2015年03月26日

宿屋とは何だろう?

 今日は息子の2歳の誕生日である。 2年前の今日に息子が生まれたわけだが、つい昨日のようにも思える。月日が経つのは本当に早い。あっという間だった。今にして思えば息子は福の神だったのかもしれない。お客さんも少しずつ増えつつあるし、その中には息子の友人も少しずつ増えている。ママ友やパパ友も増えた。付き合いが増えれば、視野も広がるようになった。

 2歳になると、もう赤ちゃんとは言えない気がする。かなり自分の意思を主張するようになるからだ。それ以前の息子は、どちらかというと受け身の可愛さだった。しかし2歳になると自分自身を見せてくる。そのために、親が可愛がりすぎないようにセーブするのが難しくなる。

 例えば、子犬が可愛いように赤ちゃんがかわいいというのは、ある程度、自分自身をクールに保つことができる。ところが、自分の意志を持ち始めて、そこに可愛さが生まれてくると、自らの親ばかを消滅させるのが難しくなってくる。私が雪かきから帰ってくると、息子は走り寄ってきて私の手を引いてコタツに引っ張っていってくれる。このような行動されると、息子を単なる人間という生物のように観察できにくくなってくる。夜寝るときなどは、私の手と母親の手をくっつけてくる。コンタクトレンズをはめようとすると、ティッシュペーパーをとってくれる。 2歳という小さな子供が、大人でもやらないような気遣いをすると、さすがの私でも目頭が熱くなる。もう冷静に、乳幼児を観察できないかもしれない。

 むかしから子供はかすがいというが、それは本当であると思った。父親と母親の手をつなげようとする行為は、他の人には出来ない技だ。しかしである。 2歳児に道徳心があるのかと言われれば、そう思えない気もする。道徳心から父親と母親の手をつなげようとする行為が生まれるとはとても思えない。普通に考えれば、 2歳児の心の中にある煩悩が、父親と母親の手をつなげようとすると考えるのが自然だろう。子供にとって、それはある種の防衛本能かもしれない。自分がかすがいになることによって、安全保障を得られることが、本能的に分かっているのかもしれない。もっと言うと、遺伝子に組み込まれているような気もする。

 話は変わるが昨日、女性のお客さんが訪ねてきた。結婚すると言う報告である。しかもご近所さんになるという話だった。いろいろ心配していたので、一安心した。余計なお節介かもしれないが、うちの宿では、いろいろお客さんの相談ごとに乗ることが多いが、その結果、状況が良くなることもあれば、悪くなることもある。今回は、めでたいお話だったので、心の底からほっとした。宿屋をやっていて本当に良かったと思った。

 こういうめでたい話が成立するたびに、宿屋とは何だろうと思う。もちろん部屋にお客さんをお泊めするのが仕事なのだが、それは単なる最低条件であって、 充分条件では無い気がする。宿屋の本来の役割というのは、泊まりにきてくれた人に幸せになってもらう事では無いだろうか? もちろん余計なお節介はするべきではないし、しようと思ってもできるもでもない。出来る事は限られている。たったの数時間、宿に泊まっている間に、何かちょっとした、ささやかな事をしてあげることをしかできない。でも、そんなささやかなことでも、何かのきっかけになってくれれば、それはそれでいいのかもしれない。

つづく。

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posted by マネージャー at 11:26| Comment(6) | TrackBack(0) | グンマーで嫁が出産と育児 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする