2015年06月06日

公園で遊ぶことの意味1

 最近、軽井沢の公園に通っている。息子に運動をさせるためである。以前は、浅間牧場や浅間園を息子と一緒に歩いたのだが、最近は、坂道になると嫌な顔をするようになってきた。そして、後ろ向きに歩いて坂を登るようになってきた。タコ踊りのように両手を振り回しながら登ることもあるし、急な坂は、ジグザグに登ったりする。階段も好んで上るが、私の手を握り、持ち上げて貰おうとする。

 ありとあらゆる手段を用いて、楽に坂道を上がろうとするのだ。
 まだ2歳2ヶ月だというのに、悪知恵が働くのに呆れてしまう。
 そのうち、ダッコや肩車を要求してくる。
 もちろん、まだ言葉は充分に話せない。
 私の前進を阻むように駄々をこねる。
 仕方が無いので肩車するはめになる。

 これでは、運動にならないので軽井沢の児童公園に連れていくようになってしまった。私としては、もっと自然の中で遊ばせたいし、どこにでもあるような公園で遊ばすのには否定的だった。しかし、背に腹は代えられない。運動させるためには、公園にいくしかないのだ。

 不思議なことに、児童公園での息子は、どんな坂も階段も休み無く登って遊ぶ。万歩計で計測すると3キロ以上歩いている。これは浅間牧場を歩くのと同一距離である。しかも時間が半分しかかかってない。それほど公園の遊具に熱中する。

 こんなことを毎日続けていたら、同じくらいの子供さん連れの公園の常連さんと仲良くなってきた。というか、自然に仲良くなるシステムが確立しているのに気がついた。

 公園に幼児を連れてくる御両親は、子供に運動させたいだけではなかった。子供に譲り合いなども躾けたいみたいなのだ。だからパパもママも必要以上に礼儀正しく、譲り合う。あまり譲り合いすぎて、滑り台が混雑するくらいだ。もちろん私も同じである。すると、息子もそれを真似して、譲り合うようになった。

 と言っても2歳2ヶ月の幼児に「譲り合い」なと理解しているわけがない。今は、真似をしているだけなんだと思う。しかし、それでいいのである。そういう真似をさせるために、必要以上に、お父さん、お母さんは、公園で良い人を演じるのかもしれない。それに気がつくと、公園で遊ばせるのも、悪くないことだなあと思うようになってきた。

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つづく。

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posted by マネージャー at 23:49| Comment(6) | TrackBack(0) | グンマーで嫁が出産と育児 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする