2011年03月18日

あえて九州人は明るく元気に過ごして日本を支える

hama@長崎さん

以下、引用です。−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
東日本大地震で被災された皆様に心よりお見舞い申し上げます。

東北・関東にお住まいの皆様の厳しい現状に、
今のところ義援金という形でしかお手伝いできないのを歯痒く思ってます。

ツイッタ―では、「あえて九州人は明るく元気に過ごして日本を支える、
元気にガシガシ働いて税金をいっぱい納める」みたいなツイートが多いようです。
長崎では日常生活に全く支障はありません。ニュースをみて現実に引き戻されるといった感じです。
だけど、信じられませんが、この九州・福岡でも買占めに走っている人が一部いるようです。
関東近辺に住んでいる人に送るのかもしれませんし、
被災された方に援助物資として送るために購入されているのかもしれません。
お店の棚からカップめんがなくなったと聞くとちょっと驚きますね。
これからも冷静に震災や原発について見守りながら、
自分にできることを探していきたいと思います。
マネージャーさんのレポートはわかりやすくて、
よくまとまっていて役に立っています。ありがとうございます。
Posted by hama@長崎 at 2011年03月17日 21:50
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−以上、引用終わり

これは私の個人的な考えですが

「あえて九州人は明るく元気に過ごして日本を支える、元気にガシガシ働いて税金をいっぱい納める」

というのは、とても良いことだと思っています。
今は、電力が余っている西日本だけがたよりです。
どんどん、生産してもらいたい。

これから復興事業に邁進していかなければなりませんが、
残念ながら電力の少ない関東では駄目なんですね。
例えば、製鉄(電気炉)・電気溶接を思う存分できない。
だから西日本にやってもらうしかない。
西日本で製品を作ってもらうしかない。
で、東日本は、その製品を使って土木をやる。
この分業ですね。

あと、これから一瞬、円が高くなりますが、これは16年前の阪神大震災でも同じでした。
復興費用に、日本が海外資産を売って円を買い戻すためです。
また保険の支払いなどでドルを円に戻して日本に支払うために一時的に円高になります。
しかし、これは、すごく良いことで、これによって海外から復興資材やエネルギーが安く買える。
16年前の阪神大震災の時も、そうだったんですね。

まあ、これで儲けようとする人もいるでしょうが、それはそれでよい。
日本人が儲ければ、その分日本が潤う。
どうせ一段落したら円安になる。
それまでの間に日本企業は、海外から原材料を安く買ってしまえばいい。


あと、カップ麺ですが、北軽井沢も佐久もまだ残っています。
消えているのは、「安いカップ麺」だけ。
高価なモノは、大量に残っています。
もちろん、うどん・蕎麦・パスタもあるしカレーなんかも大量に。
今じゃ、誰も買う人はないですね。

ティッシュやトイレットペーパーも残っています。
制限があって数個しか買えませんが残っています。
むしろ野菜なんかは、ふだんより安いくらい。
寿司屋も、牛丼も、何でも食べられます。

この状況は、あきらかに買い占めですね。

けれど、この買い占めは、馬鹿馬鹿しすぎる。
本当なら平和なときに安いモノをストックしておいて、
緊急の時に使うものですよ。
それを今になって買うなんて。

電池は、単一は完売していましたが、単三は大量に余っていました。
となると、分かる人には、分かりますね。
単三を単一にする変換カセットを買えば良いこと。
電気屋か百円ショップに売っています。
でも、電池って、そんなに必要ですかね?
今あるもので充分では?と思っているんです。

防災ラジオも売り切れていましたけれど、
車にカーラジオ持ってる人が、買う必要があったのかな?と。

逆に、今、絶対に買うべきものがあります。
週間誌です。
今のうちに地震関連の資料を大量に買い集めて資料にするべきです。
でないと、忘れっぽい日本人は、みんな忘れてしまいます。
私が、毎日、大量にブログに書き込んでいるのも資料的な側面があります。
実は、今が、とても貴重なんですよね。

トムラウシ遭難事故の時もそうでしたが、ふーんで終わらしたら絶対に教訓になりませんから。


つづく

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posted by マネージャー at 03:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 特設 被災者の疑問を調べます | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ブログの右上に、放射線のデーターの載っているリンクをつけときました

1ファンさんから

以下、引用です。−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
原発に関する情報で、twitterに話題になっていた英国大使館のアナウンスメント原文です。
Situation at Fukushima nuclear plant
http://ukinjapan.fco.gov.uk/en/news/?view=News&id=566914282

こういう情報が大切ですよね!

まぁ、アメリカ大使館は日本にいる米国市民に80km圏内に立ち入らないようにアナウンスしてますが・・・
http://japan.usembassy.gov/e/p/tp-20110317-01.html
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−以上、引用終わり

貴重な情報ありがとうございました。大変たすかります。
私も、ブログの右上に、放射線のデーターの載っているリンクをつけときました。
参考までに。

あと、政府は、こうなる前に避難勧告をだすべきでしたね。
それと千葉県の地知事は、えらいですね。
独自にバスをチャーターして、被災地にいる県民を救出したとか。


それと、意外なことに、ネットやツイッターで、
全国民がアイデアをだして協力しあっているのには、驚きました。

「Yahoo知恵袋で冷却アイデア続々」

で、検索すると出てきます。
読んでいくと、やるな!
っという感じです。

2743957962_981ff319f4.jpg

私が指摘した
kinkouwan-16.JPG
を使うアイデアもでていました。


アメリカが持っているジャンボジェットを使うアイデアも!



もちろん、お約束のギャグも満載。
例えば、
セガールを呼べとか




で、民間会社が動いたみたいです。
チェルノブイリの時に使われたものと同じマシーンを持っている会社が、
政府に使ってくれと言っているそうです。

おそるべしYahoo知恵袋


つづく

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posted by マネージャー at 03:14| Comment(2) | TrackBack(0) | 特設 被災者の疑問を調べます | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月17日

軽井沢・佐久・嬬恋村・草津・前橋の比較 もの不足と、ものあまり

嬬恋村は、あいかわらずのんきです。
でも、明日、観光協会で緊急理事会があることになり、
私は招集されることになりました。
いよいよ動き出しましたね。

ちなみに知り合いの観光関係の人が、前橋にある群馬県庁にいったのですが、その途中、ガソリンスタンドは、みんな閉鎖されていたそうです。
前橋・高崎は、ガソリン不足みたいです。

佐久・軽井沢・嬬恋村と大違いですね。

ちなみに草津は、どうかというと、嬬恋村と同じようにのんきな状態だそうです。
というのも、震災で御客さんの大型キャンセルが相継ぎ、
むしろ仕入れ材料が余ってしまっているという状態です。
当然、ガソリンや灯油も余裕が出てきます。
草津の場合は、もの不足というより、御客さん不足で悲鳴をあげている感じです。

これは、嬬恋村でも一緒ですし、
全国どの観光地でも似たような現象が
おきているのではないでしょうか?

つまり、本来なら東京を出ているはずの人たちが、
都内にとどまっているので、東京でのモノ不足を加速
している一面も多少はあるのかもしれません。


あと、震災の時に軽井沢にいた人の面白い証言を聞きました。
震災直後、軽井沢の商店からアッという間に防災関連の商品や
トイレットペーパーなどが消えていったそうです。

しかし、佐久にはモノがあふれていました。
隣の町なのに、佐久と軽井沢では大違いの反応だったのは、面白い現象です。
それに対して、佐久の人は、こんなことを言ってました。

『軽井沢は、なんだんかだといっても東京なんですよね。そもそも長野県民は、心の底では軽井沢を長野県あつかいしてないし、軽井沢も東京の方をむいている。だから軽井沢で品物が消えるのが早かった』

とのこと。面白いですね。

あと、佐久のスーパーにモノがあふれていた件ですが、あふれていても個数制限はありました。

「こんなにあるのに、どうして制限が?」
「入荷が未定なんです」
「それなら仕方ないか」
「いや、地元の人が買ってくれるなら別にいいんですよ。うちは五人家族だというなら、本当は3個の制限でも、『あ、いいですよ5個持って行ってください』と言ってるんです。困ったのは遠くからやってきて、買い占めていく人たちなんです」
「アハハハハ」
「だから制限せざるをえないんです。全くいやんなっちゃうよ!」

ちなみに肉・魚・野菜類は、豊富にならんでいました。
皮肉なことにスーパーには「福島県の米」が店頭に豊富にならんでいましたね。
東京で米不足というのが信じられない。

佐久のスーパーツルヤでは、米売り場で、データーを掲示して「備蓄が、これだけあるので米不足にはなりません」と書いてあったので、米も豊富にありました。

ここでは米不足にはなってないようです。


話しは変わりますが、スーパーや量販店に行って
好感がもてたなあと思ったのは、節電していること。
私の中では、高感度アップしましたね。
実名をあげておきます。

セーブオン・ベイシア・ヤマダ電機・カインズホーム・コメリは偉い!
それにくらべて、某コンビニ・某電気屋・某スーパー、
あんなに電気つけることはないだろうと思いましたね。
もう、あそこでは向こう3ヶ月間、買い控えよう。

しかし、一番、腹が立ったのは某パチンコ屋。それはないだろう!


つづく

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posted by マネージャー at 22:17| Comment(3) | TrackBack(0) | 特設 被災者の疑問を調べます | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

軽井沢と佐久のガソリン・トイレットペーパー状況

ガソリン不足は、買いだめが原因?
http://www.nikkei.com/news/latest/article/g=96958A9C93819698E3E7E2E3968DE3E7E2E1E0E2E3E39793E7E2E2E2


みわぼーさんのレス
以下、引用です。−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
明るいニュースですね〜。陸上物流の基本のガソリン供給が復活しつつあるんですね。我が家の近所で唯一、ガソリンを少量ずつ販売していたガススタも、いよいよ在庫切れしていたので、どうなることかと思ってたところでした。
さて、我が家近辺のトイレットペーパー不足、ほんの少し解消されてきました。少量ながら、入荷されてきたようです。もちろん、「一家族お一つ」という店の規制の元に。
我が家も奇跡的に最後の一つを入手させていただきました。ありがたや…。
まもなく古タオルで代用するところだったので…。
大事に使います。
箱ティッシュも入荷していました。
その代わり、生理用品は相変わらず品薄…。
ママ友の実体験情報によると、店によってはパンも店頭に在庫残るようになってきつつあるようです。
ただ相変わらず、開店時間前からの、スーパーの行列状態は変わらずです(こちらもママ友の実体験情報)。
本日の場合、我が家の地域が0時20分〜16時までの停電に当たってたせいもあると思いますが…。
店も食料を扱う店(飲食店含む)は、停電予定時間には閉店するとこが多いので、買えるうちにと殺到しているようです。

Posted by みわぼー at 2011年03月17日 17:42
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−以上、引用終わり


貴重な情報ありがとうございました。大変たすかります。

私は、軽井沢と佐久を取材してきました。
制限はありますが、ガソリンは必ず買えます。
2000円限定であったり、10リットル限定であったり。
行列はありません。
佐久のスタンドでは、タンクローリー車が到着しているのを目撃しました。
品薄は、いずれ解消するとみています。


現在停止中の首都圏最大級のJX根岸製油所は、来週にも稼働の再開を目指すと言ってますから、稼働がはじまれば事態は大幅に改善されそうです。


むしろ佐久では軽油と灯油が不足していました。
ただし、買えないというわけではなく、何軒かまわると手に苦労も無く入ります。
スタンドの人によれば、入荷が遅れているとのこと。

スーパーも、品物は、ありあまっています。
ただし、制限がかかっていて、トイレットペーパーは、一人2ケース(18ロール)まででした。
某薬屋では、てんこ盛りに置いてあったので、ボーゼンとしました。
やっぱり買いだめは、こちらではおきていません。
ただし、入荷は未定であるとのこと。


全く無かったのは、単一乾電池です。といってもゼロでは無く、百品ショップに、見るからに怪しい乾電池が残っていました。もちろん私は買っていません。

懐中電灯は品切れ。そのくせにキャンドルは大量に残っています。
カセットコンロは大量に置いてありましたが、一人一個の制限が。

あと笑ったのが、大量に残っている山道具のガスには誰も手をつけてなかったことです。もちろんホワイトガソリンにも。案外、一般のみなさんは、アウトドア知識が無いんですね。カセットコンロタイプのアウトドアストーブも売れ残っていたし。

あと石油ストーブは完売だったようです。十八リットル入りの石油缶も無かったですね。逆にファンヒーターや電気ストーブは売れ残っていて安売りしていました。

不思議なのは、これだけ節電が叫ばれる中で、LEDが全く売れているそぶりがないこと。ただし、LED懐中電灯は完売でしたね。


つづく

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posted by マネージャー at 20:55| Comment(1) | TrackBack(0) | 特設 被災者の疑問を調べます | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

平成23年東北地方太平洋沖地震により被災されたお客さまに対する電気料金等の特別措置の対象市町村の拡大について

東京電力のプレスリリースを紹介します。

被災者の電気料金
被災者の電気工事料金
についての支援の件です。


http://www.tepco.co.jp.cache.yimg.jp/cc/press/11031616-j.html

平成23年東北地方太平洋沖地震により被災されたお客さまに対する
電気料金等の特別措置の対象市町村の拡大について


                            平成23年3月16日
                            東京電力株式会社


このたびの東北地方太平洋沖地震により被災されたお客さまに,心からお見舞い
申しあげます。

当社は,3月11日の東北地方太平洋沖地震に関連して災害救助法が適用された市
町村およびその周辺地域において,被害に遭われたお客さまからお申し出があっ
た場合には,電気料金等の特別措置を講じることとしております(平成23年3月
15日お知らせ済み)。

このたび,平成23年3月11日付で,茨城県,栃木県および千葉県の11市町村に災
害救助法が追加適用されたことを踏まえ,電気料金等の特別措置の対象市町村を
拡大することとし,電気事業法第21条第1項ただし書きにもとづく供給約款等以
外の供給条件(東北地方太平洋沖地震の被災者に対する特別措置)の設定を経済
産業大臣に追加申請し,認可を受けました。
なお,電気料金等の特別措置の対象および内容は次のとおりです。

<対象>
 東北地方太平洋沖地震に関連して,3月11日以降,災害救助法が適用された地
域(茨城県水戸市,日立市,土浦市,石岡市,龍ヶ崎市,下妻市,常総市,常陸
太田市,高萩市,北茨城市,笠間市,取手市,牛久市,つくば市,ひたちなか市,
鹿嶋市,潮来市,常陸大宮市,かすみがうら市,桜川市,神栖市,行方市,鉾田
市,つくばみらい市,小美玉市,東茨城郡茨城町,同郡大洗町,同郡城里町,那
珂郡東海村,久慈郡大子町,稲敷郡阿見町,那珂市,稲敷郡美浦村,同郡河内町,
筑西市,稲敷市,北相馬郡利根町,栃木県宇都宮市,千葉県旭市,香取市,山武
市および山武郡九十九里町)および隣接地域(茨城県坂東市,守谷市,結城郡八
千代町,結城市,栃木県大田原市,那須烏山市,真岡市,那須郡那珂川町,芳賀
郡茂木町,同郡益子町,日光市,鹿沼市,下野市,さくら市,塩谷郡塩谷町,同
郡高根沢町,下都賀郡壬生町,河内郡上三川町,芳賀郡芳賀町,小山市,千葉県
野田市,柏市,我孫子市,銚子市,香取郡東庄町,成田市,八街市,東金市,富
里市,匝瑳市,印旛郡栄町,山武郡大網白里町,同郡芝山町,同郡横芝光町,香
取郡神崎町,同郡多古町および印西市)において被災されたお客さまからのお申
し出に応じて適用させていただきます。
* 下線部は追加となる地域。

<措置内容>
1.支払期日の1か月延長
  平成23年2月分(3月11日以降に支払期日を迎えるものに限る。),3月分
 および4月分の電気料金について,支払期日(検針日の翌日から30日目)を1
 か月間延長いたします。
2.不使用月の電気料金の免除
  被災時以降引き続き全く電気を使用していない場合には,被災日が属する月
 分の次の月分の電気料金から6か月間に限り,電気料金を申し受けません。
3.工事費の免除
  被災日から引き続き全く電気を使用されないで契約を解約され,平成23年9
 月末日までに新たにお申し込みをいただいたものについては,原則として工事
 費は申し受けません。
4.仮設工事費の免除
  被災場所の復旧のために仮設電気を必要とされる場合で,平成23年9月末日
 までにお申し込みをいただいたものについては,仮設工事費は申し受けません。
5.被災により使用できなくなった設備の基本料金免除
  災害により電気設備が一部使用不能となった場合,平成23年9月末日までの
 間は,復旧するまで使用ができない設備に相当する基本料金は申し受けません。
6.計量器等の取付工事費の免除
  引込線,計量器などの取付位置を変更される場合で,平成23年9月末日まで
 にお申し込みをいただいたものについては,原則として初回の工事費は申し受
 けません。




つづく

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posted by マネージャー at 07:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 特設 被災者の疑問を調べます | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

阪神大震災の震災マニュアル紹介13(平成7年に発行されたものです)

阪神大震災の震災マニュアル紹介13
(取扱い注意−これは平成7年に発行されたもので、現在では中身が古くなっています)



第13章・御役人と政治家

 話は変りますが、この震災マニュアルは、旅人の視点で書かれてあります。ですから、学者・政治家・ジャーナリストなどの視点の震災マニュアルとは、ちょっと違ってきます。そのへんを充分に考えたうえで、読んで下さい。

★御役人と政治家
 では、問題です。
 御役人と政治家の違いを述べよ。
 あなたは答えられますか?
 御役人とは、法律に基づいて行政を行なう人のことを言います。政治家とは、法律を作る人のことを言います。社会を改革するのが政治家ならば、政治家が決めた法律で、社会を運営していくのが御役人です。

 今度の阪神大震災では、御役人の御役所仕事が、かなり批判の的にされましたが、ほんらい御役所とは、御役所仕事をするから御役所と言われているます。どだい役人というものは、融通がきかないものであり、情け容赦がないものです。
 これは、高度な法治国家になれば、なるほど情け容赦がなくなります。まるでコンピューターのように情け容赦がありません。法律の通りに動く。これが法治国家における役人の役割なのです。でも、これは決して悪いことではありません。海外旅行をすればわかりますが、これが逆だったら、えらいことになります。法律に忠実でない役人が、どれほど酷いものかは、実際に体験してみればわかります。

 世界中を旅してきた旅人にとって、その国が法治国家であるか、法治国家でないかによって、ぜんぜん緊張感がちがってきます。
 法治国家でない国。
 つまり御役人が、規則通りに動いてくれない国の目茶苦茶ぶりといったら、それはもう酷いものです。中国などの社会主義国に行けばわかりますが、かの国の御役人を動かすものは法律ではなく賄賂とコネだけです。そういう実情を見てしまっている私たち旅人の感覚でものを言わせていただくと、御役人の御役所仕事は、決して悪いことではないという気がしてなりません。

 とは言っても、大震災の時に御役人に、御役所仕事をされては、たまったものではありませんよね。スイスからの救助犬の検疫に時間がかかったり、各国の救援の申し出を断わったり、手続上の問題で外国から来たボランティアのレスキュー隊を断わってしまったり、手続上の問題で、外国人の医療行為や、薬の援助を断わってしまったり・・・。御役人の御役所仕事のおかげで、いったい何人の人を殺してしまったのだろうか?
 それを思うと腹立たしい思いを抑えることは難しいです。いったい、どうすれば、御役人たちの御役所仕事をストップできたのでしょうか?
 答えは簡単です。
 政治家が、御役所仕事をストップさせる法律を作ればよかったのです。具体的に言えば、兵庫県知事、または内閣総理大臣の名において、全ての御役人に対して、救援活動のさまたげとなる御役所仕事をストップするように、指示すればよかったのです。そして、その責任は、内閣総理大臣または兵庫県知事がとると宣言すればよかったのです。

 御役所仕事というものは、平事を前提に動いています。法律の大部分も、そうです。富士山が大爆発することを前提に法律は作らないものです。日本列島が沈没することを前提に法律は、作らないわけです。
 こういう法律は、有事(緊急時)には役にたたない事が多いものです。津波が押し寄せてきているのに、『赤信号だから信号無視して逃げてはいけない』なんて事はありません。物には優先順位というものがあるからです。信号を守る事よりも、信号無視する事が優先する事があるわけです。
 しかし、
 あくまでも信号を守り続けるのが、御役人であり、御役所仕事であるわけです。どんな有事(緊急時)でも原則を崩さないのが、御役人というものです。御役人は前例と条令と法律に忠実であっても、与えられた状況にあわせて行動することは、できないものです。

 これは、私たちには批判できないことですよ。公務員という仕事の魅力は、『安定』だと思います。安定と保障と年金を求めて公務員になる人は多いと思います。それを、独自の判断で法律を無視し、後々の問題となるかもしれないような行動をとれというのは、無茶です。長年にわたって積み上げてきた、キャリアと退職金を賭けてまで、被災者のために行動しろと言うのは、ちょっと無理なんではないでしょうか。
 そういうことを言ってる人間が、現実にそれをできないでいるのですから、無いものねだりは、やめたほうがいいですね。それより、御役人・公務員・御役人たちが、無理せずに被災者のために動けるように、政治家がバックアップしてあげた方が、よかったのではないでしょうか? 政治家という人たちは、こういう時に活躍するべきなのではなかったでしょうか?

 そういう意味で政治家は、失敗をしていると思います。御役所仕事のために、助かるべき人が助からなかったのは、必ずしも御役人のせいではなかったような気がします。法律でがんじからめになっている御役人を解放できなかった、政治家の失敗だったような気がします。


★ある国会議員の報告
 高見裕一という神戸選出の国会議員が、たまたま被災地で被災しました。彼は、ひっきりなしに携帯電話で東京に連絡し、「非常事態宣言」と「自衛隊の出動」を訴えたのですが、首相官邸は動きませんでした。正式な連絡が入ってないと言うのです。
 信じられない事ですが、内閣は何もしませんでした。1日たっても、2日たっても何もしませんでした。やったことは、世界各国の支援をかたっぱしから断り続け、マスコミに「万全の対策を講じる」と言い続け、何もしませんでした。
 もちろん各行政団体は、その権限に応じて動いていましたが、内閣は何もしなかった。緊急災害対策本部さえ作ろうとしなかった。


★自衛隊の警告を無視した行政
 また、陸上自衛隊では阪神大震災を予測し、『大震災地誌・京阪神編』というものを発行していましたが、兵庫県と神戸市は、全く読んでいませんでした。無視していたようです。
 兵庫県交通安全課では、「受け取った記憶があるが、内容については思い出せない」と言っていますし、神戸市にいたっては、「そういう調査書については、記憶がない。自衛隊への派遣要請は知事の権限なので、市が自衛隊と係わるシステムにはなっていない」と言っていました。


★アメリカ大使館からの連絡
 私たちが寝泊まりした避難所は、小さい幼稚園で、私たちは事務所のそばの廊下に寝ていました。私たちは、事務所の電話がよく聞える場所にいたのですが、そこに連絡があったのは、ボランティア団体とか、アメリカ大使館とかであって、マスコミ団体や御役人からの連絡は、全くありませんでした。
 こんな少ない体験で、ものを言っていいのかどうか、わかりませんが、私たちが、見たり聞いたりする限り、御役人たちが情報収集をしたという形跡はありませんでした。その反対に、こんな小さな幼稚園にも、アメリカ大使館は情報収集している事に驚きを感じました。「さすがだな」と思いました。
 考えてみれば、御役人の御役所仕事というものは、情報の不足から生れた弊害かもしれません。歯車の一つは全体を見回す能力を持ちません。歯車は歯車の動きしかしないものです。だからこそ幅広い情報収集が必要だったような気がします。そうすれば、歯車は単なる歯車でなくなり、御役人も御役所仕事をしなかったのではないかと思いました。


★日本国政府の対応
 震災の時の政府の対応は、失敗だらけでした。具体的に言いますと、
@知事、総理大臣が動かなかったこと。
A地方自治優先の原則のために国が動かなかったこと。
B知事が自衛隊の出動要請をしなかったこと。
C世界各国の救援を次々と断ってしまったこと。
D民間ボランティアを片っ端から断ってしまったこと。
などです。


 どうして『@知事、総理大臣が動かなかった』のかは、詳しいことは、わかっていません。混乱していたとか、情報がスムーズに入るようになってなかったと言われていますが、知事の自衛隊派遣要請は最期までなかったし、総理大臣による緊急災害対策本部設立も、最期までありませんでした。
 という事は、今後、再び阪神大震災クラスの災害がおきても、知事も総理大臣も動かない可能性があります。つまり政府は、強力なリーダーシップで混乱をおさめる事をしない。極端な事を言えば何もしない。あくまでも現場にまかせるという政策方針をとる可能性があります。
 どんな災害においても、政府の強力なリーダーシップによる救済活動はないんだという事を、今から私たちは自覚しておいた方がよいでしょう。あくまでも現場にまかせ、調整役に徹するのが政府の方針であると思った方が無難だと思います。


 当時の内閣の行った政策を追ってみると、こうなります。地震発生5時間後に『非常対策災害本部』を作ってますが、これは各省庁の課長クラスの寄せ集めにすぎず、何一つ政治的権限を持っていませんでした。
 そこで、村山首相を本部長とする『緊急対策本部』を作ったのですが、これが地震発生2日後のことです。死亡者は5千人をこえ、これ以後の救援活動で生存者が現われることが絶望的になってから設立されたのです。しかし、この『緊急対策本部』とやらは、名前だけの対策本部で、法律的な裏付の全くないものでした。
 そこで『緊急災害対策本部』を設立するべきだとの声があがったのですが、村山内閣は、これを拒否してしまいました。災害対策基本法によれば『緊急災害対策本部』を作れば内閣の権限で、政令を出せるようになっています。国会で審議して法案を通すという手間がいらないのです。しかし村山内閣は、全く動こうとしなかった。


 あと『C世界各国の救援を次々と断ってしまった』ことですが、その後の謝礼(例えばPKOや開発援助など)を考えての結果かもしれません。しかし、これは世界中の非難をあびる結果となりました。
 国際法には相互主義の原則があります。災害援助をしてもらったら災害援助で御返しするという、『おたがいさまの原則』があります。ということは、他国の災害援助を受けない、イコール他国の災害援助をしないにつながるのです。日本国は、国際的に孤立すると言ってるのと同じなのです。
 このようなミスは、兵庫県も行っています。阪神大震災に日本中の都道府県は、救援支援の申し出を行っていますが、どういうわけか、いかなる理由があるのか兵庫県は、片っ端から断ってしまいました。
 支援要請を受け自治体のほとんどは、自治省からのものです。例外的に東京都が神戸市からの要請されて大量の救援隊を送り込んでいますが、これは神戸市からの要請であって兵庫県からの要請ではありません。
 市から都に要請するというのは、本来なら考えられない事で、
『神戸市・兵庫県・東京都』
という経路でなくてはならないのですが、東京都には最期まで兵庫県からの要請はなかったと聞いてます。そのために兵庫県の他市には、東京都は応援に行っていません。要請がないと行きたくても行けないです。

 それにしても、どうして兵庫県は他府県の救援要請を出し渋ったのでしょうか? どうして他府県の支援を断ったのでしょうか? 兵庫県の断り方というものは、ちょっと異常ではないかと思います。
 これは私の個人的な憶測になりますが、災害は自治体の担当です。本来なら自治体の予算で災害活動をしなければならない。ですから支援を受ければ受けるほど財政が破綻してしまう。そのために断ってしまった。そんな気がするのですが・・・。ゲスの勘繰りですかね?


 最期に『D民間ボランティアの救援活動を片っ端から断ってしまった』ことですが、混乱していたと言ってますが、本当でしょうか? 偏狭な縄張り意識が、ボランティアを片っ端から断ったと言えないでしょうか?
 医師ボランティア集団の報告書を読むのは勇気がいります。読めば読むほど腹が立ってくるからです。例えば、神戸市は片っ端からボランティア医師団の医療行為を断っています。
 それから神戸市の避難所では、容態の悪化した患者に点滴治療ができなかったケースもありました。市職員の態度は横柄で依怙地で、ボランティア医師団を激怒させたと言います。
 結局、ボランティア医師団が、本来なら必要のない申請書類を書く事によって落着しましたが、市側は、その後も「点滴は市内の病院で」と言い通し、ボランティア医師団の医療行為を妨害したと言います。
 また、急患の搬送にヘリコプターを利用することにし、厚生省と自治省が手配したにもかかわらず、ほとんど利用されなかったケースもありました。原因は「県内の病院でまかなえる」と兵庫県側が断ってしまい、被災地の病院に何も連絡しなかったからだと言います。


★救助犬団体からの報告
 震災直後、スイスの救助犬団体よりも早く、日本の救助犬団体は、被災地に到着していましたが、行政側は「準備ができてない」という理由で、まる1日待たせるという信じられない事をしました。48時間をこえると助かる者も助からなくなるというのに、まる1日待たせるという信じられない事をしたのです。
 ちなみに日本の救助犬団体は、スイスの救助犬団体と合流して、ようやく活動が許されたのですが、1人の生存者さえも救う事が出来ませんでした。救い出したのは死後硬直してない死体ばかりです。あと数時間発見が早かったら助かった可能性があっただけに残念でした。


★ボランティアを追い出した行政
 被災者でありながら熱心にボランティアをした、神戸の若者たちが少なからずいました。しかし、その神戸の若者たちは、3月末をもって神戸を去らなければならなくなりました。理由は、3月末をもって他府県への住宅斡旋を終了してしまうからです。
 実は、被災者に対して全国の自治体が、無料で住宅を提供することになっていました。東京都の場合は、三百倍の倍率の都営住宅に無料で即入居できる体制ができていました。被災者は、その気になれば全国どこにでも引っ越しができるようになっていたのです。
 しかし、その斡旋は、3月末をもって終了してしまいました。そのために、仮設住宅に入る資格のない若い被災者たちが、駆け込みで他府県の自治体の住宅に入居するという状況が生れました。こうして神戸からボランティアをする若者が全国に散り、残ったのは仮設住宅に入居できた老人たちという状態が生れました。


つづく

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2011年03月16日

秋田・山形・東京・新潟の情報

秋田・山形・東京の情報


◆火山メーリングリストの情報

どうやら日本海側の秋田・山形は、東京より被災が少ない無いみたいです。しばらくは秋田が岩手への救援基地になりそうだとのことです。秋田県は県民に呼びかけて、岩手県で必要となっている物資を集めているそうです。で、秋田県民が、秋田県庁へ防寒具を多数届けているもようです。



◆ラズベリーYHの曽原マネージャーの報告

ラズベリーYHの曽原マネージャーが、東京の状態を調査したのですが、物資は

○乾電池(ボタン電池は除く)
○トイレットペーパー&ティッシュペーパー
○生理用品・紙おむつ
○カップラーメン
○ペットフード
○水→お茶(コーラ&ジュースなどは余っております)
○パン
○卵&牛乳
○米

などがスーパーやコンビニから消えていたそうです。
23区内で5件くらいまわったのですが、ありませんでした。

ただし、調理しなければならない生鮮食料品は逆に普通に余ってたそうです。
総菜類やお寿司なども余っていて、逆に驚いたそうです。

鉄道関係の交通は大変のようですが、
路線バスは空気を乗せて結構走っていたとも言ってました。



◆東北の被災者2400人余が新潟県内に

http://www.nhk.or.jp/lnews/niigata/1034694701.html

 東北関東大地震で被災し、新潟県内に避難してきた人たちの受け入れが15日から各地の避難所や宿泊施設で始まっていて、避難してきた人たちは、NHKのまとめでこれまでに2400人にのぼっています。新潟県中越地震と中越沖地震の被災経験がある新潟県は、東北関東大震災で被災した人たちや、福島第一原子力発電所の周辺から避難してきた人たちの受け入れを各市町村を通じて進めています。16日午前11時現在、NHKが県内の30市町村に取材したまとめで、これまでに県内に避難してきた人たちは16か所で、2421人に上っています。このうち新潟市では2か所の避難所に、福島県などからあわせて1600人あまりが避難してきています。

 新潟市体育館では、収容できる数の400人を上回る600人近い人たちが集まり、新潟市の職員やボランティアの人たちが、別の避難所に案内するなど、対応に追われていました。

 福島県南相馬市から、家族で車で避難してきたという57歳の男性は、「原発で事故があったが、ガソリンがなくて、避難出来ない人がたくさんいるので、そういう人たちを早く助けて欲しいです」と話していました。また宮城県石巻市から避難してきた37歳の男性は、「7時間ほどかけて来ましたが、この避難所もいっぱいなので、次の場所を探さないといけません」と、疲れた様子で話していました。



つづく

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posted by マネージャー at 17:56| Comment(2) | TrackBack(0) | 特設 被災者の疑問を調べます | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ガソリンの無い被災者の皆さんに朗報です

ガソリンの無い被災者の皆さんに朗報です

東京隅田川ユースホステルでは、とりあえず3月末までの対応として
宿泊費を被災者の方に限り

大人2000円 (素泊まり・税込)
小学生1000円 (素泊まり・税込)

で泊めてくれるそうです。
食事提供はありませんが、周辺飲食店は通常通り営業しているそうです。
ちなみに駐車場はありませんから注意してください。
電車移動の方のみになります。

ホームページは、
http://sumidagawayh.net/
です。

--------------------------------------------------------

東京隅田川ユースホステル
〒111-0052 東京都台東区柳橋2-21-4
TEL:03-3851-1121
FAX:03-3851-1130
収容数 40人

ホームページ
http://www.jyh.or.jp/yhguide/kanto/sumida/index.html
http://sumidagawayh.com/index.html
http://travel.rakuten.co.jp/HOTEL/55437/55437.html
http://www.hotel489.jp/user/hoteldetails.php?clientid=691
http://reserve.4travel.jp/domestic/hotel/each/10061608/
http://www.nihon-kankou.or.jp/soudan/
ctrl?evt=ShowBukken&ID=13107da5632026901
http://homepage2.nifty.com/ysotake/page409.html

詳細地図
http://www.jyh.or.jp/yhguide/kanto/sumida/map_g.html

交通: JR総武線、都営浅草線浅草橋駅下車(東口A3出口)徒歩5分

施設: 鉄筋4階建
('03年改築) 休館: なし


--------------------------------------------------------

■日本ユースホステル協会サイトより
「東京・上野からJR利用で15分、新宿からも20分という好立地です。
古き良き下町風情薫る「浅草・両国」やサブカルチャーの象徴「アキバ」へも徒歩20分でアクセス。小さいけれど、国際的でアットホームなYHです。


■公式サイトより
http://sumidagawayh.net/
財団法人東京都ユースホステル協会のユースホステル(以下YH略)が2003年(平成15年)8月30日(土)に「東京隅田川ユースホステル」としてオープンしました。YHは、都心に位置し、JR総武線、都営浅草線「浅草橋駅」より徒歩5分のところにあり、定員は40名です。協会事務局とボランティア活動の拠点としての会議室等も併設されています。
  宿泊者の約6割が海外からのホステラーで、日本の玄関口の役割を果たすとともに国際交流の場としてもその役割が期待されています。スタッフ一同、皆様のご利用を心よりお待ち申し上げます。なお、当ホームページは今後随時内容を充実していきますのでご期待ください。


ユースホステル界隈のご紹介・公式サイトより
「東京隅田川ユースホステル」は、下町情緒の残る柳橋にあります。成瀬巳喜男監督の映画『流れる』などの昭和20年代、30年代の世界のように粋な芸者姿や三味線の音が聞こえてきそうな雰囲気を今でも残っています。近くには隅田川が流れ、川の両岸は整備され、遊歩道として楽しめます。神田川と隅田川の合流する柳橋あたりでは、江戸の頃から船宿が集まり、屋形船を楽しむこともできます。また、浅草や人形町にも近く、東京の下町を楽しむには絶好の場所にあります。
  浅草橋界隈は、「人形の街」として有名で「吉徳」「久月」などの老舗が江戸通り沿いに軒を連ねています。また、旗の総合卸問屋「日ノ丸屋」、ビーズを取り扱うアクセサリー店、バッグの卸問屋、ゴム風船のみを取扱うゴム風船問屋「金桝屋ゴム」などのユニークなお店を覗いてみるのも楽しいものです。余談になりますが、近くには世界的な玩具メーカー「LEGO(レゴ)」の日本本社があります。本社建物は、レゴブロックでは建てられていませんので安心して下さい。


つづく

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posted by マネージャー at 17:31| Comment(2) | TrackBack(0) | 特設 被災者の疑問を調べます | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

京都に遊びに行くのは不謹慎ですか?という都民の方からの質問

都民さんからの質問

以下、引用です。−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
京都に遊びに行くのは不謹慎ですか?という都民の方からの質問
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−以上、引用終わり


これは、私の個人的な考えですが、不謹慎ではないと思います。
というのも、京都は電力が足りているからです。

むしろ、それによって東京の消費が減り
電力が減るわけですから、
私は、むしろ良いことだと思いますが、いかがでしょうか?

ただし、移動手段は、車をつかわず、電車の方がいいですよね。
あと、ラズベリーYHの曽原マネージャーによれば、
東海道新幹線は大混雑ですが、
上越新幹線はガラガラだったそうです。
節電のために、上越新幹線の本数は、もっと減らした方がよくないですかね?


あと、被災者の受け入れも、電力の足りている西の方で、どんどんやってほしいし、
このさい西日本は、東日本の分まで頑張って工場をフル稼働してほしいと思います。
他の皆さんは、どう思われますか?


つづく

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posted by マネージャー at 17:18| Comment(3) | TrackBack(0) | 特設 被災者の疑問を調べます | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

◆被災者の低体温対策 カロリー補給には何が? 答え−ココアとチョコ

ささらーさん

以下、引用です。−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
◆被災者の低体温対策 カロリー補給には何が?

栄養補給に山で使ったアミノバイタルのパックに入ったのとか、よいでしょうか。
ウィダーみたいなゼリーのタイプの。
でも、寒いかなぁ。。。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−以上、引用終わり

いいところついてますが、最も高カロリーで携帯に便利なのは

チョコレート


です。一枚で400から500キロカロリーあります。

だから冬山やってる人は、
みんな行動食としてチョコを持っていきます。


飲料でいえぱ、ココアです。
ココアもチョコの一種です。
ただし、コツがあります。
濃くつくるのです。
2倍濃くつくると、砂糖の量が、4倍必要になり、
1杯で、400キロカロリー以上とれます。
だから、被災者の皆さんに、ココアを提供するのは良い案です。
砂糖のかわりに、ぶどう糖を使えばもっとよい。



こういう質問は、どんどんしてください。
私のような山屋にとっては、常識すぎて、
普通の人が分からないことに気がつきませんでした。





つづく

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posted by マネージャー at 13:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 特設 被災者の疑問を調べます | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

阪神大震災の震災マニュアル紹介12(平成7年に発行されたものです)

阪神大震災の震災マニュアル紹介12
(取扱い注意−これは平成7年に発行されたもので、現在では中身が古くなっています)


第13章・安全保障について

★自衛隊が出動するには?

 子供の頃、私は『ウルトラマン』が大好きでした。
 その『ウルトラマン』にこんな場面があります。少年が怪獣を発見してこう叫ぶのです。

「怪獣だ! 科学特捜隊に連絡しなくっちゃ!」

 何気ないシーンではありますが、子供の頃の私は、チョット待てよ思いました。
「自衛隊に連絡しなくていいのかよ?」
と思ったのです。

 それに科学特捜隊は、怪獣が出現すると2〜3分で駆けつけるのに、
 自衛隊はどうしてグスグスしているんだ? ぜんぜん現れないではないか。

 あれ?

 そう言えば、自衛隊に連絡するにはどうすればいいだろう?
 警察なら110番。消防署や救急車なら119番。
 けれど自衛隊の連絡先なんか聞いたことがないぞ。
 ということは、もし怪獣が現れたとしても、
 私たちは自衛隊に連絡する手段を持ってない事になる。どうしてなんだろう?

 実は、自衛隊は勝手に動けないことになっています。
 もし私たちが、
「ゴジラが現れました。何とか退治して下さい」
と連絡しても自衛隊は動けないんです。

 ゴジラでなくて、某国の軍隊が攻めてきた場合だって、震災がおきた場合だって、勝手に動いてはならないんです。自衛隊を動かせるのは、内閣総理大臣か、都道府県知事だけなんです。これをシビリアンコントロールと言います。



★自衛隊が気軽に出動できない理由

 では、どうして自衛隊は、パトカーや消防自動車のように
 気軽に出動してくれないのでしょうか? これには、きちんとした歴史的な理由があります。

 戦前の日本陸軍ときたら、全く日本国政府の言うことを聞かずに、何かあるたびに出動しては戦争を始めてしまっていました。それを反省した戦後の内閣は、自衛隊は勝手に出動できないという法律を作りました。自衛隊を動かせるのは、総理大臣または自治体の長に限られてしまったのです。

 阪神大震災では高見裕一という与党議員が、直接被災体験をし、さかんに自衛隊の出動を促しましたが、自衛隊は出動できませんでした。被災現場にいる与党の国会議員が、どんなに電話で怒鳴っても自衛隊は絶対に動かない。テコでも動かない。何故ならば、災害の時の自衛隊の指揮権は、自治体の長にあるからです。


★自衛隊の対応は早かった

 阪神大震災での自衛隊の対応は、迅速でした。
 具体的に言いますと、阪神大震災が発生してから
 9分後の5時55分に、陸上自衛隊中部方面航空隊が、
 格納庫からヘリコプターを出す作業を開始しました。
 そして、訓練と称してヘリコプター偵察を行っています。

 さらに、6時00分には、海上自衛隊も阪神基地隊で掃海艇に待機命令を出しました。
 地震の14分後のことです。
 ちなみに警察庁も、ほぼ同時刻に各都道府県に警察無線で機動隊の待機命令を出しています。
 そして、6時10分。航空自衛隊が名古屋、奈良などの被災報告を指示しました。
 地震の24分後のことです。

 そして、中部方面軍の偵察ヘリコプターからの報告にもとづいて、中部方面軍の司令官は、直ちに出動要請を兵庫県知事に問い合わせました。
 しかし、兵庫県側は「必要ない」と答えてしまいました。
 そのために自衛隊は出動できませんでした。



★かわいそうな自衛隊

 皮肉なことですが、村山内閣の社会党は自衛隊の災害派遣にさえ反対し続けてきた党でしたし、神戸を含む関西地区の自治体は、自衛隊と自治体の共同防災訓練が、一度もなく、自衛隊が出動要請されても、自衛隊は何もできない状態でした。

 例えば自衛隊は、どこに寝泊まりすれば良いのか?
 どうやって現地に向かえばよいのか?
 補給の確保は?
 物資輸送ルートは?

 自衛隊が勝手にやってやってよいのならいいのですが、残念ながら自衛隊の指揮権は地方自治体が握っています。シビリアンコントロールというのは、県知事が自衛隊の指揮権を握っているという事なんです。自治体が自衛隊を指揮下に置いて自由自在に使いきることなんです。ですから自衛隊は勝手に動けない。それで自衛隊はマゴマゴしてしまった。

 サンダーバードやウルトラマンじゃあるまいし、勝手に自衛隊がやって来て、勝手に人命救助を行って、さっそうと去って行く訳がないじゃないですか。そういう事では、太平洋戦争のような事になるかも知れないから、自衛隊はシビリアンコントロールされてるんです。

 災害の時の自衛隊の最高司令官は、あくまでも自治体の長なんです。
 けれど、最高司令官が自衛隊の使い方を知らなかったら、どうにもならないんです。
 飲料水を満載して救援にやってきた海上自衛隊の護衛艦の入港を拒否してみたり、
 せっかく神戸港に入港しても神戸市に無視されて、
 護衛艦の飲料水が市民に届かなかったりします。

 ひょっとしたら兵庫県や神戸市は、
 使い方を知らなかったんではなく使いたくなかったのかも知れません。
 陸上自衛隊の宿舎を死体安置所の隣にしたりするくらいですからね。
 本当に自衛隊が嫌いだったんでしょうね。





★在日米軍の救援を断った政府

 そう言えば村山内閣は、在日米軍の救援を断ってしまいましたが、私は
「何を考えているんだ?」
と驚いてしまいました。

 しかし、震災ボランティアの人たちに「どうして日本国政府は、在日米軍の救援を断ったんだろうねえ」と話しますと、「断ってよかったんだよ。米軍に借りを作らなくて済んだんだから」という答えが返って来て、私は「ウ〜ン」と悩んでしまいました。この人たちは、安全保障を何と考えているんだろう?

 阪神大震災は、日本国だけの問題ではなく世界全体に大きな影響を与えているんです。日本がクシャミするとアジアが風邪をひくと言われています。あと、日本で製造されている数々のハイテク製品の供給がストップされると世界経済が大混乱しないとも限りません。ですから世界中の国々が本当に心配したわけです。

 この文を読む皆さんも、安全保障というのは、武力紛争だけを考えている人が多いと思いますが、安全保障の最大の目的は経済であることも考えておいて下さい。平和が乱れる理由の多くは、経済が悪くなった時です。みんなが豊かな時は戦争は起りにくいんです。

 世界中が阪神大震災を支援したのは、日本のためというより、世界のためを考えて行っているのです。日本経済の世界に与える影響は、私たちが考えている以上に大きいんですね。それなのに世界中の救援を断った日本政府は、世界中から批判されました。

 それから国際法には、相互主義というものがあります。例えば、震災でアメリカに援助してもらったら、アメリカでおきた震災に対して援助すればいいんです。例えば大正時代、日本国政府はロスアンゼルス大地震に義援金を送金し、関東大震災の時にアメリカから御返しの義援金を受け取っています。これが相互主義なんです。

 あと「米軍に借りを作りたくない」というのも変な話ですね。何か勘違いされてると思います。米軍は、シビリアンコントロールされていますから、たとえ在日米軍に何かをしてもらっても、合衆国政府に借りが出来るのであって、在日米軍に借りが出来るのではありません。それに日米安保条約で日本国政府は、在日米軍に基地とお金を出しているのですから、堂々と助けてもらって良いと思います。


★在日米軍の実力

 はっきり言って在日米軍の実力は、自衛隊を遥かに上回ります。例えば、横須賀にいつも停泊している航空母艦には、1隻で5000人〜1万人の乗務員がおり、その備蓄食料は、何百何千万食にあたり、百五十万人の神戸市民全部が何日も食べていける量です。

 ちなみにアメリカ海軍は、太平洋戦争の頃から乗務員が多いのが特徴でした。戦艦でも航空母艦でも、日本海軍の2倍の人数が乗っていました。理由は単純明快で、日本海軍の軍艦には、戦闘員しか乗っていなかったのに対し、アメリカ海軍の軍艦には、消防隊や医療隊や復旧工事部隊が大勢乗っていたからです。戦闘員だけの日本海軍の軍艦に対して、アメリカ海軍の軍艦は中々沈まなかったと言います。

 この伝統は今でも続いており、在日米軍の航空母艦には、多数の消防団・医師団・エンジニア集団などが乗っており、さらに造水設備・発電設備も持っています。それらは震災に対して、かなり威力を発揮できます。

 ヘリコプターによる消火にしたって、お手のものだろうし、航空母艦には莫大な消火剤があります。重傷者もヘリで運んでしまえばいいし、そういう仕事はベトナム戦争の時からアメリカ軍が最も得意とする分野なのです。

 にもかかわらず、日本国政府は在日米軍の航空母艦派遣を断ってしまった。残念としか言いようがありません。在日米軍の航空母艦が神戸に入港していたら、かなりの人命が救われたはずなのに・・・。

 ちなみにベトナム戦争のサイゴン陥落の時には、アメリカ海軍の航空母艦は、大使館から1万人の避難民を収容し、グアム島に運んでいます。朝鮮戦争の時は、アメリカの戦艦が発電所となってソウルの町に送電した実績もあります。アメリカの軍艦は、太平洋戦争の昔から電気で動いていたのですが、災害活動を考慮した設計になっていたんですね。



つづく

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posted by マネージャー at 00:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 特設 被災者の疑問を調べます | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

阪神大震災の震災マニュアル紹介11(平成7年に発行されたものです)

阪神大震災の震災マニュアル紹介11
(取扱い注意−これは平成7年に発行されたもので、現在では中身が古くなっています)


第12章・有事のための組織

★有事のための組織
 ここで、有事についての説明をしておきます。有事とは、緊急事態のことです。
 それに対して、普通の状態を平事と言います。

 平事では、電話・道路・空港・鉄道・電気・ガス・水道・通信手段も、全て正常に動いている事を言います。平事においては、消防自動車も、救急車も、パトカーも、いくらでも道路を走れます。水も出ますし、道路交通の整理だって、救急指定病院だって立派に機能しています。そういう場合は、どんな災害がおきてもスムーズに対処できます。

 では、有事の場合は、どうでしょうか?
 有事では、電話も、道路も、鉄道も、電気・ガス・水道も全て使えません。当然の事ながら消火栓からは水は出ませんし、消防署は役にたちません。警察も、交通整理をしようにも道路が崩壊してしまっていては、どうにもなりません。病院は、停電と断水で手術どころか生命維持装置を動かすことさえできません。

 阪神大震災は有事です。
 ですから警察も消防署も病院も何の役にも立ちません。
 こういう場合どうすればよいのでしょうか?

 この世で、有事を想定した組織があるとしたら、軍隊しかありません。
 例えば、敵が攻めて来た場合に、公衆電話で連絡しあうアホな軍隊など、
 この世に存在していません。
 公衆電話が使える訳がないではないですか。
 だから軍隊は、必ず独自の通信手段を持っています。

 それに、レストランで食事をとることを前提に戦争する軍隊だってありません。
 戦場にレストランが、吉野屋の牛丼が、ある訳がないじゃないですか。
 だから軍隊は、必ず独自の給食手段を持っています。

 ホテルを予約して戦う軍隊だって、この世に存在しません。
 民宿の予約状況を考えながら進攻する軍隊なんて、聞いた事がありません。
 軍隊というものは、必ず独自の宿泊設備を持っているものです。

 病院だって持ってるし、クリーニング屋だって、土木作業の機械だって、整備工場だって、ヘリコプターだって、何だって持っているのです。何故ならば、軍隊というものは、国家の機能が完全に崩壊した後でも、戦えるようになっているからです。極端なことを言えば、核兵器で焦土になった街の中でさえも、行動できるようになっています。

 そういう意味で、日本で有事の時に活躍できるのは自衛隊しかありません。
 けれど、その自衛隊を有効に活用できなかったのは、非常に残念な事でした。
 自治体は、もっと自衛隊の活用を考えた方が良いです。
 災害の時に、思う存分に自衛隊を使いこなす事を考えた方が良いと思います。


★自衛隊の実力
 そう言えば「何十億円という戦車や戦闘機を使う自衛隊なんて、税金の無駄遣いではないか?」という話しは、よく聞かれました。確かに現在の自衛隊の組織編成は、効率が悪いですね。

 例えば、陸上自衛隊の保有する戦車は、火山活動の観測ぐらいにしか使えません。
 しかも敵が攻めてきた場合、九州の戦車が、北海道に応援に行くことは不可能です。
 ただでさえ渋滞ぎみの日本の道路を、イザというときに戦車が走れる可能性は低いんです。

 しかし、ヘリコプターなら、いろいろな災害に対応できますし、九州のヘリコプター部隊が、北海道に移動することもわけないです。国土のほとんどが山国の日本において、こんな便利な部隊はないです。

 第一、ヘリコプター1台は、戦車15両に匹敵するほど強いんです。ヘリコプターと戦車が戦うと、圧倒的にヘリコプターが勝ってしまうんですね。どうせ戦争になれば、道路は逃げまどう国民で大渋滞になってしまうに違いないですから、ヘリコプター部隊を大量に揃えておいた方が賢いと思うんですがねえ。

 それは、それとして「自衛隊が税金の無駄遣い」と言っている人に、私は「あなたは、どうして自衛隊が税金の無駄遣いになっているか知っていますか?」と聞いてみたいですね。どんな御役所でも御役所というものは、実績がなければ予算を増やせません。それは自衛隊にしても同じ事で、自衛隊予算は、過去の実績によって決定されます。

 ということは、もっと全国の自治体が、自衛隊と積極的に災害活動会議を行い、共同訓練を行っていれば、自衛隊は戦車より、災害活動装備に予算をかけられるようになります。逆を言えば、自衛隊を災害活動からしめだしてしまうと、自衛隊の予算は、戦車や戦闘機に走らざるをえないんです。災害活動の実績のない部署が、災害活動に利用できる兵器を持ちたいと言っても許可がおりないんです。

 だから自衛隊の装備を変更する意味でも、自治体の災害活動に、自衛隊をもっと活用した方がよいと思います。活用すれば活用するほど、自衛隊の災害活動装備は充実してくるんですからね。
 実は数十年前、海上自衛隊の大型飛行艇 100機を改造して、何トンもの海水を消火に使う計画をたてていました。この方法だと、ヘリコプターの数倍の威力があります。そのうえ海水を利用するために、断水に関係なく消火活動を行えますし、海と火災現場を何十回も往復できます。
 何より飛行艇の素晴らしいところは、滑走路やヘリポートがいりません。しかし、残念ながら自治省と防衛庁の縄張り争いのため、この計画はオジャンになってしまいました。災害活動は自治省の管轄だと言うのです。残念です。


つづく

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2011年03月15日

阪神大震災の震災マニュアル紹介10(平成7年に発行されたものです)

阪神大震災の震災マニュアル紹介10
(取扱い注意−これは平成7年に発行されたもので、現在では中身が古くなっています)


第11章・ボランティア団体の活躍

★ボランティア団体の活躍
 阪神大震災ではボランティアが大活躍しました。特にNGO(非政府組織民間援助団体)、YMCA、赤十字などのボランティア団体は、過去に救援活動の実績があり、規模、組織力、ノウハウの点で個人的なボランティアの及ばない活躍をしました。
 こういった団体の災害時の対応は早く、震災直後から対策本部を設立、救援活動を始めました。最も早い救助隊は、山のような救援機材と物資を持って、その日のうちに神戸に入っています。
 情報が入らず、政府、行政が右往左往している間に、YMCAは対策本部を設置、系統だてた救援活動を行なう体勢を整えていました。
 NGOの各団体は、海外での救援活動の実績を生かし、それぞれの団体ならではの支援活動を行ないました(一口にNGOと言っても、その実態、活動内容は様々です)。
 ピースボートは救援物資とボランティアを乗せた船を出し、赤十字は真っ先に医者と看護婦を現地に派遣しました。ほとんどの宗教団体も、宗派を越えて救済活動に取り組んでいました。
 こういたボランティア団体で動いていたのは、もともと団体に登録していた人々だけではありません。震災後にボランティア登録して組織に入った人も多数いました。
 今までのボランティア活動への参加は、女性や高齢者が中心でしたが、阪神大震災では若者が積極的に参加しました。時間と体力のある学生のボランティアも大活躍です。震災後、しばらくして春休みになった事もあり、大勢の学生が(人によっては試験をも投げ出して?)被災地に入りました。

 しかし、残念ながら自治体では大量のボランティア志願者を有効に使えませんでした。震災直後で行政も混乱している状況では、役所のボランティア窓口は有効に機能しません。いくらでもボランティアは必要だったのに、役所では早々に募集を締め切ってしまいました。ボランティア登録をしたのに、役所からは声がかからず、結局は何も出来なかった人も結構いたそうです。
 私達『風のたより』隊も神戸に行きましたが、出来たのは水や救援物資を運んだ事、友人や読者の安否の確認(ほとんど本人には会えませんでした)、その他の雑用にとどまりました。


★ボランティアをする時の注意
@自分の食料、水、寝袋は自分で持参すること!
 でないと自分自身が被災者になります。

A何が出来るか分からないが、何かをしたい!
 そういう人はボランティア団体の門をくぐるべきですね。個人活動ならではの、きめ細かなボランティアも必要です。しかし、何をやるべきかを、はっきり分かっている人でないと、逆に何も出来ないという状況になりかねません。自分に何が出来るか分からない。何をすればいいのか分からない。でも何か手伝いたい。ボランティアをしたい。こういう人は、ボランティア団体の組織のもとで活動した方が、いいのではないかと思います。

Bボランティアが全てを行なってはいけない!
 被災地も、いつかは復興、自立しなければなりません。できれば早いうちに、地元の人達に任せるべきです。全てが地元の人達でまかなえるようになった時、その場所におけるボランティアの役割が終わります。


★ボランティア十訓
 島原ボランティア協議会のメンバーが長年の体験をまとめて作ったものです。西宮市が、これをコピーして各ボランティア団体に配付したそうです。とてもよく出来ていますので掲載してみました。何かの参考にして下さい。

一.自分の意思と責任において自給自足を旨とすべし。
一.活動は自分で探し、自ら行動すべし。
一.活動内容に上下はあらず、えり好みは慎むべし。
一.活動は思慮深さとやさしさと人間を愛する心をもって なすべし。
一.活動は人のためにあらず、わがためとすべし。実を残 して徳を取れ。
一.活動は自由参加とて無責任にはあらざるべし。
一.人の痛みをわが痛みとして、相手の立場で行動すべし。
一.目立たずおしまず行動し、けなさず怒らず名も無く去 るべし。
一.われわれは被災者の自力復興への応援団であり、陰の 支援者である。去るべき時を知り、有事の友をつくれ。

★フランス人のレスキュー隊チームとの出会い
 被災地を回った私たちにとって、一番ショッキングだったのは、フランス人のレスキュー隊チームとの出会いでした。
 『風のたより』読者を訪ねて、灘区の避難所(小学校)をウロウロしていた私は、3人の外国人に出会いました。彼らは、ミレーのザックに、11ミリのレスキュー用のロープを入れ、大きな器材を持っていたのです。
「レスキュー隊だな」
と思った私は、英語で
「どこから来たんですか?」
と尋ねましたが、彼らは、とても無愛想な返事しかしません。どうしたんだ? と聞いてみますと驚くべき事実がわかりました。

 阪神大震災のニュースをテレビで見た彼らは、仕事を休み、ポケットマネーで飛行機に飛び乗りました。彼らの本職は、レスキュー隊。
 セメントの下に埋まってる生きた人間を捜し出す機械を使って人命を救助するのを仕事としています。いわば人命救助のプロであり、その技術は、かなりの特殊能力と思われます。
 ところがです。
 そんな彼らを、日本国政府も、兵庫県も、神戸市も、警察も、消防署も、自衛隊も、どこの団体も、どこの避難所も使ってくれないのです。彼ら言いました。

「外国の政府からの派遣特使なら、働いてもらえますが、民間のボランティアの人を、私たち公共団体が働かすことは出来ません。ボランティアの方は、ボランティア団体で活躍なさって下さい」

 しかし、ボランティア団体に連絡すれば、
「炊き出しをやって下さい」とか
「荷物運びをして下さい」と言ってきます。
 冗談ではないです。
 そういったボランティア団体では、彼らの特殊技術は生かされません。
 ボーゼンと無駄な時間をすごす彼らに、誰一人として手を貸す人はいなかった。彼らに話しかける日本人もいなかった。
外国人を、珍しそうにジロジロ見る日本人はいても、だれ一人、彼らを相手にする人はいなかった。

 私が避難所で彼らを見つけた時は、彼らの回りには誰もいなかった。その避難所には、警察も、消防署も、自衛隊も、学校の先生も、被災者も、みんないたのに、大勢いたのに、誰も相手にする人はいなかった・・・。
 異国の街の中で、言葉の通じない外国の中で、どこからも拒否され、誰からも相手にされずに、何も出来ないまま、何一つさせてもらえないまま、どこかで人が死んでいくのに、どこかで人が叫んでいるのに、何も出来ないまま凍えている。
 そんな三人の外国人を
 どうして、みんなほっとくのだろう?
 どうして、誰も声をかけてあげられないのだろう?
 私は、フランス語はできないし、英語だってろくに話せない。でも、この避難所には、たくさんの学校の先生がいるはずだ。立派な教育をうけた先生様がいるはずだ。被災者の中にだって、私より語学の出来る人は、何十人もいるはずだ。どうして、話をしないのだろうか?

 学校の先生たちは知っていた。彼らがフランスから来たレスキュー隊のボランティアであることを知っていた。彼らが置かれている状況を知っていたのだ。
 でも、御茶の一つも出さない。御茶どころか何一つ話しかけようとしない。遠いところからやってきた人たちに、何の話もしない。その代わりに職員室でボーッとしている。一体どうなってるんだ?

 避難所の中には、私たちが「東京からきた」と知って、いろいろ声をかけて下さった人は、とても多かったです。でも、その心をフランス人のレスキュー隊の人たちにも欲しかったです。なんだか自分の国が、自分自身が恥かしくなったです。だって、もし、フランスで大震災がおきたとしても、自分は、絶対にこの人たちと同じような行動が取れないですからね。もし、仮に行ったとしても、こんなに冷たい仕打ちにあってたら、絶対に怒り狂っているはずです。だから、恥かしかったです。

「ありがとう!」

 私は、彼らにお礼を言ったが、ムッとした彼らからの返事はなかったです。
 つらかった・・・。




つづく

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阪神大震災の震災マニュアル紹介9(平成7年に発行されたものです)

阪神大震災の震災マニュアル紹介9
(取扱い注意−これは平成7年に発行されたもので、現在では中身が古くなっています)

第10章・震災弱者を救いたい!

★震災での犠牲者(死者)は1万人
 震災での直接の犠牲者は、5千人だと言われています。しかし、避難所などで生活しているうちに肺炎などにかかり死亡した人が、5千人います。避難所生活は、震災弱者にとってとても生活しにくい場所だったんですね。
 例えば、避難所生活した障害者のほとんどが、避難所を追い出されてしまった事実があります。具体的に言えば、避難所となった小学校には、車椅子の使える設備はない。どこに行っても階段だらけ。足の踏む場所もない教室では、視覚障害者は動く事さえままなりません。音に鈍感な聴覚障害者は、「うるさい」と怒られっぱなし。ひどい虐待を受けてしまう知的障害者もいました。
 老人たちは、人々から疎外され一気に老け込みました。痴呆症の老人は症状が一挙に進行し、病院に姥捨てをする家族があらわれ、身分証なしでは入院させてくれない病院が出てきました。その上、ホームヘルパーが激減し、体の衰弱の激しい老人が、バタバタと死んでいきました。
 なんだか悲しくなりますね。困った時こそ、人を助けたいじゃないですか。助けると言ったって、相手のことを、ほんの少しだけ理解してあげればよいのです。


★視覚障害者
 視覚障害者といっても色々あります。全盲の人もいれば、強度の弱視の人もいます。
 緑内症の人なんかは、睡眠不足などが重なると眼圧があがり失明してしまうこともあります。そういう人にとって、睡眠をとりにくい避難所生活は、とても危険です。そういう人には、体育館ではなく、できるだけ静かな部屋に入ってもらう必要があります。
 最近、首都圏のJRでは車内放送を自粛し、電光掲示版で次の停車駅を知らせる場合が多くなっていますが、これは、聴覚障害者にとって良くても、視覚障害者にとっては不便になります。
 あと視覚障害者が杖をなくした場合は、簡単には手に入りません。つまり移動が出来なくなるわけです。また、自分のラジオなんて簡単には手に入らず、情報から遮断されることも考えられます。
 ですから、杖を作って差上げて下さい。できれば、ラジオを1台プレゼントして下さい。たったそれだけの事で、どれだけ視覚障害者が救われるかしれません。
 また視力障害の人は、自分の感覚で自宅の間取りや通路を覚えて行動しています。震災で、がれきが街にあふれれば、以前のように歩くことはできなくなります。今回の大震災では「覚悟してじっとしていた」という視力障害者が多かったと聞きます。

 それから盲導犬に対する理解も必要ですね。「避難所に犬(盲導犬)を連れてくるのは常識はずれだ」と、視覚障害者の人に怒鳴っていた人がいたそうですが、
「盲導犬は、単なるペットではないという事を、誰か代りに説明してほしかった。誰でもいいから味方になってほしかった」
と視覚障害者の人は訴えていました。
 目が見えないという事は、想像を絶するほど恐いんです。それが、耳が聞こえない・手足が使えないという障害者と決定的に違うところです。
 聴覚障害者や肢体不自由の方が不便と戦っているとしたら、視覚障害者は恐怖と戦っていると言っていいでしょう。ですから健丈者は、不便さを助けるだけではなく、心の支えになってあげてほしい。そんなことを視覚障害者の方がおっしゃっていました。

 盲導犬は、『犬』ではないと言います。盲導犬は、しっかりとした教育によって『人間』になっている。京都で震災を体験され、現在神奈川県に在住している寺沢さんは、こんなことを訴えています。
「盲導犬は、かならずしも盲導犬になるとは限らないんです。使用者の心がけによっては、犬に戻ってしまう盲導犬も多いんです」
「はあ」
「教育を受けない人間が、野獣と変わらないのと一緒で、日頃からしっかりした躾を行わない盲導犬は、すぐにただの犬になってしまいます。それこそアッという間です。私たち盲導犬使用者が、@絶対に犬に触らないこと。A絶対に餌を与えないことを、健丈者の皆さんに強く御願いしているのは、盲導犬を、ただの犬にしたくないからです」
「・・・」
「かわいいと犬に触ったり、餌を与ることは、私たち視覚障害者から盲導犬を奪う事になるんです」
「う〜ん」
「盲導犬は、電車や、バスや、レストランや部屋の中など、一般の人の生活空間に入り込みます。これは、人間と同じくらいに厳しい躾を要求されます。衛生にも気をつけなければならないし、臭いや脱毛やトイレにも気をつけなければなりません。盲導犬を飼うという事は、とても大変な事なんです。ただ単に便利な動物を連れて歩いているのとは、訳が違うんです。なのに盲導犬に対する世間の偏見は、まだまだ根強いものがあります」
「でも、そんな大変な盲導犬を、どうして御飼いになってるんですか?」
「積極的になれるんです。便利さから言ったら盲導犬がいようがいまいが、それほど変わらないと思います」
「・・・」
「でも盲導犬が来る前まで、私は家から出ようとしなかった。怖かったから・・・。でも、盲導犬が来てくれてから勇気が出てきました。盲導犬が、私の心の支えになってくれるから」
 恐怖と戦っている視覚障害者にとって盲導犬の存在は、とても心強いものです。気を使わなくてもよい人(盲導犬)が、そばにいてくれるだけで、どれだけ視覚障害者が助けられるかしれません。
 私たちが視覚障害者を理解するポイントは、視覚障害者は、不便と戦ってるのではなく、恐怖と戦っているんだという認識を持つ必要があります。でないと避難所から盲導犬が追い出されてしまいます。


★聴覚障害者
 災害時に聴覚障害者が困る時は、音によってしか情報を伝達出来ない時です。夜に震災が起きた時とか、聴覚障害者が崩れた家の下敷になって身動きできない時とか考えてみて欲しいですね。暗闇の中では、手話などの視覚を通したコミュニケーションは取れません。こういう時は、大声を出すとか、でかい音を出すとか、とにかくこちらの存在を知らせるしかありません。
 聴覚障害者には、「大丈夫か?」とか「何処にいるの?」と聞いてみたって、相手には音が聞こえません。けれど、音の聞こえない聴覚障害者にも、音を発することは出来ます。何かを叩いて救援を求めることは出来ます。
 逆に言えば、救援を求める言葉は、「助けてくれ!」という正確な日本語とは限らないという事です。「アウアウ」とか分けのわからない言葉を発したり、何か物を叩いて音を出して助けを求める人もいるという事を知ってておいて下さい。
 また、聴覚障害者が持っている情報が重要な場合があります。例えば、誰かが家の下敷になっているとか、ボヤが発生しているとかです。こういう場合、相手も必死に貴方に訴えかけているのだから、相手が訳の分からない事をしていると考えずに、必死になってコミニュケーションを取るべきですね。
 方法は沢山あります。手話が出来なくても、身振り手振り、筆談、空書、または相手の手のひらや地面に字を書く。聴覚障害者とはいっても、みんなまるっきり聞えないという訳ではないので、口を大きく開け、ゆっくり、明確に話せば、伝わる事も多いです。
 避難場所でもコミュニケーションを取る事が大切です。聴覚障害者を孤立させない事です。館内放送が聞こえないために食事の配給を受けられなかったなど、多くの問題点が指摘されています。
 相手の立場に、聴覚障害者の立場に立つのは難しい事ですが、これなくしては何も解決しないので、まず相手とコミュニケーションを取るべきですね。
 方法は、いっぱいあるのですから。避難所で知り合った聴覚障害者から手話を習うなんて、ちょっと不謹慎かもしれませんが、案外いい結果を生むかもしれませんね。


★肢体不自由
 車椅子は、ちょっとした階段はもちろんのこと、かなりゆるやかな坂にも大変な苦労を強いられます。これがもし、阪神大震災のような災害が発生したら、車椅子の人たちは、どうやって生活していけばよいか・・・・。瓦礫の中で火災にみまわれたら、どうやって逃げたらよいのか・・・・。考えてみてもゾッとします。
 もし、皆さんが、なんらかの理由によってロープに縛られ、身動き出来なかったとします。その時に、地震が起きて火災が発生したらどうします? 火がすぐそばに回ってきても、身動き出来なかったらどうします? その恐怖を、あなたは想像できますか? 肢体不自由の人たちは、常にそんな恐怖と闘っているのです。
 それから意外に知られてない事は、車椅子は絨毯やカーペットにとても弱いことです。健康な人間とって何でもない絨毯が、車椅子を使う人間にとって、やっかいな物である事は覚えておいてほしいものです。絨毯を敷き詰めたホテルや公共施設が、障害者に優しくない施設であることを覚えておいてほしいものです。


★透析を必要としている機能障害者
 腎不全などの患者は、3日に一度の透析を行わないと死んでしまいます。しかし、断水のために神戸中の病院では人工透析が出来なくなってしまい、人工透析を必要とする人は死を待つばかりになっていました。実際に25人の死者を出したわけですから、本当に危なかったわけです。
 私たちが、透析を必要としている機能障害者にしてあげられるのは、どの病院が透析可能な病院なのかを調べてあげる事です。阪神大震災では、ラジオでの情報が一番正確でした。しんぼう強くラジオを聞いて、情報を次々とチェックしていく事も大切です。
 阪神大震災では、透析を必要としている機能障害者たちは、かかりつけの病院からの紹介によって、他の病院に向かったのですが、紹介された病院が時間差で断水となって透析不可能になってしまうという悲劇もおこりました。


★骨髄バンク
 皆さんは、骨髄バンクというものを知っていますか? 骨髄バンクとは、自らの骨髄液を登録し、そのパターンが一致する白血病、再生不良性貧血、先天性免疫不全症の人に骨髄液移植をすることによって、それらの病気の人たちの生命を救う御手伝いをする事業です。私たちは、骨髄移植推進財団を取材するうちに、驚くべき事実を知ってしてしまいました。

 阪神大震災に日本中の人たちがテレビに釘付けになったわけですが、あの時、民放の全社がコマーシャルを自粛しました。テレビには震災ニュース以外には、政府広報しか流れなかったわけですが、その時、何千件と言う電話が骨髄移植推進財団にかかって来たのです。それは、もうすごい量で、こんなことは財団始まって以来初めての事だったらしいです。
「はい、こちら骨髄移植推進財団ですが」
「骨髄バンクに登録したいのですが」
「それでは資料を送りますから住所をおっしゃってください」
「あの、自宅は倒壊してしまったんです。今、東灘区の避難所にいるんですけれど」
「え?」
「避難所のテレビで、骨髄移植推進財団の政府広報を見たんです。ぜひ骨髄バンクの登録をしたくって・・・」
「だって、あなた、お家がないんでしょ? 食べるのにも困っているんでしょ?」
「でも、命は助かりました」
「そんなこと言ったって」
「大勢の人が死にました。でも、自分の命は助かりました。助かったこの命、役立てたいんです。生死の境目にいる人のために役立てたいんです!」

 骨髄移植推進財団に次々とかかってきた電話は、全て阪神大震災で被災された被災者だったそうです。数千名の骨髄バンク登録希望の電話の主が、全て被災者だったというのです。「まさか?」と首を傾げる私に、骨髄移植推進財団の人たちは、静かに答えてくれました。
「信じられないでしょう? でも、これは大げさな話ではないんですよ。電話をとる私たちも、信じられなかったくらいですから無理ないですけど、それこそ何千本という電話が神戸の被災地からかかってきたんです。しかも、食うや食わずの避難所からです」
「う〜ん」
「私たちは、骨髄バンクに登録するよりも、被災地で必要とされているボランティアをしたらって言ったんですけれどね。いいえ、ぜひ骨髄バンクに登録して人の命を助けたいと言うんです。自分が生死の境目を生き抜いて、初めて命の尊さを知ったって言うんですよ。これには財団の人間も感動しましてねえ・・・」
「・・・」
「財団の人間も、義援金を募ったり、ボランティアに行ったりしたんですよ。私も多少寄付をさせていただきました。日本もまだまだ捨てたものじゃないですね。こんなに素晴らしい人たちが存在しているんですから」

 この話を聞いた時、本当に心を打たれました。人間の価値は極限状況に発揮されるといいます。関東に大震災がきた時、どんな行動がとれるのだろうか? そう思った私は、「骨髄バンクに登録させて下さい」と口走っていました。


★震災弱者とのつきあいかた
 人に迷惑をかけない。こういった考え方は、素晴らしいと思いますが、本来人間は迷惑をかけあって生きています。昔、貧しかった頃の日本は、みんなが迷惑をかけあって支えあって生きていきました。
 しかし、『人に迷惑をかけない』という考えから、人に迷惑をかるより、迷惑をかけないシステム、つまり福祉施設を作る世の中になったのが現代社会です。そのために私たちは、知らず知らずのうちに迷惑をかけあって生きていることを忘れてしまっています。
 だからこそ私たちは、原点に帰って、迷惑をかけあい、支えあっていく気持ちを持たなければならないと思います。震災弱者は、人に迷惑をかけなければ、避難所で生きていくことはできないです。困った時は、どんどん迷惑をかけあえばいい。私は、そう思っています。





つづく

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posted by マネージャー at 20:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 特設 被災者の疑問を調べます | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

阪神大震災の震災マニュアル紹介8(平成7年に発行されたものです)

阪神大震災の震災マニュアル紹介8
(取扱い注意−これは平成7年に発行されたもので、現在では中身が古くなっています)


第9章・救援物資について

★救援物資は、どのくらいで届いたか?
 だいたい2日後には届いています。しかし、避難所によってはバラツキがあります。テレビ報道で有名になった長田区では、救援物資がジャンジャン届いたそうです。逆に神戸以外の都市の避難所には、物資が不足していました。マスコミの影響は、とても大きかったようです。
 私たちは、震災4日後に被災地に入りましたが、物資は溢れていました。物資が足りなかったのは、むしろ周辺都市の方でした。


★救援物資は被災者に届いたのか?
 地震発生直後は、水・食料・毛布が足りないと、マスコミ報道がなされました。そこで、水と食科が全国からどっと寄せられましたが、道路が大混乱したため、食料の輸送に手問取り、各避難所への振り分け作業に手間取り、その結果、パン、おにぎり、牛乳など賞味期限のある食料が次々と捨てられるといったケースがおきました。もし、これが真夏のできごとだったら食中毒の危険もあったでしょう。ですから食料は、保存性が高く加工のいらない乾パンなどがよいのですが被災者には喜ばることはなかったようです。


★御役人の横槍
 震災直後と震災4日後では、被災者が必要とする物が全く違います。しかし、阪神大震災では必要とされてない救援物資がドンドン送られてきたり、必要な救援物資がいつまでも送られてこなかったりしました。
 また、子供のいない避難所に紙おむつが届けられたり、老人のいない避難所に老人用衣類が届けられたりで、なかなかスムーズな配給が行われなかったようです。
 それでも震災初期の頃は、北区に送られてきた救援物資を長田区に回したり、ボランティアの活躍によって、避難所どうしが救援物資の交換をしたりして融通をきかせたりしました。しかし、何週間かたって落ちついてくると、御役所の縄張り争いが始まりました。
「北区の救援物資は、北区に送られてきたものだから、他の区には渡せません」
と言うのです。その結果、救援物資の足りない所と、救援物資の余っている所の格差がドンドン広がっていきました。

 震災直後は、役所の縄張りはなかった。しかし、震災が落ちついてくると御役人が、しゃしゃり出てきてアーでもないコーでもないと、馬鹿馬鹿しい理屈を言ってくる事を知っておいて下さい。
 あと御役人さんは、とても不思議な指示を出してきます。たとえば救援物資の配給で、「欲しいもの1品だけを配給します」と言ってきました。
 しかし、その1品は、パンツ50枚セットとか、歯磨き24本セットとかなのです。そう言うわけで歯磨きを持ってない被災者が、歯磨き24本セットを受け取るという間抜けな事態がおきてしまいます。歯磨きなんて一人1本あれば充分なのに・・・。
 こういう場合、どう対処すればよいと思いますか?
 御役人を怒鳴りつけたりした人もいたようですが、あまり効果はなかったようです。阪神大震災の被災者たちは、歯磨きとパンツを物々交換したり、被災者どうしが救援物資を回しあったりしていたようです。「御役所や御役人は役に立たない。だから自分たちでなんとかしよう」というのが被災者たちが学んだ事です。
 あとボランティアの活躍が目覚ましかった事も覚えておいて下さい。御役人のやる事が、あまりにも事務的なので、ボランティアは「どこに何が足りないか?」というところまで調査して、救援物資の流通を担っていたようです。


★流通機構の問題点
 今回の震災でコンビニエンス・ストアの弱点である在庫のなさが問題になりました。それに対して個人商店には、2〜3日分の在庫のストックがあり、震災で活躍したと聞きます。という事は、近所にコンビニしかない地域は、品不足になりやすいという事になりますね。個人商店は、御得意さんを大切にします。
 それから暴利商店の出現を抑えた最大の原因にスーパー『ダイエー』の活躍があります。震災で五百億円の赤字を出したダイエーですが、その大部分が輸送費でした。ダイエーのすごい所は、品物をヘリコプターで運んで、しかも価格を引き下げた事です。
 これでは五百億の赤字が出て当然です。それなのにダイエーの活躍がマスコミに載らないのは何故なんですかねえ?しかもダイエーは、政府よりも3時間も早く震災対策本部を設立し、「道路は渋滞するだろう」という判断のもとに、すぐにフェリーをチャーターしています。

つづく

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posted by マネージャー at 20:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 特設 被災者の疑問を調べます | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

阪神大震災の震災マニュアル紹介7(平成7年に発行されたものです)

阪神大震災の震災マニュアル紹介7
(取扱い注意−これは平成7年に発行されたもので、現在では中身が古くなっています)

第8章・第五に情報収集

★デマ対応策(デマと事実を分離する)
 関東大震災の時は、デマによって大勢の外国人が虐殺されました。新潟大地震の時は、43パーセントの人がデマに接し、その85パーセントの人がデマに踊らされています。
 阪神大震災でも、「巨大余震がくる」とか「仮設住宅の受付けが始まった」とかのデマで大パニックになってしまいました。そこでデマに対する対応策を述べておきます。
@耳でデマ(未確認情報)を聞く
A確認(裏とり)する
B本当の情報を文書で掲示する
(この場合、自分の名前と情報発信元を明記する)
 以上のことを実行するだけで、デマに振り回される事はなくなります。ポイントは、Aの『裏とり』です。裏をとる事が大切なんです。そして、裏をとった正確な情報は、文書で掲示すればいいのです。それでデマは防げます。


★どんなマスコミが信頼できるか?
 阪神大震災で一番活躍したのはラジオ放送ではないでしょうか? 毎日放送などの放送記録を読むと、「へえ〜、ここまで頑張ったのか」というくらい被災者向けの放送をしています。交通情報、避難所情報、救援物資情報、銭湯情報、水情報、病院情報、火災情報、避難勧告情報など、ありとあらゆる情報を流していました。


★宮城県沖地震におけるラジオの活躍
 宮城県沖地震でパニックなった群衆を静めてくれたのは、宮城県のラジオ放送でした。
「☆☆町の☆☆さんの飼い犬が、地震で迷子になりました。心当たりの方は、御連絡下さい」
「・・小学校5年3組の皆さん。明日、学級花壇の修理を行いますので、こられる方は登校して下さい」
 これらのラジオは、聞いている被災者たちの心をなごませてくれたようです。そういうことを考えると、自分自身を落ちつかせるためにラジオ放送を聞くのも手かもしれません。テレビだと刺激の大きい映像がドンドン入ってきますから、ラジオの方が良いのかもしれませんね。


★通信対策
@一般電話
 震災後に通信回線がパンクしました。但し、震災直後2〜3時間は、比較的通信回線にゆとりがあったようです。何はともあれ、大地震があったら、まず電話が通じるうちに「自分は無事だ」という事を遠くにいる人に連絡するのが先決ですね。と言っても、その時はそれどころじゃないかもしれませんが・・・・。被災地では、通話可能な地域と通話不可能な地域がありました。私たちが被災地を回っている時も、あちこちで公衆電話をかけまくったのですが、通話不可能な電話機が多かったです。

A携帯電話
 携帯電話は、百ヵ所ほどあるアンテナのうち壊れたのはたったの二ヵ所だけでした。ほとんど無傷な状態です。それに、たとえ電話がかからなかったとしても、百メートル移動すれば通じるという状態でした。そのために被災地では携帯電話が大活躍したのは有名な話です。

A通信回線がパンクした時の裏技
 通信回線がパンクした時の裏技にコレクトコールと国際電話があります。この二つの回線を利用して被災地と連絡をとった人は成功しました。あと公衆電話も、一般電話に比べてつながる可能性が高いです。特に病院前の公衆電話・警察前の公衆電話が、よくつながります。

Bパソコン通信の威力
 パソコン通信の威力は、絶大でした。例えばニフティーサーブでは、日本で最初に死者のリスト5千名を住所を含めて載せました。他に30万人の被災者が、どの避難所にいるかという情報も載ったから驚きます。
 さらに地震による被害、個人的な安否、ボランティア募集など、項目を細分化して多くの情報が掲載されました。例えば、神周辺のお風呂屋さん情報、避難所で今、余っているもの足りないもの、阪神地区の大半の入試に関する情報、各種援助制度、物価情報コーナーなど、情報価値はテレビ新聞を大幅にうわまっわていました。
 また、インターネットを使ったボランティア活動も行われ、マスコミの注目をあびました。たとえばニフティサーブの英会話フォーラムでは、被災地の学生に辞書を贈ろうという活動が生まれ、辞書と図書券の募集と配布が行われました。建築フォーテム・デザイン館では、専門家からの家屋の修理や建て直しのアドバイスや、ボテンティアの募集もありました。



つづく

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阪神大震災の震災マニュアル紹介6(平成7年に発行されたものです)

阪神大震災の震災マニュアル紹介6
(取扱い注意−これは平成7年に発行されたもので、現在では中身が古くなっています)

第7章・第四に避難

★一時退避の善し悪し
 避難所は、すぐにいっぱいになります。救援物資が避難所に一番早く届く事も事実です。二次災害を防ぐために消火活動をしたり、人命救助をしている間に避難所に入れなくなる事も充分にありえます。
 こう言っては何ですが、世の中のため、人のために活動した人が避難所に入れず、救援物資をもらえない可能性があるわけです。という事は、他人の事なんかほっといて、みんな我れ先に避難所に席を取りに行った方が得だという事になります。
 しかし、サッサと避難所に逃げてしまう事がよいかと言えば、疑問があります。みんなが避難所に行ってしまえば、二次災害は拡大するばかりです。

 ここで関東大震災の御話をしましょう。
 関東大震災は、14万人の死者を出した史上最大の災害です。これは東京大空襲や、広島の原爆投下の時の被害より大きいです。しかしながら地震による死者はほとんどなく、二次災害(火災)で多くの死者を出しました。
 その時の状況は、まさに地獄絵図そのもので、どこに行っても火の海。逃げる所なんてなかった。川に逃げ込んだ人たちもいましたが、全滅です。火炎は川に向かって注ぎ込みました。
 本所(浅草あたり)付近では、火災旋風が発生し、4万人近くが一挙に死亡するという大惨事になりました。火災旋風というのは、火災の熱風によって発生する竜巻のことで、核兵器に匹敵する殺傷力を持っています。

 二次災害というものは、かくも恐ろしいものですが、ほとんど被害のなかった地区もありました。千代田区佐久間町と千代田区和泉町です。
 ほとんど被害のなかった佐久間町と和泉町。
 一挙に4万人の人間が死んでしまった本所地区。
 ものすごい差ですが、いったいどうして、こんなに被害に差があったのでしょうか? 佐久間町と和泉町を救ったものは、いったい何だったのでしょうか?

 関東大震災の時、人々は最初、火災に鈍感でした。火災は遥か遠くに見えるだけだったのです。
 しかし、水道は断水。都内6700カ所の消火栓は全て使えません。道路は壊滅状態のために消防自動車や救急車は通れない。そのうえ倒壊家屋が道路に折り重なって、火がそれらに伝わって火災がドンドン拡大しました。
 そうなって初めて人々は逃げようとしました。しかし、気がつくと東に西に南に北に火災の渦です。東西南北に、どこにも逃げ道がなくなってしまっています。こうして多くの人たちが焼け死んだのです。公園などに逃げて助かった人もいましたが、しかし、命以外の全てを失ってしまっています。
 しかし、千代田区佐久間町と千代田区和泉町の人々は違っていました。
「おじいちゃん、火事だよ、逃げなくっちゃ!」
「いや、逃げてはいかん」
「どうして?」
「逃げては命が危ない。火事から生き残るには、火事と戦わなくては!」

 江戸時代、江戸(東京)は何度も大火事の被害を受けました。そために幕府は、大名に自衛消防団を組織させ、町人にも☆☆☆組といった自衛消防組織を編成させました。時代劇に出てくる『町火消し』たちです。『町火消し』と言っても、公務員ではありません。ボランティアです。けれど、いざ火事となった場合には、このボランティアの『町火消し』たちは、命をかけて火事と戦いました。
 江戸っ子が多かった千代田区では、この『町火消し』たちの伝統が残っていたのでしょう。彼らは、火事から逃げるのではなく、火事と戦うことを選んで立ち上がりました。

「火事と戦うって、おじいちゃん、どう戦えばいいの? 水は出ないし、消防自動車も来ないのよ!」
「てやんでい! 江戸の昔だって、水道も消防自動車もなかったんだぞ。だがよ、火事から逃げはせんかった。みんな力を合わせて火事と戦ったもんさ」
「へ〜」
「感心してる暇があったら若い衆を集めてこんか」
「はい」
「火災は、2〜3日では終るまい。おそらく寝る暇もないかもしれん。だがよ、戦えばきっと消火に成功するはずよ。なに心配するな。安政大震災の時だって、火を消したんだからな?」
「安政大震災って何だい?」
「おや、知らんのかい? 無理もねえか、70年近い昔の事だからなあ〜。ありゃ御維新(明治維新)のちょっと前のことだ。ものすごい大地震がおきたんだよ。その時も、町中の人間が力を合せて火を消したものさ。大地震は、70年ごとにやって来るが、そのたびに江戸っ子は、力を合せて火を消してきたんだよ」

 関東大震災の直後、東京全土が火の海になり、本所地区の住民4万人をアッという間に殺戮した火災旋風があちこちで発生し、四方から火災の津波が襲ってきた時、千代田区の人々はバケツリレーという、もっとも原始的な方法で火事と戦いました。その方法を再現すると、こうなります。

@年寄りと子供たちを、学校などに避難させる。
A男たちは全員消防隊となって、町内会ごとに破壊消防とバケツリレーなどによって、組織的に消火活動を行う。
B女たちは全員、炊き出しを行い、男たちの消火活動を支える。

 何人かの見張りが風向きや火の勢いを計算して、男たちはそのつど力を合せてバケツリレーを行いました。休む間もなく、三十六時間も続けたというから驚きます。
 男たちだけではありません。女たちも戦いました。食事を炊き出し、怪我人を手当てし、子供たちや年寄りの世話をしながら懸命に働きました。
 そして、みんなの必死の努力の結果、みごと消火に成功し、残された1600戸の民家と東京都民の食料倉庫一万数千俵が焼け残っているのを見た人々は、一同われにかえり感動のあまり泣きだしたと言います。
 もし千代田区の人たちが、自分さえ良ければいいと思って各自が勝手に逃げていたら、何万という死者が出たと思います。東京都民の食料倉庫一万数千俵も焼けてしまい、多くの被災者たちは飢えていたと思います。
 しかし、逃げずに戦ったからこそ大勢の命と、大量の食料と、財産が守られました。「政府は何やっとる」とか、「消防署はなにやっとる」と叫ぶ前に、自分で火事と戦う。避難所に逃げる前に、一致団結して火災と戦う。そんなこと今の世の中では不可能ですかね? 関東大震災の時の千代田区の人たちのような活躍が、今の私たちにはできないですかね? 私は、できると思いたい。いや、できなけれはならないのではないか?


★避難について!
 避難所に避難するのについて、絶対に忘れてはならない事があります。家族の無事と、避難先を、倒壊家屋の所に書いておく事です。これをしておかないと人命救助をする人にも、救援活動する人にも、安否をきずかう知合いの人にも二度手間をかけさせます。
 ちなみに阪神大震災の直後は、あまり車が走ってなくて渋滞もなかったです。これは早朝だったからか、それとも地震の直後で、みんな茫然としていたからでしょうか? もし車で避難するなら、地震の直後にするべきですね。時間がたつと、渋滞で動けなくなります。

 あと、避難といえば防災ずきんやヘルメットなど頭の保護が言われてきていましたが、実は足の保護が大切であるということが、阪神大震災の教訓となっています。足を怪我したら逃げることができないからです。
 阪神大震災では、ものすごい瓦礫の山の中を逃げなくてはいけなかったのですが、底の薄い靴・ハイヒール・サンダルなどでは、すぐに怪我をしました。いったん怪我をしたら最後で、避難所に逃げる事が出来たとしても、食事や水の配給をもらったり、瓦礫の処理などをしたくても出来なくなり、ものすごい不便をしたと聞きます。
 あと安物のスニーカー・ゴム長靴・ゴム底靴も怪我のもとになりました。特に火災が迫っている時に、熱のために靴底が溶けてしまい、被災者の避難を困難にしました。
 結論を言えば、『震災には登山靴が必要不可欠である』という事になります。丈夫そうなスニーカーを履いていても、底に釘が刺さって怪我をし、足の裏を化膿してしまったケースがありました。被害の度合いにもよるのでしょうが、登山靴ほど役にたつ防災グッズはありません。にもかかわらず、市販されている防災グッズの中には登山靴は見当たりませんよね。

 ですから、震災に備えてヘルメットを用意するくらいなら登山靴を買ったほうがよいと思います。そして、履きならす意味も含めて、2〜3度ハイキングに出かけてみてはいかがでしょうか?


★避難所について
 避難所は、震災直後からどのくらいで満員になってしまったか? 12件ほど調べてみたのですが、半数の6件が震災直後から4〜5時間でいっぱいになってしまったとの事です。そして大勢の人たちが避難所に入れず、学校のグラウンドなどにテントを張っていました。
 それにしても4〜5時間で避難所がいっぱいになるなんて・・・。さらに驚かされるのは、4〜5時間で避難所に避難した人たちのほとんどが、避難所の場所を知らなかった事です。地震は、朝5時に起きているんです。その4時間後といったら朝9時なんですよね!
 みんな避難所を知らないのに、震災直後から数時間で避難所が満員になるというのは、神戸だけの事なんでしょうか? 神戸は学校の多い所なんですけれど、学校の少ない都市だったらどうなっていたのでしょうか? とにかく避難所は、すぐに満員になると考えておいた方が無難です。


★避難所の被災者を捜す方法
 避難所について具体的に御話をしましょう。阪神大震災の場合、避難所は管区別に公立の小中学校や公民館が利用されていました。☆☆町☆☆番地は、☆☆小学校というようにです。ですから住所番地を知っていれば、避難したと思われる避難所がわかります。交番や各避難所で聞けば、よいと思います。神戸の人たちは、とても親切に教えて下さいました。
 しかし、必ずしも被災者は、割り当ての避難所に避難しているとは限りませんから注意して下さい。知り合いや親戚とのからみで、割り当て以外の避難所に避難している場合があります。あと企業が、独自に避難施設を用意している場合がありますので注意して下さい。
 ちなみに震災直後に、企業が社員の住居を確保に走ったため、住む家がなくなってしまったと言われています。無事だったアパート・マンションは、震災直後に、すべて企業が押さえてしまったとのことです。


★避難所の構造
 まず学校職員が部屋割りなどを行ない放送や配給の統轄をしています。ですが、完全に避難所を把握しているわけではありません。だから学校職員に何か尋ねても、彼らは何も知らない事が多いです。避難所は意外と出入りが激しいのです。
 あと被災者にも、いろいろな人がいますから、あまり良質でない被災者が多い避難所では、かなり気が立っている学校職員も多かったですね。とにかく気になさらないことです。
 避難所の部屋割りは、入口の掲示板やノートに書いてあります。避難所を捜し当てたあとは、このノートを読んで、尋ね人が、どの教室にいるのかを調べるのですが、これがなかなか大変です。なかなか見つかりません。
 私たちの経験では、人に聞くのが一番早かったです。避難所にいる被災者の多くは、とても親切でした。ただし、震災直後は、かなり気がたっている被災者が多かったようです。避難所の被災者たちが落ちついてきたのは、大勢のボランティアの方が訪れるようになった震災2〜3日後からだと言われています。
 ところで避難所に入る時に気をつけなければ、ならないことがあります。土足についてです。体育館などの避難所に、土足でズカズカあがるという無神経な行為は、控えたいものです。
 村山首相が視察をしたさいに、避難所に土足でズカズカあがり、被災者の神経を逆なでして大ブーイングが飛んだそうです。体育館と言えども避難所は自宅と同じです。細心の注意をしたいですね。
 ちなみに天皇陛下が御見舞に御見えになった時は、裸足で避難所にあがられました。そして被災者に向かって深々と一礼してから入られました。そのためか天皇陛下の評判は、とても良かったと聞きます。




つづく

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阪神大震災の震災マニュアル紹介4(平成7年に発行されたものです)

阪神大震災の震災マニュアル紹介4
(取扱い注意−これは平成7年に発行されたもので、現在では中身が古くなっています)

第5章・第二に人命救助

 二次災害の防止に成功した後に私たちのやるべき事は、人命救助です。
「なんで見ず知らずの人間を助けにゃならんのだ?」
と思っている人に忠告しておきます。そういう考えの人には、しっぺ返しが来ます。
 地震は一時的な事件ですが、人間関係は一生続くんです。阪神大震災の時に、どう行動したかによって人生が変ってしまった例は多かったんです。紙面の関係で、それらを紹介できないのが残念ですが、ほんのちょっとした自分勝手な行動が、自分の人格の全てだと思われてしまって、後で人間関係に苦しまなければならなかった人も多かったんですね。
 人間の真価は、極限状態に現れるといいます。ということは、私たちは『極限状態によって試される』とも言えます。『
イザとなったら、どのような行動をとるか?』それが全部、バレてしまうんですね。

 さて人命救助の方法ですが、具体的に言いますと、
@救助を必要とする人を発見すること
A連絡すること
B助けること
になります。「あたり前のことじゃないか」とおっしゃる人も多いかと思いますが、イザとなった場合、この当たり前のことが、とても難しいんです。


@救助を必要とする人を発見すること
 震災では救急車が来ません。病院だってどうなってる事か。そんな状態の時に「政府は何やっとるんだ!」と言っても始まりません。そこで人命救助の方法を簡単に説明しますと、何よりも『救助を必要とする人を発見すること』が大切です。

 そのためには何よりも情報を集める事ですね。全く見ず知らずの人の家でもドンドン声をかけてみる事です。ここで声をかけそびれると後が大変ですよ。ひょっとしたら、この後に長い避難所生活(共同生活)が待っているかもしれないのです。
 震災前と震災後では、人間関係が 180度変ってきます。震災直後は助けあって生きていかなければなりません。だからこそ積極的に御近所の門を叩いてみる必要があるんです。そうしないと避難所で気まずい雰囲気のまま長い生活をしなければならなくなります。


A連絡すること
 発見した後は、『A連絡すること』です。ただし、消防員もレスキュー隊も救急車も来ない可能性があります。でも連絡は絶対に必要です。これは、自衛隊の災害派遣や国会対策と密接な関係があるんです。
 皆さんは震災直後の被害状況をテレビで見て、どう思われましたか? 私は「こりゃいかん、何千人も死者がいるかもしれんぞ」と直感しました。しかし、死者に関する発表は百名程度と少なく、政府の対応は、まだのんびりしたもので、村山総理大臣にいたっては財界人と御食事会をしている始末です。さらに被災地の知事は、自衛隊からの出動連絡を断ってしまっています。ムチャクチャな話ですが、どうしてこんな事になったのかを説明しましょう。

 自衛隊は、自治体が派遣要請を行なわないと動けないんです。勝手に動くと大変な問題になるんです。それに災害に関する仕事は、自治体の仕事なんです。これも政府が勝手に動けない。政府が勝手に動くと国家権力の介入になってしまうんです。
 じゃあ「悪いのは全て自治体なのか?」と言うと、これもちょっと違うんですね。自治体は、現場から被害届が届いてからでないと自衛隊の派遣要請ができないんです。自衛隊を呼ぶと言っても、百人の被害状況なのか、千人の被害状況なのかで全く違ってくるんです。
 国に応援を頼むのにしたって、どういう被害状況かをを報告しないと国も応援できないシステムになっているんです。具体的に言えば、現場の情報を市町村が、都道府県に報告し、それらの情報に基づいて県が国に応援を頼むシステムになっています。都道府県は、市町村から被害報告がこないと動けないんです。
 だから生埋めになっている生存者を発見したら即座に連絡をしなければなりません。『連絡すること』によって政府を動かさなければなりません。


B助けること
 助け方にもいろいろあります。具体的な例をあげて御話ししたいと思います。

☆死者は圧死が90パーセント
 死者は圧死が90パーセントを占めていました。しかも、発見された死体の多くが死後硬直していなかった。もうちょっと発見が早かったら助かっていた。
 ちなみに倒壊した所から救出された人は、約千人です。ただし、そのうちの70パーセントは亡くなっています。結局三百人くらいしか助かっていません。救出が遅れたからです。筋肉が長時間圧迫されると、筋肉内の蛋白質が溶け出して急性腎不全を起こします。ですから地震では、48時間以内でないと、ほとんど助からないのです。震災直後の48時間は、人命救助が最優先されなければなりません。

☆老人・障害者を捜そう!
 犠牲者は、老人・幼児・障害者といった震災弱者ばかりでした。その中でも老人の犠牲者が一番多かったです。骨が弱くなっている老人は、ちょっとした事で骨折したりします。それに寝たきり老人が逃げるに逃げられずに焼け死んでしまった例も多かったと聞いています。
 視覚障害者も聴覚障害者も透析を必要とする障害者も、その各種の障害者が、だいたい20〜30人の犠牲者となってしまいました。健丈者の死亡率に比べると、かなり高い率で犠牲者を出しています。
 あと障害者の家庭では、障害者の家族の死傷率も高かったようです。震災のような災害では、障害者の家族は、とても大きな危険にさらされるようです。
 震災がおきたら、老人・幼児・障害者といった震災弱者を優先に助けたいものです。自分の家の後かたずけより、それらの震災弱者の救出を積極的に行いたいものです。きれいごとではなく、そういった活動は必ずその後の人間関係に影響してきます。震災は、後遺症の長い災害ですから。

☆ある老人の悲劇
 阪神大震災後54日目に、アパートの倒壊現場から1人の老人が遺体で見つかりました。目立った外傷もなく、胃の内容物も消化されていたことから、この老人は生き埋めになって餓死したと見られています。
 驚くことに、そのアパートの住人は、誰一人として老人が死んでいる事に気が付きませんでした。近所の人たちは、この老人が、どこかの避難所で生活しているものと思い込んでいたわけです。こういう悲劇は、普段から近所付き合いがあれば防げたケースなんですね。

☆建物の崩壊は、震災直後だけではない
 意外な事ですが、建物の崩壊は地震の終った後にもありました。具体的に言えば、震災15分後に倒壊した家屋がゴロゴロあったのです。1時間後に倒壊した家や、3日後に倒壊した家もあります。酷いのになると、マスコミのヘリの爆音で倒壊した家さえありました。崩壊をまぬがれた家だからといって安心していると、地震後に家の下敷になってしまう可能性があります。

☆みんなボーゼンとしていた
 震災直後、みんなボーゼンとしていたらしい・・・・。「らしい」と言うのは、「みんなボーゼンとしていた」と言われると、「私は、そんな事はない」と反論してくるからです。しかし、やはり「みんなボーゼンとしていた」らしい。
 これは、多くの直接被災されたジャーナリストたちが証言している事です。震災直後の被災者の脳は空白状態であり、火事が起きても、人が苦しんでいても泣き叫んでいても、ただボーゼンとしていただけだったと言います。そして、そのボーゼンとしている間の記憶は無いらしい。
 高見議員は、そういうボーゼンとしている人を正気に戻すのに、ずいぶん苦労されたそうです。また、高見議員自身も、やはりボーゼンとしていたらしく、自分を正気に戻すために東京の秘書の所に電話をしたそうです。

☆言葉の壁
 震災を受けた人のショックは、想像以上に大きいです。ですから、てんかん症などの病気を持っている人は、突然発作で倒れたりします。そんな時に適切に処置できる知識を私たちは持ちたいものです。

 これは震災の時の事例ではありませんが、ある外国人(cw.ニコルさん)が、路上で窒息状態で倒れている老婆を発見しました。ただちに『マウス・トウ・マウス』で、人工呼吸を行なったのですが、通りがかりの日本人は、それを変態行為とみなして、殴る蹴るという暴行を行ないました。

 それから似たケースとして、聴覚障害者が仲間を助けてもらおうと、必死に道行く人に訴えたけれど、相手にされなかったケースがあります。手話が通じないために、必死の思いで話そうとする聴覚障害者の、「アア・・ウウ・・」という意味不明な訴えを、みんな気味悪がったんです。そのために聴覚障害者たちを助ける事ができなかった。手話しか話せない聴覚障害者。日本語の話せない外国人。こういうハンデを持つ人に対して、もっと思いやりが欲しいですね。




つづく

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阪神大震災の震災マニュアル紹介3(平成7年に発行されたものです)

阪神大震災の震災マニュアル紹介3
(取扱い注意−これは平成7年に発行されたもので、現在では中身が古くなっています)


第4章・第一に二次災害の防止

 まず何をするべきか? 次に何をするべきか? そういった手順を知っているかどうかが、震災マニュアルになります。

@二次災害の防止
A人命救助
B情報連絡
C避難
D情報収集
以上のような手順で行動するのが有事のためのマニュアルです。
 特に大切なことは、@二次災害の防止です。これを一番最初にやるべきです。あとは、人命救助が先でも、情報連絡が先でも、避難が先でも特にかまいません。その時のケースにあわせて独自に判断して下さい。

 具体的に言えば、ガスの元栓を閉める、電気のブレーカーを落とす、ストーブやヒーターやコタツ等の暖房器具をチェックする事です。
 あと初期消火を行うことです。火災というものは、初期の場合ならコップ1杯の水で消せます。ですから可能なかぎり、御近所の火の元を確認し、どんどん初期消火を行うようにするべきです。
 ここでもし初期消火に失敗してしまいますと、大勢の人たちが命を失ってしまいます。消防自動車は来られませんし、消火のための水も出ません。そうなると、つぶれた家や倒れた家具の下敷きになってる人を助ける事ができず、見殺しにして逃げなければならなくなります。


★初期消火のチャンス
 よく聞かされるのが「ぐらっときたらまず火の始末」という言葉ですが、阪神大震災では、あまりにも揺れが激しく、「火の始末どころではなかった」といわれています。しかし、はたして本当に「火の始末どころではなかった」のでしょうか?
 阪神大震災で実際におきた火災を検証してみますと、初期消火の仕方を知らなかったために二次災害になってしまった例が多かったようです。初期消火のチャンスは三回あります。「火の始末どころではなかった」と言うのは、言い訳にすぎません。それでは、3回ある初期消火のチャンスについて解説してみましょう。

@揺れを感じた時
 どんな巨大な地震でも、初めの揺れは、それほど強い衝撃ではありません。火を使っているとき「グラッ」ときたら、その2〜3秒の瞬間が勝負です。パッと使用中の火を止めましょう。この最初の2〜3秒の揺れが、1回目の初期消火のチャンスです。

A揺れがおさまった時
 もし、最初の初期消火に失敗した場合でも心配いりません。一度机の下などに伏せ、揺れがおさまるのを待って火の元を断ち、電気のブレーカーを落とせばいいのです。

B出火した直後
 もし火災が発生した場合でも心配いりません。地震の揺れは、たったの30〜40秒ですが、火災は1〜2分程度では、まだ燃え広がりません。落ちついて消火作業を行なえば簡単に消せます。
 初期消火が可能なのは、炎が天井に届くまでです。それ以上広がったら簡単には消し止められないので注意して下さい。手に負えないと思ったら迷わずに近所の人たちの応援をたのむことです。


★初期消火の具体的な方法
 それでは、初期消火の具体的な方法について解説しましょう。初期消火が可能なのは、炎が天井に届くまでです。これがポイントになります。ようするに炎を天井に届けなければいいんです。
 具体的に言うと、炎に何かを被せればいいんです。一番いいのは布団や毛布。衣類やカーテンでもいいです。何かを被せて一時的に炎を小さくさせ、その後に水や消化器で細かい消火作業を行なえばいいんですね。

 ただし、油に引火したとき、野菜などを投げ込むのはやめましょう。野菜が濡れていると油がはじけ、炎が飛散します。一番いいのは、フタを閉めることですが、マヨネーズの入った容器を投げ込むという方法もあります。これは神戸市の消防職員が発見した方法で、マヨネーズの冷却効果と、主成分の卵たんぱくが固まって空気を遮断する効果で消せるんだそうです。


★電気のブレーカーとガスの元栓
 ガスの元栓を閉める。これは常識ですね。でも、電気のブレーカーを切る事の重要さを、あなたは知っていましたか? 震災で電気系統がメチャクチャになっている家は、漏電をおこしやすく、いつ火災になってもおかしくないです。
 あと電気ストーブや電熱器を使っている家なんかも要注意です。震災直後に火災がなかったとしても、電気が復旧した途端に、電気ストーブにスイッチが入り、火災になってしまいます。だから避難する時は、電気のブレーカーを切ることを絶対に忘れないでほしいですね。


★耐震消火装置の欠点
 「私の家のストーブは、耐震消火装置があるから安心」と思っていると痛い思いをします。阪神大震災では、この耐震消火装置にも致命的な弱点があることが判ってしまいました。
 耐震消火装置とは、ストーブなどが地震で倒れた時に自動的に火が消える機能の事なのですが、例え火が消えても、ストーブの余熱は残ったままです。この余熱が火災の原因になったわけですが、火災はわずかの余熱の中からも起きる事を覚えておいて下さい。
 約二百人の焼死者を出した長田区の火災の原因や、地震直後に出火した火災はこうした石油ストーブが原因と見られています。


★ライフラインが復旧した時に二次災害がおきる
 阪神大震災では、ライフライン(電気・ガス)が、復旧すると火災がおきました。二次災害は、震災直後にもおきますが、『ライフラインが復旧した時もおきる』ということをよく覚えておくべきです。ですから震災直後の他に、ライフラインが復旧した時にも二次災害に気をつけなければなりません。
 地震発生から48時間で、神戸市内で起きた火災は約 250件。しかし、火災はその後も発生し統け、2月1日までに約 450件にのぼりました。それらの火災の多くは、ライフラインが復旧した時におきています。
 地震で傷んだ屋内配線のショートがあったり、スイッチが入ったままだったコンロ、トースター、電気ストーブなどの電気製品が過熱して火災につながったケースや、天井の蛍光灯など照明器具かた出火したと見られる火災や、熱帯魚う水槽に入れた水温調節用のヒーターが原因で出火したケースもありました。


★火災が無かった淡路島
 不思議なことに震源地の淡絡島では、地震後に火災がほとんどありませんでした。約六千棟の家屋が全半壊したにもかかわらず、火災の発生はたったの二件。
 調査によると、淡路島住民の多くが避難に先立ちガスの元栓を閉め、電気のブレーカーを切ったためと言われています。あと地域社会のつながりが強さが、二次災害を防いだと言われています。
 これとはまったく対照的に、都市部では火の始末に、からり無神経だったことが、大阪市消防局の調ベでわかっています。約五百人の大阪市民に電話でアンケート調査したところ、地震が発生したとき一割強の人が、火をそのままにしていたそうです。


★水を貯めること!
 もし、自宅が倒壊してなかったら水を貯めて下さい。震災直後の数分間なら水は出る可能性があります。逆に水が出るからと言って安してはいけません。どこかで水道管が破裂していて、いずれ断水になってしまう可能性があるからです。
 水は、飲料水・初期消火のための他に、怪我に備えるために必要です。薬があっても水がなくては、効果的な手当ができません。
 登山家は、山にいる間は、ある程度の水を確保していますが、これも飲料水というより怪我に備えるためのものなんですね。特にヤケドをした人には、水が必要不可欠です。

 そういえば、水洗トイレのタンク内に入れるタイプの芳香剤がありますが、あれは使うのを止めるべきですね。非常の際、飲み水として使えなくなります。あと、マンションなんかの場合、断水になる前に、風呂に水を張っておいて助かった例が多かったです。
 それから人間は、医学的には標準体重より10キロ重たい場合、水さえあれば全く何も食べずに1ヵ月間生きられることを知っておいて下さい。これを知っているだけで、かなり不安が軽減されると思います。

 ちなみに東京都の場合は、神戸のように断水になりにくくなっています。東京都の水道水は、地下に巨大プールがあり、それを経由して家庭の水道に供給されています。
 関東で巨大地震がおきて、水道管が破裂しても、地下プールにはたっぷりと水が残される事になり、消火栓の水が断水になる事はないそうです。
 それに水の配給は、阪神大震災のように給水車からではなく、地下プールより行いますから安心です。ちなみに、この地下プールは、1200万人の都民が3週間生活できるだけの水が蓄えられています。

 さらに無駄話をしましょう。東京都の震災対策は、前鈴木都知事によって、世界最高の準備ができています。神戸では、1食も用意されてなかった住民用非常食料を、東京都では数千万食もの非常食が用意されています。これは、全都民の2日分の量になります。
 最初の1日分は区が用意し、2日目の分は都が用意する事になっています。東京都全部が崩壊する事はないですから、これだけでもかなりの長期間、食事に困る事はないと思います。さらに、3日目からは自衛隊と共同で救援物資を輸送するシステムが出来ています。
 ちなみに東京都と自衛隊は、非常に緊密な連絡を取りあっていて、どの部隊が☆☆区☆☆町に出動するといった細部まで決っています。食料の輸送ルートも決っていますし、車輌の割り当ても決っています。関東大震災が起きた場合のマニュアルができているんです。

 交通規制も決められています。震災直後から環状7号線より都心部は、車輌通行止になり、環状7号線は、緊急輸送路となります。それとともに避難専用の避難路線も決まっていて、神戸の時のように渋滞する事を未然に防いでいます。
 警察も震災交通システムを持っており、自衛隊と共同作戦をとるようになっています。ちなみに警視庁管轄のパトカーには、ラジオ放送も可能なくらいの大出力の警察無線が積まれており、NTTが壊滅しても通信に影響はありません。

 面白いのはライフライン復旧計画です。東京都のライフラインは、ブロック別に分割されており、被害の小さいブロックから集中的に復旧作業を行うことになっています。
 本当ならば被害の大きい方を優先的に復旧作業を行なうべきなんでしょうが、逆に被害の小さいブロックを優先させるのは、すぐに復旧できるブロックを優先することによって、早く復旧した地域を拠点にして、復旧地域を拡大していく計画を持っているからです。
 これによって1ヵ所でも多くの病院・消防署・警察・企業などを活動可能状態に持っていき、それらをもって大規模な復旧プロジェクトを組むことが可能になるからです。

 東京消防庁も、ユニークな震災対策を持っています。東京消防庁の消防方法は、初期消火です。そのために東京都では自主消防組織の編成が進んでいます。不幸にして大火になった場合でも、避難路を確保する消防方法をとっています。
 さらに東京都では、震災用の作戦司令室を持っています。以上の点を考えてみると、阪神大震災の被害のある程度の部分は、人災だったと言えるかもしれません。神戸に東京なみの防災意識があれば、ある程度、被害を食い止められたと考えても良いのではないでしょうか?


★消化器のの使い方
 駅に、町中に、ビルの中に、アパートの外などに消化器は必ず置いてあります。条令で設置が義務づけられたものですが、これらの消化器は私物ではなく公共物になります。いわゆる所有権というものは、ありませんから火災がおきたら遠慮なく使用して下さい。
 消化器の使い方ですが、安全ピンを抜きホースを火元に向けレバーをにぎるだけで使えます。一般の火災の時に、気が動転して安ピンを抜くことを忘れ、消火器を使えなかった例がよくあるそうですが、くれぐれも気をつけて下さい。
 それでは、消防庁が指導する消化器使用のポイントを解説しておきます。

@姿勢を低てして熱や煙を吸いこまないようにする。
A薬剤は手前からホウキで地面を掃くように火元にふりかけます。
B風上から風下へ薬剤が放出される時間は10〜20秒です。あせらず確実に火元にすることが大切です。ふとん、座布団、畳などは、粉末消火器で消したつもりでも後から燃え出すことがあるので、さらに水をかけておくことも忘れないで下さい。



★煙に対する注意
 難燃性の壁材や塗装には、燃えると有毒なガスを発するものもあるので、煙は吸いこまないようにしましょう。阪神大震災とは直接関係は、ありませんが煙だけで何十人という人がバタバタと倒れてしまったケースがありました。
 煙は、上へ上へとあがる性格をもっています。もし煙にまきこまれたら、できるだけ姿勢を低くして一刻も早く外に逃げ出すことです。それから濡れ夕オルを口にあてるといいと言われています。
 
 
つづく

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阪神大震災の震災マニュアル紹介2 《自分がパニックにならないためには?》

つづきです。
今読むと、このマニュアルは古いです。
今回の震災には、あてはまらないかもしれません。
けれど、一応、紹介しておきます。




《自分がパニックにならないためには?》

 危険な時に冷静・勇敢に対処した『美談』の多くは、特定の『役割』を持たされた人間が主人公の場合が多いです。例えばハイジャックの時のスチワーデスや、事故現場の警官などがそうですが、彼ら彼女らは『役割』を持たされているから、勇敢になれるんです。
 人間には本来的な人格の他に、現在の役割から与えられる第2の人格があり、それが恐怖を乗越えられるバネになると言われています。これを『役割人格』といいます。

 例えば、とんでもないグータラ社員が、責任者になったとたんにシッカリ人間になったりしますが、これは責任者という役割を与えられために責任者という『役割人格』が自分の中に生れたためです。

 また、こんな例もあります。シンナーでボロボロになり、カミソリを振り回し、親を殴り倒し、家出するといった非行少女が、ある日突然、分別のつく大人になりました。きっかけは出産です。その子は、母親になることによって、母親という『役割人格』が引き出されたわけです。


《みんなをパニックから救うためには?》

 人間にとって何よりも恐ろしいことは、危険が迫っているのに何をしていいかわからない事です。けれど、やるべき事を知っており、そのための『役割』を与えられている人は、かなり冷静に行動できます。
 ということは、自分がパニックに陥らないためには、自分自身に役割を与えておけばいいんです。震災の時に何をするかを具体的に決めておけばいいんです。たとえば電気のブレーカーを切るとか、ガスの元栓を閉めるとか、親戚に連絡するとか、具体的な行動を行えば、しだいに落ちついてきます。
 自分だけではありません。パニックになっている家族や友人がいれば、その人にも役割を与えてあげればいいんです。役割を与えて、その人の役割人格を引き出してあげればいいんです。
 パニックになっているから何もさせないのではなく、パニックになっているからこそ何かをさせればいいんです。そうすれば、パニックはある程度防げるんですね。

 私が避難所を回って気が付いたことは、避難所によって被災者の表情が全く違うことです。
 被災者が生き生きしている避難所では、被災者に『役割』が与えられていました。そして絶望する間もないくらいに活発に行動していました。被災者が進んで救援物資を運び、何でも自分たちでやっていました。
 ところが被災者に『役割』が与えられてない避難所では、被災者たちは、「この世の終りだ」と死んだような目をしていていました。そして一杯のトン汁の配給を受けるために2〜3時間の行列を震えながら並んでいました。被災者に『役割』が与えられている避難所と、『役割』が与えられてない避難所では、こんなにも違っていたのです。

 そういえば、こんな話がありました。日露戦争の時のことです。日本の軍艦が、ロシアのバルッチック艦隊と戦っている時のことです。日本の軍艦の水兵さんは、とても臆病でみんな恐怖にガタガタ震えていました。それを見かねた海軍の将校は、震えている水兵に次々と用事を言いつけました。
 すると、さっきまで臆病風にふかれていた水兵たちは、目を輝かせて働き出しました。用事をこなすことに一生懸命になり、恐怖感を吹き飛ばす事ができたのです。どうやら『役割』というものは、人々を勇敢にする魔法を持っているみたいですね。


《役割人格を失ってしまった場合》

 ふだん私たちが目にしている人格というものは、その人の本来的な人格よりも、役割人格である場合が多いような気がします。
 父親は、父親であるからたよりになるのであって、父親でなくなったら、急にしょぼくれてしまうことが多いんですね。世間では、会社を辞めると急にしょぼくれてしまう人が多いようですが、それは『役割』を失って『役割人格』を無くしてしまったからなんですね。
 このように多くの人々は、日頃から『役割人格』に依存しています。問題は、この役割を失った時です。
 母である役割を失った時。
 働くことの役割を失った時。
 会社員である役割を失った時。
 一家の大黒柱である役割を失った時。
 そんな時の人間は、ものすごいショックを受けます。そういう時に人間の本性が現われるわけですが、パニックにならずに冷静でいられる人って少ないと思います。人間は、それほど強い生き物ではないですから。

 例えば、母である役割に精根を込めて生きてきた人は、母である役割を失った時が一番ヤバイです。役割を失った自分は、このまま生きていてもしかたがないと考えないともかぎりません。自分の役割がないことに絶望して、自殺しないとも限りません。そういう場合は、早く他の役割をみつけてあげないと危ないですよね。
 もし子供を失った母親が、もしショックで自殺しかけていたら、子供の葬式をあげるという役割を与えるのも一つの手段です。そうすれば、その役割のために生きる勇気がわいてきます。
 葬式が終ったら御墓でもいいです。そうすれば、その役割のために生きがいがもてるんです。無神論者や唯物論者の人たちには、葬式なんか・・・と思う人もいるかも知れませんが、『役割』という点で葬式のもつ意味は、とても大きいんです。

 アメリカ映画なんか見ていますと、愛する人に死なれた主人公は、ものすごいパニック状態になっていますよね。ところが日本映画なんかでは、主人公がパニックになっているシーンは少なく、悲しみをこらえながら葬式をきりもりさせているシーンが多いです。何故でしょう?
 キーポイントは、『葬式』にあります。
 本当は泣きたい。
 本当はわめきたい。
 本当はパニック状態で錯乱したい。
 けれど、それをクグッとおさえて葬式という役割を行う。そういうシーンに我々日本人は涙する。感動します。だから日本映画には、錯乱したりパニックになっている人が、あまり出てこないんですね。
 本当は錯乱したいのに、必死に「喪主」という役割をはたすことによって、かろうじて自分を取り戻している。葬式という儀式は、そういう文化伝統は、ずいぶん私たちを支えてくれているんです。
 日本でもアメリカでも、愛する人に死なれた場合のショックは同じだと思います。両国にそれほど文化差があると思えません。あるとすれば、葬式の中に「喪主」という役割があるかないかの違いだと思います。


《新しい役割》


 話しが、ちょっとズレてしまいましたが、役割を失って絶望している人には、くれぐれも注意して下さい。人間は役割を失ったときが一番危ないといいます。だから、そういう人には、新しい役割をプレゼントすることです。それによってパニックから逃がしてやることです。
 その場合、新しい役割は、なるべくなら建設的なものがいいですね。前向きなものがいいです。できれば「葬式をあげる」という後ろ向きな役割ではく、人命救助をするとか、ボランティアを行うとか、社会的な意義のあるものがよいと思います。
 阪神大震災で、被災者の明暗を分けたものの一つに、
「人命救助をせねば!」
という新しい役割に早く気がついた人と、ただ無気力に落ち込んでしまった人の差があります。
 震災直後に生れて初めてボランティア活動をしたという被災者のNさんは、「こんなこと言うと不謹慎に聞こえるかもしれませんが、震災ボランティアをやっている時が、今までの人生の中で一番充実しています」と言っていました。
 Nさんは、震災前には自分の役割を持ってなく、毎日を無気力に生きていたそうです。それが震災によって新しい役割を見つけられた時、それによって充実した毎日がおくれるようになりました。そういう人もいるんですね。

 そこで、震災がおきたときに「どのような役割を果たすべきか?」ということをマニュアル化しておけば、極限状態においてカッコ悪い姿を見せずにすみます。そこで、次の章からは、イザという時にパニックにならないための具体的な手順を解説してみたいと思います。


つづく

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posted by マネージャー at 19:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 特設 被災者の疑問を調べます | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

日本登山医学界では、被災者の方へ低体温対策情報をブログに公表しています

日本登山医学界では、被災者の方へ低体温対策情報をブログに公表しています。
携帯でみられます。
質問もできますので、被災者の皆さんの参考になると思います。

http://jsmmed-tozanigaku.sblo.jp/
http://jsmmed-tozanigaku.sblo.jp/article/43830745.html

被災者の方へ低体温対策情報

日本登山医学会に所属する救急救命専門医・国際山岳認定医より被災地の方へ向けた低体温対策の情報が発信されています。2005年に発生したパキスタン地震では、避難している方々の多くが低体温症により死亡しました。明日15日から気温も下がるので、早めに対策と準備をしてください。室内にいても低体温症になる可能性もあります。


一般の人向け <避難場所での低体温症対策>

屋外に退避して救助を待っている方々、避難所でも十分な暖房がなく寒冷環境にいらっしゃる方へ、低体温症にならないために、以下のような点に注意することをお勧めします。

○なぜ低体温症になるのか?
・ 低体温症は、体の外に奪われる熱と自分で産生する熱のバランスで、奪われる熱が多いときに体温が維持できずに起こります。従って、それほど寒くない環境でも、栄養が足りなかったりすれば起こりますし、特に、お年寄りや小児などでは、起こしやすいので注意が必要です。

○低体温症になりやすい人・なりやすい状態
・お年寄り、小児
・栄養不足や疲労
・水分不足 
・糖尿病、脳梗塞など神経の病気がある人
・怪我をしている人

○低体温症に気づくには?
手足が冷たくなったり、寒くて震えます。
体の中心の温度が35℃まで下がると低体温症ですが、震えは中心の温度が37℃から始まり、体に警告サインを出します。ここでのんびりしていると、本当に低体温症になります。震えがあるのは、熱を上げるエネルギーが残っている証拠です。ここで改善するのが一番安全で、早道です。

○低体温症の対応が遅れるわけは?
初期の低体温症は、心臓発作のように緊急性が高くないので、もう少し・・と言ううちに、気づくと悪化してしまいます。

○体温測定は?
一般の体温計で体温を測っても低体温症の診断にはなりません。
低体温症の体温は個人差がありますので、測定する必要はかならずしもありません。
とにかく、震えがあるか、意識がしっかりしているか、を確認して下さい。

○震えが始まったら何をすればいいのか?
1。隔離
  冷たいものからの接触をさけます。地面に敷物をしたり、風を除けたり、濡れた衣服は脱いで下さい。着替えが無くても、濡れたものは脱いで、毛布などにくるまって下さい。

2。カロリー補給
  何よりカロリーで、体温を上げるエネルギーを補給することが大切です。

3。水分補給
  体温が下がると利尿作用が働いたり、体内の水分バランスが変化し、脱水になります。温かくなくてもいいですので、水分をとります。温かければ、さらに理想ですが、まずは水分補給です。

4。保温・加温
  体温を奪われないために、なるべく厚着をして下さい。顔面・頚部・頭部からも熱の放散が大きいので、帽子やマフラーなどで保温して下さい。毛布などにくるまる場合は、一人でくるまるより2−3人でくるまった方が暖かいです。特に、老人や小児など弱い人には、元気な人が寄り添って一緒に包まれると保温効果があります。屋外場合は、これ以上濡れないように、湿気から隔離できる衣服やビニール素材などがあれば、くるまって下さい。震えがある段階では、どんな温め方をしても大丈夫です。

○悪化のサインは?
震えがなくても低体温症になっていることもあります。
見当識障害(つじつまの合わないことを言う)、ふらつくなども、重症な低体温症の症状です。また、震えていた人が暖まらないまま震えがなくなって来るのは重症になっている証拠です。

○震えがなくなったり、意識がもうろうとしてきたら?
緊急事態です。震えが止まってしまった低体温症は自分での回復はできません。また、急速に悪化します。至急病院へ。できるだけ丁寧に扱って下さい。乱暴に扱うと、心臓が停止しかかることがあります。病院搬送が難しい場合は、丁寧に扱いながら、保温につとめてください。
この場合の保温は、
1)上記の保温・温かい飲み物の摂取(むせないことを確認)を徹底する。
2)ペットボトルなどに、お風呂の温度程度のお湯を入れて湯たんぽを作り、脇の下・股の付け根・首の回りに当てる(42℃を超えた湯たんぽは、長時間当てるとやけどをするので注意)



つづく

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posted by マネージャー at 15:00| Comment(2) | TrackBack(0) | 特設 被災者の疑問を調べます | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

阪神大震災の震災マニュアル紹介1

阪神大震災の震災マニュアル紹介1

 ちょっと古いネタで申し訳ないのですが、阪神大震災の震災マニュアルの内容を10回くらいの連載で紹介したいと思います。この文章は、阪神大震災の直後(1995年2月頃)に作られた震災マニュアルから要点を抜粋して、さらに今回の震災のケースにアレンジしたものを紹介する予定です。だから、内容は、少し古くなっていますので、そのへんは勘弁してください。



◆想定外の災害は、必ずある!

 今回の震災は、マグニチュード9という想定外の地震と、想定外の津波がおきました。

 東京消防庁の発行する資料によれば、日本には80以上の活火山があって、その数は、なんと世界の1割を占めると言いま
す。地震についても同じで、日本で起きる地震エネルギーは、世界の1割を占めるとか。こんなちっぽけな国に、世界の1割の活火山と地震エネルギーがある。これでは大震災が、何時おきても不思議がないわけです。



◆震災の時、行政の対応は?

 失敗だらけでした。失敗の理由として行政側は、
「想定外」
という言い訳を述べています。つまり、
「想定外に対するマニュアが無かった」
ということになります。
 これは被災者にも言えると思います。
 想定外のことに、どうしてよいか分からないと思います。

 あぶない! でも何をしていいかわからない!

 そんな時って、とっても恐いですよね。危険が迫っているのに何をしていいか分からないというのは、すごい恐怖です。
 でも対処方法を知っていれば安心です。私は子供の頃、お巡りさんや、知らないオジサンが恐かったです。夜道も恐かったし、墓場も恐かったし、ゴジラも恐かったし、バルタン星人も恐かった。
 でも大人になって対処方法を知った途端に恐いものがなくなりました。お巡りさんには道を尋ねればよいし、知らないオジサンには知らんぷりをすればいいし、夜道を歩く時は星空を眺めて楽しめばいい。墓場に行ったら御線香をあげればいいし、ゴジラやバルタン星人がテレビに出てくればチャンネルを変えればいい。

 では、今回の震災では、どうすれば良いでしょう?
 それについて、少しばかりのべてみたいと思います。



実は、今の段階になって、
このタイミングで
この文章を紹介するのには、訳があります。
そろそろ直接の災害とは別の問題がでてくるからです。




◆震災で失ったものって何でしょう?

 その昔、阪神大震災の直後からNGO(ボランティア団体)で積極的に活動をしていた神戸市須磨区の被災者Kさんに、震災についてインタビューさせて頂きました。その人に私は、こんな質問をしました。

「震災で失ったものって何でしょう?」
「人間関係です」
「え?」
 ウ〜ムと考え込む私に、Kさんは追い討ちをかけるように言いました。
「人間の真価は、極限状態に現れるものなんですね」
「・・・」
「もし、震災がなかったら、私は人間の真価を見ずに済んだかもしれない。今でも皆と一緒に仲良くワイワイやっていたのかもしれない」

 Kさんは、それ以上の話になると口をつぐみ、何を聞いてもウンともスンとも言わなくなりました。しかし酒好きのKさんに、ジャンジャン酒を飲ませると、Kさんは狂ったように叫んだのです。

「人間関係を失った人たちというのは、何かをやった人たちなんです。行動した人たちが人間関係を無くしたんです。震災を目の前にボランティアをやった人たちが、それぞれの主義主張、それぞれの方法の違いで対立しあったんです」
「・・・」
「でも、何もしなかった人たちは、何も失わなかった。カヤの外にいた人たちは、何も失わなかったんです。そりゃそうですよ。何もしなければ、何の失敗もないですからね。もらうものを貰って、それでおしまいです」

 考えさせられました。
 何かをやる。
 やるからには成功だけではなく失敗もある。
 そして、やった人が傷ついて、何もしなかった人間が人から尊敬されたりしていたらどうなんだろう?

 震災直後に絶叫しながら人命救助をし、そのあと熱心にボランティアに取り組んだ人が、その熱心さに叩かれ、何もせずにボーッとしていただけの人が人徳者のように言われたら、何かをした人の立場というものは、いったいどうなるんだろう?

 これが平和な時なら問題ないです。何かをする個性の強い人より、何もしない人徳者の方が、人々に喜ばれるのかもしれません。けれど、いざ震災になったら、危機的状況に陥ったら、誰かが何かをしなければならない状態になったら、何百人の何もしない人徳者がいたって、どうにもなりません。

 今の世の中は、この平和な日本という国では、『減点主義』がはびこっています。もっとわかりやすく解説すれば、失敗しない主義です。

 失敗をしない。失敗して不評を買うぐらいなら何もしない。出るクイにはならない。あたりさわりのない事をし、皆の顔色をうかがいながら行動し、とことんミスを犯さないようにすること。これが減点主義です。
 でも、イザというときに減点主義では、どうにもならない事があります。目の前で人が倒れていれば、駆けつけなければならない。失敗を恐れずに駆けつけなければならない。そんな場合は、人の顔色をうかがっている場合ではないです。
 通りがかりの人に「救急車を呼んでくれ!」と怒鳴らなければならない場合もあるでしょうし、どのように応急処置をするべきか、他人と喧嘩口論をしなければならない場合もあるかもしれない。こういう場合は、減点主義でなく『得点主義』で行動しなければならない!

 得点主義とは、点をとろうとする主義です。点をとるには、解答欄に答えを書かなければなりません。けれど、そのためには、ミスを覚悟しなければならない。

 ミスをしたくなければ、答を書かなければいい。書かなければ、点もとれない代りにミスをすることもない。それが減点主義。減点主義というのは、何もしない主義というのと一緒なんですね。そして何もしない人は、誰とも喧嘩することもなく、誰からも恨まれることもなく、決して責任を負うことなく、大勢に同調して、しぶとく生き残っていくんです。そして何も傷つかないですむんです。

 阪神大震災で活躍した人、阪神大震災で大勢の命を救った人は、ミスを覚悟で、それぞれの解答を書いた人たちでした。体をはって戦った人たちでした。そういう人たちが損をする世の中。そういう人が傷つく世の中を、私たちは許してしまってよいのでしょうか?

 では、どうすれば、よいのでしょうか?

つづく

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posted by マネージャー at 04:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 特設 被災者の疑問を調べます | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月14日

質問 家屋倒壊を防ぐコツなどあれば調べていただけますか?

質問 家屋倒壊を防ぐコツなどあれば調べていただけますか?



以下、消防博物館のサイトです
質問者が、携帯では、ホームページが見れないので、中身をコピペしました。


http://www.bousaihaku.com/cgi-bin/hp/index.cgi?ac1=R528&ac2=R52806&ac3=4631&Page=hpd_view


1.住宅における地震被害を軽減するために

平成7年(1995年)の阪神・淡路大震災では、特に木造住宅の倒壊等による人的被害が多かったことから、住宅の耐震化や住宅における被害の軽減に向けた取り組みの必要性が再認識されています。
住宅における地震被害から身を守るためには、住宅自体の耐震性を確保することが第一であると共に、家具の転倒や落下などの住宅内部の危険を取り除くことが重要と考えられます。



2.家屋の耐震性確保

(略)

家屋の耐震性能は、構造上主要な部分が劣化してくると当初の性能を維持できません。耐震性能を維持するためには、定期的な点検や腐食劣化の防止措置、補強等により適切な管理を行う必要があります。
耐震性能に影響する恐れがある劣化現象としては、次のようなものが挙げられています。

1. ドアあるいは窓を閉めたとき、枠と建具との問に著しい縦長の三角形の隙間を生じている。
2. ドアあるいは窓の建付けが悪く、建具の開閉が変形のために思うにまかせない。
3. 窓の敷居が著しく水平を欠いている。
4. 建物の壁面が傾斜しているのが、肉眼でもわかる。
5. 床面の傾斜が座っていて感じられる。
6. シロアリの成虫(4枚羽根のついたシロアリ)が浴室から飛び出した。
7. 屋根の棟あるいは軒先が波打っている。
8. モルタル塗壁に長い斜めのひび割れが入っている。

「住宅における地震被害軽減に関する指針・同解説」より


耐震診断の結果耐震性に問題のある場合で、耐震改修の実施が困難な場合には、居住空間の安全性を確保するための応急的な対策が必要です。 応急的な対策としては、

耐震ベッドや避難用シェルター、
またはシェルターとして活用できる家具の導入が挙げられます。
特に乳幼児や高齢者など、家庭内に自力での対応が困難な方がいる場合には、このような対策が有効です。




3.家具の転倒防止

家の中には、たんすやテレビ、食器棚などの大型家具やガラスなど、震災時に凶器となる恐れのあるものがたくさんあります。このような危険を少しでも減らすために、日頃から家具の配置や転倒防止に配慮しましょう。

家具の配置を決めるときには、地震により万一家具が倒れてしまっても、出入り口をふさぐことのない位置や向きに配置しましょう。

また、寝室における家具の配置は重要です。壁を背にした家具が前方に倒れることを考慮して、就寝位置は家具の側方とするか、家具の前方とする場合は家具の高さ以上に距離をとりましょう。本棚の場合は本が周囲に散乱する恐れがありますので、さらに距離をとった方が良いでしょう。


・ 冷蔵庫やたんすのように背の高い重量物は、前後に揺れて周囲の壁等に衝突したり、その場で転倒したりします。また、前後に揺れながら移動するロッキング移動という動きをすることもあります。
・ 食器棚や整理ダンスなど上下に積み重ねてあるものは、上の部分が落下したりジャンプしたりすることがあります。台の上に載せたテレビやパソコンも同様です。
・ 地震の揺れによる家具の転倒や移動を防ぐためには、できるだけ建物本体に固定することが基本となります。
・ 固定場所は柱や鴨居、壁の中の桟を探し出し、L字型金具と木ネジなどで固定します。壁に固定する場合、桟以外のところに固定すると、地震の時に家具の重さで壁が崩れてしまう恐れがあります。

・ 柱や桟に固定できない場合は突っ張り棒タイプのものを使用する方法もあります。ただし、天井に家具を支えられる耐力があるかどうかを確認する必要があります。また、家具の上部と天井とがあまり離れていると、大きな効果は期待できません。突っ張り棒を設置する位置は、家具上部の一番奥とします。
・ 上下に積み重ねるタイプの家具は、金具等で上下を固定した上で、上部を柱や桟に固定します。テレビや電子レンジなど台の上に載せて使うものは、台と本体をしっかり連結しておきましょう。
・ 吊り戸棚や食器棚は、地震時に中の収納物が飛び出してきて危険です。購入時に飛び出し防止機構のものを選ぶか、外付けのストッパー等を利用しましょう。
・ 本棚や食器棚では、重いものは下の棚に収納しましょう。
・ 食器棚などの扉にガラスを使用している場合は、地震時にガラスが割れて飛び散ったり、避難するときに踏んでケガをする恐れがありますので、ガラス飛散防止フィルムを貼ると良いでしょう。
・ 住宅の外側にも、危険なものを置かない気配りが必要です。例えば植木鉢をベランダの外側に吊り下げると落下の危険がありますので、吊り下げる場合は内側にしましょう。


※ 防災パンフレット「地震による家具の転倒を防ぐには」では、家具の転倒のメカニズムと対処法をより詳しく説明しています。
つづく

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posted by マネージャー at 19:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 特設 被災者の疑問を調べます | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

被災者の皆さんへ 質問があれば、なんでも調べます

被災者の皆さんへ

質問があれば、なんでも調べます
このブログのコメント欄に何でも書いてください。



あと、他の皆さんへ、
被災者さんから
『ネットで家屋倒壊を防ぐコツなどあれば調べていただけますか?(茨城県)』
という質問が来ています。
良い案があったらコメント欄にかいてください。

情報は、オープン化されることによって、
大勢の被災者さんを知らせることができます。
よろしく御願いします。




つづく

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posted by マネージャー at 18:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 特設 被災者の疑問を調べます | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

家屋の倒壊防止 被災者さんの質問

被災者さんの質問

以下、引用です。−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
大変忙しい所すみませんがお願いです。
ネットで家屋倒壊を防ぐコツなどあれば調べていただけますか?
仲間数名にも聞いているところです。
今度の余震に怯えています
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−以上、引用終わり

あんまり、参考になりませんが、ごらんください。




まず、救出のホームページの紹介
倒壊家屋からの救出方法
http://www.city.kochi.kochi.jp/soshiki/12/toukaikaokukarakyuusyutu.html

◆救出の手順
◦閉じ込められている人に声をかけ、安心感を与えるようにする。
◦閉じ込められている人数を確認する。
◦余震等で空間が崩れないように、角材やかすがい等で補強する。
◦閉じ込められている人に、けがをさせないように、作業のしやすい部分を破壊する。

◆注意事項
◦補強に使う角材は、太さが10センチ以上の亀裂が入っていない柱を使う。
◦鉄パイプは、工事現場にある太さ5センチ以上のパイプを使う。ただし、長すぎるものは曲がりやすいので2メートルから3メートル程度のものを使う。
◦持ち上げる高さは、救出の必要なスペースとし崩れ防止に注意する。
◦柱等の切断による崩れ及び倒壊に注意する。
◦自動車のジャッキは、パンタグラフ型が使いやすい。


家屋の倒壊防止のサイト
http://xpp.sakura.ne.jp/mutual/com/rakuda/
http://xpp.sakura.ne.jp/mutual/com/quake/info1.php



家屋の倒壊防止のサイト
http://www.city.tokyo-nakano.lg.jp/dept/505000/d002213_d/fil/d13100061_1.pdf

家具の配置も工夫をしよう

・安全な家具の配置
就寝する部屋では、就寝位置(特に枕元)から家具を出来るだけ離しましょう。
出入口付近は、いざという時避難路を塞がれてしまうので、なるべく家具を置か
ないようにしましょう。

・重いものは下のほうに収納
家具を倒れにくくするためには、重いものを下に収納して重心を低くしましょう。




家屋の倒壊防止のサイト
http://www.pref.kochi.lg.jp/~shoubou/sonaetegood/prepare/4.html

家の中側
□雨漏りはしていませんか?
□歩くと床がきしんだり、傷んでいるところはありませんか?
□ビー玉や丸鉛筆が床の上で転がりませんか?
□建具の建付けや、動きの悪いところはありませんか?
□台風などの時に、家全体がよく揺れませんか?

家の外側
□瓦葺(ぶ)きの場合、ずれ、割れはありませんか?
□ひさしの下側が腐っていたり、すき間があいていませんか?
□モルタル壁に、亀裂やひびなどが入っていませんか?
□板張り壁が、腐っていたり、すき間があいていませんか?
□基礎のコンクリートに亀裂が入っていませんか?
□土台が腐っていたり、シロアリの被害にあっていませんか?  

4)ブロック塀もチェック!
ブロック塀や石造塀などの倒壊により、それらの下敷きになったり、また、倒れた塀が道路をふさぎ、避難や救助・消火活動を妨げることにもなります。ぜひ、ブロック塀の点検をしましょう。



http://www.city.nanyo.yamagata.jp/119/zisin.html


大地震に備える!阪神淡路大震災の5大教訓と提案
教訓 「安全を過信するな!」
 自分の家がつぶれるような事態は、だれも想像したくないことです。しかし、阪神淡路大震災ではおよそ21万戸もの家屋が倒壊・焼失しています。建設省の調査によれば、古い家屋ほど破損が著しく、とくに1981年の建築基準法施行令改正前に建てられた家屋の被害が大きいという結果がでています。木造家屋はもちろん、マンションやビルも老朽化しているものは油断できません。できるだけ早めに家屋の安全度をチェックし、問題があれば修理や補強をしておきましょう。


教訓 「逃げ場となる空間を確保しろ!」
 地震の際は、最初の数分間の行動が生死の分かれ目になることがあります。大きな揺れを感じたら、まず安全な場所で身を守ることを最優先しましょう。阪神淡路大震災では「どこへ逃げればいいかわからなかった」という人が数多くいました。ふだんから家具や電気製品などの配置を工夫し、逃げ場となる安全なスペースを確保しておきましょう。部屋が狭い場合や部屋数が少ない場合は、あまり使わない家具を思い切って整理することも検討してみてください。


教訓 「家具の転倒・落下を防げ!」
 阪神淡路大震災では、倒れてきたタンスの下敷きになったり、落ちてきた照明器具のガラスなどでけがをする人が続出しました。「家の中の立っている物はすべて倒れた」「ガラスが雨のように降ってきた」との証言もあります。とくに危険なのは、背が高くて奥行きのない家具や電気製品など。転倒防止用の金具などでしっかりと固定しておきましょう。また、照明器具や棚の上の物などは、チェーンやひもなどで固定し、落下を防いでください。


教訓 「地域の人々ともっとふれあえ!」
 「家の下敷きになった人を近所の人たちが救出した」「みんなでバケツリレーをして延焼を食い止めた」阪神淡路大震災では、こうした地域ぐるみの防災活動が被害の拡大を防ぐうえで大きな成果をあげたと報告されています。災害時にもっとも頼りになるのは、家族であり、近所に住む人々です。地域コミュニケーションをもっと重視し、ふだんから自主防災活動などに積極的に参加するようにしましょう。また、阪神淡路大震災の犠牲者の大半はお年寄りでした。こうした災害に弱い人々(お年寄り、子供、心身に障害のある人、病気の人、外国人など)にやさし
 いまちづくりをめざしたいものです。


教訓 「日頃の備えは万全を期せ!」
 大きな地震の時は、電気・ガス・水道・電話などのライフラインが寸断されたり、避難生活を余儀なくされることもあります。そんなときに備えて、ふだんから家庭や職場に非常持ち出し品を常備しておきましょう。非常食、水、懐中電灯など、少なくとも3日程度は自活できるように準備してください。いざというときは、すぐに持ち出せるように、あらかじめリュックなどに入れておくとよいでしょう。




つづく

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posted by マネージャー at 18:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 特設 被災者の疑問を調べます | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

みわぼーさんのレポート 計画停電の情報は自治体が一番

みわぼーさんのレポート

以下、引用です。−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
この記事へのコメント
お騒がせしました。私の所属する地域のmixiコミュニティでの情報から、町田市役所サイトに停電グループが反映されていることが判明しました。
昨晩0時台には市のサイトには反映してなかったので、今朝方反映したのでしょうかね。
ちなみに、私の住む町内は第5グループでした。いくつも重なるグループが重なる地域の方は、お住まいの市町村サイトでチェックするのも手かも知れません。
あとは、その通りに停電になるのかどうか…?
東京電力も試行錯誤の状況でしょうからね…。
Posted by みわぼー at 2011年03月14日 05:53

その後、町田市の「防災町田」というメールサービスを受けているのですが、その知らせによると、我が家のいる町内のグループが変更されてました(汗)

第5グループではなく、第2グループのようです。
ちなみに、本日のところは、18時20分〜22時の間の3時間の予定だとか…。
町田市が東京電力から得た情報だそうなので、そろそろ確定かだと思われます。というか、そう思いたい。
初めてのこととはいえ、二転三転しますね〜…。
Posted by みわぼー at 2011年03月14日 10:14

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−以上、引用終わり
貴重な情報ありがとうございました。大変たすかります。

うちも、村のサイトで確認しました。
自治体のサイトが一番ですね。


つづく

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posted by マネージャー at 14:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 特設 被災者の疑問を調べます | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

透析患者さんのレポートを掲載します オール電化には欠点あり−酸欠に要注意

重要な情報源だと判断したので
透析患者さんのレポートを掲載します

以下、引用です。−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 12日にずれた透析は通常の時間より短く終わり
 身体の毒素除去はいつもより十分ではありません 佐藤さん
 
ご指摘のリン・カリウム・水分・塩分摂取を気をつけることは
こんな緊急事態でなくてもせねばならぬことであって
いつもよりちょいと気をつければいいだけのことです
 そうでなければ透析歴26年でも登山できるオオバカ者の身体は維持できませんぞよ
 心配なく
 こんなリスクいつきてもいいように考えているし
 地震で病院潰れて 自分もオシマイということだってありうることだって想定しているんだ。
 関東は本日から地域割して1日3時間程度の停電を行うらしいね
 明日のウチのほうは午後3時20分から行うそうです
 そうなるとまた透析の変更も突然ありうるかもだから
 めんどうだけど何とか私は生き延びて生きましょう
 ホームセンターではお釜炊きができるかまどを買っていく人を見た
 石油すとーぶ 懐中電灯 売れまくったらしいね
 
 オール電化という家はすべてが電気というだけでないそうです
 家の中では火を長けないそうです
 酸欠になってしまう構造なんだとかで
 石油ストーブもカセットコンロも家の中では使えないそうです
 だから家の外でガスコンロで料理したとオール電化の親戚が言っていた
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−以上、引用終わり

貴重な情報ありがとうございました。大変たすかります。

重要ポイント
1.停電で困るのは、やはり透析患者
2.オール電化には欠点あり−酸欠に要注意

つづく

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posted by マネージャー at 00:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 特設 被災者の疑問を調べます | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月13日

みわぼーさんのレポート 物流について

みわぼーさんのレポート

以下、引用です。−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
東京都町田市のとあるスーパーへ行きました。
時間は、16時前。
その時点で、食パン、惣菜パン、菓子パンはすべて売り切れ。
そして、お米も、ほぼ完売に近い状態でした。
そんなに規模が大きくはないスーパーだったからなのか分からないのですが、他のお客さんが、パンがないことについて、店員に尋ねているのが聴こえて来たのですが、やはり、物資は、被災地優先で回しているらしいので、こちらが品薄になっている模様。
品薄はともかく、もしも、不要不急でありながら、1973年のトイレットペーパー騒動のように、買占めている人々がいるのだとしたら、物価高騰の元にもなるし、ひいては、被災地の物資不足を促進しかねないですよね。
もしも、備蓄の為の買占めに走っている人々がいるのならば、もう少し冷静になった方が…とも、思います。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−以上、引用終わり
貴重な情報ありがとうございました。大変たすかります。

やっぱりきましたね。
うちは、停電もあることなので、
このさい冷蔵庫の分を全て処分しようかと思っています。
というのも、宿なので日頃から食料の備蓄だけはしてあるからです。
だいいちキャンセルだらけで食材が、余りまくっている。

前の土曜日などは、御飯をたくさん食べる御客さんが来る予定だったので、大量に仕入れて準備していたののが、今回の震災で全員がキャンセルになったので、それを夫婦二人で食べるハメになり、とうぶん食料に困りません.......orz。米も玄米が備蓄してあるし、どうしようもなくなったら、毎日、炊き込み御飯と、味噌汁と、冷凍備蓄食品(スモークサーモン・肉類・ジャムなどの加工品)ですごそうかなあ。

あと、こういう時は、知り合いの農家をかかえている嬬恋村にいると強いですね。
とりあえず、保冷野菜だけは無尽蔵に手に入る。
農家さんと近所つきあいしててよかった。
佐渡の実家もバックにいるし。

話しは、かわりますが、もしアコギな商売人がいたら、
私は記憶しておきます。
そして、そういう店とは、つきあいを絶とうと思っています。


ところで、嬬恋村と町田市は、
同じ第5グループですね。


つづく

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posted by マネージャー at 23:51| Comment(4) | TrackBack(0) | 特設 被災者の疑問を調べます | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

若年寄さんのレポート 物流

若年寄さんのレポート 物流

以下、引用です。−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
ここに書いて良いのかな?

被災地の食料に関してですが、
私のマイミクの情報だとスーパーによっては被災地を優先する為、
そうでない地域の食料品を少なめにしているチェーン店があるそうです。

皆出来る範囲で助け合っているようですね。
この国の良い国民性だと思います。
私がしたのはまだ献血程度ですが。orz
Posted by 若年寄 at 2011年03月13日 13:42
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−以上、引用終わり
貴重な情報ありがとうございました。大変たすかります。

なるほど、そういう理由なら、どんどん送ってくれ!
おいらは、ひもじくなっても、寒くてもかまわん。

昨日の御客さんも、すすんで
「節約してください」
と言ってくれました。

つづく

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posted by マネージャー at 14:39| Comment(2) | TrackBack(0) | 特設 被災者の疑問を調べます | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

りゅうのすけさんのレポート 義援金について

りゅうのすけさんのレポート

以下、引用です。−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
義捐金は日本のNGOが緊急人道支援を専門的に行う組織として2001年に設立したジャパンプラットフォームで受け付けています。すでに救助活動を開始しているようです。
http://www.japanplatform.org/top.html
Posted by りゅうのすけ at 2011年03月13日 01:41
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−以上、引用終わり
貴重な情報ありがとうございました。大変たすかります。

募金情報まとめサイトができていますね
http://sites.google.com/site/quake20110311jp/bokin
内容は、以下のとおりです。
日本赤十字が、一番信頼できそうかな?

2011/03/12 11:55:18
ネットで募金(義援金の募集)が開始しました。
それぞれの募金は赤十字や各都道府県が設置する災害対策本部に寄付されます。
現在、赤十字の公式サイトが表示されにくくなっています。募金は右の募金支援している所にお願いします。


2011/03/12 02:22:59
■【募金や問い合わせにおける注意事項】
毎回の事ですが、こういった災害に乗じて募金と称した詐欺が出ますから、募金を予定している人は十分注意してください。
募金などの情報はまだですが、NZ地震でそうであったように日本での募金は赤十字社で行われます。
先日のNZ地震の支援の際に私が調べた時(※1)にも、多くの企業が募金を開始しましたが、募金の送り先はほとんどが赤十字社宛になっております。
【【日本赤十字社】寄付・献血・ボランティア|ホームページ】
http://www.jrc.or.jp/


■これから募金を集めるなどの活動をする方へ
集める前に「どこに寄付するのか」を決め、その募金先を明記してください。
募集をかける際は身元証明や所在を明らかにしてください。


■募金を偽装した詐欺にご注意ください
毎回、災害時には募金を装った詐欺行為が多く見受けられます。
以下の点に注意して、詐欺サイトにお金を送らないようご注意ください。



・日本人が海外の募金サイトを利用しない。
日本では赤十字など、今まで実績もある信頼できる募金団体がありますので、こちらを利用するようにしてください。
・信頼性の低い募金サイトのURLをTwitterやブログなどで、ネットに公開しないようにする。
あまりよく分からないサイトをネットに流す行為は、詐欺サイトのURLであった場合その行為に加担してしまう危険性があります。
・信用出来ないURLをクリックしない。
知らない人のブログに募金のサイトへのリンクが貼ってあっても怪しいリンクはクリックしないようにしてください。
短縮URLになっている場合はさらにご注意ください。



その他にdocomo募金サイト
http://www.nttdocomo.co.jp/corporate/csr/social/charity/index.html


私は、一番手堅そうな、日本赤十字かdocomoにします。



つづく

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posted by マネージャー at 08:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 特設 被災者の疑問を調べます | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする