今回は「植福」についてです。
植福とは、将来に対して幸福の種を蒔いておくことです。
過去に自らが蒔いた種が芽を出し、今の自分を創っている。
過去を書き替えることはできないが、今から良い種を蒔き続ければ、
望ましい未来につなげることができるというのが植福です。
実は、幸田露伴もびっくりの植福の人が軽井沢にいます。
雨宮敬次郎です。
過去に5回ほどやっている、雨宮敬次郎のツアー(離山ツアー)に参加した人なら御存知でしょうが、彼ほど植福に命をかけた人はいなかった。
彼は、行商から身を起し、事業の失敗と成功を繰り返し、明治二十一年(1888)に甲武鉄道の取締役となって以来、川越鉄道、北海道炭礦鉄道と関わり、日本鋳鉄会社を起しました。東京市街鉄道株式会社を設立し、京浜電鉄、江ノ島電鉄の社長となり、軽便鉄道を日本にもってきたり、列車を製作したり、鉄道国有論を唱えたり、広軌レールを主張したり、運賃無料論を唱えたり、物流革命を見越した人物でもあります。
この雨宮敬次郎が、軽井沢を作ったことは意外に知られていません。軽井沢といえば、宣教師のアレキサンダー・クロフト・ショーが別荘地に軽井沢を発見したことばかり言われていますが、そうではない。軽井沢を作ったのは、雨宮敬次郎なんです。雨宮敬次郎が、軽井沢に大規模な植林事業を行ったのであり、多くの農民を入植させて、こまごまと面倒をみてやって、今の軽井沢の骨格を作り上げたのです。
アレキサンダー・クロフト・ショーが「軽井沢の恩父」などと言われてますが、馬鹿言ってるんじゃ無いよ。雨宮敬次郎を忘れていませんか?と言いたいですね。雨宮敬次郎こそは、私財をなげうって軽井沢に尽くしてきた人間であり、軽井沢に多くの人を入植させた人間なのです。軽井沢を避暑地として紹介しただけの宣教師ショーとは格が、スケールが違います。
アレキサンダー・クロフト・ショーが、軽井沢に訪れたとき、軽井沢は原野であり樹木が一切なかった。その原野に植林事業を始めました。当時、原野と言えば御殿場か軽井沢だった。どちらかで植林事業をやるつもりだった。結局軽井沢になったのは、東海道線よりも信越線の方が早く開通したからです。もし東海道線の方が早く開通していたら、今でも軽井沢は原野のままで、御殿場が大森林地帯になって怒ったかもしれない。
もちろん原野から始める植林事業なので、雨宮敬次郎が生きている間に利益を上げることはありません。でもそれでいいと思った。彼は、子孫のための貯金だと言って、ただひたすらにカラマツの植林に励みました。しかもカラマツというのがすごい 。カラマツは、若いうちは何の役にも立たないけれど、樹齢何百年も経つと高値がつく。松ヤニが多くて油まみれのカラマツは、腐りにくく特に線路の枕木にうってつけだった。 大量のカラマツがあれば、日本全国に線路が引ける。雨宮敬次郎は、物流こそが人々を幸せにするという信念を持っていたので、カラマツの植林事業は、 将来はきっと日本の役に立つと信じました。彼こそは、 植福の達人だと言えましょう。 雨宮敬次郎は言います。
「日本人は未だに貯蓄心が足りない。金があればすぐ使ってしまう。私は一文もない時分から貯蓄というものに重きを置いていたが、今は開墾地への貯蓄の金をかけている。貯蓄をどういう方法でするかと言うと木を植える。金の貯蓄ではなく木の貯蓄をやっている。生前のための貯蓄ではなく、死後のために貯蓄をやっているのだ」
こうして軽井沢に大量の落葉松林ができたのですが、残念ながら鉄道の時代は終わっています。しかし、雨宮敬次郎の苦労は無駄に終わっていません。この大量の落葉松林が、新型コロナウイルスが、世界中に蔓延する危機的状況下において、軽井沢の救世主になる可能性が出てきたからです。落葉松林が、住民の免疫力を上げている可能性があるからです。
平成十七年度の研究では森林浴がNK細胞内の抗がんタンパク質の増加によってヒトNK活性を上昇させることを明らかにしています。どうして、そうなるのか?そのメカニズムは、まだよくわかっていないのですが、フィトンチッドが原因の可能性があるとも言われています。このフィトンチッドは、松科の樹木に多いのですが、軽井沢には、雨宮敬次郎が植林した大量のカラマツがあります。これが、軽井沢・北軽井沢・嬬恋村の住民の健康の持っている可能性が出てきました。
考えてみれば昔から軽井沢は、病人を治癒する土地として有名でした。戦前は、軽井沢にたくさんのサナトリウムがあって、多くの結核患者を治癒してきました。軽井沢に住む文豪たちの中には「風立ちぬ」といった結核をテーマにした作品ができたりしてます。だとすると、雨宮敬次郎は、子孫のために大きな 植福をしてくれたということになります 。
その他にも軽井沢が雨宮敬次郎に感謝すべき理由があります。
雨宮敬次郎はこんなことを言ってます。
「四十戸の人間を入植させることは木を植え付けるよりも難しかった。人間の植え付けは容易にできるものではない(略)。不毛の原野に住もうとする者は何かの欠点を持った人間である。少しでも財産をこしらえると、もうそんなところには辛抱できず、すぐ 帰る気になるから、それを居着かせるためには、酒を飲むものがあれば酒を飲まし、病人があれば薬を与えるなど我が子同様にしなければ、ついて来れない。それだから家内が行くと皆がお母さんのように思ってすっかりなついている。この状態であの村ができたのだった」
長い前置きはこのくらいにして、本題に入ります。
先日、とあるスーパーで同業者(宿屋)のオーナーとバッタリ出会い、 その方の息子さん(一人っ子)の話を聞きました。その方の息子さんも、やはりお人好しでサービス精神が旺盛らしく、お客さんのお子さんがやってくると、うちの息子と同じように遊び相手になり、絵本の読み聞かせをしたり、なんでもプレゼントしてしまうらしい。なので、うちの息子も同じなんですよと言うと、
「宿屋というサービス業をやっている親の真似をするんだよね」
という話で盛り上がってしまった。
やはり、宿屋の息子はどこも同じなんだなぁと返事を返していたら、必ずしもそうではないとのこと。 同じ宿屋でも、お客さんの悪口ばかり言ってるオーナーさんの息子は、人の悪口ばかり言うようになるし、がめついオーナーの息子さんも、非常にがめつくなるらしい。だから、息子さんの性格をみれば、その宿屋のオーナーの経営方針が非常によくわかるとのこと。
「ああ、なるほど・・・」
と思ったんですが、しばらく経って青ざめてしまった。そういう視点で、うちの息子を観察する人もいるんだ・・・と青ざめてしまった。
うちの息子は大丈夫なんだろうか?
よそ様にご迷惑をかけてないか?
妙に落ち着かなくなってしまった。
その心理を察したのか、相手はこんなことを言ってくる。
「◇◇さんのところは、すごいよ。三人も子供がいて、みんな良い子ばかりで、親孝行なんだよ。しかも、全員が成績優秀。なので有名私立に入ってしまった。だから学費も半端じゃなかったらしい。こないだその件を聞いてみたら、最近になってやっと、親の任務を離れることができて生活が楽になったって言ってたよ」
「へえ・・・」
「◆◆さんのうちも、三人も子供がいて、みんな良い子ばかりで、みんな前橋に下宿している」
「え? 前橋?」
「奥さんが前橋に住んで子供の面倒をみてて、週末にペンションに戻ってくる。優秀なお子さんばかりだと親も大変だけれど、これも未来への投資。歴代の親たちが子供にやってきた道を、今の親たちもやるということさ」
「・・・」
嬬恋村といえば、群馬県のチベットと言われるぐらいのど田舎ですが、 こんなド田舎にもかかわらず、 優秀な子供たちが多いのには呆れます。近所のペンションでもお子さんが、長野県でもナンバーワンと言われている有名私立高校に入っている。しかも同じペンション仲間のお子さんも入学している。嬬恋中学校といえば、一学年の人数は下手したら五十人をきる年もある。これだけ子供の数が少ないのに、この調子。そういえば息子の入っていたスケート部の先輩も、中高一貫の超有名私立学校に入学していました。親たちの負担も大変でしょうが、子供の将来を思ってのことなので、これも一種の植福と言えるかもしれません。
とてもじゃないけれど、私にはそこまでやるほど気力はない。本人がどうしてもといえば、考えないでもないですが、かなりの高齢で生まれた子供ですから、どちらかというと、学力よりも健康体を作ってあげたい。この心理は、五十歳を過ぎて子供を持った人間にしかわからないかもしれません。
私は二十年間宿屋をやっていますが、その間に何人かのリピーターのお客さんが、命をなくしています。 そこまで行かなくても、ストレスで鬱になった人もいる。嫁さんの親戚の方で、若くして突然死した人もいる。 そもそも嫁さんの父親からして、若くしてなくなっている。
無駄に人生を長く生きていると、そういう経験が積み重なるので、どうしても健康というものを重視してしまいます。体の健康もそうだし、心の健康も。 だから早取り学習よりも、ゲームを使った脳トレーニングを重視してきたし、小さいうちから空手家キックボクシングをさせたり、毎日のように息子を連れて登山に明け暮れています。子育てを健康中心にもっていく。健康のために金を使う。これはこれでひとつの植福と言えるかもしれません。将来のために息子に健康を植福している。
植福 にも、色々あると思います。
人それぞれ、いろんな植福を行なっている。
これは、どの植福が正解かというよりも、
それぞれ親たちの歩んできた人生に大きく影響されて植福が選択される。
たまたま私は、健康というものに対して敏感にならざるえなかった。
だから息子にしてやれる植福は、健康な体つくり。
それもほどほどの健康な体。
息子が望むなら別だが決して全国を狙うスポーツマンにしたいわけではなく、ほどほどの健康体と、ほどほどの人格者であればいい。息子が望むなら別だが、決して聖人君子になんかにしたくない。少しだけ欲がある平凡な人間で良い。宮沢賢治の「雨にもマケズ」の世界が息子にとって一番良いと思っている小市民な親だったりする。
つづく。
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2020年05月30日
2020年05月28日
例のウイルスで息子の夢が消えてしまった その2
二十年ほど前に『幸田露伴の語録に学ぶ自己修養法(渡部昇一)』という本を読みました。幸田露伴の面白いことは、幸福を語るのに『幸福論』と書かずに『努力論』を書いているところです。その『努力論』で幸福を引き寄せる方法として「惜福、分福、植福」が必要だと言っています。幸福を引き寄せるためには、惜福・分福・植福といった努力が必要だと言うのです。
分福について幸田露伴は、自分に巡ってきた福を独り占めしないで周囲にも分け与える。しかも見返りは期待しない。福は天からの授かりものであり人々の間を巡るもの。自分に巡ってきた福を天の一角に返す気持ちを持つ心掛けが大切。周囲を幸福にすることが、自らの幸福につながる。だから分福によって、よりいっそう大きな福がやって来る。例えば、
「商売で儲かった時に利益を使用人らに分けたとしよう。すると使用人らは、店主が福利を得るならば自分たちも福利を得るのだということが分かり、熟心に業務に励み、店主を儲けさせようと努力するものなのである」
というふうに。
ところで幸田露伴が、なぜ露伴なのかというと、仕事をやめて北海道から徒歩で餓死寸前になりながら帰京したことがあり、露を伴って野宿したので「露伴」と名乗ったと言います。ああ、なるほどと思いましたね。これなら幸田露伴が、
『分福』
と言った理由が分かります。私でなくても、1980年代から1990年代にわたって北海道を徒歩旅行した人なら誰だって分かると思います。どれだけ『分福』のお裾分けに預かってきたか、身にしみて分かると思います。
今から四十年ぐらい前の北海道では、電車に乗れば、地元民の人たちが誰彼なく気さくに話しかけてきました。道を歩いていれば、車が止まって乗せてくれましたし、車中で話が盛り上がれば、「俺の家に泊まっていけ」と言われて、何日もお世話になることも多かった。もちろん住所交換もした。年末になると新巻鮭が送られてきたり、色々なものが送られてきました。もちろんこちらの方もお返しに何らかのものを送り返しましたが、相手は金額にして倍ぐらいのものを送ってくる。
そういえばライダーハウスなんてものが北海道にはありました。今でも存在してるとは思いますが、当時のライダーハウスはちょっと違ってました。ラーメン屋の駐車場の隅に小屋なんかがあって、ラーメン一杯を食べるとそこに無料で泊めてくれました。ライダーハウスには旅人も泊まっていましたが、ジプシーみたいな人たちも泊まっていました。そして近くの農家や漁師番屋で働いていました。その人たちは、野菜を持ってきたり、魚を持ってきたりして、夜になるとみんなで持ち寄った食材で美味しそうな鍋を作ったりしていた。するとどこからともなく差し入れが届いてくる。ラーメン屋の親父が、余ったご飯を届ける場合もあれば、近所の農家がとうもろこしや酒を届ける場合もある。お礼を言うと
「何もだ」
と言って、一緒に酒を飲んだりします。
「俺もここの人間だ」
近所の農家のご主人は、ライダーハウス出身だと言う。農家でアルバイトしてるうちに、そこの娘と結婚して、今は農家の大黒柱になっているらしい。
そのご主人のおじいちゃんの話によれば、昔は芋掘りさんという人たちがいて、家族でじゃがいも掘りの季節労働して北海道中を渡り歩いていた人たちがいたらしい。だから芋掘りの季節になると大勢の子供たちが転校してきて、二週間後に去っていったという。
どの子供たちも服はボロボロで身なりは良くなかったけれど、地元の子供たちも、大人たちもみんな親切にしてあげた。彼らは貴重な労働力だったし、学校から帰ってすぐに雇われた農家で親と一緒に芋掘りの手伝いをする。一生懸命親孝行する子供たちを馬鹿にできる人たちは、当時の北海道のどこにもいなかった。むしろ尊敬の眼差しで見ている人たちの方が多かったという。
芋掘りさんたちが転校していく日、ご主人のおじいちゃんは、餞別に宝物でも何でも差し出したといいます。そして時代が変わって芋掘りさんたちが住んでいた小屋は、ライダーハウスの前身になりました。
また北海道には、開拓地だというのに神社がいっぱいありました。神社にはたいていテントが並んでいて、大勢のキャンパーたちが生活していました。1990年の頃。バブルのさなかの頃です。キャンパーたちの中は、優雅に写真撮影をしてる人たちもいたし、バイクでツーリングしている人たちもいましたけれど、農家で働いてる人たちも多かった。
寒さの厳しい冬になると、日本列島を南下していき、沖縄の波照間・石垣島・西表島に向かって製糖工場で働く人たちも多かったけれど、真冬の北海道でキャンプしてる人たちも多かった。キャンプと言っても、山ガールのキャンプをイメージとは程遠い。ジプシーみたいな生活。芋掘りさんに近いと思います。彼らが厳冬の北海道でキャンプできたのも、北海道の庶民に分福が根付いていたからだと思います。でなければ、彼らは厳冬の北海道では生きていけなかったはずです。
長い前置きはこのくらいにして、分福について。
分福と言えば、嫁さんの実家のある群馬県館林が本家です。あの分福茶釜は、群馬県館林にある茂林寺にありました。館林というところは、昔から裕福な土地だったらしく、その理由が、いくらお湯を汲んでも全く尽きることのない茶釜のおかげであると言われていました。お湯が無限に湧いてくれれば、燃料代が助かりますから、村全体が裕福になるという理屈です。
本当にそんなことがあったかどうかは別にして、ポイントは、お湯を分け合ったということにあります。分福が徹底したからこそ館林は裕福になった。それを周辺の市町村が信じたということに大きな意味があります。館林からちょっと離れると栃木県になりますが、その栃木県の住民たちにも館林の分福は有名であったという明治時代の記録が残っています。
実際に館林周辺の市町村は、江戸時代の昔から栃木県も含めて分福を徹底していました。なので、この辺りには多くの人たちが集まってきたと言います。NHKのテレビドラマで有名な「おしん」のような存在が、わんさか押し寄せてきたのも、館林周辺地域です。
彼らは、奥州子と言われて、わずかばかりの米俵と引き換えに奉公に出された子供であり、小さい赤ん坊の子守をしながら学校の校庭に集まっていました。
その辺の事情を知っている教師たちは、わざと窓際で奥州っ子に聞こえるように、窓に向かって叫ぶように授業をしました。子守の子供たちは、それに甘えて勉強した。教科書もノートもないので子守の子供たちは棒で地べたに文字の練習をしました。一事が万事、みんなこの調子です。
お墓のお供え物も、白米のおむすびでした。そのおむすびは、貧しい人たちの食事にやることが前提です。実際、おそなえをすると、貧しい人たちが、それを食べていた。
赤ん坊を抱えて物乞いをする人には、温かいご飯を食べさせたと言います。お金をあげても、コンビニのない時代ですから、お金よりも食事の方がありがたかった。米をもらっても、金をもらっても困るだけだった。このような館林の分福も、館林出身の嫁さんには興味がないようなので、あまり話していません。
話は変わりますが、どういうわけか、うちの息子には分福が身についています。時としてやりすぎることがあるくらい。原因は、宿屋の息子なためだと思われます。子供というものは親の真似をします。特に長男や一人っ子の場合、信じられないくらい親の真似をします。うちの息子も、何でも真似をしました。問題は、私が宿のオーナーであることです。
親が盛んに接客サービスをしていると、息子もそれを真似する。息子なりに何でもサービスをする。それがお客さんに好評で、売上が伸びたのも確かです。小さなお子さん連れのご家族が来ると、自分が持ってるおもちゃを両手に抱えて小さなお子さんたちのところに走って行きます。絵本を読んであげるし、こっそり溜め込んだ自分のおやつも持っていく。お客さんが、メガネを探していると、度数の合わない私のメガネまで持っていく。
まさに分福。
なんでもかんでも差し出そうとする。
売り物の小さなおもちゃまで勝手にあげてしまう。
それを叱るんですが、何が悪いのか今ひとつ分からない。
最初は微笑ましいなぁと思っていたんですが、さすがに大変な弊害があるということに気がついた。分別のない分福は、かなり危険だということに。
なので幼稚園の年長さんの頃に、お金を学習させるためにコンビニやスーパーに連れて行って、こづかいをあげて、自分でおやつを買わせますと、買ったおやつを、親にも分けてくれます。決して独り占めしようとはしません。
と書くと美談のように思えますが、これは少しばかり危険です。お金の怖さを分かってない。幼稚園時代の息子は、呆れるばかり物欲がないので、お金でもおやつでも、おもちゃでも、何でも他人にあげてしまう。親の接客姿をみて、そういうものだと勘違いしている節がある。
それはそれで決して悪いことではないのですが、世の中にはクレクレ君と言う、物欲の塊の人たちが少なからずいるし、悪意のある人もいる。そういう人たちと出会ったら必ずトラブルになるのは目に見えている。なので分福という行為は、惜福に比べて、かなり高度で難しい判断を必要とする。どの過ぎた分福には、必ずトラブルが生じてしまう。
そこで、欲というものを教えることにしました。具体的に言うと、アルバイトなどをさせて、お金を稼がせることにした。何かお手伝いをしたら十円ずつ払い、その十円が貯まったら、おやつか何かを買わせるようにした。お金の価値を自身の労働によって身をもって分からせるようにした。
しかしこれを実行してみると、少々具合の悪いことに気がつきました。
幼稚園児が行うお手伝いというものは、かえって足手まといになる。
なので、勉強や運動することに十円ずつ払うことにしました。その代わり、おやつも与えなければ、おもちゃを買わない。欲しければ自分で稼ぐように仕向けました。その結果、苦労して手に入れた十円は、簡単に手放さなくなりました。労働することによってお金の価値が分かってきた。そうなると、コンビニでお菓子を買うこともなくなる。苦労の末、手に入れたお金を滅多に使わなくなった。
これにアジをしめた私は、息子に十円をジャンジャン支払うようになり、小学校一年生になる頃には、何かする事に百円ずつ払うようになった。そのかわりに罰金を取ることも始めました。お金はジャンジャン払いますけれど、忘れ物をしたり、嘘をついたり、やってはいけないことをした場合、千円とか二千円の罰金を取るようにしました。
罰金制度にしたのは、子供をきつく怒鳴っても効果が無いからです。怒鳴ったところで忘れ物がなくなるわけではない。でも、忘れ物をすることに千円の罰金を命じると、忘れ物はなくなる。それはもう嘘のように忘れ物をしなくなる。怒ったり叩いたりしても忘れ物をするくせに、千円の罰金だとピタッと忘れ物がなくなってしまう。千円を稼ぐのが、どんなに大変か身をもって体験したためか、恐ろしいほど忘れなくなる。その結果、おこずかいが、どんどん増えていく。
不思議なもので、お小遣いが増えると、お金を使わなくなる。増やすことに執念をもちはじめ、アルバイト・勉強・運動など、お金になることを率先してやるようになった。で、自分の貯金通帳を作りたいと言ってきた。群馬銀行に出かけて息子の貯金通帳を作ってあげた。で、私の方は、新型コロナウイルスで経営悪化したので定期預金を解約手続きを行った。帰り際に息子が
「1億円ためたいな」
と言うので
「そんなに貯金して、何に使うの?」
と聞くと、ロシアで寿司屋をやるための資金で必要だと言った。
「こいつ、何を言ってるんだ?」
と首を傾げていると、息子は得意満面で、将来の計画を語り始めたのです。今年の二月頃の話です。ダイヤモンドプリンス号が入港した頃で、まだ新型コロナウイルスが、深刻な状況でなかった頃の話です。
つづく。
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分福について幸田露伴は、自分に巡ってきた福を独り占めしないで周囲にも分け与える。しかも見返りは期待しない。福は天からの授かりものであり人々の間を巡るもの。自分に巡ってきた福を天の一角に返す気持ちを持つ心掛けが大切。周囲を幸福にすることが、自らの幸福につながる。だから分福によって、よりいっそう大きな福がやって来る。例えば、
「商売で儲かった時に利益を使用人らに分けたとしよう。すると使用人らは、店主が福利を得るならば自分たちも福利を得るのだということが分かり、熟心に業務に励み、店主を儲けさせようと努力するものなのである」
というふうに。
ところで幸田露伴が、なぜ露伴なのかというと、仕事をやめて北海道から徒歩で餓死寸前になりながら帰京したことがあり、露を伴って野宿したので「露伴」と名乗ったと言います。ああ、なるほどと思いましたね。これなら幸田露伴が、
『分福』
と言った理由が分かります。私でなくても、1980年代から1990年代にわたって北海道を徒歩旅行した人なら誰だって分かると思います。どれだけ『分福』のお裾分けに預かってきたか、身にしみて分かると思います。
今から四十年ぐらい前の北海道では、電車に乗れば、地元民の人たちが誰彼なく気さくに話しかけてきました。道を歩いていれば、車が止まって乗せてくれましたし、車中で話が盛り上がれば、「俺の家に泊まっていけ」と言われて、何日もお世話になることも多かった。もちろん住所交換もした。年末になると新巻鮭が送られてきたり、色々なものが送られてきました。もちろんこちらの方もお返しに何らかのものを送り返しましたが、相手は金額にして倍ぐらいのものを送ってくる。
そういえばライダーハウスなんてものが北海道にはありました。今でも存在してるとは思いますが、当時のライダーハウスはちょっと違ってました。ラーメン屋の駐車場の隅に小屋なんかがあって、ラーメン一杯を食べるとそこに無料で泊めてくれました。ライダーハウスには旅人も泊まっていましたが、ジプシーみたいな人たちも泊まっていました。そして近くの農家や漁師番屋で働いていました。その人たちは、野菜を持ってきたり、魚を持ってきたりして、夜になるとみんなで持ち寄った食材で美味しそうな鍋を作ったりしていた。するとどこからともなく差し入れが届いてくる。ラーメン屋の親父が、余ったご飯を届ける場合もあれば、近所の農家がとうもろこしや酒を届ける場合もある。お礼を言うと
「何もだ」
と言って、一緒に酒を飲んだりします。
「俺もここの人間だ」
近所の農家のご主人は、ライダーハウス出身だと言う。農家でアルバイトしてるうちに、そこの娘と結婚して、今は農家の大黒柱になっているらしい。
そのご主人のおじいちゃんの話によれば、昔は芋掘りさんという人たちがいて、家族でじゃがいも掘りの季節労働して北海道中を渡り歩いていた人たちがいたらしい。だから芋掘りの季節になると大勢の子供たちが転校してきて、二週間後に去っていったという。
どの子供たちも服はボロボロで身なりは良くなかったけれど、地元の子供たちも、大人たちもみんな親切にしてあげた。彼らは貴重な労働力だったし、学校から帰ってすぐに雇われた農家で親と一緒に芋掘りの手伝いをする。一生懸命親孝行する子供たちを馬鹿にできる人たちは、当時の北海道のどこにもいなかった。むしろ尊敬の眼差しで見ている人たちの方が多かったという。
芋掘りさんたちが転校していく日、ご主人のおじいちゃんは、餞別に宝物でも何でも差し出したといいます。そして時代が変わって芋掘りさんたちが住んでいた小屋は、ライダーハウスの前身になりました。
また北海道には、開拓地だというのに神社がいっぱいありました。神社にはたいていテントが並んでいて、大勢のキャンパーたちが生活していました。1990年の頃。バブルのさなかの頃です。キャンパーたちの中は、優雅に写真撮影をしてる人たちもいたし、バイクでツーリングしている人たちもいましたけれど、農家で働いてる人たちも多かった。
寒さの厳しい冬になると、日本列島を南下していき、沖縄の波照間・石垣島・西表島に向かって製糖工場で働く人たちも多かったけれど、真冬の北海道でキャンプしてる人たちも多かった。キャンプと言っても、山ガールのキャンプをイメージとは程遠い。ジプシーみたいな生活。芋掘りさんに近いと思います。彼らが厳冬の北海道でキャンプできたのも、北海道の庶民に分福が根付いていたからだと思います。でなければ、彼らは厳冬の北海道では生きていけなかったはずです。
長い前置きはこのくらいにして、分福について。
分福と言えば、嫁さんの実家のある群馬県館林が本家です。あの分福茶釜は、群馬県館林にある茂林寺にありました。館林というところは、昔から裕福な土地だったらしく、その理由が、いくらお湯を汲んでも全く尽きることのない茶釜のおかげであると言われていました。お湯が無限に湧いてくれれば、燃料代が助かりますから、村全体が裕福になるという理屈です。
本当にそんなことがあったかどうかは別にして、ポイントは、お湯を分け合ったということにあります。分福が徹底したからこそ館林は裕福になった。それを周辺の市町村が信じたということに大きな意味があります。館林からちょっと離れると栃木県になりますが、その栃木県の住民たちにも館林の分福は有名であったという明治時代の記録が残っています。
実際に館林周辺の市町村は、江戸時代の昔から栃木県も含めて分福を徹底していました。なので、この辺りには多くの人たちが集まってきたと言います。NHKのテレビドラマで有名な「おしん」のような存在が、わんさか押し寄せてきたのも、館林周辺地域です。
彼らは、奥州子と言われて、わずかばかりの米俵と引き換えに奉公に出された子供であり、小さい赤ん坊の子守をしながら学校の校庭に集まっていました。
その辺の事情を知っている教師たちは、わざと窓際で奥州っ子に聞こえるように、窓に向かって叫ぶように授業をしました。子守の子供たちは、それに甘えて勉強した。教科書もノートもないので子守の子供たちは棒で地べたに文字の練習をしました。一事が万事、みんなこの調子です。
お墓のお供え物も、白米のおむすびでした。そのおむすびは、貧しい人たちの食事にやることが前提です。実際、おそなえをすると、貧しい人たちが、それを食べていた。
赤ん坊を抱えて物乞いをする人には、温かいご飯を食べさせたと言います。お金をあげても、コンビニのない時代ですから、お金よりも食事の方がありがたかった。米をもらっても、金をもらっても困るだけだった。このような館林の分福も、館林出身の嫁さんには興味がないようなので、あまり話していません。
話は変わりますが、どういうわけか、うちの息子には分福が身についています。時としてやりすぎることがあるくらい。原因は、宿屋の息子なためだと思われます。子供というものは親の真似をします。特に長男や一人っ子の場合、信じられないくらい親の真似をします。うちの息子も、何でも真似をしました。問題は、私が宿のオーナーであることです。
親が盛んに接客サービスをしていると、息子もそれを真似する。息子なりに何でもサービスをする。それがお客さんに好評で、売上が伸びたのも確かです。小さなお子さん連れのご家族が来ると、自分が持ってるおもちゃを両手に抱えて小さなお子さんたちのところに走って行きます。絵本を読んであげるし、こっそり溜め込んだ自分のおやつも持っていく。お客さんが、メガネを探していると、度数の合わない私のメガネまで持っていく。
まさに分福。
なんでもかんでも差し出そうとする。
売り物の小さなおもちゃまで勝手にあげてしまう。
それを叱るんですが、何が悪いのか今ひとつ分からない。
最初は微笑ましいなぁと思っていたんですが、さすがに大変な弊害があるということに気がついた。分別のない分福は、かなり危険だということに。
なので幼稚園の年長さんの頃に、お金を学習させるためにコンビニやスーパーに連れて行って、こづかいをあげて、自分でおやつを買わせますと、買ったおやつを、親にも分けてくれます。決して独り占めしようとはしません。
と書くと美談のように思えますが、これは少しばかり危険です。お金の怖さを分かってない。幼稚園時代の息子は、呆れるばかり物欲がないので、お金でもおやつでも、おもちゃでも、何でも他人にあげてしまう。親の接客姿をみて、そういうものだと勘違いしている節がある。
それはそれで決して悪いことではないのですが、世の中にはクレクレ君と言う、物欲の塊の人たちが少なからずいるし、悪意のある人もいる。そういう人たちと出会ったら必ずトラブルになるのは目に見えている。なので分福という行為は、惜福に比べて、かなり高度で難しい判断を必要とする。どの過ぎた分福には、必ずトラブルが生じてしまう。
そこで、欲というものを教えることにしました。具体的に言うと、アルバイトなどをさせて、お金を稼がせることにした。何かお手伝いをしたら十円ずつ払い、その十円が貯まったら、おやつか何かを買わせるようにした。お金の価値を自身の労働によって身をもって分からせるようにした。
しかしこれを実行してみると、少々具合の悪いことに気がつきました。
幼稚園児が行うお手伝いというものは、かえって足手まといになる。
なので、勉強や運動することに十円ずつ払うことにしました。その代わり、おやつも与えなければ、おもちゃを買わない。欲しければ自分で稼ぐように仕向けました。その結果、苦労して手に入れた十円は、簡単に手放さなくなりました。労働することによってお金の価値が分かってきた。そうなると、コンビニでお菓子を買うこともなくなる。苦労の末、手に入れたお金を滅多に使わなくなった。
これにアジをしめた私は、息子に十円をジャンジャン支払うようになり、小学校一年生になる頃には、何かする事に百円ずつ払うようになった。そのかわりに罰金を取ることも始めました。お金はジャンジャン払いますけれど、忘れ物をしたり、嘘をついたり、やってはいけないことをした場合、千円とか二千円の罰金を取るようにしました。
罰金制度にしたのは、子供をきつく怒鳴っても効果が無いからです。怒鳴ったところで忘れ物がなくなるわけではない。でも、忘れ物をすることに千円の罰金を命じると、忘れ物はなくなる。それはもう嘘のように忘れ物をしなくなる。怒ったり叩いたりしても忘れ物をするくせに、千円の罰金だとピタッと忘れ物がなくなってしまう。千円を稼ぐのが、どんなに大変か身をもって体験したためか、恐ろしいほど忘れなくなる。その結果、おこずかいが、どんどん増えていく。
不思議なもので、お小遣いが増えると、お金を使わなくなる。増やすことに執念をもちはじめ、アルバイト・勉強・運動など、お金になることを率先してやるようになった。で、自分の貯金通帳を作りたいと言ってきた。群馬銀行に出かけて息子の貯金通帳を作ってあげた。で、私の方は、新型コロナウイルスで経営悪化したので定期預金を解約手続きを行った。帰り際に息子が
「1億円ためたいな」
と言うので
「そんなに貯金して、何に使うの?」
と聞くと、ロシアで寿司屋をやるための資金で必要だと言った。
「こいつ、何を言ってるんだ?」
と首を傾げていると、息子は得意満面で、将来の計画を語り始めたのです。今年の二月頃の話です。ダイヤモンドプリンス号が入港した頃で、まだ新型コロナウイルスが、深刻な状況でなかった頃の話です。
つづく。
2020年05月26日
例のウイルスで息子の夢が消えてしまった
「惜福、分福、植福」幸田露伴
二十年ほど前に『幸田露伴の語録に学ぶ自己修養法(渡部昇一)』という本を読みました。幸田露伴には、全く興味が無かったのですが、渡部昇一氏の本なので、無条件に買って読みあさりました。
で、予想したとおり素晴らしい本で、何度も読み返したい良書でした。その内容は『幸運を引き寄せる生き方の法則』について書かれた本で、一種の幸福論です。
で、幸田露伴の面白いことは、幸福を語るのに『幸福論』と書かずに『努力論』を書いているところです。その『努力論』で幸福を引き寄せる方法として「惜福、分福、植福」が必要だと言っている。幸福を引き寄せるためには、惜福・分福・植福といった努力が必要だと言うのです。
で、惜福について幸田露伴は、「たとえば掌中に百金を有するとして、これを浪費に使い尽して半文銭もなきに至るがごときは、惜福の工夫のないのである」と言っている。
惜福。福を惜しむ。これは倹約とかケチとか、そういったことではなく、幸運を大切にして使い切らないということです。たとえば、親からプレゼントやお年玉をもらっても、それを無駄に使わずに大切に貯金することです。そういう子供には、もっとお年玉をあげたくなる。結果として、さらに福を呼び寄せるわけです。それを幸田露伴は「惜福」と言った。逆に、せっかく何かをプレゼントしてあげても、すぐに壊してしまったり、三日で飽きてしまったりしたら、だんだんプレゼントをあげたくなくなってきます。「惜福」つまり、福を惜しまないと福が逃げていく。もらったものを大切にしてないと、もらえるものがだんだん少なくなっていく。これが「惜福」の効果だと幸田露伴は、言いました。
他にも、分福(福を分ける)、植福(後世に残す)という福がありますが、これについて説明すると長くなるので割愛します。
惜福についてです。どういうわけか、うちの息子は、生まれながらに惜福に長けていました。いつだったか、親戚の人から絵本をもらった時、もらった絵本を毎日のように眺めていました。宅急便で送ってもらった、お下がりの服・おもちゃでさえ宝物扱いです。
お客さんから誕生日祝いに水筒をもらったことがあったんですが、ボロボロになって使えなくなっても大切にしていました。ひびが入って使えない水筒でも毎晩枕元に置いて寝たくらいです。お客さんに、駅長さんの帽子を頂いた時も同じで、ずっと持ち歩いて大切にしていました。お年玉を頂いた時も、金額にかかわらず、毎日それを眺めていました。眺めては貯金箱に入れ、貯金箱から取り出しては眺める。そして絶対に使おうとはしない。
そんな息子も幼稚園の年長さんの時に、世の中にはサンタクロースというものがいて、プレゼントをくれるらしいという知識を仕入れてきました。で、サンタクロースに欲しいものを手紙を書いて、窓ガラスに貼ったのです。そんなものをお客さんに見られてはまずいので、取り外すと息子は
「手紙がなくなった」
と悲しそうな顔をする。仕方がないので、
「サンタクロースが持って行ったんじゃない?」
とごまかしました。
で、息子のやつは何が欲しいんだろうとその手紙を読んでみると、くまのぬいぐるみが欲しいと書いてある。欲のないやつだなーと思いつつ、リサイクルショップで、百円のくまのぬいぐるみを二つほど買って、クリスマスイブに、枕元に置いてあげました。
すると大喜び。「二つももらったよ」と大喜び。二百円でこれだけ喜んでくれるとはプレゼントのしがいがあると思いましたが、その日からの息子のサンタクロースのプレゼントに対する態度は、親の私も想定外でした。
くまのぬいぐるみは、息子にとって友達とような存在になりました。大切に取り扱うのはもちろんのこと、食事の時も、散歩の時も、布団に入る時も、いつも一緒です。寝るときに枕元に置くのはもちろんのこと、北アルプスを縦走しようという時でさえ、ザックに入れようとする始末。さすがにそれだけは許しませんでしたが、近くの山なら今でも普通に持って行きます。息子は小学二年生で、幼稚園の年長さんの時のクリスマスから二年も経っているんですが、未だにこの調子です。新型コロナウイルスが流行し、毎日のように登山をしてるんですが、隙あらばリュックサックの中に二体のぬいぐるみを入れようとします。
まあそんなことはどうでもいいとして、去年の十二月。息子が小学一年生になった冬。またクリスマスイブが近づいてきた時のことです。今度は、何をお願いするんだろうと思っていたら、ラジコンカーをくださいと言う手紙を食堂の窓ガラスに張り出した。やっと世間並みの欲が出てきたのかな?と思い、今回もトイプラネットという中古品のおもちゃを売っている店に行って、五百円くらいのラジコンカーを買おうと思ったんですが、息子は
「ラジコンカーをやめて地球儀にする」
と言い出したので、百円ショップで売っている百円のミニ地球儀を買ってこようかなと思っていました。
何しろ、うちの息子はどんな安物でも、大げさに喜ぶし、とても大切にする男なので、金がかからなくていい。で、クリスマスの前に
「クリスマスツリーをみたい」
と言うので、ホテルブレストンコートで毎年行われているキャンドルナイトに連れて行きました。そこには巨大なクリスマスツリーがあるからです。で、クリスマスツリーを見学の後に、星野遊学堂という教会に行くと、一人一枚ずつ絵葉書をもらったのです。
「せっかくだから、おじいちゃんやおばあちゃんにクリスマスカードを送ったらどうだい?」
と言うと、息子のやつは喜んでカードを書きました。一枚は母方のおばあちゃん。もう一枚は父方の祖父母に。すると、しばらくして
「これでプレゼントを買ってあげて」
と、父方のおじいちゃんおばあちゃんから、母方のおばあちゃんから、まとまった現金が送金されてきました。で、今年は100円のプレゼントですますわけにはいかなくなった。なので少しばかり考えてみた。
「うちの息子は、成長が遅いので、小学一年生のくせにサンタクロースをそのまま信じている。でも、一年後の二年生になったら、さすがにサンタクロースの正体を知るだろう。現に私は、保育園の年長さんの時にすでに、サンタクロースなんていないこと知っていた。二年生になったら、きっとクリスマスに対する夢が消えてしまうに違いない」
そう思った私は、百円ショップの小さな地球儀をプレゼントするのをやめて、何万円もする地球儀にした。地球儀の中にコンピューターが入っていて、たとえば日本をタッチすると、日本について色々な説明をしてくれる地球儀。クイズを出したり、質問に答えてくれるコンピューターの入った、いわゆるしゃべる地球儀をクリスマスにあげることにした。
もちろん息子は大喜び。
毎日のように地球儀で遊んでばかり。
地球儀が友達のようになってしまった。
その結果、息子のやつはとんでもない事を言い出した。
それまでは、将来は小学校の先生になって、
担任の先生のような先生になると目を輝かしていたんですが、
地球儀のおかげで、あっさりその夢を放棄し、とんでもない野望を持つようになった。
まずロシアに行って、そこで寿司屋を開業して、巨大チェーンを作って大儲けする。そのあとに、アメリカでホテルを作って、巨大なホテルチェーンをアメリカ各地に配備するとかなんとか。とんでもない夢物語を語るようになった。明らかにコンピューター内蔵の地球儀に影響されている。というか、これでは
「将来の夢はウルトラマンになることです」
と何も変わりないではないか。
と思ったのですが、結構本人は真面目に考えているらしく、まだ小学二年生なのに、真面目に英語の勉強しだしている。そのうち、ロシアで寿司屋をやるとか、アメリカでホテル王になるとか、そんなバカみたいなことを忘れてしまう・・・・と思っていたのですが、この半年間、未だにその夢を持ち続けている。そして、本人自ら勝手に自主的に英語の勉強を始めてしまった。まだ小学二年生なのに。
「そんなことはしなくていい」
と言っても聞く耳をもたない。世界に打って出るためには英語が必要ということは分かっているようで、英語に夢中になっている。
「こいつはヤバイ・・・」
と思っていたら、新型コロナウイルスが世界中に猛威をふるってしまった。
これが何を意味するか、成長の遅れてるうちの息子にもわかったようで、息子の夢はついに破れてしまった。最近は、地球儀をいじってはないのですが、それでも英語の勉強だけは毎日続けてるようです。
つづく。
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二十年ほど前に『幸田露伴の語録に学ぶ自己修養法(渡部昇一)』という本を読みました。幸田露伴には、全く興味が無かったのですが、渡部昇一氏の本なので、無条件に買って読みあさりました。
で、予想したとおり素晴らしい本で、何度も読み返したい良書でした。その内容は『幸運を引き寄せる生き方の法則』について書かれた本で、一種の幸福論です。
で、幸田露伴の面白いことは、幸福を語るのに『幸福論』と書かずに『努力論』を書いているところです。その『努力論』で幸福を引き寄せる方法として「惜福、分福、植福」が必要だと言っている。幸福を引き寄せるためには、惜福・分福・植福といった努力が必要だと言うのです。
で、惜福について幸田露伴は、「たとえば掌中に百金を有するとして、これを浪費に使い尽して半文銭もなきに至るがごときは、惜福の工夫のないのである」と言っている。
惜福。福を惜しむ。これは倹約とかケチとか、そういったことではなく、幸運を大切にして使い切らないということです。たとえば、親からプレゼントやお年玉をもらっても、それを無駄に使わずに大切に貯金することです。そういう子供には、もっとお年玉をあげたくなる。結果として、さらに福を呼び寄せるわけです。それを幸田露伴は「惜福」と言った。逆に、せっかく何かをプレゼントしてあげても、すぐに壊してしまったり、三日で飽きてしまったりしたら、だんだんプレゼントをあげたくなくなってきます。「惜福」つまり、福を惜しまないと福が逃げていく。もらったものを大切にしてないと、もらえるものがだんだん少なくなっていく。これが「惜福」の効果だと幸田露伴は、言いました。
他にも、分福(福を分ける)、植福(後世に残す)という福がありますが、これについて説明すると長くなるので割愛します。
惜福についてです。どういうわけか、うちの息子は、生まれながらに惜福に長けていました。いつだったか、親戚の人から絵本をもらった時、もらった絵本を毎日のように眺めていました。宅急便で送ってもらった、お下がりの服・おもちゃでさえ宝物扱いです。
お客さんから誕生日祝いに水筒をもらったことがあったんですが、ボロボロになって使えなくなっても大切にしていました。ひびが入って使えない水筒でも毎晩枕元に置いて寝たくらいです。お客さんに、駅長さんの帽子を頂いた時も同じで、ずっと持ち歩いて大切にしていました。お年玉を頂いた時も、金額にかかわらず、毎日それを眺めていました。眺めては貯金箱に入れ、貯金箱から取り出しては眺める。そして絶対に使おうとはしない。
そんな息子も幼稚園の年長さんの時に、世の中にはサンタクロースというものがいて、プレゼントをくれるらしいという知識を仕入れてきました。で、サンタクロースに欲しいものを手紙を書いて、窓ガラスに貼ったのです。そんなものをお客さんに見られてはまずいので、取り外すと息子は
「手紙がなくなった」
と悲しそうな顔をする。仕方がないので、
「サンタクロースが持って行ったんじゃない?」
とごまかしました。
で、息子のやつは何が欲しいんだろうとその手紙を読んでみると、くまのぬいぐるみが欲しいと書いてある。欲のないやつだなーと思いつつ、リサイクルショップで、百円のくまのぬいぐるみを二つほど買って、クリスマスイブに、枕元に置いてあげました。
すると大喜び。「二つももらったよ」と大喜び。二百円でこれだけ喜んでくれるとはプレゼントのしがいがあると思いましたが、その日からの息子のサンタクロースのプレゼントに対する態度は、親の私も想定外でした。
くまのぬいぐるみは、息子にとって友達とような存在になりました。大切に取り扱うのはもちろんのこと、食事の時も、散歩の時も、布団に入る時も、いつも一緒です。寝るときに枕元に置くのはもちろんのこと、北アルプスを縦走しようという時でさえ、ザックに入れようとする始末。さすがにそれだけは許しませんでしたが、近くの山なら今でも普通に持って行きます。息子は小学二年生で、幼稚園の年長さんの時のクリスマスから二年も経っているんですが、未だにこの調子です。新型コロナウイルスが流行し、毎日のように登山をしてるんですが、隙あらばリュックサックの中に二体のぬいぐるみを入れようとします。
まあそんなことはどうでもいいとして、去年の十二月。息子が小学一年生になった冬。またクリスマスイブが近づいてきた時のことです。今度は、何をお願いするんだろうと思っていたら、ラジコンカーをくださいと言う手紙を食堂の窓ガラスに張り出した。やっと世間並みの欲が出てきたのかな?と思い、今回もトイプラネットという中古品のおもちゃを売っている店に行って、五百円くらいのラジコンカーを買おうと思ったんですが、息子は
「ラジコンカーをやめて地球儀にする」
と言い出したので、百円ショップで売っている百円のミニ地球儀を買ってこようかなと思っていました。
何しろ、うちの息子はどんな安物でも、大げさに喜ぶし、とても大切にする男なので、金がかからなくていい。で、クリスマスの前に
「クリスマスツリーをみたい」
と言うので、ホテルブレストンコートで毎年行われているキャンドルナイトに連れて行きました。そこには巨大なクリスマスツリーがあるからです。で、クリスマスツリーを見学の後に、星野遊学堂という教会に行くと、一人一枚ずつ絵葉書をもらったのです。
「せっかくだから、おじいちゃんやおばあちゃんにクリスマスカードを送ったらどうだい?」
と言うと、息子のやつは喜んでカードを書きました。一枚は母方のおばあちゃん。もう一枚は父方の祖父母に。すると、しばらくして
「これでプレゼントを買ってあげて」
と、父方のおじいちゃんおばあちゃんから、母方のおばあちゃんから、まとまった現金が送金されてきました。で、今年は100円のプレゼントですますわけにはいかなくなった。なので少しばかり考えてみた。
「うちの息子は、成長が遅いので、小学一年生のくせにサンタクロースをそのまま信じている。でも、一年後の二年生になったら、さすがにサンタクロースの正体を知るだろう。現に私は、保育園の年長さんの時にすでに、サンタクロースなんていないこと知っていた。二年生になったら、きっとクリスマスに対する夢が消えてしまうに違いない」
そう思った私は、百円ショップの小さな地球儀をプレゼントするのをやめて、何万円もする地球儀にした。地球儀の中にコンピューターが入っていて、たとえば日本をタッチすると、日本について色々な説明をしてくれる地球儀。クイズを出したり、質問に答えてくれるコンピューターの入った、いわゆるしゃべる地球儀をクリスマスにあげることにした。
もちろん息子は大喜び。
毎日のように地球儀で遊んでばかり。
地球儀が友達のようになってしまった。
その結果、息子のやつはとんでもない事を言い出した。
それまでは、将来は小学校の先生になって、
担任の先生のような先生になると目を輝かしていたんですが、
地球儀のおかげで、あっさりその夢を放棄し、とんでもない野望を持つようになった。
まずロシアに行って、そこで寿司屋を開業して、巨大チェーンを作って大儲けする。そのあとに、アメリカでホテルを作って、巨大なホテルチェーンをアメリカ各地に配備するとかなんとか。とんでもない夢物語を語るようになった。明らかにコンピューター内蔵の地球儀に影響されている。というか、これでは
「将来の夢はウルトラマンになることです」
と何も変わりないではないか。
と思ったのですが、結構本人は真面目に考えているらしく、まだ小学二年生なのに、真面目に英語の勉強しだしている。そのうち、ロシアで寿司屋をやるとか、アメリカでホテル王になるとか、そんなバカみたいなことを忘れてしまう・・・・と思っていたのですが、この半年間、未だにその夢を持ち続けている。そして、本人自ら勝手に自主的に英語の勉強を始めてしまった。まだ小学二年生なのに。
「そんなことはしなくていい」
と言っても聞く耳をもたない。世界に打って出るためには英語が必要ということは分かっているようで、英語に夢中になっている。
「こいつはヤバイ・・・」
と思っていたら、新型コロナウイルスが世界中に猛威をふるってしまった。
これが何を意味するか、成長の遅れてるうちの息子にもわかったようで、息子の夢はついに破れてしまった。最近は、地球儀をいじってはないのですが、それでも英語の勉強だけは毎日続けてるようです。
つづく。
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2020年05月25日
中国沿岸部・台湾・香港・韓国・日本人は、弱い免疫を持っていた?
最近、日本人は、例のウイルスに対して、弱い免疫を持っていた?のではないかという説がでてきました。
ウイルスに感染すると、最初にIgM、そしてIgGが上昇し、うまくいけば中和抗体となり、免疫ができます。
すでに感染している人は、逆にIgGが最初に上昇し、次にIgMが上昇する。
どっちが早く上昇するかで、
そのウイルスに感染済みなのか、
未感染なのかがわかるらしいのですが、
日本人が新型コロナウイルスに感染すると、多くの人たちが、
まずIgGが最初に上昇し、次にIgMが上昇することが分かった。
つまり、すでに感染を経験した人と、同じような数値が出てしまった。
つまり日本人の多くは、新型コロナウイルスに対する
弱い免疫を持っている可能性が高いということになる。
しかし、日本人でも重症化する人がいて、
重篤化する患者さんは、欧米と同じように先にIgMが上がる。
つまり全く免疫を持たない初感染パターンと同じグラフになる。
で、児玉龍彦先生が、今回の新型コロナウイルスに似たウイルスに日本人は感染歴があり、そのためなんらかの弱いながらの免疫を持ったのではないか? だから死者が少ないのでは?という仮説を出している。そして若い人ほど重症化しにくい理由は、幼児が何でも口に入れてしまうので、新型コロナウイルスに似たウイルスに感染しやすかったのではないか?というのです。
で、新型コロナウイルスに似たウイルスは、中国沿岸部・台湾・香港・日本・韓国の人たちがすでに感染していた。だから重症化しにくく死者も少なかった。逆に中国内陸部(武漢)では、感染経験が無かったので欧米と同じように重症化する人たちが多かった。そういう仮説を児玉龍彦先生は述べている。もし、これが正しいとしたら、新型コロナウイルスは、そんなに恐れるものでは無いともいえ、十分予防できる可能性が出てくる。あくまでも仮説が正しければの話ですが。
この仮説が正しいとすると、潔癖が必ずしも正しいとは言えなくなってくる。日本人が重症化しないのは潔癖だからではなく、すでに弱毒なコロナウイルスの感染歴があったからであり、そのための抗体をもっていたためであることになる。子供が感染しても無症状なのは、幼児が何でも口にしてしまうために、新型コロナウイルスに似た弱毒なウイルスにあらかじめ感染してしまい、免疫をもっている可能性が強いということになる。
似たような話として森林浴がある。森林浴がヒトNK(ナチュラル・キラー)細胞を活性化させ、人間の免疫力を高めることは有名な話であるのだが、その森林浴の中には、さまざまな雑菌が充満している。さらに動物、鳥、昆虫、ダニ、バクテリア、細菌、そして植物と、無数の生命体にあふれています。それらに接触することによって、NK(ナチュラル・キラー)細胞が増えるし、未知のウイルス・菌に接触して人間の免疫力を高ていく。
そう考えると、児玉龍彦先生の仮説も捨てがたい気がしてきた。
つづく。
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ウイルスに感染すると、最初にIgM、そしてIgGが上昇し、うまくいけば中和抗体となり、免疫ができます。
すでに感染している人は、逆にIgGが最初に上昇し、次にIgMが上昇する。
どっちが早く上昇するかで、
そのウイルスに感染済みなのか、
未感染なのかがわかるらしいのですが、
日本人が新型コロナウイルスに感染すると、多くの人たちが、
まずIgGが最初に上昇し、次にIgMが上昇することが分かった。
つまり、すでに感染を経験した人と、同じような数値が出てしまった。
つまり日本人の多くは、新型コロナウイルスに対する
弱い免疫を持っている可能性が高いということになる。
しかし、日本人でも重症化する人がいて、
重篤化する患者さんは、欧米と同じように先にIgMが上がる。
つまり全く免疫を持たない初感染パターンと同じグラフになる。
で、児玉龍彦先生が、今回の新型コロナウイルスに似たウイルスに日本人は感染歴があり、そのためなんらかの弱いながらの免疫を持ったのではないか? だから死者が少ないのでは?という仮説を出している。そして若い人ほど重症化しにくい理由は、幼児が何でも口に入れてしまうので、新型コロナウイルスに似たウイルスに感染しやすかったのではないか?というのです。
で、新型コロナウイルスに似たウイルスは、中国沿岸部・台湾・香港・日本・韓国の人たちがすでに感染していた。だから重症化しにくく死者も少なかった。逆に中国内陸部(武漢)では、感染経験が無かったので欧米と同じように重症化する人たちが多かった。そういう仮説を児玉龍彦先生は述べている。もし、これが正しいとしたら、新型コロナウイルスは、そんなに恐れるものでは無いともいえ、十分予防できる可能性が出てくる。あくまでも仮説が正しければの話ですが。
この仮説が正しいとすると、潔癖が必ずしも正しいとは言えなくなってくる。日本人が重症化しないのは潔癖だからではなく、すでに弱毒なコロナウイルスの感染歴があったからであり、そのための抗体をもっていたためであることになる。子供が感染しても無症状なのは、幼児が何でも口にしてしまうために、新型コロナウイルスに似た弱毒なウイルスにあらかじめ感染してしまい、免疫をもっている可能性が強いということになる。
似たような話として森林浴がある。森林浴がヒトNK(ナチュラル・キラー)細胞を活性化させ、人間の免疫力を高めることは有名な話であるのだが、その森林浴の中には、さまざまな雑菌が充満している。さらに動物、鳥、昆虫、ダニ、バクテリア、細菌、そして植物と、無数の生命体にあふれています。それらに接触することによって、NK(ナチュラル・キラー)細胞が増えるし、未知のウイルス・菌に接触して人間の免疫力を高ていく。
そう考えると、児玉龍彦先生の仮説も捨てがたい気がしてきた。
つづく。
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2020年05月24日
岐阜県飛騨地方の群発地震に思うこと
最近、岐阜県飛騨地方で群発的に地震が発生していますね。このニュースを聞くたびに、二十五年以上前のお盆登山を思い出します。私が、まだ三十歳そこそこの頃、登山素人のメンバー三十名ほどをお盆の時期に北アルプス(テント泊)に連れて行ったことがあったんですが、当時も同じような状態で、岐阜県飛騨地方で群発的に地震が発生していました。
こういう群発地震が発生しますと、テントの中で夜寝られないんです。群発地震そのものは、体感で感じられないくらいの弱い地震なんですけれど。だから地震があったかどうか、誰にも分からないくらいに弱い。なので、東京あたりだったら、誰も気にしないというか、誰も気がつかないんですよね。
ところが岩場・ガレ場の多い北アルプスだと、ほんの少しの揺れで落石が崩れる音が聞こえてくる。それも四方から聞こえてくる。五分おきに聞こえてくる。酷いときには一分おきに聞こえてくる。
なにしろテントというやつは、薄いナイロン生地一枚しかないので、外の音がよく聞こえる。ガラガラガラ・・・と、まるで土砂崩れで山が崩壊する勢いのような音をたててくずれる音がする。もちろん、そんなことはないんですが、落石の音が、木々の無い山々にこだまして、実際より大きな音で聞こえる。そのたびに山小屋のスタッフが
「大丈夫ですか!」
安全確認のために声をかけてくる。それがいっそう不安をかきたてる。
夜中の落石音というものは、それは不気味で、みんなでテント周りにサーチライトを照らして、安全を確かめるんですが、一晩中、それを続けることもできないので、途中であきらめて寝るんですが、こういう事が、4泊5日の縦走中に毎晩おきてると、そのうち慣れてしまって、なにも気にならなくなる。で、無事下山するわけですが、その夏に地震での負傷者は、北アルプスでは一人もいなかった。
しかし、下界の温泉ホテルの露天風呂に、巨石が落ちて大被害が出たという。さいわい怪我人はいなかったようですが、派手に落石音が聞こえてきてた山より、下界の方が危険だったということに、当時の私は驚いたものです。今から思うと、派手に落石音が聞こえてきてたからこそ、人々は注意深くなり、北アルプスの登山者にとって、いつもの年より登山中の事故が少なくなっていた可能性がありますね。
日本における新型コロナウイルスも、ダイヤモンドプリンセス号の事件があり、あれで、国民が気を引き締めたからこそ、欧米のような悲惨な状況にならずにすんだと言えるかもしれません。今後も国民全体で危機感をもって対処していきたいものです。
つづく。
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こういう群発地震が発生しますと、テントの中で夜寝られないんです。群発地震そのものは、体感で感じられないくらいの弱い地震なんですけれど。だから地震があったかどうか、誰にも分からないくらいに弱い。なので、東京あたりだったら、誰も気にしないというか、誰も気がつかないんですよね。
ところが岩場・ガレ場の多い北アルプスだと、ほんの少しの揺れで落石が崩れる音が聞こえてくる。それも四方から聞こえてくる。五分おきに聞こえてくる。酷いときには一分おきに聞こえてくる。
なにしろテントというやつは、薄いナイロン生地一枚しかないので、外の音がよく聞こえる。ガラガラガラ・・・と、まるで土砂崩れで山が崩壊する勢いのような音をたててくずれる音がする。もちろん、そんなことはないんですが、落石の音が、木々の無い山々にこだまして、実際より大きな音で聞こえる。そのたびに山小屋のスタッフが
「大丈夫ですか!」
安全確認のために声をかけてくる。それがいっそう不安をかきたてる。
夜中の落石音というものは、それは不気味で、みんなでテント周りにサーチライトを照らして、安全を確かめるんですが、一晩中、それを続けることもできないので、途中であきらめて寝るんですが、こういう事が、4泊5日の縦走中に毎晩おきてると、そのうち慣れてしまって、なにも気にならなくなる。で、無事下山するわけですが、その夏に地震での負傷者は、北アルプスでは一人もいなかった。
しかし、下界の温泉ホテルの露天風呂に、巨石が落ちて大被害が出たという。さいわい怪我人はいなかったようですが、派手に落石音が聞こえてきてた山より、下界の方が危険だったということに、当時の私は驚いたものです。今から思うと、派手に落石音が聞こえてきてたからこそ、人々は注意深くなり、北アルプスの登山者にとって、いつもの年より登山中の事故が少なくなっていた可能性がありますね。
日本における新型コロナウイルスも、ダイヤモンドプリンセス号の事件があり、あれで、国民が気を引き締めたからこそ、欧米のような悲惨な状況にならずにすんだと言えるかもしれません。今後も国民全体で危機感をもって対処していきたいものです。
つづく。
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2020年05月22日
宿屋(ユースホステル)の将来は?
例のウイルス騒ぎの結果、 飲食業と宿屋は大ピンチになっています。特に、ドミトリー(相部屋)文化の旅行スタイルであるユースホステル・ゲストハウスが受けた打撃はかなり大きなものがあります。特にインバウンドに頼っていた宿は絶望的な状態になっているのではないでしょうか?
今後、ユースホステルは、ドミトリー(相部屋)文化を見直さなければいけないでしょう。インバウンドに対しても、見直すべき時代に入っている気がします。今後世界は、準鎖国状態になっていくかもしれません。我々、宿屋はそれを心しなければならない。
間違っても、目先の利益のために安易な外国人の受け入れのための圧力をかけるべきではないし、簡単に出入国を許可すべきでは無い。御客さんは欲しいけれど、そのために国民を危険にさらしたくない。そもそもインバウンドの御客さんは、二割以下なので、日本人さえ旅行するようになれば、八割の売り上げを回復できる。そもそも日本は、巨大な内需国なので、内需に目をむければいい。
いま、うちの宿のホームページを作り直しています。新型コロナウイルス以後と以前では、サービス形態が180度変わってしまいました。以前は、絶賛されたアットホームさも、感染という現実を前にしたら、必ずしも正解とは言えなくなりました。
うちの売りだった食事も、人数限定にせざるをえなくなり全員にお出しできなくなった。もちろんドミトリー(相部屋)なんて、もっての他です。個室対応しか出来ません。閑散期ならともかく混雑期のドミトリー(相部屋)希望者は、お断りすることになるでしょう。これは、うちだけでなく、どのユースホステル・ゲストハウスも、アットホームなペンションも、大なり小なり、そういう方向に進むと思います。
さいわい、新型コロナウイルスは終息に向かいつつありますが、過去のスペイン風邪の例をみても、第二派・第三派はかならずおきるでしょうし、そもそも欧米諸国の感染爆発が止まってません。国によっては集団免疫獲得戦略をとっているところもあるので、脳天気な役人の判断で、外国への出入国の緩和を始めたら絶対に第二派の感染爆発が始まると思います。なので我々民間が、率先して感染防止に走らないと。
とにかく、感染が小康状態の今のうちに、やれることは全てやろうと思います。さいわい吾妻郡では感染者はゼロです。厳密に言うと1人いますが、東京からの仕事できていた自営業者で、現地の人間に感染者はいないことになっている。群馬県の感染者の大半は老人ホームです。それも高崎市・前橋市などの都市部に多いようです。なので、最近は、車で1時間の高崎に買い物にも行ってません。いろいろ工夫して、今あるもので間に合わせています。おかげで、支出が大幅に減って生活が楽になりました。節約生活も慣れてくると楽しいものだから不思議です。
(八ヶ岳の山頂・息子三歳で自力登山)
ただし、免疫力をアップさせるための
登山だけは、毎日出かけています。
これだけは、やめられない。
まあ、お金もかかりませんからね。
でも考えようによっては、これが一番の贅沢かもしれない。
(息子六歳・奥穂高登山中の涸沢)
今後は、アフターコロナにむけて免疫をアップさせるためのお手伝いを、宿屋が行うようになる時代がくるだろうし、わが宿も、その方向に舵取りをしようかと思っています。今は、そのための準備中です。
つづく。
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今後、ユースホステルは、ドミトリー(相部屋)文化を見直さなければいけないでしょう。インバウンドに対しても、見直すべき時代に入っている気がします。今後世界は、準鎖国状態になっていくかもしれません。我々、宿屋はそれを心しなければならない。
間違っても、目先の利益のために安易な外国人の受け入れのための圧力をかけるべきではないし、簡単に出入国を許可すべきでは無い。御客さんは欲しいけれど、そのために国民を危険にさらしたくない。そもそもインバウンドの御客さんは、二割以下なので、日本人さえ旅行するようになれば、八割の売り上げを回復できる。そもそも日本は、巨大な内需国なので、内需に目をむければいい。
いま、うちの宿のホームページを作り直しています。新型コロナウイルス以後と以前では、サービス形態が180度変わってしまいました。以前は、絶賛されたアットホームさも、感染という現実を前にしたら、必ずしも正解とは言えなくなりました。
うちの売りだった食事も、人数限定にせざるをえなくなり全員にお出しできなくなった。もちろんドミトリー(相部屋)なんて、もっての他です。個室対応しか出来ません。閑散期ならともかく混雑期のドミトリー(相部屋)希望者は、お断りすることになるでしょう。これは、うちだけでなく、どのユースホステル・ゲストハウスも、アットホームなペンションも、大なり小なり、そういう方向に進むと思います。
さいわい、新型コロナウイルスは終息に向かいつつありますが、過去のスペイン風邪の例をみても、第二派・第三派はかならずおきるでしょうし、そもそも欧米諸国の感染爆発が止まってません。国によっては集団免疫獲得戦略をとっているところもあるので、脳天気な役人の判断で、外国への出入国の緩和を始めたら絶対に第二派の感染爆発が始まると思います。なので我々民間が、率先して感染防止に走らないと。
とにかく、感染が小康状態の今のうちに、やれることは全てやろうと思います。さいわい吾妻郡では感染者はゼロです。厳密に言うと1人いますが、東京からの仕事できていた自営業者で、現地の人間に感染者はいないことになっている。群馬県の感染者の大半は老人ホームです。それも高崎市・前橋市などの都市部に多いようです。なので、最近は、車で1時間の高崎に買い物にも行ってません。いろいろ工夫して、今あるもので間に合わせています。おかげで、支出が大幅に減って生活が楽になりました。節約生活も慣れてくると楽しいものだから不思議です。
(八ヶ岳の山頂・息子三歳で自力登山)
ただし、免疫力をアップさせるための
登山だけは、毎日出かけています。
これだけは、やめられない。
まあ、お金もかかりませんからね。
でも考えようによっては、これが一番の贅沢かもしれない。
(息子六歳・奥穂高登山中の涸沢)
今後は、アフターコロナにむけて免疫をアップさせるためのお手伝いを、宿屋が行うようになる時代がくるだろうし、わが宿も、その方向に舵取りをしようかと思っています。今は、そのための準備中です。
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2020年05月21日
ウイルス騒ぎで収入が途絶えた人たち 2
私の生まれた所は、新潟県の佐渡島です。佐渡島には、小木という町があります。新潟県の直江津から佐渡に行く船が出ているんですが、その船が到着するのが小木という町です。
その昔、この屋根には、瓦がありませんでした。戦後間もない頃まで板葺きの屋根に、大きな石ころが、のっかっていました。そこに、とある大企業が訪れて、屋根に乗っかっている重しの石を一括で買い取り
「この街の屋根を全部、瓦屋根に葺き替えてあげましょう」
と言ってきた。町民たちは三菱様様と感謝して喜んだと言います。しかしこの話には裏があって、屋根に使われた重しの石は、昔相川銀山から掘り出した金銀の含有量の高い鉱石だったのです。それにしても、金のしゃちほこならぬ金の鉱石を屋根に乗っけて生活していたとは豪勢な話ですが、逆に言えば、猫に小判だったとも言ます。町民に地質に詳しい人が一人でもいれば、大金が稼げたのに、それを見逃していたわけですから、なんとも間抜けな話です。
このような話は、佐渡島にたくさん残っています。有名なのが西三河のわらじの話で、西三河と言う所を旅人が通ると、使い古したわらじを無料で交換してくれる所がありました。旅人は、なんと親切な人達なんだろうと感謝しましたが、この話にも裏がありました。使い古したわらじを焼くと、そこから砂金が採れることがあったのです。つまり親切に交換してあげたのではなくて、儲かるから交換してあげていたわけです。
この二つの話には、重要な教訓が入っています。
情報が重要だという教訓です。
しかし、その情報を手に入れるには、それなりの努力が必要ですが、
日々の生活に追われて、そこまで手が回らない人たちがいる。
前置きはこれぐらいにして、本題に入ります。前回、例のウイルス騒ぎで、収入の道を閉ざされた人たちの話をしました。一般的には飲食業や宿泊業の人たちが大変だったとされていますが、他にも大変な人たちが大勢います。大きなホテルが休業した場合、従業員は給料が保証されたりしますが、そうではない整体師や指圧鍼灸師・マッサージ師などの人たちは、ホテルが休業して仕事にあぶれてしまう。恐ろしいことに、彼らの中には身体障害者も多い。私の友人にも、週に三回透析を受けないと死んでしまう障害者がいますが、彼も、整体・指圧鍼灸師・マッサージの資格を持つ自営業者(店を出している)ですが、このウイルス騒ぎで完全無欠な無収入になってしまった。
なので、就職活動の結果、なんとか就職することができ、その就職を祝って、ちょっとした祝杯をあげました。そして、今後必要となるエクセルなどのパソコンスキルを教えたりしたんですが、教えてる途中に重大なことに気がついてしまった。
市町村から出る給付金や、県から出る補助金、国から出る持続化給付金に関する手続きを一切してないと言うのです。個人事業主である彼は、もう何ヶ月も無収入なので、色々な行政に給付金を申請すれば、150万円以上は、必ずもらえるはずなんですが、何一つ手続きをしていないと言うのです。パソコン音痴だからいいやとか、デジカメがないから手続きができないと言っていましたが、数時間辛抱して書類を作れば、100万円以上の給付金がもらえるわけだから頑張るべきだと、なんとか説得して資料を持たせたんですが、IT弱者にとっては、申請書類の製作が憂鬱で憂鬱で仕方がないみたいです。
もちろん制作の代行会社なんかもあるんですが、高額なマージンを取られるようですし、マイナンバーカードという機密情報にも関わってくるので、あまりお勧めできない方法です。そうなると、いくら国から100万円の持続化給付金がもらえると言っても、書類を作れる能力のある人ばかりとは言ないので、もらえるはずのものがもらえない人達も出てくるはずです。例えば視覚障害者の人たちは、書類が作れるのでしょうか?パソコンなんかいじったこともない人たちにとっては、その壁はあまりにも高すぎるような気がします。
恐ろしい話、その友人が、うちに泊まりに来てなければ、給付金を知らないでいた。インターネットで、そういうものがあるらしいということは知っていたようなんですが、どうすればいいのかわかっていなかった。たまたま私が自営業者だったからアドバイスできたんですが、そういう人たちが友達にいなかったら、給付金という制度があっても、それを活用しないまま生きていたかもしれない。
それこそ佐渡島の小木町の屋根の重しに使われていた金鉱石と一緒。いや、それ以下の存在だった。持続化給付金という制度も、利用しなかったら、利用できなかったら屋根の重しにも使えない。情報弱者は、ますます困窮する時代になった。で、困ったことに社会的な弱者ほど情報弱者だったりする。で、
「めんどくさいから、いいよ」
と、あきらめが早かったりする。
だけど、あきらめさせてはダメなんだよね。そういう意味で、私たち周りの人が、積極的に手伝わないとダメだと思う。こういうときは、親切の押し売りをしてもいいと思う。なので、このブログを読んでる人で、まわりに、そういう人がいたら、ぜひ手伝ってあげてほしい。
つづく。
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その昔、この屋根には、瓦がありませんでした。戦後間もない頃まで板葺きの屋根に、大きな石ころが、のっかっていました。そこに、とある大企業が訪れて、屋根に乗っかっている重しの石を一括で買い取り
「この街の屋根を全部、瓦屋根に葺き替えてあげましょう」
と言ってきた。町民たちは三菱様様と感謝して喜んだと言います。しかしこの話には裏があって、屋根に使われた重しの石は、昔相川銀山から掘り出した金銀の含有量の高い鉱石だったのです。それにしても、金のしゃちほこならぬ金の鉱石を屋根に乗っけて生活していたとは豪勢な話ですが、逆に言えば、猫に小判だったとも言ます。町民に地質に詳しい人が一人でもいれば、大金が稼げたのに、それを見逃していたわけですから、なんとも間抜けな話です。
このような話は、佐渡島にたくさん残っています。有名なのが西三河のわらじの話で、西三河と言う所を旅人が通ると、使い古したわらじを無料で交換してくれる所がありました。旅人は、なんと親切な人達なんだろうと感謝しましたが、この話にも裏がありました。使い古したわらじを焼くと、そこから砂金が採れることがあったのです。つまり親切に交換してあげたのではなくて、儲かるから交換してあげていたわけです。
この二つの話には、重要な教訓が入っています。
情報が重要だという教訓です。
しかし、その情報を手に入れるには、それなりの努力が必要ですが、
日々の生活に追われて、そこまで手が回らない人たちがいる。
前置きはこれぐらいにして、本題に入ります。前回、例のウイルス騒ぎで、収入の道を閉ざされた人たちの話をしました。一般的には飲食業や宿泊業の人たちが大変だったとされていますが、他にも大変な人たちが大勢います。大きなホテルが休業した場合、従業員は給料が保証されたりしますが、そうではない整体師や指圧鍼灸師・マッサージ師などの人たちは、ホテルが休業して仕事にあぶれてしまう。恐ろしいことに、彼らの中には身体障害者も多い。私の友人にも、週に三回透析を受けないと死んでしまう障害者がいますが、彼も、整体・指圧鍼灸師・マッサージの資格を持つ自営業者(店を出している)ですが、このウイルス騒ぎで完全無欠な無収入になってしまった。
なので、就職活動の結果、なんとか就職することができ、その就職を祝って、ちょっとした祝杯をあげました。そして、今後必要となるエクセルなどのパソコンスキルを教えたりしたんですが、教えてる途中に重大なことに気がついてしまった。
市町村から出る給付金や、県から出る補助金、国から出る持続化給付金に関する手続きを一切してないと言うのです。個人事業主である彼は、もう何ヶ月も無収入なので、色々な行政に給付金を申請すれば、150万円以上は、必ずもらえるはずなんですが、何一つ手続きをしていないと言うのです。パソコン音痴だからいいやとか、デジカメがないから手続きができないと言っていましたが、数時間辛抱して書類を作れば、100万円以上の給付金がもらえるわけだから頑張るべきだと、なんとか説得して資料を持たせたんですが、IT弱者にとっては、申請書類の製作が憂鬱で憂鬱で仕方がないみたいです。
もちろん制作の代行会社なんかもあるんですが、高額なマージンを取られるようですし、マイナンバーカードという機密情報にも関わってくるので、あまりお勧めできない方法です。そうなると、いくら国から100万円の持続化給付金がもらえると言っても、書類を作れる能力のある人ばかりとは言ないので、もらえるはずのものがもらえない人達も出てくるはずです。例えば視覚障害者の人たちは、書類が作れるのでしょうか?パソコンなんかいじったこともない人たちにとっては、その壁はあまりにも高すぎるような気がします。
恐ろしい話、その友人が、うちに泊まりに来てなければ、給付金を知らないでいた。インターネットで、そういうものがあるらしいということは知っていたようなんですが、どうすればいいのかわかっていなかった。たまたま私が自営業者だったからアドバイスできたんですが、そういう人たちが友達にいなかったら、給付金という制度があっても、それを活用しないまま生きていたかもしれない。
それこそ佐渡島の小木町の屋根の重しに使われていた金鉱石と一緒。いや、それ以下の存在だった。持続化給付金という制度も、利用しなかったら、利用できなかったら屋根の重しにも使えない。情報弱者は、ますます困窮する時代になった。で、困ったことに社会的な弱者ほど情報弱者だったりする。で、
「めんどくさいから、いいよ」
と、あきらめが早かったりする。
だけど、あきらめさせてはダメなんだよね。そういう意味で、私たち周りの人が、積極的に手伝わないとダメだと思う。こういうときは、親切の押し売りをしてもいいと思う。なので、このブログを読んでる人で、まわりに、そういう人がいたら、ぜひ手伝ってあげてほしい。
つづく。
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2020年05月20日
ウイルス騒ぎで収入が途絶えた人たち
例のウイルス騒ぎも、そろそろ終息が見えてき始めました。ここ嬬恋村でも、体育館などの公共施設の貸し出しや、図書館利用が可能になってきました。学校も分散登校が始まるようです。まだまだ宿屋には、厳しい状況が続いていますが、とりあえず学校が動き始めことで生活が大きく変わるでしょう。とにかく良かったと思います。
今回のウイルス騒ぎでは、飲食業とか宿泊業が、大変なダメージをくらったことは皆さんもご存知の通りです。レストランで働く私の友人なども、自宅待機を言われて、生活に困窮していました。自宅待機なのだから給料がでるのかと言うと、やはり出ないわけです。
給料が出る企業というのは、かなり大きな企業です。小さなレストランだと、家賃さえも払えるかどうかという状態なので、自宅待機の人の給料まで出ません。もちろん政府が自宅待機の人のぶんまで保証はしているんですが、その保証も、実際に給料が出てないと受けられない。しかし、運転資金にも困っている小さなレストランの場合は、従業員の給料を払う資金さえないわけです。だから、結局は、給料が出ない。
まあここまでは、マスコミやインターネットで紹介されているので、ご存知の方も多いと思いますが、意外に知られてないのが、スポーツ教室とか、空手教室なんかを開いてる個人事業主の人たちの苦労です。この人たちの大半は、公共施設の体育館などを借りておこなっているので、それを借りられないとなると、その日から収入を絶たれることになります。なので、私も宿の施設(と言っても庭ですけれど)を提供して、地元の子供たちの健康のために使ってもらっています。他にもそういう支援活動している地元の業者さんが何軒かいらっしゃいます。地域の企業が子供たちのために協力しておられる。
もっと、かわいそうだったのは、整体師や指圧鍼灸師・マッサージ師などの人たちです。ホテルが休業して仕事にあぶれている人たちが大勢おられます。彼らは、このウイルス騒ぎで完全無欠な無職になっています。全く生活ができない。そしてさらに恐ろしいことに、彼らの半数以上が、身体障害者だったりします。私の友人にも、週に3回透析を受けないと死んでしまう障害者がいますが、彼も、整体・指圧鍼灸師・マッサージの資格を持つ自営業者ですが、このウイルス騒ぎで完璧な無収入になってしまった。それはもう見事なものです。
しかし、捨てる神あれば拾う神もある。その彼も努力の結果、なんとか高校の非常勤講師の職業を得ることができた(元々、昔は高校の先生をしていた)。今日は、その彼が泊まりに来てくれて、就職を祝って、ちょっとした祝杯をあげました。週に3回透析を受けないと死んでしまう人を雇ってくれた高校に感謝したい。しかし、いま学校は休校中なんですよね。なんとか早く学校が再開してくれないかと祈るような気持ちです。
つづく。
今回のウイルス騒ぎでは、飲食業とか宿泊業が、大変なダメージをくらったことは皆さんもご存知の通りです。レストランで働く私の友人なども、自宅待機を言われて、生活に困窮していました。自宅待機なのだから給料がでるのかと言うと、やはり出ないわけです。
給料が出る企業というのは、かなり大きな企業です。小さなレストランだと、家賃さえも払えるかどうかという状態なので、自宅待機の人の給料まで出ません。もちろん政府が自宅待機の人のぶんまで保証はしているんですが、その保証も、実際に給料が出てないと受けられない。しかし、運転資金にも困っている小さなレストランの場合は、従業員の給料を払う資金さえないわけです。だから、結局は、給料が出ない。
まあここまでは、マスコミやインターネットで紹介されているので、ご存知の方も多いと思いますが、意外に知られてないのが、スポーツ教室とか、空手教室なんかを開いてる個人事業主の人たちの苦労です。この人たちの大半は、公共施設の体育館などを借りておこなっているので、それを借りられないとなると、その日から収入を絶たれることになります。なので、私も宿の施設(と言っても庭ですけれど)を提供して、地元の子供たちの健康のために使ってもらっています。他にもそういう支援活動している地元の業者さんが何軒かいらっしゃいます。地域の企業が子供たちのために協力しておられる。
もっと、かわいそうだったのは、整体師や指圧鍼灸師・マッサージ師などの人たちです。ホテルが休業して仕事にあぶれている人たちが大勢おられます。彼らは、このウイルス騒ぎで完全無欠な無職になっています。全く生活ができない。そしてさらに恐ろしいことに、彼らの半数以上が、身体障害者だったりします。私の友人にも、週に3回透析を受けないと死んでしまう障害者がいますが、彼も、整体・指圧鍼灸師・マッサージの資格を持つ自営業者ですが、このウイルス騒ぎで完璧な無収入になってしまった。それはもう見事なものです。
しかし、捨てる神あれば拾う神もある。その彼も努力の結果、なんとか高校の非常勤講師の職業を得ることができた(元々、昔は高校の先生をしていた)。今日は、その彼が泊まりに来てくれて、就職を祝って、ちょっとした祝杯をあげました。週に3回透析を受けないと死んでしまう人を雇ってくれた高校に感謝したい。しかし、いま学校は休校中なんですよね。なんとか早く学校が再開してくれないかと祈るような気持ちです。
つづく。
2020年05月18日
ダイヤモンド・プリンセス号のおくりもの
今日も家族で登山をしてきました。浅間山は、昨日あたりから高山植物の花が咲き始めています。オオカメノ木の花も満開です。 残念ながら明日からずっと雨のようですが、仕方ないですね。 一般的に言ってウイルスは湿度に弱いので、例のウイルスも多少は不活性化するかもしれません。
ところで例のウイルス騒ぎで、毎日のように家族で登山をしていたら、息子の足がやたらと早くなってきました。頂上まで家族で競争をすると、ものすごい速度で山に登っていきます。父親も母親も全くついていけません。競争さえしなければ、息子のやつは、かなりゆっくり登るタイプなのですが、一番に頂上に到着したら好きなメニューをお昼ご飯に選べるというご褒美をつけると、ものすごいスピードで上がっていきます。とてもじゃないけれど追いつけない。7歳でこれですから、あと2年から3年経ったら、親の荷物を担いでもらわなければ一緒に登るのも難しくなるかもしれません。
話は変わりますが、日本でも例のウイルスの抗体検査の結果が出たようですね。500検体のうち抗体陽性は東京都と東北地方でそれぞれわずかに3検体と2検体。単純計算で東京都で0.6%、東北地方で0.4%という結果になりました。
https://scienceportal.jst.go.jp/news/newsflash_review/newsflash/2020/05/20200515_01.html
ちなみにニューヨーク市では21%。ウイルスの発生源である中国に近く、中国から大勢の観光客を受け入れてきたことを考えると、この低率には驚かされます。いったい他国と何が違うのか? あえて違うところをあげてみれば、日本は検査実施数が少ない。アメリカの2.2%しかしてない。逆に言うとPCR検査数の多い国ほど感染爆発している。ということは、検査を広範囲に行わないことが感染爆発を押さえられるという仮説もでてくる。ワイドショーの主張の逆をやったことが感染爆発を防いだという仮説もでてくる。
ただ、日本が幸運だったことも確かだった。
幸運とは、横浜に入港したダイヤモンド・プリンセス号での集団感染が注目されたことです。連日、マスコミで大きく取り上げられ、そのために一般人が防疫に走った。
政府の動きは鈍かったが、政府が動く前に一般人が動いた。国民が一斉に自主的にマスクをつけ、アルコール消毒を行った。ダイヤモンド・プリンセス号での集団感染が、あれほど大きく取り上げられてなかったら、国民は、もっとのんびりしており、被害はもっと深刻なものになっていたかもしれない。つまりダイヤモンド・プリンセス号は、アヘン戦争のショックみたいなものだった。アヘン戦争に幕府(政府)の反応は鈍かったが、民間人は大きく反応してしまった。それと似ている。
いや、アヘン戦争というより黒船というべきか?
ただし、ダイヤモンド・プリンセス号のときは、欧米諸国のマスコミは上から目線で日本を攻撃してきたし、国際的な非難も浴びた。「マスクは意味が無い」と欧米諸国に嘲笑もされていた。しかし、今から思えば、3711人の乗員中、感染者712人(19%)、死者13人(3.5%)という数字は、船内という密閉空間ということを考えたら、その後の欧米諸国の惨状と比較して決して悪い数字では無かったと思う。また、あのダイヤモンド・プリンセス号への対処が、その後の感染対策の予行演習として役立っていた可能性もあるかもしれない。
「ありがとう、ジャパン」とライトアップされたダイヤモンド・プリンセス号
つづく。
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ところで例のウイルス騒ぎで、毎日のように家族で登山をしていたら、息子の足がやたらと早くなってきました。頂上まで家族で競争をすると、ものすごい速度で山に登っていきます。父親も母親も全くついていけません。競争さえしなければ、息子のやつは、かなりゆっくり登るタイプなのですが、一番に頂上に到着したら好きなメニューをお昼ご飯に選べるというご褒美をつけると、ものすごいスピードで上がっていきます。とてもじゃないけれど追いつけない。7歳でこれですから、あと2年から3年経ったら、親の荷物を担いでもらわなければ一緒に登るのも難しくなるかもしれません。
話は変わりますが、日本でも例のウイルスの抗体検査の結果が出たようですね。500検体のうち抗体陽性は東京都と東北地方でそれぞれわずかに3検体と2検体。単純計算で東京都で0.6%、東北地方で0.4%という結果になりました。
https://scienceportal.jst.go.jp/news/newsflash_review/newsflash/2020/05/20200515_01.html
ちなみにニューヨーク市では21%。ウイルスの発生源である中国に近く、中国から大勢の観光客を受け入れてきたことを考えると、この低率には驚かされます。いったい他国と何が違うのか? あえて違うところをあげてみれば、日本は検査実施数が少ない。アメリカの2.2%しかしてない。逆に言うとPCR検査数の多い国ほど感染爆発している。ということは、検査を広範囲に行わないことが感染爆発を押さえられるという仮説もでてくる。ワイドショーの主張の逆をやったことが感染爆発を防いだという仮説もでてくる。
ただ、日本が幸運だったことも確かだった。
幸運とは、横浜に入港したダイヤモンド・プリンセス号での集団感染が注目されたことです。連日、マスコミで大きく取り上げられ、そのために一般人が防疫に走った。
政府の動きは鈍かったが、政府が動く前に一般人が動いた。国民が一斉に自主的にマスクをつけ、アルコール消毒を行った。ダイヤモンド・プリンセス号での集団感染が、あれほど大きく取り上げられてなかったら、国民は、もっとのんびりしており、被害はもっと深刻なものになっていたかもしれない。つまりダイヤモンド・プリンセス号は、アヘン戦争のショックみたいなものだった。アヘン戦争に幕府(政府)の反応は鈍かったが、民間人は大きく反応してしまった。それと似ている。
いや、アヘン戦争というより黒船というべきか?
ただし、ダイヤモンド・プリンセス号のときは、欧米諸国のマスコミは上から目線で日本を攻撃してきたし、国際的な非難も浴びた。「マスクは意味が無い」と欧米諸国に嘲笑もされていた。しかし、今から思えば、3711人の乗員中、感染者712人(19%)、死者13人(3.5%)という数字は、船内という密閉空間ということを考えたら、その後の欧米諸国の惨状と比較して決して悪い数字では無かったと思う。また、あのダイヤモンド・プリンセス号への対処が、その後の感染対策の予行演習として役立っていた可能性もあるかもしれない。
「ありがとう、ジャパン」とライトアップされたダイヤモンド・プリンセス号
つづく。
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2020年05月16日
修学旅行とか中止なんだろうな、かわいそうだなあ・・・
今日は1日 雨でした。ここ最近ずっと晴れが続いていたのですが、週間天気予報によると、あさってあたりから何日も雨が続くようになるみたいですね。天気図を見たら、梅雨前線に似たような前戦が迫ってきていて、梅雨のシーズンのような天気図になっています。
そうなると大好きな登山もできなくなるので憂鬱です。せっかく緊急事態宣言が終わったのに、雨で外出ができないなって、神様もイジワルをするなぁと思ったんですが、考えてみたら、ウィルスを鎮めるためには、この方がいいのかもしれませんね。 外出する人も少なくなるだろうし、湿度が上がると、ウィルスが不活性化するので、これはこれでよかったのかもしれません。
ところで、宿屋をやっている私は、持続化給付金の申請をしようと思ったんですが、書類を送るのが6月以降になってしまう。現在の申請件数の勢いからしたら、その頃には予算がなくなっているようです。そうなると新たな補正予算が組まれない限りもらえない可能性が出てきますね。そこで定期預金の解約に行ってきました。貯金はしておくものですね。
ところで息子の小学校の分散登校が、ついに決定されました。1週間に1度の登校になりそうです。これで学校の勉強も少しずつ正常にやっていくみたいですね。 全国的にも、そのような動きになっているみたいです。ただし、夏休みが短縮されたり、週休二日制が廃止されたりするようです。
ということで、結局、例のウイルス騒ぎが、収束したとしても、宿屋にとっては難しい事態になりそうです。夏休みが半分に減らされたり、土曜日が登校になったりしたら、私どもの宿のようにファミリーを対象としてきた宿は、かなりの打撃を受けるでしょう 。 ユースホステルやゲストハウスも今後は厳しい時代を迎えると思います。すでに多くのユースホステルが、当分の間はドミトリーの予約の受付を止めているみたいです。このウイルス騒ぎが下火になったとしても、その影響は計り知れないでしょう。
今後は、宿屋も兼業をはじめないとダメなのかもしれませんね。北軽井沢にかぎらず全国的に観光で生きていくのは難しい時代がやってきたのかもしれません。かわいそうなのは、修学旅行に行けなくなった全国の子供たちかなあ・・・。小学校2年生の息子も遠足が無くなってガッカリしているようだし。
つづく。
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そうなると大好きな登山もできなくなるので憂鬱です。せっかく緊急事態宣言が終わったのに、雨で外出ができないなって、神様もイジワルをするなぁと思ったんですが、考えてみたら、ウィルスを鎮めるためには、この方がいいのかもしれませんね。 外出する人も少なくなるだろうし、湿度が上がると、ウィルスが不活性化するので、これはこれでよかったのかもしれません。
ところで、宿屋をやっている私は、持続化給付金の申請をしようと思ったんですが、書類を送るのが6月以降になってしまう。現在の申請件数の勢いからしたら、その頃には予算がなくなっているようです。そうなると新たな補正予算が組まれない限りもらえない可能性が出てきますね。そこで定期預金の解約に行ってきました。貯金はしておくものですね。
ところで息子の小学校の分散登校が、ついに決定されました。1週間に1度の登校になりそうです。これで学校の勉強も少しずつ正常にやっていくみたいですね。 全国的にも、そのような動きになっているみたいです。ただし、夏休みが短縮されたり、週休二日制が廃止されたりするようです。
ということで、結局、例のウイルス騒ぎが、収束したとしても、宿屋にとっては難しい事態になりそうです。夏休みが半分に減らされたり、土曜日が登校になったりしたら、私どもの宿のようにファミリーを対象としてきた宿は、かなりの打撃を受けるでしょう 。 ユースホステルやゲストハウスも今後は厳しい時代を迎えると思います。すでに多くのユースホステルが、当分の間はドミトリーの予約の受付を止めているみたいです。このウイルス騒ぎが下火になったとしても、その影響は計り知れないでしょう。
今後は、宿屋も兼業をはじめないとダメなのかもしれませんね。北軽井沢にかぎらず全国的に観光で生きていくのは難しい時代がやってきたのかもしれません。かわいそうなのは、修学旅行に行けなくなった全国の子供たちかなあ・・・。小学校2年生の息子も遠足が無くなってガッカリしているようだし。
つづく。
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2020年05月14日
息子の登山修行が・・・・残念な結果に
今日の天気が良かったです。いつものように午前中は登山。午後からは息子の勉強を見たり、色々な雑用こなしていました。ところで学校が休校になってから何ヶ月も経ちますが、困ったことが少しばかりやります。算数とか国語の勉強については何の問題もないんですが、音楽・体育・図工の勉強をどうすればいいのか今一つ悩んでいます。
体育に関しては、登山をしたり、親子でサッカーをしたり、北軽井沢グランドでかけっこをしたりで、多少は何とかなるんですが、それにしても雨が降れば運動はできないし、体育館が使えないというのが致命的です。息子に水泳やバスケットを教えたいんですが、体育館もプールも使えないわけですから、どうにもなりません。というか、学校が再開したとしても、プールで水泳をする機会はあるんでしょうかね?
例のウイルスが出てくる前だったら、こんなこと気にもなりませんでした。うちは宿屋なので、万が一息子が就職できなかったとしても、宿屋をやればいいと思っていたので、勉強も運動も中ぐらいにできてれば何の問題もないと考えていました。唯一熱心に教育したものは、登山と自然ガイドです。
もし宿屋(ユースホステル)を継ぐとしたら、登山ガイドと自然ガイドの資格は絶対必要なので、これだけは真剣に教えてきました。うちの宿を継ぐためには、修学旅行の子供たちをガイドしたり、中学・高校の先生に自然ガイド講習をしたり、山岳会の団体をガイドする必要があるし、それが無かったら経営がなりたたないので、登山と自然の勉強だけは真面目に勉強させています。だから息子は、2歳で自力で破風岳、3歳で八ヶ岳・浅間山・四阿山、4歳で槍ヶ岳、5歳で北穂高に自力で登っています。
ところが、例のウイルスのせいで、宿業の未来が真っ暗になってしまった。今後、宿業では食べていけなくなる可能性がでてきた。となると、真面目に学校の勉強をさせる必要がある。で、国語・算数・生活・英語といった勉強は何とかなるんですが、音楽・体育・図工の勉強に困ってしまっている。特に体育の室内球技・音楽の楽器演奏に困っている。これらの能力に関する臨界期は、八歳なので、八歳になる前に、いくらかの素地をつけさせたいのですが、どうにもならない。
また、友達同士で遊ばせたいのですが、これも事実上不可能になってしまいました。家族連れのお客さんが来たら、同じぐらいの年頃の子供さんとも一緒に遊ばしてたいのですが、これも難しい。7歳の子供が、例のウイルスによって、人間関係をブロックされてしまい、関係を築く練習ができないのは、将来にわたってどういう影響があるのでしょうかね?
ちょっと前に、
「これだからゆとりは・・・」
と、ゆとり世代が、他の世代の人達に小馬鹿にされたことがありましたが、
「これだから新型○○○世代は・・・」
などと言われないように対策をしておきたい。
つづく。
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体育に関しては、登山をしたり、親子でサッカーをしたり、北軽井沢グランドでかけっこをしたりで、多少は何とかなるんですが、それにしても雨が降れば運動はできないし、体育館が使えないというのが致命的です。息子に水泳やバスケットを教えたいんですが、体育館もプールも使えないわけですから、どうにもなりません。というか、学校が再開したとしても、プールで水泳をする機会はあるんでしょうかね?
例のウイルスが出てくる前だったら、こんなこと気にもなりませんでした。うちは宿屋なので、万が一息子が就職できなかったとしても、宿屋をやればいいと思っていたので、勉強も運動も中ぐらいにできてれば何の問題もないと考えていました。唯一熱心に教育したものは、登山と自然ガイドです。
もし宿屋(ユースホステル)を継ぐとしたら、登山ガイドと自然ガイドの資格は絶対必要なので、これだけは真剣に教えてきました。うちの宿を継ぐためには、修学旅行の子供たちをガイドしたり、中学・高校の先生に自然ガイド講習をしたり、山岳会の団体をガイドする必要があるし、それが無かったら経営がなりたたないので、登山と自然の勉強だけは真面目に勉強させています。だから息子は、2歳で自力で破風岳、3歳で八ヶ岳・浅間山・四阿山、4歳で槍ヶ岳、5歳で北穂高に自力で登っています。
ところが、例のウイルスのせいで、宿業の未来が真っ暗になってしまった。今後、宿業では食べていけなくなる可能性がでてきた。となると、真面目に学校の勉強をさせる必要がある。で、国語・算数・生活・英語といった勉強は何とかなるんですが、音楽・体育・図工の勉強に困ってしまっている。特に体育の室内球技・音楽の楽器演奏に困っている。これらの能力に関する臨界期は、八歳なので、八歳になる前に、いくらかの素地をつけさせたいのですが、どうにもならない。
また、友達同士で遊ばせたいのですが、これも事実上不可能になってしまいました。家族連れのお客さんが来たら、同じぐらいの年頃の子供さんとも一緒に遊ばしてたいのですが、これも難しい。7歳の子供が、例のウイルスによって、人間関係をブロックされてしまい、関係を築く練習ができないのは、将来にわたってどういう影響があるのでしょうかね?
ちょっと前に、
「これだからゆとりは・・・」
と、ゆとり世代が、他の世代の人達に小馬鹿にされたことがありましたが、
「これだから新型○○○世代は・・・」
などと言われないように対策をしておきたい。
つづく。
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2020年05月13日
宿屋が考えてみた
近いうちに緊急事態宣言が解除されるというニュースで、いろいろ対策を練っています。
まず換気扇工事を行いました。うちの宿は全室バストイレ付なので、どの部屋にも換気扇はついていたのですが、10年以上も古いものが多かったので、これを機会に強力なものを購入して入れ替えました。 で、入れ替えたら換気扇の音が小さくなった。
あと対策として静電HEPAフィルターを採用した空気清浄機を購入しました。実験だと、効果が大きいみたいですね。0.1〜2.5μmの微小粒子状物質を、約8畳の密閉空間で90分で99%除去できるそうです。また、この空気清浄機には、プラズマクラスターイオン発生機というものがあり、その効果によって密閉空間なら約10時間後にウィルスはやられてしまうそうです。
あと、考えてるのがオゾン発生器です。一台だけ買ったのですが、これを全室に採用すべきかどうか思案しています。オゾン発生器が強力でウイルスをアッという間に撃退することは昔から知られており、ホテルなどでノロウイルス対策として導入されているのは分かっているんですが、それだけに人体に悪いのでは無いか?という不安があります。
とうぶんの間は、御客様のいないときに客室をオゾン殺菌するつもりですが、人体に無害ならば全室に設置したいんですよね。設置したいけれど、小さな子供が間違えてスイッチをおしたらまずいからなあ。迷うところです。でも、まあ、導入すべきなのかなあ?
いっそ天井埋込形ナノイー発生機を採用しようかと迷っていますが、ネットでの情報だと、そんな小細工より、換気扇や静電HEPAフィルターを採用した大風量の空気清浄機の方が効果があるらしいので、やはり換気と静電HEPAフィルターで駆除すべきなんでしょうね。
あと残念なことに、空間除菌脱臭機・ジアイーノの新規受注が一時停止になりましたね。もう買えないのかな? 設置とメンテがめんどくさいと言う話と高額すぎたので、いろいろ迷っているうちに手に入りにくくなったのですが、あれはウイルスに効果があるんでしょうかね?オゾン発生器が効果があることは、昔から言われていましたけれど、人がいると使えないので、人がいても使えるジアイーノに効果があるなら採用するんですけれどね。
それからとうぶんの間、団体貸し切りでもないかぎり、全室に御客さんを入れるのをやめます。三室または四室だけに御客さんを入れて、客室をローテーションで回すことにします。何組もの知り合い家族・親族で御予約される場合は、それも予約時にお伝えください。でないと、予約を受け付けないことになりかねません。団体であることを前もって伝えてくれれば、七室すべてを解放いたしますが、そうでない場合は、三室または四室だけしか受け付けない可能性もありえます。
また、しばらくは、ドミトリー(相部屋)対応を中止させてください。ユースホステルの会員さんには申し訳ありませんが、団体利用でないかぎり、ドミトリーの受付を停止させてください。今後は基本的に個室だけの営業になります。食事も数量限定(二家族または三家族)にさせてもらおうと思っています(団体様は全員にお出しする予定です)。申し訳ありません。
また、とうぶんの間、連泊の御客様も10時から15時の間に2時間ほど、いったん客室を出ていただければと思います。室内を殺菌したいですので、ご協力お願いいたします。
つづく。
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まず換気扇工事を行いました。うちの宿は全室バストイレ付なので、どの部屋にも換気扇はついていたのですが、10年以上も古いものが多かったので、これを機会に強力なものを購入して入れ替えました。 で、入れ替えたら換気扇の音が小さくなった。
あと対策として静電HEPAフィルターを採用した空気清浄機を購入しました。実験だと、効果が大きいみたいですね。0.1〜2.5μmの微小粒子状物質を、約8畳の密閉空間で90分で99%除去できるそうです。また、この空気清浄機には、プラズマクラスターイオン発生機というものがあり、その効果によって密閉空間なら約10時間後にウィルスはやられてしまうそうです。
あと、考えてるのがオゾン発生器です。一台だけ買ったのですが、これを全室に採用すべきかどうか思案しています。オゾン発生器が強力でウイルスをアッという間に撃退することは昔から知られており、ホテルなどでノロウイルス対策として導入されているのは分かっているんですが、それだけに人体に悪いのでは無いか?という不安があります。
とうぶんの間は、御客様のいないときに客室をオゾン殺菌するつもりですが、人体に無害ならば全室に設置したいんですよね。設置したいけれど、小さな子供が間違えてスイッチをおしたらまずいからなあ。迷うところです。でも、まあ、導入すべきなのかなあ?
いっそ天井埋込形ナノイー発生機を採用しようかと迷っていますが、ネットでの情報だと、そんな小細工より、換気扇や静電HEPAフィルターを採用した大風量の空気清浄機の方が効果があるらしいので、やはり換気と静電HEPAフィルターで駆除すべきなんでしょうね。
あと残念なことに、空間除菌脱臭機・ジアイーノの新規受注が一時停止になりましたね。もう買えないのかな? 設置とメンテがめんどくさいと言う話と高額すぎたので、いろいろ迷っているうちに手に入りにくくなったのですが、あれはウイルスに効果があるんでしょうかね?オゾン発生器が効果があることは、昔から言われていましたけれど、人がいると使えないので、人がいても使えるジアイーノに効果があるなら採用するんですけれどね。
それからとうぶんの間、団体貸し切りでもないかぎり、全室に御客さんを入れるのをやめます。三室または四室だけに御客さんを入れて、客室をローテーションで回すことにします。何組もの知り合い家族・親族で御予約される場合は、それも予約時にお伝えください。でないと、予約を受け付けないことになりかねません。団体であることを前もって伝えてくれれば、七室すべてを解放いたしますが、そうでない場合は、三室または四室だけしか受け付けない可能性もありえます。
また、しばらくは、ドミトリー(相部屋)対応を中止させてください。ユースホステルの会員さんには申し訳ありませんが、団体利用でないかぎり、ドミトリーの受付を停止させてください。今後は基本的に個室だけの営業になります。食事も数量限定(二家族または三家族)にさせてもらおうと思っています(団体様は全員にお出しする予定です)。申し訳ありません。
また、とうぶんの間、連泊の御客様も10時から15時の間に2時間ほど、いったん客室を出ていただければと思います。室内を殺菌したいですので、ご協力お願いいたします。
つづく。
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2020年05月11日
令和時代の小学校教科書にびっくり!
かって日本中の小学校に二宮金次郎の銅像があったと言われています。昭和三十六年生まれの私が卒業した佐渡島の小学校には、二宮金次郎の銅像はありませんでした。戦争中に軍に提供されたと聞いています。全国の二宮金次郎の銅像も、同じような運命をたどったのかもしれませんが、奇跡的に残った銅像もあったかもしれません。では、どうして戦前の日本中の小学校に二宮金次郎の銅像があったのでしょうか? それを解説したのは社会学者の小室直樹という人です。この人は戦前の国語の教科書が、アメリカの国語の教科書の直訳に近いものだったことを発見しました。
文部省の尋常小学国語読本は、アメリカの国語の教科書を翻訳したものが多くはいっていました。フェイマスストーリーズ(明治期に出版された米国著名人の逸話集)をはじめとして、「リンカーンの苦学」「フランクリンの節約」「ウェリントンと少年」などが、日本的に改変されて、というか日本訳の方が文学的な美文になっていて当時の小学生を感動させたといいます。このように明治の国語教育においては、アメリカをモデルにしていましたが、一つ困ったことがありました。
ワシントンです。アメリカの国語教育においてワシントンは非常に重要だったんですが、これを翻訳して教育の中心に据えるのはちょっと憚れたわけです。そこでワシントンのような存在が日本にないだろうかと色々調べたわけですが、その時に二宮金次郎を思い出しました。明治政府は、働きながら勉強し成功して親孝行をする二宮金次郎を ワシントンの代わりにしたわけです。こうして日本中の小学校に二宮金次郎の銅像が建つことになったわけですが、まあそんなことはどうでもいいとして、これから本題に入ります。
学校が休校になって、現在家庭学習になっているんですが、息子のやつは週一回、小学校に登校して、一週間分の宿題を持ち帰ります。教室に行くと担任の先生からの指令が書いてあって、一週間のあいだにやるべき家庭学習を指示されるわけです。
で、親の私が、息子の家庭学習の面倒を見るわけですが、いざ、小学校二年生の教科書を開いてみますと、その内容の高度なことに驚かされます。明らかに私の子供の頃よりも、教科書が分厚くなってます。例えば算数。今の算数の教科書は、教科書というより参考書と問題集が一緒になったような作りになっています。カラー写真がたくさんありますし、図表もイラストも多いです。そもそも教科書がでかい。分厚い。だから参考書など必要がないと言っても過言ではありません。
驚いたのは、教科書が問題集になっていて、回答を教科書に書き込むようになっています。なので先生から出た宿題には、教科書に回答を書き込むようにというのもあります。私が小学校の時は、教科書に何かを書き込むことは許されませんでした。教科書は綺麗に扱うべきものであって、書き込みが見つかったら怒られたものです。もちろん私も怒られた口で、人物のイラストが書いてあったら、ヒゲをつけたり眼鏡をかけたりしたものです。 だから、 教科書が問題集のようになっていて、授業中にそこに書き込むと言う発想が信じられません。 令和時代の小学校の教科書は、いわゆる使い捨て不要な存在になっています。私が子供の頃の先生は、教科書を神聖なもの として授業中使っていた気がします。
さらに驚いたことは、教科書とインターネットがつながっていることです 。教科書の中に、 QR コードがあって、教科書会社のインターネットとつながっていて、そこでさらに勉強できるシステムになっています。この傾向は 今後ますます大きくなっていくかもしれません。新型コロナウイルス のせいで、教科書とインターネットが融合する時代が来るかもしれません。チャレンジタッチのようなタブレットと教科書が一体化する時代が来るのも、そんな先の未来ではないかもしれません 。なぜならば新型コロナウイルスが問題になる前に、すでに教科書会社はインターネットを活用していたからです。
そういえばテレビ放送大学というものがありますが、放送小学校とか、放送中学校、放送高校があってもいい気がします。うちの息子は E テレの大ファンですが、小学校二年生なのに、高校生を対象とした教育番組を娯楽として好んで見ています。小学生が笑いながら高校の勉強番組を見ているわけですが、番組の作り方によっては、子供たちを勉強熱心にさせることも不可能ではないかもしれない。
現にタブレットを使った教材が非常に効果を上げています。どんなに勉強嫌いの子供たちでも、チャレンジタッチのようなタブレット学習教材を与えると、夢中になって勉強しだすからです。世の中も変わったものです。今の子供たちは、楽しく勉強できる時代に生きています。苦しみながら勉強した時代は、昭和平成で終わりなのかもしれません。
つづく。
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文部省の尋常小学国語読本は、アメリカの国語の教科書を翻訳したものが多くはいっていました。フェイマスストーリーズ(明治期に出版された米国著名人の逸話集)をはじめとして、「リンカーンの苦学」「フランクリンの節約」「ウェリントンと少年」などが、日本的に改変されて、というか日本訳の方が文学的な美文になっていて当時の小学生を感動させたといいます。このように明治の国語教育においては、アメリカをモデルにしていましたが、一つ困ったことがありました。
ワシントンです。アメリカの国語教育においてワシントンは非常に重要だったんですが、これを翻訳して教育の中心に据えるのはちょっと憚れたわけです。そこでワシントンのような存在が日本にないだろうかと色々調べたわけですが、その時に二宮金次郎を思い出しました。明治政府は、働きながら勉強し成功して親孝行をする二宮金次郎を ワシントンの代わりにしたわけです。こうして日本中の小学校に二宮金次郎の銅像が建つことになったわけですが、まあそんなことはどうでもいいとして、これから本題に入ります。
学校が休校になって、現在家庭学習になっているんですが、息子のやつは週一回、小学校に登校して、一週間分の宿題を持ち帰ります。教室に行くと担任の先生からの指令が書いてあって、一週間のあいだにやるべき家庭学習を指示されるわけです。
で、親の私が、息子の家庭学習の面倒を見るわけですが、いざ、小学校二年生の教科書を開いてみますと、その内容の高度なことに驚かされます。明らかに私の子供の頃よりも、教科書が分厚くなってます。例えば算数。今の算数の教科書は、教科書というより参考書と問題集が一緒になったような作りになっています。カラー写真がたくさんありますし、図表もイラストも多いです。そもそも教科書がでかい。分厚い。だから参考書など必要がないと言っても過言ではありません。
驚いたのは、教科書が問題集になっていて、回答を教科書に書き込むようになっています。なので先生から出た宿題には、教科書に回答を書き込むようにというのもあります。私が小学校の時は、教科書に何かを書き込むことは許されませんでした。教科書は綺麗に扱うべきものであって、書き込みが見つかったら怒られたものです。もちろん私も怒られた口で、人物のイラストが書いてあったら、ヒゲをつけたり眼鏡をかけたりしたものです。 だから、 教科書が問題集のようになっていて、授業中にそこに書き込むと言う発想が信じられません。 令和時代の小学校の教科書は、いわゆる使い捨て不要な存在になっています。私が子供の頃の先生は、教科書を神聖なもの として授業中使っていた気がします。
さらに驚いたことは、教科書とインターネットがつながっていることです 。教科書の中に、 QR コードがあって、教科書会社のインターネットとつながっていて、そこでさらに勉強できるシステムになっています。この傾向は 今後ますます大きくなっていくかもしれません。新型コロナウイルス のせいで、教科書とインターネットが融合する時代が来るかもしれません。チャレンジタッチのようなタブレットと教科書が一体化する時代が来るのも、そんな先の未来ではないかもしれません 。なぜならば新型コロナウイルスが問題になる前に、すでに教科書会社はインターネットを活用していたからです。
そういえばテレビ放送大学というものがありますが、放送小学校とか、放送中学校、放送高校があってもいい気がします。うちの息子は E テレの大ファンですが、小学校二年生なのに、高校生を対象とした教育番組を娯楽として好んで見ています。小学生が笑いながら高校の勉強番組を見ているわけですが、番組の作り方によっては、子供たちを勉強熱心にさせることも不可能ではないかもしれない。
現にタブレットを使った教材が非常に効果を上げています。どんなに勉強嫌いの子供たちでも、チャレンジタッチのようなタブレット学習教材を与えると、夢中になって勉強しだすからです。世の中も変わったものです。今の子供たちは、楽しく勉強できる時代に生きています。苦しみながら勉強した時代は、昭和平成で終わりなのかもしれません。
つづく。
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2020年05月09日
ゴールデンウィークで、営業自粛した結果。
ゴールデンウィークで、うちの宿は営業自粛したわけですが、新型コロナウイルスの陽性になった人は着実に減ってきているみたいですね。良かったです。このままピークダウンしてほしいですし、はやくアビガンがふつうに使えるようになってほしいですね。
ちなみに新型コロナウイルスで、北軽井沢は、がらーんとなるかと思いきや、観光客の人達でいっぱいでした。北軽井沢グラウンドでは観光客の人たちが野球かなんかをしていたり、車を乗り入れてキャンプみたいな真似をしていたりで、息子の運動に使えなかった。北軽井沢観光協会は閉鎖中なんですが、他府県のナンバーがたくさん駐車していました。コンビニの前もたくさんの車・バイクが止まっていましたね。公衆トイレも大半は閉鎖しているし、登山道前の駐車場も入れないようになっている 。もちろん有名な観光施設はみんな閉鎖中。日帰り温泉施設も大半は閉鎖中。
でもたくさんの 観光客が集まってくる。 こんなに多くの観光客を目にすると、県の方から休業要請がなかったら、かなりの集客が見込めたのに・・・と悔しい思いですが、目先の利益のために、感染拡大の後押しをすることはできないし、ルールを破ってまで営業する気にもなれない。営業したところで法律違反をしているわけではないんですけれど、テレビ報道なんかでバッシングされているパチンコ屋と同じになってしまう。でもどうしてだろう? 大半の観光地が、閉鎖してるのに、どうして人が集まってくるんだろうと思っていたら、○野グループはちゃっかり営業していたようで、キャンセル料もとっていたようです。○野グループのハル○○テラスも営業していたので、そこにお客さんが集中したようです。
逆に西武グループ・東京商事(おもちゃ王国)は、おとなしく自粛していました。北軽井沢・嬬恋村の人気ペンション・貸別荘も大半は自粛していました。営業していたところも少しは、あったわけですが、こういう緊急事態になって、オーナーまたはマネージャーの営業に対する姿勢が、一般の人たちに見えたことは確かですね。
ある人にとっては、営業してくれてありがとうと言う気持ちもあっただろうし、ある人にとっては、この会社は、非難を浴びていたパチンコ屋と同じなんだと思った人もいただろうし、人それぞれ見方は違うでしょうが、ふだんなら分かりにくい会社の経営方針が、今回の事件をとおして明確に分かったことは、面白かったと思います。
うちの宿にも大勢の人たちの予約が入っていたんですが、県からの要請で泣く泣く営業を断念して、大勢の人たちにご迷惑をかけてしまいました。お客さんは喉から手が出るほど欲しかったんですが。断念せざるを得なかった。
客室は半分にし、2日おきのローテーションで客室を完全消毒の上、御客様を向かい入れる手はずだった。全室に空気清浄機を配備し、消毒薬の手配もし、全室の換気扇も、さらに強力な新品に取り替え工事をした。なのに、いきなりの県知事からのゴールデンウィーク休業協力要請。もっと早く言ってくれれば、食材費も無駄にならなかったし、除菌用の強力な空気清浄機だって何台も買わずにすんだのに。どうして、もっと早く言ってくれなかったのかと、恨めしかったけれど、ここは我慢だと涙をのんだ。7歳の息子の顔と、その同級生の顔が頭によぎると、やはり自粛しか選択肢はなかったです。
さいわい、5月7日以後は、自粛解除がでたので、ちかいうちに営業を再開しようかと思っています。まず館内のワックスがけでもはじめて。様子をみたいと思っています。
つづく。
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ちなみに新型コロナウイルスで、北軽井沢は、がらーんとなるかと思いきや、観光客の人達でいっぱいでした。北軽井沢グラウンドでは観光客の人たちが野球かなんかをしていたり、車を乗り入れてキャンプみたいな真似をしていたりで、息子の運動に使えなかった。北軽井沢観光協会は閉鎖中なんですが、他府県のナンバーがたくさん駐車していました。コンビニの前もたくさんの車・バイクが止まっていましたね。公衆トイレも大半は閉鎖しているし、登山道前の駐車場も入れないようになっている 。もちろん有名な観光施設はみんな閉鎖中。日帰り温泉施設も大半は閉鎖中。
でもたくさんの 観光客が集まってくる。 こんなに多くの観光客を目にすると、県の方から休業要請がなかったら、かなりの集客が見込めたのに・・・と悔しい思いですが、目先の利益のために、感染拡大の後押しをすることはできないし、ルールを破ってまで営業する気にもなれない。営業したところで法律違反をしているわけではないんですけれど、テレビ報道なんかでバッシングされているパチンコ屋と同じになってしまう。でもどうしてだろう? 大半の観光地が、閉鎖してるのに、どうして人が集まってくるんだろうと思っていたら、○野グループはちゃっかり営業していたようで、キャンセル料もとっていたようです。○野グループのハル○○テラスも営業していたので、そこにお客さんが集中したようです。
逆に西武グループ・東京商事(おもちゃ王国)は、おとなしく自粛していました。北軽井沢・嬬恋村の人気ペンション・貸別荘も大半は自粛していました。営業していたところも少しは、あったわけですが、こういう緊急事態になって、オーナーまたはマネージャーの営業に対する姿勢が、一般の人たちに見えたことは確かですね。
ある人にとっては、営業してくれてありがとうと言う気持ちもあっただろうし、ある人にとっては、この会社は、非難を浴びていたパチンコ屋と同じなんだと思った人もいただろうし、人それぞれ見方は違うでしょうが、ふだんなら分かりにくい会社の経営方針が、今回の事件をとおして明確に分かったことは、面白かったと思います。
うちの宿にも大勢の人たちの予約が入っていたんですが、県からの要請で泣く泣く営業を断念して、大勢の人たちにご迷惑をかけてしまいました。お客さんは喉から手が出るほど欲しかったんですが。断念せざるを得なかった。
客室は半分にし、2日おきのローテーションで客室を完全消毒の上、御客様を向かい入れる手はずだった。全室に空気清浄機を配備し、消毒薬の手配もし、全室の換気扇も、さらに強力な新品に取り替え工事をした。なのに、いきなりの県知事からのゴールデンウィーク休業協力要請。もっと早く言ってくれれば、食材費も無駄にならなかったし、除菌用の強力な空気清浄機だって何台も買わずにすんだのに。どうして、もっと早く言ってくれなかったのかと、恨めしかったけれど、ここは我慢だと涙をのんだ。7歳の息子の顔と、その同級生の顔が頭によぎると、やはり自粛しか選択肢はなかったです。
さいわい、5月7日以後は、自粛解除がでたので、ちかいうちに営業を再開しようかと思っています。まず館内のワックスがけでもはじめて。様子をみたいと思っています。
つづく。
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2020年05月06日
発達が遅れ気味だった息子 その3 ドライアイスは何度?
小学校一年生になり、夏休みに入ると、宿題の中には「夏休み中に、合計で四百ページ以上の読書をしなさい」いうものもありました。息子は、夏休みが終わる頃までに三百冊八千ページを読書。黙読では無く音読。そのうち半分は、御客さんのお子さんへの読み聞かせでした。何を読み聞かせているんだろう? と、近くに寄ってみると、シュークリームの作り方のレシピを三歳児の女の子に読んであげていた。で、三歳児の女の子は、真剣に聞いてる。
この読み聞かせの結果、息子のコミュニケーション能力は大幅に向上しました。二学期になると担任の先生から、見違えるよう社交的になったと報告がありました。読書・音読・読み聞かせによって、対人関係がすこぶるよくなっていった。相変わらず「書く」という作業は苦手だったけれど、コミュニケーション能力は確実にレベルアップしていた。
しかし、一番驚いたのは、息子が一年生の夏山休みに買い物をしている時に何気なく言った言葉だった。スーパーで冷食とドライアイスを買って、それを保冷箱に入れた時に、息子はドライアイスを素手で触ろうとしたので「手で触っちゃダメ」と注意した。
「どうして?」
「冷たすぎて、やけど(凍傷)するから」
「ドライアイスは、マイナス78.5度だもんね」
「え?」
私は耳を疑った。
六歳の子供が、どうしてドライアイスの温度を知っているのか?
というか、いつマイナスの概念を知り得たのか?
習ってないはずの小数点の概念を何故理解しているのか?
あまりにも驚いたので問いただしてみると
『ニラムおじさんの比べてみよう【5】熱い−冷たい(農文協)』
という絵本で知ったという。
そういえば、そんな絵本をヤフオクで、どっさり買ったことを思い出し、それらの絵本を開いてみて驚いた。漢字にはルビがついている。文字も大きいから六歳の子供でも読もうと思えば読めなくもないけれど、内容は中学生レベル。空気・液体・電流・炭酸ガス・蒸気・起源・引力・液体ヘリウムといった難しい用語がザクザクでてくる。それを息子が読んで頭に入れた上に、三歳児のお子さんに読み聞かせていたわけだ。
この一件で私は、今まで絵本を少しばかり馬鹿にしていたことに気づいてしまった。今時の絵本は、すごく計算された内容になっていて、子供の興味をグイグイひっぱるようになっている。だから六歳の子供にドライアイスの温度をインプットさせるパワーを持っていた。
というよりドライアイスを教材に使ったところがにくい。
ドライアイスならスーパーなどで身近にあるからだ。
これが液体窒素だったら息子の興味を引かなかったに違いない。
そういう意味で絵本作家の嗅覚は、凄いと言えます。
こういった宿題は、冬休みにも出て、息子は十五日間に七千ページも読んでいる。しかも百ページもある児童書を一日に何冊も読んでる。いつのまにか無類の読書好きになってしまっている。
また、うちの宿には子供向けの本が五百冊以上あるので本には困らなかった。それを片っ端から読むのだけれど、私が読むのではないかと想定して買った本を読むことは無く、
「こんなもの読むかなあ?」
と半信半疑で買った本の方をよくよむ。例えば、料理のレシピ、掃除の本、動物の本、科学の本を読んだりする。これは、常日頃から宿屋の仕事を見ているからなのかもしれない。
あと息子が読書好きになった理由に心当たりがあります。息子が幼稚園の年長さんだった時、インフルエンザにかかってしまった。しかし、生まれながらにして頑丈な息子は、いつものごとく一晩でケロリと直ってしまう。けれどインフルエンザだと一週間隔離しなければならない。仕方がないので、一週間にわたって歴代のドラえもんの映画を三十本ほど見せると息子のやつはドラえもんにはまってしまった。
実は、息子はテレビを見ないしゲームもしない。親の私がテレビを見ないので息子も見ない。それがインフルエンザで一週間ほど個室に隔離され、ドラえもんの映画を三十本ほど見させられたので、衝撃を受けてしまったらしい。ドラえもんは、テレビシリーズと映画では全く違っています。ドラえもんの映画は質が高くて幼児が見たら感動するような作りになっている。それでもってテレビに免疫が無かった息子はすっかりドラえもんにはまってしまった。
なのでさらにドラえもんの漫画を購入して、一週間にわたって見せまくりました。漫画は、百冊以上ありましたが、むさぼるように読んでいました。難しい漢字がたくさんあったのですが、ルビがあったので、意味がわからないということはなかったようです。部屋の中からドラえもんの漫画に笑い転げる息子の声が響いてきました。
で、治癒してからも、ドラえもんの漫画を読み続けるようになり、しまいには、ドラえもんの学習漫画まで読むようになりました。ドラえもんの算数おもしろ攻略シリーズの足し算引き算、かけ算わり算、文章題、グラフ、分数・小数、面積・体積などや、ドラえもんの国語おもしろ攻略シリーズの漢字、文法、表現、四字熟語、作文などから、ドラえもんの社会科おもしろ攻略シリーズの都道府県、政治、日本史、世界史、地図、白地図など。ドラえもんの理科おもしろ攻略シリーズの生物、天体、力・電気・音・光、自由研究、理科実験など、百近くの難しい学習漫画まで読むようになりました。
中には、楽典を教えるような漫画・漢和辞典のドラえもん学習漫画までありましたが、そういうものまで読んでしまう。中身を理解しているとは、とても思えないのだけれど、やはり読んでしまう。何度も何度も繰り返し読んでしまう。
トイレの中でも読み、風呂に入る前の脱衣場でも読み、親より早く起きて読み、学校から帰って読む。車で移動中でも読む。とにかく読みまくるので生活が乱れる。目も悪くなるし、姿勢も悪くなる。これはマズイと思った私は、ブレーキをかけるべく色々な手段をとったのですが、なかなかうまくいかない。
眠ったように見せて、こっそり起き上がり、親の見てないところで読書をしだす。そのために夜更かしして朝、起きられない。なので寝室から本を撤去して電気のブレーカーを切って強制的に寝かせようとするのですが、息子も悪知恵が働いて色々逃げ道を探す。
仕方が無いので、読書の時間というものを正式に決めることにしました。寝る前の三十分だけは、自由に何でも読めることにすると、そのルーティーンに従うようになる。基本的に小さな子供は、ルーティーン(決まった手順)、つまりマイルールを持つことが大好きなので、これで一件落着です。
つづく。
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この読み聞かせの結果、息子のコミュニケーション能力は大幅に向上しました。二学期になると担任の先生から、見違えるよう社交的になったと報告がありました。読書・音読・読み聞かせによって、対人関係がすこぶるよくなっていった。相変わらず「書く」という作業は苦手だったけれど、コミュニケーション能力は確実にレベルアップしていた。
しかし、一番驚いたのは、息子が一年生の夏山休みに買い物をしている時に何気なく言った言葉だった。スーパーで冷食とドライアイスを買って、それを保冷箱に入れた時に、息子はドライアイスを素手で触ろうとしたので「手で触っちゃダメ」と注意した。
「どうして?」
「冷たすぎて、やけど(凍傷)するから」
「ドライアイスは、マイナス78.5度だもんね」
「え?」
私は耳を疑った。
六歳の子供が、どうしてドライアイスの温度を知っているのか?
というか、いつマイナスの概念を知り得たのか?
習ってないはずの小数点の概念を何故理解しているのか?
あまりにも驚いたので問いただしてみると
『ニラムおじさんの比べてみよう【5】熱い−冷たい(農文協)』
という絵本で知ったという。
そういえば、そんな絵本をヤフオクで、どっさり買ったことを思い出し、それらの絵本を開いてみて驚いた。漢字にはルビがついている。文字も大きいから六歳の子供でも読もうと思えば読めなくもないけれど、内容は中学生レベル。空気・液体・電流・炭酸ガス・蒸気・起源・引力・液体ヘリウムといった難しい用語がザクザクでてくる。それを息子が読んで頭に入れた上に、三歳児のお子さんに読み聞かせていたわけだ。
この一件で私は、今まで絵本を少しばかり馬鹿にしていたことに気づいてしまった。今時の絵本は、すごく計算された内容になっていて、子供の興味をグイグイひっぱるようになっている。だから六歳の子供にドライアイスの温度をインプットさせるパワーを持っていた。
というよりドライアイスを教材に使ったところがにくい。
ドライアイスならスーパーなどで身近にあるからだ。
これが液体窒素だったら息子の興味を引かなかったに違いない。
そういう意味で絵本作家の嗅覚は、凄いと言えます。
こういった宿題は、冬休みにも出て、息子は十五日間に七千ページも読んでいる。しかも百ページもある児童書を一日に何冊も読んでる。いつのまにか無類の読書好きになってしまっている。
また、うちの宿には子供向けの本が五百冊以上あるので本には困らなかった。それを片っ端から読むのだけれど、私が読むのではないかと想定して買った本を読むことは無く、
「こんなもの読むかなあ?」
と半信半疑で買った本の方をよくよむ。例えば、料理のレシピ、掃除の本、動物の本、科学の本を読んだりする。これは、常日頃から宿屋の仕事を見ているからなのかもしれない。
あと息子が読書好きになった理由に心当たりがあります。息子が幼稚園の年長さんだった時、インフルエンザにかかってしまった。しかし、生まれながらにして頑丈な息子は、いつものごとく一晩でケロリと直ってしまう。けれどインフルエンザだと一週間隔離しなければならない。仕方がないので、一週間にわたって歴代のドラえもんの映画を三十本ほど見せると息子のやつはドラえもんにはまってしまった。
実は、息子はテレビを見ないしゲームもしない。親の私がテレビを見ないので息子も見ない。それがインフルエンザで一週間ほど個室に隔離され、ドラえもんの映画を三十本ほど見させられたので、衝撃を受けてしまったらしい。ドラえもんは、テレビシリーズと映画では全く違っています。ドラえもんの映画は質が高くて幼児が見たら感動するような作りになっている。それでもってテレビに免疫が無かった息子はすっかりドラえもんにはまってしまった。
なのでさらにドラえもんの漫画を購入して、一週間にわたって見せまくりました。漫画は、百冊以上ありましたが、むさぼるように読んでいました。難しい漢字がたくさんあったのですが、ルビがあったので、意味がわからないということはなかったようです。部屋の中からドラえもんの漫画に笑い転げる息子の声が響いてきました。
で、治癒してからも、ドラえもんの漫画を読み続けるようになり、しまいには、ドラえもんの学習漫画まで読むようになりました。ドラえもんの算数おもしろ攻略シリーズの足し算引き算、かけ算わり算、文章題、グラフ、分数・小数、面積・体積などや、ドラえもんの国語おもしろ攻略シリーズの漢字、文法、表現、四字熟語、作文などから、ドラえもんの社会科おもしろ攻略シリーズの都道府県、政治、日本史、世界史、地図、白地図など。ドラえもんの理科おもしろ攻略シリーズの生物、天体、力・電気・音・光、自由研究、理科実験など、百近くの難しい学習漫画まで読むようになりました。
中には、楽典を教えるような漫画・漢和辞典のドラえもん学習漫画までありましたが、そういうものまで読んでしまう。中身を理解しているとは、とても思えないのだけれど、やはり読んでしまう。何度も何度も繰り返し読んでしまう。
トイレの中でも読み、風呂に入る前の脱衣場でも読み、親より早く起きて読み、学校から帰って読む。車で移動中でも読む。とにかく読みまくるので生活が乱れる。目も悪くなるし、姿勢も悪くなる。これはマズイと思った私は、ブレーキをかけるべく色々な手段をとったのですが、なかなかうまくいかない。
眠ったように見せて、こっそり起き上がり、親の見てないところで読書をしだす。そのために夜更かしして朝、起きられない。なので寝室から本を撤去して電気のブレーカーを切って強制的に寝かせようとするのですが、息子も悪知恵が働いて色々逃げ道を探す。
仕方が無いので、読書の時間というものを正式に決めることにしました。寝る前の三十分だけは、自由に何でも読めることにすると、そのルーティーンに従うようになる。基本的に小さな子供は、ルーティーン(決まった手順)、つまりマイルールを持つことが大好きなので、これで一件落着です。
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2020年05月05日
発達が遅れ気味だった息子 その2 脳のトレーニング
脳科学者の本を読むと臨界期について書かれてあります。
臨界期というのは、何かを学習する際に決定的に重要な期間のことです。
臨界期を過ぎますと、その何かをほとんど学習できなくなってしまいます。
例えば視覚。誕生から数ヶ月間、全く光を知らないままでいますと、脳の視覚システムが構築できず一生涯失明したままになります。視覚における神経回路がその発達の臨界期を過ぎてしまったからです。
感情のコントロールにも臨界期があります。幼児の時に感情のコントロールをせずに放置しておくとキレやすい子になります。もちろん脳には可塑性があるので臨界期を過ぎても学習できますが、それは学習容易期であって臨界期ではありません。
何の苦労なく習得できるのが臨界期。
努力して習得するのが学習容易期。
何の苦労もなく人徳者になれる時期(臨界期)があるのに、それを過ぎてしまうと苦労して人徳を磨く必要が生じます。だったら苦労のいらない臨界期に学習させた方が本人にとって楽ですので、これを利用しない手はありません。臨界期を過ぎてからの教育は効率が悪い。
これは勉強にしても運動にしても一緒で、やはり臨界期があります。ワーキングメモリなどの知能に関する臨界期は八歳ですので、成長が遅れている息子の場合、八歳までに知能を鍛える必要があります。ですので、早取り学習なんかしてる暇はありません。
イギリスの心理学者、チャールズ・スピアマンは、知能には、個別知能と一般知能があることを発見しました。例えば計算に必要な知能と、音楽に必要な知能の間に関連性は全くありません。いくら計算が得意になっても音楽の才能は発達しません。これが個別知能です。
それに対して一般知能というのは、計算や音楽やその他の色々な作業すべてに関わる共通の知能のことです。
1998年、アメリカでの大規模な調査で一般知能の調査が行われ、一般知能が低いほど社会的リスクを負う確率が高くなることが分かりました。仕事が続かないとか失業するといったリスクは、一般知能が低いほど高くなります。
逆に一般知能が110以上だった人を調べたら全員が社会的な成功者で、一般知能が高いほど年収が多いことが確認されてます。交通事故死や医療機関にかかる確率も一般知能と相関していました。つまり音楽の天才でも、東大生でも、超エリートでも一般知能が低かったら、人生を失敗する確率が大きい事が分かってしまいました。
なので臨界期が過ぎる前に一般知能を鍛える必要があります。最近の研究だとワーキングメモリをアップさせると一般知能がアップするらしいので、早急に息子のワーキングメモリを鍛える必要があります。八歳がワーキングメモリにおける臨界期なので早取り学習なんかしている暇はありませんし、勉強も後回しで良い。とにかくワーキングメモリの強化が先決。
なので一般知能を上げることが、今後の人生において最も重要なことだろうと私は判断し、それを向上させる教材をかたっぱしから息子にやらせることにしました。
具体的に言うと脳科学者が監修した『ポピー』と言う教材。全部やり終えたら先に進むのではなく、同じものをまた購入し直して再びやらせる。教材は間違い探しだったり、迷路だったり、勉強というより遊びながら脳トレーニング。その他にも脳力道場・ジグソーパズル・日本地図パズル・世界地図パズル・漢字パズル・各種カルタ・各種ゲーム。これを幼稚園時代に、三年間にわたってやらせたわけですが、そのせいでウェクスラー知能検査の数値が高く出てしまった可能性がある。
けれど、これらの教材は、ゲーム中心の教材なので、平仮名や漢字をノートに書けるようになったというわけではない。だから勉強ができているわけではありません。迷路や間違い探しやシール貼りで遊んでいました。早取り学習したわけでは無いので、平仮名を書けるようになったのは、他の同級生より遅かった。
文字を読めるようになったのは、誰よりも早かったくせに、書けるようになったのは、誰よりも遅かった。箸で御飯を食べれるようになったのも、幼稚園で一番遅かった。だから小学校の給食でカレーを手で食べて見せて先生を驚かせたこともありました。
「この子は、幼すぎる」
と思われたようで、家庭訪問で言われてしまった。
脳のトレーニングを優先するということは、そういう事になってしまう。皆が出来ることが、出来るようになるというわけではない。目に見えて進歩するということはないし、みんなに成長が追いついていくわけでもない。知能がアップしてるかもしれないけれど勉強が出来るわけではない。
それでも脳トレーニングにこだわった理由は、脳科学者のアドバイスを使ったら、二歳になる前に平仮名・カタカナ・ローマ字を読めるようになった実績があったからです。
だから早取り学習に走らず、根気よく脳トレーニングを続けていった。
しかし早取り学習と違って目に見える成果があがるわけではない。
進歩しているのか、していないのか、さっぱり分からない。
成果が見えない。
そこが早取り学習と違うところです。
しかし、ある日突然に頭の回転が速くなった。
それも突然に。
徐々にではなく突然にです。
問題を解く力がついてきていた。
うちの嫁さんが苦戦している難問を解くようになってきた。
なので、試しにインターネット上にある小学一年生の問題を解かせてみたら、習ってないことでも解ける。勝手に推理して問題が解けるようになっていた。幼稚園の年長組の夏休みに入る前の頃です。
「これはいいぞ!」
と思った私は、息子に「チャレンジタッチ一年生」と言うタブレットを与えました。当時は幼稚園年長組のタブレットが無かったので、一年生のものをやらせてみた。そしたら、どんどん問題を解いていく。習ってないのに解いていく。
後日、発達相談で作業療法士の先生にうかがったところ、ある日、突然、幼児が運動が出来るようになることがあるらしい。何かを繰り返して行わせることによって脳神経が突然つながって、できなかったことができるようになることがあるらしいのです。うちの息子の場合、根気強く脳トレーニングをしているうちに、ある種の脳神経が突然つながって、習っても無い問題を解くことができるようになったらしい。
結局、脳トレーニングをすることによって、
早取り学習したのと同じ結果になってしまった。
けれど問題は解けるけれど文字が書けない。
早取り学習をしてないので、文字が書けてない。
なので算数はスラスラ解けるけれど、
国語は「書く」という部分で苦戦する。
読むという場面では、スラスラ解けるけど書く部分ができてない。
また、同じ問題でもタブレットなら満点がとれるけれど、
紙の問題集だと点数が悪い。頭脳の発達に指先が追いついてない。
つまり脳のトレーニングには、限界があったわけで、文字を書けるようになったのは誰より遅かったし、箸の使い方も誰より不器用だった。給食のカレーを手で食べて担任の先生を呆れさせたし、友人とうまく会話ができていなかった。先生の紹介で「言葉の教室」という特殊学級に通ったりもした。
とは言うものの幼稚園の年長にして、一年生の問題を解いている。一年になると二年生の問題も解けるようになっている。そういう意味では頭がよくなっている。だからウェクスラー知能検査をすると高い数値がでてきたのかもしれない。なぜならば、ウェクスラー知能検査は、大半が口頭試問であり紙に書かせる検査は少なかった。それが証拠に、紙に書かせる検査である処理速度の部分は、それほど高くはなかった。
で、小学校一年生になり、夏休みに入ると一ヶ月分の宿題を一日で終わらせて先生を驚かせたわけですがタネをあかせば、「なーんだ」になります。息子の夏休みの宿題は、書く作業より解く作業が多かった。だからアッという間に終わらせられた。もし書く作業が多い宿題ばかりだったら、こんなに早く終わってなかったと思う。たまたま解く作業が多いために一日で終わったのだと思う。
また、宿題の中には「夏休み中に、合計で四百ページ以上の読書をしなさい」いうものもありましが、これも夏休みが終わる頃までに三百冊八千ページという読書量になってました。しかも黙読では無く、御客さんのお子さんへの読み聞かせだったりする。何を読み聞かせているんだろう? と、近くに寄ってみると、シュークリームの作り方のレシピを三歳児の女の子に読んであげていた。で、三歳児の女の子は、真剣に聞いてる。
この読み聞かせの結果、息子のコミュニケーション能力は大幅に向上している。二学期になると担任の先生から、見違えるよう社交的になったと報告がありました。読書・音読・読み聞かせによって、対人関係がすこぶるよくなっていった。相変わらず「書く」という作業は苦手だったけれど、コミュニケーション能力は確実にレベルアップしていた。
そのうえ料理のレシピ本を読んで料理を作ったり、工作の本を読んでは何か作ってみたり、読書から発展して、いろんなことをするようになり、そのうちに『自由研究の手引き』が、なにやら面白そうだと気がついて、勝手に自由研究を始めてしまった。機械的に本を読むだけで無く、本をもとに研究まで始めてしまった。
つづく。
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臨界期というのは、何かを学習する際に決定的に重要な期間のことです。
臨界期を過ぎますと、その何かをほとんど学習できなくなってしまいます。
例えば視覚。誕生から数ヶ月間、全く光を知らないままでいますと、脳の視覚システムが構築できず一生涯失明したままになります。視覚における神経回路がその発達の臨界期を過ぎてしまったからです。
感情のコントロールにも臨界期があります。幼児の時に感情のコントロールをせずに放置しておくとキレやすい子になります。もちろん脳には可塑性があるので臨界期を過ぎても学習できますが、それは学習容易期であって臨界期ではありません。
何の苦労なく習得できるのが臨界期。
努力して習得するのが学習容易期。
何の苦労もなく人徳者になれる時期(臨界期)があるのに、それを過ぎてしまうと苦労して人徳を磨く必要が生じます。だったら苦労のいらない臨界期に学習させた方が本人にとって楽ですので、これを利用しない手はありません。臨界期を過ぎてからの教育は効率が悪い。
これは勉強にしても運動にしても一緒で、やはり臨界期があります。ワーキングメモリなどの知能に関する臨界期は八歳ですので、成長が遅れている息子の場合、八歳までに知能を鍛える必要があります。ですので、早取り学習なんかしてる暇はありません。
イギリスの心理学者、チャールズ・スピアマンは、知能には、個別知能と一般知能があることを発見しました。例えば計算に必要な知能と、音楽に必要な知能の間に関連性は全くありません。いくら計算が得意になっても音楽の才能は発達しません。これが個別知能です。
それに対して一般知能というのは、計算や音楽やその他の色々な作業すべてに関わる共通の知能のことです。
1998年、アメリカでの大規模な調査で一般知能の調査が行われ、一般知能が低いほど社会的リスクを負う確率が高くなることが分かりました。仕事が続かないとか失業するといったリスクは、一般知能が低いほど高くなります。
逆に一般知能が110以上だった人を調べたら全員が社会的な成功者で、一般知能が高いほど年収が多いことが確認されてます。交通事故死や医療機関にかかる確率も一般知能と相関していました。つまり音楽の天才でも、東大生でも、超エリートでも一般知能が低かったら、人生を失敗する確率が大きい事が分かってしまいました。
なので臨界期が過ぎる前に一般知能を鍛える必要があります。最近の研究だとワーキングメモリをアップさせると一般知能がアップするらしいので、早急に息子のワーキングメモリを鍛える必要があります。八歳がワーキングメモリにおける臨界期なので早取り学習なんかしている暇はありませんし、勉強も後回しで良い。とにかくワーキングメモリの強化が先決。
なので一般知能を上げることが、今後の人生において最も重要なことだろうと私は判断し、それを向上させる教材をかたっぱしから息子にやらせることにしました。
具体的に言うと脳科学者が監修した『ポピー』と言う教材。全部やり終えたら先に進むのではなく、同じものをまた購入し直して再びやらせる。教材は間違い探しだったり、迷路だったり、勉強というより遊びながら脳トレーニング。その他にも脳力道場・ジグソーパズル・日本地図パズル・世界地図パズル・漢字パズル・各種カルタ・各種ゲーム。これを幼稚園時代に、三年間にわたってやらせたわけですが、そのせいでウェクスラー知能検査の数値が高く出てしまった可能性がある。
けれど、これらの教材は、ゲーム中心の教材なので、平仮名や漢字をノートに書けるようになったというわけではない。だから勉強ができているわけではありません。迷路や間違い探しやシール貼りで遊んでいました。早取り学習したわけでは無いので、平仮名を書けるようになったのは、他の同級生より遅かった。
文字を読めるようになったのは、誰よりも早かったくせに、書けるようになったのは、誰よりも遅かった。箸で御飯を食べれるようになったのも、幼稚園で一番遅かった。だから小学校の給食でカレーを手で食べて見せて先生を驚かせたこともありました。
「この子は、幼すぎる」
と思われたようで、家庭訪問で言われてしまった。
脳のトレーニングを優先するということは、そういう事になってしまう。皆が出来ることが、出来るようになるというわけではない。目に見えて進歩するということはないし、みんなに成長が追いついていくわけでもない。知能がアップしてるかもしれないけれど勉強が出来るわけではない。
それでも脳トレーニングにこだわった理由は、脳科学者のアドバイスを使ったら、二歳になる前に平仮名・カタカナ・ローマ字を読めるようになった実績があったからです。
だから早取り学習に走らず、根気よく脳トレーニングを続けていった。
しかし早取り学習と違って目に見える成果があがるわけではない。
進歩しているのか、していないのか、さっぱり分からない。
成果が見えない。
そこが早取り学習と違うところです。
しかし、ある日突然に頭の回転が速くなった。
それも突然に。
徐々にではなく突然にです。
問題を解く力がついてきていた。
うちの嫁さんが苦戦している難問を解くようになってきた。
なので、試しにインターネット上にある小学一年生の問題を解かせてみたら、習ってないことでも解ける。勝手に推理して問題が解けるようになっていた。幼稚園の年長組の夏休みに入る前の頃です。
「これはいいぞ!」
と思った私は、息子に「チャレンジタッチ一年生」と言うタブレットを与えました。当時は幼稚園年長組のタブレットが無かったので、一年生のものをやらせてみた。そしたら、どんどん問題を解いていく。習ってないのに解いていく。
後日、発達相談で作業療法士の先生にうかがったところ、ある日、突然、幼児が運動が出来るようになることがあるらしい。何かを繰り返して行わせることによって脳神経が突然つながって、できなかったことができるようになることがあるらしいのです。うちの息子の場合、根気強く脳トレーニングをしているうちに、ある種の脳神経が突然つながって、習っても無い問題を解くことができるようになったらしい。
結局、脳トレーニングをすることによって、
早取り学習したのと同じ結果になってしまった。
けれど問題は解けるけれど文字が書けない。
早取り学習をしてないので、文字が書けてない。
なので算数はスラスラ解けるけれど、
国語は「書く」という部分で苦戦する。
読むという場面では、スラスラ解けるけど書く部分ができてない。
また、同じ問題でもタブレットなら満点がとれるけれど、
紙の問題集だと点数が悪い。頭脳の発達に指先が追いついてない。
つまり脳のトレーニングには、限界があったわけで、文字を書けるようになったのは誰より遅かったし、箸の使い方も誰より不器用だった。給食のカレーを手で食べて担任の先生を呆れさせたし、友人とうまく会話ができていなかった。先生の紹介で「言葉の教室」という特殊学級に通ったりもした。
とは言うものの幼稚園の年長にして、一年生の問題を解いている。一年になると二年生の問題も解けるようになっている。そういう意味では頭がよくなっている。だからウェクスラー知能検査をすると高い数値がでてきたのかもしれない。なぜならば、ウェクスラー知能検査は、大半が口頭試問であり紙に書かせる検査は少なかった。それが証拠に、紙に書かせる検査である処理速度の部分は、それほど高くはなかった。
で、小学校一年生になり、夏休みに入ると一ヶ月分の宿題を一日で終わらせて先生を驚かせたわけですがタネをあかせば、「なーんだ」になります。息子の夏休みの宿題は、書く作業より解く作業が多かった。だからアッという間に終わらせられた。もし書く作業が多い宿題ばかりだったら、こんなに早く終わってなかったと思う。たまたま解く作業が多いために一日で終わったのだと思う。
また、宿題の中には「夏休み中に、合計で四百ページ以上の読書をしなさい」いうものもありましが、これも夏休みが終わる頃までに三百冊八千ページという読書量になってました。しかも黙読では無く、御客さんのお子さんへの読み聞かせだったりする。何を読み聞かせているんだろう? と、近くに寄ってみると、シュークリームの作り方のレシピを三歳児の女の子に読んであげていた。で、三歳児の女の子は、真剣に聞いてる。
この読み聞かせの結果、息子のコミュニケーション能力は大幅に向上している。二学期になると担任の先生から、見違えるよう社交的になったと報告がありました。読書・音読・読み聞かせによって、対人関係がすこぶるよくなっていった。相変わらず「書く」という作業は苦手だったけれど、コミュニケーション能力は確実にレベルアップしていた。
そのうえ料理のレシピ本を読んで料理を作ったり、工作の本を読んでは何か作ってみたり、読書から発展して、いろんなことをするようになり、そのうちに『自由研究の手引き』が、なにやら面白そうだと気がついて、勝手に自由研究を始めてしまった。機械的に本を読むだけで無く、本をもとに研究まで始めてしまった。
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2020年05月04日
発達が遅れ気味だった息子 その1 早取り学習を断念
発達が遅れ気味だった息子 その1 早取り学習を断念
息子も小学二年生になります。幼稚園を卒業したのが一年前になりました。三月二十六日生まれの息子は、かなり成長が遅れていたらしく、幼稚園では発達心理学の先生を紹介され、発達の相談や体の相談を毎月のように受けていました。
発達心理学の先生の診断は問題なしでしたが、現場で指導している幼稚園の先生の判断は違っていて、もう一度発達心理学の先生にお世話になるべきと言われました。で、再び診断を受けたわけですが、やはり問題なしと言う結果。困った先生は、
「知能検査をしましょう」
と、ウェクスラー知能検査を行ったわけですが、卒業式などの行事と重なり、六歳で受けるべき検査を、五歳十ヶ月に受けることに。しかも息子は検査前日まで病気で寝込んでいました。
「ああ、これは悪い結果が出るな」
と思っていたのですが、テストの結果は逆でした。
ウェクスラー知能検査とは、言語理解、知覚推理、ワーキングメモリー、処理速度の四つを検査して数値化するわけですが、知覚推理、ワーキングメモリーの二つが飛び抜けて高かった。私は違和感を覚えました。
というのも、息子は忘れ物が非常に多いからです。ワーキングメモリが高いなら、物忘れや忘れ物が多いはずがありません。しかし現実問題として、忘れ物は多いですし、物を紛失します。どう考えても、IQが高いようには見えません。しかし、知能検査の結果は、高い数値が出てしまっています。
「何故だろう?」
と考えた結果、息子のIQは後天的に高くなったという結論になります。成長が遅いということは、元々のIQは、高くないはず。しかし検査をすると高い数値が出ます。この矛盾に対して考えられることは、脳のトレーニングによって、後天的にIQが高くなったという仮説です。
実は私は、息子が生まれた頃に脳科学にはまっていて、息子に対して色々な実験をしていました。脳科学や心理学を利用して、二歳になる前に平仮名・カタカナ・ローマ字を覚えさせ、三歳になる前に簡単な漢字を読めるようにさせ、四歳ぐらいに九九を覚えさせました。
その方法は、非常に簡単で、五分間だけ文字に関する楽しいゲームをさせます。さんざん盛り上げて五分後に中止します。どんなにやりたがっても五分以上は絶対にさせません。制限することによって飢餓状態にさせます。この繰り返しによって文字を覚えさせていきます。これは算数でも一緒で、算数ゲームで楽しませた後に中止。制限をかけます。制限をかけて飢餓状態にさせます。
これらは、ほんの一例ですが、脳科学や心理学を利用しますと、おもしろいほど脳が発達します。未就学児用のテキストも、ワーキングメモリーを鍛える教材(ポピーなど)、ホンマでっかで有名な「澤口先生」の脳力道場、ジグソーパズルや迷路などを使って脳を鍛えました。
特にジグソーパズルは、二歳頃に十ピースから始め三歳の頃には五十ピース。四歳の頃には、公文の日本地図パズルや世界地図パズルで遊ばせました。もちろん時間制限をかけます。飢餓状態にさせます。これは迷路も間違い探しも一緒です。
未就学児の勉強として、二つのやり方があると思います。一つは早取り学習。小学校に入る前に、小学一年生の勉強を先に行ってしまいます。いわゆる公文式の勉強方法。もう一つは、私が採用した「脳」の開発に重視をおく方法。ワーキングメモリーや知覚推理を鍛える方法です。
うちの息子の成長が遅くなければ、私は躊躇なく早取り学習を採用していたけれど残念ながら成長は遅れています。一学年下の子供と遊んでいるのを見ていても、息子の方が幼いです。下手したら二学年下の子供達と一緒ぐらいに見えてしまいます。どう考えても早取り学習をさせられる状況ではありません。
つづく。
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息子も小学二年生になります。幼稚園を卒業したのが一年前になりました。三月二十六日生まれの息子は、かなり成長が遅れていたらしく、幼稚園では発達心理学の先生を紹介され、発達の相談や体の相談を毎月のように受けていました。
発達心理学の先生の診断は問題なしでしたが、現場で指導している幼稚園の先生の判断は違っていて、もう一度発達心理学の先生にお世話になるべきと言われました。で、再び診断を受けたわけですが、やはり問題なしと言う結果。困った先生は、
「知能検査をしましょう」
と、ウェクスラー知能検査を行ったわけですが、卒業式などの行事と重なり、六歳で受けるべき検査を、五歳十ヶ月に受けることに。しかも息子は検査前日まで病気で寝込んでいました。
「ああ、これは悪い結果が出るな」
と思っていたのですが、テストの結果は逆でした。
ウェクスラー知能検査とは、言語理解、知覚推理、ワーキングメモリー、処理速度の四つを検査して数値化するわけですが、知覚推理、ワーキングメモリーの二つが飛び抜けて高かった。私は違和感を覚えました。
というのも、息子は忘れ物が非常に多いからです。ワーキングメモリが高いなら、物忘れや忘れ物が多いはずがありません。しかし現実問題として、忘れ物は多いですし、物を紛失します。どう考えても、IQが高いようには見えません。しかし、知能検査の結果は、高い数値が出てしまっています。
「何故だろう?」
と考えた結果、息子のIQは後天的に高くなったという結論になります。成長が遅いということは、元々のIQは、高くないはず。しかし検査をすると高い数値が出ます。この矛盾に対して考えられることは、脳のトレーニングによって、後天的にIQが高くなったという仮説です。
実は私は、息子が生まれた頃に脳科学にはまっていて、息子に対して色々な実験をしていました。脳科学や心理学を利用して、二歳になる前に平仮名・カタカナ・ローマ字を覚えさせ、三歳になる前に簡単な漢字を読めるようにさせ、四歳ぐらいに九九を覚えさせました。
その方法は、非常に簡単で、五分間だけ文字に関する楽しいゲームをさせます。さんざん盛り上げて五分後に中止します。どんなにやりたがっても五分以上は絶対にさせません。制限することによって飢餓状態にさせます。この繰り返しによって文字を覚えさせていきます。これは算数でも一緒で、算数ゲームで楽しませた後に中止。制限をかけます。制限をかけて飢餓状態にさせます。
これらは、ほんの一例ですが、脳科学や心理学を利用しますと、おもしろいほど脳が発達します。未就学児用のテキストも、ワーキングメモリーを鍛える教材(ポピーなど)、ホンマでっかで有名な「澤口先生」の脳力道場、ジグソーパズルや迷路などを使って脳を鍛えました。
特にジグソーパズルは、二歳頃に十ピースから始め三歳の頃には五十ピース。四歳の頃には、公文の日本地図パズルや世界地図パズルで遊ばせました。もちろん時間制限をかけます。飢餓状態にさせます。これは迷路も間違い探しも一緒です。
未就学児の勉強として、二つのやり方があると思います。一つは早取り学習。小学校に入る前に、小学一年生の勉強を先に行ってしまいます。いわゆる公文式の勉強方法。もう一つは、私が採用した「脳」の開発に重視をおく方法。ワーキングメモリーや知覚推理を鍛える方法です。
うちの息子の成長が遅くなければ、私は躊躇なく早取り学習を採用していたけれど残念ながら成長は遅れています。一学年下の子供と遊んでいるのを見ていても、息子の方が幼いです。下手したら二学年下の子供達と一緒ぐらいに見えてしまいます。どう考えても早取り学習をさせられる状況ではありません。
つづく。
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2020年05月03日
休校で不安な新一年生のお父さんお母さんに! その2 音読は重要です
今日も暑かったですね。新型コロナウイルスで、北軽井沢は、がらーんとなるかと思いきや、観光客の人達でいっぱいでした。いつものように、 息子を連れて北軽井沢グランドに出かけ、マラソンの練習をしようと思っていたら、観光客の人たちが野球かなんかをしていて練習ができなかったです。北軽井沢観光協会は閉鎖中なんですが、他府県のナンバーがたくさん駐車していました。ふと見ると土産物屋さんで何かを物色していたり、満開に咲く桜の木の前で記念撮影をしていました。コンビニの前もたくさんの車・バイクが止まっていましたね。2軒もある北軽井沢のコンビニのアイスクリームは、ほとんどが売り切れ状態。
不思議です。
とても不思議です。
なぜならば、ほとんどのホテルやペンションは休業中だからです。 いったいどこに泊まっているんだろう? じゃらんや楽天で検索したって、営業してる宿はほとんどないのに。公衆トイレも大半は閉鎖しているし、登山道の前の駐車場もロープで入れないようになっている 。もちろん有名な観光施設はみんな閉鎖中。日帰り温泉施設も大半は閉鎖中。でもたくさんの 観光客が集まってくる。不思議ですね。
私たちのような宿業を営む者の大半は、観光どころか明日の生活にも不安をかかえている状態。 こんなに多くの観光客を目にすると、県からの休業要請がなかったら、かなりの集客が見込めたのに・・・と悔しい思いですが、目先の利益のために、感染拡大の後押しをすることはできないし、ルールを破ってまで営業する気にもなれない。
ルールと言っても、いわいる要請なんですけれどね。営業したところで法律違反をしているわけではないんですけれど、もし営業してしまったら、テレビ報道なんかでバッシングされているパチンコ屋と同じになってしまう。そのレベルには落ちたくない。
それはともかく、どの登山道にも観光客が集まってきています。駐車場が閉鎖されているのに集まってきている。 こういう場合は地元民は強い。誰も知らない秘密のルートを散策できる強みがある。人が滅多に通らない散歩道を知っている強みがある。今日は家族で、秘密の散歩道を2時間近く散歩していました。
前置きはこのくらいにして本題に入ります。学校が休校になって不安に思っている新一年生のお父さんお母さんへのアドバイスの続きです。前回は、ヨコミネ式の勉強方法を紹介しました。今日は音読についてです 。
学校が休校しているケースでも『音読の宿題』 が出ていると思います。けれど、なんとなく軽視しがちになるのが音読だと思います。私も最初のうちは、軽視していました。教科書の音読が、子供の勉強の役に立つんだろうか?と軽く考えていました。だから、音読なんかしてしなくてもどっちでもいいというスタンスでいたんですが、息子の1年生の時の担任の先生が、音読にとても力を入れる先生だったために、息子のやつは音読に熱中していました。
担任の先生は、音読カードというものを作って、毎日のように音読の宿題を出すんですが、宿題以外の音読をすると、特別のシールを音読カードに貼ってくれる。息子はその特別のシールが欲しいために、 やらなくていい音読をガンガンやっていました。
話は変わりますが、うちの息子は成長が遅くて、言語のコミュニケーションに多少の難がありました。 クラスメイトの男の子達とほとんど会話をすることがなく、下手したらいじめられっ子に近い状態でした。いわゆるコミュ障というやつで、陰キャだったと思います。それは担任の先生からも家庭訪問で指摘されていました。
それが徐々に変化していって、2学期を迎える頃には、誰とでも仲良く冗談を言えるようになり、男子生徒達と放課後にサッカーやバスケットで遊ぶようになった。それは劇的な変化だったのですが、この劇的な変化の原因に、音読があったてと思います。
うちの息子は、 とにかく音読の数をこなしました。で、親が音読カードに採点を書き込むわけですが、その音読カードがあるために、親が息子の音読を聞かなければいけない。音読を聞かないと採点ができない。 なので、ちょっとかったるかったんですが、親の方も根気強く息子の音読を聞き続けました。
不思議なことに、親が真面目に聞いていると、音読の調子も上がります。そしてだんだんとうまくなっていくのですが、それと同時に 、友人間のコミュニケーションも上手になって言ったのです。息子は軽井沢のスポーツ教室に通っていたんですが、そこの子供達とコミュニケーションが、日に日に上手になっていた。
そうこうするうちに夏休みになって、400ページ以上の読書をする宿題が出されました。息子は、読書の宿題を音読で行いました。うちは宿屋なので、小さなお子さん連れのお客さんがやってくる。息子は、小さなお子さん相手に、絵本の 読み聞かせをしました。読み聞かせなので音読です。宿には子供向けの本が500冊以上あるので読む本には困りません。夏休みが終わる頃には、277冊8252ページの本を読み聞かせ、その結果かどうか分かりませんが、2学期になると息子のコミュニケーション能力は格段に上がって、男の子たちと放課後にスポーツで暴れるようになっていました。
そういうことがあって、私は音読に対して、かなりポジティブな印象を持っています。なので小学校が音読を重視しているのは、理由があってのことだと思っています。インターネットなので調べても分かる通り、音読にはさまざまなメリットがあるようです。
さて、子供に音読をさせるコツですが、上手に音読させるためには、根気強く聞いてあげることが早道。
上手に読めない場合は、親が読んだ後に、子供に復唱させると音読がスムーズになります。教科書なんか見なくていいから、手本の音声を聞かせて、それを真似させる。それも一行ずつ親が手本を聞かせて復唱させる。とにかく耳から入る。うまく真似できたら、教科書を読ませる。音声を先に理解させ、その後に文字に入る。最初は、耳が先で文字は後でよい。それを何回かやると文字をスムーズに読めるようになる。
そのさい、文字を読ませる場合、ひらがなを読ませないことです。ひらがなではなくて単語を読む。「さくら」を音読する場合は、「さ+く+ら」で読ませるのではなく、「桜(さくら)」で読ませるようにする。具体的に言うと、「さくら」という単語のところにアンダーラインを引いて、桜のイラストでも描いて、これで一つの言語(単語)として理解させるといい。
平仮名を読ませると、うまく音読が出来ない。平仮名では無くて、単語を読ませる。「さいた、さいた、さくらがさいた」という文章なら、「さいた+さくら+が+さいた」という4つの単語を読ませる。
あと、学校の宿題だと、習ってるところを5回音読するように言ってきますが、実際に5回読ませると飽きてくるので、途中で別のページや、教科書の最後の方を音読させて、飽きさせないようにするのもいいかもしれません。
あと、音読は発声練習にもなります。上手に発声ができたら、コミュニケーション能力のアップにもつながると思います。残念ながらうちの息子は、まだまだ言葉の能力が、他の同級生に比べて低いみたいなんですが、それでも小学校に入学した時よりもかなりレベルアップしてきました。今後もっとレベルアップするためには、色々な本を音読する必要があると思っています。
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不思議です。
とても不思議です。
なぜならば、ほとんどのホテルやペンションは休業中だからです。 いったいどこに泊まっているんだろう? じゃらんや楽天で検索したって、営業してる宿はほとんどないのに。公衆トイレも大半は閉鎖しているし、登山道の前の駐車場もロープで入れないようになっている 。もちろん有名な観光施設はみんな閉鎖中。日帰り温泉施設も大半は閉鎖中。でもたくさんの 観光客が集まってくる。不思議ですね。
私たちのような宿業を営む者の大半は、観光どころか明日の生活にも不安をかかえている状態。 こんなに多くの観光客を目にすると、県からの休業要請がなかったら、かなりの集客が見込めたのに・・・と悔しい思いですが、目先の利益のために、感染拡大の後押しをすることはできないし、ルールを破ってまで営業する気にもなれない。
ルールと言っても、いわいる要請なんですけれどね。営業したところで法律違反をしているわけではないんですけれど、もし営業してしまったら、テレビ報道なんかでバッシングされているパチンコ屋と同じになってしまう。そのレベルには落ちたくない。
それはともかく、どの登山道にも観光客が集まってきています。駐車場が閉鎖されているのに集まってきている。 こういう場合は地元民は強い。誰も知らない秘密のルートを散策できる強みがある。人が滅多に通らない散歩道を知っている強みがある。今日は家族で、秘密の散歩道を2時間近く散歩していました。
前置きはこのくらいにして本題に入ります。学校が休校になって不安に思っている新一年生のお父さんお母さんへのアドバイスの続きです。前回は、ヨコミネ式の勉強方法を紹介しました。今日は音読についてです 。
学校が休校しているケースでも『音読の宿題』 が出ていると思います。けれど、なんとなく軽視しがちになるのが音読だと思います。私も最初のうちは、軽視していました。教科書の音読が、子供の勉強の役に立つんだろうか?と軽く考えていました。だから、音読なんかしてしなくてもどっちでもいいというスタンスでいたんですが、息子の1年生の時の担任の先生が、音読にとても力を入れる先生だったために、息子のやつは音読に熱中していました。
担任の先生は、音読カードというものを作って、毎日のように音読の宿題を出すんですが、宿題以外の音読をすると、特別のシールを音読カードに貼ってくれる。息子はその特別のシールが欲しいために、 やらなくていい音読をガンガンやっていました。
話は変わりますが、うちの息子は成長が遅くて、言語のコミュニケーションに多少の難がありました。 クラスメイトの男の子達とほとんど会話をすることがなく、下手したらいじめられっ子に近い状態でした。いわゆるコミュ障というやつで、陰キャだったと思います。それは担任の先生からも家庭訪問で指摘されていました。
それが徐々に変化していって、2学期を迎える頃には、誰とでも仲良く冗談を言えるようになり、男子生徒達と放課後にサッカーやバスケットで遊ぶようになった。それは劇的な変化だったのですが、この劇的な変化の原因に、音読があったてと思います。
うちの息子は、 とにかく音読の数をこなしました。で、親が音読カードに採点を書き込むわけですが、その音読カードがあるために、親が息子の音読を聞かなければいけない。音読を聞かないと採点ができない。 なので、ちょっとかったるかったんですが、親の方も根気強く息子の音読を聞き続けました。
不思議なことに、親が真面目に聞いていると、音読の調子も上がります。そしてだんだんとうまくなっていくのですが、それと同時に 、友人間のコミュニケーションも上手になって言ったのです。息子は軽井沢のスポーツ教室に通っていたんですが、そこの子供達とコミュニケーションが、日に日に上手になっていた。
そうこうするうちに夏休みになって、400ページ以上の読書をする宿題が出されました。息子は、読書の宿題を音読で行いました。うちは宿屋なので、小さなお子さん連れのお客さんがやってくる。息子は、小さなお子さん相手に、絵本の 読み聞かせをしました。読み聞かせなので音読です。宿には子供向けの本が500冊以上あるので読む本には困りません。夏休みが終わる頃には、277冊8252ページの本を読み聞かせ、その結果かどうか分かりませんが、2学期になると息子のコミュニケーション能力は格段に上がって、男の子たちと放課後にスポーツで暴れるようになっていました。
そういうことがあって、私は音読に対して、かなりポジティブな印象を持っています。なので小学校が音読を重視しているのは、理由があってのことだと思っています。インターネットなので調べても分かる通り、音読にはさまざまなメリットがあるようです。
さて、子供に音読をさせるコツですが、上手に音読させるためには、根気強く聞いてあげることが早道。
上手に読めない場合は、親が読んだ後に、子供に復唱させると音読がスムーズになります。教科書なんか見なくていいから、手本の音声を聞かせて、それを真似させる。それも一行ずつ親が手本を聞かせて復唱させる。とにかく耳から入る。うまく真似できたら、教科書を読ませる。音声を先に理解させ、その後に文字に入る。最初は、耳が先で文字は後でよい。それを何回かやると文字をスムーズに読めるようになる。
そのさい、文字を読ませる場合、ひらがなを読ませないことです。ひらがなではなくて単語を読む。「さくら」を音読する場合は、「さ+く+ら」で読ませるのではなく、「桜(さくら)」で読ませるようにする。具体的に言うと、「さくら」という単語のところにアンダーラインを引いて、桜のイラストでも描いて、これで一つの言語(単語)として理解させるといい。
平仮名を読ませると、うまく音読が出来ない。平仮名では無くて、単語を読ませる。「さいた、さいた、さくらがさいた」という文章なら、「さいた+さくら+が+さいた」という4つの単語を読ませる。
あと、学校の宿題だと、習ってるところを5回音読するように言ってきますが、実際に5回読ませると飽きてくるので、途中で別のページや、教科書の最後の方を音読させて、飽きさせないようにするのもいいかもしれません。
あと、音読は発声練習にもなります。上手に発声ができたら、コミュニケーション能力のアップにもつながると思います。残念ながらうちの息子は、まだまだ言葉の能力が、他の同級生に比べて低いみたいなんですが、それでも小学校に入学した時よりもかなりレベルアップしてきました。今後もっとレベルアップするためには、色々な本を音読する必要があると思っています。
つづく。
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2020年05月02日
休校で不安な新一年生のお父さんお母さんに!
今日も暑かった。午前中は登山。午後からは庭仕事。だけど少しもはかどらない。暑すぎて。仕事終わりのビール(アルコールなし)がうまかった。
節約生活も苦では無くなりました。なんだかんだで結構楽しい。閉店間際のスーパーに駆け込んで、一斤55円まで値下げになった食パンを山ほど買い込み、フリーザーの中に入れて、それを朝に解答し、サンドイッチやピザトーストなんかにして親子で食べていますが、 これはこれで、なかなか楽しい。こんな事態になる前は、健康を考えて一斤250円ぐらいの食パンしか買ったことがなかったんですが、安い食パンも、工夫次第ではとても美味しい。アイスも親子三人で分け合って食べたりして、それが教育効果にもなっていて息子にとても良い影響を与えている。というより貧乏節約生活も、慣れてしまえば、愉快愉快! 若かりし頃に体験したバックパッカーの生活を思い出して楽しい毎日。
そんなことはどうでもいいとして、学校が休校になってしまって不安になっている新一年生のお父さんお母さんに、ちょっとしたアドバイスを。
実は小学校1年生の勉強というのは、
1学期の間は、大したことはないです。
音読と平仮名カタカナだけですから。
難しくなるのは、漢字を覚え始める2学期からです。
大抵のお子さんは、ひらがなもカタカナも、入学する前にある程度練習してるでしょうから、1学期の授業は難しくない。だから何の心配もいらない。休校だからと言って焦る必要は無い。
問題は2学期です。2学期になると漢字を勉強しだすので、少し難しくなります。算数にしても、足し算引き算が、少しばかり難しくなります。これにどう対処するか? 私はヨコミネ式を参考にして息子に勉強させました 。
ヨコミネ式というのは、横峯保育園の園長さんが考えた理論で、一言で言えば
「子供は、もう少しで勝てそうな相手に対しては、必死になって追い越そうとする」
というものです。
子供はかけっこが大好きですが、相手が圧倒的に早いと競争しない。
けれどもう少しで追いつきそうな相手とは競争したがる。
これを勉強に応用します 。
勉強も、なんとなく分かりそうな問題に対しては、熱心に立ち向かうのが子供。
でも全くわからない問題に対しては見向きもしない。
逆に言うと、なんとなくわかるかもしれない・・・
というところまで持って行けば良い。
これを漢字学習に当てはめると、完璧に覚えさせなくてもいい。なんとなく・・・というところで終わらせてもかまわない。 要するに忘れても構わない。忘れても構わないから、いろんな漢字を書かせてみる。1年のうちに2年3年の漢字を覚えさせても良い。もちろん忘れても良い。とにかく何でも教えてしまう。その場合、ひらがなとカタカナも一緒に覚えさせた方がいい。それも2年生3年生の漢字も含めて、ひらがなカタカナと一緒に覚えさせた方がいい。
例えば 「公」という字と覚えさす場合、カタカナの「ハ」「ム」と、ひらがなの「おおやけ」「こう」を一緒に覚えさせたほうが、効率的です。「公」って、どう書くんだっけ?と聞かれたら「カタカナでハムって書いてごらん」と言えば、「分かった!」と言うからです。もっと言うと漢字の「公園」も一緒に覚えさせた方がいいし、ついでに遠足も一緒に教えてしまう。「しんにょう」と「くにがまえ」も一緒に教えてしまう。もちろん忘れてもかまわない。
漢字学習の場合、へん・つくりも同時に覚えさせたほうが圧倒的に効率がいい。具体的に言うと木・林・森・村・机・校なんかは一緒に覚えさせた方がいい。覚えさせると言っても完璧に覚えさせるわけではなくて、なんとなく頭に入れるだけでいい。
忘れても構わない。
なんとなく頭の中に入っていれば、正式に習う時になって「これ、知ってる!」と熱心に勉強をするためのきっかけになる 。初めて習うよりは、これはどこかで見たことがあるなあ・・・という感じの時の方が勉強に熱が入る。そういう意味で、ドラえもんなんかの漫画も難しい漢字があるのでいい。できれば「公」という一文字を覚えさせるのではなく、「公園」と二文字セットで覚えさせた方が良い。「国」という一文字を覚えさせるのではなく、「王・玉・国・国語・くにがまえ」を同時に覚えさせた方が良い。
公文の漢字カードで漢字ゲームするのもいい。かなり難しい漢字もあるけれど、一挙に覚えられます。漢字カルタもいいですね。でも私が一番オススメしたいのは、お風呂です。お風呂で漢字覚えさせるのが一番覚えが早い。その場合、くもんの風呂用漢字ポスターとキットパスと言うお風呂の壁に書くことができるチョークを用意する。
子供は、落書きが大好きなので、漢字の練習でも大喜びで風呂の壁に書き始めます。ただし、5文字以上書かせない。どんなに子供がもっと書きたいと言っても5文字以上はダメ。そうやって限定させることによって、子供を飢餓状態に持っていく。それによって、お風呂での漢字練習が楽しみになってしまう。
これは算数でも一緒で、 数のゲームをし、ものすごく盛り上げて、短時間で終わらせる。うやって限定させることによって、子供を飢餓状態に持っていく。それによって、数ゲームが楽しみになってしまう。あと足し算・引き算は、暗記科目みたいなものなので、上毛カルタの要領でカルタを作ってゲームをさせるといいです。私たち大人は
「1+1=2」
を頭で計算してません。暗記している。だから子供たちにも簡単な計算は暗記させた方が良い。子供にとって考えるより暗記の方が楽なはず。足し算カルタを自作して覚えさせれば、アッというまに覚えるはずです。群馬県民は、三歳児でも上毛カルタにあれだけ熱中できるわけですから、なんてことないですよね。でも一番良いのは算盤ですね。足し算に四苦八苦している息子に、十玉算盤を与えたら、
「これすごい! 答えが一発ででる!」
と大喜びしていましたから、新一年生には、十玉算盤が一番いいのかもしれない。ただし、こっそり十玉算盤を使って宿題するようになるので、そのへんは気をつける必要があります。
あと算数というと、数字の問題のように思えますが、実は国語の問題だったりする。文章題というやつです。あれは算数というより国語ですね。対策としてポピーのポピー式『おうちでドリル』シリーズを使うといいです。下記サイトを参考にしてください。よくできた問題集ですし、ワーキングメモリの強化を意識して作られています。
https://www.popy.jp/kanren/ouchi/
また、国語でつまずきやすい「は・を・へ」に関しては、公文の
『小学1年生「は・を・へ」のつかいかた』
が、いい仕事をしています。
公文の『にがてたいじドリル』シリーズは、どれも素晴らしいできで、苦手をピンポイントで退治してくれますから、とても良い教材だと思います。『小学1年生くりあがるたしざん・くりさがるひきざん』なんかも、よい教材です。
つづく。
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節約生活も苦では無くなりました。なんだかんだで結構楽しい。閉店間際のスーパーに駆け込んで、一斤55円まで値下げになった食パンを山ほど買い込み、フリーザーの中に入れて、それを朝に解答し、サンドイッチやピザトーストなんかにして親子で食べていますが、 これはこれで、なかなか楽しい。こんな事態になる前は、健康を考えて一斤250円ぐらいの食パンしか買ったことがなかったんですが、安い食パンも、工夫次第ではとても美味しい。アイスも親子三人で分け合って食べたりして、それが教育効果にもなっていて息子にとても良い影響を与えている。というより貧乏節約生活も、慣れてしまえば、愉快愉快! 若かりし頃に体験したバックパッカーの生活を思い出して楽しい毎日。
そんなことはどうでもいいとして、学校が休校になってしまって不安になっている新一年生のお父さんお母さんに、ちょっとしたアドバイスを。
実は小学校1年生の勉強というのは、
1学期の間は、大したことはないです。
音読と平仮名カタカナだけですから。
難しくなるのは、漢字を覚え始める2学期からです。
大抵のお子さんは、ひらがなもカタカナも、入学する前にある程度練習してるでしょうから、1学期の授業は難しくない。だから何の心配もいらない。休校だからと言って焦る必要は無い。
問題は2学期です。2学期になると漢字を勉強しだすので、少し難しくなります。算数にしても、足し算引き算が、少しばかり難しくなります。これにどう対処するか? 私はヨコミネ式を参考にして息子に勉強させました 。
ヨコミネ式というのは、横峯保育園の園長さんが考えた理論で、一言で言えば
「子供は、もう少しで勝てそうな相手に対しては、必死になって追い越そうとする」
というものです。
子供はかけっこが大好きですが、相手が圧倒的に早いと競争しない。
けれどもう少しで追いつきそうな相手とは競争したがる。
これを勉強に応用します 。
勉強も、なんとなく分かりそうな問題に対しては、熱心に立ち向かうのが子供。
でも全くわからない問題に対しては見向きもしない。
逆に言うと、なんとなくわかるかもしれない・・・
というところまで持って行けば良い。
これを漢字学習に当てはめると、完璧に覚えさせなくてもいい。なんとなく・・・というところで終わらせてもかまわない。 要するに忘れても構わない。忘れても構わないから、いろんな漢字を書かせてみる。1年のうちに2年3年の漢字を覚えさせても良い。もちろん忘れても良い。とにかく何でも教えてしまう。その場合、ひらがなとカタカナも一緒に覚えさせた方がいい。それも2年生3年生の漢字も含めて、ひらがなカタカナと一緒に覚えさせた方がいい。
例えば 「公」という字と覚えさす場合、カタカナの「ハ」「ム」と、ひらがなの「おおやけ」「こう」を一緒に覚えさせたほうが、効率的です。「公」って、どう書くんだっけ?と聞かれたら「カタカナでハムって書いてごらん」と言えば、「分かった!」と言うからです。もっと言うと漢字の「公園」も一緒に覚えさせた方がいいし、ついでに遠足も一緒に教えてしまう。「しんにょう」と「くにがまえ」も一緒に教えてしまう。もちろん忘れてもかまわない。
漢字学習の場合、へん・つくりも同時に覚えさせたほうが圧倒的に効率がいい。具体的に言うと木・林・森・村・机・校なんかは一緒に覚えさせた方がいい。覚えさせると言っても完璧に覚えさせるわけではなくて、なんとなく頭に入れるだけでいい。
忘れても構わない。
なんとなく頭の中に入っていれば、正式に習う時になって「これ、知ってる!」と熱心に勉強をするためのきっかけになる 。初めて習うよりは、これはどこかで見たことがあるなあ・・・という感じの時の方が勉強に熱が入る。そういう意味で、ドラえもんなんかの漫画も難しい漢字があるのでいい。できれば「公」という一文字を覚えさせるのではなく、「公園」と二文字セットで覚えさせた方が良い。「国」という一文字を覚えさせるのではなく、「王・玉・国・国語・くにがまえ」を同時に覚えさせた方が良い。
公文の漢字カードで漢字ゲームするのもいい。かなり難しい漢字もあるけれど、一挙に覚えられます。漢字カルタもいいですね。でも私が一番オススメしたいのは、お風呂です。お風呂で漢字覚えさせるのが一番覚えが早い。その場合、くもんの風呂用漢字ポスターとキットパスと言うお風呂の壁に書くことができるチョークを用意する。
子供は、落書きが大好きなので、漢字の練習でも大喜びで風呂の壁に書き始めます。ただし、5文字以上書かせない。どんなに子供がもっと書きたいと言っても5文字以上はダメ。そうやって限定させることによって、子供を飢餓状態に持っていく。それによって、お風呂での漢字練習が楽しみになってしまう。
これは算数でも一緒で、 数のゲームをし、ものすごく盛り上げて、短時間で終わらせる。うやって限定させることによって、子供を飢餓状態に持っていく。それによって、数ゲームが楽しみになってしまう。あと足し算・引き算は、暗記科目みたいなものなので、上毛カルタの要領でカルタを作ってゲームをさせるといいです。私たち大人は
「1+1=2」
を頭で計算してません。暗記している。だから子供たちにも簡単な計算は暗記させた方が良い。子供にとって考えるより暗記の方が楽なはず。足し算カルタを自作して覚えさせれば、アッというまに覚えるはずです。群馬県民は、三歳児でも上毛カルタにあれだけ熱中できるわけですから、なんてことないですよね。でも一番良いのは算盤ですね。足し算に四苦八苦している息子に、十玉算盤を与えたら、
「これすごい! 答えが一発ででる!」
と大喜びしていましたから、新一年生には、十玉算盤が一番いいのかもしれない。ただし、こっそり十玉算盤を使って宿題するようになるので、そのへんは気をつける必要があります。
あと算数というと、数字の問題のように思えますが、実は国語の問題だったりする。文章題というやつです。あれは算数というより国語ですね。対策としてポピーのポピー式『おうちでドリル』シリーズを使うといいです。下記サイトを参考にしてください。よくできた問題集ですし、ワーキングメモリの強化を意識して作られています。
https://www.popy.jp/kanren/ouchi/
また、国語でつまずきやすい「は・を・へ」に関しては、公文の
『小学1年生「は・を・へ」のつかいかた』
が、いい仕事をしています。
公文の『にがてたいじドリル』シリーズは、どれも素晴らしいできで、苦手をピンポイントで退治してくれますから、とても良い教材だと思います。『小学1年生くりあがるたしざん・くりさがるひきざん』なんかも、よい教材です。
つづく。
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2020年05月01日
自分なりに新型コロナウイルスの撲滅を考えてみた
今日は暑かったですね。私は、午前中は登山。午後からは庭仕事(土方)をしていたんですが、汗がだらだらと流れて止まらなかったです。仕事終わりのビール(アルコールなし)がうまかった。
こんなゴールデンウィークは初めてです。宿屋を始めて20年になりますが、毎年ゴールデンウィークになると、3時間睡眠の重労働が続きますが、 今年は新型コロナウイルスのために、お客さんはゼロ。 仕方がないので、庭の水はけを良くするために土壌改良を行なっています。と書くと何やらかっこよさそうですが、土方作業です。土を掘り返して、砂利を埋め、水はけを良くする。 これの繰り返し。
そんなことはどうでもいいとして、自分なりに、新型コロナウイルスの撲滅を考えてみました。
理論的に考えてみたら、日本国民が14日間、大人しくしていたら新規感染者はゼロになるはずなんですよね? しかし、憲法上の制約があって、強権を振るうことができない。だからパチンコ屋が 営業していたりする。そのせいで感染が増えてしまう。要するにこういうことですよね?
パチンコ屋が悪いと言えばそれまでですが、何の保障もなしに営業自粛をしろと言ったって、 おいそれと自粛できるわけでありません。罰則規定もないわけですから、逆らった者勝ちで、営業したほうが勝ち組になってしまう。そしてずるずると、緊急事態宣言が延長されてしまうわけですよね。延長されればされるほど、日本経済が終わってしまう。観光施設・宿泊施設・飲食業・交通業が全滅してしまう。
だったら 、14日で 終わらせるシステムを作ればいい。自粛した企業に100%の営業補償した上で自粛してもらえばいい。もちろん自粛を守らなかった人たちには、営業保証はしない。そのうえで新型コロナウイルスが絶滅したら、十年間増税する。ただし、自粛に協力してくれた人たちには、増税を全額免除。協力しなかった人たちには10年間の増税が待っている。
お金も毎月10万円ずつ払えばいいじゃないですか。その代わり、全国に検問を作って用事もないのに旅行してる人たちを見つけたら、10万円の支払いを停止したうえで、後日、増税か何かで苦しんでもらう。こういう制度を作ったら、どんな人でも、企業でも、ちゃんと協力してくれるんじゃないですかね?
話は変わりますが、 福岡県医師会が「アビガン」の投与を現場の医師の判断で決められるようにするらしく、「国の許可が得られれば『福岡県方式』の5月中のスタートを目指したい」としているらしいですね。
https://www.nishinippon.co.jp/item/n/605041/
投与対象は、感染初期の軽症者が中心。重症化を阻止するため、スピーディーに投与を行うようです。これは、かなりの朗報ですよね? 中国の報告では「発症6日までにアビガンを開始すれば、死亡率は激減する」らしいので、ウイルス量がピークを過ぎるころから治療を始めても大きな効果は期待できない。だから『福岡県方式』なんですよね。早く『福岡県方式』の結果を早く知りたいです。
軽症者にアビガンという方程式が有効だとわかれば、新型コロナウイルスも恐いものではなくなりますからね。妊婦には投与できませんけれど、重症化しやすいのは老人なのだから、老人に対して「早めのアビガン」で、なんとかなるなら希望がもてるかもしれない。
つづく。
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こんなゴールデンウィークは初めてです。宿屋を始めて20年になりますが、毎年ゴールデンウィークになると、3時間睡眠の重労働が続きますが、 今年は新型コロナウイルスのために、お客さんはゼロ。 仕方がないので、庭の水はけを良くするために土壌改良を行なっています。と書くと何やらかっこよさそうですが、土方作業です。土を掘り返して、砂利を埋め、水はけを良くする。 これの繰り返し。
そんなことはどうでもいいとして、自分なりに、新型コロナウイルスの撲滅を考えてみました。
理論的に考えてみたら、日本国民が14日間、大人しくしていたら新規感染者はゼロになるはずなんですよね? しかし、憲法上の制約があって、強権を振るうことができない。だからパチンコ屋が 営業していたりする。そのせいで感染が増えてしまう。要するにこういうことですよね?
パチンコ屋が悪いと言えばそれまでですが、何の保障もなしに営業自粛をしろと言ったって、 おいそれと自粛できるわけでありません。罰則規定もないわけですから、逆らった者勝ちで、営業したほうが勝ち組になってしまう。そしてずるずると、緊急事態宣言が延長されてしまうわけですよね。延長されればされるほど、日本経済が終わってしまう。観光施設・宿泊施設・飲食業・交通業が全滅してしまう。
だったら 、14日で 終わらせるシステムを作ればいい。自粛した企業に100%の営業補償した上で自粛してもらえばいい。もちろん自粛を守らなかった人たちには、営業保証はしない。そのうえで新型コロナウイルスが絶滅したら、十年間増税する。ただし、自粛に協力してくれた人たちには、増税を全額免除。協力しなかった人たちには10年間の増税が待っている。
お金も毎月10万円ずつ払えばいいじゃないですか。その代わり、全国に検問を作って用事もないのに旅行してる人たちを見つけたら、10万円の支払いを停止したうえで、後日、増税か何かで苦しんでもらう。こういう制度を作ったら、どんな人でも、企業でも、ちゃんと協力してくれるんじゃないですかね?
話は変わりますが、 福岡県医師会が「アビガン」の投与を現場の医師の判断で決められるようにするらしく、「国の許可が得られれば『福岡県方式』の5月中のスタートを目指したい」としているらしいですね。
https://www.nishinippon.co.jp/item/n/605041/
投与対象は、感染初期の軽症者が中心。重症化を阻止するため、スピーディーに投与を行うようです。これは、かなりの朗報ですよね? 中国の報告では「発症6日までにアビガンを開始すれば、死亡率は激減する」らしいので、ウイルス量がピークを過ぎるころから治療を始めても大きな効果は期待できない。だから『福岡県方式』なんですよね。早く『福岡県方式』の結果を早く知りたいです。
軽症者にアビガンという方程式が有効だとわかれば、新型コロナウイルスも恐いものではなくなりますからね。妊婦には投与できませんけれど、重症化しやすいのは老人なのだから、老人に対して「早めのアビガン」で、なんとかなるなら希望がもてるかもしれない。
つづく。
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