(長野原町役場見学ツアー2009/11/30)
やんばダムで有名になった長野原町の
役場見学ツアーに行ってきました。
これが役場です。
意外かもしれませんが、
こんなに小さな建物です。
ペンションに毛の生えたくらいの小ささです。
しかも、木造です。
とてもダム利権に潤っている町の役場ではありません。
疑っている人たちは、一度、この役場を見に来るといいです。
そして、役場の隣にお寺があります。
雲林寺です。
雲林寺は、弘長3年(1263年)、臨済宗妙心寺派に属する龍幡和尚が創建しています。約300年間、非常に栄えたといいますが、大火災で亡失してしまいました。そして永禄2年(1559)3月15日、海野幸光が開基となって現所在地に伽藍を再建しました。海野幸光は、西吾妻地方の吾妻川左岸に勢力を持つ有力土豪でしたが、天正9年(1581年)、真田幸村の父、真田昌幸に滅ぼされてしまいます。
もうお解りかと思いますが、
海野氏が再建した寺ということは、
つまり真田一族の本家筋が海野氏なんです。
嬬恋村だけでなく、長野原町も、海野氏。
つまり真田一族の末裔が支配する町なんです。
具体的に言うと、桜井一族。
人口5000人のうちの2500人が、
桜井一族に関係していると言われています。
吾妻酒造しかり、ホテル桜井しかり、
歴代町長のほとんどが、桜井さんか、田村さん。
つまり桜井一族系統なんです。
それは、ともかく明治22年に村が統合されて長野原町ができた際、当時は役場庁舎が無かったので、この雲林寺を借用したそうです。初代の町長には桜井伝三郎氏が就任し、旧役場、学校建築等幾多の功績を残しました。建物をみてください。役場のような造りになっていますよね。
ここには、宝きょう印塔という、塔があります。これは、お経を写して塔に納めて供養すると極楽に生まれ変わる、と信じられていた塔で、平安時代に中国から伝わったものです。
つづく。
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