2013年10月07日

歴史オタクの話

 実は、弟から出産祝いのプレゼントが届きました。どういうものかというと、ライブカメラで赤ちゃんを撮影し、それをトランシーバーで見ることができるという優れものです。いやー、世の中こんな便利なものがあるんですね。すごく重宝しています。まずトランシーバーから、ライブカメラを遠隔操作でコントロールできるんです。しかも画像だけではなくて、音声も入ってくる。これだと、赤ちゃんを放置しながら、食事を作ったりできるわけです。本当に便利です。

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 しかし、このカメラは別の用途にも使えます。玄関前に置いておけば、お客さんが来てもわかるわけですね。今までは、玄関で物音がしても、お客さんがやってきたのか、お客さんが出ていったのかが、今一つ分からなかったんですね。しかしこのカメラがあれば、チェックイン前のお客さんなのか、チェックイン後のお客さんなのかが一目瞭然なので、非常に便利です。なので、もう1台買おうかと真剣に考えています。

 ちなみにうちの弟は、シャープの半導体関係の研究員でしたが、シャープが傾く前に退職して、今や工業高校の教師をやっています。なので、いわゆる工業系のマニアなのか、こういう出産祝を送ってきた。弟は、佐渡島で大きな家を建てたらしいのですが、やはりルンバで掃除しているらしい。きっと、珍奇な電化製品がいっぱいあるのかもしれません。もっとも、私も家電製品においてはかなりマニアックなので、珍しい家電製品が家にもいっぱい有ります。もちろん、 1回しか使わずにお蔵入りになったものもたくさんあります。

 話は変わりますが、私は歴史が大好きです。といっても、かなりマニアックな歴史に興味があります。で、話が合えば、お客さんと、マニアックな歴史談義をするわけですが、その歴史のジャンルは、かなり幅広いです。小学校の時は、父親が自衛官だったこともあってミリタリーオタクでした。そこからスタートしたわけですから、当然のことながらテクノロジーオタクにもなりました。で、お客さんとテクノロジーの歴史について、オタク話をしていたのですが、それに全くついてこれないお客さんが、質問をしてきました。その質問が、ちょっと衝撃的だったんですね。

「パナソニックって、松下幸之助さんが二股ソケットを発明することによって大きくなったんだよね?昔はいいよね、そんなちっぽけな発明で、世界のパナソニックが生まれたわけでしょ?」

 うーん、この人は勘違いしている。
 よせばいいのに私のオタク心がメラメラ燃えてきて
 余計な解説をしたくなってしまった。

「ちっぽけな発明じゃないよ。すごい発明だよ」
「二股ソケットというのは、裸電球が二股になってるソケットでしょ?それの何処がすごい発明なわけなの?」
「違う違う、裸電球が二股になってるんじゃなくて、裸電球と、コンセントが二股になっているんだよ」
「どっちでも同じことでしょ」
「違う違う、全く違う」
「電球が二股になっているのと、電球とコンセントが二股でついているものだと、そんなに大した差はないでしょう?」
「いやいや、大きな差なんだよ。日本人の生活を根本から変えるぐらい、ものすごい大革命だったんだよ。二股ソケットというのは」
「またまた、すぐ大袈裟なことを言う」
「いやいや、大袈裟じゃないんだよ。本当に衝撃的な事件だったのよ」
「どこが衝撃的な事件だったの?」

 実は、日本は、国際的にみても、かなり早くから電力産業を起こしているんですよね。私の記憶に間違いがなければ、エジソンが電球を発明した数年後には、電力会社が日本に生まれている。そして、ものすごい勢いで電気が普及しているんです。日露戦争の前には、傍受されないように朝鮮半島と日本の間に海底ケーブルをつないで、それを使って戦ってロシア海軍を殲滅しているんです。明治時代の日本はエレクトロニクス大国だったわけで、情報戦の勝利者でもあったわけです。その理由の1つとして、水力発電所を作りやすかったということもあると思います。

 けれど、家電製品は全く普及しなかった。というのも、当時の電力会社は、ニーズを満たす事しかしなかったからです。ニーズというのは、電球のことです。家庭の家の中を電球で明るくすることしか、電力会社は考えてなかったんですね。

 それで電力会社は、どうしたかというと、夕方暗くなってからしか電気を使わなければ、電気代を安くしたわけです。そうすると、昼間は工場などが電気を使い、夕方になると一般庶民の家が電気を使う。このように、分けて電気を使えば、無駄な設備投資が入らないわけです。

 なにしろ当時の発電所というのは、ほとんどが水力発電だったので、24時間いつでも電気を供給できたわけです。けれど、工場なんかは夕方になるとストップしてしまいます。そうなると、電気は夜の間は無駄になりますね。それで一般家庭に、夜しか電気を使わないんであれば、電気料金を安くしてあげてたんです。もちろん、そうなると、一般家庭では電灯にしか電気を使いませんから、家にはコンセントなんてものは、ないわけです。電灯の線しかない。

 となると、家電製品なんか普及するわけがありません。
 それを不便に思っていた松下幸之助が、
 二股ソケットを発明して大々的に売り出したんですよね。

 そして、この二股ソケットが登場することによって、はじめて家電製品というものが、一般家庭で使える条件が整ったわけです。で、アイロンや扇風機や電気コンロなんかが売れるようになったんですよね。ちなみに 1番最初に普及した家電製品はアイロンでした。戦前はアイロンで東芝が大儲けした。

 ここで話を変えたいと思います。

 実は、電気アイロンというものは、私の生まれ育った佐渡島では、昭和36年から昭和39年になっても普及してなかったです。もちろんテレビはありました。テレビはあったけれど、電気アイロンはなかった。当時アイロンは、炉で熱したものを使っていました。炭で小さなアイロンを加熱してそれでアイロンがけをしていたんですね。

 昭和36年生まれの私は、母親の仕事の都合で、佐渡島の漁村の家に預けられていたわけですが、その家では、仕立屋さんを副業にしていました。本業は農家なんですが、佐渡島の漁村には呉服屋なんかありませんから、手先の器用な農家の嫁さんが仕立て屋さんの仕事をしていたんですね。これは、当時のことを知っている人の常識で、昔は、友人のお母さんに外行きの服を有償でつくってもらったものなんです。

 まあ、それはいいとして当時1歳か2歳だった私は、仕立屋さんをしている農家の人が、子守りをしていたのです。で、子供心に、アイロンに好奇心を持ってしまったわけです。そして、アイロンを持って自分のほっぺたに、ペタリとくっつけてしまった。もちろん大やけどをし、何日も病院通いをする羽目になりました。 1歳か2歳の子供が持てるぐらいですから、昔のアイロンは、非常に小さなものでした。電気アイロンと違って、小さくてコンパクトで、コンセントと言うものがありませんから、便利だったんでしょうけれど、ある意味危険なものだったのかもしれません。しかし、便利なために佐渡島の漁村では、なかなか電気アイロンも普及しなかった。

 それが、急に普及しだしたきっかけは、スチームアイロンの登場からです。スチームアイロンの機能は、江戸時代から続いた昔の炭をつかうアイロンでは、太刀打ちできない。だから急に電気アイロンが普及しだしたんですね。


つづく。

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posted by マネージャー at 20:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする