2010年07月31日

照月湖の自然を紹介

今日は、照月湖の自然を紹介してみます。

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照月湖は自然の豊かな湖で、北軽井沢の歴史と共にあります。
一度、散歩してみるのもいいかも。

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つづく


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posted by マネージャー at 22:43| Comment(2) | 北軽井沢 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

北軽井沢ブルーベリーYGH10周年 10

北軽井沢ブルーベリーYGH10周年 10

 問題は経営危機に陥っているペンション・北軽井沢ブルーベリーのことです。北軽井沢ブルーベリーの再建をスタートさせる前に、ある問題点が出て来ました。その問題点というのは、ペンション経営をまかせていた友人が、ペンションにすっかり嫌気がさしてきているということでした。そして嫌気がさしている友人は、
『俺は北海道でやりたい』
と言うのです。北軽井沢には永住する気は無いというのです。


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 私は最初、その友人と北軽井沢ブルーベリーの再建をめざすつもりであり、ペンション業務全般を全て友人にまかせ、私は、営業と体験プログラムだけを行う予定だったのですが、友人の心は北軽井沢にはなく、北海道に向かっていました。全く自己資金の無かった三苫さんが、賃貸という手段で民宿『千葉荘』を開業できたためか、その友人も北海道で賃貸物件を探し始めていました。そして、摩周湖付近に民宿のめぼしい賃貸物件をみつけていたのです。


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 友人の夢は、あくまでも北海道で宿をやることであり、軽井沢周辺には興味がない、または、もう懲り懲りという感じに見えました。そのうえ宿に対する細かいこだわりが、ありました。あくまでも小さなユースホステルのような宿を目指しており、ペンションを憎んでいるような感じさえありました。よほどペンションと相性が悪かったのかもしれません。というか軽井沢と相性が悪かったのかもしれません。

 私は、こうなることを察して、私は会社を退職して日本ユースホステル協会のマネージャー養成講習会に出て、日本ユースホステル協会にユースホステル申請を出したわけですが、申請してすぐにユースホステルになるとはかぎりません。

 私が知っている長崎えびすユースホステルは、申請後1年も待たされていますから、北軽井沢ブルーベリーも1年くらい待たされるんだろうなあと、漠然と思っていたくらいです。ですから、私も、その友人も、もう1年くらいペンションを続けるつもりでいたのです。

 宿は赤字。
 軍資金は減る一方。
 給料はろくに払えない。
 おまけに、もう1年くらいペンション経営は続く見込み。


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 そんな状況の中で三苫さんが、ほとんど資金ゼロで民宿『千葉荘』を開業させ、なかば成功させつつあったのです。しかも、ペンション北軽井沢ブルーベリーと違って、営業成績はよい。黒字なのです。御客さまもいっぱいきているのにも驚きましたが、なによりもリピーターが多い。北軽井沢ブルーベリーのリピーターがゼロなのに、民宿『千葉荘』にはワンサカいる。施設もサービスも北軽井沢ブルーベリーの方が、圧倒的に良いのに、北軽井沢ブルーベリーは倒産寸前で、民宿『千葉荘』は前途洋々。

 で、インターネットで検索すると摩周湖に民宿の賃貸物件があった。しかも温泉付きで、温泉収入だけで1日に何万にもなるという。さぞかし友人の心は高鳴ったことでしょう。

「摩周湖に行ってきて良いですか?」
「分かった行ってこいよ。北軽井沢ブルーベリーは、俺一人で充分だから」
「まあ行ったところで、俺には賃貸物件を借りる金は無いですけれどね」
「金のことは心配するな。俺が何とかする。あいかわらず借金は減ってないけれど、100万くらいは手配する。北軽井沢ブルーベリーがあるのだから、それを担保に、みんなも貸してくれるだろうし」
「すいません」

 こうして友人は、摩周湖に向かい、賃貸物件を見学に行ったのです。ただし、物件は素晴らしかったのですが、賃貸契約には失敗してしまいました。資金の問題ではなく、貸す側に心変わりがおきたためです。でも、失敗したとは言え、広い北海道には、民宿の賃貸物件は、他にもたくさんあるにちがいなく、チャンスがあれば民宿『千葉荘』のように独立できるかもしれません。また民宿『千葉荘』の三苫さんは、女手一人による苦戦から人出を欲しています。2人で相談の結果、北軽井沢に永住する気がない友人は、民宿『千葉荘』を手伝いながら独立のチャンスをうかがう・・・・ということになりました。

 まあ、仕方ないことですが、そうなると困った。
 北軽井沢ブルーベリーの再建計画が、
 白紙に戻ってしまったからです。
 すべての計画が一からやりなおしになりました。


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 他の大勢の友人たちには、民宿『千葉荘』に行ってくれとたのんである。だから北軽井沢ブルーベリーへの応援は見込めない。嫁さんは、仕事はやめられないし、辞めたら唯一の安定収入が途絶えるし、おまけに友人が、富良野の転出するのは、2001年1月11日に決定しており、期限は刻々と迫ってきていました。再建計画を変更するのには時間は、あまりにもありませんでした。おまけに料理の練習も、家の引き継ぎも、引っ越しも、何もかもできてなく、準備は何一つできていません。

 そんな時に、日本ユースホステル協会から電話が入りました。
「施設をみせてほしい」
とのことでした。
「ああ、どうしよう? 何一つ準備はできてない」

 私の進退は、ここにきわまりました。

つづく

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posted by マネージャー at 09:42| Comment(2) | テーマ別雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月30日

誰かさんのお誕生日祝いと退院祝いでした

7月24日は、誰かさんのお誕生日祝いと退院祝いでした

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でも、ご当人は、糖尿なんだよなあ。
こんな甘い物を出していいのかなあ?
と心配する私であった。

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つづく。

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posted by マネージャー at 02:28| Comment(3) | 日記 2012以前 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

北軽井沢ブルーベリーYGH10周年 9

北軽井沢ブルーベリーYGH10周年 9

 富良野の民宿『千葉荘』に到着した私は、三苫さんとじっくり話あいました。三苫さんのダンナさんは、まだ稚内の病院で働いていたので、三苫さんは一人だけで民宿『千葉荘』をきりもりしていました。そのためかゆとりが無かったのかもしれません。また御主人と離ればなれに生活しているためか、寂しかったのだろうと思います。そのうえ大家さんとのトラブルで、すっかり参っている様子でした。

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 私は三苫さんと打ち合わせして、三苫さんの親戚ということにして、トラブっている大家さんに御挨拶することにしました。御挨拶し、大家さんと何とか仲良くなれるようにするのが私の使命です。で、手土産を持って、2人して大家さんの所に御挨拶にいきました。

 大家さんのご自宅は、民宿『千葉荘』の、すぐ後ろにありました。

 誤解は、すぐに解けました。
 簡単なことでした。

 南国育ちの三苫さんと、雪国育ちの大家さんの文化の違いからおきる誤解でした。それも最初は、小さな誤解だったのが、徐々に大きく誤解が拡大されたものでした。例えば、雪が降ると、大家さんはすぐに雪かきに出ます。雪国の人間なら、隣が雪かきをはじめたら一緒にはじめるのがルールです。でも九州育ちの三苫さんさんは、雪の美しさににうっとり見ほれてしまうのです。
「もっと降らないかなあ」
なんて言っている。こんな些細な文化の違いから誤解が生まれ、それが徐々に大きくなって無用なトラブルまで発展していくのですね。私は大家さんと話をしながら、誤解というものは、ほんとうに小さな小さなひび割れから生まれるんだなあと、あらためて思ったものです。

 また三苫さんは、御主人に対する不満も私に漏らしてきました。

「せっかく、ご馳走を作っても、新聞を読みながら食べるのよ、信じられない!」
「ひょっとしてダンナさん、酒飲み?」
「うん」
「やっぱりね」
「やっぱりって?」
「酒飲みは、ちびちび食べるんだよ。そういう文化なんだ」
「文化?」
「日本酒の飲み方を説明するとね、まず少しばかりの肴を食べ、そのうえで酒を口に含ませるんだよ。酒と肴はセットなんだ」
「・・・・・・」
「例えば、サザエのキモなんかを食べるよね? すると口の中が苦くなる。そこに辛口の酒を口に含ませると辛口なのに酒が甘くなる。その快感のために酒飲みという人種は、生きているんだよ。だから酒飲みに早食いはいないんだ。酒を美味しく飲むために、肴をチビチビ食べるのが酒飲みの食べ方なんだよ」
「でも、せっかく作った料理が冷めちゃうじゃない」
「うん、冷めちゃう」
「それって変でしょ?」
「変じゃない、変じゃない。フランス料理のフルコースだと思えばいいのさ。あれはワインがメインで、料理は肴みたいなものだろう? だから少量を1品づつだしていくよね。酒飲みのダンナさんも一緒。冷めないように、小出しに肴をだしてあげると喜ぶよ」
「私、フルコースは作れないし」
「別にフルコースを作らなくて良いのよ、煮干しを小皿に出してみたり、惣菜の残り物を小皿に入れて出してみたり、キューリを切って味噌と一緒に出してみたり、1分の手間ですむ簡単料理を小出しに出すだけでいいのよ。そう考えたら酒飲みの料理って、とても楽だと思わない?」
「えええええええええええええええ? そんなんでいいの?」
「いいの! いいの! 酒飲みには、それがありがたいのよ。酒飲みに新聞置いて冷めな
いうちに食べろと言っても無駄なのよ」
「ええええええええええええええええええ? そうだったの?」
「ま、これも、ちょっとした誤解だなあ」
「・・・・」
「ま、結婚というのは異文化を受け入れることだからね。いろんな誤解も生まれるさ」

 大家さんは、三苫さんのことをとても心配していました。女手一人で民宿をまわしていくことの辛さを知っていましたから「はやく稚内にいるダンナさんを呼んで来なよ」と助言してましたし、それは私も同感でした。富良野病院に紹介してあげるからとも言ってくれました。

 数日後の土曜日、三苫さんのダンナさんがやってきました。私は、ダンナさんに、はやく富良野で就職して2人で一緒に生活できるようになればいいのにねと言ったのですが、ダンナさんは渋い顔をしていました。富良野病院は言語療法士の雇用をもつ方針は無いというのです。

「富良野でダメなら旭川でどうだろう? ちょっと遠いけれど、旭川ならまちも大きいし、言語療法士の口があるんじゃないかな?」
「うーん」

 そして、翌日の日曜日。再びダンナさんは、稚内に帰っていきました。三苫さんは、泣きながらダンナさんのバスを追いかけて走っていました。その姿に、不覚にも私ももらい泣きをしてしまいました。この二人が再び一緒に生活できるのはいつのことだろうと思いました。

「三苫さん、ちょっとアドバイスがあるんだけれど」
「何?」
「寂しいだろう」
「うん」
「だったら御客さまを友だちにしちゃいな」
「・・・・」
「北軽井沢なら無理だけれど、富良野なら可能だよ。御客さまも宿主と友だちになりたがるのが北海道の旅人の特徴だからね」
「うん」
「場合によっては、御客さまをヘルパーにやとっちゃえ。もしくは近所と仲良くなって、宿に出入りさせて賑やかな宿にしちゃうんだ」
「うん」
「富良野は寒いだろ。駅からここまで歩いてくるのに死ぬほど寒かった。遠いし、寂しいし、道は暗いしね」
「すいません迎えに行かなくて」
「そういう意味じゃないんだよ。駅からここまで歩いてくるのに遠いし寒かったけれど、千葉荘に到着すると、千葉荘に灯りがついているんだよ」
「灯り?」
「うん、灯りがついていて、三苫さんと宿の御客さまが楽しそうに笑っている。それがとっても温かくて眩しいんだ。外の風景と真逆で感動的でさえあったな。俺は思ったね。こんな宿に泊まりたかったって。懐かしい風景だなって」
「・・・・」
「これも三苫さんの人徳だよ。御客さまと宿主が一緒になって癒し合っている。それが、とっても眩しいんだ。残念ながら今の北軽井沢ブルーベリーには、そういう風景は無い。でも民宿『千葉荘』には、ある。これを活かしていこうよ」
「・・・・」


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 東京に帰った私は、友人達に
「北軽井沢じゃなくて富良野に行ってくれ」
と言いました。

「北軽井沢は、だいじょうぶ。俺が行くから。それより富良野こそが心配だ。富良野の千葉荘を全力で応援してくれないか」

 みんな快く引き受けてくれました。そして大勢の人たちが富良野の民宿『千葉荘』に遊びに行ってくれました。御客さまとしてでなく、お手伝いとして、民宿『千葉荘』をささえてくれたのです。


 話は前後しますが、私が民宿『千葉荘』に行っている間に、フリー宿グループと、とほ宿グループの関係者とアポをとりました。北軽井沢ブルーベリーは、ユースホステルの認可がおりそうだったのですが、場合によっては、それをやめて、フリー宿グループと、とほ宿グループに加盟することも考えていたからです。

 まずフリー宿グループの人に、グループ参加を申し込んだのですが、電話で簡単にオーケーが出ました。ユースホステルでも民宿でもオーケーということだったので、北軽井沢ブルーベリーも、民宿『千葉荘』も、問題なく加盟できることになりました。

 しかし、とほ宿グループに加盟することは難しかった。まず御近所の加盟宿の了解をとらなければならないことと、加盟まで3年もかかることと、加盟宿の何軒かの推薦状が必要なことです。で、某加盟宿の宿主さんが、民宿『千葉荘』にやってきたのですが、残念ながら「千葉荘」を温かく迎えてくれるという雰囲気ではありませんでした。私とは名刺交換しても、千葉荘の名刺は受けとってもくれませんでした。
「あ、ダメだな」
と思いましたね。北軽井沢ブルーベリーは加盟を認可されたとしても、千葉荘は、親の敵のように思われていると。民宿『千葉荘』は、まだ開業して2ヶ月しかたってないのに、どうして、そう思われてしまったのかは、不思議と言うしかありませんが、これで北軽井沢ブルーベリーの進路が決まりました、『とほ宿』と『ユースホステル』のどちらを取ろうか迷っていたのですが、民宿『千葉荘』が加盟できないなら、『とほ宿』ではなく『ユースホステル』をとってしまおうと。


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 まあ、それは良いとして、問題は経営危機に陥っているペンション・北軽井沢ブルーベリーのことです。北軽井沢ブルーベリーの再建をスタートさせる前に、ある問題点が出て来ました。その問題点というのは、ペンション経営をまかせていた友人が、ペンションにすっかり嫌気がさしてきているということでした。そして嫌気がさしている友人は、
『俺は北海道でやりたい』
と言ってきたのです。

つづく

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posted by マネージャー at 02:25| Comment(3) | テーマ別雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月29日

北軽井沢ブルーベリーYGH10周年 8

北軽井沢ブルーベリーYGH10周年 8

 今から二十数年前のことです。一人の親友が悪の道に入ってしまったことがありました。その親友は、私より一歳年上でしたが、いわゆる駄目人間であり、大学もギリギリの8年在籍したうえに三十歳をすぎても仕事をしていませんでした。今で言う引きこもりだったわけですが、二十年以上前には、そういう言葉はありませんでした。その男が私が勤めていた会社に部下としてはいってきた。三十歳になって、生まれて初めて仕事をするという彼に、私はネクタイの結び方から挨拶の仕方まで、手取り足取り教えてあげました。

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 いわゆる引きこもりであり、アニメオタクであり、マンガオタクであった彼の自宅の彼の部屋には、少女マンガが一万冊ほど山積みになっていました。レザーディスクのアニメも大量に持っていました。典型的な引きこもりだったわけですが、二十五年から三十年前の話しですから、いわゆる元祖ひきこもりといえるかもしれません。

 それだけに世間に疎く、年下の同僚に、よく虐められていました。私は見るに見かねて、彼を旅に誘ったり、山に連れて行ったりしました。すると1年くらいで人が変わったように健康的になり、ドモリは治り、普通の会話ができるようになり、体力もついてきて、妙義山をロッククライミングしたり、北アルプスを縦走したりするようになりました。おまけにユースホステルでヘルパーまでしました。

 そうなると女性たちにモテモテになってきます。三十歳まで母親以外の女性と口をきいたことの無かった彼は、大勢の旅仲間や、山仲間に囲まれるようになり、大勢の人々から慕われるようになりました。これは彼にとっては夢のような変化だったにちがいありません。そんな彼は、ある女性に恋をしました。四十歳ちかくになっての初恋でした。しかし、それは適わぬ初恋でした。失恋した彼は絶望のあまりに悪の道に走りました。私が止めても駄目だった。

 私は、全国の友人に相談しました。
 そして、みんなで、なんとか
 悪の道から彼を取り戻そうということになった。


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 で、その時に、凄い行動をとった人がいました。九州は福岡県の端っこから、飛行機に乗ってやってきた女性がいたのです。その人の名前は「三苫」と言いました。三苫さんは、私の友人とは、あまり面識が無かった。それどころか私とも、あまり面識が無かった。しかし、私が親友のことで困っていると聞いて飛行機でかけつけてくれた。頭が下がった。その心意気に。その行動に。私は、心の底から、その友情に感謝しました。私は、義理人情に弱いので、いつか借りを返したいと、ずーっと思っていました。


 そして、数年後、三苫さんは、稚内に住む旅仲間と結婚しました。
 旦那さんは、稚内の病院で言語療法士をやっていましたが、
 旦那さんの夢は、旅人民宿を開くことでした。

 三苫さんは、愛する旦那さんの夢をかなえるべく、
 北海道中をさがしまわって、富良野の不動産に売りに出している
 民宿の持ち主に、頼み込んで、賃貸させてもらうことにしました。

 その民宿は
『千葉荘』
と言いました。

 私が、ペンション・北軽井沢ブルーベリーを開業して数ヶ月たった頃でした。


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 ところが、開業してまもなく、大家さんとトラブルになってしまったのです。そのうえ三苫さんは、極度のノイローゼになってしまいました。私は、私が苦しかった時に、九州から飛行機で三苫さんが、かけつけてくれたことを思い出しました。

 北軽井沢ブルーベリーの再建なんかやってる暇は無いと思った私は、すぐさま北海道の富良野に飛行機で飛んでいきました。もちろんノーマルチケットで千歳まで飛び、そこから電車に乗って富良野に向かいました。御客様と同じ交通手段を使って『千葉荘』に向かったのです。途中、『とほ宿』関係者や『フリー宿』関係者にも連絡をとり、アポをとりました。北海道ユースホステル協会にも連絡し、ユースホステルの申請についての打診をしてみました。

 富良野についたら直ぐに観光協会に向かいました。そして、千葉荘と富良野の情報をあつめまくりました。で、11月の富良野を一人でじっくり歩いてみました。『千葉荘』問題にかかる前に、富良野と千葉荘について少しでも知っておこうと思ったからです。そして富良野の人々の気質を知っておこうと思ったからです。

 で、あちこち歩いていると、身体が芯まで冷えてきました。11月の富良野は、雪も積もって路面は凍結しており、寒さが身にしみました。で、夜、真っ暗になって千葉荘に到着したのです。千葉荘は、古くてボロボロの民宿でしたが、そこには温かい灯が灯っていました。


つづく

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posted by マネージャー at 00:00| Comment(0) | テーマ別雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月28日

鍋蓋山ハイキング2

鍋蓋山ハイキング2

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ここにもヤナギランの侵入が

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川口浩探検隊みたい

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鹿沢ゆり園

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そろそろピークですよ!

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つづく。

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posted by マネージャー at 11:36| Comment(3) | 鹿沢 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月27日

鍋蓋山ハイキング1

鍋蓋山ハイキング1

今回は、プロ向きのコースです。
藪山の鍋蓋山。
鹿沢ハイランドスキー場のてっぺんです。

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これが目標。

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まず鹿沢リゾートホテルの脇をとおって登山道へ

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スキー場を登ります。

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かなりの藪。

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やっと頂上へ!

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つづく。

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posted by マネージャー at 21:50| Comment(4) | 鹿沢 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月26日

北軽井沢ブルーベリーYGH10周年 7

北軽井沢ブルーベリーYGH10周年 7

 さて、ユースホステルの認可が決まりそうになるとなると、やるべき事ができてきます。まず北軽井沢周辺の本格調査と、長野県・群馬県の道路状況の把握です。ユースホステルの最大の魅力は、体験プログラムにあります。その体験プログラムを実施するには、徹底した事前調査を行う必要があるのです。さいわい、北軽井沢ブルーベリーの経営は、友だちがやっています。食事作りも、ベットメイクも友だちがやる予定だし、それについては私は口出しをするつもりは無かったので、私は、体験プログラムと営業に全力を入ることにしました。

 で、本屋に行って観光ガイドブックを買いあさり、かたっぱしから名所旧跡を訪れて写真を撮りました。当時は、ホームページも発達して無く、デジカメなんて便利な物もなかったので、キャノンの一眼レフと三脚を持って毎日に三百枚以上の写真を撮影して現像に出しました。ガソリン代・フィルム代は、ものすごくかかりましたが、事前調査と記録写真は欠かせないものなので、体験プログラムを行うに当たってとても重要なことなのです。

 もちろん軽井沢のペンションにも宿泊しています。男一人でペンションに泊まると、かなり白い目で見られました。怪しまれましたし、宿のオーナーも、あきらかにドンビキしていました。この体験に
「しめた!」
と私は思いましたね。うまくすれば軽井沢を一人旅したい男性客を、うちが『独占』できると思ったからです。

 また、観光地を回ってみて、気さくに旅する男性に声をかけてみると軽井沢には意外に男性客も多いことに気がつきました。旧軽井沢銀座をブラブラするのではなく、静かな別荘地を散策する一人旅の男性客が案外多いのに気がついたのです。そういう御客さまは、お気に入りの喫茶店めぐりをしたあとに、信濃追分、佐久、御代田、小諸のビジネスホテルに泊まっているのです。軽井沢の半額の値段で泊まれるうえに、無料駐車状が完備しているからです。軽井沢の宿の中には、駐車状が有料のところもあるし狭いので、郊外のビジネスホテルに泊まる人も多かったのですね。この人たちに
「北軽井沢に泊まらないんですか?」
と、聞いたのですが、やはりペンションには抵抗があったみたいでした。

「前に泊まったことがあるんですが、まわりはカップルだらけで、いずらいんですよ」
「ユースホステルはどうですか?」
「この歳だと2段ベットはねえ」
「ペンションと同じようなユースホステルがあったら、どうですか? しかも個室でバス
トイレがあったとしたら」
「そりゃ、文句ないですけれど、そんなユースホステルは聞いたことがないです」

 ここで、また私は「しめた!」と思いましたね。
 これで新しい需要を掘り起こせると。

 広告費を限りなくゼロにして、体験プログラムで御客さまをよび、一人旅の男性客で御客さまをよぶ。これを集客の基本にするとして、問題はリピーターの確保です。友人に任せた半年間、ゼロだったのには何か原因があるはずでした。その原因を学んだばかりのマーケッティングでデーターをとって突きとめ、それを改善するのではなく、それを活かす方向性で、北軽井沢ブルーベリーを再建するプランをたてました。


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 ところが、その時、北は北海道の富良野で大事件がおきていました。
 賃貸の民宿をやっていた私の友人が、
 大家さんと揉めてトラブルをおこしていたのです。

 そのうえ、民宿をやっていた私の友人が
 極度のノイローゼになっていたのです。
「これはマズイぞ」
と、友人たちは焦りましたが、
みんな仕事がありますから誰も動けません。

 動けるのは、仕事をやめていた私だけだったのです。

 そういうわけですから、とりあえず北軽井沢ブルーベリーの再建は後回しにして、北海道の富良野に飛行機で飛んでいかなければならなくなりました。富良野の民宿『千葉荘』の再建と、友人のメンタルケアを、北軽井沢ブルーベリーよりも優先させなければならなくなったのです。

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 とりあえずペンション・北軽井沢ブルーベリーの再建はあとにして、富良野民宿千葉荘の再建のために北海道に旅立っちました。2000年11月末のことでした。この頃の私は、自分の人生の中でも、最も忙しかった頃だったかもしれません。北軽井沢と富良野の2つを何とかしなければならなかったからです。


つづく

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2010年07月25日

弘田龍太郎曲碑

 弘田龍太郎と言えば、『鯉のぼり』『叱られて』『雀の学校』『春よこい』『靴が鳴る』などの歌曲で有名ですが、『千曲川旅情のうた』も彼の作曲です。で、日本ユースホステル協会を作った横山祐吉氏の師匠格でもあり、因縁浅からぬ人物でもありました。

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 ただし、1952年(昭和27年)に60歳という若さで死去したために、日本ユースホステル協会との御縁は、あまりありませんでしたが、若き日の横山祐吉氏の人生を大きく変えたという点では、日本ユースホステル史上、大きな意味をもっています。

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 弘田龍太郎曲碑は、「千曲川旅情のうた」の作曲がこの地でなされたことを記念して1959(昭和34)年に中軽井沢に建立されています。「千曲川旅情のうた」の曲譜と、文学博士中山久四郎の弘田龍太郎をしのぶ文が銅版ではめ込まれています。

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つづく。

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posted by マネージャー at 02:47| Comment(0) | 中軽井沢 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月24日

下界は暑いみたいですね。

下界は暑いみたいですね。
予約してくる御客さまの声が必死ですから。

「あのー、そっちは涼しいですか?」
「今年は、例年に比較して暑いですかね」
「じゃ、最高気温は何度ですか?」
「昨日は、27度でした」
「涼しいじゃないですか!」

ところで、世の中には、科学で割りきれない事実があるみたいで、
またもやパワースポット?が生まれつつあります。

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不思議ですね。
どうしてでしょうか?


つづく。

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posted by マネージャー at 20:31| Comment(0) | 日記 2012以前 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

北軽井沢ブルーベリーYGH10周年 6

北軽井沢ブルーベリーYGH10周年 6

 マネージャー(ペアレント)養成講習会に出席しろということは、一縷のチャンスがあるということです。しかし、マネージャー(ペアレント)養成講習会に出席してみたら驚くべき事に、鹿沢リゾートホテルの支配人が、いました。

 北軽井沢から2施設の宿主が、マネージャー(ペアレント)養成講習会に出席しているというのは、いったいどういうことなんだ? 私は、疑心暗鬼になりました。認可されるのは、北軽井沢ブルーベリーYGHか? 鹿沢リゾートホテルか? 施設の良さで有利な鹿沢リゾートホテルに軍配があがるかもしれない。と考えると、ますます、お先真っ暗になってきたような気がしてきました。

 さらに鹿沢リゾートホテルの支配人は、ホテルの図面を持ってきていました。それを得意満面に日本ユースホステル協会の皆さんに見せて、ユースホステル認可を迫ってきていたのです。そして日本ユースホステル協会のホステル委員会の方も、大いに乗り気で、鹿沢リゾートホテルのプレゼンを聞いていました。北軽井沢ブルーベリーのユースホステル認可は、絶体絶命のピンチに陥ったのです。

 しかし、そこに助け船を出してくれたのが、日本ユースホステル協会の真田さんでした。真田さんが私を日本ユースホステル協会のお偉いさんに紹介し、
「北軽井沢でユースホステルに申請を申し込んでいる、もう一人のマネージャーです」
と強力にいってくれたのです。

 この瞬間、私には真田さんが
『神』
に見えましたね。

(今でも私にとっては神ですけれどね)

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 ホステル委員の方も、小俣部長も私をジーッとみつめてきます。
 私の顔は青ざめていたにちがいありません。
 小俣部長が私に言いました。

「佐藤さんは、嬬恋村にユースホステルが2軒あっても異存はないですかね?」

 え?
 それって北軽井沢ブルーベリーYGHは、
 認可される予定ということ?

 さっきまで永遠の闇にいたとおもった私は、
 闇ではなく日食の最中にいたのかもしれない
 と思えてきました。

「異存ないです。何軒あっても異存はないです。隣に別のユースホステルがあっても、うちとしては何ら問題はありません。私自身が大勢の御客さまを呼んでくる自信がありますから」

 認可さえしてくれれば、御客さまをガンガン呼ぶことは私にはできるという自信は、全く根拠のないものではありませんでした。というのも某ユースホステルで2年間ヘルパーしていた時に、あることを集客を倍に増やしたことがあったからです。体験プログラムも、ツアーもやらず、ただの受付と食事提供の工夫だけで、御客さまを増やすことを過去に成功させていたので、自信と確信はありました。だから、嬬恋村にユースホステルが2軒あろうが10軒あろうが、何の問題もありませんでした。

 こうして、北軽井沢ブルーベリーYGHと、鹿沢リゾートホテルの2軒が認可される可能性がでてきました。ちなみに北軽井沢ウィンデーベルユースホステルは、御客さまとのトラブルによってユースホステル契約を解約されることになったということでした。

 その後、鹿沢リゾートホテルの支配人が私のところに近づいてきて、いろいろ話をしてきました。話をしているうちに、とても素晴らしい人であることに気がつきました。

「どうして嬬恋村に来たんですか?」
「素晴らしい村だったからです」
「だよね、そうだよね、素晴らしい村だよね」
「自然は素晴らしいし、水も野菜も美味しいし、言うこと無いです」
「それが分からない奴が多いんだよ」
「は?」
「妻も子供も、嬬恋村でホテルをやると言ったら大反対でねえ」

 鹿沢リゾートホテルの支配人は、市川さんと言いました。
 市川さんは、嬬恋村出身ですが、上京して苦労をかさねたうえで
 湘南(?)でスナックや飲食店を経営されたかたでした。

 でも、歳をとるうちに美しい嬬恋村の光景が忘れられなくなり、
 故郷の鹿沢にユーターンしてホテル経営をはじめたいと思いました。

 しかし、息子娘さんたちも、奥様も大反対。
 都会を離れたくないというのです。
 孤立無援の中で半ば強引に、嬬恋村にもどった市川さんは、
 しばらくのあいだ家族たちの中で針の筵だったようです。

「嬬恋村の良さを分かってくれるひとが、ここにいて良かった」

 私は市川さんと、すっかり意気投合して深夜まで酒を飲み交わしました。
 話題は、嬬恋村のことばかり。
 初対面でしたが嬬恋村を愛するということでは、
 同志であり、心の友でもありました。

 後日談になりますが、マネージャー(ペアレント)養成講習会が終わって、鹿沢リゾートホテルに遊びに行った事があります。そして市川さんと旧交ををあたためあいました。

「鹿沢リゾートホテルはユースホステルにしないんですか?」
「やめた」
「・・・・」
「北軽井沢ブルーベリーYGHさんが頑張っているからね」
「・・・・」
「これからは嬬恋村を愛する人に頑張ってもらいたい」

 鹿沢リゾートホテルのユースホステル化は、無くなってしまったようです。ちなみに鹿沢リゾートホテルは、ホテルと言ってもユースホステルみたいなところでした。何十人もの居候がいて、ユースホステルヘルパーみたいにボランティアで働いていました。昼間はスキー三昧。15時から朝10時まではホテルの仕事を手伝う代わりに、宿泊日とリフト代は無料にしてもらっていました。その雰囲気は、ユースホステルに似ていました。

つづく

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posted by マネージャー at 08:57| Comment(2) | テーマ別雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月23日

本白根山から万座温泉まで縦走ツアー

本白根山から万座温泉まで縦走ツアー

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世界最大規模のコマクサ畑から縦走です。
昭文社の地図では、コースタイム1時間となってますが、
普通の人に1時間は無理でしょう。
2時間はかかるとみてよいでしょうね。

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しかもアップダウンが多く、
階段も多いために、思ったより疲れるコース。

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しかし、自然はいっぱい。

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万座温泉がみえてきました。

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万座高原ロッジ。
人気の温泉です。

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万座プリンスホテル。
展望風呂がすばらしい。

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一番お薦めなのが、
万座聚楽

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やっとゴール。

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つづく

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posted by マネージャー at 16:41| Comment(0) | 万座・白根山 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月22日

本白根山ツアー

群馬・館林で38.9度=関東3県の死者5人−今夏最高、熱中症注意を・気象庁

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100722-00000004-jij-soci

群馬県館林市では全国最高の38.9度を記録。
今夏の最高気温を更新し、
関東各県で5人が熱中症で死亡。



すごいですね!
こうなると北軽井沢に旅の計画しているあなたは、勝ち組です。



ところで、本白根山ツアーです。
これは登山道入り口あたりから背後をみたところ。
奥に横手山が見えます。

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最初だけ登りがあります。
途中、樹木の看板が、いいポイントをついています。

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ユウレイソウを発見!
カメラにおさめています。

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火口に到着。
コマクサ畑が。


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眼下に草津。

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眼下に嬬恋平野。
そして浅間山。

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本白根山頂。

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つづく。

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posted by マネージャー at 01:13| Comment(5) | 万座・白根山 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

北軽井沢ブルーベリーYGH10周年 5

北軽井沢ブルーベリーYGH10周年 5

 ペンションの方は、ともだちがやっているので、そのやりかたに口はだせません。だから私は、友だちのやりかたの魅力探しからはじめ、北軽井沢周辺の魅力探しをはじめたのです。今さら友だちに
「ああしろ」
「こうしろ」
と言っても聞く奴ではなかったのです。

 だから、そいつの欠点を長所にかえて、御客様に売り込むことからはじめなければなりません。そのための経理の勉強でありマーケッティングの勉強をしたのですね。だいたい欠点を指摘してもなおしてくれる保障はなかったし、そうなると、むしろ欠点を武器に使う方法を考えた方がよいと思ったからです。

 となると、不器用な友人に勤まる接客方法は、ユースホステルしかないと考えました。というのも彼は、今は無き四国の定福寺ユースホステルのヘビーユーザーであり、ヘルパーでもあったからです。で、定福寺ユースホステルは、大勢のスタッフがいて御客様も混じり合って一緒に遊ぶような宿でありました。だからプライバシーを重視するペンションの接客スタイルとは、相容れなかったのですね。

 しかし、ユースホステルへの申請は、日本ユースホステル協会に一度断られています。近くに北軽井沢ウィンディーベルユースホステルがあったからです。で、北軽井沢ウィンディーベルユースホステルに宿泊予約の電話してみました。宿泊して、北軽井沢ウィンディーベルユースホステルのマネージャーと仲良くなり、日本ユースホステル協会への認可をとりつけるために協力できないかと思ったからです。

 しかし、予約はできませんでした。
 なぜかユースホステルの会員としての予約を断られるのです。
 つまり泊まれない。

 しかたないので日本ユースホステル協会に電話することにしました。

「こうなったら押しの一手で日本ユースホステル協会に頼み込み認可を受けよう!」

と思った私は、ユースホステルの会員が、北軽井沢ウィンディーベルユースホステルに泊まれないことを理由に、北軽井沢ブルーベリーYGHをユースホステルとして認可してもらおうと日本ユースホステル協会に電話しました。もちろん断られるかもしれません。

 しかし、施設をペンションと兼業ではなくユースホステル専業にするという条件をもちだして、粘り強く認可をしてもらうように交渉してやろうと思ったのです。むろん、そのためのプレゼンの準備も整えています。

 で、おっかなびっくり日本ユースホステル協会に電話してみたら、電話に出たのが小俣さんでした。

「北軽井沢でペンションをやっている者です。ユースホステルの会員でもあります。実は、うちのペンションをユースホステルにしたいと思って電話しました」
「・・・・」
「もちろん近くに北軽井沢ウィンディーベルユースホステルがあることは知っています。知っていますが、北軽井沢ウィンディーベルユースホステルは、どういうわけかユースホステルの会員が泊まりにくくなっています。ペンション客しか泊まれません。そこで、うちの施設をホステラー専用のユースホステルとしたくて、日本ユースホステル協会に電話したしだいです。ペンション兼業ではありません。ユースホステル専用です」
「では、群馬県ユースホステル協会の河野さんに会ってください」
「群馬県ユースホステル協会・・・ですか?」
「そうです」

 けんもほろろに断られるかと思ったら、
 群馬県ユースホステル協会にいけという。

「これは、ひょっとしたら、ひょっとするかな」

と、思った私は、すぐさま群馬県ユースホステル協会にアポをとりました。そして3日後に面談をうけることになりましたが、すぐに会社に3日間の休暇をもらい、膨大な提出書類の準備とプレゼンの用意しました。

 まず自分の過去の履歴をまとめた20ページほどの冊子つくり、過去十年間の青少年活動の記録と、『風のたより』のバックナンバーや、ぶるる知床、震災マニュアルといった、莫大な過去の行動記録と、数十枚の写真(活動記録)に、ユースホステル認可後の経営戦略まで書類で用意し、プレゼンテーションの準備もぬかりなく用意しました。

 なにしろ面接は一発勝負ですから、
 念には念をいれました。

 すでに先行の北軽井沢ウィンディーベルユースホステルがあるわけなので、よほど魅力あるユースホステルを作ることを訴えていかなければ、北軽井沢ブルーベリーYGHが、ユースホステルに認可されることはないと思ったからです。面接当日は、2時間前に群馬県ユースホステル協会に到着し、充分に下見をし、何度もプレゼンテーションの予習復習を行いました。そうして河野さんの面接を受けたのです。

 その結果、手応えがありました。
 河野さんは、マネージャー(ペアレント)養成講習会に出席し
 マネージャーの免許をとるように言ってきたからです。

 認可の確約は得られませんでしたが、マネージャー(ペアレント)養成講習会に出席しろということは、一縷のチャンスがあるということです。2000年10月頃のことです。しかし、マネージャー(ペアレント)養成講習会に出席してみたら驚くべき事に、鹿沢リゾートホテルの支配人が、いました。

「えええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ?」

 北軽井沢から2施設の宿主が、
 マネージャー(ペアレント)養成講習会に
 出席しているというのは、
 いったいどういうことなんだ?

 私は、疑心暗鬼になりました。

 北軽井沢ブルーベリーYGHは、認可されないのだろうか?
 すでに北軽井沢ウィンディーベルユースホステルがある。
 だから同じ村に、2つも新しくユースホステルが認可されるはずがない。

 とすると、北軽井沢ブルーベリーYGHか、鹿沢リゾートホテルのどちらかということになる。そうなると、施設の良さで有利な鹿沢リゾートホテルに軍配があがるかもしれない。

「それに北軽井沢に二軒できるより、北軽井沢と鹿沢で棲み分けられた方が、ユースホステル協会としても良いのかもしれない」

 と考えると、ますます、お先真っ暗になってきたような気がしてきました。

 さらに鹿沢リゾートホテルの支配人は、ホテルの図面を持ってきていました。それを得意満面に日本ユースホステル協会の皆さんに見せて、ユースホステル認可を迫ってきていたのです。そして日本ユースホステル協会のホステル委員会の方も、大いに乗り気で、鹿沢リゾートホテルのプレゼンを聞いていました。北軽井沢ブルーベリーのユースホステル認可は、絶体絶命のピンチに陥ったのです。

つづく

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posted by マネージャー at 00:04| Comment(2) | テーマ別雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月21日

本白根山の高山植物 その2

本白根山の高山植物 その2

2010年7月19日撮影
本白根山ハイキングツアーにて

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イワシャジン(岩沙参)

 一見するとツリガネニンジンに似ていますが、イワシャジン(岩沙参)です。キキョウ科ツリガネニンジン属です。シャジンは漢字で沙参と書き、ツリガネニンジン(釣鐘人参)の漢名。またはその根の生薬名です。ツリガネニンジンは山間の平地でみらますが、こちらは、本白根山などの岩場に見られるのでイワシャジンとなったらしいです。

 ツリガネニンジン属には、この他にイワシャジン・ソバナなどがありますが、判別は簡単です。まず、ガクが反って、とんがっていれば、イワシャジンかツリガネニンジンのどちらかです。ソバナは、ガクが反っていません。

 で、あとは葉っぱで区別します。ツリガネニンジンの葉っぱは、1ヶ所から放射状に生えているのに対して、イワシャジンは細い葉が交互にはえていますね。これで区別します。

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コマクサ(駒草)

 ケシ科コマクサ属の多年草。日本では北海道から中部地方の高山帯の砂礫帯に分布している。常に砂礫が動き、他の植物が生育できないような厳しい環境に生育する事から、明治時代の文士で放浪の作家と言われた大月桂月が北海道の大雪山で初めてこの花に逢って感動して
「高山植物の女王」
と呼びました。コマクサの名前の由来はその花の形が馬 (駒) の顔に似ていることが由来となっています。

 ちなみにコマクサは高山植物の中でも先駆植物として、何も生育していない厳しい環境の土地に最初に根づく植物として重要な役割を担っています。その土地の養分が豊かになると、やがて他の植物に譲り、別の土地に移転しなければならない過酷な運命を背負っています。他の植物が生育できないような砂礫地に生えるため、地上部からは想像できないような50〜100cmほどの長い根を張ります。

 ちなみに昔は、花の美しさよりも薬草としての価値が高く、古くから腹痛の妙薬として知られていた。しかし、実際のところは全株が有毒。ディセントリン、プロトピンなどを含み、中毒症状としては嘔吐・体温の低下・呼吸麻痺・心臓麻痺がみられる。

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キンレイカ(金鈴花)

 一見するとオミナエシにそっくりなのですが、葉のつきかたや、花の形でキンレイカ(金鈴花)ではないかと思われます。ただし、キンレイカ(金鈴花)もオミナエシも、本当によく似ているので、区別はつけがたいですね。

 キンレイカ(金鈴花)はオミナエシ科オミナエシ属。花期は7〜8月で山地の岩場などに生育。本州(中部地方以北)、九州に分布する多年草。ハクサンオミナエシの変種で花冠はハクサンオミナエシよりも、やや大きく 直径は7mmほどで、長さが3mmほどの距があります。生育地は、母種のハクサンオミナエシは日本海側に多く見えるのに対し このキンレイカは太平洋側に多く見れます。

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オトギリソウ(弟切草)

 オトギリソウ科オトギリソウ属 の多年生植物だと思いますが、この写真だけだとちょっと自信ない。間違ってたら誰か指摘して。この草を原料にした秘薬の秘密を漏らした弟を兄が切り殺したという平安時代の伝説によるものである。この不吉な伝説のため、付けられた花言葉も「怨み」「秘密」と縁起が悪い。基本的には薬草であり、タカノキズグスリ(鷹の傷薬)、チドメグサ(血止め草)などの悪いイメージのない異名も持つ(同様に民間療法で傷薬として使うチドメグサは別種に存在する)。

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タカネニガナ(高嶺苦菜)

 平地に生えるニガナの変種で、亜高山帯〜高山帯の岩場に生える多年草。茎は高さ5-15pと小型で、枝を分ける。頭花は体の割に大きく直径2pほどで、日が差さないと花を開かない。舌状花は8-10個あり鮮やかな黄色である。屋久島・四国・本州・北海道の亜高山帯〜高山帯の砂礫・岩礫地に生育します。茎は細く、高さは10〜20cm。花期は7〜8月で、枝先に黄色い花を数輪つける。花弁は9〜10枚。

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ハクサンシャクナゲ(白山石楠花)

 ツツジ属シャクナゲ亜属の低木。北方性のシャクナゲで、北海道・本州・四国と朝鮮半島北部の亜高山帯から一部はハイマツ帯まで分布する。樹高は、亜高山帯では3mほどにもなるが、ハイマツ帯では環境が厳しいため50cmにも満たない場合がある。花は白から淡い紅色で、内側に薄い緑色の斑点がある。亜高山帯の暗い針葉樹林内を彩る代表的な花である。葉の裏が白いので簡単に他のシャクナゲと区別できます。

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つづく


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posted by マネージャー at 18:51| Comment(0) | 自然−植物 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

本白根山の高山植物 その1

本白根山の高山植物 その1

2010年7月19日撮影
本白根山ハイキングツアーにて

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ミネヤナギ(峰柳)

 別名:ミヤマヤナギ。ヤナギ科ヤナギ属。中部地方以北の高山や亜高山に生育するヤナギです。深山柳・峰柳で、生育地の様子から名付けられました。低山〜高山帯の林縁などに生え、茎の高さが30〜200センチになる落葉小低木。雌雄異株で雄花と雌花がある。雄しべの葯が黄色い雄花がよく目立ち、小さな花を穂状に密につける。1個の花には2個の雄しべがある。雌花は、果実が熟す頃に目立ち、裂開して柳絮(リュウジョ:綿毛を持ったヤナギの種が、綿のように飛び散るもの)が舞う。秋には鮮やかに黄色く色付いて良く目立ちます。

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クロマメノキ(黒豆木)

 ツツジ科スノキ属。別名アサマブドウ。しかしブドウでは無く、豆でも無い、ブルーベリーです。上信越あたりの高山には至る所に群生していますが、特に国立公園内は採取禁止。北半球の寒帯に広く分布し、北海道、本州の亜高山帯以上にはえるツツジ科の落葉低木。高さ30〜60 cm、よく分枝し、葉は互生、倒卵形で、大きさは環境により変わります。
 スノキ属(Vaccinium)とはツツジ科に属する植物の属。植物体は低木になるものが多く、また果実は漿果となり、甘酸っぱく熟します。クランベリー、ブルーベリー、コケモモ、ビルベリー、ハックルベリーといった欧米で果樹として利用されてきた植物を多く含みます。日本産のシャシャンボなども、子供の野遊びのときのおやつとして古くから食用にされてきました。約450種があり、北半球の寒い地域に分布するものが多いです。他の多くのツツジ科の植物と同様、酸性土壌を好みます。

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コケモモ(苔桃)

 ツツジ科スノキ属の常緑小低木。果実を食用としますが、栽培されることは稀で、野生のものを採取するのが一般的です。自然での生育地はユーラシアの北部や北アメリカの周北林で、温帯から北極圏に近い地域まで分布します。 樹高は10-40 cm程度で、直立した幹はぎっしりと密集しています。森林に生育するため、日陰で湿度が高く、また土壌が酸性の場所を好みます。多くのツツジ科の植物と同様、栄養分の少ない土地でも耐えられますが、アルカリ性の土壌では生育できません。耐寒性にすぐれ、-40℃以下でも耐えることができる一方、夏が暑い場所では生育しにくいです。

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ギンリョウソウ(銀竜草)

 シャクジョウソウ科の多年草。腐生植物としてはもっとも有名なものの一つ。別名ユウレイタケ。千島列島、樺太、朝鮮半島、中国、台湾に分布し、国内では日本全土に分布します。

 森林の林床に生え、周囲の樹木と外菌根を形成して共生するベニタケ属の菌類とモノトロポイド菌根を形成し、そこから栄養を得て生活します。つまり、直接的にはベニタケ属菌類に寄生し、究極的にはベニタケ属菌類と共生する樹木が光合成により作り出している有機物を、菌経由で得て生活しています。古くは周囲の腐葉土から栄養を得ていると思われていて、そのように書いてある著作も多いですが、腐葉土から有機物を得る能力はありません。

 地下に短い地下茎と太く絡まりあった根から成る塊があり、花が咲く以外にはその姿は地上では見られません。4〜8月ごろに地下から花茎を伸ばし、最大約15cmまで伸びる。花茎は多数が集まって出て、色素はなく全体が透けた白色。茎には鱗片状の葉を多数つけますが、これも透明感のある白です。枝分かれせず、先端に一輪の花をつけ、マルハナバチなどが訪花して受粉に与ります。

 花は横からややうつむきに咲き、全体は円筒形。先端がやや広がります。やはり白ですが、若干赤みを帯びることもあります。花の先端からは雄蘂と雌蘂の先端が見えます。雌蘂の先端は円形でやや平たく、青みを帯びるのが際立って見えます。花期が終わると地上の植物体は黒く変色し、液果をつけます。

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ツマトリソウ(褄取草)

 ツマトリソウ(褄取草)は、サクラソウ科ツマトリソウ属の多年草。APG植物分類体系では、ツマトリソウ属はヤブコウジ科に移されています。和名の由来は、花弁の先端にしばしば淡い紅色の縁があり、その色の入り方が鎧の威色目の一つである褄取りに似ているため。

 茎の高さは10-15 cm。葉は茎に互生し、茎の上部に輪生状につきます。葉の形は広被針形で、先が尖り、葉身は長さ2-7 cm、幅1-2.5 cmになります。花期は6-7月で、先端の葉腋から花柄を伸ばし、白色の径1.5-2 cmの花を上向きにつけます。花冠は7弁に分かれて咲き、雄しべは7個、雌しべは1個あります。日本では北海道、本州、四国に分布し、亜高山の草地、半陰地、林縁に自生します。

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ゴゼンタチバナ(御前橘)

 ゴゼンタチバナ(御前橘)はミズキ科ゴゼンタチバナ属の多年草。白山の最高峰「御前峰」に由来しています。北海道、本州、四国に分布し、亜高山帯の針葉樹林下や林縁に生育します。

 高さ5-15 cm。葉は2枚の対生葉と液性の短枝に2個ずつ葉が付き、計6枚の輪生に見えます。花の咲く株は葉が6枚にまで成長したものです。花期は6〜8月。花は4枚の白い総苞に囲まれハナミズキやヤマボウシに似ています。秋にハナミズキに似た赤い果実をつけます。

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マイヅルソウ(舞鶴草)

 マイヅルソウ(舞鶴草)はユリ科マイヅルソウ属に属する多年草。葉の模様が舞う鶴に見えることから、舞鶴草という名がつきました。

 落葉層の発達した環境で、根茎を横に伸ばしよく繁殖します。茎は高さ10〜20 cmほど立ち上がり、途中に2枚のハート形の葉をつけます。花期は5〜7月。先端から茎を伸ばし、白色の小六弁花を総状花序につけます。

 繁殖状況はもっと低高度で見られるチゴユリに似ます。似たような生態のものに、ユキザサやタケシマランの仲間があり、時には同時に見られることも多いです。ブナ帯上部から現れることが多く、ミヤマワラビ、シラネワラビ、イワダレゴケ、フジノマンネングサ、コミヤマカタバミなどと共に高度指標となります。御蔵島では低高度に分布していることが知られており、山体効果によるものといわれます。また、雲霧環境を好み、海に迫った降雨量の多い山では比較的低高度で見られる傾向があります。

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ヤナギラン(柳蘭)

 アカバナ科ヤナギラン属の多年草で、高原の草地などに生え、高さは1〜1.5メートルになります。葉は長披針形で互生し、先端は尾状に尖ります。7月から8月ごろ、茎の先に大きな総状花序をだし、紅紫色の花を咲かせます。名前は、葉が「やなぎ」に、花が「らん」に似ることから。

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ハクサンチドリ(白山千鳥)

 ラン科 ハクサンチドリ属の多年草の高山植物です。北海道〜中部地方以北の高山帯の湿り気のある場所に生えます。高さは10〜40cm。花期は6〜8月で、茎の先端に総状花序の赤紫色の花を多数つける。まれに白花の個体もある。花冠は唇形であり、先端が三裂しています。和名は白山に多いこと、花の付き方が千鳥の飛ぶ姿に似ていることから名付けられました。

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つづく

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posted by マネージャー at 11:04| Comment(0) | 自然−植物 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

弓池ハイク

弓池ハイク

白根山の駐車場です。
さて出発です。

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 白根山の南側には『弓池』があります。サクラやツツジなどの草花が咲くハイキングコースになっています。付近には湿地帯が広がっていて、木道や遊歩道が整備されています。戦前の話になりますが、嬬恋村の中学生がここまで遠足にやってきて、弓池で泳いだという記録も残っています。明治35年は弓池の北側が爆発しています。

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何が見つかった?

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ミヤマモンキ蝶。
群馬県は、隣接の長野県に次いで蝶の多い県で、
全国225種のうち135種が生息しています。
嬬恋村には、そのうちの120種が生息しています(嬬恋村村史より)。
特に蝶の標本の多くは、鹿沢が産地であることは有名です。

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さて、次は、本白根山です!
みんなむ張り切っていますね。

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つづく

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ラベル:弓池ハイク
posted by マネージャー at 02:07| Comment(0) | 万座・白根山 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月20日

パノラマライン

パノラマライン
パノラマラインです。
でも、今回の主役は、この方。

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この方が、お泊まりになると、
なぜか女性客が多いんですよね。
ほら


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それも綺麗どころが

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まあ、そんな事は、どうでも良いんですが、
今日は素晴らしい天気でしたね。
青空が素晴らしい

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これは四阿山。

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キャベツ畑を歩きます。

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で、この後に本白根山ハイキングに向かいました。


つづく


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posted by マネージャー at 00:00| Comment(9) | 嬬恋村 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月19日

北軽井沢は涼しいですよ!

まずニュースの引用から

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猛暑日:
大分で36.8度、
東京36.4度


2010年7月19日 14時56分 更新:7月19日 15時23分

http://mainichi.jp/select/today/news/20100719k0000e040032000c.html

14時現在の衛星雲画像 海の日の19日、全国各地で気温はぐんぐん上がり、気温が35度以上の「猛暑日」となった。気象庁によると午後1時52分現在、大分県中津市で36.8度を記録した。

 茨城県大子町では午後1時54分現在で36.6度、東京都練馬区では午後1時33分現在で36.4度、福岡県朝倉市では午後1時6分現在で35.9度を記録した。

 20日は東北北部で雨のところがあるものの、他は晴れる見込み。強い日差しで午後は雨のところがあるとみられる。
【毎日jp編集部】


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下界は、暑そうですね!
北軽井沢は涼しいですよ!
朝は寒いくらい!


ほらほら、我慢してないで、北軽井沢に避暑にきましょうよ!
北軽井沢ブルーベリーYGHに泊まりに来ましょうよ!

エアコン無しで、
真夏に羽毛布団で寝てみませんか?


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あと、関係ないけれど、一人目のヘルパーさん決定です。
兵庫県の学生さん(女性)で
期間は8月6日〜1週間程度になります。
どんな人か楽しみですね?


というわけで、まだまだヘルパーさん募集しています!
涼しい高原でヘルパーをやってみませんか?


■募集期間
★8月5日〜8月20日(お盆を含む)のうちの1週間以上


■募集内容
★原則として1週間以上
★非喫煙者
★女性のみの1〜2名
★部屋は、混み合ってる時は相部屋になります
★原則として18歳〜50歳くらいまで
★HPとYH内に、名前・写真・紹介文が掲載されます

詳しくは下記のホームページにて

http://kaze3.cc/06-news/helper/helper.htm






つづく。

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posted by マネージャー at 20:14| Comment(4) | ニュース・時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

角落山ハイキング

角落山ハイキング

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まず林道歩きです。

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林道終点。
ここから女坂。

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沢を歩きます。

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そして岩場。
ただし、女坂には、ほとんど岩場はありません。

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ここが頂上。

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そして下山。

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つづく。

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posted by マネージャー at 04:00| Comment(2) | 高崎・倉渕 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月18日

お誕生日

今週は、ドンピシャお誕生日の人が2人。
近い人が、6人。
合計8人が、誕生日の人がいることがわかりました。
でも、作ってあるケーキは2人分。

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困った!

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で、現れたのがNさん。
この人がプレゼントを用意してくれていて
ジャンケン大会。
大活躍して盛り上げてくれました。

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でも、Nさんが、こんなにおもしろい人だったなんて。

「Nさんて、あんなにおもしろい人だったっけ?」
「うーん、いつも奥さんの陰にかくれていたからなあ」

奥さんと娘さんと一緒にこられた時は、
寡黙で口を開かない人だなあと思っていたのですが、
違ってましたね。
実は、とてもおもしろい人でした。

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まるで高木ブーみたいな人ですね。
話すとおもしろい人なのに、
今まで隠していて、寡黙な人のふりをしていたなんて。
まだまだ、世の中には科学で割りきれない不思議なことがあるようです。


つづく。

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posted by マネージャー at 22:30| Comment(3) | 日記 2012以前 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

鼻曲山ハイキング2

鼻曲山ハイキングといっても縦走です。
国境平から鼻曲山へ!

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なだらかな道ですが、最後だけ急ですね。

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熊がかじった跡
ここには熊が多いのです

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頂上!

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さて下山。
二度上峠に向かいます。

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氷妻山

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獅子岩です。
ここを越えるとゴールは近い

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ゴール

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つづく

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posted by マネージャー at 11:13| Comment(0) | 北軽−鼻曲山・満天山 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月17日

鼻曲山ハイキング1

鼻曲山ハイキングです

またしても天気予報は、良い方にはずれて
晴天!

で、今回の御客様は、大阪の山岳会のご一行様。

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まず草軽廃線跡の説明してる私。
ちょっとは痩せましたかね?
ただいま83キロ。12キロ減まできました。

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全メンバー。

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ハナイカダ

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ツリーハウス

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スカイパーク展望台

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つづく

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posted by マネージャー at 22:18| Comment(0) | 北軽−鼻曲山・満天山 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

芳ヶ平湿原のワタスゲ

今日も御客様13人つれて
芳ヶ平湿原のワタスゲをみてきました。
やっぱ、凄かったですね!


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ついでに、本白根山にも行ってきましたが、
コマクサがピークでしたよ!
こちらも大豊作!



つづく


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posted by マネージャー at 00:18| Comment(0) | 芳ヶ平湿原 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月16日

北軽井沢ブルーベリーYGH10周年 4

北軽井沢ブルーベリーYGH10周年 4

「こうなったら赤字になろうが何しようが自由にさせてやろう」

と決意しました。そして落ちるところまで落ちてからペンションを再生させようと考えたのです。で、私は、仕事を辞める決心をしたのです。3年間会社で働いて返済する計画は中止し、私自身が本気になってペンション経営をすることにしたのです。

 と言っても、ペンション経営は、友人の自由にまかせました。倒産しようが何しようが、とりあえず友人の好き勝手にさせ、そのかわりに私は、会社を辞めたことを誰にも言わずに隠密に行動しました。

 だから、いきなり北軽井沢に乗り込んだのではありません。
 東京に潜伏し、ある作戦を実行したのです!
 そのある作戦とは、

1.税理士を雇って経理の勉強をする。
2.マーケッティングの勉強をする。
3.ペンションと宿泊施設の歴史を調べなおす
4.友人に「どんな宿にもう一度泊まりたいか」を聞き回る
5.たまに北軽井沢のペンションに訪れて、どんな様子か見てくる
6.そして北軽井沢周辺を徹底的に調べる

の6つです。

 と書くと、いつも「なにか遠回りしてるな」と言われるのですが、実は、これが近道なのですね。いや、近道であると信じています。というのも、これで劇的に集客が増えたからです。半年間、1名のリピーターもいなかったのが、2週間で御客様がリピートしたからです。

 まあ、それは置いといて、仮に、いきなり北軽井沢に行って、友人から経営権を奪って小細工しても失敗したと思います。うまくいくわけがない。むしろ外から客観的に眺めた方が、本質が見えてくるのですね。で、友人に好き勝手に仕事を続けさせたのです。それを私は外から眺めてみた。でも、ただ眺めるだけでは、何も分からないので、まず税理士を雇って経理の勉強をはじめました。それも簿記の歴史からです。複式簿記の本質がわかってくると、やるべきことが見えてくるからです。

 次にマーケッティングの勉強。最初は本で勉強しましたが、セミナーにも参加しました。そして実践もしてみました。例えば、今まで全く効果の無かったチラシに色々工夫&実験をしてみました。あと広告の宣伝文句にも、ちょっとした実験をしてみました。そしてデーターをとっていったのです。

 ペンションの歴史も調べなおし、ペンション客の嗜好も研究しました。あと友人に「どんな宿にもう一度泊まりたいか」を聞き回っていました。もちろん私がペンション経営していることは秘密のままにして質問しています。だから自分が体験した感動を素直に語って貰えましたのでありがたかった。

 で、たまに北軽井沢のペンションに顔をだしたのです。
 もちろん顔を出すだけ。
 口はだしません。
 そのかわりにジーッと自分の目でみせてもらった。

「ふむふむ、なるほど」
「へー、そうなのか!」

と感心しながらみせてもらったのです。

 最後のとどめが北軽井沢の調査です。
 北軽井沢の魅力探しです。

 ペンションの方は、ともだちがやっているので、そのやりかたに口はだせません。だから私は、友だちのやりかたの魅力探しからはじめ、北軽井沢周辺の魅力探しをはじめたのです。今さら友だちに
「ああしろ」
「こうしろ」
と言っても聞く奴ではなかったのです。

 だから、そいつの欠点を長所にかえて、御客様に売り込むことからはじめなければなりません。そのための経理の勉強でありマーケッティングの勉強をしたのですね。だいたい欠点を指摘してもなおしてくれる保障はなかったし、そうなると、むしろ欠点を武器に使う方法を考えた方がよいと思ったからです。

 あと北軽井沢の魅力にしたって、これが伝わらないと意味がありませんので、バンバン写真を撮りにいって、それをホームページで紹介していったのです。

つづく

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posted by マネージャー at 23:59| Comment(0) | テーマ別雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月14日

北軽井沢ブルーベリーYGH10周年 3

北軽井沢ブルーベリーYGH10周年 3

 北軽井沢ブルーベリーYGHは、最初ペンションでした。中古ペンションを買い取ったからペンションからスタートしたのです。大勢の友人が融資をしてくれ、たちまち二千万が集まりました。


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 しかし、金を借りても返せなかったら意味がありません。いろいろと試算してみた結果、買ったばかりの中古ペンションを賃貸にだすと年間360万の家賃が入り、夫婦で一生懸命働いて毎月30万円の貯金をすると、さらに360万くらいの貯金がたまり、1年間で合計700万円の返済ができる。これなら3年くらいで全額返済できることがわかりました。これならノーリスクです。私は、サラリーマンをしながら、余裕で3年以内に借金を全額返済し、無借金経営からペンションをスタートさせることができるからです。これで一件落着のはずでした。

 ところが、意外なところに伏兵があらわれました。

 百万ほど金を貸してくれた友人の一人が、
「俺にペンション経営をさせてくれ」
というのです。

 正直言って悩みました。友人に経営をまかせたら、家賃収入はゼロになるし、へたしたら赤字になるかもしれません。つまりリスクができる。私は悩みましたね。なにせ友人から金を借りている。返せなくなって友人を失いたくない。かといって、「俺にペンション経営をさせてくれ」と言ってくる友人のたのみを断るのは辛い。

 情をとればリスクができる。
 リスクを避ければ、友人のたのみを切り捨てることになる。

 もし私が、立派な経営者なら友人のたのみは断っていたはずです。しかし当時の私は、どこか甘ちゃんなところがあり、結局、情に流されてしまい、友人に経営をまかせることになってしまった。しかし、予想どうり経営は失敗してしまいました。年間二百万もの広告費をだして、そこそこ集客したのは、良かったのですが、リピーターがゼロでした。価格は安くしたし、詰め込みもやってません。しかし、どういうわけかリピートする人はいなかった。これでは赤字になります。

 当時私は、ガラス清掃の仕事をしており、午前中で仕事が終わっていましたから、お昼過ぎから、あちこちの旅行代理店をまわり、パンフレットを配って歩きました。これなら金がかからないので、赤字化を防げると思ったのです。しかし反応はゼロに近かった。おまけに、たまに客をおくってくれた旅行代理店の支払いに法外な手数料がかかることがわかって、ボーゼンとしてしまいました。クーポンを現金化するのに、すごい金額がかかってしまうのです。

 さらに自宅に帰ってから、チラシのポスティングまでやりましたが、これも反応無し。その後は、深夜おそくまで、作ってもらったホームページの検索エンジン登録をコツコツやっていましたが、アクセス数は一向にあがらない。


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 そのうえ悪いことは、重なるもので、「俺にペンション経営をさせてくれ」と自信満々に言ってきた友人が、あまりに御客様が来ないためにノイローゼ気味になってきました。1週間、人間と会話してないとメールに書いてくるのです。必然的に問い合わせの電話に、その影響が出てきます。で、ますます予約が減るという悪循環になるのです。

 これじゃまずいぞってんで、共通の友人を集めてアドバイスを求めました。みんな融資してくれてる人たちなので、いろいろな真剣に考えてくれ、いろいろなアイデアをだしてくれました。それを「俺にペンション経営をさせてくれ」と言ってきた友人にメーリングリストを使って、そのアドバイスを書き込んでもらったのですが、彼は淡々と
「貴重な御意見ありがとうございました」
とだけ答えるだけなので

「うん?」
「変だな?」
「何かよそよそしい返事だな」

と思い、北軽井沢に偵察にきてみたら、
彼は私の顔をみるなり吠えまくりました。

「みんな何も分かってないですよ!」
「現場のことは知らないくせに」


と怒っていました。それはもうメーリングリストの書き込みとは全く違っていました。彼は、すでに誰の忠告にも耳を貸さなくなっていたのです。つまり友人たちのアドバイス作戦は見事に失敗したわけです。こうなると

「もう何を言っても無駄だな」

と思った私は、

「こうなったら赤字になろうが何しようが自由にさせてやろう」

と決意しました。そして落ちるところまで落ちてからペンションを再生させようと考えたのです。で、私は、ガラス清掃の仕事を辞める決心をしたのです。3年間ガラス清掃で働いて返済する計画は中止し、私自身が本気になってペンション経営をすることにしたのです。

 具体的に言うと、必死になって軽井沢駅前で客の呼び込みをし集客するつもりだったし、繁盛しているペンションで修行させてもらうことも考えました。とにかく中途半端なことでは、赤字は増える一方だし、最悪の場合は、売却して友人からの借金だけでも返済をしなければならないと思ったのです。

 と言っても、ペンション経営は、友人の自由にまかせました。
 倒産しようが何しようが、とりあえず友人の好き勝手にさせ

 そのかわりに私は、会社を辞めたことを誰にも言わずに
 隠密に行動しました。

 だから、いきなり北軽井沢に乗り込んだのではありません。
 東京に潜伏し、ある作戦を実行したのです!


つづく

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posted by マネージャー at 23:19| Comment(2) | 日本ユースホステル運動史の周辺 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月13日

今年は、芳ヶ平湿原のワタスゲが、過去最高の大当たり!2

今年は、芳ヶ平湿原のワタスゲが、過去最高の大当たり!
みんな、今すぐ、芳ヶ平湿原に行きましょう!

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私も毎年、5回くらいチャレンジしてますが、こんなに当たった年はないと思います。
梅雨で見れないうちに終了してることも多いですね。
だから、晴れたら芳ヶ平湿原に直行しましょう。

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というのも、この芳ヶ平湿原は、年々乾燥化がすすんでおり、年々ワタスゲの規模が縮小しつつあるからです。今年は、雨量が多かったためか、雪が多かったためか、どういうわけかワタスゲの大豊作!

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来年以降は、この豊作を期待できないことを考えると、
他の山を全部キャンセルしてでも、芳ヶ平湿原に行きましょう!

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今すぐ、芳ヶ平湿原に行きましょう!
絶対、芳ヶ平湿原に行きましょう!

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つづく


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posted by マネージャー at 13:04| Comment(3) | 芳ヶ平湿原 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月12日

今年は、芳ヶ平湿原のワタスゲが、過去最高の大当たり!

今年は、芳ヶ平湿原のワタスゲが、過去最高の大当たり!
みんな、今すぐ、芳ヶ平湿原に行きましょう!

論より証拠!
画像をみてください。

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レストハウスから、ここまで40分。
このあと、驚愕の景色が。

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私の知る限り、こんなに当たった年は過去にありません!
さあ、出発しましょう!


つづく


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posted by マネージャー at 23:53| Comment(4) | 芳ヶ平湿原 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月11日

烏帽子岳ツアー

烏帽子山のハイキングツアーの写真です。
去年も、同じ時期にツアーを出しているのですが、
ほぼ全員が女性だった。
それも、きれいどころばかり。

で、今年の烏帽子岳ツアーは、男女半々か?

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烏帽子岳ツアーを出すと、
女性参加者が増えるというジンクスはまだ生きていましたね。


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何を撮っているのでしょうか?

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コマクサでした。
しかも紅白。

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頂上です。

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つづく

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posted by マネージャー at 13:49| Comment(3) | 鹿沢−烏帽子岳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月10日

北軽井沢ブルーベリーYGH10周年 2

北軽井沢ブルーベリーYGH10周年 2

 北軽井沢ブルーベリーYGHは、最初ペンションでした。中古ペンションを買い取ったからペンションからスタートしたのです。『風のたより』の友人たちに借金して、中古ペンションを買い取ったのです。お金を貸してくれた人の一人に、谷川岳ラズベリーYHの曽原マネージャーがいます。彼も100万貸してくれました。時々、ヘルパーで手伝ってくれるロシア家の2人も、200万貸してくれました。土井君や土屋君も、それぞれ何百万か貸してくれました。と書くと
 
「よく貸してくれる友人がいたものだな」

と思われる方が、大半かもしれません。

 しかし、これには訳があったのです。私だって最初から友だちに借金するつもりなんて毛頭なかったのです。それが、どういう訳か、大勢の人たちから金を借りることになってしまったのは、ある一人の友人の融資の話があったからです。もう時効なので全部ばやしてもよいと判断し、北軽井沢ブルーベリーYGHをはじめた経緯を述べたいと思います。

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 私が友人から金を借りるきっかけを作ったのは、
 一人の高校教師が、私に
「金を貸す」
 と言って譲らなかったのが原因です。
 
 その人は障害者でした。そして、10年後に死ぬことを宣告され、その宣告から20年もたっていました。つまり、いつ死んでもおかしくなかった。そういう人に春が来た。婚約者が現れたのだった。彼は、必死になって金を貯めて、小さな家一軒を建てられるほどの貯金を蓄えたのだが、悲しいかな障害者。相手方の親御さんの反対に遭い、そうこうしているうちに愛も冷めてしまい、結局流れてしまった。私も間に立って復縁の工作をしたのだが無駄だった。
 
 彼は、やけくそのように私に対して
「お前に金を貸すから夢だった宿をやれ」
と言ってきた。

 しかし、借りるわけにはいかなかった。
 移植手術の費用を借りれるわけがない。
 しかし彼は強引だった。
 無理やり貸そうとした。
 どうみても自棄になってるように見えた。
 
 私は、仲間と相談して、自棄になってる彼を諫める方法を考えた。で、彼以外から金を借りることにした。必要な金は、2000万だったが、数百万あれば足りると嘘をつき、それを他の友人に借りてしまい、彼から借りずにすむように芝居をすることにした。で、友人たちで構成しているメーリングリストみたいなもので、借金の公募を行いました。
 
 すると、大勢の友人が融資を申し出て、
 たちまち二千万をはるかに越えてしまったのです。

 しかし、金を借りても返せなかったら意味がありません。いろいろと試算してみた結果、買ったばかりの中古ペンションを賃貸にだすと年間360万の家賃が入り、夫婦で一生懸命働いて毎月30万円の貯金をすると、さらに360万くらいの貯金がたまり、1年間で合計700万円の返済ができる。これなら3年くらいで全額返済できることがわかりましたので、友人から融資を受けることを決断できたのです。

 そういうわけで「お前に金を貸すから夢だった宿をやれ」と言ってきた障害のある友人からは1円も借りてません。自分のために移植手術に使って欲しかったので。しかし、彼は、移植手術はせずに、貯金を学費に使ってしまった。鍼灸の学校や指圧の学校に行ってしまった。いつ死ぬか分からぬ状態でありながら、あくまでも己の投資に資金を使ってしまった。そして、百名山にチャレンジし、マラソンにチャレンジし、庭いじりにチャレンジしている。そして北軽井沢ブルーベリーYGHの第1号の御客さまは、彼の紹介でお泊まりいただいた御客さまだったのです。

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つづく。

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