2015年03月17日

日本YH史外伝 6 脱歌舞伎

 今日は、 4月ぐらいの陽気だったために雪がどんどん溶けていっいった。といっても、もともとすごい量の雪が積もっていたために、雪が溶けるといっても限界がある。今年は明らかに雪の量が多いのだ。去年、ものすごい大雪が降ったが、あの時よりも雪の量は多いのではないだろうか? というわけで、今週末に、今期最後のスノーシューツアーが行われる予定である。積雪の量に関しては問題なさそうなので安心している。なにしろあの小浅間山や黒斑山でさえ南斜面に大量の雪は残っているからだ。

 前置きはこのくらいにして本題に入る。

 とんねるずなどが使う業界用語として逆さ読みがある。例えば、素人のことをトーシロと逆さに言ってみる。うまいをマイウと、逆さに言ってみる。これを逆さ読みという。これなどはテレビの業界用語だと思われているが、実はこのような逆さ読みは江戸時代から伝わる隠語であるのだ。たとえば、売れなくなった役者や歌手が地方巡業することをドサ回りというけれど、これも逆さ読みである。

 話は変わるが、私は新潟県は佐渡島に生まれた。佐渡島には能舞台が多い。大町桂月の句に 「鶯や 十戸の村の 能舞台」という佐渡を呼んだ句があるが、それほど能舞台の多いところである。文化芸能が盛んであったのだ。なので全国からいろいろな芸能人が佐渡にやってきた。なにしろ金が大量にとれるし、天領なので年貢は低い。だから金払いもいいから大勢の芸能人が荒稼ぎした。そこから荒稼ぎする場所として佐渡に行く事をドサ回りといった。佐渡を逆さに呼んだのである。いわゆる業界用語=隠語である。

 ここで出雲阿国(いずもおくに)と言う歩き巫女がでてくる。出雲大社の寄付金を集めるために全国を放浪する女性芸能人である。いろんな地方に出張し、そこで出雲の御神楽を見せる。今で言えばオランダの飾窓のようなものである。御神楽で歩き巫女、いわゆる女性の姿を人々に披露する。そして夜は、金を積んだ男のもとに行き一夜を過ごすのである。そうやってお金をどんどん稼ぐのだが、ある程度お金が貯まってくると、もう売春のようなことをしなくてもよくなる。なにしろ金を持っているので、故郷に錦を飾りたいというか、文化の中心地で自分たちの芸を見せびらかしたいと思ったわけだ。そこで京都に現れて、豪華絢爛な衣装を着飾って、ものすごい派手な御神楽を見せるわけである。

 それがどんな状態だったかと言うと、これが不思議なことに全く同じような映画が北軽井沢大舞台に作られていた。高峰秀子主演の「カルメン故郷に帰る」である。カルメンという踊り子が故郷の北軽井沢に錦を飾ろうと帰るのであるが、そこで芸術と称するストリップショーをやるわけだ。それを親族や校長先生などが恥じるわけだが、地元の人たちは大喜びで拍手喝采すると言う映画である。これと同じことが、京都で起きたのだ。出雲阿国と言う歩き巫女が、派手な衣装を着て京都でえげつない踊りをしたのである。

 歌舞伎はここから生まれたのだ。

 しかし、まもなく出雲阿国の女歌舞伎は幕府によって、風紀を乱すということで禁止されることになる。売春と芝居が表裏一体になっているので、当然といえば当然である。歌舞伎が男たちだけで演じられているのは、そういう背景があったからである。

 さて歌舞伎であるが、江戸時代では芝居と言われていた。つまり大衆の娯楽であった。ところが、江戸時代は260年の長きにわたって続いていく。そして大衆の娯楽であった芝居も次第に古典となっていき、通が好む伝統芸能となっていく。年輪を刻むうちに技術と芸術が磨かれて行って、徐々に難解になっていくのだ。そして今の歌舞伎に至るわけだが、明治維新のあとに西洋の演劇に接することによって衝撃を受けた。あまりにも歌舞伎と違っていたからだ。

 そこで、脱歌舞伎運動が始まる。坪内逍遥の文芸協会は、素人を役者にすることによって脱歌舞伎を目指した。 2代目左団次は、その逆で歌舞伎役者を素人にする方向で、脱歌舞伎を目指した。若月紫蘭の新劇研究所はどうかというと、どちらかというと坪内逍遥の文芸協会に近い。

 ところがである。いろいろな人たちが脱歌舞伎を目指したのだが、まったくもって脱歌舞伎になってなかったのだ。たとえば坪内逍遥は、 9代目団十郎を理想とした演劇を目指していた。脱歌舞伎なのに、9代目団十郎をお手本にしてるわけだから脱歌舞伎もへったくれもない。

 当然のことながら若月紫蘭も似たようなものである。彼の新劇研究所の講義などは、まず姿勢から入っていった。姿勢を正して、台本を高く腕に持ち、それを朗々と読み上げるのである。リアリティーもへったくれもない。腹に力を入れて、大声で台詞を言うのであるから、やはり歌舞伎の延長線上にあったようなものだ。それにずっと不満を抱いていた人がいた。天笠貞という小学校の教員である。後の横山祐吉の奥さんになる人であった。



つづく。

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posted by マネージャー at 23:36| Comment(2) | TrackBack(0) | 日本ユースホステル運動史の周辺 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする