阪神大震災の震災マニュアル紹介13
(取扱い注意−これは平成7年に発行されたもので、現在では中身が古くなっています)
第13章・御役人と政治家
話は変りますが、この震災マニュアルは、旅人の視点で書かれてあります。ですから、学者・政治家・ジャーナリストなどの視点の震災マニュアルとは、ちょっと違ってきます。そのへんを充分に考えたうえで、読んで下さい。
★御役人と政治家
では、問題です。
御役人と政治家の違いを述べよ。
あなたは答えられますか?
御役人とは、法律に基づいて行政を行なう人のことを言います。政治家とは、法律を作る人のことを言います。社会を改革するのが政治家ならば、政治家が決めた法律で、社会を運営していくのが御役人です。
今度の阪神大震災では、御役人の御役所仕事が、かなり批判の的にされましたが、ほんらい御役所とは、御役所仕事をするから御役所と言われているます。どだい役人というものは、融通がきかないものであり、情け容赦がないものです。
これは、高度な法治国家になれば、なるほど情け容赦がなくなります。まるでコンピューターのように情け容赦がありません。法律の通りに動く。これが法治国家における役人の役割なのです。でも、これは決して悪いことではありません。海外旅行をすればわかりますが、これが逆だったら、えらいことになります。法律に忠実でない役人が、どれほど酷いものかは、実際に体験してみればわかります。
世界中を旅してきた旅人にとって、その国が法治国家であるか、法治国家でないかによって、ぜんぜん緊張感がちがってきます。
法治国家でない国。
つまり御役人が、規則通りに動いてくれない国の目茶苦茶ぶりといったら、それはもう酷いものです。中国などの社会主義国に行けばわかりますが、かの国の御役人を動かすものは法律ではなく賄賂とコネだけです。そういう実情を見てしまっている私たち旅人の感覚でものを言わせていただくと、御役人の御役所仕事は、決して悪いことではないという気がしてなりません。
とは言っても、大震災の時に御役人に、御役所仕事をされては、たまったものではありませんよね。スイスからの救助犬の検疫に時間がかかったり、各国の救援の申し出を断わったり、手続上の問題で外国から来たボランティアのレスキュー隊を断わってしまったり、手続上の問題で、外国人の医療行為や、薬の援助を断わってしまったり・・・。御役人の御役所仕事のおかげで、いったい何人の人を殺してしまったのだろうか?
それを思うと腹立たしい思いを抑えることは難しいです。いったい、どうすれば、御役人たちの御役所仕事をストップできたのでしょうか?
答えは簡単です。
政治家が、御役所仕事をストップさせる法律を作ればよかったのです。具体的に言えば、兵庫県知事、または内閣総理大臣の名において、全ての御役人に対して、救援活動のさまたげとなる御役所仕事をストップするように、指示すればよかったのです。そして、その責任は、内閣総理大臣または兵庫県知事がとると宣言すればよかったのです。
御役所仕事というものは、平事を前提に動いています。法律の大部分も、そうです。富士山が大爆発することを前提に法律は作らないものです。日本列島が沈没することを前提に法律は、作らないわけです。
こういう法律は、有事(緊急時)には役にたたない事が多いものです。津波が押し寄せてきているのに、『赤信号だから信号無視して逃げてはいけない』なんて事はありません。物には優先順位というものがあるからです。信号を守る事よりも、信号無視する事が優先する事があるわけです。
しかし、
あくまでも信号を守り続けるのが、御役人であり、御役所仕事であるわけです。どんな有事(緊急時)でも原則を崩さないのが、御役人というものです。御役人は前例と条令と法律に忠実であっても、与えられた状況にあわせて行動することは、できないものです。
これは、私たちには批判できないことですよ。公務員という仕事の魅力は、『安定』だと思います。安定と保障と年金を求めて公務員になる人は多いと思います。それを、独自の判断で法律を無視し、後々の問題となるかもしれないような行動をとれというのは、無茶です。長年にわたって積み上げてきた、キャリアと退職金を賭けてまで、被災者のために行動しろと言うのは、ちょっと無理なんではないでしょうか。
そういうことを言ってる人間が、現実にそれをできないでいるのですから、無いものねだりは、やめたほうがいいですね。それより、御役人・公務員・御役人たちが、無理せずに被災者のために動けるように、政治家がバックアップしてあげた方が、よかったのではないでしょうか? 政治家という人たちは、こういう時に活躍するべきなのではなかったでしょうか?
そういう意味で政治家は、失敗をしていると思います。御役所仕事のために、助かるべき人が助からなかったのは、必ずしも御役人のせいではなかったような気がします。法律でがんじからめになっている御役人を解放できなかった、政治家の失敗だったような気がします。
★ある国会議員の報告
高見裕一という神戸選出の国会議員が、たまたま被災地で被災しました。彼は、ひっきりなしに携帯電話で東京に連絡し、「非常事態宣言」と「自衛隊の出動」を訴えたのですが、首相官邸は動きませんでした。正式な連絡が入ってないと言うのです。
信じられない事ですが、内閣は何もしませんでした。1日たっても、2日たっても何もしませんでした。やったことは、世界各国の支援をかたっぱしから断り続け、マスコミに「万全の対策を講じる」と言い続け、何もしませんでした。
もちろん各行政団体は、その権限に応じて動いていましたが、内閣は何もしなかった。緊急災害対策本部さえ作ろうとしなかった。
★自衛隊の警告を無視した行政
また、陸上自衛隊では阪神大震災を予測し、『大震災地誌・京阪神編』というものを発行していましたが、兵庫県と神戸市は、全く読んでいませんでした。無視していたようです。
兵庫県交通安全課では、「受け取った記憶があるが、内容については思い出せない」と言っていますし、神戸市にいたっては、「そういう調査書については、記憶がない。自衛隊への派遣要請は知事の権限なので、市が自衛隊と係わるシステムにはなっていない」と言っていました。
★アメリカ大使館からの連絡
私たちが寝泊まりした避難所は、小さい幼稚園で、私たちは事務所のそばの廊下に寝ていました。私たちは、事務所の電話がよく聞える場所にいたのですが、そこに連絡があったのは、ボランティア団体とか、アメリカ大使館とかであって、マスコミ団体や御役人からの連絡は、全くありませんでした。
こんな少ない体験で、ものを言っていいのかどうか、わかりませんが、私たちが、見たり聞いたりする限り、御役人たちが情報収集をしたという形跡はありませんでした。その反対に、こんな小さな幼稚園にも、アメリカ大使館は情報収集している事に驚きを感じました。「さすがだな」と思いました。
考えてみれば、御役人の御役所仕事というものは、情報の不足から生れた弊害かもしれません。歯車の一つは全体を見回す能力を持ちません。歯車は歯車の動きしかしないものです。だからこそ幅広い情報収集が必要だったような気がします。そうすれば、歯車は単なる歯車でなくなり、御役人も御役所仕事をしなかったのではないかと思いました。
★日本国政府の対応
震災の時の政府の対応は、失敗だらけでした。具体的に言いますと、
@知事、総理大臣が動かなかったこと。
A地方自治優先の原則のために国が動かなかったこと。
B知事が自衛隊の出動要請をしなかったこと。
C世界各国の救援を次々と断ってしまったこと。
D民間ボランティアを片っ端から断ってしまったこと。
などです。
どうして『@知事、総理大臣が動かなかった』のかは、詳しいことは、わかっていません。混乱していたとか、情報がスムーズに入るようになってなかったと言われていますが、知事の自衛隊派遣要請は最期までなかったし、総理大臣による緊急災害対策本部設立も、最期までありませんでした。
という事は、今後、再び阪神大震災クラスの災害がおきても、知事も総理大臣も動かない可能性があります。つまり政府は、強力なリーダーシップで混乱をおさめる事をしない。極端な事を言えば何もしない。あくまでも現場にまかせるという政策方針をとる可能性があります。
どんな災害においても、政府の強力なリーダーシップによる救済活動はないんだという事を、今から私たちは自覚しておいた方がよいでしょう。あくまでも現場にまかせ、調整役に徹するのが政府の方針であると思った方が無難だと思います。
当時の内閣の行った政策を追ってみると、こうなります。地震発生5時間後に『非常対策災害本部』を作ってますが、これは各省庁の課長クラスの寄せ集めにすぎず、何一つ政治的権限を持っていませんでした。
そこで、村山首相を本部長とする『緊急対策本部』を作ったのですが、これが地震発生2日後のことです。死亡者は5千人をこえ、これ以後の救援活動で生存者が現われることが絶望的になってから設立されたのです。しかし、この『緊急対策本部』とやらは、名前だけの対策本部で、法律的な裏付の全くないものでした。
そこで『緊急災害対策本部』を設立するべきだとの声があがったのですが、村山内閣は、これを拒否してしまいました。災害対策基本法によれば『緊急災害対策本部』を作れば内閣の権限で、政令を出せるようになっています。国会で審議して法案を通すという手間がいらないのです。しかし村山内閣は、全く動こうとしなかった。
あと『C世界各国の救援を次々と断ってしまった』ことですが、その後の謝礼(例えばPKOや開発援助など)を考えての結果かもしれません。しかし、これは世界中の非難をあびる結果となりました。
国際法には相互主義の原則があります。災害援助をしてもらったら災害援助で御返しするという、『おたがいさまの原則』があります。ということは、他国の災害援助を受けない、イコール他国の災害援助をしないにつながるのです。日本国は、国際的に孤立すると言ってるのと同じなのです。
このようなミスは、兵庫県も行っています。阪神大震災に日本中の都道府県は、救援支援の申し出を行っていますが、どういうわけか、いかなる理由があるのか兵庫県は、片っ端から断ってしまいました。
支援要請を受け自治体のほとんどは、自治省からのものです。例外的に東京都が神戸市からの要請されて大量の救援隊を送り込んでいますが、これは神戸市からの要請であって兵庫県からの要請ではありません。
市から都に要請するというのは、本来なら考えられない事で、
『神戸市・兵庫県・東京都』
という経路でなくてはならないのですが、東京都には最期まで兵庫県からの要請はなかったと聞いてます。そのために兵庫県の他市には、東京都は応援に行っていません。要請がないと行きたくても行けないです。
それにしても、どうして兵庫県は他府県の救援要請を出し渋ったのでしょうか? どうして他府県の支援を断ったのでしょうか? 兵庫県の断り方というものは、ちょっと異常ではないかと思います。
これは私の個人的な憶測になりますが、災害は自治体の担当です。本来なら自治体の予算で災害活動をしなければならない。ですから支援を受ければ受けるほど財政が破綻してしまう。そのために断ってしまった。そんな気がするのですが・・・。ゲスの勘繰りですかね?
最期に『D民間ボランティアの救援活動を片っ端から断ってしまった』ことですが、混乱していたと言ってますが、本当でしょうか? 偏狭な縄張り意識が、ボランティアを片っ端から断ったと言えないでしょうか?
医師ボランティア集団の報告書を読むのは勇気がいります。読めば読むほど腹が立ってくるからです。例えば、神戸市は片っ端からボランティア医師団の医療行為を断っています。
それから神戸市の避難所では、容態の悪化した患者に点滴治療ができなかったケースもありました。市職員の態度は横柄で依怙地で、ボランティア医師団を激怒させたと言います。
結局、ボランティア医師団が、本来なら必要のない申請書類を書く事によって落着しましたが、市側は、その後も「点滴は市内の病院で」と言い通し、ボランティア医師団の医療行為を妨害したと言います。
また、急患の搬送にヘリコプターを利用することにし、厚生省と自治省が手配したにもかかわらず、ほとんど利用されなかったケースもありました。原因は「県内の病院でまかなえる」と兵庫県側が断ってしまい、被災地の病院に何も連絡しなかったからだと言います。
★救助犬団体からの報告
震災直後、スイスの救助犬団体よりも早く、日本の救助犬団体は、被災地に到着していましたが、行政側は「準備ができてない」という理由で、まる1日待たせるという信じられない事をしました。48時間をこえると助かる者も助からなくなるというのに、まる1日待たせるという信じられない事をしたのです。
ちなみに日本の救助犬団体は、スイスの救助犬団体と合流して、ようやく活動が許されたのですが、1人の生存者さえも救う事が出来ませんでした。救い出したのは死後硬直してない死体ばかりです。あと数時間発見が早かったら助かった可能性があっただけに残念でした。
★ボランティアを追い出した行政
被災者でありながら熱心にボランティアをした、神戸の若者たちが少なからずいました。しかし、その神戸の若者たちは、3月末をもって神戸を去らなければならなくなりました。理由は、3月末をもって他府県への住宅斡旋を終了してしまうからです。
実は、被災者に対して全国の自治体が、無料で住宅を提供することになっていました。東京都の場合は、三百倍の倍率の都営住宅に無料で即入居できる体制ができていました。被災者は、その気になれば全国どこにでも引っ越しができるようになっていたのです。
しかし、その斡旋は、3月末をもって終了してしまいました。そのために、仮設住宅に入る資格のない若い被災者たちが、駆け込みで他府県の自治体の住宅に入居するという状況が生れました。こうして神戸からボランティアをする若者が全国に散り、残ったのは仮設住宅に入居できた老人たちという状態が生れました。
つづく
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