2020年08月31日

七歳の息子に勉強を教えてみた感想 その1

 息子が小学校に入学してから一年六ヶ月になった。ただし、そのうち五ヶ月は、新型コロナウイルスのために、ほとんど登校してない。もちろん宿も閑古鳥が鳴いているので、暇をもてあましているので結果として息子の勉強をみることになる。小学校二年生の勉強を教えることになる。で、小学校二年生の勉強を教えてみた感想を述べてみたい。

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 まず国語について。

1.漢字に対する誤解

 教科書で、1年生は80の漢字。二年生は、160の漢字を習うことになっている。あわせて240なので、これは簡単なことだと思っていた。実際、240の漢字を覚えるのは、そう難しくは無い。しかし、勉強を教えていくうちに、それではダメだということに気がついた。当たり前と言えば、当たり前のことだが、漢字には組み合わせがあり、組み合わせによって熟語になりうる。つまり、覚える数は240ではなく、500にも1000にもなりうるのだ。外国人が、日本語に苦戦するのは、あたりまえである。「通」と「行」だと2つ覚えるだけだけれど、この二つを習うと「通行」と言う文字も覚えなければならない。

 あと「人」という漢字はすぐに覚えるし、「間」という漢字も簡単だけれど、これを合わせると「人間」になる。では、「人」と「人間」の違いは何か?と息子に問われると、一瞬、ぐっと詰まってしまう。

 実は、この質問は、私も50年以上前に、私が小学生2年生の時に、学校の先生に同じ質問をしている。で、その時の先生の答えは、
「間(ま)が抜けているのが『人』なんだよ」
というものだった。

 禅問答のような珍妙奇妙な回答だったので、今でもハッキリ覚えている。もちろん私は、息子にそんな珍妙な回答を息子にはしてない。かといって「人間」という文字が仏教用語で、「世間」とか「人の世」という意味からきていると7歳の息子に説明しても分からないので、こういう難しい解説もしてない。

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 「原」という字についても質問されて答えに詰まったことがある。「野原」と「高原」で、どうして野原の原は「はら」とよぶのに、高原の原は「げん」なの? と聞かれ、音読みと訓読みの違いと歴史的背景を説明する気にはなれない。息子の理解の範疇を超えてしまうからだ。

 その点、嫁さんは偉いと思う。どんな難しい用語を使ってでも息子に説明してしまうからだ。私と違って嫁さんは、息子を対等に扱っているのだが、息子が嫁さんの言葉を理解しているかどうかは、はなはだ怪しい。

 嫁さんは、息子に音読み言葉を使って説明し、私は息子に大和言葉(訓読み言葉)で説明しているのだが、大和言葉(訓読み言葉)で説明するのは、本当に難しい。途中で投げ出したくなることが何度もあった。

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2.漢字に対する理解の仕方の違い

 そう言えば、団塊の第2世代の嫁さん(オイルショック生まれ)と、昭和36年生まれの私では、漢字に対する理解の仕方が違っていた。10歳年下の嫁さんは、機械的に漢字を覚えていた。それが私には衝撃だった。つい最近まで、うちの嫁は、天然のおバカだと思っていたが、実は、とんでもなく頭が良いことに気がついた。

 息子に漢字を教えていると、背後から嫁さんが非常に感心している。息子よりも私の講義を一生懸命に聴いているのだ。最初は
「なんだ?こいつ?」
「変な奴だなあ」
と思って、最初はウザいと感じていた。

 例えば、息子に「時」という字を教える場合には
「大昔は、時計がなかったんだ。それだと不便だから、お寺の人が、お日さま(太陽)の角度から時間を推定して、鐘をならして皆に時間を教えていたんだ。だから『時(とき)』という字は、『日』と『寺』からできてるんだよ」
と、大昔に私が国語教師から教わったように、息子に説明すると、嫁さんが盛んに感心して感嘆の声をあげる。

 変だなと思った私が、嫁さんに「お前は、時という字をどうやって覚えたの?」と聞くと、機械的に何度もノートに書いて覚えたという。それには驚愕した。そんな芸当は、私にはとても無理である。機械的に漢字を覚えるなんて絶対に無理だ。十歳の年齢差で、こうも教わり方が違っているのだろうか?と驚いてしまった。

 嫁さんは団塊の第二世代なので、私の時代(昭和36年生まれ)の丁寧な教わり方とは、だいぶ違っているみたいなのだ。聞けば、嫁さんの小学校は11クラスもあったらしく、それでも子供の人数が増えすぎて困ったために、新しく学校を作って、生徒を2分割したという。逆に私の場合は、団塊世代と第二団塊世代の中間にあたり、子供が減っていた丙午(ひのえうま)世代に近いために、丁寧な教育を受けられる土壌があったと思う。そのうえ旧漢字表記世代の先生が少なからずいた。

 なので私が子供の頃は、漢字を機械的に教わってない。かならず意味づけで覚えた。だから月偏と肉月偏は、かなり厳格に習っている。漢字テストで「胃」「脈」「腹」「脳」といった漢字が出たら、神経質になって「とめはね」に気をつかったものだ。でも、令和時代では、両方とも「月」にしか見えないフォントになっている。かろうじて肉月偏の面影を残しているのは「胃」ぐらいしかない。「脈」「腹」「脳」も、普通の月偏にしか見えない。肉の簡略文字に見えない。いつから、こんなフォントになったのか? 私が、小学校時代に、さんざん苦杯を味わった「とめはね」の間違いは、いったい何だったのか?

 午前とか午後という漢字にしても、まず「午の刻(12時)」から習った。

「午(うま)」には、角が無いだろう? だから「午(うま)」なんだ。牛には角があるだろ?だから「牛(うし)」と書くんだよ・・・と教えられた。もちろん牛の刻(午前2時)も習っているし、丑の時参り(うしのこくまいり)とか、落語にでてくる
「草木も眠る丑三つ時(うしみつどき・2時半のこと)」
という言葉なんかも習っています。

 ここまで習った上で、午前・午後の漢字を教わっている。だから漢字を機械的に覚えるという発想がなかった。そもそも機械的に覚えられるものなんだろうか?と思うのだが、嫁さんは機械的にしか習ってない。ノートに何度も何度も書いて覚えたという。これが本当なら、うちの嫁さんの頭脳は凄い。

 どうりで英語が得意なわけだ。あの分厚い「指輪物語」の原書を英語でスラスラと読んで楽しむことができるのは、こういう背景があったからできるようになったのかもしれない。団塊の第二世代の嫁さんは、小さい頃から漢字を機械的に暗記することによって、脳が鍛えられ、その結果、語学の才能が開花したのかもしれない。逆に言うと私は、ズルして楽に漢字を学んだから、それが後々まで響いて語学が苦手になったのかもしれない。とにかく私の覚え方が、嫁さんの覚え方と、根本的に違っていた。

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3.昭和の頃の国語の授業スタイル

 おまけに私に教えた昭和時代の先生たちときたら、授業の大半が漢字練習だった。テストも漢字さえできていれば、70点は確保できた。漢字が一番の得点源だった。そして教師は、漢字を覚えさせるために「漢字」を使った対戦ゲームをさせていた。

 大相撲の番付表をつけて、毎日行われる5分程度の早朝の小テストによって対戦させ、その勝率によって、前頭何枚目とか、関脇とか、大関とかに昇格するシステムをつくって、みんなを一喜一憂させ、子供たちに漢字練習に熱中させた。成績下位の人間は、下位どうしで戦って、前頭の順位を争った。

 頭の良い奴も、頭の良い奴と戦うので、黒星をもらって、横綱から関脇によく落ちた。それを15日にわたって行い、3週間後に「勝ち越し・負け越し」の表を貼りだして、新しい番付表を教室に貼りだした。今と違って当時の子供たちは相撲に熱中していた。そういう時代ならではの国語教育だったと思う。令和時代に、こんな授業をやったら確実に問題になっただろう。思えば、昭和時代はノンビリしていた。

 長くなったので、ここらで終わりにします。この続きは、後日に。


つづく。

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posted by マネージャー at 23:36| Comment(0) | 教育問題を考えてみる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年08月30日

火山は怖くない。北軽井沢で一番怖いのは雷である。「地震・雷・火事・親父」

 「地震・雷・火事・おやじ」とは、よく言ったものですが、これは、時代・地域によって、怖い物の順位が違ってきますね。北軽井沢では、地震は全く怖くありません。新潟の震災でも、3.11震災でも、たいして揺れませんでした。ところが、おなじ村内でも、吾妻川の北側は、ものすごく揺れたそうです。浅間山麓では、全く揺れないのに、そこから少しばかり離れると、揺れるのです。

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 これは、浅間山の火山活動で大量の火砕流が蔽い、山麓をコンクリートのように固めて固定したためです。そのために、嫁さんが、子供を連れて実家(館林)に里帰りすると、愕然とすることは、地震の多さと大きさです。あまりの揺れにパニックになる。

 もちろん嫁さんは、生まれも育ちも館林なので、しばらくすると「そういえば、昔も館林は地震で、これくらい揺れたっけ」と思い出すんですが、これは館林の地盤が柔らかいせいで、ちょっとの地震でも大げさに揺れるせいです。北軽井沢は、逆で大きな地震でも、あまり揺れない。

 と、書くとも北軽井沢が良いことずくめのように思えますが、そうでもありません。北軽井沢には、落雷がある。夏になると激しい落雷が頻繁におこり、一瞬、停電する。ほんの一瞬なのですが、パソコン作業中や、風呂に入ってるときは慌てます。給湯器が全て止まって水になってしまうからです。

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 なのでボイラーを集中制御するように工事し、パソコンには無停電装置をつけるようにしましたが、無停電装置の寿命が二年と短いために、その経費に悲鳴をあげざるをえません。なので、最近は、重要なデーターは、全てクラウドしています。

 

つづく。

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posted by マネージャー at 22:49| Comment(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年08月29日

『いい湯だな』とスマホ

 万座温泉のホテルに泊まった時のことです。あまりに気持ちが良かったので「いい湯だな」を歌っていたら、湯気のむこうから声をかけられました。

「ドリフターズですか?」
「ええ、まあ・・・」

 こういうことは、群馬県ではありがちで、一般的に群馬県人は人なつっこいです。知らない人と、すぐ仲良くなる。相手が群馬県人だと分かった理由は、方言です。群馬県人は、共通語しか話してないつもりでしょうが、分かる人には一発でわかってしまう。一般的に言って方言には敬語はありませんが、関西と群馬には独特の敬語方言があるからです。

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「子供の頃、ドリフの8時だよ全員集合をよく見てました」
「私もです」
「でも、さっきの歌、替え歌ですよね?」
「・・・」
「あの歌には万座温泉なんかでてこないですから」
「実は、この歌は、ドリフの『いい湯だな』ではなくて、デュークエイセスの『いい湯だな』なんですよ」
「え? デュークエイセス?」

 いい湯だな いい湯だな♪
 湯気にかすんだ 白い人影♪
 あの娘かな あの娘かな♪
 ここは上州 万座の湯♪





「ドリフの『いい湯だな』は、デュークエイセスの『いい湯だな』の替え歌なんです。デュークエイセスが本家なんです」
「え?」
「この『いい湯だな』は、群馬県の御当地ソングで、一番は草津。二番は伊香保。三番が万座なんです」
「へえー、群馬生まれ群馬育ちなのに知らなかった。ところでデュークエイセスって誰ですか?」
「昔の東芝のコマーシャル知ってますか? 『光る光る東芝ー♬』ってやつ」
「あ、知ってます知ってます」
「あれ、歌ってたのがデュークエイセスです。すごい声がいいんですよ」
「声がねえ?」
「そうだなあ。東芝のコマーシャルじゃ分からないか。それじゃ日本生命のコマーシャル知ってます? こんな歌を」

 モクセイの花咲く頃に♬
 ふるさとへ帰りたいな♬





「ああ、あの歌、デュークエイセスなんですか?」
「そうなんです。じゃ、私、そろそろあがりますんで」

 こうして露天風呂を後にして、休憩室でマッサージをしていたら、露天風呂から出てきたさっきの人が、スマホを持ってきてやってきました。

「デュークエイセスの動画をみました。いい声ですね。『いい湯だな』が群馬の歌で、デュークエイセスが本家なのも確認しました。本当だったんですね」

 その人は、さかんにスマホでネットサーフィンしていました。
 世の中、便利になってきたものである。
 こんな山奥の温泉地で、デュークエイセスの歌をスマホで検索できるようになったから。


つづく。

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posted by マネージャー at 22:20| Comment(2) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年08月27日

あさまホーム

 うちの宿では、金曜日に満室になり、土曜日が空いてることが多いですが、最初はどうしてだろう?と疑問だったのですが、最近、ようやく謎がとけました。土曜はグリーンプラザホテルに泊まるのですね。北軽井沢では、幼児をターゲットにしている宿は、うちとグリーンプラザホテルぐらいのものですから、選択肢があまりありません。昔は、まーるさんとか、エトワールドゥさんとか、いっぱいあったんですが、次々と廃業していきました。いろいろ事情はあるのでしょうが、ペンションオーナーの高齢化も、その理由の一つです。あと、ペンション仲間が集まると、年金の話で盛り上がるらしいですから、みなさん、かなりの御高齢です。

 ちなみに観光協会で一番若いのは、会長(あさまホーム)です。宿屋ではなく不動産屋さんです。普通、観光協会会長というのは、老人が多いと思いますが、わが観光協会は、一番若いのが会長となっている。ボランティアで一番働くからです。若いために機動力があり、そのうえ人が良いので、いろいろこきつかわれる。なので、便利に使われ、いつのまにか会長にさせられてしまった。浅間高原観光協会では、本当は偉いはずの会長が一番下っ端みたいに使われている。

 これじゃ、あんまりなので、今回は、あさまホームを紹介します。

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http://www.asama-home.co.jp/

 ここの社長は、福島県の人で、あの震災の時に、妊婦の嫁さんを連れて実家に帰っていました。震災直後に死ぬ思いで福島を脱出して北軽井沢まで逃げてきたんですが、北軽井沢のペンションオーナーには、福島県をはじめとする東北からの移住組が多かったために、みんな真剣に心配し、東北支援をおこなったりしてました。ペンションまーるさんも、福島県の人で、結局、親の介護問題でペンションを廃業してしまいました。それまでは、「まーる」さんが、幼児の宿の代名詞だったのですが、今では、うちの宿がとってかわっています。

 ちなみに、あさまホームの社長にも、子供が二人いて、小学校に通っています。あさまホームは、うちの宿から100メートルくらいしか離れてないのに、通う小学校が違うので、面白いですね。

 昔は、あさまホームの前に『黒岩民宿』という宿があって、民宿なのに野菜を売っていたのですが、いつのまにか廃業してしまい、息子の同級生がそこに住んでいます。

 あと、あさまホームの隣には『たっちゃん』という九州ラーメン屋がありますが、このラーメン屋の義理のお父さんが、セブンカフェのマスターで、九州・熊本県の人です。そのつながりで『たっちゃん』は、九州熊本ラーメンなのですね。

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 まあ、そんなことは、どうでもいいとして『あさまホーム』のことです。あまり大きな声では言えませんが、不動産屋さんの中には、あまり褒められないことをする方が少なからずいるなかで、珍しく『あさまホーム』の社長は正直者で、お人好しです。でなければ、観光協会にこき使われて、会長という罰ゲームを受けません。なので私が御客さんに安心して紹介できる不動産屋さんの一つです。

 別荘を探している人、定住を考えてる人は、『あさまホーム』で相談すると良いと思います。もちろん私にも相談してください。私は多くの御客さんにアドバイスしています。水道料金のこと、管理費のこと、湿地のこと、ババ抜き物件のこと、冬期電気代のこと、いろんなアドバイスをしてます。買ってはいけない物件というのがあるんですよ。

 例えば家の壁が白だと大量のカメムシがわいてきます。黒だとムササビが壁に穴を開けます。屋根の形によっては、アオゲラが穴だらけにしますし、煙突の形も要注意です。でも一番気をつけるべきはウッドデッキでしょうね。いや、水回りの管の長さかなあ? 電気代が凄いことになるから・・・・。

 とにかく地元民からジックリ話を聞くことです。
 うちに泊まったときに
『不動産を買いたいのでアドバイスしてください』
 と申し出てください。
 資料があったら見せてください。
 アドバイスできると思います。
 後悔しないためにも。



つづく。

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posted by マネージャー at 23:22| Comment(0) | 嬬恋村 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年08月26日

つまごいスポカルの空手教室・キックボクシング教室

 息子のクラスには、幼稚園時代から乱暴な子供たちが大勢いました。運動会では男の子たちが乱闘してたし、年長組の時の担任の先生は、こんなに乱暴なクラスを見たことがないと言ってました。キレやすい男の子が多すぎるというのです。

 それを憂いて、幼稚園の担任の先生は、「息子さんはもっと強くならなければ駄目だ」とアドバイスできました。反撃できる力がないと駄目だと言う。人口の少ない嬬恋村では、小中学校卒業するまでクラス替えがなくて続いてしまう。

 それはもっともだと思った私は、息子を強くするために、相撲かレスリングか柔道をやらそうと思って、あちこち探したんですが、見つかりませんでした。幼稚園の先生に聞いてもわからないと言います。手っ取り早く強くなるには、相撲が一番なんですが、相撲を教える教室は、近くにはなかった。レスリングも柔道も見つからなかった。かろうじて見つかったのが、空手教室で、軽井沢の風越体育館の主催事業として「空手と礼儀教室」というのがあり、そこに応募しました。

 その教室は、東真会という極真会系列のフルコンタクト空手だったんですが、そこの先生は、子供のうちは、体作りを一番とするために、空手を教えるというより、ドッジボールやっサッカーゲームであそばせることをメインとしていて、空手を基礎からじっくり学ぶというスタイルではありません。どちらかと言うと、スポーツを通して体を鍛え上げるのがメインです。

 これは、これで素晴らしいことなので、1年間にわたって皆勤賞で練習参加させましたけれど、これではなかなか強くならないなぁと思った私は、他の空手教室を探し、嬬恋村にも空手教室があることに気がつき、そこにも入門させました。その空手教室は、つまごいスポカル所属の峯心会という組織なのですが、その大島先生の教え方が、東真会の鈴木先生の教え方と全く違っているので、非常に面白く思いました。

 東真会では、基本を詳しく教えることはありません。
 ところが大島先生は、非常に詳しく教えます。
 子供達に分かるかどうかは別として、理論もきっちりと教えます。
 それから 柔軟運動を非常に重視します。

 この違いは何だろう?と、インターネットで調べてみたら、大島先生は過去にキックボクサーとして全日本フライ級4位まで勝ち上がり、もう少しでチャンピオン戦に挑戦するはずだったのですが、怪我で断念。その後に、指導者として活躍し、ムエタイ(キックボクシング)の女子世界チャンピオンまで育て上げ、自分の息子をムエタイ(キックボクシング)の世界大会で銀メダルをとらすなど、色々活躍していたことがわかりました。 そして「武道教育の実践」という本をみつけ、何人もの空手家たちが文章を書いており、そこに大島先生の著述があることを発見し、それを拝読したのですが、これがとても面白かった。

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 大島先生の著述は、実体験を淡々と語ることからはじまります。それらは失敗の連続と、無知から来る怪我に悩まされた体験が、淡々と述べられています。『空手バカ一代』のような武勇伝を自慢する話は、一ミリも無く、無知から来る練習による怪我の怖さを淡々と述べている。

 小学生の頃にきちんとした指導員がいないにも関わらず、非常に危険なボクシングの練習をして、医者にかかるはめになったことや、空手で複雑骨折して1年間練習できなかったことや、チャンピオン戦目前に2回階級上の大きな選手と練習した結果、椎間板ヘルニアになって、現役を引退せざるを得なかったことなど・・・。これらの体験から、怪我に対するリスクをかなり重要視して練習にとりいれたと書いてあります。なので基本練習や柔軟運動をみっちりやるようになったようです。

 こういう先生ですから、小さな子供。それも幼児が空手を習うなら大島先生が一番の適任に思えてきました。確かに大島先生は子供に優しい。優しすぎるくらいに優しい。そのへんが不満に思えるほどです。ただし顔はいかつい。顔はいかついんですが、 非常に優しい。私が知っている空手の先生の中で1番優しい先生かもしれません。

 その上、月謝が1ヶ月で2000円と非常に安い。軽井沢近辺の空手教室は、どの道場でも月謝が安いんですが、その中でも大島先生の所が一番安い。今から30年前、私は東京でカラテ道場に通ったことがあるんですが、その頃東京では、どの道場でも1万円近くかかりましたから、かなり安い。ムエタイ(キックボクシング)の世界チャンピオンを育てたことのある先生の値段ではありません。これが嬬恋村の住民たちに、それが伝わってるかどうかわかりません。

 まあそんなことどうでもいいとして、その大島先生のところで、2年ばかり空手の練習をさせたわけですが、それで息子が強くなったかと言うと、いまいちです。練習の割には強くなってない気がします。そこで、 大島先生の空手教室ではなくて、キックボクシング教室に入れてみましたら、これが非常によかった。息子の体力がどんどんついていくのが目に見えて分かったからです。考えてみたら大島先生は、ムエタイと言うか、キックボクシングの先生が本業だったわけで、世界チャンピオンを育てているわけですから、キックボクシングの教え方の方が、上手くて当たり前なわけです。

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 で、その大島先生が本を出したというので、買って読んだのですが、「武道教育の実践」と同じようなことが書いてあった。武勇伝とか、世界チャンピオンを育てた話とか、ベトナムで空手のタネを蒔いた話とか、キックボクシング界のことを書いてあっても良さそうなのに、全く書いてない。勇ましいことや、過去の栄光は何も書いてない。イジメ相談室もやっていたのに何もふれてない。自分の生い立ちと、失敗体験と、怪我について書いてある。格闘家らしくないというか、健康と怪我について淡々と書いてあるところが、大島先生らしい。こういう先生だと安心して子供を任せられると思った私は、今では、全部先生にまかせっきりにしています。


つづく。

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2020年08月25日

東信会の軽井沢空手教室

 今日も涼しい一日。朝晩は寒いくらいです。ちなみに息子は、今日からスケート部の陸上練習に参加するようになりました。去年は、全く参加できませんでしたが、今年は火曜日にやっていた軽井沢の空手教室に参加できなくなったために 、代わりに嬬恋東部小学校のスケート部の陸上練習に参加するようになったのです。

 軽井沢の空手教室(東信会)は、フルコンタクト系空手(元極真会)で、毎年のように極真空手の大会にエントリーして、それなりの実績を出す硬派な空手組織ですが、なのに小学生の空手教室では、空手よりもサッカーやドッジボールといったゲームばかりやっています。東信会の鈴木先生の考えは「子供は、まず体をつくるべき」というもので、空手より運動神経の向上をメインに変則サッカーゲームをさせています。変則サッカーゲームで、いつのまにか夢中になって走らされるのです。

 空手もあまり基礎練習をしません。専らパンチングミットを叩くなど、キックボクシング系統の練習が多く、いきなり本気で殴る蹴るの打撃の組み手を行います。もちろん先輩は、さばいてばかりですが、同輩どうしは本気でやりあいます。正座も体に悪いからと、最小限しかやりません。とにかく動かされる。そういう空手教室なので、息子は、この教室が大好きでした。

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 息子はこの空手教室がいたく気に入って、毎週火曜日が待ち遠しいぐらいに喜んで通っていました。なので、ずっと休みなく練習に参加して皆勤賞をとっていたぐらいです。ところが新型コロナウイルスによって、 空手教室が3ヶ月ほど中止になったのです。それでも6月には再開され、うちもそろそろ参加しようかなーと思っていたら、軽井沢で新型コロナウイルスの患者が次々と出たことによって、空手教室への参加を控えました。うちの息子を感染のリスクから守る必要があったからです。で、今日まで空手教室復帰が延び延びになってしまいました。

 しかし、これでは息子の体が鈍って仕方がないので、しばらくの間、軽井沢の空手教室はお休みにして、同じ火曜日にやっている小学校のスケート部の陸上練習に参加することにしました。その第1日目が、今日だったわけです。

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  で、息子が陸上練習から帰ってくるなり、嬉しそうに
「1000 Mマラソンで2位だったよ」
と言ってきました。2年生の中で、二番目に早かったそうです。1位は、去年のマラソン大会で大会新記録を作った女の子だったそうで、その子には勝てなかったようですが、 2位なら立派なものです。なぜならば、幼稚園時代はビリが定位置だったからです。

 息子は3月26日生まれなので、 どうしても運動能力に劣ります。幼稚園の年少組の時の3月生まれのハンデは大きかったと思います。それは年中組の時でも同じで、年長組になるとさらに差が大きく開いたような感じがしました。 息子お風呂の中で、私に
「足が速くなる薬はないの?」
と聞いてきたり、他の子供達とかけっこをするのを露骨に嫌がったりしました。

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  申し訳ないと思った私は、最低でも週に1回は息子に走る練習をさせ、東信会の軽井沢空手教室に参加したんですが、その成果が、 1年後の今になって、少しずつ出てきたようです。少なくともビリから脱出できた。一緒に走った仲間たちは、幼稚園時代から空手教室などで一緒に練習してきた子供達で、幼稚園時代では、一度だって勝てない相手だったんですよね。

 と言うか、勝つ以前に、勝負にならない相手だった。息子は一緒に走るのを嫌がって、走ろうとしなかった。なので、私は息子以外の子供たちの駈けっこの審判ばかりやっていた。息子は、それを一人でポツンと眺めていた。その頃を思えば、大きく成長したと思います。努力は自分を裏切らないというのは本当です。

 

つづく。

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2020年08月24日

この夏の不可解な出来事

 今日も涼しい一日。けれどチョコモナカアイスは買えませんでした。朝方は涼しいとは言っても、12時ぐらいになると27°ぐらいまで気温が高くなりますから、まだまだ残暑が続いています。でも、夕方から朝方にかけては、肌寒くなりましたので、そろそろ夏が終わって秋の気配がしてきました。

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 ところで、 今年の夏は世にも不思議なことがおきています。

 ご存知の通り、うちの宿のお客様の9割近くが、子連れのファミリー客です。小さなお子さんがいっぱい泊まりに来る宿です。なので、毎年10組以上のお客さんが、
「子供が熱を出したのでキャンセルします」
と言ってきて、直前にキャンセルが出たりします。これは、仕方がないことで、子連れのファミリー客をメインターゲットにする宿の宿命みたいなものです。小さな子供というのは、突然熱を出す。そういうものです。

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 なので宿がオープンした20年前から、必ずといっていいくらい夏休みには、子供の発熱によって直前キャンセルが出る。これは当たり前のこととして受け入れていました。

 話は変わりますが、新型コロナウイルスが発生して、 群馬県が主催する愛郷キャンペーンが始まったり、日本政府が主催するgo to キャンペーンが始まったりして、どの宿も、宿泊客の熱を測って、37 度以上のお客さんを宿泊させてはいけないと言う指導を受けるようになりました。なので、宿泊施設は、必ずお客さんの熱を測っています。場合によっては、レストランや喫茶店でもお客さんの熱を測るところもあります。幸いなことに、うちのお客様は、全員が、三十六度の平熱のお客さんばかりでした。 お客さんも、旅先の宿で熱を測られるわけですから、気が気でなかったと思います。

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 話を戻します。
「子供が熱を出したのでキャンセルします」
という話です。

 毎年必ず何組も、ひどい時は何十組も出てくる 「子供が熱を出したのでキャンセルします」という事件が、今年は一度もありませんでした。こんなことは20年間宿屋をやっていて初めてです。

 マスク効果なんでしょうか? アルコール消毒効果なんでしょうか? 衛生面に対する配慮の効果なんでしょうか? 新型コロナウイルスに対する防御が、宿に対する直前キャンセルをゼロにしてしまった可能性があります。これは宿屋への直前キャンセルに限らず、いろんなことに波及効果が出てないでしょうか? 例年に比べて、子供達でが病気にかかる確率が、ガクッと減ってはないでしょうか? もしそうなら、ある程度「病気は防げるのではないか?」という仮説がたてられます。

 今年の夏に病気になった子供たちの統計が、気になりますね。


つづく。

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2020年08月23日

ライダーさんの聖地・セブンカフェ

 今日も涼しい一日。雨が降るという天気予報は見事に外れて、いい天気だった一日でした。お客さんも一組しかいなかったので、久しぶりに家族で、食事に出かけました。セブンカフェと言うところです。

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 このセブンカフェは、最近できたカフェで、ライダーさん達の聖地のようなところになりつつあります。場所は浅間牧場から火山博物館に向かう途中の道路に面してあります。この道路は地元ではジェットコースター道路と言われている道路で、ライダーさん達が愛してやまない道路です。当然のことながら、セブンカフェにもライダーさん達がたくさん集まってきます。私たちがお店に着いたときも、 バイクが何十台も駐車場に並んで出発するところでした。

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(広い駐車場・何十台ものバイクが駐まっていた)

 話は変わりますが、新型コロナウイルスが発生して、日本中からマスクがなくなって大パニックになっている時に、地元の小学校に大量のマスクを寄付する人が現れました。それがセブンカフェのオーナーさんです。村長はじめとする村の人たちは、感謝のために取材に訪れたいと言ってきたんですが、セブンカフェのオーナーはそれを断り、名前も一切口外するなと言ったそうです。けれど、そういうわけにもいかず、セブンカフェの名前は、学校を通じて私たちに知らされました。なので、いつか取材に行って、このブログで紹介しなければいけないなぁと思いつつ、今日までなかなか機会がなかったわけです。 何しろ新型コロナによって、お店に入りにくい状態が続いていましたから。

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  それはともかく、天気予報が外れて嬬恋村は晴天に恵まれました。晴天だと、外で食事ができるので、これはチャンスだと思い、 セブンカフェに出かけたわけです。店の雰囲気は写真の方が分かると思いますので、写真をよく見てください。ライダーさん達や自動車マニアの人達なら、この店がどんな店かよく分かるかと思います。

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 面白いのメニューです。
 メニューは1種類しかありません。
 もつ煮込みうどんと高菜ご飯とドリンクバーで1500円。
 ドリンクバーだけなら700円です。

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 ちょっと高いかなと最初は思ったんですが、そんなことはありませんでした。ものすごいボリュームの上に、かなり美味しいからです。群馬県では、もつ煮込みが名物なんですが、ここのもつ煮込みは、群馬県のそれとは全く違っています。九州の熊本地方のもつ煮込みと言う、とんこつラーメンのスープにもつ煮込みとうどんが入っているという感じです。高菜ご飯も、かなりてんこ盛りのご飯に、これまたてんこ盛りの高菜が乗っていました。いわゆる九州名物の高菜ご飯です。

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 熊本といえば阿蘇高菜が有名で、それを油で炒めたものをご飯にかけて食べるのが、熊本の高菜ご飯で、阿蘇を代表する郷土料理でもあり、この量ともつ煮込みうどんをセットにすると、現地で食べたら、こんな値段では食べられません。

 真夏に、煮込みうどんなんかと思っている人もいるかと思いますが、普通の煮込みうどんではなく、豚骨スープのうどん&モツ煮バージョンなんです。みんな真夏にラーメンを食べるじゃないですか。それと一緒です。あと、バイクに乗ってる人たちは、体が芯から冷えているので、それを一瞬で温めるために、あえてこのメニューを考えたそうです。

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 このモツ煮込みうどんは、ボリューミーで、大食漢の多いライダーさんには嬉しい量です。モツ・うどん・エノキの他に、だし巻き卵まで入っています。いわゆる熊本料理なんでしょうね。熊本の人は、よくモツを食べますからね。

 ちなみに、セブンカフェのご主人も奥さんも 熊本のご出身だそうです。その後、仕事の関係で富山に移住して何年から事業を行っていたみたいなんですが、体を壊したために、仕事を辞めて北軽井沢に移転してきたそうです。

 ここまで聞いて、
「あれ?」
と思いました。

 九州。そして富山。最近移住してきた人たち。この三つのキーワードが頭に入って、ふと思い当たるのは、うちの宿から3分ぐらいのところにある、九州ラーメン「たっちゃん」のことです。そこのご主人も富山からの移住組でした。で、聞いてみたら「たっちゃん」のご主人は、セブンカフェのご主人の義理の息子さんでした。これでようやく謎が解けました。


 

つづく。

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posted by マネージャー at 22:23| Comment(0) | 北軽−グルメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年08月22日

ユースホステルの今後

 今日は涼しい一日。それでもって、今日も一人旅のお客さん(ホステラー)がいますし、大学生も泊ってます。昔、私は契約の会というユースホステルの組織で広報をまかされていましたが、何をやってもダメでした。打つ手無しという感じです。ホームページもダメ。バナー広告もダメ。ポスターもダメ。そして、ユースホステルの会員は、どんどん減っていきます。

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 うちの宿でも会員の宿泊は激減し、じゃらんネットや楽天トラベルの御客様ばかりになっていきました。そのうえ会員の高齢化が問題になっていました。50〜70歳の会員さんしか見かけなくなったのです。若い人たちは、どうせ安宿・ドミトリー(相部屋)にとまるなら、ゲストハウスにしよう・・・ということでゲストハウスに流れていきました。

 その結果、既存のユースホステルまで、自社ホームページの検索ワードに『ゲストハウス』の文字を入れるようになったり、ユースホステル協会を脱退して、ゲストハウスそのものになってしまった宿もあります。かなり熱心にユースホステルに打ち込んでいた宿までゲストハウスに鞍替えしています。ユースホステル協会に所属していることにメリットを感じられなくなってしまったのでしょう。

 まあ、そんなことは、どうでも良いとして、ユースホステルの御客様が高齢化していくと、深刻な問題にぶつかります。『いびき』の問題です。これが相部屋に対して究極のデメリットとなります。

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 若い人の中にもイビキをかく人はいるでしょうけれど、ごく少数です。けれど50歳以上となると、五人に一人はイビキをかきます。そのうえ無呼吸症状の人もいて、音も大きくて、まともに寝られないケースも多々あります。ところが意外とユースホステルのマネージャーたちや、ユースホステル協会の幹部たちは、これに気がついてません。

 また、夜中に何度もトイレに起きるひともいます。老人特有のトイレが近い人がいます。これが若い人たちをユースホステルから遠ざけている原因でもあることを私は、複数の大学生から聞いています。なので、うちの宿では事前にアンケートをとって部屋割りをしたり、50歳以上の人と、それ以下の人とは同室にしないようにしていました。それでも若い人たちは、ゲストハウスに行ったまま戻ってきません。

「これは根本から変えなければダメだ」

と思った私は、息子が生まれたことをきっかけに、少しずつファミリーをターゲットにした宿に変えていき、特に幼児連れの御客様が泊まりやすい宿に変えていきました。ドミトリーも減らしてでも御家族の御客様を増やすようにしました。そして、少しずつファミリーのリピーターさんが増えていき、新型コロナウイルスが流行った今年の夏は、9割がファミリーのリピーターさんという割合になっています。ユースホステルの会員さんは、かなり少なくなっています。

 しかし、ここで不思議なことがおきました。去年あたりから、少しずつ若い学生さんたちが泊まりに来てくれるようになったのです。学生さんたちは、子供の頃に家族で、うちの宿に泊まったことがあって、その時に、よい思い出があったので、今度は学生仲間をさそって泊まりに来てくれたらしいのです。

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 そこで思い出したのが、ユースホステルの広報をやっていた時のことです。広報では何をやってもダメだったわけですが、広報の努力は難しくても、宿による努力は決して難しくないということです。新型コロナウイルスによって、相部屋形式のユースホステル文化(ドミトリー文化)は瀕死の状態ですが、新しく違う形のユースホステル文化(個室形式を利用した新しいユースホステル文化)を作り上げれば、意外にユースホステルは再生できるのではないか?という気がしてきました。


つづく。

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posted by マネージャー at 22:24| Comment(3) | テーマ別雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年08月21日

ユースホステルの会員は激減するが、その旅行スタイルは絶賛拡大中な件

 今日も猛暑。それでもって、今日は一人旅のお客さんが四人います。皆ホステラーさん達です。ホステラーさんというのは、ユースホステルの会員で、主に一人で旅行する人たちのことです。うちの宿はユースホステルなので、昔は、このような一人旅のお客さんばかりが宿泊していました。
 もちろん相部屋です 。
 相部屋というのは、見知らぬ他人が同じ部屋を使って宿泊する制度で、ドミトリーというカプセルホテルみたいなシステムです。相部屋ですから値段も非常に安く設定されていて、あまりお金のない若い人たちにとっては天国のような制度です。今流行りのゲストハウスなどが、そのようなシステムで運営されていますけれど、元々はユースホステルがはじめた制度でした。

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 ところが新型コロナウイルスの発生によって、この制度は崩壊しつつあります。どのユースホステルも、相部屋制度・つまりドミトリー制度をやめてしまいました。もちろん私の宿でもドミトリーは、やめています。 お客さんは全て個室でないと受け入れていません。そうなると、家の宿では、最低でも二人部屋なので、ハイシーズンの時は、一人旅のお客さんを断るか、ふたりぶんの 値段で受け入れるかのどちらかになります。そうしないと経営が成り立たないからです。

 私が経営する宿は、最大で24名泊まれる宿なんですが、部屋は7つしかありません。7つしかないので、ひとり旅を入れてしまうと7人しか宿泊できなくなる。 単純計算しても1/3以下の売上となってしまいますので、 今後はハイシーズンに一人旅を受け入れることは難しくなるでしょう。

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 それでも、 なんとかやりくりをつけて、今日は四人の一人旅のお客様を受け入れることができました。 そのうちの一人は、うちの宿がオープンした頃から、長い間(20年間)、贔屓にしてくれた人だったので、そういうお客さんに、同じような一人旅の人たちが、いる事で、ホッとしています。

 なぜならば、ユースホステルの旅のスタイルというのが、見知らぬ旅人同士の一期一会の出会いにあるからです。他人同士が、泊まった宿で仲良くなって旅の情報交換をしたり、仲良く世間話をする。そしてまたバラバラに旅に出かける。これがユースホステルの旅のスタイルなんですね。

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 話は変わりますが、このようなユースホステル方式の旅のスタイルは、ユースホステル会員以外にも広く普及しつつあります。うちの宿を例にあげると、じゃらんネットや楽天トラベルから予約して宿泊したファミリーのお客さん同士が、家族の垣根を越えてお付き合いをするようになり、最後には住所交換をして、また次の年に、私の宿に泊まりに来て合流するというケースが多くなってきました。

 今年に限って言えば、そういうケースが2日に1回。いや3日に2回はあったと思います。そしてこの傾向は、どんどん増えつつあります。特に北関東と関西方面のファミリーのお客さんに、そういうお客さんが多かった気がします。

 日本ユースホステル協会かから経営状態のヒアリングがあった時に、
「うちの宿の御客さんの平均年齢が二十歳代」
と申し上げたら、かなり驚かれました。ファミリーが多いために子供達が多い。それで宿泊者の年齢が若いわけですから、当然といえば当然です。そして、 子供達というのは、 すぐに他の子供達と仲良くなって、それがきっかけで、ファミリー同士も仲良くなります。連絡先の交換も、 SNS を通じて簡単に行えますし、旅が終わってからも SNS を通して付き合いは続くわけですから、このような旅のスタイルも昭和時代のユースホステルの旅行スタイルとそっくりです。

 ユースホステルの会員が、どんどん減ってひどい状態になっている昨今ですが、ユースホステル方式の旅のスタイルは、ファミリーを中心に、かえって広まっています。それを考えると、今後のユースホステル運動は、ファミリーから始まっていくような気がします。ただそれを支えるだけの宿(ユースホステル)の数が、ないのが残念です。



つづく。

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posted by マネージャー at 13:43| Comment(2) | テーマ別雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする