話が変りますが、うちの宿では、夏の間(6月から9月)にファミリーの御客様に花火のサービスをしています。子供に限って花火が無料でできるんです。費用も一切かかりません。どうしてこういう事を始めたかと言うと、東京では条例があって公園などで一切の花火を禁止している。つまり東京では事実上花火はできないと聞いたからです。だから、東京の子供たちにとって花火というのは、花火大会で見るものであって、ほとんど自分で花火を体験する機会がないと聞いたからです。
なので、せめて旅先だけにでも花火を楽しんでもらおうと思ったわけです。それで無料で花火を配ることにしました。もちろん、どのご家族も食後に花火を楽しみます。するとどこからともなく、 4歳児がやってきます。そして花火を見ています。お客さんは
「いったい誰だろう? 」
と思いつつ、
「一緒に花火やる? 」
と誘ってくれます。すると、正体不明の4歳児は目を輝かせて一緒に花火をします。
それにしても、いったい誰なんだろう?
迷子なんだろうか?
そう考えた御客様は、正体不明の4歳児に質問をします。
「どこからきたの?」
「森の中から」
えええええええええええええ?
森の中から?
本物の迷子か?
と、御客様は困惑します。
「名前は?」
「ルケタ」
「ルケタ???」
もちろんそんな名前の子供は、泊まり客にも、宿の家族にもいません。ますます不審に思った御客様は、不思議な子供に年齢を聞きます。
「ルケタ君は、何歳なの? 」
「天才」
「・・・・」
思わぬ返答に周りから笑い声が漏れました。そして気がつくと、その子はどこかに消えてしまうのです。まるで座敷わらしのような4歳児ですが、実はこれが私の息子です。
一見すると、御客様の質問に対して、酷いデタラメを言っているような感じに見えますが、彼の中では、決してデタラメなんかではありません。大人にとってはデタラメのように見えても、幼児にとっては、ちゃんと筋が通っているんです。息子の正しい名前は、ヤマトタケルからとった「健(タケル)」ですけれど、彼はこれを逆さまに読んで「ルケタ」と自分のことを言っています。彼にとっては、一緒のペンネームみたいなものなのですが、一時期、息子は文字を逆さまに読むことが、ブームになっていました。それで、タケルをルケタと呼んだわけです。
息子は2歳になる前からひらがなカタカナをマスターしていたので、文字を読むのが大好きなんです。毎日のように、子供園から本を借りてきて、お母さんに読んでもらっていますし、その後に自分も何度も読んでいます。どうして、文字を読むのが好きになったかと言うと、これにも訳があります。
私はよく息子とスーパーに買い出しに行きますが、その時に文字を読むと得するということを学習しているからです。例えばヨーグルトのコーナーに行くと、息子は片っ端からヨーグルトのラベルを読み始めます。そして大好きなマンゴー入りヨーグルトがあることがわかると、
「お父さんマンゴーのヨーグルトがあるよ」
「このヨーグルトにマンゴーが入っているよ」
と、私にマンゴー入りヨーグルトをおねだりしてくるわけですが、私は苦笑しながら買ってあげます。すると、それに味をしめて、息子はいろんな商品のラベルを次々と読み始め、自分の好物が入っていたら盛んにおねだりします。私もついつい、買ってあげるものですから、息子にとって文字を読むという行為は、快楽を得られる手段になっているわけですね。つまり
文字を読むこと=得をする
という公式が息子の頭脳にインプットされているわけで、こうなると絵本に限らず、様々な文字を読もうとします。下から読んだり逆さまに読んだりして、自分の名前を「タケル」ではなくて「ルケタ」と御客様に紹介するんですね。
また御客様の
「何歳なの? 」
と言う質問に
「天才」
と答えたのにも訳があります。うちの宿には毎日たくさんの御客様がやってきますが、その都度彼は何度も何度も同じ質問をされているわけです。同じように4歳と答えるのに、次第に飽きてきます。そうなると少しばかり頭をひねって「 4歳」ではなく「天才」と答えたくなるのものです。
一事が万事こんな調子ですから、この夏家に泊まりに来た御客様には、ずいぶん不思議な4歳児に見えたことでしょう。なにしろ変なことを言って笑わしたかと思うと、すぐに消えてしまう。側に親がいるようにも見えない。迷子のように見えるけれど、不安がってる様子はない。子供たちが遊んでいると自然と仲良くなって一緒に遊んでいる。けれどいつの間にか消えていることも多い。どこからきたのと聞いてみたら、
「森の中から」
と答えるだけ。まるで座敷わらしのような、雲をつかむような存在だったので、御客様をずいぶんと、まどわしてしまったと思います。息子の読む絵本の多くには、森の中からやってくる話がいっぱいあるのです。息子はその影響受けて「森の中から」やってきたとか、山の中からやってきたとか、洞窟に住んでるんだよなんて答えたりしたんです。
いつだったか、子供園の先生に、こんなことを聞かれました。
「浅間牧場にキリンさんがいるって本当ですか? 」
「え?」
「タケルくんが、浅間牧場に行ってキリンさんや象さんあったって言ってたんです」
「・・・・」
もちろん浅間牧場にキリンさんがいるわけはありません。
これにも訳があります。
私は御客様の希望があると、夜に星空案内のツアーを出します。夜の牧場を車で散策しながら、星空を観察したり、流れ星を数えたり、キャベツ畑を案内したり、近くの牧場に連れて行って、草むらに寝そべっている牛たちを見せたりします。その時に行った解説の中にキリンの話が出ることもあります。もちろん息子もお客さんと一緒に付いてきたりします。そして私の解説を一緒に聞いたりします。息子は、その時のことを先生に伝えたんだと思いますが、それが浅間牧場に行ってキリンさんにあったと言う話になったんでしょう。
ところで星空案内のツアーですが、私は夜の牧場にビームライトを照らして、寝ている牛たちを探します。すると牧場の遥か彼方に光る目玉があったりします。牛たちの体は真っ黒なので、暗闇の中ではなかなか見えません。けれど、牛の目玉だけが光ります。ビームライトを反射して光るんです。もちろん牛の姿は見えません。目玉だけです。その目玉は、キリンに見えたかもしれないし、象に見えたかもしれない。毎日何冊もの絵本を読んでいる息子には、そういう想像力が沸いたって不思議はありません。その想像力を、大人は馬鹿にすることなく大切にしてあげたいものです。
つづく。
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