2010年12月29日

インターネットとユースホステル2

インターネットとユースホステル2

 ユースホステル新聞は、ただものではなかった。
 ユースホステル新聞は、毎月3回発行されていました。

 会員版・PR版・内報版

と、3回発行されていて、ユースホステル関係者は、PR版や、内報版も見るチャンスがあったのです。

 PR版には、ユースホステル業界のことや、新しく設置されたユースホステルについての情報が載っていました。内報版には、日本ユースホステル協会の状況や、ユースホステルの理念や、海外の情報や、トラブルの事例や、御客さんの生々しいクレームなどが掲載されていました。他所には見せることの出来ない関係者限定でみる極秘メモなんかもあったりしました。会長や理事長の講演の要旨なども載っていたりしました。

 これら3種類の新聞によって、私たちユースホステルマネージャーは、全国のユースホステル業界状況を逐一知ることができ、御客さんの口コミと合わせて大きな情報網をもっていたのです。しかし、残念なことにユースホステル新聞は、全て廃止になります。ユースホステル新聞への補助金が認められなくなってしまったからです。

 では、ユースホステル新聞の内報版とは、どういうものであったのか?
 それが『もの凄い新聞』だったのです。
 私は、過去の内報版を読む機会があったのですが、
 目から何度も鱗が落ちたものです。

 2000年以降に流行った最新のマーケッティング理論が、1970年頃にユースホステル新聞内報版に書かれてある。かってのユースホステル新聞は、信じられないほど中身が濃かったのです。昭和40年代に日本ユースホステル協会が、一人勝ちするのも無理ないな。これならありえると思ってしまう。それほどまでに内容のあるユースホステル新聞(内報版)を作っていた時期があった。内報版は、これを読める立場にあるか、無いかによって、あきらかに経営者としての差がつくたぐいの情報誌でした。

 しかし、当時のユースホステルマネージャーたちは、その内報版を真面目に読んでいたでしょうか?
 真面目に読んでいなかった可能性がある。
「へん、ふざけやがって」
「上は、何もわかっちゃいない」
「現場の苦労も知らないで」
と無視していたユースホステルマネージャーが多かったかもしれない。いや、それ以前に、書いてある内容に全く興味が持てなかったかも知れない。というのも、狭い誌面のために、書いてある内容の多くが簡潔すぎて不親切な文になっているからです。





 今回は、そんなユースホステル新聞内報版の一部を紹介してみましょう。

 1970年11月号の内報版です。
 見出しは、こうなっています。

 全国ユースホステル広報担当者会議。
 10月21日−23日甲府ユースホステル
 31都道府県から36名集めて開催

 ユースホステル運動の発展めざし広報活動の推進策を検討。全国ユースホステル協会広報担当者会議は10月21〜23日の二泊三日にわたり、山梨県甲府ユースホステルを会場に、31都道府県から36名の広報担当者を集めて開催された。(略)

 記事には、2泊3日のスケジュールが細かくかかれてあります。初日は、日本ユースホステル協会を創設した横山祐吉理事長の講義がありました。その講義の内容が、すごいのです。ユースホステル新聞には、要旨しか書いてありませんが、要旨であるのに中身が濃いのですね。ちょっと紹介してみましょう。



横山祐吉講義要旨

 ユースホステル運動のPRは、人間関係の結びつきのある会員仲間を対象として働きかける、すなわち「クチコミ」が最も効果的です。その一方で、難しいと言われるPRは、無関心な者を説得する方法です。PRにはこの二つの異った要素を考えて行われなければなりません。

 ユースホステルは若人の生活の場です。
 この生活に密着したPR活動でないと効果が上がらない、
 若人の人生観と離れてPRはありません。


 PRは人生であると考えてもいいです。

 PRすることによって青少年の生活を豊かにする。
 青少年の生活を変えていく。
 考え方を変えていく。
 よい環境を作っていく。
 それがPRの目的です。

 そのためにはPR担当者は、常に勉強し、想像力を豊かにしていくことが大切で、詩・文学・絵画・社会観など、あらゆる知識を身につけていなければなりません。その教養によって、はじめて、人の心をつかむ適切なPRができることになるのだと思います。(以下・略)





 どうして、横山祐吉氏は、このような事を言ったか?
 実は、彼の師匠である田澤義鋪・熊谷辰治郎・下村湖人の影響がある。
 田澤義鋪・熊谷辰治郎・下村湖人を知るものなら
 横山祐吉氏の意図はすぐにわかる。
 人間の徳をもって世の中を変えていこうというのが、3人の思想ですから。

 しかし、この講義を受けた広報関係者たちは「ぽかーん」と聞いていた可能性がある。「わけの分からんことを言うなあ」と思っていた可能性がある。というのも、横山祐吉氏は、自らの思想の背景を少しも説明したことがないひとだから。だから
「PRは人生であると考えてもいいです」
という彼の発言の意味が受講者に正確に伝わったかどうか疑問なのです。






 しかし、日本ユースホステル協会は、2日目に凄い講師を招待しています。
 博報堂のPR本部の次長・佐藤彰講師です。
 この佐藤彰講師が、PRとは何であるかを分かりやすく解説しています。
 講義要旨の一部を紹介しましょう。





佐藤講師の講演要旨

 PR(Public Relation)のことばは、一九世紀ごろアメリカから起こりました。その頃のアメリカは資本主義の爛熟期を迎え、企業の伸び悩みで、この批判、反省のなかから生まれました。それまでは企業内だけに目を向けていたものが、外部にも目を向ける必要に迫られていました。すなわち消費者の利益をも考え合わせることでPRが重視されるようになりました。

 PRは思想の革命ともいえるわけです。

 PR以前にプロパガンダということばがよく使われました。一八世紀ごろの西欧においてキリスト布教に河いられたことばで、その後戦争宣伝にも使われるようになり、歴史的背景によって、そのことばの意味するところもちがってきました。プロパガンダは、宣伝者の意図するところに相手を導くことが目的で、その手段のためには、誇張・欺瞞(ぎまん)・虚偽の介入も止むを得ないものとされていました。

(著者注−プロパガンダを翻訳すると『宣伝』になる。宣伝とはプロパガンダのことである)

 しかし、プロパガンダに対しPRは
 企業の自己修正のため生まれた宣伝方法
 ですので、
 相手側の利益を度外視することは許されていません。

 とかく一般には、このプロパガンダとPRを混同して使われ勝ちですが、
 その意義は全くちがっていることを理解してほしいのです。

 コミュニケーションの様式からみた場合、従来の宣伝は一方的でしたが、
 PRは二方向的であるといえます。(以下・略)





 佐藤講師は、このあとPRの方法論を説明していますが、
 方法論については、すでに前日に横山祐吉氏が答えをだしています。

「PRは人生であると考えてもいいです(横山祐吉談)」

 つまり、ユースホステル運動とは、自らの人生をもって
 青少年の生活を豊かにする。
 青少年の生活を変えていく。
 考え方を変えていく。
 よい環境を作っていく。
 それがユースホステル運動の目的であると!

 博報堂の佐藤講師は、
「PRとは、企業の自己修正のため生まれた宣伝方法である」
と言いました。

 ならばユースホステル関係者による自己修正とは何であったのか?



つづく。

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posted by マネージャー at 23:04| Comment(0) | TrackBack(0) | ユースホステルの話題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする