2011年02月06日

満天山に行ってきました。

満天山に行ってきました。
初心者が多い日は、ここをスノーシューコースにするための下見です。

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一度、夏山ハイキングで企画したのですが、
参加者がいなくて潰れています。

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北軽井沢ブルーベリーYGHがオープンした頃に
ナイトハイクしたことがあって、
その時は星空が凄かった。
しかし、あれから10年。
樹が大きくなっていて、見晴らしが悪くなっていますね。

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つづく

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posted by マネージャー at 19:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 北軽−鼻曲山・満天山 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

連休にキャンセルでました。

2月の連休にキャンセルでました。
まだ御予定のない方は、御検討ください。

2月11日2名
2月13日3名


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あと、表万座スキー場のチケットを3枚もらいましたので、
お泊まりの御客様に先着順でプレゼントします。
欲しい方は、申し出てください。
(あくまでもお泊まりの御客様に限ります)


つづく

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posted by マネージャー at 17:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 業務連絡 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月05日

ル・ポミエ (Le Pommier)

ル・ポミエ (Le Pommier)

嫁さんが誕生日だったので佐久の中でも最も評判の高い
ル・ポミエ (Le Pommier)に行ってきました。美味しかった!

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よくも悪くも佐久らしいケーキ屋さん。
実家が、果物農家なので、最高のフルーツを使われています。
味は、大人味。
洋酒も多少多め。
甘さ控えめです。
あっさりしたクリームが好きな方には好評のお店です。
席数は少ないけれど喫茶スペースもあります。

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〒385-0022 長野県佐久市岩村田1356−3
TEL 0267-67-0797
住所 長野県佐久市岩村田1356-3
営業時間 9:30〜19:30
定休日 火曜日・第3月曜日


これは、サクサク(佐久佐久)シュークリーム!
私が一番にお奨めしたい一品。
サクサクしていて、本当に美味しい。
クリームは少なめで、大人の味。
甘党には甘さが物足りないかも。

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この饅頭みたいなケーキも酸味がきいていて美味しい。

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フルーツの美味しさを引き出している。
この店のスイーツは、
ケーキがメインなのか
フルーツがメインなのか、
分からないくらいにフルーツが自己主張しています。
だから旬の時期にあわせて食べに行くみせですね。


このケーキも美味しかった。
やはりフルーツの味をひきだしている。

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それにしても不思議な洋菓子店です。
佐久らしいと言えば、佐久らしいのですが。

つづく

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posted by マネージャー at 18:51| Comment(4) | TrackBack(0) | 佐久 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月04日

ユースホステルは甦るのか?21

ユースホステルは甦るのか?21

 この鈴木重郎の洞察は、正論すぎる。
 天才的な推察としか言いようがない。
 さすが横山祐吉のライバルであっただけのことはある。

 しかし、彼の正論によって、日本ユースホステル運動は政治的な活動に足を突っこんでしまったかもしれない。日本青年団協議会のように。


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 横山祐吉が働いた日本青年館は、田澤義鋪が作ったようなものでした。つまり田澤義鋪こそは、青年団の父親みたいなものでした。で、田澤義鋪は徹底した自由主義者だった。青年たちに愛情をそそぎながらも彼らには自助論の精神で接しました。社会を改革するのではなく、おのれ自身の向上を説いたのです。つまり骨の髄から自由主義者だった。

 そういうことろに熊谷辰治郎や横山祐吉が弟子入りした。
 当然のことながら2人とも自由主義者になります。
 何度も憲兵に連行されるくらいですからバリバリの自由主義者です。

 ところが、バリバリの自由主義者になってしまうと、その自由主義の原理によって、国家社会主義の本まで作ってしまうことになる。自由主義というのは、言論の自由を認める主義ですから、自由主義の敵であってもその言論を封印することはない。だから青年団が欲しいと言ってくれば、たとえ自分の信念とは違う本でも出版してしまう。熊谷辰治郎も横山祐吉も、そういうことをやっていました。

 ところが田澤義鋪が、そういう行動を怒ったわけです。
 で、熊谷辰治郎と横山祐吉は驚いた。

 この二人の弟子たちは、自由主義者であるはずの田澤義鋪に怒られて目を白黒させたわけです。自由主義者のしせに国家社会主義の思想の入った本を出版してはならん怒り出す。これじゃ自由主義者の原則にはずれているではないかと。本物の自由主義者なら自分と違う意見も認めるはずでしょ? 田澤義鋪先生は、ちょっと矛盾しておるぞと。そのように思ったわけです。


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 しかし、それから何年もたたないうちに日本から自由な言論が無くなってしまった。田澤義鋪も日本青年館から追いだされ、次郎物語の下村湖人も青年団研修所を追放されてしまった。気がついたら日本青年館には、バリバリの国家社会主義たちが占拠していて、ヒトラーユーゲントを歓迎する準備をしていた。そして初めて横山祐吉は、
「ああ、こういうことだったのか」
と思ったわけです。田澤義鋪先生は、これを防ぎたかったんだと。

 横山祐吉は、こういう体験を戦後にもしています。

 GHQが潰そうと考えていた日本青年館を守り、日本青年団の復興のためにがんばり、日本青年団協議会をたちあげて事務局長までやったにもかかわらず、青年団の政治的な活動の中でしだいに干されていくのです。仕事が無くなるのです。その時も、こう思ったはずです。ああ、こういうことだったのか。田澤義鋪先生は、これを防ぎたかったんだと。

 この2つの体験によって横山祐吉は、脱イデオロギーをめざすなら
 権力を使ってでも、専制君主になってでも、
 たとえ正論でなくても、
 筋が通って無くても、
 日本ユースホステル協会をイデオロギーから守りたかった。


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 だからライバル関係にあった静岡県ユースホステル協会の鈴木重郎氏が、
 どんな正論でもって議論をしかけても横山祐吉は微動だにしなかった。
 正論が、良い結果をもたらすとは思ってなかったのでしょうね。


 ちなみに横山祐吉の師匠である熊谷辰治郎は、
 戦後の日本青年団に正論で戦いをしかけました。
 日本青年連盟なる別組織を作りました。
 だから日本青年団協議会のメンバーの一人は熊谷辰治郎に殺意を覚えたとまで言っています。

 しかし、横山祐吉は、中山正男氏と相談して違う方法を撰びます。
 日本青年団協議会と揉めません。
 結論を言うと円満退職します。

 横山祐吉は中山正男氏に相談すると、
「だったら日本ユースホステル協会の事務局にこい」
と言います。

 しかし、日本ユースホステル協会には金がない。横山祐吉に払う人件費が無い。3人の子供が大学に行ってるので横山祐吉は無給では働けない。ただ、日本青年団協議会の方もできれば横山祐吉氏を追い出したかった。

 で、中山正男氏は、日本青年団協議会と繋がりのある静岡県ユースホステル協会の鈴木重郎氏と一緒に、東洋醸造所(静岡県)に出かけていった。中山正男氏にしてみれば、横山祐吉を日本ユースホステル協会の戦力にしたいし、日本青年団協議会にしてみれば、うるさい爺さんには消えて欲しい。で、鈴木重郎氏と中山正男氏の利害が一致して東洋醸造所(静岡県)に出かけていった。そして

「日本ユースホステル協会で横山祐吉氏を使いたいので毎月いくらかの金をくれませんか」

と御願いしました。


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 そして毎月5万円(当時としては大金)の援助をしてもらえるようになった。
 名古屋市内の会社で、高卒初任給8200円の時代の5万円でした。
 その御礼に東洋醸造所の社長が、日本ユースホステル協会の2代目会長になったわけです。
 ある意味で横山祐吉にとって、中山正男氏と鈴木重郎氏は恩人でもあった。
 で、横山祐吉は恩は決して忘れないタイプの人間でもあったようです。


つづく

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posted by マネージャー at 23:52| Comment(0) | TrackBack(0) | ユースホステルの話題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ブレイクダンスの世界大会で、回転忍者が、凄すぎる件

ブレイクダンスの世界大会で、回転忍者が、凄すぎる件

おしくも優勝は逃しましたが、
回転忍者の最後のダンス
「涼宮あつき」のダンスはですね!
秘技ピサの斜塔には脱帽!
アメリカの観客総立ちで盛り上がっています。

残念ながら敗れましたけれど、
その判定に会場のアメリカ人がブーイング。
アメリカの観客は、みんな回転忍者の味方でした。
そのくらい観客を魅了したということか!






回転忍者のもう一人のスーパーヒーローは、りゅういちさんという人らしい。
体操のオリンピック選手なみの技術です。








これは回転忍者どうしのバトル。
涼宮あつきVSりゅういちの戦い。




ちなみに涼宮あつきは、バリバリのオタク。
秋葉原で覆面で踊っていたという噂もある。


もうすぐ50歳だけれど、ブレークダンスやりてー!


つづく

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2011年02月03日

ユースホステルは甦るのか?20

ユースホステルは甦るのか?20

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 日本ユースホステル協会を創設した中山正男氏は、大きなことをやることが好きでした。大風呂敷を広げることが大好きだった。で、日本ユースホステル協会を巨大化させることに全力をつくしました。彼の目標は、日本ユースホステル運動を大きくして派手な活動を行って世間を驚かせる。大雑把に言えば、これにつきたと思います。彼の本質は無思想であり、あるのは浪花節と人情のみ。親子愛のみ。戦後、政治も思想も教育も何もかもが変わった中で、普遍だったのが馬喰一代の親子愛だった。その親子愛の延長が彼にとってのユースホステル運動だった気がします。

 これに対して横山祐吉氏には、明確なグランドデザインがあった。しかし、それを中山正男氏に訴えた形跡は無い。いや、訴えなくてもよかった。中山正男氏は、そういう細かいことには口出ししなかった。横山祐吉氏に全部任せていた。ただ、大法螺を吹いてその実行を命令するのが中山正男氏の癖で、その大法螺は、必ず実現されてしまった。そのために日本ユースホステル協会は、わずか二十年で、日本最大クラスの財団法人にまで発展しました。


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 横山祐吉氏は、そういう発展の中で着々と自分の計画(グランドデザイン)をすすめていった。計画(グランドデザイン)とは、ユースホステル協会を目的をもたない団体にする。つまり脱イデオロギーな団体にすることです。目的は、個人個人にまかせてしまおうというのが横山祐吉氏の考えです。つまり会員には『自助の精神』を持たせるのが横山祐吉氏の考えです。

 それに反抗したのが、静岡県ユースホステル協会の会長である鈴木重郎氏です。
 彼は、それではまずいと言った。
 ユースホステル協会としての目的を持つべきだと言った。
 そして自助の精神よりも社会を改革していくことが大切であると述べました。
 鈴木重郎氏と横山祐吉氏は、思想の上で真っ向から対立していました。

 ところが、思想上、対立はしていても、
 横山祐吉氏が反論した形跡は無い。

 横山祐吉氏は、鈴木重郎氏の言論を塞いでない。自由に言わせている。そして、静岡県協会の活動も自由にやらせている。鈴木重郎氏を日本ユースホステル協会の理事として迎えている。ただし、本部の人事には口出しさせてないし、本部では横山祐吉氏の権力は強かった。そのうえで鈴木重郎氏を役員として丁重に迎えている。このへんが面白いところです。


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 ちなみに鈴木重郎氏は、日本青年団協議会の初代事務局長です。横山祐吉氏は、2代目事務局長です。そして初期の頃からユースホステル運動に関わってきた人であり、古いつきあいをもっています。しかし、お互いは決して仲がよいとは言えなかった。鈴木重郎氏は、社会党の人で左寄りだったということもあります。日本青年団協議会時代には、文部省に喧嘩を売り日本青年団の思想をリードした人でもあります。

 ところが横山祐吉氏は、そういった『特定の思想』が嫌いだった。だから鈴木重郎氏が何度も
「ユースホステル運動の指針を示せ」
「ユースホステル協会は長期計画をたてろ」
「総括をしろ」
と言ったにもかかわらず無視を続けた。

 さらに鈴木重郎氏は、いろんな事を言っている。理事会の発言でも、凄いことを言っている。そして、彼の発言の全てが正論づくめなのです。会員の役員の選挙権を認めろとか、でなければ、どういう趣旨で活動しているか明確に示せとか、今から思えば正論過ぎるくらいに正論を言っている。

 もし、ユースホステル協会のやっていることが青少年運動だとしたら趣旨が分からなければ詐欺ですよね。どんな趣旨か分からないNPOに金は出せない。逆に趣旨が明快でないならば、それはサークルと同じだから会員に選挙権がなければおかしい。そうじゃなくて、趣旨が曖昧で、会員に選挙権が無いとしたら、ユースホステルの会費は、どういう性質なものになってしまうだろうか?

 運動に対する寄付でもなく、
 サークルに対する会費でもない。
「じゃあ何だ?」
 と問われると答えは一つしかない。

 利用権。

 しかし、会費が利用権ならば、公営ユースホステルが全国に網羅されたら誰も払わなくなる。公営ユースホステルが網羅されないとしても、類似施設(つまり民宿やゲストハウスなど)の誕生で誰も払わなくなる。そうなると類似施設によって既存のユースホステルは、滅びるぞと鈴木重郎氏は、昭和五十二年頃に叫んでいた。

 この鈴木重郎氏の洞察は、正論すぎる。
 天才的な推察としか言いようがない。
 さすが横山祐吉氏のライバルであっただけのことはある。

 しかし、鈴木重郎氏が叫んだ頃は、中山正男氏も横山祐吉氏は墓の中でした。この鈴木重郎氏は、いつも正論を述べる。この正論だけで日本のユースホステル運動が、ここまで大きくなったかというと、そういう事は無いと思う。また彼の正論によって、日本ユースホステル運動は政治的な活動に足を突っこんでしまったかもしれない。日本青年団協議会のように。当時の若者というのは、無茶苦茶に暴走しましたから政治的な団体活動をするようになってしまったかもしれない。だから横山祐吉氏は、脱イデオロギー化をめざした。そのへんの事情は私にもよくわかる。


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 しかし、横山祐吉氏は「脱イデオロギー化をめざした」とは言わなかった。いつも禅問答で、のらりくらりと逃げた。自分の思想さえも無臭化してしまい、横山祐吉氏が何を考えているのか? 近い人にさえ誰も分からないという状態のまま放置し、墓の中に入ってしまった。残された日本ユースホステル協会の職員にしてみれば、いい迷惑だったかもしれない。


つづく

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2011年02月02日

フレンチレストラン『フィガロ・クラシクゥ』に行ってきました。

フレンチレストラン『フィガロ・クラシクゥ』に行ってきました。
この店は、2009年にオープンした新しい店。
親子でやっています。

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店は新しいですが、前は前橋で
30年間やってたフレンチシェフなので
腕はいいと聞いていました。
本当なのか調査してきました。

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場所は、浅間牧場のちかくにあります。
国道146号線の軽井沢よりです。

群馬県吾妻郡長野原町大字北軽井沢1990-3280
TEL 0279-84-6553


フレンチだから値段が高いのかなと思いきや、
超リーズナブルでびっくり。
もちろんコース料理もあって、3800円から。

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店内の感じ

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ランチは1000円と1500円があります。
1000円のポークソティーと
1500円の三陸海岸の牡蠣フライぉたのみました。
ランチは、数種類から選べます。


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牡蠣フライは大きいのでびっくり。
そして3つのサイズがバラバラ。
冷凍でないことは、これでわかります。

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ポークも分厚く大きかった。
そして柔らかい。
叩いて柔らかくしてあるのではない。
肉そのものが上質。

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デザートつきでした。
これで、この値段なら安い。

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あと感心したのが、接客のしっかりしているところ。
値段も安いし、ツアー帰りのランチ(15時まで)に使える店ですね。
この店は、御客様におすすめできます。

つづく


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2011年02月01日

ユースホステルは甦るのか?19

ユースホステルは甦るのか?19

 初期の頃の日本ユースホステル協会というか、中山正男氏は、大きな風呂敷を拡げるのが好きだったようです。公営ユースホステルを飲み込んだのもそのためだったようです。利用者の便宜をはかるためでもあったでしょうが、公営ユースホステルの有る無しでは、統計が違ってくるのです。年間の総宿泊利用者数が違ってくる。

 中山正男氏は、何でも一番が好きだったので、利用者の数、会員の数、ユースホステルの数が多いのが好きだった。で、公営ユースホステルを飲み込むなどの努力の結果、世界で2番目のユースホステル大国になったわけです。一番は、ユースホステル発祥の地であるドイツです。ドイツは、国ぐるみでユースホステル運動に力を入れているので1番。そして2番目が日本です。

 ここで重要なことは、1番と2番が第二次大戦の敗戦国だったという事実です。
 しかも2番が有色人種の国だった。





 ユースホステルの発祥はドイツであると言っても、ドイツは第二次大戦以降、しばらくは国際ユースホステル連盟に加入もさせてもらえませんでした。連盟の本部は、イギリスにあるのです。ドイツは、ヒトラーの時代に国際ユースホステル連盟を脱退しています。そのドイツが1番になった。国際ユースホステル連盟の会長もドイツ人が就任した。そして日本が2番になった。国際ユースホステル連盟の副会長に横山祐吉氏が就任した。

 これは、当時の状況から考えると凄いことなのです。

 これは、今の若い人には分かりにくいことかもしれませんが、第二次大戦も人種差別は凄かったのです。うちの嫁さんは、1972年生まれですが、その1年前までアメリカでは黒人に選挙権は無かった。横山祐吉氏が戦後の青少年運動指導者としてアメリカ視察に行ったとき、黒人のレストランに入ったわけですが、ものすごい大歓迎された。
「どうしてだろう?」
と不思議に思っていると、店のオープン以来はじめて黒人以外の人間が入店したからです。そのぐらいに世界中の人種差別は凄かった。

 東京オリンピックのときなど、はじめて大半の選手が閉会式まで帰らなかった。これはオリンピック史上初のことで閉会式には、世界中の選手が喜びながら入場してきた。日本のオリンピック関係者たちは「何故だろう?」と不思議に思って選手たちに聞いてみたら、彼らはこう答えました。

「日本人は有色人種の俺たちと、なんの偏見もなく握手してくれる」

 スポーツの世界でも、このくらい人種的な偏見は強かった。





 そんな中で、ましてや敗戦国の日本は、ものすごく肩身が狭かった。
 敗戦国というだけで世界中からバッシングされた。
 たとえば、戦後間初のオリンピックには敗戦国には参加資格を与えられなかった。
 ブリュッセルの南極観測の会議では
「なぜ日本がここに いるんだ。敗戦国日本には国際舞台に上がる資格はない」
と非難されました。

 それに反発した日本が南極観測参加に申し込んだとき、日本に割り当てられた観測場所は、南極東部のプリンス ハラルド海岸というアメリカ・イギリスなどの戦勝国が、7回も上陸を試みて失敗している場所を日本に押しつけてきた。アメリカ海軍の報告書には、接岸不可能と記されていた場所でした。よーするに、そういう嫌がらせさせられたわけです。しかし、その絶対に上陸不可能と言われたところに第一次越冬隊は上陸して、世界中を驚愕させる観測データーを持ち帰った。日本は、こういう差別と戦っていた。





 もちろんドイツも敗戦国だった。
 しかし彼らは人種差別されることはなかった。
 そういう世の中で生きてきたのが中山正男氏であり横山祐吉氏だった。
 これがわかってないと中山正男氏が大風呂敷を拡げる理由がわからないかもしれない。

 中山正男氏には、ユースホステル運動をもって世界に日本の国威を示そうという気概があった。横山祐吉氏に、それがあったかは定かではない。しかし、あったと思う。で、何をしたかというと、日本でユースホステルの国際会議を開いた。飛行機をチャーターしてホステラーをじゃんじゃん海外に送り込んだ。そして大儲けして、その資金を国際ユースホステル連盟に対するロビー活動に使った(のではないかと言われている)。


 そして、横山祐吉氏らは国際舞台で大活躍をするのです。しかし、どんな活躍をしたのかが、今ひとつ分かっていません。しかし、大活躍したことは間違いない。というのもドイツユースホステル協会が、横山祐吉氏を特別扱いしているからです。横山祐吉氏の墓が、リヒャルト・シルマンの墓の隣にあるからです。

 これは、ものすごいことであり、この事実を現在のドイツユースホステル協会の関係者の大半が、知っています。ウィルヘルム・ミュンカー(ドイツユースホステル協会の産みの親)の墓が何処にあるのか知らないドイツユースホステル協会の人も、横山祐吉氏の墓がリヒャルト・シルマンの墓の隣にあることは知っている。そういう人に私は何人も出会っています。つまり、そのくらい横山祐吉氏は、ドイツで知られている。


ウィルヘルム・ミュンカーの墓
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リヒャルト・シルマンの墓
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横山祐吉の墓
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つづく

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高峰山スノーシュー

高峰山スノーシュー
今回のメンバーです。

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小さなキツツキ、コゲラを発見。

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頂上です。

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つづく

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