2017年01月07日

3歳児が、親の手を借りずに三千メートルの山に一人で登れるようになる方法 7

 息子の誕生日は 3月26日。早生まれもいいところで、3歳になった数日後に子供園(幼稚園)に入園することになります。最初私は子供園(幼稚園)を休ませて、息子を山に連れて行く気満々だったんですが、そうはいきませんでした。息子が早生まれで成長が遅かったために、幼稚園で落ちこぼれ気味になってしまったからです。

 もちろんそんなことなど気する私ではありません。いろんな高級ホテルで「本物のジェントルマン」と絶賛されていた息子です。幼稚園の評価など屁ほども思ってなかったのですが、うちの嫁さんの方が気にしました。

IMG_0477.JPG

 息子を幼稚園を休ませ山に行こうとすると、くそ真面目な嫁さんの機嫌が悪くなる。仕方ないので、しばらくは真面目に幼稚園に通わせたんですが、保育所と違って幼稚園にはいろんな授業がある。毎日出ていないと落ちこぼれたりするんです。ハサミの使い方とか、お遊戯の仕方とか、そういうものに落ちこぼれてしまう。

 息子は、入園する前から2000メートル級の山に自力で登っているし、文字も漢字も覚えている。おまけに高級ホテルで絶賛もされているので全く心配してなかった。けれど幼稚園の授業は、どうもそういう能力を磨くところではないらしい。そのために息子は授業についていけないらしい。

 そもそも息子は3月26日の早生まれですから、 5月とか6月に生まれた幼児に比べたらかなりハンデがあります。おまけに成長が遅い。同じ3月生まれの他の子たちに比べても、かなり成長が遅い。言葉もしっかり話せない。

 だから仕方ないと言えば仕方ないので、容赦なく子供園を休ませては、遊びに連れて行ったり、山に連れて行ったりしていたんですが、熱心な担任の先生からはクレームが入ってしまう。このままでは年中組になったときに、(要約すると)落ちこぼれてしまうというのです。

 バカバカしいとは思いましたが、真面目で教育熱心でな先生の言うことなので、まるっきり無視をするわけにもいかず、山に連れて行く回数が半減します。おまけに今年は、 6月から9月にかけて長雨が続いたので、山に行く回数も激減。

738_003.jpg

 私をよく知ってる人なら、私が幼稚園の先生ごときの言うことを聞く人間で無い人間であることは周知の事実です。私は息子が生まれると同時に、周囲に「俺はモンスターペアレントになる」と公言していましたから。

 しかし、幸か不幸か息子の担任の先生は、驚くほど良く出来た先生で、本当に息子のことを親身になって世話してくれます。教育熱心で真面目で熱心に幼児教育に打ち込んでる。私は、こういう先生に弱い。私でなくても、誰が父親でも弱いと思う。先生に対して頭が上がらなくなる。だから幼稚園をガンガン休ませて山に連れて行く予定が、そういう訳にはいかなくなってくる。

 私的には、幼稚園に落ちこぼれても、どうでも良いと思っているんですが、先生の立場としては、そうではない。もし、担任の先生が、たいしたことの無い先生ならば、無視して休ませたんですが、先生は一生懸命なんですよ。そういう先生には、刃向かえない。

 そのうえ最悪なことに、嫁さんがついうっかり、休館だったはずの10月の連休直後にお客さんの予約を入れてしまった。10月の連休直後に1週間くらい休館して、息子を槍ヶ岳に連れていく予定だったんですが、それができなくなりました。

 実は10月の連休直後から北アルプスには雪が降ります。そのために上高地から槍ヶ岳の間にある山小屋の多くは閉鎖されます。だから、息子を連れて槍ヶ岳に上ろうと思ったら10月連休直後でないと無理なのです。それ以前だと山小屋が大混雑で3歳児を連れて泊まること自体に無理がありますし、夏は商売の関係で無理です。

 かといって6月には残雪がありますし、7月は天候が不安定。9月は秋の長雨シーズンなので無理だし、11月になれば吹雪と小屋じまいで無理。チャンスがあるとすれば10月の連休直後しかなかったんですが、嫁さんがついうっかり、うちの宿にお客さんの予約を入れてしまった。

al-000971.jpg

 それを知ったとき、目の前が真っ暗になってしまいました。落胆のあまり2・3日ぐらい食事が喉に通らなかったくらいです。よほど嫁さんだけを宿に残して、私と息子だけで槍ヶ岳に行こうかと思ったんですが、それもかわいそうなんで、槍ヶ岳は諦めて八ヶ岳に頭を切り替えました。八ヶ岳なら山頂の山小屋は11月の第1週目まで営業しています。雪も遅いので間に合うのです。

 八ヶ岳(赤岳)は三千メートル級の山で頂上付近はかなりの岩場ですから相手に不足なし。おまけに山頂から見る富士山が美しく甲府の夜景も魅力。槍ヶ岳に比べてアプローチが短いし、山小屋も密集しているので万が一吹雪になっても避難しやすい。幼児連れには安全なルートともいえる。そう考え直して、八ヶ岳にチャレンジするために特訓をはじめました。

 9月は5回。10月は15回の2000メートル級の山に登山をしています。低い山や、浅間牧場・シャクナゲ園・浅間園などを含めれば、もっと登っています。さすがにこれだけ登ると息子は日に日にたくましくなっていきます。

 ただ、幼稚園からのクレームが増え、嫁さんの機嫌も悪くなります。私的には、幼稚園に落ちこぼれたっていいじゃないかと思うんですが、嫁さんは不満たらたら。

 運動会でかけっこすれば、いつも一番後ろを走っているし、日常会話もスムーズではないし、親しいお友達がいっぱいいるわけでもない。いつもお友達からワンテンポ遅れて行動しているのが不安でたまらないらしい。私は
「3月26日生まれなんだから仕方ないよ」
と無視するんですが、
「だからこそ幼稚園も休んではいけないの」
「バカバカしい」
と夫婦で口論になったりします。

IMG_0033.JPG

 そもそも幼稚園の優等生になったところで、あまり意味がないと思っているんですが、他の人はそういう考えではないらしい。優等生なるよりも、3歳で自分の力で八ヶ岳に登山したという事実の方が、はるかに得るものが多いし将来の自信につながるはず。「優等生なんてくそ食らえ」と言いたいけれど、世の中の圧力も無視しがたいので、午前中だけ幼稚園に行かせて午後12時30分から山に行くことにしました。だから10月以降は、主に午後に山に登っています。

 しかし、それさえも先生から13時まで幼稚園で勉強させてほしいということになり、それが13時30分まで勉強させてほしい・・・と、ズルズル引き延ばされてしまいます。その結果、登山開始時間は、どんどん短くなって、14時30分からの登山になる。

 登山家なら分かると思いますが、10月・11月は日照時間が短いし、熊の活動時期とかぶるから、14時30分からの登山は危険もいいところです。そもそも山屋の常識から14時30分からの登山はありえない。その時間には下山しているべき時間です。

 おまけに日没の関係で16時30分までに下山をおえないといけないので、息子の早足の負担をかけることになる。もちろん早足を強制しても、足がはやくなるわけではないので、苦労の連続でした。

 それはともかくとして、ここで3歳児の山登りに関するコツを述べたいと思います。
 2歳児の山登りですでに7つのポイントを述べています。
  (1)飽きさせない
  (2)自分の力だけで登ったと錯覚させる
  (3)褒めまくる
  (4)報酬を与える
  (5)装備を調える
  (6)山を歩かせない
  (7)音楽の手を借りる。
 これらの7つのポイントは、そのまま3歳児にも当てはまりますが、 3歳6ヶ月ぐらいになると、かなり体力もついて、大人と同じレベルの山に登れますから若干の補足があります。



(8)栄養補給を欠かさない

 2歳児の頃は、4時間ぐらい山を歩いた直後に爆睡することが多いのですが、3歳児は大人顔負けの体力と持久力を持っています。そのためには、水分・栄養・アミノ酸飲料の補給をこまめに行う必要があります。特にアミノ酸の補給を怠ると、がくんと体力が落ちてきます。もちろんビタミンとカロリーも重要です。
 標高2000メートルから3000メートルクラスの山は、1日に8時間ぐらい歩き続けますから、栄養と水分補給には細心の注意が必要です。1回の登山でアミノバイタルproを3個。大人の補給量を少量ずつこまめに飲ませないといけないので、チューブタイプでゼリー状のものを使います。

item10.png

(9)目的を設定して報酬を用意する

 3歳児は、 2歳児以上に報酬に敏感です。私は、主にグリコのプリッツを少しずつ与えています。プリッツを3等分にして十メートルごとに与えれば、一つの山に1箱も使いません。十メートルくらい先にすすんで待っていてお菓子やゼリーをもって笑顔で待っていると、嬉しそうに前進してきます。そして息子が追いついたら
「偉いなあ」
と褒めながら御褒美をあげる。それを繰り返すことによって体力がアップしますから、体力にあわせて十メートルを二十メートル。そして三十メートルと延していきます。
 御褒美も、飽きられないように毎回かえていきます。プリッツも毎回味をかえ、チョコ・チーズケーキ・イチゴ・サツマイモ・羊羹・甘栗といったサプライズを用意すると、さらにテンションがあがります。注意しなければならないことは、ごく少量ずつ与え、もっと食べたいと思わせる。そのうえで一緒に「美味しいね」と語り合って共感し合う。そして次の目標を決めて
「今度は、あそこで食べよう」
と奮い立たせます。忘れてならないことは、食べさせる前に褒めること。あくまでも御褒美としてあげる。ただあげるだけでは、歩かずに駄々をこねるようになるからです。

IMG_1716.JPG

(10)登山者と挨拶をしあう

 声も大きくすると良いかもしれません。親が、すれ違う人に大きな声で「こんにちわ」と挨拶すれば、子供も真似をします。山には多くの中高年登山者がいますが、3歳児が元気よく挨拶をすれば、誰もが好意的に挨拶を返し励ましてくれます。これが3歳児のポテンシャルをあげてくれます。
 幼稚園などでは挨拶を非常に重視して教えるのですが、現実世界では見知らぬ人同士で挨拶することはありません。ところが山では、幼稚園と同じように誰もが挨拶をしあうので、3歳児にとっては、山の風習は幼稚園とにていて親近感がわくようです。そして道をゆずれば、挨拶が休憩にもなりますから、喜んで挨拶をするようになります。
 下山後は、できるだけすぐに温泉に入るといいです。2歳児の時は、すぐに爆睡して温泉どころではありませんが、3歳児になると温泉に入る余裕がでてきます。温泉に入れると回復がはやいです。毎日でも山に登れるようになります。午前中に幼稚園に行かせ、午後から浅間隠山などに登山して、そして温泉に入るというパターンを続けられます。

(11)ルートに注意

 3歳児にとって苦手なものは岩場と鎖場です。逆に得意なのが階段やハシゴ。大人もビビる鉄ハシゴも3歳児は難なく登りますが、これは公園のジャングルジムやハシゴでなれているからでしょう。逆に岩場や鎖は日常生活に存在してないので戸惑うようです。

 ただし岩場を体験すると、教えてもないのに3点確保をするようになりますから、体力だけで無く運動能力も向上します。しかし大人の速度についていけません。逆に階段とハシゴは、なれてくると大人と同じ速度で歩けるようになります。それを考えて登山ルート選びするとよいでしょう。

 岩ばかりのルートは、大人にとっては楽ですが3歳児にはきつい。逆に大人が苦手な階段は、3歳児にとって登りやすい。だから普段と発想を変えてルートを決める必要があります。

IMG_0001.JPG

(12)登山靴を買う

 あと、3歳児になると登山靴のサイズがあうようになります。ノースフェイスから、16.5cmが出ていますし、他からも17センチの登山靴をだしています。それらに中敷きをたすと1センチ小さくできますから、15センチの足なら中敷きを2枚入れて厚手の靴下で履けるようになる。

 登山靴を履けれれば滑りにくいし、岩もヒョイヒョイと登れるようになります。ただし子供が調子に乗りやすくなるのでそこは要注意です。以上、12点のコツを述べてみました。

つづく。

↓ブログ更新を読みたい方は投票を

人気blogランキング





posted by マネージャー at 10:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 登山関係の話題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月28日

3歳児が、親の手を借りずに三千メートルの山に一人で登れるようになる方法 6

(1)飽きさせない
(2)自分の力だけで登ったと錯覚させる
(3)褒めまくる
(4)報酬を与える
(5)装備を調える
(6)山を歩かせない
(7)音楽の手を借りる。

IMG_1716.JPG

 これらの7つのコツを使って息子を山好きにさせていきました。そして、池ノ平湿原の木道歩き。桟敷山林道、武具脱の池、万座温泉、渋峠に横手山、湯の丸山、標高1999メートルの破風岳、軽井沢の離山、榛名山と、少しずつ山登りの難易度をあげていきました。すると、驚いたことに急にバランスの取り方がうまくなっていきます。


1.池ノ平湿原の木道歩き

 2歳児にとって初めての本格的登山は、木道と階段しかない池ノ平湿原が良いと思っていました。一番の理由はトゲです。幼児の皮膚は柔らかいので、大人ならなんでもない枯れ枝でも、トゲとなってささってしまうのです。これがやっかいで、そのたびに毛抜きでトゲをとってあげるのですが、2歳7ヶ月だと必ずしも協力的とはかぎらないので大変な苦労をします。ですから藪のない木道と階段が理想的なのです。階段は、大人にとっては苦しい登りですが、幼児にとっては必ずしもそうではないんです。

 なので息子にとって生まれて初めての自力登山は、2015年10月6日。池ノ平湿原の木道歩きと雲上の丘です。ここは木道と階段ばかり。こういう山なら好奇心に負けて藪に入るようなことはありません。普通の山だと好奇心で枯葉や枯れ枝をさわって、トゲが刺さるなど大変なことになるからです。

 また、野生動物のウンチにも気を付けなければいけません。岩場には、たくさんのウンチがいます。しかし、そのウンチは、雨に打たれて綺麗な赤い木の実の姿をしているんです。好奇心の強い幼児は、これに触りたがるんです。しかし、階段や木道を歩かせると、赤い木の実のウンチなんか目もくれずに前進しようとします。日本のまっすぐな道や階段があると、どういうわけか2歳児は、まっすぐに前進したくなるんですね。それを浅間牧場などで経験済みだったので、池ノ平湿原を歩かせたわけです。


IMG_0169.JPG

IMG_0243.JPG

IMG_0068.JPG


2.桟敷山林道

 ここも両端が笹藪なために木道と同じような効果があります。あと笹藪地には野生動物のウンチがないために安心して歩かせられます。気をつけるべきはダニですが、10月すぎれば安心して良いでしょう。

IMG_1009.JPG

3.武具脱の池
4.万座温泉
5.渋峠に横手山

 この3つも木道があって幼児を歩かせるには安心できるので良いですね。

IMG_0472.JPG

6.湯の丸山、

 芝生があるために怪我無く歩けます。藪も無いです。ただし、牛のウンチと野いちごのトゲが怖いので、そこだけ要注意です。

IMG_1663.JPG

6.破風岳

 標高1999メートルですが、幼児にとっては比較的登りやすい山ですね。
 この山では、最初から最後まで自力で登っていました。
 これ以降は、オンブもダッコも無くなっています。

IMG_1604.JPG

 動画もあります。
 2歳7ヶ月の幼児が強風の中を登っている姿が見られます。





これは頂上での様子。




7.軽井沢の離山

 安心して登れる山の一つですね。
 なだらかで、途中に木道のルートがあります。
 そして最後は階段なので幼児に優しいルートです。

16-2-09-2.jpg


8.榛名山、

 安全に登れる山がたくさんあります。
 それと木道のルートがあって、2歳の幼児に優しい場所です。

IMG_0001.JPG

 池ノ平湿原の木道歩き。桟敷山林道、武具脱の池、万座温泉、渋峠に横手山、湯の丸山、破風岳、軽井沢の離山、榛名山と、少しずつ山登りの難易度をあげていきました。すると、驚いたことに急にバランスの取り方がうまくなっていきます。うちの息子は、1歳6ヶ月くらいから毎日のように浅間牧場を歩いていましたが、それを1年間つづけるよりも、数回の登山の方が上達がはやい。何十回も牧場を散策するより、数回の登山の方が劇的に運動神経がアップしているのです。ヨチヨチ歩きが消えて大人のようにスタスタ歩けるようになる。登山で何かコツをつかんだみたいで、反射神経がよくなって、無駄な動きが少なくなって、階段をスイスイと上ったり、坂道を楽々と登るようになっていました。

 こうなると道草が少なくなってくる。以前は、牧場を散策しても、草花をさわったりで前に進まなかったのですが、道草が減ってきて歩行速度がはやくなる。そして歩くのが楽しそうになる。おやつなどの報酬をあたえなくても歩きたがるようになる。槍ヶ岳に登ることも可能になってくる。体力と運動神経で見通しがたってくる。

 問題は「相部屋の山小屋に行儀良く泊まれるかどうか?」です。
 これが一番の難題です。
 槍ヶ岳に登るには、山小屋に4泊しなければならない。
 3歳児が大人しく相部屋の山小屋に泊まれるのか?
 という問題がでてきます。

 で、高級ホテルに泊まって練習することにしました。もちろんコース料理つきのホテルです。ファミリー対象のホテルではありません。そういうところは、子供は騒ぎ立てるので、息子の勉強のためには有害です。

IMG_7647.JPG

15-1204-06.JPG

 2歳児になると世の中のルールを理解しだします。と同時に、イヤイヤ期がはじまります。何か気に障ることがあると激怒するようになります。しかし彼らが激怒するときは、必ずと言っていいほど、彼のマイルールから外れた時です。

 例えば、スーパーに行った時に、まず最初に試食コーナーに行って試食を息子が食べたとします。それを三日間連続して行うと、スーパーに行ったらまず試食コーナーで食べるというルールが息子の中に出来上がります。そういうルールで世の中動いていると息子は勘違いする。2歳児のイヤイヤ期というものは、 2歳児のルールに対する中途半端な理解によって発生するのです。

 逆にいいますと、マイルールが無い場合は様子をみます。2歳児は静かになります。行儀がよくなります。だから「他所様の前では、行儀が良いのに、親の前では我がままになる」と言うお母さんたちの証言がでてくるのです。お客様の中には
「うちの子は、内弁慶なんです」
と証言するお母さんが何人もいましたが、内弁慶なのではなく、見知らぬ環境に驚いて、どう接して良いかわからない。自分の中にある原則=マイルールが確立してないので様子をみている。で、まわりの大人たちが静かに食事をしていると、それを見習うようになる。

 だから子供たちが大勢泊まっていて暴れ回って親が注意してないような宿に泊まったとしたら、息子は自分も暴れて良いと思ってしまう。まわりをみて学習して、それが自分のルールになってしまう。だから2歳児にルールを学ばせる場所が非常に重要になってきます。

 なので息子が2歳の時に宿を休館にし、マナーを要求される高級ホテルに何度も泊まりに行きました。「宿は静かに泊まるところ」という刷り込みを行うためです。最初が肝心ですから。

 で、高級ホテルに泊まると、案の定、レストランの一番奥のすみっこに席が用意されていました。そして予想通り隣のテーブルの人に嫌な顔をされます。で、ハラハラしながらコース料理をいただいたのですが、ホテルの雰囲気に圧倒されたのか、息子は最後まで静かに食べてくれます。そして周りが豹変(ひょうへん)します。ホテルの人には、
「素晴らしい」
「本物のジェントルマンですね」
と絶賛してきます。最初は舌打ちされたうえにジロジロみていた隣のテーブルの人たちも、わざわざ近づいてきて、お褒めの言葉をくれます。

IMG_7616.JPG

 親としてはホッとします。 もちろん息子がジェントルマンな訳がありません。泊まったホテルの格式が、息子にマナーを刷り込んでくれただけです。親の緊張が息子に伝わっただけです。こういうことを何回か繰り返すと、息子は宿に泊まるときは静かにするもんだと刷り込まれます。こうしてやっと、
「山小屋も大丈夫だ」
と確信できまるようになりました。後は簡単です。息子の体力だけが課題ですから。

 脳の発達にはいくつかの臨界期があると言われています。例えば視覚。誕生から数ヶ月間、全く光を知らないままでいますと、脳の視覚システムが構築できず一生涯失明したままになります。これが臨界期です。

 また、十歳までに人間社会の言語に触れることができなかった子供たちは、脳における言語システムそのものが構築できないために、 十歳以降にどんなに勉強しても文字を覚えることも言葉を話すこともできないと言われています。これが言語の臨界期です。

 そして脳の発達にはもう一つの臨界期があると言われています。それは脳の「眼窩前頭域」で、この部分の盛んな発達は生後36ヶ月ぐらいだと言われています。この「眼窩前頭域」の発達が脆弱だと自分の感情が抑えられないハイリスクの子(危険度の高い子)になり、共感能力や思いやりを欠く子や、無気力、無感動な子になりやすい言われています。

 躾をするには、この時期が重要なので、分不相応にも高級ホテルに泊まり、静かに行儀良くできるように訓練しました。こうして、息子が山小屋に泊まれる能力を磨きました。後は、本格的な百名山に次々とチャレンジするだけになりました。

 ところが誤算がありました。
 子供園(幼稚園)です。



つづく。

↓ブログ更新を読みたい方は投票を

人気blogランキング





posted by マネージャー at 23:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 登山関係の話題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月27日

3歳児が、親の手を借りずに三千メートルの山に一人で登れるようになる方法 5

 私の目標は、3歳になった息子を槍ヶ岳の頂上に連れていくことです。『風のたより』でさんざんやってきたことなので、決してできないことではないと思っていました。

al-000801.jpg

 ただし、相手は3歳児なので、大人と違って駄々をこねる可能性があります。大人ならアミノバイタルを飲んでくださいといえば飲んでくれます。しかし3歳児は飲んでくれない可能性がある。これをクリアするためには、アミノバイタル・クエン酸・ローヤルゼリー・ブドウ糖・ビタミン剤といったサプリメントを飲んでくれないといけません。

 そのためにはゼリーを大好きになってもらわないといけないし、野菜ジュースや野菜ジュースタイプのスムージーも好きになってもらわないと。なにしろ3歳児ですから電池切れがはやい。

 そこで、他のおやつは一切控えさせて甘いものに対して飢餓状態に陥った頃に、最高級のゼリーを少しずつ息子に食べさました。息子は千疋屋のゼリーにイチコロだったみたいで、何かあるたびに
「ゼリー食べたい」
と言ってきました。私は
「じゃあ山で食べようか」
と言って、小浅間山に連れて行って、少し歩いて息子の喉の渇きを待って、チューブタイプのゼリーを食べさせました。

item10.png

 もちろん最初はアミノバイタルではなくて美味しいゼリーです。息子はそのチューブタイプのゼリーをいたく気に入って、
「美味しいねぇ」
「また食べようね」
と気に入ってくれました。こうなればしめたもんで山に行くたびに、散歩に行くたびに、様々なタイプのゼリーを水筒がわりに食べさせます。ビタミン剤タイプのゼリー・アミノ酸系のゼリー・カロリー補給タイプのゼリー・野菜ジュース・野菜のスムージー。それらを喉が渇いた頃に見計らって飲ませるのです。

 もちろん少しずつです。毎回同じものを大量に飲ませれば飽きます。そうならないように、少しずつ飲ませて、もうちょっと飲みたいぐらいの頃合いを見てストップさせます。「もっと飲みたい」と思うくらいのところでストップがコツです。

 これは「平仮名カタカナ」を覚えさせる時でも一緒です。息子がどんなに平仮名に夢中になったとしても5分で止める。盛り上がったところで止める。それによって息子は2週間で文字を覚えてしまう。カタカナも2週間で覚えました。

 では 30分ぐらい勉強させたらどうなるんだろうか?と、漢字を使って実験したら見事に失敗。漢字を見るのも嫌になりました。なので漢字の勉強は1年間中断。1年後に漢字の勉強再スタートさせています。

 もちろん5分以上の勉強はさせていません。本人が、どんなにやりたがっても 5分でやめます。これコツで、どんなに息子がやりたがっても中止。漢字カードをしまう。けれど親が漢字カードを隠していても、どこからか息子は見つけ出して、一人で息子は漢字の勉強している。5分でやめれば、それほど中毒になる。

 5分でやめると脳に快感をもつ。快感に感じることによって脳が成長する。これはテレビでもゲームでも食事でも一緒らしくて快感に感じることによって脳が成長する仕組みになっている。しかし、満腹させてはいけない。お菓子でも漢字でも満腹させたら見向きもしなくなる。だから登山でお菓子を与えるときも、少しずつでないといけない。

 ところで、息子が登山デビューしたのは、言葉も話せなく、やっと立てるようになった1歳3ヶ月ぐらいの頃です。場所は浅間牧場で、その様子はYouTubeにアップされてます。

https://www.youtube.com/watch?v=CwUJBYpyLp4


 1歳3ヶ月ですから千鳥足でフラフラ歩いています。
 動画を見ると分かると思いますが、赤ちゃん煎餅をエサにしています。
 これがないと歩いてくれません。
 しかし、煎餅があると、笑いながら急坂も登ります。



 十メートルほど私が先を歩いて、息子に煎餅を見せる。
 息子はその煎餅をめがけて突進してきます。
 これを少しずつ繰り返して体力をつけさせます。



 体力がなければ、楽しんで山に登れませんから、煎餅をエサにして少しずつ歩く距離を伸ばして、3ヶ月後の1歳6ヶ月頃には、浅間牧場を2キロ歩けるくらいになりました。

 それからは、小浅間山に登るようにしたのですが、自分の力だけで登っていません。息子が嫌がれば必ず背負うか肩車しています。本格的に登山をさせるのは、イヤイヤ期(マイルール期)の始まる2歳になってからです。

  1歳児の間は、好奇心が強すぎて、なかなか前進しないからです。坂道になると、石や花をいじったりします。こういう時は無理に歩かせないで、好奇心まま放置した方が良い。時間が押してきたら肩車したり背負ったりすればいい。ここで無理したら山嫌いになるからです。

 というわけで、息子が自分の力だけで登山を開始させたのは、2歳6ヶ月からです。2歳6ヶ月になると急に体力がついてきます。それ以前は、もっぱら浅間牧場を気ままに歩かせ、小浅間山には背負って連れて行くだけでした。

 息子にとって生まれて初めての自力登山は、2015年10月6日。池ノ平湿原の木道歩きと雲上の丘です。ここは木道と階段ばかり。こういう山なら好奇心に負けて藪に入るようなことはありません。普通の山だと好奇心で枯葉や枯れ枝をさわって、トゲが刺さるなど大変なことになるからです。

 幼児の皮膚は柔らかいので、大人ならなんでもない枯れ枝でも、トゲとなってささってしまう。そのたびに毛抜きでトゲをとってあげるのですが、2歳6ヶ月だと必ずしも協力的とはかぎらないので大変な苦労をします。

IMG_0243.JPG


 ここで2歳児に登山させるコツを述べます。

(1)飽きさせない

 つまり同じ歩き方をさせない。草むらに入れたり、岩を登らせたり、ジャンプさせたり工夫して飽きさせない。当然のことながら同じ登山道を使わない。寄り道もつきあってあげる。

 2歳児は恐ろしいほど工夫します。歩き方を変えます。例えば疲れると坂道でタコ踊りのような姿で歩きます。両腕を前後に大きく振り回すと楽に坂を登れることに気がついたのです。また後ろ向きに歩こうとします。後ろ向きに歩けば使う筋肉が違うから疲労度を軽減できる。もっと疲れると道端の石ころを触ってみたり草花や枯れ枝を触ることによって休憩しようとします。そういうことを含めて辛抱強く見守ると長続きします。

 また飽きさせない工夫として階段などで数字を数えるのも効果があります。前方にタンポポを見つけたら、それを摘み取って差し出すのも良いでしょう。もしタンポポに興味を持ったら、 3メートルくらい先に行ってタンポポを差し出す。すると嬉しそうに受け取りにきます。

(2)自分の力だけで登ったと錯覚させる

 例えば階段を上るときに、父親と母親の二人が2歳児の両手を握って引き上げます。宙ぶらりんにするのはまずいですが、そうとは気づかないレベルで引き上げてあげると本人は「なんだ楽勝じゃないか」と勘違いして自信をもちます。登れたら褒めちぎります。本人が気がつかないように楽をさせてあげるのです。

 ハーネスを使うのも有効です。リュックサックを背酔わせて、それを背後から気づかれないように持ち上げて重力を軽減するのもいい。ただし2歳児は、こちらが思っている以上に賢いですから下手な小細工は、すぐばれてしまいます。そのうち
「自分で歩くの」
と怒るようになりますから、ばれないように巧妙にやらなければならない。そこが難しいところです。バレると激怒して自分だけで登りたがりますが、それが早すぎると、体力負けして登るのを嫌うようになりますから要注意です。

IMG_0047.JPG

(3)褒めまくる

 2歳児にも大人なみのプライドがあるようです。しかも傷つきやすい。なのでプライドを上手にくすぐるとうまくいきます。そのさい「自分でできる」ということが大きなポイントになります。ここを徹底的にくすぐってあげると、自分で山に登ろうと言う気になってきます。けれど 2歳児は、自分でやれないことが多い。やれないことを「やれたんだ」と錯覚を起こさせることで、自尊心をくすぐるのです。

(4)報酬を与える

 プライドをくすぐるだけでは、気まぐれな2歳児は自分から登ってくれません。やはり報酬は必要です。物で子供を釣るのは良くないと言われていましたが、脳科学の久保田先生は、むしろ報酬を与えることによって脳が発達すると言っています。快感が与えられると脳が成長するらしいのです。

 体動かして疲れて喉が渇いているときに、甘いゼリーを与えられたら2歳児なら大喜びです。自分で登山道を歩けば、大好きな甘いものが食べられる。そういうことを繰り返せば、いつの間にか登山道歩くことが、おやつをもらえることとイコールになり、登山が大好きになります。

IMG_0169.JPG

(5)装備を調える

 これは何気に重要です。装備の良し悪しで、登山が楽になったりきつくなったりするからです。特に2歳児の靴の多くはデッキシューズに毛の生えたような貧弱なものが多く滑りやすく脱げやすいために登山道で苦労します。

 かといって2歳児用の登山靴は存在しませんから、それに類する厚底で滑りにくく岩に張り付くようなゴム底の靴を代用します。それから子供の成長がはやいので、ついつい大きめの靴を買いたくなりますが、あまり意味ありません。十回ぐらい山に登ると靴を履き潰してしまうからです。

 ハーネスもあった方が良いでしょう。岩から落っこちないようにハーネスを命綱にします。と言っても登山用ハーネスではありません。あれはかえって危険なので使えません。幼児用ハーネスを使います。それは、ベストの後ろにヒモがついたようなものです。

 登山用ハーネスは、ズボンのように装着し、前にヒモをつけるのですが、幼児用ハーネスは、ベストのように装着し、うしろにヒモがついている。ただし、足ベルトが無いことやヒモの強度などに不安があるので、最低限の改造が必要でしょう。

 もちろん毛抜きと傷パワーパットと日焼け止めは必修。予備の靴と靴下と着替えも必要です。不意をついて水たまりに飛び込んだり、水遊びしたりしますから。もちろん甘い物やジュースも必要。電池切れを防ぐためです。幼児は筋肉量や内臓が未発達でエネルギーを蓄えにくく、大人よりはやく低血糖を引き起こします。

 あと睡眠が重要です。うちの息子の例ですが、息子が2歳6ヶ月の頃は、4時間くらい登山すると、その後に死んだように熟睡・爆睡します。2時間はたっぷり寝ます。そうしないと体力がもたないのでしょう。はやく身体を回復させるためには、直後の睡眠が必要なんでしょうね。なので登山の後に睡眠する時間も必要です。車の中で寝られるようにベビーシートと毛布をセットしておくといいです。

IMG_0014.JPG

(6)山を歩かせない

 それから「究極のコツ」を書いておきます。2歳児を登山好きにさせる方法は、最初から山を歩かせないことです。私は、息子が生後3ヶ月の頃から1歳6ヶ月くらいまで、息子に山歩きをさせず、ただ、ひたすら息子を背負って山登りしたり、浅間牧場の散策をしていました。息子は、キャッキャとハイテンションで喜んでいましたが、ある日、突然、背負子(しょいこ)から降ろして浅間牧場を歩かせたら、もう二度と背負子には乗ってくれなくなりました。肩車もダッコも拒否です。

 背負子に背負われて外を見るだけから、歩く楽しみを知ってしまった息子は、もう後戻りはできません。幼児には「歩きたい」という欲求があるからです。かといって、この時点で苦しい山登りを体験させては駄目で疲れさせないことが大切です。うちの息子の場合は、まずは芝生に覆われた浅間牧場を少しだけ歩かせ、つぎに木道を歩かせました。そしてなだらかな山チャレンジ。最後に、本格的な登山です。順序さえ間違わなければ、子供は山を嫌いにならないはずです。

(7)音楽の手を借りる。

 岩登りがある登山では、空間的知能が大切ですが、モーツアルトの「2台のクラヴィーアのためのソナタ」を聞かせるだけで空間的知能があがることがわかっています。猿やラットに聞かせても同じ効果があるといいます。これを利用しない手はありません。空間的知能が高いと、瞬時に登るべき道が分かるし、一度通った道は忘れないので迷子にもなりにくくなります。また地形図を見て山を立体的に想像できるようになるので、登山家には絶対に欠かせない能力です。なので「2台のクラヴィーアのためのソナタ」を聞かせて損はないです。

 それからこれは2歳児には効き目が無く3歳以降に有効なのが歌です。歌の力を借りると登山がはかどります。歌うことによって登山に集中します。例えば「となりのトトロ」の「さんぽ」なんかは、テンポも良くて夢中になって歌ってくれますから、歩くという行為に対して集中力を切らしません。なので道草がなくなり、時間を忘れて歩いてくれるので距離を稼げます。

 特に3歳後半になると歌の威力が実感できます。もちろん歌を聞かせるのも効き目があります。それも単調で単純で歌いやすい歌ほどいいです。私の経験だと、合いの手の入るような民謡。例えば『ハイサおじさん』のような単純でテンポの良い曲が、わかりやすくて喜ばれます。

 以上、7つのコツを述べてみました。



つづく。

↓ブログ更新を読みたい方は投票を

人気blogランキング








posted by マネージャー at 11:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 登山関係の話題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月26日

3歳児が、親の手を借りずに三千メートルの山に一人で登れるようになる方法 4

 専門家の先生に「絵本の読み聞かせをしなさい」と言われて、うちの嫁さんは慌てて、絵本の読み聞かせをしたりするのですが、むりに絵本の読み聞かせを行うことを自体が『干渉する教育』です。子供は大人しく絵本の前に座ってくれるとは限りませんから。

IMG_0033.JPG

 うちの息子ときたら素直に絵本の前でじっとしてくれません。絵本にかみついたり、足で踏みつけたり、破こうとしたりします。それをむりやり押さえつけて読み聞かせをすることもできなくはないですが、それこそ「干渉する教育」です。下村湖人や、次郎物語の次郎のお父さんにしてみれば「教育しすぎる」ということになるでしょう。

 だから私は、絵本は諦めて、息子の前で大声でポースターか何かの簡単な文字を読んで見せました。当然のことながら2歳児の息子も親の真似をします。2歳児は何でも親の真似をします。

 というか、たとえ悪いことでも親の真似をしたら褒めました
 だからますます真似るようになる。
 で、私が看板やポスターにある平仮名を読む。
 息子も真似して読む。
 そして息子に真似をさせることによって、
 ある程度、文字が読めるようになったら、
 今度は絵本の文字を読む。
 もちろん息子も真似して読みます。
 そのうち息子は、中身を暗記してきます。
 そしたら「お父さんに絵本を読んでちょうだい」と頼む。
 すると読んでくれます。

 これが『干渉しない教育』で、親ではなく息子の方が親に絵本を読んで聞かせるのが、我が家の読み聞かせです。3歳の息子が、知らず知らずの間に親に絵本を読んで聞かせるようになる。これっぽっちも強制されていない。だから息子にしてみたら父親と遊んでいるつもりで楽しそうにしている。下村湖人は、こういう教育を行って青年を育てていました。

1211.jpg

 この下村湖人の教師としての態度は、不思議と脳科学者の先生が言っていることと似ています。幼児は大人の真似をする癖があるので、真似をさせることが大切だという脳科学者(瀧靖之先生)が言ってることと似てるんです。

 下村湖人は『心窓去来』という短編集に「子供は大人の真似をする。このことを大人が忘れさえしなければ、子供の教育は、さほど困難なことでは無い。しかるに世の大人たちは、御苦労にも子供たちに自分の真似をさせまいとして、いつも苦労し俺それを教育だと思い違いしてるかのようである」と書いています。脳科学者(瀧先生)と同じようなこと言ってます。ついでに言うと戦前の教育学者たちも同じようなことを言ってました。

51KTFhbj.jpg

 戦前では、子供に余計な教育をしてはいけないと言う考え方がありました。当時は子供が多かったからです。十人ぐらいの子供も珍しくなかった。そのような時代では、兄弟姉妹に対する不平等が子供の心に深刻な影響を与えることが問題になっていました。子供が多いと、平等なつもりでも、どうしても穴がでて、不平等な躾をしてしまいがちになる。それを題材に多くの児童文学が生まれましたが、次郎物語やニンジンなどがその代表作です。

 なので当時の教育雑誌等には、子供の教育は親の背中でしろという考え方がありました。親の働く背中を見せることによって、子供たちは自然と大人になっていく。それで良いとされていました。きっと当時は、サラリーマンなどは少なくて、ほとんどが農家や自営業でしたから、親の背中を見せやすかった。

 子供は勉強しろと言われても勉強しませんが、親の後ろ姿を見てその真似はする。そういう意味では、子供は親の鏡とも言えます。だから子供を勉強部屋に追いやって、自分はテレビのお笑い番組をみていても、子供が勉強するわけがないです。

 子供の個性は、親の後ろ姿や兄弟の後ろ姿を見ることによって少しずつ育っていきます。ところが、子供部屋があるとそういうチャンスは本当に少なくなります。社会化の勉強をする機会を失っているわけです。だから、むしろ貧しかった時代の子供たちの方が個性が育つのです。ようするにスポック博士の言っていたことは、全て逆だったというわけです。これが聖書の次に売れた本で、しかも母子手帳にまで影響があったというから戦後の育児教育のインチキ臭さに個人的に驚しています。

 話を戻します。
 ここから本題に入ります。

738_002.jpg

 どのような方法で3歳児の息子を自力で(親の手を全く借りずに)三千メートル級山に登るように育てたか?と言うのが今回のテーマです。

 結論から言うと、「自分から登りたい」と思わせることです。そうしないと絶対に登りません。幼児は、煩悩の塊で嫌なことは絶対にしません。スパルタは通用しません。スパルタが通用するのは、小学生の高学年か、中学生になってからだと思います。年齢が低いほどスパルタは逆効果な気がします。

 これは息子が1歳3ヶ月の頃、ちょうどヨチヨチ歩きで歩けるようになった頃に分かりました。歩くのが楽しくて楽しくてたまらないという息子を、毎日近所の牧場に散歩に連れて行ったんです。最初は喜んで歩くんですが、帰ろうとすると激怒しました。最初は、帰りたくないのかなぁと思っていましたが、どうもそうではないらしい。かといってわがままを言ってると言うわけでもない。

 車で別の場所に移動して、全く別の道路を散歩させてるときも、同じようなことがおきました。ある一方方向にしか歩きたがらないのです。具体的に言うと北軽井沢で散歩させると北側のほうにしか歩こうとしない。しかしどういうわけか軽井沢で散歩させると南側にしか歩こうとしません。まるで浅間山から遠ざかろうとしているんです。

 変だなぁと思ったので工具箱から水平儀を持ってきて散歩コースを測ってみたら、息子が行きたがる方向は必ず下り坂だった。大人には全く気づかないぐらいの微妙な下り坂だった。その微妙な下り坂を1歳の息子は喜んで歩くけれど、ちょっとでも登り坂になるとすごく嫌がる。大人にはまったくわからないのですが、2歳の息子には、どんなに微妙な坂もわかっていた。そのくらい疲れることを嫌がっていた。

IMG_0047.JPG

 これは3歳になっても同じで、うちの息子は大人でも息を切らして登る四阿山・浅間山・八ヶ岳で息を切らしたことがありません。息を切らしてまで登ろうとはしないのです。そういう苦行を基本的に受け付けないのが幼児。小学生ならともかくとして、幼児という生き物は、楽しくなかったら絶対に登らない。

 道路には下り坂もあれば、必ず登り坂もあります。下りっぱなしで散歩から帰るなんて不可能です。そこで散歩コースを変えることにしました。牧場ではなくて登り坂ですが迷路のようになっている別荘地を散歩することにしました。

 別荘地のなかには、様々な草花や置物が飾ってあったりして、息子の好奇心を満たしやすい。何より別荘地に行くには坂を登る必要がある。はたして登ってくれるだろうかと思ったのですが、やはり登ってくれません。

 5メートル歩いては道端の石ころをいじったり、10メートル歩いては野草をいじったりして、なかなか前進しない。最初は百メートル歩くのに1時間もかかりました。しかし脳科学の先生は非常に良いことだと言っていたので根気強く我慢しながら息子の好奇心につきあいながら、少しずつ散歩コースを伸ばしてきました。そして少しずつ少しずつ体力をつけていくと、10メートル、20メートルになり、それが30メートル、40メートルになりました。

 そうやって体力がついてくると、あれほど帰るのを嫌がっていた牧場コースも難なく帰れるようになってくる。丘陵地帯である浅間牧場に連れて行っても、喜んで歩くようになります。

IMG_0033.JPG

 浅間牧場は、アップダウンの激しいところで、大人でも運動不足の人は息を切らします。幼児は息を切らしてまで歩きませんから、うちの息子もタダでは登ってくれません。何らかの好奇心を満たさないと駄々をこねて登りません。だから毎日、いろんなもので釣りました。

 あるときは、枯れ枝を振り回してみたり、あるときは枯葉を大空に舞い上げてみたり、タンポポの綿毛を飛ばしてみたり、野の花を摘んで差し出してみたり、いろんなものを息子に見せて、坂道を上らせたのです。

 幼児は、好奇心の塊なので坂道を上るという苦行よりも好奇心の方が勝ってしまう。ときには駄々をこね、ときには全く前進しないことも多かったのですが、根気強く毎日出来る限り浅間牧場の散歩を続けました。途中何度も倒れては傷だらけになりましたが芝生なのでたいした怪我しません。

 そうやって1歳をすぎ2歳となった頃には、自分の体の半分もあるのかという階段をスイスイと上れるまでになりました。ちょうと2歳6ヶ月くらいに登山できるレベルの体力がついてきました。

 けれど浅間牧場は、見渡す限りの芝生なので、倒れても大して怪我をしませんが、登山道では死につながります。登山道で倒れるわけにはいかない。つまり子供の手を握って山に登ることになります。つまり山に登るためには腕の筋力と肩が脱臼しない頑丈さが必要です。

 なので公園で盛んに鉄棒をやり、アスレチックで遊ばせました。毎日寝る前には、マット運動・でんぐり返し・綱引き・逆立ちもどきを行って、腕と肩と握力と骨を鍛えました。バク転は無理にしても、親の手を持って空中回転するぐらいの身のこなしをマスターさせました。

IMG_0006.JPG

 もちろん遊びながらです。息子は毎晩寝る前にキャッキャと笑いながら布団の上マット運動・でんぐり返し・綱引き・逆立ちもどきで遊んだ後に眠ったのです。危険な岩場・鉄ハシゴ・鎖場などがつきものの百名山に3歳児が登るわけですから、少々のことでは脱臼しない体に改造しなければなりません。こうやって丈夫な体に鍛え上げたのです。


つづく。

↓ブログ更新を読みたい方は投票を

人気blogランキング








posted by マネージャー at 14:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 登山関係の話題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月23日

3歳児が、親の手を借りずに三千メートルの山に一人で登れるようになる方法 3

 話は変わりますが私は、長年にわたって『風のたより』という団体で、山に登ったことのないような初心者を、知床連山のような秘境や、妙義山や西穂高縦走に連れていくようなことをやってきました。

01-25.jpg

 『風のたより』の登山ツアーに参加した人は分かるかと思いますが、『風のたより』の登山ほどスパルタ式から遠いものはありません。「みんなが楽しいから自分が楽しい」という部分を一番にしています。仲間内から一人でも辛そうに登ってる姿を見つけたら、その登山は失敗だったと思うのが『風のたより』の登山スタイルです。だから一番体力のない人に合わせた登山をします。

 と書くと、高尾山にも登れない軟弱登山サークルのように思われるかもしれませんが、そういう軟弱登山サークルになってもおかしくない団体が、全くの初心者を連れて、秘境中の秘境である知床連山を縦走している。歴史ある山岳会でも行けないような西穂高縦走、妙義山縦走もしている。

 では、スパルタ式では初心者を連れての知床連山の縦走・西穂高縦走・妙義山縦走ができたかというと無理だと思う。あれは楽しいからできた。みんなで楽しみながら、しかも初心者が喜んでくれる姿を見て、リーダーたちが喜んでいる。そういう団体だからできたんです。

01-22.jpg

 それは、生まれたばかりの息子や娘が、やっとのことでハイハイし、一生懸命歩き出す1歳児の姿を見て心から楽しんでるお父さんお母さんの姿と一緒です。何一つ違いはありません。初心者の人たちを連れて難しい山に登る。そして自分には登れそうもないと思っていた初心者が、楽しそうに山に登って感動している。絶対に登れなかったと思っていた山に登ることができて喜んでいる。それを見て喜んでるリーダーの姿と、子供の成長を喜んでる親御さんの姿はイコールです。

 なのに『風のたより』の登山ツアーに参加したことがある古い仲間たちから、私のブログやFacebookをみて
「佐藤さんがこんなに親バカになるとは思わなかった」
と言ってきます。息子に対して親バカかどうかはともかくとして、私は『風のたより』のツアーリーダーとして、参加者に対しては、かなりの親バカだったはずです。

 それをすっかり忘れて「佐藤さんがこんなに親バカになるとは思わなかった」と言われては、苦笑するしかない。みんな自分のことを忘れてている。登山ツアーでツアーリーダーから親バカ丸出しの至れり尽くせりのサポートを受けていたのをすっかり忘れてしまって、私の子育てに対して
「親バカだなあ」
と言ってくる。みんな『風のたより』の登山と私の子育てがイコールだとは夢にも思ってない。というか、別物だと思っている。というか、昔も気づいてなかった可能性が高い。でも、それはそれで私の勲章なんですよね。

 1歳児・2歳児・3歳児の幼児たちが、親の苦労を知らないで遊んでいるのと一緒で、楽しく遊んでいるうちに成長しているのが子供というものです。これと一緒で過去の『風のたより』の登山ツアー参加者たちも、ツアーリーダーたちの意図なんか全く感じないで楽しんでくれたんだと思います。「意図なんか全く感じないで」ということは、『次郎物語』を書いた下村湖人のめざした『干渉しない教育』を『風のたより』でも行っていたんだということかもしれません。

al-000971.jpg

 これは育児でも一緒で、子供が遊んでるつもりでも、その遊びのなかには、親たちの計算された「教育」が入っているかもしれない。それに気がつかずに子供たちは遊んでいると勘違いする。そういう教育が『干渉しない教育』です。しかしそれはわかりにくい。スパルタ式に対してわかりにくい。だから3歳児を八ヶ岳につれていくと、スパルタ式で連れて行ったと勘違いする向きの人が多い。けれどスパルタ式で難度の高い登山をさせるのは無理です。同じように教育だってスパルタ式で結果をだすのは効率的ではない。

 そもそも3歳の子供に漢字のお勉強をさせることは不可能です。3歳児に勉強させようというのが無理。けれど幼児の脳の仕組みを利用して、平仮名・カタカナ・アルファベット・漢字を覚えさすことは簡単にできる。ただし成長してしまうと、自分の意思というものが出てきて親の真似をしなくなります。現に、うちの息子も、3歳6ヶ月頃になると親の真似をしなくなり漢字も覚えなくなってきました。うちの息子の学力は、ここでストップです。ある種の臨界期がきたのです。

 脳科学の研究成果を利用すると子育てが非常に楽になります。育児本や教育学者の書いた本よりも即効性がある。これは登山においても同じです。うちの息子は三千メートル級の山さえ一人で登るようになりました。おんぶもダッコも肩車もなしです。仮に親が背負おうとしても、それをさせてくれません。
「自分で登るの」
と、親の手を振り払います。滑落が心配なので、息子に気づかれないように息子のリュックサックの一部をもったりするのですが、すぐ気がつかれて息子は激怒します。もちろんハーネスも嫌います。他人に引っ張られるということが嫌いなんです。そういうマイルールが3歳の息子にできてしまっている。

15-10-12-06.JPG

 前にも言いましたが、2歳児・3歳児は、手探りで世の中の法則やルールを探そうとしますから、いったん3歳児の息子にルール化されてしまうと、山に登るときは親の手を借りないというルールが、息子に確定します。私が、ブログで何度も紹介している「幼児のマイルール化現象」です。

http://kaze3.seesaa.net/article/423723311.html

 こういうことは育児本や教育関係図書にはあまり書かれていません。しかし、脳科学の本には、それらしいヒントは書かれてあります。ただし、あくまでも科学であるので「子供をこのように教育すべきだ」とは書いてありません。実験結果が書かれてあるだけで「どうするべきだ」という哲学の問題には触れていません。

 私たちは無味乾燥な研究結果をヒントにして子育てに応用するしかない。これを一般のお母さんが、行うのは少し難しいと思いますから、余計なお世話と思いつつも、私がこのような文章を書いているわけです。

 話は、変わりますが、私が子育てにおいて最も信頼している教科書があります。下村湖人の『次郎物語』と、永杉喜輔の『親と教師のための次郎物語』です。『次郎物語』は、児童文学と思われがちですが作者は大人を読者に想定して書いています。そもそもこの作品が発表されたのが『青年』という大人むけ雑誌で、作者の下村湖人は、お父さんお母さんに、次郎という人間をとおして教育論を述べています。

 例えば、次郎の父親は「教育しすぎないことだね」と母親に語っていますが、この「教育しすぎない」というのが、『次郎物語』の大きなテーマで、作者の思想の中心部でもあります。下村湖人は、怒れば生徒を殴ったり怒鳴ったりするので、外見的には保守的・厳格・スパルタに見えるのですが、それは的外れもいいところで「教育しすぎない」典型的な先生でした。

1211.jpg

 高等学校の校長を辞職し、青年団講習所で青年たちを教育するときなどは、何一つ教えなかった。何も教えないことによって、何かを教える。それが下村湖人のやり方でした。それは次郎物語の次郎の父のやり方とよく似ています。

 人間というものは、教えすぎると覚えなくなる。私は築地でマグロ屋の丁稚をやっていたことがあるから分かるのですが、魚市場では仕事を教えません。仕事は目で覚えろと言われます。先輩のやってることを盗めと言う。だから最初のうちは仕事ができなくても何も言われません。目で見ていろというわけです。

 これを能率的でないと思った私は、部下に教える立場になったときに、マニュアル化して細かく仕事を教えたんですが失敗しました。確かに仕事を覚えるのは早いのですが、マニュアル通りの仕事しかできなくなる。修行しなくなる。何も教わってない人の方が、最終的には良い職人になるんです。そして良い職人が一人いるだけで店が大繁盛する。一人の有能な職人が十人の給料を稼ぐ。そういう職人を一人育てるためにわざと築地の魚河岸では遠回りしている。

 話を戻します。

 下村湖人は、「教育しすぎない」先生であり、全く教えない先生でも有名でした。それでいて厳格な先生で、叱るときは容赦なくゲンコツを出しました。「教育しすぎない」先生といっても、今はやりの叱らない躾をしてるわけではなく、叱るときは叱る。時には殴る先生なんです。教育をしすぎないことと、叱ることは矛盾しないんですね。

 それは築地でも一緒です。叱るときは叱って、時には殴ったり蹴ったりする。でも、なるべく上から教え込まず、本人の発見を引き出す。あるいは才能を引き出してやる。あくまでも本人が自分自身で考えて自分自身で伸びていくことを第1とする。そういう教え方をする。これが干渉しない教育です。 叱らない教育と勘違いしないでください。あくまでも干渉しない教育。そして叱るときは叱る教育。



つづく。

↓ブログ更新を読みたい方は投票を

人気blogランキング








posted by マネージャー at 10:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 登山関係の話題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月22日

3歳児が、親の手を借りずに三千メートルの山に一人で登れるようになる方法 2

 最近は脳科学の本が大量に出回っています。トンデモ本もあるし、専門書もあります。育児関係の脳科学本もあります。それらの脳科学の本を読むと、今まで言われてきた教育学者の通説と全く逆の報告が出てきて驚かされることが多い。

 例えば昔から教育者たちは、子供に対して物で釣るのは良くないと言ってきました。子供のやる気を菓子などを使って引き出して、コントロールをするのは良くないと言われてきてます。ところが日本脳科学のトップ・京大の久保田競先生(テレビ番組『ほんまでっか』の澤口先生の師匠にあたります)は、そうではないという。報酬を与えることによって、脳が成長するので脳科学的には物で釣るのはよいといいます。

 最初私はこの理論に対して半信半疑だったんですが、息子に対して実験してみたら信じられない能力を発揮しました。百名山を簡単に登っちゃう。庭掃除や食事つくりの手伝いもする。脳科学者のいうとおりの結果がでるのです。しかも、そのうちモノで釣らなくなっても、問題なくできるようになっている。

13-22_1.JPG

 16万人の脳画像を見てきた瀧靖之先生は、幼児は大人の真似をすると言う単純なことを脳科学的にいろいろ説明しているんですが、それを参考に私は、2歳児になったばかりの息子に、平仮名カタカナアルファベットを教えました。3歳になってからは、小学1年生小学2年生の漢字を覚えるようになりました。最近は九九の一部も暗記しています。四十七都道府県名も漢字で覚えています。それを見て、宿のお客さんたちが驚きますが、これも種を明かせば
「なーんだ」
とあっけにとられると思います。何も知らない人からしてみたら、うちの息子が天才に見えてしまうかもしれませんが実は逆。成長が遅いから覚えたんです。息子のIQは低めなんです。息子は、3歳をすぎても会話がスムーズでない。

 知能指数が高いと自立が早くて好き嫌いが出てきます。逆に低いと自立は遅く好き嫌いも出てきませんし、親の真似ばかりします。それを逆手に取って、平仮名・カタカナ・アルファベット・漢字・九九を覚えさせましたが、その方法は驚くほどシンプルです。

 まず、風呂に漢字やアルファベットのポスターを貼って息子と一緒に風呂に入ります。そして私が、ポスターを見ながら漢字やアルファベットや平仮名カタカナを読みます。すると息子を真似をします。私がアルファベットを読めば息子も読む。漢字を読めば漢字を読む。それを繰り返すと、これが息子のルールになる。

 2歳児は、手探りで世の中の法則やルールを探そうとしますから、いったん2歳児の息子にルール化されてしまうと、風呂に入るたびに行う行事となってしまいます。これを私は「幼児のマイルール化現象」と呼んで、しばしば私のブログに偉そうに公表していたんですが、実は脳科学者たちが、その現象を解明していました。

http://kaze3.seesaa.net/article/423723311.html

 幼児は必ず大人の真似をします。真似をすることがあらかじめ脳に組み込まれています。それがミラーニューロン。ミラーニューロンというのは、真似をする脳細胞のことで、ものまね細胞と言われてますが、これがあるために赤ちゃんは親の真似をするんです。親の笑い方とか泣き方とか怒り方を真似をする。だから子供は親が育てたようにしか育たないと言われるわけです。

 それを利用して2歳児や3歳児に平仮名・カタカナ・アルファベット・漢字を覚えさすのは誰にも簡単にできます。簡単な上に息子の成長が遅かった。親を真似する期間が長かった。もし息子のIQが高くて成長がはやかったとしたら、3歳にして漢字覚えることはなかったと思います。平仮名・カタカナを覚えた頃に、好き嫌いが発生して親の真似もしなくなったでしょう。

738_003.jpg

 幸か不幸か、うちの息子は発達が人よりも遅れて、いつまでも赤ちゃんぽいままで、言葉もよくしゃべれませんでした。賢そうな感じは全くなくて、そのかわりに人様からかわいがられ、いつまでも親の真似をし続けたのです。そして、幼稚園の先生からは面談で暗に「(要約すると)落ちこぼれている」と言われてしまっている。で、落ちこぼれの息子のために専門の先生を紹介してもらうことになっています。

 けれど、そんな息子は、平仮名・カタカナ・アルファベット・漢字を覚え、九九の一部も暗記し、百ピースもあるパズルを次々と完成させ、日本地図で遊び、47都道府県を全て漢字で読めるのです。そのうえ三千メートル級の岩山まで親の助けなしに自力で登っている。

 しかし幼稚園では落ちこぼれている。
 賢さは全くない。
 赤ちゃんぽさが抜けきらず、
 大人たちからかわいがられる毎日。

 これはチンパンジーとニホンザルの関係に似ています。ニホンザルは、チンパンジーよりはやくものを覚えますが、成長が止まるのがはやいために、最終的に学習期間が長くて成長の遅いチンパンジーの方が知能は高くなる。これと同じです。息子は、成長が遅かったので親の真似をする期間が長かった。それを利用して文字を覚えさせた。もちろん息子には勉強した感覚はない。ただ単に遊んでいただけ。

738_002.jpg

 動物学をかじった人なら分かると思いますが、野生動物も遊びながら学習させます。ライオンだってスパルタ式に狩りを教えません。

 幼児に行うスパルタ式は、脳に深刻なダメージを与えることがわかっています。人間の脳は、ストレスを与え続けると萎縮するようにできています。ベトナム戦争に行った軍人たちは、度重なるストレスのために脳が萎縮して記憶障害を起こしたことでも証明されています。嫌な記憶は忘れようとする。そのために脳が萎縮してしまうというのです。

 では「叱らないしつけ」をするべきかというと、これも多くの学者によって否定されている。スポック博士も間違えていたことを認めているし、最近のアメリカでは「子供には叱られる権利がある」と言う風潮にさえなってきているらしい。進化適応の考えからも否定されている。野生動物で、親が子を叱らないでいたら、アッという間に天敵に殺されてしまうから「叱る」という行為は、進化適応にかなった行為であるといえる。

 そこで息子が産まれてから、どのように叱ると効果があるのか? それを確かめる実験をしていました。 1分。 3分。 5分。 10分。このように大雑把に4つの時間で叱ることによって、効果を確かめてみたのです。もちろん1週間おきに時間帯を変えています。

 結論から先に言うと、生後12ヶ月ぐらいまでは、効果における差異はなく、あまり強く叱りすぎると、相手が驚いて、こちらとの接触を拒否し出すことが多々あった。生後12ヶ月までは、強く叱ってはいけないのではないかと思いました。

 生後13ヶ月頃から24ヶ月頃までは、叱ることによって、効果が出始めるようになるのですが、いちばん効果的なのが1分でした。それ以上超えると、むしろ強情な面が出て反発します。けれど1分で叱るのを止めると、父親の懐に飛び込んできて抱きつくのです。その姿が、父親のダメ出しに抗議するというよりも、もっと優しくしてほしいと言う欲求のように思えてなりませんでした。どうも息子は無限の愛情を求めているような表情が見え隠れしたわけです。

 そこで叱り方を少しばかり変えてみました。叱る時間を、 1分とか、 5分とかに区別するのではなくて、叱った後に、5分、 15分、 30分、 1時間。というように遊ぶ時間をプラスしてみたわけです。叱った後のフォローの時間を変えてみたわけです。

 私は自然ガイドをやっている関係上、動物の生態は多少勉強しています。だから野生動物の子供たちは、遊びを通して子供を1人前の大人に育てていくこともよく知っています。なので、叱ることと遊ぶことをセットすれば、非常に効果的ではないかと思ったわけです。で、試しに叱ると遊ぶをセットものすごく聞き分けが良くなった。1分ぐらいきつく叱った後に、30分ぐらい濃密に仲良く遊ぶと、聞き分けが良くなるんです。親に嫌われないように、気をつけるようになるんです。



 では叱らずに濃密に仲良く遊ぶだけだと 1週間ぐらいでわがままが増長し始めます。近寄るだけでそっぽを向きます。例えば、朝食事中に顔を近づけると頭突きをしてきます。それを繰り返すと、足で顔を蹴飛ばしたりするようになります。しかし、ものすごい形相で1分しかった後に、 30分ぐらい仲良く遊ぶと、信じられないくらいガラッと変わります。向こうから親と遊ぼうとしてくるんです。

 どうやら、短時間きつく叱り、その後に遊ぶことによって、親子の関係はより密接になるようです。叱る時間は短時間で激しい方が効果的で、その後に徹底的に仲良く遊ぶことによって、息子がすごく素直に親の言うことを聞いてくれるようになり、親に対して気遣いをするようになる。それが他の人たちに対しても行われるようになる。もちろん他の子供たちに通用するとは限りませんけれど、うちの息子に限って言えば、非常に効果的でした。

 では、きつく叱るだけで遊ばなかったらどうなったかというと、私が近寄るだけで、手に持っていたおもちゃを放り投げたりする。何だかわからないけれど、叱られるかもしれないという恐怖が、その行動を取らせているようです。つまり叱った直後にすぐフォローを入れないと父親を怖がるだけで教育効果がない。しかも息子が怒りっぽくなって、母親に反抗的になってくる。公園の子供たちに対しても、無礼になり社会的にマイナスな態度をとるようになる。百害あって一利なしです。

 以上考えてみると叱ると言う行為は、遊びの延長線上でないと効き目がない。少なくとも私の息子に対しては、効果的ではありませんでした。遊んでいるうちに叱る。強く叱るけれど1分で止めて、その後最低30分は楽しく遊ぶ。こういうことを繰り返すと、教育的な効果が高い。できれば叱るのは週に1回以下にする方が良い・・・・。それ以上増やすと脳にダメージが増える可能性がある。脳は、辛いことを忘れようとしますから、あまり叱りすぎると脳が萎縮してしまう。せっかく覚えた平仮名も一緒に忘れてしまう可能性がある。


つづく。

↓ブログ更新を読みたい方は投票を

人気blogランキング









posted by マネージャー at 07:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 登山関係の話題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月20日

3歳児が、親の手を借りずに三千メートルの山に一人で登れるようになる方法 1

3歳児が、親の手を借りずに三千メートルの山に一人で登れるようになる方法 1

16-2-09-2.JPG

 今から3年前。私は、生後9ヶ月の息子を背負って愛犬コロと毎日のように小浅間山に登っていました。冬の小浅間山はマイナス10度。私は息子に聞かせるように歌いながら登っていました。雪が降りマイナス5度以上になると、うちの嫁さんは一緒に山にいかないので私と息子二人だけです。二人だけで冬山を独占しているので、誰にも遠慮無く歌声を張り上げました。

 せつないことがあったなら♪
 大きく叫んで雲を呼べ♪
 それでも雲で覆えぬほどの♪
 男は大きな宇宙(そら)になれ♪

 嬉しい時は腹から笑え
 笑えば嬉しい花が咲く
 心を花でうすめてみせろ
 女は優しい風になれ♪

 苦しい時こそ意地をはれ
 目をそらさずに雨を見ろ
 泣かずに雨を集めてそして
 男は大きな河になれ♪

 寂しいのは一人だけじゃない
 歩けば転ぶ怪我もする
 そこで捨てたなら負けになる
 男は大きな夢になれ♪



 この歌は、映画化された下村湖人の「次郎物語」の主題歌です。
 意味は分からないとは思いましたが、何度も息子に歌ってきかせました。

 生まれたばかりの息子は、ほっぺは真っ赤、
 強風や雪にもかかわらず、キャッキャと大はしゃぎ。
 その小さな体が日増しにたくましくなってきています。
 新生児を、生後3ヶ月頃から毎日のように山に連れて行ってる親は、
 日本中で私だけかもしれません。
 それもマイナス10度の冬山に。

 山に登ると免疫力がアップすることはよく知られていますが、それは厚生労働省のホームページにも書かれてあります。2泊3日の森林滞在者は、2泊3日の都市部旅行者よりも56パーセントのNK細胞活性を再現しており、30日後もNK細胞活性が一定レベルで継続していることが判明。また、犬などのペットも赤ちゃんの免疫力を高めることは、よくしられています。犬をペットにしている家庭で家庭で育った赤ちゃんは、咳をしにくく、耳の感染症にもかかりにくいそうです。

IMG_0002.JPG

 息子が生まれたのは、2013年の3月26日。
 あれから3年たっていますが、
 今年は、3つの百名山を3歳の息子と一緒に登りました。

 四阿山・浅間山・八ヶ岳。他に湯の丸山・烏帽子岳・根子岳・黒斑山・駕篭ノ登山・水ノ塔山・浅間隠山・鼻曲山・破風岳・離山・小浅間山にも登っています。もちろん親の手は借りずに自力で登っています。

 と書くと、どうせ親が背負って登ったんだろうとか、半分ぐらいは親が手伝ったんではないか?と信じない人が多い。しかし私の仕事は宿屋で行事として登山ツアーをしています。3歳の息子もお客さんと一緒に駕篭ノ登山・浅間隠山・鼻曲山・黒斑山など自力で登ってお客さんを驚かせています。

 八ヶ岳(赤岳)に登ったときは、山屋さんたちに「3歳児が自力で赤岳に登っているらしい」と言う情報が流れて、わざわざ別ルートから私たち親子を見学しにくる人たちもいました。

 四阿山でも地元の知り合いとばったり出会って驚かれましたし、黒斑山・烏帽子岳・水ノ塔山でも森林パトロールに出会って驚かれています。根子岳では、驚いた中高年の団体が距離をとりつつも、ずっと一緒についてきました。

10-55.JPG

 宿をやっている関係上、私が息子を連れて山に登るのは平日ですからリタイヤした65歳以上の高齢者の登山家たちが登っています。で、うちの息子が自分の力だけで山に登っている姿を見て非常に驚かれます。

 山に登り続ける高齢登山者たちも、若い頃には生まれたばかりの息子を背負って山に登っている。生後6ヶ月ぐらいの赤ちゃんを背負って北アルプスに登っている。それは山登りが好きな人にしてみたら珍しいことではないらしい。

 しかし、その背負われてる3歳児が、実際自分の足で歩くかというと、そうではないらしい。10歳ぐらいになれば、山に登ることあるけれど、3歳児が山に登ることはなかったというのです。

 いろいろ工夫してみて、自分の息子や娘に、山歩きをさせようとしても嫌がって登らなかったらしい。すぐおんぶしたりダッコしたりで、ついに自力で登ることはなかったらしい。そういう話を私は何度も高齢登山家たちから聞かされました。

13-24.JPG

 で、どうやって3歳児が自分の力だけで四阿山や八ヶ岳の頂上に連れて行くことができたんだ?と、言う質問をたくさんいただくようになったんですが、質問する人の多くは、スパルタ式で山に連れて行ったんだと勘違いしていました。

 子育てに苦労してるお母さんなら分かるかと思いますが、
 3歳児をスパルタ式で山に連れて行くなんて不可能です。

 スパルタ式では絶対に自分の力だけで山には登りません。
 3歳児は煩悩の塊。
 どんなに怒っても尻をたたいても、
 山どころか50メートルの高さの丘も登りません。

 スパルタ式では無理なんですよ。
 せいぜい10メートルぐらいの丘なら泣きべそかきながら登るかもしれませんが、
 標高三千メートル級の高山に登れるわけがない。

 幼児は、嫌いなことは絶対にやらない。
 殴って怒鳴っても20分と長続きしません。
 浅間山・四阿山・八ヶ岳といった百名山は、
 8時間以上歩く必要がありますから、スパルタ式で登れるわけがない。
 本人が楽しくなかったら絶対に登りません。それが幼児なんです。

 ではどうすればいいか?
 そのヒントは脳科学者の本に載っています。

2013-6-28-21.JPG

 脳科学を応用して子育てをすると、ほぼ百パーセントその通りの結果になってしまう。これが教育学者のいう通りやったところで、教育学者の言うような子供にはならない。

 しかし脳科学者が行った実験は、そのまま私の息子にも当てはまる。恐ろしいほどピシャリと当てはまってしまう。生後45日目に、嫁さんの実家から息子が我が家にやってきた時、アンドルー・メルツォフ博士の実験をしてみました。その実験方法は、新生児の前で舌を出す。これを何回か繰り返すだけです。実験では赤ちゃんがすぐに真似をすることになっています。

 で、私もやってみたら10分ぐらいで真似をした。他にも、いろんな脳科学者たちの実験をやってみましたが全て当てはまってしまう。しかし教育学者の言うことは、必ずしも当てはまらない。もし当てはまっていたら、日本の学校教育はもっと良くなっているはずですが、そのようになってない。


つづく。

↓ブログ更新を読みたい方は投票を

人気blogランキング








posted by マネージャー at 23:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 登山関係の話題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月11日

2歳児からの登山(幼児のための体験的登山論)

 息子も2歳6ヶ月になると急に体力がついてきました。最初は、池ノ平湿原の木道歩き。次に池ノ平湿原の山歩き。桟敷山林道、武具脱の池、万座温泉、渋峠に横手山、湯の丸山の鐘分岐、標高1999メートルの破風岳と、大人かおまけの山登りができるようになってきました。

15-10-9-08.JPG

 最初は、もっぱら木道と階段ばかり歩かせました。そうしないと好奇心が強すぎて、枯葉や枯れ枝をさわって、トゲが刺さるなど大変なことになるからです。幼児の皮膚は柔らかいので、大人ならなんでもない枯れ枝でも、トゲとなってささってしまう。そのたびに毛抜きでトゲをとってあげるのですが、2歳6ヶ月だと必ずしも協力的とはかぎらないので、これが大変な苦労なんですね。

 関係ないけれど、幼児のお子さんに登山させるつもりがある御両親に言っておきますが、毛抜きと傷パットと日焼け止めは必修ですからね。予備の靴と靴下と着替えも必要です。不意をついて水たまりに飛び込んだり、水遊びしたりしますからね。もちろん甘い物やジュースも必要です。電池切れを防ぐためです。幼児は筋肉量や内臓が未発達でエネルギーを蓄えにくく、大人より早く低血糖を引き起こしますから、頻繁に栄養補給が必要です。

 また、うちの息子は、4時間くらい登山すると、その後に死んだように熟睡・爆睡します。2時間はたっぷり寝ます。そうしないと体力がもたないんでしょうね。はやく身体を回復させるためには、直後の睡眠が必要なんでしょうね。

11230914_1592128237701648_2515067807341518529_n.jpg

 前置きはこのくらいにして本題に入ります。2歳6ヶ月の息子を毎日のように山に連れて行って思ったことは、登山の上達が早いことです。日に日にバランスの取り方がうまくなります。もちろんうちの息子の場合、1歳6ヶ月くらいから毎日のように浅間牧場を歩いていたからかもしれませんが、それを1年間つづけるよりも、たった1週間の登山三昧の方が、圧倒的に逞しくなっています。何度も牧場を散策するより、数回の登山の方が圧倒的に体力がアップするんですね。

 というのも、1週間くらい登山させた後、息子を浅間牧場を歩かせてみたら、以前とは大違い。別人のように体力が付いていたからです。しかし、よく考えてみたら1週間くらいで体力がつくわけがない。なので、観察してみたら体力というよりコツをつかんでいたようなのです。反射神経がよくなって、無駄な動きが少なくなった結果、階段をスイスイと登ったり、坂道を楽々と登るようになったんですね。

 で、こうなると道草が少なくなってくる。以前は、石ころを拾ったり、草花をさわったりで、なかなか前に進まなかったのですが、すいすい歩くようになったとたんに、道草が減ってきて歩行速度が速くなるんですね。で、思ったのですが、二歳児が道草を行う理由の大半は、疲れた身体を休ましているのかもしれませんね。

 煩悩のかたまりである幼児は、嫌なことはやりたがりません。そこが大人と違っているところです。なので、歩きたくなくなったら石ころをさわるなどの道草をして休もうとする。私は「道草」は好奇心なのかな?と思って根気強く見守っていたのですが、あれは休憩だったのかもしれません。

 まあ、そんなことは、どうでもいいとして、登山が楽しくなると全て自分で歩きたがるようになります。これが親としての不安のタネです。おんぶもダッコも嫌がりますから、危険地帯にくるたびに冷や冷やします。もちろんフードや背中をしっかり握って離しはしませんが、それにしたって不安は不安。



 なので幼児用のハーネスを買うことを決意し、インターネットで検索してみたらびっくり。私の知っているハーネスと違うのです。そもそも登山用ハーネスというものは、足と腰をベルトで固定するのですが、インターネットで売られている幼児用ハーネスは、小さなリュックサックにヒモがついたもの。

「これ、ハーネスじゃないだろ?」

と思いつつ、よくよく考えてみたら便利かもしれない。登山用ハーネスは、前にヒモをつけるのですが、インターネットで売られている幼児用ハーネスは、うしろにヒモがついている。親としては、後ろから息子を見守りたいので、こっちの方が便利かも知れない。しかし、足ベルトが無い事やヒモの強度などに不安があるので、最低限の改造が必要でしょう。

IMG_0001.JPG

 最後に「どうやって2歳児を登山好きにさせたのか?」という質問を複数の方から頂いているので、簡単なコツみたいなのも述べておきます。このブログをずっと読み続けている方なら、もう察しがついていると思いますが、2歳児を登山好きにさせる方法は、しごく簡単です。

 山を歩かせなければいいのです。

 私は、息子が生後3ヶ月の頃から1歳6ヶ月くらいまで、息子に山歩きをさせず、ただ、ひたすら息子を背負って山登りや浅間牧場の散策をしていました。息子は、キャッキャとハイテンションで喜んでいましたが、ある日、突然、背負子から降ろして浅間牧場を歩かせたら、もう二度と背負子には乗ってくれなくなりました。肩車もダッコも拒否です。

 背負子から見るだけから、歩く楽しみを知ってしまった息子は、もう後戻りはできません。しかし、ここで苦しい山登りを体験させては駄目で、まずは芝生に覆われた浅間牧場。つぎに木道です。そしてなだらかな山。最後に、本格的な登山です。順序さえ間違わなければ、子供は山を嫌いになるわけがありません。

 文章が長くなったので今日は、これくらいで筆をおきますね。
 いつか、(体験的)幼児のための登山論を発表したいと思います。

つづく。

↓ブログ更新を読みたい方は投票を

人気blogランキング







posted by マネージャー at 20:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 登山関係の話題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年11月09日

なぜ浅間山に登るのか?

今日も浅間山に登ってきたのですが、
ここ数日の中では暖かく風が無くて登りやすかった。

 まあ、それは良いとして、私が毎回登っているコースは、峰の茶屋から上るコース。そうです。現在、入山禁止されているコースです。ここを、この一年間に100回以上登った。なぜ、入山禁止コースを上るのかというと、理由が2・3あります。カモシカの生態や高山植物の調査をするのも理由の一つですが、一番の理由は、ゴミが多いこと。
 それも普通のゴミではありません。コーラの瓶であったり、峠の釜飯の瀬戸物容器であったり、様々なガラスの破片であったりです。あきらかに登山者が捨てたものではありません。そんな重いものを持って登山するハイカーなど日本中どこにもいません。ちなみに、それらのゴミは登山道には、登山道に捨ててはありません。登山道から数十メートル離れたところに捨ててある。
 こういうことは、浅間山にかぎりません。知床半島しかり、白神山地しかり、ハイカーの入山禁止区域には、かならずゴミの山があり、自然を愛するハイカーに通報されないことをよいことに捨て放題になっている。
 浅間山の入山禁止地域ではコーラの瓶だけも、いったい何本拾ったことか。このコースは特に危険では無いのだから、安易な入山禁止はといてもらいたい。でないと、登山道いがいのところにゴミがどんどんたまっていく。

つづく。

↓ブログ更新を読みたい方は投票を

人気blogランキング




posted by マネージャー at 23:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 登山関係の話題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

アミューズトラベル 業務停止期間中に登山ツアー

アミューズトラベル 業務停止期間中に登山ツアー

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20121106/k10013290401000.html

中国で、万里の長城などを歩く日本人のツアー参加者が遭難し、3人が死亡した事故で、このツアーを企画した東京の旅行会社が、業務停止期間中に国内で登山ツアーを実施し、去年、観光庁が厳重注意としていたことが分かりました。




今回の万里の長城の事故で、まずいなと思った点。

下見してない
予備日がない
ガイドの名前を知らない
不適切な装備を指導した
主催旅行なのに現地のガイドに丸投げ
担当者が入社1年目
前の遭難で死んだ人にパンフを送ってた
高齢者が5日間連続で千メートル級登山を100キロも歩く
事故現場は観光地で階段がある万里の長城じゃなく崩れて道がなくなってるような場所



それにしても、だらしない会社ですね。
参加者は、どうして、こういう会社を選んだのか?
もっと慎重にガイド会社を選んだ方が良いと思いますよ。
もしくは、会社の言うことを鵜呑みにせず、
自分自身で冬装備を持参するとか。
今後は、ガイド会社の言うことを盲信せずに、
自分の身は、自分で守った方が良いと思います。



つづく。

↓ブログ更新を読みたい方は投票を

人気blogランキング





posted by マネージャー at 00:27| Comment(4) | TrackBack(0) | 登山関係の話題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年11月05日

万里の長城で大雪遭難 日本人の死者3人 主催はトムラウシ遭難事件のアミューズ

万里の長城付近で大雪遭難 日本人の死者3人に

http://www.sponichi.co.jp/society/news/2012/11/05/kiji/K20121105004489170.html

 中国河北省張家口市郊外の万里の長城近くで日本人の女性2人が死亡、男性1人が行方不明になった遭難事故で、北京の日本大使館は5日、不明の男性の死亡が確認されたと地元当局が連絡してきたと明らかにした。死亡したのは福岡県の柳井俊一郎さん(76)とみられる。これまでに判明していた日本人の死者は、東京都の小川陽子さん(62)、埼玉県の渡辺邦子さん(68)の2人。大使館は救助された富山県の渡辺美世施さん(59)が治療を受けた医療施設に職員を派遣する予定。現場周辺は3、4日に記録的な大雪に襲われ、捜索は難航した。北京から現場に向かう道路は通行止めとなっている。遭難したのはいずれも東京の旅行会社「アミューズトラベル」のツアー参加者だった。



お亡くなりになられた方の御冥福をいのります。

また、アミューズですか。
まだ、情報が確定してないので、断言は避けますが、
ニュースと会社の対応をみるかぎり、ちょっとなあ・・・・と思ってしまう。

まあ、他所様の心配するのは、余計な御世話なのだが、
まじめにやっている同業他社のじゃまはしないでほしいなあ。

アミューズの過去の事件は、こちらを御覧ください。
http://www48.tok2.com/home/yamabiko/yamabiko09/tomurausi.html


つづく。

↓ブログ更新を読みたい方は投票を

人気blogランキング






posted by マネージャー at 23:25| Comment(4) | TrackBack(0) | 登山関係の話題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月19日

さすが野口健!

今日は、1日かけて鷹繋山の登山道の整備を行いました。
あまりにも笹藪が酷かったので、その刈取りと、
台風で倒れた倒木の除去などを行いました。

この日は、さすがの北軽井沢でも28度もありましたから、
汗びっしょりになりました。
携帯していたペットボトルの水も5本全部飲みきったくらいです。

ところで、立入禁止の那智の滝を無断で登って逮捕された
プロのクライマー(佐藤裕介)がいましたね。
そのクライマーに、あの野口健が痛烈な批判をしました。

http://news.livedoor.com/article/detail/6771766/


「素人ならまだしも、日本を代表するプロクライマー。個人的なスキャンダルならまだしも、プロのクライマーがその活動の中で逮捕された。逮捕された以上、プロには説明責任があると私は考える。本人の口から事件について語る必要があるだろう。謝れば済む話でもないだろうが、謝罪や説明は早ければ早い方がいい32歳とまだ比較的に若い。まだまだ可能性を秘めているだけに一日も早く誠意を見せてほしい」

 さすが野口健。まさに彼は登山界の良心ですね。この人が、ますます好きになりました。まだ若いのに立派なお考えです。というか、もっと早く、こういう世論がわきあがってもよかったのに、おきなかったのが不思議でした。というのも、このような行為が容認されると、クライマーのイメージが悪くなる一方だから。




 あと、THE NORTH FACE に一言言いたい。
 よくやった!
 今度から、THE NORTH FACEのウエアを買うことにします。
 それでこそ、一流ブランドだ。

つづく。

↓ブログ更新を読みたい方は投票を

人気blogランキング




posted by マネージャー at 22:42| Comment(3) | TrackBack(0) | 登山関係の話題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月18日

登山用のザックの話2

登山用のザックの話2

 今回は、ちょっとオタク向けの話をします。

 実は、ザックの原点は、ランドセルでした。
 当時は、背嚢と言ってました。

 江戸幕府が、洋式軍隊を作ったときに装備として背嚢(ランドセル)も導入しています。
 もちろんオランダ語です。
 オランダ語のランセル(ransel)がなまってランドセルになっています。
 幕末の教練書である『歩操新式』の元治元年(1864年)版ラントセルのルビがあります。
 では、どういう構造になっていたかと言いますと、今で言うフレームザックに似てました。
 ただし、木製の箱形フレームに布張りをして、
 そのまわりをランドセルのように革で覆い被さっていました。
 革を使っていた理由は、防水と関係あると思われます。
 米は濡れたらおいしまいでしたから。





 しかし、それでは高価になってしまうので、一般の兵士たちは、ランドセルを総キャンバス布にして、フレームの無いものにしてしまいました。そして、その布製ランドセルに、タコ足のように何十本もの紐をつけ、いろんなものを縛り付けるようにしたんです。昭和4年に登場するキスリングは、あきらかに、その影響があると思われます。

kissling02.jpg

 インターネットなどで調べると、キスリングは、「昭和4年(1929年)、2代目・片桐盛之助のもとに、槙有恒氏と松方三郎氏が、スイスのヨハネス ヒューク キスリング氏の考案・製作したザックを持ち帰り、それをもとに、盛之助は、日本で初めて、キスリング型リュックサックを製造した」なんて、書いてありますが、私は「本当かよ?」と疑っています。

http://katagiri1914.com/index.php?%E7%89%87%E6%A1%90%E3%81%AE%E6%AD%B4%E5%8F%B2

 全部うそとは言いませんが、日本陸軍の背嚢の影響を無視しているところが、ちょっと怪しい。ただ、キスリングと背嚢では、決定的に違うところがあります。キスリングは、全ての荷物をザックの中に入れてしまうのが基本なのですが、陸軍の背嚢は、ある程度、ザックの外にくくり付けておくのが基本であるということです。

 兵士たちは、常に弾薬を消費します。そのつど、パッキングを変えていたら仕事にならない。だから消費しやすいものは、ザックの外にくくり付けた方が良い。あと、よく使う道具(組み立てスコップ)なども、ザックにくくり付けた方がよい。いちいち、ザックの中から取りだして、パッキングを直してたら時間がいくらあっても足りないからです。

 しかし、登山家たちは、そうではない。パッキングを変えるのは、日没と早朝だけですから、全部ザックに入れておいて完璧なパッキングを行っていた方が便利だった。で、どうしたかというと、100リットルから150リットルの大型ザックを作って、鍋やら米やらテントやら寝袋やらを全部ザックの中に詰め込むようにした。そして、その綿製大型ザックに防水コーティングをして、新品の野球グローブのようなガチガチの布地にして水をはじいたんです。これがキスリングの始まりだと私はにらんでいます。ですから背嚢にくらべてキスリングは大きいです。

 じゃあ、このキスリングとやらは、現代のザックと、どこが違っているかと言うと、横幅があるんです。現在のザックが縦に細長いのに対して、キスリングは横幅がある。どうしてかというと、フレームがないから、縦長にできないんです。饅頭のような形・巾着のような形にしかできない。で、両サイドに大きなポケットを作った。そのほうが、安定するからです。

 しかし、これは非常に担ぎにくかった。
 全部の重量が、肩に食い込むからです。
 だから昔の山岳会では、腕を組んで猫背になって山を登るように指導していた。

 ちなみに、このキスリングは、私が中学生だった1970年代の半ばまで、日本の登山家たちは、みんな担いでいました。1975年頃から日本にも現在のようなフレームザックがでてきます。では、どのようにして、現在のザックが登場したのでしょうか? 実は、ザックに革命をもたらした犯人がいます。ドイツ軍です。

 ユースホステル運動・ワンダーフォーゲル運動の盛んなドイツでは、ザックの性能が著しく進化しました。その結果、ドイツ軍は、ランドセルを肩ではなく腰で担ぐようにしたんです。具体的に言うと、ザックとは別に大きなベルトをしたんです。念のために言っておきますが、ズボンのベルトではないですよ。ザックのベルトでもないです。しいて言えば、ウエストバックみたいなものです。ここに拳銃とか手榴弾をぶらさげたんです。当然のことながら、そのベルトは重くなります。しかし、その重くなったベルトをサスペンダーで吊り上げて、そのサスペンダーにザックを乗せたんです。この方法によって、ザックを肩と腰で担ぐようにした。よーするに、リュックサックにストラップをつけて、それを前から腰ベルトに装着し、天秤棒のようにバランスをとりつつ、腰でもザックの重さを負担するようにしたんですね。

http://gerhard03.blog61.fc2.com/blog-entry-17.html

 さらに「Y型サスペンダー」を開発し、Dリングというものまで作ってしまった。これだと体が左右に傾いても、片方の肩だけに過重がかかることはなくなった。どんなに傾いても、両肩に等しく荷重がかかるようにしたんです。よくナチスドイツ軍の映画なんかみると、やたらとベルトがでてきますよね。あれです。あれは非常に便利だったんです。だから第二次大戦後の米軍なんかもナチススタイルを取り入れたりした。ここからウエストベルトが発展し出すのですね。

 1952年。一つの革命が起きます。
 アメリカのアウトドアメーカーであるケルティ(Kelty)の登場です。

 ケルティは、背負子タイプのフレームにザックをくくりつけたものを開発しました。これが全世界に大流行します。流行させたのは、ユースホステルのホステラーたちです。全世界のユースホステルのホステラーたちが、ケルティのフレームザックでバックパック旅行をしだしたのです。このフレームザックには、ウエストベルトもついていたし、ショルダーストラップもついていました。あきらかにドイツ軍の軍装の影響をうけています。

51SZsTvrNfL.jpg

 当時、海外のユースホステルで、ケルティを見かけない日は無かった。
 バックパックといえば、ケルティ。
 ケルティといえば、バックパックだった。
 一時期のケルティは、世界のホステラーの標準装備だった。
 ケルティを知らずしてバックパックを語るなというくらいの勢いだった。
 けれど、これは日本では、全くもって流行らなかった。日本では
「ケルティって何? それ美味しいの?」
 てな具合だった。


 実は、私もケルティの赤いフレームザック持ってまして、

http://blogs.yahoo.co.jp/tksh4714/11270282.html (←こいつです/売ってたら欲しい)

 これで世界中を放浪しています。
 北海道で土井君や、今の嫁さんと出会ったときも、
 こいつをもって旅していました。

 買ったのが、1980年で、廃棄したのが2000年ですから20年間使い続けてびくともしなかった。登山用ザックは、どんどん駄目になったんですが、ケルティのフレームザックは頑丈で劣化しにくかったです。しかし、こいつは、どういう訳か日本ではメジャーにならなかった。海外では、どのユースホステルでも見かけたんですが、日本のユースホステルでケルティのフレームザックを持ってるのは、私一人でした。どういうわけか日本では、キスリングが主流だったんです。キスリングからケルティのアウターフレームザックにうつらず、インナーフレームザックに移ったんです。

 ケルティのフレームザックは、背負子にナイロンザックを装着したタイプです。
 それに対して、ザックの中にフレームの入ったものが登場した。
 これがインナーフレームザックです。

004-04.jpg

 よーするにキスリングを細長くして、その中に骨組みとなるアルミフレームを入れたのが、インナーフレームザックです。これだと、大きなザックでパッキングしてもフニャフニャしない。おまけに、サイズを調節する場所が、ベルトと肩の2ヶ所しかない。これがケルティのフレームザックだと、何カ所も調節しなければない。おまけに背負子のようなフレームが、木の枝に引っかかってしまう。

 しかし、ケルティのフレームザックは、平地歩きにはすごいパワーを発揮します。平地なら、こっちのほうが担ぎやすい。フレームだけにして背負子としても使えますし、いろんなものをフレームに縛り付けることもできる。椅子にもなるし、徒歩旅行には便利だったんです。しかし、山には不便だった。フレームが邪魔するからです。

「じゃ、海外では邪魔しないのか?」

 と思うでしょ?
 邪魔どころか、海外の山には木がなかったりするんですよ。
 嘘だと思うなら、スイスの山に出かけてみてください。
 トルコの山にでかけてみてください。
 どこに木があるのか?てなぐあいです。
 仮に木があったとしても、枝がフレームにひっかかるというほどの藪ではないし。


つづく。

↓ブログ更新を読みたい方は投票を

人気blogランキング





posted by マネージャー at 17:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 登山関係の話題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月17日

登山用のザックの話

登山用のザックの話

 今回は、登山用のザックの話です。
 今回は、初心者というより、ちょっとベテラン向けの話をします。

 ザックには、2つの方向性があります。
 なるべく軽く作られたザックと、
 なるべく便利に作られたザック。

 ポケットが多かったり、2気室だったりすると重くなります。
 だけど便利なんです。

 逆に何もついてないと軽くなります。
 けれど不便なんです。

 長期縦走や探検するときは、軽いものがいいです。
 しかし、楽しい登山をするなら便利な方が良いです。
 というわけで、歳をとってからの私は便利派です。
 しかし、便利派といっても軽いことにこしたことはない。

 そこで、ザックを買ったら、それを改良する人もいる。
 ピッケルホルダやディジーチェーンを取り外す人もいる。
 余計なベルト部分を短く切断する人もいる。

 あと、最近の傾向として、ザックの底部分に、ザックカバーが縫い込んであるケースがありますね。これだと、ザックカバーを買わなくて良いので、結果として値段が安くなるし、重量軽減にもなる。そのうえ強風がきてもザックカバーがとばされることはないですね。なによりザックカバーを忘れなくなった。

 でも、一番素晴らしいのは、同じ50リットルザックであっても、ザックカバーの分の容積がいらなくなっていることです。つまり、実質、55リットルザックになっているということです。

 あと、ポケットの多いザックは、なんといっても便利です。
 私のザックは、両サイドのポケットにペットボトルが入ります。
 だから喉が渇いたらすぐに水分が補給できます。

004-03.jpg

 ウエストベルトには、デジカメの入るポケットがあります。シャッターチャンスを逃しません。もちろん小銭も入りますから、山小屋で何か買うときに、ザックの中から財布を取り出すために、ごそごそしなくていい。とても便利です。でも、何より便利なのが、コンパスや高度計が入ることですね。

004-02.jpg

 よく、ザックにコンパス・高度計・マグカップ・カラビナなんかをピッケルホルダやディジーチェーンをぶらさげている人がいますけど、あれは危ないですね。何らかの事件で落ちたらどうするんですかね? マグカップにしても不潔ですよ。昔ならともかく、今は、いろんな寄生虫が進出しているので、あまり褒められたことではないです。だからザックにぶら下げるというのは、あまり感心しません。そもそもマグカップが必要なのかどうかも疑問です。自炊しないのなら必要ない。歯磨きはペットボトルで用が足ります。

 あと、フラップ。ファスナーでとめないポケットのことですが、これは便利なフラップと、じゃまなフラップがありますね。フラップは、どんなザックにも必ずついているものですが、体温調節で服を一時的に脱いで差し込む時に使うと便利です。稜線で強風にあおられたらすぐに着られるからです。でも、まあ、普通のハイキングならフラップは、使いませんね。

 あと、ザックの両サイドにメッシュのポケットがありますね。あれは、地図を入れるのに便利です。地図なら落ちても危険はないし、もっとも地図を落としては、命に関わるので落ちない工夫をすべきでしょうけど。ペットボトルは、どうかなあ? ハイキングならいいけれど、渋滞した★★★クラスの岩場だと危険な気がする。

 さて、最新式のザックの話です。

 実は、私のお気に入りのザックは、背中がメッシュになっています。しかも、かなりフレームが湾曲していて、拳が1つ入るくらいに空間が空いています。そのために非常に通気性に優れていて、夏でも背中の蒸れません。背中とザックの間に風が入るからです。メーカーは、ドイターのフューチュラ32です。たった32リットルのザックです。実は、このたった32リットルザックで、一昨年は、上高地−涸沢−北穂高−大キレット−槍ヶ岳−涸沢という2泊3日の縦走コースを歩いています。

http://www.iwatani-primus.co.jp/products/deuter/005.html

004-04.jpg

 まあ、ポケットに4リットルはいるので、実質的には36リットルなのですが、劇的な登山ギアの進化で、この小ささで万が一のビバークにも充分な装備を背負えるようになっています。理由は、最近の雨具がかさばらなくなっていること。ユニクロのダウンが、ものすごく小さくなっていて、しかも防寒性に優れていること。エアマットも350グラムと軽く小さくなっており、50センチのビバーク用の座布団タイプなら、たったの100グラムしかなく驚くほど小さくなっている。ツェルトにしても、最新のものは200グラムしかないのに、撥水性能がとても良くなっている。おまけにアミノバイタルプロを利用すれば、携行食糧が信じられないくらいに少なくてすむ。

 つまり、山小屋を利用する限り、この32リットルザックで何の不自由もしないんですよね。私は、このザックに、3日分の荷物に加えて、ペットボトルを6本。アミノバイタルプロのゼリータイプを18個に、スニッカーズやチョコレートを嫁さんの分を含めて4日分。これにブドウ糖やビタミン剤を加えて、デジカメを2台もって登っています。もちろん軽いダウンなんかは、嫁さんに持たせています。

 これだけ携行物資が小さくなると、コースタイムが短くなります。
 若い頃よりも早く山小屋に到着してしまう。
 体力は低下しているのにどうしてだろう?

 と思うんですが、若い頃は、それだけ重いものを担いでいた。北アルプス縦走ならロウアルパインの100リットルザックを使っていたし、「ザ・合宿」という120リットルザックを使うことさえありました。防寒着もフリースだったからかさばったし、風に弱いフリースの弱点を補うために雨具も使わざるをえなかった。それがめんどくさいので、ウインドウストッパーつきGORE-TEXフリース3万円で買ったんですが、これがまたかさばったんですよね。カメラも、今のような小さくて高性能なデジカメが無かったので、EOS10といった、重たくてかさばる一眼レフに、これまた重たいフィルムを10本くらい持って行ったけれど、今じゃ、小さなデジカメに、小さな32ギガのsdカードで、何千枚も撮れるし、バッテリーも小さくて長持ちします。昔からしたら夢のような時代になりました。



つづく。

↓ブログ更新を読みたい方は投票を

人気blogランキング




posted by マネージャー at 10:07| Comment(7) | TrackBack(0) | 登山関係の話題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月15日

加水分解の話2

工作員さん

>八ヶ岳(赤岳)でザックのウエストベルトのバックルが壊れたことがありました!

>年数のたった山道具で山の奥深くへ入り込むのは考え物ですね。

 全く同感です。
 団体登山の時ならイザ知らず。
 個人登山の場合は、5年をめどに装備を変えた方が良いですね。

 ちなみに「風のたより」で使っていたロウアルパインの100リットルザックが、5個ほど北軽井沢ブルーベリーYGHで保管していたのですが、3年くらい前に全て廃棄しました。全部、加水分解でやられました。ロウアルパインのザックが加水分解すると最低です。黒い生地がボロボロとなって床が真っ黒になり、洗っても洗ってもとれない。さいわい、ワックスが厚かったので、ワックスを剥離することでなんとかなりましたが、もう最低でした。

 で、心に誓いました。
「古い登山道具は、絶対に家に入れない」
と。

 あと、ロウアルパインの100リットルザックですが、12年から15年目に加水分解がおきています。つまり、ザックといえども、ある日突然、加水分解がおきても不思議はないということですね。麻などの天然の布地なら、絶対に、こういう事はおきてないのですが。特に酷いのは、腰ベルトのスポンジ部分。ある日とつぜんボロボロと崩れてくる。これは加水分解と言うより、経年劣化と言うべきなのかなあ?

 だから仲間内で、10年間、同じザックを担いでいる人をみると心配になってくる。忠告はするのですが、まともには聞いてくれませんね。私は、ザックは10年で廃棄するようにしています。そもそも、ザックの進化も新幹線並みです。今のザックは凄いレベルです。汗が背中につかないようになってるし、シェラフカバーもザックについている。軽量化もすすんでいるし、バックルの進化も著しいですね。最近のザックを背負ったら昔のザックは背負えないですよ。

つづく。

↓ブログ更新を読みたい方は投票を

人気blogランキング




posted by マネージャー at 23:24| Comment(4) | TrackBack(0) | 登山関係の話題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月10日

ついでに加水分解の話

ついでに加水分解の話

>式場で突然、靴のウレタンソールがボロボロと崩れ始め

 実は、これ、靴に限ったはなしではなくて、ザックのバックル・スノーシュー・プラスチックブーツ(登山用&スキー用)でも加水分解がおきるんですよね。うちにも5年モノのスノーシューのバックル部分が、次々と加水分解をおこしています。そういう製品を御客さんに貸すわけにはいかないので、去年も30台ほど新品を買いました。

 北アルプスなんかにいくとザックを変なスタイルで担いでいる人がいたんで、声をかけてみたらバックルが加水分解で粉々になったらしい。その人は、本当に困った顔をしてて、下山すると言ってました。下手したら命にかかわりますからね。幸い、私と同じタイプのザックだったので、予備のバックルをあげたら大喜びしていましたね。



>山でソールの接着剤がはがれてしまった人がいたので、
>テーピングテープを巻いて応急処置した事がありました。


 関係ないですが、今年の北アルプスで、怪我人のいるパーティーに出会いました。右足が動かないのが一目で分かった。男衆が怪我した人の荷物をお腹にかかえていたんです。場所は、涸沢近くなので上高地まで6時間もある。捻挫なら3時間で足が動かなくなると思ったので、薬と包帯とテープを持っている私が声をかけたのですが、「関わらないで」という感じだったので関わらずに置いていきました。
 しかしね、けが人を引き連れた連中は、どうみても素人だったんですよね。下山にもかかわらず、みんなヨロヨロ歩いていた。あれは見た目にも危なかった。それでいて怪我してるにもかかわらずテーピングも無しにびっこをひいていたんだから、薬をもってたんだろうか? と気になってしまう。

 こういうこともありました。

 槍ガ岳で大渋滞がおきていた。
 オフシーズンに変だな?と思ってたら、岩で苦戦している人が渋滞を作っている。
 あんまり酷いので、何人かで助けに行った。
 すると、「いいです! ほっといてください」と逆ギレされた。
 仕方ないので、そのまま追い越して、頂上に行って写真を撮って下山してみたら、さっきの渋滞の犯人が、ほとんど前進できないでいる。かといって、槍ヶ岳は一方通行なので降りるに降りられないでいる。仕方ないので助けに行った。で、また
「いいです! ほっといてください」
と逆ギレ。

 すると、今度は渋滞犯人の後ろにいる人が怒りだした。
 そりゃ怒りますよね。
 30分間も、ぜんぜん進まないんだもの。
 登山計画が狂ってしまう。
 しかし、登れない人に怒っても危険なだけ。
 もう問答無用で、数人で無理矢理に救助して、頂上に連れて行きました。

 山での個人主義は、どうかと思います。


つづく。

↓ブログ更新を読みたい方は投票を

人気blogランキング






posted by マネージャー at 23:32| Comment(2) | TrackBack(0) | 登山関係の話題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月08日

登山靴の話6

つづきです。

 実は、もっと重要なポイントがあります。こっちの方が大切なんです。それは、

9.どんな山に登るのか?
10.どの季節に登るのか?
11.どういうスタイルで登るのか?
12.誰と登るのか?
13.何日登るのか? 日帰りなのか?

 という点です。

 私は、さんざん「スニーカーは駄目だ」と言ってきましたが、この条件によっては、スニーカーでも良いケースがある。いや、むしろスニーカーの方が好ましいケースがある。例えば、晴天のアスファルトを歩くようなケースです。高尾山の1号路なんか、そうですね。北軽井沢だと浅間牧場なんかがそうです。軽井沢だとアプトの道なんかもそうです。どうしてかというと、足が軽くなるからなんですね。

 実は私は高校時代にフルコンタクト系の空手をやっていたことがあり、毎日筋力トレーニングをしていました。で、3キロもある重りを両足につけて日常生活をおくっていたんです。もちろん体育の時にも足に重りをつけてマラソンなんかしていた。で、どうなったかというとヒザ関節炎になってしまった。これには驚いた。というのも、そのまえに、1年間ほど8キロのパワーベスト着ていたのになんともなかったからです。それなのに3キロのパワーアンクルを足に装着したら関節炎になってしまった。足にかかる負荷は、8キロのパワーベストの方が大きいはずなのに、そっちの方はなんともなく、むしろパワーアンクルり方が間接に悪かったことになる。つまりザックが重いことよりも、靴が重い方が、足に負担が大きいということになる。で、登山をするようになると、その仮説は確信にかわりました。やはり足は軽いにこしたことはない。

 しかし、逆に、すごく重い登山靴の方が良いケースもある。雪渓をキックステップで歩くようなときです。小浅間山のような砂地を下るときも、重い方が靴が砂にめり込んで下りやすい。

 こんな失敗談もある。7月末に谷川岳に登ったことがあった。ものすごく暑い時に登ったので、涼しげな布地の超軽い登山靴で登ったんです。で、仲間の一人が重登山靴だった。私は、さんざん仲間の重登山靴を馬鹿にしたんですが、ところが谷川岳の肩の小屋に到着してみれば、ものすごい残雪があった。大雪渓を急坂で降りる羽目になったとき、死にそうな思いでいる私を尻目に、重登山靴の仲間は、ストックも持たずにスイスイと降りていった。こういう笑えない失敗もあった。

 こういう失敗談もある。

 私は、1990年頃に北海道にはまっていた。北海道中の山という山を登りまくっていたのです。もちろん、登山靴で旅を続けていたのですが、なんと3ヶ月で靴底がツルンツルンになってしまった。原因は、登山と一緒に徒歩旅行もしていたからなんですが、1日に50qほどあるくものだから、10日に500q歩くことになる。登山靴は、アスファルトに弱いに気がつかなかった。で、仕方なく、札幌で登山靴を買い直す羽目になってしまった。登山靴で道路を歩くべきではなかったんです。で、登山靴・スニーカー・サンダルの三点セットをもって旅をするようになったんです。

 そうそう、深田さんと一緒に酒を飲んだという猛者(70歳以上の人)なんかは、登山靴の他に草鞋(わらじ)をザックにしのばせてますね。イザという時には沢で使うことも想定しているとのこと。私が
「草鞋だけでは冷たくて駄目でしょう」
というと
「足袋を履けばなんともないよ」
という。昭和一桁には、こういう化け物も多いですね。私は、とても真似ができませんので、沢に行くときは沢靴を履いていきます。

 話がそれましたが、何が言いたいかというと、ケースに応じて靴を変えていく柔軟性が必要だと言うことです。



つづく。

↓ブログ更新を読みたい方は投票を

人気blogランキング




posted by マネージャー at 21:36| Comment(4) | TrackBack(0) | 登山関係の話題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月07日

登山靴の話5

また、よいコメントがあったので脱線を

>狂牛病以降、牛がたくさん処分されて皮革が手に入らなくなってしまった

これは貴重な情報ですね。
ありがとうございました。

まあ、革のGORE-TEXの場合は、革は一生モノですが、
GORE-TEXの寿命が5年ですから、
GORE-TEXを修理してくれるメーカーかどうかが問題ですね。
有名メーカーは、修理してくれるみたいですが。



>15年くらい履いてたドイツのハンワグというメーカーのお気に入りの登山靴

LOWA(ドイツ)と並んで最強の登山靴ですね。
誰もが金があれば買いたいと思ってるのでは?
北アルプス縦走なんかでは、持って行きたいやつです。
私は一度も履いたことがないのでわかりませんが。
ドイツの靴メーカーは、登山靴にかぎらず評判がいいみたいですね。
貧乏で買えなかったけれど、LOWAもハンワグも、あこがれの靴でした。
今は無き池袋の秀山荘で毎日、指をくわえてみていたなあ。
(ちなみに私は、池袋の秀山荘の近所に住んでいた)



>やはり長持ちさせるにはかわりばんこに履きたいので。

1泊・または日帰りくらいなら布地でじゅうぶんかと。
私が注目している靴は、これです。
足が合わなかったら意味がないんだけれど。





>ハンワグの靴はいつもソール貼り替えにだすと、
>ドイツ本国に送られるそうなのですが、
>ちょっとした糸のほつれなんかもビシッと直って帰ってきます。

 これは友人の体験談なのですが、安かったので登山ショップではなくて、普通の靴修理屋にソールの貼り替えをお願いしたら、はがれが早くなったそうです。仕方ないので、登山ショップにみてもらったら、ひどい貼り替え方だったらしく、ソールを剥がしたら糸まで切られていたらしいので、怒っていました。普通の靴修理屋に出すときは、店を選ぶべきでしょうね。





では、つづきです。

6.通気性と防水性

 登山靴の進化が激しいところです。
 どの登山靴も、GORE-TEX仕様になってしまいました。
 つまり、GORE-TEXによって通気性と防水性が大幅に向上したのです。
 逆に言うと、すべての登山靴の寿命が5年に縮んだともいえます。
 GORE-TEXは、5年くらいしかもたないからです。
 ただし、総革の登山靴は別です。
 こいつは一生モノです。

 気をつける点があるとしたら、完全防水タイプのGORE-TEXかどうかです。靴の中全体がGORE-TEXに覆われているかどうかです。上だけGORE-TEXで底は、GORE-TEXの無い靴もありますので、登山ショップで確認して買った方が良いですね。ただし、私は気にしていません。というのも、私は雨が降ったら山に行かない主義なので。でも、これは山に住んでいて、毎日、気が向いたら山に登る人間だからできる技です。一般のサラリーマンの方は、雨天対策のために防水力のある靴を買うべきでしょうね、



 


7.衝撃吸収力

 最近の登山靴は、これが信じられないくらいに向上している。
 そのために歳をとってヒザが悪くなったりすると、
 軽くて衝撃吸収力のある靴が欲しくなってくる。
 これは靴に限らず中敷き(インソール)の進化も著しい。
 カカトのゆがみを補正して疲れをとる機能のあるものがたくさん販売されている。
 これは、かなり重要です。

 ただし、良い中敷き(インソール)は、五千円くらいします。靴が一足買えてしまう。つまり、
「安い靴+中敷き(インソール)」
にするくらいなら、最初から良い靴にして、中敷き(インソール)を買わない方が良いともいえます。もちろん千円の中敷き(インソール)もあるんですが、5回くらいの登山で潰れて、ぺっちゃんこになってくる。厚さが無くなってくる。ですから安物は、かえってコストが高くなってしまう。



 私は宿屋なので、夏は、1日に12時間、たちっぱなしのことがある。昔は、体力でカバーしていたのですが、最近は靴でカバーするようになった。よーするにナースサンダルを履くようになった。ナースサンダルは、高額なのですが、立ち仕事による疲労を防ぐために工夫されている。スリッパだと、8時間の立ち仕事でクタクタになるにもかかわらず、ナースサンダルだと、12時間たっても疲れない。もっとも、私は男なので、ナースサンダルもどきを履いているのですけれど。発泡ポリウレタンを使った衝撃吸収サンダルを使っています。これだと全く疲れない。

 これは、登山にもいえることで、良い靴は、8時間歩いても疲れないのに、安い靴は3時間で足の裏が痛くなる。つまり、靴の性能で登山による披露を防ぐことができるんです。衝撃吸収力のある登山靴は、本当に疲れない。




8.足の矯正力

 これについては、長くなるので、今回は説明をはぶきます。
 動画で我慢してください。




 以上、簡単に説明しましたが、ここまでの説明は、数学でいえば、公式のようなもので、これだけ知っていても意味がありません。実は、もっと重要なポイントがあります。こっちの方が大切なんです。それは、

9.どんな山に登るのか?
10.どの季節に登るのか?
11.どういうスタイルで登るのか?
12.誰と登るのか?
13.何日登るのか? 日帰りなのか?

 という点です。



つづく。

↓ブログ更新を読みたい方は投票を

人気blogランキング






ラベル:登山靴の話
posted by マネージャー at 08:57| Comment(4) | TrackBack(0) | 登山関係の話題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月06日

登山靴の話4

よいコメントがあったので脱線を!


>ポリウレタンのソールはたとえ使用せずとも経年劣化して加水分解し、
>ある日パックリと剥がれるようなことがあるみたいですね。
>山の中で剥がれたりするとそれこそ命に関わります。


 本当は、あとで書こうと思ったのですが、
 せっかくですからポリウレタンのソールについても。
 このソールは、軽くて衝撃に強く、おまけに滑りにくいので
 スニーカーのソールとして大活躍しています。

 しかし、5年くらいで加水分解がおこります。あまり履いてなかったら3年で加水分解が起きます。靴箱に入れっぱなしのものほど加水分解が起こりやすく、頻繁に履いているものの方が加水分解が起こりにくいようです。ですから頻繁に履いた方が長持ちするとのこと。つまり、登山靴としては不適なんですね。しかし、現実には、この素材を使った登山靴が多いことも確か。私が7足の登山靴を持っているのは、そのためです。もちろん北アルプス縦走といった大がかりの山行には、古い登山靴を履いていきません。1年目または2年目の登山靴を使います。

 ここで、登山靴を長持ちさせるコツを。
 毎日、同じく靴を履かないことです。
 ローテーションを組むんです。

 実は私は、1ヶ月以上40キロ装備で、知床山脈を縦走したことがあるのですが、靴の劣化の早いのに愕然としたことがあります。特に靴紐は何度も切れました。靴は湿気に弱いんですね。とはいうものの、普通の人は、毎日登山なんかしませんよね。そういう人は、逆に登山靴を使ってやらないと駄目です。湿気に弱いですから長い間、下駄箱に入れておいたらすぐに駄目になります。これは登山靴にかぎらず、スニーカーにもいえます。

 あと、ポリウレタンのソールをビブラムソールを貼り替えるという方法もあります。しかし、登山靴の進化の激しさを考えると、微妙なところですね。5年で買い換えた方がいい気もする。つまり1年に3000円の出費ということになります。これで健康とダイエットが手にはいるのなら安いものです。変な薬や、怪しい器具を買うより、よほど安いと思いますよ。1年に10回登山すれば、300円の出費なんですから。ちなみに私は、1年に100回以上の登山をしていますから30円の出費です。

 あ、そうそう。
 一つ言い忘れていました。
 ポリウレタンのの加水分解は、突然おきます。
 5年たったら、ある日、突然おきます。
 ゴムのソールにしたって同じです。5年で劣化します。
 ソールの接着剤も劣化するし、縫い目の糸も劣化します。
 だから登山靴は、消耗品なんですね。






>未だに旧石器時代の革の登山靴を、何度かソールを張り替えて使っています。

 ユースホステルを創設したリヒャルト・シルマンも、旧石器時代の革の登山靴を、何度かソールを張り替えて死ぬまでの60年間使い続けています。革の登山靴の短所は、重くて堅くて痛いところにありますが、1年も使い続けていると、革が馴染んできて足にフィットするんですね。5年も使い続けていると逆にすごく歩きやすくなる。重いという短所も、雪渓で行うキックステップでは最強の靴になってしまう。堅いという短所も怪我防止になってしまう。しかし、これはベテラン登山家にとっての長所ですね。初心者には辛いでしょう。

 初心者には、もっと安くて履きやすい布地のものがよいでしょう。1万円もだせば、そこそこのものが買えます。もっと安いバッタモノでもスニーカーを履くよりはましです。私は、バッタモノを買うのは、おすすめできないんですが、どうしても金がないのであれば、ソールの溝が大きくてゴツゴツしたもので、つま先が硬くなっているのを選ぶという選択もある。しかし、そのバッタモノで行ける山は、高尾山・小浅間山・湯ノ丸山ていどです。間違えても北アルプスなんかに行っては駄目です。

 一番良いのは、登山ショップで教えてもらって納得して自分に合った靴を買うことです。今日も凄く忙しいので、続きは、また今度。



つづく。

↓ブログ更新を読みたい方は投票を

人気blogランキング






ラベル:登山靴の話
posted by マネージャー at 00:49| Comment(5) | TrackBack(0) | 登山関係の話題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月05日

登山靴の話3

登山靴の話3

 本題に入る前にみわぼーさんのコメントに質問がありましたので、それに答えておきます。

>先日、ダンナのトレッキングシューズが高尾山登山中に
>靴底がパックリ剥がれたのをみて、
>あとで自分のトレッキングシューズみたら、爪先が剥がれかかってて…。
>1999年購入したものだから、靴底の素材が劣化したのかも。

 登山靴の寿命は、よく使う人で3年。
 あまり使わない人で5年くらいです。
 1999年購入のものであるならヤバイです。

 しかし、ご主人のケースは、別の原因もありえます。登山知識がある人で、登山靴にこだわりのある人だと、靴底がパックリ剥がれることがあるんです。理由は、ソール(靴の裏)にビラム底を使っているからです。ビラム底は、登山靴としては最強のソールなのですが、こいつは貼り替えを前提にしてるのでメンテが悪かったり、長く使いすぎていると、ぱっくり剥がれることが多いんです。ベテラン登山家にとって靴は5年に一度、ソールを貼り替えるか、新しく買い換えるものなんですね。

 あと、登山靴は、登山道具の中でも最も進化がはげしいものです。1999年と、2011年では、石器時代と現代とは言いませんが、室町時代と現代くらいの差があります。2000年にはいってから劇的に進化し、重さも歩きやすさも驚愕するほど変わっています。買い換えるべきでしょうね。

 私が登山を始めた頃は、皮の重登山靴と軽登山靴しかありませんでした。で、靴は、一生モノと言われていて、そのつもりで買ったんですが、その一生モノは履いていません。いくつかはゴミ箱に捨ててしまいました。皮クリームも捨てました。理由は疲れるからです。もったいないと思いますが、楽しい登山を第一にするなら石器時代の靴は捨てて良いと思います。もう総皮の重登山靴を履いてるひとは、どの山でも見かけません。あの靴は、沢なんかでは滑るし、重いし、メンテが面倒なんで売店にも無くなってしまいました。今の登山靴は、進化が激しいので消耗品として使う人がおおくなっています。


 では、「どんな靴を買うべきか?」にいきたいと思います。
 ポイントは、8点くらいあります。

1.靴の裏(ソール)
2.靴の高さ(ハイカット)
3.つま先の堅さ
4.足との相性
5.爪の保護
6.通気性と防水性
7.衝撃吸収力
8.足の矯正力

 これに加えて、もっと重要なことがあります。

9.どんな山に登るのか?
10.どの季節に登るのか?
11.どういうスタイルで登るのか?
12.誰と登るのか?
13.何日登るのか? 日帰りなのか?

 という点です。


1.靴の裏(ソール)

 靴の裏にギザギザの溝(ブロック)があるかと思いますが、これが大きく深いモノがよいです。深くないと砂地や土で滑るんです。スニーカーが滑りやすいのは、そのせいです。「私は、よく倒れます」という人の多くは、運動神経のせいではなく、靴のせいです。そういう人は、靴の裏をみてください。絶対に溝がすり減っています。もしくは、平地歩き用の靴で、もともと溝が浅い靴です。ちなみに溝は、いくらあっても細かいモノでは駄目です。大きくて深いモノでないと滑ります。笑っちゃうくらいに深くて大きいモノが良く、土踏まずも深いモノがいいですね。

 ちなみに「私は都会を歩いていても滑ります」という人は、合い鍵屋さんに行って「滑らないソールに変えてください」と頼むとビラム底に貼り替えてくれて全く滑らなくなります。



2.靴の高さ(ハイカット)

 靴には、ハイカットとローカットがあります。
 くるぶしを靴の外に出すか、それを靴の中にいれるかの違いです。
 実は、いまの流行はローカットです。
 しかし、これに手をだすべきではありません。
 怪我するからです。
 良い靴は、人間を怪我から守ります。
 ここは、文章でかくよりも、動画を見た方がわかりやすいので、ちょっとみてください。



 動画での説明にもあるように、ハイカットの靴は、人間を怪我からも守ります。
 そのさいに気をつけることは、芯(シャンク)のあるなしです。
 芯(シャンク)の無い靴は、いわゆる偽物で、量販店で安く売っている中国製に多いです。
 私はキャラバンのバッタモノをみたことがあります。
 ただ、気をつけた方がよいのは、この動画で紹介している靴は、高級登山靴です。
 初心者が、最初に買う靴は、もう少し廉価なものになるので、そのさいのポイントも解説しておきます。



3.つま先の堅さ

 バッタモノの登山靴は、つま先が柔らかいです。そういう靴は買っては駄目です。登山靴に見える平地歩き用の靴だからです。登山で保護したいのは、つまさきの足の爪ですから、これの堅いモノでないとだめです。なぜつま先が大切かというと、下山の時につま先を岩にぶつけたりするからです。そのたびにもんどり打っていたら爪が死んでしまいます。だからつま先の防御が重要になります。



4.足との相性

 これが一番重要です。
 人間の足は千差万別です。
 だから履いてみるまでわからない。
 履いてみて、どこか痛かったら駄目。
 痛くなる場所は、人によってばらばらです。
 くるぶしが痛かったり、足の甲が痛かったり。
 高級な靴になればなるほど痛い場所が多くなる。
 理由は、靴が怪我を防止するために、堅めになっているからです。

 だから登山用品店では、必ず試し履きを必ずさせてくれます。めんどうでしょうけれど最低10足くらい試すべきです。そのさい登山用ソックスを借ります。それを履いて、山に見立てたデコボコ斜面を歩かせてもらいます。登山ショップは登山学校でもありますから、納得いくまで質問しても絶対に嫌がられません。



5.爪の保護

 これが通勤用の革靴なら自分の靴幅に合わせて買えば良いだけです。
 ところが、登山靴の場合は、そうはいかない。
 幅広だと、下山時に爪が靴先に当たって痛い。
 平地だと、そういうことはないのに。
 となると、つま先に1センチ余裕をもたせて、少しだけ幅の狭い靴を選ぶことになる。そして、足の爪がが靴先にあたらないように紐をしっかり結びます。足首できちんと結んでいれば、下山時に、つま先の爪が靴の先に当たることはない。

 しかし、この方法にも難点がある。
 それは体の柔軟性と関係がある。
 靴紐の結び方によっては、この方法が使えないケースがある。
 文章では説明しにくいので、下の動画をみてください。



 あと、靴によっては、足踏まずのところをあげて、爪が靴先にあたらないように工夫しているものもある。メーカーによっては、いろんな工夫がある。今日は忙しいので、続きは、また今度。



つづく。

↓ブログ更新を読みたい方は投票を

人気blogランキング





posted by マネージャー at 10:26| Comment(3) | TrackBack(0) | 登山関係の話題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月04日

登山靴の話2

登山靴の話2

今回は、ハイキングツアー参加者に、それも初心者にアドバイスです。
登山靴が、どれだけ重要であるかは、前回書きました。
で、今回は、具体的にどんな靴を買うべきかを述べたいと思います。
まず

「どんな靴を買うべきか?」

という話をする前に、

「どんな靴を買っては駄目か?」

を述べてみましょう。
もっと具体的にいうと、どんな靴を履いて山に登ったら死ぬのか?という話です。

「死ぬ? 大げさな」

と思ってるあなた、これは決して大げさな話ではありません。山には崖がつきものです。1歩間違えたら死ぬような場所は、いっぱいあります。これはビルの屋上でも一緒です。ある靴を履いていたらビルの屋上から落っこちて死ぬことだってあるのです。例えばローラースケートで屋上を歩けば死ぬ確率が高くなります。だから鳶職の人は、地下足袋を履いて仕事をします。ガラス清掃業者は、ゴム長靴を履いてブランコにのって仕事をします。ちなみに私の前職は、ガラス清掃業者でした。そのガラス清掃業者が、高所作業で絶対に履かない靴がデッキシューズです。

 これは、登山でも一緒です。デッキシューズで山に登るということは、死を意味します。バスケットシューズでも一緒です。この2つの靴は、ワックスがかかったツルツルの平らな床でしか、正常に機能しません。持っている人は、靴の裏(ソール)をみてください。真っ平らです。つるんつるんです。こういう靴は、塗れた岩場で滑りますから、そのまま滑落して死に至ります。実は、スニーカーと言われる靴も、そういう系統の靴です。

 スニーカーの語源は、英語のSneak(忍び寄る)からきています。これは50歳以上の人にとっての常識です。というのも、このスニーカーが登場したのが40年前で、登場した時に「音をたてず静かに忍び寄ることができる」とのが、キャッチフレーズだったからです。それ以前は、革靴に鋲がうってあって、歩くとコツコツ音がしていたからです。昔のドラマや映画をみたらコツコツ音をたてて歩いてるのがわかるかと思います。その音を消すために、土踏まずを無くして底をぺったんこにしたんです。つまり、デッキシューズのようにしてしまった。

 こういう靴は、体育館やアスファルトには強いんですが、砂地の坂なんかを上がり下がりすると、滑って転びます。面白いように転がってしまいます。浮き石に弱いんです。もし、転がった先に絶壁があったら死にます。だからベテラン登山家は絶対に履きません。テニスシューズもしかりです。あれはスニーカーそのものですから、山歩きに使ったら生死をかけるのと一緒です。

 じゃ、ランニングシューズは、どうかと言いますと、これも駄目と言いたいところですが、最近は、トレイルランニングというものが普及していて、トレイルランニングシューズが流行している。しかし、この靴も初心者は切り捨ててよいと思います。山を走って登りたいなら別ですが、そういった初心者なんかいるわけがないですから。ただし、トレイルランニング シューズで山を登るとコースタイムがめちゃくちゃ速くなります。だから一部の猛者たちは、それを履いて山を飛び歩く人たちが多いのですが、ローカットの靴なので、いかにも危ないです。とてもじゃないけれど、初心者にはお勧めできない。私も持ってはいるけれど、最近は使ってない。


 では、「どんな靴を買うべきか?」にいきたいと思います。
 ポイントは、8点くらいあります。

1.靴の裏(ソール)
2.靴の高さ(ハイカット)
3.つま先の堅さ
4.足との相性
5.爪の保護
6.通気性と防水性
7.衝撃吸収力
8.足の矯正力

 これに加えて、もっと重要なことがあります。

9.どんな山に登るのか?
10.どの季節に登るのか?
11.どういうスタイルで登るのか?
12.誰と登るのか?
13.何日登るのか? 日帰りなのか?

 という点です。

 と、書くとなにやら難しそうですが、初心者の選択肢は、案外せまいです。難しい山に登ろうとしなければ、◆◆で決まりということが多いです。だから専門家にアドバイスしてもらえば一発でわかります。ですから最初から難しく考えなくてよいのですが、なぜ、こういう細かいことを書いたかと言いますと、登山靴を量販店で買ってもらいたくなかったからです。

 量販店には、見かけ倒しの偽物もおおいし、細かい知識がないと、買ってはいけない靴を買ってしまうからです。高くても登山ショップで買うべきなんです。登山ショップは、店と言うより「学校」だと思った方が良いです。品物を買うのではなく、情報を買うんだと思っていくところなんです。

 でも、まあ、登山ショップに行く前に予備知識があった方がいいでしょうから、
 次回は、「どんな靴を買うべきか?」の細かいポイントについて解説します。


つづく。

↓ブログ更新を読みたい方は投票を

人気blogランキング




ラベル:登山靴の話
posted by マネージャー at 21:55| Comment(3) | TrackBack(0) | 登山関係の話題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月03日

登山靴の話1

今回は、ハイキングツアー参加者に、それも初心者にアドバイスです。

山が初めて。
体力がない。
心配だ。

という人は、ある道具を揃えた方が良いです。
ある道具とは、

1.登山靴(ハイカットのハイキングシューズ)
2.ストック
3.手袋

です。

わー、3つもあるのか!と思ったのなら、
登山靴(ハイカットのハイキングシューズ)だけでもいいです。
これを用意してください。


実は、山屋(ベテランハイカー)は、登山靴にとてもこだわりがあります。
私にしても、7足以上持っています。
理由は、怪我をしにくくなるからです。
登山が楽になるからです。
しかし、初心者になればなるほど、

「登山靴? 高いからスニーカーでいいや」

と靴を軽視します。
しかし、これは真逆なんですよ。
本当なら初心者になればなるほど、登山靴にこだわるべきなんです。
しかし、現実には、初心者になればなるほど靴を軽視する。

これを車の運転に例えてみましょう。
ブレーキのききが悪い車があったとします。
そんな車をペーパードライバーの初心者が安心して運転できるでしょうか?

スニーカーで登山するということは、そういうことなんです。
ブレーキのきかない車で運転するくらいに危険なのですね。
登山靴は、滑りにくいんです。
靴によっては、吸盤のように岩にはり付く靴さえあります。
雨でも全くぬれない靴とか、
雨でも全く滑らない靴とか、
砂地でも滑らない靴とか、
岩場でも楽に登れる靴とかがあります。

あと、登山靴には、衝撃を吸収してヒザを守ったり、
土踏まずをおしあげて、爪を痛めないようにしたり、
蒸れを排出して快適な状態に保ったりする機能があるんです。
とくにハイカットのモノは、靱帯などの怪我を防止してくれます。
滑って倒れても、捻挫がおきにくくなっています。
登山靴は、とても奥が深いんです。

この話は、重要なので、シリーズで、何回かにわけて解説したいと思います。
案外、登山靴の話は、山の本やネットには、書いてなかったりしますから。


つづく。

↓ブログ更新を読みたい方は投票を

人気blogランキング




ラベル:登山靴の話
posted by マネージャー at 18:04| Comment(4) | TrackBack(0) | 登山関係の話題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月04日

富士山なめていた…軽装登山の大学生ら4人救助

富士山なめていた…軽装登山の大学生ら4人救助

 http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20110903-OYT1T00581.htm?from=main4

 3日午前4時頃、富士山に登山中だった広島市内の男子大学生(22)ら4人から「風雨が強くて身動きがとれない」と110番があった。

 静岡県警富士宮署の山岳遭難救助隊員らが約5時間後、8合目(標高約3250メートル)付近で4人を救助した。けがはなかったが、午前4時の富士山頂付近の気温は約8度。4人は、台風12号の接近は知っていたが、いずれもフリースにひざ丈のスパッツ、スニーカーなどの軽装で、「富士山をなめていた。申し訳ない」と話しているという。

 同署の発表によると、4人は高校時代の同級生で、「富士山のご来光を見よう」と、広島市内から乗用車で5合目に到着。3日午前1時半頃から登り始めたが、風雨が強まり、携帯電話で救助を要請した。

(2011年9月3日19時39分 読売新聞)






これは私の独断ですが、日本で一番つらい山が富士山。
(難しいという意味では無いですよ)
(登るのに辛いという意味です)

だから私は、富士山が大嫌い。
なのに過去に20回くらい登っている。
大嫌いなのに20回登っている理由は、
「富士山に連れてって!」
という登山の初心者が多いからです。

「つまんないよ、やめようよ。山小屋は狭いし、登りにくいし、空気は薄いし・・・・・・・」
「でも、富士山に憧れてるんです」
「それより槍ヶ岳の方が、面白いよ」
「富士山じゃ無いと駄目なんです。一生に一度で良いから日本で一番高いところに登りたいんです」
「・・・・・」

というわけで、嫌々ながら何度も富士山に20回も登ってしまった。






富士山で遭難か。よくあるんですよね。
で、富士山遭難をバッシングする人が大勢現れる。
しかし、このバッシングには、注意が必要です。
勘違いが多いからです。



>いずれもフリースにひざ丈のスパッツ、スニーカーなどの軽装で

これね、誤解されやすいんですが、
条件さえととのえば決して軽装というわけではないんです。
あと富士山は、登ろうと思えばスニーカーでも登れるんですよ。

(もちろんスニーカーでは怪我する可能性が高いのでやめた方が良い)

このへんが勘違いされやすいんですが、
条件が良ければ、富士山登山は軽装の方が良い。

理由は、山小屋が完備していることと、
下山道が、しっかりしていることです。
で、富士山を知ってる人は、

「何で山小屋に退避しなかった?」

と問うわけですが、大半の山小屋は、8月末に閉鎖します。
富士山の山頂は、9月初めが初雪だからです。
9月なら、たいていの山小屋が無人になっている。
だから、退避できなかった可能性があります。

だいたい富士山の山小屋は「登山家」が作ったモノでは無く
宗教関係者が作ったモノです。
他の山小屋と違うんですよね。
そのへんがわかってないと大きなミスを犯します。

富士山に登るには、山開きの7月1日から8月25日のくらいの間でないといけないんです。
この期間で無いと、山小屋が開いてない。
それに8月20日以降は、雪が降る可能性もある。



さて、山小屋の有る無しは、富士山登山にとって大きな意味をもちます。
補給とトイレと緊急避難に使えるからです。
つまり、軽装で登れるんですね。
ここが重要です!
富士山登山は、空気が薄いので軽装の方が有利だからです。

軽装なら4時間から6時間で頂上にたどりつける。
下山は、2時間もあればいいですから、日帰りも可能です。
しかし、重装備なら1泊2日になります。
山小屋泊となるので、高度障害になる可能性が高い。


よーするに、今回遭難した彼らの失敗は、

1.登山時期を間違えたことと、
2.ゴアテックスの雨具を持ってなかった
3.台風の時期に登ったことです。

実は、私も台風の時に登ったことがあります。
山小屋に2泊して写真を撮っているうちに台風が来てしまった。
そうなると、もう危険なんてものじゃありません。
生死をかける状態になる。
前進どころか、岩に張り付くので精一杯。

あと、ただでさえ空気が薄い富士山で
低気圧のために、もっと空気が薄くなる。
身体が、ますます動かなくなる。
こういう場合は、下山が特効薬。


というわけで危険を察知した私は、下山したわけですが、
途中、落石の危険にあっている。

しかし、下山は、アッという間に終わっています。
8合目から5合目まで2時間くらいです。
富士山の下山は、無茶苦茶はやいのです。

では、遭難した4人は、どうして下山せずに助けを呼んだのでしょうか?

1.下山道の位置が分からなかった。
2.低体温症になっていた。

ということなのでしょう。


あと、静岡県警富士宮署が、保護したことから見て
静岡口から登ったのも失敗の元ですね。
静岡口だと、頂上で無いと御来光は見えない。
距離も長いうえに、登山道も上りにくい。
山小屋も少ない。
そのうえ、台風の影響を受けやすい。
どうして、山梨側から登らなかったのか?

無知から生じた事故ですね。


つづく

↓ブログの更新を読みたい方は投票を

人気blogランキング




posted by マネージャー at 15:17| Comment(2) | TrackBack(0) | 登山関係の話題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月06日

日清食品は反省した方が良いですね

さすがに、まずいなあと思ったので掲載しておきます。
夏の槍で、こんなことされたら、登山者のスケジュールが狂ってしまう。
生死がかかわる問題ですよね。
時間との戦いの登山者にとっては死活問題。


日清食品は反省した方が良いですね。


http://www.death-note.biz/up/l/6082.jpg
http://fuwafuwa-boy.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2010/08/21/100802_yariho19.jpg


槍ケ岳山頂 撮影で私物化?
無職 鈴木英雄(兵庫県太子町 67)

この夏、北アルプス・槍ケ岳に登りました。頂上直下の山荘に着いたころは快晴で、山頂の絶景を期待しながら、あと一息での頂上をめざしていました。ところが、頂上への鉄ばしごの手前で、男性に登頂を阻止されました。山頂にいて下りるよう指示された登山者もいました。「撮影のためヘリが飛んでくるので危険」というのが理由でした。

半時間ほど待たされ、私はしびれを切らしてはしごを登りました。狭い山頂では、ちゃぶ台を置いて男性タレントがラーメンを食べる所作をしていて、付近をヘリが飛んでいました。どうやら食品会社のテレビコマーシャル用の撮影のようでした。

待たされている間に雲が広がり、楽しみにしていたのとは違った景観になりました。しかも行動時間が短縮され、それ以降の予定を変更せざるをえませんでした。シーズン中だったので、多くの登山者が私と同様、迷惑したはずです。山頂で撮影が行われることは、事前に誰からも登山者に説明や協力要請はありませんでした。山頂の私物化に憤りを覚えました。


posted by マネージャー at 23:28| Comment(4) | 登山関係の話題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月18日

日高山系で遭難の東京理大生か、3遺体収容

日高山系で遭難の東京理大生か、3遺体収容

http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20100818-OYT1T00158.htm

 北海道大樹(たいき)町の日高山脈・中ノ岳(1519メートル)近くの沢で野営中の東京理科大ワンダーフォーゲル部員4人が流され、3人が行方不明になった事故で、道警は18日早朝、ヘリコプターで歴舟(れきふね)中の川上流の現場付近を捜索し、3人の遺体を発見、収容した。

 道警によると死因はいずれも水死だった。道警広尾署で身元の確認を急いでいる。3人は千葉県市川市の工学部3年宮城島久紀さん(20)、埼玉県上尾市の基礎工学部2年荒木悠児さん(21)、千葉県柏市の理学部1年神野(かんの)博司さん(18)とみられる。

 道警によると、3人は、4人のテントが流された地点から約2キロ下流で1人、約400〜500メートル下流で2人が見つかった。体には流された際にできたとみられる傷が複数あった。

 4人は同部の夏合宿中で、今月9〜18日、日高山脈を縦走する計画だったが、台風などの影響で日程は2日遅れだったとみられる。自力下山した千葉県印西市の理工学部4年小池真紀夫さん(23)は、「4人でテントの中にいたら、テントごと流され、岩か何かにぶつかり、テントが破れ4人とも外に放り出された。自分は岩につかまり、3人はあっという間に流された」と話している。また、小池さんを救助した男性によると、小池さんは「山の上にテントを張る場所がなく、河原に張った」とも語っていたという。

(2010年8月18日13時25分 読売新聞)


hoka014.jpg


なんで河原にテントはったのかなあ?
ワンゲルなら、雨降ったときの上高地の河童橋が、
どうなってるくらいは知っていただろうに。
初歩の初歩だよなあ。
テントなんか、最初からあきらめて
沢からはなれて、ロープで身体を縛って、寝るしかないのに。

あと、日高山系の鉄砲水の凄さも知らなかったわけがないと思うんだが。
知床岳縦走や西穂高を縦走した私も、日高山系だけは、苦戦したなあ。

つづく。

↓ブログ更新を読みたい方は投票を

人気blogランキング




posted by マネージャー at 19:40| Comment(2) | 登山関係の話題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月03日

コメントより

コメントより

滝壺に落ちて,発見場所まで流されたようです。
http://sankei.jp.msn.com/affairs/disaster/100802/dst1008021921006-n1.htm

ダンナ曰く…しょせんはトップ屋┐(´д`)┌

前後見境なく,努力と根性でなんとかしようとしたんでしょうね。
(日本人の悪いクセです)
「自然は怖いもの」ってことを忘れてるんやないかと
怖いってことわかったうえで,挑むのが山やないかと思うんですが
間違ってるでしょうか?

Posted by bobcat at 2010年08月02日 23:46


bobcatさん、情報ありがとうございました。
リンク先の情報によると2人とも水死ですね。

これで装備が問題だったことがはっきりしました。

鉄砲水でもでたのか、滑落で2人とも水死か。
ちなみに水温は何度だったのか?
18度以下ならウエットスーツがないとキツイ。

それはともかく、奥秩父の沢は、素人が行けるところじゃない。
よく、そんなところに取材に行こうと思ったなあ。
あそこを知ってる人なら、誰もが尻込みすると思うのだけれど。
ましてや、前日、豪雨がふっていたなら。


あと気になる点が一つ。

http://mainichi.jp/area/saitama/news/20100802ddlk11040167000c.html

日テレの人は、ガイドの首を切ってるんですよね。
なぜ、首を切ったのか?
せっかくガイドが同行を申し出たのに、
どうして辞退されたのか謎ですね?


それにしても、あそこから現場に向かうのは、
素人なら死にに行くようなものだよなあ


つづく

↓ブログの更新を読みたい方は投票を

人気blogランキング




ラベル:コメントより
posted by マネージャー at 22:01| Comment(8) | 登山関係の話題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月02日

山岳ガイドが会見「薄着なので引き返した」(08/01 20:55)の会見動画を見て

山岳ガイドが会見「薄着なので引き返した」(08/01 20:55)

http://news.tv-asahi.co.jp/ann/news/web/html/200801026.html

 同行したガイド:
「服装が薄着だったので、寒さを感じたので、そこで『やめましょう』と」「雲行きも怪しかったので2人に『ここまでにさせて下さい』と言って、同じルートを上がって帰ってきました」




山岳ガイド「薄着なので引き返した」(08/01 20:55)の会見動画を見て、
いい時代になったなあと思いましたね。

こんな事を言うと、叱られそうですが、トムラウシ遭難事故以来、
私たちは、ガイドがしやすくなっています。
無茶苦茶言ってくる御客様に
『トムラウシ遭難事故のようになりますよ』
と言うと無茶を引っ込めてくれるからです。

トムラウシ遭難事故の犠牲者には申し訳ありませんが、
あの事故は、無茶をやめさせるための説得力になりますね。

トムラウシ遭難事故が無かったら動画のガイドさんも
「引き返す」
と言えたかどうか?

 私も年に何件かの山岳団体様のガイドを引き受けることがありますが、そのさいに困ることは、雨でも風でも雷でも登頂したがる人が、大勢の中に一人くらいいることなんです。しかし、参加者全員、体力がちがう。遅い人もいる。当然のことながら一番遅い人の足に合わせることになる。つまり登山パーティーの能力は、最弱者の能力と一緒と言うことになる。なのに、
「それに合わせるのは嫌だ、あそこまで登りたい」
と言ってくるひとがいる。しかし、そこで無理をしたら事故ですよ。だから昔は、説得に苦労したのですが、今は簡単です。
「トムラウシのような事故に発展するかもしれませんよ」
というと、たいていの人は、大人しくなってくれる。

 話しは変わりますが、私の友人が42歳にしてガイド会社に入って、登山・ラフティングなどのガイド資格をとっていますが、トムラウシ遭難事故いらい、試験がものすごく難しくなっているみたいですね。テキストを見せてもらいましたが、分厚い上に、なかなか高度なので驚きました。これもトムラウシ効果なのでしょうか?

 もっとも私自身は、そういう資格試験には懐疑的な気持ちはあるのですが、一生懸命勉強しないといけない体制ができることは、良いことだと思っています。ただし、勉強だけでは駄目な事も確か。それは必要条件であって、十分条件ではありません。大切なことは、それを生かして、事前調査をし、経験をつむことです。いくら世界中の山を登っている人だって、秩父市大滝の山は、はじめてだったら無茶をすると死に至りますよ。


つづく

↓ブログの更新を読みたい方は投票を

人気blogランキング





posted by マネージャー at 21:59| Comment(4) | 登山関係の話題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

日テレ取材班遭難「ちょっと撮ってくる…」 軽装を心配するガイドに言い残し、2人だけで入山



【日テレ取材班遭難】「ちょっと撮ってくる…」 軽装を心配するガイドに言い残し、2人だけで入山
2010.8.1 11:50

 埼玉県秩父市大滝の山中で発生した県防災ヘリコプターの墜落事故現場を取材中の日本テレビ取材班の遭難事故で、心肺停止状態で1日に発見された日本テレビ報道局記者、北優路さん(30)=さいたま市浦和区=と、カメラマンの川上順さん(43)=東京都江東区=の2人が、一度下山した後、再び入山していたことがわかった。

 埼玉県警秩父署などによると、北さんら2人は7月31日午前6地半ごろ、県防災ヘリ墜落事故現場を取材するために、日本山岳ガイド協会の男性ガイド(33)とともに入山。現場付近まで向かったが、ガイドが2人の軽装を心配し、一度下山した。

 しかし、2人はその後、ガイドに「ちょっと黒岩尾根の写真を撮ってくる」と言い残し、2人だけで再び入山。2人は沢登り用の靴を履き、業務用無線を所持していたものの、服装はTシャツにジャージー姿の軽装だったという。

 墜落事故現場は険しい山岳地帯のため、県警は墜落事故発生後、報道機関に対し、「3次災害を防ぐため、極力山には入らないでほしい」と求めていた。

 ガイドは2人に「午後2時ごろまでに戻ってきた方がいい」と伝えていたが、2人は下山予定の午後6時を過ぎても戻らなかったため、日本テレビが午後11時ごろ、県警秩父署に救助を要請、1日早朝から県警ヘリや山岳救助隊が捜索していた。





心配ですねえ
大丈夫なんでしょうか?
と思ったら死亡していました。





でも、なんでガイドの言うことを無視したのかなあ
日テレ側は軽装ではないと言ってたけれど、
軽装だよなあ。
あきらかに。
だいたい、どうして警察の言うことを無視したのか?

警察の山岳部隊は、すごいプロなんですよ。
地元ガイドなんかより、もっと凄い。

ガイドは、人の行けないところは、あまりいかないけれど
警察は、行けないところに詳しい。


だからガイドは警察に一目置いてるんだが、
それを知らない取材記者ではなかったと思うんだけれどなあ。


とにかく死因の究明が大切ですね。
死因は何であったのか?


ニュースをみるかぎり装備が問題ぽいが?
はたして?


つづく

↓ブログの更新を読みたい方は投票を

人気blogランキング




posted by マネージャー at 08:54| Comment(4) | 登山関係の話題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月24日

トムラウシ山遭難事故について、その後2

トムラウシ山遭難事故について、その後2


トムラウシ山遭難事故の日に、現場にいた御客様が、偶然、うちに泊まったこともあって、ちょっと書いておかなければと思ったことパート2です。遭難事故の日に、現場にいた御客様とこんな話になりました。

「ヤマケイにあんなに大宣伝している某ツアー会社が事故をおこすなんて」
「いや、大宣伝してる会社だからこそ事故の可能性があるんです」

 これは、ペンションやユースホステルにも言えることなんですが、オープンしたばかりの宿には、御客様がいませんから、金をかけて宣伝するしかありません。実際、私の宿も、初年度には、250万くらいの宣伝費を使いましたが、客の入りは、初年度が一番悪かった。今は、宣伝費ゼロに近い数字だけれど、御客様は大勢きてくれます。

 これはガイド会社にしたって、他の商売にしたって同じですよ。特に優秀なガイド団体は、1年先まで予約でいっぱいです。知床の某団体は、ツアーが終わった時に、御客様が来年の予約をしていきますから、宣伝費はゼロです。というか御客様を断るのに忙しいから、ホームページでの告知も控えめです。

 つまり、宣伝広告をあてにしてはダメです。
宣伝をジャンジャンやってるということは、
 裏に何かあるくらいに思って割り引いて読むことですね。

55-5-9.jpg

 うちのような無名のところだって
 年末年始のスノーシューガイドを50件くらい断っています。
 ましてや人気ガイドは、引っ張りだこで、
 宣伝なんか無用なんですからね。


つづく

↓ブログ更新を読みたい方は投票を

人気blogランキング




posted by マネージャー at 19:09| Comment(0) | 登山関係の話題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月23日

トムラウシ山遭難事故について、その後

トムラウシ山遭難事故について、その後

もう、この話題はいいんじゃないかと思ってましたら
トムラウシ山遭難事故の日に、現場にいた御客様が、
偶然にも、うちに泊まったこともあって、
いろいろ情報を教えていただいたので、
ちょっと書いておきたいと筆をとりました。

まず、
これはまずいだろう
という点を書いておきます。
ちょっと怒りモードです。

まず、個人客は避難小屋を使用できないということです。
理由は、ツアー会社が占拠してて、個人の人は使えない。

前々から、そういう情報は知っていましたが、
実際に、現役の山屋の人から聞いてみたら、
現状は、そうとう酷い状態ですね。

営利で避難小屋を
独占することは勘弁して欲しい。



つづく

↓ブログ更新を読みたい方は投票を

人気blogランキング




posted by マネージャー at 19:23| Comment(4) | 登山関係の話題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする