2009年10月16日

トムラウシ山遭難事故から 上高地−北アルプスの現状1

上高地−北アルプスの現状1

 先日、上高地と北アルプスの現状を視察してきました。

 実は、毎年、10月の連休後に上高地−北アルプスの現状を視察に行ってます。理由は、紅葉がピークになるという個人的な理由の他に、1年間の上高地と北アルプスの現状の総括を、タクシーの運転者や山小屋の人から聞き出すことができるからです。だからタクシーを使って上高地に泊まり、一番繁盛している山小屋に泊まっています。

 また、上高地−涸沢といった代表的なルートを歩くことに寄って、登山層の確認や、登山客の登山スタイル、ツアー会社の状況、また、そのガイドのレベルの確認。そして各山岳会の1年間の状況を確認できるからです。

 というのも、ほとんどの山小屋は、10月末から11月3日の間に営業を終了するからです。実際、10月連休が終わると涸沢ヒュッテの売店は終了します。そして11月4日を最後に上高地のホテルさえも営業を終了します。最長でも、帝国ホテルの11月8日までです。

 だから10月15日頃になると、どの山小屋も、店じまいをはじめていますから、上高地を中心とした北アルプスの1年間の状況を確認できるのですね。

 あと、この時期は、山小屋の人が、暇になっているために各小屋から涸沢(それも涸沢ヒュッテ)に遊びに来ている人が多いことも魅力です。労せず北アルプス各地の情報を収集できるからです。彼らは、涸沢ヒュツテの食堂や談話室で、いろんな山の話題で盛り上がります。ここで情報収集するのも、ガイドツアーをやっている宿マネージャーにとっては、重要な仕事です。


 もちろん自分の体力低下・能力低下も把握できます。
 というのは、毎年、同じルートを歩くことによって、
 体力・健康状態・登山能力をチェックできるからです。

 あと、この機会に、いろんなサプリメントや
 縦走用登山道具の使い勝手も調べられます。
 なにせ、宿では、日帰り登山しかやってませんからね。


 ところで、今年は、トムラウシ山遭難事故がおきたこともあって、上高地−涸沢から、できることなら穂高まで行く予定をたてました。そして、この目で最新情報を掴みにいったのですが、昨年に比べて著しい違いは、何であったかと言いますと、
ガイドツアー客の増加
です。

 私は、てっきりトムラウシ山遭難事故の影響でガイドツアー客は減っているかと思っていましたが、でしたね。かえって増えていました。トムラウシ山遭難事故で、ますます不安になった御客様は、ますます慎重になりガイドツアーに参加するようになったとしか思えません。

 しかし、みてて、あぶなかしかったですねえ。
 30人の団体にガイド2人。
 これじゃ、あきらかに参加者の疲労が大きくなります。
 いや、それ以前に、何かあっても、ガイドには何もできません。
 参加者の自己責任が原則となりますが、
 参加者たちは、分かっているのかなあ?
 山小屋にも団体客が、いっぱい泊まっていましたね。

つづく。

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posted by マネージャー at 23:59| Comment(2) | 上高地・北アルプス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月17日

上高地−北アルプスの現状2

上高地−北アルプスの現状2

 先日、上高地と北アルプスの現状を視察してきました。
 つづきです。

 上高地には、マイカーは入れません。なので、沢渡(さわんど)の駐車場に車を止め、バスかタクシーに乗って上高地に向かうしかないのですが、今回は、調査を兼ねているので、タクシーを使いました。タクシーの運転手は、情報をふんだんにもっているからです。今年の客層・今年の天候・今年の登山客の特徴・今年の紅葉などを聞き出します。そして、最後に、こんなビックリが。

「最近、驚いたことはありますか?」
「群馬に沢渡温泉(さわたりおんせん)というのがありますよね」
「はい、草津の近くにあります」
「そこから、こんな電話がありました。カーナビに沢渡(さわんど)を入力したら、群馬の沢渡温泉(さわたりおんせん)に着いちゃったというんです。だから予約した時間に、タクシー会社に来れないというんです」
「はあ?」

 これ、ネタじゃないんです。
 本当にあったことらしいんです。


 上高地(長野県)の沢渡(さわんど)に行こうとして、
 カーナビの指示とうりに行ったら、
 群馬の沢渡温泉(さわたりおんせん)に着いたらしい。
 信じがたいですが、本当に、そういう大ボケがいたらしい。
(つくってませんからね)

 だいたい、上高地(長野県)の沢渡(さわんど)
 群馬の沢渡温泉(さわたりおんせん)じゃ、方角が違う。
 県も違う。
 使用道路も違う。
 間違えようがないでしょう。
 でも、間違えた人がいたんだな。

「そういう人が、いてもいいじゃないですか?」
「ええ、いいと思いますよ。笑えますから。でもね、そういう人が山に登るって....orz」
「・・・・・」

 どうやら、事の本質に気がついたらしく、青ざめている。

 もっとも、うちの嫁さんも、嫁さんの姉貴も、同じようなもので、学生時代に姉妹で小笠原諸島に行こうとして、瀬戸内海の真鍋島に着いたわけですから、似たようなものかもしれない。

 何で小笠原諸島に行こうとして、
 瀬戸内海の真鍋島に着くのか
 さっぱし分からない。


 結婚するまで分からなかった。
 宿を始めるまで分からなかった。
 だって、港も違えば、乗る電車も違う。
 瀬戸内海と、小笠原は、間違えようがないでしょ。

 しかし、結婚して、一緒に宿をはじめて真相が分かって、愕然としたわけです。世の中には、想像を絶する方向音痴がいる事実に。で、1ヶ月間、御客さまをとるのを控えて、ひたすらドライブさせました。適当なところに出かけ、自宅に戻る訓練からはじめたのです。でないと、御客さまに、宿のある場所を説明できないですからね。

 おっと、そんなことは、どうでも、いいことでした。
 上高地の話です。

つづく。

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群馬沢渡(さわたり)温泉
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posted by マネージャー at 23:21| Comment(6) | 上高地・北アルプス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月19日

上高地−北アルプスの現状3

上高地−北アルプスの現状3

 つづきです。

 上高地には、マイカーは入れません。なので、沢渡(さわんど)の駐車場に車を止め、バスかタクシーに乗って上高地に向かうしかないのですが、カーナビに沢渡(さわんど)を入力したら、群馬の沢渡温泉(さわたりおんせん)に着いちゃった人がいたらしい。

 だいたい、上高地(長野県)の沢渡(さわんど)と群馬の沢渡温泉(さわたりおんせん)じゃ、方角が違う。県も違う。使用道路も違う。間違えようがないでしょう。でも、間違えた人がいたんです。しかし、うちの嫁さんは、もっと凄い。小笠原諸島に行こうとして、瀬戸内海の真鍋島に着いたことがあった。

 世の中には、想像を絶する方向音痴がいるのです。
 しかしね、その想像を絶する方向音痴が、
 人気の山では道を間違えません。
 1本道で、登りと下りしかない。
 おまけに一列縦隊なので、人間が目印になります。
 だから想像を絶する方向音痴でも、道を間違えないのです。
 特に上高地のような人気スポットでは。

 ただね、そういう人気スポットでさえ、ガイドツアーに任せっきりにしている人たちもいます。いや、むしろ、そういう人たちの方が増えてきています。特に中高年の方には、ガイドツアーで百名山を達成しようとする人たちさえいます。
 これは、ちょっと危険な兆候です。
 いつまでたっても、登山レベルが上がらないからです。現に、99山をガイドツアーで達成し、100山目を自力登山して遭難したケースがあります。これは、99回、助手席に乗っていて、100回目になって初めて自分一人で運転して交通事故をおこすのと一緒です。99回、連れて行ってもらっても登山能力は、劇的には向上しません。読図能力・登山道発見能力は、やさしい山を一人で登らないと身につかないのですよ。


 まあ、それはともかくとして、
 1年ぶりにみた上高地は、美しかった。
 今年の紅葉は、不作でしたが、
 それでも美しいものは美しい。

 まずバスターミナルで、食料を買いました。バスターミナルだけは、値段が安いからです。それを即食べて、買ったところでゴミを返します。既にコンビニで買ってある保存食には、手をつけません。

 ちなみに、保存食の大半は、ゴミがでにくくて腐りにくい、魚肉ソーセージやチーカマだったりします。これらは、もとが肉なのでダイエットにも有効です。それにゼリータイプのアミノバイタルプロ。これがあると疲労を防げます

 昔は、カロリーメイトを使ったこともありましたが、不味いのと、水がないと食べにくいために今では、使いません。アルファー米やジフィーズを使ったこともありましたが、不味すぎるのと、料理の手間が面倒なこともあって、これも15年前から使っていません。魚肉ソーセージやチーカマやヨウカンなんかを主流に用意し、買えるなら山小屋で食料を調達しています。

 特に上高地は、山小屋が充実しているので、
 食料の大半は山小屋で補給することにしています。
 多くの山小屋で、ラーメン・カレーが、800円で食べられます。

 しかし、面白いもので、初心者ぽい山屋さんは、どういうわけか、ガスストーブで湯を沸かし、200円もするジフィーズのアルファー米に、300円もする不味いジフィーズのカレーを食べていたりする。別に悪くはありませんが、そういうものは、食事提供をしてない山小屋か、テント泊で使った方がいいです。横尾山荘や、涸沢あたりで、するのは無駄というものです。

 私なら涸沢ヒュッテの名物・おでんを食べますね。
 1つ百円ですから、値段はセブンイレブンと変わりないですよ。
 涸沢ヒュッテの名物・八百円のラーメンも美味しい。
 登山で汗をかき塩気が不足しているので、とても美味しい。
 徳沢園のビーフカレーも捨てがたい。
 大きな牛肉が入っていて、美味しいです。
 決してレトルトカレーがでてくることはありません。

 だから私は、こんなところで、レトルト品を食べません。
 そういうものは、できるだけ山奥で食べればいい。


つづく。

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posted by マネージャー at 09:16| Comment(2) | 上高地・北アルプス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月20日

上高地−北アルプスの現状4

上高地−北アルプスの現状4

 つづきです。

 上高地から明神池まで1時間。
 明神池で休息をとります。

 ここまでくると明神岳の迫力に圧倒されます。この奥に明神池があります。梓川の古い流路が明神岳からの崩落砂礫によってせきとめられてできた池で、明神岳からの伏流水が常に湧き出ているため透明度が高く、ここに明神岳が、鏡のように写っています。池畔には穂高神社奥宮が鎮座し、池は穂高神社の神域となっています。

 明神池の入口には、伝説の猟師上條嘉門次が建てた嘉門次小屋があります。明治13年に建てられた古い小屋です。上條嘉門次は、夏にイワナ、冬にカモシカ、クマなどを獲って生活していました。生涯でクマ80頭、カモシカ500頭は仕止めたと伝えられています。その行動範囲は、上高地から黒部渓谷まで足をのばしていたと言います。この嘉門次が、ウエストンを案内して、槍ヶ岳に登頂しています。地図の無かった時代です。経験と勘で山を案内しました。

 W・ウエストンは、嘉門次の知識、登山技術と人柄に敬服し、著書「日本アルプスの登山と探検」で「老練なる山岳人」と嘉門次をたたえています。また夫人をともなって再来日したW・ウエストン夫妻を、槍ヶ岳、穂高岳、焼岳、霞沢岳に案内しています。上高地を愛した嘉門次とウエストンの2人の親交は20余年におよび、友情の記念として贈られたピッケルが現在も残っています。嘉門次の碑もあります。本格的な山屋は、嘉門次の碑の前で、しばし頭を垂れます。明神池に行ったら、ぜひ、みてきてください。それから嘉門次小屋のイワナ。これも一度は食べておきたい一品です。嘉門次小屋に入ると、囲炉裏でイワナを焼いています。


 さらに明神池から徳沢園まで1時間。
 ここでも休息をとります。

 アルピニスト憧れの山岳小説「氷壁」の舞台となった宿が、ここにあります。徳沢園です。「氷壁」は、井上靖の山岳小説です。といっても昭和30年に実際に起きたナイロンザイル切断事件実話をモデルにしてあります。のちに倉本聰の脚本でテレビドラマにもなっています。その舞台が徳沢園なのですが、実は、この徳沢園、昔はユースホステルだったのですね。ちなみに、徳沢園のビーフカレーは、美味しいので、一度はたべておきたいものです。


 さらに徳沢園から横尾まで1時間。
 ここでも休息をとります。

 実は、この横尾は、山屋のあつまる場所です。というより、山小屋関係者がワンサカいるところなんですね。秋の連休の終わった頃、地味な格好の若い女性が一人でいたら、山屋関係者の可能性があります。髪を後に束ねているか、さっぱりしたショートヘアで、独特のオーラを発散していますが、荷物は40リットルくらいの小ぶりです。たいていは、コインランドリーのある上高地温泉に向かいます。


 さて、この横尾で休憩していると、面白い光景がみられます。30人から40人くらいの団体様が、ツアーガイドに連れられてやってくる姿です。で、ガイドさんは、出席簿のようなものをもっていて、30人から40人くらいの名前を呼ぶのです。「こりゃダメだ」と思いましたね。

 どうして隊を10人以下に分けないのかと。
 そして、横尾に来るまでの3時間の間に
 名前と顔を覚えないのかと!

 まだ、アップダウンは無いのですから、3時間の間に全員を把握しなければダメでしょう。逆に言うと、上高地からの登山は、登り始めるまで3時間もかかりますから初対面でも参加者のキャラ・体調を把握するのに充分な時間があります。10人なら3時間あれば、あるていど把握できます。それをしないのは、ガイドの数が少ないからでしょう。

つづく。

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posted by マネージャー at 20:49| Comment(0) | 上高地・北アルプス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月24日

上高地−北アルプスの現状5

上高地−北アルプスの現状5

文章ばかりでは、芸が無いので、今回は写真をアップします。
まず、上高地の中心、河童橋から見た穂高です。
芥川龍之介の『河童』で有名になりました。
この川の、どこかに河童の国があるのです。

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河童はいますかね?

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焼岳です。
河童は?

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穂高のアップです。
この山には、30回以上登っています。
西穂高縦走もやっています。

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ここなら河童がいるだろうか?
明神です。

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これは明神小屋。
奥にカモンジ小屋があります。
そして美しい明神岳。


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つづく。

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posted by マネージャー at 17:26| Comment(4) | 上高地・北アルプス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月25日

上高地−北アルプスの現状6

上高地−北アルプスの現状6

上高地から横尾までの道は、さかんに工事を行っています。
そのために川原に仮設道路ができてたりします。
私たちは、この仮設道路を通って横尾に向かいました。
写真の真ん中に写っているのが私です。

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そして対岸には明神岳や穂高が迫っています。

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その美しい山容は、湖沼にも写ったりします。

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途中、道ばたに動物の糞が、
それも赤い糞がたくさん落ちていました。
しかも、草むらではなく岩の上にある。
それも消化されない赤い実が。

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 不思議に思ったので、糞を、じっくり観察してみましたらイチイの実(タネ)でした。これには驚きました。イチイのタネは毒だからです。その毒を消化せずに糞として出す。つまりタネを噛み砕かずに食べて糞として出せる野生動物は、
ニホンザル
しかいません。

で、周囲をみたら、いるわいるわ・・・。
あちこちにニホンサルが。

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もちろんイチイの木もたくさんあるので、
イチイの木を見上げると、やはりいました。

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せっせと、イチイの実を食べています。
小猿もいっぱいいて、
群れでターザンのように実を食べています。


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しかし、これは自然に詳しくないと、
見落としそうな光景です。

というのも、登山客の大半は、この光景に気がつかずに通り過ぎてしまうからです。おそらく周りの景色が綺麗なので、野生動物まで気が回らないのか、それとも山登りに夢中で気がつかないのでしょうね。まあ、分かります。私も若い頃は、そうでしたから。

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つづく。

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2009年10月28日

上高地−北アルプスの現状7

上高地−北アルプスの現状7

私たちは、横尾山荘から涸沢方面に向かいました。
この写真は、横尾の吊り橋から撮ったものです。

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途中、きれいな紅葉が見られましたが、
今年は不作であるとのこと。

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屏風岩です。昔は、大勢のロッククライマーがチャレンジしていましたが、今じゃ誰も登る人はいません。登山は若者のスポーツではなく、中高年の趣味の場所になっています。時代を感じさせますね。

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しかし、決して若者がいないのではなく、
若者さえも、中高年に混じって団体ツアーに参加しています。
その費用は、目が飛び出るような金額なのです。

若者よ、それでいいのか?

ユースホステルに来なさいよ!
北軽井沢ブルーベリーYGHに!
(実費と保険意外は)無料だぞ!


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で、かれこれ登ること1時間半。
日本で9番目に高い北穂高が見えてきます。
ゆとりがあったら、あそこまで行きたいのだが。

無理でも涸沢岳にまでたどりつきたい!

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ガ、ガーン!
orz。

雪が積もっている。
アイゼンもってこなかった。
今回は、3級障害者が同行しているので北穂高は断念。
なにせ股関節の動かない人が一緒にいるので。

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で、涸沢ヒュッテに到着。
チェックインして、のんびりすることにする。

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テント場をみると、驚くべき事にテント宿泊者が皆無。
若者は、いったいどこに行ってしまったのだろう?
20年前なら、びっしりテントが並んでいました。

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つづく。

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posted by マネージャー at 22:33| Comment(0) | 上高地・北アルプス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月29日

上高地−北アルプスの現状8

上高地−北アルプスの現状8

涸沢ヒュッテについて最初に食べたのが、これ!
ラーメン800円。昼飯です。

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実は、山小屋で800円で食べられるのは、かなり安いです。
なぜならば、山小屋の夕食は、2000円以上するからです。
ところが涸沢ヒュッテでの売店では、
ラーメンもカレーも800円。
おでんも100円。格安です。


夕食も、カレーにしようと思ったのですが、
店じまいのために、食事ができないというので、
小屋で2000円の夕食をたのむことにしました。

実は、レトルトは持っていたのですが、
歳をとると贅沢になってしまってて、
こんな山の中で生野菜を食べたくなっていました。



店じまいのために行き交うヘリコプター。
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涸沢ヒュッテの売店です。
ここで、カレー・ラーメン・おでんが食べられる。
山では、塩分の多いカレー・ラーメン・おでんが、美味しい。
下界で食べる御馳走は、山では御馳走にならないのだ。
特に寒い秋は、ラーメンが美味しい。
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で、これが山小屋の食事。

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このとうり生野菜たっぷり。
トマトも大きめのやつが4分の1でてきます。
御飯・味噌汁は、何杯でもお代わりできます。
ハンバーグが小さく見えますが、実際は大きい。
というか、魚のフライが巨大すぎる。

で、ここで驚いたことが一つ。
食堂に入る順番が、部屋ごとではなく、
団体さんごとになっていた。
山小屋に多数の団体さんがいたようでした。


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食後は、星空を眺め、談話室に行き、この時期に集まってくる、オフを楽しむ山小屋関係者と山情報を交換しあいました。

 前にも書きましたが、この時期は、山小屋の人が、暇になっているために各小屋から涸沢に遊びに来ている人が多いのですね。彼らは、涸沢ヒュツテの食堂や談話室で、いろんな山の話題で盛り上がります。ここで情報収集するのも、ガイドツアーをやっている宿マネージャーにとっては、重要な仕事なのですよ。

 もちろん、こっちがユースホステルのマネージャーであることは、伏せてありますが、なんかニオイで正体がばれそうになるみたいで、そのつどトイレに行くふりをして逃げ切りました。この時の話題については、別の機会に述べようかと思います。

 で、翌日。

 まちに待ったモルゲンロート!

 涸沢のモルゲンロートは、世界一美しいことで有名ですが、
 これが、そのモルゲンロート。
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 で、終わったところ。
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 紅葉に霜がおりていました。
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 朝日の方向に大天井が。
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つづく。

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posted by マネージャー at 03:40| Comment(8) | 上高地・北アルプス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月30日

上高地−北アルプスの現状9

上高地−北アルプスの現状9

今回のメンバー。
右が嫁さん。左が新婚ほやほやの武馬さん。
ラッコが、三重県まで出かけて、お茶にさそったら
なんと、その日が結婚式だったという。

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この女性たちは、寒がり。

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けっこう急な登り(標高差800)なのに、ダウンやフリースを着ている。
信じられない。
私は、もちろんtシャツ1枚で、しかも汗だく。

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あんまり寒がるので、私のフリースをかしてやると、
ネズミ男になってしまった。

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ここが、ラーメンなどが食べられる売店。
山小屋にしては、けっこう安い。

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夕食(2000円)のおかず。プレートが、かなりでかいので、おかずが小さく見えますが、実際には、量は多いです。磯辺餅・シューマイ・大葉・トマト(大きい)まで使われていますね。

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朝食(1200円)も、まあまあ。

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これは徳沢園の食堂。

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カレーが美味しい。

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つづく。

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posted by マネージャー at 01:39| Comment(3) | 上高地・北アルプス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月15日

片手(五十肩)だけで北アルプス縦走してみた1

片手(五十肩)のハンデで北アルプス縦走してみた1

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 実は私は、毎年、10月連休後に、北アルプスに登って北アルプスの現状を調査し、最近の山情報を仕入れています。なぜ10月連休後かと言いますと、一年で最も晴天率の高い日だからです。10月10日の体育の日は、一年を通して晴れの多い時期とされ、10月10日にオリンピックの開会式が行われたのも、この時期の気候が考慮されてのことです。ですから、この連休の後も晴れが多いのですね。ただし、北アルプスは微妙な時期で、初冠雪で真っ白になることもおおく、多くの山小屋が10月中旬に店じまいするのも、この時期でもあります。


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 そんなことは、どうでも良いとして、今年も北軽井沢ブルーベリーYGHは、4日間の休館日を設定し、夫婦で北アルプスに向かうことにしたのですが、最悪なことに私は五十肩になってしまっていました。

 五十肩とは、腕が上がらなくなる病気で、物が持てなくなります。着替えも一人では出来ないし、ザックを背負うことも難しくなる。もちろんハシゴの上り下りにも困るし、ロープや鎖を持つことなどもってのほかです。ストックだって使えなくなってしまう。

 よーするに岩場を歩けなくなる。

 で、北アルプスといえば『岩場』が代名詞のような所です。
 どの山も岩場無しに登れる山はありません。
 つまり五十肩の人間が登れる山ではないのです。

 しかし、私は過去に、そういう山に、老人・義足の人・初心者・高所恐怖症の人を連れて行ったことがあるのです。絶対に無理だと言われている人たちを、難かしい山に登らせたことがある。で、考えてみました。

 五十肩になってしまった。
 そして左腕が使えない。
 つまり今の私には、ハンデがある。
 そのハンデを背負った今こそ北アルプス縦走に登ってみるべきではないかと。

 私は過去にハンデをもった人を何人も連れて行った。
 その時は
「大丈夫だよ」
と言って連れ出していたわけですが、私に騙されて連れられていった人の気持ちは、本当のところ分からなかった可能性がある。それを知り得るチャンスは、五十肩で片手が使えない今しかないのですね。そう思うと、どうしてもチャレンジしてみたくなりました。ハンデをもつ人の気持ちを実感したいと。


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(左の彼女も、片足が不自由なのですが、気軽に連れて行ってました)
(でも、どういうふうに大変かは、本当のところ実感できてなかった可能性があった)

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 いつもの年なら涸沢ヒュッテに泊まって休暇で四方から集まってくる山小屋スタッフたちから最新情報を仕入れるのですが、今年は、それを断念し、片手(五十肩)のハンデで北アルプス縦走してみることにしました。候補のルートは、3つ。

1.奥穂高岳から西穂高岳の縦走ルート ★★★★★
2.槍ヶ岳・大キレット・北穂高岳のルート ★★★★
3.北穂高岳・奥穂高岳・前穂高のルート ★★★

 この中で1番のルートが一番魅力なのですが、テント泊になってしまう。これは止めました。やはり宿を経営している者としては、山小屋にも泊まってみたい。そして色々と勉強させてもらいたいからです。そうなると、2番か3番のルートになりますが、天候によってどちらをとるか現場で判断して出発することにしました。

 10月11日の連休最終日。
 御客様を全員送り出して、
 大急ぎで部屋掃除をし、
 荷造りをし、準備完了したのが、夜の19時。
 水をとめ、火の元をとめ、出発したのが19時30分頃です。


つづく

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2010年10月16日

片手(五十肩)だけで北アルプス縦走してみた2

片手(五十肩)のハンデで北アルプス縦走してみた2


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 10月11日の連休最終日。御客様を全員送り出して、大急ぎで部屋掃除をし、荷造りをし、準備完了したのが、夜の19時。水をとめ、火の元をとめ、出発したのが19時30分頃です。途中、ラーメン屋で寄り道して夕食をとり、新島々のコンビニで食料を登山用の非常食を調達しました。

 といっても買ったものは、スニッカーズ2本と、チーカマを2袋と、チョコレートを1箱と、非常食(カロリーメイト)のみ。2泊3日(プラス予備日1日)の食料としては、かなり少ないのですが、実は、これにはわけがあります。朝夕の食事を全部、山小屋でとるためです。宿屋としては、山小屋の食事に非常に興味があったのですね。

 あと、もう一つ。
 今回、ある実験を計画しました。
 それは、昼飯のかわりに大量のサプリメントを食べる実験です。 


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 具体的に言うと、
 アミノバイタルゼリーを1日に4個。
 アミノバイタルウォーターを1日に3本。
 ミネラルビタミン剤を1日必要量の2倍。
 これを飲食しながら15s装備の北アルプス登山をする実験です。

 アミノバイタルゼリーを食べると、昼食がいらなくなります。空腹感が無くなるのです。そのうえ喉も渇かない。汗も少な目になります。それは、二十年前から登山者の間で知られていたことで、今さら目新しいことではないのですが、アミノバイタルプロを1日に4個。アミノバイタルウォーターを1日に3本。合計18000ミリグラムもの大量に補給し、各種のサプリメントも携行し、倍のビタミン&ミネラルを補給したら登山に、どのような影響が出るかを調査したいと思ったからです。一種の人体実験ですね。


 その実験結果は、後述するとして、沢渡手前にある道の駅『風穴の里』に辿り着いたのが23時頃。
 ここで車の中で5時間の仮眠をとりました。


http://www.ktr.mlit.go.jp/honkyoku/road/eki/station/nagano_fuuketsu/index.html
(道の駅『風穴の里』)


 そして翌朝、5時に起床。5時30分に沢渡駐車場に車をとめて、6時のバスに乗って上高地バスターミナルに到着したのが6時30分。トイレをすまし、登山届をだし、保険手続きを行い、天気予報を確認し、パッキングをなおして、出発したのが朝7時でした。今日の宿泊予定地は、槍ヶ岳のそばの殺生ヒュッテ。または、北穂高岳山荘。どちらを選択してもコースタイムは、9時間になります。食事や休憩をプラスしたら11時間は必要です。

 しかし、朝7時出発だと夕方18時到着になってしまうので、それは登山界では掟破りです。日没後の到着は、タブーなのです。山小屋によっては、小屋の主人が雷を落とします。ふつーに怒鳴ります。山小屋は、ペンションや旅館とは違うのです。掟を破ったら怒鳴られるのが普通なのです。日没後のチェックインは絶対にできない。

 となるとコースタイムを速くするしかない。

 しかし、速く登るには、荷物を軽くしなければならない。で、考えたことは、食事をふくめ山小屋で買えるものは全て山小屋で調達し、食料も持参するものはアミノバイタルとサプリメントに限定し、昼飯は小屋で食べることにしました。そして、荷物を徹底的に軽量化し、嫁さんにダウンジャケットなどの軽いものをもたせ、私が重い物を全て持つことにしました。そして、1時間おきにアミノバイタルと他のサプリメント補給し、疲労を最低におさえることにしたのです。


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 そんなにアミノ酸をとって大丈夫か?と思われるかもしれませんが、成人男性の蛋白質の一日必要量は、体重1kgあたり1.5gのタンパク質が必要だと言われています。私は85sなので、127.5グラムのタンパク質が必要なのですが、アミノバイタルをジャンジャン飲んでも一日20グラム以下にしかなりません。

 しかも、山小屋の食事に高タンパクなものを期待できるわけもなく、そんな調子で縦走を続けていても、タコの共食いのように自分の筋肉を食いながら歩くようになります。

 つまりアミノ酸が足りなくなると、自分の筋肉を分解することによって補充されるため、アミノ酸を十分にとらないと筋肉が逆に萎縮してしまうことがあるのです。その結果、足が痛くなって歩行速度が遅くなるのですね。

 あと新陳代謝に支障が出てきます。つまり体調が維持できなくなります。また、免疫の正体はタンパク質であるから当然免疫機能が落ちます。また、活性酸素に対抗して老化を防ぐ役目を負ったタンパク質も作れなくなって当然老化も早まります。だからこそアミノバイタルなのです。

「それなら、高価なアミノバイタルではなく、もっと安い魚肉ソーセージやチーズで代用した方が良いではないか?」

 おっしゃることは分かります。私もそう思って、高価なアミノバイタルのかわりに、ゆで卵で代用したこともあったのですが、やはり駄目でした。どういうわけか不思議なことに、ゆで卵やソーセージが、アミノバイタルのかわりにならないのです。アミノバイタルの代わりになるのは、バームくらいです。



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 話しが、それました。
 まず、朝7時12分に河童橋に到着。
 ここは、上高地の象徴でもあります。

 三千メートルの偉容を誇る西穂高岳、奥穂高岳、前穂高岳、明神岳、焼岳が見えます。河童橋の名の由来は、昔ここに河童がすみそうな深い淵があったためだと言われています。芥川龍之介が1927年(昭和2年)に総合雑誌『改造』誌上に発表した小説である「河童」は、この河童橋が舞台となっています。


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 上高地を涸沢や槍沢方面に歩いていく途中、梓川の上にそそり立つ山があります。これが明神岳です。五十肩でなければ、チャレンジしたい山の一つなのですが、今回は、我慢してとおりすぎました。


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 井上靖の「氷壁」の舞台になった前穂高岳。
 その前穂高岳を望む徳沢キャンプ場のすぐとなりに徳澤園があります。
 これです。


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 小説「氷壁」は、昭和31年に朝日新聞で連載が始まり登山ブームが起きる。
 そして上高地は空前の賑わいになりました。
 井上靖氏は、登山ブームの火付け役であり、徳澤園は、いわゆる聖地なのです。
 そして、ここは、もともとは、ユースホステルでもありました。
 つまり、ユースホステルのホステラーたちが、登山ブームの後押しをしたのです。


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 前穂高です。
 小説「氷壁」の舞台でもあります。



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 これは屏風岩。
 アルパインクライマーが憧れる穂高屏風岩です。
 夏になると大勢のチャレンジャーが攻略を行い、
 そして敗退していきます。
 さすがに、この時期には挑戦する人はいませんでした。


 そして横尾到着が、朝9時30分。
 ここまでで2時間30分。
 アミノバイタルのおかげで全く疲れなし。
 というより景色が美しすぎて、写真を撮るのに忙しくて早く歩けなかった。


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 私は、ここで、一つの決断をしました。
 槍ヶ岳の殺生ヒュッテに行くのを断念。
 今日の目標を、北穂高小屋にしました。

 コースタイムは、どちらも9時間ですが、北穂高小屋の方が急登なので、コースタイムを縮められると判断したからです。しかし、これはとんでもない誤算であることを後で思い知らされます。北穂高小屋に行くと言うことは、涸沢を通過することになりますが、この涸沢の景色があまりにも美しすぎるため、写真撮影で立ち止まってばかりになり、なかなか前へ進めないからです。


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 これには参った。


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 こう書くと
「写真なんか撮らなければいいのに」
と、思われるかもしれませんが、
こんな景色を見させられたら、
例え親が危篤でも立ち止まってしまうのではないでしょうか?


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 論より証拠。
 涸沢の写真の数々をみてください。
 この世のものとは思えない美しい姿に、
 誰もがうっとりするはずです。


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 景色に見とれてしまい、少しも前進できず、
 グズグズしながら12時20分に、やっと涸沢小屋に到着。
 ここで食事とトイレにしました。

 で、やっぱり、いました。
 山ガールたちと、アミューズなどの団体さんが。 

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つづく

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2010年10月17日

片手(五十肩)だけで北アルプス縦走してみた3

片手(五十肩)だけで北アルプス縦走してみた3


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 そして横尾到着が、朝9時30分。私は、ここで、一つの決断をしました。槍ヶ岳の殺生ヒュッテに行くのを断念。今日の目標を、北穂高小屋にしました。

 コースタイムは、どちらも9時間ですが、北穂高小屋の方が急登なので、コースタイムを縮められると判断したからです。しかし、これはとんでもない誤算であることを後で思い知らされます。北穂高小屋に行くと言うことは、涸沢を通過することになりますが、この涸沢の景色があまりにも美しすぎるため、写真撮影で立ち止まってばかりになり、なかなか前へ進めないからです。

 こう書くと「写真なんか撮らなければいいのに」と、思われるかもしれませんが、こんな景色を見させられたら、例え親が危篤でも立ち止まってしまうのではないでしょうか? 景色に見とれてしまい、少しも前進できず、グズグズしながら12時20分に涸沢小屋に到着。ここで食事とトイレにしました。

 で、やっぱり、いました。
 山ガールたちと、アミューズなどの団体さんが。 


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 しかし、私が会いたかったのは、休暇中の山小屋関係者。しかし、それらしき人はいません。彼らは、みんな涸沢ヒュッテの方に泊まるからです。だから涸沢小屋には、アミューズの人たちしか見えなかった。だからちょっと残念でしたが、私たちは、あこがれの北穂高小屋に泊まる予定なので、問題なし。

 北穂高小屋は、山屋のあこがれ。
 なぜならば、北アルプスで一番標高の高い山小屋であり、
 北穂高の山頂イコール北穂高小屋だからです。
 つまり、北穂高小屋に寝るということは、
 北穂高の山頂に寝るようなもの。
 そして、ここでみる槍ヶ岳と奥穂高は、日本で一番美しいのです。
 おまけに眼下に美しい涸沢&横尾本谷が見える。

 なのに、今まで私は泊まれなかった。というか、泊まることが不可能だった。山岳会でも、『風のたより』という旅グループでも、この北穂高小屋だけは宿泊対象から外さざるをえなかった。それは、定員が少ないからです。混雑期に二十人ものの団体さんを連れて泊まることなど絶対に無理な山小屋でした。しかし、今回は夫婦2人なので遠慮無く泊まれます。


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 涸沢小屋で昼食とトイレを終えて13時。
 私たちは、北穂高に向けて出発しました。
 涸沢から北穂高までの一般的なコースタイムは、3時間。
 16時までには北穂高小屋にチェックインできる計算になります。 


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 ちなみに13時という時間は、山小屋ではチェックインタイムになります。この時期の日没は17時頃であり、夕食は17事30分頃になりますから、15時頃までにチェックインするのが山小屋の常識ですし、遅くとも16時半頃までにチェックインしなければ、小屋の人に嫌な顔をされます。場合によってはチェックインを待たされる可能性もあります。


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 私は、荷物を背負ってなければ、一般的なコースタイムの半分くらいで登れる人間です。今回は、13s装備なので、さすがにそれは無理ですが、それでも一般的なコースタイムより、3割くらい早く登れます。しかし、それは岩場がなければの話しであって、五十肩だと、そうはいきません。

 上高地から涸沢までは、岩場はゼロでした。
 だから一般的なコースタイムより、3割くらい早く到着していました。
 ところが涸沢から北穂高のコースには岩場があった。
 その岩場を登ろうとすると五十肩によって

「痛っ!」

 何度うずくまったことだろうか?

 五十肩になると、手が肩より上にあがりません。
 五十肩になると、手に体重をかけられません。
 五十肩になると、重い物をひっぱることができません。


 もし、無理に手をつかうと
 肩に激痛がはしり
 5分くらいうずくまってしまう。
 これは岩場では、非常な危険な行為です。

 それは分かっているのですが、つい手を使ってしまう。
 そして「痛っ!」とうずくまる。


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 こんな痛い目に何度かあうことによって、
 なんとか片手だけで岩登りできるようになってきました。
 
 すると
「なんで、こんな簡単なことができないんだ」
という思いをし愕然とするのです。

 たかだか片手が使えないだけなのに、
 山の岩場では、致命的なハンデとなる。
 とっても簡単な作業が、いっさい出来ない。

 悔しい。
 とても悔しい。
 こんなことで恐怖の大キレットを通過できるのだろうか?


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 私は岩場を這いつくばって、ソロリソロリと登りながら、
 片手を使えない恐怖を何度も味わっていました。
 耳にこんな言葉が聞こえてきそうだ。

「そんなんで、よくハンデのある人を山に連れて行ったな」

 だから断念するわけにはいかなかった。
 絶対に登りきって、五十肩でも
 北穂高から槍ヶ岳までいけることを証明しないと。


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(眼下に見える涸沢ヒュッテ)

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(前穂高の勇姿)


 美しい紅葉は、涸沢の岸壁を艶やかにかざり、
 その赤い屏風図が、五十肩の私に何かささやいてきます。

『その先には、もっと美しいものが待ってるよ』

 涸沢の紅葉たちが、私を励ましてくれているような気がしました。


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 そして3時間後。
 16時に北穂高到着。
 ちょうどコースタイムどうりの時刻に北穂高登頂成功。


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(今回は35リットルのザック。超最低限の荷物しか入ってない。徹底した軽量化を行った)


 そして、北穂高小屋にチェックイン。


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 うわさどうり北穂高小屋は、小さかった。
 でも、人数が少ないために個室をもらいました。
 これは有りがたかった。
 あと、小さいために登山者どうしが、フレンドリーになりやすい。
 ユースホステルのように見知らぬ同志が仲良く語りあう。
 その光景が、また良かった。


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 そして、日没。
 素晴らしい夕焼けでした。


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 赤く染まる槍ヶ岳。
 明日、あそこに行こうと、固く決意しました。
 ただし、そのためには五十肩で、大キレットを通過しなければならない。


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(五十肩には、ちょっと怖い大キレット)


そして、17時40分。
小屋の夕飯。
うわさどうり美味しかった。

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豚のしょうが焼きが2枚も。これはありがたい。
味噌汁は甘かった。
醤油も甘かった。
きっと塩分が不足しているからだと思い、味噌汁は2杯おかわりしました。
お茶もガブガブ3杯飲み、御飯も大盛りで二杯おかわりしました。


この後、寒さに震えながら、すぐに仮眠したのですが、
2時間後に目覚めて、念のためにトイレにいってみたら、
小便がでない。
味噌汁は2杯おかわりし、お茶も御飯茶碗で3杯飲んだのに小便がでない。

「食事の水分は、全て体内に吸収されてしまったのか?」

私は、上高地から北穂高小屋までの9時間の間に、
5本のアミノバイタルウォーターと3本のアミノバイタルゼリーを飲んでいます。
3リットルの水分を補給し、
そのうえ汗も全くかいてないのに、
水分が足りなかったとは.....

意外も意外。超意外!



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 そして、もう一つ意外だったのは、食事前に寒気が襲ってきていたのに、食後に2時間の仮眠をとった後には、暑さで目が覚めてしまったということです。
(嫁さんも同様でした)

 これは、エネルギーが足りなかったか、アミノ酸が足りなくて免疫機能が落ちたかのどっちかです。これも、また今回の実験で証明されていまったわけですが、私の食事計算だと今日一日で2500カロリーをとっている。これでもカロリーが足りなかったわけです。もしくはアミノ酸が足りなくて免疫機能が落ちてる可能性もある。念のためにさらにアミノバイタルゼリーを補給し、チーカマを食べました。

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 さて、万歩計をみてみたら、その日9時間の歩行数は、3万4086歩。移動距離は、20キロメートル。消費カロリーを計算したら、6500キロカロリーでした。やはり、4000キロカロリー不足していました。

 ちなみに、小浅間山の山頂までで、私の足で3000歩。湯の丸山で、5000歩です。上高地から北穂高まてが34000歩ということは、小浅間山を11回登った勘定になります。湯の丸山なら7回ですね。とすれば短期間にダイエットするには、北アルプスくらい適したところはないかもしれません。もし、その気になれば、10日間くらい山にこもれば、アッという間に痩せることが可能になりますね。

つづく

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2010年10月18日

片手(五十肩)だけで北アルプス縦走してみた4

片手(五十肩)だけで北アルプス縦走してみた4

 2010年10月13日、朝4時に目が覚め、出発の準備を行いました。朝食は5時20分。メニューは、目玉焼きとウインナーソーセージにキャベツの千切り。そして、味噌汁・御飯・漬け物・高野豆腐。御飯と味噌汁は、何杯もおかわりできます。ただし、食堂が狭いので山小屋のスタッフが、おかわりの御飯をよそってくれます。中には、3回も4回もおかわりする人がいます。私は、そんなめんどくさいのは嫌なので
「おかわり御願いします、大盛りで!」
と御願いしました。すると、てんこ盛りで返ってきました。それを2回繰り返して終了。味噌汁も2回おかわりしました。

 てなわけで、10分で食事を食べ終えて、外にでました。
 御来光をみるためです。
 日の出は、朝5時40分。
 食事に手間取っては見られません。


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 実は、山屋の間では、この北穂高小屋から見る御来光が最高なのことで有名です。槍ヶ岳を染めるモルゲンロートの美しさは、北穂高小屋でしか見られません。槍ヶ岳のそばにある槍ヶ岳肩の小屋から見た槍ヶ岳は、ここほど美しくないからです。むしろ殺生ヒュッテから見た槍ヶ岳のほうが美しいくらいで、やはり一番美しいのが北穂高小屋から見た槍ヶ岳なんですね。あと、涸沢・奥穂高のモルゲンロートも見られます。北アルプスで、一番贅沢な朝が味わえるのが北穂高小屋なのです。


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 その北穂高小屋を今まで私が使えなかったのは、十数年にわたって団体登山を行ってきたためです。二十人から四十人もの登山初心者を引き連れて山に登るとなると、北穂高小屋は最初から断念せざるをえませんでした。しかし、今回は、夫婦2人の登山であり連休後の閑散期なので北穂高小屋を使えたわけです。


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 で、素晴らしい御来光を拝めました。
 槍ヶ岳のモルゲンロート。

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 壮大な岩場。
 大キレットのモルゲンロート。
 今日は、この岩場を縦走し、槍ヶ岳まで行く予定です。


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 差し込む朝日。6時14分。
 素晴らしいですね。
 でも、本物はもっといい。


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 ちなみに、このブログの画像の名前は、全て撮影時間を名前にしてあります。「1013-06-14.jpg」という名前の画像なら10月13日6時14分です。画像の名前を調べることによってコースタイムが、詳しくわかります。で、6時55分に北穂高小屋を出発しました。これがその時の写真です。遠くに槍ヶ岳が見えてますね。


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 ちなみに北穂高小屋には、40人くらいの泊まり客がいましたが、このルートを通ったのは、私たちを含めて、たった4人だけでした。そして槍ヶ岳方面からすれ違った登山客は、6人でした。こんなに人に出会わない大キレットも珍しかったですね。おかげでマイペースに行動できたのはよかったですね。


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 さて、大キレットは、難所として有名な場所ですが、その難所の中でも一番の難所が『飛騨泣き』と言われている場所で、北穂高小屋から降りてすぐのところです。毎年、ここで数人が死んでいます。まず落石がおきやすい。そして、高度差100メートル以上のナイフリッジ。畳のヘリを歩くような際どいルート。二十年前に初心者5名を連れて、そこを通過したときは、さすがに『やばい』と思って、初心者たちにはザックを持たさずに通過させたくらいです。ここを五十肩の人間が、どうやって通過すべきか。


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 まず、ソロリソロリと這いつくばるように降りました。こんどばかりは
「痛っ!」
とうずくまると確実に死ぬので、どんなに痛くても仁王立ちしなければならない。しかし、五十肩の激痛は、数分間人間の活動を停止するので、慎重にも慎重を重ねて降りていきました。手に体重をかけたら終わりなので、足だけで降りるようにしましたが、大キレットの岩場は、手無しで降りられるようなレベルではありません。膝を使い、腰を深く落とすことによって、なんとか右手だけで降りるようにしました。

「なんで、こんな簡単なことができないんだ」
「なんで、こんな簡単なことができないんだ」
「なんで、こんな簡単なことができないんだ」
「なんで、こんな簡単なことができないんだ」

 五十肩でなければ、何でもない岩場が、すごい難所になっている。
 健康体なら何でもない岩場が、
 何の変哲もない岩場が、五十肩だと超難所として立ちはだかる。

「おちつけ、急がば回れだ! ゆっくりいこう!」

 こうなると頭脳戦です。
 岩と己の身体能力を計算するする。
 今日のコースタイムは、槍ヶ岳までのたったの7時間。
 だから慌てなくていい。
 ゆっくり、確実に、正確な計算を行って岩を降りよう。
 安易な下山は、死を招く。


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 で、問題の飛騨泣きに到着。
 そこは、本当なら腕を使わずには渡れない場所だった。
 五十肩には無理な場所だった。
 だから、北穂高小屋で深夜に渡り方をシュミレーションし、
 何時間もイメージトレーニングで瞑想した。

 しかし、

「ええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ」

 飛騨泣きの危険箇所には、安全な足場が作られていた。

「なーんじゃコレ!」

 拍子抜け。
 拍子抜けも、拍子抜け。
 と言っても、危険な岩場には違いないのですが、
 北穂高小屋で何時間もイメージトレーニングしたのは無駄だった?

 15年前、この大キレットに25名の初心者と足の不自由な青年を連れて通過したことがある。その時は、この危険箇所に私の足置いて、安全な足場にして自由な青年を通過させた。彼の荷物は私が背負った。20年前には、生まれて初めて山に登る女の子の手を取って通過させた。彼女の荷物は私が背負った。あの苦労は何だったのだ?

「アッ!」

 しかも飛騨泣きにゴミが捨てられていた。
 それも大量のゴミが。
 私は沸々と怒りが湧いてきましたね。

「いったい誰何じゃ!」

 後日、某山小屋で、大キレットにゴミが散乱していたことを訴えったら、

「北アルプスも国際化してきたんですよ」
「・・・・・・」

 そういう事かい!
 そういう国際化はいらんだろう。
 さらに、こんな事も言ってました。

「ガイド会社が増えて、マナーの悪い団体さんが増えたのも事実です。もちろん日本人とは限りません」

 なるほどなあ。
 どうりで珍しい字が印刷してあったゴミが捨ててあったわけだ。
 あえて国名は、明かしませんが、こういう人たちは、
 もう北アルプスに来ないでもらいたいですね。
 話しを戻します。


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 8時50分。飛騨泣きを通過して最低部に到着。


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 横尾本谷が美しい。
 いつか。ここを降りて屏風岩に行ってみたい。

 ちなみに私は、二十歳頃に山岳会で、この横尾本谷を登ったことがありますが、正直言って全く記憶がありません。やはり連れて行ってもらっては駄目で、自分で右往左往しながら通過しないと印象が薄くなるのでしょうね。


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 とんがってる岩山は、南岳小屋の山のピーク。
 ここを越えると南岳小屋があります。
 奥にあるなだらかな山が南岳。


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 こちらは北穂高。
 ここまでやってきました。
 9時24分頃です。


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 これが大キレットの稜線。
 こんなところを空中散歩してきました。
 両側の景色は最高です。


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 屏風岩です。
 さすがに美しいですね。


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 10時15分、南岳小屋に到着。
 予定より、大幅に遅れましたが、
 これは五十肩の激痛でびびって、守りに入った岩登りをしたためでしょう。
 (でも、ジャストコースタイムぴったりだった)


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 ゴミをヘリで運ぼうとしている。
 荷物に嬬恋村農協のキャベツが!
 嬬恋村のキャベツが、こんなところにも来るのかあ!
 てことは、山小屋の食事には、嬬恋村のキャベセンがでるんだなあ。
 感慨深いですねえ。


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 とにかく南岳小屋で食事を。
 今日の昼食は、アミノバイタルゼリーと、スニッカーズと各種サプリメント。


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 いろんな行動食を食べてきましたが、激しい縦走スニッカーズが一番だとというのが私の結論です。日帰りは別ですよ。私が行ってるのは2泊以上のケースです。理由は、携帯のしやすさと食べやすさです。しかも、たったの53グラムの重さで、260キロカロリー。タンパク質が4.6グラムもあります。これをおやつで食べようものなら、たちまちデブのできあがり。間違えても、下界では食べてはいけない食品ですが、山では、最高の行動食になります。

 逆に登山に向かないのが、カロリーメイト。こなっぽくて、水なしで食べにくくて、すぐに飽きてしまう。長所としては、バランスがとれているところが良いことは認めますが、これは他の錠剤サプリメントで代用すればいいわけだし、食べてすぐに力が湧いてこないところや、食べにくさや、変形
しやすさを考えると、私はおすすめできません。


 食後、南岳に登頂。
 10時30分。

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 遠くに槍ヶ岳が見えます。


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 逆方向には、北穂高が見えます。
 ここが今日の中間線です。


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 とにかく槍ヶ岳に向かって出発。


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 11時55分。中岳に到着。
 景色が美しすぎて、早く槍ヶ岳に到着するのがもったいなくなってしまった。
 足取りを、ゆっくりめに、北アルプスの空中散歩を楽しみます。


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 天狗原。
 美しい。


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 12時30分。大喰岳。
 ついに、ここまで来てしまった。
 ここまでくると、槍ヶ岳は目の前。


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 普通は、目標が近づくと嬉しくなるものですが、今回は逆です。
 目標が近づくと、何か寂しくなる。
 天候に恵まれ景色が良すぎると、こういう気分になるものです。

 で、槍ヶ岳肩の小屋に到着。
 13時15分頃です。


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 槍ヶ岳肩の小屋に到着した私たちが真っ先にしたことは、
 カップラーメン(400円)を注文したこと。
 不思議なことに、山で食べるカップラーメンくらい美味しいものはありません。

 その後、チェックインしてベットメイクし、一休みして、槍ヶ岳にチャレンジ。
 本当は私は、五十肩なので登りたくなかったのですが、
 嫁さんが、どうしても登りたいというので、渋々登りました。


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 槍ヶ岳へは、空荷であがりました。
 荷物を背負ってないためか、
 どんな岩場でも歩いて登れる!

 不思議だ。
 荷物がないと、這いつくばらずに登れる。
 五十肩を全く気にしなくていい。
 これは凄いぞ!
 荷物がないって、素晴らしい!

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 14時10分から登って、15分後には頂上に着いてしまった。
 夏場だと、渋滞で1時間はかかるのですが、誰も登ってないので早く登れました。
 オフシーズンって、素晴らしい!
 やはり山は、オフシーズンですね。


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 小槍ヶ岳です。
 こんな歌を歌いました。

『アルプス1万尺、小槍の上で、アルペン踊りを踊りましょ♪
 ラーンラララ、ララララ、
 ラーンラララ、ララララ、
 ラーンラララ、ララララ、ヘイ♪』
 

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 槍沢カールです。
 明日、ここを下って下山し、8時間かけて上高地に向かいます。


つづく

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2010年10月19日

片手(五十肩)だけで北アルプス縦走してみた4+α

ささらーさんから質問があったので、ここで回答します。

>スニッカーズは口の中が甘ったるくならないですか?

甘ったるくないですね。
すーっと口に入っていく感じです。
地上では、こうは行かないでしょう。

私はスニッカーズを絶賛しましたが、ぶどう糖でも良いかも知れません。
標高が高いので、脳を守るためにも、ぶどう糖が理想的な気がします。



>夏場は甘いものがとにかくつらくて、塩辛いものばかり欲しましたが、
>アミノバイタルをとっていると違うんだろうか。

確かに山でも塩辛い物が必要なようです。
汗をかいてもないのに、醤油が甘く感じたし、
カップ麺が美味しかったですね。


>水もたくさん飲んでいるんですか?
>それとも、水分もアミノバイタルですか?

水分は、大量にとってません。
というか、大量に必要としていませんでした。

初日は、水を一滴も飲んでません。
3時間おきにアミノバイタルゼリーを飲み、
1時間おきにアミノバイタルウォーターを飲んでます。
これに慣れると、水が飲めなくなります。

2日目は、アミノバイタルウォーターの残量が少なくなってきたので、
3時間おきにアミノバイタルゼリーを飲み、
1時間おきにアミノバイタルウォーターと水を交互に飲んでます。
で、身体は、あきらかにアミノバイタルウォーターを欲しています。
スニッカーズは、アミノバイタルと一緒に昼食に一人一本づつ食べていますが、
とても美味しいと感じています。

ちなみにアミノバイタルゼリーは、100キロカロリー
アミノバイタルウォーターは、65キロカロリーです。
アミノバイタルだけで、600キロカロリーくらい摂取しています。
そのうえで、スニッカーズの260キロカロリーを摂取しています。
あと各種サプリメントが、20キロカロリー。
行動中の摂取カロリーは、880キロカロリーぐらいだと思います。
この他に、山小屋で2000キロカロリーを摂取しています。
合計2880キロカロリーでしょうか?

で、3日間の北アルプス縦走で私の体重は2キロ減りました。
嫁さんの方は、体重の変化無し。


 一般的に言って、アミノバイタルを大量摂取して縦走登山すると、カロリー不足でも体重は減りません。むしろ増えるくらいです。これは筋肉が増加するためだと思われますが、私の場合は、逆に体重が減ったわけですから、今回はカロリー不足、またはアミノ酸不足であったということになります。体重から言っても嫁さんの1.5倍のアミノバイタルを摂取すべきだったのに、夫婦同量を摂取したために、この差となった気がしますね。

 ところで、今現在、毎日、空腹感に襲われています。
 これは基礎代謝が増えたためだと思われますが、
 ここは、じっと我慢ですね。
 我慢できたら痩せられますから。


つづく

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片手(五十肩)だけで北アルプス縦走してみた5

片手(五十肩)だけで北アルプス縦走してみた5

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 槍ヶ岳を下山しても15時前でした。ここで睡眠をとっても良かったのですが、せっかくなので槍ヶ岳肩の小屋を探検してみました。

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 これがフロントとロビー。

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 廊下と部屋入り口。

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 食堂です。

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 山小屋としては、かなり豪華な施設です。しかも傘下に槍ヶ岳山荘グループとして6軒の山小屋と同じ経営になっています。

 槍沢ロッヂ
 南岳小屋
 大天井ヒュッテ
 岳沢小屋
 雷鳥ヒュッテ
 槍ヶ岳山荘。

 これらは、全てグループなんですね。で、気がついた人もいると思いますが、どの山小屋も施設が充実しているかわりにアットホームとはいえない小屋ばかりです。そして槍ヶ岳肩の小屋の収容人数は650人。北アルプスで2番目に大きい山小屋です。ちなみに1番は白馬岳の白馬山荘の1200人。

 この槍ヶ岳肩の小屋ができる前まで、殺生ヒュッテが槍ヶ岳唯一の山小屋でした。猟師が建てた猟師小屋だったため殺生ヒュッテという名の山小屋でしたが、これが唯一の山小屋だったのです。長い間、殺生ヒュッテは、槍ヶ岳登山のベースキャンプ地だったのですね。そこに槍ヶ岳肩の小屋を作ろうと思い立った全くの素人さんが現れて、槍ヶ岳肩の小屋を作ったわけですが、利権争いやら雪崩やらで苦労の連続だったようです。そして、苦労の上に現在の盛況を迎えています。


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 ちなみに、これが槍ヶ岳肩の小屋の夕食。
 味噌汁と御飯が、おかわり自由でした。
 おひつに無くなると、あいその良い娘さんが別のをもってきます。
 テーブルもゆったりしています。

 食事は、北穂高小屋の方が良かったですね。槍ヶ岳肩の小屋は、食事造りを省力化しています。例えば、ブロッコリーが冷凍なのは仕方ないとしても、せめて湯で解凍して欲しかった。自然解凍というのはなあ。逆に嬉しかったのは、デザートが付いていたこと。皿の後の方に丸い物が写っていると思いますが、これはチーズケーキです。


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 こういう小屋ですから混雑期は、ものすごく押し込められ、3人で布団一枚なんてこともあるそうです。しかし、そんな混雑期の時でも、ちょっと離れた殺生ヒュッテは、ガラガラだと言います。私は、昔、三十人くらいの仲間と殺生ヒュッテでテントを張ったことがありますが、やはり小屋の方は空いていました。槍ヶ岳肩の小屋の混雑が嘘のようでした。近くのヒュッテ大槍は、混んでても殺生ヒュッテは、いつもがらんとしています。

 ちなみに殺生ヒュッテは、中房温泉が経営しています。中房温泉は、江戸時代から営業している日本最初の民営山小屋でもあります。そして明治時代に中房温泉が、槍ヶ岳登山の入口になりました。そして、中房温泉が、資金を出して小林喜作に槍までの新道を開かせ、喜作新道を作るのですが、その終点が殺生小屋(殺生ヒュッテ)になったわけです。喜作は殺生小屋の経営も任され殺生ヒュッテは大繁盛します。しかし、現在は、槍ヶ岳肩の小屋との競争に敗れて泊まる御客様も、かなり少ないようです。翌日、私たちは、殺生ヒュッテの前を通過したのですが、そもそも人間の気配が無かった。殺生ヒュッテに泊まらなくてよかった。

 食後は、さっさと睡眠。といきたかったけれど、同室の人に話しかけられました。山小屋はユースホステルより、同室どうしの会話がもりあがります。なにせ同じ趣味の集まりですから。相手は、石川県の山岳会の会長らしき人と、その仲間の3人です。で、その時に気がついたのですが

「あれ?」
「あれれれれれれれ?」

 肩が、ほんの少しだけ上がるようになっている。
 五十肩が、ほんの少しだけ上がるようになっている。

「えええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええっ」

 まさか?
 たった2日で五十肩が改善したのか?
 劇的に治っているわけでないけれど、
 少しだけ肩が上がるようになっている!
 登山は、肩の血流をよくするのか?

 ちなみに五十肩になると、睡眠がとれません。
 寝返りをうつと、肩の激痛で目が覚めるからです。
 だから深夜に2回か3回、死ぬ思いで目が覚める。
 つまり睡眠不足になる。
 これは、北穂高小屋でもそうでした。
 ろくに寝られたものではない。
 ところが槍ヶ岳肩の小屋では、肩の激痛で目が覚めることは一度もなかった。


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 深夜、肩の激痛もなく心地よく目が覚め、外に出てみました。
 満天の星空。冬の星座のオンパレード。

 天気予報では、下界は岐阜県が雨、長野県が曇りなのに、槍ヶ岳では満天の星空。そのかわりに下界を雲海が遮っている。この満天の星空は、北アルプスの稜線だけが得られる登山者へのプレゼントなのです。

つづく

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2010年10月20日

片手(五十肩)だけで北アルプス縦走してみた6

手(五十肩)だけで北アルプス縦走してみた6

 深夜、肩の激痛もなく心地よく目が覚め、外に出てみました。
 満天の星空。冬の星座のオンパレード。

 天気予報では、下界は岐阜県が雨、長野県が曇りなのに、槍ヶ岳では満天の星空。そのかわりに下界を雲海が遮っている。この満天の星空は、北アルプスの稜線だけが得られる登山者へのプレゼントなのです。

 そして朝4時30分。
 パッキング開始。
 これは、その時、窓の外を撮影した写真です。


1014-05-14.JPG


 御来光は、5時45分頃ですから、その1時間以上前に、明かりが差しています。
 平地では、こうはいかないでしょう。
 丸い地球の標高3180メートルがもたらした幻灯なのです。

 そして槍ヶ岳肩の小屋から見た槍ヶ岳。

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 御来光を見てから下山しても良いのですが、それをするのは、山の初心者。何度も槍ヶ岳で御来光を見ている私たちは、少し下山して槍ヶ岳のモルゲンロートを楽しむことにしました。御来光があがる15分前に下山開始。計算なら殺生ヒュッテあたりで、御来光になるはず。

 と思ったらアッという間に殺生ヒュッテを通過。

 殺生ヒュッテは、中房温泉が、喜作に喜作新道を作らせて建設させた山小屋です。槍ヶ岳は、今でこそ上高地から登る人が大半ですが、昔は、中房温泉から登るのがメインルートでした。北アルプスの峰々をつなぐ登山道には「表銀座」「裏銀座」と呼ばれる登山の縦走コースがありますが、この表銀座コース喜作新道を切り開いたのが小林喜作です。この喜作新道ができたのが、大正9年です。この喜作新道が出来るまでは、中房温泉に1泊、大天井小屋に1泊、さらに常念小屋に1泊と、槍ヶ岳まで3〜4日かかっていました。ところが喜作新道によって1〜2日で槍ケ岳に行き着くルートができたのです。そして、喜作新道の終点が殺生ヒュッテなのですね。

 この殺生ヒュッテを少しくだったところで、御来光。
 5時55分。

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 後をふりかえると、見事なまでの槍ヶ岳のモルゲンロート。

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 涸沢のモルゲンロートも素晴らしいですが、
 槍ヶ岳のモルゲンロートも素晴らしい。

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 やはり、少し下山してよかった。
 もし、肩の小屋で御来光をみたら
 こんな槍ヶ岳のモルゲンロートを見ることになる。

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 やはりモルゲンロートは、殺生ヒュッテより下ったあたりが一番美しい。
 これが何度も槍ヶ岳に行ってる人間の感想です。


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 播隆上人の修行窟。6時6分。
 播隆上人は、天保五年(1834)に53日間も、
 ここで念仏を唱えたといわれています。


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 ちなみに念仏行者の播隆上人は、新潟県の人です。上人は、木食でした。木食とは、木の実を食べて生きる僧侶のことで、それによって殺生をしないで生きます。夜は座禅したまま眠りました。人々は、そんな播隆上人を有り難がって、たくさんの御布施をだすのですが、大半は、その場所に置いて人々に分け与えたと言います。そんな播隆上人は、身のこなしは実に軽く、険しい登山道も身軽に登ったと言います。

 この播隆上人が、文政十一年(1829)七月に槍ヶ岳を開山したことは有名な話しです。槍ヶ岳の頂上に槍ケ岳大明神の祠を建立し、本地阿弥陀如来、観世音菩薩など三基を安置し、登山道を造り岩場に鎖まで設置しました。


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 槍沢カールに、朝日の移動によって、
 山影が移動していくさまは、
 背筋がゾクッとするほど感動します。


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 あとは、下山することに
 槍沢カールの素晴らしいパノラマが広がります。
 もう絶句。
 美しすぎて言葉にもなりません。

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 桃源郷があるとしたら、
 こんな風景にちがいない。


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 思わず足が止まって写真撮影。
 至福の瞬間とは、この時のことです。


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 旧槍沢小屋跡。
 今はキャンプ場になっています。


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 9時54分。横尾に到着。
 ここで遅い朝食をとりました。

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 途中、口に入れたのはアミノバイタルのみ。
 なのに全く空腹を感じません。
 だからチーカマ4本とチョコレートを1箱を夫婦で分け合ってたべただけです。
 しかもチョコレートは、食べきれなかった。
 
 10時50分。徳沢園に到着。

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 11時48分。明神池に到着。


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 12時27分。上高地ビジターセンターに到着。
 後学のために、ビジターセンターを10分見学。
 大いに参考になりました。
 上高地のビジターセンターには、北軽井沢ブルーベリーYGHでも、
 真似してもいいなあと思うアイデアがいっぱいでした。


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 12時36分。河童橋に到着。

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 12時40分。バスターミナルに到着。
 上高地名物栗ソフトを食べて、13時のバスに乗り込みました。
 これはバスから見た大正池の写真。


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 なごり惜しいですが、とっとと帰って、
 週末に泊まりに来る御客様にお出しする食材を仕入れなければ。
 なにせ、北アルプスに出かける前に冷蔵庫を空っぽにしてきていますから。

 今回、いろいろな実験を行いました。
 まだ紹介してない新兵器として、新型のズボンを採用。
 ザックも新タイプを使っています。

 失敗したものもありますが、
 いろいろな新兵器を使って楽な登山を行ってきました。

 一番の収穫は、アミノバイタルとサプリメントの効果を体感できたことですね。アミノバイタルゼリーは、もっと大量に(1日5個)使用してもよかったし、ビタミン・ミネラルなどのサプリメントも、3倍まで使用量を増やしてもよかった。

 ちなみに今回は、酒は一滴も飲んでいません。
 これが体調をよくし、翌日の行動を楽にしました。

 驚いたのは五十肩の症状が緩和されたことです。
 原因は不明です。
 いま、原因を探っているところです。

 あと
「障害をもつ人を、どうやってサポートするか?」
という点について。

 これが今回の最大のテーマだったわけですが、
 おぼろげながら確信を掴みつつあります。
 何が問題なのかが、少しだけわかってきました。
 話せば沢山ありますが、一つだけあげるとすれば
「相手に正確な情報を伝え、準備をさせ、イメージトレーニングさせる」
 ことかもしれません。
 勝利の方程式が、各自に持てるようにしてあげることだと。
 結局『風のたより』時代にやってたことと同じだったりする。

つづく

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2010年10月21日

片手(五十肩)だけで北アルプス縦走してみた7

手(五十肩)だけで北アルプス縦走してみた7

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言い忘れたことがあったので最後に一言。
五十肩の人は、絶対に私の真似はしないでいただきたいです。
とても危険です。
大キレットが安全に歩けるようになったとはいえ危険は危険ですから。
あと槍ヶ岳だって、荷物なしなら足だけで歩ける場所ではありません。
このへんを誤解されたら困ります。
コースタイムも、標準より早いですから参考にはなりません。
あくまでも、北軽井沢で登山ガイドをやってる人間のものですから。

しかし、万人に参考になることもありますから、あげておきます。
中高年の登山の秘訣です。

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1.荷物を軽くすること。

 具体的に言うと、山小屋で補給しなさいということです。そしていらない物はもっていかないことです。重い物は、水と食料ですから、それを山小屋で手に入れれば、登山が楽になります。


2.酒を飲まないこと。

 酒をのみはじめると、小屋全体で飲みムードができます。すると、小屋にイビキの大合唱がうまれて寝にくくなるのです。これは翌日のツアーに影響します。あと、酒は確実に免疫機能を低下させますし、高度障害を誘発します。


3.アミノ酸とビタミンとミネラルのサプリメントを大量摂取すること。

 大量に補給するところが大切ですが、できるだけセットのものを使用した方がいいです。ミネラルにしても、ビタミンにしても、アミノ酸にしても配合比が重要です。どれか突出しても無駄なだけです。あと、なぜサプリメントかと言いますと、一般の食事で必要量を補給できないからであり、もし仮にできたとしても、カロリーオーバーになってしまい、そのうえ胃腸に負担をかけすぎるからです。若い頃なら、大食いもいいですが、30歳も後半になったらサプリメントを大量摂取した方が、登山中は、身体に負担をかけません。

 まだまだ、ありますが、眠いので、つづきは明日書きます。


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つづく

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posted by マネージャー at 23:56| Comment(4) | TrackBack(0) | 上高地・北アルプス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月22日

片手(五十肩)だけで北アルプス縦走してみた6+α

片手(五十肩)だけで北アルプス縦走してみた6+α

みわぼーさん

>もっとも、奥様でさえ、登りが、つらかったというお話

これは割り引いた方がよさそうです。
というのも、最初は私のアドバイスというか、
私の実験を拒否して大量のアミノバイタルを吸収しなかったからです。
けれど途中から吸収するようになって、それから以降は私より元気でした。
五十肩で私が嫌がる槍ヶ岳への登頂も、彼女の強い要求で行っています。

大量のアミノバイタルを飲む前の嫁さんと、
飲んだ後の嫁さんは全く別人です。


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>登山を完遂する体力がないだろうなぁ…。
>つまり、完全な運動不足ですよね…はぁあぁ…(溜息)

私が運動不足になり、ぶくぶくと太ったのは6年前からです。
6年間に、65キロだった体重が95キロまで太りました。
これには、理由がありました。

 もともと私は、膝の関節炎だったのですが、靱帯を痛めたり、若い頃の無理がたたったりして、膝を壊したのです。それが6年前です。私が太りだしたのは、その頃からです。膝を壊したと言っても、体力が低下したわけではなかったので、登山をしても登りは強かった。けれど、下りが駄目なのです。4人の宿主と佐渡島を縦走したときも、登りでは無敵でしたが、下りで足の悪い武馬さんに追い越されたりした。だから北アルプス縦走も、長い間、諦めていたのです。

 で、ブクブクと太りだしてしまった。
 ダイエットをしてみたが駄目。
 かえって体調を悪くする。

 しかし、登山をするにも限界がある。
 重い荷物を背負って下ると膝を痛める。
 すると3日くらい運動できなくなる。
 こういう原因で、どんどん太りだしたわけです。

 ところが、そんな私に朗報がありました。コンドロイチンで治る可能性があると。1ヶ月の半信半疑で使ってみましたが、これが意外に効きました。痛めた膝が以前より悪化しない。そうなるとグルコサミンとヒアルロン酸も使ってみようと思い、これも使用開始したら、1ヶ月くらいで膝関節の痛みが少なくなりました。

 で、去年の今頃、涸沢まで登山して試してみたのです。結果、膝関節の痛みは皆無になったことが分かり、以後、本格的な登山をはじめたのです。体重は、95キロから83キロまで落ちました。

 けれど、この夏は御客様が多く、運動できなかったためにリバウンドがおき、88キロまで増えましたが、今回の北アルプス縦走をきっかけに、85キロまで減りました。もちろん筋肉もつきました。30キロ装備でもコースタイムの半分で鼻曲山往復できるようになっています。そして、膝は全く正常です。

 この体験によって私は、一つの重大な結論を得ました。「迷信や、根拠無き健康方法や、精神主義は駄目だ」と。サプリメントに対する偏見を捨て、もっと肉体を科学的にみなければ駄目だと。また医者に治せなかった膝をコンドロイチンとグルコサミンといったサプリメントで治したということで、肉体には個人差があるということを思い知らされました。さて、前置きは、さておいて本題です。


j_supersports.jpg


>マネージャーさんご推奨のアミノバイタルの摂取をしていけば、
>私のようなモンでも、北アルプスの槍ヶ岳とまでは言わずとも、
>ある程度の山に登れる持久力を上げられるのでしょうか?

これは、半分イエスです。
確かにアミノバイタルとサプリメントの摂取は、肉体を疲れにくくします。
しかし、それを飲むと肉体が強化されるものではありません。

では、槍ヶ岳に行けないかと言えば、そうではありません。
アミノバイタル無しでも槍ヶ岳に登れます。
義足の人間でさえ登っているからです。
適切な準備と指導があれば、大キレットでも大丈夫です。

この場合の適切な指導とは、楽しく登るということです。
疲れたら休む。
息が切れたらペースを落とす。
1日の歩行時間は、6時間以内とする。
あと、知的登山を行うということも大切です。
適度な歩行は、脳細胞を活性化させます。
そして、その脳細胞の活性化こそが、適切な登山であると言えます。


あと、アミノバイタルの効果についてですが、
これについては、別のところで述べます。
なぜアミノバイタルなのか?
これを書き出すと長くなってしまうので。



>そして、五十肩(又は四十肩)も、やはり、血行の問題なんでしょうかね…?

 正直言ってわかりません。
 私は医者ではないので、よく分からないです。


>これで、完治予定は、開始から最長3ヵ月後を予定している治療だそうです。

 それは早いですね。
 私が五十肩になったのは、6月。
 もう5ヶ月近くかかっています。
 それでも完全には治っていません。

>即効性からしても、荒療治的な今回のような登山の方が効くのでしょうかね?

 これも分かりません。すいません。
 ただ、2時間くらいの登山なら毎日行っています。
 4時間くらいの登山なら週に2回行っています。
 でも、全く治らなかった。

 むしろサウナで調子が良くなったので、登山よりサウナが有効な気がします。

 今回の北アルプス縦走で、五十肩が良くなってきたのは、たまたまなのか? サプリメントのおかげか? アミノ酸の大量摂取が原因か? 9時間歩行を3日間続けたのが原因なのか? よく分からないというのが真相です。これを解明するには、もう一度9時間登山を行うしかないわけで、天候をみて近くの山でチャレンジしてみようかなと思っています。


つづく

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2010年10月23日

片手(五十肩)だけで北アルプス縦走してみた8 つづき

片手(五十肩)だけで北アルプス縦走してみた8 つづき


4.大食いをしないこと。

 正直言って、これは難しいと思っていました。しかし、アミノバイタルを使用すると空腹にならないのですね。不安ならアミノバイタルにスニッカーズを足しても良い。これで大食いせずにすみます。

 登山をすると空腹になります。しかし、ここで大食いすると疲労が大きくなるのです。そのうえタンパク質は、摂取してから吸収されるまで4時間かかります。4時間後なら登山が終わっている可能性がある。つまり、登山中に肉体に補給できないのです。ということは、昼食は無駄食になってしまう。

 ところがアミノ酸なら30分で吸収できます。

 と言うことは、登山直前にアミノバイタルを飲めば、不足したタンパク質を直ぐに補給できるわけです。つまり、タンパク質が不足しないわけで、免疫機能を維持したまま登山を続けられますし、活性酸素に対する防御を行うタンパク質も製造停止しなくてすみます。もちろん自分の筋肉を分解せずにすむので、筋肉痛もおこりません。


5.コンドロイチン・グルコサミンを多用し、関節の炎症をおさえた。

 コンドロイチンは、嬬恋村のキャベツ農家では有名なサプリメントです。肉体労働で、腰を痛めやすい嬬恋村の農家では、コンドロイチンは離せないサプリメントでした。それを聞いた私も、服用をはじめたら劇的に関節痛が治り、もとのように登山が出来るようになったのです。グルコサミンもしかりです。


6.ビタミン・ミネラルの大量摂取。

 アミノ酸とビタミンとミネラルはセットです。3つはリンクしています。つまりアミノ酸を大量摂取する場合は、ビタミンとミネラルも同時でないと意味がありません。これは、ふだんの登山で気がつきました。アミノバイタルを大量摂取しても、調子が悪いことがあったからです。
「はて? どうしてかなあ?」
と思ってたら、アミノバイタルの中でも、ビタミン入りのものと、アミノ酸だけしか入ってないものがあるのに気がつきました。ビタミン不足の時、ビタミンの入ってないアミノバイタルを飲んでも効き目が薄かったことに気がついたわけです。で、ビタミン入りのアミノバイタルプロ(ゼリータイプ)を飲むようになったわけです。また、大塚のマルチビタミン&ミネラルを補助サプリメントとして使うようになったわけです。今回の北アルプス縦走でも大活躍しました。いつもなら口内炎になって帰ってくることもしばしばでしたが、今回は、全くビタミン不足にはなりませんでした。


7.休憩とアミノバイタルは1時間おき。

 登山中は、身体が戦闘モードになっています。つまり適度なストレスで胃が動いてない。内臓が動いてない。でも、栄養を吸収しないと身体が持たない。で、アミノバイタルウォーターやアミノバイタルゼリーを1時間おきに摂取しました。水はあえて飲みません。すると空腹にならないのです。9時間かけて北穂高小屋に到着しても、腹は減りませんでした。空腹感がでてこないのです。
 しかし、寒気はしたので、実際には、身体はカロリーを欲していたのだと思います。にもかかわらずアミノバイタルを大量に摂取しながら登山をしていると空腹にならない。しかも、身体が山を登る体制になっている。もちろん、そのままではまずいので、スニッカーズやカップ麺を食べていますが、別に空腹感のために食べているわけではありません。義務的に食べているわけです。


8.ユニクロの新兵器

 ユニクロは、安くて便利な製品を開発してくれます。今回も御世話になりました。
 まず990円の、このスボン。
http://store.uniqlo.com/jp/CSaGoods/409098-58
 見た目はジーンズなのですが、機能はジャージそのもので収縮性があり、通気性もあり、そのうえ夜は温かい。これは買いです。ただし嫁さんに、どういう名前なのかを聞いて、えーっと思いましたが、やはり便利な物は便利。

 そしてヒートテック。990円から。
 安くなりましたねえ。
 こいつのおかげで山でも全く寒くなかった。
 そのうえ速乾性があるために汗もかかなかった。
 http://store.uniqlo.com/jp/store/feature/heattech/l3men/

 そして、わずか200グラムのプレミアムダウン。
 こいつは良いです。
 山小屋で会った人は、みんなこれを着ていました。
 薄くてコンパクトになり、そのうえ、たったの5990円です。
 http://store.uniqlo.com/jp/store/feature/down/l3men/index.jsp

 これらの新兵器を使用することにより、35リットルの日帰りザックで北アルプス縦走が可能になりました。ザックを35リットルにすると、登りや岩場が楽になります。さらに30リットルまでに減らせれば、かなり楽な登山になりますが、決して不可能な数字ではありません。ちなみに20年前の私は、同じコースを100リットルザックで通っていますが、その頃は、ずいぶん無駄な荷物を持っていました。


つづく

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2011年10月14日

2011年 通風男の北アルプス縦走記1

痛風に苦しむ男が、北アルプス縦走(重太郎新道)をしてみた1

 私は、毎年、10月連休後に、北アルプスに登って北アルプスの現状を調査し、最近の山情報を仕入れています。なぜ10月連休後かと言いますと、一年で最も晴天率の高い日だからです。10月10日の体育の日は、一年を通して晴れの多い時期とされ、10月10日にオリンピックの開会式が行われたのも、この時期の気候が考慮されてのことです。

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 それから、なぜ定期的に北アルプスの調査を行うようになったかと言いますと、私が持っている山の情報が古くなりすぎているんですね。ザックにしても、ウエアにしても、すごく古くなっている。だから北アルプスにいってきてヒアリングしてこないといけない。たとえば、去年の調査でわかったことは、みんなユニクロのダウンを着ていたことだった。

 正直言いまして、私は、ユニクロのダウンを小馬鹿にしていました。
 まず、デザインがダサイ。
 いかにも丈夫ではなさそう。
 倒れたら破けそう。
 そうなったら初雪が降るかもしれない山では致命傷になる。
 なより薄くて寒そう。
 やはりダウンならノースフェイスだろう。
 というわけで、私は、ノースフェイスのダウンしか着たことがない。
 しかし、去年、北アルプスに行ってみたら、みんなユニクロのダウンを着ているわけです。

「寒くないですか?」

 と聞いてみるんですが、みんな「これで十分だよ」と言う。私は、半信半疑なんですが、あまりにもユニクロのダウンを着ている人が多いので、自分でも買ってみて試してみたら、これがかなり防寒性能がよい。風を通さない。しかも軽くてかさばらない。使い方によってよっては、ノースフェイスのダウンより便利なのです。デザインがダサイのさえのぞけばですが。

 あと、嫁さんにも買わせて使わせてみたら、嫁さんは女性ならでは意見としてフリースより「軽くて肩がこらない」とのこと。機能重視の山屋としては、これ以上便利なものはないとのこと。最初は、夫婦で小馬鹿にしていたユニクロのダウンが、ノースフェイスのダウンより便利なことがわかってしまった。これは、北アルプスに行って、多くの登山者のギアの調子をヒアリングしてこないと、わからないことなんです。





 それから山ガールファッション。
 これも告白します。
 私は、内心、小馬鹿にしていました。

 4年前、最初、山ガールファッションをみたときは、珍しくてジロジロみていました。そして、心の中で危ないだろうと呟いていましたが、もう今では、若い女性の9割は、山ガールファッションになっていて、オールドファッションの方が少数派になっている。

 で、山ガールファッションは、単なる流行をとおりこえて、かなり実用的になっているのです。防寒も完璧になっているし、機動性も高いし、医学面の効果さえとりいれている。スカートの後部は、座布団のようになっていて、岩に座るとき便利になっているし、タイツは、大昔のニッカボッカスタイルを、改良したようになっていて、機動性がズボンのものより良くて、発汗性・防寒性も改良されている。派手な色合いは、霧の中で目立っていて安全度が高くなっているし、むしろ山ガールファッションの方が、登山に向いているんですね。

 で、気がついたことには、この山ガールファッションは、大昔の登山ファッションというか、登山スタイルに近いのではないかということです。昔は、ニッカボッカにウールのロングソックス。そしてヒザサポーターに、おしりに岩に座るためのカモシカの毛皮をつけていた。偶然なのか必然なのかわかりませんが、一部の山ガールファッションが、これに似たスタイルになっている。





 しかし、気になったところもあります。
 みんな、やたらとストックを持っている。
 岩場の多い北アルプスで、2本ストックで上っている。
 当然のことながら岩場・鎖場・ハシゴでじゃまになる。
 みていて、危なくてしょうがない。
 なのに片づけようとしない。
 これは流行なのか?
 それとも、その方が楽だと思っているのか?


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 さて、本題にうつります。いつもの年なら涸沢ヒュッテに泊まって休暇で四方から集まってくる山小屋スタッフたちから最新情報を仕入れるのですが、今年は、それよりも、北アルプス縦走してみることにしました。候補のルートは、3つ。

1.重太郎新道から奥穂高岳から西穂高岳の縦走ルート ★★★★★
2.槍ヶ岳・大キレット・北穂高岳のルート ★★★★
3.重太郎新道から奥穂高岳をたどる各種のルート ★★★★

 この中で1番のルートが一番魅力なのですが、テント泊になってしまう。で、去年は2番のルートを選択したのですが、今年は1番のルートを第一目標にしたうえで、天候と体調によっては、3番のルートに変更することにしました。

 というのも、私の体調が良くなかったからです。痛風とぎっくり腰で、9月末から10月初旬までの2週間の寝込んでしまっていたからです。特に痛風には、参った。1歩も歩けない。北アルプス縦走を目の前にして、どんどん足腰が弱ってくる。準備のための訓練が全くできない。そもそも7月8月9月の夏は、御客さんに追われて、山に登ってないので、6月を最後に、ろくな登山をしてない。

 そもそも今年は、スノーシューさえ、3月以降はやってない。
 3月11日の原発事故のせいです。
 春の登山も控えめにしていた。

 まともに登山したのは、ゴールデンウイーク以降から6月にかけての1ヶ月くらいのものだった。これで体が弱っている上に、9月末に痛風とぎっくり腰をやってしまった。本当なら北アルプス縦走どころではないのだが、こちらには、長年の経験とスキルがある。去年体験した五十肩のハンデよりは、ましなので、天候と条件さえよければ、西穂高縦走も不可能ではないと判断しました。

 というわけで、下の写真をみてください。
 上高地のカッパ橋の写真です。
 バックに美しい山が写っていますね。
 今回は、ここに登ることになりました。


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 10月10日の連休最終日。
 御客様を全員送り出して、
 大急ぎで部屋掃除をし、
 荷造りをし、準備完了したのが昼の13時。
 水をとめ、火の元をとめ、出発したのが14時頃です。



つづく。

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2011年10月15日

2011年 通風男の北アルプス縦走記2

2011年 通風男の北アルプス縦走記2

 10月10日の連休最終日。御客様を全員送り出して、大急ぎで出発したのが、14時。4年連続で上高地から北アルプスを縦走しているので、上高地のある松本市の中心部までの最短ルート(抜け道)は、完璧にマスターしている。北軽井沢ブルーベリーYGHからなら2時間もかからない。

 ルートは、こうです。

 144号線を使って鳥居峠を経由して上田市を18号バイパスを使って、県道65号線に入る。平井寺トンネル有料道路を使って245号線に出て、三才山トンネル有料道路・松本トンネル有料道路を使って、松本市内に入ります。このルートだと、早ければ1時間30分。遅くても2時間で松本市内に到着できます。そこから上高地の入口・沢渡までなら40分くらいです。

 しかし、すぐに上高地には、入りません。
 国道19号と、国道158号の交差点にあるスーパー銭湯『瑞祥』に立ち寄ります。

http://www4.ocn.ne.jp/~zuisyo/matsumoto.html
瑞祥 松本館
〒390-0841 長野県松本市渚1丁目7番1号なぎさらいふサイト内
TEL 0263-29-2686
FAX 0263-29-2641


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 ここは、アルピニスト(登山家)御用達のスーパー銭湯であり、下駄箱にザック置き場があったりします。駐車場も広いし、隣に、スーパー(ツルヤ)・本屋(蔦谷)・電気屋・スターバックス・レストラン・飲み屋もあります。しかも、このスーパー銭湯のレベルが高い。風呂の種類が多いうえに、食事もボリュームがあって、休憩室も広く、24時までオープンしています。2階の休憩室では、仮眠をとることもできますし、貸切部屋(有料)もあります。 登山客のなかには、貸切部屋でパッキングしている人もいます。

 私たちは、ここで、仕事の疲れをとって、隣のスーパーツルヤで食料を調達しました。
 もちろん今回も大量のサプリメントを購入しました。 

 具体的に言うと、
 アミノバイタルゼリーを1日に一人あたり4個。
 アミノバイタルウォーターを1日に一人あたり3本。
 ミネラルビタミン剤を1日必要量の2倍。
 これを飲食しながら15s装備の北アルプス縦走をする予定です。


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 実は去年、アミノ酸を合計18000ミリグラムもの大量に補給し、各種のサプリメントも携行し、倍のビタミン&ミネラルを補給することによって、疲労を極端に押さえる実験を行なっています。実験は、大成功でした。1日で上高地から北穂高、または槍ヶ岳に登っても全く平気でした。五十肩にもかかわらず、6時間半で北穂から槍ヶ岳にも行くことができました。全くアミノバイタルプロの力はすごいものがあります。

 アミノ酸を合計18000ミリグラムもの大量にとって大丈夫か?と思われるかもしれませんが、成人男性の蛋白質の一日必要量は、体重1kgあたり1.5gのタンパク質が必要だと言われています。私は90sなので、135グラムのタンパク質が必要なのですが、アミノバイタルをジャンジャン飲んでも一日20グラム以下にしかなりません。山小屋の食事に高タンパクなものを期待できるわけもなく、そんな調子で縦走を続けていても、タコの共食いのように自分の筋肉を食いながら歩くようになります。

 つまりアミノ酸が足りなくなると、自分の筋肉を分解することによって補充されるため、アミノ酸を十分にとらないと筋肉が逆に萎縮してしまうことがあるのです。その結果、足が痛くなって歩行速度が遅くなるのですね。また、免疫の正体はタンパク質であるから当然免疫機能が落ちます。また、活性酸素に対抗して老化を防ぐ役目を負ったタンパク質も作れなくなって当然老化も早まります。だからこそアミノバイタルなのです。

 そして、ここが大切なのですが、アミノバイタルプロのゼリータイプには、クエン酸1200mg。つまり梅干し4個分のクエン酸が入っているのですね。サッカーの長友選手は、試合前に大量の梅干でクエン酸を摂取していますが、酸っぱいものが苦手な私には、できない相談。私はレモンも梅干しも苦手ですから、梅干し4個分のクエン酸が入っているアミノバイタルプロは、頼もしい味方です。あと、クエン酸は、痛風にも効くので、通風もちの人間には、とてもありがたい存在です。


 話がそれました。

 上高地の入り口。
 沢渡手前にある道の駅『風穴の里』に辿り着いたのが20時頃。
 ここで車の中で朝まで仮眠をとりました。

http://www.ktr.mlit.go.jp/honkyoku/road/eki/station/nagano_fuuketsu/index.html
(道の駅『風穴の里』)


 そして翌朝、4時に起床。
 4時30分に沢渡駐車場に車をとめて、
 タクシーに乗って上高地バスターミナルに到着したのが5時30分。
 実は、これより早く上高地に入ることはできません。
 夜間は、釜トンネルが封鎖されてしまうからです。

 釜トンネルがオープンするのが、朝の5時です。
 それ以上、早く、上高地に入るのは物理的に不可能なのですね。
 だから、4時30分に沢渡駐車場に到着するのがベストなんです。

 4時30分に沢渡駐車場に到着すれば、かならず上高地一番乗りを狙っている人がいます
から、タクシーの相乗りができます。4人で相乗りをすれば、バスより安くなりますし、
タクシーの運転手から紅葉の情報なんかを聞き出すことも可能です。

 タクシーに乗って上高地バスターミナルに到着したのが5時40分。
 トイレをすまし、登山届をだし、保険手続きを行い、天気予報を確認。
 出発したのが朝6時30分でした。
 そして、その5分後に河童橋に到着。
 ここは、上高地の象徴でもあります。

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 三千メートルの偉容を誇る西穂高岳、奥穂高岳、前穂高岳、明神岳、焼岳が見えます。河童橋の名の由来は、昔ここに河童がすみそうな深い淵があったためだと言われています。芥川龍之介が1927年(昭和2年)に総合雑誌『改造』誌上に発表した小説である「河童」は、この河童橋が舞台となっています。


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河童橋から少し木道を歩くと、奥穂高に登る登山道につきます。
河童橋から奥穂高までの標高差は、約1500メートル。
ちなみに日本で3番目に高い山です。
当然のことながら、空気も薄くて必ず高度障害にかかります。


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登山道は、丸太をふんだんに使って整備されていました。
あれ?
変だな?
こんなに上高地の木を伐採して登山道を整備して良いのかな?
と、思っていたら、こんな場面に遭遇しました。


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おそらく雪崩が原因でしょう。
山の樹という樹がなぎ倒されている。
その樹を使って登山道を整備したのかもしれません。
おかげで、登りやすい登山道になっていました。


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2時間ほど急登を登ると、岳沢小屋に到着。
この小屋は、数年前に雪崩で壊滅し、
営業を中止していたのを、槍ヶ岳肩の小屋のオーナーが、
権利を買い取って今年再建スタートをきっています。


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ここでトイレ休憩をかねて食事をとりました。
そして、30分後に出発。
ここからが地獄の三丁目。
北アルプスで最もしんどいと言われている重太郎新道です。
垂直なハシゴを登るような登山道ですからね。


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しかし、この重太郎新道も、アミノバイタル作戦のおかげで全く疲れなかった。
意外にスイスイ登ってしまった。
正直言ってきつくもなんともなかった。


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それより、景色が美しかった。
素晴らしい展望にウットリしてしまって、
疲れる暇もなかったです。
もう、幸せ一杯でしたよ。
やはり、山は良いですね。


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登山の疲れというものは、のりで大きく変わりますね。
景色が良いと、全く疲れない。
北アルプス一シンドイ重太郎新道でも全く疲れない。
逆に雨だと、高尾山でもシンドイです。


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あと、関係ないですが、このルートは、見た目より危険ですね。
岩が逆層になっている。
濡れていたら滑りやすいし、手のホールドもききにくい。



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現に、こういう注意があったりする。


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よくみると、岩にも彫った跡がある。
滑らないように、足場を彫ってある。


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つまり見かけより危険な山なのです。
雨天時。降雪期には命がけになるルートです。
しかし、この日は、最高の晴天にめぐまれていました。


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つづく。

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2011年10月16日

2011年 通風男の北アルプス縦走記3

2011年 通風男の北アルプス縦走記3


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 紀美子平に到着。
 時間があれば、ここから前穂に登るのですが、今回はパス。
 西穂縦走、または槍ヶ岳縦走の体力温存のために、そのまま奥穂高にむかいました。


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 奥穂高は、槍ヶ岳とならんで、登山者の人気ナンバーワンの山です。理由は、日本で三番目に高い山であることと、その周りに名山が連なり、眼下に北アルプスで一番美しい涸沢があるからです。上高地のカッパ橋から見える美しい山が、奥穂高と言えば、みなさんも
「ああ、あれか!」
と納得されると思います。

 実際、この山は魅力に満ちています。
 ジャンダルムをはじめとして、ノコギリのようなギザギザの稜線(ナイフリッジ)や
 切り立った岩が至るところにあって、登山家にとってあこがれの山になっています。


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 そもそもどうして、このような魅力的な山ができたかと言いますと、一七六万年前に、大噴火によって、深さ三千メートルという巨大なカルデラが生じたためです。穂高は、それを埋めるように堆積した火砕流の堆積物(溶結凝灰岩)で、厚さは千五百メートル以上に達しました。それが百万年くらい前にはじまった北アルプスの隆起活動によりゆっくりと持ち上げられ、浸食により削られて、このような山になったのです。


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 重太郎新道から吊り尾根。
 このルートは、見た目より危険であることは、前回のべました。
 岩が逆層になっていて、手のホールドもききにくい。
 よく見と、どの岩にも柱状節理がよく発達しています。
 それが凍結によって、どんどん破壊されてしまい、
 それが浮き石となって危険な状況になっているのです。


 北穂高から大キレットなどは、その典型なのですが、吊り尾根も負けず劣らず危険な岩場を構成しています。それにもかかわらず、登山者が無事に歩行できているのは、穂高に生涯をささげた今田重太郎のおかげです。北アルプスで一番の急登・重太郎新道ができたのは、昭和26年でした。それから多くの登山者が、このルートを利用しています。


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 さて、この重太郎新道ですが、すごい難所と思いきや、案外なんともなかった。アミノバイタルとビタミンと糖分の補給さえ、しっかりしていれば、意外に楽に登れることがはっきりしました。むしろ涸沢まわりで奥穂高に行くより足に負担がないかもしれません。体力がある人ならコースタイムを大幅に縮められる可能性もあります。

 ただし、体力がない人には、地獄のコースになることは間違いないです。一気に1500メートル登ってしまうのですから、初心者は避けた方がいいです。しかし、基礎体力のあるベテランハイカーならば、歩数が少ない分、足を痛めにくいこのコースがおすすめです。というのも、なだらかな涸沢まわりより1万歩すくなくてすむからです。コースタイムは、同じくらいですから、歩数が多くてもなだらかな方がいいか、歩数を少なくして急登が良いか、それは、各人の体調次第になります。


 今回、重太郎新道から吊り尾根を歩いてみて思ったことは、重太郎新道は、一般的に言われているよりキツく感じなかったということですね。しかし、楽なはずの吊り尾根は、そうではなかった。空気が薄いために、3割ほど体力が落ちてしまった感じだった。ちょうど、富士山の8合目あたりを歩いてる感じで空気が薄すぎるんです。

 こういう時は、アミノバイタルでは駄目で、チョコレート。それもアーモンドチョコかスニッカーズがパワーを発揮します。なぜアーモンドチョコかと言いますと、アーモンドにビタミンEなどの自然栄養が含まれているのと、糖分の補給を円滑にするためです。ちなみにビタミンEは活性酸素による体細胞や血管の酸化を防ぐ抗酸化作用がある為に登山家には、重要な食物です。昔から山岳会では、アーモンドなどのナッツ類は、山に欠かせない重要な食物でした。

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 吊り尾根を半分も進むと、涸沢が見えてきます。
 昔は、
「このカールは氷河が造った」
 と教えられたものですが、最近の学説では否定されつつあります。
 たかだか2万年前の氷河で、こんなになりはしないというのです。

 穂高は、山全体がマグマでできた柱状節理のかたまりなので、
 その凍結崩落と浸食の繰り返しが、100万年単位でおきた結果だといわれています。


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 まあ、そう言われてみれば、そんな気がしてきます。
 2万年前の氷河くらいでは、こんなにはなりはしないと。


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 奥穂高に近づいてくると、槍ヶ岳が見えてきました。
 さすがに、かっこいい!
 しびれます。惚れます。


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 さっきまで、西穂縦走をする気まんまんだったのに
 槍ヶ岳をみてしまうと、槍ヶ岳に行きたくなる。
 槍ヶ岳には、そういう魅力があります。


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 しかし、そう思ってた矢先に、奥穂高に到着しました。
 日本で3番目に高い山に到着です。


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 いいですね、奥穂高は!
 ジャンダルムも、すぐそばに見えています。
 雷鳥も人をおそれずに、近くを歩いていました。


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 ここで、ビバークして、西穂も考えたのですが、
 槍と大キレットが脳裏から離れませんでした。
 というか、奥穂高山荘が気になる。
 宿屋の悲しいサガですね。
 どうしても、奥穂高山荘が気になってしまう。

 重太郎新道を造った重太郎さんが建てた宿である奥穂高山荘。
 そして、山小屋では珍しい二十代の若女将(おかみ)のいる奥穂高山荘。
 やっぱ、ビバークと西穂はやめて、奥穂高山荘にいくべ!
 宿屋の本能が騒ぐのでした。


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 というわけで、奥穂高山荘に向かって出発。
 噂の奥穂高山荘は、どんなところなんだろうか?


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 奥穂高山荘は、奥穂高から三十分くらい下山したところにありました。
 14時頃に到着です。
 私は奥穂高山荘に、過去に3回泊まったことがありますが、
 その時は、テント泊だったので、よくわかりませんでした。
 はたして、どんな宿なんでしょうか?


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つづく。

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2011年10月17日

2011年 通風男の北アルプス縦走記4

2011年 通風男の北アルプス縦走記4


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14時頃、奥穂高山荘に到着。
10月の山は、日照時間が短いので、
最低16時には山小屋に到着してないとまずいです。
なにしろ日没が、17時20分。
夕食開始が、17時ですから、16時では遅いくらいです。
ですから14時チェックインは、決して早すぎるわけではありません。

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料金は、こんな感じです。
値段は決して安くはありません。
そのかわり館内の設備は豪華です。

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これは、室内。
相部屋(ドミトリー)です。
連休時は、1つの布団に4人で寝たそうです。
今回は、連休が終わっていたので、一人一つの布団を使えました。

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これは暖炉。
山小屋の心意気を感じます。
なぜならば、暖炉の薪は、ヘリコプターで運ぶしかないからです。
当然のことながら、石油ストーブより、おかねがかかります。

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これは、土間のロビー。

山小屋を利用する人たちの中は、テントの人もいます。そういう人たちが、ストーブのある暖かいところで食事をするのですが、その場所が、ここです。私も若い頃は、テント一筋でした。ですから、この土間には大変おせわになっています。

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食事です。
かなり良い線をいっています。
これで1700円は安いですね。

ところで山小屋でくつろいでいると、必ず寒気がおそってきます。
これは、実際に寒いのではなく、エネルギーの使いすぎで糖分が足りてないのが原因です。
だから食事の時に大食いすれば、たいてい寒気は収まります。

もし、収まらなければ、高度障害の可能性があるので、イブプロフェインを飲めば寒気はおさまります。山小屋のボランティア医師たちも、よくイブプロフェインを処方します。イブプロフェインは、薬局で簡単に買えます。ちなみに、このような寒気を放置すると、睡眠が困難になるので気をつけなければなりません。

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デザート。
こういうデザートがでるのは、日本中の山小屋で、奥穂高山荘だけです。
疲労回復に、クエン酸の多い生フルーツを出すなんて、
「やるな、おぬし」
という感じですね。こういう点は、北軽井沢ブルーベリーYGHでも見習いたい。
うちの場合は生フルーツ以外に、梅干しなんかあってもよいかなと思いましたね。

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前にも言いましたけれど、奥穂高山荘の宿主は、若女将です。

http://www.hotakadakesanso.com/

今田重太郎さんの御子孫にあたる今田恵さんです。
 ↓
http://www.yamakei-online.com/job/koyaban_01-1.php

今回、お会いして、すごく優しそうな人だと思いました。
山小屋も、ところどころに女性ならではの視点が感じられました。
たとえば、トイレが北アルプスで一番きれいだったり、
便座が暖かかったりしています。
このへんは男性視点では、ないですね。
女性視点の山小屋ならではです。




談話室&図書館。
この部屋だけが、妙に暖かいんです。
これも良い考えです。
なかには寒がりの人もいますからね。
そして、ここからの夕日が最高に美しい。

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夜は、曇っていたのと満月なので、星はそうそうにあきらめて睡眠につきました。
同室に非常識な親子が、大声で会話したり、携帯で話していたりしましたが、
山小屋の寝室では、携帯の使用は禁止されています。
電車と一緒です。
(もちろん室内にも、そういう張り紙がしてある)
こんなことも分からない非常識な人間は、どこにでもいるんですね。
山小屋のせいではありませんが、非常に不愉快になりました。

逆に言うと、こういう可能性は、北軽井沢ブルーベリーYGHにもあるわけで、
私は、心を鬼にして、非常識な御客さんに注意をしなければならないと思っています。

これは、知り合いのユースホステルのマネージャーから聞いたのですが、
深夜まで酒盛りして、他の御客さんに迷惑をかけた人がいて、
どうにもならなくなって、酒をとりあげたユースホステルもあったとのこと。
私も、深夜(26時)にギターひいてた御客さんからギターをとりあげたことがあります。





まあ、そんなことは、どうでもいいんですが、ここで重大なミスに気がついてしまった。
明日、向かう予定だった槍ヶ岳の途中にある南岳小屋がクローズしているというのだ。

こいつには、参った!

去年は、10月末までやっていた南岳小屋が、今年はもう閉めている。
ああ、失敗した!
南岳小屋が閉まっているとしたら、大キレットを含めて
槍ヶ岳小屋まで10時間の距離を歩くことになる。
これは、ちょっと難しい。
なぜならば、10月は日没が早いからです。
それに稜線歩きは、上り下りと違ってコースタイムを縮めにくい。
朝、6時半に出たとして、休憩なしで、16時半になる。
食事や休憩を入れると、18時までかかる。
しかし日没が、17時20分。
南岳に泊まれない場合、槍ヶ岳までの縦走は、かなり危険をともなうのだ。

だ、断念するしかないのか?

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翌朝5時。
さすがに奥穂高山荘の御来光は、感動します。

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もう言葉も出ません。

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小屋に写った朝日の反射が、すてきすぎました。
写真に撮ったんですが、うーん。

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こういう御来光は、写真よりも、実物の方がいいんですよ。
被写体によっては写真の方が、美しい例もありますが、
山の景色の大半は、実物の方が美しい。

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御来光のあとは、5時45分からはじまる朝食。

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なんと、ほうば味噌がでました。
生卵と一緒に、ほう葉味噌を入れて食べると最高に美味しい。


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槍ヶ岳に行くか?
行かないで下山するか?
悩んだあげく、北穂まで行くことにしました。
で、出発してみたら、その景色の美しさに感動。

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つづく。

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2011年10月18日

2011年 通風男の北アルプス縦走記5

2011年 通風男の北アルプス縦走記5

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私が、奥穂高山荘で、重大なミスをしてしまったことは、前にも述べました。
当初の計画では、

上高地−奥穂高−奥穂高山荘泊−涸沢岳−北穂−南岳山荘泊−槍ヶ岳

の予定でした。しかし、南岳山荘はクローズしているとのことを聞いて愕然。
南岳小屋が閉まっているとしたら、大キレットを含めて
槍ヶ岳小屋まで10時間の距離を歩くことになる。
これは、ちょっと難しい。10月は日没が早い。

それに稜線歩きは、上り下りと違ってコースタイムを縮めにくい。
朝、6時半に出たとして、休憩なしで、16時半になる。
しかし日没が、17時20分。
南岳に泊まれない場合、槍ヶ岳までの縦走は、かなり危険をともなう。
槍ヶ岳に行くか?
行かないで下山するか?
悩んだあげく、槍ヶ岳を目指すことにし、まずは北穂まで行くことにしました。


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しかし、ここで不安材料がでてきた。
稜線の風が強いのです。
強風になると、岩登りに危険がつきまとう。
で、槍ヶ岳までは、岩の連続。しかも10時間という長丁場。
とりあえず、涸沢岳まで登るには登ったのですが、風はますます強くなってくる。


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で、同行の嫁さんの顔をみてみた。
唇が紫になっている。
爪の元の部分が紫になっている。
そして質問してみた。

「山小屋の食事は美味しかった?」
「うん」
「甘いものや、酸っぱいものが、必要以上に味覚を感じることはなかった?」
「うん」

 こいつはヤバイ。
 栄養を完全にとりきれてない。
 知らないうちにダイエット体勢に陥っている。
 そのために、あきらかに免疫力が低下している。

 ダイエットすると免疫力が低下して風邪をききやすくなりますが、これはタンパク質やビタミン不足が原因です。私たち場合は、ダイエットではなく登山なのですが、登山にも同じような症状になることがあります。実は、その予兆は、山小屋で休んでいるときに現れてきていました。ふだんより神経が過敏になって、食事が必要以上に美味しかったり、夕日や朝日が必要以上に美しく見えたりしていたのですね。また、臭いにも敏感になっており、寒さや風にもすぐはんのうし、ハウスダストなどにも敏感になります。

 実は、こういう経験は、登山いがいでも体験したことがあります。三十年くらい前に、麦粥などの粗食で1週間くらい座禅修行したことがあったのですが、その時も、同じような感じになったことがありました。何に対しても敏感になってくるのです。

 山岳会の先輩(医師)は、タンパク質の不足による免疫力の低下で、まれにそういう状態になると教えてくれたことがある。免疫力が低下すると、ふだんなら反応しないことにも、体が反応してしまうのだそうです。免疫力は、イコールタンパク質でもあるので、登山によって疲労が大きくなると、体が敏感になるのですね。

 逆に言うと、それを逆手にとって、宗教家たちは、登山などの業によって、何かをつかみとるのでしょうが、私は、宗教家でも何でもない年寄りなので、この免疫力低下は、深刻な問題です。夫婦で強風の中を三千メートルの稜線を十時間歩けるかというと、ちょっと自信がなくなってきた。

「仕方ない下山しよう」

という訳で、涸沢岳まで登ったところで下山する決意。
もう無謀な登山ができる年齢でもないし、
嫁さんも一緒だし安全な登山をしなければならないんだと自分に言い聞かせて下山開始。


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決断してからの下山は、早かった。
稜線を下ると、強風は、ばったりやみ、
嫁さんの唇の紫色は、徐々に解消していった。


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標高をさげていくと、空気が濃くなっていくのが分かる。
昨日は、一日で3100メートルまで登り、
今日は、一日で3100メートルを下るのです。
体が酸素の量に敏感になっている。


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相変わらず、涸沢は美しい。
何回きても美しい。
穂高連峰は、火砕流。つまり溶結凝灰岩でできているので浸食されやすい。
そのために氷河の餌食となって、涸沢といった巨大カールができたわけです。

逆に槍ヶ岳や、剱岳は、山が堅くて浸食されにくい。
氷河にやられにくいのです。


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涸沢ヒュッテに到着。
北アルプス有数の山小屋です。
★★★★★の山小屋です。
ここで、ひとまず休憩。
朝日を浴びながらコーヒーをすすりました。
おもえば最高の贅沢だったかもしれません。


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嫁さんとコーヒーを飲み終えて、下山することにしました。
ルートは、パノラマ新道です。
本当は、横尾経由で涸沢を降りるのが一般的なのですが、
今回は、槍ヶ岳に未練を残しての下山だったので、
槍ヶ岳を望めるパノラマ新道経由で、上高地に向かいました。


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北穂高が見えています。
頂上には、山小屋(北穂山荘)が見えます。


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眼下には、横尾に向かう本谷が。


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で、見えてきました。槍ヶ岳が!
大キレットもよく見えます。


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本谷から槍ヶ岳の様子がよく見えます。
パノラマ新道を歩くこと、30分くらいのところです。


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つづく。

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2011年10月20日

2011年 通風男の北アルプス縦走記6(最終回)

2011年 通風男の北アルプス縦走記6(最終回)

私が、奥穂高山荘で、重大なミスをして、下山したことは前に述べました。
今年は例年より早く南岳小屋が閉まっていたことに気がついてなかったのです。
となると槍ヶ岳肩の小屋まで10時間の歩行になる。
17時20分日没の10月の気象での大キレットは、危険きわまりない。
おまけに稜線は強風。
で、涸沢岳で下山を決断。
かわりに、涸沢からパノラマ経由で帰ることにしました。
コースタイムは、1時間増えますが、このコースの展望は、北アルプスで一番素晴らしい。
大キレットも、槍ヶ岳も見えるコースなのです。
で、見えてきました。槍ヶ岳が!
大キレットもよく見えます。

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 槍ヶ岳。
 こんなに尖っている山は、他にありません。
 だから槍ヶ岳という名前なのですが、
 昔、山岳会の若手だった頃は、先輩に氷河によって造られたと習ってました。
 実際、どの登山の本にも、そのように書いてあります。


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 しかし、今では、否定されています。
 このへんは、2004年に噴火した浅間山麓の住人として、
 槍ヶ岳の地質には、興味津々だったりします。

 実は、槍ヶ岳の穂先は東に傾いています。
 もし槍ヶ岳が、氷河が削ってできたなら、このような非対称にはなりません。


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 それに疑問を感じた信州大学の原山智氏は、槍ヶ岳の柱状節理に注目しました。
 本当なら垂直なはずの柱状節理が東に傾いているのです。
 つまり、地層自体が東に傾いたのです。



柱状節理が東に傾いている
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 で、調べてみると槍ヶ岳の地下にマグマが入って槍ヶ岳を隆起させていることが分かりました。本来は、槍ヶ岳と、その西側にある笠ヶ岳は、同じ地質なのですが、槍ヶ岳の西側に地下から花崗岩が入ってきて、槍ヶ岳の西側の基盤を押し上げてしまった。そのために西側の方が高くなって、槍ヶ岳は東に傾いてしまったのです。その切れ端が、槍ヶ岳の穂先ということです。つまり、槍の穂先の原形は少なくとも数十万年前にはできており、二万年くらい前の、氷河期の氷河による浸食でできたものではないとのこと。


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 難しい話は、これで終わりにして、
 下山途中に見知らぬ美人が、
 私の方に声をかけてきた。
 きっと、私の後ろの人に声をかけたのだろうと、
 後ろをふりむいたら、そこには岩しかなかった。


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「え? 俺? で、あなた誰?」

と思っていたら、昔、北軽井沢ブルーベリーYGHでヘルパーをやっていたニュージーランド娘だった。


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「あれ? どうしてここに? 沖縄じゃなかったの?」


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どうやら山が恋しくなって、従兄弟と、お母さんと、涸沢の紅葉をみにきたらしい。
それにしても、偶然というのは恐ろしい。
もし、下山を決意してなかったら、
もし、パノラマ新道を選択してなかったら
彼女には会えなかった。


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さらに下山。
ナイロンザイル事件の碑。
氷壁のモデルになった、ナイロンザイルの事件は、
この近くの明神岳でおこりました。
合掌。

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徳沢園。
ユースホステルだった時期もありました。
氷壁の宿です。

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明神岳。

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上高地のカッパ橋です。
芥川龍之介の「河童」の舞台です。
遠くに見える山は、奥穂高。
昨日の今頃は、あの山のてっぺんにいました。

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これです。

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これは、ジャンダルム。
雷鳥がいた岩です。

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大正池。

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この後、物足りなくなった私たちは、翌日、四阿山と根古岳を縦走しました。
その記録は、すでにアップしてあります。


つづく。

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2012年10月10日

今年も2泊3日で、北アルプスに登ってきました

今年も2泊3日で、北アルプスに登ってきました。

驚いたことに、今年も、知り合いとバッタリニアミスしたことです。
九州のH崎さんと、涸沢で会ってしまったのには笑いました。

ちなみに今年の涸沢の紅葉は大豊作。
ここ10年で最高に美しい紅葉であったと段下出来ます。
あとで、その美しい紅葉風景をアップしたいと思います。

私が、毎年、北アルプスに遠征している理由は、
最近の登山状況をリサーチするためですが、
驚いたことに今年は、登山者が増えています。
それも若い女性が増えている。
もちろんガイド会社の団体様も多い。

今回は、3つ山小屋の御主人と、観光協会などの窓口などで、いろいろな情報を仕入れてきました。いずれ、ここに書こうかと思っています。


つづく。

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2012年10月11日

嫁を上高地に置いて、一人で北アルプスに登ってきた1

嫁(妊婦)を上高地に置いて、一人で北アルプスに登ってきた1

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 私は、毎年、10月連休後に、北アルプスに登って北アルプスの現状を調査し、最近の山情報を仕入れています。なぜ10月連休後かと言いますと、一年で最も晴天率の高い日だからです。10月10日の体育の日は、一年を通して晴れの多い時期とされ、10月10日にオリンピックの開会式が行われたのも、この時期の気候が考慮されてのことです。

 それから、なぜ定期的に北アルプスの調査を行うようになったかと言いますと、私が持っている山の情報が古くなりすぎているからです。だから北アルプスにいってきてヒアリングしてこないといけない。

 10月8日の連休最終日。御客様を全員送り出して、大急ぎで部屋掃除をし、荷造りをし、準備完了したのが昼の11時。水をとめ、火の元をとめ、出発したのが13時頃です。ここから上高地の入口である沢渡まで、車で3時間のコースです。もう何度も行っているので、道は全て記憶している。16時頃には沢渡に到着。ここからシャトルバス(1200円)に乗るのが一般的なのですが、私たちは、登山情報のヒアリングが目的なので、タクシーに乗ります。タクシーは、4000円もしますから交通費はかかりますが、それにみあう情報が得られるので、私たちは必ずタクシーを使います。今回も、貴重な情報が得られました。

「今年は、混んでますか?」
「紅葉が良いですからねえ」
「困ったなあ、宿はとれないかなあ」
「御客さん、予約してないんですか?」
「山小屋なら、なんとかなると思って」
「最近は、高いホテルを避けて山小屋に泊まる一般客の人が増えましたから、明神・徳沢あたりの小屋でも油断ならないですよ」
「ここなら泊まれるという宿はありますか?」
「アルプス山荘かなあ」
「アルプス山荘? 聞いたことが無いなあ」
「旅館山小屋組合に入ってない宿なので、どこにも広告が載ってないんです。値段も上高地のホテルの中で一番安いです。しかも必ず開いている。誰も知らないから」
「場所はどこ?」
「バスターミナルの目の前です。ちょっとよってみましょうか」

 てな具合で、タクシーには貴重な情報が転がっています。結局、希望の宿に泊まれましたからアルプス山荘には泊まりませんでしたが、こういう情報はありがたい。タクシーを下車した私たちは、真っ先に観光案内所に直行。宿を確保するためです。しかし、気むずかしそうな外国人相手に、てんやわんやしている。案内所で宿を手配してもらうと、案内所が手配料をもらうことになっているのだが、外人には、それが納得できないらしい。

「だったら自分で探せよ!」

と言いたくなる。後ろに、私などの人間がつかえているのだから。日没まで、あと1時間しかない。宿(山小屋)の確保は緊急なのだ。しかし、融通のきかない外国人はねばる。

「しかたない、直接、俺たちが宿に電話しよう」

 今回、私たちが泊まりたい宿は、明神池の嘉門次小屋である。でなければ、明神池の「ひだのや」「明神館」のどれかである。まず、嘉門次小屋に電話したら、男一人しか泊まれないという。仕方が無いので、明神館に電話して、やっと部屋を確保した。相部屋一泊二食で8400円だった。
 
 で、外人さんの方は、どうなったかというと、案内所が折れて手配料はとってなかった。そのかわり電話で

「外人さんは、手配料ということを理解しないので、そちらの方で、手配料と宿代の両方を請求してください」
 
 と、ちゃっかり宿側に手配料込みの価格をとるように指導していた。
 まあ、当然と言えば当然のことだと思う。
 逆に、私たちは、このトラブルのおかげで、
 直接、宿に電話することになり、手配料を支払わなくてすんだ。
 で、案内所の人は、不機嫌になったかな?と思いきや、ニコニコしている。
 変だな?と思ったら山屋さんだった。
 私の姿をみて同類がやってきたと思ったらしく、世間話がはずんだ。
 
 こうなってくると、こっちのものである。
 さっそくヒヤリングを開始した。
 
「今年の涸沢は、どんなかんじですか?」
「人だらけだよ」
「へえ」
「ひところ登山人口が減ったと言われていたけれど、戻ってきたね」
「山ガールですか?」
「それもあるけれど、写真だね」
「写真?」
「中高年の写真マニアが紅葉をねらってきている」
「テント場は混んでますか?」
「もう、ぎっしり」
「えええええええええええええええええええええええええええええええええ?」
「昔なら、1テントに5人くらいで寝たものだけれど、今は、一人一テント!」
「一人一テント? テントも個室時代なんですか?」
「そう、テントも個室時代。10人のパーティーがやってきて、10テントを張る。昔なら2テントだったのに」
「アハハハハ、漫画みたいですね」
 
 観光案内所のヒアリングは大成功であった。
 有意義な情報を大量に仕入れて明神池の明神館に向かいました。

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 17時30分。明神館に到着。
 まずマネージャーに挨拶して部屋に案内してもらった。
 ここは、従業員よりも、マネージャーの方が愛想が良い。

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 部屋は、ユースホステルを思わせる二段ベットであったが、マネージャーの心遣いで個室で使わせてくれた。とても気の良いマネージャーであった。

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山ガールコンテストもやっていた。

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食事もなかなかである。

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食事の時は、ユースホステルのようにミーティングも行っていた。
歴史について、山について、宗教について、たっぷり1時間は解説してくれたとおもう。

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で、私の席の隣に、例の外人さん夫婦がいた。
まさか、この外人さんたちと、次の日も一緒の山小屋に泊まるとは、この時は想像もしてなかった。
しかし、事実は小説より奇なりである。


つづく。

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2012年10月12日

嫁を上高地に置いて、一人で北アルプスに登ってきた2

嫁を上高地に置いて、一人で北アルプスに登ってきた2

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 翌日、朝6時に、明神館に嫁さんを残して、涸沢方面へ出発。
 途中、明神岳の朝焼けをみながら前進。
 これは屏風岩。

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 ロッククライマーが憧れる岩場である。
 今日は、チャレンジしている人はいなかった。

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 登っていく毎に、紅葉の美しさが目立ってくる。

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 9時頃に涸沢に到着。ここまでは順調であったが、ここから先は、遅々として進めなかった。あまりに紅葉が美しすぎて、それをカメラで写すのに忙しすぎて前進できないのである。毎年、この時期に北アルプス縦走にきているのだが、ここ十年で一番紅葉が綺麗なのである。もっとも、それは私に限ったことでは無く、ハイカーの大半が、登山を中断して、あちこち写真を撮っていた。今回は、その美しい涸沢の紅葉を紹介したい。

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眼下に涸沢ヒュッテ

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11時頃、穂高山荘に到着。

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ここで事件がおきた。
私の目の前で登山者が滑落したのだ。
もちろん県警のヘリが救援にやってきて、搬送する。

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山をなめてはいけない。
こんなにも美しい涸沢だけれど、決して油断してはいけないのだ。
ちなみに、この1日前にも滑落事故があったが、
深夜の10時になっても下山し続けていたのが原因である。
信じられない非常識である。
滑落するに決まっているではないか!


つづく。

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2012年10月13日

嫁を上高地に置いて、一人で北アルプスに登ってきた3

嫁を上高地に置いて、一人で北アルプスに登ってきた3

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11時に山小屋に到着し、チェックインをすませたあとにラーメンを注文した。
妙に美味しかったのは、体内に塩分が不足しているためである。
だから私は、山小屋に着いたらラーメンを注文する。
そして、塩分を補給しつつ、自分の体調を知るのだ。
もしラーメンが美味しすぎたら、危険信号。
塩分が不足している可能性がある。
登山に、塩分不足は、非常に危険であるから、ラーメンはかかせない。

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また、異常に寒気を感じていたらカロリー不足である。特に糖分が不足している可能性が高い。空気が少ないところで、糖分が不足していたら脳が危険なので、チョコレートをほおばる。すると体が温かくなる。着込むよりも、よほど体温があがってくる。

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で、おちついたら館内を散策し、トイレの数・非常口を確認する。

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そのさい、できるだけ山小屋のスタッフに愛想良く挨拶をする。
そして仲良くなって、情報を聞き出すのだ。
もちろん、お土産も持って行った。
ちなみに、ここの山小屋のスタッフは、とても愛想が良い。
どうしてかな?
と思っていたら、混み合ってくると、御客さんの中からアルバイトを急募して、スタッフの数を揃えてしのぐらしい。全く、すごい山小屋であるが、このへんはユースホステルも似たようなものなので、人のことはいえない。山小屋も、ユースホステルと同じで、スタッフと御客さんの垣根が低いのだ。それが証拠に連泊すると二千円も安くなる。

「さっき滑落者がいましたけれど、最近、こういう事故が多いんですか?」
「多いみたいですね、さっきの場合は、山小屋のそばだったから、大勢の人が、すぐに助けに行けましたけれど、人気の少ないところだと命取りですね」
「私の友人は、笛を吹いて救援をよんで、死なずにすみました」
「それは、素晴らしい。最近は、救難用の笛をもってる人も少なくなりましたからね」
「まあ、今は携帯がありますからね」
「それが、その携帯が問題なんですよ」
「え?」
「ソフトバンクを持って登山する人が増えているんです」
「えええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ?」

 北アルプスでソフトバンクは通じない。
 いや、全国、どの山でも通じないのではないのではないか?
 
 登山家は、ドコモの一択しかない。まあ、AUという手も無いことも無いが、たいていの山小屋では、アンテナは1本しかたたない。ドコモは、3本たつ。ソフトバンクは壊滅的に通じない。だからドコモの一択なのだ。
 どんなにドコモに不満があったとしても、ドコモを選択するしか無いのが現状なのである。これは、少しでも山をかじっている人間の常識である。
 最近は、便利な登山雑誌が発行されるようになり、全国の山小屋の携帯電波状況を掲載されるようになってきたが、それを読んでも、ドコモが圧倒的に強い。
 まれにAUが強いところも無くはないが、ソフトバンクが強いところはゼロ。いや、ソフトバンクの場合は、電波が届いてるのさえ奇跡に近い。だから、ソフトバンクの携帯を持って登山しても意味は無いのである。
 
「トイレをみたんですが、大便器は3つしかないですよね。今日は、三百人くらい泊まっているみたいですが、混み合いませんか?」
「混みますね。でも、混むときは、こういう裏技があります」
「え?」
「テント宿泊用有料トイレを使うんです。あとこには便器が5つあるうえに、これだけ寒いとテントを張る人は少ないですから、あそこはガラガラです。おまけに宿泊者たちは、館内のトイレを使います。外に出てまでトイレに行く人は滅多にいません」
「なーるほど!」

 山小屋スタッフさんには、いつも有意義な情報をいただけるので、彼らとの会話は、本当に楽しい。
 
 夕食は5時からだった。
 御飯は3杯。
 味噌汁は2杯おかわりした。

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 食堂で驚いたことは、一人旅が少ないことである。
 みんな団体様ばかりである。
 ガイド会社のツアーも目立っている。
 山ガールたちも多い。

 しかし、ホステラーのはしくれである私は、同じテーブルのみなさんと、おおいに会話を盛り上げて、さっさと去って行った。みんなを盛り上げておけば、みんなは楽しく会話しながら、ゆっくり御飯を食べる。その隙に私は、5時半の日没の写真を撮りに一番良いポイントを確保できるのだ。

「あれ? もう食べちゃったの?」
「まだ十分くらいしかたってないんでないの?」
「早飯なんですよ」
「早飯って、てんこ盛り3杯、おかわりして、おひつの交換までしていたでしょ!」
「あれ? そうだっけ? とにかく失礼しますね」

 とにかく私は、夕日を撮りたいのである。
 みんなは、酒でもりあがってくれ!

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 ちなみに、この日は、素晴らしい日没であった。

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つづく。

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2012年10月14日

嫁を上高地に置いて、一人で北アルプスに登ってきた4

嫁を上高地に置いて、一人で北アルプスに登ってきた4

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日没後、私は星をながめた。
悔しいけれど、穂高からみた星空は、北軽井沢の星空よりよくみえる。
夏の大三角、秋の四角形がくっきりと見えた。
北斗七星だけは、涸沢岳の陰に隠れてみえなかったが。

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すると暗闇の中で「こんちわ」と私に声をかけてくる人がいる。
食事のときに同じテーブルにいた人である。

「一杯(酒)やりませんか?」
「いやー飲めないんです」

本当は飲みたいのだが、しばらく岩場で星をみる予定なので、酒は飲まないことにしている。危ないからだ。

「それにしても今夜は星が綺麗ですね」
「あっ、本当だ!」

私は、得意の星の解説をしはじめた。すると、人が、わんさか集まってきた。気がついたら二十人くらいにかこまれている。山屋さんたちは、好奇心が強いのである。このへんは、ユースホステルのホステラーさんたちと、何ら変わりが無い。その人混みの中から、途中まで同行していた少年と再会した。高校を中退して、山登りをしている少年である。

「おう、また会ったな。今日は、穂高山荘に泊まり?」
「はい」

彼とは、1時間ほど一緒に歩いて涸沢ヒュッテで分かれた。お互いに一人だったので、気が合ったのもある。けれど、きっかけは少年が山に無知だったので、多少の常識を教えてあげたのがきっかけとなって1時間ほど一緒に登ることになった。

 最初、少年は、なぜ山で挨拶をするんだ?と怒っていた。
 挨拶がめんどくさいと思っていたのだ。
 これでは怪我をするなと思った私は、信じられないことに、少年に余計なお節介をした。

「君は、山を登るときに足下をみているね」
「ええ」
「そんな時、上から人が、音も無くやってきたら危ないだろ?」
「はい」
「だから山では、2つのルールがある。挨拶をして、人がいることを知らせて相手に危険を察知させる。もう一つは、上をみてない登りの人を優先させる。命にかかわる登山では、この2つは重要なんだよ。とくに岩場の挨拶はね」
「なるほど」
「それに大声での挨拶は、思わぬ得もある」
「どんな?」
「山で知り合いと出会えるんだよ」

 実際、去年も一昨年も、そして今年も、挨拶することによって知り合いと出会う私であった。それは、ともかく、この少年に、星の見方を教えたら、興味をもったらしく、私が寝たあとにも、さかんに星をながめていた。天文の勉強をしようかな?と呟いていた。

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 翌朝、朝食はとらなかった。
 5時半の御来光をみるためである。
 そのかいあって、絶景をおがめた。

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つづく。

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2012年10月15日

嫁を上高地に置いて、一人で北アルプスに登ってきた5

嫁を上高地に置いて、一人で北アルプスに登ってきた4

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 翌朝、御来光を見たあとに、迷った。
 予定では、穂高岳・北穂高岳に登るつもりだった。
 そのつもりで朝食はとってない。
 
 しかし、嫁を上高地に置いてきたのが気がかりになっていた。私の友人は、みんな高齢出産で帝王切開をしている。順調だったのに胎盤がはがれかかって生死をかけたりしている。帝王切開で早産だと母乳が出なくて苦労していたりする。そういう事例をたくさん知っているので、あんまり待たせると、さんざん上高地を歩き回って体調をくずさないか心配になる。なにしろ紅葉が素晴らしすぎるから。
 
 それに涸沢の紅葉が良すぎるのも迷った理由である。縦走は、いつでもできる。しかし、この紅葉は、今後、滅多に見ることが出来ないかもしれない。そうなると、もう一度、あの素晴らしい紅葉を見ておきたい気もしてきた。登りは、涸沢ヒュッテから穂高山荘までの紅葉をみてきた。となると下りで、穂高山荘から涸沢小屋までの紅葉をみてみたくなる。
 
 迷いに迷ったあげく、下山を決意した。
 紅葉に負けてしまった。
 縦走よりも、紅葉に走ってしまった。
 団子より花に走ってしまった。

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 涸沢小屋までのルートは、涸沢ヒュッテまでのルートより、はるかに紅葉が美しかった。
 当たりルートであった。
 
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 これが涸沢小屋である。
 評判の良い小屋ではないが、ロケーションは涸沢ヒュッテよりも素晴らしい。

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 その後、涸沢ヒュッテでラーメンを食べた。
 これが朝食である。
 穂高山荘のラーメンより美味しく感じてないので塩分がたりているなと実感した。
 ここで、知らない山ガールたちが私の方に挨拶をしている。
 私に女性の知り合いがいるはずはないと思って、後ろを振り向いたら壁しか無かった。
「あれ? 俺なの?」
 聞いたら、昨日、山小屋で一緒に星をみていた人らしい。
 大勢いたんで、こっちは誰なのかわからない。
 全く、目立ったことはするものではない。
 今後は、地味に下山しようと心に誓って、下山していたら途中で
「佐藤さんですか?」
 と別の山ガールに声をかけられた。
 今度は、名指しだったので後ろを振り向かなかった。
「え? 誰?」
「九州のHアです」
「えええええええええええええええええええええええええええ、なんでこんなところに?」
 と言っても、それはお互い様であった。
 彼女は、北穂に行くと言っていた。

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 氷壁の宿徳沢園。

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 明神岳。
 昔は、穂高といっていた。
 稲の穂のように高いという意味である。
 奥に、奥穂高ができると、明神(神の山)という名前に変えたが、
 本当は、この山が穂高なのである。

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 明神館。
 明神とは、神様のやどる場所という意味。
 今でこそ、上高地が入口になっているが、昔は、明神が北アルプスの入口であった。
 そして、横尾が開発され、最後に上高地が開発されている。
 上高地は、一番最近になって開けたところなのである。

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 営林署の看板。
 ちなみに国立公園を長いこと保護してきたのは、営林署(旧厚生省)である。
 このことを環境省は、決して言わないけれど、長いこと自然を守ってきたのは営林署だったりする。

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 これは環境省のビジターセンター。

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 環境省は、自然を守ると言うより、自然教育に重点をおいている。
 自然を熟知しているのは、むしろ営林署の方だったりする。
 なので、このようなビジターセンターで教えている情報は間違いも多かったようで、
 何度も営林署の職員が訂正をもとめていたりする。
 その象徴がカッパ橋と小梨平かもしれない。

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 これは大正池。

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つづく。

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2012年10月16日

嫁を上高地に置いて、一人で北アルプスに登ってきた6

 さて、嫁はどうしたのかというと、嘉門次小屋に予約を入れて置いてきた。
 これが嘉門次小屋である。
 イワナを囲炉裏で焼いてくれる、おすすめの宿である。
 ちなみに上高地で一番安い宿でもあり、一泊二食で7350円。

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 嘉門次とは、北アルプスの有名なガイドである。明神池に小屋を建て、猟をして生活をしていた。ウェストン夫妻を北アルプスへ案内したことで有名である。明神池に建てた小屋は、のちに嘉門次小屋と呼ばれることになり、それが現代まで続いている。ちなみに現代の嘉門次は、4代目であり、酒に酔うと歌など歌ってみせる。

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 さて、明神池であるが、ここには海の神様がまつられている。
 実は、長野県には、海の神様を祭る一族がいる。
 安曇族である。
 本家は、九州の志賀島でうるらしい。
 
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 古事記・日本書紀などに登場する安曇族は、製鉄をなりわいとしていた。で、製鉄に必要な水銀を求めて山中をさまよい、ついに明神池にたどりついたという。その時、巨大な山に圧倒されて、稲穂のように高い山。つまり穂高と名付けた。
 
 ちなみに明神池の穂高神社の祭神は、志賀海神社と同じである。中殿に穂高見命、左殿に綿津見命など海神を祀っている。さらに祭になると大きな船形の山車が登場する。そして、そのお祭りは、私たちが入山した日にあったのである。
 
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 歴史好きな私は、このお祭りが見たかったのだが、それをふりきって山に登ってしまった。
 で、かわりに嫁さんに見てもらったのだが、あまり興味はなかったみたいだ。
 以下、嫁さんが写した写真である。

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2012年10月17日

嫁を上高地に置いて、一人で北アルプスに登ってきた7

嫁を上高地に置いて、一人で北アルプスに登ってきた7

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 昔、全国の友人たち30名くらいで、毎年のように、お盆に北アルプス縦走をやっていました。そして上高地で解散して、全国に散っていったわけですが、いつも何人かの人間が、日程にゆとりがあったりして、清里でテントを張ったり、長野県のユースホステルに泊まったりしました。

 20年ほど前、北アルプス縦走の帰りに安曇野ユースホステルに私を含む数人が泊まりました。当然のことながらユースホステルで食事をしたんですが、こっちは団体なので、一人旅の御客さんに気をつかって、あちこちに声をかけていたんです。
 で、たまたま私が声をかけた人が、凄い人だった。
 55日の最短期間で百名山全てを登ろうとしている人だった。

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 これがどんなに凄いかというと、百名山の中には、3日かけないと登れない山があったりする。もちろん悪天候でも登れない。なのに55日で百名山を全部登ろうとしている人を発見したので、感動した私は、御客さん全員に紹介した。

 もちろん他の御客様も大感動。
 今まで、誰とも会話しなかった、その人は時の人となった。
 そして彼は、いきなり饒舌に話しを始めた。
 
 で、私は後悔した。
 失敗したなと思った。
 
 55日で百名山を全部登ろうするのは確かに凄いことなんだけれど、その自慢を聞きたいわけでは無い。仲良く世間話をしたかっただけだった。けれど、それによって安曇野ユースホステルが、私の好む雰囲気ではなくなってきたので、私は、みんなから離れた。
 
 で、一人になって安曇野ユースホステルに置いてあった郷土資料を読み始めた。
 暇つぶしであったが、読み始めて愕然とした。
 安曇族について書いてあったからである。
 
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 安曇族は、九州は志賀島(博多)を本拠としている海の一族で、後漢の光武帝から授かった「漢倭奴國王」と彫られた金印が出土した地が安曇族の本拠地である。早い話が奴国こそが、安曇族。彼らは日本海沿いに北上し、ついに安曇野(大町から松本までの地域)に来たらしい。しかも、その一族は、穂高に海を祭る神社を作ったという。
 
 その末裔が海野氏。
 つまり真田一族なのである。
 
 なんと壮大な話であろうか!と感動し、私は貪るように安曇野ユースホステルにあった郷土資料を読みあさった。そして、小一時間もたったころ、私のところにM子さんがやってきた。

「何を読んでるんですか?」
「安曇野にやってきた古代人の話しなんだ」
「どういう話なんですか?」
「あれ? みんなと百名山の話をしなくていいの?」
「いや、ちょっと、耐えきれなくて。実は・・・・・・・・・」
「ああ、そうういうことか」
「それより古代人の話を教えてください」
「そうそう、槍ヶ岳の帰りに明神池によって、神社をみたよね」
「はい」
「あの神社は、海の神様を祭る神社で、九州からやってきた古代人が建てたものらしい」
「山なのに海の神様ですか?」
「そうなんだ」

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 実は私は、スポーツのように短時間で山に登って、それを競うことにはあまり興味が持てない。もちろん、やろうと思えばできなくはない。現に、毎日のように2時間で浅間山に登っているし、時間があれば、そのあとに2つくらいの山は登ってしまう。
 けれど、本当は、山の中腹で2時間も3時間も昼寝をして楽しみたい口である。でなれけば、地質や植生を調べたり、藪をこいで新ルートを発見するのが私の趣味でもある。しかし、一番の趣味は、郷土資料に、はてしないロマンを感じ、歴史を学んでは感動し、奥の院を調べたりのフィールドワークするほうが、もっと楽しい。
 
「そう思うんだよね」
「いいですね」
「じゃあ、いつか一緒に、そして仲間たちと一緒に明神池の本体と安曇族の正体を解明しよう」
「はい」

 20年前に、こんな約束をした。
 
 しかし、この約束を私は、いつのまにか忘れてしまっていた。今は2児の母親になったM子さんも忘れてしまっていると思う。しかし、今回、久ふりに思い出してしまった。今、私は、インターネットを使って心の旅を続けている。安曇野ユースホステルには、まだ、あの郷土資料は置いてあるのだろうか?
 

つづく。

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2012年10月18日

嫁を上高地に置いて、一人で北アルプスに登ってきた8

嫁を上高地に置いて、一人で北アルプスに登ってきた8

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 穂高から下山して、上高地で嫁さんと合流した。日程では、あと2泊できる。このまま帰っても良いのだが、嘉門次小屋に泊まって安曇族の話を聞いたり、先代の嘉門次さんのことや、上高地の歴史を聞くという選択肢もあった。なにしろ上高地は、もともと神川内(かみこうち)と言われていたところである。上高地ではなく、神川内(かみこうち)なのだ。明神神社の宮司さんにも会いたいし、舟の山車も見たかった。なので、嫁さんに嘉門次小屋のことを聞いてみた。

「すごく良かったよ」
「そうか!」
「囲炉裏のそばで、いい感じで酔っぱらっている人がいたんで『どこから来たんですか?』と聞いたら、『四代目の嘉門次です』と言われてしまった」
「ハハハハ、無知は怖いなあ。いや、怖いもの知らずというやつか」
「でも歌を歌ったりして、嘉門次さんは嬉しそうだったよ。何も仕事せずにひたすら酒を飲んでいたしね」
「え? 仕事しないの?」
「うん、囲炉裏で御客さんと世間話しているだけ」
「仕事はどうしているの?」
「従業員が、7人いる」
「なるほど」
「で、御客さんが7人しかいなかった」
「それなら酒が飲めるな」
「でも、満室でも酒を飲んでいるらしい。嘉門次さんの仕事は、囲炉裏で酒を飲むことらしい。で、時たま従業員を一人一人呼びつけて、酒を振る舞うのが嘉門次さんの仕事なのだそうだ」
「ということは、従業員さんは酒を飲みながら仕事をしているの? すごい山小屋だな」

 私は、ますます嘉門次小屋に泊まりたくなった。
 いや、泊まるつもりになっていた。


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「そうそう、五千尺ホテルのせがれさんも来ていて、嘉門次さんと一緒に酒を飲んでいた」
「え?」

 その瞬間、泊まる気まんまんだった私の気が萎えた。

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 五千尺ホテルというのは、上高地のナンバーワンほてるです。六本木における六本木ヒルズみたいなものです。当然のことながら財産もあり地方財閥として長野県に強力な影響力ももっている。しかし、このホテルには黒い闇があった。そのために権力で上高地の歴史を抹殺し、塗り替えようとしている。

 しかし、それに待ったをかけたのが、元営林署の職員であった上条武氏であった。彼は、平成8年(1996年)に446ページにのぼる自費出版で驚愕すべき内容の本を出した。しかも大半のページが、第一級史料の紹介の写真によるであり、その真実を疑いようのないものであった。

 もともと五千尺ホテルは、井口良一という画家が建設したものであったが、ある2人によって騙し取られ、しかも、騙し取った本人も、従業員に騙し取られて裁判まで起こしている事実があった。それを資料を紹介しながら淡々と述べている本が、上条武氏が自費出版した本である。

 当然のことながら裁判になった。本は圧力でもって事実上、長野県で発売できなくなっている。そもそも、その本も東京の小規模出版社で自費出版せざるをえなかった本である。五千尺ホテルという上高地の巨大権力に対して一人の老人が、なけなしの貯金をくずしながら孤軍奮闘してきた姿勢には感動さえおぼえる。





上高地 (1) [単行本]
上条 武 (著)
単行本: 466ページ
出版社: 独木書房 (1996/05)
ISBN-10: 4900697516
ISBN-13: 978-4900697515
発売日: 1996/05


 さらに上条武氏は、第2段として、上高地の歴史や自然に関する定説の過ちを徹底的に論証して見せた。それが上高地 (3)である。これによると、環境省のビジーターセンターは、間違いだらけの上高地解説を長年やってきたことになる。その原因は、環境省はまともに自然と歴史を調べてなかったことにある。


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 しかし、資料は営林署にたくさんあったのだ。良くも悪くも営林署こそが、戦前から国立公園を保護してきたのだから。環境省が営林署に調べに行けば、各種の届けの記録などは簡単に調べられるし、自然のことも教えてもらえたはずだ。そこには、第一次資料があったのだから。しかし、環境省は、営林署を敵扱いしたのか、そういうことはせずに、郷土史家や五千尺ホテルなどの地元民の証言だけを信じた。そのために歴史が改ざんされたというのである。
 上条武氏は、その改ざんを写真や出版物や公的資料(登記簿など)や、ウエストンの日記などによって一つ一つ間違いを正していった。その作業は厖大なものであり、頭が下がるの一言である。


上条武氏の著書


上高地 (3)
単行本: 373ページ
出版社: 独木書房 (1997/04)
ISBN-10: 4900697834
ISBN-13: 978-4900697836
発売日: 1997/04


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 しかし、その改ざんは、訂正されつつある。
 上条武氏の大金を投じての自費出版のおかげである。

 常日頃から上条武氏に感謝している私は、急に嘉門次小屋に泊まりたくなくなって、北軽井沢ブルーベリーYGHに帰ることにした。今にして思えば、ちょっと惜しいことをしたなと思っている。五千尺ホテルのオーナーの息子に会っとけばよかったと思ったが、あとの祭りであった。いつか五千尺ホテルにも泊まってみたいと思う。



つづく。

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posted by マネージャー at 23:27| Comment(2) | TrackBack(0) | 上高地・北アルプス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする