2014年09月25日

相関関係にかんする考察

 子供が産まれて明日で1年6ヶ月になる。
 つまり息子が明日で1歳6ヶ月になる。

 1歳6ヶ月にもなると、かなり歩けるようになった。しかし、御客さんのお子さんを拝見するかぎり、うちの息子は、まだまだ歩けない。歩けるようになったのが遅かったようだ。だから、まだまだヨチヨチ歩きである。それは分かっていたが、先日、軽井沢の公園でママ友と、その娘さん出会って驚いた。ほぼ同じ時期に産まれた娘さんが、靴をはいて公園を颯爽と歩いていたからである。いつ幼稚園にいってもおかしくないような凛々しい姿をしていた。しかし、その娘さんは1歳6ヶ月なのである。もちろん頭も良い。他者をキチンと認識できるし、お母さんとコミュニケーションをとっている。言葉になっている。会話をしている。

「さすが女の子だなあ・・・成長が早いなあ」
「うーん、かしこいなあ」

と感心してしまった。

 うちの息子は、現在、退化中である。これはよくあることで、赤ちゃんは進化の後に退化する。たとえば、うちの息子は生後8ヶ月くらいで「いただきます」「ごちそうさまを」正確に発音した。そして手を合わせていた。しかし、今は発音しないし、手を合わせることもしなくなった。赤ちゃんによくある退化現象であるが、正確に言うと退化では無い。自分の意思をもちはじめただけである。

 子犬なんかでもそうなのだが、最初はひたすら真似をする。しかし、ある程度大きくなったら真似をしなくなる。自らの意思を持ち始めて勝手な行動をおこすのである。そして、あらゆる対象にたいして自分が納得するまで実験を繰り返すのである。その態度は、科学者・研究者のそれとかわらない。つまり退化に見えて退化では無い。これは、あらゆる動物の赤ちゃんに見られる現象でもある。

 話は変わるが、最近の科学の進歩によって、進化論はほぼ否定されつつあるようだ。遺伝子が突然変異し、そのあと適者生存で残る個体と滅びる個体があるという説は、まともな学者なら誰も信じてないらしい。従って遺伝子に複雑な情報が組み込まれているという考え方も放棄されつつある。かわりにいろんな仮説がでてきた。その一つにホルモンが遺伝子のスイッチをオンオフさせているというのがある。環境の変化によって、ホルモンの出方に変化が起こり、それによって遺伝子に変化が起きるというのだ。

 面白いことに、このような考え方は、認知科学・発達心理学・動物学・脳科学などの各種の分野から、同時期にでてきた。もちろん医学の世界からもでてきている。癌になりやすい遺伝子をもっていても、必ずしも癌にならない人がいる。そういう人は環境に影響されているらしいというのだ。環境によってホルモンの出方が違い、遺伝子のスイッチのオンオフもちがってきていて、必ずしも癌になるかどうかわからないというのだ。

 その典型的な例としてよくあげられていることが、森林にいることによってナチュラルキラー細胞が増加して、癌になりにくくなるという事例だろう。この事例の面白いことは、森林のそばで3日間生活するだけで、3ヶ月間もナチュラルキラー細胞が増加したままであるということである。たったの3日間生活するだけで3ヶ月ももつのだ。つまり、都心のど真ん中にいようが、関係ないということである。定期的に森に行くだけでナチュラルキラー細胞が増加するわけだからだ。そうなると、定期的に温泉にかよう人に長生きが多いのも、温泉にかようことで何かのスイッチがはいっているのかもしれない。

 脳科学の世界では、赤ちゃんの脳の機能を先天的(遺伝子)・後天的(学習)にわけることが間違いだとされている。両者には相互作用があって分けることはできないものらしい。分けることが出来ないほど、脳には順応性があるということなのだ。

 しかし、この考え方は、最初、私には信じがたかった。理由は、犬である。犬種によって馬鹿と利口の差が大きすぎるのである。シエルティやコリーやプードルや甲斐犬は、人間に近いくらい利口であるが、ハスキーやダックスフンドや柴犬の馬鹿っぷりは、もう見てて哀れなくらいである。しかし、どれも犬という種なのだ。なのに犬種によって頭の良さがちがいすぎる。

 しかし、この考え方は、シエルティーの愛犬コロを飼い、犬仲間が大勢できたら撤回せざるをえなくなった。利口で有名なシエルティーも飼い主によっては、お馬鹿犬になってしまっている。また、お馬鹿犬で有名なシベリアンハスキーを、シェパード並みに利口に育て上げている飼い主の存在も自分の目で確認してしまった。

 一般的には遺伝子がものをいうと、言われている犬でさえ、飼い主によって、お馬鹿にもなりうるし、お利口さんにもなりうる。ましてや人間の赤ちゃんの脳なら、なおさら脳の機能を先天的(遺伝子)・後天的(学習)にわけることことができないかもしれない。多くの脳科学者や認知科学者のいうとおり、両者には相互作用があって、後天的(学習)なものが、先天的(遺伝子)なものを変化させうる可能性をもっているかもしれない。

 長い前置きは、ここまでとして本題にはいる。

 今までは、脳の機能を先天的(遺伝子)・後天的(学習)にわけることことができない。両者には相互作用がある。それほど脳は柔軟であるという話しをした。

 で、これから話すことは、そういう難しい話しでは無く、母親の失敗(ドジ)は、息子や娘の反抗と分けることが出来ない。両者には相互作用があるという事を言うつもりである。

 え?
 何のことか分からないって?
 そうせかさないでほしい。
 ゆっくり説明するので・・・・。

 宿屋をはじめて15年たつ。その間、常に疑問におもっていたことがあった。それはファミリーで泊まりに来る家族の中の、お母さんのドジ(失敗)についてである。皿を割るとか、水をこぼすとか、携帯や財布を忘れるといった、たわいもないドジのことだ。

 もちろんお父さんだってドジをする。お父さんとお母さんを比較したら、圧倒的にお父さんのほうがドジが多い。統計は、とってないが、感覚的に5倍くらいお父さんの方がドジが多いと思う。しかし、お父さんのドジには、法則性はないのである。宿屋の親父が観察しても、これといった法則性を見いだせない。

 しかし、お母さんのドジには、ある程度の法則性がある。お母さんのドジの8割が、息子さんや娘さんと喧嘩したあとにおきているのだ。しかし、お父さんには、これがあてはまらない。いくら子供さんと不仲になっても、お父さんは微動だにしない。しかし、お母さんはそうではないのだ。そういう時にかぎってドジをふむのである。

 だから宿屋としては、いらぬ仕事を増やさないように、親子が仲良くなるように細心の注意をはらっている。部屋割りとか、メニューとか、ビデオソフトとか、プレゼントといったことに、かなり気をつかうようになった。特にお母さんが、息子さん・娘さんと仲良くなるような細心の注意をはらっている。

 これは、うちの嫁さんにもあてはまる。

 嫁さんが失敗するケースの大半が、それ以前に息子が愚図っていることがおおい。なので、もし息子が母親の前で愚図っていたら、とんでいくことにしている。でないと嫁さんが失敗して、余計な仕事を増やしてしまうからだ。よーするに「母親の失敗」と「息子の機嫌」には相互作用があるのである。

 で、ここが不思議なところなのだが、「父親の失敗」と「息子の機嫌」には全く相互関係は見られない。父親のドジは、そういう所にはないのである。いくら観察しても法則性を見つけることはできない。息子や娘の機嫌に関係なく、うまそうに酒を飲んでいる。しかし、お母さんは、息子が機嫌が悪いと、高い酒も残してしまうのである。


つづく。

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posted by マネージャー at 19:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする