんたちの心遣いだったりしたわけだ。

 そういえば思い当たることがあった。じゃらん・楽天などの口コミサイトで五つ星などの高い評価をくれるお客様のほとんどは、お茶会に出てきて、リピーターさんたちと楽しい会話をしているお客様ばかりなのである。また、星空温泉ツアーに参加して、私の星空案内を楽しんでくれた人たちに高い評価をしてもらっている。

 逆に、部屋に閉じこもって出てこないお客様からは高い評価は得られてないのだ。また、食事を摂ってないお客様にも、あまり高い評価を得られてない。というか、リピートしてくれない。お茶会や、ツアーに参加しなくとも、食事をとってくれたお客様は、またリピートしてくれる。しかし素泊まりのお客様は、あまりリピートしてくれないのだ。

 この結果を考えてみると、うちの宿の最大の弱点は、お茶会や星空案内や温泉ツアーなどに参加してないお客様に、そして食事をとってくれないお客様に、いかに満足してもらえるかという点である。ここをなんとか改善していかなければならないと思った。

 食事にも、お茶会にも、ツアーにも興味がなく、
 ただ泊まるだけを目的としたお客様に
 満足していただけるためには、何が必要なのだろうか?

 実はそういうお客様も多いのである。ただ睡眠するために来るだけのお客様も確かにいるからだ。部屋に閉じこもって勉強しているお客様もいる。読書するために泊まりに来るお客様もいる。これはすごいなぁと思ったのは、森の中でヨガをしに来たお客様もいた。そういうお客様は、特別な食事しか食べないし、水さえ自分で持ってくる。そして、なるべく他の人を避けるように部屋に閉じこもっている。

 北軽井沢という土地柄は、そういうお客様を寄せつける何かがあるのである。うちはそういうお客様に喜んでもらえる何かが足りないのかもしれない。今年は、そういうお客様に対してもっと真面目に取り組んでみようかなと思っている。

つづく。

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2015年02月03日

薬代

 ウインターフェスティバルも、無事、盛況のまま終わったようだ。・・・ようだと書いたのは、体調を壊して片付けのボランティアに出られなかったので、イベントの実態を皆さんら聞くことが出来なかったからだ。

 体調を崩したといっても、たいしたことではない。酷いめまいで起きれなかっただけである。念のために病院にいってみたら脳神経科−内科−耳鼻科と回されてしまい、検査ずくめにされてしまい、結局、なんでもないということになってしまった。もちろん1週間分の薬ももらったが、先生曰く
「たいして効く薬では無い」
とのこと。

「では、安静にしているべきでしょうか?」
「逆です。むしろ動いた方が良い。動くことによって血流が良くなり、身体がバランスをとるようになり、めまいも治癒することがおおい」
「へえー、そんなものですか?」

 結局、大事をとって一日寝ていたのがよくなかったらしい。で、今日は雪かきで汗を流したわけだが、するとケロリとめまいが直ってしまった。

 それはともかくとして、ここから本題にはいる。治療費のことである。いろいろ検査をしたために、保険証があっても治療費が高額だった。その逆に薬代がべらぼうに安かった。3種類の薬、一週間分が600円なのだ。そのうちの1種類は、薬屋でよくみかけるトラベルミンである。これが14錠で200円くらいなのだ。ふつうの薬局で買ったら、この値段では買えない。

 薬代が、これほど安くなったのは、院外薬局の普及のせいだろうか?

 群馬県では、一般的に院外薬局で処方してもらうのが普通で、そのために誰もが「お薬手帳」というものを持っている。これを薬局に提出すると、過去に現在に、どんな薬を使っているかが分かって、場合によっては医師の処方と別の薬をでしてくれる。医師より薬剤師の方が強いのだ。おまけに、お薬手帳には、ジェネリックの希望の有無のシールが貼られており、患者が希望すれば、医師の処方とはちがう安い薬に換えてもらえるのだ。

 もちろん健康保険によって患者の負担が減らされているというのもある。だから薬屋で薬を買うよりも、病院で処方してもらった方が、圧倒的に安いのだ。また、最近の病院では、総合診療科という科があるために、一人の医師に複数の薬を処方してもらえるために、安い医療費で、格安に他種類の薬を手に入れることもできる。湿布薬などは、自分で薬屋にいくよりも、病院で処方してもらったほうが、初診料を考えても、その方が安いのだ。
 
 しかしである。そのために自治体の負担は大きくなりすぎてはないだろうか? と思って、某公務員に聞いてみたら
「そうです」
と返ってきた。そして、こうも言ってきた。

「だからジェネリック希望にしてもらえるとありがたいです」

つづく。

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2014年12月23日

言霊

 今日は、天皇誕生日である。息子とささやかなお祝いをした。なぜならば、息子の名前は大昔の皇室、ヤマトタケルから取っているからである。ヤマトタケルは、浦賀水道で妻をなくしました。そのために、関東から去る時に、吾妻やと、 3回叫んで別れを惜しんだと言います。その謂れから、この地方を吾妻郡と言われています。そして妻に恋する村と書いて、嬬恋村という村が生まれました。うちの息子は、その伝説から名前をいただいております。決して、どこかの俳優の名前からもらったわけではありません。

 そんな事はどうでもいいとして、そもそもタケルという名前は、日本最古の名前です。最古でありながら、古くもなく新しくもなくいく世代にわたって滅びなかった名前でもあります。音読みではなく訓読みの名前です。もちろん訓読みですから、ヤマト言葉です。実は、戦後にやまと言葉だけで、作詞された歌謡曲が大量生産されました。 1つはフォークソングです。もう一つは演歌です。両者はまったく似て非なるものですが、歌詞のほとんどが大和言葉という共通点があります。だから、非常に日本人の心にしみいる曲が大量生産されました。

 では戦前はどうだったのかというと、意外に大和言葉は使われてないのですね。唱歌にしても軍歌にしても校歌にしても音読みの漢語を使っているのですね。戦後に横文字を使って歌謡曲を大量失生産したケースと非常によく似ている。で、そういう曲を今振り返ってみると、今ひとつ親しみがもてない。その時代ならいいのだろうけれど、時代が過ぎ去ってしまうと、ちょっと堅苦しかったり、感情移入がしにくくなったりしています。

 そんな中で、今でも日本人の心にしみる曲というものがあります。童謡です。不思議なことに童謡は、大和言葉だけで書かれており、しかも大正時代に作られたものが今でもほとんど歌われています。有名な童謡の大半が、大正時代から昭和初期にかけて作られたものばかりであることに驚かされます。

 そこで思い出すのが、小学校の時の音楽の授業です。小学校6年生の時に滝廉太郎について学びました。そして代表作の箱根八里、花、荒城の月の3曲をレコードで聞かされ、どれが1番好きなのかアンケートを取らされたのです。その時、私は箱根8里を選びました。しかし、それは少数派で、当時の小学校6年生の大半は、花を選んでいます。

 実は、箱根8里も、荒城の月も、唱歌なんですね。にもかかわらず、これを選ぶ子供たちはいなかったわけです。それに対して、花は、組歌『四季』の1部なんです。普通なら子供たちは、唱歌を選びそうなものですが、そうではなくて組歌『四季』 の花を選んだわけです。で、花の歌詞を改めて調べてみたら、やはりやまと言葉ばかりでした。逆に箱根八里も、荒城の月も漢語ばかりなんです。しかし、花の方は、大和言葉ばかり。ちょっと歌詞を紹介してみましょう。

 春のうららの 隅田川
 のぼりくだりの 船人が
 櫂のしづくも 花と散る
 ながめを何に たとふべき

 散りゆく桜の花びらと、逆光に光れ水しぶきの雫を重ねていますね。起承転結のお手本のような歌詞です。頼山陽も真っ青の起承転結です。ちなみに頼山陽は、起承転結の極意を、このような文章にして、説明したそうです。

大阪本町 糸屋の娘
姉は十六 妹が十四
諸国大名は 弓矢で殺す
糸屋の娘は 目で殺す

 このような起承転結を使った技法は、もともとは漢詩の技法です。漢詩の技法でありながら、文章そのものがやまと言葉で書かれてある限り、日本人の心を深く捉えて離しませんから不思議です。逆に漢詩の技法を使ってなくて、序急破の技法を使ったとしても、ヤマト言葉が少なかったりすると、何やら難しく聞こえてきますから不思議です。難しくかっこよく聞こえるかもしれないけれど、言霊は感じないわけです。

 そう考えてみると、いくら外国産のレトリックを使っても言霊には影響しないということになります。単語さえ、ヤマト言葉で語られていれば、どのようなレトリックやどのような文法でも問題は無い。ということになりますね。そう考えると、なぜ日本人が、あれほど簡単に中国文明を取り入れることができたのか?  なぜあれほど簡単に西洋文明を取り入れることができるようになったのか?  それに対する答えも見えてくるのかもしれませんね。

つづく。

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2014年12月19日

snsについて

 先日、近くの貸し別荘のオーナーが遊びに来た。初対面であったが、私のブログをよく読んでくれているらしく、いろいろ話が弾んだ。そのオーナーの本業は画家。そういう人は北軽井沢にたくさん住んでいる。現に、うちの宿から10メートルもいかないところに、陶芸家が店を出している。ペンションオーナーにも、絵描きの人がたくさんいて、その作品のひとつが群馬銀行嬬恋支店なんかに飾られていたりする。やたら飛行機が大好きなペンションオーナーもいた。歴史オタクのペンションオーナーもいる。実は、北軽井沢や嬬恋村の観光関係者には、そういう裏の顔があったりする。単なる宿屋というのは少なくて、何かしら自分の世界を持っている人が多い。

 まぁそんな事はどうでもいいとして、遊びにきてくれた貸し別荘オーナーとインターネットの話になった。ブログやFacebookの話である。実は私は、 Facebookやmixiが苦手である。最近は1年以上、 Facebookの更新をしてないことに気がついた。どうして苦手かというと、そこに強制性を感じてしまうからである。また、読んでる人にご迷惑をかけてしまってはないだろうかと気になってしまうことがあって、どうしても億劫になってしまうからである。

 その点ブログはいい。ひっそりと書き逃げができる。読んでる人も誰が読んでいるかわからないところがいい。この文章だって誰に読ませている?といった、ターゲットを意識しなくても良い。ひょっとしたら誰も読んでないかもしれないというのが良いのだ。ところが、 FacebookやmixiなどのSNSだとそうはいかない。友達とか、いいねボタンとかがあって、確実に誰かを意識してしまう。あと、読んでくれた人のSNSにご挨拶に行かねばならぬという、重苦しい義理関係ができてしまう。そのために気が重くなってしまうのだ。

 1年以上も前に、私は初めてFacebookをやり始めた。始めた理由は、商売のためである。これからの時代はFacebookはできないとダメかもしれないと言う宣伝に乗せられて始めてしまった。しかし、数ヶ月ほどやってみて、これは違うなと言うことが分かってしまった。

Facebookは、商売というよりも小さな友達のグループの親睦に使うのに適している。もちろん口コミなどの商売に使えない事はないが、それをやるには、図太い心臓が必要そうだ。私のようにノミの心臓持ってる人間には、とてもじゃないが使いこなせない。記事を書くたびに、 SNSの友達に情報が到着するとなると、相手に迷惑が掛かってるかもしれないと言う気分になってしまう。ましてや、いいねボタンなんかをされてしまった日には、また手を煩わせてしまったなと落ち込んでしまう。本当に本心でいいねボタンを押してくれるんなら話は別なのだが。

 これがブログやホームページとなると、誰が読んでるとかさっぱりわからない。そもそも誰も読んでないかもしれない。私はひっそり、誰も読まないようなサイトに書き込んでるだけなのかもしれない。そのほうが気が楽である。

 実はこのブログも、最初は商売のために始めていた。だから初期の頃は、盛んにトラックバックなんかをやって読み手を増やそうとしていたが、 1年後にはやめてしまった。今はもう日記がわりにブログを書いている。写真や当日何があったかを記録として残している。そしてその記録は、過去の開花情報や、過去の気象情報を調べるときに役立てたり、ホームページを作るときにデーターとして重宝している。

 塵も積もれば山となる。

 昔のものはよく言ったものだ。私が書いているこのblogの情報料は相当なものになっている。ブログを始める前はNIFTYのソフトを使ってマネージャー日記を書いていた。それも含めれば10年以上のデーター量になってしまった。それを全部、デジタル情報として残せたのは大きかった。

 ところが、 Facebookだとそれらのデータが残せないのだ。過去の書き込みはどんどんどんどん埋もれてしまって、情報が死んでしまう。情報を整理して、別のホームページに整理し直せばいいのだろうが、これがまたややこしい。 Facebookには、いろんなアプリケーションがついていたりして、そっくりそのまま他のホームページにしにくいのである。これは致命的である。

 もし、私が商売の道具として使うのであれば何の問題もないのだが、日記として記録し、それを過去データーとして他に役立てようとした場合、 Facebookほど役に立たないものはないのだ。その点シーサーブログは最高である。何が最高かというと、ブログを自分の好きな形に改造できるからである。だから私は、過去データーを利用しやすいように改造してある。お客さんが読みやすいかどうかは二の次である。

 逆に言うと、お客さん自身も私の過去データーを利用しやすいかもしれない。まぁそれは、私にも言えることであって、私が利用しやすいブログが、世の中にはごまんとある。このブログは使えるなぁ。このブログはいろいろ利用させてもらおう。そういうブログは大量にある。しかし、 Facebookにはそういうものはあまりないのだ。どちらかというと、 Facebookは今旬の情報を提供してくれるものが多い。過去の情報を調べようとする場合は、圧倒的にブログを読ませていただいている。

 そういう意味で、 Facebookは商業利用に向いているのだろう。
 ブログは日記に向いているのだと思う。

 サークルか何かの活動をサポートする場合は、 Facebookの方が良いかもしれない。個人的な備忘録は、ブログの方が向いてるのかもしれない。あとアクティブで活発的な人は、 Facebookが向いているのかもしれない。あたしのように小心者で、人様のご迷惑をいちいち気にする人間にとっては、ブログの方が気が楽でいい。ひょっとしたら誰にも読まれてないかもしれないが、そっちの方が、ほら読みなさいよと強制するような仕掛けがあるよりも、むしろ誰にも気兼ねせずに書き込みができて良いと思ってるぐらいなので、私は断然ブログの方が使いやすい。

 ただし、某テレビ局の情報によれば、ブログをやる人はFacebookをやる人の10分の1もいないらしい。ブログは、このインターネットの時代においては、圧倒的に少数派のようだ。世の中は、 Facebookの天下になりつつあるらしい。それが本当か嘘かはとりあえず置いといて、個人的にはほっとしたことも確かだ。個人的な備忘録のつもりでブログを始めているわけなので、世の中がFacebookに向かいつつあるのが、ある意味こっちの願ったりでもある。


つづく。

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2014年12月17日

サプリメントと食事

 今日も外は雪だった。本当なら朝早く起きて雪かきをするべきなんだろうが、声が出なくて倒れてしまった。喉風邪である。きっと乾燥してるからだろう。生まれて初めてのど飴のトローチを舐める羽目になった。こんなもの喉風邪に効くもんか、と思っていたが、 6時間ぐらい寝込んだら不思議なことに体調が戻ってきた。声も出るようになり、巨大な痰も出てきた。あれだけ喉がカラカラなのに、どこにあったんだろうかという巨大な痰だった。おそらくこの痰が、病原菌の侵入を防いでくれていたのだろう。しかし、それも限界になって喉が腫れたのだろうと思う。

 それはともかく、風邪をひくと食欲がなくなる。これは自己防衛本能であることはわかっている。胃腸に血液がいかないようにして、その分病原菌と戦うためのエネルギーを確保するためである。こういう場合、ありがたいのはサプリメントである。胃腸の負担を最小限に減らしながら、必要な栄養素をすべて吸収できるからである。もちろんサプリメントばかり飲んでいるのは体にはよくない。しかし体が病気しているときは、大変ありがたい。

 長い前置きを書いてしまったが、せっかく病気して体を動かせない状態になったのだから、読書をすることにした。普段インターネットで情報ばかり集めているので、たまに行う読書は頭のようになる。インターネットがサプリメントなら、読書はフルコースの食事のようだ。

 もし最小限の栄養をとるだけならサプリメントだけで困らないように、単なる情報収集を行うならばインターネットだけで困りはしない。しかし、インターネットばかりやっていると、頭が不健康になってくる。やはり読書必要だ。なぜならば、読書はスローペースで情報を仕入れるために、頭の中から発想やひらめきをどんどん出していく効果があるからだ。その意味で読書は、情報収集する道具ではなくて、頭を整理する道具でもある。情報から何かを汲み取る力を持っているのは、圧倒的に読書の方である。

 これに散歩が加わったら最強である。やはり読書だけではダメで、散歩をプラスするともっと偉大な力を発揮する。いろんなことが見えてきたりするのである。実は、この散歩の力を最初に見抜いたのは、ギリシア人であった。ギリシア人は散歩をすると頭が冴えてくることに気づいて、散歩をとても重要視していた。そして散歩しながら考える人達の事を逍遥学派と言うようになった。坪内逍遥は、この逍遥学派から逍遥の文字をいただいている。

 ちなみにフーテンの寅さんの第2作目では、寅さんの恩師がでてくるが、その恩師の名前は坪内先生だった。坪内散歩である。何の事は無い、フーテンの寅さんの監督である山田洋次は、坪内逍遥をもじって、坪内散歩先生と名づけたのである。実を言うと、私はこのフーテンの寅さんの第2作が、寅さんシリーズの最高傑作であると思っている。興味のある方はぜひ見ていただきたい。寅さんシリーズで最も笑える、そして最も感動的な作品なのだ。

 まぁそんな事はどうでもいいとして、この坪内逍遥は、日本に新劇を紹介したことで有名な人である。日本新劇の開祖的な人間である。そして坪内逍遥の弟子たちの中から、偉大な演出家や俳優たちがでてきた。それが大正時代に花開くことになる。いわゆる新劇ブームが起きるのだ。そして海外の劇団の公演が次々と興行され、ものすごい人気となるのである。

 そのすごさというのは、今日の映画やテレビなどの比では無い。俳優のなかには3,000円の月給をもらう人たちもいた。当時の一般的なサラリーマンの100倍の給料である。記録によると大正7年には、 分かっているだけで653万人のお客さんが劇場に足を運んだと言われている。実際はもっと多いだろう。浅草公園の吾妻座では1日あったり2,476人を集客し、年間90万人の入場者を記録している。

 こうなると、当時の小説家、例えば夏目漱石などは吹けば飛ぶような存在である。新劇関係者の方が、よほど儲かっているしステータスも高かった。今ではその立場が逆転しているから面白い。ただ、このようなブームを迎えていながら、新劇は徐々に衰退していく。小説のほうはそうでは無い。どんどん発展していくのだ。ここが面白い。

 原因はいろいろあるだろうが、その一つに、新劇関係者が散歩をしなくなってきたことがあるかもしれない。この頃の新劇は、坪内逍遥の手を離れ、全く別の進化を遂げていた。それが何らかの影響をもたらしたのかもしれない。

 いろいろぐだぐだと書いてしまったが、読書と散歩をこよなく愛する者としては、それが残念でならない。読書も散歩も1種の禅であると思う。これに星を見るを加えても良い。山にぼる事を加えても良い。海を眺める事を加えても良い。これは全て1種の禅である。これらは、一見無駄に見えることのように思えるが、実は無駄では無い。それらの行為によって脳が活性化するのだ。そして心と体が健康になっていくのである。それに気がついた古代ギリシア人は、凄いものだなぁと思う。

つづく。

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posted by マネージャー at 22:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月16日

自然の脅威

 実は昨日から嫁さんが息子を連れて里帰りをしている。それなのに今日は、本格的な大雪となった。午後3時頃には15センチぐらい積もっていた。こんなに早く大雪になるのは、開業以来初めてかもしれない。北軽井沢は、本来雪の少ないところである。降ったとしても、 12月末か1月初めの頃が多い。それが12月中旬にもう大雪となってしまった。

 もちろん、愛犬コロの犬小屋も雪まみれになっている。まだまだ冬支度の作業が残っているのに、困ったものだ。今年こそ、ユニットバスにサーモスタット付きのシャワーを取り付けたかったのだが、この大雪で水道の元栓が開閉しにくくなって、作業を中断せざるを得なくなった。大急ぎで、ホームセンターに向かって犬小屋用の屋根を作るために、構造用合板を買いにいかねばならなくなったからである。

 ホームセンターに到着してみると、除雪用のスコップなどがみんな売り切れていた。やはりあの天気図を見てびびっているのだろうなぁと思ってしまった。買い物が終わって、台車で資材を車に運ぼうとしたら、台車が雪で動かなかった。仕方がないので、一つ一つ手で運ばざるを得なかった。こういうことが起こりうるので私は、物置やバックヤードを必要以上大きくとっている。すべての備品の在庫を多めに抱えている。北軽井沢は、いつ陸の孤島にならんとも限らないので、いろんなものを大量に抱えて準備しておかなければならないのだ。

 それにしても、地球温暖化というのは本当なのだろうか? むしろ地球は寒冷下に向かっているのではないだろうか? 寒冷化に向かう初期の頃は、気象の変動が激しく、急激な温暖化が起こりうると言われている。それなのではないだろうか? 一体温暖化なのか寒冷化なのか、どっちなのだろう?

 そんな事を考えながら、やはり今日も愛犬コロと朝晩の散歩行った。雪は愛犬コロの胸ぐらいまで積もっているので、さすがに歩きにくいかと思いきや、こんな大雪でも大喜びで飛び回っていた。散歩コースの途中には、最近できたばかりの巨大な太陽光発電所がある。もちろん大量の雪に埋もれていた。おそらく数日後には、ガチガチに凍りついて3月ごろまで行に埋もれてしまうような感じだ。

 結局、太陽光発電は北軽井沢や嬬恋村には向かないのではないだろうか? こんなに雪で埋もれてしまっては、発電どころではないだろう。ましてや、桟敷山の周辺なんて、最盛期には2メートルぐらい積もることもあるのだ。そんなところの木を伐採して太陽光発電をするなんて、常識で考えればうまくいかない事はわかりきったことである。

sss0956.JPG

 そもそも、地図の等高線を見てもわかる通り、かなり傾斜のある地域だ。鉄砲水も出るし、雪解け水で泥濘になる場所だってある。うちの宿の目の前にある村道だって、春先は泥濘になるのである。太陽光発電が無事に済むとはとても思えない。木を切れば、山は崩れやすくなるのだ。自然を甘く見ると、後で酷いしっぺ返しを受けるかもしれない。

 そんな事を考えているうちに、嫁さんのことが心配になってきたので、ケータイに電話をかけてみた。里帰りした実家から北軽井沢に帰る途中で、車の運転中だった。そして、電話で買い物の事を言っていた。やっぱりそうか、この雪を甘く見ている。

「買い物なんかしなくていいから、安全運転で早めに帰ってきなさい。どっちにしろ、道路は雪で超ノロノロ運転になるはず。そうなれば、時間がどんどん過ぎて、雪はどんどん増えるに違いない。下手したら帰れなくなる恐れもあるので、とにかく寄り道しないで早く来なさい」

 そう言って電話を切った。
 予想は的中した。
 やはり雪道は大渋滞していたようだ。
 明日はきっと、去年の大雪の時に買った除雪機が大活躍するだろう。

つづく。

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2014年11月26日

高原野菜

この季節になると御客様は、業者さんの方が多くなる。
業者さんといっても工事関係者は少ない。
カメラマン・営業マン・ライター・人形劇団・仕入れ業者といった人たちである。

もちろん、全員がユースホステルの会員である。
で、非常に腰が低い。
最初は、どうして腰が低いのか?と不思議だったが、今の私には分かる。
商売をやっていたら腰が低くなるのが癖になるのだ。
中にはフーテンの寅さんみたいな人もいる。
もちろん腰が低い。

で、気がついてしまった。
自分が古い友人を整理してしまっている事実に。

宿屋をはじめる前に、クレーマーみたいな真似をして商品をせしめる友人がいたが、いつのまにか年賀状のやりとりをやめていた。いろんな店で傲岸不遜で俺は客だと踏ん反り返る友人とも気がついたら縁が切れていた。
いざ自分が客商売をやってみると、以前は気にならなかった友人の欠点が、気になってきたのだと思う。一緒にいるとストレスを感じるようになったのかもしれない。この歳になると、いつも心静かに生きていきたいと思うようになってきた。

そういう意味で北軽井沢という土地は最高である。
誰とも、適度な距離をたもちつつ、自然の中で延び延びと生きていける。
新聞も来ないし、テレビの映りも悪い。
変な人間関係にも関わらなくて良い。
浮き世の義理も最小限で生きていけるし、やろうと思えば仙人のように暮らすのも夢では無い。

先日、近所のペンションオーナーと、スーパーで立ち話した。
そのオーナーは、こういった。

「あと4年で借金が終わるんだよね。終わったら食事提供をやめて楽に暮らそうと思っている」

この人は、癌で半年入院したことのある人だった。
言葉に人生の重みがのしかかっていた。
今はペンションをやりながら農家で働いている。
時々、野菜なんかをうちに分けてくれる。
その野菜を切っているときに、

「この野菜は、胃を半分切った人だ汗水垂らしてて働いて作った野菜なのだ」

と思いつつ、鍋に入れ

「おいしくなれ! もっと美味しくなれ!」

と念をいれて作っている。
そして鍋が、御客さんの胃の中に入り、からっぽになった時、
御客さんが全て平らげたとき、
つくづく、ああ良かったと思ってしまう。

「美味しかったですよ」

と御世辞をいってくれる御客さんは、たいていは業者さんである。
たとえ御世辞でも嬉しい。
野菜たちも、喜んでいるだろう。

つづく。

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2014年11月02日

キラキラネームと名前

 キラキラネームが流行っている。
 嬬恋村も例外では無い。
 わが息子は、そんな流行とは関係なく
 古事記の倭健(ヤマトタケル)からタケル(健)と名付けた。
 日本最古にちかい名前である。

 話しは変わるが中学時代の数学の先生の名前が、佐治兵衛という名前だった。かなり老齢で、明治生まれだったと記憶している。明治時代には、○○兵衛とか、◇◇右衛門とか、△△左衛門といった名前をつけるのがブームだった。これらは朝廷の官職名である。以前は、勝手に名乗ることが許されなかったが、明治維新後に子供に名付けるのがブームになった。

「オラは、朝廷の直臣であるぞ」

というモチベーションで名付けられた。

 それまでは、身分の低い百姓であったが、明治維新後に朝廷の直臣になることで、元大名の子弟とも対等であるという気概をもって名付けたのである。それが明治維新のもつ本質だった。つまり、○○兵衛とか、◇◇右衛門とか、△△左衛門というのは、明治時代のキラキラネームであった。なんのことはないキラキラネームは、昔からあったのである。

 もちろん大正時代にもキラキラネームはあった。女性の名前に「子」をつけるスタイルである。これは大正時代のキラキラネームである。うちの嫁さんも「子」がついている。智子である。しかしキラキラネームはいずれ廃れる。現代に佐治兵衛または智子と名付ける親は少ないであろう。しかし、タケルをつける親は細々ながら何百年と続くであろう。流行はうつろいやすい。何れ廃れて錆びていく。

 ここから本題にはいる。

 嫁さんの名前は、智子であることは既に述べた。問題は、私の名前が「智(さとし)」であることである。夫婦の名前が、智と智子なのだ。もちろん発音上は全く違うので日常生活に問題は無い。ややっこしいのはメールを出すときである。

 予約メールには、嫁さんが返事を返している。メールアドレスには、佐藤智子という名前がついている。で、マネージャーの私の名前が佐藤智なので、

「マネージャーさんは、ネットおかまをやってるんですか?」

と聞かれることが度々ある。

 ネットおかまとは、男のくせに、女の名前を語って、インターネット上に書き込む人のことである。女の名前を語ると、それだけレスがもらいやすいからである。

 以前、某ペンション組合のメーリングリストに、友人の女性ペンションマネージャーと一緒に加入したことがあったが、女性ペンションマネージャーには、30も40もレスがつくのに、私には全くレスがつかなかった。女性であるかどうかで、これほどまでに待遇が違うと、かえって清々しいもので、当然のことながらロム専門になる。だからレスが欲しい人は、女性に化ける。つまりネットおかまになるわけだ。

 しかし私は、ネットおかまではない。
 ネットおかまになる理由が無い。
 佐藤智子は、私の嫁であって佐藤智と別人格である。

 おまけに、返信メールのフッタに、このブログのアドレスが書いてあるので、このブログを嫁さんが書いてあると思い込んでいる御客様もいる。また、嫁さんが御客様にメールの返事をかくと「なんで佐藤智でなくて佐藤智子なんですか?」という人もいる。「子は変換ミス?」という勘違いしてくれるひともいる。まったく、ややっこしいと言ったらありゃしないので、最近は自らを佐藤智とよばずに「マネージャー」というようにしている。


つづく。

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2014年10月31日

沖田艦長「古傷が痛む」

日曜日は回復しそうなのですが、土曜日の北軽井沢の天気がいまいち。
それでもキャンセルせずに来てくれる御客様には感謝である。
なので、今回はいつも以上に料理に力を入れたい。
もっとも、私がそういう性格であることは、リピーターの皆さんが、
よく御存知のことと思いますが。

話しは変わるが、うちの嫁さんが歩く天気予報となりつつある。
雨が近づくと「古傷が痛む」と、まるで宇宙戦艦大和の
沖田艦長のようなセリフをいうようになってきた。

「はて? 何の古傷だろう?」

と不思議に思っていたが、どうやら1年半前に切った帝王切開の傷が痛むらしい。
ああ、なるほど。
帝王切開した女性は、みんな歩く天気予報と化しているのか!
これは、新鮮な発見である。

ところで日本人が医者に通う率は、年14回である。
イギリスが5回、ドイツが7回なので世界でも最も医者に通う民族でもある。
ところが人口10万人当たりの医師の数は190人で、ドイツの330人に比べて、はるかに少ない。
特に産婦人科・小児科の医師が少ない。
これは息子が生まれてはじめて知ったことである。

では、江戸時代ではどうだったかというと、
1820年頃の江戸では、人口10万人当たり250人もいた。
18世紀はじめの奈良では、人口10万人当たり445人もいたという記録さえある。
(診療報酬の歴史・青柳清一)

まあ、そんな与太話しは、どうでもいいとして、
問題は産婦人科・小児科の医師が少ないということだ。
倍増させよとは言わない。
せめて江戸時代並みにしてほしいものだ。
江戸時代では、各藩の医師たちが無医村に巡回診療させていた。
現代は、そのレベルに達しているだろうか?

しかし、これに関しては我々患者側にも責任がある。
もちろん私にもだ。
もし息子が病気したら、近くの診療所よりも、
遠くの大病院に連れて行こうと思っていた。

ところが、御客様の息子さんが病気にかかり、
嬬恋村診療所に連れて行ったら、
そこの小児科の先生が天才的な医師で、
漢方を使って、劇的に病気を治してしまった。

東京の大病院の大先生にも治せなかった病気を
チョチョイノチョイと治してしまったである。

なんと嬬恋村の診療所には、ゴットハンドをもつ小児科医がいたのだ。
地方だからと言って馬鹿にしてはいけない。
地方にこそ埋もれたドクターXがいるのかもしれない。


つづく。

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2014年10月30日

癒やされる方言

 ここのところ晴天続きで星もよく見える。
 その結果、御客様の旅行に対する満足度もあがるので助かっている。
 今日も御客様の感激の声を聞いた。

「中軽井沢の紅葉が素晴らしかった」
「碓氷湖の紅葉が素晴らしかった」

 前にも述べたが、今年の紅葉は息が長い。なかなか霜が降りないために、散りそうで散らないのである。逆にカラマツは、かなり早く早めに紅葉してきている。

 話しは変わるが、毎年、秋に泊まりに来て下さる東北の老夫婦から予約があったが、あいにく、その日は満室だった。御客様の方も残念そうだったが、私の方も残念であった。私たち夫婦が、毎年お会いするのを楽しみにしていたからである。そういう御客様は何人もいるが、ここから先は、ちょっと書きにくい。

 私が会いたかった理由は、もちろん素晴らしい御客様であることも理由の一つなのだが、もう一つ理由がある。その御客様が、完全無欠の秋田弁を話してくれるから会って久しぶりに秋田弁を聞きたかったのだ。もちろん山形弁・津軽弁・岩手弁も聞きたい。お上品な東北弁ほど心地よいものはない。そういう意味で東北人は、だいぶ得をしていると思う。逆に損しやすい方言の方もいる。東北人は、得をする人たちだと思う。上品な東北弁は、こころ癒やされるからだ。

 実は、北軽井沢のペンションオーナーの大半が東北出身であった。不動産屋・レストランのオーナーも東北人が多い。というか大半が東北人である。福島県出身者もかなりいる。だから親戚に3.11の被災者がいる人たちが多い。その人たちと一緒に観光協会で顔をあわせたりするが、どういうわけか東北弁を話さない。客商売だから仕方ないのだが、もったいないことである。

 唯一、例外がひとりいたが、その人は八十歳近い人であった。
 で、その方の山形弁には、とても癒やされる。

 しかし、どうして北軽井沢の観光関係者に東北人が多いのだろうか? 接客業に向いているのだろうか? しかし、失礼ながら彼らがサービスマニュアルをこなしているとは思えない。どうみても機械的なマニュアルを行うような人たちでは無い。おそらくサービスというよりホスピタリティに長じているのだろうなあ。

 そういえば道中庵というユースホステルがあったが、あそこのマネージャーの東北弁にも癒やされたっけ。昔の東北には、そういう癒やしの方言を使うマネージャーのいるユースホステルがたくさんあったけれど、最近は減りつつあるのが残念である。


つづく。

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2014年10月20日

北軽井沢にむいている石油ファンヒーター

 10年間使いつづけた日立の石油ファンヒーターが、ついにお亡くなりになった。
 すごく気に入ってたので、また日立製品を買おうと思ったら、
 もう日立は、石油ファンヒーターの事業から撤退していた。
 で、他のメーカーを探したら、ダイニチ・コロナくらいしか残ってなかったので驚いた。
 この10年の間に、何がおきたというのだろうか?
 他のメーカーは、なぜ石油ファンヒーター事業から撤退したのだろうか?

 まあ、そんなこと嘆いても仕方が無いので、
 ダイニチとコロナの製品をインターネットでカタログスペックを調査してみた。
 そして結果に驚いた。
 圧倒的に電気代が違う。
 コロナ製品が圧倒的に電力を使わない。

 なぜだろう?

 と不思議に思ったら、灯油の気化方式が違うらしい。ダイニチ製品は電気で気化させているので電気代がかかるということらしい。コロナ製品は、自らの灯油の燃焼熱によって気化させているとのこと。もうこうなるとコロナを買うしか無い。

 どうせ買うなら一番火力が強いのにした。値段は高く付くが、2台稼働させるよりいい。1台分しか電気を使わないからだ。単純計算で電気代が半分になる。
 
 で、それが一昨日、宅急便で届いた。そして点火してみたら、その火力の強さに仰天した。あきらかにカタログスペックより強力である。というか今までの石油ファンヒーターが、古すぎてカタログ値の性能を出してなかった可能性がある。数字上は、たいして変化無いはずなのに、コロナの新製品の方が2倍くらい温かいような気がするのだ。
 
 そこで家電に勤めている友人に聞いてみたら、やはり古くなった石油ファンヒーターは、モーターの劣化などにより火力が低下している可能性があるということだった。あと、北軽井沢という土地も影響しているともいわれた。コロナの製品は、空気が薄い山間部に適応した燃焼ができるけれど、ダイニチにはその機能が無い。だから北軽井沢のような標高の高いところでは、コロナの方がむいているらしい。
 
 そうだったのか!
 そうとは知らずに10年間、日立とダイニチを使いつづけていたよ。
 ずいぶん電気を無駄にしてきたんだなあと反省した。
 今後はコロナにするわ。


つづく。

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昨日の御客様が教えてくれたこと

 カップラーメンは、悪の代名詞・不健康の代名詞のように言われる。私も昔はそう思っていたが、今は思わない。北アルプス縦走中にそういう結論におちついた。

 私は、年間50回くらいの登山を行っていた。そして大勢の登山初心者をひきつれて三千メートル級の北アルプス縦走をしていた。もちろん初心者の中には途中で具合の悪くなる人が出てくる。しかし、不思議なことにカップラーメンを食べさすと元気になり復活する。ただし、1個のみで2個以上は意味は無い。

 最初は、どうしてカップ麺で初心者が元気になるのかかがわからなかった。しかし、途中で気が付いた。塩分である。三千メートル級の北アルプス縦走をすると非常識な量の汗をかく。つまり大量の塩分を失う。その失った塩分の補給に普通の食事ではまにあわないのだ。

 登山初心者は、カロリーばかり気にする。で、間食にチョコを食べてそれで充分だと勘違いする。おまけに喉が渇くので、水をがぶ飲みし、それがオシッコや汗となるので大量の塩分と脂分が不足する。それが引き金となって体調をくずすのだ。

 で、体調をくずす人間に、ある種の特徴があるのにも気が付いた。日頃から健康に気遣っている人ほど体調をくずしやすい。登山中も塩分摂取に気をつけているし、塩気の多いジャンクフードや魚肉も食べないからだ。そのくせ登山で腹が減っているにもかかわらずカリウムの多い野菜ばかり食べているから余計に塩分が放出されてしまう。これでは登山中に体調をくずして当然である。いくら身体に良くても、ものには限度がある。

 さて、ここから本題にはいる。
 昨日、衝撃的な話しを御客様から聞いた。

 実は、1日に1食しか食べられなくなった御客様が泊まりに来た。その人は、暴飲暴食をしない人である。分類からいって健康オタクのほうだったらしい。毎日、野菜ジュースをかかさず飲んでいたらしい。そのために健康診断で悪いところはないと、毎年診断されていた。血液検査でも良好な数値ばかり出ていた。

 ところが、ある時、精密検査をうけたら衝撃な結果がでてきた。肝硬変だというのだ。もちろん原因がわからない。暴飲暴食をしないし、身体も痩せている。どう考えても肝硬変になる要素が無い。

 で、原因を調べたら毎日、野菜ジュースをかかさず飲んでいたのが肝硬変を誘発してしまったことが分かったらしい。よーするにカリウムのとのすぎだったのだ。

 塩分もそうだが、カリウムは、とらないと身体を悪くする。しかし、とりすぎても悪くするのだ。野菜ばかり食べているベジタリアンの寿命が、意外にも長くないのも、そこに原因がある。そもそも安楽死につかうのがカリウム注射なのだ。

 もちろん野菜が健康に良いことは、疑いようも無い。カップ麺が健康に悪いのも疑いようが無い。しかし、ものには限度というものがある。なにごとも、ほどほどが良いのだ。それを昨日の御客様が教えてくれた。私も思い当たることがたくさんあった。健康志向の人は、そのへんをよく考えて、偏食をやめて、なんでも食べるようにした方が良いと思う。

 うちの食事メニューも、そういう方向にしている。少量で品数多くだすようにしている。朝夕で目標50品目。夕食は、御飯汁物の他に9皿だしている。なんでも食べて健康になってほしい。そして、よく旅にでてほしい。

つづく。

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2014年10月06日

太陽光発電と武田信玄

 今年は、紅葉が早かった。
 そこに台風がきたものだから凄いことになった。

 今日の正午頃に台風一過となの晴天になったために、
 息子を連れて散歩にでかけたのだが、外に出てみて驚いた。
 庭中、栗だらけなのだ。

 昔は、栗を拾って栗御飯を炊いたこともあったが、今は落ちている栗を放置している。山栗は小さすぎてむきづらいからだ。だから栗御飯を作るときは、市販の大きな栗を買ってきてそれを3分だけゆでて、それを剥いている。それを冷凍保存して、御客さんが多い時の朝ご飯に出すのである。今年は、すでに4回くらい作った。まだ、あと3回くらい分の栗の在庫は残っている。なので、庭に落ちた山栗は、放置したままである。そういう状態のままであるから出入りの業者さんたちが「栗を拾わないんですか?」と聞いてくる。

「うん拾わない」
「じゃ、私が拾ってもいいですか?」
「ああ、いくらでも持って行って!」

 出入りの業者さんたちは、毎年、大喜びで持って行く。

「北軽井沢ブルーベリーYGHさんところの山栗は、他の山栗よりも大きくて甘いんですよね」
「へえー、そうなの?」
「拾わないのはもったいないですよ」
「いや、秋は他に仕事があって忙しいんだよね。栗なんか拾ってる暇ないのよ」
「へえー、そういうものですかね」

 正直言って、自分が拾うより、嬉々として業者さんや御客さんが拾って帰って行くのをみている方が楽しい。栗の木の無い家の人にとって、栗は貴重品かもしれないが、私にとって栗の木は、あまり嬉しくない樹である。まず花粉が凄い。落ち葉も多い。イガも多くて歩きにくくなる。クワガタなどの昆虫も多いために、こいつらが夏に網戸を破壊する。本当に根こそぎ切ってやりたいと思っているが、自然保護の観点から残している。

 長い前置きは、ここまでとして、本題に入る。
 最近、御客さんと太陽光発電の話になった。
 
 脱原発派の御客さんがいて、太陽光発電の素晴らしさを信じて疑わない人が居たので、これは少し、太陽光発電について書いておかなければならないなと思った。

 実は、北軽井沢や嬬恋村には、発電所が大量にある。
 もちろん太陽光発電である。
 最初は、廃れたテニスコートが太陽光発電所になった。
 次に御客さんの少ないゴルフ場が、太陽光発電所になった。
 私は
「土地の有効利用がすすんでいるな、よしよし!」
と好意的な目でみていた。

 しかし、それらがあらかた太陽光発電所になると
 次は農地や牧場が太陽光発電所になった。

 ここまではよかった。

 次におきたことは、北軽井沢の山々が、嬬恋村の森が次々と伐採されはじめたことである。それまで美しい紅葉にウットリしていた場所が、全て伐採されて丸坊主になってしまった。もちろん栗の木も次々と切られていった。太陽光発電所のためである。その面積は、かなりのものなのだ。
 
 浅間山に登るとよくわかる。嬬恋の森の中に湖みたいな物が、点々と見えるようになったが、望遠鏡でのぞいてみると、それらは太陽光発電所なのである。あきらかに太陽光発電は浅間山麓の環境を破壊しつつある。

 誤解して欲しくないのだが私は、太陽光発電が悪いというのではない。仕方ないことだと思っている。しかし、太陽光発電を絶賛する気にはなれない。光あるところ影がある。太陽光発電の裏にも闇はあるといいたいのだ。手放しで太陽光発電を絶賛する気にはなれないのだ。ものごとには、必ず裏というものがある。

 「裏」と言えば、最近続く異常気象も気になる。

 なぜ異常気象が続くか?という科学的な問いかけは、私も詳しくは無いので置いといて、このような異常気象は、過去の日本史においても何度か存在している。一番有名なのが戦国時代である。

 今年の2月に甲府で気象台はじまっていらいの大雪が降ったわけだが、それでも1メートル10センチくらいだったと記憶している。しかし、戦国時代では、4月に1メール50センチ降っているのだ。で、翌年に全く降らなかったりしたのだ。つまり、現代の状況と非常に良く似ている。というか、現在よりも酷いのである。

 では、その甲府で、山梨県で何がおきたかというと、2年連続で領民が壊滅状態になるほどの自然災害がおきている。で、その結果、何がおきたかというと、武田家の内紛が起きている。家臣が武田信虎を追放して武田信玄が領主になっている。歴史書には何も書かれてないが、自然災害と武田家のお家騒動には、絶対に因果関係があるはずなのだ。

 何が言いたいかというと、自然災害が、世の中を大きく変えうることもあるという可能性を言っている。太陽光発電所などは、その一つであって、それが今後の日本史にどんな影響を与えるか、ちょっと興味深いところでもある。 

つづく。

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2014年09月29日

浅間山麓の住民から見た御嶽山噴火について

 御嶽山の被害に遭われた皆様、心よりお見舞い申し上げます。

 御嶽山は、9月11日に火山性地震85回を観測している。その時点で、どうして気象庁は、レベル1から2に引き上げなかったのだろうか? 引き上げていたら被害はもっと少なかっただろう。といっても、火山性地震85回の数は、決して多いものではない。阿蘇山なんか毎日、100回以上だし、草津白根山も8月上旬までは、かなりやばかった。

http://www.data.jma.go.jp/svd/vois/data/tokyo/STOCK/weekly_report/2014/2014w39/2014w39.htm

 ここから本題に入る。
 なぜ、このような大惨事になったかを単純明快に、小学生にもわかるように説明したいと思う。

 御嶽山の噴火によって半径4キロ以内は入山禁止となった。
 ここがポイントなのだ。
 半径から4キロ離れていれば、火山はたいして怖くないのである。

 あれだけ噴火しても半径4キロの外なら安全なのだ。
 なので、吾妻山や浅間山などもレベル3になると半径4キロの立ち入りは禁止になる。

 ところがである。

 どこもかしこも半径4キロというふうにはいかないのだ。具体的に言うと桜島。桜島の半径4キロ以内に何があるのか? 桜島がスッポリはいっちゃうのだ。鹿児島市は、ぎりぎりセーフ。で、今の桜島の噴火警戒レベル3なのである。ここに半径4キロを適用したらパニックになるだろう。もちろん、そんなことできるわけがない。だいいち鹿児島の人間は、桜島の噴火と共生してきた歴史がある。余計なお世話だろう。口永良部島や阿蘇山だとさらにパニックになる。一回地図を開いてみてほしい。

 じゃあ浅間山は?

 幸いにも半径4キロ以内に民家は無い。生活道路も、ほとんどない。だからレベル3になっても何もかわらないのである。住民も観光客も何の心配も無い。しかし、そうはいかなかった。2004年の噴火では、ストロンボリ式噴火にもかかわらず風評被害で観光客はバタッとこなくなった。だから風評被害は怖いけれど、火山は怖くない。噴火しても4キロ以内に民家は無い。5キロ以内にもほとんどない。あっても別荘が多少ある程度である。

 草津白根山はどうだろう?

 もう絶望である。もし草津白根山がレベル3になったら、御愁傷様というしかない。半径4キロの中には、万座どころか草津温泉の中心街もスッポリ入っている。だから、この夏は、草津町民は生きた心地がしなかっただろう。もちろん志賀高原もそうであるが、風向きを考えたら東側にある草津町民の心臓はバクバクものであったと思う。さいわい、草津白根山は首の皮1枚でレベル2にふみとどまったが、レベル3に近いレベル2だったと思う。さいわい9月になってから火山性地震がパッタリとまった。まだ油断はできないが、このままいけば、レベル1の安全水準になる日も遠くないだろう。

 さて、ここで気が付いた人もいると思う。レベル3になっても大して影響の無い地域と、そうではない地域があることに。

 では、御嶽山はどうなのだろうか?

 半径4キロ以内に、山小屋はもちろんのこと、ロープウエイやら温泉やらスキー場やらキャンプ場やら旅館ペンション民宿など、いろんなものがワンサカある。つまり御嶽山が噴火すると自動的に被害がおきやすい地域なのだ。

 で、思い出されるのは、民主党が2010年に行った事業仕分けである。民主党は気象庁火山噴火予知の予算カットして御嶽山は、噴火予知のための観測強化の対象から外されるたのだ。

https://megalodon.jp/2014-0927-2219-43/p.twpl.jp/show/orig/JxwQX



 もちろん2013年政権に復帰した自民党は、御嶽山の観測強化を図るのだが、3年間のブランクが大きかったか、それでも被害が大きかった。また別の原因として、急にレベル1を2に上げられなかったというのもあるかもしれない。

 現に気象庁は、平成26年 No.39 週間火山概況 (平成26年9月19日〜9月25日)で、警戒を呼び掛けてるのである。けれど、その週間火山概況を調べて登山計画をたてる人が何人いるだろうか? ほぼ皆無ではないだろうか? となると、レベルの上げ下げを簡単に行う行政のシステムが必要なのかもしれない。

 しかし、そうなるとレベル3になるたびに大騒ぎしなければならない地域が出てくる。そういう場合は、自己責任を認めれば予算はかからないはずだ。登山道の入り口に火山レベルを表示した電光掲示板を設置するだけでいいのだから。あとは自己責任でよいと思う。行政は、登山客・観光客に判断させる材料の提供に徹する・・・・と。しかし、事故が起きるとそうも言ってられないのが現実なんだろうな。この問題は、根が深そうだ。


つづく。

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posted by マネージャー at 18:40| Comment(12) | TrackBack(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年09月26日

ブロックの名称について

 今年の夏は新規の御客様が多かったわけだが、多かった理由の一つに近畿の御客様が、3.11以降、もどってきつつあると言うこともある。昔は、夏の御客様の大半が、近畿地方・東海地方であったが、震災の原発事故以来、激減してしまった。ほとんど来なくなったのだ。その代わりに東北や関東の御客様が増えた。ところが、今年あたりから大阪・名古屋の御客様が増えて来だした。冷夏にもかかわらずである。

 で、不思議なことに気が付いた。

 大阪からくる人が増えているのに関西弁がとびかわないのである。静かなのである。昔は、関西人が5人いたら、20人くらいが会話しているくらいに賑やかだった。声も大きかったし、やたらと関西弁を強調していた。あらよるところで関西を主張していた。しかし、今年は、そういう御客様は皆無だった。お茶会や、送迎の時に

「どちらから来られましたか?」

と聞いてみても

「大阪です」
「奈良です」

という答えが返ってきた。昔なら大声で「関西や!」と言ったものであるが、そういう返答は一度も無かったような気がする。いったい何がおきたというのであろうか? 関西人特有の、あの関西イデオロギーというか、あの強烈な郷土愛は、どこにいったのだろうか?と、すこし不思議な気がした。で、大阪から来た御客様に聞いてみた。

「最近、関西弁を強調する関西人が減りましたね」
「私、そういうの嫌いなんです」
「はあ・・・・」

 そういえば、関西弁を強調する関西人を嫌う人も、関西には多いことを思い出した。確かに関西には、いろんな思想をもっている人が多いのだ。ひとくくりにする事はできない土地柄でもあるのだ。

 昔(30年前)、全国を放浪していた頃、広島球場で、広島巨人戦をみたことがあるが、観客の9割以上が広島ファンだった。そして、その後に甲子園球場にいったら阪神ファンは6割しかいなくて、けっこう巨人ファンが多くて驚いたことがある。広島と比べたばあい、関西は、かならずしも阪神一色ではなかったのである。そういうのを嫌う大阪人もおおかったのだ。

 これは広島に比べて郷土愛が少ないというのとは、すこし違うと思う。大阪には、そういう郷土愛ファシズムを嫌う人間が少なからずいるということなのではないかと思う。

 私の友人に、アンチ大阪の人がいた。「関西弁を強調する奴は大嫌いや」とよく言っていたが、そいつの言葉は完全無欠の関西弁だった。いや、岸和田弁というべきか。本人は、共通語を話しているつもりであるが、どう割り引いても岸和田弁にしか聞こえない。「ワシは東京が大好きなんじゃ」と言いながら千葉県にある東京ディズニーランドに行っていた。

「東京ディズニーランドって千葉だぞ」

と、教えたこともあるが

「神戸にある阪神が大阪なら、東京ディズニーランドも東京じゃ」

と、わけのわからぬ理屈で強弁していた。それを屁理屈に感じさせない魅力が彼の岸和田弁にはあった。

 また長い前置きを書いてしまった。
 ここから本題に入る。

 御客様に、こんな質問をいただいた。日本ユースホステル協会のブロック分けについての質問である。日本ユースホステル協会には、北海道・東北・関東・北信越・近畿・東海・中国・四国・九州沖縄の九つブロックがある。そして各ブロックにブロック長があって、それぞれが連携し合っている。で、質問の内容は、こうであった。

「なぜ関東は、関東ブロックなのに、関西は近畿ブロックなんですか?」

という質問だった。で、質問の主は、大声で大阪弁を話す人だった。そして東京を快く思ってない感じの人だった。なので質問してみた。

「御客さんは、近畿と関西、どっちが良いですか?」
「そりゃ関西や。わしらは関西人やから」

 なるほど。
 近畿人という言葉はあまり聞いたことが無い。
 しかし関西人という言葉はきく。
 と、同時にローカルさが臭い出す。

 関西と言う言葉を発する人の多くは、関西の特殊性を強調する。つまり「ローカルだあ!」と言っている。特殊性とは、ローカルと同義語なのだ。で、そういう人にかぎって「東京なんて田舎もんの集まりやんか」と言ってている。つまり「東京はグローバルだあ!」と言ってるのだ。田舎もんが集まれるというのは、グローバルと同義語なのだ。もし大阪が東京を超えるグローバル都市をねらうなら特殊性を強調してはいけないのだ。

 しかし、関西イデオロギーをもつ人は、その特殊性に命をかけているわけだから、どんどんローカル(特殊性)に突き進んでいくだろう。それが無くなってしまったら大阪は面白くなくなって死んでしまうと思う。全国が東京と同じになったら、それこそ面白くない。ローカル(特殊性)、大いにけっこうではないか。

 だから近畿ブロックの名称を関西ブロックに変更してもよいと思う。近畿と関西ではえらいちがうからだ。

 近畿とは、都会という意味である。畿は都という意味。近畿とは、都の近くという意味である。つまり都会(グローバル)という意味なのだ。そのグローバルを捨てて、関西というローカル名称を使うというのであれば、それはそれで大英断である。

 ちなみに関東という名称は、坂東からきている。日本武尊が碓氷の坂を通ったことから、坂の東を坂東とよんだ。もちろん関もつくられた。そこから関東という名称が産まれ、それに対応する名称として関西という言葉も生まれた。つまり関東も関西もローカルをあらわす表記なのだ。しかし、近畿という名称はちがう。都の近くという意味なのだ。そのへんのことを良く考えて、地元民が、関西か近畿かを決めれば良いと思うのだ。

つづく。

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posted by マネージャー at 22:56| Comment(13) | TrackBack(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年09月25日

相関関係にかんする考察

 子供が産まれて明日で1年6ヶ月になる。
 つまり息子が明日で1歳6ヶ月になる。

 1歳6ヶ月にもなると、かなり歩けるようになった。しかし、御客さんのお子さんを拝見するかぎり、うちの息子は、まだまだ歩けない。歩けるようになったのが遅かったようだ。だから、まだまだヨチヨチ歩きである。それは分かっていたが、先日、軽井沢の公園でママ友と、その娘さん出会って驚いた。ほぼ同じ時期に産まれた娘さんが、靴をはいて公園を颯爽と歩いていたからである。いつ幼稚園にいってもおかしくないような凛々しい姿をしていた。しかし、その娘さんは1歳6ヶ月なのである。もちろん頭も良い。他者をキチンと認識できるし、お母さんとコミュニケーションをとっている。言葉になっている。会話をしている。

「さすが女の子だなあ・・・成長が早いなあ」
「うーん、かしこいなあ」

と感心してしまった。

 うちの息子は、現在、退化中である。これはよくあることで、赤ちゃんは進化の後に退化する。たとえば、うちの息子は生後8ヶ月くらいで「いただきます」「ごちそうさまを」正確に発音した。そして手を合わせていた。しかし、今は発音しないし、手を合わせることもしなくなった。赤ちゃんによくある退化現象であるが、正確に言うと退化では無い。自分の意思をもちはじめただけである。

 子犬なんかでもそうなのだが、最初はひたすら真似をする。しかし、ある程度大きくなったら真似をしなくなる。自らの意思を持ち始めて勝手な行動をおこすのである。そして、あらゆる対象にたいして自分が納得するまで実験を繰り返すのである。その態度は、科学者・研究者のそれとかわらない。つまり退化に見えて退化では無い。これは、あらゆる動物の赤ちゃんに見られる現象でもある。

 話は変わるが、最近の科学の進歩によって、進化論はほぼ否定されつつあるようだ。遺伝子が突然変異し、そのあと適者生存で残る個体と滅びる個体があるという説は、まともな学者なら誰も信じてないらしい。従って遺伝子に複雑な情報が組み込まれているという考え方も放棄されつつある。かわりにいろんな仮説がでてきた。その一つにホルモンが遺伝子のスイッチをオンオフさせているというのがある。環境の変化によって、ホルモンの出方に変化が起こり、それによって遺伝子に変化が起きるというのだ。

 面白いことに、このような考え方は、認知科学・発達心理学・動物学・脳科学などの各種の分野から、同時期にでてきた。もちろん医学の世界からもでてきている。癌になりやすい遺伝子をもっていても、必ずしも癌にならない人がいる。そういう人は環境に影響されているらしいというのだ。環境によってホルモンの出方が違い、遺伝子のスイッチのオンオフもちがってきていて、必ずしも癌になるかどうかわからないというのだ。

 その典型的な例としてよくあげられていることが、森林にいることによってナチュラルキラー細胞が増加して、癌になりにくくなるという事例だろう。この事例の面白いことは、森林のそばで3日間生活するだけで、3ヶ月間もナチュラルキラー細胞が増加したままであるということである。たったの3日間生活するだけで3ヶ月ももつのだ。つまり、都心のど真ん中にいようが、関係ないということである。定期的に森に行くだけでナチュラルキラー細胞が増加するわけだからだ。そうなると、定期的に温泉にかよう人に長生きが多いのも、温泉にかようことで何かのスイッチがはいっているのかもしれない。

 脳科学の世界では、赤ちゃんの脳の機能を先天的(遺伝子)・後天的(学習)にわけることが間違いだとされている。両者には相互作用があって分けることはできないものらしい。分けることが出来ないほど、脳には順応性があるということなのだ。

 しかし、この考え方は、最初、私には信じがたかった。理由は、犬である。犬種によって馬鹿と利口の差が大きすぎるのである。シエルティやコリーやプードルや甲斐犬は、人間に近いくらい利口であるが、ハスキーやダックスフンドや柴犬の馬鹿っぷりは、もう見てて哀れなくらいである。しかし、どれも犬という種なのだ。なのに犬種によって頭の良さがちがいすぎる。

 しかし、この考え方は、シエルティーの愛犬コロを飼い、犬仲間が大勢できたら撤回せざるをえなくなった。利口で有名なシエルティーも飼い主によっては、お馬鹿犬になってしまっている。また、お馬鹿犬で有名なシベリアンハスキーを、シェパード並みに利口に育て上げている飼い主の存在も自分の目で確認してしまった。

 一般的には遺伝子がものをいうと、言われている犬でさえ、飼い主によって、お馬鹿にもなりうるし、お利口さんにもなりうる。ましてや人間の赤ちゃんの脳なら、なおさら脳の機能を先天的(遺伝子)・後天的(学習)にわけることことができないかもしれない。多くの脳科学者や認知科学者のいうとおり、両者には相互作用があって、後天的(学習)なものが、先天的(遺伝子)なものを変化させうる可能性をもっているかもしれない。

 長い前置きは、ここまでとして本題にはいる。

 今までは、脳の機能を先天的(遺伝子)・後天的(学習)にわけることことができない。両者には相互作用がある。それほど脳は柔軟であるという話しをした。

 で、これから話すことは、そういう難しい話しでは無く、母親の失敗(ドジ)は、息子や娘の反抗と分けることが出来ない。両者には相互作用があるという事を言うつもりである。

 え?
 何のことか分からないって?
 そうせかさないでほしい。
 ゆっくり説明するので・・・・。

 宿屋をはじめて15年たつ。その間、常に疑問におもっていたことがあった。それはファミリーで泊まりに来る家族の中の、お母さんのドジ(失敗)についてである。皿を割るとか、水をこぼすとか、携帯や財布を忘れるといった、たわいもないドジのことだ。

 もちろんお父さんだってドジをする。お父さんとお母さんを比較したら、圧倒的にお父さんのほうがドジが多い。統計は、とってないが、感覚的に5倍くらいお父さんの方がドジが多いと思う。しかし、お父さんのドジには、法則性はないのである。宿屋の親父が観察しても、これといった法則性を見いだせない。

 しかし、お母さんのドジには、ある程度の法則性がある。お母さんのドジの8割が、息子さんや娘さんと喧嘩したあとにおきているのだ。しかし、お父さんには、これがあてはまらない。いくら子供さんと不仲になっても、お父さんは微動だにしない。しかし、お母さんはそうではないのだ。そういう時にかぎってドジをふむのである。

 だから宿屋としては、いらぬ仕事を増やさないように、親子が仲良くなるように細心の注意をはらっている。部屋割りとか、メニューとか、ビデオソフトとか、プレゼントといったことに、かなり気をつかうようになった。特にお母さんが、息子さん・娘さんと仲良くなるような細心の注意をはらっている。

 これは、うちの嫁さんにもあてはまる。

 嫁さんが失敗するケースの大半が、それ以前に息子が愚図っていることがおおい。なので、もし息子が母親の前で愚図っていたら、とんでいくことにしている。でないと嫁さんが失敗して、余計な仕事を増やしてしまうからだ。よーするに「母親の失敗」と「息子の機嫌」には相互作用があるのである。

 で、ここが不思議なところなのだが、「父親の失敗」と「息子の機嫌」には全く相互関係は見られない。父親のドジは、そういう所にはないのである。いくら観察しても法則性を見つけることはできない。息子や娘の機嫌に関係なく、うまそうに酒を飲んでいる。しかし、お母さんは、息子が機嫌が悪いと、高い酒も残してしまうのである。


つづく。

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2014年09月16日

高校生・中学生諸君!

北軽井沢ブルーベリーYGHは、いつもなら7割がリピーターである。
これは北軽井沢が滞在型の観光地であるのと関係していると思う。
ところが今年の夏は、新規の御客様が多かった。
リピーターは、7割から1割に減り、新規の御客様が9割に増えた。
それにともなってツアー参加者が激減し客層の平均年齢が低下した。
もちろん高校生の一人旅もチラホラみられるようになってきた。
そのたびに、私は心を痛めた。
軽井沢や北軽井沢は、高校生の財布には優しくないのだ。
交通費もやたらとかかる。
おまけに交通の便も良くない。
かといって、自転車で移動するには坂が多すぎる。
仮に、それは若さの体力で乗り切るにしても腹が減りすぎる。
つまり燃費(食費)がかかって財布に安くない。

私は、若い頃に三千円で買った中古自転車で日本一周したことがあったが、やはり燃費(食費)がかかった。旅が終わってから計算したら電車で日本一周した方が安かった。そのほうが燃費(食費)がかからないからである。ちなみに宿代は、電車も自転車もかわらない。どちらを利用しようが、駅寝したので費用はゼロである。昔の駅は、そういう使い方が出来た。今は無理である。駅から追い出される。浮浪者が多くなったからである。
思えば、今よりずっと貧乏だったのに、昔には駅に浮浪者なんかいなかった。浮浪者は、社会が豊かにならないとでてこないのだそうだ。社会が貧乏だと浮浪者も生活が出来ないのだ。
そういう意味で江戸時代は凄い。大金持ちの浮浪者がいたことが記録で分かっている。御殿に住んでいる浮浪者が何人も居たことが分かっている。
もはやこうなると浮浪者とはいいがたい。ホームレスでさえ無い。

前置きは、ここまでとして本題に入る。
高校生のことである。
北軽井沢が高校生の財布に安くないことは既に述べた。

しかし、それを解決した高校生がいたので『なるほど』と思ったので、ここに書いておくことにした。高校生・中学生諸君が、この文章をみていたら是非、参考にして欲しい。

で、話しは簡単である。
親にねだるだけである。
このブログのツアー報告を親に見せて
『一度、ユースホステルのツアーに参加してみたい』
というだけなのだ。それだけでいい。

もし、親御さんが、若い頃にユースホステルを使ったことのある人間なら、大喜びで連れてくることだろう。ユースホステルの教育効果を自らの体験で知り尽くしているからだ。高校生が十泊以上、ユースホステルに泊まれば確実に礼儀正しくなる。就職や進学の面接で有利になるし、その社会経験によって、就職(進学)した後にも有利になるし、なにより社会勉強として最強である。

たまに学生さんのグループが、北軽井沢ブルーベリーYGHに泊まっても団体だと自分達だけで閉じこもっていることが多いが、あれは非常にもったいない。もっと、おっさんたちとふれあった方が良い。

若い人たちからみたら、さえないおっさんにしか見えないかもしれないが、その中には、某金融機関の人事のひともいるし、某メーカーの秘書付役員も居る。裁判官もいれば弁護士も医者も大学の先生いる。南極隊員もいれば、フランスの三つ星レストランでシェフをしていた人もいる。そういう人たちは、自分の職業を隠しているが、宿主の私は宿泊名簿で知りうる立場にある。

そういう人たちが、若い頃にユースホステルは全盛期をむかえていた。そして、その頃のヘビーユーザーが、社会に出て大出世しているのだ。だから、おっさんたちは、ユースホステルの凄さをよく知っている。

それだけに息子が娘が『一度、ユースホステルのツアーに参加してみたい』と言ったら絶対に『うん』というはずである。大喜びで連れてきてくれるはずである。

仮にもし、親御さんがユースホステルをよく知らなかったとしよう。それでも問題ない。まず、図書館にいって『リヒャルト・シルマン伝』を読んでお父さんに説明するか、このブログをお父さんに読んでもらえば良い。感のよいひとならアッという間に『一緒に行こう』または『行ってこい』になるはずであるし、有力なスポンサーになるであろう。

そうなれば『トイレで一人で弁当を食べる』というまか不思議な行為はなくなるし、一人毅然と行動できる自分になっているはずである。ユースホステルの世界を知ったら、学校内のことなんか小さすぎて悩みも何もかもが消えてなくなるであろう。それほど世界は大きいのである。


つづく。

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2014年09月03日

北軽井沢にやってくるスーパーマンたち

 以前、日本ユースホステル協会の理事長・事務局長・事務局の人と、民営ユースホステルの集まりで、話し合いがもたれたとき、すごいデーターを聞いたことがあった。日本ユースホステル協会の会員に、80歳以上の人が何十人もいるというデーターがあったのである。最高齢は、90歳以上であった。

 当時、ユースホステル協会が発行していた雑誌『とらいべる』の表紙には、モデルの若い美人女性の写真がデカデカと載っていたが、私は

「もし80歳以上の御老人が、何人も会費を払いつづけてユースホステルを使って一人旅をしているなら、機関誌『とらいべる』の表紙は、その人たちで飾るべきだし、その人たちの特集を組んで、我々が元気をもらえるようにすべきだ」

と私は提案した。

しかし、事務局の方の返事は、さえないものであった。

「このデーターにある方のほとんどは、終身会員の方で、毎年会費を払っているわけでもありません。はたして今でも一人旅をしているのか、わかりません。もちろん生死もわかっていません。だけど終身会員なので、お亡くなりになったという御連絡ないかぎり、雑誌『とらいべる』を送りつづけているわけです」

 ああ、なるほど。
 終身会員か。
 5万円払うと、死ぬまで会員でいられるやつね。
 じゃあ、寝たきりでも、
 全く旅をしてなくても、
 ユースホステルの会員のままなわけだ。
 そうだよなあ。
 80歳以上で一人旅する人が、ゴロゴロいるわけがないよなあ。
 現に、うちの宿にも泊まりにきてないなあ。

と、勝手に納得してしまった。

 ところがである。その勝手な納得を最近、ひっくり返されてしまったのである。80歳すぎた一人旅の人がやたらと泊まるようになったのである。85歳のお婆ちゃんは、かれこれ20回くらい一人で泊まりに来ている。もちろん携帯など持ってないので、電話する時は、喫茶店でお茶を飲むかわりに電話を借りて宿に連絡してくる。そういう御客様が増えてきている。

 で、今日は、もっと驚いた。
 80近い人が、東京から自転車でやってきたのだ。
 そして15時頃にチェックインをして、
 まだ元気をもてあまして、
 庭にいる愛犬コロと遊んでいる。

 元気のかたまりである。
 さすが、日本の経済をひっぱってきた世代は違う。
 スーパーマンといってもよい。

つづく。

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posted by マネージャー at 19:17| Comment(6) | TrackBack(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年09月02日

ルミナスの凄さ 類似品の駄目さ 安物買いはしてはいけなかった

昨日、今日と、御客様はいなかった。
やっと休めるかと思ったが、甘かった。
館内のメンテナンスに48時間かけたが、まだ半分も終わってない。
今日は、リネン室の大掃除だけで丸一日つぶれた。
全ての館内のメンテナンスが終わるまで、あと1週間はかかりそうである。

ゴミも大量に出た。
カインズホームのマインラックは全て捨てることになった。
わずか5年で錆びだらけになったからである。
安物買いの銭失いだった。

倍の値段がしたルミナスは、10年経っても全く錆びない。
さすがはルミナスである。
クロームメッキのうえに透明のアクリル塗装してあるだけのことはある。


つづく。

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posted by マネージャー at 23:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月29日

今日は、みずがめ座δ南流星群、やぎ座α流星群が極大

一昨日が新月であった。
しかも、みずがめ座δ南流星群、やぎ座α流星群である。
そして、一昨日、昨日と、星空観察会に参加された御客様は大喜びであった。
ホッとした。

多くの御客様は、星を見に来ている。
しかし、今年は長雨が続いて星が見れない御客様が多かった。
そのガッカリした姿を見る度に落ち込んだ。
晴れてくれ、晴れてくれ、と毎日祈った。
で、一昨日の新月の時、満点の星空だった。
子供たちも、御両親も大喜びであった。
特に中国から来た人が喜んでいた。
天の川を初めてみたと言っていた。

そして昨日、二組の御家族を案内した。
お子さんの宿題のお手伝いもした。
皆さん大喜びである。

やはり星が出ると、御客様は喜ばれる。
そういえば、あと9日で七夕である。
この調子で、晴れが続いてほしいものである。


つづく。

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posted by マネージャー at 05:25| Comment(4) | TrackBack(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月28日

一通の葉書

猛暑が続くせいか、怒濤の予約ラッシュが続いていて、
ここ数年で一番御客様が入った年になったが
実は2週間前までは閑古鳥であった。
長雨のせいである。
うちは、アウトドアを趣味とする御客様が多いので、
雨が続くと御客様が減少する。
晴れてないと、あまり予約が入らないのである。

そんな状況でも泊まりに来てくれる御客様がいた。
天気予報が最悪だったので、
「今週末はアウトドアの御客様は来ないな」
と思っていたら予約が入った。
◆◆さんだった。
もちろん予約を受け付けたのが、
宿側としては心苦しかった。
他にツアーを希望する御客様がいなかったのだ。
つまり◆◆さんが
「どうか、もう一人泊まってくれ」
と祈っていたが、それも空しく空振りに終わった。
で、当日、◆◆さんをむかえて夜のお茶会をひらいたわけだが、◆◆さんが打ち明けてきた。

「実は転職することになりました。飛行機の距離に引っ越します」
「ええええええええええええええええええええええええええええ」
「会社の業績が思わしくなくて」

そこで急遽、転職祝いをするこちとになったが、もちろん他の御客様もいないのでサシで飲むことになる。

「さびしくなるなあ、もう当分会えないね」
「そんなことないです。実家は関東なのでまた来ます」
「無理しないで良いよ。当分は異郷の地になじまなければ。初めてなんでしょ、九州で暮らすのは」
「まあ、そうですけれどね」

その夜、久々に夜遅くまで御客様と飲みあった。
今まで聞いたことの無かったも聞けた。
人には、いろんな歴史があるようである。

翌日、彼は土井君のツアーに参加した。
私は、北軽井沢マラソン参加の御客様の対応に追われてろくに会話も無くおわってしまった。
そして数日前、一通の葉書が届いた。
九州で元気そうにやっている文面だった。
心がキュンとなってしまった。
この猛暑の中、元気いっぱいにがんばっているのだろうなと思いながら。


つづく。

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posted by マネージャー at 06:25| Comment(5) | TrackBack(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月27日

お父さんの知恵に感心した件

今日も怒濤の予約ラッシュだった。
「なぜだろう?」
と不思議に思っていたが、さっきテレビをみて納得。
全国的に猛暑旋風がふきあれているらしい。
どうりで予約がはいるわけだ。
北軽井沢は避暑地ですからね。

それはともかく、最近は北軽井沢でイベントが多い。各ホテルや大規模な宿泊施設がイベントを主催していて、そこに出入りする業者さんたちの予約がたくさん入ってきている。業者さんといっても単身でやってくる人は、わずか。大半が家族を連れてきている。お父さんは、お仕事なのだが、お母さんとお子さんたちは、夏のバカンスなのだ。よーするに、仕事ついでに家族サービスを兼ねているのである。

「毎年、夏になるとやってきて、北軽井沢は涼しいなあと思ったので、いっそうのこと、仕事ついでに家族も連れてきました」
「なんと、うまいことを考えましたね。一石二鳥ですね」

これには、本当に感心してしまった。こういうスタイルのバカンスというのもいいかもしれない。お母さんも家事から解放されるし、子供たちは大喜びだし、それでいて、お父さんはお仕事が出来る。しかも涼しい。一石二鳥どころか四鳥ではないだろうか?


つづく。

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posted by マネージャー at 07:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月02日

今日は、日本ユースホステル協会の会議だった

 今日は、全国のユースホステルのマネージャーが、日本ユースホステル協会に集まって研修会を行っている。なんだかんだで、100人くらい集まっているだろうか。いろいろと懐かしいお顔を拝見できてよかった。そして楽しかった。あと研修にしても、かなり面白い講習をうけられてよかった。いろんな事例を見聞きすることができたし、稼働率99パーセントという凄いゲストハウスの経営者とも会えた。

 面白いことに、そのゲストハウスのオーナーの前職と趣味は、宿屋でもなく旅人でもなく、携帯電話を売る商売をしていたことである。そういう人が、ドミトリーというアナログな宿にこだわっていた。宿にエアコンをつけずに蚊帳をつけることにこだわる宿主だった。そのうえドミトリーなのにビジネスホテルより高い価格を提示した。そういう宿が稼働率99パーセントになったのである。興味がないといえば嘘になるではないか。

 日本ユースホステル協会の会長や理事長とも、じくりとお話ができた。歴代会長の中で、一番気さくな会長だった。あと、オフレコでいろいろ本音を言っていくれたのもよかった。面白しろい人であると思う。また、いろんなマネージャーとも親密に話し合えてよかった。明日の、つづきの会議が楽しみである。

つづく。

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posted by マネージャー at 21:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月19日

ライダーさんたちと、チャリダーさんたち

ここ数日は、ライダーさんだらけ。
北海道から南下して三十日間旅ずくめの人もいた。
そういうライダーさんは、私が自転車小屋を建てているところにやってきて、世間話に花をさかせる。
きっと長旅の間に、いろんなことがあったんだと思う。
その心労を思いやって、料理を一品ふやしたりした。

チャリダーさんもやってきた。
山中にある北軽井沢にくるというだけで尊敬できる。
すごく体力を消耗するからだ。
到着しても疲労のためか玄関に入らない。
受付もせずに庭で放心状態になって満開のチューリップをながめている。
野鳥も彼の周りでさえずっている。

このときばかりは、庭を造成して、ほんとうに良かった。
そう思った。
手間暇かけた庭は、こういう人達の癒やしに、すこしでもなればいい。
それだけで作ったかいがあるというものだ。


つづく。

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posted by マネージャー at 23:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月28日

税金の話 子育て世帯臨時特例給付金の申請

消費税増税の4月1日まで、もう少しである。
本当に頭が痛い。
とりあえず1円玉を大量に用意しておかなければならない。

そうそう、役場に行って、子育て世帯臨時特例給付金の申請もしなければならない。これは、児童手当をもらえる世帯は、子供一人について、1万円もらえるという、子育てしている家にとって朗報でもあるのだが、めんどくさいことに役所に申請しないともらえない。申請が無いともらえない金なのだ。まことにめんどくさい。
これを知ったのは、税務署で確定申告しているときである。今年から「復興税」なるものをとられることになったことを知った。消費税の増税を知らない人はないと思うけれど、復興税については、案外知られてないのでは無いか?
「また増税かよ!」
と落胆してたら、税務署の人が子育て世帯臨時特例給付金の存在をおしえてくれた。
子供がいたら1回だけ1万円もらえるらしい。
しかし、役場で申請しないともらえない。
この存在を知らない人は、もらいそこねるわけだ。
めんどくさいけれど、4月1日になったら役場に行ってくる。
子供のいる皆さんも、役場に行った方が良いですよ。

そんなことは、どうでもいいとして、税金の話。
もっとシンプルな税制にならないのかなあ?
今の税金のシステムは複雑すぎる。
そのために知らないと損するようなケースが多い。
何とか給付金とかいらないから、
なんとか税というのをやめて、もっとシンプルにしてほしい。

そういや、最近、年金ネットというものに加入した。
過去の年金記録が、サイトで一目瞭然にわかる。
で、65歳になるといくらもらえるかもでてくる。
これは、シンプルでわかりやすい。
ただし、正直言って、あまり信用してない。
少子化の時代である。
もらえる額なんて変化するに違いないと思っていたら、
今年から、払うべき国民年金の金額が増大していた。
そうか、その手があったか。
ますます家計が厳しくなるなあ。


つづく。

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posted by マネージャー at 08:31| Comment(3) | TrackBack(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする