実々奇談とは、軽井沢の近隣である佐久市にあった岩村田藩の祐筆を務めた阿部重之進重保が自ら体験したり、人から伝え間いた話を15巻3冊にまとめたものです。
今回は、大江戸実々奇談 63話の紹介。
江戸時代は、女性がやたらと強かった時代です。女尊男碑の時代ですね。原因は、はっきりしています。男の数が多すぎたんです。江戸の人口の7割が男で、女性はたったの3割。結婚できる恵まれた男性は、数少なかったようです。で、女性が優位な江戸には勝ち気な女性が出現するわけですが、そういう人たちを「おきゃん」と呼んだそうです。昔の時代劇には、必ず、そういうキャラがでていましたね。そういう時代に不倫がばれたら、どうなるでしょうか? 第六十三話は、そういう設定の物語です。
第六十三話 密夫方の女房金子を取りし事
第六十三話 密夫方の女房金子を取りし事
時は、天保時代。七左衛門と言う大富豪の農家がありました。近隣の村から美人妻を嫁にもらい、何一つ不自由なく暮らしていました。七左衛門の小作人に惣吉と言う貧乏農夫がおりました。結婚して、七左衛門の田を借りて、小作人として働いていたのですが、いつのまにか、七左衛門の美人女房と忍び会い、いわゆる不倫関係になってしまいました。それが七左衛門の耳にも入ったのです。
ある日のタ方、七左衛門は、用事ができたと言って遠くに出かけました。すると、美人女房は、さっそく惣吉を呼び寄せ、こっそりと酒肴を楽しみ互いに酔いを催し同じ床に添い寝したのです。しかし、これは七左衛門の罠でした。
今宵あたり惣吉が忍び居るやも知れずと、雨戸をそっと開け、忍び足に奥へ行きてみれば、案の定、女房、惣吉これを知らずして睦み合っていたのです。七左衛門は、これを取り押え声を荒らげ
「おのれら、あるじの目をかすめ不義いたずら、もはや逃がるる術なし。覚悟致しろ!」
と枕で散々に打ちすえました。
もちろん不倫を見つかった両人は、ただただ、詫び入るばかり。
そうなると七左衛門は、無念やる方なく
「おのれら、殺すは犬を斬ると同じ。されば許し難きを忍び、不倫の代償として七両二分の慰謝料をもってくれば勘弁してやる」
と言いました。
命が助かった惣吉は、詫びるだけでした。
「命さえ御助け下さらば、七両二分、さっそく持ってきます。以後、かかる不始末、決して致しません」
「ならば、詫び証文を書きなさい」
惣吉は、詫び証文を書き逃げ帰りました。
美人女房も、いまさら面目なく
「出来心なんです」
と消え入るように泣き崩れて頭をさげ
「こんな事は、二度としませんから許してください」
と言いました。
そこまで言われると七左衛門は、
ほれた弱みがあります。
許すことにしました。
ちなみに、江戸時代において不倫は重罪にあたります。両者死罪となり、協力者は中追放か死罪になります。しかし、これは建前上のことでした。ようするに親告罪だったので、被害者が訴えない限り表沙汰にならないのです。
姦通現場に乗り込むなど動かぬ証拠を掴まないかぎり奉行所など司法機関が訴えられた二人の関係を見極めるのが難しい。一時の感情のもつれで訴えられればきりがないため当事者間か双方の家主地主など土地の顔役が話し合う内済を命じお互い冷静に話し合い、それでも成立しなければ訴訟を受け付けたのです。
つまり内済を経て訴えるため内済金を支払って解決することが多く内済金を「首代」と称し江戸では七両二分(加害者の経済状態に応じて値段は変動)という相場まで庶民に知れ渡っていました。
ただし、夫は現場を発見すれば、
間男と妻を殺害しても罪には問われません。
だから惣吉は、命が助かったと安堵したのです。
ただし惣吉は、自宅に帰ったけれど、
首代(慰謝料)のを払う目処をがなかったので、
女房にうち明けました。
「実は、今夜、はからずも、七左衛門殿宅にて、美人奥さんに酒を振るまわれ、あるじの留守宅にて大いに酔い潰れてしまいました」
「はあ?」
「そして目覚めて見れば、七左衛門の女房の布団に一緒に寝てました」
「なんですって!」
「ごめんなさい。でもって、そこに七左衛門が帰ってきて、この間男め!と、言われてしまい、殺されそうになりました」
「あきれた」
「そんでもって、平謝りに謝って、首代(慰謝料)の七両二分で許してもらったのですが、その金のあてもないので・・・」
「恥さらしだねえ」
「はい」
「それでも男かい」
「男だから恥をかいたわけで」
「おだまり」
「はい」
惣吉の女房は、気丈でした。
「とにかく、しでかした事はしょうがない。家財諸道具を全部売り払い金を作りましょう」
「でも、そうしたら、死ねと言われるようなもの」
「じゃ、あんたの首を差し出すの?」
「いえ、家財諸道具を全部売り払います」
と全部売り払って七左衛門方へ首代(慰謝料)を持参の上、詫びることによって示談が成立しました。しかし、この惣吉夫婦、翌日よりして食うにも事欠き、その上寒さをふせぐ着物さえもありません。そこで惣吉の女房は、思案めぐらし、夫にも話さず七左衛門に会いに行きました。
「私の夫が心得違いにて不義を致しました。まことに不埒です。それを、首代(慰謝料)の七両二分で示談にしてくれ、まことに有難とうございます。また、御家内様をも、そのままにさし置かれたようで、波風立たず、惣吉の喜び例えん物なく御礼申し上げます」
「・・・」
「しかるに私、御内儀に今日の稼ぎ男を寝とられ、その上、家財道具も皆売りつくし、わたくしの衣類も質入れして寒さに震える毎日です」
「・・・」
「そのうえ、食うにも事欠くありさま。このままでは、乞食にでもなるしか、ありません」
「・・・」
「こうなったのも、憎き、わが亭主と、七左衛門殿の御内儀です」
「・・・」
「かくなる上は、奉行所へ許えたい」
「そりゃ困る」
前にも言いましたが江戸時代において不倫は、両者死罪となります。
惣吉も死罪になりますが、七左衛門殿の美人妻も死罪なのです。
不倫に関して江戸時代は、男女同権だったのです。
「そりゃ困る」
「困るだと? ふざけんない! 困ってるのはこっちだい! こちとら、この寒さを単衣の着物で震えてるんだ!」
「そんな」
不倫されたとはいえ、
七左衛門は恋女房に死なれたくありませんでした。
「もし、その儀、御迷惑と思し召さば、私への首代(慰謝料)として、十五両払いな! そしたら示談にしてやってもいい。いやなら奉行所にて此の始末、ぜんぶぶちまけてやる!」
あわてた七左衛門は、十五両を渡して示談にしてもらいました。
惣吉の女房は、売り払った品々、質物などを買い戻し、そのうえ五両も余ったので、良き新年を迎えたということらしい。めでたし、めでたし。
(でも、これほど気位の強い嫁さんだと、浮気したくなる惣吉の気持ちも少し分かるような気もします。世間では、これを逆美人局と言いますから)
つづく。
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