2020年05月26日

例のウイルスで息子の夢が消えてしまった

「惜福、分福、植福」幸田露伴

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 二十年ほど前に『幸田露伴の語録に学ぶ自己修養法(渡部昇一)』という本を読みました。幸田露伴には、全く興味が無かったのですが、渡部昇一氏の本なので、無条件に買って読みあさりました。

 で、予想したとおり素晴らしい本で、何度も読み返したい良書でした。その内容は『幸運を引き寄せる生き方の法則』について書かれた本で、一種の幸福論です。

 で、幸田露伴の面白いことは、幸福を語るのに『幸福論』と書かずに『努力論』を書いているところです。その『努力論』で幸福を引き寄せる方法として「惜福、分福、植福」が必要だと言っている。幸福を引き寄せるためには、惜福・分福・植福といった努力が必要だと言うのです。

 で、惜福について幸田露伴は、「たとえば掌中に百金を有するとして、これを浪費に使い尽して半文銭もなきに至るがごときは、惜福の工夫のないのである」と言っている。

 惜福。福を惜しむ。これは倹約とかケチとか、そういったことではなく、幸運を大切にして使い切らないということです。たとえば、親からプレゼントやお年玉をもらっても、それを無駄に使わずに大切に貯金することです。そういう子供には、もっとお年玉をあげたくなる。結果として、さらに福を呼び寄せるわけです。それを幸田露伴は「惜福」と言った。逆に、せっかく何かをプレゼントしてあげても、すぐに壊してしまったり、三日で飽きてしまったりしたら、だんだんプレゼントをあげたくなくなってきます。「惜福」つまり、福を惜しまないと福が逃げていく。もらったものを大切にしてないと、もらえるものがだんだん少なくなっていく。これが「惜福」の効果だと幸田露伴は、言いました。

 他にも、分福(福を分ける)、植福(後世に残す)という福がありますが、これについて説明すると長くなるので割愛します。

 惜福についてです。どういうわけか、うちの息子は、生まれながらに惜福に長けていました。いつだったか、親戚の人から絵本をもらった時、もらった絵本を毎日のように眺めていました。宅急便で送ってもらった、お下がりの服・おもちゃでさえ宝物扱いです。
 お客さんから誕生日祝いに水筒をもらったことがあったんですが、ボロボロになって使えなくなっても大切にしていました。ひびが入って使えない水筒でも毎晩枕元に置いて寝たくらいです。お客さんに、駅長さんの帽子を頂いた時も同じで、ずっと持ち歩いて大切にしていました。お年玉を頂いた時も、金額にかかわらず、毎日それを眺めていました。眺めては貯金箱に入れ、貯金箱から取り出しては眺める。そして絶対に使おうとはしない。

 そんな息子も幼稚園の年長さんの時に、世の中にはサンタクロースというものがいて、プレゼントをくれるらしいという知識を仕入れてきました。で、サンタクロースに欲しいものを手紙を書いて、窓ガラスに貼ったのです。そんなものをお客さんに見られてはまずいので、取り外すと息子は
「手紙がなくなった」
と悲しそうな顔をする。仕方がないので、
「サンタクロースが持って行ったんじゃない?」
とごまかしました。

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 で、息子のやつは何が欲しいんだろうとその手紙を読んでみると、くまのぬいぐるみが欲しいと書いてある。欲のないやつだなーと思いつつ、リサイクルショップで、百円のくまのぬいぐるみを二つほど買って、クリスマスイブに、枕元に置いてあげました。

 すると大喜び。「二つももらったよ」と大喜び。二百円でこれだけ喜んでくれるとはプレゼントのしがいがあると思いましたが、その日からの息子のサンタクロースのプレゼントに対する態度は、親の私も想定外でした。

 くまのぬいぐるみは、息子にとって友達とような存在になりました。大切に取り扱うのはもちろんのこと、食事の時も、散歩の時も、布団に入る時も、いつも一緒です。寝るときに枕元に置くのはもちろんのこと、北アルプスを縦走しようという時でさえ、ザックに入れようとする始末。さすがにそれだけは許しませんでしたが、近くの山なら今でも普通に持って行きます。息子は小学二年生で、幼稚園の年長さんの時のクリスマスから二年も経っているんですが、未だにこの調子です。新型コロナウイルスが流行し、毎日のように登山をしてるんですが、隙あらばリュックサックの中に二体のぬいぐるみを入れようとします。

 まあそんなことはどうでもいいとして、去年の十二月。息子が小学一年生になった冬。またクリスマスイブが近づいてきた時のことです。今度は、何をお願いするんだろうと思っていたら、ラジコンカーをくださいと言う手紙を食堂の窓ガラスに張り出した。やっと世間並みの欲が出てきたのかな?と思い、今回もトイプラネットという中古品のおもちゃを売っている店に行って、五百円くらいのラジコンカーを買おうと思ったんですが、息子は
「ラジコンカーをやめて地球儀にする」
と言い出したので、百円ショップで売っている百円のミニ地球儀を買ってこようかなと思っていました。

 何しろ、うちの息子はどんな安物でも、大げさに喜ぶし、とても大切にする男なので、金がかからなくていい。で、クリスマスの前に
「クリスマスツリーをみたい」
と言うので、ホテルブレストンコートで毎年行われているキャンドルナイトに連れて行きました。そこには巨大なクリスマスツリーがあるからです。で、クリスマスツリーを見学の後に、星野遊学堂という教会に行くと、一人一枚ずつ絵葉書をもらったのです。

「せっかくだから、おじいちゃんやおばあちゃんにクリスマスカードを送ったらどうだい?」

と言うと、息子のやつは喜んでカードを書きました。一枚は母方のおばあちゃん。もう一枚は父方の祖父母に。すると、しばらくして
「これでプレゼントを買ってあげて」
と、父方のおじいちゃんおばあちゃんから、母方のおばあちゃんから、まとまった現金が送金されてきました。で、今年は100円のプレゼントですますわけにはいかなくなった。なので少しばかり考えてみた。

「うちの息子は、成長が遅いので、小学一年生のくせにサンタクロースをそのまま信じている。でも、一年後の二年生になったら、さすがにサンタクロースの正体を知るだろう。現に私は、保育園の年長さんの時にすでに、サンタクロースなんていないこと知っていた。二年生になったら、きっとクリスマスに対する夢が消えてしまうに違いない」

 そう思った私は、百円ショップの小さな地球儀をプレゼントするのをやめて、何万円もする地球儀にした。地球儀の中にコンピューターが入っていて、たとえば日本をタッチすると、日本について色々な説明をしてくれる地球儀。クイズを出したり、質問に答えてくれるコンピューターの入った、いわゆるしゃべる地球儀をクリスマスにあげることにした。

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 もちろん息子は大喜び。
 毎日のように地球儀で遊んでばかり。
 地球儀が友達のようになってしまった。
 その結果、息子のやつはとんでもない事を言い出した。

 それまでは、将来は小学校の先生になって、
 担任の先生のような先生になると目を輝かしていたんですが、
 地球儀のおかげで、あっさりその夢を放棄し、とんでもない野望を持つようになった。

 まずロシアに行って、そこで寿司屋を開業して、巨大チェーンを作って大儲けする。そのあとに、アメリカでホテルを作って、巨大なホテルチェーンをアメリカ各地に配備するとかなんとか。とんでもない夢物語を語るようになった。明らかにコンピューター内蔵の地球儀に影響されている。というか、これでは
「将来の夢はウルトラマンになることです」
と何も変わりないではないか。

 と思ったのですが、結構本人は真面目に考えているらしく、まだ小学二年生なのに、真面目に英語の勉強しだしている。そのうち、ロシアで寿司屋をやるとか、アメリカでホテル王になるとか、そんなバカみたいなことを忘れてしまう・・・・と思っていたのですが、この半年間、未だにその夢を持ち続けている。そして、本人自ら勝手に自主的に英語の勉強を始めてしまった。まだ小学二年生なのに。
「そんなことはしなくていい」
と言っても聞く耳をもたない。世界に打って出るためには英語が必要ということは分かっているようで、英語に夢中になっている。
「こいつはヤバイ・・・」
と思っていたら、新型コロナウイルスが世界中に猛威をふるってしまった。

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 これが何を意味するか、成長の遅れてるうちの息子にもわかったようで、息子の夢はついに破れてしまった。最近は、地球儀をいじってはないのですが、それでも英語の勉強だけは毎日続けてるようです。


つづく。

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posted by マネージャー at 00:02| Comment(0) | テーマ別雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする