2011年12月07日

NHKドラマ『坂の上の雲』を見ての感想

NHKドラマ『坂の上の雲』を見ての感想

 実は私、司馬遼太郎のファンでして、『坂の上の雲』は高校時代の愛読書でした。で、NHKで『坂の上の雲』をやっていたんで見たんですが、内容が酷すぎると感じたので、数年ぶりに『坂の上の雲』を読み返してみました。で、気がついてしまった。司馬遼太郎は、この小説を書いてはいけなかったのではないかと。





 実は、司馬遼太郎は、生きている間は絶対に『坂の上の雲』のテレビ化・映画化を許さなかったんですね。当時は、なぜだろう?と不思議に思っていたんですが、今なら分かります。司馬遼太郎の軍事解説の幾つかに、決定的な誤りがあるんです。それも、一つや二つではない。もう無数にある。どうして、こんなにあるのだろう?と不思議に思って、今度は、図書館に行って司馬遼太郎全集の月報をみてみて、合点がいきました。

 司馬遼太郎は、『坂の上の雲』を連載しているうちに、無数の誤謬があった。それを少しづつ改訂しながら書いていたんです。で、誤りがあったら司馬遼太郎全集の月報なんかで訂正している。どうして無数の誤謬があったかというと、取材対象である当時の軍人たちから『嘘と勘違い』を聞かされていたからだと思われます。

 例えば、東郷ターンは、ある日とつぜんに決断したのではなく、何度も何度も実践している。それが一番うまくいったのが、日本海海戦だというだけのことで、あとは、何度も東郷ターンを失敗している。

 乃木軍の203高地攻略の件も、司馬遼太郎は、乃木軍を無能呼ばわりをしていますが、実は、あの戦いの失敗は、大本営の行き過ぎた指導が原因であることは、今では定説になっている。むしろ乃木君は、無駄な死人をださないように努力している。それに旅順のロシア海軍は、203高地からの砲撃の前に、別の砲台からの射撃で撃沈されているという説が、現代では有力になってきている。

 これは、司馬遼太郎が悪いのではなく、司馬遼太郎が取材した時代では、あのレベルまで調べるのが限界だったということだと思います。だから司馬遼太郎に無数の誤謬があったのは、仕方がない。問題は、NHKのドラマで、その無数の誤謬をそのとうり放送する必要があったのか? むしろ、そのあたりは、ふれなくて、もっと人間ドラマに絞ってもよかったのではないかと思うんですよね。

 取材ミスは、どうしてもおきる。しかし、小説であるかぎり、ドラマである限り、フィクションとして許される。だから、もっとドラマ重視でもよかったのではないかと。もっと秋山兄弟に絞ってドラマ展開してもよかったのではないか?と。

 逆に言うと、歴史音痴の人が、これをみて誤解しなければいいのだけれど。


つづく。

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posted by マネージャー at 23:45| Comment(11) | TrackBack(0) | テレビ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする