2011年12月08日

「ルーズベルトは狂気の男」 フーバー元大統領が批判




今日は、日米戦争開戦70周年でした。
真珠湾攻撃から70年たったわけです。
アメリカは、いまだに真珠湾攻撃を「卑怯な騙し討ち」と言ってますが、2つの点で異なります。

1.日本は最後通牒(ハルノート)をうけていた。
2.最初の一発は、アメリカの方が攻撃した

 実は、宣戦布告前に攻撃するのは、国際法違反ではありません。アメリカが行った戦争の9割は、宣戦布告無しに攻撃を開始しています。最後通牒をうけたら、いつ攻撃しても良いのです。その最後通牒(ハルノート)を日本は、11月25日に受け取っていますから、真珠湾攻撃は「卑怯な騙し討ち」ではありません。アメリカの計画の範囲内です。

 じゃあ何故、宣戦布告を行うかと言いますと、これは相手国政府に対する声明ではなく、自国民に対する声明なのです。でないと兵隊を動員できないのです。政府による戦争開始は、最後通牒(ハルノート)で充分なのです。さて、連合艦隊は、いつ真珠湾攻撃に出発したかと言いますと、11月26日です。つまり最後通牒(ハルノート)を受け取った翌日です。

 まあ、ここまでは、歴史に詳しい人なら誰でも知ってる話です。次の、「最初の一発は、アメリカの方が攻撃した」は、戦史オタクでないと知らないだろうなあ。

 実は、アメリカ軍は、日本軍による真珠湾攻撃の前に日本の潜水艦(特殊潜行艇)を撃沈しています。つまり、最初の一発を撃ったのは、アメリカ軍なんです。なのに、アメリカ軍は、その後に危機意識をもって対処した気配がない。それで壊滅してしまうんですが、どうしてかと言いますと、アメリカ大統領が、最後通牒(ハルノート)を突きつけたことをアメリカ軍に伝えてなかったんです。つまり、卑怯な騙し討ちをしたのは、日本軍ではなく、アメリカ大統領だった。


それは、ともかく、産経新聞に面白い記事が

http://sankei.jp.msn.com/world/news/111207/amr11120722410009-n1.htm
http://sankei.jp.msn.com/world/news/111207/amr11120722410009-n2.htm

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−引用開始
 ハーバート・フーバー第31代米大統領(1874〜1964年)が、日本軍が1941年12月8日、米ハワイの真珠湾を攻撃した際の大統領だったフランクリン・ルーズベルト(第32代、1882〜1945年)について、「対ドイツ参戦の口実として、日本を対米戦争に追い込む陰謀を図った『狂気の男』」と批判していたことが分かった。

 米歴史家のジョージ・ナッシュ氏が、これまで非公開だったフーバーのメモなどを基に著した「FREEDOM BETRAYED(裏切られた自由)」で明らかにした。

 真珠湾攻撃に関しては、ルーズベルトが対独戦に参戦する口実を作るため、攻撃を事前に察知しながら放置。ドイツと同盟国だった日本を対米戦に引きずり込もうとした−などとする“陰謀説”が日米の研究者の間で浮かんでは消えてきたが、米大統領経験者が“陰謀説”に言及していたことが判明したのは初めて。

 ナッシュ氏の著書によると、フーバーは第33代大統領のトルーマンの指示で戦後の日本などを視察。46年に訪日し、東京で連合国軍総司令部(GHQ)のマッカーサー元帥と会談した。その際、フーバーはマッカーサーに対し、日本との戦争は「対独戦に参戦する口実を欲しがっていた『狂気の男』の願望だった」と指摘。在米日本資産の凍結など41年7月の経済制裁は「対独戦に参戦するため、日本を破滅的な戦争に引きずり込もうとしたものだ」と語ったという。

 マッカーサーも、「ルーズベルトは41年夏に日本側が模索した近衛文麿首相との日米首脳会談を行い、戦争回避の努力をすべきだった」と批判していた。

 著書ではフーバーが「米国から日本への食糧供給がなければ、ナチスの強制収容所並みかそれ以下になるだろう」とマッカーサーに食糧支援の必要性を説いていたことも詳細につづられており、フーバーの対日関与の功績に光を当てるものにもなっている。

 ナッシュ氏は「この著書が、今でも米国の英雄とされているルーズベルト大統領への歴史評価を見直すきっかけになってほしい」と話している。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−引用おわり


 この記事で驚いたことは、今でもルーズベルト大統領が、米国の英雄とされていることです。
 こったの方に驚いてしまった。


つづく。

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posted by マネージャー at 23:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

群馬大学付属病院でスムーズに診察をうける方法4・国民健康保険

群馬大学付属病院でスムーズに診察をうける方法4・国民健康保険

 ペンション・ティンカーベルを売却したときに、一時的に所得が大きくなり、毎月10万ものの国民健康保険の支払いをすることになりました。10万という高額の国民健康保険に驚いた私は、国民健康保険への加入をやめようかと思いました。だって、10万円もの医療費を使うわけがないからです。

 しかし、考え直して、毎月10万近くという高額の国民健康保険料を払う決心をしたのは、友人に重度の透析患者がいたからです。彼は、私たちが払う国民健康保険のおかげで生きることができる。というのも、昔は、金持ちでない透析患者は死ぬしかなかったからです。しかし、日本の医療福祉の整備によって、彼はギリギリ生き残ることができた。そう考えると、いくら理不尽だと思っても、年に120万の国民保険料を請求されたとしても、ずるして『払わない』とは言えませんでした。

「どうせ1年かぎりのことだ。私が払う保険料によって、どこかの誰かが助かるのかも知れない」

と思ったらズルはできなかった。毎月10万近くの国民健康保険料を払い続けることにしたのです。

 そして、1年後。

 癌検診で私に前立腺癌の疑いがでてきた。そして群馬大学付属病院に検査入院することになったのです。当然のことながら連帯保証人がないと入院できない。つまり高額の医療費が発生する可能性が出てきた。もちろん医療保険に入っているのですが、カバーできるのは入院費用だけ。高度医療までカバーはしてない。そもそも保険会社が、やる気なさそうな回答しかくれない。まあ、そういうものだと分かっていたけれど。

 で、群馬大学付属病院に相談してみたら国民健康保険料を滞納してなければ、市町村から高額医療の大半を自治体がだしてくれるシステムがあるとのこと。で、役場に手続きに行ったらすんなり書類がもらえました。この時ほど日本の保険制度を
「ありがたい」
と思ったことはありませんでした。そして、誰かに支えられて生きているんだと感じましたね。そう思うと、つくづく、あの時にズルしなくてよかったと思いました。私も、誰かを支えなくてはとも思いましたね。私の友人も、そうやって誰かに支えられて20年以上も透析しながら生きているのだから。


つづく。

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posted by マネージャー at 01:09| Comment(2) | TrackBack(0) | テーマ別雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする