長野原町新須川橋交差点から国道292号で六合村へ。六合村役場手前の三叉路を右折して約200mのところに吾嬬橋が架かっています。六合村役場の東側です。延長69.0m。幅員2.5m。昭和34年に利根川に架かっていた旧板東橋の一部を六合村へ移設したものです。今も残っている群馬県内の鉄橋の中では最古のもので、六合村の文化財(村指定建造物)に指定されています。
吾嬬橋は、草津温泉・花敷温泉・沢渡温泉等の西吾妻の温泉群を結び、昔から多くの湯治客等に利用されていた、県道中之条草津線(吾妻郡六合村小雨)の白砂川に架橋された橋です。
群馬県渋川市と群馬県勢多郡北橘村を結ぶ「旧・坂東橋」が利根川に架設されたのは1901(明治34)年でした。「旧・坂東橋」は1959(昭和34)年に架け替えられ、「旧・坂東橋」の南側に隣接して現在の坂東橋が国道17号線として利根川に架かっています。
この橋(旧・坂東橋)は「ペンシルバニア型トラス鉄橋」といって、斜めに組み合わされた鉄骨がピンによってトラスに結合されてる橋です。米国製の輸入鋼材でつくられています。この「吾嬬橋」鉄橋の架設によって、暮坂峠を経て中之条と草津が自動車の通行できる道路で結ばれ、東武バスも運行されるようになりました。
群馬県内の最初の道路鉄橋は、1899(明治32)年竣工の「利根橋」。この吾嬬橋は、1901(明治34)年竣工なので現存する道路鉄橋としては最も古いものに属します。
この吾嬬橋は、三代目で、初代は木橋、2代目は吊り橋でした。これらの橋の写真が「旧・吾妻橋」のたもとに橋の説明とともに掲示されています。ここを1922(大正11)年10月19日に訪れた若山牧水は旅日記「みなかみ紀行」に記しています。
この県道は、旅の歌人若山牧水が、大正11年の秋に草津温泉から花敷温泉に遊び、小雨でこの橋(2代前の木桁橋)を渡って、暮坂峠を越えて沢渡温泉に抜けた道路であり、この道の印象を牧水の代表作と云われている「枯野の旅」という長詩に残しています。
つづく。
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ラベル:吾嬬橋