北軽井沢では、ちょっと散歩をすると栗・どんぐりの実が、あちこちに落っこちていて、森の中にある別荘の屋根に、ぽつんぽつんと木の実の落ちる音がします。散歩すれば、その音がよく聞こえます。森の中に響いてくるわけです。そんな森が、太陽光発電などによって、里山から消えつつあるのは非常に残念なことです。
話は変わりますが、クマというのは、執着性が非常に激しい。例えば落ちているどんぐりを見つけて食べたとすると、そのどんぐりは自分のものだと思ってしまう。毎日のように、その場所に行ってきてドングリを食べに行きます。それを誰かが取ろうとすると、泥棒だと思って攻撃することもある。春先に山菜を取りに行ったご老人達がクマに襲われるのはそのせいです。クマにしてみたら、自分の所有物を盗まれたということになってしまう。そういう性質がクマにはあるわけで、これが問題となってくるわけです。
里山がどんどん開発されていて、餌がなくなって畑に降りてきたとする。そして一度そば畑の作物を食べると、その畑の所有権は、そのクマにあると言うことになってしまう。一度そうなってしまったら、非常に危険な状態になります。最初は野菜を食べるくらいで済むのですが、野菜だけで済まなくなってしまう。畑の側を歩く人間までも攻撃される可能性が出てくるわけです。だから絶対にくまたちを畑に近づけてはならない。
戦前の北海道で人間がヒグマに襲われる事件が何件も起きていますが、当時はヒグマの生態がよく知られてなかったために起きてしまった事件だとも言えます。ヒグマについてよくわかってなかった時代では、畑が荒らされても、腹を立てるぐらいであんまり対策を立ててなかった。畑の次には、民家の軒先に行ってきて、軒先に吊るしてあるトウモロコシを食べたりする。そして、その対策を立ててないと、最後には人間が襲われることになる。だから最初に畑に入った時点で、駆除するべきだったわけで、お互いに不可侵の状況をつくるべきで、それを怠ると大災害が起きてしまう。
では、一般的によく言われている
「クマは警戒心が強くて臆病だ」
というのは間違いなのかと言うと、間違いではない。
確かに臆病な動物で警戒心も強い。
だからこそ人間をよく見ています。
信じられないくらいに人間のそばで息を殺して私たちを見ている。
そして人間をよく観察している。
観察した上で、ゴミを漁ったり、山菜を食べていたりする。
人間はそれに気がつかないだけだったりする。
信じられないくらいに人間の近くに生存していて、人間の生態をよく観察していることが分かっています。つまり後天的に学習する動物であるわけです。(だからクマ鈴は危険であることが定説になりつつある。それについては、後述します)
それだけに個体差が大きくて性格もバラバラで、ツキノワグマはこうだとか、ヒグマはこうだとか、一般的に言えなかったりする。だから余計にクマに対して決めつけた発言はできない。学習能力が高いので、一頭一頭のキャラクターが本当に違っている。つまりクマと人間は、意外にお互い近いところに住んでいる。クマは、それを知っていて、多くの人間たちは、それを知らないだけなのだ。問題は、人間をよくしらない若いオスクマが独り立ちするときである。
つづく。
↓ブログ更新を読みたい方は投票を
人気blogランキング