昔、今は亡き釧路牧場ユースホステルでヘルパーをしていたことがある。仕事は、受付業務だった。お客さんからの予約を電話で受け付けたりする。その次に名前や住所や電話番号を聞くのである。そして交通手段も当然のことながら聞く。そうしないと、駐車場の確保などができないからだ。ある時、今日これから泊まりたいと言う男性から電話がかかってきた。奇跡的に、その日は男性一名だけ空いていた。
「交通手段は何んですか?」
と聞いたら、信じがたい回答が返ってきた。
「カヌーです」
「え? 」
「カヌーです」
「え? すいません聞き取れなかったのでもう一回お願いします」
「カヌーです」
ちなみに釧路牧場ユースは、北海道の釧路市内にある。人口1を8万人の大都市だ。
「カヌーですか?」
「カヌーです」
「すいません、昨日はどちらにお泊まりですか?」
「摩周湖ユースホステルです」
「はぁ・・・・。ちなみにカヌーは、釧路川に置いてくるんですか?」
「いいえ、そちらのユースホステルまで持っていきます」
「ええええええええええええええええええええええええええええええええ?」
その後、ヘルパーだった私は、ワクワクドキドキしながらお客さんを待った。しかしお客さんは、 18時の夕食がスタートしてもなかなかやってこなかった。で、夕食を食べているお客さんに、
「今日はカヌーでやってくるお客さんがいるんですよね。しかもそのカヌーで、このユースホステルに来るらしいんですよ」
と話したら、どよめきが流れた。ここは街中である。この辺には川は無い。どうやってくるんだろう?と、みんな口々に囁いていた。すると自分の身長ほどもある巨大な折りたたみカヌーを背負ったお客さんが、食堂の窓を歩いてくるのを誰かが発見した。
カヌーだ!
どよめいた。
みんな拍手していた。
しかしその時、お客さんの誰かがささやいた。
「これって交通手段が可能じゃなくて、徒歩なんじゃない?」
「あああーーーー」
館内が、再びどよめいた。
確かに徒歩なのだ。カヌーを背負って徒歩で歩いてきている。カヌーを使って多少は移動をしているのだろうが、カヌーをこいで屈斜路湖に行ったわけではないだろう。電車で上流まで行って、徒歩でカヌーを担いで釧路川まで行って、それから釧路川を下ったんだろうと思う。客観的に見ればそうなのだろうが、彼にとっての交通手段は、カヌーなのかもしれない。ひょっとしたら、私が交通手段は何んですか?と尋ねるのを期待して「カヌーです」と、どや顔で回答する気満々だったとしたら、彼の作戦は大成功を収めている。
長い前置きはこのぐらいにして、本題に入る。
宿屋をやっていると、信じがたい交通手段でやってくるお客さんが時たま存在する。例えば、自転車で日本一周している人とか、徒歩で日本を縦断している人とかである。うちの宿にも、何人もの人たちが、歩いて日本を縦断している人たちが泊まりにきた。恐ろしいことに男女比で言うと半々ぐらいである。
徒歩で日本一周する人たちや、日本を縦断する人たちは、なぜか九州の南端から出発する。その逆は聞いたことがない。どういうわけか、北に向かうのである。南に向かって旅をする人たちは、あまりいない。逆に、車で日本一周する人たちは、北から南に南下する人たちが何人も居た。しかし歩いて日本縦断する人たちは、必ず南から北に向かうのだ。なぜだろうか? そういえば植村直己さんも南から北に向かって徒歩旅行をしていた。どうして、みんな北に向かって歩くのだろうか?
そういう人たちが、ユースホステルに泊まるとき非常に苦労するらしい。平日にオープンしている宿が意外に少ないからだ。そのために当日ではなく、前日ぐらいに泊まれるかどうか聞いてくる。うちの宿は、平日のお客さん大歓迎なので、私が空いてますよというと、うれしそうに予約を入れてくる。その時に交通手段を聞くと、歩いて日本一周してますといってくる。
きたな。
私は、即座に戦闘態勢になる。こういう人たちは、ひとりで五杯の飯を食うからである。だから、いつもの二倍から三倍の料理を作って、てぐすね引いて待っているが、これがなかなか到着しない。19時ぐらいに到着したりする。距離計算ではなく標高差計算を間違えてこういう結果になるのだ。で、食事を出すと、ものの十分ぐらいで5杯飯をペロリと食べてしまう。米を三合ぐらい炊いてあるのだが、すべてスッカラカンだ。まかないの分も空っぽである。それだけ食べておいて、
「いやー、この宿の夕食は量が多いですね」
なんて言うので笑うしかない。無理して全部食べなくてもいいのに。残りはまかないかもしれないのに。きっと、あれば食べてしまう人なんだろうなぁと。
そういえば私も若い頃は、ユースホステルに宿泊したら、朝食も夕食も、ご飯を五杯ぐらいおかわりをしたものだ。おなかいっぱい食べて、節約のために昼飯を抜いたものである。もちろん自分用のふりかけも持参していた。最後にはおかずがなくなるので、ふりかけでご飯を食べていたのである。私も人のことをとやかく言えないのだ。
その後、 21時30分から始まるお茶会にも、もちろん登場する。毎度のパターンなのだが、こういうお客さんは、しゃべってしゃべってしゃべりまくるのである。理由は彼らから聞いて納得した。中部地域の人たちは、真面目なので、よそから来る人たちにある程度距離を取るらしい。そのために、他人と会話する機会が極端に減ってくるらしい。
これが九州とか四国になると全くそういう事は無いらしいのだ。だから、旅先でも寂しい思いをすることは全くなくて、いろんな人と出会い楽しい思い出が沢山できる。ところが、関西に入ってくると、そういうことが徐々に少なくなってきて、中部地域に入ると急に孤独になるという。何か避けられているような感じがするらしい。
なにしろ彼らは、歩いて旅をしている。ゆっくりゆっくり移動しているために、なかなか先へ進めない。それぞれの地域をべったりと這いつくばっているわけだから、地域の文化風習をもろにかぶってしまうらしい。四国や九州だと野宿やキャンプ場や駅で寝ても寂しくないらしいのだが、中部地域ではそうはいかないらしい。で、人恋しくなってユースホステルに泊まるようになる。しかし平日に泊まってもお客さんが一人もいないケースが多いので、お客さんと会話するユースホステルのオーナーと出会うと、会話するのが楽しくてたまらないという感じになるらしい。
この気持ちは私もわかる。なぜならば、私も二十代の頃に歩いて日本縦断をしてるからだ。そして同じ体験をしている。ただし、少しだけ違うところがある。昔はユースホステルに、今よりお客さんが多かったことだ。平日に泊まっても0人という事はなかったと思う。そういう意味で、今のお客さんは少しばかりかわいそうに思う。
私は、お茶会で御客さんの武勇伝を聞く。面白いので何度も質問する。するとますます御客さんは得意になって話してくれる。もちろんお客さんにスケジュールを聞くことにしている。もし谷川岳ラズベリーユースに泊まる予定があるようなら、電話で宿のオーナーに御飯の量について教えとこうと思うからだ。それで、一応スケジュールを聞いておくのだが、明日は、朝七時ぐらいに早く出発すると聞いた。そのつもりで、こちらも準備しておいて、朝の六時ぐらいに食事の準備をしていたりすると、日本縦断のお客さんは
「もう1泊していいですか?」
と言ってきたりする。そうだった。こういう人たちにスケジュールなんて、意味がなかった。昔の私もそうだったが、その日の気分次第で行動を決めるのが特徴であった。よほど寂しかったんだろうなぁと同情してしまう私がいた。しかし、その寂しさも東北地方に入っていくと、嘘のようになくなってしまうのだ。東北や北海道では、いろいろな出会いがあるのである。もちろん、それも御客さんに教えている。
つづく。
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