翌朝、御来光を見たあとに、迷った。
予定では、穂高岳・北穂高岳に登るつもりだった。
そのつもりで朝食はとってない。
しかし、嫁を上高地に置いてきたのが気がかりになっていた。私の友人は、みんな高齢出産で帝王切開をしている。順調だったのに胎盤がはがれかかって生死をかけたりしている。帝王切開で早産だと母乳が出なくて苦労していたりする。そういう事例をたくさん知っているので、あんまり待たせると、さんざん上高地を歩き回って体調をくずさないか心配になる。なにしろ紅葉が素晴らしすぎるから。
それに涸沢の紅葉が良すぎるのも迷った理由である。縦走は、いつでもできる。しかし、この紅葉は、今後、滅多に見ることが出来ないかもしれない。そうなると、もう一度、あの素晴らしい紅葉を見ておきたい気もしてきた。登りは、涸沢ヒュッテから穂高山荘までの紅葉をみてきた。となると下りで、穂高山荘から涸沢小屋までの紅葉をみてみたくなる。
迷いに迷ったあげく、下山を決意した。
紅葉に負けてしまった。
縦走よりも、紅葉に走ってしまった。
団子より花に走ってしまった。
涸沢小屋までのルートは、涸沢ヒュッテまでのルートより、はるかに紅葉が美しかった。
当たりルートであった。
これが涸沢小屋である。
評判の良い小屋ではないが、ロケーションは涸沢ヒュッテよりも素晴らしい。
その後、涸沢ヒュッテでラーメンを食べた。
これが朝食である。
穂高山荘のラーメンより美味しく感じてないので塩分がたりているなと実感した。
ここで、知らない山ガールたちが私の方に挨拶をしている。
私に女性の知り合いがいるはずはないと思って、後ろを振り向いたら壁しか無かった。
「あれ? 俺なの?」
聞いたら、昨日、山小屋で一緒に星をみていた人らしい。
大勢いたんで、こっちは誰なのかわからない。
全く、目立ったことはするものではない。
今後は、地味に下山しようと心に誓って、下山していたら途中で
「佐藤さんですか?」
と別の山ガールに声をかけられた。
今度は、名指しだったので後ろを振り向かなかった。
「え? 誰?」
「九州のHアです」
「えええええええええええええええええええええええええええ、なんでこんなところに?」
と言っても、それはお互い様であった。
彼女は、北穂に行くと言っていた。
氷壁の宿徳沢園。
明神岳。
昔は、穂高といっていた。
稲の穂のように高いという意味である。
奥に、奥穂高ができると、明神(神の山)という名前に変えたが、
本当は、この山が穂高なのである。
明神館。
明神とは、神様のやどる場所という意味。
今でこそ、上高地が入口になっているが、昔は、明神が北アルプスの入口であった。
そして、横尾が開発され、最後に上高地が開発されている。
上高地は、一番最近になって開けたところなのである。
営林署の看板。
ちなみに国立公園を長いこと保護してきたのは、営林署(旧厚生省)である。
このことを環境省は、決して言わないけれど、長いこと自然を守ってきたのは営林署だったりする。
これは環境省のビジターセンター。
環境省は、自然を守ると言うより、自然教育に重点をおいている。
自然を熟知しているのは、むしろ営林署の方だったりする。
なので、このようなビジターセンターで教えている情報は間違いも多かったようで、
何度も営林署の職員が訂正をもとめていたりする。
その象徴がカッパ橋と小梨平かもしれない。
これは大正池。
つづく。
↓ブログ更新を読みたい方は投票を
人気blogランキング