今日は、日米戦争開戦70周年でした。
真珠湾攻撃から70年たったわけです。
アメリカは、いまだに真珠湾攻撃を「卑怯な騙し討ち」と言ってますが、2つの点で異なります。
1.日本は最後通牒(ハルノート)をうけていた。
2.最初の一発は、アメリカの方が攻撃した
実は、宣戦布告前に攻撃するのは、国際法違反ではありません。アメリカが行った戦争の9割は、宣戦布告無しに攻撃を開始しています。最後通牒をうけたら、いつ攻撃しても良いのです。その最後通牒(ハルノート)を日本は、11月25日に受け取っていますから、真珠湾攻撃は「卑怯な騙し討ち」ではありません。アメリカの計画の範囲内です。
じゃあ何故、宣戦布告を行うかと言いますと、これは相手国政府に対する声明ではなく、自国民に対する声明なのです。でないと兵隊を動員できないのです。政府による戦争開始は、最後通牒(ハルノート)で充分なのです。さて、連合艦隊は、いつ真珠湾攻撃に出発したかと言いますと、11月26日です。つまり最後通牒(ハルノート)を受け取った翌日です。
まあ、ここまでは、歴史に詳しい人なら誰でも知ってる話です。次の、「最初の一発は、アメリカの方が攻撃した」は、戦史オタクでないと知らないだろうなあ。
実は、アメリカ軍は、日本軍による真珠湾攻撃の前に日本の潜水艦(特殊潜行艇)を撃沈しています。つまり、最初の一発を撃ったのは、アメリカ軍なんです。なのに、アメリカ軍は、その後に危機意識をもって対処した気配がない。それで壊滅してしまうんですが、どうしてかと言いますと、アメリカ大統領が、最後通牒(ハルノート)を突きつけたことをアメリカ軍に伝えてなかったんです。つまり、卑怯な騙し討ちをしたのは、日本軍ではなく、アメリカ大統領だった。
それは、ともかく、産経新聞に面白い記事が
http://sankei.jp.msn.com/world/news/111207/amr11120722410009-n1.htm
http://sankei.jp.msn.com/world/news/111207/amr11120722410009-n2.htm
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ハーバート・フーバー第31代米大統領(1874〜1964年)が、日本軍が1941年12月8日、米ハワイの真珠湾を攻撃した際の大統領だったフランクリン・ルーズベルト(第32代、1882〜1945年)について、「対ドイツ参戦の口実として、日本を対米戦争に追い込む陰謀を図った『狂気の男』」と批判していたことが分かった。
米歴史家のジョージ・ナッシュ氏が、これまで非公開だったフーバーのメモなどを基に著した「FREEDOM BETRAYED(裏切られた自由)」で明らかにした。
真珠湾攻撃に関しては、ルーズベルトが対独戦に参戦する口実を作るため、攻撃を事前に察知しながら放置。ドイツと同盟国だった日本を対米戦に引きずり込もうとした−などとする“陰謀説”が日米の研究者の間で浮かんでは消えてきたが、米大統領経験者が“陰謀説”に言及していたことが判明したのは初めて。
ナッシュ氏の著書によると、フーバーは第33代大統領のトルーマンの指示で戦後の日本などを視察。46年に訪日し、東京で連合国軍総司令部(GHQ)のマッカーサー元帥と会談した。その際、フーバーはマッカーサーに対し、日本との戦争は「対独戦に参戦する口実を欲しがっていた『狂気の男』の願望だった」と指摘。在米日本資産の凍結など41年7月の経済制裁は「対独戦に参戦するため、日本を破滅的な戦争に引きずり込もうとしたものだ」と語ったという。
マッカーサーも、「ルーズベルトは41年夏に日本側が模索した近衛文麿首相との日米首脳会談を行い、戦争回避の努力をすべきだった」と批判していた。
著書ではフーバーが「米国から日本への食糧供給がなければ、ナチスの強制収容所並みかそれ以下になるだろう」とマッカーサーに食糧支援の必要性を説いていたことも詳細につづられており、フーバーの対日関与の功績に光を当てるものにもなっている。
ナッシュ氏は「この著書が、今でも米国の英雄とされているルーズベルト大統領への歴史評価を見直すきっかけになってほしい」と話している。
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この記事で驚いたことは、今でもルーズベルト大統領が、米国の英雄とされていることです。
こったの方に驚いてしまった。
つづく。
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