2021年10月10日

クマについて【6】情報量

 江戸時代の寺子屋の教科書が、やたらと難しいことに驚いたことがあります。これは明治期の小学校の教科書でも同じでした。これが、大正・昭和・戦後と時代が下るうちに徐々に簡単になっていきます。では、令和時代の子供たちが、江戸時代の子供たちより学力が劣っているのかというと、とても大きな疑問が出てくる。『庭訓往来』などの江戸時代の寺子屋の教科書は、確かに難しいのだけれど、当時の子供たちが覚えるべき情報の総量は、現代に比べて圧倒的に少ない。なにしろ江戸時代には、パソコンもテレビもマンガも無い。活字が圧倒的に少ない。『庭訓往来』くらいしかないから、それを何度も読み返すしか無い。あとは、浄瑠璃・歌舞伎・落語・俳諧といったものくらいなので、現代に比べて圧倒的に情報量が少ない。少ないからこそ、それらに対して鋭敏に反応し、恐ろしいほどの才能を発揮したりする。

 これは、飼い犬にも言えるかもしれない。

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 うちの宿では、シエルティー(コロ)の犬を飼っているのだが、一度でも可愛がってくれた御客様を忘れない。リピーターさんの車が駐車場に入ってくるだけで嬉しそうに吠える。逆に、初めての御客様には見向きもしない。過去に散歩に連れてってもらった御客さんは、ずっと憶えていて、嬉しそうにワンワン吠える。
「散歩に連れてって!」
と尻尾を振っている。散歩に連れて行ってくれた御客様の臭いを何年も覚えていて、数年ぶりに再会する御客様に対して、大喜びでワンワン吠えて『遊んでよ』とお強請りする。御客様は
「利口な犬(コロ)だなあ」
と感心するのだが、これは誤解である。

 コロのやつは、年から年中、散歩のことばかり考えている。ペットだからエサには困ってないが、散歩と一緒に遊んでくれることに関しては飢えている。四六時中、散歩のことばかり考えているから、「この人は散歩に連れて行ってくれる人だ!」という情報は、絶対に忘れはしない。なにしろ1年中、そればかり考えて生きているからだ。

 うちのコロにとって、宿に泊まりに来る御客様は、散歩してくれるかもしれない御客様なので、その人たちの臭いは、データーベースとして、しっかり記憶されてしまう。コロが、頭が良いかどうかは別にして、年中、散歩しか考えてなかったら、コロの脳は、その一点に集中して、恐ろしいほどの能力をみせるかもしれない。


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 これは、野生のクマにも言えるかもしれない。野生のクマにとっての最大の関心事は食糧問題だ。あれだけの巨体を植物によって維持するには、四六時中食べていなければならない。そのために手っ取り早いのは、人間が栽培している畑が一番効率よく食事が出来る。しかし、そこに入ろうとしないのは、人間の怖さを知っているからだ。

 ただ、独り立ちしたばかりのオス熊は、それをよく知らないために、別荘地や畑に迷い込んで捕獲&射殺されてしまう。それを見ていた熊たちは、人間と距離を置くかもしれない。愛犬コロが、散歩のために恐ろしいほど集中し、大勢の御客様の顧客データーを記憶するのと一緒で、野生の熊たちも、食料の確保と、人間への警戒心のために恐ろしいほど集中し、人間界のデーターを集めているかもしれない。





 知床山脈を縦走しているとき、倒木に腰掛けてやすんでいたら、ヒグマが、のっしのっしと近づいてきた。こういうことは滅多に無いので驚いた。もちろん、こっちは、じーっと立ち止まって相手を睨めつけ、ナタとクマスプレーで戦闘準備する。すると、飛び上がって、ドスンドスンと逃げていった。もちろん天地が地震の様に揺れる。熊は茂みにはいる。入ると天地の揺れはピタリと止まる。つまり茂みの中から、こちらを伺っている。もちろん、こっちから熊の姿は見えない。つまり、熊は、隠れてこっちを伺っているのだ。
「変だな?」
と思った。ヒグマは、必要以上に人間と関わろうとしないから、茂みの中から動こうとしないヒグマに違和感を感じた。
「どうしてだろう?」
と思っていると、仲間の一人が、こしかけていた倒木にクワガタムシを発見した。よくみると倒木には虫たちがたくさんいた。アリの巣があり、熊の大好物が大量に存在していた。

「ああ、すまんすまん。そういうことだったのか!」
「・・・」
「ごめんねクマさん、俺たちは旅たつから・・・」

 私は、巨大なヒグマに謝りつつ、その場をそっと立ち去った。ヒグマにしてみたらランチタイムにいつもの倒木に向かっていたら、殺気だった人間が4人もいてナタに手をかけていたので困惑していたのだと思う。四六時中、食料の事ばかり考えているヒグマにしてみたら、変な姿の人間が進入しているのに、さぞかし面食らっていたに違いない。

 このようにヒグマは、エサに関するデーターと、人間に関するデーターを必死になって集めている。われわれの知らないところで、われわれはヒグマに見張られているかもしれない。

 これは、ツキノワグマにしても同じで、彼らは、信じられないくらいに我々を観察している。人間や自動車などをよく観察している。観察しつつ、夜中に町中に入り、街中を流れる川の、川沿いに密集してサワグルミの林に進入して、また柔らかいクルミをムシャムシャと食べたりする。食べられる時期は、たったの1週間で、時期が過ぎると食べられなくなるので、クマにしてみたら必死である。こうして深夜に沢筋を下りてきて、大急ぎで街中のクルミを食べて、逃げるように去って行く。ずくそばには、観光にきた自動車が走っていたり、夜の夜中にランニングする人間がいたりするのだ。そんなときクマは、茂みの中で用心深くピクリとも動かずに、災難がさっていくのを待っている。


つづく。

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posted by マネージャー at 00:37| Comment(0) | 自然−動物 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする