草津の名の由来は「くさうず(臭水)」がなまった言葉と言われています。
つまり硫黄のにおいが臭いんですね。
ちなみに草津には、虫がいません。
蛾もも蠅も蚊もいません。
昆虫が全くいないのです。
温泉の臭気のなせるわざです。
ちなみに湯畑は、高温で湧出する温泉をさますための施設です。
自然冷却方式を採用しているわけです。
湧き出た湯を7本の木樋に通して、
木樋に湯の花が付着することにより
宿に供給するパイプが湯の花で詰まりにくくし、
源泉が48℃前後まで下がります。
それを共同浴場や旅館に運ばぶことによって43℃前後の適温になるのです。
これが草津の温泉の特色です。加水してないので、温泉が濃いのです。
他の温泉のように大量の水を加えませんので、
温泉の濃度が高いのです。
ちなみに草津の源泉はpH1.6〜2.3の強酸性。
1円玉が1週間で溶けて無くなってしまいます。
怪我をしても温泉水で消毒になりますので、
地元の人は市販の消毒液を買ったことがありません。
あと草津温泉は眼にも効くらしく、草津にある病院・医院に眼科はありません。
地蔵の湯は湯気を目に当てるだけで効果があると言われています。
ちなみに湯畑をデザインをしたのは岡本太郎さんです。
歩くと気がつきますが、大量の瓦が使われています。
脱線しますが、日産スカイラインも草津と縁があります。
スカイラインを開発した桜井真一郎氏が昭和三十年三月、
草津でスキーをする為に立ち寄った「芳ヶ平ヒュッテ」から見えた山の稜線が、
美しかったのでスカイラインの名が浮かんで、車の名前にしたらしい。
湯畑では、年四回「湯の花」の採取が行われることでも有名です。
しかし、草津で売られている湯の花の大半のものは、草津さんのものではありません。
残念ながら。
草津さんの湯の花を手に入れるのは難しい。
この草津温泉を発見したのは、「行基」であるらしい。その後「吾妻鑑」によると1193年8月に鎌倉幕府を開いた源頼朝が浅間山で巻狩りを行った際に、木曽義仲の遺臣で義仲遺児を匿って草津に潜んでいた細野氏(御殿の助)が草津温泉に案内したとされ、湯本の姓を与えて草津の地頭になったとあります。その際に源頼朝が発見した湯でもあり入浴した言われるのが白旗の湯です。
室町時代以降は多くの著名人も訪れた記録が残っています。
温泉街の中心、湯畑の西には馬を入湯させるための「馬の湯」もあったらしい。
冬場は積雪などの為、温泉地は閉鎖され
宿主も冬には全国を周り草津温泉を宣伝し歩いたと言います。
草津温泉が、全国的に有名になったのは、そのせいだとも言われています。
また戦国時代には、いろんな武将が入浴しています。長尾為景・真田幸隆・丹羽長秀・堀秀政・多賀新左衛門・豊臣秀次・大谷吉継・前田利家なんかが入っています。ただし、徳川家の家臣や徳川家康は草津には入っていません。真田軍団を恐れたためとも言われています。で、真田氏を改易して草津をとりあげて幕府の直轄領にしたわけですが、それでも徳川一族は入りに来なかったとか。
つづく
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ラベル:草津湯畑