2015年03月03日

16年大河『真田丸』

NHKは18日、2016年度の大河ドラマ『真田丸』(三谷幸喜脚本)の主演に俳優の堺雅人を起用したことを公式サイトで発表した。戦国時代屈指の英雄として知られる人気武将・真田信繁(真田幸村)を演じる堺は、「いまはまず、なによりも、三谷幸喜さんの脚本をたのしみにしています」と期待を寄せ、「皆さまとともに戦国時代を旅することを心待ちにしています」とコメントしている。

http://www.oricon.co.jp/news/2038761/full/ より

 というわけで、2016年の大河ドラマは「真田丸」に決まったらしい。主演の真田幸村は堺雅人ということだが、視聴率を撮ろうと思ったら、まあそんなところなのかもしれない。しかし、真田幸村を主人公にしたストーリーの何処が面白いのだろうか? 私ならその父親である真田昌幸を主人公にする。

>戦国時代屈指の英雄として知られる真田幸村

と、言っている本人は、本当に戦国時代を知っているのだろうか? 大阪夏の陣冬の陣も、もし真田昌幸が生きていたら、もうちょっと違った様相を見せていた気がする。昌幸なら、ひょっとしたら徳川に勝っていた可能性があると思う。もし昌幸ならば、淀殿にしても大野にしても蔑ろにはできなかっただろうから、かなり自由に戦闘ができたと思う。そうなると、徳川軍団もあれほど簡単に大阪城を包囲できたかどうか疑問である。昌幸が大阪城を包囲されるまで何もしなかったわけがない。包囲されてから行動を起こしても遅いのだ。

 たとえ包囲できたとしても、過去の昌幸の戦法からすると、徳川軍を外堀から城の中に誘いこんで全滅させることなど訳がなかっただろう。現にそうやって、徳川軍を2回も全滅させているのだ。第一次上田合戦では、徳川軍は1300人の死者を出している。それに対して真田軍の死者はたったの40名である。第二次上田合戦になるともっと酷い。10倍の徳川最強軍団を相手に負け知らずだった。たった200人の奇襲で大将の徳川秀忠が小諸へ逃げるという不様な状態だった。

 だから大河ドラマを作るならば、幸村ではなく昌幸でないとおかしいのだ。なのにどうして幸村なのだろうか? やはり悲劇のヒーローが日本人好みなので幸村が主人公の大河ドラマになってしまうのだろうか?

 もし、昌幸が大阪の陣に生きていたら、どのような戦術をとっただろうか? 非常に興味があるところだ。昌幸は戦略の名人である。その戦略に則った戦術を駆使する名人でもあった。しかし、昌幸の天才たる所以は、戦略でもなく戦術でもなく、彼の政略である。

 彼は政略の天才なのだ。
 彼の政略の能力は家康をはるかに上回る。

 だから昌幸が、大阪城に入ったらどのような政略を行ったか、非常に興味のあるところだ。合戦が起きる前に、必ず何か手を打っているはずである。そして大阪城を包囲させない何かを仕掛けているはずである。例えば、数万の兵を率いて江戸へ進撃していったらどうなっただろうか? もちろん城攻め等は一切ナシだ。 3回ぐらい合戦行って華々しく勝利をし、西国大名に工作を仕掛けつつ悠々と大阪城に戻ってきたらどうなっただろうか?

 仮に大阪城が包囲されたとしても、城の外に昌幸なら得意とした遊撃隊を配置しただろう。第一次上田合戦でも、第二次上田合戦でも、それで徳川軍は崩壊しているのだ。だから大阪城の外に遊撃隊を置いて、そして包囲軍を次々と撹乱したかもしれない。そうなると徳川軍もかなり危うかったと思う。なにしろ包囲している徳川軍の大半は、豊臣恩顧の大名たちが多かったのだから、それらに手を付けずに、徳川譜代大名だけを遊撃して壊滅させていたら、どうなったか分からないはずだ。

 現に圧倒的な力を誇る秀吉軍団に対して、徳川家康も善戦して和睦を勝ち取っている。このくらいのことは昌幸ならできたはずである。逆に言うと、家康は昌幸が死んだ後に本気で大阪城を責める気になったのかもしれない。


つづく。

↓ブログ更新を読みたい方は投票を

人気blogランキング






posted by マネージャー at 19:29| Comment(5) | TrackBack(0) | ニュース・時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする