話は変わりますが、子供が生まれて、その息子が幼稚園に行くようになると、村人と一挙に距離が縮まります。目立たないように息を殺して生活していても、息子の父親であることがすぐに分かってしまう。原因は幼稚園(保育園)が指定する帽子にあります。学年別に色分けされた帽子を必ず被らされるからです。そんな息子をこども園まで迎えに行って、帰り際に買い出しなんかしようものなら、
「息子の同級生の父親がいる」
「娘の同級生の父親がいる」
とばれてしまいます。つまり学年別に色分けされた幼稚園が指定する帽子というのは、個人情報そのものなんですね。ガソリンスタンドにガソリンを入れるだけで、いつも無愛想な職員が、気さくに話しかけてくる。変だなと思っていたら、息子の同級生の関係者でした。幼稚園が指定する帽子を息子がかぶっていたために、私と息子の正体がばれてしまったわけです。
こっちが村人に関わらない様に気配を消してひっそりと生きていても、どうしても息子の父親であることがばれてしまう。ばれてしまえば、いろんな情報が入ってくる。で、入ってきた情報に驚愕する。
嬬恋村の子供たちの双子率が、いとこ率が、親戚率が、異常に高い。そうでなかったとしても、おばあちゃん同士が親友とか、何らかの遠縁関係の同級生たちがうじゃうじゃといる。そのうえ親どうしが同級生とか、先輩後輩とか、近所同士とか、もう無茶苦茶。つまり、息子の同級生たちの多くは、生まれてすぐに大勢の顔見知りの中にいたということなんです。なので、近所同士で遊ぶという事はあまりなくて、いとこが祖父母の元に集まって遊ぶとか、何らかの親戚のところに集まるといったことが起きてくる。この辺が東京などの都会と全く違うんです。みんな顔見知りで、どこかで繋がっている。繋がりの中で生きているので、生まれて直ぐに地域のネットワークの中に溶け込んでいる。
しかし、よくよく考えてみたら、私もそうでした。私は佐渡島という離島出身ですが、やはり子供の頃、同じクラスに親戚が2人ほどいました。これは、田舎「あるある」なんですよね。田舎じゃよくある。で、自分の体験からしたら、非常に嫌なことなので、かわいそうだなぁと思っていたんです。同じクラスに親戚がいるのは、親としては気にならないかもしれないけれど、子供としては嫌だった。体験者としては非常に嫌悪。その点、息子は、どこにも親戚がいない。完全無欠のよそ者ですから、気が楽でよかったなあ〜めでたしめでたしと思っていました。
逆に言えば、息子は、ものすごい濃密に仲良くなれる友達ができにくいといえば出来にくい。0歳児の頃から一緒に遊んでいる従兄弟同士とか、仲良し老人の孫同士と比べたら入園の段階でハンデがある。多くの田舎の幼児たちが、入園前から友達だったのにたいして、息子はそうではなかったからです。
逆に言うと、息子は、誰とでも仲良くなれるスキルを身につけてしまっている。軽井沢でも、高崎でも、前橋でも、公園で遊ばせると見知らぬ子供とすぐに仲良くなる。で、どんなに仲良くなってもアッサリさよならできる。息子にとって一期一会は日常にさえなってる。ところが、嬬恋村の特に女の子の親友同士は、三歳にして帰宅時間に涙を浮かべながら別れを惜しんでいる。息子には、全く、そういうところはない。
話は変わりますが、先日、幼稚園でソリ滑り大会がありました。家族が参加しないとダメなので私が息子を連れてパルコールスキー場に行ってきました。そこでソリ滑り競争のチーム分けするために、幼稚園の先生がこんな一言いました。
「好きな人5人ずつチームを作ってください」
こういう風に言われると、
必ずあぶれてしまうのが息子である・・・
と、私は嫁さんから聞かされていました。
みんなそれぞれに特定な親友がいる訳ですから、好きな子を探して五人のチームを作るわけです。息子は必ずあぶれてしまう。去年もそうだったし一昨年もそうだった・・・と嫁さんは心配していました。それを見てるのが辛かったせいか、今年は私に「ソリ大会に行ってくれ」と言ってきたんですよね。そして、いよいよ
「好きな人5人ずつチームを作ってください」
という先生の指示があったのです。
さて今年はどうなんだろうと、
じっと見ていたら、
多くの幼児たちが友達を探しているのに対して、
息子のやつは、次々とできあがってくるグループの数を数えてばかり。
そして4人しか集まらなかったところに、ちゃっかり入ってしまいました。
おもわず
「それでいいんかい?」
というツッコみを入れたくなりましたが黙っていました。
自宅に帰ると嫁さんが家の中から出てきて、今年はグループの中に入れた?と、こっそり聞いてきたので、真相を話したら嫁さんは大爆笑していました。
つづく。
↓ブログ更新を読みたい方は投票を
人気blogランキング