2020年09月06日

七歳の息子に勉強を教えてみた感想 その6(おわり)

七歳の息子に勉強を教えてみた感想 その6

 前回の続きです。小学校2年生には英語という科目はありません。もちろん小学校2年生でも英語の塾に通っている人たちがいると思います。けれど私は息子に英語を学ばせるつもりはありません。

 小学校3年生からは、英語の授業があるらしいので、その時は、仕方がないので勉強させますが、本音を言うと早いうちから息子に英語を勉強させたくありません。英語学の世界的な大家であった上智大学・ミュンスター大学の渡部昇一教授も、小学生に英語を学ばせるのに否定的な意見ですし、シングルマザー高校英語教師の『学力を呼び覚ます!子育て法』の黒田紫さんも否定的です。むしろ国語の勉強の方が大切であると。国語力が英語力になると言っている。なので、英語の勉強だけは一切、手をつけないようにしてきました。

 ところが、そうはいかなかった。いくら英語教育を拒否しても、英語教育の魔の手は、我が家に侵入してきた。おぞましくも侵入してきた。進研ゼミでも、ポピーでも、学研でも、その他の教材も、隙あらば英語教育の無料教材を押しつけてきた。チャレンジタッチにも、たのんでも無い英語教材が入っていた。


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 チャレンジタッチのタブレットには、いつのまにかマイクが装着されており、息子の頭には大きなヘッドフォンがセットされていた。そういう付録が、いつままにか送られてきていたのだ。英語教材は、頼みもしないのに、我が家に侵入してきていた。そして、それの虜になった息子は、親の見てないところで勉強を始めてしまっていた。もちろん私は、制限をかけた。「英語の勉強はするな」と言った。

 目が悪くなるからです。
 ブルーライトが、子供の目を悪くしてしまう。

 うちでは、1日30分以上のタブレットの使用を許可していません。そもそもベネッセの方でも30分以上タブレットを使うなと言っている。なので、どんなに子供が勉強したがっても、30分たったら取り上げてやめさせていますし、タブレット本体も、30分たったら「目を休めようね」警告文が出てきて、タブレットが動かなくなる。

 しかし、息子のやつはリセットボタンを押して30分延長してしまう。
 どんどん延長してしまう。

 いくらタブレットが警告しても、息子のやつがリセットボタンを押してしまったら、どうにもならない。だからタブレット取り上げて、息子の手に届かないところにしまうのですが、息子のやつは、それを探し当てて、こっそり勉強をしてしまう。それも英語の勉強をしてしまう。本当に困ったもんです。

 英語さえなければ、こういうことは無かった。国語とか算数だと、全ての問題を解いてしまえば、もうやることがないんですが、英語の場合は、いくらでも会話練習ができてしまううえに、たのんでもないのに中学3年生レベルまで先に進むことが出来るので、やろうと思えば何時間でも勉強ができてしまう。ベネッセは、タブレットに恐ろしいソフトウエアを入れてしまったのである!


 これには本当に困った。

 Eテレにしても、一番、番組数の多いのが英語です。
 タブレットもそうですが、一般的に言ってEテレの番組は、中毒性があります。
 アニメのドラえもんよりも中毒性がある。うまく作られている。

 私たちが子供の頃に見たEテレは、人形が出てきて理科の実験をしたりして、教科書に沿った番組になっていました。学校の授業と何一つ変わりはなかったし、番組の時間が長かった。30分ぐらいの見応えのある番組が普通だった。


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 ところが今のEテレの番組は、全く違っている。
 どの番組も5分から10分で終わります。
 ドラえもんの1話の半分くらいと圧倒的に短い。
 教科書で3時間ぐらいかけてやる勉強を5分とか10分という短時間で教えている。

 そのうえコントや漫才で笑わせながら勉強させたり、
 刑事ドラマの推理で勉強させてるので息子にとって、
 非常に中毒性がある番組になっている。
 タブレットと同じぐらいに中毒性がある。

 と言っても、算数国語理科社会だけだったら、大した時間にはなりません。全部合わせても1日に30分ぐらいです。算数の番組は、2週間に1回しかないし、その番組も10分で終わります。国語だって社会だって同じようなもんです。だから、英語以外のEテレを全て見せても20分から30分で終わってしまう。

 ところが英語に限っては、毎日ある。
 それもたくさんの番組がずらりと並んでいる。

 幼児のための番組から、小学校低学年の英語、おもてなし英会話・・・。というように、いろんなタイプの英語番組がずらりと並んでいて、厚切りジェイソンといった芸人が、番組を面白くしていて中毒性の番組を提供しているが、それらを全部見たら極度に目に負担がかかる。


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 目が悪くならないように、30分でテレビを切っても、息子のやつは、2階に忍び込んで、どこかの客室のテレビで、こっそりEテレの番組を見ている。それも英語を見ている。またはお客さん用に買ってある教育用英語DVDをこっそり視聴している。これには本当に困ってしまった。

 息子が英語に興味を持たなければ、Eテレやタブレットに接する時間は、それほど多くなかったんですが、英語というものがあると、ものすごく長時間になってしまう。なので英語番組に対して多少恨めしい気持ちがある。どうしてこんなものを小学生に学ばさなければいけないのだろうか? とにかく英語の番組が多すぎる。猫も杓子も英語なんかする必要はないと思うし、英語の前にやることがあるはずだけれど、世の中は、英語・英語に夢中になりすぎてないだろうか?

 あとプログラミング。
 この番組にも息子は熱中してしまった。
 タブレットの方も、いつのまにかプログラミングの科目がはいっていて、
 悪いことに、この科目も中毒性がある。
 そのために余計な時間が、タブレットとEテレにとられてしまっている。
 息子の目が心配でした。

 そもそも、こんなもの習う必要があるんだろうか?
 英語もプログラミングも、発達途中の子供が
 目を悪くしてまで勉強する価値があるのだろうか?
 いい加減にしてもらいたいものです。

 仕方がないので登山に連れて行って極力、息子の目が悪くならないようにしたのですが、新学期が始まって健康診断を受けて見たら、案の定、視力がかなり低下してしまっていました。


つづく。

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2020年09月05日

七歳の息子に勉強を教えてみた感想 その5

 もう時効だと思うので、9月入学が話題になっていた時のことを書いてみます。

 新型コロナウイルスが猛威をふるい、非常事態宣言がだされ、学校の休校が続いていたとき、衝撃的なニュースが飛び込んできました。とある知事が、学校の9月入学を推奨し、内閣も乗り気になり、文部省が検討をはじめたというのです。私は瞬間に
「やばい!」
と思い、あちこちの自民党議員にmailと手紙をおくり、文部科学大臣のFacebookにも反対論を述べ、多くの識者に反対の文を送りました。宿屋をやってる関係から、知り合いが多かったので、あちこちに声をかけました。

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 私の反対は、9月入学に反対してるのではなく、早急に9月入学に変更することに反対であり、9月入学そのものに絶対反対というわけではありません。混乱期に「思いつき」で、安易に変更するなと言ってるだけです。

 話はかわりますが、私の友人に東京大学付属高校出身の人がいます。東大の附属高校です。厳密に言うと、東京大学教育学部附属中等教育学校と言うらしいのですが、昔は、東大附属高校と言ってました。

 東大の附属高校なので、超エリートの学生さんがいるというわけではなく、バカもいなければ、天才もいないという、偏差値50から55くらいの普通の学生ばかりがいる学校です。もちろん勉強ができない子供は入れませんが、とびきり頭の良い子も落とされます。そして、一次試験に合格し、二次試験にも受かると、最終試験ですが、その最終試験が、クジ引きなのです。福引きスタイルのクジ引き。合否も、そこで直ぐにわかってしまう本物の福引き。クジ引きだから、受かるように入試問題の得点を小細工しても、クジ引きで落とされてしまったりする。

 また、生徒にやたらと双子が多かったりする。今でこそ双子は珍しくないのですが、私が学生の頃は、本当に珍しくて、全校生徒に一組あるかないかというくらいに珍しかった。それが東大の附属高校には、ゴロゴロいた。ゴロゴロいたけれど、みんな別々のクラスに分けられていた。で、双子が自宅に帰って宿題なんかやっていると、全く違う勉強をやらされていることに気がついたりする。それで

「俺たちは、東大の教育学部の教授たちの『実験材料』なのではないか?」

と言うことに気がつくわけです。で、一般の公立高校とちょっと違う教育を受けさせられていることに気がつくわけです。昔なら、気がつかなかったのですが、パソコン通信やメーリングリストなんかで情報交換しているうちに、そういう大学の付属学校は、東大の附属高校だけでなく、全国にいっぱいあって、それらの高校の連中と情報交換するようになると、
「どうやら俺たちは、ちょっと違う教育を受けているらしい」
と気がついてしまうらしい。

 結局、その友人は、教育関係の世界に足を突っ込んで、真実を知るわけですが、やはり教育の実験校だったわけです。で、その実験で一番有名なのが『ゆとり教育』だったらしい。『ゆとり教育』は、皆さんも御存知のとおり大失敗だったわけですが、誰かの単なる思いつきで始めたわけではありません。著名な教育研究者が、いろいろな学校で、いろいろな角度で、膨大なデーター収集を行い、慎重に検証に検証を重ねて『ゆとり教育』の素晴らしさを発見していった結果、はじめて『ゆとり教育』を政策としてゴーサインになっている。

 それほど慎重に検証して政策にうつしても大失敗する。教育というのは、試行錯誤の連続です。非常に難しい。だから単なる思いつきで9月入学にされたら、たまったものではない。あの戦争中だって、そんな無茶はしてない。空襲で焼け野原になり、教科書もろくにない時代でも、今まで通り4月入学だったし、その時代の子供たちは立派に大人になって日本経済を牽引している。だから新型コロナウイルスを理由に教育改革されたらたまったもんじゃない。

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 9月入学にしたいなら、まず、そういう学校を東大あたりが作って、しばらく研究するべきなんです。各国立大学が、9月入学の学校と、4月入学の学校の両方を作って生徒を募集し、両者を比較研究すべきであり、9月入学の問題点を洗いだすべきでしょう。そして、その問題点を一ずつ解消していってはじめて、全国一斉に9月入学にしてもいいし、4月と9月の両方を認可してもいい。でないと現場が大混乱する。現にGotoキャンペーンも、持続化給付金も、現場は大混乱になっている。

 でも、Gotoキャンペーンの混乱くらいなら、宿屋が、文句の一つ二つを言うだけですみますよ。しかし教育の混乱は、それじゃあすまされない。子供たちの人生がかかっている。Gotoキャンペーンという、たかだか旅行ごときの小さな問題でさえ、これだけ混乱して批判を浴びているのに、もし9月入学を強行したら、どうなっていたか? 確実に政権は倒れていたと思います。

 何度も言いますが、一部の学校で9月入学を試験的に始めて見るのは良いと思っています。そういうシステムがあったら便利だとも思うし、浪人生にとっても朗報だし、多様性の観点からも好ましいと思う。しかし、何の検証も無く安易に、全国強制で9月入学にしたら恐ろしいことになる。そのように当時の私は思った。Gotoキャンペーン以上に、強烈なほころびが出ると考えた。

 だから、このブログでも、Facebookでも、検証に検証を重ねた『ゆとり教育』でさえ失敗してるのに、安易に9月入学にすべきではないと訴え続けました。もちろん、いろんな政治家・教育評論家のFacebookに書き込みまくりました。

 で、ある日、下村元文部大臣のFacebookで、秘書が「明日、テレビで9月入学を国民に訴える」と書いた。私は、文部大臣のFacebookの「友だち」にあたるので、厳重に抗議した。「はやまるな」と諫めたけれど、下村文部大臣のフォロワーたちは、脳天気に擁護論ばかり言う。「改革は今しか無い」とか、脳天気な発言ばかり言う。私は、憤慨したけれど、その3日後に政府は「9月入学は見送り」の宣言した。

 いったい何がおきたんだろう?驚いた私は、ネットで調べたらいくつかのサイトが検索に引っかかりました。


◆9月入学案はなぜ消えたのか?
https://www.nippon.com/ja/in-depth/d00599/

◆9月入学、なぜ見送り?
https://www.nhk.or.jp/politics/articles/feature/39141.html

 これらのサイトに、どうして「9月入学」が見送りになったのか書いてあります。やはり、私のような人間が、必死になって地元議員に反対メールを送り続けていたのが大きかったらしい。その民意を酌んだ自民党の若手議員たちが、一斉に反対しだしたとのこと。


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 そして市区町村長の8割以上が「9月入学」に反対意見を表明。地方自治体では、感染対策でそれどころではなく、9月入学の議論をしている状況ではないとのこと。まあ、当たり前ですね。

 保護者からは、9月になった場合、小学校に入学するまでの間、保育園が預かってくれるのか?という疑問もあったらしい。なるほど保育園が3月で終わって、小学校が9月というわけにはいかない。

 そもそも移行期には1学年の児童・生徒の数が1.4倍になる。その年度だけ受験戦争が激化し、就職にも不利になる可能性がある。保護者が不安に思うのも無理はない。自民党議員に大量の反対のメールが届くわけです。それが作業部会で、若手議員による反対の大合唱になって、9月入学を引っ込めたらしい。

 文部科学省の官僚たちは、ホッとしたことでしょう。9月入学にすれば、家庭の追加負担の総額は2.5兆円にも上るとの試算がでている。保育所や幼稚園に通う期間も長くなり、待機児童がいっそう増えるし、予算の増額も必要になるし、保育士・幼稚園教諭の雇用も問題となる。増税の話もでてくるだろうけれど、その前に日本経済が沈没しかかってるのに、どうして9月入学うんぬん言えるのか。脳科学の視点から言っても、入学時期が遅れるのは、あまり良いことでは無い。むしろ入学を早めた方が良いくらいです。そういう意味では、最初から慎重姿勢だった萩生田文科相は、堅実な人だったと思いました。



つづく。

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2020年09月04日

七歳の息子に勉強を教えてみた感想 その4

 前回の続きです。

 今から振り返ればなんてことないことなんですが、今から半年ぐらい前、子をもつ親御さんたちに想像を絶する不安感が蔓延していました。

 新型コロナウイルスがで、2月頃に学校が休校になり、そのまま6月まで延々と休みが続き、6年生の卒業式にも出ることもなく、新1年生の入学式にも出ることもなく、学校からの宿題が出ることもなく、ただひたすらに新型コロナに怯える毎日が続く。そのうちマスコミで、9月入学式になるとかなんとか言い出して、何が何だかわからなくなり、学校に問い合わせても、教育委員会に問い合わせても、さっぱり要領の得ない返事しかもらえない。

 子を持つ親たちは、不安でしょうがなかったと思います。 現に、家に泊まりに来た親御さんたちも、この先どうなるんだろうかと、色々こぼしていました。そういう私も、一体どうなるんだろうかとお客さんと愚痴を言い合ってました。

 スーパーなどに食材を買いに行った時も、普段は挨拶程度でお別れする知り合いに、この先一体どうなるんだろうかと、込み入った話をするようになりました。子供達の勉強をどうすればいいんだろうかとか、教科書をもらってないけれど、2年生の勉強をどうやって始めればいいんだろうかとか、チャレンジタッチがいいらしいよとか、 z会がいいらしいよとか、学研がいいらしいとか、どこそこのタブレットは、 通信が混み合ってて使えないとか、そんな話で盛り上がっていました。

「で、佐藤さんのところはどうしてるの?」
「家は昔からチャレンジタッチなんだけれど、最近調子が悪い」
「やはり繋がらない?」
「うん。新型コロナで、みんなチャレンジに入っちゃってるのか、混雑してて通信に入れない。回線がパンクしてるんだと思う。だから諦めている。赤ペン先生に変えようかな」

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「ダメダメ。赤ペン先生は、採点が1ヶ月遅れになるって聞いたよ」
「新型コロナの影響かね?」
「そうだろうね。採点によってクラスター感染がおきないともかぎらないから」
「でも、かと言って、普通の問題集をやらせても、30分しかもたないしね」
「だよね。うちのも30分もすると気が散ってダメ」
「そうだよね。だから E テレを見せている」
「 E テレ ?」
「あれは使えるよ」
「本当?」

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  昔は、完璧に暗記するとか、完璧にマスターすることが良いとされていましたが、最近の脳科学の発達によって、 必ずしもそうではないということがいわれています。記憶に短期記憶と長期記憶というのがあって、短期間に集中的に勉強しても、それが短期記憶で終わってしまうのでは、かなり非能率な勉強だというのです。

 よく中間テストや期末テストで高得点を取れるのに、全国統一模試で今ひとつ伸びないと言う子供がいます。その逆もあって、中間テストや期末テストで良い点が取れないのに、全国統一テストで高得点を取れる人たちがいるわけです。そういう人たちの多くは、学校の勉強を真面目にコツコツやると言うタイトではなくて、教科書よりも読書や趣味に熱中する子供達だったりする。

 読書に熱中するということは、教科書よりも先の勉強する事なので、期末テストでは高得点は取れませんが、テスト範囲がない全国統一テストなんかでは、意外に健闘するわけです。これはつまり、趣味や読書で得た知識が長期記憶に残ってるからです。そういう子供は範囲のある試験には弱いけれど、試験範囲の無い統一模試には強かったりする。

 長期記憶というのは、短期間に詰め込んでも得られるものではなくて、何度も何度も繰り返し記憶することによって得られるものです。例えば、小学1年生が、小学6年生の教育テレビの番組を見たとします。もちろん完全に理解してるわけではない。でも薄ぼんやりと頭の中に入っていく。記憶のどこかに何かが残ってる可能性がある。もちろん全部忘れてもらっても構わない。忘れてもいいわけです。1年後の小学2年生になった時に、にたような番組を見た時に
「あれ、これはどこかで見たことがある気がする」
というぐらいで構わない。これを繰り返す事によって着実に長期記憶に変換していく。これの積み重ねが、あとで大きく響いていく。これが現在の脳科学者が良しとする勉強スタイルです。

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 ただし、これにはコツがあって、寝る前に楽しそうなEテレを見せるのが一番いい。記憶が定着しやすいからです。記憶系統の勉強は、就寝前にやるのがコツ。逆に謎解きなどじっくり思考する勉強は早朝にやると脳に良いと言われてます。なので学校でも数学を早い時間に、国語を遅い時間にしている私立学校もあると聞いてます。なので、 E テレの番組を見る場合は、寝る前がいい。昼間は登山なんかをさせ、新型コロナウイルスに対して抵抗力をつけさせる。そのうえで、そろそろ眠ろうかと言う時に、録画番組を見せて寝かせると効果があるという。

  このブログを読んでる人は分かると思いますが、うちの家族は、息子の小学校が休校中にスキーと登山ばっかりやっていました。本当なら勉強をさせるべきなんだろうけど、30分以上やらせても能率が上がらないので、2月末から毎日スキーです。スキー場が閑古鳥になっているせいか、地元のスーパーに格安になるバーコードのポスターが貼られて、それを使ってガンガン滑りに行きました。ヤフオクでは、新型コロナウイルスのせいで、スキーチケットが投げ売りされてましたから、それをかたっぱしから買いあさって、スキーに出かけました。

 そのために息子の上達が早すぎて、嫁さんは追いつけなくなり、慌てた嫁さんが転倒してしまい、むち打ち状態で滑れなくなってしまったくらいです。で、買いあさったチケットを、また投げ売りするはめになってしまった。

 仕方が無いので、スノーシューです。

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 このブログの3月から4月の記事を見れば分かりますが、スノーシュー三昧です。
 毎日毎日スノーショー。
 あまりにやり過ぎて、これじゃ読者も飽きるだろうと思って、
 記事にするのを控えました。
 けれど、実際には毎日のように、湯の丸山・烏帽子岳を登っていました。

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 その後、雪が溶け出したら登山。それも記事にするのは控え、登山以外のブログの記事にの冒頭に、4月・5月と毎日のように浅間山に登山してることを、ブログの冒頭でさらっとふれています。それも浅間山。小浅間山ではありません。浅間山です。残雪がありますから、最初は八合目まで。 それが九合目となり、そろそろ頂上かなという頃には、入り口がふさがれて別の山に変更。

 ところが各地の登山道の駐車場が、全て閉鎖されている。駐車できない。仕方が無いので、地元民しか知らない道を使って登山。そしてなぜか軽井沢の離山は、閉鎖されてなかったので、離山にも遠征に行くと、軽井沢地元民の親子に出会います。それも決まって同じ親子たちに出会う。どやら考えることは、みんな同じらしい。家族で免疫力のアップを狙っている。

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 その結果、これだけ鍛えれば、新型コロナで死ぬこともないだろう・・・となった頃に、学校から連絡がありました。
「通常の授業を始めます」
と。これは軽井沢でも同じだったらしく、軽井沢空手教室のご父兄や、ドッグラン仲間の親子達も喜んでいました。いつも離山(軽井沢)の登山道で、すれ違う親子たちも
「いよいよ軽井沢も学校が始まるね。よかったですね」
と嬉しそうに挨拶してきました。

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つづく。

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2020年09月03日

七歳の息子に勉強を教えてみた感想 その3

 前回の続きです。理科と社会について。

 小学校2年生では、理科と社会は学びません。生活という科目が、理科と社会の代わりになります。ではどうして、息子が3年生から勉強するべき理解と社会を勉強し始めたかと言うと、新型コロナウイルスと深い関わりがあります。

 今年の2月頃、新型コロナウイルスが深刻な問題になり 、学校が休校になってしまい、自宅学習をすることになりました。宿屋の方も、さっぱりお客さんが来なくなったので、暇を持て余してもしょうがないので、息子の勉強に付き合うことになります。

 ところが、息子の勉強に対する集中力がどうしても続きません。30分ぐらいしか続かない。もちろん強制的に2時間でも3時間でも勉強させようと思えば、させられますが、能率が極端に落ちる。3時間勉強させても、集中して30分勉強させるのと、同じくらいしか勉強が進まない。 なので、勉強は30分で切り上げることにしまし、その代わり集中して勉強させることにしました。問題はその後です 。本来、学校に行っていれば、1日6時間の勉強しているわけです。その6時間を家庭で、何もさせないというわけにもいかないと思い、教育テレビを見せることにしました。

 実は私は、子供の頃体が弱かったために、よく学校を休みました。自宅で寝ているとどうしても暇でしょうがないので、テレビをつけるわけですが、昼間テレビをつけたとしても、子供が見るような番組はやっていません。唯一子供向けに作られている番組が、 NHK の教育テレビです。私は小学校の1年生の時に、肺炎になって一か月近く自宅で寝込んでいたことがあったんですが、その時に好んで見た番組が、教育テレビの番組でした。1年生でしたが、3年理科とか、4年社会とか、上級生の番組をとても面白く見ていました 。


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ベーシックサイエンス・中学高校の物理ですが、小学校2年生でも分かる番組


 その時の体験から、息子が生まれた時に、将来、息子が長期入院でもすることがあった場合に、必ず必要になると思っていたので、6年間にわたって、教育テレビの番組を大量に録画していました。

 教育テレビ。いわゆる E テレですが、実は大変面白い番組がたくさんあります。小学生や中学生向きの番組でも、大人が見ても問題なく面白いものが大量にあるのです。そういう意味で、 E テレは、総合放送なんかよりも10倍面白い番組です。

 ところが、 E テレの番組は 、3年か4年おきに全面的に改正されます。良い方に改正されることもありますが、改悪されることもあります。その時代その時代に売れていた歌手や役者を使うので、はずれ番組が出来上がることもあるし、頭のおかしい番組制作スタッフが担当することもあるので、とんでもない番組が出来上がることもあります。なので油断ができません。それで7年も前から、つまり息子が生まれた直後から、大量の E テレの番組を録画してきました。それが新型コロナウイルスという大事件によって、長期間学校が休校になってしまって、大変役に立つことになったのですね。

 息子が生まれた直後から、こんな準備をしていた親も珍しいでしょう。けれど、私が子供の頃に病弱だったからこそ思いついたことです。実際私は、6歳の時に1ヶ月以上にわたって自宅で寝込んでいた体験があります。その時の体験を思うと、教育番組は子供にとって最大の娯楽なのです。


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言葉ドリル・コントや漫才で国語の勉強をさせる番組


 もう一つ言うと、勉強もある意味、娯楽の部分がありますから、それを絶たれると、非常に苦しい。これは経験者じゃないと分かりにくいかもしれませんが、本来子供というものは 、勉強が楽しい。6歳から10歳ぐらいまでは、知識欲の塊で、それを長期間絶たれると苦しくなるのです。ソースは私です。私の体験から言わせて頂いています。

 長期間学校に行くということを断たれてしまうと、やることがないために苦しくなって自宅にある本を読んだりするわけですが、小学校に入学して3ヶ月ぐらいしか経ってないために、難しい漢字ばかりで読めなかったりする。かといって 、子供の読むようなものがあるわけでもないし、昼間やってるテレビを見ても、6歳児には何が何だかさっぱりわからない。唯一分かるのが、教育テレビの番組だったわけです。これに私は大いに救われたのです。

 なので、新型コロナウイルスによって学校が休校になって、長期間休みになったので、今まで大量に録画してあった E テレの番組を片っ端から息子に見せました。案の定、息子はどはまりして、 E テレの虜になりました。 E テレは、E テレで、コロナ対策用にフライデーモーニングスクールと言う特別番組を放送していましたので、これも大いに利用させてもらいました。

 国語だと『お伝と伝じろう』『ことばドリル』『ひょうたんから言葉』『わかる国語』が名作でしたね。特に『お伝と伝じろう』は、嫁さんの方もはまってしまい、エンディングのテーマ曲を歌いながら一緒に踊るくらいです。 『ことばドリル』にとっては、教育番組なのか、漫才番組なのか分からないような作りになっていますから、息子の声がテレビの前でゲラゲラゲラゲラと笑い声が絶えませんでした。


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 お伝と伝じろう・1話からみたら病み付きになる
 嫁さんが、登場する役者(レ・ロマネスク)のファンになってしまった(←なんちゅう趣味してるんだ ↓ )




  算数にも面白い番組があります。『さんすう犬ワン』『さんすう刑事0』という番組が面白いですが、『マイテカ2』『お悩み解決ベーシック数学』も面白く、息子も楽しそうに見ていました。『お悩み解決ベーシック数学』は、高校生が対象なんですが、小学生がみても楽しめるようになっています。


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 刑事ドラマ。算数で解決するシリーズ。
 にたような番組に『ベーシック数学』があり、こちらは探偵が数学を使って事件を解決。


 そして理科ですが、理科になると E テレの本領発揮です。いくらでも番組があります。一番の名作は『考えるカラス』『ベーシックサイエンス』『スイエンサー』です。両方とも中学高校 を対象とした番組ですが、むしろ小学生の方が楽しめる番組かもしれません。逆に小学生を対象とした『ふしぎエンドレス』 『ふしぎがいっぱい』は、息子には不評でした。 他にも『大科学実験』といった番組などがたくさんあるのですが、結局、それらの番組で行われている数々の実験の画像が同じ実験映像の使い回しなので、番組の形が変わっていても中身が一緒で、その辺は息子に見破られてしまい飽きられていました。


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 考えるカラス・名作中の名作。
 ある程度、物理を知ってる人間の意表を突くところが凄い。


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 スイエンサー・東大生や京大生を高校生モデルがぶちのめす爽快さが面白かった。
 初期の頃は、モデルでは無くAKBが主役だったが、AKBに人気がでて高校生モデルと交代になっている。


 そして社会。 E テレの社会の番組は、一番トチ狂っています。 その最たるものが、昔話裁判です。昔話裁判というのは、三匹の子豚の子豚たちが、 被告となって狼に裁判所に訴えられるという話で、非常に楽しい番組になっています。 この番組を見て、私が50年以上前に、病気で寝込みながら見ていた NHK 教育テレビの番組を思い出しました。やはり裁判の番組で、自然数という主人公と、分数という主人公が、現れて、お互いに、どちらの数が多いかと言うことを主張しあって、裁判をするという番組です。まるで宮沢賢治の『どんぐりと山猫』を思い出すようなシュールな裁判劇でした。他にも『こどものための哲学』『時々迷迷』なども秀作で、息子がドはまりしました。


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 昔話裁判・裁判形式の教育テレビは、私の子供の頃(50年前)も多かった。


 これらのE テレの番組が大量にあったので、新型コロナで学校の休みが続いても全く困りませんでした。と言うか、学校のお休みが終わるまでに、全てを見ることができなかったくらいです。

 そして学校が再開した時に、恐ろしい現実が訪れます。再開してすぐに行われたのが、健康診断だったんですが、その診断の結果、息子の視力が大幅に低下していたのです。息子はテレビを見ることによって、貪欲に知識を吸収することによって、大人が読むような科学雑誌をむさぼるように読むようになったんですが、その代償に視力低下がおこり、眼鏡が必要になるほどになってしまったのは皮肉なことです。

 それはともかくとして、理科と社会に非常に興味を持った息子は、自分から進んで理科と社会の勉強するようになりました。そして学んだ成果は、宿に泊まりに来るお客さんのお子さんに対して発揮されています。

 3年生になってから習うはずの社会を勉強した結果、やたらと自作の地図(近所)を作るようになったんですが、地図作り面白くなったのか、そのうち宝の地図を作るようになり、お客さんのお子さんに渡して、宝物を探させるようになりました。宝物と言っても、キャンディーとかチョコレートの類なんですが、社会を習ってもない小さなお子さんに地図が読めるわけもなく、宝物はあちこちに放置されたままになり、それを回収するの手間が増えてしまい、親としては複雑な気持ちです。また、いろんな実験をされてしまって、台所がぐちゃぐちゃになったり、いろんなものがなくなったりして、今は酷い目に遭っています。



つづく。

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2020年09月01日

七歳の息子に勉強を教えてみた感想 その2

 前回の続きです。算数について。

 受験勉強をしたことがある人なら分かるかと思いますが、数学は暗記問題です。問題の解き方のパターンをたくさん覚えてるほうが高得点を取れる。だから、息子が頭を抱えていたら、どんどん解き方を教えました。ヒントもたくさん教えたし、場合によっては、回答を教えてから問題を解かせたりした。数学が苦手なうちの嫁さんは不思議そうに眺めていました。
「算数は暗記問題だから」
と言ってもピンとこないみたいです。

 例えば、25+15という問題があったばあい、5+5=10になることを暗記している場合と、そこの計算から指をおって数える場合とでは、大きな差になります。どんな計算も問題も、ある程度の暗記が無かったら不利です。中学生になれば、この差は圧倒的です。だから問題を解いた数だけ有利になる。
「この問題は、どこかで見たことがある」

「初めて見る問題だ」
では、大きな差が出来てしまう。数学が暗記問題だというのは、そういうことです。実際、私たち大人は、5+5をいちいち計算しません。計算しなくても答えを知っている。暗記しているからです。だから息子に算数を教える場合、率先して答えを教えて問題を解かせ、かわりに問題数を多くやらせました。

 そして、ここが国語と違う所なんですが、算数の場合、解き方のコツがある。

 例えば、7+2の問題が出たとします。その答えを書いた後に、他の問題をズラリと眺めて、2+7の問題が無いか調べます。もしあったらラッキー。7+2も2+7も答えは同じだからです。その次に、7+3の問題があるかどうか調べさせたりする。その次は、7+4を調べさせる。こういう解き方を教えることによって、アッというまに問題を終わらせることを教えたりする。

 算数(数学)は、解き方によって短時間に問題を大量に解ける。そういう技術があることを息子に教えます。短時間で解ければ、同じ時間内に、多くの問題がやれるので、足し算を暗記できるようになる。暗算能力が上がる。これは他の計算でも同じで、中学時代に私は数学の先生から、多くのコツを叩き込まれていましたから、息子にも同じように教えていたわけです。

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 話は変わりますが、息子は、毎週木曜日に空手教室に通ってます。嬬恋村の改善センターで16時から18時まで2時間、空手を習っています。そして、18時から19時までは、同じ場所でキックボクシングを習っています。家に帰るのは、19時30分。それから夕食をとって風呂に入ったら21時ちかくなるので宿題が出来なくなる。学校が終わるのが15時30分。なので、空手教室が始まる前の30分間に宿題をやらせるしかありません。

 そこで、私が学校まで迎えに行って、空手教室に直行し、大急ぎで宿題をやらせました。何しろ30分しかないので、 宿題が早く終わるように、どんどん答えを教えたし、 早く終わらせるコツどんどん伝授しました。

 そんなことを続けていると、 空手教室に通っている他の子供達も真似して一緒に宿題をやるようになります。その子達は、17時には 空手が終わって自宅に帰るので、あえて空手教室の場所で宿題をやる必要はないんですが、うちの息子がやっているのを見ると、なんとなくやりたくなってしまうようで、今では上級生も含めてほぼ全員が、空手教室の前の体育館で熱心に宿題をやっています。空手教室には、車がないと行くことができないので、他のお子さんの、お父さんやお母さんもそばで見ている。今では、そんな光景が当たり前になっています。

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 この場面で面白いことが起こりました。私が息子に対して解き方のコツをどんどん教えていると、他の子供達が「ずるい」とか 、「そんなことしていいの?」と言ってくるのです。 そういう子どもたちのご両親は、自分の子供に絶対に回答をしていませんし、解き方も教えません。自分で考えさせます。どんなに遅くなっても、どんなに非能率でも、自分で考えるようにさせています。

 よくよく考えてみたら、これが自然の姿なのかもしれません。それが勉強の自然な姿に思えてきました。 この方が、思考力が向上するかもしれない。たとえ遠回りでも、大人になってから応用の利く人間になるかもしれない。

 逆にいうと私が息子に教えている算数こそ邪道にみえてきた。本来、勉強は、そうあるべきなんじゃないかと。 なので私もちょっと考えがぐらついたりもしたんですが、その時に思い出したのは、25年前にあったアマチュア無線の免許合格事件です。

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 実は私は、『風のたより』という旅の団体のようなものを作ったことがありまして、多い時には、全国に1000人ぐらいの仲間がいたのですが、その人たちと、全国の山々を登山ばかりしていました。それで登山が、だんだん過激になったのと、所帯が大きくなったこともあって、万が一のために、みんなでアマチュア無線の免許を取ろうと、一斉に試験を受けたことがあります。便利なスマホがまだなかった時代のことです。

 その時に、一発でアマチュア無線の免許を取れた人と、全く取れなかった人の差がありました。一発でアマチュア免許とった人は、全員が、事前に過去問題集を2・3回やって、過去問題を暗記した人達です。逆に、免許が取れなかった人たちは、参考書で内容を深く理解しようとした人達です。

 試験を受けた人たちは、みんな知能指数が高くて頭のいい人達であり、高学歴でもあり、一流企業に勤めていた人たちなので、明らかに合格不合格の差は、勉強方法の差でした。参考書を理解しようとした人たちがみんな落っこちて、無理に理解しようとせずに、一夜漬けで過去問題をやった人達は全員合格していた。

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 実は、アマチュア無線というのは、中学生ぐらいでも取れる免許です。しかし、そういう免許も、過去問題をやらずに、ひたすら参考書ばかりやっていたら、受かるものも受からない。

 もっと分かりやすく言うと、自動車免許のペーパーテストを思い出すといいかもしれません。あれも、過去問題をやってなければ、合格は難しいけれど、過去問題さえやっていれば、誰もが一発合格します。参考書だけでは合格は難しい。

 それを考えると、小学2年生の息子に、自分で考えさせる勉強がいいのか、数多くの問題パターンを体験させてやるのがいいのか、非常に迷うところでもあります。私は悩みに悩んだわけですが、息子に理科と社会を教えるうちに、ある結論がでてきた・・・。

 長くなったので、ここらで終わりにします。この続きは、後日に。


つづく。

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2020年08月31日

七歳の息子に勉強を教えてみた感想 その1

 息子が小学校に入学してから一年六ヶ月になった。ただし、そのうち五ヶ月は、新型コロナウイルスのために、ほとんど登校してない。もちろん宿も閑古鳥が鳴いているので、暇をもてあましているので結果として息子の勉強をみることになる。小学校二年生の勉強を教えることになる。で、小学校二年生の勉強を教えてみた感想を述べてみたい。

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 まず国語について。

1.漢字に対する誤解

 教科書で、1年生は80の漢字。二年生は、160の漢字を習うことになっている。あわせて240なので、これは簡単なことだと思っていた。実際、240の漢字を覚えるのは、そう難しくは無い。しかし、勉強を教えていくうちに、それではダメだということに気がついた。当たり前と言えば、当たり前のことだが、漢字には組み合わせがあり、組み合わせによって熟語になりうる。つまり、覚える数は240ではなく、500にも1000にもなりうるのだ。外国人が、日本語に苦戦するのは、あたりまえである。「通」と「行」だと2つ覚えるだけだけれど、この二つを習うと「通行」と言う文字も覚えなければならない。

 あと「人」という漢字はすぐに覚えるし、「間」という漢字も簡単だけれど、これを合わせると「人間」になる。では、「人」と「人間」の違いは何か?と息子に問われると、一瞬、ぐっと詰まってしまう。

 実は、この質問は、私も50年以上前に、私が小学生2年生の時に、学校の先生に同じ質問をしている。で、その時の先生の答えは、
「間(ま)が抜けているのが『人』なんだよ」
というものだった。

 禅問答のような珍妙奇妙な回答だったので、今でもハッキリ覚えている。もちろん私は、息子にそんな珍妙な回答を息子にはしてない。かといって「人間」という文字が仏教用語で、「世間」とか「人の世」という意味からきていると7歳の息子に説明しても分からないので、こういう難しい解説もしてない。

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 「原」という字についても質問されて答えに詰まったことがある。「野原」と「高原」で、どうして野原の原は「はら」とよぶのに、高原の原は「げん」なの? と聞かれ、音読みと訓読みの違いと歴史的背景を説明する気にはなれない。息子の理解の範疇を超えてしまうからだ。

 その点、嫁さんは偉いと思う。どんな難しい用語を使ってでも息子に説明してしまうからだ。私と違って嫁さんは、息子を対等に扱っているのだが、息子が嫁さんの言葉を理解しているかどうかは、はなはだ怪しい。

 嫁さんは、息子に音読み言葉を使って説明し、私は息子に大和言葉(訓読み言葉)で説明しているのだが、大和言葉(訓読み言葉)で説明するのは、本当に難しい。途中で投げ出したくなることが何度もあった。

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2.漢字に対する理解の仕方の違い

 そう言えば、団塊の第2世代の嫁さん(オイルショック生まれ)と、昭和36年生まれの私では、漢字に対する理解の仕方が違っていた。10歳年下の嫁さんは、機械的に漢字を覚えていた。それが私には衝撃だった。つい最近まで、うちの嫁は、天然のおバカだと思っていたが、実は、とんでもなく頭が良いことに気がついた。

 息子に漢字を教えていると、背後から嫁さんが非常に感心している。息子よりも私の講義を一生懸命に聴いているのだ。最初は
「なんだ?こいつ?」
「変な奴だなあ」
と思って、最初はウザいと感じていた。

 例えば、息子に「時」という字を教える場合には
「大昔は、時計がなかったんだ。それだと不便だから、お寺の人が、お日さま(太陽)の角度から時間を推定して、鐘をならして皆に時間を教えていたんだ。だから『時(とき)』という字は、『日』と『寺』からできてるんだよ」
と、大昔に私が国語教師から教わったように、息子に説明すると、嫁さんが盛んに感心して感嘆の声をあげる。

 変だなと思った私が、嫁さんに「お前は、時という字をどうやって覚えたの?」と聞くと、機械的に何度もノートに書いて覚えたという。それには驚愕した。そんな芸当は、私にはとても無理である。機械的に漢字を覚えるなんて絶対に無理だ。十歳の年齢差で、こうも教わり方が違っているのだろうか?と驚いてしまった。

 嫁さんは団塊の第二世代なので、私の時代(昭和36年生まれ)の丁寧な教わり方とは、だいぶ違っているみたいなのだ。聞けば、嫁さんの小学校は11クラスもあったらしく、それでも子供の人数が増えすぎて困ったために、新しく学校を作って、生徒を2分割したという。逆に私の場合は、団塊世代と第二団塊世代の中間にあたり、子供が減っていた丙午(ひのえうま)世代に近いために、丁寧な教育を受けられる土壌があったと思う。そのうえ旧漢字表記世代の先生が少なからずいた。

 なので私が子供の頃は、漢字を機械的に教わってない。かならず意味づけで覚えた。だから月偏と肉月偏は、かなり厳格に習っている。漢字テストで「胃」「脈」「腹」「脳」といった漢字が出たら、神経質になって「とめはね」に気をつかったものだ。でも、令和時代では、両方とも「月」にしか見えないフォントになっている。かろうじて肉月偏の面影を残しているのは「胃」ぐらいしかない。「脈」「腹」「脳」も、普通の月偏にしか見えない。肉の簡略文字に見えない。いつから、こんなフォントになったのか? 私が、小学校時代に、さんざん苦杯を味わった「とめはね」の間違いは、いったい何だったのか?

 午前とか午後という漢字にしても、まず「午の刻(12時)」から習った。

「午(うま)」には、角が無いだろう? だから「午(うま)」なんだ。牛には角があるだろ?だから「牛(うし)」と書くんだよ・・・と教えられた。もちろん牛の刻(午前2時)も習っているし、丑の時参り(うしのこくまいり)とか、落語にでてくる
「草木も眠る丑三つ時(うしみつどき・2時半のこと)」
という言葉なんかも習っています。

 ここまで習った上で、午前・午後の漢字を教わっている。だから漢字を機械的に覚えるという発想がなかった。そもそも機械的に覚えられるものなんだろうか?と思うのだが、嫁さんは機械的にしか習ってない。ノートに何度も何度も書いて覚えたという。これが本当なら、うちの嫁さんの頭脳は凄い。

 どうりで英語が得意なわけだ。あの分厚い「指輪物語」の原書を英語でスラスラと読んで楽しむことができるのは、こういう背景があったからできるようになったのかもしれない。団塊の第二世代の嫁さんは、小さい頃から漢字を機械的に暗記することによって、脳が鍛えられ、その結果、語学の才能が開花したのかもしれない。逆に言うと私は、ズルして楽に漢字を学んだから、それが後々まで響いて語学が苦手になったのかもしれない。とにかく私の覚え方が、嫁さんの覚え方と、根本的に違っていた。

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3.昭和の頃の国語の授業スタイル

 おまけに私に教えた昭和時代の先生たちときたら、授業の大半が漢字練習だった。テストも漢字さえできていれば、70点は確保できた。漢字が一番の得点源だった。そして教師は、漢字を覚えさせるために「漢字」を使った対戦ゲームをさせていた。

 大相撲の番付表をつけて、毎日行われる5分程度の早朝の小テストによって対戦させ、その勝率によって、前頭何枚目とか、関脇とか、大関とかに昇格するシステムをつくって、みんなを一喜一憂させ、子供たちに漢字練習に熱中させた。成績下位の人間は、下位どうしで戦って、前頭の順位を争った。

 頭の良い奴も、頭の良い奴と戦うので、黒星をもらって、横綱から関脇によく落ちた。それを15日にわたって行い、3週間後に「勝ち越し・負け越し」の表を貼りだして、新しい番付表を教室に貼りだした。今と違って当時の子供たちは相撲に熱中していた。そういう時代ならではの国語教育だったと思う。令和時代に、こんな授業をやったら確実に問題になっただろう。思えば、昭和時代はノンビリしていた。

 長くなったので、ここらで終わりにします。この続きは、後日に。


つづく。

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2020年08月26日

つまごいスポカルの空手教室・キックボクシング教室

 息子のクラスには、幼稚園時代から乱暴な子供たちが大勢いました。運動会では男の子たちが乱闘してたし、年長組の時の担任の先生は、こんなに乱暴なクラスを見たことがないと言ってました。キレやすい男の子が多すぎるというのです。

 それを憂いて、幼稚園の担任の先生は、「息子さんはもっと強くならなければ駄目だ」とアドバイスできました。反撃できる力がないと駄目だと言う。人口の少ない嬬恋村では、小中学校卒業するまでクラス替えがなくて続いてしまう。

 それはもっともだと思った私は、息子を強くするために、相撲かレスリングか柔道をやらそうと思って、あちこち探したんですが、見つかりませんでした。幼稚園の先生に聞いてもわからないと言います。手っ取り早く強くなるには、相撲が一番なんですが、相撲を教える教室は、近くにはなかった。レスリングも柔道も見つからなかった。かろうじて見つかったのが、空手教室で、軽井沢の風越体育館の主催事業として「空手と礼儀教室」というのがあり、そこに応募しました。

 その教室は、東真会という極真会系列のフルコンタクト空手だったんですが、そこの先生は、子供のうちは、体作りを一番とするために、空手を教えるというより、ドッジボールやっサッカーゲームであそばせることをメインとしていて、空手を基礎からじっくり学ぶというスタイルではありません。どちらかと言うと、スポーツを通して体を鍛え上げるのがメインです。

 これは、これで素晴らしいことなので、1年間にわたって皆勤賞で練習参加させましたけれど、これではなかなか強くならないなぁと思った私は、他の空手教室を探し、嬬恋村にも空手教室があることに気がつき、そこにも入門させました。その空手教室は、つまごいスポカル所属の峯心会という組織なのですが、その大島先生の教え方が、東真会の鈴木先生の教え方と全く違っているので、非常に面白く思いました。

 東真会では、基本を詳しく教えることはありません。
 ところが大島先生は、非常に詳しく教えます。
 子供達に分かるかどうかは別として、理論もきっちりと教えます。
 それから 柔軟運動を非常に重視します。

 この違いは何だろう?と、インターネットで調べてみたら、大島先生は過去にキックボクサーとして全日本フライ級4位まで勝ち上がり、もう少しでチャンピオン戦に挑戦するはずだったのですが、怪我で断念。その後に、指導者として活躍し、ムエタイ(キックボクシング)の女子世界チャンピオンまで育て上げ、自分の息子をムエタイ(キックボクシング)の世界大会で銀メダルをとらすなど、色々活躍していたことがわかりました。 そして「武道教育の実践」という本をみつけ、何人もの空手家たちが文章を書いており、そこに大島先生の著述があることを発見し、それを拝読したのですが、これがとても面白かった。

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 大島先生の著述は、実体験を淡々と語ることからはじまります。それらは失敗の連続と、無知から来る怪我に悩まされた体験が、淡々と述べられています。『空手バカ一代』のような武勇伝を自慢する話は、一ミリも無く、無知から来る練習による怪我の怖さを淡々と述べている。

 小学生の頃にきちんとした指導員がいないにも関わらず、非常に危険なボクシングの練習をして、医者にかかるはめになったことや、空手で複雑骨折して1年間練習できなかったことや、チャンピオン戦目前に2回階級上の大きな選手と練習した結果、椎間板ヘルニアになって、現役を引退せざるを得なかったことなど・・・。これらの体験から、怪我に対するリスクをかなり重要視して練習にとりいれたと書いてあります。なので基本練習や柔軟運動をみっちりやるようになったようです。

 こういう先生ですから、小さな子供。それも幼児が空手を習うなら大島先生が一番の適任に思えてきました。確かに大島先生は子供に優しい。優しすぎるくらいに優しい。そのへんが不満に思えるほどです。ただし顔はいかつい。顔はいかついんですが、 非常に優しい。私が知っている空手の先生の中で1番優しい先生かもしれません。

 その上、月謝が1ヶ月で2000円と非常に安い。軽井沢近辺の空手教室は、どの道場でも月謝が安いんですが、その中でも大島先生の所が一番安い。今から30年前、私は東京でカラテ道場に通ったことがあるんですが、その頃東京では、どの道場でも1万円近くかかりましたから、かなり安い。ムエタイ(キックボクシング)の世界チャンピオンを育てたことのある先生の値段ではありません。これが嬬恋村の住民たちに、それが伝わってるかどうかわかりません。

 まあそんなことどうでもいいとして、その大島先生のところで、2年ばかり空手の練習をさせたわけですが、それで息子が強くなったかと言うと、いまいちです。練習の割には強くなってない気がします。そこで、 大島先生の空手教室ではなくて、キックボクシング教室に入れてみましたら、これが非常によかった。息子の体力がどんどんついていくのが目に見えて分かったからです。考えてみたら大島先生は、ムエタイと言うか、キックボクシングの先生が本業だったわけで、世界チャンピオンを育てているわけですから、キックボクシングの教え方の方が、上手くて当たり前なわけです。

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 で、その大島先生が本を出したというので、買って読んだのですが、「武道教育の実践」と同じようなことが書いてあった。武勇伝とか、世界チャンピオンを育てた話とか、ベトナムで空手のタネを蒔いた話とか、キックボクシング界のことを書いてあっても良さそうなのに、全く書いてない。勇ましいことや、過去の栄光は何も書いてない。イジメ相談室もやっていたのに何もふれてない。自分の生い立ちと、失敗体験と、怪我について書いてある。格闘家らしくないというか、健康と怪我について淡々と書いてあるところが、大島先生らしい。こういう先生だと安心して子供を任せられると思った私は、今では、全部先生にまかせっきりにしています。


つづく。

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2020年08月25日

東信会の軽井沢空手教室

 今日も涼しい一日。朝晩は寒いくらいです。ちなみに息子は、今日からスケート部の陸上練習に参加するようになりました。去年は、全く参加できませんでしたが、今年は火曜日にやっていた軽井沢の空手教室に参加できなくなったために 、代わりに嬬恋東部小学校のスケート部の陸上練習に参加するようになったのです。

 軽井沢の空手教室(東信会)は、フルコンタクト系空手(元極真会)で、毎年のように極真空手の大会にエントリーして、それなりの実績を出す硬派な空手組織ですが、なのに小学生の空手教室では、空手よりもサッカーやドッジボールといったゲームばかりやっています。東信会の鈴木先生の考えは「子供は、まず体をつくるべき」というもので、空手より運動神経の向上をメインに変則サッカーゲームをさせています。変則サッカーゲームで、いつのまにか夢中になって走らされるのです。

 空手もあまり基礎練習をしません。専らパンチングミットを叩くなど、キックボクシング系統の練習が多く、いきなり本気で殴る蹴るの打撃の組み手を行います。もちろん先輩は、さばいてばかりですが、同輩どうしは本気でやりあいます。正座も体に悪いからと、最小限しかやりません。とにかく動かされる。そういう空手教室なので、息子は、この教室が大好きでした。

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 息子はこの空手教室がいたく気に入って、毎週火曜日が待ち遠しいぐらいに喜んで通っていました。なので、ずっと休みなく練習に参加して皆勤賞をとっていたぐらいです。ところが新型コロナウイルスによって、 空手教室が3ヶ月ほど中止になったのです。それでも6月には再開され、うちもそろそろ参加しようかなーと思っていたら、軽井沢で新型コロナウイルスの患者が次々と出たことによって、空手教室への参加を控えました。うちの息子を感染のリスクから守る必要があったからです。で、今日まで空手教室復帰が延び延びになってしまいました。

 しかし、これでは息子の体が鈍って仕方がないので、しばらくの間、軽井沢の空手教室はお休みにして、同じ火曜日にやっている小学校のスケート部の陸上練習に参加することにしました。その第1日目が、今日だったわけです。

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  で、息子が陸上練習から帰ってくるなり、嬉しそうに
「1000 Mマラソンで2位だったよ」
と言ってきました。2年生の中で、二番目に早かったそうです。1位は、去年のマラソン大会で大会新記録を作った女の子だったそうで、その子には勝てなかったようですが、 2位なら立派なものです。なぜならば、幼稚園時代はビリが定位置だったからです。

 息子は3月26日生まれなので、 どうしても運動能力に劣ります。幼稚園の年少組の時の3月生まれのハンデは大きかったと思います。それは年中組の時でも同じで、年長組になるとさらに差が大きく開いたような感じがしました。 息子お風呂の中で、私に
「足が速くなる薬はないの?」
と聞いてきたり、他の子供達とかけっこをするのを露骨に嫌がったりしました。

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  申し訳ないと思った私は、最低でも週に1回は息子に走る練習をさせ、東信会の軽井沢空手教室に参加したんですが、その成果が、 1年後の今になって、少しずつ出てきたようです。少なくともビリから脱出できた。一緒に走った仲間たちは、幼稚園時代から空手教室などで一緒に練習してきた子供達で、幼稚園時代では、一度だって勝てない相手だったんですよね。

 と言うか、勝つ以前に、勝負にならない相手だった。息子は一緒に走るのを嫌がって、走ろうとしなかった。なので、私は息子以外の子供たちの駈けっこの審判ばかりやっていた。息子は、それを一人でポツンと眺めていた。その頃を思えば、大きく成長したと思います。努力は自分を裏切らないというのは本当です。

 

つづく。

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2020年08月12日

息子の速読体験

 お盆真っ最中ですが、息子の夏休みは、もう終わりになります。お盆明けが新学期だからです。相変わらず自由研究はなにもできていません。勝手に研究して、つまりEテレの番組を真似して再現実験をして、勝手に自己満足しているだけです。困ったものです。ちなみに、今年は読書の宿題が出なかったので、マンガばかり読んでいます。ドラえもんをはじめとして、最近はマンガ日本史にはまりました。

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 あまり熱心に読むので、ヤフオクで、朝日ジュニアシリーズの『かがくる』を100冊。朝日ジュニアシリーズの『週刊なぞとき』を100冊。『週刊名将の決断』を100冊。『週刊 そーなんだ!』を100冊。これらの科学マンガ雑誌・社会科マンガ雑誌などを格安(1冊あたり20円くらい)で落札し、息子に与えると、息子の奴は、これを貪るように読みはじめました。マンガですから、読むのが早いこと早いこと。

 文字より絵の方が圧倒的に情報入力が早いです。
 ガンガン読んでいる。

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 これはアルファベットより、漢字の入った仮名交じり文の方が、情報インプットが早いのと同じで、文字だけの児童文学より絵本の方が、情報のインプットが早い。絵があった方が本を早く読み終わることを、息子の幼稚園時代に実験して知っていたので、絵本をヤフオクで大量に買ったこともありました。大量購入なので1冊10円くらいで買えてしまう。それらを息子に与えると、すごい勢いで読んでいく。情報のインプットが、文字ばかりの本より早いからです。

 もちろんマンガの方が、情報インプットがもっと早い。
 文字だけの情報よりも10倍は速い。
 ただし、理解できているかというと、そういうわけではない。
 インプットが早すぎると、理解する前に、情報が頭の中を通り過ぎていくようです。

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 でも、今は、それで良いと思っています。理解できなくても、将来、勉強でぶち当たったときに
「あれ? これは何処かで聞いたことがあるな?」
という思い出しがあれば、そのときに問題に対して『なめてかかれる力』を得られるからです。

 それにしても子供というやつは、ほんとにマンガが好きですね。マンガであれば、何でも読んでしまいますから。



つづく。

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2020年08月10日

Eテレにはまっている息子

 蓋を開けてみたら今年のお盆は、リピーターさんばかりでしたね。そうでない場合でも、非常事態宣言でゴールデンウィークの宿泊をキャンセルしてもらった御客様が、代わりにお盆に泊まりに来てくれたケースが多かったです。みんな子連れのファミリー客です。これには息子も大喜び。一緒に愛犬コロの散歩にでかけたり、ゲームして遊んだりです。

 で、ふと気がついたら、小学校2年生の息子の奴は、夏休みの宿題をやってないことに気がつき、大急ぎでやらせました。で、調べてみたら今年の夏休みの宿題は、たったの2つ。問題集一冊と、自由研究のみです。問題集は、1日で終わらせましたが、問題は自由研究です。息子は好奇心が強いので、いろんな自由研究をするのですが、記録にとらない。自分で納得して終わってしまう。つまり宿題が完成しない。



 実は、息子は大のEテレ好きで、『考えるカラス』とか『大科学実験』とか『ベーシックサイエンス』が大好きで、特に『ベーシックサイエンス』にはまっています。なので、その番組を参考に実験したりするのですが、番組自体が中学生・高校生向きなので、基礎知識が無いために、せっかく実験しても、記録におこせない。というか、記録をとるという発想が無い。『考えるカラス』の実験を再現しても、基礎知識が無いために、なぜ、そうなるかという発想が出てこない。再現実験して終わりになります。

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 私が手伝って助言してやれば、いいんですが、それじゃ宿題にならないし、そもそも忙しくて、それどころではない。せいぜい実験道具を買ってあげるくらいしかできない。これでは、いつまでたっても宿題が終わらないので、最近は、「ミニトマトの観察日記なしたら」とか「模型工作にしたら」と勧めていますが、あまり興味なさそうなので困ってます。

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 いくら再現実験しても、その先(記録と結論)が無かったら意味は無いのだけれど、好奇心には勝てないみたいですね。


つづく。

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2020年08月04日

7歳の息子からもらった手紙

 私の誕生日は7月28日です。7月28日といえば、避暑地の宿で一番忙しい時期です。なので、誕生日を祝ってもらうようなことが、全くと言っていいほどありませんでした。それどころではないからです。ところが新型コロナウイルスで、お客さんが来なくなってしまいました。

 宿は閑古鳥が鳴いてしまっているし、愛郷群馬キャンペーンで、群馬県民なら5000円のキャッシュバックで宿に泊まれるということになっているので、ちょうど私の誕生日でもあるし、勉強も兼ねて草津温泉でも泊まりに行こうかという話になりました。

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 で、草津の温泉ホテルに二泊して、息子は草津温泉ホテルから学校に通うことになったんですが、 まず最初にコンビニに立ち寄りました。 こういう時に我が家では、息子に300円の小遣いを与えます。昔から、と言うか、昭和時代の遠足の時から、おやつは300円以内と、相場が決まっているので、どこかに出かける時には、息子に300円のおやつ代を与えています。300円で好きなものを買っていいことになっています。

 なので、 息子はそのお金でおやつを買って、ハイキングや登山の休憩時間に、おやつを食べているわけです。今回は、温泉旅行でしたが、やはり300円を渡して、 おやつを買いに行かせました。 自分で おやつを買うことによって、金銭の勉強させるためです。また、計画的にお金を使うことを覚えさせるためでもあります。300円を全額使わずに、100円だけ使って、残りを貯金してもいいわけです。

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 まあそんなことはどうでもいいとして、息子のやつは、旅行中に全くおやつを食べようとしません。 今回は貯金でもしてるのかなーと、大して気にもせずにいましたが、旅行中に私の誕生日の夜になると、息子のやつは、300円の小遣いで買ったプレゼントと、手紙を私に渡してきました。プレゼントは私の大好きだ羊羹でした。手紙には「いつもありがとう」と書いてありました。

 いやーまいった。
 そういうことだったのかと、少し嬉しかったです。

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 私は息子を誘って、一緒にホテルのゲームセンターに行って、二人で楽しく遊ぶことにしました。その後、息子とは裸のつきあいで、草津温泉を堪能し、学校のことや、人間関係のことなど、いろいろな話をしました。夜はアッという間に過ぎていきました。


つづく。

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2020年08月03日

通知表が無いことに気がついた!

 うちの息子も、8月1日から夏休みに入りました。夏休みの期間は、たったの2週間です。おそらく全国の小中学校も一緒だと思います。新型コロナウイルスで、 長期間にわたって学校が休みだったために、夏休みが削られたわけです。もちろん宿題もほとんどありません。問題集が一冊と、 いくつかの宿題があるだけです。1日か2日で終わる量です。去年の夏休み・冬休みでは、読書の宿題もあったんですが、 今回は無しです。読書の宿題が、あったら図書館が三密になってしまうからだと思われます。

 8月1日から8月3日にかけては、そこそこお客さんがいたので、息子の事を全く構ってやりませんでした。明日からお盆に入るまでは閑古鳥が鳴いているので、先ほど息子に宿題をやらせていたんですが、途中で通知表を見てないことに気がついて、息子に聞いてみたら今回は通知表がないとのこと。

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 そうでしょうね。1学期は終わったと言っても、ほとんど休校してばかりで、1ヶ月ちょっとぐらいしか 学校に行ってないんですから。先生も成績の付けようがなかったのでしょう。通知表をつけないというのは、これはこれで良い判断だと思います。

 とにかく新型コロナウイルスによって、何から何まで非常事態でしたが、 うちの息子にとっては、良い体験だった。学校が休校の間に、さんざん登山をする機会に恵まれてましたし、学校で学ぶこと以外の、いろいろな勉強をすることもできました。ゆっくり読書する機会もありましたし、Eテレを見ることによって、科学に興味ももったようです。最近のEテレは、すごく面白くて、小学2年生が見ても分かるように面白可笑しく高校生の番組をつくってありますから、息子は夢中で高校講座を見ています。

 貧しいながらも家族旅行を何回もすることができました。おかげで色々勉強させてもらいました。宿屋をやってる身としては、以前なら考えられないことで、こういう機会は絶対にありませんので良かったです。

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 人生には、こういった休息が必要なこともあります。 私も小学校1年生の時に、肺炎になって1ヶ月にわたって学校を休んだことがありますが、あの経験が非常に良かったと思っています。時としては回り道も必要なことがあるものです。人間、常に緊張してばかりはいられませんので、1ヶ月や2ヶ月、体を休めるのもいいでしょう。




つづく。

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2020年05月06日

発達が遅れ気味だった息子 その3 ドライアイスは何度?

 小学校一年生になり、夏休みに入ると、宿題の中には「夏休み中に、合計で四百ページ以上の読書をしなさい」いうものもありました。息子は、夏休みが終わる頃までに三百冊八千ページを読書。黙読では無く音読。そのうち半分は、御客さんのお子さんへの読み聞かせでした。何を読み聞かせているんだろう? と、近くに寄ってみると、シュークリームの作り方のレシピを三歳児の女の子に読んであげていた。で、三歳児の女の子は、真剣に聞いてる。

 この読み聞かせの結果、息子のコミュニケーション能力は大幅に向上しました。二学期になると担任の先生から、見違えるよう社交的になったと報告がありました。読書・音読・読み聞かせによって、対人関係がすこぶるよくなっていった。相変わらず「書く」という作業は苦手だったけれど、コミュニケーション能力は確実にレベルアップしていた。

 しかし、一番驚いたのは、息子が一年生の夏山休みに買い物をしている時に何気なく言った言葉だった。スーパーで冷食とドライアイスを買って、それを保冷箱に入れた時に、息子はドライアイスを素手で触ろうとしたので「手で触っちゃダメ」と注意した。

「どうして?」
「冷たすぎて、やけど(凍傷)するから」
「ドライアイスは、マイナス78.5度だもんね」
「え?」

 私は耳を疑った。
 六歳の子供が、どうしてドライアイスの温度を知っているのか?
 というか、いつマイナスの概念を知り得たのか?
 習ってないはずの小数点の概念を何故理解しているのか?
 あまりにも驚いたので問いただしてみると
『ニラムおじさんの比べてみよう【5】熱い−冷たい(農文協)』
 という絵本で知ったという。

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 そういえば、そんな絵本をヤフオクで、どっさり買ったことを思い出し、それらの絵本を開いてみて驚いた。漢字にはルビがついている。文字も大きいから六歳の子供でも読もうと思えば読めなくもないけれど、内容は中学生レベル。空気・液体・電流・炭酸ガス・蒸気・起源・引力・液体ヘリウムといった難しい用語がザクザクでてくる。それを息子が読んで頭に入れた上に、三歳児のお子さんに読み聞かせていたわけだ。

 この一件で私は、今まで絵本を少しばかり馬鹿にしていたことに気づいてしまった。今時の絵本は、すごく計算された内容になっていて、子供の興味をグイグイひっぱるようになっている。だから六歳の子供にドライアイスの温度をインプットさせるパワーを持っていた。

 というよりドライアイスを教材に使ったところがにくい。
 ドライアイスならスーパーなどで身近にあるからだ。
 これが液体窒素だったら息子の興味を引かなかったに違いない。
 そういう意味で絵本作家の嗅覚は、凄いと言えます。

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 こういった宿題は、冬休みにも出て、息子は十五日間に七千ページも読んでいる。しかも百ページもある児童書を一日に何冊も読んでる。いつのまにか無類の読書好きになってしまっている。

 また、うちの宿には子供向けの本が五百冊以上あるので本には困らなかった。それを片っ端から読むのだけれど、私が読むのではないかと想定して買った本を読むことは無く、
「こんなもの読むかなあ?」
と半信半疑で買った本の方をよくよむ。例えば、料理のレシピ、掃除の本、動物の本、科学の本を読んだりする。これは、常日頃から宿屋の仕事を見ているからなのかもしれない。

 あと息子が読書好きになった理由に心当たりがあります。息子が幼稚園の年長さんだった時、インフルエンザにかかってしまった。しかし、生まれながらにして頑丈な息子は、いつものごとく一晩でケロリと直ってしまう。けれどインフルエンザだと一週間隔離しなければならない。仕方がないので、一週間にわたって歴代のドラえもんの映画を三十本ほど見せると息子のやつはドラえもんにはまってしまった。

 実は、息子はテレビを見ないしゲームもしない。親の私がテレビを見ないので息子も見ない。それがインフルエンザで一週間ほど個室に隔離され、ドラえもんの映画を三十本ほど見させられたので、衝撃を受けてしまったらしい。ドラえもんは、テレビシリーズと映画では全く違っています。ドラえもんの映画は質が高くて幼児が見たら感動するような作りになっている。それでもってテレビに免疫が無かった息子はすっかりドラえもんにはまってしまった。

 なのでさらにドラえもんの漫画を購入して、一週間にわたって見せまくりました。漫画は、百冊以上ありましたが、むさぼるように読んでいました。難しい漢字がたくさんあったのですが、ルビがあったので、意味がわからないということはなかったようです。部屋の中からドラえもんの漫画に笑い転げる息子の声が響いてきました。

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 で、治癒してからも、ドラえもんの漫画を読み続けるようになり、しまいには、ドラえもんの学習漫画まで読むようになりました。ドラえもんの算数おもしろ攻略シリーズの足し算引き算、かけ算わり算、文章題、グラフ、分数・小数、面積・体積などや、ドラえもんの国語おもしろ攻略シリーズの漢字、文法、表現、四字熟語、作文などから、ドラえもんの社会科おもしろ攻略シリーズの都道府県、政治、日本史、世界史、地図、白地図など。ドラえもんの理科おもしろ攻略シリーズの生物、天体、力・電気・音・光、自由研究、理科実験など、百近くの難しい学習漫画まで読むようになりました。

 中には、楽典を教えるような漫画・漢和辞典のドラえもん学習漫画までありましたが、そういうものまで読んでしまう。中身を理解しているとは、とても思えないのだけれど、やはり読んでしまう。何度も何度も繰り返し読んでしまう。

 トイレの中でも読み、風呂に入る前の脱衣場でも読み、親より早く起きて読み、学校から帰って読む。車で移動中でも読む。とにかく読みまくるので生活が乱れる。目も悪くなるし、姿勢も悪くなる。これはマズイと思った私は、ブレーキをかけるべく色々な手段をとったのですが、なかなかうまくいかない。

 眠ったように見せて、こっそり起き上がり、親の見てないところで読書をしだす。そのために夜更かしして朝、起きられない。なので寝室から本を撤去して電気のブレーカーを切って強制的に寝かせようとするのですが、息子も悪知恵が働いて色々逃げ道を探す。

 仕方が無いので、読書の時間というものを正式に決めることにしました。寝る前の三十分だけは、自由に何でも読めることにすると、そのルーティーンに従うようになる。基本的に小さな子供は、ルーティーン(決まった手順)、つまりマイルールを持つことが大好きなので、これで一件落着です。



つづく。

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2020年05月05日

発達が遅れ気味だった息子 その2 脳のトレーニング

 脳科学者の本を読むと臨界期について書かれてあります。
 臨界期というのは、何かを学習する際に決定的に重要な期間のことです。
 臨界期を過ぎますと、その何かをほとんど学習できなくなってしまいます。

 例えば視覚。誕生から数ヶ月間、全く光を知らないままでいますと、脳の視覚システムが構築できず一生涯失明したままになります。視覚における神経回路がその発達の臨界期を過ぎてしまったからです。

 感情のコントロールにも臨界期があります。幼児の時に感情のコントロールをせずに放置しておくとキレやすい子になります。もちろん脳には可塑性があるので臨界期を過ぎても学習できますが、それは学習容易期であって臨界期ではありません。

 何の苦労なく習得できるのが臨界期。
 努力して習得するのが学習容易期。

 何の苦労もなく人徳者になれる時期(臨界期)があるのに、それを過ぎてしまうと苦労して人徳を磨く必要が生じます。だったら苦労のいらない臨界期に学習させた方が本人にとって楽ですので、これを利用しない手はありません。臨界期を過ぎてからの教育は効率が悪い。

 これは勉強にしても運動にしても一緒で、やはり臨界期があります。ワーキングメモリなどの知能に関する臨界期は八歳ですので、成長が遅れている息子の場合、八歳までに知能を鍛える必要があります。ですので、早取り学習なんかしてる暇はありません。

 イギリスの心理学者、チャールズ・スピアマンは、知能には、個別知能と一般知能があることを発見しました。例えば計算に必要な知能と、音楽に必要な知能の間に関連性は全くありません。いくら計算が得意になっても音楽の才能は発達しません。これが個別知能です。

 それに対して一般知能というのは、計算や音楽やその他の色々な作業すべてに関わる共通の知能のことです。

 1998年、アメリカでの大規模な調査で一般知能の調査が行われ、一般知能が低いほど社会的リスクを負う確率が高くなることが分かりました。仕事が続かないとか失業するといったリスクは、一般知能が低いほど高くなります。

 逆に一般知能が110以上だった人を調べたら全員が社会的な成功者で、一般知能が高いほど年収が多いことが確認されてます。交通事故死や医療機関にかかる確率も一般知能と相関していました。つまり音楽の天才でも、東大生でも、超エリートでも一般知能が低かったら、人生を失敗する確率が大きい事が分かってしまいました。

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 なので臨界期が過ぎる前に一般知能を鍛える必要があります。最近の研究だとワーキングメモリをアップさせると一般知能がアップするらしいので、早急に息子のワーキングメモリを鍛える必要があります。八歳がワーキングメモリにおける臨界期なので早取り学習なんかしている暇はありませんし、勉強も後回しで良い。とにかくワーキングメモリの強化が先決。

 なので一般知能を上げることが、今後の人生において最も重要なことだろうと私は判断し、それを向上させる教材をかたっぱしから息子にやらせることにしました。

 具体的に言うと脳科学者が監修した『ポピー』と言う教材。全部やり終えたら先に進むのではなく、同じものをまた購入し直して再びやらせる。教材は間違い探しだったり、迷路だったり、勉強というより遊びながら脳トレーニング。その他にも脳力道場・ジグソーパズル・日本地図パズル・世界地図パズル・漢字パズル・各種カルタ・各種ゲーム。これを幼稚園時代に、三年間にわたってやらせたわけですが、そのせいでウェクスラー知能検査の数値が高く出てしまった可能性がある。

 けれど、これらの教材は、ゲーム中心の教材なので、平仮名や漢字をノートに書けるようになったというわけではない。だから勉強ができているわけではありません。迷路や間違い探しやシール貼りで遊んでいました。早取り学習したわけでは無いので、平仮名を書けるようになったのは、他の同級生より遅かった。



 文字を読めるようになったのは、誰よりも早かったくせに、書けるようになったのは、誰よりも遅かった。箸で御飯を食べれるようになったのも、幼稚園で一番遅かった。だから小学校の給食でカレーを手で食べて見せて先生を驚かせたこともありました。
「この子は、幼すぎる」
と思われたようで、家庭訪問で言われてしまった。

 脳のトレーニングを優先するということは、そういう事になってしまう。皆が出来ることが、出来るようになるというわけではない。目に見えて進歩するということはないし、みんなに成長が追いついていくわけでもない。知能がアップしてるかもしれないけれど勉強が出来るわけではない。


 それでも脳トレーニングにこだわった理由は、脳科学者のアドバイスを使ったら、二歳になる前に平仮名・カタカナ・ローマ字を読めるようになった実績があったからです。

 だから早取り学習に走らず、根気よく脳トレーニングを続けていった。
 しかし早取り学習と違って目に見える成果があがるわけではない。
 進歩しているのか、していないのか、さっぱり分からない。
 成果が見えない。
 そこが早取り学習と違うところです。


 しかし、ある日突然に頭の回転が速くなった。
 それも突然に。
 徐々にではなく突然にです。
 問題を解く力がついてきていた。
 うちの嫁さんが苦戦している難問を解くようになってきた。

 なので、試しにインターネット上にある小学一年生の問題を解かせてみたら、習ってないことでも解ける。勝手に推理して問題が解けるようになっていた。幼稚園の年長組の夏休みに入る前の頃です。
「これはいいぞ!」
と思った私は、息子に「チャレンジタッチ一年生」と言うタブレットを与えました。当時は幼稚園年長組のタブレットが無かったので、一年生のものをやらせてみた。そしたら、どんどん問題を解いていく。習ってないのに解いていく。

 後日、発達相談で作業療法士の先生にうかがったところ、ある日、突然、幼児が運動が出来るようになることがあるらしい。何かを繰り返して行わせることによって脳神経が突然つながって、できなかったことができるようになることがあるらしいのです。うちの息子の場合、根気強く脳トレーニングをしているうちに、ある種の脳神経が突然つながって、習っても無い問題を解くことができるようになったらしい。

 結局、脳トレーニングをすることによって、
 早取り学習したのと同じ結果になってしまった。


 けれど問題は解けるけれど文字が書けない。
 早取り学習をしてないので、文字が書けてない。
 なので算数はスラスラ解けるけれど、
 国語は「書く」という部分で苦戦する。
 読むという場面では、スラスラ解けるけど書く部分ができてない。
 また、同じ問題でもタブレットなら満点がとれるけれど、
 紙の問題集だと点数が悪い。頭脳の発達に指先が追いついてない。


 つまり脳のトレーニングには、限界があったわけで、文字を書けるようになったのは誰より遅かったし、箸の使い方も誰より不器用だった。給食のカレーを手で食べて担任の先生を呆れさせたし、友人とうまく会話ができていなかった。先生の紹介で「言葉の教室」という特殊学級に通ったりもした。

 とは言うものの幼稚園の年長にして、一年生の問題を解いている。一年になると二年生の問題も解けるようになっている。そういう意味では頭がよくなっている。だからウェクスラー知能検査をすると高い数値がでてきたのかもしれない。なぜならば、ウェクスラー知能検査は、大半が口頭試問であり紙に書かせる検査は少なかった。それが証拠に、紙に書かせる検査である処理速度の部分は、それほど高くはなかった。

 で、小学校一年生になり、夏休みに入ると一ヶ月分の宿題を一日で終わらせて先生を驚かせたわけですがタネをあかせば、「なーんだ」になります。息子の夏休みの宿題は、書く作業より解く作業が多かった。だからアッという間に終わらせられた。もし書く作業が多い宿題ばかりだったら、こんなに早く終わってなかったと思う。たまたま解く作業が多いために一日で終わったのだと思う。

 また、宿題の中には「夏休み中に、合計で四百ページ以上の読書をしなさい」いうものもありましが、これも夏休みが終わる頃までに三百冊八千ページという読書量になってました。しかも黙読では無く、御客さんのお子さんへの読み聞かせだったりする。何を読み聞かせているんだろう? と、近くに寄ってみると、シュークリームの作り方のレシピを三歳児の女の子に読んであげていた。で、三歳児の女の子は、真剣に聞いてる。

 この読み聞かせの結果、息子のコミュニケーション能力は大幅に向上している。二学期になると担任の先生から、見違えるよう社交的になったと報告がありました。読書・音読・読み聞かせによって、対人関係がすこぶるよくなっていった。相変わらず「書く」という作業は苦手だったけれど、コミュニケーション能力は確実にレベルアップしていた。

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 そのうえ料理のレシピ本を読んで料理を作ったり、工作の本を読んでは何か作ってみたり、読書から発展して、いろんなことをするようになり、そのうちに『自由研究の手引き』が、なにやら面白そうだと気がついて、勝手に自由研究を始めてしまった。機械的に本を読むだけで無く、本をもとに研究まで始めてしまった。


つづく。

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2020年05月04日

発達が遅れ気味だった息子 その1 早取り学習を断念

発達が遅れ気味だった息子 その1 早取り学習を断念

 息子も小学二年生になります。幼稚園を卒業したのが一年前になりました。三月二十六日生まれの息子は、かなり成長が遅れていたらしく、幼稚園では発達心理学の先生を紹介され、発達の相談や体の相談を毎月のように受けていました。

 発達心理学の先生の診断は問題なしでしたが、現場で指導している幼稚園の先生の判断は違っていて、もう一度発達心理学の先生にお世話になるべきと言われました。で、再び診断を受けたわけですが、やはり問題なしと言う結果。困った先生は、
「知能検査をしましょう」
と、ウェクスラー知能検査を行ったわけですが、卒業式などの行事と重なり、六歳で受けるべき検査を、五歳十ヶ月に受けることに。しかも息子は検査前日まで病気で寝込んでいました。
「ああ、これは悪い結果が出るな」
と思っていたのですが、テストの結果は逆でした。

 ウェクスラー知能検査とは、言語理解、知覚推理、ワーキングメモリー、処理速度の四つを検査して数値化するわけですが、知覚推理、ワーキングメモリーの二つが飛び抜けて高かった。私は違和感を覚えました。
 というのも、息子は忘れ物が非常に多いからです。ワーキングメモリが高いなら、物忘れや忘れ物が多いはずがありません。しかし現実問題として、忘れ物は多いですし、物を紛失します。どう考えても、IQが高いようには見えません。しかし、知能検査の結果は、高い数値が出てしまっています。
「何故だろう?」
と考えた結果、息子のIQは後天的に高くなったという結論になります。成長が遅いということは、元々のIQは、高くないはず。しかし検査をすると高い数値が出ます。この矛盾に対して考えられることは、脳のトレーニングによって、後天的にIQが高くなったという仮説です。

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 実は私は、息子が生まれた頃に脳科学にはまっていて、息子に対して色々な実験をしていました。脳科学や心理学を利用して、二歳になる前に平仮名・カタカナ・ローマ字を覚えさせ、三歳になる前に簡単な漢字を読めるようにさせ、四歳ぐらいに九九を覚えさせました。

 その方法は、非常に簡単で、五分間だけ文字に関する楽しいゲームをさせます。さんざん盛り上げて五分後に中止します。どんなにやりたがっても五分以上は絶対にさせません。制限することによって飢餓状態にさせます。この繰り返しによって文字を覚えさせていきます。これは算数でも一緒で、算数ゲームで楽しませた後に中止。制限をかけます。制限をかけて飢餓状態にさせます。

 これらは、ほんの一例ですが、脳科学や心理学を利用しますと、おもしろいほど脳が発達します。未就学児用のテキストも、ワーキングメモリーを鍛える教材(ポピーなど)、ホンマでっかで有名な「澤口先生」の脳力道場、ジグソーパズルや迷路などを使って脳を鍛えました。



 特にジグソーパズルは、二歳頃に十ピースから始め三歳の頃には五十ピース。四歳の頃には、公文の日本地図パズルや世界地図パズルで遊ばせました。もちろん時間制限をかけます。飢餓状態にさせます。これは迷路も間違い探しも一緒です。

 未就学児の勉強として、二つのやり方があると思います。一つは早取り学習。小学校に入る前に、小学一年生の勉強を先に行ってしまいます。いわゆる公文式の勉強方法。もう一つは、私が採用した「脳」の開発に重視をおく方法。ワーキングメモリーや知覚推理を鍛える方法です。

 うちの息子の成長が遅くなければ、私は躊躇なく早取り学習を採用していたけれど残念ながら成長は遅れています。一学年下の子供と遊んでいるのを見ていても、息子の方が幼いです。下手したら二学年下の子供達と一緒ぐらいに見えてしまいます。どう考えても早取り学習をさせられる状況ではありません。



つづく。

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2020年05月03日

休校で不安な新一年生のお父さんお母さんに! その2 音読は重要です

 今日も暑かったですね。新型コロナウイルスで、北軽井沢は、がらーんとなるかと思いきや、観光客の人達でいっぱいでした。いつものように、 息子を連れて北軽井沢グランドに出かけ、マラソンの練習をしようと思っていたら、観光客の人たちが野球かなんかをしていて練習ができなかったです。北軽井沢観光協会は閉鎖中なんですが、他府県のナンバーがたくさん駐車していました。ふと見ると土産物屋さんで何かを物色していたり、満開に咲く桜の木の前で記念撮影をしていました。コンビニの前もたくさんの車・バイクが止まっていましたね。2軒もある北軽井沢のコンビニのアイスクリームは、ほとんどが売り切れ状態。

 不思議です。
 とても不思議です。

 なぜならば、ほとんどのホテルやペンションは休業中だからです。 いったいどこに泊まっているんだろう? じゃらんや楽天で検索したって、営業してる宿はほとんどないのに。公衆トイレも大半は閉鎖しているし、登山道の前の駐車場もロープで入れないようになっている 。もちろん有名な観光施設はみんな閉鎖中。日帰り温泉施設も大半は閉鎖中。でもたくさんの 観光客が集まってくる。不思議ですね。

 私たちのような宿業を営む者の大半は、観光どころか明日の生活にも不安をかかえている状態。 こんなに多くの観光客を目にすると、県からの休業要請がなかったら、かなりの集客が見込めたのに・・・と悔しい思いですが、目先の利益のために、感染拡大の後押しをすることはできないし、ルールを破ってまで営業する気にもなれない。

 ルールと言っても、いわいる要請なんですけれどね。営業したところで法律違反をしているわけではないんですけれど、もし営業してしまったら、テレビ報道なんかでバッシングされているパチンコ屋と同じになってしまう。そのレベルには落ちたくない。

 それはともかく、どの登山道にも観光客が集まってきています。駐車場が閉鎖されているのに集まってきている。 こういう場合は地元民は強い。誰も知らない秘密のルートを散策できる強みがある。人が滅多に通らない散歩道を知っている強みがある。今日は家族で、秘密の散歩道を2時間近く散歩していました。


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 前置きはこのくらいにして本題に入ります。学校が休校になって不安に思っている新一年生のお父さんお母さんへのアドバイスの続きです。前回は、ヨコミネ式の勉強方法を紹介しました。今日は音読についてです 。

 学校が休校しているケースでも『音読の宿題』 が出ていると思います。けれど、なんとなく軽視しがちになるのが音読だと思います。私も最初のうちは、軽視していました。教科書の音読が、子供の勉強の役に立つんだろうか?と軽く考えていました。だから、音読なんかしてしなくてもどっちでもいいというスタンスでいたんですが、息子の1年生の時の担任の先生が、音読にとても力を入れる先生だったために、息子のやつは音読に熱中していました。

 担任の先生は、音読カードというものを作って、毎日のように音読の宿題を出すんですが、宿題以外の音読をすると、特別のシールを音読カードに貼ってくれる。息子はその特別のシールが欲しいために、 やらなくていい音読をガンガンやっていました。

 話は変わりますが、うちの息子は成長が遅くて、言語のコミュニケーションに多少の難がありました。 クラスメイトの男の子達とほとんど会話をすることがなく、下手したらいじめられっ子に近い状態でした。いわゆるコミュ障というやつで、陰キャだったと思います。それは担任の先生からも家庭訪問で指摘されていました。

 それが徐々に変化していって、2学期を迎える頃には、誰とでも仲良く冗談を言えるようになり、男子生徒達と放課後にサッカーやバスケットで遊ぶようになった。それは劇的な変化だったのですが、この劇的な変化の原因に、音読があったてと思います。

 うちの息子は、 とにかく音読の数をこなしました。で、親が音読カードに採点を書き込むわけですが、その音読カードがあるために、親が息子の音読を聞かなければいけない。音読を聞かないと採点ができない。 なので、ちょっとかったるかったんですが、親の方も根気強く息子の音読を聞き続けました。

 不思議なことに、親が真面目に聞いていると、音読の調子も上がります。そしてだんだんとうまくなっていくのですが、それと同時に 、友人間のコミュニケーションも上手になって言ったのです。息子は軽井沢のスポーツ教室に通っていたんですが、そこの子供達とコミュニケーションが、日に日に上手になっていた。

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 そうこうするうちに夏休みになって、400ページ以上の読書をする宿題が出されました。息子は、読書の宿題を音読で行いました。うちは宿屋なので、小さなお子さん連れのお客さんがやってくる。息子は、小さなお子さん相手に、絵本の 読み聞かせをしました。読み聞かせなので音読です。宿には子供向けの本が500冊以上あるので読む本には困りません。夏休みが終わる頃には、277冊8252ページの本を読み聞かせ、その結果かどうか分かりませんが、2学期になると息子のコミュニケーション能力は格段に上がって、男の子たちと放課後にスポーツで暴れるようになっていました。

 そういうことがあって、私は音読に対して、かなりポジティブな印象を持っています。なので小学校が音読を重視しているのは、理由があってのことだと思っています。インターネットなので調べても分かる通り、音読にはさまざまなメリットがあるようです。

 さて、子供に音読をさせるコツですが、上手に音読させるためには、根気強く聞いてあげることが早道。

 上手に読めない場合は、親が読んだ後に、子供に復唱させると音読がスムーズになります。教科書なんか見なくていいから、手本の音声を聞かせて、それを真似させる。それも一行ずつ親が手本を聞かせて復唱させる。とにかく耳から入る。うまく真似できたら、教科書を読ませる。音声を先に理解させ、その後に文字に入る。最初は、耳が先で文字は後でよい。それを何回かやると文字をスムーズに読めるようになる。

 そのさい、文字を読ませる場合、ひらがなを読ませないことです。ひらがなではなくて単語を読む。「さくら」を音読する場合は、「さ+く+ら」で読ませるのではなく、「桜(さくら)」で読ませるようにする。具体的に言うと、「さくら」という単語のところにアンダーラインを引いて、桜のイラストでも描いて、これで一つの言語(単語)として理解させるといい。

 平仮名を読ませると、うまく音読が出来ない。平仮名では無くて、単語を読ませる。「さいた、さいた、さくらがさいた」という文章なら、「さいた+さくら+が+さいた」という4つの単語を読ませる。

 あと、学校の宿題だと、習ってるところを5回音読するように言ってきますが、実際に5回読ませると飽きてくるので、途中で別のページや、教科書の最後の方を音読させて、飽きさせないようにするのもいいかもしれません。


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 あと、音読は発声練習にもなります。上手に発声ができたら、コミュニケーション能力のアップにもつながると思います。残念ながらうちの息子は、まだまだ言葉の能力が、他の同級生に比べて低いみたいなんですが、それでも小学校に入学した時よりもかなりレベルアップしてきました。今後もっとレベルアップするためには、色々な本を音読する必要があると思っています。


つづく。

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2020年05月02日

休校で不安な新一年生のお父さんお母さんに!

 今日も暑かった。午前中は登山。午後からは庭仕事。だけど少しもはかどらない。暑すぎて。仕事終わりのビール(アルコールなし)がうまかった。

 節約生活も苦では無くなりました。なんだかんだで結構楽しい。閉店間際のスーパーに駆け込んで、一斤55円まで値下げになった食パンを山ほど買い込み、フリーザーの中に入れて、それを朝に解答し、サンドイッチやピザトーストなんかにして親子で食べていますが、 これはこれで、なかなか楽しい。こんな事態になる前は、健康を考えて一斤250円ぐらいの食パンしか買ったことがなかったんですが、安い食パンも、工夫次第ではとても美味しい。アイスも親子三人で分け合って食べたりして、それが教育効果にもなっていて息子にとても良い影響を与えている。というより貧乏節約生活も、慣れてしまえば、愉快愉快! 若かりし頃に体験したバックパッカーの生活を思い出して楽しい毎日。

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 そんなことはどうでもいいとして、学校が休校になってしまって不安になっている新一年生のお父さんお母さんに、ちょっとしたアドバイスを。

実は小学校1年生の勉強というのは、
1学期の間は、大したことはないです。
音読と平仮名カタカナだけですから。

難しくなるのは、漢字を覚え始める2学期からです。


 大抵のお子さんは、ひらがなもカタカナも、入学する前にある程度練習してるでしょうから、1学期の授業は難しくない。だから何の心配もいらない。休校だからと言って焦る必要は無い。

 問題は2学期です。2学期になると漢字を勉強しだすので、少し難しくなります。算数にしても、足し算引き算が、少しばかり難しくなります。これにどう対処するか? 私はヨコミネ式を参考にして息子に勉強させました 。

 ヨコミネ式というのは、横峯保育園の園長さんが考えた理論で、一言で言えば
「子供は、もう少しで勝てそうな相手に対しては、必死になって追い越そうとする」
というものです。

 子供はかけっこが大好きですが、相手が圧倒的に早いと競争しない。
 けれどもう少しで追いつきそうな相手とは競争したがる。
 これを勉強に応用します 。

 勉強も、なんとなく分かりそうな問題に対しては、熱心に立ち向かうのが子供。
 でも全くわからない問題に対しては見向きもしない。
 逆に言うと、なんとなくわかるかもしれない・・・
 というところまで持って行けば良い。

 これを漢字学習に当てはめると、完璧に覚えさせなくてもいい。なんとなく・・・というところで終わらせてもかまわない。 要するに忘れても構わない。忘れても構わないから、いろんな漢字を書かせてみる。1年のうちに2年3年の漢字を覚えさせても良い。もちろん忘れても良い。とにかく何でも教えてしまう。その場合、ひらがなとカタカナも一緒に覚えさせた方がいい。それも2年生3年生の漢字も含めて、ひらがなカタカナと一緒に覚えさせた方がいい。

 例えば 「公」という字と覚えさす場合、カタカナの「ハ」「ム」と、ひらがなの「おおやけ」「こう」を一緒に覚えさせたほうが、効率的です。「公」って、どう書くんだっけ?と聞かれたら「カタカナでハムって書いてごらん」と言えば、「分かった!」と言うからです。もっと言うと漢字の「公園」も一緒に覚えさせた方がいいし、ついでに遠足も一緒に教えてしまう。「しんにょう」と「くにがまえ」も一緒に教えてしまう。もちろん忘れてもかまわない。

 漢字学習の場合、へん・つくりも同時に覚えさせたほうが圧倒的に効率がいい。具体的に言うと木・林・森・村・机・校なんかは一緒に覚えさせた方がいい。覚えさせると言っても完璧に覚えさせるわけではなくて、なんとなく頭に入れるだけでいい。
 忘れても構わない。
 なんとなく頭の中に入っていれば、正式に習う時になって「これ、知ってる!」と熱心に勉強をするためのきっかけになる 。初めて習うよりは、これはどこかで見たことがあるなあ・・・という感じの時の方が勉強に熱が入る。そういう意味で、ドラえもんなんかの漫画も難しい漢字があるのでいい。できれば「公」という一文字を覚えさせるのではなく、「公園」と二文字セットで覚えさせた方が良い。「国」という一文字を覚えさせるのではなく、「王・玉・国・国語・くにがまえ」を同時に覚えさせた方が良い。

 公文の漢字カードで漢字ゲームするのもいい。かなり難しい漢字もあるけれど、一挙に覚えられます。漢字カルタもいいですね。でも私が一番オススメしたいのは、お風呂です。お風呂で漢字覚えさせるのが一番覚えが早い。その場合、くもんの風呂用漢字ポスターとキットパスと言うお風呂の壁に書くことができるチョークを用意する。

 子供は、落書きが大好きなので、漢字の練習でも大喜びで風呂の壁に書き始めます。ただし、5文字以上書かせない。どんなに子供がもっと書きたいと言っても5文字以上はダメ。そうやって限定させることによって、子供を飢餓状態に持っていく。それによって、お風呂での漢字練習が楽しみになってしまう。

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 これは算数でも一緒で、 数のゲームをし、ものすごく盛り上げて、短時間で終わらせる。うやって限定させることによって、子供を飢餓状態に持っていく。それによって、数ゲームが楽しみになってしまう。あと足し算・引き算は、暗記科目みたいなものなので、上毛カルタの要領でカルタを作ってゲームをさせるといいです。私たち大人は
「1+1=2」
を頭で計算してません。暗記している。だから子供たちにも簡単な計算は暗記させた方が良い。子供にとって考えるより暗記の方が楽なはず。足し算カルタを自作して覚えさせれば、アッというまに覚えるはずです。群馬県民は、三歳児でも上毛カルタにあれだけ熱中できるわけですから、なんてことないですよね。でも一番良いのは算盤ですね。足し算に四苦八苦している息子に、十玉算盤を与えたら、
「これすごい! 答えが一発ででる!」
と大喜びしていましたから、新一年生には、十玉算盤が一番いいのかもしれない。ただし、こっそり十玉算盤を使って宿題するようになるので、そのへんは気をつける必要があります。

 あと算数というと、数字の問題のように思えますが、実は国語の問題だったりする。文章題というやつです。あれは算数というより国語ですね。対策としてポピーのポピー式『おうちでドリル』シリーズを使うといいです。下記サイトを参考にしてください。よくできた問題集ですし、ワーキングメモリの強化を意識して作られています。

https://www.popy.jp/kanren/ouchi/

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 また、国語でつまずきやすい「は・を・へ」に関しては、公文の
『小学1年生「は・を・へ」のつかいかた』
が、いい仕事をしています。
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公文の『にがてたいじドリル』シリーズは、どれも素晴らしいできで、苦手をピンポイントで退治してくれますから、とても良い教材だと思います。『小学1年生くりあがるたしざん・くりさがるひきざん』なんかも、よい教材です。



つづく。

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2020年04月30日

休校で、子供の勉強について悩んでいる方に・・・タブレットを検討してみては?

 今日も7歳の息子と浅間山の途中まで登ってきました。免疫力をつけるためです。 だんだん雪も溶けてきたので、標高2000 M ぐらいの ところまで登ることができました。けれど、部分部分に残雪があるために頂上近くまで到達するまでは、まだまだ時間がかかりそうですね。明日あたりは、浅間隠山あたりにチャレンジしようかと思っています。

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 そんなことはどうでもいいとして、お父さんお母さんにアドバイス。余計なお世話かもしれませんが、何かの参考にしてください。私が一番に勧めたいのはタブレットです。うちの息子は小学校2年生ですが、チャレンジタッチというタブレットで勉強しています。このタブレットは、衝撃とかに強くて子供が誤って壊す可能性が低いです。もちろん壊れた時のための保険もあります。そのうえ専用タブレットであるために、勉強をサボって YouTube なんかを見ることができないことです。つまり勉強しかできないタブレットです。



 このタブレットは非常に優秀で、ゲーム感覚で勉強ができます。うちの息子は、3月26日生まれで、幼稚園の先生からは成長が遅すぎると何度も言われた上に、発達心理学の先生を紹介された上に、発達相談に何度もお世話になった、いわば問題児ですが、そんな息子でもタブレットを与えると、面白いように勉強しだしました。

 うちの息子は、幼稚園の年長組の頃から、タブレットをやっています。今では、3歳向けのタブレットや4歳向けのタブレットがありますが、当時はそういうものがなかったために、年長組の時に、小学1年生向きのタブレットを与えました。専門家から成長が遅いと言われていたにもかかわらず、うちの息子は、夢中になってタブレットで勉強し出しました。うちの息子のような問題児でもタブレットで学力がついたのです。

 と言うか、タブレットそのものがゲームのような仕組みになっているので、勉強しているというよりも、 ゲームをしてるという感覚だったと思います。例えば車を運転するゲームがあって、途中で道が二つに分かれます。そこに足し算のクイズが出されます。正解の回答のある道を選ぶと、ライバルの車を追い抜くんですが、 不正解になるとエンジントラブルが起きてストップします。そしてカーレースの順位がどんどん下がっていくわけです。

 このゲームに熱中しているうちに、足し算の能力がどんどん上がっていきます。 そして暗算能力があがります。若い頃に進学校に通った人ならわかると思いますが、算数とか数学は暗記問題ですから、 一桁の足し算を全て暗記してしまいます。 つまり指を使わずに足し算をパッパッと答えられるわけです。 こういう能力は、そろばんでもやってなければきません。

 ただし、タブレットにデメリットもあります。
 目が悪くなることです。
 なので連続して30分以上は絶対させないことが重要です。
 30分たったらタブレットを取り上げる。
 絶対やらせないことです。


 そうすれば子供が飢餓状態になって、
「もっと勉強したい」
「もっとタブレットをいじりたい」
と言い始めるので、勉強がどんどん進むと思います。あと、親子で学習アプリでゲームをする。これも子供に勉強させるコツです。

もちろん三十分以上させない。三十分たったら取り上げる。取り上げて、三十分運動でもさせて、それが終わったら御褒美にタブレットをさせるのです。そうすれば勉強が御褒美になります。


 またタブレットには、採点がいらないと言うメリットもあります。コンピューター自体が採点してくれるので、親の手間が省けます。これが紙の問題集になると常にめんどくさい 。採点をした上に、どうして間違ったか説明しなければいけない。 たいていの親は、正しい漢字の書き順なんか忘れてしまっているだろうし、 昔習ったことと、今教えてることが違っていることもあります。それをタブレットが正確に教えてくれます。特に書き順に関しては、即座に訂正してくれるので非常にありがたい。だけど問題集になると書き順が違っていても、正解がかけてしまうわけですから、間違いを訂正できない。



  私のところでは、ベネッセのチャレンジタッチを使ってますが、他に

•学研ゼミ
•スマイルゼミ
•RISU(リス)
•小学館徹底反復デジタルドリル
•ワオスタディー
•Z会
•デキタス
•スタディサプリ
•ネット松陰塾

なんかがあるようです。下記のサイトを参考にしてみてください。

https://tech-camp.in/note/technology/48228/


つづく。

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2020年04月29日

9月入学反対!

9月入学反対!

 何を考えているんだろうか? この期に及んで9月入学とは、この国の政府も何を血迷っているんだろうと思っています。戦争中、 B 29が空襲してて、疎開が始まり、子供たちの勤労動員が始まり、勉強どころではなかった時代でさえ、 誰一人9月入学などと言ってませんでした。 それで、その世代の人たちが、きちんと学校で勉強できなかったと言うことで、別の世代よりも 劣っていたということはなかったはずです。戦後の日本を支えてきた人たちは、戦争によってろくに学校の授業を受けられなかった人たちが中心になって日本の高度経済成長を支えてきたはずです。

 気に入らないのがグローバルスタンダードのために9月入学にするという考えです。このグローバルスタンダードというのが気に入らないです。 なんでもグローバル化。グローバルよりも、日本のオリジナル。つまり個性というか日本独自の文化を大切にしましょうよ。

 授業が遅れると言うなら、子供達全員にタブレット。チャレンジタッチを与えてください。こう言っちゃなんですが、チャレンジタッチがあれば、学校に行かなくてもみんな勉強ができますよ。学校の先生が授業しなくても、チャレンジタッチだけで楽しく授業してくれます。いまある民間ソフトを活用しましょうよ!

 まず子供たちは、勉強が楽しくなるはずです。例えば紙の問題集ならば、親が採点しなければいけませんが、チャレンジタッチなどのタブレットならば、ソフトウェアが親や学校の先生の代わりに採点してくれます。しかも、 楽しみながら勉強できる。これでいいじゃないですか。

 だいたい9月入学にしたら、どのくらい金がかかると思うんですか? そんな金があったら新型コロナ対策に使うか、経済の方に回してください。グローバルスタンダードとか余計なことを考えてないでもらいたい。グローバルとか言う奴にろくな奴はいないんだから。

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 遺伝子操作が簡単にでき、グローバル化の波が止まらない時代、今後も、こういう事件は必ず起きます。つまり、このような事は、また起こりうることは政治家なら誰でも想定しているはず。けれど、そのたびに入学延期するわけがない。ようするに9月入学は、外国の制度に合わせたいだけでしょう? どうしても9月入学にこだわるなら、コロナが終わってから専門家と世論を背景に冷静に議論してほしいです。国民が弱ってるときに、こんな事を持ち出さないでいただきたい。


つづく。

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2013年03月08日

育児本の話。その4

育児本の話。その4

 個性について話が出たのでちょっと脱線してみます。

 個性には先天的なものと後天的なものがあります。たとえば背が高いとか、知能指数が高いというのは、先天的な個性です。後天的な個性は、生まれた後に身に付けるものですね。その人が置かれた環境によって決定するのが後天的な個性。0歳から6歳までの間に身に付けるものが、決定的に多いことがわかっています。昔から三つ子の魂100までとよく言われていますね。

 生まれたばかりのアヒルは、初めて見るものを自分の母親と認識します。長靴を始めてみたら、長靴を母親と思うのですね。これが刷り込み現象です。 後天的に形成される個性は、刷り込み現象に似ています。下村個人の次郎物語などを読むと分かるのですが、次郎は生まれてすぐ里子に出されてしまいます。そして乳母に育てられるわけですが、彼の個性は乳母によって作られてしまいます。
 そのために、大きくなって母親の元に戻っても、本当の母親と少しも馴染めません。もちろん祖母にもなじめません。唯一の例外は、父親です。父親とはなじめるわけですが、これは父親が、次郎が育った環境をよく理解していたためです。次郎の個性は、自分たちの個性と別物だと理解していたからです。だから、次郎に対して非常に客観的に観察した上で、次郎を導くことができました。

 実は、この感覚は私にはよくわかります。私は生まれてから3歳ぐらいまで、父親の顔を知らずに育っています。母親が、小学校の教師として僻地に赴任していたために、私も一緒に僻地で育ちました。もちろん父親とは別々です。ですから、小さい頃に自分の父親の生き方とか、日常風景とか、癖とか、話し方とか、そういったものを3歳になるまで、まるで知らずに育っています。

 そして、私が3歳になると弟が生まれました。今度は私1人が父親に預けられ、母親は弟とともに僻地の小学校に赴任していきました。 3歳まで全く自分の父親を知らずに育った私は、今度は母親と別れて父親と暮らすようになります。もちろん、実の父親を父親と認識できていません。どこかよそよそしく、なじめないのです。

 私は3歳まで、僻地に住む老人や老婆によって育てられていたのです。母親は教師として仕事を持っていましたので、地元の私は老人たちに預けられていました。そして、僻地の老人たちから、知らず知らずのうちに私の個性がつくられていました。なので実の父親に会ったとき、非常に戸惑いました。次郎物語の次郎と同じような体験をしたわけです。そして家族に馴染めなかった。

 実は、このような実体験は、宿を経営していてみても、思い当たることが多いのです。例えば大人は、いろいろなところに行きたがります。毎年北軽井沢だけに来ると言う人達は多くありません。今年北軽井沢に来たら、来年は白馬に行くとか、見知らぬところに行きたがるのが大人たちです。例え、 2年続けて北軽井沢に行く場合があったとしても、宿を変えたりします。同じ宿に泊まろうとせずに、新しい宿に泊まろうとします。大人たちにはそういう傾向があるのですが、幼児にかぎっては逆です。

 小さなお子さんたちは、気に入った同じ宿を好むのです。あの青いおうちに行きたいと、親にせがむのです。これは、楽しかった思い出があるところに、行きたいと思う子供の心です。青いおうちが楽しかったという刷り込みが頭の中にあるのです。小さなお子さんの頭の中には、新しい宿よりも、楽しかった刷り込みの方が強いのです。

 これを逆手に取って、商売を始めるホテルもあります。例えば軽井沢プリンスホテルなどは、子供を全員無料にしています。もちろんその代わりに大人料金は逆に高いのですが、子供たちを手なづけることによってリピート率を高めようというのが、軽井沢プリンスホテルの戦略なわけです。

 話がそれました。
 個性の話です。

 私が言いたかった事は、個性というものは、刷り込みによって固まってきやすいということです。親と一緒にいる時間が長ければ、親からの刷り込みが大きくなる。だから育児本を読んでその知識を使って子供をどうこうしようとしても、ちょっと難しい。もちろん知識は無いよりはあった方がいいに決まってますが、そう簡単にはいかない。親の計算通りにはならない。他の要素もでてくるからです。

 刷り込みは、親以外に兄弟や祖母祖父や、幼なじみ、保育所幼稚園、地域の人たち、自然環境や動物たちなど、いろんなものから行われます。ですから、それら全てが重要になっています。

 例えば、私の親は3番目の息子に、パパ・ママと、呼ばせようとしました。しかし、私と2番目の弟が、それを嫌って絶対に呼ばせないようにしました。兄弟がいると、このようなこともおきます。まぁこんな事は、笑い話の1つですが、もっと切実な事件もありました。

 私には、 2人の弟がいましたが、 1人は3歳年下です。この弟とは、 1種のライバル関係もありましたので、よくケンカをしました。もう1人の弟は、 10歳年下です。このぐらい年下だと、ライバルと言うよりは、自分の息子のような気分になりますので可愛がりました。兄が10歳年下の弟を可愛がる。これ自体は、決して悪いことではありません。しかし、 2番目の弟の視点から見たらどうでしょう? 長男が弟を差別をしていると思うかもしれません。次男坊とはライバル関係なのに、三男坊は非常に可愛がる。このようなことが起きたら、次男坊にとっては決して面白い話ではありません。すると、次男坊は何をするかといいますと、三男坊をそそのかして、長男を攻撃したりするのです。

 長男は三男坊を可愛がりますから、三男坊は長男に対して従順かと言うと決してそういうわけではありません。むしろ、侮るようになるのです。その辺をうまく利用して、次男坊が三男坊をコントロールしたりします。こうやって三国志のような兄弟喧嘩が起きるわけですが、このような兄弟ケンカに対して親というものは無力に等しいです。怒鳴ったり怒ったりしても子供達は、なかなか言うことを聞きません。ただし、こういう経験があると、将来、自分が親になったときに多少は複眼で子ども達を見ることができるようになるかもしれません。そういう意味で、一人っ子だった人は、不利かもしれませんね。

 話は変わりますが、私の古い知り合いに、もうすぐ80歳になろうと言う人がいます。その息子さんが、私と同じ年なのですが、当時珍しく一人っ子でした。その方は、映画監督になって大出世しているのですが、お母さんの教育の仕方は、非常に素晴らしかったと、いろいろな方から絶賛されていました。どうやって一人っ子の息子を育てたかといいますと、兄弟がいない分、お母さんが兄弟の代わりをしたそうです。例えばケーキがあったとすると、本当は食べたくなくても、息子と半分こして食べたりしたそうです。ときにはじゃんけんをして食べたくもないお菓子を食べたりもしました。そうやって常に息子の競争相手になったそうです。

 また別の人の話になりますが、やはり一人っ子を育てるのに苦労したお母さんがいました。その方ももうすぐ80歳なのですが、どうやって一人息子を立派に育てたかと言いますと、ペットの犬を使ったそうです。一人っ子だと、どうしても駄々をこねることが多くなりますので、聞き分けのないときは、無視をして犬と遊んだそうです。息子さんは犬をライバルに持って一生懸命お母さんの機嫌を取ろうとしたそうです。その息子さんも、私と同じ51歳ですが、今ではちょっとした会社の社長になって大活躍しています。やはり、お母さんの教育の仕方がよかったんだと思います。(ちなみに、こういう躾け方法は、昔からよくあって、私の親も時々使っていました)

 まぁこんな話をしたらキリがありませんので、そろそろ終わりにします。


つづく。

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posted by マネージャー at 22:57| Comment(3) | TrackBack(0) | 教育問題を考えてみる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月06日

育児本の話。その3

 高度経済成長時代では、子供が沢山生まれました。兄弟も複数いました。しかも、核家族が多かった。その訳は、祖父の時代でも子供が多かったために、高度経済成長時代の父親も、兄弟が多く結果として核家族が多かったわけです。もちろん子供たちを面倒みる祖父や祖母は不足しています。おまけに幼稚園や保育所も今より不足していました。小学校等は、いくら急いで建設しても全く足りなくて、子供たちは教室の中にぎゅうぎゅう詰めで教師から勉強を教わっていました。

 こういう時代では、何事も効率が優先されます。子供の個性を伸ばすとか、子供を叱り付けないとか、そんなことをやっていては、教師たちの仕事が成り立たないのです。もちろん事情は親の方でも一緒で、今のように子供が遊べる公園もなければ、児童館もなければ、学童保育と言うものをさえなかった時代ですから、子供の悪さを見たらどんどん叱りつけました。それでも間に合わないので、親たちをサポートする意味でも、近所のおじさんや、風呂屋のバンダイのおじさん達が、悪さをする子供たちを容赦なく叱りつけました。それが結果として、子供の親たちを助ける行為になったのです。

 そうしないと、とてもではありませんが、どんどん生まれてくる子供たちを管理できなかったのです。小学校の先生にしても、 1クラスに45人から50人もいる小さな子供達をまとめるのに、容赦なくゲンコツを振るいましたが、これは仕方のないことだともいえます。そもそもしつけもろくにされてない50人の子供たちを、 1人の教師がまとめて面倒見られるわけがないのです。しかし、当時の先生たちは、それをいとも簡単にやってのけたのです。

 それは、子供たちが学校に行く前に、ある程度のしつけをされていたからです。まず親が、兄弟の上下関係をはっきりさせていました。兄は兄らしく弟は弟らしく、男の子は男の子らしく女の子は女の子らしく、父親は父親らしく子供は子供らしく、そのような上下関係を家庭で気づいていました。そうしないと家庭が戦争状態になってしまうからです。

 父親は無条件に偉いとされたし、兄も無条件に弟より偉いとされました。その代わり兄は弟より貧しいことを受け入れなければならなかったし、弟の面倒を見なければいけなかった。具体的に言うと、友達の所へ遊びに行くにしても、弟を連れて行かなければいけなかった。現代では信じがたいことですが、高度経済成長時代の子供たちにとっては、普通のことでした。弟や妹は兄や姉の後を金魚のフンのようについて歩いてきたのです。親のほうにしても、そうしてもらわないと困ったことも確かです。何しろ狭い家に、子供たちが大勢いるわけですから、今より秩序が必要なわけです。

 さて、このような高度経済成長時代の子育てを見ると、チャップリンの映画のモダンタイムス(modern times)を連想させます。画一的な教育システムによって、没個性的な子供たちがたくさん量産されそうな気がします。現に当時の教育雑誌には「画一的な日本の教育システム」とさんざん批判をあびていました。ところがそうではなかったのです。むしろ個性的な子どもたちが生まれていった。没個性的な子供たちが大量生産されるのは、皮肉にもそのあとの「個性を大切に」が叫ばれはじめた時からなのです。

 教室にすし詰めで勉強した子供たちは、むしろ伸び伸びと個性的に育っています。個性が殺され始めたのはその後です。皮肉なことに、教育雑誌に個性的な子供たちを育てようと言われ始めてから、個性が殺されていく時代になっていくのです。時代で言うと昭和47年頃から後です。

 この頃になると日本もかなり豊かになっていますから、家の建築にしても、子どもの個性を育てる建築の特集を組んでいたりしていましたが、どんな特集だったかといいますと、子供部屋を1人ずつ与える図面でした。すべての子どもに独立した部屋があれば、子供の個性は伸ばせると言う趣旨の記事が書いてありました。このように、当時の教育雑誌や、教育関係の図書には、盛んに子どもの個性を大切にしようという文章がいっぱい載っていました。しかし、皮肉なことに世の中は逆の方向に向かっていったのです。

 あともう一つ特徴的なことがあります。校内暴力です。盛んに個性を大切にしようという考えで育てられた子供達は、中学生になると盛んに校内暴力を行いました。不思議なことに、それから数年前の子供たちには、そういう問題は全くありませんでした。というか、考えることさえできなかったと思います。

 さて、どうしてこんなことが起きたのか?

 当時の教育の専門家や、大学の先生たちは、
 いろんな小理屈をこねていましたが、
 肝心なことを見失っていたと思います。
 問題は、もっとシンプルなんです。

 教室にすし詰めで勉強をしていた子供たちは、当時、工場のラインに並べられている製品のように言われていましたが、実はすし詰めの教室の中で社会というものを勉強していたわけです。貧しかった時代の子供たちは、子供部屋なんかありません。寝る時は親と川の字になって寝ました。これで子供の個性が育つかというと、育つのですね。

 さて、ここで私の体験をお話ししましょう。私もご多分にもれず、小学校に入ると子供部屋をもらいました。そこで父親に勉強しろと言われたのです。しかし、勉強などしたことがありません。小学生が、自ら進んで勉強するなんて有り得ません。だから私は父親によく殴られました。しかしどんなに殴られたとしても勉強はしませんでした。じゃあどんな時に勉強したかというと、母親と一緒にいた時です。
 実は私の母親は小学校の教師でした。
 けれど勉強しろとは言いません。
 一緒にコタツに入って一緒の時間を過ごすだけです。
 そうなるとどんなことが起きるかというと、暇を持て余した私は母親のやることを眺めます。母親はテストの採点かなんかをしています。それを面白そうに見ているうちに、採点の手伝いなんかをします。そのうちなんとなく自分も勉強してしまうのです。
 勉強ではなく本を読むこともあります。それが漫画だったりすることもありますが、母親は何も言いません。もちろんテレビはついていません。静かな部屋で何かを黙々としているだけです。そういう状況下だと、子供というものは自然と本を読んだり勉強をしたりする。子供は勉強しろと言われても勉強しませんが、親の後ろ姿を見てその真似はする。そういう意味では、子供は親の鏡とも言えます。だから子どもを子ども部屋に追いやって、自分はテレビのお笑い番組をみていても、子どもが勉強するわけがないのですよね。

 子供の個性は、親の後ろ姿や兄弟の後ろ姿を見ることによって少しずつ育っていきます。ところが、子供部屋があるとそういうチャンスは本当に少なくなります。社会化の勉強をする機会を失っているわけです。だから、むしろ貧しかった時代の子供たちの方が、親と川の字で寝なければならないので、逆に個性が豊かに育だったりするわけです。

 イジメにしても、教室にすし詰めになればなるほど、少なくなります。友達を選ぶ選択肢が増えるからです。例えば1クラス20人ならみんなで1人を仲間はずれにすることはたやすいですが、 1クラス50人になるととても難しいものです。あとそれだけ人数がいれば、多少おかしな行動をしても、あまり目立ちません。しかし1クラス20人なら、ちょっとでもへんなことをしたらアウトです。

 けれど世の中は、どんどんゆとりある教育を目指して、教育現場の環境を良くしていきました。そして子供たちは、 1人1人子供部屋を手に入れて、没個性的な子供たちになっていきました。どうして子供たちが没個性的になったのか? 親から個性を手に入れるチャンスを失ってしまったからです。

 しかし例外もあります。親から個性を受け継げられなくても、別のところから個性を手に入れる子供たちもいます。それは塾であったり、習い事であったり、スポーツクラブであったり、オタク趣味であったりします。こういう子供たちはどんな時代にもいます。また親が積極的に子供たちに習い事をさせて子供たちの個性を伸ばしていくケースもあります。昭和52年頃、上智大学の渡部昇一教授は、子ども部屋をつくるより、親の書斎をつくり、そこに子どもを入れて親子の会話をすべきと言っていましたが、これは名言でした。子どもの個性を伸ばすには、親の趣味を大切にするというのは、ひとつの卓見でしたが、これが世間に理解されるまで、何十年もかかっています。

 話を戻します。

 高度経済成長時代の父親たち母親たちは、
 子供の個性のこと何かを考えていたでしょうか?

 私は考えてなかったと思います。むしろその日を精一杯生きるので必死だったと思います。狭い部屋に川の字になって親子で寝た時代です。しかし、そんな父親たち母親たちのが、知らず知らずのうちに子供たちの個性を伸ばしてた。 3丁目の夕日の世界に生きた子供たちは、そういう意味で非常に幸せだったかもしれません。


 そういう時代背景をながめる視点から、
 数多くの育児本を読んでみると、
 けっこうおかしな事が書いてある育児本がある。
「それ、違うだろ!」
 と叫びたくなる。

つづく。

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2013年03月04日

育児本の話。その2

育児本の話。その2

 うちの嫁さんが、一生懸命読んでいる育児本を私もチラリと読んでみた。
 そして驚いた。
 どの育児本にも致命的な欠陥があるのである。
 その致命的な欠陥とは何か?
 一言で言うと、時代背景を無視しているのである。

 前回は戦前についての話をした。戦前では、子供に余計な教育をしてはいけないと言う考え方があった事は既に述べた。では戦後ではどんな時代背景があって、育児に対してどんな考え方があっただろうか?

 例えば高度経済成長期という時代背景を考えてみる。この時代は、まさに私が生きた時代である。そして、私の家内が生まれると同時に終わってしまった時代でもある。昭和35年頃から昭和47年頃までの日本は、まさに高度経済成長時代であった。これが終わるのは、第一次オイルショックが起きた、昭和47年頃までである。それ以降は、ちょっと時代が変わってくる。

 ではどのように変わったのであろうか?

 これは非常にわかりにくいかもしれない。日本が豊かになっていく時代というものは、経験者にしか理解できないのである。私の家内には、どうしても、感覚的に理解できない。なので、具体的に話してみよう。

 私が小学校一年生になった時、お古であるが勉強机をもらった。引き出しが付いていて、そこに物が入れられるのに感動した。とてもワクワクした。

 それから3年後、弟が小学校一年生となった。弟も勉強机を買ってもらった。ただし、弟が小学校に入学した時は、日本経済はもっと成長していた。私の両親も、もっと豊かになっていた。そして、弟は豪華な学習机を買ってもらっていた。本棚、電気鉛筆削、時計が付いていて、カレンダーや時間割のホワイトボードが付いていて、いろんな備品が付いていた。私がもらった机とはだいぶ違う。これは子供心に、複雑な気分だった。

 机だけでは無い。筆箱にしても、カバンにしても、服にしても、何から何まで全て弟のものの方が良い物を使っているのである。しかし、親は決して差別しているわけでは無い。日本が高度経済成長の時代なので、後の時代になればなるほど豪華っぽいものが買えたのである。

 例えば私は冬になると、手編みの手袋を持たされた。毎年毛糸をほぐしては編んだ手袋である。毛糸はどんどん古びてくるし、指の大きさもバラバラであった。しかし弟の頃は、家も豊かになっていたので呉服屋で買ってきた革手袋を持たされていた。もちろん今の時代になれば、母親が編んだ手袋のほうが価値が高い事は、自明のことである。

しかし高度経済成長期時代では、手編みのものよりも革手袋の方が、みんなカッコ良いと思っていた。勉強机にしても同じである。私がもらった机は、父親のお下がりであったが、木で作られた味のあるものであったと思う。それに対して弟が、買ってもらった豪華な学習机は、スチール製だった。今となっては木の机の方が圧倒的に良い事は分かることなのだが、当時は、豪華なスチール製の机の方が羨ましかったのである。そういうのが良いとされたのが高度経済成長時代である。机に何でもついているのが良いとされた時代なのだ。ゾウががふんでも壊れない筆箱がよいとされたのが高度経済成長時代なのだ。

 何から何まで、このような状態だと、兄弟の間で自然と仲が悪くなってくるのである。別に親は兄弟差別したわけでは無い。兄が悪いわけでもない。弟が悪いわけでもない。しかし、微妙な空気が流れていくのである。

 こういう時代背景の中においては、ひとつ間違うと、
 兄弟の間で非常に険悪なものが生まれてしまうのである。
 そういう時代では、今よりもとても重視したことがある。

 それは、上下関係である。
 この上下関係が、きちんと機能してないと、
 兄弟間に不穏な空気が流れるのである。

 兄に兄としてのプライドさえ保たれていれば、
 不穏な空気は決して流れない。
 兄弟喧嘩も決して起こらない。

 だから、兄を無条件に尊敬させるということが、今より重要視されていた。
 そして兄のほうも弟の面倒を見なければいけなかった。
 この上下関係を親の側がきちんとさせてないと、兄弟喧嘩がひどくなっていくのである。

 ちなみに高度経済成長時代では、兄弟の数は今よりとても多かった。当然のことながら、長男と末っ子では何歳も違っている。という事は、長男と末っ子の間では生きた時代の豊かさにおいてはまるで違っている。しかし、昭和47年以降においては、平成の現在に至るまで豊かさにおいてはほとんど差がない。もちろん便利さにおいては大きく違っている。しかし、豊かさの差というものはあまりない。その上、兄弟の数も非常に減っている。一人っ子が多くなった。たとえ兄弟がいたとしても、 2人がせいぜいである。

 さて、長い前置きになってしまったが、私が何をいいたかったかというと、高度経済成長時代の日本では、今とは違った育児論が盛んであった。そしてその時代に盛んであった育児の理論は現代には通用しにくいであろう。時代背景が全く違うからである。ところが、世の中には例外もある。それは・・・・。


つづく。

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2013年03月02日

育児本の話。その1

育児本の話。

 家内が妊娠してしばらくすると、友人たちからいろいろなプレゼントが届いた。使わなくなったほ乳瓶や、古い子供服などである。そして不思議なことに、必ず一緒に届けられたのが、育児本である。

 というわけで、我が家には育児本が何冊もおいてある。

 私は全く興味がなかったので、最初は何も読まなかったのだが、家内は違っていた。うちのかみさんは、貪るように育児本を読んで、その後図書館から何冊も借りてくるようになった。そして毎週のように図書館に行って、また新しい育児本を借り直すのである。そして図書館の育児本を全て読み終えると、また別の図書館から借りてくる始末である。あんまり熱心に育児本を読んでいるために、私も少し覗いてみた。

 実は私は育児本を昔大量に読んだことがある。というか、私の実家に大量においてあったのである。私の母親は小学校の教師であった。そのために育児本や大量の教育関係の雑誌のバックナンバーが何十年分もおいてあった。専門的な教育関係の著書も大量においてあった。そしてその大半が、本棚で埃をかぶっていた。

 もちろん子供の頃の私はそんなものには興味がない。
 しかし、私が小学校5年生の時に、弟が生まれた。

 私には3歳年下のもう1人の弟がいたが、 10歳も年下の弟となると、まるで違ってくる。 3歳年下だと、競争相手でありライバルである。喧嘩もよくする。しかし10歳年下にもなると、ライバルというより自分の子供のような気分になってくる。実際可愛い。十歳年下の弟が3歳になると、私は13歳である。つまり中学生である。中学生ともなると、 3歳位の子供が可愛くて可愛くてしょうがない。いろいろ面倒をみたりする。かわいがったりもする。そして、実家においてある大量の育児本や教育関係の本に興味を持ち出した。埃をかぶった大量の教育関係の雑誌のバックナンバーを片っ端から読み始めた。

 ここで話を元に戻す。

 うちの嫁さんが、一生懸命読んでいる育児本を私もチラリと読んでみた。
 そして驚いた。
 どの育児本にも致命的な欠陥があるのである。
 その致命的な欠陥とは何か?
 一言で言うと、時代背景を無視しているのである。
 これはどの本にもみられる欠陥である。

 私が中学生の時、大昔の教育関係の雑誌を大量に読んだことは前にも述べた。私の中学生の時のことであるから、昭和50年である。昭和50年といえば、今から40年も前の話である。そんな大昔に、もっと大昔に発行された教育関係の本を読んだのだから、ものすごい大昔の教育に関する考え方を書いた文章を読んだことになる。昭和30年代や昭和40年代の当時の考え方や、もっと大昔の考え方を読んだのだ。

 で、当時の私が不思議に思ったことがある。育児に関する考え方は、時代によって変化するということである。それも10年くらいで劇的に変化するのだ。変化する理由は、その時々の時代背景による。

 例えば戦前において、育児に対する考えは今のものとは全く違っている。戦前では、子供に余計な教育をしてはいけないと言う考え方があった。どうしてかというと、当時は子供が多かったのだ。 5人くらいは当たり前で、ひどいのになると10人ぐらいの子供のいる家もあった。そして、そのような時代背景では、子供に対する不平等が子供の心に深刻な影響を与えることが問題になっていた。

 具体的に言うと長男になるほど可愛がられ、末っ子になるほど子供が放置される家庭が多かったのだ。子供が多いと、親は平等なつもりでも、どうしても不平等な躾をしてしまうのである。それを題材に多くの児童文学が生まれたが、次郎物語やニンジンなどがその代表作である。このような作品は世界中で映画化されたり小説にされたりした。

 なので当時の教育雑誌等には、子供の教育は親の背中でしろという考え方があった。親の働く背中を見せることによって、子供たちは自然と大人になっていく。それで良いとされていた。当時は、サラリーマンなどは非常に少なく、ほとんどが農家や自営業だったので、そのような教育スタイルで、親孝行で立派な子供たちがたくさん育ったのである。

 この方法は、現代には通じにくいが、嬬恋村のような、農家やペンションオーナーが多いようなところでは、非常に参考になるであろう。実際、嬬恋村の知り合いの教師の話でも、農家の子供さんや、ペンションの子供さんたちは、平均して良い子たちが多いと証言している。これは、子供たちが親の背中を見て育っているからだと思われる。まさに戦前型の育児の結果である。

 さて、育児本の話である。
 話が長くなったので、続きは次回にするとしよう。


つづく。

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2013年03月01日

記憶の話3

 子どもの頃の私には、数分前の記憶の一部を失うことがよくあった。
 5分前のことを全く覚えてないことが、時々あったのである。

 子供の頃に親から自転車を買ってもらった。私は自転車に乗って遠くに遊びにいくのだが、その時に5分間の記憶を失ったとする。すると、なぜ自分がそこにいるのかがわからなくなるのだ。つまり、自宅にいたはずの私が、なぜか神社の境内で座っているのである。まるで瞬間移動しような錯覚に陥るが、そんな事は無い。私はそこまで自転車で向かっていることは確かなのだから。要するに自転車に乗って神社に行ったことが記憶にないだけなのである。

 これはとても不便なことであった。
 何しろ、自分がいつの間にか知らない土地にいるのである。
 下手したら迷子になることもあったのだ。

 ところがである。この不便な体質によって、妙な土地勘が生まれたみたいなのだ。知らない街にある日突然放り出されても、自力で家まで帰る能力が、いつの間にか私に備わっていたみたいなのだ。だから私は、迷子になったことがない。けれど弟は、迷子になっている。

 ちなみに私はいちど歩いた土地は何十年たっても覚えている。車も運転をしていても、いちど走った路は忘れる事は無い。これはうちの家内には絶対真似のできない特技である。うちの家内は、100回通っても道を覚えない。北軽井沢に引っ越してきてから、もう11年になるが、未だに周辺の道を覚えていないのが現状だ。でも私は、北軽井沢に来てから、 1週間もたたないうちに草津町から佐久の町までほとんどの道を覚えてしまった。これは登山をしてても同じだった。不思議なことに山で道に迷っても直感で正しい登山道をさぐり当てる能力が私にあった。だからどんな過酷な探検をしていても、不思議と遭難をしたことがない。必ず帰り辿りつけるのである。それも直感で、簡単にさぐり当てられるのである。

 話は変わるが、私は耳も悪い。いわゆる難聴と言うやつである。しかもこれで、損をしたということもなかった。プラスマイナスで言えば、圧倒的にプラスのことが多かった。まあそれについては、ここでは詳しく述べないが、人間という生き物は、何かが不足すると何か別の能力が生まれるのである。そして、そうやって備わった別の能力は、その後の人生において大いなる威力を発揮するのである。

 さて、長い前置きになってしまったが、ここからが本題である。嫁さんが妊娠して、臨月を迎え、実家に里帰りしてしまった。というわけで、北軽井沢ブルーベリーユースホステルには、私一人しかいない。もちろん、 10年前には私一人で宿を回していたので、何の問題もないのだが、 1つだけ困ったことがあった。私はものをよくなくすのである。もちろん、いろんな対抗策は取ってある。家や車の鍵などは、たくさんコピーをとってあるし、いろんな道具も複数ある。しかし、唯一コピーできないものがある。財布である。もちろん現金などは、財布を3つ4つに分けて、分割して持っているのだが、問題はカードである。こればかりはコピーできない。

 10年前、 1人で宿を始めたときは、すべて現金で物を買っていた。だから何の問題もなかったのだが、今はすべてカードで買っている。だから絶対に財布は無くせないのだ。で、いろいろ考えたあげく、最高のアイデアを思いついた。海外旅行で使う秘密のパスポート入れを常に首からぶら下げて、腹巻きの中に入れてしまうのだ(もちろん腹巻きはしてないが)。これなら絶対にカードはなくさない。ちょっと田舎のおっさんぽいが、そもそも私自身、田舎のおっさんで間違いない。もう正真正銘の田舎者になっているのだから、堂々と田舎のおっさんぽく生きようと思っている。



つづく。

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2013年02月28日

記憶の話2 世の中何が幸いするかわからない

子どもの頃の私には、数分前の記憶の一部を失うことがよくあった。
5分前のことを全く覚えてないことが、時々あったのである。
この症状がでるとタイムスリップした感じというか、
時間と空間をワープしたような感じになる。
つまり5分間、自分が何をやったのかの記憶が無いのだ。
これには苦しめられた。

 ところが、他の記憶は人よりよいのである。
 大昔の記憶は、むしろ他の人よりもよく覚えていることが多かった。

 まあそれはどうでも良いとして、5分前のことを覚えてないと言う事は、どういう事態を引き起こすかというと、これはちょっと具体的な例を話してみないとわかりにくいのかもしれない。

 子供の頃に親から自転車を買ってもらった。私は自転車に乗って遠くに遊びにいくのだが、その時に5分間の記憶を失ったとする。すると、なぜ自分がそこにいるのかがわからなくなるのだ。つまり、自宅にいたはずの私が、なぜか神社の境内で座っているのである。まるで瞬間移動しような錯覚に陥るが、そんな事は無い。私はそこまで自転車で向かっていることは確かなのだから。要するに自転車に乗って神社に行ったことが記憶にないだけなのである。

 びっくりした私は、自宅にとぼとぼと歩いて帰った。当然のことながら、自分の自転車は神社のところに置いてある。そして、父親と母親が、仕事から帰ってくると、私の自転車がないことに気がついて、自転車はどこに置いてあるのだと私に聞いてくる。ところが私にはその自転車のありかはわからない。何しろ記憶にないのだから。

 ここで、ちょっとした不幸な巡り合わせがあった。
 私の父親は自衛官であった。

 自衛官は、ものの紛失を非常に嫌う人たちである。例えば仕事の時、部品1個でも紛失してしまったら、何時間かかっても探し出す。そういうお仕事なのである。何しろ危険なお仕事なので、一つでも部品が紛失したら人命に関わってしまう。だから、モノは絶対紛失してはいけない。そのように教育されて何十年も生きてきているのが自衛官なのである。

 このような仕事をしている父親は、自転車が見つかるまで絶対に許さない。まあ自転車なら当然のことといえば当然のことなのだが、ドライバー1本から、鉛筆1本、定規や消しゴムに至るまで、ものを失うとひどく怒った。筆箱を何時間も探しても見つからなくて、暗真っ暗な小学校の机の中まで探しにいかされたこともある。
 例えば工具などは、ベニヤ板に黒いシルエットを書いて、全て整然と並べておく。一つでも無くなったら、一発でわかるようになっている。そし、もし何かなくなっていたら、たちまち私のせいにさせられ、何時間かかっても私に探させた。何故ならば、一番ものを無くすのが私たったから。もちろん弟が無くす場合もあったろうが、それでも私だけか疑われて、見つかるまで探させられたが、そもも記憶が無いのだから、なかなか見つからない。こんな状態だから私は一日の大半をものを探すことに明け暮れることもあった。

 話は元に戻るが、自転車は見つかった。そして取り上げられた。自転車は弟のものになったのである。子供に所有権というのはなかった。ものを大切にしなければ、親は平気で取り上げる。そういう時代であった。今とはちょっと違う世の中なのかもしれない。今よりも、物が大切に扱われていた時代であった。それだけに5分前の記憶がなくなるということは、子どもにとって生きていく上で非常に辛い時代でもあった。私は、弟が自転車て遊ぶのをうらめしそうに横目に見ながら、一人、歩いて山に登っていた。

 しかし、悪いことばかりではない。子供の頃の私は、単に自分の記憶力がないと思い込んでいたので、昔の事を思い出す訓練をしていた。そして、記憶力を鍛えて大昔のことを思い出す力に目ざめていった。おまけに記憶力もよくなっていった。 5分前の事は思い出せないのだが、 1年前のことはよく思い出せるようになっていた。 10年前のことならばさらに良く思い出せるようになっていた。

 また昔の事を調べるようになっていた。親に怒られないように、いろいろ昔の事を調べるような癖がついたのである。これが、私を、歴史というものに向かわせることになった。私の歴史好きは、こういうところに原点があった。

 その上、文章を書く癖がついた。文章書くことによって、忘れ物をしないようにするためである。それが、私を文章好きにさせて、それが結果として、北軽井沢ブルーベリーユースホステルのホームページやブログとなっていったのである。何事も悪いことばかりでは無い。いや、プラスマイナスで考えたら、プラスの方が圧倒的に多かったような気がする。というか、圧倒的にプラスだったと思う。世の中何が幸いするかわからないものだ。

 ちなみに北軽井沢ブルーベリーYGHには、なんでも複数ある。歯ブラシも複数あるし、工具箱も8個もある。本当なら1個で足りるはずであるが、いくつもある。全く無駄な数であるので、ラズベリーYHの曽原氏に何度か怒られているのだが、これは私の欠点を補うためにおいてある。もちろん、ほとんどは同じ倉庫にしまってあるのだが、私が持ち出して、記憶をなくして見つからなくなってしまうから、同じものが複数おいてあるのだ。もう、独立しているので父親に怒られなくてすむので、こういう工夫ができるので、ちょっと嬉しい。

つづく。

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posted by マネージャー at 11:29| Comment(2) | TrackBack(0) | 教育問題を考えてみる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月27日

記憶の話

私は、あまり御客さんの前には出ない。
耳が悪いので、無愛想に見えてしまうからだ。
そして、実際、無愛想なことも確かである。

実は、昔、人間関係に苦労していた。
友人は多かったのだが、長続きしないのである。

耳が悪くて無愛想だというのも理由の一つであるが、
最も苦しんだことは記憶の一部を失うことだった。
5分前のことを全く覚えてないことが、時々あったのである。

この症状がでるとタイムスリップした感じというか、
時間と空間をワープしたような感じになる。
つまり5分間、自分が何をやったのかの記憶が無いのだ。

これには苦しめられた。
本当に苦労した。
時々、友人を怒らすことをしても、自分にその記憶が無いのである。
しかも、その症状に気が付いたのが、15歳を過ぎてからであった。
それまでは何が何だか分からなかった。
ただ、何がどうなったのか人を怒らせてしまうことが多かった。
そして原因が分からずにオロオロすることが多かった。

しかしその症状に気がついてからは、問題は無くなった。
他の人と距離を置くようになったからである。
すごく仲の良かった友達とも、できるだけ距離を置くようにした。
そうしないと、その友人に被害が及ぶからである。

良いこともあった。
友人を避けるようになると、自分の時間が出来上がる。
その時間は、読者に使った。
図書館が自分の行く居場所になった。
おかげで高校時代には信じられないくらいの大量の本を読むことができた。

高校卒業後は、旅に出た。もちろん一人旅である。誰かと旅行するなんて考えられなかった。歴史好きだった私は、全国の史跡を1人で歩き回った。楽しかった。博物館や郷土資料館は、 1人で回った方が圧倒的に面白い。どんなに仲の良い友人も実は邪魔だったりするのだ。ひとりで自分のペースで見て回りたいのである。

宿泊場所は、主に駅のホームとか、公園のベンチであったりしたが、
たまにユースホステルを利用した。
最初は寝泊まりだけに使ったが、そのうち食事をとるようになった。
おかわりが自由だったからである 。
私はご飯を何杯もおかわりをして、そしてお昼ご飯を抜いた。ユースホステルの朝食と夕食で、5杯飯を食べて満腹にしたものである。

最初は、相部屋の人とは会話も交わさなかったが、当時のホステラーさん達は、そんな私にもよく話しかけてくれたので、いつの間にか私もいろんな人とお話をするようになった。それまで私は他の人と距離を置いて生活をしていたのだが、ユースホステルでは、距離を縮めるようになっていた。信じがたいことにユースホステルでは、私の記憶障害が、何の問題も起こさなかった。

もともとユースホステルでのお付き合いは、一期一会のお付き合いである。
それも淡いお付き合いである。
だから、記憶がなくなっても何の問題もないのである。

そもそも当時のユースホステルでは、歌って踊ったり、ドンチャン騒ぎをしたり、トランプをして遊んだりしていたので、宿泊している人たち全員が、記憶を失っているようなものであったからである。つまりである、ユースホステルに泊まると言う事は、記憶失うということでもあるのだ。

もちろん、みんなは記憶を失ってないのかもしれない。
しかし、そこには、異空間が存在している。
別世界があるのである。
これは 、記憶を失っているのに等しいことなのだ。
そして、非日常の中で記憶を一時的に失うことによって、ストレスを解消し、
日常に戻ったときに活力が回復するのである。

私は、このような、非日常を愛した。
気が付いたらユースホステルが好きになっていた。


つづく。

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posted by マネージャー at 22:28| Comment(2) | TrackBack(0) | 教育問題を考えてみる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月07日

さすがは七夕! 晴れました!

 今日は、七夕!
 さすがは七夕!
 雨がやみました。
 




 7月7日七夕の夜、天の川を隔てて輝く、わし座のアルタイル彦星と こと座のべガ織姫が 一年に一度だけデートすることを許された夜が、今日です。この日にちなんで、願い事を書いた短冊を笹の葉につるし、おりひめ星に技芸の上達を願います。子供の頃に笹の葉に、短冊を飾りましたね。
 
 ところが、7月7日に雨が降ると、天の川の水かさが増して2人は川を渡ることができなくなります。しかし、ご心配無用。どこからともなくカササギの群が飛んできて、天の川で翼と翼を広げて橋となり織女を牽牛のもとへ渡す手助けをしてくれます。
 
 今年もカササギの出番と思いきや、雨がやみました。よかったよかった!
 
 



 七夕で思い出すのが、私が幼稚園の頃。七夕飾りを作るために、保母さんに笹竹を持ってくるように言われたのですが、忘れてしまった。で、罰として、みんなが作っているのを一人ながめていたんですが、帰宅時間に私を迎えに来た祖母が、私だけ七夕かざりを持ってないのに怒りだした。

 で、幼稚園の先生が、大急ぎで裏山に行って笹竹を切ってきて、
 3分くらいで七夕飾りを作ってくれて私にもたせ、
「自分で作ったんだよと、おばあちゃんに言いなさい」
と命令されました。

 素直な私は、その命令を忠実に守ったのですが、バレバレだったらしく、祖母の怒りはしばらくおさまらなかった。それを聞いた私の父母も怒っていたのですが、5歳くらいの私は、なぜ怒っているか理解できない。だって、私は、何の手間もかけず、先生が3分で作ってくれたので、
「ラッキー」
と思っていたから。
 
 そして、祖母と父母の怒るポイントの違いにも不思議に思っていた。

 祖母は、一人だけ差別したことに怒っていたが、これは笹竹を忘れた私が悪いと思っていたので祖母の怒りが、今ひとつ分からなかった。

 両親は、一人だけ差別したことに怒っていなかった。それより私に嘘をつかせたことに激怒させていたが、どうして私が嘘をついていると分かったのだろうか? どうして先生が私に(祖母に対して)嘘をつかせたと知っていたのだろうか? 不思議である。こればかりは今でも謎だ。親は子供の嘘を見破る力をもっていたのだろうか?
 
 ちなみに私は最後まで先生との約束を守ってシラを切った。これに対しては、親は怒ってない。約束を守ることは大切だと日頃から言ってるから。しかし、今にして思うと、嘘と約束の両天秤を思うと、微妙ですね。ところで佐渡島の旧金井町保育園の先生。今頃になって、北軽井沢あたりで、こんなネタばらしされるとは、夢にも思ってないだろうなあw

つづく。

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posted by マネージャー at 10:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 教育問題を考えてみる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月28日

アニメ「ちはやふる」に思うこと。

アニメ「ちはやふる」に思うこと。
アニメ「ちはやふる」が、面白いですね。
どんなアニメかというと、百人一首のカルタ大会のアニメです。
かなりレベルの高いアニメです。





実は、私は、このアニメの登場人物(副主人公)と、同じような経験をしたことがあります。
今回は、それについて述べてみようと思います。

私のふるさとは、佐渡島の旧金井町というところです。
ここには、3つの小学校がありました。
いちばん大きな小学校が、金井小学校。
私の母校です。

で、泉小学校・吉井小学校という小さな小学校がありました。
金井小学校は、街の中心地にあります。
生徒数も多いし、都会意識がある。
ですから、泉小学校・吉井小学校を小馬鹿にしています。

 まあ、どちらも佐渡島の田舎なので、大差はないんですが、そもそも田舎者は、少しでも自分のところの方が都会だと思いたがります。笑止千万ですが、そういうものです。ですから、金井小学校の子供たちは、泉小学校・吉井小学校に対して根拠のない優越感をもっていました。その金井小学校と、僻地にある泉小学校が統合することになった。金井小学校が、泉小学校を吸収合併することになった。私が小学校5年生の時です。

 で、いろんな行事が組まれたんです。

 まず、私たち金井小学校の五年生が、泉小学校の運動会に招待された。
 で、ちっちゃな小学校だなあと思った。
 そのうえ、そこで見た運動会の応援歌がダサイと思った。
 金井小学校の子供たちは、みんな
「俺たちの応援歌の方が、かっこいい」
とヒソヒソ囁きました。
 まあ、今から思えば、何から何まで見下していたんだと思います。
 何の根拠もなく。

 しかし、その応援歌は、今から考えると素晴らしい応援歌だった。
 佐渡島にまつわる歌詞を歌った応援歌だった。
 故郷を歌った心に染みいる歌だった。

 じゃあ、金井小学校の応援歌は、どんな応援歌だったかというと
 今にして思えば最低の応援歌だった。
 「聞け万国の労働者(メーデー歌)」だった。



 こんなものを小学生に、運動会に歌わせた金井小学校の教師たちの神経を疑う。
 しかし、当時小学生だった私は、単純に、この歌をかっこいいと思いこんでいた。
 知らない間に左翼教師たちに洗脳されていたわけだ。


 金井小学校は、大きな小学校だった。
 佐渡島にしては、少しばかり都会の小学校だった。
 しかし、そこは日教組の支配する学校だった。
 授業で、自衛隊は憲法違反と学んだ。
 自宅へ帰って、それを親に言ったら殴られた。
 私の父親は、自衛隊だった。

 話をもどします。

 次のイベントして、妙見山という山で、金井小学校と泉小学校が合同キャンプすることになった。仲良くなるためのキャンプだったんでしょうが、おきまり喧嘩が勃発した。人数の多い金井小学校の圧勝だった。勝負にならなかった。ここでも、私たち金井小学校の根拠無き自尊心が満たされましたが、そもそも数が違うので、馬鹿だったとしか言いようがないです。その根拠無き自尊心が崩れる時が、数ヶ月後にやってきた。





 金井小学校の五年生が、泉小学校の運動会に招待されたことは述べました。お返しに、泉小学校全員を金井小学校の学芸会に招待しました。これに、私たち金井小学校の子供たちは、妙な優越感をもちました。泉小学校に招待されたのは、金井小学校の5年生だけでしたが、金井小学校に招待されたのは、泉小学校全員だった。なんか変な優越感をもって、みんな泉小学校を小馬鹿にしていた。

 人数の多い、金井小学校の出し物は、学級ごとに行われました。1年生◎◎組は演劇。1年生★★組は舞踊。2年生☆☆組はミュージカル・・・・といった具合に。5年生◆◆組の私は、音楽の出し物を行いました。曲は、音楽の教科書のものをつかいました。もともと、音楽の授業でやっていた曲ばかりだったので、できばえもよく、意気揚々とひきあげました。

 とりは、泉小学校の出し物で、演劇でした。で、それが凄かった。

 1年から6年まで全員参加の演劇で、佐渡島の有名な民話「音羽池」を演じたのですが、私たち金井小学校のレベルと全く違っていました。まるでプロのレベルだったのです。台本も凄かった。小学校で習ってないはずの古語・慣用語句・格言・ことわざなんかが、随所にでていて、小学五年生の私には理解できないところも多かった。たとえば、

「ここは清水の舞台から飛び降りるつもりで・・・」

という台詞の意味がわからなかった。こういう用語は、金井小学校の生徒たちは、教わってなかった。しかし、泉小学校の子供たちは、小学校1年生でも知っていた。

 これは、あとから知ったことなのですが、金井小学校の出し物は、教育指導要領にそった出し物しかだしてなかった。ですから私たちが演じた音楽の出し物は、音楽の教科書にあるものをやっていた。それに対して泉小学校は、教科書の枠をとびこえて、プロのレベルを目指していた。金井小学校の子供たちのもっていた根拠無き自信が、ここで崩れたのです。

 私は、自宅へ帰って、学芸会に見に来てくれていた母親に
「金井は駄目だ」
としょげかえった。母親は
「いや、よかったよ」
と慰めてくれましたが、私の母親は日教組の小学校教員だった。今から思うと、あれは慰めだったのではなく本気でそう思っていたのかもしれない。というのも金井小学校の教師たちが、泉小学校の教師たちを批判しているのを偶然聞いてしまったからだ。「泉小学校の出し物は、小学生らしくない」と。

「小学生らしくない」

 子供の頃に私は、この言葉に反発を覚えた。というのも、泉小学校の子供たちは、実に小学生らしかったからだ。みんなノビノビと役を演じていた。金井小学校の方が、型どうりの出し物をやっていた。教科書にそったものをロボットのように演じていた。

 ここのどこに小学生らしさがあるのだろう?
 金井小学校の教師たちは、自分の子供の頃を忘れてしまったのだろうか?
 と思った。

 そもそも子供という生き物は、新しいことをやりたがる。
 大人のまねをしたがる。
 教科書に載っている授業で練習済みの音楽を演奏するより、
「ここは清水の舞台から飛び降りるつもりで・・・」
という聞きかじった新しい言葉を大人たちの前でしゃべってみたい。
 それが小学生というものだ。
 教科書をはなれたい。
 新しいことをやりたい。
 未知の世界に飛び込みたい。
 それが小学生というものだ。

 いくら大人たちの理論で金井小学校の出し物の方が良いという結論であっても、子供たちの心は違う。そんな理屈では騙されない。子供たちの目から見たら、あきらかに泉小学校の方が良かった。小学生のレベルを超えた演劇の方が、まぶしく見えたことは確かなのだ。

 そして、私が小学生6年になった時、泉小学校は金井小学校に吸収合併された。
 泉小学校の子供たちは、金井小学校のクラスで一緒に勉強した。
 伝統ある泉小学校は、廃校になってしまった。
 みんな、すぐに仲良くなって、一緒に金井中学校に進学した。

 事件は、その直後におきた。
 また、衝撃の事件が、私たち金井小学校出身者のプライドをズタズタにした。
 旧泉小学校出身者の能力に驚嘆せざるをえない事件がおきたのだ。

 中学校に入ると、今まで見たこともない授業にでくわす。英語と古典だ。英語は、金井小学校・泉小学校の子供たちのどちらにとっても、初めて出会う教科だった。しかし、古典は違っていた。旧泉小学校出身者の方が圧倒的に強かったのだ。なにしろ小学校1年生に
「ここは清水の舞台から飛び降りるつもりで・・・」
という台詞を学芸会で言わせる学校だ。古典に強いはずである。民話にも強いし、郷土史にもつよい。





 中学校に入ると、百人一首大会というものがあった。「いろはカルタ」しか知らなかった私たち金井小学校出身者たちは、1枚もとれなかったが、泉小学校出身者の子供たちは、ばんばん取っていった。みんな上の句・下の句をすべて暗記していた。ひどいのになると、カルタを置いた場所まで記憶していた。聞いてみたら泉小学校では、1年生の時から百人一首大会で鍛えていたらしい。もちろん歌の意味まで知っている。





 今にして思えば、泉小学校は、まれに見る素晴らしい学校だったかもしれない。泉小学校の歴代校長・そして教師たちは、素晴らしい伝統を泉小学校に残していた。その泉小学校が無くなってしまったのは残念だった。密かに私は金井小学校が泉小学校を吸収するのではなく、泉小学校が金井小学校を吸収すればよかったと思っている。そうすれば、泉小学校の伝統は、今でも続いているはずだったから。





 さて、「ちはやふる」というアニメ。
 素晴らしいアニメです。
 百人一首大会をテーマにした青春ドラマです。
 機会があったらぜひ見てください。


つづく。

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posted by マネージャー at 08:28| Comment(3) | TrackBack(0) | 教育問題を考えてみる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月02日

鯉のぼりも終わりの季節になりました。

鯉のぼりも終わりの季節になりました。

で、鯉のぼりで思い出したことがあります。
ある世代から鯉のぼりに対する
イメージが全く違っているということです。
これは、私と弟で、全く違ってきている。

 弟とは、4歳しか違わないのに、鯉のぼりに対するイメージが違う。もちろん、このブログを読んでいる皆さんも、私とは違った鯉のぼりのイメージをもってらっしゃる。ただし、年輩の方には、私と同じイメージをもっている人が何人かいるかもしれない。


yuzenkoi_sub.jpg


 私が何を言いたいかというと、昔は、鯉のぼりは紙製だったということです。もちろん和紙で作られていた。和紙で巨大な鯉のぼりをつくり、それに絵を描いたのです。布の鯉のぼりも無くはなかったですが、布の鯉のぼりにしても、手製なので各家々で鯉の顔つきが違っていました。

 でも、まあ、たいていの家では、紙製の鯉のぼりでしたね。
 これが弟の時代に、変化したのです。
 どの家でも工場で作られたナイロンの鯉のぼりに変化したのです。
 そして、どの家でも、同じ形の鯉のぼりになりました。

 で、どうなったかと言いますと、ほとんど風がなくても、鯉のぼりが泳ぐようになったのです。

 ハンドメイドで麺の布で作られた鯉のぼりや、紙製の鯉のぼりは、風がなければ泳がなかった。ところが、工場製品のナイロンの鯉のぼりは、少しのそよかぜで泳ぐのです。私は、子供心に親にせがみました。

『友だちの家にあるナイロンの鯉のぼりが欲しい

 今思えば、なんでナイロンの鯉のぼりを欲しがったのか? すごく後悔しているのですが、この軽薄なおねだりを私の親は、アッサリ聞き入れ、紙製の鯉のぼりは、捨てられてしまいました。こうしてナイロンの鯉のぼりが、自宅の庭に登ったわけですが、それまでの紙製の鯉のぼりと、あまりに違うので衝撃を覚えた記憶があります。


 では、どこが違ったでしょうか?


1.まず大きさです。

 紙製の鯉のぼりは、ナイロンの鯉のぼりの数倍の大きさでした。鯉は滝を登ると竜になるといわれていました。だから巨大な竜になるべく、巨大な鯉のぼりを紙で作ったのです。当然のことながら、幟(のぼり)のポールも巨大なものを使います。近所で大きさを競ったのです。

2.音。

 紙製の鯉のぼりのうるさいこと。およぐごとに、バタバタバタバタ! バタバタバタバタ! バタバタバタバタ! と、すごい騒音をだしていました。でも、それが凄くかっこよかったのも確かでした。もちろん、泳ぐうちに紙が破けてきますから、毎日のようにリペアします。和紙をはって、絵をかきなおすのです。これは、けっこう面倒なので、親は、アッサリとナイロンの鯉のぼりを買ってくれたのかもしれません。

3.形。

 紙製の鯉のぼりは、形がリアルでした。円筒形の鯉のぼりではなく、写実的な鯉のぼりだったのです。だから風が強くないと、なかなか泳がなかったのです。ただし、泳がなければ破損も少ないのでリペアの必要もありませんでした。


 さて、ナイロンの鯉のぼりが庭に登るようになってからです。鯉のぼりに神秘性を感じなくなったのです。紙製の鯉のぼりの時は、音が凄いために、鯉が空にあがっていくと、本当に龍になるのではないかと、真剣に空想したものですが、ナイロンの鯉のぼりでは、静かすぎて、そんな想像はわいてきようもありません。だから弟たちには、
「鯉が滝を登ると龍になるんだよ」
と話しても、
「そんな訳ないでしょ」
と相手にもしてくれませんでした。

 ちなみに、なぜ私の子供の頃に、紙製の鯉のぼりがあったかといいますと、祖父が絵かきだったのです。絵かきというと、横山大観の日本画なんかを思い出すかもしれませんが、じっさい祖父も、そういう絵をかいたのも確かなんですが、鯉のぼりや凧の絵も描いたのです。それが絵かきの仕事の一つだったのですね。

 で、祖父は、いろんな子供や孫のために龍に変身する鯉の絵を描いたわけです。昔の鯉のぼりに個性があったのは、そういう意味合いもあったのです。どんな龍になってほしいか、その願いをたくすように鯉のぼりを作ったのです。そういう鯉のぼりは、ナイロンの鯉のぼりとは、またひと味違っていました。

つづく。

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2010年03月22日

コミネ式保育園を知って思い出したこと3

コミネ式保育園を知って思い出したこと3

ヨコミネ式保育園では、全ての子供たちがスーパーマンになってしまう。詳しくは、下の動画をみてほしいのですが、



 入園者の全てを、こんな幼児にしてしまうヨコミネ式保育は、まさに驚異的ですが、
 そのヨコミネ式保育は、たった4つのスイッチをおしてあげるだけだと言います。
 子供をやるきにさせる4つのスイッチ押してあげる。
 それがヨコミネ式保育らしい。その4つのスイッチとは、

1.子供は競争したがる
2.子供は真似したがる
3.子供はちょっとだけ難しいことをしたがる
4.子供は認めたがられる


 私は、この動画を見たときに、
「ありえるな」
と思いましたね。というのも私にも似たような経験があったからです。

 実は、私の父は教育パパでした。子供部屋というか、勉強部屋をつくり、勉強を強制したのですが成績はあがらなかった。理由は、親の目を盗んではサボっていたからです。勉強が嫌いで嫌いでたまらなかった。習字の塾にも行かされたのですが嫌で嫌でたまらなかった。そういう訳ですから父親が単身赴任でいなくなると、勉強なんかするわけがない。これさいわいと宿題までしなくなる。子供部屋は、遊び部屋になってしまった。で、母親が私を注意したかというと、全く注意しなかったんですね。

 母親(小学校教師)は、私を子供部屋(勉強部屋)に追いやらず、逆に一緒に居間にいるように言った。最初は嫌だったが、母親と一緒にいると夜遅くに御菓子がでてくるので、その餌につられて寝るまで一緒にいるようになりました。もちろんテレビは消したままです。

 母は、どういうわけか父親のように勉強しろとは言いませんでした。
 何も言わない。
 ただ一緒にいるだけ。
 それだけなのです。
 それ以上は、なにも要求してこない。
 それだけで美味しい御菓子が食べられた。

 こんな美味しい話しは今までなかったですね。だから私は大喜びでした。母親と一緒に静かな居間ですごすだけで御褒美がもらえる。しかも、テレビを見ること以外、何をやってもいいのです。漫画を読んでも良いし、寝っ転がっててもいい。冬は、コタツで居眠りをしててもいい。だから最初のうちは、ボーッとしてしていました。

 で、母親は何をやっていたかと言いますと、仕事をしていました。小学校の教師をしていたので、テストの採点なんかをしていたんですね。暇をもてあましていた私は、その採点をボーッとみていました。何日も何日もボーッと見ていました。すると母親は、そんな私に
「お前も採点してみるか?」
と聞いてきます。
「うん、やる!」
と私は答え、採点のしたかを教えてもらい採点をさせてもらいました。これがとても面白い。そして、楽しいのです。マルバツの試験でないので面白い。考え方に間違いが無く、もう少しで回答があっているときなど、親子で相談して三角をつけるのが楽しいのです。で、こういうお手伝いをすると
「お手伝いありがとう、これはお駄賃」
と、いつもより余分に美味しい御菓子がでてくるのです。

(今から思えば、これはスイッチでしたね。大人の真似をしたがるスイッチです。そして、ちょっとだけ難しいことをしたがるスイッチが入り、認めたがられるスイッチも入った)

 採点の無い日は、母親は、授業の準備をしていました。絵の具で大きな「ひまわり」の絵をかいてたりする。これもボーッと見ていると、母親は「お前も書いてみるか?」と聞いてきました。そして「うん、やる!」と私は答え親子で絵をかきはじめました。当然の事ながら絵の描き方も教わりますし、自然と理科の勉強もするようになります。ヒマワリの花びらが、正式には何枚あるのか調べないと絵は描けませんから。もちろん絵が完成したら、お目当てのお駄賃がでてきます。

 それも無い日は、母親は、授業の準備で難しそうな本を読んでいました。さすがに読書を手伝うわけにはいきませんから私は漫画を読んでいました。

 しかし、漫画も読み飽きてくると、本棚に飾っていただけで一度も読んだことのない世界名作全集を読むようになりました。すると、読み終えると、漫画の時にはでなかった、お駄賃がわりの美味しい御菓子がでてくるのです。さらに感想を述べると、もっと出てきます。

 で、本棚に飾ってた世界名作全集を読み終え、2回目3回目と繰り返して読んでいますと、母親は、こんな本を買ってきました。秋田書店の写真で見る太平洋戦争シリーズです。

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 これは大人向けの本で、小学生には、かなり難しい本なのですが、全部ルビがふってありましたので問題ありませんでした。私は貪るように読み本が擦りきれるほど読みあさりました。そして図書館から本格的な戦記物を借りてきて読むようになりました。それが、歴史物に変化し、司馬遼太郎を読むようになったりします。さらに江戸川乱歩の少年探偵団を読むようになり、捕物帖まで読むようになってしまいます。

 こんな毎日が、1年くらい続くと、不思議なことに何も言われなくても勉強をはじめてしまうようになります。誰に命令されなくても宿題をはじめるようになるのです。で、学校の成績もあがってくる。そうなると、ますます親にほめられるし、先生にもほめられる。

 ここで4つのスイッチについて思い出してみましょう。

1.子供は競争したがる
2.子供は真似したがる
3.子供はちょっとだけ難しいことをしたがる
4.子供は認めたがられる


 これらの4つのスイッチの中で一番重要なのは、2番の「子供は真似したがる」ということではないでしょうか? 今にして思えば、小学校教師だった私の母親は、それを本能的に知っていたんだと思いますね。

 子供は、親の真似をしたがるのです。
 ほっておいたら親の真似をする。
 それが子供の本質なんだと思います。

 そういう生き物に勉強部屋を与えて「勉強しなさい」と言っても効果があるわけがない。ましてや、親がテレビをみていたら勉強なんかするわけがない。小学生にとって勉強部屋は、むしろ害毒の方が大きいような気がします。子供は真似したがる。そんな生き物を監獄のようなところに閉じ込めては、真似のしようがないですよ。

 思い返しても母が偉かったなあと思うことは、勉強しろとは言わなかったことですね。その代わりに静かに一緒にいることを強制した。勉強しろという代わりに、大人としての手本を見せ続けた。真似をさせ続けた。それが凄かったと思います。

 おまけに4番の「子供は認めたがられる」という性質を利用して、採点を手伝わせて、お駄賃を支給したり、3番の「子供はちょっとだけ難しいことをしたがる」という性質を利用して、難しいけれどルビが振ってあって子供にも読める本を次々と買ってくれたりした。ふり返って思い出せば、うまいこと教育されたなあと思ってしまう。

つづく。

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posted by マネージャー at 13:14| Comment(2) | 教育問題を考えてみる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする