2010年09月30日

手打ちうどん「はるぼうず」

すずらん坂交差点にできた新しい店。
本格てうちうどんです。

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珈琲も飲み放題

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手打ちなので、麺はバラバラ。
大きさに違いがあります。

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薬味は、いくらでも食べ放題

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これがランチセット。

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けんちんうどん
おすすめです。
とても美味しい。

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量もたっぷり。
うどんのコシは、強め。
讃岐より強め。
しかも太麺。
群馬の田舎うどんです。

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つづく


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2010年09月29日

内山牧場

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神津牧場および、荒船山のちかくにあります。
http://www.shinkou-saku.or.jp/arafune/index.html
より拝借画像

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長野県佐久市内山352-1 TEL:0267-65-2021 FAX:0267-65-2022
管理・運営 佐久市振興公社

佐久高原大コスモス園は、標高1,200mに位置する内山牧場の中にあります。ふもとのコスモスに比べ若干遅めの例年9月下旬から10月上旬が見頃となります。早朝には、高原特有の朝もやがかかる事も多く、可憐なコスモスを一層際立たせます。3ヘクタールという広大な敷地一面に100万本のコスモスが広がる光景は圧巻。入園は無料。園内に設置された見晴台からは広大な敷地を一望できます。またコスモス園外周には、1周600mの遊歩道が整備されてます。

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つづく

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2010年09月28日

スエトシ牧場

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 神津牧場の近くに観光牧場のスエトシ牧場があります。ミニチュアホースやミニぶたなどの動物とふれあうことができますので、子供から大人までゆっくり遊ぶことができます。
http://www.bokujo.co.jp/

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乗馬体験
お客様を乗せた馬をスタッフが誘導し、場内を回ります。

1人乗り
1週・・・1,000円
2週・・・1,300円
3週・・・1,500円

親子乗り
1週・・・1,300円
2週・・・1,600円
3週・・・1,800円

お子様を乗せたポニーを保護者の方に引いていただき牧場内を自由に散歩できます。
ご利用料金・・・10分:2,000円、20分:3,000円、30分:4,000円


長野県佐久市志賀31 TEL.0267-68-5210 
信越道佐久ICより車で15分
騎乗料:外乗70分10,000円


つづく

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ラベル:スエトシ牧場
posted by マネージャー at 21:46| Comment(3) | 佐久 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月27日

神津牧場の魅力

ツアーでは、紹介しきれなかった
神津牧場の魅力を写真にしてみました。

晴れた日は、山に行ってしまうので、
曇ったときにしか神津牧場ツアーはでません。
でも、晴れた日こそが、神津牧場の魅力がわかるのです。

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これが入り口。
ポイント高いです。

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柵も白ペンキなのがいい。

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柵の中にも出入り自由。

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木陰で休んでると、
後から山羊が襲ってきます。

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かわいいジャージー牛だけしかいない。

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ヨーグルトも美味しい

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搾乳光景もみられました。

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子牛がかわいい!

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つづく

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2010年09月26日

浅間山 湯の平ツアー

浅間山 湯の平ツアー

浅間山と外輪山の間に、平野部があります。
それを湯の平と言います。
今回は、湯の平に降りて外輪山を一周しました。

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湯の平へ降ります。

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ここから湯の平です。

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巨大な火山弾。
湯の平には、巨大なものが無数にあります。

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Jバンドにあがります。

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Jバンド

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鋸山

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蛇骨岳

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黒斑山。

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つづく


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2010年09月25日

小林篤木彫展見学ツアー報告

小林篤(こばやし あつし)木彫展に行ってきました。

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富山県井波にて伝統木彫りの技術を修めた小林氏の木彫りは、
大変ユニーク。
不思議・おもしろ感覚を混合させて、
見てて楽しい木彫りでした。
ちなみに小林さんは、小諸の人です。

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1980〜86年 富山県井波町にて木彫を学ぶ
1991年    第8回「ハンズ大賞」ハンズマインド賞
         日府展・新人賞
1995年    第12回「ハンズ大賞」ハンズマインド賞
         第2回フォークアート・おおや・銅賞
1997年    NHK「おしゃれ工房」出演


木彫り展は、小諸の「はりこし亭」でやってます。

つづく


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2010年09月24日

はりこし亭グルメツアー

「はりこし亭」は伊東深水ゆかりの江戸時代の旧家を移築したお食事処です。
名前の由来は、島崎藤村の「千曲川のスケッチ」の中にあります。
「君はまだハリコシなどというものを食ったことがあるまい」という一節の
「はりこしまんじゅう」からつけられました。

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昼の時間
午前11:30?午後2:00
手打ち蕎麦、おはぎ、お煮かけうどん、季節の御前懐石など・・
夜の時間(完全予約制)
午後5:30?午後9:00(オーダーストップ午後8:30)
和風会席料理 \3,500より、他一品料理など
こだわりの日本酒
どんろく(新潟)、流水香ばし(木曽)、天領盃生酒(新潟)、
越の夕凪大吟醸(新潟)、特別限定酒、地元日本酒、焼酎、ワイン他多数

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これが初恋御膳
これで1500円
これに蕎麦が付きます。

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お品書き

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蕎麦も850円とやすくて美味しい。

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他にも、いろんなメニューがやすい。

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つづく

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ラベル:はりこし亭
posted by マネージャー at 11:47| Comment(4) | 小諸市 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月23日

コスモス街道

コスモス街道

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佐久市内山地区のコスモス街道は、72年に地元の老人クラブの方が苗を植え、毎年花を咲かせ続けたのが始まりです。佐久から群馬方向に国道254号線を走っていくと9kmに渡って両側にコスモスが咲く眺めを楽しむことができます。国道254号線は、東京都文京区を起点として川越(埼玉県)、藤岡(群馬県)、佐久(長野県)を経由して松本(長野県)に至る全長224kmの国道です。

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このコスモス畑には展望台があって、上からコスモスを眺めることもできます。コスモスの背が意外と高いので、畑の中の通路を歩いているとちょっとした迷路に迷い込むような感覚に陥りますね。

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つづく

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ラベル:コスモス街道
posted by マネージャー at 20:55| Comment(2) | 佐久 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月22日

神津牧場ツアー

神津牧場つあーです。
今回のメンバー。

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神津牧場は明治20年日本初の洋式牧場として誕生しました。

広い草地を生かした放牧利用を中心に自給飼料を活用して健康なジャージー牛を飼養している牧場です。また農林畜産業に必要な新しい技術の実証試験や家畜飼養や乳製品加工の研修生や実習生の受け入れ,畜産農家からの乳用牛の預託育成なども行っています。

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http://www.kouzubokujyo.or.jp/
〒370-2626 群馬県甘楽郡下仁田町大字南野牧250 
財団法人 神津牧場
TEL:0274-84-2363

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総面積およそ三百八十七haの広大な土地に、ジャージー牛約二百頭を飼養・育成し、春から秋までは搾乳牛の昼夜放牧を行うなど、土地や気候の条件に適応した山地酪農を実施しています。
また、ジャージー種の繁殖、搾乳、牛乳・乳製品の製造から販売までの一貫経営を行っています。


神津牧場は、明治二十年、神津邦太郎(長野県北佐久郡志賀村、現佐久市)によって開設されました。目的は、有畜農業の導入により農業の改革を進めること、乳肉食による日本人の体質改善を行うことにありました。そこで、群馬県甘楽郡西牧村物見官有地を借り受け、牛舎を設置して牧場を開設しました。そのために、日本で最初の洋式牧場といわれているのです。その後、いくつかの経営の変遷をたどり、昭和二十年四月、財団法人 神津牧場が買い受けて現在に至っています。

乳用牛としては、設立当初よりジャージー種を飼育し、日本ジャージー種とでもいうべきものをつくりあげてきました。また、ジャージー種の繁殖、搾乳から牛乳・乳製品の製造・加工・販売まで、一貫した経営を行っております。搾乳牛も、春から秋までは昼夜放牧を行うなど、土地の条件に適合した山地酪農を行っております。乳製品の中で「神津ジャージーバター(発酵バター)」は明治二十二年より製造され、その品質は広く人の認めるところであり、純良バターの製造は時に採算を度外視して伝統を絶やさぬよう努めています。

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アイスクリームは「ソフトとハード」を製造しています。特にソフトクリームは、牛乳の香りをそのまま生かした爽やかな甘味の自信作であり、来訪者の大半に御賞味いただいている人気製品です。
平成七年製造開始の「のむヨーグルト」は、とろみ感の濃厚な味わいで好評を得ています。ナチュラルチーズの製造も古くから行われていますが、現在はチェダーチーズとゴーダの二種類が商品化されています。チーズも独特の味わいがあり、愛用者に珍重されています。

製品のベースとなる牛乳は、一貫してジャージー種牛乳にこだわり続け、高蛋白・高脂肪の乳質がいずれの製品にもよく反映されています。「牛乳が美味しいからアイスクリームもチーズも、みんなおいしいんだね。」といわれております。牛乳はロッジでのコップ売りのほか、千cc入りのパック牛乳でも販売されています。

この牧場には、大正の終わり頃から、荒船山や物見山の風光明媚さと高山の爽やかさを求めて、ハイキングなどでたくさんのお客さんが訪れるようになりました。これをきっかけに、第二次世界大戦前から山荘を経営するようになり、来訪者の便宜を図るとともに、牛乳・乳製品の販売を行ってきました。その後、昭和四十三年に妙義・荒船・佐久高原国定公園に指定され、妙義・荒船林道の開通とともに、来訪者が増加の一途をたどるようになりましたので、昭和四十六年にロッジを開設し、今日に至っています。現在、檜造りのおちついた雰囲気の食堂、ベッドを主体とした宿泊施設、牧場産の牛肉を提供している鉄板焼コーナーなどの施設があります。最近では、宿泊施設を利用した一泊二日の牧場体験も行っています。また、宿泊者のみが利用できる牛乳風呂も昔から有名です。

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ラベル:神津牧場
posted by マネージャー at 22:02| Comment(2) | 横川・妙義山 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月21日

石尊山ハイキング

石尊山ハイキング

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2010年09月20日

赤滝ハイキング

石尊山へ向かう途中にあります。
赤い水が流れ落ちる高さ約9mの滝です。
鉄分を多く含んだ水が空気に触れて酸化するためです。
別名血の滝とも呼ばれています。


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今回のメンバー。

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滝の横には洞窟があり、二体の不動明王が祀られています。

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posted by マネージャー at 23:34| Comment(0) | 御代田町 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月19日

Jバンド

 Jバンドは、浅間山外輪山の一番はしにあります。群馬県の山岳会が、昭和26年に安全に賽の河原へ下りられるルートを開拓し、これを浅間山側から見たとき尾根とルートの組み合わせが「J」に見えるので「Jバンド」と命名されています。今回は、Jバンドにチャレンジ。

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これがJバンド

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つづく。

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ラベル:Jバンド
posted by マネージャー at 16:55| Comment(2) | 浅間山・黒斑山 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

鋸岳登山

鋸岳は、浅間山外輪山のはしにあります。
2254mの高さですから、けっこう標高があります。
群馬県側では、三つ尾根と呼んでいます。

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2004年噴火のクレーター後です。

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2004年噴火の時に火災があったところです。
後ろにケルンがみえますね。

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こんな所にドバトが!

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鋸岳山頂に到着。

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つづく。

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ラベル:鋸岳登山
posted by マネージャー at 16:35| Comment(4) | 浅間山・黒斑山 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

秋のシャクナゲ園

秋のシャクナゲ園に行ってきました。
2010年9月18日(土)のツアーです。
こんな天気でした。

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シャクナゲ園駐車場。

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展望台。

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コマクサが咲いています。

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つづく。

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posted by マネージャー at 16:22| Comment(0) | 浅間高原・シャクナゲ園 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月18日

佐久 浪速屋

佐久は、スイーツで有名な町です。
神戸、自由が丘と並び、日本三大ケーキのまちと呼ばれているくらい。

佐久は、日照時間が長く寒暖の差がある気候で育った上質な果物と、
豊かな佐久の自然に育まれた牛乳や卵などの素材に恵まれています。
またケーキ職人たちの腕もよく、
「信州佐久ケーキ職人の会」
なる団体まであります。

信州佐久 ケーキ職人の会
〒385-0051長野県佐久市中込2976-4
電話: 0267-62-2520/FAX :0267-62-3521
http://www.sakucci.or.jp/home/index.html


しかし、今回は、あえて和菓子。
それも鯛焼きに挑戦。

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今回は、泳げたいやき君のモデルとなった
浪花屋のタイヤキに挑戦。

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ここのタイヤキは、アンが美味しい。
皮は中の餡が透けるほど薄い。
でき立てはパリパリで、せんべいみたい!

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もちろん尻尾までアンコが入ってます。


つづく

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posted by マネージャー at 14:01| Comment(0) | 佐久 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月17日

荒船山

今回は、くれよんしんちゃんの作者が、謎の遭難にいたった荒船山にチャレンジ。

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http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8D%92%E8%88%B9%E5%B1%B1より借用

今回のメンバーです。

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軽いハイキングコースなのですが、ちょっと苦戦。
道は荒れていたようです。

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大のぞき。

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 ちなみに荒船山は、200mの大岩壁「艫岩」から舳先にあたる最高地点経塚山まで約1.5kmに渡る大山塊。内山峠から艫岩までの間の急峻な稜線を歩くスリル感、山頂部の静寂な雑木林をゆっくり歩くハイキング気分、また、古くからの山岳信仰にまつわる荒船不動尊などのの史跡巡りなど、色々な登り方が出来ます。


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つづく

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ラベル:荒船山
posted by マネージャー at 06:13| Comment(2) | 佐久 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

北軽井沢は寒いです!

北軽井沢は寒いです!
もう秋です。
特に朝晩は寒いです。

北軽井沢ブルーベリーYGHにお泊まりの御客様は、
長袖かフリースなどの防寒着を御用意ください。



つづく

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posted by マネージャー at 06:10| Comment(3) | 業務連絡 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月16日

今年の勝組の話

今年の勝組ペンション(ホテル)の話です。

今年は、暑かったので、北軽井沢のペンション・ホテルは、
どこも成績がよいと思っていたら、
どうも、そうではなかったらしい。

 良かったペンション・ホテルが3割
 悪かったペンション・ホテルが7割

くらいだったらしい。

「ええええええええええええええええええええええ!」

と驚いたのなんの。

 本当なら、これだけ暑くて、涼しい北軽井沢の宿が成績が悪いはずがない。
 
 なぜ?
 どうして?
 いったい何があった?
 
 と疑問でいっぱいでした。
 ちなみに北軽井沢ブルーベリーYGHは、そこそこ良かった。
 冷夏の去年より2割くらい御客様が多かった。

「どうして?」

と不思議に思っていたら、今日、スーパーで会った観光協会関係の人が言うには

「子ども手当よ」
「はあ?」
「ファミリーペンションはのきなみ集客してるって」
「なるほど」

 そういえば、うちは例年よりファミリーが多かった。
       花火も売れたし、ジュースも売れた。
       
 そういえば、カップル向けの宿が苦戦していた。
 そういえば、子供向けの宿が善戦していた。
 
 な る ほ ど!
 
 子ども手当おそるべし!
 
 猛暑と集客の関連性よりも、
 子ども手当と集客の関連性の方が多きかったとは....orz
 
 私たち宿主は、
 子ども手当を、すっかり舐めていたのかもしれない。
 観光協会は、子ども手当で、北軽井沢に行こう!
 と宣伝するべきだったのか?
 でも、いくらなんても、それはなあ。orz
 
 
 で、ここで結論。
 今年の勝ち組は、

「子ども手当をもらった人だ!」
 
 
 
つづく

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posted by マネージャー at 20:35| Comment(2) | 日記 2012以前 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

信綱寺(しんこうじ) シルマンウォーク

信綱寺(しんこうじ) シルマンウォーク

 真田幸隆の長男、真田信綱の墓があります。信綱の首は、家臣の白河兄弟の手によって真田に持ち帰られ、信綱寺に葬られました。今回は、墓には行ってませんが、この境内の裏山に墓はあります。

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 真田信綱は、武田信玄・武田勝頼の二代に仕え、『甲陽軍鑑』によれば永禄四年(一五六一年)の第四次川中島の戦いでは父・幸隆とともに妻女山攻撃の別働隊に加わっていたといいます。永禄六年(一五六三年)の岩櫃城攻略の前後から、幸隆は上野国吾妻郡での活動が主となっており、信濃の本願地は後継者である信綱が事実上支配していたと思われます。

 戦場では父・幸隆や弟の真田昌輝らとともに行動しており、幸隆とともに信濃国や上野国を転戦し、永禄十一年(一五六八年)には昌輝と兄弟で駿河国攻めの先鋒を担い、永禄十二年(一五六九年)の三増峠の戦いでは昌輝や内藤昌豊とともに殿軍を務めて戦功を挙げています。その後も主要な戦いには必ず名を連ね、主に先鋒として活躍しています。

 どうして先鋒なのか?
 最強軍団であったからという理由もありですが、
 謀略と情報収集能力を買われてのことだと思います。


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 天正二年(一五七四年)に幸隆が死去すると正式に真田家の家督を継ぎますが、一年後の天正三年五月二十一日(一五七五年七月九日)の長篠の戦いで弟の昌輝とともに戦死。享年三十九。信綱を討ったのは徳川方の渡辺政綱だといいますが、信綱の首は着用していた陣羽織に包まれて、家臣の白河兄弟が甲斐に持ち帰ったといい、この「血染めの陣羽織」は、上田市の信綱寺に収蔵されています。

 なお、信綱寺は、信綱の弟・昌幸が、位牌所として建立した寺で、この南には古城と呼ばれる尾根があります。ここは中世に真田氏が居館を構えていたと言われる由緒のある地です。


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あと、もう一つ残念なことがあります。
この寺には、暑さに負けて車で行ってしまったことです。
本来なら真田市街から古城跡の黒門を越えて寺に行った方が良かったのですね。

そうすると、この信綱寺が単なる寺でないことが分かるからです。
つまり城塞に建てられた寺であることがよくわかります。
イザとなったら城に早変わりするようになっているのです。
機動防御の拠点に使えるのです。

そして、黒門から寺に向かう参道に、ものすごい数のアジサイがあります。
6月から7月にかけて見事なアジサイが見られます。
そして次々と色を変えるアジサイこそは、真田軍団の本質をあらわしています。


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長野県上田市真田町長8100
TEL 0268-72-2204(上田市真田地域自治センター 産業観光課)
料金 境内自由


つづく

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posted by マネージャー at 16:53| Comment(0) | 真田 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月15日

真田氏館(御屋敷公園)

真田氏館(御屋敷公園)

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 天文十(1541)年、武田信虎(信玄の父親)、諏訪頼重、村上義清は連合して海野平に侵攻し、海野氏を攻めました。そして敗れた海野氏と真田幸隆は、嬬恋村の羽尾幸全を頼りました。そして真田幸隆は、武田信虎を追い出して甲斐国主となった武田晴信(信玄)に仕官します。

 真田幸隆は、武田家の家臣となるわけですが、
 その武田軍団も村上義清に全く敵わなかった。
 負けまくった。
 村上義清は、ものすごく強かった。
 武田軍は、ボロ負けしてしまった。

 そこに現れるのが真田幸隆です。武田軍が全く歯が立たなかった戸石城を、なんと独力で城を乗っ取り、村上義清を真田の地から追い出したのです。といっても戦って勝ったのではありません。謀略で追い出したのです。おそらく山伏のネットワークを使ったと思われます。別の言葉で言えば、忍者を使ったわけですね。

 真田氏館はこの頃から、幸隆が没する天正二(1574)年までの間に、平素の居館として構築されたと推定されます。あえて小さい平城にしたのは、山伏や忍者の出入りが簡単になるためかもしれません。真田一族は、武力よりも情報を重視していましたから。

 ちなみに、この時代の山伏は、医者でもあります。
 いろんな所に出入りできる身分であることも、
 情報を得やすい立場でもありました。

 幸隆の死後は信綱が跡を嗣ぎましたが、天正三(1575)年、長篠・設楽ヶ原の合戦で信綱・昌輝兄弟は織田信長・徳川家康連合軍に破れ、幸隆の三男(真田昌幸)が真田家を相続しました。天正十(1582)年三月に武田氏が滅亡し、昌幸は織田(滝川一益)、北条氏政、上杉景勝、徳川家康と四回主人を代えました。


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 天正十一(1583)年に真田昌幸が上田城を築城開始し、天正十三(1585)年に移りました。真田氏館は廃されましたが、現在敷地に建つ皇大神宮は、昌幸が居を移すにあたり、旧館敷地の荒廃を防ぐために勧進したものだと伝えられます。しかし、これは表向きでしょう。本当は・・・・・?


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posted by マネージャー at 18:21| Comment(4) | 真田 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

真田氏歴史館

真田氏歴史館

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 真田氏歴史館は、真田氏館跡にあります。真田氏館跡は、真田氏の上田城築城以前の居館といわれ、地元では「御屋敷」と呼んで親しまれています。中世豪族の居館の形態が、ほぼ完全な形で保存されており、真田氏一族の貴重な遺跡として昭和42年(1967)に長野券史跡の指定を受けていますが、ツツジの名所として知られています。

 と、書くと、歴史好きの方ならピンとくると思います。武田信玄の館も「躑躅ヶ崎館(つつじがさきやかた)」と言うんです。で、真田氏館とそっくりなんです。もちろん両方とも平城。簡単に落とされそうな城なのですが、その館を囲むように四方に山城がある。

 と、書くと本能寺で織田信長が不意打ちに殺されたように、真田氏も、大丈夫だったのか?と思いたくなりますが、おそらく大丈夫だったのでしょう。というのも真田氏は、山伏の大親分であった可能性が高いからです。四方に山伏の情報ネットワークがあり、敵が攻めてきたらすぐに法螺貝などで知らせることができた。また、あちこちに狼煙台があって情報伝達を行っていました。嬬恋村にも、桟敷山に狼煙台があったそうです。これによって敵が攻めてきたらすぐに山城に移動して、機動防御を行いました。

 機動防御とは、敵を出血させながら巧みに撤退しつつ
 敵が疲れてきたときに反撃する方法です。
 真田軍団は、いつもこの手で勝っています。

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真田氏歴史館

 武田二十四将として活躍した真田幸隆をはじめとする真田一族の歴史を古文書や武具等の豊富な資料で紹介しています。館内の展示は、年代に沿って配置されており、観覧していくうちに真田氏の活躍の様子をわかりやすく理解することができます。

http://www.city.ueda.nagano.jp/hp/sys/20091103000001128.html
http://www.city.ueda.nagano.jp/hp/sys/20090914111737918.html

【開館時間】 9:00〜16:00
【休館日】 火曜日
【料金】 一般200円(160円)・小中高100円(80円)
※カッコ内は25名以上の団体料金
【問合せ先】 TEL:0268-72-4344

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ラベル:真田氏歴史館
posted by マネージャー at 17:59| Comment(0) | 真田 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

十割手打そば処「福田」

十割手打そば処「福田」
: 0268-72-4422
E-mail : soba_fukuda@yahoo.co.jp  
URL : http://soba-fukuda.com/
営業時間午前11時〜午後7時 定休日毎週金曜日
〒386-2201 長野県上田市真田町長4197-1


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ここは、つなぎをつかわず そば粉と水だけで打った十割そばの店です。

いわゆる蕎麦通は、8割蕎麦が美味しいと言います。
ラーメンのようにこしがあるからです。
しかし、私は十割が好きなので、
蕎麦通たちとは、口論が絶えません。
ま、好みの問題でしょうね。
子供の頃から十割を食べてきた人間にとっては、十割がいいし、
二八を食べてきた人間にとっては、八割がいい。


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ところで、信州蕎麦ですが、
圧倒的に八割蕎麦が多い。
十割は皆無にちかい。
その中で、こういう店があるのは珍しいですね。

ちなみに北軽井沢ブルーベリーYGHでも蕎麦を出すことがあります。
乾麺のものを出す場合もあるし、
国産蕎麦粉をつかった生麺をだすこともある。
で、前者が十割で、後者が八割です。
美味しいのは、生麺の方ですが、
国産十割の生麺は高くて手が出せない。
で、蕎麦打ちセットを買ってきたのですが、
御客様に出せるようになるまでは、あと数年の修行が必要なようです。

今は蕎麦がきで手一杯。



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posted by マネージャー at 09:23| Comment(5) | 真田 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月14日

長谷寺(ちょうこくじ) シルマンウォーク

 長谷寺(ちょうこくじ)は、天文16年(1547)、真田幸隆が上州安中の長源寺から伝為晃運和尚を招き創建されました。場所は、山家神社から山に入ったところにあります。やはり山家神社一帯は、真田の本家のようですね。ここには、真田幸隆・真田昌幸の墓があります。


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 ここで、真田の系図について説明します。もともと真田氏は海野氏でした。海野氏の分家が、今の角間渓谷・角間温泉のあたりに土着したのが真田一族のご先祖様です。角間渓谷を西に行くと、山家神社で四阿山修験道の総本山です。東に行くと嬬恋村(角間山と湯の丸山)の鹿沢温泉です。

 で、角間温泉・角間渓谷に行ったことがある人は、わかると思いますが、すごく怪しいところです。まさに忍者と修験者の地というかんじなんです。いつか、ブログで紹介しますね。

 ちなみに真田氏は、もともと海野氏の分家なので、最初は海野を名乗っていました。ところが、武田信玄の父である、武田信虎によって天文10年(1541年)に滅ぼされてしまい、海野一族は嬬恋村の親戚のところに逃げます。その時に真田姓に変更し、真田幸隆となっているのです。この真田幸隆は、その後、父を追放した武田信玄の部下になり、信玄の部下として大活躍し、故郷を制圧して、その領土をもらいます。そして、長谷寺を創建して墓をつくるわけです。

 では、この真田幸隆が、武田軍団の中で、どれほどの活躍をしたかといいますと、おそらくナンバーワンの活躍だったようです。というのも、武田信玄が唯一、敵わなかった村上義清を滅ぼせたのは、真田幸隆の力が、あったからです。世間では、武田信玄といえば、上杉謙信をライバルに思う人が多いですが、武田信玄は上杉謙信に負けていません。互角の勝負を繰り返しています。

 ところが、その武田信玄が唯一、勝てなかった相手があります。村上義清です。村上義清こそは、最強軍団であり、武田信玄は何度も死にそうな目にあわされています。そして影武者が次々と犠牲になっていた。武田信玄の戦績は49勝2敗20分けとされていますが、このうちの2敗は、村上義清がつけたものです。しかも壊滅状態になるまでコテンパンにやられている。

 ところが、この村上義清を、アッという間にやっつけた男が真田幸隆です。真田幸隆は、戦いでは勝てないとみて謀略で村上勢の武将切り崩し、幸隆の謀略によって砥石城を奪いかえしました。そして最強軍団であった村上勢の武将たちが、真田の家臣となり、最強真田軍団ができてくるのです。


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石門の上部には六文銭。
このアーチは創建当時のもの。

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 長谷寺は寛保2年(1742)には土石流により土砂に埋まり、宝暦7年(1757)に火災、明治23年(1890)にも火災にあい、現在の本堂は昭和53年(1978)に再建されたものです。 場所は、上田市真田町長4646


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これが、真田幸隆・真田昌幸親子の墓です。
真田昌幸は、徳川軍を2回破った男です。
2回目は、関ヶ原の戦いの時で、3万8000の最強徳川軍を、
たった2000の兵で上田城で足止めした男です。


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つづく

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posted by マネージャー at 09:32| Comment(2) | 真田 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

山家神社 シルマンウォーク


 山家神社(やまがじんじゃ)は、真田の本拠地の中心にあります。
 この近くから嬬恋村に通じる2つの古道の交差点でもあるからです。

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 その古道とは、1つは四阿山鳥居峠に通じる道であり、そもそも四阿山は、山家神社の御神体でもありました。日本武尊も、ここを通ったと言われています。養老年間(717-724)に修験者「浄定」が加賀白山より勧請合祀し四阿山に山家神社の奥宮を建立したそうです。 この神社は、いまでこそ神社ですが、もともとは四阿山修験道の聖地でもありました。明治政府の神仏分離令によって修験道は弾圧されたために、山家神社は、神社となり、修験者はなりをひそめたと言います。

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 もうひとつの古道は、角間産と湯の丸山の間にある角間峠を通って嬬恋村に抜けるルートです。かっては、登山道として地図に記載されたルートでもありますが、現在は崖崩れのために通行止めとなっています。この角間ルートは、多くの忍者たちの修行の地でもあり、猿飛佐助も、この地で修行したといわれていますが、本当のところどうなんでしょう? 


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 山家神社には四阿山奥宮社殿の扉が残されています。
 そこには「大檀那幸綱並信綱」「永禄五年」(1562)の文字があります。
 初代真田幸綱と二代信綱が奥宮社殿を修復ているのです。

 つまり、この神社こそが真田の本拠地であったわけで、彼らは修験者の大親分であった可能性が高いのですね。で、嬬恋村の草分衆(開拓者)たちが真田系の修験者であったことを考えると、真田軍団は古くから山伏の大ネットワークを築いており、それらが忍者として活躍していた可能性があります。四阿山は、上州・信濃で深く信仰された修験のメッカにもなっていて山家神社はその里宮でありました。


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つづく

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ラベル:山家神社
posted by マネージャー at 07:35| Comment(0) | 真田 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月13日

突然ですが、明日、臨時休館にします。

突然ですが、明日、臨時休館にします。

理由は、キャンセルがあって奇跡的に予約がとぎれたからです。
前に、9月8日(水)にも休館を宣言しましたが、
実際には、1名受け入れていました。
断れなかったから、19時チェックインを条件に受け入れていました。
ですので、2ヶ月ぶりの本当の休館になります。

久しぶりに、食材の購入に佐久や軽井沢まで出かけます。
冷蔵庫・冷凍庫のストックがゼロだったので、ちょうどよかった。
御代田病院にいって、高血圧の薬ももらってこなければ。
血圧の薬が切れたまま、数週間。
病院に行けず、薬が切れて体調を崩したまま働きづめだったので、
やっと、医療の恩恵をうけられるのが嬉しい!

ちなみに今日は、12人のお客様。

つまり、今日までは、連日、御客様が絶えなかったわけです。
平日なのに満室ちかくまでうまることさえ多かった。
週末よりも平日の方が多いなんてこともありましたね。
ありがたいことです。

これは今年の夏が猛暑だったことが原因だと思われます。
というのも、明日以降、平日の御客様が減るからです。
そろそろ下界は、涼しくなったのではありませんか?

あと、他のユースホステルに平日に休館するところが多くなったのも原因の一つかもしれません。でも、明日以降、平日の御客様が減るから、やっぱり猛暑が原因かなあ。冷夏の去年は、こういうことは無かったからなあ。


あと、今年の夏の傾向として、リピーターが少なかった。
そのせいか、今年は新規の御客様が多かったのですが、
その新規の御客様が、リピーターとなって9月以降の平日に
予約をいれてくれたのも大きかったですね。
しかも、お友達や、家族をつれてきてくれる。

ほんとうに有り難いですね。


つづく

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posted by マネージャー at 13:58| Comment(3) | 業務連絡 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

シルマンウオーク 真田本城

シルマンウオーク 真田本城

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 真田本城は、戦国期に活躍する真田一族発祥の地である真田の郷にあります。真田の城作りは、特徴があります。水源のある小山に、稜線ごとに、いくつもの要塞をきずくやりかたです。で、分不相応に大きいのです。

 これは、真田軍団の戦法に原因があります。
 真田軍団の戦法は、機動防御なんです。
 つまり土地(城)に執着しない。

 有利な位置で戦って、自分は怪我することなく相手に大傷ををおわせ、さっさと撤退する方法です。だから分不相応に大きく、数も多い。そのかわりに豪華な石垣や立派な館が無いのが特徴です。この本城も、そういうタイプの城で、ふだんは少数の人しかいないのが普通で、平時は麓にある真田氏館にみんな住んでいました。と書くと武田信玄のスタイルを思い出しますが、まさにそのとおり。これは武田信玄を真似したのではなく、武田信玄が真田を真似したのですね。

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眼下が真田の平野。
この平野をはさんで、向こうの山にも城があります。
このへんは城だらけです。
城で平野をかこっている感じです。

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この多くの城で機動防御を行うのが真田軍団の得意な戦法です。

ここで機動防御について解説しておきます。

 機動防御とは、陣地の死守を行わない防御です。敵に攻めさせて撤退をし、ある程度出血させつつ退却していく防御方式です。第二次大戦中のドイツ軍の指揮官ロンメル将軍や、マインシュタイン将軍が得意とした戦法で、自分より強力な連合国軍を何度も破っています。

 真田軍団が、こういった機動防御を得意とした理由は、上杉謙信の軍団と何度も戦ったためでしょう。無敵武田軍団も、上杉謙信の軍団と正面から戦ったら負けます。だから機動防御するしかなかったのですね。逆に上杉謙信の軍団は、何度も武田軍団を破りながらも結果として、かれら武田軍団(=真田軍団)の侵攻を止めることができなかった。

 これは、越後勢が雪で動けないときに、さかんに侵略し、雪が溶けて上杉軍団が救援にやってきたときに機動防御する。そのようにしてジワジワと領土拡大を行ったのです。「人は城、人は石垣」という言葉は、機動防御の発想なんですね。

 これを極限まですすめたのが織田信長。わざと攻めやすい平城を作って相手を誘い込み平地での決戦を行う。武田軍団が西進したときにも、適当に戦って撤退しようとした。まさ機動防御を行おうとしたのですが、徳川家康がウンとは言わなかった。で、徳川家康が三方原の戦いを行って敗退するわけです。

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posted by マネージャー at 11:31| Comment(0) | 真田 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月12日

浅間高原パノラマライン

浅間高原パノラマライン

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posted by マネージャー at 23:09| Comment(2) | 嬬恋村 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月11日

“ガチョーン”谷啓さん突然の死、78歳

“ガチョーン”谷啓さん突然の死、78歳

http://www.yomiuri.co.jp/entertainment/news/20100911-OYT1T00475.htm

クレージーキャッツのメンバーとして映画「無責任」シリーズなどで活躍し、“ガチョーン”などの流行語も生みだした俳優の谷啓(たにけい)(本名・渡部泰雄(わたべやすお))さんが11日午前5時ごろ、入院先の杏林大学医学部付属病院で亡くなった。

 78歳。告別式などは未定。10日午後6時ごろ、東京都三鷹市内の自宅の階段でつまづき顔や頭を強打、同病院に運ばれていた。

 東京都出身。高校時代からトロンボーンを始め、ミュージシャンを目指して中央大学在学中の1953年、原信夫とシャープスアンドフラッツに入団。米国のコメディアン、ダニー・ケイをもじって芸名を“谷啓”とした。

 その後、フランキー堺とシティ・スリッカーズを経て、56年、ハナ肇や植木等らがいたコミック・バンドのクレージーキャッツに加入。2人に続く「第3のスター」として売り出された。

(2010年9月11日14時30分 読売新聞)





階段から落ちて死ぬなんて、コメディアンのような
それは見事な亡くなり方でした。
おかしい、
いや、惜しい人を亡くしてしまいました。




谷啓さんを偲んで

ヘンチョコリンなヘンテコリンな娘/小指ちゃん




愛してタムレ/図々しい奴



おらぁグズラだど



つづく

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posted by マネージャー at 22:52| Comment(0) | ニュース・時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ルオムカフェ

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ルオムの森のカフェです。
http://www.luomu-mori.com/
公式サイトによると

浅間高原の気候風土が育んだ旬な食材を最大限活取り入れたスローフードをお楽しみ頂けます。
北軽井沢ならではの「新鮮な牛乳」「朝どりの野菜」を昔からあるメニューや最近の食べ方など様々な方法でお届けします。新鮮牛乳は川嶋牧場、、朝採り野菜は清水農園からお届けする”安心安全”の地元食材は最高の贅沢です。

とのこと。


店内は、ウッディー調

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そして、こんな椅子もあります。

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私のおすすめは、浅間高原の蕎麦粉を使ったガレット。
蕎麦の風味がすばらしい。

そば粉のガレット・・・・・・・・・1,000円(ランチタイムのみの提供)

フランス北西部ブルターニュ地方発祥、そば粉を使用したお食事クレープ。古くから伝わるレシピを基に、信州のそば粉100%、良質のチーズ、群馬産の有塩バターで焼き上げた、素朴で味わいのある一皿。すべてのガレットに高原サラダ付。


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お店のお勧めは、ルオムカレー。
これはおいしかった。

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北軽井沢ブルーベリーYGHの御客様は、
私がカレー名人であることを御存知かと思いますが、
その私が食べても美味しいの太鼓判!

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値段はちょっと高めですが、
3日も煮込んだルーはこくがあります。

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野菜も清水農園の野菜なので新鮮です。
塩とオリーブオイルだけで美味しい!


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営業時間
ランチ:10:00〜14:00
ティータイム:14:00〜17:00
ラストオーダー16:00 
※季節により変更致します。


定休日:未定(夏季繁忙期無休)


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他のメニュー

サンドイッチ・・・・・・・・・・・900円

ドイツで定番のパン"プレッツェル"は、日本のスナック菓子とは違って、コッペパンのように細長い形で、もっちりとした食感。日本の白米のような、飽きのこないパンを、サイズも欧風にお届けします。※すべてのサンドイッチプレートに、高原サラダ付

クレープ・・・・・・・・・・・・・600円
フランスでは、そば粉で作る生地はお食事の"ガレット"、小麦粉で作る生地はデザートのクレープと決まっているようです。日本でもお馴染みのクレープは信州地粉を使用します。

ソフトクリームトッピング・・・・・200円
食事と一緒にご注文で100円

ドリンク・・・・・・・・・・・・・400円〜600円



つづく。

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posted by マネージャー at 11:51| Comment(4) | 北軽−グルメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月10日

ラ王CMの件 電通は反省しなさい

前に日清食品を責めた記事を書いてしまったので、
ちょっと可哀想になったので、
この記事をアップしておきます。
この記事によると

どうやら一番悪いのは電通ぽいですね。

電通は、日清食品を見習って反省してください。



http://hochi.yomiuri.co.jp/topics/news/20100910-OHT1T00051.htm

 日清によると、8月3日、槍ケ岳頂上で男性タレントが「ラ王」を食べるシーンを撮影。撮影前には、環境省の松本自然環境事務所が広告代理店に対し、夏山シーズンで混雑することを理由に撮影自粛を要請していたが、撮影はそのまま行われた。

 頂上付近での撮影では、スタッフらが約30分間にわたって、一般登山者に「撮影用のヘリが飛んでくるので登頂を控えてほしい」と足止めしたという。その後、撮影場所にいた登山者が朝日新聞に「山頂の私物化に憤りを覚える」「待たされたことで予定が変わってしまった」などと投書したことで、ネット上などで撮影方法への批判が集中した。

 日清には、電話などで約40件の苦情が殺到。同社は「広告代理店から自粛要請の話が伝わってこなかった。今後は撮影の詳細をチェックするなど再発防止に努めたい」としている。8日には、ホームページに「弊社商品のCM撮影に関するお詫び」と題し、一連の経緯を説明。CMを撮り直ししていることを明らかにした。

posted by マネージャー at 16:51| Comment(2) | ニュース・時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする