2021年10月15日

クマについて【10】北軽井沢のツキノワグマ

 ペンションを開業すべく北軽井沢に引っ越してはたのは、21年前です。最初の年は、御客さんがいなかったので、嬬恋村のあちこちの山に登りました。で、気に入ったのが桟敷山林道。21年前の桟敷山林道は、できたばかりで、カラマツの背も低く、開けていました。高山植物も多くて、道路際にラズベリーがわんさかなっていました。今とは、ずいぶん違っていたのです。

 で、藪の中に入ってみたら使われてない廃道になった道路がいくつもあった。その道路は、休暇村の方まで繋がっていて、途中に水道局の施設があったりしたし、廃墟っぽいコテージなんかもあった。昭和40年代のものとも思える缶ジュースの空き缶が捨ててあったりもした。それらの空き缶は、今の空き缶と飲み方が違っているので、ある世代以上の人には、とても懐かしいものだった。それを
「懐かしいなあ」
と拾い上げてみたら、空き缶にクマの歯形があった。
「このあたりは、クマの生息地なのか!」
と気が付いた私は、クマのフィールドサインを探し歩いたら、簡単に見つかった。ウンチはもちろんのこと、爪痕から昼寝あとまで簡単に見つかった。

 ヒグマもツキノワグマも日向ぼっこが大好きです。ひまさえあれば太陽を浴びる。だからクマの昼寝あとは、三頭分から四頭分の面積になっている。10畳くらいの広い面積が昼寝あとになっている。場所によっては、昼寝場所が大きく移動したりする。太陽の移動とともに木陰が移動するので、日光を浴びるためにクマが移動するからです。
「そうだ! せんべい平に行ってみよう」
せんべい平は、クマにとって理想的な昼寝場所だからだ。

 で、行ってみたら、やはりクマの巣があった。昼寝場所があった。私は宿が閑古鳥なのをいいことに定点観察することにした。とりあえず1週間分の食料を確保して、かなり遠くから双眼鏡で覗いていたのだが、苦労してツキノワグマを発見して写真を撮ったがろくに写ってなかった。当時は、デジカメの性能も良くなく、私は、EOSでフィルム撮影したわけだが、現像してみたら黒い点しか写ってなかった。

 ただ、桟敷山のあたりにクマが活動してるのだけは分かったので、注意するようになった。すると今まで見えてなかったモノが見えるようになる。いたるところにクマの痕跡があるのがわかってくるから不思議である。そうなると何度もクマを見かけるようになる。ただし、現在のせんべい平には、クマはいない。大規模な笹の伐採を行っているためか、ここ数年は痕跡を見かけることは無い。





 次にクマを見かけたのは、鼻曲山である。鼻曲山周辺には、数頭のツキノワグマがいる。私は何度も出会っているが、ここには複数のクマがいる。鼻曲山の登山ツアーに御客さんを連れて行くと、20メートルも離れたところの藪が、ガサゴソと動くことがある。ふつう人間が歩いていたらツキノワグマは、じっと息を殺して動かないが、このように藪が動く場合は、若い子熊の可能性が高い。こういう場合は、私が低音の奇声を発ながら御客さんを誘導するが、低音の奇声を発すると、子熊の奴もじっとして藪がガサゴソ動かなくなる。

 犬でも何でもそうなのだが、低音の奇声は威嚇音を意味する。犬なら「ウーッ」という唸り声がが、これにあたります。逆に高音は負けましたという意味になる。犬なら「キャンキャンキャン」という高音が、これにあたります。だから私は、山に入る時は低音の奇声をあげます。そうすれば、ツキノワグマの奴は、勝手に避けてくれる。逆に高音はどうだろう? ツキノワグマを呼び寄せないだろうか?というのが最新研究で言われていることです。つまりクマ鈴は、高音なんですよね。やたらとクマ鈴を鳴らすのは拙くないか?とも言われるようになっています。

 話がそれました。
 鼻曲山のことです。

 鼻曲山から浅間牧場に至る一帯は、ツキノワグマの密集地帯です。このあたりには、ものすごくツキノワグマが多い。12年ぐらい前のことになりますが、草軽鉄道の路線跡地を調査したことがあったんですが、その時にクマの巣をいくつも発見してしまった。一つは工事用プレハブの廃墟で、そこからクマの臭いがやたらとしていた。かなりの遠くから臭いがプンプンしていた。もちろん糞のあったし、足跡も見つけた。さらに線路際を前進すると放棄別荘地があって、そのうちの一軒の縁の下にクマの巣があった。やはり、すごい臭いだった。こいつはヤバいなあと思った私は、日没前に車に戻って、車で宿まで帰るのだが、帰る途中の17時ちょうどに巨大なツキノワグマに出会う。しかも5回も同じ時間に出会っている。

 17時ぴったりに、白糸の滝方面から伸びてきている登山道から、ノッシノッシと出てきて、道路をよこぎり、浅間牧場に入っていく。その巨体は、ヒグマと同じくらいのサイズで、とてもツキノワグマの体とは思えなかった。そのうえ不思議なことに臭いはまったくしてないので、さっきの工事用プレハブの廃墟のクマとは違うようだ。軽井沢から来たクマのようで、エサがいいのか、すごく太っていた。

 面白いことに、このツキノワグマは、気が向くと浅間牧場の中にどんどん入り込んで、牧場を縦断し、観光客のいるところまでやってきた。当然のことながら警察がやってきて、浅間牧場を封鎖してしまった。で、そのうちいなくなってしまった。浅間牧場側は、これに対して、素晴らしい対策をとっていたので感心した。空の一斗缶と、それを叩く棒をあちこちに配置したのである。クマが現れたら空の一斗缶を棒で叩けばいいのだ。その時に出る音は低音なので、クマにとっては嫌な音になるはずだ。少なくとも高音のクマ鈴よりましである。

 ちなみに鼻曲山で私はツキノワグマに突進されたことがある。一般論を言うと、クマが人間を襲う時は、突進してこない。襲うつもりならゆっくり低姿勢でやってくる。立ち上がったり、突進する場合は、襲うつもりがない場合が多いので、こっちが逃げない限り、相手から逃げていく。だから怖がる必要はなく、じっとしているのが一番なのだが、知識で、それを知っていても、行動にうつすのはたいへんで、やはりドキドキします。

 こういう体験をしたのは、私だけでなく、うちの御客さんに3人くらいいて、やはり突進してきたツキノワグマは、斜め横にそれて逃げていったと言っていました。こういうケースは、鼻曲山でしか聞きません。なので鼻曲山周辺にはツキノワグマが多いのかもしれません。
 
 あとツキノワグマは、浅間牧場が大好きですね。たいしてエサもないのに、よく浅間牧場に入ってくる。一般的に言って、クマは日向ぼっこが大好きなので、浅間牧場が好きなのかもしれません。だから浅間牧場に良く入ってきます。そういえばキツネも浅間牧場が好きですね。逆にタヌキは草原を好まない。藪の中を好みます。クマは、藪より草原が大好き。これは、ヒグマも同じで、危険さえ無ければ草原でフキばかり食べている。

 だから小串鉱山や志賀高原あたりにもツキノワグマが多い。あのへんを17時頃に車を走らせていると、バッタリとツキノワグマに出会います。その時のツキノワグマときたら、猛スピード逃げますね。クマの走る速度が、60qだというのは本当だと思います。



つづく。

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posted by マネージャー at 23:50| Comment(0) | 自然−動物 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

クマについて【9】動物学者とマタギ

 1990年頃から1996年頃の話です。地理的に近いせいか北大のワンゲル部と知床半島でよく出会いました。彼らはどういうわけか、 知床山脈を縦走するようなことはなく、羅臼から知床岬に向かって海岸沿いばかりを歩いていました。 東大をはじめとする他の大学は、知床山脈を縦走するくらいの気概を持っているのに、彼らはどうして海岸コースばかり歩くんだろうと不思議に思っていたんですが、よくよく聞いてみたら、彼らも知床山脈を縦走していた。ただし縦走したのは夏ではなくて、冬から春先です。つまり雪のある時に縦走している。

 普通、雪山と言ったら、夏山よりも厳しいのですが、知床山脈に限って言えば、そうではない。
 はっきり言って、知床の雪山は楽に縦走できる。
 ハイマツの上に雪があれば、あっという間にハイマツ帯を通過できる。
 そういうことを知っていたので、北大のワンゲル部の連中は、夏は海岸伝いで知床岬にいく。
 地獄のハイマツ漕ぎは絶対にしなかったわけです。

 私は、彼らに
「雪山を縦走する時に、困ったことはなかったの?」
と聞いたら
「テントを張って、調理していたら雪の中から、冬眠から目覚めたヒグマが出てきたことがありました」
「ええええええええええええ? それでどうしたわけ?」
「テントを撤収して、遠くに逃げましたよ」
 実は、こういう話をよく聞きます。雪の上にテントを張ってガサゴソしていると、雪の中から熊が出てくる話は、腐るほど聞いてきました。1990年代の北海道の雪山にテントを張るワンゲルの間では珍しくないエピソードだったわけです。





 長い前置きはこれくらいにして本題に入ります。

 1990年頃、ヒグマについて調べているうちに、動物学者の言うことと、マタギの言うことに違いがあることに気づき、だんだん気になりだしてきました。また、中国地方の動物学者の言うことと、北海道地方の動物学者の言うことも違っていることが気になってきました。例えば北海道の動物学者は、マタギの伝聞を重視していました。 それに対して西日本の動物学者たちは、そういうものを無視していました。マタギの伝聞にしても、北海道のマタギと東北のマタギでは、微妙に違っているし、北海道のマタギにしても、アイヌの猟師とシャモの猟師では、ヒグマに対する考えが微妙に違っています。

 まあそんなことはどうでもいいとして、面白かったのは、冬眠から目覚めたヒグマの話です。 冬眠から目覚めた熊は、長いこと餌を食べてなかったために体が弱っていると動物学者なんかが言うわけですが、北海道のマタギの人の話だと、 まるで逆です。冬眠から目覚めた熊ほど元気なクマはないと言います。

 どのぐらい元気かと言うと、親子で雪の上に滑り台を作って滑って遊ぶと言う。餌も食べずに遊んでばかりいるという。こぐまも遊ぶけれど、母親も遊ぶ。と言うか母親が率先して遊んで見せて、子熊を遊ばせるようにする。

 我々の常識からすると、冬眠中餌を食べてないわけだから、そんな元気があるわけがないと思ってしまうんですが、そうではないという。むしろ元気に遊んで、 遊んで遊んで遊びまくらないと胃腸が動かないんだという。一週間ぐらい遊んでないと、食事が食べられるようにはならないんだと。

 にわかには信じられない話なんですが、年から年中ヒグマを追いかけているマタギは、そう証言しています。母グマが、こぐまのために滑り台を作るというのも凄い話ですが、自分も滑り台で遊ぶと言うから驚きます。そのくらい、クマというのは、子供に対して愛情深いし、知能も高いというのです。だからこそ命がけで仕留めなければいけないと彼らは思っている。





 クマは、止め足(足跡による追跡を攪乱する為にバックして足跡の着かない場所にジャンプする行動。追跡者からはある地点から突然足跡が無くなってしまったように錯覚する)を使うし、三匹いても一匹しかいないように足跡を重ねたりすると言う。すごいのになるとバックする。止め足でなくてバック。

 手負い熊が使う技で、バックして人間を待ち伏せする。知床半島で唯一、クマに人間が殺された例が、このバックによる攻撃で、手負い熊と猟師の知恵比べでヒグマの方が勝っている。ヒグマというのは、そのくらい知能が高い。つまり警戒心が高い。もちろん後天的に学習して、マタギを撹乱する術を身につけているとは思いますけれど、マタギならではの証言です。だからクマに対すする対処方法を一般化はできないと言われている。個性の差が大きすぎて、対処法則が成立しにくいと言われている。

 もともとヒグマは、アイヌの人たちは「キムンカムイ(里の神様)」と言っていた。つまり里で暮らす動物で山奥にいたわけではない。里山で人間たちのそばで生きていたという。そして人間をじーっと観察している。それが証拠に発信器をつけると、かなり人間の近くにいることがわかるけれど、ジーッと動かない。こっちからは見えないけれど、数メートルのところにいて、じーっと動かない。人間が去って行くのを辛抱強く待っていることが分かっている。

 つまり、もともと臆病な動物だという。それが証拠に水場に出てくる方向が、いつも同じで踏んだ足跡も同じ。人間が、その上を歩いてみると音がしない。つまりクマは、それだけ警戒して同じ処だけを踏んでいる。それだけ用心深い。

 それを私は事前に知っていたのでヒグマに出会っていても慌てることはなかった。彼らが逃げると天地が揺れたが、茂みに入ると、天地の揺れがピタリと収まる。つまり、近距離でじーっとしてて、人間が立ち去るのを待っているわけだ。

 にもかかわらず、人間が茂みにはいってしまうと大変なことになる。
 山菜採りの人たちが、クマにやられてしまうのは、
 こういうことでおきる事故なのです。


 クマは、かなり近距離にいて、人間が去るのを待っているのに、どんどん近づいてくるから襲われるのだ。こういうことをマタギの人たちは、長年の経験から実によく知っている。動物学者よりよく知っている。

 で、知床半島からマタギがいなくなってしまったら、急に海岸沿いにヒグマが現れ始めた。1990年ころからヒグマが、どんどん出てくるようになってきたわけです。で、現在の知床ですが、どうなってるか分からない。マタギがいなくなって何十年もたっているので、ヒグマの性格もずいぶん変わっているだろうし、私が、このブログに書いていることも、今では通用しなくなっていると思う。なにしろクマは、後天的に学習する知能の高い動物ですから。

 次からは、北軽井沢のツキノワグマの話をします。


つづく。

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posted by マネージャー at 07:52| Comment(0) | 自然−動物 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする