うちの息子が、あと10日ほどで、生後3ヶ月になります。
このくらいになると、首が座ってきて
親に甘えるようになってきました。
添い寝するとぐずるのです。
しかし、放置すると、おとなしい。
親の顔をみたときだけ、我が儘になる。
「じゃあ、他人は?」
と、言うと、これがおとなしくなるんですよね。
実は、赤ちゃんは、大人の私たちよりも人間の識別ができることが実験でわかっています。全くうり二つの双子の顔を識別できるんですね。しかし、1歳をすぎると、その能力は消えてしまう。産まれたばかりの時、限定の能力みたいです。
言語能力もしかりで、赤ちゃんには、数百の言語の発音を聞き分けられることが、わかっています。ところが、1歳をすぎると、その能力が消えてしまうらしい。親が話す言語(日本語)しか理解できなくなる。
つまり必要の無い能力は消えてしまうらしい。
そして親から吸収したものだけが残るらしい。
逆にいうと、親が赤ちゃんに与える影響は絶大であるということです。
どんな色にも染まってしまう。
で、思い出すのが、オオカミ少女の話です。
オオカミに育てられた少女は、ついに人間にはなれなかった話です。
そんなことは、どうでもいいとして、本題です。
息子が、もうすこしで生後3ヶ月になりました。
で、親に甘えるようになってきました。
親の顔をみるとくずりだすのです。
それも嫁さん顔をみてぐずりだす。
別に甘やかしているわけでないのに、ぐずりだす。
しかし、私は、これへの対処を知っていました。
過去に何度も犬を飼っていたからです。
実は、犬を飼った人間は、
赤ちゃんへの対処を経験的に知っていたりします。
子犬は、産まれてはじめて首輪を着けると嫌がります。生まれて初めての風呂だって嫌がります。ブラッシングだって噛みついて抵抗します。子犬の頃は、何に対しても臆病で反抗するのですね。だから、いきなりブラッシングはしません。まずは、ブラシでいろいろ遊びます。これらが楽しいものであることを認識させたうえで、少しづつブラッシングします。もちろんエサの御褒美も与えます。何度も犬を飼っていた人なら、ごく常識的なしつけ方法で、とりわけ珍しいことでもありません。
で、この方法は、そのまま
人間の赤ちゃんにも当てはまるのです。
うちの家内は、これを知らなかったために、
赤ちゃんをワンワン泣かせてしまう。
具体的に言うと、綿棒で耳掃除したりすると赤ちゃんは泣いてしまう。赤ちゃんを泣かせないためには、まず、綿棒で一緒に遊んであげれば良い。そして赤ちゃんが。綿棒をおもちゃと認識した時点で、はじめて耳掃除すればいいのです。うちの家内は、ずっと猫派で、犬を飼ったことがなかったので、こういう初歩的なところが分からなくて、いたずらに赤ちゃんを泣かせていたわけです。
私が綿棒やブラシや鼻取りスポイトや濡れティッシュやオムツなどで、赤ちゃんと遊んでいたら、「なにバカなことをやってるんだろう?」と不思議そうにしていたので、逆にこっちが驚いてしまったしだいです。「こんなことも知らなかったのか?」と。しかし、過去に犬を飼ったことがない人には、わかる訳が無いですよね。あと、こういうことは、育児の専門書に書いてなかったようです。常識すぎて書かれてなかったのか? それとも専門家が全く見落としていたのかは知りませんが。
それは、ともかく息子の能力で感心したことがあります。足音で、誰が近づいたのかがわかるみたいなのです。というのも、私が近づくと手足をバタバタさせて活発になりますが、家内が近づくと口がタコ口になる。姿を消してそっと近づいても、誰が近づいたかわかるようです。赤ちゃんの能力は恐るべきものがあります。
それと赤ちゃんは、慣性の法則を理解しているようです。ボールをころがすと、それを目で追うからです。そして物体の等速運動を理解した追い方をするのです。逆に、そのボールをタオルで隠すと、驚いた顔をする。タオルの下にボールがあることが理解できない。手品をみるような驚いた顔つきをする。
よーするに「いないいないバア」なんです。昔から赤ちゃんが「いないいないバア」に喜ぶのは、タオルでボールを隠すことが、赤ちゃんには理解できないことだからです。慣性の法則は理解できるのに、ボールの上にタオルを落とすと、赤ちゃんにとってはボールが消えたことになってしまう。「いないいないバア」と一緒になってしまう。で、驚いて喜ぶ。それを知っていた昔から親たちは「いないいないバア」を赤ちゃんにやってきたのですね。
あと面白かったのは、3ヶ月の赤ちゃんは、伝統的なおもちゃをおもしろがるということです。具体的に言うと、紙風船・ヨーヨー・縁日や駄菓子屋で売っていた安っぽいオモチャ。それについては、また別の機会に述べましょう。
つづく。
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