富良野の民宿『千葉荘』に到着した私は、三苫さんとじっくり話あいました。三苫さんのダンナさんは、まだ稚内の病院で働いていたので、三苫さんは一人だけで民宿『千葉荘』をきりもりしていました。そのためかゆとりが無かったのかもしれません。また御主人と離ればなれに生活しているためか、寂しかったのだろうと思います。そのうえ大家さんとのトラブルで、すっかり参っている様子でした。
私は三苫さんと打ち合わせして、三苫さんの親戚ということにして、トラブっている大家さんに御挨拶することにしました。御挨拶し、大家さんと何とか仲良くなれるようにするのが私の使命です。で、手土産を持って、2人して大家さんの所に御挨拶にいきました。
大家さんのご自宅は、民宿『千葉荘』の、すぐ後ろにありました。
誤解は、すぐに解けました。
簡単なことでした。
南国育ちの三苫さんと、雪国育ちの大家さんの文化の違いからおきる誤解でした。それも最初は、小さな誤解だったのが、徐々に大きく誤解が拡大されたものでした。例えば、雪が降ると、大家さんはすぐに雪かきに出ます。雪国の人間なら、隣が雪かきをはじめたら一緒にはじめるのがルールです。でも九州育ちの三苫さんさんは、雪の美しさににうっとり見ほれてしまうのです。
「もっと降らないかなあ」
なんて言っている。こんな些細な文化の違いから誤解が生まれ、それが徐々に大きくなって無用なトラブルまで発展していくのですね。私は大家さんと話をしながら、誤解というものは、ほんとうに小さな小さなひび割れから生まれるんだなあと、あらためて思ったものです。
また三苫さんは、御主人に対する不満も私に漏らしてきました。
「せっかく、ご馳走を作っても、新聞を読みながら食べるのよ、信じられない!」
「ひょっとしてダンナさん、酒飲み?」
「うん」
「やっぱりね」
「やっぱりって?」
「酒飲みは、ちびちび食べるんだよ。そういう文化なんだ」
「文化?」
「日本酒の飲み方を説明するとね、まず少しばかりの肴を食べ、そのうえで酒を口に含ませるんだよ。酒と肴はセットなんだ」
「・・・・・・」
「例えば、サザエのキモなんかを食べるよね? すると口の中が苦くなる。そこに辛口の酒を口に含ませると辛口なのに酒が甘くなる。その快感のために酒飲みという人種は、生きているんだよ。だから酒飲みに早食いはいないんだ。酒を美味しく飲むために、肴をチビチビ食べるのが酒飲みの食べ方なんだよ」
「でも、せっかく作った料理が冷めちゃうじゃない」
「うん、冷めちゃう」
「それって変でしょ?」
「変じゃない、変じゃない。フランス料理のフルコースだと思えばいいのさ。あれはワインがメインで、料理は肴みたいなものだろう? だから少量を1品づつだしていくよね。酒飲みのダンナさんも一緒。冷めないように、小出しに肴をだしてあげると喜ぶよ」
「私、フルコースは作れないし」
「別にフルコースを作らなくて良いのよ、煮干しを小皿に出してみたり、惣菜の残り物を小皿に入れて出してみたり、キューリを切って味噌と一緒に出してみたり、1分の手間ですむ簡単料理を小出しに出すだけでいいのよ。そう考えたら酒飲みの料理って、とても楽だと思わない?」
「えええええええええええええええ? そんなんでいいの?」
「いいの! いいの! 酒飲みには、それがありがたいのよ。酒飲みに新聞置いて冷めな
いうちに食べろと言っても無駄なのよ」
「ええええええええええええええええええ? そうだったの?」
「ま、これも、ちょっとした誤解だなあ」
「・・・・」
「ま、結婚というのは異文化を受け入れることだからね。いろんな誤解も生まれるさ」
大家さんは、三苫さんのことをとても心配していました。女手一人で民宿をまわしていくことの辛さを知っていましたから「はやく稚内にいるダンナさんを呼んで来なよ」と助言してましたし、それは私も同感でした。富良野病院に紹介してあげるからとも言ってくれました。
数日後の土曜日、三苫さんのダンナさんがやってきました。私は、ダンナさんに、はやく富良野で就職して2人で一緒に生活できるようになればいいのにねと言ったのですが、ダンナさんは渋い顔をしていました。富良野病院は言語療法士の雇用をもつ方針は無いというのです。
「富良野でダメなら旭川でどうだろう? ちょっと遠いけれど、旭川ならまちも大きいし、言語療法士の口があるんじゃないかな?」
「うーん」
そして、翌日の日曜日。再びダンナさんは、稚内に帰っていきました。三苫さんは、泣きながらダンナさんのバスを追いかけて走っていました。その姿に、不覚にも私ももらい泣きをしてしまいました。この二人が再び一緒に生活できるのはいつのことだろうと思いました。
「三苫さん、ちょっとアドバイスがあるんだけれど」
「何?」
「寂しいだろう」
「うん」
「だったら御客さまを友だちにしちゃいな」
「・・・・」
「北軽井沢なら無理だけれど、富良野なら可能だよ。御客さまも宿主と友だちになりたがるのが北海道の旅人の特徴だからね」
「うん」
「場合によっては、御客さまをヘルパーにやとっちゃえ。もしくは近所と仲良くなって、宿に出入りさせて賑やかな宿にしちゃうんだ」
「うん」
「富良野は寒いだろ。駅からここまで歩いてくるのに死ぬほど寒かった。遠いし、寂しいし、道は暗いしね」
「すいません迎えに行かなくて」
「そういう意味じゃないんだよ。駅からここまで歩いてくるのに遠いし寒かったけれど、千葉荘に到着すると、千葉荘に灯りがついているんだよ」
「灯り?」
「うん、灯りがついていて、三苫さんと宿の御客さまが楽しそうに笑っている。それがとっても温かくて眩しいんだ。外の風景と真逆で感動的でさえあったな。俺は思ったね。こんな宿に泊まりたかったって。懐かしい風景だなって」
「・・・・」
「これも三苫さんの人徳だよ。御客さまと宿主が一緒になって癒し合っている。それが、とっても眩しいんだ。残念ながら今の北軽井沢ブルーベリーには、そういう風景は無い。でも民宿『千葉荘』には、ある。これを活かしていこうよ」
「・・・・」
東京に帰った私は、友人達に
「北軽井沢じゃなくて富良野に行ってくれ」
と言いました。
「北軽井沢は、だいじょうぶ。俺が行くから。それより富良野こそが心配だ。富良野の千葉荘を全力で応援してくれないか」
みんな快く引き受けてくれました。そして大勢の人たちが富良野の民宿『千葉荘』に遊びに行ってくれました。御客さまとしてでなく、お手伝いとして、民宿『千葉荘』をささえてくれたのです。
話は前後しますが、私が民宿『千葉荘』に行っている間に、フリー宿グループと、とほ宿グループの関係者とアポをとりました。北軽井沢ブルーベリーは、ユースホステルの認可がおりそうだったのですが、場合によっては、それをやめて、フリー宿グループと、とほ宿グループに加盟することも考えていたからです。
まずフリー宿グループの人に、グループ参加を申し込んだのですが、電話で簡単にオーケーが出ました。ユースホステルでも民宿でもオーケーということだったので、北軽井沢ブルーベリーも、民宿『千葉荘』も、問題なく加盟できることになりました。
しかし、とほ宿グループに加盟することは難しかった。まず御近所の加盟宿の了解をとらなければならないことと、加盟まで3年もかかることと、加盟宿の何軒かの推薦状が必要なことです。で、某加盟宿の宿主さんが、民宿『千葉荘』にやってきたのですが、残念ながら「千葉荘」を温かく迎えてくれるという雰囲気ではありませんでした。私とは名刺交換しても、千葉荘の名刺は受けとってもくれませんでした。
「あ、ダメだな」
と思いましたね。北軽井沢ブルーベリーは加盟を認可されたとしても、千葉荘は、親の敵のように思われていると。民宿『千葉荘』は、まだ開業して2ヶ月しかたってないのに、どうして、そう思われてしまったのかは、不思議と言うしかありませんが、これで北軽井沢ブルーベリーの進路が決まりました、『とほ宿』と『ユースホステル』のどちらを取ろうか迷っていたのですが、民宿『千葉荘』が加盟できないなら、『とほ宿』ではなく『ユースホステル』をとってしまおうと。
まあ、それは良いとして、問題は経営危機に陥っているペンション・北軽井沢ブルーベリーのことです。北軽井沢ブルーベリーの再建をスタートさせる前に、ある問題点が出て来ました。その問題点というのは、ペンション経営をまかせていた友人が、ペンションにすっかり嫌気がさしてきているということでした。そして嫌気がさしている友人は、
『俺は北海道でやりたい』
と言ってきたのです。
つづく
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コミュニケーションの不足、一緒に暮らしていても、あるのです。
話しても解ってもらえないとか、話す気になれないとか・・
でも、そういうすれ違いを、いつまでも持ち越さないことでいることが大切だと実感しています。馬鹿にされても、思っていることを、そのまんま話せるのって大事ですね。
続編が待ちどうしい。
それに酒を飲んでいるとゆっくり食事する(食事に時間がかかる)というのも事実ですね。
・・・と、こんなこと言っている私は飲んべぇ?
普段家では酒飲まないんですけどね・・・(苦笑)
というか酒飲みではないんです。
理由は、開業して毎日、御客さまのお酒につきあったら
体をこわしてしまったからです。
でも本音は、酒好きかな?
利き酒勝負でラズベリーYHの曽原氏を負かせていますからね。